どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第六十六話 ※

 女王が命懸けで産みだしたキメラアントの名も無き王。

 その体から発せられる圧倒的なオーラの前に、キメラアントの誰もが足踏みをする中、2匹のキメラアントが王に傅いた。

 

「王、我らは王直属護衛軍」

「これからは私どもが御身の手足となり、王の望むもの全てを手に入れ、王の望み全て叶えまする。何なりとお申しつけくださいませ」

 

 当然その2匹は王直属護衛軍だ。王の手足となることを至上の幸福と捉えている2匹は、その本懐をようやく遂げられる喜びに震えていた。

 だが、王はその2匹の忠誠に対して攻撃という不機嫌極まりない対応で返した。

 強靭な尾から繰り出された一撃は誰の目にも止まることなくシャウアプフに命中し、壁の向こう側まで吹き飛ばした。

 

「二度は言わせるな。馳走を用意せい」

「も、申し訳……ございません。……ただいま、お食事を御用意いたします」

 

 王の二度目の要求に答えたのは吹き飛ばされたシャウアプフ本人だ。

 護衛軍として強大な力を持って産まれたその身でも先程の一撃にはダメージを免れなかったようだ。いや、そもそも護衛軍でなければ確実に死んでいたであろう一撃だったのだが。

 

「ほう? おぬし、名はなんという?」

「シャウアプフにございます……プフとお呼びください」

「そうか。プフよ、おぬし中々強いな。殺すつもりで殴ったのだがな。その強さに免じ、余の飯を用意しておらん愚行を許す」

「ありがたき幸せ!」

 

 食事を用意していなかった。ただそれだけで部下を殺そうとするその様はまさに暴君。このまま王が精神的に成長せず、暴君のままに世を支配したら、そこには人の居場所など何処にもなくなるだろう。

 いや、家畜という立場でなら存在しえるかもしれないが。

 

「それで、余の飯は何時になったら用意出来る」

「は! すぐさま貯蔵庫から食料を用意して参ります!」

「おい、それはもちろん豊潤な生命力に満ちた肉であろうな?」

「……それはレアモノのことでしょうか? それでしたらレアモノは優先的に女王に出していたのでもう貯蔵庫には――」

 

 王の質問に答えたモントゥトゥユピーに対しても、王は尾による強力な一撃で返す。

 シャウアプフよりも頑強な為か、大きく吹き飛ばされるも壁を突き破ることはなかったが、それでもたたらを踏むほどのダメージを受けていた。

 

「そんな物を余に食わそうとしていたのか。この愚か者が」

「も、申し訳ございません!」

「ふむ。おぬしも頑丈だな。名は?」

「モントゥトゥユピーでございます」

「ではユピーと呼ぼう」

「は! ありがたき幸せ!」

 

 この3匹の行為を見て、残りの師団長達は背筋が凍っていた。

 

 ――なんだこの悪魔たちは!――

 

 この凶悪極まりない王と、それに付き従い、理不尽とも言える仕打ちを受けてもなお幸福を感じている護衛軍。

 同じ女王から産まれているが、まるで違う生物。同じ世代の同胞も見た目も中身も全然違うが、それとはまた意味が違う別物。

 目の前の3匹が繰り広げる行為をただ跪いて見ることしか出来ない師団長達。

 だが、次の瞬間に悪魔は彼らに興味の対象を移した。

 

「味気ない飯など食う気もせん。が……。ここにはレアモノは十分にいるようだな」

 

 師団長を見て、王が、悪魔が不気味に笑った。

 

 

 

「さて、そこそこ腹も満ちたし、行くとするか」

「は、お供いたします」

「それで、どちらにお出かけになるのですか?」

 

 近場に在った食料で前菜を食べ終えた王が次にすることは、主菜を食べることだった。

 

「決まっておろう。この近くまで来ておる人間を狩りに行くのだ」

 

 王の肉体の一部となったネフェルピトーの記憶を覚えている……わけではない。

 王が産まれる前に王を構成する肉体の材料となった人間達の記憶など、王には欠片も残っていない。それはネフェルピトーですら同じことだ。だから王は記憶として侵入者であるアイシャを知っているわけではない。

 ただ、王の細胞が感じたのだ。最高級の餌が近くにいることを。

 

「くくく、姿は見えずとも感じるぞ。最高級のレアモノだ。食欲をそそられる……! はは、逃げているのか? まあ良い、これも狩りの醍醐味だ。精々必死に足掻くがよい。

 ……まあ、無意味だがな」

 

 そう呟き、王は円を展開した。一瞬で広がる王の円は、あっという間に数kmは離れているアイシャ達の元まで到達した。それはネフェルピトーを上回る円の領域だった。

 円にてハッキリと感じる極上の餌に、王は悦びを感じる。そして餌を追うためにその場から跳び立った。続いて護衛軍もそれぞれの全速で王を追いかける。

 狩りが……始まった。

 

 

 

 

 

 

「逃げろ!!」

 

 アイシャの突然の叫びに誰もが疑問を抱いた。

 先程まで一緒にキメラアントの巣へ行くという話になっていた矢先にこの言葉だ。

 巣を見つめながら顔から汗を流すアイシャ。ネフェルピトーとの一戦ですら汗1つかかずに勝利したというのにだ。

 

「どうしたのアイシャ?」

「逃げなさい! 今ならまだ間に合う! 私が抑える! 私なら時間を稼げる!」

 

 ゴンの問いに帰ってきたのは切迫した答え。

 アイシャなら時間を稼げる。それはアイシャでも時間を稼ぐのが精一杯という意味ではないか? そんな、アイシャの実力を知る者からすれば想像出来ない言葉に全員が困惑する。

 

「王が産まれた!!」

「馬鹿な!? 早すぎる!」

「どんなに早く産まれても数ヶ月は先だろう!?」

 

 それはキメラアントの生態を良く調べていたカイトとクラピカの叫びだ。

 キメラアントの女王が王を産む為に必要とする期間を調べ、そこから今回の巨大キメラアントがどれだけの期間で王を産むかを計算していたのだ。

 そこで出た結論は、早くても後2ヶ月は有するというものだ。もちろんそこには巨大キメラアントというイレギュラーも含めて考えてある。

 まだ人類には時間があったのだ。2ヶ月を短いと見るか長いと見るかは人それぞれだが、このメンバーならばミッションをクリア可能な時間だと思っていた。

 

「確かです! この圧倒的存在感! 王以外には考えられない!」

 

 全員がキメラアントの巣へと意識を向ける。

 すると確かに感じられた。これだけ離れて、直接そのオーラに触れたわけでもないのに感じられる圧迫感。

 絶望がゴン達を襲う。勝てるイメージなど端から持つことさえおこがましい。そんな存在の違いを王の姿を一目見るまでもなく突きつけられた。

 

「っ! あ、アイシャも逃げるぞ!」

「私は王を――」

「駄目だ! 逃げるなら一緒って決めたよね!」

「そ、それは……しかし、王を放置するわけには!」

 

 痛いところを突かれるが、王を放置することは出来ない。もしこれを世に放ってしまったら、世界は確実に終わる。そう思わせる不吉さと暴力をアイシャはこの場の誰よりも感じていた。

 

「ゴンに賛成だ! これは1人でどうにかなるレベルじゃない! ハンター協会に、いや、国家レベルの武力が必要だ! 全世界にこの事実を通達するべきだ! お前の力は後の戦いに必要だ! 今は死ぬな!!」

 

 カイトの必死の説得にアイシャも歯噛みするが納得する。納得せざるを得ない。

 勝ち目がない戦いだとは思わない。思いたくもない。だが、勝率は限りなく低い。それもゴン達がいなければ、の話だ。ゴン達は護衛軍ならともかく、この王を相手には完全に足手纏いだ。ゴン達がいれば彼らを気にするあまりアイシャの力は制限されてしまうだろう。

 

 ここは退く。今は勝てない。時間を置けば勝ち目は更に無くなる。

 だが、ゴン達がいては少ない勝ち目もゼロになる。

 決断したら即時行動だ。余裕など今のアイシャ達にはないのだから。

 

「退きます! ですが、殿は私が務めますよ!」

「分かった! 行くぞ!」

 

 流石に殿がどうこうまでは誰も文句を言い出さない。その意味も、暇さえもないのだから。

 

 全員がその場から高速で立ち去る。まずは全力でここから離れ、その後気配を消して完全に逃げ去る。そのつもりだった。

 だが、全て手遅れだった。

 

『っ!?』

 

 王が展開した円が閃光の如き速度でアイシャ達を捉える。

 王のオーラに触れた時、先程までの絶望はまだ甘かったと誰もが理解する。そのあまりのオーラに円に触れたゴン達は足を止めてしまったほどだった。

 

「止まるな進め!」

 

 アイシャはそう言いながらもその場で動きを止め、キメラアントの巣へと向き直る。円で捉えられた以上逃げられる確率は非常に低い。少なくとも、獲物を逃がすような甘い敵ではないだろう。

 全員で戦ったら誰1人生き残れない。だが、アイシャ1人が足止めすれば、他の5人は逃げ延びる可能性が上がる。

 

「駄目だ! 足止めならオレが!」

 

 アイシャの力は今後の世界の為に必要だと判断したカイトは足止めを買って出る。

 だが……。

 

 ――もう遅い――

 

 アイシャの言葉は声にすることが出来なかった。する暇もなかったのだ。

 そう、全ては遅かった。誰がアイシャの代わりを買って出ようとも、その足止めに意味はない。

 何故ならば……王はあのネフェルピトーよりも更に疾かったからだ。

 

 高速で駆け寄る王はその優れた動体視力で獲物達の姿を捉える。

 そしてその中の1人、アイシャと目が合ったのを理解した。

 

 ――不遜な輩め!――

 

 王である自身を睨めつけるというその度し難い行為。そればかりか、この愚か者は王を迎撃せんとばかりに構えていた。

 王である自身を止めることが出来ると思っているのか? だとしたらその増上慢をへし折ってやろう。

 

 果たして増上慢はどちらなのかと、王の心情を見ることが出来る者がいたらそう言っていたかもしれない。

 だが、王のそれは増長ではない、真実最強の力を持って産まれた者の余裕。いや、慢心と言ったほうが正確か。

 最強の力を持ち、産まれて間もない王に、慢心するなという方が無理だろう。当の王は慢心しているなどと思ってさえいないのだから。

 

 そして王は……初めて己の慢心を知る。

 

 高速で接近した王がアイシャの首を捥ごうと腕を振るう。

 その一撃で確実に仕留めたと王は思っていた。避けられるとは、防がれるとは欠片も想像しない。耐えられたならば、玩具として認めてやろう。最高級の餌とはいえ、アイシャに対してはその程度の認識しかなかった。

 王の中にネフェルピトーの記憶や知識がないのはアイシャにとって不幸中の幸いだった。もし、僅かでもネフェルピトーの残滓が残っていれば……王から慢心は消えていただろう。

 

 アイシャと王が交差する。

 そして鳴り響く轟音。先の一戦で吹き飛ばされたネフェルピトーよりも、遥か遠くまで吹き飛んでいく王。それはアイシャの力の成せる業……ではない。王の力による結果だ。

 合気の基本にして奥義とも言えるものが、相手の力を利用することだ。その究極とも言えるのが、相手の力をそのままに、自身の力を加えて相手に返す技術である。

 敵は攻撃したと思ったら、それ以上の力で反撃を受けるのだ。まさに合気の極み。全ての攻撃に合わせられるならば敵はいないだろう。まあ、所詮は理想論に過ぎないが。

 

 吹き飛ばされた王が最初に感じたものは痛み……ではない。

 ダメージが全くなかったわけではないが、この程度で痛みを覚えるほどの柔な作りではなかった。

 王が感じたのは怒りだ。産まれて初めて恥をかかされた。餌に過ぎない人間風情が、至上の王である自身に!

 

 そして次に感じたのは戒めだ。

 敵を餌と侮っていた。いや、餌に変わりはないが、それでも餌が噛み付くこともあると考えていなかった。どんな抵抗も無抵抗にしかならないと思い切っていた。

 

 次に感じたのは賞賛の気持ちだ。

 人間という種としてキメラアントに劣る存在が、キメラアントの王である自身に一矢報いたのだ。その研鑽。どれだけの時を費やせばあそこまで到れるのか。それは産まれ持った絶対強者である王には計り知れないものだった。

 

 そして最後に感じたのは愉悦だ。

 その積み重ねた研鑽を、努力を、相手の全てを奪うことが出来る。己の圧倒的暴力を振るい、相手の全てを奪い喰らう。それは最高の力を持つ自身のみに許された栄誉!

 

「く、くっくっく」

「王ー! ご無事ですか王!!」

 

 薄く笑う王の元に2匹の護衛軍が馳せ参じる。

 自分たちよりも遥かに疾く敵に到達した王が、まさかあらぬ方向へと吹き飛ばされるとは夢にも思っていなかった。

 だが、目の当たりにして実感した。アレが同胞であるネフェルピトーを殺した人間なのだと。

 

「はーっはっはっはっは!」

「お、王?」

「くっく、愉快だ。産まれて早くもこんなにも愉しめるとはな」

 

 突如として嗤いだした王を護衛軍の2匹は不思議に思うが、王はそれを意に介さずに、アイシャへ向かって歩き出す。

 走る必要はない。あの人間は逃げても無駄と悟ってあの場で待ち構えている。本来ならば王である自身の元に来るのが礼儀というものだが、今回は王自らが近く寄ってやろう。有り難く思うがいい。そんな不遜な考えでアイシャへと近付いていく王。アイシャとしては回れ右して帰れと言いたいだろうが。

 

「付いてこい。有象無象がいる。余があの人間と遊んでいる間に駆除しておけ」

『はっ!』

 

 護衛軍を引き連れて、悠々とアイシャを目指す王。

 それは悪魔の行進。確実に迫る死の歩み。

 徐々に近付きつつあるその死の具現に抗うように、アイシャは精神を研ぎ澄ましていく。

 

 

 

 

 

 

「あ、アレを吹き飛ばしたのか……」

「おい、もしかしたら勝てるんじゃないか……?」

 

 勝ち目がないとしか思えなかった王を吹き飛ばしたアイシャを見て、そんな楽観的な思いを抱くミルキ。

 だが、現実はそう甘くはない。続くクラピカの言葉でそれを思い出してしまった。

 

「敵が王だけならば、な……もしかしたら、アイシャならば勝ち目はあるかもしれん」

「……はは、そうだったな。あの化け物の横には別の化け物が2体もいるんだったな」

 

 そう、王の強大さに目が眩み忘れていたが、王には劣るものの自分たちよりも遥かに強いキメラアントが2体護衛としてついているのだ。

 護衛よりも強い王様なんてふざけるなよと、ミルキは内心で吐き捨てる。

 

「もう逃げるのは無理だね」

「ああ、相手もそれを分かっているのか、ゆっくりとこっちに近づいて来ているぞ」

「は、遊んでいるのかよ。クソッ!」

 

 歩いてゆっくりと近付いてくる王の行為は、キルアには虫けらを追い詰めて遊ぶ行為にしか見えなかった。

 王の足音をキルアの優れた聴覚が捉える。それは死が這いよる音にしか聞こえなかった。

 

「……オレ達であの2匹を抑えるぞ」

「それは無理です! あなた達ではあの2匹を倒すことは――」

「倒せなくてもいい! 抑えるだけだ。アイシャが王との戦いに専念出来るように時間を稼ぐだけだ」

「王さえ倒せればまだ何とかなる。アイシャなら……」

 

 アイシャなら何とかしてくれる。今まで数も質も相手にし、圧倒的実力で勝ち続けてきたアイシャならば。そんな期待を籠めて、ゴン達は命懸けで時間を稼ぐ作戦に出る。

 

 アイシャも今はそれしか方法がないと理解していた。

 だが、確実に誰かが死ぬ。そして誰かが死ねばそこから戦力が減ったことで更に誰かが死ぬ。その前に王を倒す自信はアイシャにもなかった。

 

 せめて護衛軍がいなければ! そうでなくても、護衛軍を任せられる戦力があれば!

 そう思わずにはいられないアイシャ。だが、これはアイシャが招いた結果でもある。

 誰かを巻き込みたくないからと1人で来た。その為に他の戦力を連れてこなかった。ネテロにはNGLに来る前に連絡しておいたが、ネテロが討伐隊を編成してここまで来るにはまだ日数が掛かるだろう。

 誰も死なせたくはない。出来るだけ犠牲を減らしたい。そんな思いからのアイシャの行動だが、結果としてゴン達はアイシャの目的に気付き、ここまで来てしまった。

 幾つかのハンターチームを救ったが、最も大切な者達が代わりに犠牲となるだけだった。

 

 アイシャを後悔と絶望が襲う。

 大切な友が、仲間が、自分の甘い考えで死んでしまう。

 

 ――誰か、誰でもいい。私はどうなってもいい! お願いだから、皆を助けてくれ!――

 

 そのアイシャの悲痛な願いは、いかなる奇跡か叶えられた。

 空から聞こえてくる、何処か懐かしい飛行音にアイシャが気付く。

 

「こ、これは……まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 レオリオは医者の勉強と修行を並行する忙しい毎日を送っていた。だが、そんな風に頑張り続けるのも限界がある。たまには休みの日をゆっくり費やしてもいいだろう。

 【高速飛行能力/ルーラ】を使って風間流へ飛んでゴン達と遊んで休みを謳歌しよう。そう思い、ゴン達に連絡を取るレオリオ。

 だが――

 

「電源が切れてる? 全員が?」

 

 誰に電話をかけても繋がらない。ゴンもキルアも、クラピカもミルキもアイシャもだ。明らかにおかしい。誰1人として電話に出られないなどあるのだろうか? ないとは言わないが、非常に少ない確率だろう。

 何か起きたんじゃ? そう思ったレオリオはアイシャに渡した【高速飛行能力/ルーラ】の目印の位置を確認してみた。

 

 実はアイシャに渡していたお守りには【高速飛行能力/ルーラ】の目印を入れていたレオリオだった。レオリオは【高速飛行能力/ルーラ】の目標として作った目印の位置を確認することが出来る。これを利用すれば、アイシャの位置を大体だが把握することが出来る。もっとも、アイシャが何らかの理由で目印のお守りを手放していたら話は別だが。

 

「これは……何処だここ? アームストルとは全然違う場所だぞ?」

 

 アイシャに渡した目印の位置はかなり移動しているようだった。

 今も移動していることから、誰かが持っていることは確実だ。アイシャであることを祈っているが、そこまではレオリオにも分からない。

 レオリオは取り敢えず世界地図を見ながら目印の位置を確認する。

 

「えっと……NGLだぁ!? なんだってそんな国にアイシャが? いや、目印があるんだよ!?」

 

 そう叫び、少し冷静になって考えてみる。

 アイシャやゴン達全員に連絡がつかないのは全員がNGLにいるからではないか? もしそうであるなら、NGL内は機械類を持ち込めないので電話で連絡がつかないことに説明がつく。

 

 何か重大な事件に巻き込まれているのか? すぐに飛んで加勢に行くべきか? だがそれで場を混乱させたらどうなる?

 どうすればいいか分からなくなったレオリオは、誰か事情を知ってそうな人物に連絡が取れないか試してみた。

 

 リィーナやビスケ、カストロやシオン。そう言った者達ならば事情を知っているかも。だが、彼女たちも全員NGLにいれば……。

 風間流に確認しても何も分からなければ、その時はもう何も考えずにNGLへと飛んでやると決めてリィーナへと電話をかける。

 

『はい、リィーナでございます。レオリオさんですか? どうなされました?』

「リィーナさん! アイシャ達は今何処にいるんだ!?」

『っ!? いえ、実は私も良くわからないのです。先程風間流道場へ戻ってきたばかりでしたが、何処にもアイシャさんはおらず、ゴンさん達も行方不明でして……』

 

 リィーナも知らないとなるといよいよきな臭くなってきた。

 アイシャ達が誰にも秘密にしていなくなるなど普通は考えられない。

 アイシャの行動とゴン達の追跡を知らないレオリオからすると、いなくなっている全員が行動を共にしていると思っていた。

 まあ、あながち間違いではない。全員の目的地は一緒なのだから。

 

「実はよリィーナさん。アイシャに渡していた【高速飛行能力/ルーラ】の目印がどうもNGLにあるんだよ」

『何ですって!? ……この際貴方がアイシャさんに目印を渡していたことは眼を瞑りましょう。それよりもNGL……? 何故そのような国にアイシャさんが?』

 

 NGLと言えば黒い噂の絶えない国だ。企業家としての一面も持つリィーナにはその内部も大体は理解していた。

 そのような国にアイシャがいるというのがまず想像出来ないことだ。確実に何かが起こっている。そう確信するリィーナ。

 

「いや、もしかしたらアイシャが目印を持っていない可能性もあるぜ。オレに分かるのは目印の大まかな位置だけだ。その目印を持っている人がアイシャかどうかは分からないからな」

『確かにそうですが……ですが、可能性としてはNGLが1番でしょう。アイシャさんの室内にあったパソコンも壊れており、しばらく留守にするという置き手紙まで……。レオリオさん、NGLにある目印に飛ぶことは可能ですね?』

「勿論だ」

『ならば今すぐ風間流道場へと来てくださいませ。嫌な予感がいたします……杞憂ですめば良いのですが……。とにかく、戦力を集め今すぐNGLまで飛びますよ!』

 

 リィーナのその言葉にレオリオが待ったを掛ける。あまりにも複数の人数を集められると困る要因があるのだ。

 

「待ってくれ。オレの【高速飛行能力/ルーラ】は複数人連れて移動することも出来るが、人数が増えれば増えるほどオーラの消耗が激しくなっちまう。アイシャの所にゴン達がいるなら合わせて5人。帰ることを考えるとあんまり多くは連れて行けないぜ?」

『複数回に分ければ……いえ、そうは出来ない状況という考えもしていなければなりませんね』

 

 アイシャが現在どのような状況にあるかなど知りようがないのだ。飛んでみればNGLと戦争中でしたとなっていても不思議ではない。移動した矢先に戻ることもあると考えなければならない。つまり多くの人数は連れて行けないということになる。

 

『分かりました。こちらからは私とビスケ、そしてカストロさんを連れて行きましょう』

「3人か。なら多分大丈夫だと思う」

『では、事は一刻を争うやもしれません。早く風間流道場へとお越し下さい』

「ああ!」

 

 

 

 レオリオが風間流本部道場へと到着すると、そこには既に準備を整えたリィーナ達が待っていた。

 

「待たせたな!」

「いや、私たちも先程準備を終えたところだ」

 

 カストロはそう言いながら両手に巻いた不燃布を確認する。オーラを炎に変化させるとその熱で自身もダメージを負ってしまうので、しっかりと炎対策をしていなければならないのだ。最近はより良い性能の不燃布をリィーナの力――財閥と金とコネ――で開発してもらっている。弟子となって旨みしかないカストロである。

 

「こんなに早く来るなんて、相変わらず便利な能力ね」

「ビスケ、軽口を叩いている暇はございませんよ」

「分かってるわよ。でも大丈夫でしょ? あのアイシャよ? ほっといても戻ってくると思うけどね~」

 

 アイシャがピンチになるなどとは考えにくいらしく、ビスケはそう言ってリィーナの過保護っぷりに呆れていた。まあ今に始まったものではないかと諦めているが。

 

「そのようなことを言って! それでもしアイシャさんが危機に陥っていたらどうするのですか!?」

「そんときゃ風間流の道場の周りを元の姿で逆立ちして10周してやるわよ」

「忘れないで下さいねその台詞」

「もちろんよ」

「おいおい、そんなこと話してる場合かよ」

「そうでした! さあ、準備は万端です! NGLまでよろしくお願いいたしますよレオリオさん!」

「ああ。何があるか分からないから、何があっても対応出来るように心掛けておいてくれよ!

 全員オレに掴まってくれ! ……行くぞ、【高速飛行能力/ルーラ】使用! アイシャ!」

 

 こうして新たな戦士達がNGLへとやって来た。

 そこが予想を遥かに上回る地獄だと知らずに……。

 

 

 

 

 

 

「アイシャ!」

「アイシャさん!」

 

 飛行音の原因がアイシャの傍に降り立つ。

 空から降り立ったのはアイシャの予想通りレオリオだ。そしてレオリオに掴まって3人の男女も降り立った。リィーナ、ビスケ、カストロである。この3人まで来たことに驚きを隠しきれないアイシャ。

 

「レオリオ!? それにリィーナさん達まで!?」

「お、お前らどうやってここまで来たんだよ!」

 

 ゴンとミルキの驚愕も当然だ。

 ここまで飛んで来たのはレオリオの【高速飛行能力/ルーラ】であることは確実だが、それには必要な条件を満たしていないはずだ。【高速飛行能力/ルーラ】はレオリオの神字を刻んだ目印を目標として移動する能力。どこでも好きに移動できるわけではないのだ。

 

「まさか……!」

 

 アイシャは目印に覚えがあるのか、ポケットからある物を出す。それはレオリオから貰ったお守りだった。特に変哲もない袋で、中にはレオリオが神字で書いたお守りが入っていると言っていた。

 その神字は人間関係が上手く行くように念を籠めて書いたと。そうアイシャには説明して渡されたお守り。

 確かにレオリオのオーラは僅かに感じていたが、先に説明された通りのものだろうとアイシャはレオリオを信じていた。

 だが、今回ばかりはレオリオにいっぱい食わされたようだ。

 

「悪いなアイシャ。なんかお前が心配だったから、そうして目印を渡させてもらってた。それに、人間関係が上手く行くように念を籠めて書いた神字も一緒に入れてあるから嘘じゃないぜ?」

 

 レオリオは前もって受験の時にキメラアントを調べてほしいとアイシャに頼まれた時からアイシャが心配だったのだ。

 何処かで自分たちに黙って無茶をしそうな気がしていたので、アイシャを騙す形になるが、【高速飛行能力/ルーラ】の目印を渡しておいたのである。

 予想は当たっていたようで、アイシャは何か危険なことに首を突っ込んでいたようだ。まあ、もしかしたらゴンとかの可能性もあるかとレオリオは考えるが。

 そして予想以上なこともあった。……眼前から迫るこの圧迫感。正直友がこの場にいなかったら逃げ出していただろうとレオリオは唾を飲み込みながら思う。

 

「なん、だ、こりゃ……?」

「何とも間の悪いことだなレオリオ。わざわざ死地に来るとはな」

「おいおい、説明しろよクラピカ? こりゃ何事だ? あっちから悪魔でも来てんのか?」

「良く分かってるねレオリオ」

 

 レオリオのクラピカへの問い掛けにはゴンが答えた。実際はキメラアントの王だが、悪魔と言ってもあながち過言ではないだろう。

 話しながらも誰もが同じ方向を見ている。誰も仲間の顔を見てはいなかった。この圧迫感から眼を逸らせば、その時には自分の命も失くなってしまいそうな錯覚を感じているからだ。

 

「アイシャさん、これは!?」

「敵は巨大キメラアント。その王と側近の護衛軍、強さは感じている通りです」

「巨大キメラアント! そのような馬鹿なことが……!」

 

 アイシャの言うことを全く疑いはしないリィーナだが、それでもこの馬鹿げた存在に驚きを禁じえない。

 

「全く、あなた達まで来るなんて……レオリオさん、今回の件は後で怒りますからね」

「ああ、怒ってくれていいぜ、アイシャに叱られんのも新鮮だし、後があるなら万々歳だぜ」

 

 そう、後という未来があるのならばどれだけ叱られようとも構わない。

 だが、場の状況を断片的にしか把握出来ていないレオリオですら、その未来が掴めるかどうかが疑問であった。

 

「……このまま皆を連れて【高速飛行能力/ルーラ】で帰るというのは――」

「――その皆にアイシャがいるなら何も問題はないよねレオリオ」

「ゴンの言う通りだぜ」

 

 アイシャの最後の案は呆気なく却下された。

 王も新手が増えたことは察知している。ここから逃げる素ぶりを見せれば一瞬で間を詰めてレオリオが【高速飛行能力/ルーラ】を使用する前に殺しに掛かってくるだろう。

 それを防ぐにはアイシャが残ればいいだけだが、それを許すような者はこの場に1人もいなかった。

 予想通りとはいえ、こんな死地に望んで来るなんて本当に……本当に、友と仲間に恵まれたとアイシャは実感する。

 

「やれやれ。こりゃ罰ゲーム決定だわね……」

 

 そう言いながら、ビスケは諦めたかのように自身に掛けている能力を解除する。

 手加減をして勝ちの目を拾えるような生易しい敵ではないようだ。真の姿はビスケにとって恥ずべきものだが、死んでまで守るほどのものでもない。

 

「おい、オレの目の錯覚か? ビスケが大きくなっているんだが?」

「奇遇だなキル、オレもだ。どうやら極度の緊張状態が続いたせいか幻覚まで見え出したようだな」

 

 どんどんと見た目を変化させていくビスケ。

 ゴン達と同年齢くらいの可愛らしい姿から本来の姿、身長2mを超える筋肉隆々の大女へと変化したのである。

 キメラアントの王が来る方角がビスケのいる方角な為、後ろからそれを見ていたゴン達は己が眼を疑い唖然としていた。無理もない反応である。

 

「カストロさん、貴方のオーラを3分の1程もらいますよ」

「了解しました。どうぞお受け取り下さい」

 

 リィーナも予想を遥かに上回るこの状況に本気を出せるように準備する。カストロのオーラを【貴婦人の手袋/ブラックローズ&ホワイトローズシャーリンググローブ】にて吸収し出す。

 3分の1ものオーラを吸収するとカストロの戦闘力に多少の影響は出るが、短期戦ならば問題はないレベルだ。

 そして敵が強ければ短期戦でもオーラの消耗の度合いは大きい。だがオーラが減らなくては使えない奥義がカストロにはある。

 上手くすれば格上ですら倒せる切り札となるだろう。通常の戦闘でも支障が少なく、かつ切り札へと繋げ易い目安が3分の1なのだ。

 

「こうして敵がゆっくりと近付いているのは余裕の現れかしらね?」

「さあ? 余裕か慢心か侮りか。どれにせよ多少の準備時間があるのは良いことでしょう」

「そうね。ふふ、最近こんな緊迫感のある死合をしていなかったからたまにはいいわね」

「どうやら頼りになる戦力が増えたか。初顔だが、今回は背中を預けさせてもらうぞ」

 

 そうやってこの状況においても逃げ出す素ぶりも見せずに話す皆を見てアイシャは嘆息する。

 

「ふぅ……こうなったら全員で生存の道を勝ち取りますよ」

「初めからそのつもりだよ!」

「誰かが犠牲になるくらいなら、全員で玉砕するか、全員で生き残るかの2択だぜ」

「ギャンブルは嫌いじゃないぜ」

「ギャンブルと同じと思っていると痛い目に遭うぞレオリオ」

「死ぬか生きるかは生まれてこのかた慣れっこだぜ?」

「アイシャさんを置いて逃げていればこの場の誰も無事に余生を過ごせておりませんね」

「逃げても死ぬのね……」

「ならば戦って勝つのみ!」

「ここが人類の命運を分ける戦いになるな。否が応でも気合が入る」

 

 もはや開き直ったか、それとも僅かでも希望の光を見たか。

 どちらにせよ既に逃走という選択はなくなった。もう王はすぐ近くまで来ている。ならば後はこの生存闘争に打ち勝つ他に道はない。幸か不幸か戦力は集まった。これならば護衛軍を任すことも出来るだろう。そう、アイシャは仲間を信じる。

 後は自分が王に打ち勝つことが出来るかどうかだ。

 

 ――ふふ、ここまで勝ち目の薄い戦いは……久しぶりだな――

 

 思わず己と王の戦力差に自嘲するアイシャ。そう、仲間たちと護衛軍はそこまで問題ではない。問題なのは、アイシャと王の一戦だ。

 あの一瞬の交差で理解した。身体能力はネフェルピトーの比ではない。アイシャと比べればどれだけの差があるというのか。

 オーラ量は倍以上の差がある。今世に置いて自身のオーラに並ぶ者を見たことがなかったアイシャも、流石にこれには恐怖よりも感動を覚えた。

 元よりリュウショウの時代よりオーラ量で並ぶ者などネテロ以外にいなかった。オーラ量でここまで圧倒されることは流石に初の経験だった。

 だが、これに勝たねば未来はない。それはアイシャ達だけでなく、全人類の未来も含まれている。アイシャの一戦に世界の命運が懸かっていた。

 

 だというのにアイシャは内心の何処かでこの状況を楽しんでいた。

 もちろん今でもゴン達が逃げてくれるならそうしてほしい。王が産まれる前に女王を倒したかったという後悔はないわけではない。

 だが、あの王を相手にどこまで戦えるのか? 自分の武は通用するのか? 勝つことは出来るのか? そう考えるだけでアイシャは心が奮えた。自身よりも強いだろう難敵に挑むこの高揚。久しく感じていなかったものだ。

 そう、これはかつてネテロに初めて挑まれた時と同じものだ。そう思い至ったアイシャは笑っていた。

 自嘲ではなく、心から楽しそうに笑っていたのだ。

 

 ――武人の性だな。難儀なものだ――

 

 そう自覚しつつも、ここに至っては致し方なしとアイシャも全ての迷いを捨てる。

 ゴン達の心配も、世界の命運もここでは意味がない。あるのは勝つか負けるか。生か死か。

 ならばやることはただ1つ。全力で勝つ。それだけだ。

 

 

 

「来る」

 

 アイシャの言葉を皮切りに王が姿を現した。

 2匹の僕を引き連れ、悠々と歩むその姿は王の行進。例え僕の数が少なかろうと、そんなことは関係ない。王の威風がそれを帳消しにして有り余る。王のオーラがそんなことを感じさせない。まさに生まれながらの王。統治者の風格。

 ……ただし、暴君という種の王だが。

 

 王と2匹の護衛軍はアイシャ達から10m程離れた位置で立ち止まり、アイシャのみを値踏みするように睨めつける。

 

「よくぞ余の攻撃を凌いだものよ。人間にしておくには惜しい力だ」

「それはどうも」

 

 まさかの賞賛の言葉にアイシャも驚くが、それは表には出さずに平静に言葉を返す。

 

「だが、王である余を地に付けるという度し難い行為。許すわけにはいかんな」

「……」

 

 アイシャは無言で、だが最も体に馴染んだ風間流の構えを取ることで王の言葉に応える。

 

「王直々に刑に処す。これを最大の誉れと思うがいい」

「……来い、産まれたての王よ。人間の研鑽を見せてやる」

 

 アイシャと王の間で、膨大な殺気と闘気がぶつかり合う。

 

「くくく。矮小なる人の身でどのような研鑽を積もうとも、決して王たる余には届かん。太陽に手を伸ばしても何も掴めないのと同じようにな。プフ! ユピー! おぬしらは周りの有象無象を掃除しろ。余の邪魔はするなよ」

『は!』

 

「皆、護衛軍を頼みます。……誰も死なないでね」

『おう(はい)!!』

 

 王とアイシャ。護衛軍とゴン達。

 それぞれの死闘が始まろうとしていた。

 

 




ハトの照り焼き様から頂いたイラストです。いつもありがとうございます。


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