魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第二十五石:登場!爆走天使ももはちゃん

 俺の声に桃色少女がビクッと振り向く。

 ……ほほう。

 へんてこりんな格好をしているワリには、利発そうな顔立ちをしているな。

 そいつは大きなエメラルドグリーンの瞳をますます大きく見開くと、

 

「き、きさん、誰っちゃ!?」

 

 両手を大げさにバッと広げて、一歩左足を踏み出す。

 それと同時に、背負っていたナップサックに縫い付けられている天使のような羽がパタパタと動いた。

 

 きさんの意味がよくわからないが、これはおそらく自己紹介するべき場面だろうねぇ。

 ま。考えるのもめんどくせぇし、アレでいっか。

 コホンと咳払い一つ。

 

「ちょいと、失礼するよ」

 

 どこぞの昭和ヒーローみたいなポーズで俺を指差しているそいつの脇を通り、

 ゆりなの学習机の上に置いてある花図鑑をパラパラめくる。

 んでもって、気だるく背中をボリボリとかきながら、

 

「あー。俺の名前は、シャクヤク。よく人に珍しいねって言われます。でも覚えやすいようで近所のおばちゃんには大好評です。

 恐縮だけれども、ヨロシクどうぞして頂ければこれ幸いってなもんで」

「…………」

 

 当然の如く、しばし間があく。

 もちろん、そいつのポカン顔は想定済みだ。さてはて。どんなツッコミが来るのやら。

 中々の変人というウワサだ。ここをどう出るのかお手並み拝見といこうではないか。

 そう腕組みをしながらニヤニヤ待っていると、

 

「ほわわぁ! でたん可愛い名前っちゃ!」

 

 ずずずい~っと、なんとも古臭いぶりっ子ポーズで俺の顔をのぞいてくるではないか。

 

「……そ、そうかい?」

 

 奇行の持ち主とは思えないまさかの素直な反応に、ギョッとたじろぐ俺。

 ちなみにぶりっ子ポーズとは、顔のそばで両手を揃えつつグーしているあの忌々しいポーズのことだ。

 普段ならば十六文キックをお見舞いしたくなる衝動に駆られるところだが……いやはや、どうも。

 このキラキラとした目に覗き込まれてそれどころではないようだ。

 

 ゆりなと似たようなあの純粋な瞳――

 やはり苦手だな、ガキ特有の澄んだ目は……ん?

 なんだこいつ、瞳の中に花が咲いてるぞ?

 いや、咲いてるっていうよりも花の模様が刻まれていると言ったほうが正しいのか。

 へぇ、こりゃすげぇや……。もしかしたら、こいつをネタにひと稼ぎ出来るかもしれねェ。

 もう少し近くで見てみようと、俺が腕組みを解いて顔を近づけたそのとき、

 

「いまっ! ぼでぇーがお留守だっちゃ!」

「!?」

 

 とんでもなくキレイなコークスクリューブローが俺の鳩尾を抉った。

 

「……が、がはっ――!」

 

 膝から崩れ落ち、ハッハッと浅い呼吸を繰り返しながらうずくまる俺。

 ま、待て待て。突然のコークスクリューよりも前に、なんなんだその妙に洗練されたフォームは。

 このチビ、見た目どおりだったらば小学生だよな。

 まさかガキのくせにボクシングジムにでも通ってんのか。マジでそう思いたくなるほど、痛かったんだが。

 つーか、ホバー戦でもこんなにダメージ食らわなかったのに……。

 涙目で見上げていると、ももはがムスッとした顔で俺に跨ってきた。

 

「そんなおバカっち名前あるわけないっちゃ! 怪しいヤツ……きさん、ゆりっち目当てのヘンタイやろ?」

「ち、ちげーってバカ。俺ァ昨日からここの居候となった身で、名前だって今流行りの――」

 

 喋ってる途中なのに、そいつはマウントポジションのまま俺のキャミをグイグイ締め上げて、

 

「嘘もたいがいにせーよ。さっきだって、ウチのクチビル奪おうとしたとっ」

「するわきゃねーだろ! 誰が、テメーみたいな可愛くもねぇクソガキに!」

「なんちか~!? ウチのどこが可愛くないっちゃ!」

「あいてて! そ、そういうところがだっ!」

「しゃあしぃ! 悪を成敗するのがヒーローの務め――! ゆりっちはウチが守るっちゃ!」

「うおっち!?」

 

 振り下ろされるエルボーをすんでのところで避け、俺は眉をピクピク動かした。

 

「身動き取れない相手にエルボーぶちかますなんて、たいしたヒーローだな。おい」

「フッ。この際、手段は問わないっちゃ……」

「どの際だよ!?」

 

 こんのガキがぁ、やらせておけばつけあがりやがって。

 親父に女子供には優しくしろと言われてきたが、こいつだけは勘弁ならねェ。

 俺はガバッと起き上がると、ももはの両ほっぺをひっ掴んで、

 

「恐縮だけれども、テメェの体に正しき日本語っつうもんを叩き込んでやるぜ。ありがたく思いなァ」

「き、きさんに、言ひゃれたくないっひゃ」

 

 そう反論しながら繰り出されるは、あの鋭いコークスクリュー。

 だが、一度見ている技だ。この俺に二度目はない。

 それをガッと膝小僧でガードし、挨拶がてらのボディブローをそいつの土手っ腹へとぶちかます。

 

「ふんぎゅっ!?」

 

 どうやら、今だね。

 崩壊したマウントポジションから抜け出し、めくれあがったキャミソールを直しつつ立ち上がる。

 

「ほれほれ、どうしたぁ桃チビヒーローちゃんよぉ」

 

 と。

 腰を落としてそいつの反撃を待っていたのだが――待てども一向に起き上がる気配が無い。

 心なしか、ナップサックの羽が痙攣しているように見える。

 

 もしかして、一発ノックアウトなのか?

 なんともはや……期待ハズレも甚だしい。

 ふ~む。これでは、いささかも面白くねぇな。

 まだまだももはで遊び足りない俺は、ピクリとも動かないそいつの耳元でこう囁いてみた。

 

「……貧乳ここに死す」

 

 どうやら上手くゴングを鳴らしたようで、

 

「やんのか、こるぁあああっ!!」

「効果てきめんっ、待ってましたぁってね!」

 

 我ながらすばらしい言葉のチョイスだったなと喜んでる間もなく、猛獣みたいな犬歯をキラリと光らせて飛び掛る桃色少女。

 おっとっと。なーんて、素早いんでしょ。

 そいつの引っかき攻撃を避け、ほほうと感心していると、不意に足元をすくわれる。

 

「す、水面蹴りだと!」

 

 ストンと尻餅をついた俺に、のしかかるももは。再びのマウントポジションだった。

 

「きゃはっ! 三下ほど、そうやってすぐに油断するっちゃ」

「……にゃろめが」

 

 ムキになった俺は、

 

「恐縮だけれども、これは余裕というものでな!」

 

 きゃっきゃと笑うそいつのアゴに渾身の頭突きをかました。

 

「はううっ!」

 

 たたらを踏んだところで脱出。

 アゴをおさえて痛がるももはを見下ろしてニヤリと笑ってやる。

 

「ククク。油断していたのはどっちかねェ」

「……うう~っ。痛いっちゃ、ひどいっちゃぁあ」

 

 げげっ、泣きそうじゃん――ちとやりすぎたか!?

 慌てた俺は、何故かそいつのツインテールを両手でぴょこぴょこと動かして、

 

「わ、わりぃわりぃ。痛かったな、ごめんな。……大丈夫か?」

 

 と、顔を覗き込んだ直後だ。

 

「あぎゃっ!」

 

 いきなり目の前に無数の星が現れ、勢い良く散った。

 数秒経ってから遅れてアゴに激痛が走る。原因は……ももはの膝蹴りだった。

 こ、こいつ、まさか演技をしてやがったのか?

 俺の驚き顔に、

 

「てへっ」

 

 ぺろっと舌を出してのウィンク。

 俺の頭の中でプチっと何かが切れる音がした。

 ほほう……良い度胸してるじゃねぇーか。

 

「こんのクソガキが、もう容赦ならねェ!」

「こいや、こるぁあああっ!!」

 

 スマートとは程遠い、ケモノじみたそのバトルはすぐさま白熱していった。

 頬の引っ張り合いからはじまり、服の引っ張り合いやら、髪の引っ張り合いへとエスカレートする。

 

 ………………。

 どれくらいの時間もみ合っていたのだろうか。

 やがてボロ雑巾のようになった俺達は、息を荒げながら共に天井を見上げていた。

 い、いやはや、これはどうしたものか。こいつとんでもなくつえぇぞ。

 

 アッチじゃあケンカすりゃあ連戦連勝で、県内敵なしとまで謳われていた俺だというのに。

 そりゃガキの体になっちまったから反応は若干鈍っているだろうよ、でもそれにしたってなぁ……。

 女の、しかも小学生相手とやりあって互角たぁ――いささかに泣ける話だぜ。

 息が整ってきた頃、ふと隣で大の字になっているももはがこちらを向いて、

 

「……でたん楽しかったっちゃあ。こんなに思いっきりケンカしたの、初めてかも」

 

 クスクスと笑った。

 

「俺も」

 

 本当に――俺も楽しかった。素直にそう思ったから、こちらも笑みを返しておく。

 まったく。青春ドラマでよくあるような場面だなと揶揄したいところだが、

 どうやら、それよりも清々しい気分が勝っていたようだ。

 汗でベッタリとはり付いた髪の毛を引っぺがしながら、俺はお姉さんの言葉を思い出していた。

 

 『きっと、しゃっちゃんちゃんと、ころこっちゃんも彼女と会えば自然と仲良くなれるハズです――』

 

 まあ。

 たしかに面白いヤツだ。予想以上というか予想の斜め上というか。

 それに女にしておくのはもったいないほどタフだし。

 仲良く出来るかはわからないけれども――

 

 ももは、か。

 天井へと舳先を戻したそいつの顔をそっと盗み見る。

 端整な白皙に浮かぶほんのりとした朱。汗で濡れた桃色の髪が、なんともそれに映えていた。

 ほわわぁと奇妙な鳴き声をあげながら、気持ち良さそうにパサパサとワンピースの中へ風を送り続けるその少女に、一つ思う。

 

 こいつ、よくよく見ればかなり可愛いような。

 いや……この場合少し違うな。ああ、アレだ。よくよく見なくとも可愛い――ただし、喋らなければの話だ。

 いわゆる黙っていれば可愛いといったジャンルに属しているのだろう。本当に実在するんだねぇ、こういうヤツ。

 

 と。

 俺はそんな不思議な感動を覚えていた。


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