魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「おいおい、どんだけだよ」
俺はゆりなの掲げた黒杖の先を見て唖然としていた。
いや、正確には唖然を通り越してもはや笑いまでこみ上げてきている。
ホバーの体躯と同等、いやそれ以上の巨大な紅い雷球。
逆方向に浮かんでいる赤い満月も自分と似た姿にさぞかし驚いているだろう、それほどまでに圧倒的迫力。
だしぬけに凄まじい雷鳴が轟く。
「さぁ、汝よ――我が贄となるがいい」
杖を振り下ろした直後、雷球が地響きを立てながらホバーへと向かっていく。
当然気づいているホバーはその雷球に向かって何度もカマイタチを飛ばす――が、すべて届くよりも前に打ち消されてしまう。
いや、これは吸収しているのか? 風をたらふく食い、さらに大きさを増した雷球が容赦なくホバーを包み込む。
電撃の爆ぜる音とともに断末魔の叫びをあげるホバー。
「あのホバーを一発で仕留めやがった……」
なんて、ムチャクチャな爆発力だ。
コロ美やクロエが何度もゆりなについて『素質』があると言ってはいたが。
それにしたって、これはいささかに行き過ぎじゃないのか?
……まぁ、なんにせよ、だ。
とりあえずホバーが斃れたことに安堵しておこうじゃねぇか。
そう俺がホッと胸を撫で下ろしていると、
『――まだ、なんです』
まだ? もしかして、まだ生きてやがんのかあのハチドリは。
すさまじい生命力だなと俺が感心していると、コロナが言いにくそうに、
『否定。ホバーはとっくに死んでいるのです。あの呪文は、これからが本番なんです……』
死んでいるのに、本番も何もないだろ?
と思ったのだが、すぐさま俺は『本番』の意味を知ることになった。
「はぁ、はぁ、はぁああ……ッ! ヴォルティック、エンドォォオッ! うぅうわぁああああッ!!」
髪全体を真っ赤に燃え上がらせながら目をつぶって絶叫するゆりな。
その様にビビっていると、だんだんとホバーが浮かびあっていくじゃねーか。
ぐにゃりと首のまがったハチドリを持ち上げるのは、あの直撃した雷球だった。
「チ、チビ助……なにを、するつもりなんだよ?」
しかし、声をかけても梨のつぶて。
不安げにゆりなの背中を見ていたが、空高く持ち上げられたホバーが動いたように見えたので、そちらへと視線を向ける。
生き返ったのか――いや。
動いたように見えたのは、雷球が弾けた為にホバーがガクンと落下したからだった。
そのまま行けば地面へと叩きつけられるハズだ。
……そう、そのまま行けば。
弾けた数多の雷球が落ちていくホバーに何度もぶつかっていく――というより、喰らっているようにさえ見える。
落下するよりも前に雷球がぶつかり、そのつどホバーを持ち上げるもんだから落ちるに落ちられない。
やっとその猛攻が終わったかと思ったら、今度はその雷球が地面へと集まっていく。
「あれは、虎なのか?」
合体して出来上がったのは紅い雷獣だった。
それは黒虎モードのクロエに限りなく似ているように見えるが……。
『肯定。アレは呪文によって召喚されたお姉ちゃまなんです』
「召喚て。そんなもんまであんのか、っていうかオーバーキルもいいとこだぞ。
あの巨大カミナリお化けがクロエってんなら、言って止めさせようぜ。もう終わったから帰って来いってさ」
『……無理、なんです。あの状態のお姉ちゃまは自我を失っちゃってるんです』
おいおい、待て待て。
するってぇと、まさか俺があのクロエを力ずくで止めなきゃって流れなのか?
『否定。お話しが出来ないだけで、こちらには危害を加えないんです。ホバーを封印したらそのまま旧魔法少女さんの中へと戻るんです』
「封印? ああ、そっか。なるほどねぇ、これが捕獲呪文ってワケなのか」
『――こんなの、こんなの捕獲呪文なんて言えないのです』
辛そうに言うコロナ。
一応、これでも捕獲は出来るが、このやり方はあまりよろしくないって事か。
捕獲に良いも悪いもなさそうなものだけれども。
『今からお姉ちゃまがすることを見れば、言ってる意味が解ると思うのです……』
言って直後、バチバチと尻尾を揺らしていた紅い雷獣――クロエがホバーの喉元に喰らいつく。
そして今度は……うっげ、もうダメだ見てられん。
あまりの惨さに一歩後退して目を背ける俺。
なんと言ったらいいのか。これでは、封印というよりも捕食だ。
俺がげんなりしていると、食事を済ませたクロエがこちらに近づいてきた。
危害加えないって言われても、すげぇ恐いんですケド。
強面で威嚇するそいつに、俺は万が一に備えて杖を構える。
「ク、クロエさんっスよね? 恐縮だけれども、もうちっとばっかしお食事は慎ましくやってもらえると嬉しいかなー、なんちて」
そう引きつった笑顔で話しかけたんだが、これまた梨のつぶて。
俺をサクっと無視したクロエは、前傾姿勢のままピクリとも動かないゆりなのもとまで歩み寄ると、頬をぺロっと舐めた。
そして少し悲しそうに喉を鳴らした後、チビ助の中へと吸い込まれていく。
「…………」
小さくしゃっちゃん、と呟いたゆりなの声を俺は聞き逃さなかった。
「ゆりな!」
すぐさま駆け寄って、倒れそうになったそいつを支える。
ちょいちょいと指で髪を触ってみるが、もう普段の黒髪に戻っていて熱くない。
「にゃ、にゃはは。くすぐったいよぉ」
腕の中でトロンと眠そうに俺を見上げるゆりな。どうやら目も戻っているようだな。
髪色も目の色も戻った――あとは。
「わりぃ、わりぃ。……えっと。あのさ、俺のこと分かる?」
訊いた俺に満面の笑顔で、
「しゃっちゃん!」
おお、すっかり元通りだ。
一時はどうなることかと思ってたぜ、とようやく安心した俺に、
「――ねぇ、それじゃあさ。しゃっちゃんは、ボクのこと分かる?」
俯きながら言うチビ助。
「え? 分かるも何も、ゆりなはゆりなだろ?」
「……うん。そう、だったね」
頷いて、だらんと腕を垂らすゆりな。
「!?」
ギョッとした俺は、即座にチビ助の肩をガッシガッシと揺らした。
「お、お、お、おいぃい! 目を覚ませ、死んじゃダメだっ!」
ええい、こうなったら荒療治だ。ペッシペッシとゆりなの頬を往復ビンタしてやる。
「人生の、楽しいイベントはこれからなんだぞ! おい、ゆりなぁあああっ!!」
ガッシガッシ。
ペッシペッシ。
必死に蘇生術を試みている俺の頭の中にコロナの呆れ声が響く。
『……パパさん。旧魔法少女さんはあの力を使ったから、今とても疲れてるんです。
だから死んだんじゃなくて、ただ眠いだけだと思うのです』
「え、マジで?」
手を止めて見やると、「ふぇえええ……」と目をグルグル回していた。
「げ、元気そうで何より」
ともあれ、ホバーは封印された(というか喰われた)ワケだし、
俺もゆりなも何とかケガもなく無事に乗り越えたワケだし、これにて一件落着!
……とはいかないよな、いくらなんでも。
この『魔法少女』、まったくもって疑問が山積みだ。
まぁ。これにてを、ひとまずに置き変えて、とりあえずは良しとしておこう。
今はただ――何も考えず、ゆっくりと休みたい。