魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第三十五石:ダッシュとゆりなのお姉さん

 彼女は腕に下げていた買い物袋を放り投げると、一目散にダッシュを抱きしめて、

 

「あわわわ。ど、どうしま……、あの、傷、傷が……っ! 事故、事故なのですかっ!? 交通という名の!」

 

 動転しているお姉さんを、冷ややかに見ているダッシュ。

 その後ろからゆりながひょこっと顔を出した。

 

「どーしたの、お姉ちゃん。その子、知ってる子?」

「さ、さっき、運動会の、借り物競争で、リレーアンカーの、トップアスリートさんなのですっ!」

「……ふぇ?」

 

 それから、しばらくして。

 そこには全身バンソウコウまみれのハチマキ娘が立っていた。

 戸惑いというか、なんとも言えない微妙なツラでお姉さんをジッと見つめている。

 

「応急処置程度ですが……。これで、一安心なのです。本当にもう痛くないですか? 病院、行かなくて大丈夫なのですか……?」

 

 こくり、と頷いたダッシュに、ホッと胸を撫で下ろす仕草をするお姉さん。

 

『あの方、やっぱり侮れないんです』

「ぶっ飛んでるよな……色々と。しっかし、危うく救急車を呼ばれるところだったぜ」

『ダッシュが止めてくれて良かったのです』

 

 メモ帳で必死に『あなな、へーき、よゆう』って書きまくってたからなぁ。

 とりあえず、ゆりなとコンタクトを取っておかねーと。

 俺は小声で杖に水付与を施すと、なるべく早口で、

 

「ぷゆゆんぷゆん、ぷいぷいぷぅ。すいすい、『ミニスノードロップ』っ」

 

 唱えた途端、杖先から豆粒程度のガラス玉が生まれる。

 それをボーっと立っているゆりなの額へ目掛けて……撃つ。

 

「ふえっ!?」

 

 よっしゃ。ナイスコントロール。って、ちょいとばっかし強かったか?

 痛そうに額を押さえてしゃがみ込んでいるゆりなに、お姉さんが駆け寄る。

 

「こ、今度はゆっちゃんがっ! ど、ど、どうなってるのでしょう……!?」

「うう、大丈夫。平気だよお姉ちゃん。ちょっち目にゴミが入っただけだもん。えへへ」

 

 涙目で顔を上げたゆりなと、ふと目が合った。

 

「お、おいっす」

 

 と。片手をあげて再会のポーズをとった俺に、

 

「むーっ。やったなぁ~」

 

 ぷくーっと頬を膨らませるゆりな。

 そいつの指先に黒い電流が凄まじい勢いで集まっていく。

 あ、こりゃヤバイ。

 それを見た俺は慌てて首を振ると、そこのガキんちょが模魔だということを必死にジェスチャーで伝える。

 やがて、ようやく理解したゆりなが、

 

「ごめんね、お姉ちゃん! お友達と約束してたのすっかり忘れてたっ。先に帰ってもいい?」

「あらあら、約束はちゃんと守らないと、ですっ。行ってらっしゃいゆっちゃん」

「う、うん……ほんとに、ごめんね」

 

 そそくさと裏路地に消えていくチビ助。

 そしてすぐさま、空から杖に跨っての登場。

 

「にはは。しゃっちゃん、お待たせ」

「よう。中々にやってくれたじゃん」

 

 言って、わざとらしくコスチュームをはたく俺。

 ミニライトニングによる四つの小さな焦げ痕を見て、ゆりなが肩を落とす。

 

「ごめんなさい……。飛び魔法ごっこかと思って、つい電気飛ばしちゃった」

「別にいいって。俺のミニ飴ちゃんが強すぎたのがいけねーんだし」

 

 少し赤くなってるそいつの額をさすりながら言うと、

 

「えへへ。しゃっちゃんのお手て、ひんやりして気持ちイイ~」

「ま。『水と氷の魔法使い』だからな、一応。そういえばクロエは一緒じゃねえのか?」

 

 杖の起動はしているみたいだが、格好がコスチューム姿ではなくて、普通の洋服なのだ。

 

「えっ。クーちゃん見てないよ? しゃっちゃん達とお散歩にでも行っちゃったのかと思ってたよぅ」

「あれま。コロ美と合流するまでは一緒にいたんだけれども……。どこに行っちまったんだか」

「しょうがないや、ボクは変身無しで戦うよ」

「変身しないでも大丈夫なのか?」

「うん。魔法の威力は弱いし、防御力も全然なくなっちゃうってクーちゃんが言ってたけど、

 捕獲呪文はこのままの姿でも出せるから、しゃっちゃんは攻撃に専念できるよ」

 

 なるほどね。

 素のままだと攻撃力も防御力もガタ落ちってことか。

 

「わかった。俺がオフェンスをやる。チビ助はバックアップ後、状況によって捕獲準備をしてもらう」

「ほいっ、了解うけたまわりっ。えっと、それで――本当にあの子が模魔さんなの?」

「大マジさ。あいつは何番か忘れたが、ダッシュ・ザ・アナナエルっつう巨大な金ピカザメの模魔。

 見た目はガキだけれどもさ。確かランクはEで、ホバーよりも二段階ほど弱い、」

「でも……」

 

 と。

 ゆりなが俺のセリフを遮ってダッシュを見る。

 迷いの表情だった。

 

 メモ帳でお姉さんと『会話』しているハチマキ娘。

 お姉さんが心配をすれば、そいつは困ったようにペンを取る。

 その繰り返し。

 一見すると、ちょっと変な……いや、かなり変な子どもにみえるダッシュ。

 しかしながら――

 

「間違えるなよ。あいつは、模魔だ。ランクは低いかもしれねぇが、あいつを野放しにしているとこの街に被害が出る可能性がある」

 

 俺は続けて言った。

 

「それだけじゃない。あいつはその名のとおり足が速いんだ。ここを壊したら他の街へ移動して暴れるかもしれねぇ」

 

 だから。

 そうなる前にあいつを捕まえなければいけない。

 だから、

 捕まえるにはあいつを弱らせなければいけない。

 だから――

 弱らせるにはあいつを傷つけなければいけない。

 

「あ……っ。今、お腹の音が聞こえたのです」

 

 お姉さんが両手を叩いてダッシュのお腹に耳をあてる。

 

「やはり、鳴っているのですっ。もしかして、お腹が空いてしまわれたのでしょうか?」

 

 ペンを取ってメモ帳に書こうとしたダッシュだったが、どうやら紙が切れてしまったらしい。

 それを見たお姉さんは、にっこり微笑むと、

 

「ここにはたくさんのお店屋さんがあります。何か、食べたいものがあったら指差してみてくださいっ」

 

 本当は指をさすのはイケナイことなのですが、と付け足すお姉さん。

 ハチマキ娘は一瞬ためらった後、どうしても空腹に勝てないのだろうか、

 こちら――クレープ屋をおずおずと指差す。

 

「このクレープ屋さんで、味はイチゴ生クリームですね。はいっ、了承うけたまわりますっ」

 

 どこかで聞いたようなセリフを言ってお姉さんは第二の財布を取り出す。

 アホ面の鳥が一面にプリントされたがま口財布。

 それをカパッと開けて、お姉さんは固まった。

 

「は、はれ……っ? そういえば、さっきのお買い物でほとんど使い切ってしまったような……」

「そう、なのか?」

 

 俺が訊くと、隣のチビ助が「うん」と頷いて、

 

「今日はすき焼きパーティーをしようって、予備のお金ぜーんぶ使ってたもん」

「む、無茶をするなぁ、あのお姉さんは」

『わーい。すき焼きパーチー楽しみなんです』

 

 喜んでる場合かよ……。

 ともかく。財布を取り返さないと明日以降の飯が無くなっちまうことが判明したワケで。

 もう少ししたらお姉さんが立ち去るだろうから、そのときに奇襲をかけるとするか。

 先手必勝、ってね。杖を握る手に力が入る。

 

「窮余一策! こんなこともあろうかと……じゃじゃーんなのですっ!」

 

 取り出されたのは古そうなお守りだった。

 ダッシュが首を傾げて、俺も同時に首を傾げる。

 

「なんだありゃあ」

「あれは、お姉ちゃんがいつも大事に持ってるお守りだよっ」

「交通安全とか、そういうヤツ?」

「うーん。ボクもあんまり知らなかったり。肌身離さず持ってるからジックリ見たことないの」

 

 へえ。

 でも、そのお守りが、今この時において何の役に立つのだろうか。

 見ていると、お姉さんがお守りの中からクシャクシャの千円札を取り出して、

 

「少し、待っていてくださいねっ」

 

 と、クレープ屋さんの中に消えていった。ああ、そういうことだったのか。

 いささかに良い案だな。俺も、もしもの時用にお守りの一つでも買っておこうかねぇ。

 そんなことを考えていると、お姉さんがクレープを持って店から出てきた。

 それをダッシュに手渡し、

 

「遠慮なさらずに、どーぞ食べちゃってくださいっ。どんなお料理もそうですが、特にクレープは作りたてが一番美味しいのです」

 

 しばらくお姉さんを見上げていたハチマキ娘は、ごくりと喉を鳴らすと、クレープに食らいつた。

 あーあ、顔中クリームだらけにしちゃってまぁ。

 よっぽど腹が減っていたんだろうな。

 

「ボクもお腹ぺっこぺこ……」

『コロナも、なんです……』

 

 指をくわえて言うチビ助に、おそらくヨダレを垂らしながら言っているだろうチビチビ助。

 当然、俺だって腹ペコ状態だ。

 みんな、朝ごはん食ってねぇからなぁ。

 

『はぐはぐ、もぐもぐ、がつがつ!』

「あらあらまぁまぁ、ちっちゃなお口で一生懸命食べてるんです。かわいい、ああ、なんて可愛らしいのでしょう……っ!」

 

 クレープのCMオファーがきそうなほど美味そうに食うダッシュに、それを愛おしそうに見つめるお姉さん。

 あ。夢中で食っている隙に頭を撫で始めたぞ。

 

 ったく。

 そいつは化け物だというのに。

 そいつは敵だというのに……。

 目の前の微笑ましい光景に、小さくため息をついていると、

 

「――ねぇ、しゃっちゃん。捕まえるの、さ。食べ終わってからでもいいよね」

 

 ぼそりと辛そうに言うチビ助。

 

「あの食いっぷりだ。すぐに、食い終わっちまうだろ……」

「そっか。そう、だよね」

 

 まったく、こいつはどこまで甘いのだろうか。

 苦笑しつつ視線を戻すと、ダッシュが食べる手を止めていた。

 どうしたんだ? と思っていると、そいつの視線がゆっくりと上がって――

 

「……!?」

 

 ハチマキ娘と目が合う俺たち。

 次の瞬間、凄まじいスピードで逃げ出すダッシュ。

 しまった――気が抜けていたなんて、そんな言い訳をしている暇も無い。

 

「チィッ、跳躍する……っ! ゆりな、行くぞ!」

「う、うん」


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