どうしてこうなった?   作:とんぱ

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後日談その4 ※

 ネテロと十二支んが会議する場に入室してきたアイシャ。

 まさかの好敵手の登場に驚きを顕わにするネテロ。

 そんな2人を見てアイシャの正体とネテロとの関係を勘ぐる十二支ん。

 そしてこの状況を楽しそうに眺めているパリストン。特にネテロの驚き具合を見てサプライズは成功したようだと喜んでいるようだ。

 

 そう、アイシャをこの場に連れてきたのは他ならぬパリストンであった。……いやまあ、この場にいる殆どの人間はそうだろうと予測しているが。

 それはともかく、一体何故この場にアイシャを連れてきたというのか? いや、そもそも何故パリストンはアイシャのことを知っているのか?

 その全ては…………ネテロへの嫌がらせ、この一言で説明が付くことだった。

 

 パリストンはネテロに対してちょっかいを掛けることが大好きだ。そしてそのちょっかいに対してネテロがどう反応するかが楽しみなのだ。

 その悪趣味な嗜好を満たす為には、ネテロの情報について詳しくなければならない。今までもネテロの行動や近況の情報を集め、それらの情報を利用して悪巧みをしてきた。かつて黒の書捜索を邪魔したのもパリストンの茶々入れだ。それも予めネテロが黒の書を探しているという情報を知っていたからこそだ。

 

 そして最近の情報の中に、アイシャという女性の名前が幾度も挙がっていた。

 最初にアイシャという名前を見たのはネテロが原因不明の重体となって入院した時のことだ。突然の入院に十二支んの誰もが怪訝に思ったが、ネテロはそれらの意見を全てはぐらかしてまともに答えることはなかった。

 ネテロに聞いても無駄だと理解していたパリストンは病院関係者やネテロ周辺の人物を出来るだけ調査した。その結果出てきたのは、ネテロが個人資産を使用してある女性の入院費を肩代わりしていたという事実だった。その女性の名前がアイシャだったのだ。ネテロと同時期に同じ病院に入院している女性だ。パリストンがこれに目を付けないわけがなかった。

 

 それからもネテロを調査していく内にアイシャの名前は挙がってきた。

 A級賞金首幻影旅団の捕縛及び連行の時、キメラアント事件の第一情報提供者、そして遡れば第287期ハンター試験に置いてネテロ会長とゲームをして試験合格するという異例の事態を引き起こしている。

 これらの情報を見て、アイシャという女性はネテロにとって重要な人物であるとパリストンは理解した。

 少なくともパリストンはネテロがたかが一ハンターの未確認情報だけで規則を破ってまで動くことはない人物であることを知っている。

 つまりアイシャという女性はネテロに取って一ハンターという立ち位置ではないということだ。

 

 そしてパリストンはネテロを追い詰める1手になると予想してこの会議に、ジンを除く十二支んが揃っている会議の場にアイシャを呼び出して連れてきたのだ。

 何が起きるかはパリストンでも予測し切れないが、少なくともこれで何か面白いことが起きたらいいなと思っている。言うなれば愉快犯みたいなものだ。

 ちなみにアイシャを呼んだ時の理由――建前とも言う――は簡単だ。アイシャがキメラアント事件の時に行った未確認情報による討伐隊の要請について確認したいことがある、と連絡しただけだ。

 アイシャとしてもネテロを無理矢理動かしたという後ろめたさがあった為、ハンター協会からのそのお達しに逆らうこともなくこうしてのこのこ指定された日時に協会本部へとやってきた訳だ。

 

「というか、何であなたがここにいるんですか? 会長辞めたはずでしょう?」

「うむ、まあ色々と面倒事が残っておってのぅ……。そういうお主はどうしてここに……まあ大体分かるがの」

 

 そう言いながらジト眼でパリストンを睨むネテロ。とっても素敵な笑顔で返されたが。

 

「はあ、あなたが面倒事というのは相当ですね。全く、私も本調子に戻ったのでいつやり合えるかと待っているのですが」

『ヤリ合う!?』

「お前わざと言ってないじゃろうな!?」

「ぷっ、く、くっ……!」

 

 サプライズの予想以上の効果に思わず笑いが零れ落ちるパリストン。駄目だ、まだ笑うな、と我慢するも完全には耐え切れなかったようだ。

 ネテロは確実にこうなると分かっていたからアイシャとの関係がパリストンにばれないように手を尽くしていたつもりだった。

 もちろん情報を完全に隠蔽することは出来ないとは理解していたが……。アイシャは副会長がどのような人物か細かくは知らないのでこうなる可能性はあったのだ。

 アイシャと口裏を合わせていなかったのが最大のミスであったと後悔するネテロであった。

 

「会長! この女性は誰なんですか!」

「随分と親しそうですが、どういうご関係で?」

「不潔よ~~、犯罪よ~~。会長さいて~~」

「やり合うって、この女が会長と戦うってのかよ!!」

 

 尋問や冤罪紛いの言葉の中、カンザイの純粋(馬鹿)な言葉はネテロを癒す清涼剤となっていた。

 

「何でこの場に無関係な人がいるのかしら→子。説明して貰えるかしら→子」

 

 興奮冷めやらぬ中、チードルは冷静にパリストンに説明を要求する。

 もっとも、気配に敏感なアイシャは彼女から嫉妬と憤怒が混ざったような気配がビンビンと自分に向かって突き刺さっているのを感じているのだが。他にもこの場にいる人間から多くの感情が混ざった視線を感じている。結構負の感情が多いが、どうやら興味を持たれているのだと理解する。

 

 ――さて、彼らは何者なのか――

 

 アイシャの疑問はこの場の人間の強さに関してだった。

 誰も彼もが1流と言っても過言なき実力者だ。いや、中には超1流と言える存在も何人かいる。恐らく幻影旅団とまともにぶつかり合ってもこの場にいる面子――アイシャとネテロを除く――だけで勝利を得られるだろう。

 もちろん幻影旅団が勝つ可能性も大いにある。彼らもまた1流の集いなのだから。これだけの実力者同士だと勝敗はたゆたって当然だろう。

 

 ともかく、そんな幻影旅団と同等ないし凌駕するような存在がこれだけ一同に集まるとは一体何事なのか。

 この場で取調べを受けると説明されていたアイシャだったが、取調べではなく拷問になるんじゃないかとちょっぴり危惧していた。まあネテロがいる時点でそれはないなとすぐに考え直したが。

 

 そして一通りアイシャが会議室の面々に眼を通していると、1人の男に一瞬だが意識が向いた。

 

 ――おや、彼は――

 

 アイシャがある男性について想いを馳せていると、パリストンがこの場を仕切りだした。

 

「いえいえチードルさん。彼女はこの場において無関係ではありませんよ。ねぇネテロ会長?」

「むぅ……」

 

 そう、無関係ではない。パリストンがアイシャを呼ぶ理由に使った件は決して今回の会議と無関係ではないのだ。

 ネテロが会長を辞任する理由は、アイシャのキメラアント討伐隊要請を規則を無視してでも受けて行動したことの責任を取る為と、ネテロ自身がそう説明したからだ。

 これはネテロが会長を辞任する為に利用した言い訳のようなものだが、アイシャが原因だということに変わりはない。

 

「どういうことなんだネズミよー、もったいぶらずにさっさと説明しろやボケカスが」

「ネテロ会長が会長を辞任するのは会長曰く責任を取る為ですよね。その責任を作る原因、つまりはキメラアント討伐隊を要請したのが彼女なんですよ。つまり会長は彼女のお願いを聞いた為に規則を破り責任を取る形で辞任を申しでた、ということになりますね」

 

『――!!』

 

 瞬間、吹き荒れる殺気の嵐。それらはパリストンを除く十二支んの全てから発せられ、アイシャへと収束していた。

 自分たちの尊敬するネテロが会長を辞める原因を作った女。しかも先程から聞いていればネテロと親しい様子。それがパリストンの説明に説得力を持たせていた。そこまで知って怒気が湧かない者は最初から干支に合わせてキャラ変などしていないだろう。

 

 ――わお……――

 

 突き刺さる殺意に流石のアイシャもどうしたものかと悩んでいた。そしてこの状況を作り出した男を僅かに見やる。

 完全にダシに使われている。どうやらあの似非王子風の男がこの混沌とした状況を作り出す為に自分を呼んだのだろうと推測出来た。

 以前リィーナやビスケが副会長のネテロへの嫌がらせについて口から零していたが、確実にこれがそうだろうとアイシャは確信した。

 

 そうして悩むこと数瞬。アイシャはパリストンの王子スマイルとネテロの焦り顔を見て、どうせならこの状況を楽しもうと判断した。

 そう、この状況でアイシャがしたことは――

 

「ひぃっ……! ね、ネテロのおじ様、この人達、こ、怖いです……た、助けてください……!」

 

 ――最悪の1手を放ってきたのである。……主にネテロに取っての最悪だったが。

 

「ぶほぉっ!!」

『おじ様!?』

「あはっ! あはははははっ!」

 

 アイシャの思わぬ言動にネテロは何言ってんのと噴き出し、十二支んはマジでそういう関係なのかと本気で唖然とし、パリストンは堪えきれずに吹いた。

 パリストンはアイシャの性質をどことなく理解した。アイシャとネテロがそういう関係でないことはパリストンも掴んでいる。

 だというのにこの状況でこの行動。相当肝が据わっていると見た。更にはネテロを弄るお茶目な一面もあるということはやはり相当親しいのだろう。

 ネテロとアイシャの細かい関係を知らない残りの十二支んはアイシャの言動で完全に冷静さを失っていたが。

 

「会長! 本気ですかこんな曾孫と言ってもまだ若いような歳の差の女性を手篭めにするなんて!」

「モラルがなっていないわ! →会長!」

「最低よ~~鬼畜よ~~通報しなきゃ~~」

「マジかよ。この女ネテロ会長の姪っ子なのか」

「そうじゃねーだろバカカスかおめーはよー」

「会長。恋愛は自由ですが彼女の年齢如何によってはクライムハンターとして会長を罰しなければなりません」

「いや待てこれは違う。罠じゃよ、これはこ奴らの――」

「あ、私14歳です。今年で15歳になります」

「お前何でこの状況で年齢言うの!?」

「会長、残念です……」

「会長キモイ! 下品!! 最低!!」

「ぬぅ。流石にこれは弁護出来ませぬ会長……」

「がいぢょおぉぉぉ!」

 

 まさにフルボッコである。途中のアイシャの茶々入れもあってネテロへの追求は更に加速した。パリストン自身アイシャをこの場に連れてきてどうなるかまでは予測がついていなかったが、どうやら正解だったようだと思いながらこの状況をひたすら楽しんでいた。

 

 十二支んに散々に責められ続けるネテロ。弁解の言葉を出す暇もない程に追い詰められている好敵手を見て流石に悪いと思い始めたのか、アイシャはぼそりと小さく呟いた。

 

「まあ冗談なんですが……」

「もっと大きく言わんかい!!」

 

 どうやら聞こえていたのはネテロくらいだったようだが。流石の地獄耳である。

 

「ところで私もう帰っていいですか?」

「こんだけ場を引っ掻き回して逃がすと思ってんのかおい?」

「おじ様こわーい」

「こいつぶん殴りてー」

 

 興奮していた十二支んも流石に様子が可笑しいことに気付きだした。

 どうもこの2人は勘ぐっていたような関係ではなさそうだ。そんなものよりももっと、そう、まるで長年連れ添った仲のように映っていた。

 そう気付くとある思いが再び巡ってきた。この女性は何者なのか、この女性のせいで本当にネテロが会長を辞任するはめになったのか、と。

 

「ふぅ、一旦落ち着きましょう→皆」

 

 その一言で十二支んは落ち着きを取り戻し、そして代表してチードルがアイシャへと疑問を問いただした。

 

「一体何者なのかしら? 会長との関係は? →貴女」

 

 個性的な話し方に戸惑うも、自分のことを聞かれているのはこの状況で分かりきっている。関係と言われても、どうやらネテロは自分との関係を隠していたようである為、アイシャは確認も兼ねてネテロにアイコンタクトを送った。

 

 ――いいんですかばらして?――

 ――この状況じゃ仕方ないじゃろ。適当ぶっこくなよ?――

 

 流石の付き合いの長さである。これくらいのアイコンタクトは朝飯前な2人であった。

 

「私の名前はアイシャと言います。前年度ハンター試験でプロハンターとなった者です。先輩がた、以後お見知りおきを」

「やはりプロハンターではあったか」

「まだ2年目だろ。ルーキーに毛が生えたもんじゃねーか」

「歳も歳だ。むしろ優秀な方だろう」

「いや、あの殺気を浴びても平然としていた。年齢通りだと思わない方がいい」

「確かに。大したものだね」

「その体で会長を誑し込んだの~~?」

「不潔よ→ピヨン」

 

 流石は十二支んと言うべきか。何人かはアイシャの底知れぬ実力を感じ取っている者もいた。下衆の勘繰りが終わっていない者もいたが。

 

「それで、会長との関係は? →アイシャさん」

「ライバルです」

「は?」

「好敵手と言ったら分かりますか?」

 

 ライバル。好敵手。アイシャの言っている意味が即座に理解出来ない十二支ん。いや、言葉の意味は理解出来ている。だがその意味と彼女が繋がらないのだ。

 それもそのはず。一体どうして世界最強の念能力者と謳われるネテロと、目の前の自称14歳という美少女がライバル関係にあると思えるのだ。

 

「……それは何かのゲームとか芸術とかでの話かしら? →アイシャさん?」

「いえ、武人としてですが」

「ふざけているの? →アイシャさん?」

 

 チードルのその言葉は十二支ん全員の代弁でもあった。

 尊敬するネテロ会長のライバル。それも戦闘という分野でだ。

 彼ら十二支んはネテロが暇な時の遊び相手になることもある。それはネテロと試合をすることも当然あった。

 だがそれは文字通り遊び相手なのだ。十二支んが本気で戦ってもネテロ相手では本気を引き出すことが出来ないのだ。

 具体的にはネテロを最強足らしめる【百式観音】すら引き出せずに負ける者が殆どだろう。

 

 だというのに、こともあろうにそのネテロを相手にライバルだと言い張る少女。大言壮語もいい加減にしろと言わんばかりにパリストンを除く全員がアイシャに殺気を放った。それは先程アイシャに放った殺気とは比べ物にならないレベルのそれだ。それだけアイシャは彼らの琴線に触れたのだ。

 

 だが――

 

「このアマ……!」

 

 カンザイの驚きの声は、やはり十二支ん全員の代弁となった。

 人が殺せるんじゃないかと言える程の密度の殺気の中、アイシャは平然と立ち涼しい顔で殺気を受け流していたのだ。これにはパリストンも笑みが消えて「へぇ……」と驚きの声を呟く程であった。

 

「そ奴の言っていることは本当じゃよ」

『会長!?』

 

 ネテロの言葉にまたも驚愕する十二支ん。

 アイシャだけならともかく、ライバル宣言された当人から肯定の言葉が出れば疑いも薄まるというものだ。

 だが、それでも信じきることが出来ないでいた。ネテロは簡単に嘘を吐くことがあるから尚更だ。

 

「ワシが以前入院したのを覚えているじゃろう。あれはの、アイシャと本気で戦った結果によるものじゃ」

『ッ!?』

 

 今日1日で幾度も驚愕した十二支んだったが、これが最大の驚愕となった。

 あの入院は誰もが記憶に新しく覚えている。病気ならばともかく、ネテロが怪我で入院するなど考えられないことなのだから。

 誰しも理由を問うたがネテロが真面目に答えることのなかったことも記憶に焼き付ける要因となっていた。

 その原因がいきなり降って湧いて出てきたのだ。驚くなという方が無理だろう。

 

「信じられるか! こんな女がネテロ会長をだと!!」

 

 カンザイは机に拳を振り下ろすことでその怒りを顕わにする。

 オーラまで籠められたその一撃に机は耐え切れず、一部分だけ粉砕されてしまう。その際机は僅かにしか揺れなかった。それだけ威力が集中していたということだろう。

 カンザイはその怒りを机だけではなくアイシャにも向けようとした。それは直接アイシャに危害を加える行動を取るということだ。

 そしてそれを止めようとする十二支んはいなかった。止められないわけではない。カンザイの行動に対処することはこの場の面々ならば不可能ではない。

 ただ止める気がないだけのことだ。ネテロ相手に渡り合えるのが本当ならば、カンザイくらいあしらえて当然なのだから。

 

 ――さあどう対処する!――

 

 見。それが残りの十二支んの対応だ。カンザイへの対処によってアイシャの実力が理解出来るだろう。

 それが出来なければ大言壮語を吐いた己が悪いということだ。まさかカンザイも殺すまではしないだろう。

 だが――

 

「事実じゃよ。ま、ワシの方が若干傷は浅かったけどな」

「良く言いますね。ビスケに助けてもらわなかったら死んでたくせに」

「負け惜しみじゃな。退院はワシが早かったことに変わりないわい」

「……今すぐ入院させてもいいんですよネテロ?」

「おいおい。退院して1ヶ月で戻りたいとか病院が恋しくなったかアイシャ?」

 

 ネテロとアイシャの間に流れる圧迫した空気に誰しもが動きを止めた。

 それは今にもアイシャを攻撃しようとしていたカンザイも含まれている。

 2人は無言で笑みを浮かべながら睨みあっている。ただそれだけで、先程十二支んが放っていた殺気を凌駕するプレッシャーが渦巻いていた。

 

「こ、これは……!」

「……信じられん」

 

 前述した通り、この場にいる者は誰しも1流の念能力者達だ。だからこそ理解出来る。アイシャの実力がネテロに拮抗するものだと嫌でも理解出来てしまっていた。

 

「くそっ……!」

 

 カンザイは決して頭が良いわけではない。いや、憚らずに言えば馬鹿だ。そこらの小学生の方が物を知っていることも多いだろう。

 だが戦闘者としては1流だ。並の念能力者が束になって掛かっても容易く倒せる実力を持っている。だからこそ馬鹿でも十二支んの1人になれたのだ。

 頭は悪く直情的だが、アイシャの戦力を理解する実力はあり、自身との戦力差を把握せずに飛び掛るほど愚かでもなかった。

 

「とまあ、おぬし等ならもうアイシャの実力はある程度理解出来たじゃろう」

 

 出鼻を挫かれた感があった十二支んだったが、ネテロのその一言で落ち着きを取り戻した。冷静になったことで余計に疑問が増えたが。

 アイシャの実力は理解出来た。いや、正確には計り知れない実力を有しているというのが理解出来たと言うべきか。強さの上限までは完全には理解出来ないのだ。

 それだけの強者であるのだから、ネテロのライバルというのもあながち出鱈目ではないのだろう。ネテロの適当なはぐらかしという訳でもないと分かった。

 だからこそ疑問に思う。アイシャという少女は本当に何者なのかと? 強さにもはや疑問はない。疑問なのはその存在。14歳という若さでネテロと渡り合える存在などいるのだろうか? いるとすればそれは化け物だ。このような若さでそこまでの実力を手にするなどどうすればいいのか。パリストンを含む十二支んは皆目見当がつかなかった。

 

「本当に14歳なの……?」

「ええ。正真正銘14歳ですが」

 

 ゲルのその呟きにしれっと応えるアイシャ。その言葉や表情には嘘を言っている様子は見られない。

 権謀術数ひしめく世界を生きる者たちは経験上相手の嘘を見抜くことに長けているが、それでもアイシャの言葉が嘘であるとは思えなかった。

 まあ嘘ではない。アイシャの肉体の年齢は14歳であることに間違いはない。経験と精神とオーラが百数十年ほど加算されているだけだ。まあ詐欺に近いものである。

 

「……その年齢でどうやってそれだけの力を手に入れられたのだ?」

 

 実力・年齢ともに十二支んの最高峰であるボトバイがアイシャに疑問を投げかける。彼は十二支んの御意見番と呼ばれている。それだけの実力と実績と人柄を持っており、彼自身もそれを自負している。だからこそアイシャの強さにこの場で最も疑問を抱いていた。

 会長であるネテロを目指して修行を続けていた。御意見番という特に権力や実態のある立場でなくてもそれに相応しくあろうと努力していた。今の彼があるのは数十年の努力の賜物なのだ。

 だというのに、それを嘲笑うかの如く自身を遥かに上回る存在が現れた。それが自分と同じか、いや、多少年下でも成人ならば納得していただろう。世に天才はいるものだ。そして自分は天才ではないのだから。

 だが違う。14歳。たった14年しか生きていない、ボトバイからすれば娘どころか孫とも言えるような歳の少女がだ。実力で自分を超えているなど簡単に認められる訳がなかった。

 

「それって私が呼ばれたことに関係があるのでしょうか?」

 

 だがアイシャから返ってきた言葉はこれだった。

 当然だ。ここは確かにアイシャが呼ばれたのは質疑の為であったが、それはキメラアント事件に関してのことだ。

 強さに関してその秘密を聞きだすなどハンターとして、念能力者としてマナー違反になって当然だった。

 

「……いや、関係はないな。馬鹿な質問をした。すまない」

 

 ボトバイもアイシャの言葉に自分が何を馬鹿なことを言っているのか理解した。

 完全に冷静さを失っていた。これでは会長に追いつくなど夢のまた夢だ。そう自分を叱咤していたボトバイに、アイシャはある言葉を投げかけた。

 

「努力したからだよ」

「っ! その言葉は!?」

 

 アイシャの何でもないような言葉にボトバイは驚きを顕わにする。それを見た十二支んは何故そんなありきたりな言葉に驚いているのか分からなかった。

 ボトバイはその言葉を聞いて数十年前もの過去を思い出す。忘れるはずもない。ネテロと互角に渡り合ったあの伝説の武神。彼と初めて出会った時、より強くなりたかった若かりし自身が若気の至りで武神に問いかけたことがあった。

 

 ――なぜそのような体でそこまで強いのですか?――

 ――努力したからだよ――

 

 当たり前のことだ。誰だって強くなるために必要なのは努力だと理解しているだろう。だが、本当に努力し続け、肉体的には並の成人男性と然して変わらぬ身でありながら、最強と謳われるネテロと渡り合った男から聞かされたその言葉は何よりも重みがあった。100年以上に渡り努力し続けたからこそ、そこまで強くなれたのだ。

 それからボトバイは余計なことを考えずに努力した。努力こそが道を拓く唯一の手段と思い打ち込み続けたのだ。ボトバイにとって最も尊敬する人物はネテロだが、その次にと言われれば出てくる人物は1人しかいなかった。

 

「努力して強くなりました。それだけですよ」

 

 ボトバイが過去に思いを馳せる中、アイシャは軽く二の句を告げる。

 それを聞いた十二支ん達は馬鹿にしているのかと思ったが、ボトバイだけはその言葉の重みを理解していた。

 

 ――努力を重ねているようだ。あの時の青年がここまで強くなるとはな――

 

 アイシャもボトバイと同じく過去を思い懐かしんでいた。かつてネテロと研鑚を積んでいた時の休憩中に話しかけてきた青年。強くなることに必死で余裕がなかったあの青年が、本当に立派になったものだと。

 

「そんなん当たり前だろうが! 馬鹿にしてんのかおい!?」

「そう言われても本当のことですし……。ところでキメラアント事件について聞くんじゃないんですか? そうじゃないなら私帰りますけど。私も暇じゃないんです」

「アイシャさんの言う通りですね。この場は彼女の強さを詮索するような場ではありませんしね」

「ぐっ」

 

 カンザイはアイシャとパリストンの正論に言葉を詰まらせる。

 目の前の謎の少女の秘密が気にならない者は誰1人といないが、公に詮索するような場ではない。それがしたければ個人的に場を作って聞きだすか、それぞれが持つ情報網で調べ上げるしかないのだ。

 もっとも、パリストンですら調べきれないのだから他の十二支んが調べられる可能性は非常に低いが。

 

「それでは話を本来の形に戻しましょうか。アイシャさん、貴女はキメラアント討伐隊の要請をネテロ会長に行った。これに異論はありますか?」

「ありません」

 

 そうしてアイシャへの質疑が始まった。もちろん問いかけているのはパリストンだ。彼がキメラアント事件におけるアイシャの行動について確認するため、という名目でアイシャをこの場に呼び寄せたのだから当然の流れだ。

 

「では、貴女はこの時キメラアントの脅威を直接確認していたのですか?」

「いえ、直接確認したのはNGL内でのことです。連絡した時はキメラアントの存在は未確認でした」

「それでは何故未確認の情報でネテロ会長に要請をしたのですか?」

「まず私はハンターサイトにてキメラアントと思われる情報を入手しました。それは人間大のキメラアントが存在するのでは、という情報です。これを見て私は危機感を得ました。キメラアントについては皆さんご存知だと思われますので細かな説明は省きます」

 

 ここでキメラアントって何だ? という小さな声が上がるが周りの十二支んは呆れつつもそれを無視した。

 

「人間大のキメラアントが存在するならば、それは放っておくと世界の危機に繋がると思いました。キメラアントがいると思わしき場所はミテネ連邦。その中でもNGLに流れ着いている可能性が高いと予測されます。理由は――」

 

 アイシャは当時の状況を出来るだけ詳細に伝えていく。

 こうなることは予測出来ていたから説明もスムーズに進んだ。嘘は1つも吐いていない。どれも本当のことだ。ただ前世での知識という反則な情報を伝えていないだけである。全ての真実を話す必要はないのだから。

 そこは十二支んにも分かっている。嘘はないが、全てを明かしている訳ではないだろう、と。

 まあ所詮は茶番だ。これはアイシャをこの場に呼ぶ為の名目に過ぎないということも殆どの十二支んは理解しているのだから。本当にアイシャやネテロを追い詰めるつもりがあるのなら、そもそも2人が同じ場所にいる時に同時に質疑をするなどありえないだろう。口裏を合わせられないよう別個にしてするべきなのだから。

 

「――以上です」

「なるほど良く分かりました。では、貴女がネテロ会長を未確認の情報で動かした、ということに変わりはないのですね?」

「いいえ、要請はしましたが、ネテロ会長が動いたのはネテロ会長の判断です。私は要請はすれども強制はしていませんし、そのような権限もありません」

 

 軽くネテロを売っているように思えるが、これはアイシャが悪いわけではない。

 ここでパリストンの言葉に肯定してしまうとその時点でアイシャがネテロを動かしたことになってしまう。その場合今回のネテロの規則違反の行動の責任はアイシャにもかかることになるのだ。

 もちろんアイシャは自身に責任があると個人的に思っているし、ネテロに対してなんらかの責任を取るつもりはある。

 だがこのパリストンを相手に言質を取られるようなことをすれば何をさせられるか分かったものではない気がしたのだ。そうなるとネテロに対しての責任ではなく、もっと別の何かを課せられることになるだろう。それではパリストンが喜ぶだけだ。

 

 それはネテロも理解しているからこそ、この自分を売るようなアイシャの言い分に対して別段怒りも湧いてはいない。むしろ良く言ったと感心していた。アイシャにそういう権謀術数の心得があるとは思いもしなかったのだ。何せ自分以上の修行馬鹿なのだから。まあアイシャも伊達に長生きしていないということだ。

 

「確かにそうですね……。ネテロ会長、彼女の言い分に何か間違いはありますか?」

「ないのぅ。アイシャはワシへとキメラアントの危険性と討伐隊の要請をしたが、ワシ自身に規則を無視して動けなどとは言っておらん」

 

 これも本当のことである。ネテロが規則を破ってまで迅速に行動したのはあくまでネテロの判断によるものだ。

 あのアイシャが自分に助けを求める程の事件が起こっている。その思いがネテロをパリストンの横入れも入らぬ程の早さでNGLへと動かせたのだ。

 おかげで命が助かったことにネテロへの感謝は絶えないアイシャだ。なのでこの場でネテロの行動は自業自得だと言い張るのは心苦しいものがある。

 全てが終わりネテロのしがらみがなくなった時、感謝の気持ちを言葉と、そして行動で示そうと思っていた。もちろん全力で戦うことがその行動なのだが。

 

「なるほど。……未確認の情報で討伐隊を要請したことに関しては特に罰することではありませんね」

「そうだな。安易な行動だが、別段違反という訳ではない。普通は未確認なので討伐隊ではなく調査隊を組むことになるので要請段階で却下されることだしな」

「直接ネテロ会長に連絡を取るというのは越権行為にならねーのかおい?」

「あくまで会長と個人的繋がりがあって連絡出来ただけだろう。要請くらいならば越権行為にはなるまい」

 

 十二支んがそれぞれの意見を出し合ってアイシャの行為に関して決を出す。

 それは――

 

「ではアイシャさん。キメラアント事件に置いて貴女が行ったことは特に罰せられる物ではないと決議されました。良かったですね。むしろ未然に世界の危機を救ったことに感謝しなければいけないくらいですね。キメラアントの危険性はそれらと遭遇したプロハンターからも挙がっていましたから。彼らを救ったのも貴女のようですしね。罰するどころか表彰物ですよ。申請すればシングルは確実ですが、如何ですか?」

 

 とまあ、特に問題はなかったという結果だった。

 

「いえ、遠慮します。それならばネテロ会長の違反に対して温情を頂けた方がありがたいです」

「そうですか。欲がないようで。まあ分かりました。あ、ネテロ会長の件はまた別ですけどね」

 

 残念。ネテロ弄りに定評のあるパリストンが簡単にネテロへの助け舟を通すわけがなかった。

 だが、次にパリストンが放った言葉を聞いて誰もが耳を疑った。

 

「ですが、ただ違反をどうこうと規則を盾にして責めるばかりなのも少々フェアではありませんね。ネテロ会長が迅速に行動したおかげでキメラアントの被害拡大が未然に防がれたのも事実です。

 アイシャさんに詳しく聞けたことで巨大キメラアントの危険性がより詳しく理解出来ました。その危険性を鑑みるにネテロ会長が成された功績は違反を差し引いても余りあるものと思います。

 もちろん違反は違反。規則を破って罰則なしでは規律が保てません。それは会長とて同じことです。しかし、世界を襲っていたであろう危機を未然に防いだという功績を無視するのも如何なものかと思います。ですので、ここはネテロ会長の希望を叶えることを功績とし、ハンター協会会長の立場を辞任することで違反の罰則とする。

 これが一番良い落とし所ではないかと思いますが、如何でしょうか皆さん?」

 

『何言ってんだおい!!?』

 

 まさかの掌返しである。さっきまで会長の辞任は責任の放棄などと言っておきながら、舌の根が乾かぬ内にこれだ。

 確かに話の筋は通っている。先程までのパリストンの言い分は責任の放棄についての言及であった。

 しかし功績を認めることでネテロの希望を叶え、辞任を罰則として受け入れる。辞任自体は確かに罰則に相応しくあるので異論は挟みにくいだろう。

 元々辞任を認めなかったのもネテロへの嫌がらせの為のいちゃもんに等しい言い分だ。この裁定なら何も可笑しくはないだろう。ネテロだってパリストンへの言い分として考えていたことだ。

 ただ、それを言い出したのがパリストンでなかったらの話だが。絶対に裏があることが目に見えている提案にしか思えないだろう。

 

「どういうこと? →子」

「それじゃあお前はネテロ会長が辞任するのを認めるというのか!?」

「はい」

「最初に言ってたことと随分違うじゃねーかカスがよ?」

「それは功績を重んじてなかったからですよ。でも先程ボクが言ったように、アイシャさんのおかげでネテロ会長がキメラアント事件で成したことはとても素晴らしい功績だと理解出来ました。その功績を無視することは公平な立場で見れば可笑しくないですか?」

「ふざけんな! テメェやっぱり会長の座が欲しいだけじゃねーのか!?」

「それならば最初からネテロ会長が辞任することを反対しませんし、政府に掛けあってまで辞任を保留にするなんて手間を掛けたりしませんよ」

 

 他の十二支んの様々な疑問や反論を正論に聞こえる言葉で返していくパリストン。言っていることに間違いはないので言い返すことも難しいのが性質が悪い。それがパリストンのやり方だが。

 これに異論を挟めば十二支んはネテロの成した功績にケチを付けることになるわけだ。元々私情でネテロの辞任を拒んでいた十二支んだが、この功績を無視することは私情で済ませて良い話ではなくなるだろう。

 

「皆さん落ち着いてください。確かにネテロ会長がその座から離れることはとても悲しいことです。私たちを常に牽引してくれた頼れる父とも言える人がいなくなるのは寂しいものです。ですが、子はいつか親離れをするものです。今がその時ではないのでしょうか? そしていつまでもネテロ会長に頼るのではなく、その跡を継いでネテロ会長を安心させることこそ、親孝行と言えるのではないでしょうか?」

 

 聞こえが良い、耳触りの良い正論である。だがそれを聞いてパリストンを除く十二支ん全てが同時に叫んだ。

 

『お前が言うな!!』

 

 この叫びもまた正論である。

 

「あはは、やだなぁ。情報が増えることで状況の変化を知り、それに合わせて意見を変えるのは当然のことじゃないですか」

 

 もっとも、パリストンの屁理屈には全く届かない正論だが。

 

「でもどうします? ネテロ会長を説得することが皆さんに出来ますか? ネテロ会長の頑固さ、知っていますよね皆さん?」

『……』

 

 その言葉には誰もが苦い顔を顕わにすることで返事を返していた。

 そう、ネテロを説得する材料がないのだ。感情に任せての説得はこれまでに何度もした。今更同じことを繰り返したところでネテロが心変わりをすることはないだろう。

 そして規則を武器とした説得もパリストン自らが台無しにすることで不可能となった。会長辞任を妨げる要素がない以上、説得のしようなどあるわけがない。

 どうすれば? そう苦悩する十二支んにネテロが優しく、そして断固たる決意を籠めた口調で声を掛けた。

 

「おぬし等の気持ちは嬉しいもんじゃ。じゃが、ワシは何があっても会長辞任を撤回することはない」

『会長……』

「もうアイシャの存在もばれたしいいじゃろう。今まで話した理由は会長を辞める口実に過ぎぬ」

『!?』

 

 その言葉に驚きネテロに注目する十二支ん。そして次の言葉を聞き、驚きと共にどこか納得するものを感じ取った。

 

「本当の理由はの。このアイシャとの決闘に力を注ぎたいからじゃよ」

 

 たった1人の少女との決闘に心血を注ぎたいから会長を辞める。

 それが、世界最強の念能力者から零れた台詞だった。

 信じたくない。だが、信じさせる何かをこれまでのやり取りでアイシャから感じ取った。

 

 十二支んの威圧を怯むことなく軽く受け流し、逆に底知れない力を見せ付けられた。遊び相手が精一杯の自分たちとは違い、ネテロを病院送りにすることすら可能な実力者。

 アイシャへの妬みや怒りが湧き上がる。だが、それ以上に自身の力の無さに怒り嘆いた。何故なら、自分達が強ければネテロが離れていくことはないのだと、ネテロに言われたようなものだからだ。

 

「そういうわけじゃ。ま、そんなに落ち込むでない。ワシが安心して会長を辞めるのもおぬし達がいるからじゃ。おぬし達ならば協会を任せられると信じておるからじゃ。あまり駄々をこねてワシの目が曇ってたと思わせんでくれよ」

『……会長』

 

 ネテロの言葉に僅かだが癒される十二支ん。そして徐々に全員が生気を取り戻していく。何人かは会長に情けない姿を何時までも見せないよう自身に一喝し、何人かはより強くなって会長を見返してやろうと決意する。1人は大泣きしていたが。

 

「それにな、会長じゃなくなっただけで関係が切れる訳でもあるまい。暇な時にでも遊びにくれば相手くらいしてやるわい」

 

 その言葉に十二支んの大半が感動する。ギンタは更に大泣きしていた。

 子が親を離れようと決意し、それを親が見守っているという心温まるその光景を見ながらアイシャは思う。

 

 ――私、もう帰っていいのかな?――

 

 大分前から思っていたことだが、口に出すのは空気が読めてない状況が続いていたので黙って見守るしかないアイシャであった。

 

 




 ボトバイの過去の描写とかは捏造設定です。十二支ん最年長であるしリュウショウとも出会ったことがあると思いこういう設定になりました。

ハトの照り焼き様から頂きました。いつもありがとうございます。

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