どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第四十七話

 幻影旅団の引き渡しも終わり、部屋へと戻ってきた私たち。部屋の中ではある2人の人物がウキウキしながら今か今かと待ちわびている。

 1人はリィーナだ。どうやら私へ早くプレゼントを渡したくてウズウズしているみたいだ。私が喜んだり、私に褒められたりするのを想像して心が躍っているのだろう。子どもか。

 

 もう1人はレオリオさん。幻影旅団討伐の賞金額が気になって仕方ないようだ。これが漫画とかなら目が完全にお金になってしまっていることだろう。

 

 まあ報酬の確認はいつでも出来るから先にわざわざ来てくれたリィーナの話を聞こうか。

 

「それでリィーナ。私にプレゼントがあるという話でしたが」

「はい! アイシャさんが欲している物が手に入りましたので、是非にと思いまして!」

「え!? 性転換の薬が手に入ったんですか!?」

『何でそうなるんだよ(ですか)(だわさ)!!』

 

 うお! 総ツッコミを喰らった!

 いやだって、私が欲しがっている物なんてそれくらいだし。

 ていうかリィーナの台詞に驚いて勢いで性転換の薬って言っちゃったよどうしよう……。

 

「何でそんなモン欲しがってんだよ! 男になってどうしようってんだ!」

 

 脱童貞です! なんて口が裂けても言えるか!

 これは例えゴンだろうがネテロだろうが絶対に秘密の目的だ。墓場まで持ってくぞ!

 

「それは私も疑問に思うぞアイシャ」

「つうか男になるなんて勿体ねーだろうが!」

「うーん、アイシャって男になりたいの? どうして?」

 

 うう、ついポロっと出てしまった台詞でこんなにも追い詰められるなんて……。

 何か、何か良い言い訳は…………そうだ!

 

「いや、だって、皆が私を避けているようですので……。男になればそういうこともなくなるかと思いまして」

 

 これは嘘偽りない本心でもある。やっぱり複数の男の中に女が1人というのはアンバランスなのだろう。ゴン達もそれで私に遠慮している部分もあるはずだ。友達としてそういうのはなくして欲しいんだよ。

 

「何でオレ達がアイシャを避けるのさ」

「ああ、絶対にそんなことはないと断言出来るぞ」

「意味分かんねー心配してんじゃねーよ」

「おお、ダチを避けるなんざありえねーな」

「皆……本当ですか?」

『もちろん!』

「じゃあ今度から一緒の部屋で寝泊りしてもいいですか?」

『もちろん!』『いやそれは待て!』

 

 どっちだよ。

 ゴンとレオリオさんは賛成で、キルアとクラピカが反対。

 結局前と同じ構図じゃないか。おのれキルアとクラピカ。私も一緒にお泊まり会に加えろー!

 

「多数決です! 皆で一緒に寝泊りしたい人!」

『はーい!』

 

 ふはは! 賛成3人! 反対はキルアとクラピカの2人のみ!

 賛成多数で可決である! 民主主義万歳!

 

「男女分けた方がいい人!」

『はい!』

 

 ふ、反対は……! おいリィーナとビスケ。なんでお前たちも多数決に加わっているんだ?

 

「賛成3。反対4。反対数が多いため今回の議案は否決とする。キルア書記官、記載を」

「あいよ」

「異議あり! リィーナとビスケは今回の議案に関係ないと思います!」

「いいえアイシャさん! ジャポンにはこのような言葉があります。『男女七歳にして席を同じゅうせず 』。つまりは年頃の男女ともなればみだりに同衾するなど以ての外! 例え親しき仲と言えど節度あるお付き合いをするべきです!」

「リィーナの言うことはちょっと大げさだけど、アイシャは自分が女だっていうのをもっと自覚するべきよ」

 

 こ、この2人! どっちの味方だ! 特にリィーナ! お前は誰の弟子だ!

 くそ! まさか弟子に裏切られるとは!  リィーナ! 謀ったな、リィーナ!

 

「多数決を持ち出したのは失敗だったなアイシャ」

「ぐ、今回は引きましょう。ですが次は必ずや……!」

「別に一緒に寝るくらいいいじゃん。天空闘技場や風間流道場ではアイシャも一緒に寝てたしさ」

 

 おお、ゴン。あなたは本当に優しい子ですね。私はあなたのような純粋無垢な友人が持てて幸せだよ。

 

「……ちょっと待て。おいキルア、クラピカ。お前ら前にアイシャと一緒に寝たことあんのか?」

「ええ、聞き捨てなりませんね。道場での一件はともかく、天空闘技場の件は初耳ですが?」

 

 …………誰かの唾を飲み込む音が響く。

 幽鬼のように立ちキルアとクラピカを睨みつけるレオリオさんとリィーナ。2人が発するプレッシャーに部屋の中の空間が歪んでいるかのようだ。

 リィーナはともかく、レオリオさんがここまで怒気を発するとは……それほど一緒にお泊まり会をしたかったのか。私も同じ気持ちだよレオリオさん。

 

「……やるぞキルア」

「ああ、レオリオはともかく、リィーナさんは言葉で止めることが出来ねー。殺られる前に……やってやる!」

 

 どういうわけか、死闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

『すいませんでした』

 

 死闘は終わった。

 リィーナ&レオリオさんコンビとクラピカ&キルアコンビの戦いは激しかった。

 クラピカは何度もオーラで強化された床に叩きつけられ、キルアは何度もオーラで強化された壁に叩きつけられ、何故か最後にレオリオさんもオーラで強化された天井に叩きつけられた。

 うむ。一方的にリィーナが暴れただけだったな。というか、何時の間にかやられる側になっていたレオリオさんに黙祷。

 

「いいですか。先程も言いましたが、貴方達は子どもではなく年頃の男女なのです。それがみだりに女性と閨をともにしようなど、不届き千万にも程があります!」

「いや、私たちはどちらかと言うと反対していたのだが……」

「お黙りなさい。同衾した時点で反論の余地はありません」

「ていうか、何でオレまで……」

「貴方も同衾に賛成していたでしょう」

「ゴンはいいのかよゴンは……」

「あの子は貴方達と違って無邪気ですから良いのです。それよりも。先程から聞いていればいい歳の男子が集まって言い訳ばかり。情けないと思わないのですか? いいですか。真の男性とは寡黙でありながら内に静かな炎を秘めており、その全ては言葉ではなく行動で示すような方なのです。つまりは――」

 

 リィーナの説教(?)は続く。既にキルアもレオリオさんも聞き流しているけど。律儀に聞いているのはクラピカくらいだ。

 というか、さっきから話している理想の男性像ってもしかしてリュウショウのことか? もしそうならめっちゃ恥ずかしいから止めてほしいんだけど。

 

「――なのです。ですから貴方達も――」

「あー、リィーナ?」

「はい! どうなされましたかアイシャさん?」

「いえ、私へのプレゼントが何かなー? と気になりまして」

 

 嘘だ。いや、気にはなっているんだけど、今回はちょっとレオリオさん達が可哀想だから、説教を切り上げる方便として使わせてもらう。

 私がプレゼントが気になると声を掛けると先程までの不機嫌はどこに行ったのか、すぐに笑顔になるリィーナ。この子の私至上主義はどうにかしたいところである。

 

「ああ! そうでしたね。申し訳ございませんアイシャさん。すぐにお見せしますね」

 

 そう言って床に置いていた鞄を取りに行くリィーナ。

 それを見てレオリオさん達はようやく解放されたとホッとした表情を見せる。

 

「こちらになります。さあ、どうぞ開けてみてください」

「これは……ジョイステーション? ……いや、これはまさか」

 

 鞄を開けて出てきたのはジョイステーション。だが普通のジョイステとは違うところがあった。ただのゲーム機のはずが、オーラを纏っているのだ。そんなゲーム機の存在を私は1つしか知らない。

 

「グリードアイランド!?」

「流石はアイシャさん。その通りでございます」

 

 おお、まさか選考会で合格する前にグリードアイランドを見ることになるとは。簡単には手に入らないだろうに、どうやって手に入れたのだろうか? 

 

「これは一体どうしたのですか?」

「ええ。実はバッテラさんにお譲り頂いたのです。誠心誠意お願いしたら快く譲って頂けました。とても良い方ですねバッテラさんは」

「誠心誠意? あれが?」

「ビスケ、何か?」

「何でもないわさ~」

「……あなた、脅したりとかしてないでしょうね?」

「とんでもこざいません! きちんとお話をしてお互い納得しての取り引きでございます」

 

 それならいいんだけど。なんかビスケの言い方からして、脅しとまではいかなくても取り引きをせざるを得ない状況に持ち込んだんじゃないだろうかと勘ぐってしまう。

 

「ただ、ゲームをするにあたって1つ注意点がございます。ゲームをクリアした場合、その報酬はバッテラさんにお譲りすると約束していますが、よろしかったでしょうか?」

 

 ああ、それなら納得だ。バッテラ氏はゲームのクリア報酬を手に入れるためにあれだけグリードアイランドに固執していたんだろうからね。そういう約束をしていたのなら無理矢理脅して奪ってきたとかはなさそうだな。良かった良かった。

 

「それは構いませんよ。どうせ選考会からゲームに参加した場合でも、それと同じ契約をしなければならなかったでしょうし」

 

 どうせクリアしたところで報酬を自由には出来ないだろう点は織り込み済みだ。

 私が欲しいのは性転換の薬だ。この場合、グリードアイランドで性転換してしまえば薬を外に持ち出せなくても何の問題もない。

 面倒なのが男と女を使い分けるのにいちいちグリードアイランドに入らなければいけないことだが、こうしてグリードアイランドが手元にあればそれも多少は楽になる。リィーナ良くやってくれました!

 

「ああ、これは予想外に嬉しいですね。リィーナ、ありがとうございます」

「ああ……。アイシャさんに喜んで貰えたのなら私も望外の喜びでございます!」

 

 私が喜んだのを見て、惚けた表情で私以上に喜ぶリィーナ。はは、相変わらず大げさだなぁ。

 

「(なあ、前から疑問に思ってんだが、どうしてリィーナさんはアイシャに対してこうも傾倒してんだ?)」

「(それが分かったら苦労しないのだよ。どれだけ私がアイシャに関してリィーナ殿に責められたと思っている)」

「(それはお前が悪い。アイシャの裸を覗いたことを忘れたのか?)」

「(だからあれは不可抗力だと……)」

「ねえ、何の話?」

「気にするなゴン。ほら、待望のグリードアイランドが手に入ったんだぞ?」

 

 露骨な話題逸らしだなクラピカ。私には2人の会話聞こえていたけどさ。キルアもいい加減にその件については許してあげたらいいのに。私は気にしてないんだからさ。

 

「これでわざわざ選考会に参加しなくても――」

「どうやら勘違いされているようですが、このグリードアイランドに誘っているのはアイシャさんだけですよ?」

「え? でもこれってマルチタップを付ければ4人で出来るんだろ?」

「ええ。ですから、アイシャさんと私とビスケ、そして最後にカストロさんを呼んでいるので合計4人ですね」

「はあ!? オレ達は出来ねーのかよ!?」

「選考会があるでしょう? 頑張って合格してくださいませ」

 

 無慈悲なるリィーナの宣告であった。というかリィーナ、お前もグリードアイランドをするつもりか。いや、このグリードアイランドを用意したのはリィーナだから文句を言う気はないけど。

 でも流石にちょっとゴン達に悪いかな。……いや、やっぱり今回の機は利用させてもらおう。

 グリードアイランドに行く為に必要なアレをするには、選考会ではなくリィーナの用意してくれたグリードアイランドを使った方がいい。見知らぬ第三者がいる前で私の弱点を見せるわけにはいかないからな。当初の予定ではそれに関しては諦めていたけど、今回のこれはいいタイミングだったと言える。

 

「すいません皆。私はリィーナの用意してくれたグリードアイランドでゲームに参加します」

「え? それはいいけどさ……」

 

 ゴンが私の言葉に驚いてか眼を丸くしている。

 私がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。きっと皆と一緒に選考会に参加すると言い出すだろうと。

 私だって事情がなければそうしたい。皆と一緒にここまで来たんだ。どうせなら選考会も一緒に受けたいという気持ちは勿論ある。

 

「……分かった。では私たちは10日の選考会でゲームに参加するとしよう。アイシャは先に入っていてくれ」

 

「ちぇっ。先に入ったからってゲームをどんどん進めるなよな」

「大丈夫ですよキルア。多分しばらくは大人しくしていますから」

「?」

 

 少なくとも1ヶ月はまともに行動しない方がいいだろう。その間は信頼の置けるリィーナとビスケに護ってもらうしかない。2人には事情は後で説明しよう。

 

「それじゃあアイシャは今日にはグリードアイランドに入るのか?」

「そうですね……。リィーナ、カストロさんは何時頃到着するのですか?」

「昨夜連絡して車でこちらに向かっているはずですので、早ければ明日の朝には到着するかと」

「分かりました。聞いての通り、カストロさんが到着してからグリードアイランドに入ると思います」

 

 出来るだけ早く入った方がいい。選考会に参加する連中よりも早くにだ。ブッキングしてしまえば私の弱点が多くの人にバレてしまう可能性がある。

 

 でも、そうなるとレオリオさんとはしばらくお別れか。レオリオさんは医者になる為の勉強をしなければいけないからな。結局一緒に遊んだりは殆ど出来なかった。レオリオさんには本当に申し訳ない……。

 

「レオリオさんとしばらく会えなくなるのは寂しいですが……」

「そうか。しゃあねーな。ま、次に会う時は今回の埋め合わせをしてくれや」

 

 そうだね。結局一緒にオークションを回ることすら出来なかった。私に出来ることなら埋め合わせの1つや2つくらい容易いことだよ。

 

「はい、必ず」

 

 快く私を許してくれたレオリオさんに精一杯の笑顔で応える。

 今はこれくらいしか出来ないけど、また再会出来た時に色々と恩返しをしよう。

 ドミニクさんの件もあるし。……あっと、そういえばドミニクさんから頼まれていたことがあったな。昨夜から浮かれていたから伝えるのを忘れていたよ。

 

「そうそうレオリオさん。ドミニクさんからレオリオさんに伝えてほしいことがあると言われていました」

「ああ、あの人か。どうしたんだ?」

「はい。今回の治療のことで礼を言いたいと。レオリオさんが良ければ会いに来てほしいと言っていました」

「そうか。礼が欲しかったわけじゃないんだけどな」

 

 ドミニクさんに言えば多額の礼金を貰うことも出来るだろうに。

 幻影旅団の報酬には凄い執着していたけど、医療に関してはお金なんて気にしてないんだな。私の中のレオリオさんへの好感度が120ポイント程上昇した。ストップ高も見えるレベルの上昇値である。

 

「もしマフィアであることを気になさっているなら、私も一緒に行きますが?」

 

 私がいれば多少は安心してくれるだろう。ドミニクさんは義理堅い人みたいだから、レオリオさんを害することはないだろうけど。

 

「ご紹介に与らさせていただきます!」

「? 治癒したのは念能力とばれているので、秘密にしたいなら無理しなくてもいいんですよ?」

 

 急に乗り気になった? もしかして私に遠慮しているんだろうか? 優しいレオリオさんなら有りうるけど……。なんか違う気もする。どこか欲望めいた何かを醸し出しているな……。

 まあ会いたいのなら今度ドミニクさんの所に連れて行くとしよう。まだドミニクさんは入院しているはずだから、連れていける機会はレオリオさんと再会した時かな?

 

「いやいや、全然問題ないぜ!」

「おいレオリオ。何か目的変わってねーかお前?」

「ははは何を言っているのかねキルアくん? それよりもそろそろ幻影旅団の報酬を確認しようぜ?」

「そうですね。ではちょっとパソコンで確認を……」

 

 誤魔化すようなレオリオさんの言い分はともかく、報酬の確認は確かにした方がいい。レオリオさんともこれでお別れとなると、報酬の分配もしなければいけないしね。

 ホテルのパソコンを起動させ、私の預金残高を確認する。ライセンスを読み込んで、と。…………ふぁ?

 

「いちじゅうひゃくせん……さ、340億程入金されていますね……」

『340億!?』

 

 幻影旅団ってこんなに賞金掛けられていたのか!? 何かの間違いじゃ……。あの時機械の操作をミスって1桁間違えたんじゃないのか? ちょっと気になるからネテロに確認してみよう。ケータイで電話してっと。

 

「……あ、ネテロですか? ちょっと賞金のことで話が」

『いやちょっと待て! 今それどころじゃ……おっと!』

 

 電話の向こうから聞こえてくるのは爆発音。そういやマフィアか何かに襲われているんだった。ネテロなら問題ないと思っていたけど、意外と苦戦しているのか?

 

『ふぅ。危うく護送車がお釈迦になるところじゃったわ。それでなんじゃ? 賞金がどうこう……ぬおお! は、早めに頼むぞい!』

 

 さらに聞こえてくるのは車の走行音。すごい勢いで走っているようだ。車が急に動いた時の地面とタイヤの摩擦音がここまで響いている。その後に聞こえてくる爆発音。ミサイルか何かで狙われているのだろうか?

 

「いえ、私の通帳の残高を確認したら340億もの入金があったので、何かの間違いじゃないかと思いまして」

『間違って――【百式観音】!――おらんぞ! 内訳は旅団員1人頭20億! 幻影旅団そのものを壊滅させたことで100億の追加じゃ!』

「あなた今百式観音使いませんでした?」

 

 車の走行中に器用な……じゃない。百式観音を使わなければ対処出来ない程追い詰められているのか? ネテロが?

 

『ええいしつこいのう!』

『ち、流石じゃな。シルバ、ワシが車の動きを止める。あれに構わず後ろの蜘蛛のみを狙えい』

『了解』

『全く。ネテロが相手なんざ聞いとらんぞ。割に合わん仕事にも程があるわい』

 

 ……いや、何か聞き覚えのある声と名前が聞こえてきたんだけど。走行中の車でも聞こえてくるってことは、その車に並行して走っているってことか?

 それだけの実力者で聞き覚えのある声。しかも名前がシルバ。どう考えてもゾルディック家の襲撃ですねありがとうございます。

 

「あ、色々と疑問は晴れましたので失礼します。どうやら忙しいみたいなので頑張ってくださいね」

『ちょい待て! ちっとは手伝おうと思わんの――』

 

 頑張れネテロ。お前がナンバーワンだ。

 まあゾルディックの狙いはネテロ本人ではなく幻影旅団みたいだから、最悪やられてもネテロが殺されることはないだろう。

 それに、そう簡単に負けないと信じているしね。

 

「どうやらこれで間違いないようですよ」

「おお、マジかよ! 340億だから5人で分けると……68億ジェニー!?」

「すげーな。それだけあればチョコロボ君が……4500万以上買えるぜ!」

 

 あ、どうやらさっきの会話はキルアには聞かれていないか。

 ネテロの方はフリーハンドにしていたから周りの音がよく聞こえたけど、私はそうしてなかったからな。もしキルアに聞こえていたらゼノさんとシルバさんの声に反応するだろうし。

 

 しかしキルア。お前は賞金の分け前を全てお菓子に注ぎ込む気か? それだけのチョコロボ君、1日何個食べたら食べきることが出来るんだ?

 キルアがあと100年生きるとして、食べ切るには……1日約1232個か。間違いなく太る。それ以前に絶対食べきる前に成人病か何かになってその内死んじゃう。太ったキルアってなんか想像出来ないな。ミルキみたいになるのかな?

 

「うーん……」

「どうしましたゴン?」

「うん。……実は皆に提案があるんだけどさ」

「提案?」

「うん。このお金なんだけどさ、全部クラピカに上げるってのは駄目かな?」

「ゴン!?」

 

 ゴンの提案にクラピカも驚いている。いきなり340億もくれるってなったら驚くだろうけど。

 でもどういうつもりでそんな提案したんだろう? 別にお金はそんなに欲しくはないから私はいいけど。何か意味があってこういう提案をしたと思うんだけど。

 

「おいおい正気かゴン。クラピカが蜘蛛の連中を捕まえるのにすげー貢献したのは分かるけどよ、全額はないだろ? それならアイシャが大半を受け取る資格があるぜ」

「レオリオの言う通りだゴン。私だけが受け取るなど出来るわけがないよ」

「うん、アイシャが1番頑張ったのは知ってるよ。でもさ、これだけのお金があったらクラピカが仲間の眼を取り戻すのに役立つでしょ?」

 

 ……ゴン。この子は本当に……。

 優しい子なんですね。誰よりも純粋で、仲間に優しい。

 それが危うい子でもあるけど、いつまでもそうであってほしいとも思うな。

 

「ゴン、お前という奴は……」

「そうですね。私に異論はありません」

「しゃーねーな。後でチョコロボ君奢れよクラピカ」

「アイシャ、キルア……ありがとう……」

「……1億くらい駄目?」

 

 ……レオリオさん。この人は本当に……。

 私の中のレオリオさんへの好感度が4ポイント程減少した。現在3452ポイントである。

 

「冗談だよ冗談! は、はは! 仲間の眼を集めるの頑張れよクラピカ!」

「ああ、ありがとうレオリオ」

「うう。いい話じゃないわさ」

「ほらビスケ。これで涙をお拭きなさい」

 

 ビスケって意外と涙もろいな。そしてそんなビスケにハンカチを渡しているリィーナの、ビスケを見る目が何というか慈愛の目に。

 リィーナにとってビスケは可愛い妹なんだろうな。たまに、いや結構頻繁に立場が入れ替わっているようだけど。

 

「それではアイシャさん。賞金の件も落着したようですので、グリードアイランドをプレイする為の場所までご案内いたしましょうか?」

「プレイする場所ですか」

「ええ。一応は警護の為を考え、ヨークシンのある場所に屋敷を用意致しました。ホテルなどでプレイして、グリードアイランドを見知らぬ第三者に勝手に動かされては何か不都合が起こるやもしれませんから。私たちに取って未知の念能力を用いたゲームです。用心を重ねて損はないかと思いまして」

 

 なるほど。元々バッテラさんの用意した物でプレイするつもりだったからそこまで考えていなかったな。確かにどういう仕組みか分かっていない他人の念能力によるゲームだ。注意深く行くべきだろう。

 

「分かりました。カストロさんが先に来ては失礼ですし、早めに行くとしましょう」

「はい! それではご案内いたしますね!」

 

 これで本当にレオリオさんとはお別れだな。寂しいけど、次に会う日を楽しみにしよう。

 

「それでは皆、先にグリードアイランドで待っていますね。……レオリオさん。勉強頑張ってくださいね」

「……ああ。ちっ。オレもやりたくなってきたぜグリードアイランド」

「ふふ。そしたらゴン達と一緒に修行地獄ですよ?」

『レオリオも来たらいいと思う』

 

 何故ハモるし。

 

「はは。そりゃおっかねーな。勉強してた方が身の為っぽいぜ」

「失礼な。適度な修行は健康にもいいんですよ?」

『適度とは一体……?』

 

 だから何故ハモるし。

 

「……それじゃ、待たな」

「はい。また、会いましょう」

 

 最後にレオリオさんにお別れして、私は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 リィーナがホテルへやって来た時に乗っていたリムジンタクシーで案内される。

 リィーナが用意していたのは予想を超えた大きさの屋敷だった。ドミニクさんの屋敷と比べたら庭もなくずっと小さいけど、一般人の家と比べると雲泥の差だ。

 

 大きな屋敷ですね、と感心すると、今回の為に急遽用意したものだからみすぼらしくて申し訳ありませんとか謝られた。私の感覚がおかしいのか? 誰か教えてほしい。

 

 中には品のいい、私が見ても高価だと分かるような調度品がたくさんあり、どの部屋も綺麗に掃除されていた。……本当に急遽用意したんだろうか? どれだけのお金が動いたんだろう……。怖くて聞けないんだけど。

 

 そうしてしばらく屋敷でリィーナ達と過ごしていると、カストロさんが屋敷へとやって来た。時刻は19:00を少し回ったくらいだ。確かカストロさんって本部道場にいたはずだけど、どれだけのスピードでここまで来たんだ?

 私たちはゆっくりしていたとはいえ、汽車の旅で3日かかったんだけど。

 

「お待たせしましたリィーナ殿、ビスケさん。そしてアイシャさん。お元気そうで何よりだ」

「カストロさんも元気そうですね。修行の方はどうですか?」

「ああ、リィーナ殿の修行は厳しいが、その分強くなれていると実感出来ている。風間流道場の門下生も強く、勉強にならない日はないな。日々が充実しているよ」

「それは良かった」

 

 言葉の端々から自信が窺える。それだけの修行を課せられ、乗り越えてきたのだろう。リィーナに鍛えられてどれだけ強くなったのか、楽しみだな。

 本部道場では一緒に修行する機会はなかったから、グリードアイランドでどれだけ鍛えられたか確認しよう。今のゴン達よりも格上だろうから、ゴン達の修行にもいい影響を与えてくれるだろう。

 

「さて、カストロさん。今回は貴方も私たちと一緒にグリードアイランドをプレイしてもらおうとお呼びしました。グリードアイランドは念能力者が作った、死の危険もある念能力者専用のゲームです。呼んでおいてなんですが、お嫌でしたら帰っても構いませんよ?」

「ご冗談を。そのように言われて私が帰るとお思いか? リィーナ殿もプレイされると言うなら、そのゲームの中で直に修行を付けてもらえるということ。否があろうはずありません。今すぐにでも大丈夫です!」

「よろしい。ですが体調を万全にしておくことに越したことはありません。今日の所はゆっくりと休んで行きなさい。丁度食事の用意も出来たところです」

「それは申し訳ありません。では、お言葉に甘えてご相伴に与らせていただきます」

 

 ……うん。完全にリィーナを師匠と崇めてるなカストロさん。口調からしてリィーナを敬っているのが分かるわ。本当に尊敬してるんだろうなリィーナのこと。

 

「カストロさん! 今日の料理は私も手伝ったんです!」

「ああ、ありがたく頂こうビスケさん」

 

 あれ? ビスケってカストロさんにまだ猫被っているの?

 初対面の人には良くしているのは知っているけど、もうカストロさんとはリィーナを通じてそこそこの付き合いになっていると思っていたけど。

 

「貴女はお米を研いだだけでしょうに。カストロさん。今日の夕食はアイシャさんが手ずからお作りになられた物です。よく味わって食すように」

「いえ、私はオカズを少し作っただけですよ。リィーナこそとても良い手際でしたね。見習いたいくらいですよ」

「それでしたらアイシャさん! 今度一緒に料理の修行をいたしませんか?」

「あんたの修行好きってアイシャが絡めば何でもいいのね……」

「はは、このような美しい女性に囲まれて手料理を頂けるとは、男冥利に尽きますね」

「う、美しいだなんてそんなホントのことを~! ぐふ、ぐふふ!」

 

 おいビスケ。猫がどっか行ってるよ?

 そんなビスケを見てちょっと困った感じだけど優しく見守っているカストロさん。

 もうこれバレてるんじゃない? しかもなんか妹を見るような目なんだけど。

 ……頑張れビスケ。

 

 

 

 

 

 

 リィーナの別宅、と言っていいのか? とにかく屋敷で一夜を過ごした。今日はようやくグリードアイランドをプレイ出来る記念すべき日だ。いや、本当に記念すべき日は男に戻れた日にするべきだな。今日はまだ通過点なんだから。

 

 うう、ドキドキしてきた。本当にグリードアイランドへ行けるんだろうか?

 【ボス属性】の制約では、私の考えで間違っていないはずだ。

 だが一度も【ボス属性】の効果でオーラが枯渇したことがないから本当に上手くいくとは限らない。

 でも、それに賭けるしかない!

 

 ミルキから貰った情報では、グリードアイランドは現実の世界にあるとのことだ。くじら島でミルキからの連絡でそう聞いて、そう言えばそうだったと私も思い出した。

 でも現実世界のどこにグリードアイランドがあるかは分からなかった。ミルキが言うには実際にグリードアイランドを調査すれば大体の位置が分かるらしいが。

 そもそも分かったところで外からグリードアイランドに入国出来るかどうか分からない。入国出来たとして、不正規の入国では性転換の薬が手に入らないかもしれない。目的の為には正規の方法でグリードアイランドへ行くしかないんだ。

 

 

 

「それでは、これからグリードアイランドを行うにあたって必要な説明をいたします」

 

 リィーナが用意した地下のある一室にはモニターとそれに繋がっているジョイステーションがあった。私たちがプレイ中にグリードアイランドが何者かに盗られたりしないように地下の隠し部屋まで用意するとは準備周到にも程がある、とは言えないか。

 念能力者との戦いは何が起こるか分からないから注意を怠るなとは私の教えだ。これも変則的だが念能力の関係することだしね。私の教えを十二分に守っている証拠だろう。出来の良い弟子で嬉しいよ。

 

「バッテラさんに譲って頂いたグリードアイランドに付属されていた説明書にはこう書かれていました。稼働しているゲーム機の前で練を行うと、グリードアイランドの世界へとプレイヤーは飛ばされるようです。一度グリードアイランドへと赴くと、こちらへ戻ってくるにはある特定の条件を達しないといけないようです。なのでしばらくはここに戻ってくることは出来ないでしょう。よろしいでしょうか?」

「はい」

「大丈夫よ」

「問題ありません」

「分かりました。それでは私から――」

「いえリィーナ。私からやらせてもらっても構いませんか?」

「ですが、万が一を考えると……」

「いえ、私が先にやらねばならないのです」

 

 私が後からやると、先に入った人を待たせてしまうだろう。

 それにもし私がグリードアイランドに入ることが出来なかったら、リィーナと離れ離れになってしまう。私は大丈夫でも、そうなったらリィーナが取り乱すかもしれない。というか取り乱す、絶対。

 

「アイシャさんがそう仰るのなら……」

「すいませんリィーナ」

 

 さて、やるか。

 ゲーム機の前に立ち、手をかざして練を行う。即座に私の念に反応してグリードアイランドの能力が発動する。効果はプレイヤーをグリードアイランドへと瞬間移動させるものだろう。

 そして……私はその効果が発動したにも関わらず、先ほどと同じ部屋の中で立ちつくしていた。

 ……やっぱり【ボス属性】が発動してしまったか。

 

「えっと、アイシャ? どうしたの? ゲーム機に練するだけでしょ?」

「ええ、そうですね」

 

 皆から見て私はただ手をかざしているだけなんだろうな。【天使のヴェール】でオーラを隠匿しているから当然だけど。ふう。やっぱり事情を説明するしかないか。

 

「もしや、アイシャさん……!」

「リィーナは気付きましたか。ええ、今も練はしているんですよ」

「それってどういう……! ああ! オーラを隠す能力!!」

「オーラを……隠す能力?」

 

 カストロさんには教えていなかったな。あまりみだりに能力を教えたくはないけど、今回は仕方ない。それにカストロさんはむやみに他人に能力を話したりはしないだろう。……蜘蛛みたいに心を読む能力者とかいたらどうしようもないけど。

 

「ええ。私の能力に、自身のオーラを隠蔽する能力があります」

「それでは今もその能力を?」

「発動しているんですよ。その上で練をしているんですが……」

「それでどうしてグリードアイランドへ行けないのよ? もしかして不良品でも掴まされたのリィーナ?」

「いえ……。忘れたのですかビスケ? アイシャさんが持つもう1つの能力を」

 

 流石。リィーナは覚えていたか。あの時、ハンター試験での面談の時に私が語った【ボス属性】の効果を。この子が私に関することで物事を忘れるとは思えないからね。

 

「あっ! ……なるほどね。でもそれじゃアイシャはグリードアイランドがプレイ出来ないってことじゃない」

「……? どういうことだ? アイシャさんの能力のせいでグリードアイランドをすることが出来ない?」

「あー、その、アイシャ? カストロさんに話してもいいの?」

「そうですね。ここまで関わらせて、話さないというのも不義理でしょう。私が説明します。私にはもう1つ念能力がありまして、その効果は私に影響を及ぼす特殊な念を無効化する、という物なんですよ」

「――!」

 

 驚愕のあまり声も出ていないカストロさん。

 念を無効化する念を持っているなんて想像もしていなかったんだろう。普通に考えたら無茶苦茶強い能力だと思うよね。

 でも攻撃的な念は通用するし、オーラの消耗も激しいから無敵の能力ってわけではない。むしろ今のところ役立った覚えがないよこの能力……。こうしてグリードアイランドに行くのに足かせになってるし。

 いつか活躍することを期待してるぞ【ボス属性】!

 

「それではアイシャさんは……」

「大丈夫ですよ。こうなることは予測していたので、方法は考えています」

「方法?」

「ええ。……少々強引ですけどね」

 

 そう言って、練を強める。傍目からは【天使のヴェール】で分からないだろうが、今の私はかなりのオーラで覆われていた。

 

「そのことで皆さんにお願いがあります」

「はい! 何なりと!」

「この能力はON/OFFが出来ません。それが制約の1つですから。なので私はこれから全力で練をします。そうすれば、グリードアイランドの効果を打ち消す為に私の能力は発動し続けるでしょう。そうなると、私のオーラは枯渇します。グリードアイランドの効果を打ち消す為に必要なオーラが私の潜在オーラを上回った時、私はグリードアイランドへ行けるでしょう」

 

 これが私の秘策だ。どんな念能力も、元となるオーラがなければ発動することはない。強引だが、これが私に残された唯一の方法だ。

 

「オーラが枯渇するまで消耗したら気絶しちゃう可能性が大きいわよ。そんなんでグリードアイランドに行けば向こうで倒れて怪我でもしちゃうわよ? 大丈夫なの?」

「……いえ、大丈夫ではありません。オーラの枯渇くらいならどうということはありませんが、私の能力が発動してオーラが枯渇した場合、私は確実に気絶した上で、1ヶ月もの間念能力の一切を使用出来なくなります」

『!?』

 

 これが私の最大の弱点だ。気絶から目覚めるのにどれだけの時間が掛かるかも分からないし、1ヶ月間念能力が使えないというのは大きな痛手となるだろう。

 それは念能力者がプレイすることを前提として作られた危険なゲームの、その危険度がより一層増すということになる。

 

「それはあまりにも危険すぎます! お止めくださいアイシャさん!」

「いえ、心配は嬉しいですが、例え誰に止められようとも私はグリードアイランドへ行きます」

「そんな……!」

 

 念能力が使えない危険性は私も良く分かっている。

 念を甘く見るなと弟子たちにも、ゴン達にも口を酸っぱくして教えてきたつもりだ。そんな私がこのようなことをするのは教えてきた皆に申し訳ない。でも、こうまでしないとグリードアイランドへ行けないんだ!

 こればかりは私の悲願の為にも誰に止められようとも止まるつもりはない。

 

「お願いってもしかして、アイシャが念を使えない間アタシ達に護ってほしいってこと?」

「……厚かましい頼みだと思っていますが」

 

 自分から窮地に陥るように行動し、その助けを請う。

 愚かで浅ましい願いだということは分かっている。例えここで彼女たちが私を見捨てたとしても当たり前だと思う。

 だが、それを咎めるつもりも、そして今の愚かな行動を止めるつもりも毛頭なかった。

 

「……畏まりました。アイシャさんの身は、私が必ずやお護りいたします!」

「はあ……。リィーナはそうでしょうね……。ああもう! 仕方ないわね! 護ってあげるわよ。こんな馬鹿な人だとは思ってなかったわさ」

 

 リュウショウの時を参考にしないでね。あれってかなり達観した私だから。私があの領域にいくのはあと何十年かかるやら。

 

「……ありがとうリィーナ、ビスケ。あとビスケ。地が出ていますよ?」

「あ」

 

 ギギギ、という音が出そうな程ゆっくりとカストロさんに向かって首を動かすビスケ。やっちまったという表情のビスケに対し、カストロさんは柔らかな笑みで応えた。

 

「心配しなくともいいさビスケさん。妙に取り繕ったビスケさんより、今のビスケさんの方が私は好ましい」

「か、カストロさん!」

 

 チョロいよこの子。

 イケメンに甘く優しく囁かれて一撃でノックアウトしてるよ。

 将来が不安になるな。もう60近いお婆ちゃんなのに。

 

「私もアイシャさんを護る為の一助となろう。もっとも、私程度ではどれほどの力になれるかしれないが」

「いえ。とても心強いですよカストロさん。本当に、ありがとうございます。……では、私が向こうに移動したら、出来るだけ早く助けに来てくださいね」

「お任せ下さい!」

 

 ふふ。リィーナなら私が消えてすぐにでも飛んで来るだろうな。

 いつもは師匠離れしなさいと思っているところだが、こういう時はとても頼りになる。

 

「では、さらにオーラを強めます!」

 

 言葉を言い終わると同時に本格的にオーラを練り上げる。【天使のヴェール】を発動中に全力の練をし、グリードアイランドの瞬間移動能力を【ボス属性】で無効化し続ける。

 いくら私の膨大なオーラ量でも、これだけの消費量ならばオーラが枯渇するのにもそう時間は掛からないだろう。

 

 

 

「はあ、あ、ぐっ」

 

 練を維持して数分程で息が切れる。今の私には貴重な、経験だな。

 オーラが枯渇寸前まで行ったのは、どれほどぶりか……。練の持続時間を伸ばす修行中も、念の為に余力は残していたから、な。

 やっぱり、【天使のヴェール】中の【ボス属性】発動は、いただけないな。代償が大きすぎる。いい、勉強になったよ。

 

「そ、そろそろ、限界です、ね」

 

 全身から珠のような汗が流れ出る。残りのオーラ量も、僅か、だな。恐らく、もう数回【ボス属性】が発動したら――

 

「あ――」

 

 だめだ、いしきが、とお、の、く――

 

 

 

 

 

 

 ようやく待ちに待った選考会だ。これで先に行ったアイシャに追いつけるな。まあまずは選考会に合格しなきゃならないんだけどよ。

 

 それはそうと、だ。

 

「なんでレオリオまで選考会に来てんだよ」

 

 確かに1つの入場券で5人まで入れるけどさ、お前は医者の勉強をする為に頑張るんじゃなかったのか?

 

「いやぁ。ついでだからオークションの雰囲気を味わいたかったってのと、選考会がどんなもんか気になってな~。別に選考会自体に参加しなけりゃいいだろ?」

 

 ……本当かよ。アイシャと離れるのに未練でもあるんじゃねーだろうな。別に今生の別れってわけでもねーだろうによ。

 

「まあまあいいじゃん。オレはレオリオと少しでも長くいれて嬉しいよ」

「いいこと言うなゴン~。どこかのひねくれたガキとは大違いだぜ」

「んだとコラ?」

 

 ぶっ飛ばしたろかこいつ。

 

「落ち着けキルア。ほら、そろそろ選考会の説明が始まるみたいだぞ」

 

 クラピカの言葉に前を見ると、1人の黒服男が壇上に立ってマイクを持っていた。

選考会が始まるんじゃしょうがねー。後で覚えてろよレオリオ。

 

「皆さんお待たせいたしました。それではこれよりグリードアイランドプレイヤー選考会を始めたいと思います」

 

 そうして黒服の説明が始まった。

 審査方法は各々の念を見せて、ツェズゲラって奴が独断で合否を決定する、か。

 ちっ、発まで見せなきゃいけない可能性が高いか? いや、初めに全力の練を見せてやる。それで実力を示せれば文句はねーだろ。

 

 壇上に立っていた黒服と交代してツェズゲラってプロハンターが説明を続けた。

 

「――32名!! 合格者が出た時点で審査は終了とする」

 

 そう締め括って壇上の上からシャッターが降りてきた。残った黒服が審査の進行をそのまま進める。

 

「では、審査を受ける方はこちらからどうぞ」

 

 それだけだ。説明はたったのそれだけ。黒服の言葉が終わると同時に何人かが素早く動いて審査に挑戦していく。

 

「おい、説明はあれだけなのか?」

 

 隣で聞いていたレオリオも疑問に思っているみたいだ。最低限の説明、分からないことだらけの審査。でもそれに対応して動く志願者たち。

 

 素早く動いた者。その後に続いた者。そして動かない者。

 どれだ? どれが正解だ?

 冷静になって考えろキルア。今すべきことは説明されたことから残りを推察し、最善の手を尽くすことだ! 僅かな情報で答えを導く。そんなことは風間流道場で念能力者との戦いを繰り広げて腐る程習ったはずだ。

 

 ツェズゲラの言葉を詳細に思い出せ。何処かに答えを導く何かがないか、違和感を見つけろ。

 

 ………………32名。合格者は32名って言ってたな。

 つまり32名がグリードアイランドの最大参加人数ってことか?

 合格者が揃った時点で審査が終了って言ってたな。もし32名合格者が出たら、その後ろに並んでいた志願者は審査も受けられないのか?

 そんな馬鹿なことはない。審査を受けていない志願者が先に合格した者たちに劣るってどうして分かる! そうだ。今回の選考会で合格者は32名も出ない!

 

 グリードアイランドの情報と、バッテラの立場で物事を考えたら簡単だった。今回の選考会では例え合格者が何人出ようともそれに関係なく全員審査するはずだ。その上で合格者は最大人数には満たさせず、今後に有望な志願者が現れる時の為の保険を取っているって寸法か。

 

「お、おい! 大丈夫なのかよ! なんかどんどん審査が進んでるのに審査を受けた連中が誰も戻ってこないぜ!?」

 

 やれやれ。レオリオの頭じゃそこまで考えつかないか。仕方ないな。オレが説明してやるとするか。

 

「並ぶ必要はないぜ。早く並んだところでどうせ意味はないしな」

 

 ……あ? 誰だ? 後ろからオレたちに声掛けてきた奴は?

 せっかく人が説明してやろうとしてんのに邪魔しやがって。

 

 睨みつけながら後ろを振り向くと、そこにいたのは黒髪の男だった。

 身長は180くらいか? 結構高いな。顔は鋭い目つきが特徴の整った顔立ちをしてる。身体はよく鍛えられ引き締まっている。……こいつ、強いな。しかも裏の人間だ。

 雰囲気で分かる。こいつはオレと同種だ。殺し屋独特の気配の殺し方や佇まいをしている。

 

「あんた、それってどういうことだよ?」

「ああ、それはな――」

「いいよ。オレが説明するから」

 

 レオリオはコイツの雰囲気から実力を察することが出来ていないみたいだな。

 それも仕方ないか。元同業のオレだから分かるレベルの気配の消し方なんだ。レオリオじゃ気づかねーのも当然だな。

 

 

 

「――ってわけ。分かったかレオリオ」

「なるほどな~。やるじゃねーかキルア」

 

 ふ、お前とは頭の出来が違うぜ。

 

「へえ。やるじゃんキル。外の世界で腑抜けてたわけじゃないみたいだな」

「……誰だよあんた?」

 

 オレを知ってる? オレをキルって呼ぶのは家族だけだ。でもオレはこんな奴を知らな――!? オレを知って、黒髪で、家族! ま、まさか!?

 

「は? おい、兄貴の顔を忘れたの――」

「――死ねぇっクソ兄貴!!」

「うおお!? な、何しやがる!?」

 

 ちぃっ! この至近距離からの不意打ちを躱しやがったか!

 流石にこの程度じゃ殺れねーか、イルミ!!

 

「黙れ! オレはもうお前の操り人形じゃない!」

「何の話だよ! 人形なら全部捨てたわ!」

 

 ふざけんな! オレの頭に針なんざ打ち込んでおきながらよ! 誤魔化そうったってそうはいかねーぞ!

 

「あんたの呪縛はもうない! オレはお前を乗り越えたんだ!」

「……! 馬鹿ッ! オレはミルキだ! イルミ兄じゃねーよ!!」

 

 あ?

 …………上を見て、下を見て、また上を見る。

 これがミルキ? この一見クールっぽいイケメンが? この引き締まった肉体の持ち主が? ミルキ? ……ねーよ。

 

「騙されるか! どうせ針で顔を変化させてんだろ! あのブタくんがそんなに痩せてるわけねーだろうが! 嘘吐くならもっとマシな嘘を吐け!!」

「アホか! んなくだらない嘘吐くか! 痩せたんだよオレは!!」

「ありえねー!! ミルキが痩せるなんざ天地がひっくり返ってもありえねー!! しかもこんなにカッコよくなるなんてマジでありえねーんだよ! 馬鹿にしてんじゃねーぞ!!」

「馬鹿にしてんのはお前だ! ぶっ殺すぞこのクソガキが!」

「上等だ! 返り討ちにしてやるぜ!」

 

 既にオレのオーラは全開だ。こいつはぜってーぶっ飛ばす!

 もうこいつをイルミだとは思っていない。アイツだとしたら、ここまでの演技はしないだろう。もっと堂々とオレに接触してくるはずだ。ハンター試験の時とは訳が違うんだからな。

 だが、こいつをミルキだとは絶対に認めたくねー! あのミルキが! ブタくんが! 万年肥満オタク野郎が! こんなに痩せてカッコよくなるなんてあるわけねーだろうが!

 

 こいつもオレのオーラに呼応するように臨戦態勢に入った。ちっ! 顕在オーラだったか? 表面に現れるオーラはオレよりも上かよ! ますますミルキっぽくねー! つうかあいつ念使えんのかよ?

 

「兄貴への態度って奴を教えてやる!」

「テメーなんざ兄貴じゃねーっつってんだろ!」

 

 言葉では興奮しているが、実際は互いに冷静に相手の隙を見つける為に身じろぎ1つを観察している。こいつ、マジで強いぞ!

 

「もー、止めなよキルア~。他の人に迷惑だよ?」

「ゴンの言う通りだ。ここで暴れると審査を受けられなくなるかもしれないぞ。そちらもだ。ここにいるということはグリードアイランドのプレイヤーになりたいのだろう?」

 

 ゴンとクラピカの言葉に冷静さを取り戻す。

 ……確かにそうだ。ここで暴れてグリードアイランドが出来なくなったら元も子もねーか。くそっ! グリードアイランドに行ったらぶっ飛ばしてやるぜ!

 

「ちっ。確かにそうだな。……おいキル。まだオレがミルキだって認めない気か?」

「……」

 

 そう言われてよーーーーくコイツの顔を見る。

 顔立ちは確かにウチの家系、つうか、お袋の血だ。どことなくミルキの顔の面影も残っている。いや、たまにミルキがするマジな顔によく似ている。あれが痩せたらこうなるんだろうなって顔だ。

 

「……マジでミルキ?」

「そうだって言ってるだろ」

 

 う、嘘だろ? ホントにミルキなのか? 何があったらあのブタがこうなる!? 最後にあって半年しか経ってないんだぞ!? どうしてこうなった!!?

 

「そうか! 念で痩せたんだな!?」

「アホか。念能力で痩せるなんて無駄なことするバカがいるか。死ぬほど努力して痩せたんだよ」

「……どういう心境の変化だよ」

 

 信じがたいけど、確かにそれだと納得いく出来事があったな。

 確かグリードアイランドについての情報を聞きたくてミルキに電話した時に、ゴトーがフィギュアは全部捨てたって言ってたし。

 あん時にはもうダイエットしてたんだろう。声もなんか感じが違ってたしな。肉で埋もれていた声帯が痩せたおかげで発掘されたってことか。

 

「……べ、別にどうでもいいだろ。ちょっと痩せたくなっただけだよ。そ、それよりもアイシャはどこにいるんだ? グリードアイランドのプレイヤー選考会に参加してるはずだろ?」

 

 ……こ、この野郎! アイシャに惚れやがったな!

 ブタが人様に恋して木に登った結果がこれか! ブタの呪いが解けたら美形になるってのは物語の中だけでいいんだよ!

 

「おいおい。キルアの兄貴だが何だか知らねーけどよ。何でそこでアイシャが出てくんだ? あ?」

「……何だよお前? お前には関係ないだろ? 消えろ、殺されないうちにな」

「関係あるんだよ。オレはアイシャの1番のダチだぜ?」

 

 レオリオ、お前いい度胸してんな。忘れてんのかもしれないけど、オレの兄貴ってことはゾルディックってことだぞ。そんな相手にメンチ切るとはな。しかも何げにアイシャの1番のダチって自称してんじゃねーよ。正確には1番最初に出来たダチ、だろうが。アイシャもそう言ってたぞ。

 

「ダチ? そうか。じゃあやっぱり関係ないな。ずっとダチで満足してろよ」

「あ? 喧嘩売ってんのかコラ?」

「それはお前だろ?」

「やめとけレオリオ。審査が受けられなく……。いや、お前は審査受けないんだったな。いいぞ、もっとやれ」

 

 そうだそうだ! レオリオは審査を受けないから暴れて退場喰らっても問題ない!

 そのとばっちりでミルキも退場すれば万々歳じゃねーか! 頑張れレオリオ! オレはお前を応援するぞ!

 

「いいや気が変わったぜ。オレもグリードアイランドをやる!」

「はあっ!? ちょ、おまっ! 医者の勉強はどうした!?」

「こいつがアイシャに……だなんて、心配で勉強に集中出来るか!」

「でもレオリオ。受験はどうするの?」

「大丈夫だ。医大のセンター試験の申し込みは来年の1月半ばが締切だからな。それまでにこっちに戻ってくりゃ問題ねーよ。それにやる気になればゲームの中でも勉強くらい出来るぜ!」

 

 んな無茶な! 勉強道具とかグリードアイランドにあるわけねーだろうが! いや、持ち込めるのか? いややっぱ無理だろ。ゲームの中だし。

 

「……そうか。お前もアイシャを……」

「あ? ち、ちげーよ! ダチを心配してるだけだ! あいつは悪い男に騙されてホイホイ付いて行きそうだからな!」

「誰が悪い男だって?」

「オメーだオメー」

 

 睨み合いを続けるレオリオとミルキ。流石に選考会に参加出来なくなると思ってるからか、殴り合いには発展しないみたいだけど。

 ちっ! レオリオのバカ野郎! いきなり心変わりしやがって!

 

「はあ。いい加減にするんだな。レオリオ。審査を受けるのなら無駄な力は使うな。ミルキとやらもだ。喧嘩するのならグリードアイランドでするんだな。……もっとも、喧嘩なんかしたらアイシャが傷つくだろうがな」

「ぐっ。……確かにそうだな。悪かったよ、えーと……」

「レオリオだ。いや、オレも悪かった。いきなり喧嘩腰になってスマン」

 

 クラピカの物言いに2人とも落ち着きやがったか。

 アイシャの名前を出せば2人が話を聞くとよく理解してやがる。

 

「そうか。オレはミルキ。こいつの兄貴だ。弟が世話になってるな」

「お、なんだ。キルアの兄貴なのに話せるじゃねーか。ホントにこのガキンチョのお世話は大変なんだぜ。人をすぐにおちょくるしよ~」

「ああ分かる分かる。すぐに人を小馬鹿にするんだよ。昔はまだ可愛げがあったんだけどな」

「おお、気が合うな意外と」

「そうだな。とある件についてはライバルだが、それ以外は仲良くやれそうだな」

 

 ……どういうことなの?

 なんか握手とかしてんだけど。何時の間に友情が築かれたんだ?

 ていうか、勝手に人をダシにして仲良くなってんじゃねーよ。審査が終わったら闇討ちしたろかこの2人。

 

「レオリオ、キルアのお兄さんと仲良くなれたみたいだね」

「うむ。何か通じる物があったのだろう。仲良きことは良いことだ。犠牲はキルアの心だったが」

「うるせーよ。それよりもレオリオ。和解したんなら大人しく勉強してろよ」

「いいや、オレもやっぱり参加するぜ。アイシャが心配だってことに変わりはねーしな」

 

 本気でグリードアイランドまで付いてくる気だなこりゃ。まあレオリオがどうするのもレオリオの勝手だからいいけどよ。……ま、いないよりはマシだしな。からかう奴が増えると楽しいし。

 

「そうだ。ちょっと待て。どうしてアイシャがいないんだよ? キル、説明しろ」

「愛しのアイシャはここにはいないぜ。残念だったなミルキ」

「なっ! どういうことだよ!?」

 

 ケケケ。慌ててやがる。

 まあこのままからかってもいいけど、ここまで痩せた兄貴の努力に免じて素直に教えてやるか。……マジでどんだけ努力したんだろうな。確か140kg以上あったはずだぞ?

 

「冗談だよ。アイシャならもうグリードアイランドをプレイ中だぜ」

「なんだって? 一体どうやって?」

「ま、色々あってな。アイシャだけプレイ出来るようになったんだ」

 

 リィーナさんのことはめんどくさいから説明はいいだろ。よくよく考えたら、今アイシャの所にあの人いるんだよな。……ミルキ、お前に未来はない。アイシャを物にするにはハードルが高すぎだぜ。

 

「おいお前たち。そろそろ私たちも審査に行くぞ。もう残り僅かしかいなくなっている」

「お、何時の間に」

 

 オレ達が話している内にもう大分人が少なくなってんな。ざっと200人はいたのに、残りはオレ達含めて10人くらいか。よし、さっさと合格してアイシャに追いつくとするか。

 

 

 

 

 

 

「良し。合格だ」

 

 これで合格者は16名か。残りは僅かしかいないはずだが、これは20名も合格者は出んかもしれんな。

 いや、最後に残っているのはこの審査の本質を理解している者が殆どだろう。そういう奴らは実力も相応することが多い。

 現にここ数人は連続で合格している。予定では20人前後のプレイヤーを厳選するつもりだったが、残りの合格者によっては予定の人数を越えるかもしれんな。場合によっては合格した者の中でもレベルの低い者を不合格にせねばならんかもしれん。やれやれ。そうなったら恨まれるな。

 ま、因果な商売をしているんだ。それくらいは覚悟出来ているがね。

 

 む。次の挑戦者が来たか。

 

「よろしく」

 

 子どもか。子どもの念能力者というものは確かに意外と多いが、実戦的なレベルの者は少ない。だが、それでも念能力者に一般的な常識を当てはめるのは先入観が過ぎるというものだ。

 

 私はそれをリィーナ=ロックベルトに嫌という程に味わわされたのだからな。

 

「では、〈練〉を見せてもらおうか」

「練ね。いいよ」

 

 そう言って少年が見せたのはただの練だった。

 ふぅ。やれやれ。〈練〉と言われて素直にただの練を見せるとは。

 アマチュアだな。基本的なハンター用語も知らないようだ。これでよくここまで来れたもの、だ……!

 

「……な、何というオーラ!」

「どう? これでもダメ?」

 

 ほ、本当に見た目通りの年齢か!? オレの練とさほど変わらんレベルの練! この歳の少年がこれほどのオーラを練り上げるとは!

 

「いや、合格だ」

 

 あの表情、どうやら練のみで合格出来ると踏んでいたな。生意気な少年だが、先が楽しみでもあり、末恐ろしくもあるな。……オレもうかうかしてられないな。

 

 

 

 さて、次の挑戦者は……これも子どもか。先ほどの少年と然して変わらない歳か。続けて来たところを見ると、恐らくは仲間か何かだろう。となると、この少年も……。

 

「では、練を見せてもらおう」

「オス! はっ!」

 

 掛け声とともに吹き出すオーラ。やはりか。オーラ量は先ほどの少年に匹敵する! いや、力強さではこの少年の方が上だ! なんという少年たちだ!

 

 どうやらこっちの少年は先ほどの少年とは違い、練の意味を本当にそのままの意味で捉えていそうだ。だがこれほどの基礎能力を持つ者をそれだけの理由で不合格にするわけにもいかん。強力なプレイヤーはライバルになるが、雇われている身として私情を挟むつもりはない。

 

「いいだろう、合格だ」

「やった!」

「ただ、老婆心ながら助言しておこう。ハンターにとって〈練〉を見せろとは、鍛錬の成果を見せろという意味を持つ。どれだけの強さを持っているかを問う言葉だ。覚えておくといい」

「え!? そうだったんだ。ありがとう! えっと……」

「ツェズゲラだ」

「そうだった。ありがとうツェズゲラさん!」

 

 中々素直な少年のようだ。良い師に巡り会えているならこれからもっと伸びるだろう。ふ、初心を思い出させてくれるな。

 

 

 

「それでは練を見せてもらおう」

 

 次も若いな。先の少年たち程ではないが、10代半ばといったところか。右手に鎖を巻いているのか。武器か、それとも別の何かか。

 

「練か。……あの壁、少々傷ついても問題は?」

「ない。思う存分力を見せるがいい」

 

 なるほど。どうやら彼はハンター用語としての練を理解しているようだな。彼の言葉に、彼が指差した壁を見やる。そしてすぐに自身の異変に気付いた。

 

「な!?」

 

 何時の間に!? 右手の鎖が地を這って伸び、オレを縛っているだと!

 そしてオレが驚き、目の前の青年から意識を逸した瞬間、既に彼はオレの喉元にオーラを込めたナイフを突きつけていた。

 

「……失礼」

 

 数瞬の間を置き、彼はナイフを懐にしまい、オレの身体を縛っていた鎖を解いた。

 言葉でオレの意識を誘導し、一瞬の内に鎖を操作し私を縛り上げる。そればかりかナイフに纏わせていたオーラも相当なものだ。

 文句なしの合格だな。

 

「いや、構わん。合格だ。あちらの扉を開けていくといい」

 

 ……ここまで連続でこのオレが驚かされるとはな。

 残り僅かだろうが、気を引き締めなければな。

 

 

 

「練? それって確かハンター用語だったか?」

「そうだ。鍛錬の成果を見せてみろ、ということだ」

 

 次の挑戦者は先程までと比べると少々年上といったところか。だがそれでも10代後半から20代前半。挑戦者の中では若い方だろう。

 

「鍛錬の成果って言われてもなー」

「安心しろ。私もプロの、それもシングルの称号を持つハンターだ。ここで見せた能力を簡単に言いふらしたりなんかはせんよ」

「……うーむ、オレの発って回復系なんだよな。見たところ傷ついてるようにも見えないし、ただの練じゃ駄目なのか?」

「回復系の念、だと?」

 

 もしそれが本当だとすればこいつはかなり希少な能力者だ。

 大体念能力者という者は我が強く、自分の為の能力を作る者が殆どだ。サポート系の念能力者は戦闘系と比べると数が少なく、その中でも回復系となればさらに希少! 確認の必要はあるな。

 

「待て。それなら私が傷を作る。それを治療してみせろ」

「おいおい待ってくれ。医者志望の身として、自分を傷つけるなんて馬鹿なことを黙って見てるわけにはいかねーぜ」

 

 なるほど。医者志望か。志高く、性根も非常に良い青年のようだ。回復能力とやらがなくとも、良い医者になるだろうな。

 

「安心しろ。傷と言っても指先を少し切るだけだ」

「しゃーねーな。少しだけだぞ」

 

 能力を確認する為に傷を作る。指先をナイフで少しだけ切り裂き、彼に向かって突き出した。

 

「さあ、頼む」

「分かった。これくらいならすぐだぜ。……ほら、治ったぜ」

 

 本当に治っているな。完全に傷は塞がっている。傷跡もない。一瞬で傷が綺麗になくなったな。

 なるほど。確かに治癒能力だ。だが、さほど深い傷ではなかったのでどれほどの重傷が治るかまでは分からないな。

 

「……この能力はどれほどの傷まで治せる?」

「あー、この能力はオレの知識による部分も大きいからなー。でもオーラ量でゴリ押しすれば大抵の傷は治せると思うぜ。消耗が悪いから、早く知識を高めないといけないけどな。前に治療した中で1番重傷だったのは、腹部に大きな損傷が出来て内臓が幾つか破損していたやつだな。一応完治したぜ」

 

「そうか。……素晴らしい能力だ。これからも精進するといい」

「おう、サンキュー。それで、オレって合格なのか?」

「そうだったな。もちろん合格だ」

「よっしゃ!」

 

 あの能力、グリードアイランドでは本当に重宝されるだろう。

 グリードアイランドにあるアイテムと魔法で回復系の物は大天使の息吹くらいのもの。そして大天使の息吹は未だ誰も入手したことのないレアカードだ。危険なゲームの中、回復能力を持つあの男は貴重な存在となるだろうな。

 もし誰ともチームを組んでいなかったら、オレ達のチームに誘いたいくらいだ。今のグリードアイランドには、悪意の塊と言ってもいい存在が蠢いているからな。治療系能力者がいるのは心強い。

 

「ところで相談だが、良かったらグリードアイランドで私のチームに入らないか? 自慢になるが、現在グリードアイランドでもっともクリアに近いのが私たちのチームだ。クリア報酬を手に入れるのに1番の近道になるだろう。報酬も完全な等分とはいかないが、かなりの割合を約束しよう」

「ありがたいお誘いだけどよ。オレもダチと一緒に参加してるんでな。お断りさせてもらうよ」

「そうか、残念だ。ところで、名前は何という?」

「レオリオだ」

「説明の時にも言ったがツェズゲラだ。何かあったら私に連絡するといい、多少の便宜は図ろう」

「おお、そりゃありがたいなツェズゲラさん」

 

 まあ幾分打算的な物はあるがな。便宜を図っておいて損はないだろう。

 

 しかし、回復系能力か……。

 あの時、バッテラさんがリィーナ=ロックベルトに話したグリードアイランドのクリア報酬に拘わる理由。恋人が原因不明の昏睡に陥った悲劇。どんな名医にも治療することは出来なかったという。

 だが、念能力ならばもしや……。

 

 ……治療が上手くいけば、ゲームをクリアした際の報酬はなくなるかもしれんな。シングルマネーハンターのオレが、甘くなったもんだ。先程から若い連中に触発されたせいかな。やれやれだ。チームの連中に謝らねばならないかもしれないな。

 

 まあ、レオリオの情報料と、治療が成功した場合のクリア報酬の継続くらい願い出ても罰は当たらんだろう。

 ……その場合、レオリオには勝手に能力を漏らした謝罪金も払わなきゃいかんか。あんなことを言っておきながら全く……はぁ……甘くなりすぎだろう。

 バッテラさんの話なぞ聞かなければ良かった。

 

 




 ようやくグリードアイランド編に突入です。プーハットの出番なんてなかった。
 レオリオも一緒に来ることになりました。医者の勉強に集中しないなんてレオリオらしくないかもしれないけど、原作でも主人公4人が一緒に活躍してほしかったんだ。レオリオもクラピカも、ずっと出てこなかったし……。あ、勉強道具はグリードアイランドに持ち込み出来ます。向こうで勉強に修行にゲームにと、1番忙しいレオリオです。

 グリードアイランドに蠢く悪意……一体何スルーなんだ……? カストロは美しい女性(ババア・筋肉ババア・元男)に囲まれてとってもリア充。爆発……しなくてもいいかな?

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