魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第百壱石:ピースとシャクヤク 終

 喉を締め付けられるような感覚――

 

「お前さん、ワシに何か用かねェ。恐縮だけれども、ワシはいささかに忙しくてね……」

「あ……あぐっ……」

 

 威圧感。

 吐き気がするほどの強大な魔気。

 そして――剥き出しの敵意。

 

「……ピース様。お戯れはそこまでにしたほうが宜しいかと」

 

 ぼそりと呟いたのは車椅子を押している少女――ネームレスだった。

 

「いっひっひっひ……ああ、イサさか、イささカ……に、いッひヒっ」

 

 その眼帯娘は無表情のまま、俺に一瞥もくれずにピースの車椅子を押して森の奥へと進んでいく。

 そしてシャオもまるで最初から俺が居なかったかのように、無言でシャドーの指輪にキスをすると、闇の中へと消えていった。 

 

 何故か、ふつふつと怒りがこみ上がってくる。

 なんの魔法か。金縛りよろしく動けずにいた俺だったが、右手に魔力を込めて弐式を掲げた。

 

「……くそっ、が!」

 

 力ずくで金縛りを解いた瞬間、俺は杖を振り回してピースが去って行った方へと走り出した。

 ――だが、すぐに歩道に出てしまう。

 おかしい。さっきまで森の中心に居たハズだぜ? こんなにすぐ道に出るはずないんだが……。

 前を向いても後ろを向いても華やかな桜並木道。

 

「まだそんなに遠くに行ってないハズ――」

「わっちゃ!」

 

 キョロキョロ辺りを見渡していたとき、向こうから走ってきた人にぶつかっちまった。

 

「め、メガネメガネ……」

 

 目が数字の3のようになっている少女が、手探りでメガネを探している。

 そいつのケツの方に転がっていた特徴的なピンク色のメガネを拾い、

 

「ほれ、チビ天」

 

 と。それを手渡す。

 

「……あっ、しゃくっち!? こんなところで何してるっちゃ」

 

 メガネをかけた途端、大げさな戦隊キャラのようなポーズで俺を指差すももは。

 

「つーか。それはこっちのセリフなんだけれども……それよりも、お前さん車椅子のバアさんを見てないか?」

 

 訊くと、そいつは自分の頭に乗った桜の花びらや枯れ葉をわしゃわしゃと手で落としながら、

 

「だって、ここジョギングルートやけん。でも、さっきから走っとったけど、車椅子の人なんて見てないっちゃよ? おじさんとかワンちゃんの散歩してる人は見かけたっちゃけど」

 

 するってぇと、何かの魔法で撒かれたってことか。

 くそったれめ……。せっかくピースのヤツと会えたのによォ。

 そう、俺が拳を握り締めていると、

 

「しゃくっち……恐い顔してるっちゃ。もしかしてあのこと怒ってる?」

「あのことってなんでぇい?」

 

 すると、ももはが俯いて両手の指をイジイジと絡め出した。

 

「しゃ、しゃくっちに不躾な人って言ったこと……」

 

 あー。そういや、確かにムカついていたけど……。でも、正直なところ今はピースのことで頭がいっぱいだった。

 なので。

 

「……いやァ、別に?」

 

 つい、そっけない返しになってしまった。

 そんな俺の答えを聞くや否や、たちまちももはの目が涙ぐんでいく。

 

「ご、ごめんなさい……」

「えっ!? い、いや、全然怒ってないから! 頼むから泣かないでくれよォ」

 

 俺があたふたとしたところで、やにわにチビ天の胸についている懐中時計が鳴りだした。

 

『十六時五十五分! 十六時五十五分!』

 

 その途端、それをポチッと止めて、

 

「あっ。もう塾の時間っちゃ。しゃくっち、また遊ぼうねーっ!」

 

 さっきまでの涙は一体なんだったのか。笑顔で俺の頭を撫でると、手をぶんぶん振って走り去っていくももは。

 あ、あのヤロウ……やっぱり許してやんねー!

 わなわなと拳を震わせる俺の後ろから、

 

「……白の魔法少女」

 

 今度は無感情な声が掛かる。

 騒々しい娘から、このギャップだ。

 

「こ、今度はなんだァ?」

 

 怒りの矛先が定まらず、いささかに素っ頓狂な声で振り返る俺。

 すると、目の前には先ほど俺をさらっと無視した眼帯娘――ネームレスが立っていた。

 俺よりもチビなそいつはジーッと無言で俺をしばらく見上げた後、

 

「……その怒り。今は抑えて」

 

 震える拳を一瞥してそう言った。

 チビ天へ向けられた怒りだったが、ネムはピースに向けられたものだと勘違いしたのだろう。

 まあ。どちらにも怒りはあるのだけれども……。

 

「ピースはどこでぇい? 色々と言ってやりたいことがあるのだけれども」

 

 そう言うと、ネムは一つ瞬きをして、

 

「もうすぐ、十七時になる。貴女を待つ人たちがいる」

「……あん? なんでそんなこと知ってるんだァ?」

 

 五時までには帰るって約束はしたが、ネムが知ってるのはおかしくねーか。

 また疑問が増えちまったぜ……と内心溜め息をついたとき、目の前の眼帯娘が俺のマフラーに――お姉さんのマフラーにそっと手を置いた。

 

「……まだ、ダメ。貴女は黒の魔法少女の――いえ、みんなの希望」

「き、希望? 俺様がァ?」

 

 アホ面で自分を指差しながら訊いてみると、ネムがコクンと小さく頷いた。

 

「白の希望……そう、私は判断する」

 

 一体全体、何を言ってるんだこいつは。

 俺が希望ってどういうこった。

 相も変わらず掴めないヤツだな……。

 

「……時間」

 

 ネムが言った瞬間、どこからかチャイムが鳴り響いた。

 多分、こりゃあ五時のチャイムかね。

 

「お願い、白の魔法少女……」

 

 能面のような無表情だが、どこか悲しげな表情にも見えてくる。

 ……おそらく気のせいだろうけど。

 まあいいや、と。俺はそいつの頭をぐしぐし撫でた。

 

「わーった、わーった。わかりましたんで。大人しく帰ればいいんだろォ。ったく、どいつもこいつも、意味わかんねーぜ」

 

 弐式に跨って浮かび上がった俺に、小さくバイバイをする眼帯娘。

 そいつに、バイバイを返して俺は急いで家に帰ることにした。

 

「……あっ! しゃっちゃんちゃん!!」

 

 俺を見つけた途端、玄関の前で待っていたお姉さんが嬉しそうな声をあげる。

 エプロン姿のその人は小走りで俺に近づいてくると、

 

「おかえりなさい……ませっ」

 

 ギュッと俺を力いっぱい抱きしめた。

 ううっ。苦しいったらないぜ。この抱きしめ攻撃が無ければ良い人なんだけれども……。

 やけに甘ったるい香りと、シチューの良い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ちゃ、ちゃんと約束どおり帰ってきましたんで……そ、そろそろ放していただけると助かるんですが」

 

 ようやく声を絞り出したと同時に、腹がグーッと鳴ってしまった。

 

「げげっ、す、すんません」

 

 恥ずかしさのあまり俺が顔を真っ赤にしていると、お姉さんはクスクス笑って玄関を開けた。

 すると、ひょこっとゆりなが顔を覗かせて、

 

「あっ、しゃっちゃんお帰りなさいっ。もー、二分二十四秒の遅刻だもんっ」

 

 妙に細かい指摘だった。

 なんて言い返そうかと考えていると、チビ助の足元から今度はコロ美が顔を覗かせた。

 

「パパさんお帰りなさいなんです」

 

 そして、そいつの頭に乗っかっているクロエも「にゃ~ん」と猫のフリをして俺を出迎える。

 いやはや、まったく……。こちとら大変だったつーのに、なんともノンキそうな奴らだぜ。

 

「……はあ」

 

 まあ、いっか。色々あったけれども――とりあえず飯を食ってとっとと休もうかね。

 

「にゃはは。しゃっちゃん、帰ってきたときはなんて言うんだっけ?」

「コロナはちゃんと言えたです。パパさん、ふぁいとっ」

 

 そんなやり取りに思わず笑ってしまう。

 

「はいはい、わーってるって。……ただいま、チビ助ども」

 

 と。俺はグーペコの腹を押さえながら、そいつらの待つ食卓へと向かった。


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