どうしてこうなった?   作:とんぱ

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後日談その5 ※

 十二支んがそれぞれの決意を新たにしたところで、パリストンから止まっていた会議を進める声が放たれた。

 

「さて、皆さんネテロ会長の辞任に納得なされたところでボクから提案があります。ネテロ会長の辞任にともない、第13代会長選出についての議題を話し合いたいと思います」

 

 そう、ネテロが会長を辞めるということは、次期会長を選出しなければならないということである。

 トップ不在で回り続けるほど組織というものは甘くはない。すでにネテロが会長の座を離れて2ヶ月になる。

 いくらパリストンが引き延ばしていたとはいえ限界はあるのだ。早急に会長を決める為の選挙を行わなければならないだろう。

 

 ここで問題になってくるのは選出の方法だ。

 ハンター十ヶ条その9にあるように、全同胞の過半数の支持がなければ会長となることは出来ない。なので基本的には選挙を以ってして会長が選出されることが多い。だが会長が不在の場合の会長代行権は副会長が持っている。なのでそのまま副会長が会長に繰り上がることもままあった。副会長ともなれば全ハンターの過半数の支持を受けていることも多いからだ。

 他にも異例の抜擢という例はないわけではない。パリストンが次期会長選出に関しての議題をこの場で提案するのも分からなくもないだろう。

 

 だが、殆どの十二支んが副会長であるパリストンが何故わざわざそのような議題を挙げるかが理解出来なかった。

 黙っていれば副会長という立場にいるパリストンがそのまま繰り上がって会長となる可能性が高いのだ。議題など出す意味がない。このまま代行を務める方針で話を進めるのが最善だろう。

 自分が不利になることしかない議題を出してきたパリストンの不気味さに幾人もの十二支んが不審に思い、中には苛立ちすらする者もいた。

 

「ボクとしましては――」

「――あー、そのことじゃがの」

 

 パリストンが何か言おうとしたところをネテロが遮る。

 パリストンは言葉を遮られたことを別段怒った様子も見せずに笑顔でネテロに続きを催促するよう首肯した。

 

「次期会長は選挙で決めるように。これはワシからの最後の依頼じゃ。選挙の方法は十二支ん全員で決めること。以上じゃ」

 

 ネテロからのその最後の依頼に異を唱えるものは誰もいなかった。

 前会長が次期会長の選出方法を決めることは長きハンター協会の歴史の中にも前例があることだ。

 十二支んとしてはパリストンに会長の座を渡す可能性を減らせることになるし、パリストンとしてはむしろ自ら持っていきたかった話の流れだ。異論などあるはずもない。

 

「はい、ボクはそれでいいですよ」

「私も」

「同意する」

「異論はない」

 

 次々と賛成の意見が出て、反対者もなく13代会長を選出する選挙を行うことが決定された。

 

「それでは特に意見がないならこれにて議会は終了としますが……はい、ないようですね。それでは皆さんお疲れさまでした」

 

 最後の十二支んであるジンがいない以上、ネテロの言う条件を満たすことは出来ない。この場で選挙の方法を決定することは不可能だ。

 なのでこれにて会議は終了である。ネテロの会長辞任撤回から始まった会議はパリストンの爽やかな笑顔と共に幕を閉じた。

 

 なんで会議が終わるまでこの場にいたのか分からなかったアイシャは、まあいいやと気持ちを切り替えてその場から離れた。

 もちろんネテロもアイシャと一緒に付いていく。もう会長としては本当にこれで終わりなのだ。後は自分の好きに動くだけである。

 

 

 

 会議室を出て道なりに進みながら2人は会話をする。

 

「全く。あなたのごたごたに巻き込まれるとは思いませんでしたよ」

「すまんすまん。まあこれで貸し借りなしということで勘弁してくれい」

 

 ネテロの言う貸し借りとはキメラアント事件の時にアイシャを助けたことだ。ネテロが迅速な行動をしていなければ確実にアイシャは治療が間に合わずに命を失っていただろう。今のアイシャがあるのはネテロのおかげと言っても過言ではなかった。

 

「……それはあなたの方が損をしていますよ。別のことで返します」

 

 命を救ってもらった恩が、この程度の迷惑くらいで釣り合うわけがない。

 そう思っての言葉だったが、ネテロは別段気にするなという風に手をヒラヒラと振るう。

 

「ワシの労力的にはトントンじゃよ。おぬしを助けるのに大した手間は掛かっておらんわい」

「……分かったよ。お前がそういうならありがたく受け取っておこう」

 

 好敵手の思いやりを受け取り、この話題はここで打ち切るアイシャ。

 無駄に気をつかっても迷惑がられるだけだ。今更そんな細かいことを気にする間柄でもない、後で上手い酒でも差し入れて呑むくらいで丁度いいだろう。

 ……まだ飲酒しては駄目かな、と悩むアイシャだったが。どう考えてもあの父母が許してくれるとは思えないアイシャであった。

 

「さて、どうするアイシャ?」

 

 唐突に楽しそうな笑みを浮かべてそんなことを聞きだすネテロ。

 周りに人がいれば一体何のことを言っているのか分からないだろうが、聞かれた当人であるアイシャには分かっていた。

 

「どうするって、あなたの部下なんでしょう? どうにかしてくださいよ」

「えー、だってワシもう会長じゃないしー」

 

 いい歳して子どものようにふざけるネテロに、いつまでも変わらないなと若干の諦めとそれでこそのネテロだという複雑な想いを抱くアイシャ。

 そんな2人の後ろから、2人の謎の会話の原因である人物が声を掛けてきた。

 

「待てよ女!」

 

 後ろからそう声を掛けてきたのは十二支んの1人、寅のカンザイだ。

 彼は射殺すような目つきで振り向いたアイシャに向かって吼えたけた。

 

「オレと勝負しろ!!」

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、アイシャとネテロとカンザイの3人は協会本部にある訓練所へとやってきていた。

 念能力者が訓練する場所のためか、どこもかしこもボロボロだ。これでも定期的に修繕しているのだが、念能力者が本気で訓練すれば頑丈に作った訓練所でもすぐに壊されてしまうのだ。

 周囲は完全に閉ざされており、個々の念能力の秘匿も十分に対処されている。そんな場所に移動した理由は、もちろんアイシャとカンザイが闘うためだ。

 

「ここなら思う存分暴れられるぜ!」

 

 興奮し息巻いているカンザイ。すでに全身のオーラは迸り臨戦体勢に入っているのは目に見えていた。

 

「どうして私とあなたが闘わなくてはならないのですか?」

 

 問うても意味がないことだとは理解している。恐らく言葉で彼を説得することは出来ないだろうと予測していた。

 アイシャも今までに見たことはあるが、言葉よりも別の何かで納得するタイプの人間だ。それでも理由を確認することは悪いことではないだろう。

 

「お前が強いのは分かっている! ネテロ会長のライバルってのも嘘じゃないんだろうさ! だがな! 闘いもしていない相手を簡単に認められる程オレは器用じゃないんだよ!」

 

 アイシャの予想は当たっていたようだ。

 カンザイは頭が悪いが愚かではない。アイシャの実力が自身より高いのは理解している。だがそれを認める理性と感情はまた別なのだ。感情が納得しない限り、理性で抑えることは出来そうになかった。少なくともこれが他の十二支んに関わる何かならば納得していただろう。

 だが事はネテロに深く関わることだ。それをただ見過ごして納得出来るような性格ならば、カンザイは今頃別の人生を進んでいただろう。

 

 アイシャはカンザイのその決意を見て、確認するようにネテロを見やった。

 

「すまんなアイシャ。こやつの意思を汲み取ってやってくれ。それとなカンザイよ。ワシャもう会長じゃないぞい。気軽にネテロさんと呼んでくれい」

 

「オレに取ってはいつまでも会長はあんただ! 他の奴が会長になってもその気持ちを変えるつもりはねぇ!」

 

 真っ直ぐ過ぎるその想いはけして曲がることはないだろうと実感させるものが籠もっていた。

 やれやれと思いつつも、慕われて悪い気持ちはしないネテロであったが。

 

「さあ行くぜ! お前の力を見せてみろ!!」

「……分かりました」

 

 ネテロのカンザイを思う気持ちとカンザイの自分を納得させたいが為の覚悟に、アイシャも応えようとする。

 両者が開始線に立ち、ネテロが見届け役として開始の合図を任される。

 

 全力でオーラを練り上げ全身を強化するカンザイ。確実に強化系を思わせる小細工のないその姿勢にアイシャは好感を持ったくらいだ。

 対するアイシャはオーラを纏ってすらいない。カンザイが見たアイシャの姿は隙はなくとも全力の欠片も見えなかった。

 だがカンザイはそれを見て手を抜いているとは思いはしない。全力の出し方が人それぞれなのはカンザイ程の経験者ならば理解しているからだ。

 もしこれが手を抜いている結果だとしたら、それは闘い終わった後に分かることだ。そうなればその時はこの女を認めることはないと決まるだけだ。

 だから、今は自身が全力を尽くして闘うことに集中した。

 

「良いか。これは試合じゃ、決闘ではない。試合後には互いに遺恨を残さぬように。良いな」

「おう!」

「はい」

 

 2人の了承の声を聞き、続いてネテロによる開始の号令が放たれた。

 

「始め!!」

 

 号令が終わるや否や、間髪入れずにカンザイはアイシャへと向かっていた。

 分かり易い程に愚直な突進だ。開始前の入れ込み具合を見れば大抵の人間がこう来るであろうと予測出来たであろう。

 だが、予測出来ることと対応出来ることはまた別だ。例え相手の心が読めていたとしても、その動きに反応することが出来なかったら意味がないだろう。それと同じである。

 カンザイの突進はそれだ。寅のコードネームに相応しい、まさに虎を思わせる瞬発力と力強さだ。例え来ると分かっていても反応出来るのは極僅かしかいないだろう。

 

 そしてアイシャはその極僅かの内の1人だ。猛獣が迫り来るようなプレッシャーの塊を合気にて対処する。

 それだけでカンザイは自身の勢いのままに吹き飛ばされる。だが、カンザイは壁にぶつかる前に瞬時に空中で体勢を整え、壁を軽やかに蹴ることで衝撃を緩和しダメージを最小限に抑えて床へと着地した。

 まるで猫のようだとアイシャは思う。虎の攻撃力と猫の俊敏性を有しているかのようだ。

 

 対するカンザイは自身の攻撃が簡単にいなされたことに歯噛み……することはなく、着地と同時に再びアイシャに向かって全力で攻撃を仕掛けた。

 相手が格上だというのは理解している。これは勝つための試合ではない、納得するための試合なのだ。もちろん負けるつもりで闘いを挑んだりはしないが。

 小細工は無用。余計な思考も不要。自身の全力を叩きこむことのみに全てを費やして、カンザイはアイシャへ猛攻を仕掛ける。

 

 二度目の突進も愚直そのものだ。だが先の一撃よりも更に威力が増しているように思える。手を抜いていたわけではなく、更に気合が乗った結果だろう。どうやら興奮すればするほどオーラが増すタイプのようだ。

 だが勢い、威力ともに増したその一撃も、アイシャにとっては対応可能なレベルの打撃だった。念能力は除くが、メルエム戦を経たアイシャに対応出来ない打撃など技術でアイシャに伍さない限り放つことは不可能であろう。

 

 アイシャに向かって突進していたはずのカンザイは突如としてその動きを空中で止め、その場で高速回転を始めた。

 カンザイの突進から生まれた運動エネルギーの流れを合気を以ってして転換したのである。つまりカンザイは自らの力で宙を廻っているということだ。

 体に漲っていた力が一瞬で空回りし、突如として肉体の自由を奪われ宙にて回転させられたカンザイ。その唐突な変化にカンザイの反応は瞬時に対応することが出来なかった。

 反応が遅れ、その上宙を高速で回転するという無防備な状態で、アイシャが放った掌底を避けることなど出来るわけもなかった。

 アイシャの放った掌底は鳩尾に正確に突き刺さる。その威力に宙を廻っていた肉体はその回転を止める。回転と掌底の衝突が生み出した威力はカンザイから戦闘力を奪うには十分過ぎるものだった。

 

「――グハァッ!?」

 

 血反吐を吐き出して大地に沈むカンザイ。意識は残っている。だが、肉体はその意思に応えてはくれない。どれだけ力を籠めても立つことはおろか指1つ動かすこともままならなかったのだ。

 

「それまで! 勝者アイシャ!」

 

 そして勝敗を決する声が響いた。

 完敗である。全力を出した、だがその上で圧倒された。しかも相手は全力を出し切ってはいないだろう。

 カンザイはその事実に腸が煮えくり返る。だが仕方ないと納得もしている。相手が全力を出す前に力尽きたのだから。

 腹が立っているのはアイシャにではなく、その程度の実力しかない自分自身にだった。

 

「がふっ、こひゅ、ひゅぅっ、ぅ……」

 

 内部に浸透した衝撃のせいで未だに呼吸は整わない。

 だが、それでもゆっくりと時間を掛け、苦痛に顔を歪ませながらも自身の力で立ち上がった。

 そしてそのまま開始線まで千鳥足ながらも戻っていく。すでにアイシャは自身の開始線に戻っていた。

 

 時間を掛けつつも開始線に戻り、カンザイは残る力を振り絞って――

 

「あ、りがとう、ござい、ました……」

「ありがとうございました」

 

 試合後の礼を行い、力尽きるように倒れた。

 カンザイはネテロが言った言葉を守ったのだ。これは決闘ではなく試合だ。ならば試合が終われば対戦相手に礼をするのは当たり前だ。

 苦痛に倒れたカンザイだったが、その表情はどこか晴々としたものだった。そして倒れたままにアイシャに話しかける。

 

「おま、え……名前、なんて……った?」

「アイシャ、アイシャ=コーザです」

「おぼえ、とくぜ。次はオレが……勝つ!」

「ええ。楽しみに待っていますカンザイさん」

 

 アイシャのその言葉を聞いて、カンザイは満足したように意識を手放した。

 

「ほっほ。面倒な奴に目をつけられたの。カンザイは何度でも挑んでくるぞ?」

「こういう人は嫌いじゃありませんよ。あなただって面倒などと本当は思っていないでしょう?」

「まあな」

 

 小細工なしで真正面から気持ちをぶつけてくる相手だ。ネテロとしても嫌いな相手ではなかった。

 時々疲れることもあるが……。

 

「それよりもあの副会長の方が面倒でしょうに」

「まあな……」

 

 小細工をしないことがない相手である。しかもその小細工は超がつくほど1流だ。ネテロとしても苦手な相手であった。

 まあそんな苦手な相手を近くに置くことが楽しいと思う捻くれ具合のネテロであるのだが。

 

「自分の楽しみに全力を尽くす姿勢は嫌いじゃないですけど、それで人をダシに使われるのは御免です」

「何言ってやがる。あん時にワシを落としいれるような言動しやがって!」

「だ、だって……ネテロを弄れるいい機会だったんだもん……」

「お前絶対性格悪くなってんよ」

「若気の至りなのです」

 

 まあ実年齢が若いのは間違いではない。人生経験自体は人類最高峰だろうが。

 

「まあそんなことよりも」

「話を流す気じゃよこやつ」

「気にしない気にしない。それよりもあの子、ボトバイ君でしたっけ? 大きくなりましたねぇ。努力もしているようですし、立派になって嬉しい限りですよ」

 

 ボトバイと初めて出会った頃を再び思い出すアイシャ。

 そして同時に数十年という時の流れを実感する。あの未熟な青年があれだけの雄に育つほどなのだから。

 

「お前に発破掛けられてから無駄なこと考えずに修行に没頭するようになったからの」

「私の一言でそんなに影響を受けるなんて思いませんでしたよ」

 

 アイシャとしては悩める若人に当たり前だがもっとも重要なアドバイスをしたに過ぎないのだが、それをそこまで受け止めてくれるとは思っていなかった。

 真剣に汲み取ってくれたその想いに悪い気はしないどころか嬉しく思っていたが。

 

「彼なら次期会長も務まるのでは?」

「まあ大丈夫じゃろうな。しかし難しいと思うぞ」

「会長は務まっても、なることは難しいと」

 

 ネテロの言い回しに何を言いたいのかを悟る。ボトバイが如何に会長に相応しい器を持っていたとしても、会長に選ばれなければ意味はないのだ。

 

「パリスがいるからのー。あ奴がいて選挙でボトバイが勝つイメージは湧かんな」

 

 ボトバイは確かに会長の器だ。質実剛健を体現したような人物で、彼を慕う人物は数多い。

 だが彼のその質実剛健が選挙では仇となるのだ。情報量が豊富で情報操作が得意なパリストンがいる限り、ボトバイのようなタイプが選挙で勝つことはまず不可能だろう。

 情報操作が得意なタイプの人間ならばまだ食い下がれるだろう。だが、パリストンを上回る者はちょっと想像出来ないネテロであったが。唯一対抗出来るのはジンくらいだろうか。

 

「彼は厄介ですね。ちょっと底知れない何かを感じますよ」

 

 アイシャの人生でもパリストンのようなタイプと出会った経験は少ない。

 しかもパリストンは同じようなタイプの人間とは一線を画す何かを持っているように思える。ただの策謀に優れた男には見えなかった。

 

「彼、あなたの邪魔をするのが好きなんでしょう? 次はどんな1手を放ってくるのやら」

「うむ、まあ予想はついとるが……」

「そうなんですか? どんな手を打ってくるんです?」

「……まあ予想は予想じゃよ。まだ何とも言えんわい」

「はあ、まあいいですけど」

 

 ネテロの曖昧な返答に訝しむも、ネテロなら自分のことはどうにかするだろうと思うアイシャ。

 だが、ネテロはパリストンが次に仕掛けてくるであろう1手を読み、内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ネテロと十二支んの会議の日から1週間後。全ハンターに第13代会長総選挙の通達が為された。

 その選挙内容は多くのハンター達を驚かせた。選挙と言えば立候補者に投票するものだが、その立候補者が驚きの原因だ。

 全プロハンター755人。それら全てが選挙立候補者として挙げられたのだ。誰もが候補者かつ投票者ということだ。

 異例とも言える選挙方法に驚きを隠せない者は多かっただろう。ほとんどの者が自分が立候補者でも当選するわけではないとすぐに落ち着きを取り戻していたが。

 

 選挙通達の用紙に書かれていた選挙のルールはまだあった。

 最高得票数が全ハンターの過半数を得なかった場合、上位16名で再選挙を行う。それでも決まらない場合は順次人数を半分にする。

 更には投票率が95%未満の場合、その選挙をやり直すというルールもあった。

 これはかなり厄介なルールであった。例え得票数が1位であっても場合によっては意味をなさないこともある。しかも複数の上位者が手を組めば1位の人間を落とすことも可能だ。

 逆もまた然り。1位が複数の人間と手を組めば容易に会長の座を得ることも可能だろう。人と情報を上手く操れる者が有利だというのは実際の選挙と然して変わらない物かもしれないが。

 ちなみに無記名による投票は無効である。これはこのルールを考えた者が誰が誰に入れたか分かった方が面白いという理由で作られたものだ。

 もっとも、投票用紙を確認出来るのは公平な立場として選挙最高責任者に選ばれた前会長ネテロの秘書ビーンズのみだったが。

 

 そうして通達から2週間。とうとう第13代会長総選挙が開始された。

 投票場所はハンター協会本部といくつかの別地が用意されている。

 その数箇所に世界中のハンターの大半が集まっているのだ。これほどのハンターが一堂に会するのはそうそうない出来事だろう。

 

 多くのハンターが参列する協会本部にて、早めに投票を終えたアイシャは本部内を退出せずにしばらくその場で待機していた。

 そんなアイシャを見て他のハンター達は人が大勢いる中で投票し終わった人間が未だに退出せずにいることに怪訝に思うが、それが美少女だったので大抵の男は内心で許した。

 

「おい、投票終わったのに何でいるんだよ」

「いえ、人を探しているんですよ。ここなら見つかるかなって」

「ちっ! 迷惑にならないよう端っこにいろよ。ったく、なんでこんなに早く再会するんだよ」

「そんなこと私に言われましても……」

 

 憎まれ口を叩いているのはカンザイだ。十二支んはそれぞれ投票場所の見守りをする役目を与えられており、カンザイはこの本部の投票を見守る係りだったのだ。

 もちろんカンザイ以外にも見守りの十二支んはいたが。

 

「随分と仲がいいわねお2人さん~~」

「カンザイは闘って認めた相手には何だかんだで優しいからね」

 

 ピヨンとギンタである。カンザイと合わせたこの3人が本部投票の見守りであった。

 ちなみにアイシャとカンザイの戦闘はすでに十二支んの中では周知の事実として知れ渡っている。カンザイが隠し事が苦手な性質なのだからまあ知られるのに時間は掛からなかった。

 

「うっせーんだよ!」

「皆さん投票見守りに集中しましょうよ……」

「元はと言えばおめーのせいだろうが!」

 

 そんな風にじゃれ合っていると、ようやくアイシャの尋ね人がやって来た。

 他の投票場所に行っている可能性もあったがどうやら協会本部で正解だったようだ。

 まあ、他の投票場所にはゴン達に頼んでいるのでそっちに行っていても大丈夫だっただろうが。

 

「ハンゾーさん!」

「ん? おお! お前さんは確か……! そう、アイシャだったな! いやぁ久しぶりじゃねーか。元気にしてたか? 今回は突然の会長選挙にびっくりしたよな。おかげでジャポンからまた遠出になったぜ。いやまあ外の世界に出るのは気に入っているからいいんだけどな。任務以外で外国に来るのも滅多にないことだしな。ゴン達とは会えたか? あいつらハンター試験中にお前がいなくなって心配してたんだぜ」

 

 相変わらずの良く回る口に少々呆気に取られるアイシャだったが、本命を思いだしてハンゾーに決死の覚悟で問いかける。

 

「ゴン達とは再会出来ましたよ。それより実はハンゾーさんにお願いがありまして……」

「お願い?」

「ええ、ここでは何ですのでこちらへ」

「内密の話ってことか……」

 

 アイシャの瞳に宿った覚悟を読み取ったのか、ハンゾーもその姿勢を正してアイシャに向き直る。

 そうして2人は周囲に会話が漏れない場所へと移動していった。

 残された十二支んは何だったのかと思いながらも、そのまま仕事である投票の見守りを続けた。

 

 

 

「ここなら周囲に気配もない。さ、用件を言ってもらおうか」

 

 本部会場を離れ、人気のない森の中までやって来た2人。ここまでする必要はあったのかアイシャの方が疑問だったが、忍者としてのハンゾーの周到さが話を大きくしているようだ。

 ハンゾーの中では自分の用件がどのような内容で繰り広げられているのだろうか。少々疑問に思うアイシャであった。

 

「ええ……実はハンゾーさんが持っている黒の書を譲って欲しいのです!」

「……それだけ?」

「はい。それだけですが」

「なんだよそれだけかよ。オレは真剣な表情で話しかけてくるもんだからてっきり仕事の話かと思ったぜ」

 

 一体どんな仕事を頼むと思っていたのだろうか。

 忍者として人殺しもこなしたことのあるハンゾーだ。裏の仕事も請け負っているのだろう。

 アイシャとしてはそんな仕事を頼む気など更々ないが。そう思いつつも、裏の人間の知り合いが最近増えている気がするアイシャ。

 多分まともな知り合いは殆どいないのではないだろうか。いや、殆どではなくいない気がしだした。

 ちょっと自分の交友関係に不安が出てきたアイシャである。

 

「どうした何か落ち込んでないか?」

「いえ、何でもありません……。それより、私にとって黒の書はとても重要なんです。出来れば譲っていただきたいのですが。もちろん礼は弾みます!」

「うーん、そう言われてもなぁ」

 

 ハンゾーのその反応に思わず嫌な予感が過ぎるアイシャ。というかこのパターンは――

 

「もう人に譲っちまったんだよな。わりぃなアイシャ」

「そんなことだろうと思っていましたよチクショウ!」

「どうした急に!?」

 

 最後の黒の書のお決まりのパターンに思わず語気を荒げるアイシャ。

 無理もない。この一冊だけはのらりくらりとアイシャやリィーナ達の手から逃れているのだから。

 もうこれは悪魔か何かが嫌がらせでもしているのかと疑いたくなるレベルだろう。

 

「はぁ、はぁ、いえ、何でもありません……。それよりも、一体誰に譲ったんですか?」

「何でもないように思えないが……まあいい。譲ったのは里にだよ。今後は見込みがある奴に黒の書を見せるようになるだろうな。というわけで、お前が里に来ても譲ることはまずないだろうな。諦めてくれ」

 

 つまり黒の書は定期的に複数の人間に見られ続ける運命ということである。

 あまりの絶望に意識を手放したくなる程だ。

 

「もうお終いだ……。回収の方法はもう……。いっそ……里を……」

 

 小さく呟いているため忍者のハンゾーでも良く聞き取れないが、何やら不穏なことを呟いている気がする。

 これはまずいと思ったのかどうにかしてハンゾーはアイシャを宥めようとする。

 ハンゾーは忍者として優秀で、念能力者となって更に強くなった。才も努力にも溢れた実力者だ。

 だからこそ、ハンター試験の時よりもアイシャの実力が良く理解出来た。

 

 ――絶対勝てないっての! こんなの里に行かせたらヤバいなんてもんじゃねー!――

 

「あー、あれだ! 写しで良ければ今度作って持って来てやるか――」

「――あなたはこれ以上私を追い詰める気ですか!?」

「なんで!?」

 

 まさかの激怒である。欲しい本を写本とはいえ渡すというのにどういうことなのか。

 アイシャの真意を知らないハンゾーがそう思うのは仕方ないことだった。

 

「いえ……もうしわけありません。私のことを想ってくれるならどうか写本だけは作らないでください……。こうなったらあなた達が黒の書を管理してください。もし写本が新たに出回っているならば、まず里を疑いますよ」

「わ、分かったよ」

 

 元はアイシャの本とはいえ、現在の所有者はハンゾー並びに忍者の里である。相手が譲れないというなら諦める他はない。

 それならばいっそ写本を管理してもらえば黒の書の拡大は防がれるだろう。

 忍者の里はもう手遅れだ。厨二病の温床になってしまった(アイシャ的に)。

 ならば里だけで拡大を抑えてくれた方がマシというものだ。

 

 悪用の危険性も考えるが、どうせ黒の書がなかろうと念能力は里に知れ渡っている。今まで念能力を知らなかったとしてもハンゾーが教えれば同じことだ。

 黒の書がなくても念能力を悪用することは可能なのだ。ならば有ってもなくても同じことだろう。

 

「お願いします。決して新たな写本を作らないこと、そして黒の書を里から出さないことです。頼みましたよハンゾーさん!」

「命に代えても!」

 

 阿修羅を思わせるその圧力にハンゾーは屈してしまった。拷問にも耐え抜く精神力も形無しである。

 いや、ハンゾーは何も悪くはない。もしこれに抗ってしまえば、この阿修羅は里に牙を向くやも知れないのだ。

 絶対勝てない。無理ゲー。里の戦力を知るハンゾーはそう思わざるを得ない実力差をアイシャから感じ取っていた。

 元々里のみで共有するつもりの知識だ。他にばら撒いて商売敵を強くしてやる必要もないからアイシャの提案を断る理由もなかったのだが。

 

「ありがとうございますハンゾーさん」

「良いってことよ。だからジャポンには来ないでね」

「え? ジャポンは好きなのでその内旅行に行くつもりでしたけど、どうしてですか?」

「絶対里から黒の書は出さないから! だからせめて里には来ないでくれ!」

 

 アイシャには意味が分からない懇願であった。

 そもそも場所も知らない場所に来るなと言われてもどうやって行けと言うのか。

 

「はあ、まあ行く気はないので大丈夫ですけど」

「そうか、信じてるぞ」

 

 どれだけ怖がっているというのか。

 ちょっと脅しが過ぎたかと反省するアイシャであった。

 

 

 




どうも、私が悪魔(作者)です。
会長選出の方法は捏造設定です。実際はどうかは分かりません。

ハトの照り焼き様から頂きました。いつもありがとうございます。

【挿絵表示】


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