魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
その後、ゆりなの部屋で髪を乾かす俺たち。
小さなピンクのドライヤーを髪にあてつつ考えることといえば、やはりさっきの事だ。
「ありゃあ……一体、なんだったんだ。おめぇさん、なにか知ってるかい?」
再びに、俺の組んだあぐらの中へと陣取ったコロ美に訊いてみると、
「コロナもわからないんです。お姉ちゃまは『あの言葉』を言わないでほしいって言ってたのです」
あの言葉――
これはおそらく『ワガママ』というワードで間違いないだろう。
俺が『ワガママを言うな』と言ったから、ああなってしまった……と考えるのが妥当か。
だけれども、そんなたかだか言葉一つであれほどまでに辛そうに咳き込むか?
「コロナはトラウマの仕組みという番組をテレビで観たことあるのです。もしかしたら、その言葉がそれを――」
「刺激した、って?」
いやいや、まさか。まだ十にも満たない若さでそんなものあるはずも無い。
フツーのどこにでもいそうな子供に見えるゆりなに、『トラウマ』だなんてそんなもの。
「パパさん、本当にそう思ってるんですか? 子どもだから傷つかないと、何を言われてもヘーキだと、そう思ってるのですか?」
ジッと見上げてくるコロナ。
む。
やけにつっかかってくるじゃねェか。
「……まどろっこしいねぇ、何が言いてェんだ」
「コロナは、旧魔法少女さんよりチビチビなんです。だけど、大人と一緒でちゃんと傷つくのです。
パパさんに契約断られて怒鳴られたときとか、パパさんにコロナと一緒のお風呂はつまらないって言われたときとか……ちゃっかりと傷ついてるんです」
げっ。
何食わぬ顔しているから平気なんだろうと思っていたのだが、マジでか。
「マジなんです」
ありゃ、まぁ。
なんて返していいものやら、ドライヤーの風を冷風に切り替えながら、そう考えあぐねていると、
「でも、コロナは傷ついてもすぐに治るんです」
「そりゃあ、どういうこってィ?」
という質問に一瞬だけ俯いたあと、
「それは――パパさんが、その後すぐに優しくしてくれるから、なんです」
そう頬を染めて俺のパジャマをぎゅっと握った。
「あんだそりゃあ! ははっ、わけわかんねーヤツぅ」
ぷっと吹き出した俺に、コロ美は珍しく怒った表情で、
「む。む。コロナは真面目なお話をしてるんです。つまり、コロナが言いたいことは、傷ついても癒してくれる人がいればいいと思うんです」
「ふぅん。そういうモンかねェ」
イマイチよくわかってませんといった俺の流し的なリアクションを不服そうに、
「あのですね。パパさんはさっき、旧魔法少女さんがフツーのおバカそうな子どもだから傷つかないって言ってましたよね」
いや、おバカそうなとまでは言ってねェけれども。
「でも、逆に子供だからこそ傷つくようなことがトラウマたる原因だとしたら?
そして、もしあの人が『いわゆるごく一般の普通の子ども』じゃないとしたら?」
「……さてはて。言ってる意味がよくわかんねェなあ」
「パパさんなら分かるハズ――ううん、きっともうとっくに気付いてるハズなんです。彼女の心の傷に、そして彼女と自分とのある共通点に」
へぇ、これはこれは。
人の心の中に土足で踏み入ることのできる、スンバラシイ能力の持ち主なだけある。
「いやはや。それは俺の心ん中を覗き見たから、だからそう断言できるってワケかィ?」
少々おどけて言ってみるが、
「パパさんの言葉を借りると、コロナの能力をそこまで買いかぶって欲しくないんです。
少しだけ、パパさんだけの考えが読み取れるというだけでその奥底までは届かないのです」
「だったら、どうして俺の全てを知ったかのような、」
訊こうとしたが、俺はすぐさま口を噤んだ。
何故なら、コロナがあの光った眼で、ニィっと不気味に笑いながら俺を見上げたからだ。
「それは――ピース様が選んだ『コドモ』だから、なんです」
「ど、どういうこっちゃ。答えになってんのか、そりゃあ。もっと具体的に言ってくれよ」
「肯定。つまり、それはですね――」
スッと息を吸って言葉をためるコロナ。
ごくりと喉が鳴る。
……ピースか。あの唯一にして最強の魔女だとかいうふざけた婆さんが選んだ子ども。
俺は当然として、やはりゆりなも故意に選ばれた子ども――そういう事なのか?
いよいよキナ臭い話になってきたもんだ。
そう、神妙な顔をして待っていると、
「へっくち! ……なんです」
ガクッ。
なんとも間抜けなクシャミに一気に脱力してしまう俺。
「あらら、鼻水出てんぞ」
「あ、ぅ」
鼻水をズルズルとすすろうとしたそいつに、
「こら。ちゃんと鼻をかまないと中耳炎っつう、こわ~い病気になっちまうんだぜ」
ティッシュを二、三枚取り出して鼻にあててやる。
「ほら、チーンて」
「ちーん」
「ん。キレイキレイなった……って、つまりそれはヘックチなんですっつーのは、どういう意味なんでぇいコロ美ィィイ!」
うがーっとすごんだ俺に、コロナは鼻を真っ赤にして、
「ごめんなさいです。今のクシャミで何言うか忘れちゃったんです。
えっと。パパさん、コロナの髪も乾かして欲しいのです。風邪ひきそうなんです、いささかに」
「ったく、興醒めたァこのことだな。あと、さりげに俺の口癖マネしてくれるなよ」
「おっけー。恐縮なんです」
「……コロ美、おめぇワザとか?」
「ぶいっ」
いや、どうしてそこでVサインが出るんだよ。
ホント意味不明なガキんちょだ。もしかすると、今時の幼稚園児はみんなこんな感じなのか?
だとしたら全国の保母さんに同情しちまうぜ……。
そう頭の中で嘆いていると、またもやコロナが大きなクシャミをかました。
「あー、もう。しゃあねぇなぁ。俺様が乾かしてやんよ。チッ、めんどくせェめんどくせェ」
「やたっ」
「前向けー、前」
「肯定なんです!」
と、前を向いたはいいが、ぴょんこぴょんこと跳ねるもんだからたまらない。
「はしゃぐなって」
ドライヤーをオンにしながら、
「ほら、ジッとしてなァ。動くとヤケドすんぞ。つーか、霊獣サマとやらも風邪をひくモンなのか?」
カラダ丈夫なんだよな、確か。
クロエ曰く、ちょっとやそっとのことじゃあケガしないとか言ってたよーな。
「肯定。ケガはしてもすぐウニョニョって治るんです。でも病気は普通にしちゃうのです」
「あーそう、ウニョニョっスか。お客さん不気味な体してるんスね」
「はい。不気味な体なんです」
そんな美容院のようなヘンテコな会話をしつつ、コロナの髪を乾かしていると、
後ろのドアがカチャっと開いた。
「ん?」
振り向くと、まだ周囲に湯気を立ち昇らせているゆりながソーッと顔を覗かせていた。