魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「ふあぁ~。疲れた体に染み渡るんです、これがまた」
湯に浸かったコロナが年寄りのような声をあげる。
「おめぇさん。言いにくいんだけれども、なんで俺の上に座ってやがるんでぃ。これじゃあ足を伸ばしてくつろげねぇぜ」
あぐらをかいた俺の足の上に、ちょこんと正座をしているそいつに言うと、
「そのまま座っちゃうと溺れちゃうんです。結構ここのお風呂深いのです」
「なら、立ったまま入りねェ」
「否定なんです。それだと、ゆっくりくつろげないです」
おい。今まさに俺がくつろげてない状態なんだが。
「……じゃあ、飛びやがれ。羽出して、ちぃっとばっかし浮きながら浸かりゃあいい」
「それは名案なんです。でも羽を出すとき『うんしょ』ってリキむので、もしかしたらちょっとだけ出ちゃ、」
言いかけたところでコロ美をひょいっと抱き上げ、
「わーった、わーったって。きたねー。俺の上に座ってもいいから、くれぐれもふんばらねェでおくれ」
「肯定。……えへへ」
嬉しそうに人の足の上ではしゃぎやがって、このチビチビ助め。
わざと、ああいうこと言いやがったな。
いやはやに。これじゃあ疲れが取れるどころか、増してしまう。
次は絶対一人で入ろう、変なオプションは抜きだ――そんなことを考えていると、
「パパさん。つまんなそうです」
悲しそうな目で俺を見上げながら、
「コロナと入るの、楽しくないですか?」
一瞬ぎくっとしたが、ここはハッキリと言ってやった方がお互いの為だろうさ。
「つまるつまらないで言えば、つまらないかもねぇ。あーあ、出来れば一人でゆっくりノンビリと浸かりたかったぜ」
まぁこんなところか。
ちと、厳しく言い過ぎたか?
チラリと横目でチビチビ助を見やるが、そいつはあっけらかんとした様子で、
「それなら暇つぶしになるものを出すんです」
湯船から左手を突き出し、指パッチン。
すると、ポンッという音と共に何やら冊子のようなものが出てきた。
黒い表紙に、青の蛍光色で『弐式所有者専用』と書かれている。
「あんだァ? ゲームか何かの説明書みたいだが」
不思議がる俺に、
「これは魔法少女の取扱説明書なんです。いずれ成る魔法使いの予習がてら、暇つぶしに最適だと思ったのでご用意したのです」
ああ、これがあのとき言っていた取説か。
結構薄っぺらいんだな……分厚くても困るが。
「ま、やるつもりはねーけれども、暇つぶしに読んでみるとするかねェ。ええと、なになに――」
それには七つの項目があり、それぞれこんなことが書かれていた。
其の壱――霊鳴石について――
霊鳴は呼べばいつでもどこでも飛んできます。
弐式における封印解除の呪文は『イグリネィション』です。
其の弐――魔法使用について――
弐式所有者の魔法を使うときの呪文は、
『ぷゆゆんぷゆん ぷいぷいぷう』となります。
慣れれば簡略化することもできますが、最初のうちはなるべく全て唱えましょう。
其の参――使用限界について――
霊鳴の中に入ってる霊薬という液体がなくなると魔法が使えなくなります。
もし使用中になくなった場合は海に戻すか、使用者の心身を休ませてください。
なお、なくなったままの状態でも魔法は使えますが、生命エネルギーを著しく消費しますのでオススメできません。
其の肆――魔宝石について――
魔宝石には二通りあります。
強力な七つの大魔宝石とイミテーションと呼ばれるたくさんの模造魔宝石です。
其の伍――禁止魔宝石について――
七大、模造問わずどれも魔宝石には様々な能力が秘められていますが、
中には絶対に使ってはならない禁断の魔宝石もあります。
例として治癒系の魔宝石は全て禁止魔宝石にあたります。
其の陸――注意事項について――
他人に正体を知られてはいけません。(ただし魔法関係者を除く)
魔法使いであるということをバレないように周りに注意して魔法を使ってください。
其の漆――集束について――
「……ん?」
そこまで読み進めて俺は頭を傾げた。
其の漆(読めねェ)という項目が、説明が無くまったくの白紙だったからだ。
「おい、コロ美。ここ何も書かれてないんだが。どうなってやがるんでぃ」
両手で湯をすくってひたすら俺の鎖骨にぶつけるという、
謎の一人遊びを楽しんでいるコロナに訊ねてみると、
「それはまだナイショなんです。いつの日か文字が浮き上がってくると思うんです」
「あーそう。ま、別にどーでもいいけれどもよ……っと!」
とりあえず反撃に、手で水鉄砲よろしくお湯を飛ばしてやる。
「わっぷ。鼻に入ったです、ツーンと痛いんです」
「いっひっひ。ざまぁみそらしど」
と言いつつ、湯船からあがり髪を洗う作業にとりかかるが……どうもあの説明書が引っかかるワケで。
説明はからっきし頭に入ってないからどうでもいいのだが、それよりも『説明書』自体がいささかにねェ。
確か、ピースが保管していたパンドラの箱が手違いでゆりなのもとに送られたんだっけか?
んで、それを開け、中の宝石を飛ばしちまったゆりながそれを集めることになった――魔法使いになって。
つまりそれは偶然の事故ってこった。
それなのに、説明書って。フツーそんなもん無いだろうよ。用意が良すぎるっつうか、これではまるで――
「パパさんの考えてること面白いんです」
シャンプーをシャワーで流しつつ見上げると、コロナが無表情で俺を見下ろしていた。
「面白いってどういうこってィ。つーか、あんまし俺の心を読んでくれるなよ。いささかに困るぜ」
そうリンスのボトルに手をかけた瞬間、
「……パパさん、一ついいですか」
また声色が変わりやがった。
もしかしたらあの時のように目も光ってるのかもしれないが、無言でリンスをひねりだす。
見ていて気分のいいツラじゃねぇし。
「あまり深く考えないほうがいいです。パパさんは、旧魔法少女さんと一緒に散らばった石をただ回収する、ただそれだけの『オハナシ』なんです」
リンスを前髪にちまちま塗りこみながら、
「……恐縮だけれども、俺をそんなに買いかぶってくれるなよ。別になんにも考えてなければ、宝石集め云々も興味ない」
本音だ。
魔法少女? 誰がそんなモンをやるかって。素質があるか知らねェが、俺じゃなくてもいいだろ。
そう、こいつらとの仲良しごっこなんざさらさらゴメンだ。いつまでもピーチクやってられねェ。
俺は明日にでも元の世界に帰る方法を見つけて、とっととこの世界からトンズラを決め込む。
テメェらの世界はテメェらでなんとかしやがれ、ってヤツ。
「果たして、そう上手く逃げられるですかね」
コロナがくすくすと笑いやがる。
こいつ、目がピカると性格ちょっと悪くなってねーか?
これはこれは、修正しないと。ケツは若いうちにぶてってな。
「うるへー。チビチビのクセに生意気だっての。おしおきが必要だねェ、まったくもって」
言って立ち上がり、
「……ほへっ?」
ビックリしているコロナを抱き上げてお風呂椅子にストンと座らせる。
「覚悟しろってなもんで、一つ」
シャンプーを出して、わしゃわしゃと乱暴に髪を洗ってやる。
「わわ。パ、パパさん激しいです」
「ほーれほれ」
「きゃっきゃ! そこは脇です。く、くすぐったいんです」
ま。
所詮はガキんちょだと思いたいところだが。
こいつの言動抜きにしても、やはりどうも不明瞭な点が多すぎるな。
深く考えるな、とは簡単に言ってくれるが魔法使いになっちまったら深く考えざるを得ないだろうよ。
だから、これ以上面倒なことになる前に本当に逃げ出さねェと。
――明日が勝負だな。