魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第十七石:暗い空を見上げて

 クロエが行ってしまってから、俺はせわしなく周りをキョロキョロと見渡していた。

 夜中の二時過ぎ、いわゆる丑三つ時というヤツだ。

 そんな時間に公園に一人だけという状況でも十分に怖ろしいのに、

 後方には不気味な鳴き声をあげる怪鳥がいるもんだからたまらない。

 

「ちきしょう……。は、早く来てくれよ」

 

 両手で耳を塞ぎながら俺がそう呟いたとき、右方向から誰かの気配を感じた。

 

「おっ。やっと来たか?」

 

 だが、振り向いた先に居たのは、想像に描いていた鷲鼻の魔女なんかではなく――ただの小さな子どもだった。

 ていうか、どう見てもコロナだった。

 どこかでズッコケたのか、パジャマがドロドロに汚れており、

 そして何故か、ヘンテコな蜘蛛のぬいぐるみを大事そうに抱きしめている。

 えーと……一応、訊いてみるけれども。

 

「まさかとは思うが、お前さんがピースだったってオチじゃあないよな?」

 

 ぶんぶんと首を振る。否定の合図。

 ま。そりゃそうかと頬をポリポリ掻いていると、

 そいつは今にも泣きそうな顔で俺に詰め寄ってきた。

 

「……パ、パパさん。大変なんです、模魔が、でっかいハチドリさんが暴れてるんですっ」

「模魔? あぁ、模造魔宝石とやらの略称かィ。そういやさっきから突風を撒き散らしているねェ」

 

 後ろを見ずに親指でさし、俺はなるべく冷ややかにこう続けた。

 

「だから――。だから、なんだってんだよ?」

 

 睨み付けられたコロナは一瞬ひるんだ後、ぬいぐるみをギュッと抱きしめて、

 

「お、お願いなんです……。コロナと契約してください」

 

 契約して、ホバーと戦い、そして石へと封印してくれ。

 お前らはそう言うだろうよ、当然。

 しかしながら。もう俺は、とっくに帰ることを決意しているんでね。

 

「恐縮だけれども、断らせていただく。第一、ベテランのゆりなが居るんだろ? きっとあいつがなんとか凌いでくれるさ。

 それでもまだ魔法使いが足りないってんなら、俺の代わりにもう少し融通の利くヤツを召還すりゃあいい」

「……旧魔法少女さんはベテランなんかじゃないのです。

 なったばかりで、まだ一つしか模魔を捕まえてないし、全然わからないことだらけで不安だって。

 ――ご飯のお片づけのときにそう聞いたんです。最初はコロナも、凄い魔法使いさんだと思ってたんです。

 素質は十二分にあると、思うのです。でも場数を踏んでいないとなると、もしかしたら……」

 

 ゆりながなったばかりだというのは知っている。

 ゆりなが不安がっているというのも知っている。

 そして、もしかしたらあのホバーに殺されるかもしれないというのも、

 ――知っている。

 

「なぁ、コロ美は何であいつを心配しているんだ? 最初は殺すとか倒すとか、物騒なこと言っていたじゃねーか」

「別に心配なんかしてないのです。あの人を見るとモヤモヤするのは変わってないんです。

 今でも旧魔法少女さんの本気の魔力を確かめたら倒すつもりです」

「だったら、」

 

 どうしてだよ? と、訊ねようとする前に、コロナは困ったような泣き笑いの表情を浮かべて、

 

「でも。でもでも――あの人からあったかいご飯を頂きました。あったかいお風呂も貸してもらいました。

 あったかいお布団も敷いてもらいました。そしてこのぬいぐるみさんも……」

 

 何かのキャラなのだろうか、存在感バツグンのヘンテコな蜘蛛のぬいぐるみ。

 気になってはいたのだが。ゆりなからの借りモンだったのか。

 

「さっき……貸してもらったんです。居なくなったパパさんを探してたら、『しゃっちゃんは多分もう二度と帰って来ないと思う。

 でもね、本当にしゃっちゃんの事を想うなら、ワガママ言っちゃダメだよ』って言って、そして、この子を、貸してくれたんです」

 

 後半はすでに声になっていなかった。

 

 俺らが出て行こうとしていたあの時、ゆりなは起きていた。

 邪魔をせずに。コロナをあやしつけて。

 俺が『ワガママ』を言わないでくれといったあの約束を――精一杯に守って。

 本当は心細く、一人では不安だってのに。

 

「……そうだったのです。ワガママ言っちゃダメだって。パパさんを困らせたらダメだって。だから、もう邪魔しないんです。ごめんなさい、パパさん。

 一日だけだったけど、いろんなことがあってコロナは楽しかったんです。まるで、本当の――」

 

 言い淀んだコロナの背中から光り輝く羽が生まれる。

 

「ううん、なんでもないのです。じゃあ……パパさん、お元気で」

「……あ、ああ」

 

 小さなバイバイをして、ふらふらと飛び去っていくコロナ。

 その方向は、模魔であるホバーが居る方向だった。

 きっと、ゆりなに加勢する気だろう。

 

「いやはや」

 

 昨日のゆりなとコロナの弱々しい戦いを思い出す。

 あんなボケボケコンビがハチドリの化け物に勝てるとは到底思えねェけれども。

 ま。俺には――

 

「関係ない、よな」

 

 そう呟いたとき、後方からホバーの鳴き声が聞こえた。

 振り向くと、黒い稲妻が――ゆりなの放ったであろう稲妻がホバーを捕らえていた、

 

 が。

 すぐさまそれを弾いて、暴れるように翼を振る。その動作から一瞬遅れてこちらまで強風が襲ってくる。

 

「こ、こんなに離れていてもこれかよ……」

 

 近くにいるチビ助なんて、ソッコー吹き飛ばされてしまうだろうな。

 まったく。序盤の敵とは思えない、どうしようもない相手だ。

 一つケラケラと笑った後、俺は暗い空を見上げて、

 

「なーにやってんだろ、俺ァ」

 

 昨朝と同じ公園の中。

 昨朝と同じベンチで。

 昨朝と同じセリフを。

 ただ一つ、昨朝と違うところはと訊ねられたのならば、

 

 それは――

 

「来やがれっ、霊鳴!!」

 

 凄まじい速度で飛来する霊鳴を掴むと、そいつは待ってましたと言わんばかりに光り輝いた。

 

「おお、暖っけぇ。こりゃあホットの缶コーヒーを買うまでもねぇな。タダで使えるホッカイロとくらァ」

 

 言った直後、これまた凄まじい速度で冷えていく霊鳴。同じくして光も消えていく。

 期待して飛んで来てみたらそれかいとのツッコミが聞こえてきそうな即時対応だな、おい。

 

「ウソだっつぅの。そろそろ出番近いからウォーミングアップやっといた方がいいぜ、試作型ちゃんよ」

 

 すぐさま熱を取り戻し、ピカピカと光る霊鳴。なんつーか、まるで生きてるかのような石だな。

 ふむ。

 

「石だけに意思を持つ……なんちって」

 

 急激に冷えこむ霊鳴。再び光り方も切れかかった電球よろしく弱々しくなる。

 これはこれはいささかに、と喜んでいる場合でもない、ってね。

 さぁて、さてと霊鳴をパジャマの胸ポケットに押し込んで、

 

「そんじゃま。正式採用型ちゃんには負けないように、気合入れて行くぞってなもんで……ひとつ!」


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