どうしてこうなった?   作:とんぱ

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外伝

 1985年11月8日21:35

 

 

 

 本日、道場を閉めた後に先生に呼び出された。何でも二人きりで話がしたいとか。一体どうしたというのでしょうか? 修行に付き合うのならともかく、話がしたいとは先生にしては珍しい事ですね。

 

 

 

 先生……リュウショウ=カザマ先生。私の武と人生の先達。

 初めて先生に会ったのは、もう50年以上前になるのですか。あの頃のワタクシはまだ子どもでしたね。年齢だけではなく、その考え方も。武を学びたいと思ったのも、ケンカで男の子に負けたのが理由でしたしね。

 

 お爺様が紹介してくれた武術がこの風間流合気柔術でした。初めて見た先生は……その、お世辞にも強い方だとは思いもしませんでした。何せお爺様よりも高齢でしたし、見た目もあの当時は普通の老人にしか映らなかったんですもの。

 

 武術も入門当時は理解出来ないものでした。あれほど心源流拳法に入門したいと言っていたのに。始めはお爺様を恨んだりもしたものです。もっとも、今ではとても感謝していますが。

 

 先生を初めて心の内より尊敬の意を込めて、“先生”と呼んだ時の事は今でも覚えています。

 あれは、そう。私が入門して1ヶ月程経った時の事でしたか。

 いつものように役に立つのか分からない武術に疑問を感じながらも習っていた時、道場に道場破りがやって来たのです。先生は天空闘技場の元フロアマスターだったので、先生を打倒し名を上げる為に来たのでしょう。

 

 道場破りの見た目は筋骨隆々の2mを超える大男。対する先生は170cmほどの痩せた老人。勝てる訳がない。そう思っていた私の考えを、先生は意図も簡単に覆してしまいました。

 

 道場破りが何度殴りかかろうともその拳は先生に届かず、逆に何度も宙を回転し地に優しく降ろされていました。大男が先生の胸ぐらを掴んだ瞬間、地に臥せていました。まるで魔法を見ているかの様な光景……私はこの時初めて風間流の魅力に憑りつかれたのです。

 先生の一番弟子になれて本当に良かったと実感しましたね。

 

 それからの月日はとても楽しかった。一度理解できれば柔の理を突き詰めるのはとても楽しい事でした。先生もスジがいいと褒めてくださり、私はまた褒めてもらいたいとの思いでより一層努力したものです。

 

 そんな尊敬する先生が初めて敗北した時はショックでした……。

 ネテロのやろ……ネテロ会長との戦いはとても凄まじく、未熟な私にはとても理解の追いつくものではありませんでした。その戦いの後に先生とネテロ会長は意気投合してしまい、それ以来ずっと研鑚を積む仲となってしまいました……。

 

 いつか必ずネテロのジジ……ネテロ会長を足掛かりとしてさらなる武の極みに立つとワタクシは信じております。実際1ヶ月前に行なわれた試合では先生が見事に勝利なされましたしね。ネテロ会長が敗れた時の筋肉ぶりっ子……ビスケットさんの悔しそうな顔は今でも鮮明に思い出せます。

 

 ……ああ! つい過去の思い出に浸ってしまっていました。これ以上先生をお待たせするわけにはいきません。道場へ急がなくては。

 

 

 

「先生。遅くなりまして申し訳御座いません」

「ああ、構わない。戸締りごくろうだったね」

 

「いえ。大したことではありません。それで先生、話とは一体何なのでしょうか?」

「うむ。リィーナ。お前にこれを授ける。受け取ってほしい」

 

「これは……免許皆伝の証!? そんな! 私はまだ先生より教わりたい事が沢山ございます!」

「リィーナ。お前には私の全てを伝授した。この免許皆伝を受け取るのは師に認められた弟子の義務でもある」

 

「ですが! 私は未だ先生の足元にも――」

「――勘違いするなリィーナ」

「……え?」

「確かにお前には私の全てを伝授した。それゆえの免許皆伝だ。しかし……それを授かった事が武の頂に至ったと同義に捉えるのはただの思い上がりに過ぎん」

 

「……!」

「私とて師より免許皆伝を授かった頃は現在よりも未熟。数多の研鑚を積めども未だに武を極めたとは言えぬ……それは武の終点ではない。新たなる始まりとなるのだ。慢心せず、さらなる精進に励みなさい」

 

「先生……! ああ、自分の未熟に呆れるばかりです……免許皆伝の証、しかと受け取らせていただきます」

「うむ……実はな、もう1つ話すべき事がある」

 

「もう1つ……ですか?」

「ああ。これはお前への頼み事だ。……この道場の後継者となってほしい」

 

「――!? 何を仰られるのですか! 先生、そればかりは先生の頼みと言えども……この道場は先生の夢ではありませんか! 先ほども自らの未熟を悟ったばかりの私にはとても! 私以外にも適任がございます!」

「頼むリィーナよ。私もそろそろ楽隠居がしたくてな。お前だからこそ頼むのだ。私の一番弟子であり、最も信頼するお前だからこそ」

 

「せ、先生! ……分かりました。この不肖の弟子、全霊を込めてお受けいたします」

「すまないな……あまり気負うな。お前なら大丈夫だ…………今日は、ここまでと、しよう……あまり遅くなっては、いかんからな」

 

「……先生?」

「どうした。あまり家族を待たせてはいかん。夜道に気をつけて帰りなさい」

 

「もぅ……そうやって先生がワタクシをたまに子ども扱いするから、私も1人前だと自覚出来ないのですよ?」

「む。……すまない。私は天涯孤独の身ゆえに、弟子たるお前たちを我が子の様に想っていてな」

 

「え?」

「特にお前は一番最初の弟子だからか……幼き頃より知っているゆえ、つい、な……気に障ったのなら、すまない」

 

「いえ! 先生にそう思って頂けたなら、我ら弟子一同、誇りにこそ思えど気に障る事などあるわけがありません!」

「それならば良かった……そろそろ終わりにしよう。明日は新たな道場主のお披露目となる。緊張せぬようにな」

 

「はい。それでは先生、お休みなさいませ」

「ああ。お休み」

 

 

 

 ……まさかこの様な話になろうとは……! 今夜は興奮して眠れないかもしれません……。

 あ、気付けば頬を涙が伝っていました……いけませんね。歳を取ると涙もろくなってしまうのかしら?

 

 

 

 1985年11月11日01:25

 

 

 

 無事に道場の後継も終わり、先生もゆっくりと休む事が出来る様になった。時々は顔を出して稽古を付けてくれるとの事。それはとても喜ばしい事。何も問題は起きていない。

 それなのに……。

 

 ……どうしたことでしょうか……胸騒ぎが収まりません……。何か分からないけれど、今すぐ道場に行かなくてはいけない気がする……。この様な深夜に道場に行っても誰も居はしないはずだというのに……。

 

 焦燥に駆られ、道場の門を飛び越え、急ぎ道場へと駆け込む……そこには……。

 

「先生!? しっかりなさって下さい先生!!」

 

 道場の奥にて倒れ伏している先生の姿があった……。

 呼吸が止まっている!? 心臓が……動いていない!!

 

 すぐさまメンフィル総合病院に連絡する!

 救急車が来るまでに心肺蘇生法を促す!

 先生! 死なないで下さい先生! 先生!!

 

 

 

 ……必死の措置も意味をなさず、先生はこの日この世を去った……。

 先生……どうして、どうしてあのような無念の表情で逝かれたのですか……?

 それほどまでに……武の頂に至れなかった事が無念でしたか……?

 

 先生……先生の遺志は私が引き継ぎます……必ずや先生が目指した武の頂点へと至ってみせます……。

 だから……どうか、どうか安らかにお眠りください……。

 

 

 

 

 

 

 1985年11月11日15:28

 

 

 

 ジッ! ジッ! ジッ!

 

 ……ふぅ。感謝の正拳突き1万回終了か。

 ……もう1万回いっとこうかのう? おのれリュウショウめ。先月はまんまとワシから勝利をかっさらっていきおって……!

 

 油断した……というのは言い訳に過ぎんのう……全く、相変わらずこちらの意を読むのはサトリか何かかと思うくらいじゃわい。普段は修行マニアのジジィじゃが、こと戦いの事になるととたんに別人じゃなあれは。

 

 しかし……あの浸透掌は効いたのう。

 外部破壊ではなく内部破壊の技じゃが、そこに莫大なオーラを乗せるとマジで一撃必殺の技になるわい……。普通は攻撃が当たる直前にオーラを集中させるのが基本にして奥義だというのに、あやつの浸透掌は当てた後にオーラを集中する技。

 特殊な打ち方により掌より相手の内部に衝撃を叩き込む。その衝撃に合わせてオーラを内部に流す技らしいが……まともに喰らえば死ぬわ!!

 普通の凝の攻撃なら同じ凝で防げるが、あれを喰らった場合は体内オーラを集中して衝撃を防がねばならんからのう。加減はしたらしいが、3日はまともにメシを食えなかったわ……。

 

 ぬう。思い出したら腹が立って来たわい……この悔しさは必ず次の試合にて返すとするか。

 

 そうと決まれば鍛錬を続けるか。さすがに歳には勝てんからのう。少しでも鍛えねばすぐに衰えてしまうわい。

 

「会長! 大変です」

 

 むお? ビーンズか。どうしたと言うのじゃ?

 

「何じゃ騒々しい。政府より何か指令でも下ったのか?」

「い、いえ。そ、それが……」

 

 …………!?

 

「な、何じゃと! リ、リュウショウが……死んだじゃと!!」

 

 ば、バカな! 何をいきなりそのような……!

 

 

 

 1985年11月13日14:20

 

 

 

 ……リュウショウ……本当に逝っちまいやがったのか……。

 馬鹿野郎……勝ち逃げして、勝手に逝っちまいやがって……!!

 ワシは……オレは、これから誰と戦えばいいんだ?

 あの夢のような日々に終わりが来るなんて、考えた事もなかったぜ……。

 

 いや、オレたちも人間ってことだ。いつかは終わりが来る。分かっちゃいたが、考えないようにしてただけだ……。

 

 リュウショウ……。

 

 

 

 1985年11月15日

 

 

 

 リュウショウの葬式が終わって2日が経った。何にもやる気が起こらん……。毎日欠かさず続けていた鍛錬も、協会の仕事にも一切手がつかん。

 ふぅ。一気に歳を取った気分じゃ……。

 

「会長。あの、お手紙が届いていますが……」

「……そこに置いといてくれ。後で読む」

「あの、それが……リュウショウ様からのお手紙でして……」

「なんじゃと!? 早く持ってくるんじゃ!!」

 

 リュウショウからの手紙じゃと!? 一体どういうことじゃ!?

 

 これは……確かにリュウショウの字! 手紙を出した日付が……1週間前?

 中身は……1枚の紙にリュウショウの字で“研鑚を怠るな”と書いてあるだけ、じゃと……?

 

 

 

 研鑚を怠るな、か……ふふふ、リュウショウめ、嫌なくらいにワシの気持ちを読んでおるの。

 いいじゃろう! ワシが武の頂点に立つ所を精々あの世で歯噛みしながら見ておるとよいわ!

 あの世で首を洗って待っておれよ、リュウショウ!!

 

 

 

 

 

 リュウショウ=カザマ。1985年11月11日死去。

 彼の葬式には弟子やハンター協会会長・ネテロをはじめ、数多の人々が集まった。しかし、その中に彼の親類縁者は誰一人として居なかったという。

 

 生きた伝説とまで呼ばれた武人リュウショウ=カザマ。

 彼の足跡を辿ると、必ず風間流発祥の地ジャポンにてその跡は途絶える事となる。それ以前はどこにいたのか、どこから来たのか、彼の過去を知るものはもうどこにもいない。

 

 

『伝説の武人・リュウショウ=カザマの謎にせまる』より一部抜粋。


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