魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第十石:『ワガママ』

「九十八、九十九……百、なんです。パパさん言えたですっ」

「よーし、エライエライ。んじゃ、そろそろあがるぜェ」

 

 そう風呂からあがった俺達の前に、

 

「むぅー……」

 

 現れたるは、ふくれっつらのゆりな。

 そいつは抱えていたバスタオルを不機嫌そうにボフっと俺に渡して、

 

「しゃっちゃんさー、他人と一緒にお風呂入るのイヤなんじゃなかったのぉ?」

 

 ジトっと見つめられ、いくらか気圧されたが俺は体を拭きながらこう言った。

 

「あ、ああ。そりゃあ苦手だけれども。どしたんだ? ロボロフスキーハムスターみたいに頬を膨らませちまってさァ」

 

 ゆりなのほっぺたを指でつんつん突くと、そいつは反抗的にますますと膨らませつつ、

 

「だってだって! アイスウォーターちゃんと一緒に入ってたじゃん!

 ボクだって、しゃっちゃんと一緒に入りたかったのに……ずるいもん」

 

 これはこれは。何かと思ったら、そんなことか。

 別に俺は一人で入るつもり満々だったワケなのだが。

 ま。ここは一丁、宿主のご機嫌を伺っておくことにするかね。

 ぷいっとそっぽを向いてしまったゆりなに、

 

「んな、怒るなって。……じゃあ、ほら。明日はおめぇさんと一緒に入るっ! これでチャラって事で一つさ」

 

 とかなんとかテキトーに言っておけばいいだろう。

 どうせ明日には、この家から(というかこの世界から)出て行くワケだし。

 すると、予想通りにそいつはケロっとした笑顔でこちらを向いて、

 

「わーいっ! しゃっちゃんと一緒にお風呂ー! 絶対だよ、約束だもんねっ」

 

 そう言って、小指を突き出してきた。

 

「指きりげんまーん」

 

 こりゃまた、懐かしいっつーか。そんなのやるの小学生のとき以来だぜ。

 って、いまの俺はそんくらいのガキんちょだったか。

 なら、ガキはガキらしく振舞おうじゃあねェか。

 

「へいへい。わーってるって。――約束、な」

 

 俺も小指を出してゆりなの指に絡める。

 

「指きりげんまん! ウソついたら、」

 

 流れのままフツーに針千本のーます、と続けようとしたのだが、

 

「雷千発ぶっぱなーす。はい、指切った!」

「ちょ、ちょ、ちょい待てって。切るな切るな。針千本だったらまだしも、雷千発っておめぇさんが言うと急にリアルすぎるんだが、おい!」

 

 そう慌てる俺に、ゆりなは八重歯をキラっと光らせ、意地悪そうに、

 

「にゃはぁ? どーして慌ててるのかなぁ。しゃっちゃんが、ちゃーんと約束守ってくれればイイだけの話じゃあん」

 

 ウッと、たじろいた俺に今度は後ろのチビチビ助が、

 

「あのですね、旧魔法少女さん。パパさんはさっきお風呂でこう叫んでたんです。

 ふははは! 明日にでもこの世界からとんずらバイバイするんだゼェ! どゎれが魔法使いなんてやるんだゼ!

 あばよ、このペチャパイキングダムがァァアって。一体、パパさんどうしちゃったのか……コロナはビックリなんです」

 

 お前が一体どうしちゃったんだよ。

 つーか、そんな怪しげな語尾つけた覚えねぇぞ。

 

「ひっどーい! しゃっちゃんだってハイパーぺったんこじゃん!」

 

 ハイパーぺったんこて。

 そんな使い方されるとは、ハイパーも思いもよらなかったろうに。

 

「いやはや。今の話のツッコむべき所は胸のことじゃあ無いと思うのだけれども。

 ていうかだな、コロ美。おめぇさん変な話しないでくれよな。誤解しちまうだろ」

 

 言うだけ言って、我関せずとばかりにゴシゴシとジジイの乾布摩擦よろしく体を拭いているコロナに苦言を呈してみるが、

 

「変な話もなにも、ホントのことなんです。パパさんはコロナたちを見捨てて逃げる気まんまんだったのです」

 

 ち、ちぃっとばっかし言い方に刺々しさが感じられるのは気のせいかね。

 

「えーっ!? しゃっちゃん、霊鳴呼んだとき『魔法少女なっちゃいました、春なので』とか、

 『ここは一つ、先輩のお手並み拝見ってことで』とか言ってたから、やる気あると思ってたのにっ」

「んな、四ヶ月も前の話を蒸し返されてもよォ」

「今日のお話だもん!」

「大体さァ、おめぇらがコロ美と俺を契約させるうんぬんで盛り上がってるとき、ちゃーんと俺は魔法使い自体をやりたくねぇって抗議してたんだぞ」

「そ、そんなの聞いてなかったもん……。ぶぅうう」

「ったく。ほれほれ、若いのにそんな顔すんなって。眉間にシワを寄せる度に幸せが逃げちまうって親父が言ってたぜ」

 

 グリグリとゆりなの眉間を指でこすってやる。

 

「そんなのより、しゃっちゃんが逃げちゃうことのほうが大問題だよっ」

 

 幸せを、そんなのよりって言い切ってしまうなんて。

 なんていうか、こういうところが子供だねェまったく。

 と、肩をすくめて苦笑いしていた俺に、

 

「――幸せなんて、そんなので十分だもん。いらないもん。しゃっちゃんが一緒に居てくれる方が絶対いいもん」

 

 そう言って俯くチビ助。

 こりゃあ……冗談を言って逃れられる雰囲気でもないか。

 まぁ、何故だか気に入られているようで悪い気はしないのだが、だからといって付き合う義理もない。

 一日や二日の旅行とは違うんだ。

 

 何が起こるか分からないし、いつ終わるかも分からない魔宝石集めなんざ、正直やってられん。

 いつまでもこの世界にとどまって、親父に心配かけたくねェし。

 中学のダチに会えなくなるのもキツイ。返してもらってないゲームもあるしさ。

 そういやケンカでケリをつけてねぇヤツもいる。(ただいま四勝五敗)

 負け越しのまま逃げたら、あのヤローになんて言われるか。

 

 そんなこんなで、俺もいささかに忙しいワケで。

 なーんて、ガキのこいつに言ってもピンとこないだろうさ。

 だから、俺は少々強引だが子供相手に納得させるためにはこれがベターだと思い、こう言った。

 

「悪ィけれども、俺にも色々事情があるんだって。おめぇさん方が切羽詰ってるっつーのは、よぉくわかるけれどもよォ……。

 ま、あんまり『ワガママ』言わねェでくれると助かるってワケで」

 

 その瞬間だった。

 あきらかにゆりなの動揺していく様が見て取れた。

 

「ワガママ――?」

 

 瞳孔が開き、先ほどまでの元気ハツラツ少女とは思えないような無表情に変わっていく。

 目の光がサッと消え、どこか遠くを見ながら、

 

「ごめんなさい……言わないから、もうボク、『ワガママ』言わないから」

「え?」

「ちゃんと良い子になるから、ボク、ワガママなこと言わないから。だから、だから、だから――」

 

 気が抜けたようにペタンと座り込むゆりな。

 

「大丈夫か、どっか具合でも悪ィのか?」

 

 どうしたらいいのか狼狽している間にも、ゆりなの呼吸が荒くなっていく。

 胸を押さえて咳き込む彼女に、何も出来ず呆然と立ちすくむ俺。

 

「けほっ。え、えへへ。ごめんね、しゃっちゃん。ボクは、だ、大丈夫だから、先にお部屋戻ってていいよ……けほっ、けほっ」

「お、おいっ!」

「……パパさん。コロナたちは大人しく立ち去るべきだと思うんです」

「んなこと言ったって、放っておけねぇだろ!」

 

 そう振り向いた俺の目の前に、どこか悲しげな表情をしたクロエが現れた。

 

「あーあ。アレを言っちまったか。いつ出てもおかしくなかったからな、しゃあねぇか。

 コロ助の言うとおり、おめぇらは部屋に戻ってな。あとはオレがなんとかすっから」

 

 いつもの事だというような軽い調子で言った後、

 

「――シラガ娘。ポニ子にもう『あの言葉』を言わねぇでやってくれ。すまねぇ、ワケはいつかちゃんと話すからさ……」

 

 背を向けたまま、黒猫はそう呟いた。


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