魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「早すぎる……。初っ端のホバーといい、気に入らねぇな」
黒猫クロエが突然と呟く。
ゆりなの眠っているベッドに背中を預けてうつらうつらしていた俺は、
その言葉にゆるりと顔を上げた。
「……なんでェい、何が早すぎるんだよ?」
しかし、返答は無い。
腕を組みながら再び沈黙を決め込む黒猫に小さく舌を打つ。
またか。さっきからずっとこの調子だ。俺がいくら黒猫に疑問を投げかけようともスルー。
コロナに訊いても、クロエの顔色を伺ってか、困った表情でぬいぐるみを抱きしめるだけだ。
まぁ、言いたくないんだったら別にいいけれどもよ。
他人を勝手に巻き込んでおきながら、説明拒否たぁゾッとしねーな。
あれから。
主が眠ってしまった為か強制的に変身が解除されたチビ助を、
ビルの屋上から俺が担いで下ろし(コスチュームパワーのおかげか知らんが重く感じなかった)、
クロエの背中に乗せて爆走帰宅をかました……といった流れだったのだが。
まず、ここで一つの疑問が生じる。
夜中とはいえ、ちらほら人影が見えていたのにも関わらず、バカに眩しく発光しながら飛んでいる俺や、巨大な黒虎をそいつらが見向きもしねェってのはどういうこった。
新聞配達のあんちゃんとか、ジョギングしているおっさんとか押し並べて俺たちを無視していたぞ。
そもそもとして、だ。
あの巨大な『ホバー』が現れたというのに、どうしてこの町はこんなにもノンキな朝を迎えてやがるんだ。
フツーだったらば、大騒ぎになってもおかしくないと思うのだけれども。
それと、二つ目の疑問だ。
モチロンゆりなのことである。
コロナにも言えることだが、あの目が光り輝く現象は一体何なんだ?
加えて、まるで別人かのような口ぶりに、凄まじく物騒な呪文。
成りたてだって言ったワリに、あんな呪文を知り、そして扱えるのはどう考えてもありえん。
その時も思ったが、アレは『素質』うんぬんの範疇を超えている。
うう~む……。
と、霊鳴石でお手玉をしながら眉間にシワを寄せている俺の目の前に、黒猫がひょいっと現れた。
「いささかに解せないとでも言いたそうな顔だな」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべて言うクロエをガシッと掴んで、
「さっきから何度もそう言っているのだけれども」
いささかにどころの話ではない。にらみ合うこと約三十秒。
黒猫は薄く笑った。それは先ほどの笑みとは違い、どこか諦めた様子にも見える。
「にっしっし。か弱い子猫ちゃんに向かって、そんな恐い顔してくれんなよ。
――わぁーてるって。訊きたいことがあんなら、なんでも言ってみそ」
やれやれ、やっとその気になったか。
つーか、普通は答えてくれるのが当然なんだけどな。
俺はクロエをポイッと開放すると、ベッドに腰掛けて足を組んだ。
さてはて。まずは何から訊いてやろうか。
「お姉ちゃま……」
部屋の片隅で一人遊び(厳密には第二回ぬいぐるみプロレスごっこ勝ち抜き戦)を開催していたコロナが、
ふよふよと飛んできて不安げに黒猫を見つめる。
「心配すんな、コロ助。別に隠すことでもねぇし」
「否定。時期尚早だと思うんです。パパさんは咲いたばかり――まだ初心者さんなのです」
「あれだけの魔法を初陣で閃いておきながら初心者、か。まっ、どうせアレについては遅かれ早かれ説明しなきゃならねぇんだ。
まとめて言っちまったほうが手間が省けていいだろ」
「極否定。と、とにかくダメなんです」
どうしたもんだか、なおも食い下がってくるチビチビに、黒猫がイラッとした感じでヒゲを動かす。
「だぁああ。うっせーなぁ。オレが良いっつったら良いんだよ。ほれ、おめぇはコイツでゆっくり遊んでな」
と、ゆりなが抱き枕にしていたヘビのぬいぐるみを乱暴にひったくって投げた。
「むむっ」
キランと目を輝かせ、それをフリスビードッグよろしく華麗に空中キャッチするコロナ。
さっきまでの抗議はどこへやら、そそくさと部屋の片隅に舞い戻るチビチビを見て俺は大げさに嘆息してみせる。
「いやはや。所詮、子どもだねェ」
そう肩をすくめていると、
「……ふ、ふぇえっ」
小さな泣き声。
今度はなんだよ、とベッドに視線を向けると、ゆりなが何かを探すように手をさ迷わせていた。
起きたのか? 顔をのぞいてみるが、どうやら眠っているようだ。悪夢でも見ているのかね。
その様子に黒猫は「あっちゃー」と呟き、チビ助の額にポンッと肉球をあてがう。
「そーいや、ポニ子ってば、何かしら抱いてないと眠れないんだった」
ああ、抱いていたヘビのぬいぐるみが消えたからぐずってたのか。
「これはこれは。こちらも、所詮子どもってワケね」
要は、ヘビのぬいぐるみに代わるような何かしらを抱かせれば泣き止むんだろ。
ふむ、それならば。
ピーンときた俺は、身に着けていた白緑縞のオーバーニーソックスの片方を脱いで、
「よっと。ちィっとばっかし臭いかもしれねェけれども、ここは一つ我慢しておくんなま」
にぎにぎとグーパーを繰り返す手の中へスッポリおさめる。
「……えへへっ」
今泣いたカラスがもう笑うたァ、このコトを言うのかね。
そいつのマヌケ面に、ついついつられて笑ってしまう。
「バッカでぇ、俺様の靴下とも知らずに安心してやんの」
しっかし、他人の靴下を抱きしめながらニンマリ顔で眠る姿って、どうなんだろうか。
これがおっさんだったらただの変態だな。