どうしてこうなった?   作:とんぱ

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さらに時間が飛んでいます。


第五話

 私が風間流合気柔術を習いだしてから、どれほどの月日が流れたことか。気が付けばこの道場の弟子の中で3番目の古株となっている。いまだに理を身に付けたとは言い難いが。

 肉体の鍛錬に比べると遥かに長く、気の遠くなる程の鍛錬の繰り返し。しかしそれを苦には思わない。これも修行。ならば楽しむのみ。反復に次ぐ反復。師は既に齢90を超えるが未だに勝てず。それでもいい。それがいい。目標は常に高くあった方が良いに決まっている。

 

 ちなみに、師たるリュウゼン=カザマ〈風間 柳禅〉は念能力者であった。あの時は念を使うまでもないと思っていたらしい。

 筋肉の付き方で闘う為の筋肉ではないと見抜き、足の運びや呼吸から格闘は素人の域と見抜き、オーラの動きから念能力者との戦いも数えるほどと見抜いたようだ。

 

 まさに達人……眼を見張った点はオーラの総量とその基礎技術の高さだけらしい。

 

 そんな師のオーラ総量は入門時の私の四分の一以下である。師曰く、堅の持続時間がある一定から伸び悩んだらしく、そのことからオーラ総量が少なくても技術で圧倒すればいいと思い至ったらしい。

 

 それが風間流合気柔術の始まりだとか。

 

 師もいまだに極めたとは思っていないらしく、私や他の高弟とともに修行の日々だ。師が念能力者であったため念の修行も以前よりはかどる事となった。楽しい日々はあっという間に過ぎていく。

 

 

 

 この数年、堅の持続時間が延びない……とうとうオーラ総量も限界に達したか。まあいい。最近は堅の持続時間が長すぎて堅をしながら他の修行をしていたくらいだ。むしろ多すぎるくらいだろう。基礎修行は疎かにせず、さらなる柔の極みを目指すのみ。

 

 筋肉もかなり衰えた。仕方ない、そもそも私も既に60を超えている。あの時、この道場に入門した時の師と同じくらいの歳だ。今の自分なら当時の師を倒すことが出来るのだろうか……?

 

 修行の中で、他流試合をこなす内に心源流にも柔の道に通ずる技もあることが分かった。かつての私は拳法とは、ただ相手を打撃にて打ち倒すものだとばかり思い込んでいた。恥ずべきことだ。心源流拳法こそ剛柔一体の武術と言えるだろう。

 無論、今さら風間流合気柔術から鞍替えするつもりはさらさらないが。 

 

 

 

 師が死んだ……御歳106歳。老衰だった。達人も老いには勝てなかった……。

 死の三日前に仕合を行ない、その結果、免許皆伝の証を授かった。年甲斐もなく泣きに泣いた日だった。

 あれからたったの三日、あまりにも急すぎる……。

 

 おそらく師は自らの死期を悟っていたのではないだろうか……。だからこそ、死ぬ前に私に免許皆伝の証を授ける機会を与えて下さったのだ。そうに違いない。

 

 師の葬式には数多の人々が集まった。弟子だけではなく、町の人々や他の流派の人までもが、師の葬式に来てくれた。それほど人徳に篤く、人々から慕われていたのだ。自らの如く誇らしく感じる。

 

 師の死に顔は、とても安らかな顔であった。私も死ぬときはこのように在りたいものだ。

 

 第二の父というべき師が亡くなったが、悲しみに明け暮れているわけにはいかない。私には使命がある。そう、さらなる柔の理を極めることと、師の教えを世界に広めることである。

 

 既に私より先に免許皆伝を授かった2人の高弟の内1人は師の道場を継ぎ、もう1人はジャポンの地に自身の道場を建てている。

 

 ならば私はジャポン以外の地に道場を建立し、師の教えを世界へと広めるのだ。

 そのために私は自身の名を変えた。師の名前を貰い、私の名の一部を加えた名前。リュウショウ=カザマ(風間 柳晶)が今の私の名前である。この名が広まれば、風間流合気柔術開祖リュウゼン=カザマの名も広まりやすくなるだろう。

 

 これは、この世界に骨を埋める新たな決意表明でもある。

 この世界で過ごした時間は、元の世界のそれよりも遥かに長く、もはやかつての世界を思い出すのも困難なことだ。この世界に骨を埋めるのに躊躇いはない。唯一の心残りは父と母に孝行出来なかったことか。

 せめて一言だけでも謝りたいものだ……。

 

 

 

 

 

 

 私は現在天空闘技場に向かっている。

 

 ジャポンを出て1ヶ月。どこに道場を建てようかと悩みながら旅をしていた私の耳に天空闘技場に関する噂が入って来たのだ。

 天空闘技場。野蛮人の聖地と呼ばれるようになる、現在世界第一位の高さを誇る建物らしい。……第四位だったような? 覚え違いかもしれんな。何せ【原作知識/オリシュノトクテン】を使用したのは50年程も前の事だ。原作など覚えているわけがない。

 

 それにしても天空闘技場か……懐かしいな、原作を思い出す言葉も……。いや、原作というのも間違っているかもしれんな。あれは創作だがこの世界は今こうして現実に存在しているのだ。

 それを原作だの創作だのというのはこの世界に在る全ての存在に対する侮辱。つまりは師に対する侮辱に他ならない。それだけは許されない……。

 

 ともかく、もう天空闘技場が出来ているのならこれを利用しない手はない。あそこで勝ち続ければ風間流の良い宣伝となる。師の教えを広めるのに一役も二役もかってくれるだろう。さらに自身の鍛錬にもなる。まさに一石二鳥だ。

 

 

 

 やはり他流派や我流の人間と戦うのは良い経験になる。今までも他流試合や道場破りと戦ったことはあるが、そのどれもが新鮮だった。初めて見る技や能力、それをどう対処すればいいか。相手によっては合気が通用しにくい能力の持ち主もいる。

 この歳になっても経験不足か。修行のやり甲斐があるというものだ。

 

 

 

 フロアマスターになるのに2年ほど掛かった。200階に上がるのは簡単だったが、そこからが時間が掛かってしまった。別に200階選手が強いわけではない。むしろ念能力者として強いと思えるものは一握りほどだ。

 

 フロアマスターになるのも簡単かと初めは思っていたのだが、そうはいかなかった。

 あのシステムがいけない。最初は問題なかった。こちらを老人と見て侮っていたのだろう。しかし4勝ほどしたらかなり警戒をされてしまい、試合を避けられるようになってしまったのだ。

 

 なんとか準備期間が切れる前に戦う事が出来たので良かった。全く、無駄に時間を浪費してしまった。

 

 これで道場を建てることが出来ると思ったが、ひとつ誤算があった。

 道場建立に必要な経費が今までに貯めていた金と200階に来るまでに得た賞金では足りなかったのだ。

 

 どうしたものかと考えていたが、金策はすぐに解決することとなった。私を後援してくれる方がいたのだ。ただし条件付きだったが。

 条件はたった1つ。ヨルビアン大陸にある後援者の自宅のある街に道場を建てること、だ。

 

 どうやら孫娘が護身のための武術を習いたいと言っているらしい。しかし、あまりに逞しくなられるのも嫌だったので、私のような非力な老人でも出来る武術は後援者にとって理想だったようだ。

 ……簡単に身に付くものではなく、武術ゆえに相手を傷つけること傷つけられることもあるのだが、その点は理解してくれているみたいだ。別に護身が身に付かなくても支援を打ち切ったり道場を差し押さえたりはしないと確約してくれた。また後援者の身内だからと贔屓する必要もないとも言ってくれた。

 

 どうやら信用出来る方のようだ。そういう事なら是非にと支援を頼んだ。

 道場を建設するのには半年ほど掛かるようなので、その間は道場の宣伝と引越しの準備、自己鍛錬に励んだ。……こればかりはやめられないことだ。

 ちなみに天空闘技場を離れる時にフロアマスターを辞退した。これからは弟子育成に忙しくなるからな。

 

 

 

 道場が完成した。もちろんジャポン式の道場だ。師の道場よりかなり立派なのが少し気になる。

 私は未だ師の弟子であり、その私が師より立派な道場を持つのは気が引けるものだ。だが、致し方あるまい。みすぼらしい道場で師の名前を貶めるよりはいい。

 さあ、これからさらに忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 道場を開いて5年。門下生もすでに1千を超す勢いで増えている。

 実際は入門の意を持つものはもっと多いのだが、いかんせんいかに広い道場だとはいえそこまでの人数は許容外だ。

 さらに言うなら指導が行き渡らない。私の体はひとつだが、門下生は数多。一度に複数に指導しても全てに行き渡ることは至難。

 何せ1番初めに入門した後援者の孫娘に指導の手伝いをしてもらっている始末だ。彼女はとてもスジが良く、また努力家なので目覚ましい速度で上達している。そんな彼女に指導員紛いの事をしてもらうのは気が引ける。彼女が自身の鍛錬のみに集中出来ればさらなる上達が見込めるのだが……。

 せめて私以外の指導者、師範代とも言える者がいれば……。

 

 そう考えて、閃いた。そう、ジャポンにいる我が二人の兄弟子を頼ったのだ。筆を執り、こちらの事情を説明し、指導員となれる人材を派遣してはくれないかと手紙を書く。

 

 半年程して3人の武術家が道場を訪ねてくる。3人とも覚えがある。かつての師の道場にて私の弟弟子だった者たちだ。3人は手紙で私の事情を知り、それならばと協力を申し出てくれたのだ。

 

 有難い。このような異国の地だというのに、快く引き受けて来てくれるとは……。

 

 3人とも指導員には申し分ない実力の持ち主だ。おかげで指導員の人数不足は解決した。さらには支部の建設もした。3人の内、もっとも腕の立つものにそこの支部長となってもらった。

 

 全てが順調。そんな折だった。一人の男が道場へと姿を現したのは……。

 

 

 

 ……強い。それも果てしなく……。

 見たところ歳は六十は超えているか? 私が言うのもなんだが老年と呼べる歳だ。しかしその身体は極限まで磨き上げられている。無駄なく引き締まった肉体。ただ鍛えただけでなく、武術のために鍛え上げられた筋肉がそこにはあった。

 ……かつての私が求めていたものの究極……それをこの男は手にしている。

 

 それだけではない。男の顔は自信に満ちているが、それは決して傲慢ではない。足の運び、呼吸、所作の1つ1つが武の極みとも言える領域に至っている事を私に悟らせる。

 

 男はここに腕試しに来たようだ。それを聴いて私は納得する。当たり前だ。あれが入門をしたいと思う者の顔なわけがない。

 

 ……勝てるか、この男に……?

 ふふ、年甲斐もなく、血が滾る。心を静め、挑戦を受ける。

 

 

 

 男と私が対峙してから、5分が経過した。

 周りには門下生が正座しながら固唾を呑んでいる。誰も一言も発さない。

 それも当然。道場を包み込むかの様な気の圧迫。私の全身全霊のオーラと奴のオーラがひしめき合っている。中にはそのオーラに当てられて気を失う者もいる。

 

 奴が挑発するが私は動かない。私の得意な戦い方は相手の動きや力を利用した戦いだ。こちらから仕掛けることも出来るが、それがこの男に通用するとは思えない。ならば全神経を奴の動きを感じることに集中し、攻撃を待つのみ。

 

 

 

 動く……と感じた。その瞬間、眼で捉えることが出来ぬほど、ではない。眼に映すことが出来ぬほどの速度による接近。瞬時に彼我の距離5メートルを無かったものとされる。

 さらに続くは、私の動体視力では凝を以ってしても視ることも敵わぬほどの攻撃。後から考えて正拳突きだと理解出来たそれは、やはり私の眼に映ることはなく、まさに音を置き去りにしていた。

 

 ゆえに私がそれに反応できたのは修練の賜物。敵のオーラの流れ、筋肉の動き、呼吸、全てが超一流なれど、攻撃に転じる瞬間のわずかな差異を感じることが出来た。それが出来ていなければ、もし奴と私の年齢が逆であったならば、私はこの一撃で早々に沈んでいたであろう。

 

 脳が反応するよりも早くに身体が反応。無意識の内に相手の手首を取り技を掛けていた。手首の関節を捻り相手を半回転させる。しかし相手もそれに反応し自ら勢いをつけて跳ぶことで頭から落ちるのを防ごうとする。

 ここで逃がしては勝機を失う。私は相手が回転し頭が地面を通り過ぎようとしている瞬間に頭部を刈ることで回転の更なる加速を促す。

 案の定相手は着地のタイミングを逸す。未だ身体が宙にある相手の顎に攻防力70ほどのオーラを込めた掌底を叩き込み、その勢いのまま後頭部を地面に叩き付ける。

 

 相手も凝による防御と受身は間に合ったようだ。これでは大したダメージにはなっていないが問題ない。脳の揺れまでは完全に防げてはいないはず。即座に追撃を仕掛ける。

 指1本に現在持ちうる顕在オーラ全てを集め、硬をする。これならば確実に奴の防御を上回るはず。

 急所を一突きし、気絶させようと攻撃した、その瞬間!

 私の全身を凄まじい衝撃が襲い、気づけば私は道場の壁を突き破り、外まで弾き飛ばされていた……。

 

 

 

 

 

 

 山を降りて数年。様々な道場を渡り歩いて強者と戦ってきたが、どうも駄目だ。

 いつからか。こちらから攻撃を仕掛けるのではなく、相手の攻撃を待つようになっちまってた。

 いつからか。負けた相手が差し出してくる両手に、間を置かず応えれるようになっちまってた。

 

 そうじゃねえんだよなぁ。俺が求めてる戦い。武の極みってのはよぉ……。

 

 

 

 次の道場はここか。風間流合気柔術、か。なんでも元天空闘技場フロアマスターがここの道場主らしいが。

 フロアマスターか。あまり強い奴はいなかったな。ここも期待外れか、と内心思いながら道場を訪ねる。

 

 そこに居た道場主は老人だった。俺よりも確実に年上。身長は170㎝ほど、体重は50㎏あるかどうかの細枝を思い浮かばせるような爺さんだ。筋肉の付き方を見ても常人よりも脆いかもしれねぇ。

 

 これは本気でやったら壊れるな……。そう思った矢先だ。

 

 っ!! 何という膨大なオーラ……! あの身体のどこにその様なオーラをしまってるっていうんだ?

 それだけじゃねぇ。まるで凪の海を思わせるかの様な静かなオーラだ。オーラ量は俺が上だが、扱いに関しては俺より上か……? それに筋肉は常人並だが、武に関しては違う。足の運び、呼吸、俺とは違った武の極みに達しているのか?

 

 おもしれぇ……!

 まさかここまでの強敵と出会えるとは思わなかったぜ。世界は広いな。

 

 

 

 お互いが対峙して5分は経ったか。俺が仕掛けてくるよう挑発するも相手は一切反応なし。まさに柳に風が如し。

 

 いいさ。これこそが俺の求めていたものだ。相手の攻撃を待つのではない、相手を打倒せんと自らが仕掛ける! いくぜ! この一撃で倒れてくれるなよ!

 

 床を砕くほどの踏み込みによる接近。どうやら相手は反応出来ていないようだ……。だがここで油断はしねえ。何が起こるか分からないのが念能力者の戦いだ。十数年。ただこれだけに没頭して手に入れた珠玉の正拳突きを放つ!

 

 気付いたら手首を取られていた。信じられん。確実に俺の動きは見えていなかったはず! 追撃を放とうにも俺の腕を盾としてそれを防いでいる……くっ、上手い!

 

 手首を捻られる。ただそれだけで投げられようとしているのが解る。このままではまずい。投げに合わせて自ら跳ぶ。これで頭から落ちるのを防ぐことが出来……なんだと!?

 投げてる途中に頭を蹴って加速させやがった!

 

 ちぃっ! タイミングが狂わされた。ならば宙にいる内に攻撃を…と思った瞬間に相手が攻撃を仕掛けてきた。

 つくづく上手い……こちらの意を読んでの後の先。攻防力70は込められたその攻撃を防ぐために顎に凝をする。

 さらに続けて後頭部を地面に叩きつけられるが、これも受身を取ることでダメージを最小限に抑える。しかしこの攻撃はダメージを与えるためのものではなく、こちらの脳を揺らすためのものだった。

 

 まずい。完全に脳の揺れが収まるまでコンマ数秒の時間が掛かる。それは致命の隙! 相手の指先に膨大なオーラが集中している。あれだけのオーラを一瞬で指1つに集めるとは……何という技術!

 これを喰らってはやばい。ガードは間に合わない。硬による防御も同じほどの密度に集中せねば防げない上に、硬をする点を間違えば終わりだ!

 

 

 

【百式観音】!!!

 

 

 

 やっちまった! 思わず百式観音を使ってしまった。いや、使わされたのか……。

 

 それはいい。そこまで追い詰められたのは逆に喜ばしいことだ。しかし相手は硬による攻撃を仕掛けていた。つまり体の他の部分はオーラによる防御力はゼロ!

 さらにあの老人の肉体の耐久力はせいぜいが常人並……これは、死んだか……。

 何ということだ。殺すつもりはなかった。せっかく出会えた好敵手だというのに……。

 

 周囲の門下生の師を心配する大声も碌に耳に入らず落ち込んでいたところ、後方よりオーラを感じた。もしやと振り向くと、そこには自らの足で道場へと戻ってきた道場主の姿があった。

 

 馬鹿な、どうやって? まさか念によるガードが間に合ったのか!? だとすれば何という速さの攻防力移動だ……。

 

 男が構えをとる。まだ戦ってくれるというのか……。

 

 ……この男と出会えたこれまでの全てに感謝を。

 

 この男とは酒でも飲みながらじっくり話したいもんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 死ぬかと思った。

 何だったのだあれは……気付いた時には攻撃を受けていた。ほぼ無意識の内による堅のガード。そうしなければ恐らく死んでいたであろう。それほどの一撃を放ったのだ奴は……。

 

 視認することすら叶わぬ不可避の一撃。あれは私の技術を以ってしても防ぐのが限度やもしれぬ……。ダメージによりふらつく足を叱咤しながら何とか道場へと戻る。

 戻った矢先に数多の門下生たちが駆け寄ってくるが、一喝。心配は嬉しいが、勝負はまだ終わっていないのだ。

 

 相手を見ると、私を確認した時は驚愕、その後嬉しそうな笑みを浮かべた。強敵との戦いに餓えていた男の顔だ。彼の様な武人にそう想ってもらえるのは感謝の極みだ。

 

 さあ、続きを始めよう。

 

 

 

 この戦いを切っ掛けに挑戦者・ネテロと友人となった。好敵手と書いて友と呼ぶ。まさか私にその様な存在が出来るとは思わなかった。素直に嬉しく思う。

 

 あの時の戦いは残念ながら私の敗北に終わった。あの百式観音で受けたダメージは重く、まともに戦うことは出来なかった。そのような状態でネテロに敵うはずも無く、1分と掛からずに負けとなった。

 

 しかしあのネテロだとは……。確かに道場破りをしていた時期があったようだが、それが今であり、私の道場へ来るなど思慮の外であった。本当にHUNTER×HUNTERの世界なのだなここは……。

 

 

 

 それから幾度となくネテロとは武の研鑚を交わした。勝率は細かくは覚えていないが、6対4ほどで私が負け越している。百式観音抜きでこれだからたまったものではない。あんなものを使われたら私に勝ち目は無くなる。

 

 何せ私の肉体の耐久力は常人とさして変わらない。いくらオーラを防御に回してもダメージの全てを防ぎきれるものではない。

 避けるか相手の力を利用出来ればいいのだが、百式観音による攻撃は避けることも出来ぬ不可避の速攻。さらに人体の構造とは関係ないオーラで作られた観音像だ。力を利用することも出来ぬ。私には相性の悪すぎる能力だ……。

 

 

 

 ネテロを通じて心源流の協力の下、風間流にも念の指導を取り入れた。無論、念を覚える資格有りと判断された者に、瞑想による念の目覚めを促すようにしている。

 幾人も念能力に目覚めたが、強化系が驚くほど少ない。……単純一途なものはこの道場には殆どいないのだろうか……? いや、一概に性格で決まるものではないのだ、うむ。

 

 

 

 ネテロとの研鑚の日々はとても楽しかった。自身と同等以上の者との戦いは確実に私の糧となる。

 何時の日か、ネテロにハンターにならないかと誘われたが、断った。私は恐らくハンター試験に合格することは出来ないだろう。ハンター試験は至難の連続。ただ強いだけでは合格出来ない。

 私には持久力や耐久力があまりに不足している。持久力マラソン試験などがあったら1番初めに脱落することは目に見えている。

 そもそもそんなことをする暇があるなら修行に時間を割いた方がよほど良い。

 

 ……ネテロに修行馬鹿がと言われた。お前に言われたくはないのだが……。

 

 

 

 そんな毎日にも終わりが来る。私の死期が近いのだ。

 ……恐らく、持って数日。寿命だろう。何せ130を超える老人だ。長生きしたものだ……。

 

 心残りは……ある、な。いまだ後継者を決めていない。このままでは死ぬに死ねぬ。……師も同じ気持ちだったのかもしれない。

 

 道場に人を呼ぶ。来たのは一人の老女。そう、私の一番弟子たる、後援者の孫娘だ。彼女は祖父が死に、祖父の会社を引き継いでからも、ここに通うことはやめなかった。その彼女も、会社を息子に譲ってからは毎日の様にこの道場で鍛錬を積んでいる。

 

 彼女ならば、立場的にも実力的にもこの道場を継ぐことに問題はない。彼女に免許皆伝の証を授け、道場の後継を頼む。

 

 突然のことに驚かれたし、自分より相応しい人がいると一度は断られたが、説得し、そろそろ楽隠居したいと話したらしぶしぶ納得してくれた。騙してしまうのは心苦しいが、私の最後の我侭だ。許してほしい。

 

 後はネテロに手紙を書く。ただ一言、“研鑚を怠るな”と。

 これでいい。彼ならばこの約束を守ってくれるだろう。もしかしたら未来に起こりうる未曾有の大災厄を防いでくれるやもしれぬ。

 不確定な未来は話してはいない。あれが本当に起こる事かは分からぬし、反則で得たような知識を教えるのは彼にも世界にも失礼だ。

 この手紙は一週間したらネテロの下に届くようになっている。これならばネテロがこの手紙を見て不審に思っても、私は既にこの世を去った後だろう。

 

 死ぬ間際の姿は、誰にも見せたくないものだ……。

 

 

 

 そろそろ、か。道場で1人正座している私に、死神が近づいているのがわかる……。心臓の鼓動が徐々に弱くなり、もうじきその鼓動を止めるだろう。

 

 元の世界からこちらの世界に来て、両親と生き別れた私だが、父はいた。我が師・リュウゼンだ。

 

 姉とは二度と会えなかった私だが、兄弟はいた。師より共に学んだ兄弟弟子たちだ。

 

 結婚もせず妻を娶ることはなかった私だが、子はいた。総勢万を超すこととなった弟子たちだ。

 

 元の世界の友はもはや思い出すことも出来ないが、親友はいた。真の好敵手たるネテロだ。

 

 彼らと出会えた事を誇りに思う。

 

 やりたいことをやり切った人生だった。

 

 

 我が生涯に、一片の、悔いなし……。

 

 

 トクン……トクン……トクン……トクン……トクン……。

 

 トクン…………トクン…………トクン…………トクン…………。

 

 トクン…………トクン…………トクン…………。

 

 トクン………………トクン………………。

 

 トクン……………………。

 

 心臓が……止まっ、た…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

【絶対遵守/ギアス】解除

 

 

 

 ……ちょっと待て!!?

 

 何が悔いなしだこら!! ありまくりじゃボケがあぁぁ!!!

 

 何で満足して死のうとしてんの俺!? 馬鹿なの死ぬの??? て死ぬんだよもうじき!! 嫌だよ俺まだ童貞だよ?!

 

 130年以上も清き体で居続けるって魔法使いなんてもんじゃねえぞ!!? もはや童帝の域だわ!!!

 

 し、死ねるか、このまま死んで堪るか!!!!!!

 

 頼む! 発動してくれ第三の念能力よ!!!

 

 この為に新たな能力は作らなかったんだ。頼む。このままじゃ、死んでも死に切れねぇっ!!!!!!

 

 たの、む……もう、だめ、だ、いし、き、が…………………………………………。

 

 ……………………………………。

 

 ……………………………。

 

 ……………………。

 

 ……………。

 

 ……。

 

 

 1985年11月11日 リュウショウ=カザマ 死去。

 

 第三の念能力【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】……未発動。

 

 享年132歳。その葬式には大勢の弟子や友人との噂のハンター協会会長の姿を初めとして、多くの人々が参加したという。

 

 

 




プロローグ終了。次回から本編に入ります。今までは会話なしでしたが、次回からは会話が入ります。
一応未発動の第三の念能力の設定を書いておきます。


【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】
・特質系能力←ここ重要
 死んだ後に新たな命に生まれ変わるという念能力。使用者の知識・経験・オーラ量を引き継ぐことが出来る(身体能力やその資質は転生後の肉体に依存する)
 しかしあまりにも特殊なため特質系に分類され、操作系の主人公には使用できなかった(主人公は後天的に特質系に変わることを期待していた)

〈制約〉 
・死ななければ発動しない。
・死因は何でもいいが、自殺では発動しない。また他者にわざと害されて死ぬことも自殺と捉える。
・長く生きれば生きるほど発動率は高くなる。この世界では長生きするのが難しいからだ。

〈誓約〉
・生きている時に女性と性交したらこの能力は消滅する

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