どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第五十五話

 1月になった。

 新年となりおめでたいが、未だ“一坪の海岸線”に関してはおめでたい情報はない。……日課の情報収集も続けているけど、もうこれ関係ないだろ多分。

 いくら何でも2ヶ月以上も情報収集し続けなければ入手フラグが立たないなんて難易度高すぎる。SSランクどころじゃないよ。同じ相手に何回も話しかけなければ情報をくれないかもってキルアに言われたけど、もう何十回話したか分かんないくらいだ。

 

 多分他の条件があるんだろう。

 やっぱり時期か? 何か関連するクエストをクリアしていないとか? それとも手持ちのアイテムか?

 もう“宝籤/ロトリー”で当てた方が早いんじゃないか? ハメ組あたりがやってそうだな。そう考えると早く独占したいんだけど……。

 

 キルア達がグリードアイランドから出てもう3週間か。試験は1月7日に始まるから、順当に進めば今頃は第3次試験か第4次試験あたりか?

 ハンター試験はその年によって試験の回数も難易度も違うから掛かる日数も変わってくる。もしかしたらまだ最初の試験が終わっていないという可能性もあるな。

 2人が帰ってくるのはいつ頃だろうか。合格してるといいんだけど。

 

 レオリオさんも今頃は勉強に集中しているだろうな。

 センター試験は確か17日だったはず。その日はレオリオさんの合格をお祈りしよう。キルアとミルキは別に祈らなくてもまあ大丈夫だろう。命の危険もある試験だけど、あの2人がハンター試験で死ぬなんて難易度高過ぎて想像出来ないよ。

 

 おや、空から聞きなれたスペル音。招かれざるお客様かな?

 ……ぶっ!?

 

「よう、今戻ったぜ」

「アイシャ! 久しぶりだな! 元気だったか!?」

「あ、お帰りキルア! ミルキさん!」

「2人とも早かったな。試験はどうだったんだ?」

 

 親方! 空から男の子が!

 いや、ちょっと早すぎない? え? 試験開始日が5日前でしょ? 試験会場からジョイステーションを設置している場所まで戻るのにも数日は掛かるはずだよ?

 何でもう帰って来てんの? どんなに試験が早く終わってもこれだと1日くらいしか試験に掛けた時間がないことに……。

 ……ああ、そうか。そういうことか……。

 

「キルア、ミルキ、お帰りなさい……。試験は残念でしたけど、無事帰って来ただけでも良かったです。試験はまた来年受ければいいだけの話ですからね!」

 

 ハンター試験……きっと第1次試験か第2次試験で落ちてしまったんだろう。実力は十分の2人だから、きっと実力以外の何かで落とされたんだ。去年の寿司みたいな意地の悪い試験か何かに当たったのかもしれない。

 運が悪いとしか言いようがない。全く、プロのハンターから見てもこの2人の実力はかなりの物だと言うのに。今度ネテロに文句言ってやる!

 

「……? 何言ってんだ?」

「アイシャ? ハンター試験ならオレ達2人とも合格してきたぜ?」

 

 ……はい?

 

「2人とも合格か。おめでとう」

「それにしても早かったわね~」

「そうですね。一体どのような試験だったのですか?」

 

 こんなに早く終わる試験って何をしたんだろう?

 

「簡単な試験だったぜ。ただ他の受験生のプレートを5枚集めればいいってだけの」

「それだけならすぐに終わったんだがな。キルとどっちが多くプレートを集められるか競争になってな」

「途中から互いに妨害するから中々終わらなかったぜ」

「結局全員倒してプレート奪ってから2人で制限時間ギリギリまでタイマンして、互いに不毛だと思って止めたんだよな」

「ああ、無意味な時間を過ごしちまったぜ」

「……まあ、兄弟仲が良くて何よりですよ」

 

 ……この2人、自分たち以外の受験生全部倒してきたのか。可哀想に。今年の受験生は運がなかったと思うしかないな。

 

「お前らは何か進展あったか?」

「何もありませんね。“一坪の海岸線”に関してはお手上げ状態です」

「……こうなったら他のカードを優先して集めた方が効率的かもしれないな」

「でも大体のカードは集まってんだろ? 他のプレイヤーのゲイン待ちのカードも結構あるしよ」

「そうだな。だが、このままソウフラビにいてもあまり意味はないかもしれない。……レオリオが戻ってきたらもう一度全員で相談しよう。それまでは今まで通りでいいだろう」

「そうですね」

 

 レオリオさん待ちか。どうかいい結果が出ますように。

 

 

 

 

 

 

「よく集まってくれた。礼を言う」

 

 錚々たる面々がオレの呼びかけに応えて集まってくれた。

 アスタ組・ヤビビ組・ハンゼ組・リィーナ組・ソロプレイヤーのゴレイヌ・そしてオレ達カヅスール組。総勢16名のトッププレイヤーがマサドラ近くの岩場に集合していた。この6組のどのチームも50種以上の指定ポケットカードを所有している。

 この面々以外にもトップレベルのチームは他にもいるが、クリア間近なツェズゲラ組を呼ぶわけにもいかないし、他のは協調性のない連中が多かったからな。

 

「“交信/コンタクト”で話した通り、あの連中……ハメ組と呼ぶか。ハメ組の台頭に対策を立てる必要があると見てこうして皆に集まってもらった」

 

 ハメ組。奴らのやり方はまさにハメ技だ。

 数十人もの集団でスペルを買いあさり、攻撃も防御もおいそれと出来ない状況を作り出し他のプレイヤーから重要なカードを奪う。

 よく考えられたやり方だ。だが、それをまかり通していいわけがない。やり方自体を非難するわけではないが、クリアを譲るつもりはないからな。

 

「あいつ等アタシ達からもカードを奪っていったのよ……! このままあんな連中にクリアさせるなんて許せないわ!」

 

 アスタか。やはりこの中にも奴らの餌食になったものはいたか。

 

「オレ達もやられている。盗られたカードはまた入手することは出来たが、根本的な解決になっていない。このままじゃあいつ等がクリアするのも時間の問題だ」

「そうだ。このまま奴らの好きにさせるわけにはいかない。何とかしてクリアを阻止しなければ」

 

 正直難しいだろう。奴らはオレ達の手持ちカードの状況を把握することが出来る。だがオレ達は奴らがどれだけのカードを集めているのか、何処にいるのかすら分からない。

 仲間の誰かにカードを分配して隠しているんだろう。おかげでランキングにも載っていないし、誰がカードを持っているかも分からない。

 これではこちらから打って出ることすら出来ない。いや、例え打って出ることが可能だとしてもスペル数に差がありすぎてどうすることも出来ないだろう。

 

「“聖騎士の首飾り”で“徴収/レヴィ”以外の攻撃スペルからは身を守れるだろ?」

「ゴレイヌ。どうやらお前はまだハメ組の襲撃を受けていないようだな。奴らは“聖騎士の首飾り”を身に付けているプレイヤーに対しては“税務長の籠手”を使用した“徴収/レヴィ”の乱れ打ちをしてくるんだ。しかも複数人でな。いくら“徴収/レヴィ”がランダムにカードを奪うとしても、何回もやられたらいずれは目的のカードを奪われる」

 

「スペルで逃げたらどうだ?」

「すぐに追いかけられるさ」

「無理矢理あいつ等を叩くって手もあるわよ」

「奴らの方が数は多いんだぜ? 10人以上に囲まれてるんだ。こっちが逆にやられちまうさ」

 

 そうだ。例え個々の力で上回っていたとしても、数はそれを越える力だ。数を覆せる力を持った人間なんてほんの少数しかいない。オレ達じゃあれだけの人数相手に戦ったら返り討ちが関の山だ。

 

「じゃあどうするのよ!」

「落ち着けアスタ。それをこれから話し合うんだろう」

 

 アスタは少々短気なところがあるな。仲間がそれを抑えて補っているようだが。だがアスタが憤るのも理解出来る。このままじゃジリ貧だ。まさかあんな方法でクリアを目指すなんてな……。

 

「……“一坪の海岸線”」

「え?」

 

 今のは……リィーナか。ここ最近かなりの速度でカードを集めているチームのリーダー。噂通り見目麗しい美女だ。プレイヤーの中にファンがいるというのも理解出来るな。

 

「それは確かNo.2のカードだな。それがどうかしたのかリィーナ?」

「……」

「? どうかしたのか?」

 

 オレの疑問に答えることなく、なぜか沈黙するリィーナ。心なしかこちらを睨んでいるような気がする。何か気に障るような事でもしたか?

 

「……いえ。先程も口にした“一坪の海岸線”ですが、これはまだ誰も入手したことのないカードです。これを彼らよりも早くに入手して独占して守れば、少なくとも彼らがクリアするのを防ぐことは出来るでしょう」

「はぁ? あんた馬鹿なの? そんなことしたってあいつ等にカードを奪われるに決まってるじゃない。誰も手に入れてないならそれだけ入手難易度が高いってこと。だったらあいつ等も簡単には手に入れられないんだから、そのカードは放っておくのが1番じゃない」

 

 ……リィーナの言ったことは正しいが、アスタの言うことも確かだ。

 例えカードを独占出来てもそれを奪われたら話にならない。ここはその“一坪の海岸線”の入手難易度を利用して時間を稼いでその間に何か他の方法を……。

 

「ふぅ。他人の意見を貶す前に自分が何を言っているかきちんと理解してから言葉を発した方が宜しいと思いますよ……アスタさん、でしたか?」

「……っ! あんた、喧嘩売ってんの!?」

 

 おいおい勘弁してくれ! いきなりトラブルなんて勘弁だぞ。

 

「2人とも落ち着け! ……リィーナ、確かにアスタの言い方は悪かったが言っていること自体にはオレも同意だ。あいつ等からカードを守る方法が確立していない現状、不用意にレアカードを手に入れるべきじゃないだろう」

「……」

「どうした?」

 

 またか。一体なんだこの沈黙は?

 

「……いえ、何でもございません。それではこのまま彼らがクリアするのを指をくわえて待っているのですか? 確かに彼らが“一坪の海岸線”を入手するのは困難かもしれません。ですが、絶対に入手出来ないと決まっているわけではないでしょう。そもそも彼らは人海戦術を用いたスペルの独占を基本戦術としているのですよ。“一坪の海岸線”を“宝籤/ロトリー”で引き当てられないと言い切れるのですか?」

 

 ……確かにそれはあるな。だが、それこそまさに宝籤に当たるくらいの確率だぞ?

 

「だったら、どうやって手に入れたカードを守るっていうのよ! 手に入れてもすぐに奪われるんじゃまだ“宝籤/ロトリー”で当てられるのを待った方が時間が稼げる分マシよ!」

「私の話を聞いていましたか? 独占して守れば、と言ったのです。カードを守る方法がなければこんな提案はいたしません」

「奴らからカードを守る方法があるのか!?」

「一体どうやるんだ!?」

「まさかあんた“堅牢/プリズン”持っているの!?」

 

 “堅牢/プリズン”があれば指定ポケットは守ることが出来る。だが問題は“一坪の海岸線”を独占した上で守るには“堅牢/プリズン”が複数枚必要だということだ。

 ハメ組が多くのスペルを独占している現状、それだけの“堅牢/プリズン”を所有することなど出来るのか?

 

「いいえ、スペルは使用しません。要はカードを所持したプレイヤーをハメ組から見つからない場所に隠せばいいのです」

「……はぁ。所詮その程度の考えか。奴らがどれだけの人数揃えてると思っているの? 詳しい人数は知らないけど、多分50人は超えてるわよ。それだけの数から今さら私たちが逃げられるわけないじゃない。この場にいる全員がハメ組の誰かのバインダーに名前が登録されてるわよ。あとはスペルで“一坪の海岸線”を所持している奴を見つけられてはいオシマイ。分かった?」

 

「そこまで理解していてどうしてその先まで理解出来ないのか……私の方が理解に苦しみますね」

「あんたやっぱり喧嘩売ってんでしょ。いいわよ買ってあげるわよ!」

「えーいいい加減にしろ! 争うならここから出てってくれ!」

 

 この2人絶対相性悪い! この面子をオレが仕切らなきゃいかんのか? 勘弁してくれ!

 

「貴方にも理解出来るように説明してあげましょう。簡単な話です。ハメ組の誰もが知らないプレイヤーを新たに連れてくればいいだけではありませんか」

「……あ」

 

 なるほどそういうことか! 盲点だった! 確かにそうすればハメ組の攻撃は全て防げるじゃないか!

 

「彼らのやり方が通じるのは彼らのバインダーに名前の載っているプレイヤーのみ。なのでこの場の誰かが外へと戻り、知り合いの念能力者に頼み交代でグリードアイランドをプレイしてもらうのです。もちろんスタート地点には誰かが待っていなければなりません。ハメ組と接触する前にその場から移動しなければなりませんからね。

 そうして新たなプレイヤーに“一坪の海岸線”を保管してもらい、何処かに隠れてもらえばハメ組からの攻撃を受けずに済むでしょう。ああ、この時出来るなら2人連れて来た方がいいでしょう。もう1人には食料などの調達をしてもらいます。私たちの誰かがカードを守るプレイヤーと接触している時にたまたまハメ組が襲撃してくるという可能性もないとは言えませんから」

 

「そ、そんなの誰がやるっていうのよ。この場の誰もが自分たちがクリアしたくてここに来てんのよ。今さらプレイヤー交代なんて承諾出来るわけないでしょうが!」

「別に貴方にやってほしいとは言いませんよ。誰がこの方法を取っても結構ですし、取らなくても結構。ただ、他の方法があるのならどうぞ案を提示してくださいな」

「うっ……」

「とにかく、今は“一坪の海岸線”をどうにかして入手する、もしくはその入手方法を探ることが先決だと思いますが? ハメ組の方たちに先に入手されることが1番恐れるべき状況でしょう。入手さえ出来れば、後はすぐに“離脱/リーブ”で一度脱出してから先程の案を実行することも出来ますから」

 

 ……聞けば聞くほどこれ以外の方法はないな。

 確かにこれならハメ組の襲撃を躱すことは可能! 例え“名簿/リスト”で“一坪の海岸線”を誰かが入手していると分かっても、それが誰かまではハメ組には判別出来ない! そればかりか他のカードも新しく入ってくるプレイヤーに任せれば盗られる心配もなくなるだろう!

 オレの知り合いの念能力者に渡りを付けて呼んでもいいな。この際報酬が少なくなっても仕方ない。それ以上のメリットがある。リィーナの言う通り2人交代した方が安全だが、1人でも確実性は減るが今までとは安全度が雲泥の差だ。

 これは例え“一坪の海岸線”を手に入れられなかったとしてもやる価値はあるな。

 

「唯一の欠点は“衝突/コリジョン”は防ぎようがないということでしょうか。こればかりはどうしようもありません。ですが、この場合は出会う敵も1人のみ。遭遇してしまった場合はすぐに仲間の元へスペルで移動し、相談してまた新たなプレイヤーと入れ替わるのがいいでしょう」

 

 そうか。“衝突/コリジョン”までは防げないな。そうなるとまた保管要員を入れ替えなければいけないのか……。そうなると少々手間だが、この際致し方あるまい。

 

「良し。リィーナの言うことももっともだ。今は“一坪の海岸線”の捜索を行うとしよう。入手出来なければ仕方なし。出来たならばリィーナの――」

 

 っ! 何だ? どうした? リィーナの様子が……リィーナから凄まじいプレッシャーを感じる……! あ、汗が止まらない……周りを見てもオレ以外は何事もなさそうにしている。オレだけか? ……いや、アスタも同じようになっているな。

 どうしてオレとアスタだけが……!? ヤバイ。とにかくヤバイ。オレは今人生の岐路に立っている。ここで選択を誤ればオレは死ぬかもしれない。大げさじゃなくそれだけのプレッシャーを味わっている!

 

「…………り」

 

 間違えるな! 今までで彼女が発した違和感を見極めろ!

 

「……り、リィーナ、さん」

 

 プ、プレッシャーが収まった! やった! オレは生き延びることが出来たんだ! 見ればアスタもプレッシャーから解放されたようだ。

 恐らくオレは不用意に呼び捨てにしたせい、アスタは今までの態度が原因だろうな。オレが彼女をさん付けで呼んだことでアスタも一緒にプレッシャーから解放されたということは、アスタの方はオレのついでに巻き込まれたようだな。

 ……これから不用意に女性を呼び捨てにするのは止めよう。絶対にだ。

 

「あー、とにかく“一坪の海岸線”を入手出来たならリィーナさんの案を試してみよう。オレにも知り合いの念能力者がいるし、他のチームもそうしたいならしてもいいだろう」

「……何があったんだカヅスール?」

「……何でもないさ」

 

 頼むから聞かないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 全く。ほぼ初対面の女性の名をいきなり呼び捨てにするとは何事ですか。女性ならばまだともかく、殿方に呼び捨てにされる謂れはございません。私の名を呼び捨てにしても良い殿方は良人や家族を除きリュウショウ先生のみでございます。

 

 初めは我慢もいたしましたが、流石にそれも限界でした。

 アスタさんがあまりに失礼な態度を取られていたのも原因でしょう。私の提案を理解出来ないのはいいのですが、全てを説明する前に頭ごなしに否定して馬鹿にするなどと、もう少し礼儀というものを身に付けるべきですね。

 最近の若者はそういったモラルがなっていません。嘆かわしいことです。

 

 まあいいでしょう。とにかく、彼らを“一坪の海岸線”捜索に誘導することに成功したのですから。

 今回の話は渡りに船でしたね。私たちも“一坪の海岸線”の捜索が難航していましたから、彼らにはフラグとやらを見つけてもらうのに役立ってもらいましょう。もちろん役に立って頂けたら彼らにもそれなりの報酬はお渡ししましょう。悪人ではない彼らを利用したままでいるなど私の矜持が許しません。

 

「さて、それじゃあこれから“一坪の海岸線”捜索に向かおうと思うのだが……。“一坪の海岸線”は何処で入手出来るんだ?」

「それについても調べてあります。ソウフラビという海辺の街です」

「おっ。オレ達行ったことある」

「じゃあ“同行/アカンパニー”で行くとしよう。誰か持っているか?」

「私が持っているので、それを使用しましょう」

 

 ……先生はソウフラビから少し離れた海岸で皆さんと修行しているから、このメンバーと出会うことはないでしょう。ソウフラビにやって来たプレイヤーと揉め事が起こらないよう離れていたのが幸いしましたね。

 私たちが既に“一坪の海岸線”の入手を試みているのが彼らに察せられたら少々面倒かもしれませんし。

 

「“同行/アカンパニー”使用! ソウフラビへ!」

 

 “同行/アカンパニー”を使用すると程なくしてソウフラビへと到着する。

 この移動スペルは本当に便利です。この効果を念能力で再現したレオリオさんは評価に値します。しかも先生の黒の書を参考にしているというのですからなお良しです!

 カストロさんといい、中々分かってらっしゃる方たちですね。黒の書が世界を流れているのは遺憾ですが、こうして善き人に渡っているのは嬉しい誤算でしょう。

 まあ、中には悪人の手に渡っている物もあるかもしれませんから、早く全て回収しなければなりませんが。……クリア報酬の内の1つは“失し物宅配便”にいたしましょうか。

 

 レオリオさんには私が世界を移動する時に手助けをしてもらいましょうか。もちろん報酬は色をつけて。手早く移動したい時には非常に便利なのです。まあ、一度立ち寄ってその場所に神字を刻んだ目印を設置しなければいけないので、すぐには無理でしょうが。

 

「ここがソウフラビか」

「結構でかい街だな」

「まずは全員の行動を統一する為に入手までの流れを確認しておこう」

 

 カヅスールさんの説明は前にゲンスルーさんが教えてくれたことと大体同じのようですね。ですがこれでは何の情報も手に入らないでしょう。何せ同じことを私たちは毎日のように行っているのですから。

 恐らく無駄足になるでしょう。あまり意味のない誘導だったかもしれませんが、僅かでも情報入手の確率を上げることが出来たと思えばまあ良いでしょう。

 

 ――そう、思っていたのですが……。

 

「情報提供者が見つかったぜ」

「こっちにもだ」

「私たちも話を聞けたわ」

 

 …………どういうことなの? わけが分かりませんが?

 

「おかしいな。何ヶ月か前にオレ達が調べた時は全く手掛かりさえ話さなかったんだが」

 

 こちとら3ヶ月以上は調べ続けましたが何の情報も出て来ませんでしたが?

 

「時間的な条件があったんじゃないか? この時期しかイベントが発生しないとか……」

 

 今月に入ってから朝も昼も夜も必ず聞き込みに来ていましたが?

 主に先生が。率先して動いてくれた先生の働きを馬鹿にしてるんですか?

 もしそうならこのイベントを作った方にオハナシしなければいけませんが?

 

「とにかく聞き込みを続けよう」

 

 そうですね。フラグの原因解明はさておき、今は情報が手に入ったことを喜びましょう。このまま“一坪の海岸線”についてもっと調べなければ。

 先生! リィーナは頑張ります!

 

 

 

 そうして情報を集めていると重要な話を聞き出せた。

 “レイザーと14人の悪魔”。

 それがこの街を仕切っているという海賊たち。彼らは“一坪の海岸線”を入口とする海底洞窟に眠る財宝を狙ってこの街に来たらしい。

 そうして“一坪の海岸線”の場所の手掛かりを知っている者は全て拷問を受けて殺されたそうです。許しがたい非道……! ……まあ、ゲームのイベントなのは分かっていますがね。

 

 とにかく、その海賊どもを追い払えば“一坪の海岸線”の場所を教えてくれるということ。ふ、ならば後は話は簡単ですね。その海賊どもを叩きのめせばいいだけのことです。

 ……問題はこのイベントは先生と他の皆様でも発生させることが出来るかどうかですね。もし出来なければ彼らと共にその海賊どもと戦うことになるのですが……。

 

 どうにも彼らでは心もとないですね。全員まとめても私は疎か、ゲンスルーさん達にも勝てないでしょう。

 ……いえ、1人だけ別格がいますね。あの方……名前は存じませんが、失礼な言い方になりますが猿顔が特徴のあの方は中々の実力者とお見受けします。

 

 まあ、彼らがどれほどの実力だろうと私とゲンスルーさん達で海賊を倒せば問題はないでしょう。後はイベント発生の条件を確認せねば…………。

 ……ふむ。もしかしたら――

 

「イベントの発生条件がプレイヤーの人数だったかもしれないわね」

「え?」

 

 ほう。やはり同じ結論に達する方がいましたか。

 それ以外には考えにくいでしょう。“レイザーと14人の悪魔”。つまりは15人の海賊どもということ。そして私たちは現在16人のパーティとして動いている。

 1人多いですが、きっかり同じ人数でなくとも15人以上のパーティを組めばイベントは発生すると考えていいでしょう。

 

「しかしゲームキャラはどうやってそれを判断するんだ?」

「“同行/アカンパニー”だろうな。15人以上で“同行/アカンパニー”を使いソウフラビに来る。恐らくこれがイベント発生の条件だろう」

 

 ゲンスルーさんの意見以外は考えられませんね。

 つまり先生たちも同じことをすればこのイベントを受けられるということ。

 ふふ、これは好都合ですね。例えこのイベントで“一坪の海岸線”を手に入れられなかったとしても、後から先生たちが挑むことが可能ならば問題はございません。

 海賊がどれほどの強さだろうとも、先生相手に勝てるわけがありません。悔しいですが、先生の相手になるのはネテロ会長以外では考えられませんからね。

 

 ……いえ、先生はもしかしたらこのイベントに参加出来ないのでは? “同行/アカンパニー”で一緒に来られないとなると、15人のパーティには含まれないはず……。

 くっ! 何ということでしょうか! このイベントを作ったのはきっと最低の人物に決まっています!

 ……こうなったら先生には後からこっそり合流してもらって、さりげなくパーティの一員として振る舞えばバレはしないのでは……?

 

「えげつねェな……」

 

 おや、あの方は……。

 なるほど。どうやら彼はこのイベントの嫌らしさを理解しているようですね。戦闘能力だけでなく頭も回るようです。

 15人で挑まなければ発生しないイベント。ですが15人ものパーティを組んでいるプレイヤー等あのハメ組以外にはいないでしょう。

 つまり複数のチームが組んで挑まなければならないということ。その際に3チームでパーティが組めればいいのですが、それ以上のチームとなると……。

 イベントクリア後のカードの分配で揉めるのは必然でしょうね。彼の言う通り、先生が参加出来ない可能性も含めてえげつない設定のイベントだと言えるでしょう。

 

 まあ私たちは先生を除いても11人。あとの4人はそうですね……外の世界に帰りたくとも帰ることが出来ないでいるプレイヤーを“離脱/リーブ”を報酬にして誘えば……。

 いえ、勝負の形式によってはそれも拒否されるかもしれませんね。ともかく一度海賊どもがどのような輩でどのような勝負を持ち出して来るのかを確認した方がいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

「これで8勝。オレ達の勝ちだな。出直して来な。まだしばらくオレ達はこの街で好きにさせてもらうぜ」

 

 海賊との勝負。スポーツをテーマに、互いに15人の代表を出して先に8勝した方が勝利という形式の勝負。

 何やら肩透かしですね。海賊との勝負と言うからにはもっと殺伐としたものを想像していたのですが。まあそれだとこのメンバーの大半が海賊に殺されていたでしょうから、この方が良かったのでしょう。

 海賊どもも然程の力量ではありませんが、彼らの実力はそれ以下でしたからね。まともな勝負では相手にならないでしょう。むしろスポーツである方が勝ち目がまだあったでしょうね。

 

 まあそれでもこのメンバーで海賊に勝利するのは難しいので、ゲンスルーさんのアドバイス通りにして良かったでしょう。

 わざと負けるのは癪でしたが、負けた時のデメリットもなく、メンバーの1人でも入れ替えればまた再挑戦も可能だと言うのですからこれが効率のいいやり方ではあります。

 これを先生に教えてメンバーを整えて挑めば、私たちのみで8勝など余裕でしょう。残り4人のメンバーは先ほどの通りに帰りたがっているプレイヤーを誘えば解決するでしょう。

 

 ……ただ、あの海賊のリーダーであるあの男……。彼だけは一筋縄ではいかない相手ですね。勝負の内容にもよりますが、恐らくゴンさん達ではまず勝てないレベルでしょう。……いえ、正直まともな戦闘ならともかく、スポーツによっては私でも負けるやもしれません。

 これほどの実力者がいようとは。……ゲームのNPCとは思えません。恐らくゲームマスターかそれに雇われた1流の念能力者。他の海賊もそうでしょうが、彼だけは桁が2つは違いますね。

 どうせなら彼と1対1でスポーツではないまともな決闘をしたいものです。

 

 

 

 さて、勝負も終わりこの16人で今後について話し合うようですが……彼らはどう動くでしょうか。

 

「アタシ達はこれで抜けるわ。この内容なら例えハメ組が15人以上のパーティで攻略に来てもクリア出来ないわ。アイツ等私たちよりも弱いしね。リィーナ姐さんが言っていたように“宝籤/ロトリー”でゲットするかもしれないけど、それは運が悪かったと思って諦めるしかないわね」

 

 なるほど。アスタさん組はここで手を引くと。

 ……ところで、どうして私を姐さんと呼ぶのでしょうか? とくと聞きたいのですが。

 

「……確かにそうだな。今のオレ達で無理なら奴らでも……」

「オレ達も一度このイベントから手を引こう。それよりもリィーナさんが言っていたやり方を試したいんでな。“一坪の海岸線”は手に入らなかったが、それでもこれ以上ハメ組にカードが奪われないようにしたい。それが奴らのクリアを阻止する可能性にも繋がるからな」

「ではこのパーティはここで解散ということでよろしいでしょうか?」

「ああ。皆ご苦労だった。おかげでNo.2のイベントトリガーも分かったし、ハメ組に対する新たな対抗策も見えた。今回の集いは有意義なものだったよ。感謝する」

 

 それはこちらの台詞でもありますね。おかげで長いこと進まなかった攻略に道が開けました。これは相応の謝礼をしなければなりませんね。

 

「それでは皆様これをお持ちください」

「これは?」

「名刺? 裏にリィーナさんの直筆サインか? ……って! この名刺!?」

「ろ、ロックベルト財閥の……会長!?」

「申し遅れました。私ロックベルト財閥会長のリィーナ=ロックベルトと申します。此度は皆様のおかげで重要な情報が手に入りました。つきましてはこの件に関して謝礼をと思いまして。

 外の世界に戻った暁にはその名刺を持って財閥の本社か風間流本部道場にお越し下さい。1人当たり2000万ジェニーの謝礼金を約束致しましょう。事前に私の所在をそこに書いてある電話番号にお掛けになって確認して頂けるとお互いに手間が省けて助かります。日によっては対応出来ない場合もございますので。

 ああ、ご本人がその名刺をお持ちになって直接お越しになることが条件です。代理人が受け取りに来た場合も、名刺が手元にない場合も謝礼金はお渡し出来ませんのでお気を付けください」

 

 おや、皆様目を丸くなさっていますね。

 まあ大抵の方が驚かれますが。私、別に正体を隠してもいませんし、メディアにもそれなりに顔を出しているのですが……。

 やはり見た目でしょうか? ビスケのエステを受ける前は年齢より少し若いくらいの見た目でしたからね。今では20歳そこそこの見た目を維持出来ています。ビスケのおかげですね。維持費はそれなりですが、美貌を保つのには安い買い物です。

 

 ……バッテラさんに頼まれている魔女の若返り薬、私も頂きたいですね。本当に20歳くらいに戻れば先生とずっと一緒に修行をすることが!

 おお……! 夢が広がってきました! うふ、うふふ! これはいい考えです! 必ずやグリードアイランドをクリアして報酬を頂きましょう!

 今回の一件で“一坪の海岸線”も入手出来そうですし、ゲームクリアも近づいて来ました!

 そう考えるとこの情報は金よりも重く価値があるものです。2000万ジェニーでは安かったかもしれませんね。

 

「ほ、本当に貰えるの!?」

「いえ」

「はぁ? 何よ、やっぱり嘘なのね。ぬか喜びさせないで――」

「――よくよく考えれば2000万では妥当ではございませんね。1人につき1億の謝礼金とさせていただきます」

『どうして増えた!?』

 

 そう大声を出さないでください。

 増えた方が嬉しいでしょう? 私にとってはそれほどの情報だっただけのことです。

 

「ああ、控えさせてもらいますので、今一度貴方がたのお名前をお教え願ってもよろしいでしょうか」

 

 全員の名前を聞き出し控えておく。バインダーに記録されているでしょうが念の為です。出会った場所や順番によっては誰の名前か分からない場合もあるでしょうし。後は彼らが名刺を持って謝礼金を受け取りに来た時に確認すればいいでしょう。

 

 即席のパーティがそれぞれのチームに分かれて解散する。

 誰もが何処か現実味のない物を見たような表情で離れていきますね。そんなに衝撃的だったのでしょうか?

 

 残ったのは私たち4人ともう1人、ゴレイヌさんだけ。

 さて、ゴレイヌさんは彼らの今後の方針に賛同の意見を出してはいませんでしたが、どうするおつもりでしょうか?

 

「ゴレイヌさんはどうされるのですか?」

「……出来ればあんた達の仲間に入れてもらいたいな」

「……申し訳ございませんが、貴方を仲間にするわけにはまいりません」

 

 なるほど。私たちが今後どのような行動に出るか理解されているようですね。

 ですが、ゴレイヌさんを仲間にするメリットは殆どありません。戦力という点では私たちは十二分に揃っているのですから。しかも仲間にした場合のデメリットが大きすぎるのです。

 ゴレイヌさんを仲間にした場合、彼もゲームクリアを目的としているのですから“一坪の海岸線”を報酬として渡さなくてはならなくなるでしょう。

 そうすると彼がハメ組に“一坪の海岸線”を奪われた場合、私たちは“大天使の息吹”を手に入れられなくなるやもしれません。

 

「……あんた達はこのイベントを諦めてないんだろ? そうじゃなきゃあんな風にわざと負ける意味はないからな。だったら強い仲間が必要なはずだ。あの風間流の最高責任者であるあんたにゃ及ばないが、オレもそこそこの実力者だぜ?」

「貴方の実力はある程度ですが肌で感じられています。仰る通り、かなりの実力者でしょう。ですが私たちは既に残りの仲間の目処が立っております。貴方を加えるのは私たちにとってメリットになりにくいのです」

 

 強いて言うならば敵となる可能性のあるプレイヤーを味方に引き込めるかもしれないのがメリットでしょうか。今回のイベントのみではなく、クリアまで仲間になるのならば先のデメリットはなくなります。

 ですがその場合は彼にも報酬を渡さなければならないということ。別に報酬を惜しむつもりはありませんが、報酬を払ってまで仲間にしたいとは思えないというのが正直な意見ですね。

 

「そりゃ残念だ。じゃあ今回は縁がなかったってことで」

「ええ。それではお互いに頑張りましょう」

 

 ……行きましたか。

 いずれは彼ともクリアを巡って争うことになるかもしれませんね。ツェズゲラさんもかなりの枚数のカードを集めていらっしゃるようです。戦闘ではともかく、ゲーム上では気を引き締めないと足元を掬われるやもしれませんね。

 

 …………そんなことより先生に会いたい。

 先生! 不肖の弟子リィーナ、喜ばしい情報を持って今すぐ戻ります! もうしばらくお待ち下さいませ!

 

 

 

 

 

 

 ハメ組に関して対策を立てたいというプレイヤーの連絡を受けて出掛けていたリィーナが帰ってきた。それも特大の情報を持って、だ。

 

「なるほど、人数が原因だったのか……」

「道理で何回話を聞いても情報が出て来なかったわけだな」

「やったじゃない! これで攻略も進むってことね! いい加減潮風で髪が痛みそうなのよね~」

「貴方は能力で髪質も整えられるでしょうに」

「アイシャの髪質は無理なのよね」

「さあ早く“一坪の海岸線”を手に入れてこんな場所からは移動しましょう。さあ、さあ!」

 

 落ち着けリィーナ。別に髪質なんか……髪質なんか……髪?

 あかん。母さん譲りの髪だけは大事にせねば!

 

「行きましょうすぐ行きましょう。さあ皆、その海賊とやらをとっちめますよ! さあ、さあ!」

「落ち着けアイシャ。レオリオがまだ帰ってきてないだろうが」

「レオリオさんがいなくとも十分でしょう。アイシャさんが参加出来なかったとしても、残りの10人で8勝すればいいだけのことでございます」

「いえ、それには問題がありますリィーナ先生」

「何の問題があると仰るのですかゲンスルーさん?」

 

 問題? レオリオさんを置いていくのは確かにどうかと思ったけど、リィーナの言う通り勝つだけなら今のメンバーでも問題ないんじゃないか? リィーナの話では海賊のボス以外は大した使い手ではないということだし。

 

「今オレ達が持っている“離脱/リーブ”の数です。レオリオがいない場合、5人のプレイヤーを誘わなければいけません。そのプレイヤーには外の世界に帰りたくても帰ることが出来ない者を“離脱/リーブ”を報酬に人数合わせに誘う予定ですが……」

「私たちの手持ちの“離脱/リーブ”の枚数は?」

「……4枚です」

「今すぐ手に入れてきなさい」

「そんな無茶な! 限度枚数30枚ですよ!? ハメ組が大体を、残りも他のプレイヤーが所持しているに決まっています! 残り1枚2枚もあるかも分からないのです。流石に今すぐ手に入れるのは……」

 

 なるほど。報酬がなければ人を雇うことは出来ない。当たり前の話だ。そういうことなら仕方ない。レオリオさんがいないまま“一坪の海岸線”を手に入れるのもどうかと思う。レオリオさんもずっとソウフラビで情報収集を頑張っていたんだし。レオリオさんが帰ってきてから攻略を進めよう。

 

「ではレオリオさんが帰ってくるまで待ちましょう。トリートメントに気をつければ髪もそうそう痛まないでしょう」

 

 ……念の為オーラを頭に多く回しておこう。これで髪を強化して潮風なんぞに負けないようにしてやる!

 

 

 

 

 

 

 2月も後1週間で終わりになる。今月中にはレオリオさんが帰ってくる予定なんだけど……。センター試験は2回に分けて行われるので、1次試験で落ちていたらもう帰ってきているはず。

 つまりレオリオさんは1次試験には合格しているということだ。このまま2次試験も合格出来るといいんだけど。

 

 “一坪の海岸線”はまだ誰も入手出来ていない。

 時々こまめに“名簿/リスト”で確認している。もしハメ組や他のプレイヤーが先に手に入れたら作戦はおじゃんだ。

 ハメ組は“宝籤/ロトリー”で、他のプレイヤーはリィーナと一緒に海賊に挑んだプレイヤーか、もしくは彼らに情報をもらったプレイヤーがイベントをクリアする可能性がある。

 特に意外と怖いのが“宝籤/ロトリー”だ。案外これで手に入ったなんてことが起こるかもしれない。確率は何十、もしくは何百万分の1かもしれないけど、現実の宝籤なんかもっと低い確率の1等を当てている人なんてゴロゴロいるんだ。

 確率が低いから起こりえないなんて考えるのは馬鹿の考えだろう。……レオリオさん早く帰ってこないかな~。

 

「アイシャ! ぼうっとしてる暇があったらオレと組手しようぜ!」

 

 気合入っているなキルア。

 キルアもそうだが、ゴンやクラピカも今まで以上に気合を入れて修行に励んでいる。どうやらリィーナに聞いた話でカチンと来たようだ。何せゴン達では海賊の親玉には勝てないとハッキリ言われたからな。

 リィーナにまともな決闘で勝負してみたいと言わしめる程の実力者だ。そうそうお目にかかれないレベルの実力者だな。

 

 その親玉、レイザーだったか。彼がゴン達の刺激になって良かった。たまにはそういった変化がないとね。修行も楽しみながらやれたら1番なんだけど、そう簡単にはいかないし。

 

 ゴンは最近悩んでいるんだよな。キルアにさっぱり勝てないって。発無しの組手でも勝率はキルアの方が少し上だったのに、発有りの組手だと100%負けている。

 というか、キルアにまともに勝てる弟子クラスがいない。【神速/カンムル】強すぎワロエナイ。

 ガチンコで戦ったらクラピカも一方的にやられる。クラピカが【絶対時間/エンペラータイム】を発動させて全力で堅を維持して攻撃を凌ぐのが精一杯だ。

 クラピカならそこから鎖の能力を駆使して勝ちに持っていくことも出来なくはないけど、それでも勝率は低い。

 ゴンに至っては攻防力では強化系のゴンが勝っているけど、オーラ量に差がないから速度で圧倒するキルアに負け続けだ。【ジャンケン】なんて使う暇もないからな。当てるどころか使うことすら出来ない。疾さは強さであった。

 

 疾いだけならまだ対処のしようもあるかもしれないけど、キルアの【神速/カンムル】は疾い上に電撃による麻痺があるからな。攻撃を受けると電撃で身体が僅かに硬直してしまうんだ。これに耐えることが出来るのはキルアと同じ修行(拷問)を受けて育ったミルキくらいだ。

 ミルキとキルアの勝率は半々くらいだ。ミルキが堅で耐えている間に少しずつキルアにオーラを流し込んで重くしたり軽くしたりと重量を操作する。攻撃を軽くされたらミルキの防御力をキルアの攻撃力じゃ突破出来ないのだ。まだミルキの方が顕在オーラが上なのでダメージを与えられなくてキルアが悔しがっていた。

 

 ミルキもキルアに負けたくないから必死で潜在オーラと顕在オーラを増やしている。ビスケの能力を知った時に自分もしてくれと頼み込んでいたし。

 おかげでミルキもビスケの能力の恩恵を受けられるようになった。ビスケもイケメンの頼みに弱かったのだ。まあミルキが十分原石として輝いているというのもあるだろう。

 何があったか知らないけど、ゾルディック家で出会った時とはひと皮もふた皮も剥けているようだし、これからもっと強くなるだろう。

 

 ――ップ!――

 

 カストロさんは弟子クラスというレベルではないが、ゴン達とも良く組手をする。上のレベルと戦うのはいい刺激になるからな。あまりに実力に差がありすぎたら参考にならない場合もあるけど、カストロさんは丁度いいくらいだ。

 もちろんカストロさんがゴン達と戦う時は発は無しだけど。あれを使うと威力がありすぎて危ないんだよね。そんなカストロさん相手でもキルアは勝ち星を上げたことがあるからな。【神速/カンムル】の強さ恐るべし……。

 

 ――ってんだろ!――

 

 ゲンスルーさん達はもう随分私たちと溶け込んでいる。

 普通に話して普通に笑って、ゴン達の修行の手助けをしたり、キルアに負けた時に悔しがっていたり、次にキルアと戦った時に大人気なく本気で倒してたり。

 ミルキとも結構仲良く話すし、今はいないレオリオさんとも仲がいい。どうにも常識人だから話が合うと言っていたのを聞いたことがある。

 ……私も常識人のはずだ。そのつもりだ。そうに違いない。私とも気軽に話してくれるし、きっとそうだろう。常識がないのは私狂いのリィーナとか美男子に目がないビスケとかだ。

 

 ――ギブギブ! 言葉通じてんのかコラーっ!?――

 

 ふぅ。レオリオさん早く帰ってこないかなぁ。

 早く攻略を進めてゲームをクリアして外の世界に戻らなくちゃいけないんだよ。もし今にもキメラアントの事件が起きているかと思うと……。早く調べたい。

 レオリオさんには時間が有ったら最近キメラアントによる事件が起きてないかハンターサイトで調べておいてとお願いしたけど……。どちらにせよレオリオさんが帰ってこなくちゃ意味がない。もう少しで帰ってくるはずだし、辛抱しなきゃな。

 

「ギブアップって言ってるだろ早く技を解けよ!」

「何を言うのです。まだここから抜け出す方法はありますよ」

 

 キルアが地面に這いつくばってもがいている。

 動きが取れないように技を掛けているけど、上手く身体をずらせば簡単に抜けられるようにしているんだけどな。

 

「くそぉー、また負けた……」

 

 はっはっは。【神速/カンムル】を使わないキルアにはまだまだ苦戦はせんよ。【神速/カンムル】を使われてもまだまだ負けはしない。どれだけ疾くともオーラ技術が未熟だ。攻撃を読み切ることは出来る。同じ理由でリィーナとビスケもまだキルアには負けていないな。

 でも逃げに徹せられると私でも捕まえる自信はない。疾さはどうあがこうともキルアが1歩先を行く。逃げられたらキルアの充電が切れるまで鬼ごっこするしか方法はないかな。

 ……全力で踏み込んでその勢いにオーラを放出してのブーストダッシュ加えたら逃げられる前に捕まえられるか?

 

「どうしたキルア? 急に身体を震えさせて。風邪か?」

「……いや、なんか木っ端微塵にされそうな気がしてな」

 

 ……加減はするよ?

 

「アイシャ! 次はオレとも戦ってよ!」

「いいですよ」

 

 ゴンは負けず嫌いだから、負けたらすぐにもう一度勝負とせがんでくる。まあ私にとっては弟の我が儘みたいで可愛いものだ。何度でも勝負してやろう。

 キルアに負けたくないみたいだけど、それはちょっと諦めた方がいい。あれは軽く反則の能力だ。素の実力で劣っていてもあれを使えば勝てるようになる。素の実力が伯仲しているゴンでは【神速/カンムル】発動中のキルアに勝つのは現状不可能と言ってもいいだろう。

 

 ゴンの実力で出来るあれの対策が正直思いつかない……。

 地力を伸ばして超スピードにも対処出来るようにするのが確実で無難な方法だろう。何度か相談は受けているけど、いいアドバイスが出来なくてごめんね。

 

「うー、負けたかー」

「もう一戦やりますか?」

「うーん……」

 

 おや? 普段なら当たり前と言わんばかりに食いついてくるのにな。

 ……やっぱりまだ悩んでいるんだろうか。1番の友達だもんな。置いていかれたみたいで不安なんだろう。

 

「キルアのことで悩んでいるんですか?」

「うん……何とかキルアの【神速/カンムル】に対抗したいんだけど……。アイシャ、何度か聞いたけど、やっぱりアドバイスはない?」

「うーん……アドバイス、ですか」

 

 難しいな。今のゴンでどうやったら【神速/カンムル】の疾さに対抗出来るだろうか?

 

 キルアより疾くなる。

 ……無理。何か能力を作っても雷の反射速度には敵わないだろう。【百式観音】ならキルアに当てられるだろうけど、そんな例外はそうそうない。

 

 キルアを遅くする。

 ……無理。ミルキの重量操作みたいな能力をゴンが作るのはまず無理だ。操作系と強化系は相性が良くないからな。作れないことはないけど、今のゴンでは威力不足になるのがオチだ。

 

 キルアが反応しても避けられない攻撃をする。

 ……だからそれは【百式観音】くらいのものだ。

 

 キルアが【神速/カンムル】使っても勝てるくらい強くなる。

 ……あと10年は修行漬けだな。だがこれが1番堅実な方法ではある。

 

「そうですね……やはり、地力を上げるしか方法はないでしょう」

「でも、それじゃ何時までかかるか……」

「キルアは能力という意味ではもうほぼ完成形にあります。それは逆に言えばこれ以上発展することはあれど極端に伸びることはないということです。電気を応用して神速の反射速度を得ているのですから、これから修行してもそれ以上の反射速度になることはないわけです。後はゴンが修行して差を縮めていくしかないでしょう」

 

 鍛えに鍛えて、強化系の売りである攻撃力と防御力を限界まで極めるのだ。そうしてキルアの攻撃ではビクともしない頑健さで攻撃を凌ぎ、逆転の一撃を叩き込む。

 最高レベルまで極めたゴンの【ジャンケン】のグーをまともに喰らえば相手は死ぬ。私でも死ぬ。まともに喰らう気はないけど。ゴンにキルアを殺すつもりもないだろうけど。

 

「とにかく今ゴンに出来ることは基礎を極めることです。以前にも言いましたが、他に目を向けるのはそれからでも遅くはありませんよ。確かに1対1という状況ではキルアは飛び抜けていますが、ゴンの攻撃力は類を見ないレベルで高まっています。それをさらに伸ばし、威力を活かせる状況を作り出せるようになればどんな敵も一撃で倒せるようになりますよ」

 

 まあ理想だけど。でもゴンならいつか辿り着く領域かもしれない。

 ネテロばりの正拳をそれを遥かに上回る威力で放つ。まさに一撃必殺だ。

 レベルを上げて物理で殴るの極みである。

 

「……うん。そうだね。ちょっと焦ってたみたい。もっと頑張って修行して早くキルアに追いつく! アイシャ! もう1回戦ってよ!」

「ええ、いいですよ」

 

 良かった。少しは吹っ切れたようだ。悩んでいても修行に身が入らなくて悪循環になるだけだ。ゴンは吹っ切れて前に突き進んでいた方が伸びはいいだろう。

 頑張れゴン。遅咲きだけど、いつかは大輪を咲かすタイプだよゴンは。

 

 ……まあ、他人から見れば現状でも十分大輪なんだけどな。

 ゴンもキルアも贅沢者だよ。自分達がどれだけ才能に満たされているか分かっていないんだからな。私が今のお前たちの強さに到達するのに何年掛かったと思っているんだ……。

 

 チクショウ。絶対負けてやんないからな。この2人がどれだけ強くなっても1歩先を行ってやる。歳上の意地を見せてやる。

 

 

 

 

 

 

 あいも変わらず修行に勤しむ日々を過ごす。

 砂浜にはゴンが突き刺さり、キルアが波打ち際で波に攫われかけ、クラピカは宙を舞う。

 いつもと変わらないそんな風景を眺めながら自身の修行に注力する。

 修行の合間に海賊とのスポーツ勝負の練習もしておく。私も参加出来るか分からないけど、一応練習はしておいた。……参加、出来るといいなぁ。

 

 そんな毎日を過ごしていると、空から飛行音が聞こえてきた。

 スペルか? そう思って振り向くと、着地して来たのはレオリオさんだった。

 

「レオリオさん! お帰りなさい!」

「よう。今帰ったぜ。皆変わりは……ああ、変わりはないみたいだな。いつも通りの修行風景だぜ……」

 

 そんな哀愁漂うように言われても……。もうレオリオさんも慣れていいと思うよ?

 

「むにゃむにゃ。おねぇさん。サボってばかりいるとまた……様に叱られるよ……」

「起きろゴン。そこからは早めに帰って来いって言ってるだろうが」

「……うーん……ん? あっ! レオリオ? お帰り! いつ帰ったの!?」

「今さっきだよ。スペルがないけど、【高速飛行能力/ルーラ】があるからすぐ戻ってこられたぜ。これがなけりゃマサドラまでスペルを買いに行かなきゃならないからな」

 

 そうだな。グリードアイランドから外に出るとフリーポケットの中身は全部失われてしまうからな。スペルカードも何枚持ってようが全部なくなってしまう。

 スペルカードが欲しければ、グリードアイランドに戻ってきたらスタート地点からマサドラまで移動するか、他のプレイヤーから譲ってもらうしかないからな。

 私たちがどこに移動してもすぐに合流出来るように、私に【高速飛行能力/ルーラ】の目印の1つを持たせたレオリオさんの判断は正解だったな。

 

「レオリオさん。試験はどうでしたか?」

「ああ、1次試験はバッチシだったぜ。2次試験はまだ合格発表が出ていない。来月には通知が来る予定だな」

「それならグリードアイランドにいてもいいんですか? 合格していたら手続きとかもしなければいけないですし、外の世界にいた方がいいのでは……?」

 

 レオリオさんがいないと寂しいし、攻略も不便になるけど、レオリオさんの一生の方が大事に決まっている。

 

「大丈夫だって。外の世界に戻ったついでに、オレの家に目印仕込んできたし、医大の近くのマンションにも目印仕込んできたからな。これで何時でもすぐに【高速飛行能力/ルーラ】で戻ることが出来るぜ」

 

 おお。本当に便利だな【高速飛行能力/ルーラ】。飛行船しかないこの世界でこんな便利な移動能力持っているレオリオさんはものすごく重宝されるぞ。これだけで色んな人たちから勧誘されるだろう。

 

「な、なるほど……うっぷ。レオ、リオに、しては……うぐぅ……。中々、考えて……行動してるじゃ、うぅ、ないか」

「そんな状況でも嫌味が言えるのはむしろ尊敬に値するぜ。ホレ、酔い止め飲んどけや」

「す、すまないな」

 

 酔い止めで治るのか? まあないよりマシだろうか。

 あ、キルアがいない。波に攫われたか?

 

「ぶはぁっ!? はぁ、はぁ! お、オレは一体……?」

「おお、生きてたかキルア」

「ん? レオリオがいる? くっ、どうやら地獄に落ちたようだな……」

「いいぜ、今すぐそうしてやるよ」

 

 うん、いつも通りの皆だ。やっぱりこうでなくちゃな。

 ゴンがいて、キルアがいて、クラピカがいて、レオリオさんがいる。皆で揃って遊んだり馬鹿やったり喧嘩したり、そんな皆と一緒にいるのが楽しいな。

 

「そうだレオリオさん。ちょっといいですか?」

「お? どうしたんだ?」

 

 レオリオさんを連れて少し離れた場所まで移動する。聞きたいことはあんまり大げさに話したくないことだしね。

 

「レオリオさん。頼んでいたことはどうでしたか?」

「ああ、キメラアントだったな。調べてみたけどよ。そんな話はなかったな。過去に起こったキメラアントによる幾つかの種の絶滅ってのは出て来たけどな」

 

 それは普通のキメラアントの話だろうな。

 そうか、まだ起きてはいないようだ。それともハンターサイトにも載っていないだけか……。まあいい。クリアして私自身が調べるしかないだろう。

 

「そうですか。ありがとうございましたレオリオさん。勉強で忙しい時に余計なことを頼んですいませんでした」

「いや、それはいいんだけどよ。息抜きにもなったし、何よりアイシャの頼みだからな。……そんなことよりよ。なんか悩みごとでもあんのか? オレで良かったら相談に乗るぜ?」

「いえ、そんなことじゃありませんよ。少し気になったことがあっただけですから」

「そうか。ならいいけどよ」

 

 ……ごめんなさいレオリオさん。こればかりは誰にも相談出来ることじゃないんです。反則で得たような未来の情報、しかも確定していないことを大っぴらに話すわけにはいかない……。

 

 話も終わったので皆の元に戻る。

 レオリオさんが戻ってくるなりキルアとミルキに何か言われている。何を話してたか気になったのかな?

 

 さて、レオリオさんも戻って来たことだし、気を取り直してゲーム攻略を進めよう!

 

「それじゃあレオリオさんが戻って来たので“一坪の海岸線”攻略を進めましょう!」

「よっしゃ! やっと攻略が進むぜ!」

「ああ。ゲームが詰まった状況ってのは性に合わないしな。レオリオが帰って来て良かったぜ」

「ミルキ、抜けがけはしてないだろうな?」

「安心しろ。二度も約束は破らないさ」

 

 抜けがけ? 約束? 何なんだろうか?

 

「それより“一坪の海岸線”の情報が手に入ったのか?」

「ああ。詳しく説明してやるよ」

 

 ――ミルキ説明中――

 

「なるほどな。じゃあオレが帰って来たから後は外の世界に帰りたがっているプレイヤーを4人誘えばいいってわけか」

「そういうことだ。マサドラ辺りで張ってりゃそういう連中に出会えるだろう」

「じゃあ早速人数揃えようぜ!」

『おー!』「うっぷ」

 

 吐くなら海にお願いしますよクラピカさんや。

 

 




ポックル「今年こそは!」
キルア「くたばれミルキ!」
ミルキ「お前がだキル!」

ポックルダイン「ぐわああああああーーッッ!!」

 皆の人気者。森の賢者ゴレイヌ参上。でも仲間にはなりません。仲間にする理由がないんですよね。でも活躍どころはまだありますのでご安心を?

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