どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第四十五話

 9月6日。

 この日よりヨークシンドリームオークションの最高峰と言われるサザンピースオークションが開催された。

 サザンピースオークションの日程は5日間に及び、そこで出品される競売品は全て希少で貴重なものばかり。それでいて競売品の品数も多いため幾つものホールに分かれてオークションは開かれていた。

 アイシャ達の目的であるグリードアイランドもそのホールの中の1つにて開かれるオークションで競売される予定となっている。競売に出されるグリードアイランドは7本あるため、5日間かけて7本が少しずつ競売にかけられるようになっていた。

 この日は1本のグリードアイランドが競売に出されるが、アイシャ達は今日この場には来ていなかった。

 

 アイシャ達にとってサザンピースオークションに参加する価値はあまりなかった。

 グリードアイランドは入手が目的ではなく、ゲームその物をプレイすることを目的としている。そしてそのゲームに参加する為の選考会はサザンピースオークション終了日、つまりは10日に開かれる。最後の日に参加さえしていればアイシャ達の目的は達成されるのだ。

 サザンピースオークションのカタログを見て特に欲しい物がなかったアイシャ達にとって、10日以外のオークションに参加する意味は見いだせなかったのだ。強いて言うならオークションの雰囲気を楽しむくらいのものだろう。

 

 そう言う理由でアイシャ達はこの場、グリードアイランドが競売に出されるオークション会場にはいなかった。もしいればアイシャはこう言っただろう。

 あなたは何をしているんですか……と。

 

 

 

 サザンピースオークションはドリームオークション最高峰のオークションなだけに、話のネタとなるモノは幾らでもあった。

 そんなネタの中にこのようなものがある。世界有数の大富豪バッテラと世界一危険なゲームと言われるグリードアイランドについてだ。

 あのバッテラが膨大な時間と金額をかけてまで躍起になって手に入れているグリードアイランドとは一体何なのか? グリードアイランドの存在を知っている者はそれなりにいるが、バッテラがそこまでして求めている理由や目的を知っている者は殆どいない。

 オークションが始まる前にも記者からグリードアイランドに拘わる理由を質問されていたバッテラだが、結局ははぐらかして終わっている。

 10年以上クリアされたことがない幻のゲーム。それを集める大富豪。話題に上がらない理由がなかった。

 

 

 

 数百人は入場出来るホールにてオークションは開催された。

 ホールの席は満席と言える程に埋まっている。しかもその殆どが一般人から比べると金持ちと言われる人種だ。そも、入場料とも言える1200万ジェニーのオークションカタログを購入しないと入場出来ないのだ。金持ち以外でここにいるのは酔狂な人間か何かしらの目的を持つ者くらいだろう。

 

 壇上に立つオークショニアの女性が入場客にオークションの説明を行っている。このホールのオークションでは一風変わった品を取り揃えているらしく、1番目に出品された品も恐竜の糞の化石というオークショニアの説明も頷ける一品だった。

 幾つもの競売品が競りにかけられ、それをマニア達が高値で競り取っていく。ホールの熱も徐々に上がっているその最中で、とうとうグリードアイランドが出品された。

 

「――このゲームは大変危険です。安易な購入はお勧めしません。覚悟のある方のみご参加下さい!! それでは10億ジェニーからお願いします!!」

 

 オークショニアが競売品の説明を行い、競売のスタート値を言った瞬間からグリードアイランドの競売は開始された。

 

「11億出ました、15億出ました、106番、倍!! 30億!!」

 

 矢継ぎ早にオークショニアが客が提示した金額を口にする。客が指で示した合図を瞬時に見極め上昇していく金額を即座にホール全体に伝達しているのだ。

 これだけ大量の人の合図を同時に見て理解する。訓練を積んでいるプロの技術と言えよう。

 

「17番さらに倍!! 60億!!」

 

 30億という金額から一気に倍の60億へ上昇した時ホール全体に感心したようなざわめきが通る。そして60億を提示した17番は誰かと数多の客が見ると、誰もがああ、と納得した。

 そう、グリードアイランドのみを目的としてこのオークションに参加した大富豪、バッテラである。

 

 バッテラが提示した60億から70億へとすぐに値段は上昇したが、即座にバッテラがその倍、140億を提示した。これで客もオークショニアも含めた会場全ての者がバッテラがどうあってもグリードアイランドを手に入れるつもりだと理解した。

 

「140億!! 他ありませんか?」

 

 100億を超すという大金に客の大半が落札を断念するが、それでも半分意地になった者が10億のアップを行い150億を提示する。

 だがそれを歯牙にも欠けず、周りの者に止めを刺すかのようにバッテラが50億のアップを示す合図を出した。

 

「17番200億!! 他ありませんか?」

 

 流石にこれには意地になっていた者も折れた。これ以上の金額上昇は身を滅ぼすだけ。いや、どれだけの金額を提示してもバッテラがそれを上回る金額を提示するだけだろうと理解したのだ。

 会場の誰もがこれでこの日のグリードアイランドはバッテラが競り落としたと思った。オークショニアはおろか、バッテラ自身でさえだ。

 

「他ありませんか? では――!? よ、4番250億!!」

 

 この日一番のどよめきがホールを満たし、誰もが1人の客に集中した。

 バッテラもまさかここまで来て値を上げてくる者がいるとは思わず皆が集中した方向へと意識を向ける。

 そして驚愕した。何故? どうしてこの女性がここにいて、グリードアイランドを買おうとしているのだ、と。

 

 会場中の注目を集めた4番の札を付けた客。それは女性、しかも見目麗しい美女であった。ただそれだけではバッテラもここまで驚愕しないだろう。バッテラが驚愕したのは彼女が世界的にも並ぶ者が少ない程の有名人だからだ。

 世界有数の財閥であるロックベルト財閥の現会長であり、世界二大門派の1つ風間流合気柔術の現最高責任者でもあり、プロハンターの一員でもあるというとんでもない女傑。

 名はリィーナ=ロックベルト。ある1人の人間を敬愛し崇拝し盲信する軽く狂信者な女性である。

 

「250億!! 他ありませんか?」

 

 一瞬思考の海に囚われていたバッテラはオークショニアの言葉でハッとする。動揺している間に肝心のグリードアイランドが落札されては意味がない。彼女が何を考えてグリードアイランドを手に入れようとしているかなど今は関係がないのだ。

 そう、動揺を思考の隅に追いやりバッテラはオークションに集中する。

 

「17番300億!!」

 

 バッテラは即座に値を競り上げる。だがリィーナも涼しい顔で同じように更なる金額を提示し値を上げる。

 既にこの場の流れは完全にバッテラとリィーナの2人だけの物となっており、他の誰もただその流れを驚愕して見ていることしか出来なかった。

 だが、その異常な流れはほんの10秒程度で終わりを告げる。バッテラが提示した500億の金額を最後にリィーナは何も言わず沈黙した。

 

「500億!! 他ありませんか? グリードアイランド、17番500億で落札!! ありがとうございます!!」

 

 史上でも稀に見る大物競りの終わりに客の誰もが盛大な拍手で締めくくる。

 そして誰もがグリードアイランドに大なり小なり興味を持った。バッテラはおろか、あのロックベルト会長までが手に入れようとするゲーム。一体どのような物なのだろうか、と。

 

 バッテラは一先ず1本目のグリードアイランドを入手出来たことに安堵し、そしてふとリィーナを目にして戦慄した。

 リィーナは競り落そうとした品が手に入らなかったというのに未だ涼しげな表情を浮かべており、そしてバッテラを見て微笑を浮かべた。

 リィーナの微笑を見たバッテラは絶対に敵に回してはならない者を敵にしてしまったかのような錯覚に陥り、目的の物を手に入れられたというのに心穏やかにいることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 太陽が沈み夜が訪れる一瞬の間。沈みゆく太陽の赤みが僅かに残る逢魔が時。

 その時刻に、オークション会場のある一室でバッテラは護衛に囲まれながら一時の休息に身を休めていた。

 オークションで予想以上に精神的に消耗したバッテラは疲れた表情を隠そうともせず椅子にもたれこんでいた。そんなバッテラに対して隣に立っていた長身の男が話しかける。

 

「500億ですか……。痛いですな」

 

 話しかけた男の名はツェズゲラといい、プロハンターの1人にしてその中でもシングルの称号を持つ1流のマネーハンターであった。

 そんな男が大富豪バッテラと共にいる理由はもちろんバッテラに雇われたからだ。彼はバッテラが所有するグリードアイランドの参加者の1人であり、かつ最もバッテラからの信用が高い人物でもある。その為ゲームの選考会に置ける審査員を承ってもいた。

 なので選考会が近づいて来たこの時期にグリードアイランドから戻って来てバッテラの護衛を兼ねてオークションに参加していたのだ。

 その信用置ける男の言葉にバッテラは沈痛な表情で応える。

 

「いや、金は問題ではない。あの500億も私がいくら出してもグリードアイランドを買うというアピールになるからね。……問題なのはあの女性だ。ロックベルト会長が何故グリードアイランドを欲しがるというのか……」

 

 想定外の事態にバッテラは思わず舌打ちをしそうにすらなった。バッテラの目的の為にはグリードアイランドは1つでも多い方がいい。

 だと言うのに今日のように明日以降のオークションでリィーナがグリードアイランドを落札しようとすると、計算通りに事が進まない可能性は非常に高くなってしまうだろう。

 今日と同じように1本辺り500億で落札出来るのならまだ問題はないのだが、リィーナの予算の上限がそうだと限らない今、安心することなどバッテラには出来なかった。

 

 バッテラの不安を鋭い洞察力で察したツェズゲラはバッテラへと確認を兼ねて質問をする。

 

「彼女の持つ個人資産はバッテラさんのそれよりも上だと?」

「いや、それは私にも分からない。だが、予想よりも下回るという希望的観測はしない方がいいだろう。彼女はロックベルト会長としての資産に加え、あの風間流道場の最高責任者としての資産もあるのだからな……」

 

 それはツェズゲラも理解している。プロのハンターとして常に最新の情報を入手しているツェズゲラはリィーナのプロフィールも詳しく知識の1つとして蓄えていた。その知識ではリィーナ=ロックベルトは世界で最も成功した人間の1人となっている。少なくともツェズゲラはそう思っていた。

 

 若くして財閥を引き継ぎ、溢れる才覚で経営を安定させるどころか上昇させた才女。そればかりか心源流と対を成す武術、風間流の現最高責任者にまで登り詰めた武人でもあるのだ。

 プロハンターの一員として当然ながら念も修めており、風間流のトップという事実を考えれば世界最強の一角と言っても過言ではないだろう。更には念能力者な為か、それとも本人の体質か、既に齢70を超えるというのに20代に差し掛かったばかりの若さと美貌を保っている。

 金、名誉、実力、そして美貌。凡そ人が欲しいと願う欲求の代表とも言えるその4つを最高のレベルで兼ね備えている人物など、ツェズゲラの知る限りではリィーナくらいのものだった。

 

 そんな彼女が敵――と言っても競売品を巡ってだが――となると思うとバッテラの不安も分かるというものだろう。

 

 どう対処する? このまま単純に金にあかせて押し通す?

 それで泥沼の値上げ合戦になったら初めは良くても7本全てを落札する前に資産が尽きてしまうかもしれない。

 ならばどうすれば?

 

 リィーナの目的も分からず、強大な敵を迎えたバッテラはどうにかこの状況を打開する方法を模索していた。

 そんな時だ。バッテラの元に1人の客人が現れたのは。

 時刻は黄昏。魔物が現れるという逢魔が時。現れたのはバッテラにとって魔物そのものと言っても過言ではない存在、リィーナ=ロックベルトだった。

 

 

 

「アポイントも取らずに急な訪問申し訳ありませんバッテラさん。この通り、深くお詫びいたしますわ」

 

 リィーナは誰もが見惚れるような微笑を浮かべて丁寧な口調でバッテラに向かって急な訪問に対する詫びを入れる。

 上質な布で仕立てられたドレスで見事に着飾った美婦人のその整った仕草に、周りにいた護衛達も思わず動きを止めてリィーナの入室を遮ることが出来なかった。

 そうして誰も止めることが出来ないままバッテラのすぐ前までリィーナは歩み寄る。

 

「これはこれはロックベルト会長。まさかこのような場所でお会い出来るとは思いもよりませんでしたよ。とにかく光栄ですな。このような見目麗しい女性が直接私などに会いに来てくれるなど」

 

 流石は海千山千の猛者が蔓延る経済界を生き抜いてきた大富豪と言うべきか。内心の動揺などおくびにも出さずに満面の笑みを浮かべてリィーナを迎え入れるバッテラ。

 もちろんその笑みの裏ではリィーナへの警戒心を最大限に引き上げているのだが。

 

「まあ、お上手ですわね。私もバッテラさんとお会い出来て光栄です。実業家として名高いバッテラさんとこうして面と向かってお話するのは初めてなので些か緊張していますわ」

 

 ――どの口が言うのか――

 

 思わずそんな言葉が口から出そうになったバッテラはリィーナの言葉に苦笑を浮かべて何とか誤魔化した。

 

「して、本日は何の御用ですかな? 私としてもロックベルト会長とのひと時は嬉しいのですが、何分この後のスケジュールにも予定がありまして」

 

 残念そうにそう言うが、もちろんバッテラにこの後のスケジュールなど予定されていない。精々夕食を取るくらいのものだろう。

 バッテラは自分の言葉でリィーナがどう反応するのかを冷静に見極めようとする。

 

「それならご安心下さい。私の用件はほんの僅かで終わることですから」

 

 そう言ってリィーナはまるで合図を送るかのように上品に掌を2回叩いて音を鳴らす。その仕草に今まで動きのなかったツェズゲラが僅かに警戒するが、それは杞憂に終わった。

 

 リィーナの鳴らした音を合図に廊下から1人の女性、いや少女が入って来た。

 少女は大きなカートに幾つものケースを乗せて運び込んでおり、リィーナの隣まで来るとそこで動きを止めた。

 うら若い少女が大量のケースを運んで来たことに訝しむバッテラだったが、それを表には出さずにリィーナへと問いかける。

 

「はて? これは一体……」

「用件というのは他でもありません。バッテラさん、ここに1000億ジェニーあります。これで此度のオークションで落札したグリードアイランドを1つ私に譲って頂けませんか?」

 

 リィーナの要求はまさかの競売品の直接買収であった。

 大量のケースの中にあるのは全て現金なのだろう。今のご時世ネットワークを介しての入金で事は済むというのにこれだけの現金を用意した。

 つまりそれだけリィーナがこの取り引きに本気であるということがバッテラには伝わっていた。

 

 恐らくあの時オークションでバッテラと競り合っていたのは本気ではなかったのだろう。この取り引きの交渉を有利に運ぶ為の伏線だったとバッテラは推測する。

 あの競りに参加することでバッテラに自身を強く刻ませ、グリードアイランドを手に入れる為には何でもすると理解させる。それがリィーナの取った手段であった。

 

「……ははは。ご冗談を。貴女程の人なら私がグリードアイランドを集めているのは当然ご存知でしょう。そんな私が1000億積まれたからといってグリードアイランドを譲るとお思いか? それに、オークションが終わった後でこういうのは些かスマートではないと思いませんか?」

「そうですか? この方がお互いにとって利益になると思ってのこの場での取り引きなのですが。私が欲しいのはあくまでグリードアイランド1本だけです。その意味がお分かりですわよね?」

 

 その言葉にバッテラは苦汁を飲む思いをさせられる。

 そう、ここでこの取り引きを断ることは互いにとって不利益になる行為だというのが目に見えていた。

 いや、不利益を被るのはバッテラだけと言っていいだろう。

 

 リィーナはここで取り引きが成立しなくとも今後のオークションで出品されるグリードアイランドのどれか1つを落札すればいいのだ。

 その為にはここで出した1000億ジェニーを惜しみなく使うつもりだろう。こうしてバッテラからグリードアイランドを買うために用意した金だ。オークションで使うのに何の躊躇いがあるというのか。

 毎回1000億ジェニーの金額を提示されればバッテラはそれに対抗する為により多くの金額を提示しなければならない。

 如何に大富豪バッテラと言えども残り6本のグリードアイランドに1000億以上の大金をつぎ込んでしまえばその総資産の殆どを失ってしまうだろう。

 そもそもリィーナの用意した予算が1000億だけだと決まっているわけではないのだ。仮に2000億もあればバッテラはグリードアイランドの買い占めを諦めるしかなくなってしまう。

 

 更にはこの取り引きに応じた方がバッテラの外聞は傷つかないのだ。取り引きに応じずリィーナと競売で競り合った場合必ずグリードアイランドを1つは落札されてしまう上に、大量の資産を消費してしまう。

 下手すると他のグリードアイランドすら他者に落札されてしまう可能性もある上、オークションで身を滅ぼした愚か者の1人として醜聞を晒すことになるだろう。

 

 ――この魔女め――

 

 魔女。バッテラが内心で罵倒したその言葉こそ、経済界の裏で囁かれているリィーナへの別称だ。

 70代にして20代の美貌を誇り、相手の心を読むかの如く交渉を誘導し己の有利に事を運び、常に冷静沈着な素振りしか見せない女性に対する正しい認識と言えよう。

 まあ、その冷静沈着ぶりも特定条件下に置いてはぶっ壊れるのだが、そんなことバッテラには知る由もなかった。

 

 リィーナはバッテラが内心で罵倒した瞬間に見惚れるような笑顔を見せる。そのタイミングでのそれはバッテラに取ってまさに魔女の笑いにしか見えなかった。

 バッテラが恐怖でその心を萎縮したのを見計らったかのようにリィーナは次の手を打ってくる。

 

「先程も言ったように私はグリードアイランドを1つしか欲しておりません。ここでこの取り引きが成立すれば明日からのオークションではグリードアイランドの競売に一切手を加えないことを確約いたしましょう」

 

 そう言ってリィーナが隣にあるケースの1つを開け、中から1枚の用紙を取り出しバッテラへと手渡す。その用紙は先ほどリィーナが言った通りの内容が正式な文書で記載され、最後にリィーナのサインと印を押された誓約書であった。もしこの誓約を破ればリィーナは多大な痛手を負うことになるだろう。

 どこを見ても不審な点が見えないその誓約書を渡され、リィーナの本気を見せられたバッテラはより良い選択を決断するしかなくなった。

 

「……分かりました。今回落札したグリードアイランドをお譲りしましょう」

「ありがとうございます。これを機にお互いにより良い関係を築けられたら嬉しいですわ」

「ははは、そうですな」

 

 そのリィーナの言葉にはバッテラも賛同していた。確かにかなりの苦汁を飲まされてしまったが、全くメリットがなかったわけではない。リィーナ=ロックベルトとのコネクションが出来るというのはそれだけで大きなメリットとなるだろう。

 リィーナの持つ力は凄まじいモノがある。個人の力だけでなく、その立場が持つ力はバッテラのそれを遥かに上回っているだろう。

 そう言った力の恩恵を貰えれば、もしかするとバッテラの最大の目的がグリードアイランドをクリア出来ずとも達成出来るかもしれないのだから。

 

「ああ、ただ1つだけお願いしたいことがありまして」

「なんでございましょう?」

 

 取り引き成立の直後のその言葉にリィーナも表面には一切出さずに怪訝に思うが、あくまでも微笑を携えたまま冷静に会話を続ける。

 バッテラはツェズゲラ以外の護衛を部屋から退出させてから、リィーナへと願いを告げた。

 

「グリードアイランドをお譲りするのはいいのですが、出来ればゲームをクリアした時の報酬を私に譲って頂きたいのですよ」

「クリア後の報酬……ですか?」

「ええ。これだけの大掛かりなゲームです。クリア後の報酬もそれに応じた物だろうと私は睨んでいます。正直に言いますが、それを目当てとしてグリードアイランドを集めている次第でしてな」

 

 これはほぼ全てがバッテラの本音である。正確に言うならある目的の為にクリア報酬を欲しているというのと、クリア後の報酬がどのような物かの目処も立っているのだが。

 下手な嘘偽りを混ぜればすぐに見抜かれると思ったバッテラが真実を明かしてリィーナの協力を仰ごうとしているのだ。

 

「もちろんその報酬をタダで手に入れようなどとは思っていませんよ。代わりの報酬を用意しましょう。金、と言っても貴方には必要なさそうですから、ロックベルト会長が望む物を用意しましょう。もちろん私が用意出来る限りの物となりますが……。如何でしょうか?」

「……その前に、1つ聞きたいことがございます」

「聞きたいこと、ですか」

 

 リィーナの言葉にそう言い返したバッテラだったが、リィーナの聞きたいことがどのような内容かは予測出来ていた。

 

「バッテラさんがグリードアイランドのクリア報酬を求めている理由、それをお教え頂けませんか?」

 

 リィーナの質問はバッテラの予想通りのものだった。

 これまでに何千億ジェニーもの大金をつぎ込んでまでグリードアイランドを買い集め、百にも昇る念能力者を雇いクリアの暁には500億ジェニーの報酬を約束している。

 それ程までにグリードアイランドのクリア報酬を望むその理由。さしものリィーナも好奇心をくすぐられるというものだった。

 リィーナとしても他人の事情にあまり深く入り込むつもりはなかったが、先ほどのバッテラのお願いで好奇心が再び疼いてしまったのだ。

 

 クリア報酬そのものも気になっている。世間で噂になっている隠し財宝の在り処や、どんな願いでも叶うというのも眉唾ではないだろう。

 前者は大富豪であるバッテラが求める理由としては弱すぎるし、後者など考えるだけ愚かだろう。どんな願いも叶うなど超常の力たる念能力の法則すら上回っているのだから。

 

 好奇心に負けてしまったリィーナはバッテラの答えを静かに待つ。

 そしてバッテラは深い溜め息を1つ吐き、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。

 

 バッテラには互いに深く愛し合っていた恋人がいる。

 バッテラの持つ資産が目当てではない、全ての資産を処分してから一緒になる約束を誓い合った、バッテラの掛け替えのない女性。

 だがその恋人は事故によりいつ覚めるやも知れぬ深い眠りについてしまった。

 もちろんバッテラはあらゆる手を尽くした。だがどの病院の名医にも現状維持以上のことは出来ないと言われてしまった。

 

 絶望の淵を漂うバッテラに一抹の希望が降ってきた。そう、グリードアイランドである。

 どんな病気や怪我も治せる呪文。若返る薬。夢物語に出てくるようなアイテムがクリアすれば手に入るかもしれない。

 当然バッテラは藁をも掴む思いでその希望に縋った。

 以来バッテラはグリードアイランドを集めクリア報酬を求め続けている。

 

 静かに語り終えたバッテラは真摯にリィーナの眼を見てから頭を下げて頼み込む。

 

「どうか! クリア出来たならば私にクリア報酬を譲って頂きたい!」

 

 リィーナはバッテラの言葉が嘘偽りではなく本心であると確信していた。

 それほどまでに先ほどの話には感情が籠められており、この願いには切なる想いが籠められていた。

 

「……頭を上げてくださいバッテラさん。事情は理解いたしました。貴方の願い、私も出来る限りの力添えをすることを約束しましょう」

「では!」

 

 リィーナの言葉に勢い良く頭を上げたバッテラが喜色の表情を浮かべる。

 

「ええ。私がクリア出来た暁にはクリア報酬はお譲りすると約束しましょう」

「おお! ありがとうございます! その際は私が用意出来る物ならばどのような物でも用意しましょう!」

 

 リィーナから望外の約束を取り付けることが出来たバッテラは満面の笑みを浮かべ、再び頭を下げた。

 

「それでは用件も終わりましたし、バッテラさんもお忙しいようなので私達はこれにて失礼させてもらいます。本日は私の急な訪問と用件に応えて頂き誠にありがとうございました。グリードアイランドはまだ届いていないでしょうから、後日受け取りに参りますわ」

「ええ、今日中には届く予定です。届き次第連絡しますよ」

「ありがとうございます。それでは、失礼いたしました」

 

 そうしてリィーナはバッテラと連絡先を交換した後に少女を伴って部屋から退出しようとする。

 だが、部屋の扉の手前で急に立ち止まり、振り向かずにそのまま話しだした。

 

「ああ、1つ忠告しておきましょう」

「? どうされたので?」

 

 何を言い出すのかと疑問に思ったバッテラだったが、リィーナが話し掛けていたのはバッテラにではなかった。

 

「試すのなら相手を良く選んでからすることです。生半可な行為は身を滅ぼすと知りなさい童よ」

 

 そう言ってそのまま振り返らずにリィーナと少女は部屋から退室した。

 最後の言葉の意味が理解出来なかったバッテラはリィーナが退室した後に頭を捻るが、その意味はすぐに理解することとなった。

 

「ぶ、はぁーっ!」

「ツェズゲラ!?」

 

 バッテラの隣で控え先ほどの交渉を見守っていたツェズゲラが、突如として膝を突き大きく息を乱しだしたのだ。

 その顔は酷く焦燥しており、全身からは止めどなく大量の汗を吹き出していた。明らかに異常なそのツェズゲラの態度にバッテラも心配そうに声を掛ける。

 

「どうした? 何があったのだ? 体調でも悪いのか?」

「……いえ、そうではありません。少々、殺気に当てられただけです」

 

 殺気と言われても何が何やら理解出来ないバッテラはどういうことか説明を要求する。

 本来なら話したくないのだが、雇用主の意向に逆らうわけにもいかず、思った以上に疲労した身体を椅子に預けながら渋々とツェズゲラは説明し出した。

 

「あの時、ロックベルト殿が退出しようとした時、私は彼女に一瞬だけ攻撃的な意をぶつけようとしたのですよ」

「な!? 何故そんなことを!?」

 

 思いもよらなかったツェズゲラの突然のその言葉にバッテラは怒りを顕にする。

 敵に回したくないと思っていた存在に手飼いの者が敵対行為とも取れる行動を取っていたのだ。だがそこでバッテラはツェズゲラの言葉を思い出し可笑しい点に気付いた。

 

「ぶつけようと、した?」

 

 そう、ぶつけた、ではない。ぶつけようとした、なのだ。

 つまりツェズゲラはリィーナに対して何かをしようとはしたが結局何もしていないということになる。

 一体どういう意味なのか理解出来ないバッテラの疑問に応えるようにツェズゲラは説明を続ける。

 

「ええ、ぶつけようとしたのです。あのリィーナ=ロックベルトがどれほどの実力者なのか試したく思いましてね」

 

 それはプロハンターとして、一念能力者としての性のようなものだろう。

 相手がどれほど強いのか知りたい、試してみたい。相手がその世界の頂点に位置する者となれば尚更だ。

 リィーナの見た目が見目麗しい美女だというのもその想いに拍車を掛けた。この華奢な女性がどれほど強いと言うのだと好奇心をより刺激したのだ。

 そしてツェズゲラは…………地獄を垣間見た。

 

「ぶつけようとした……ぶつけてはいないのです。だというのに、彼女を試そうと意識を集中しようとした瞬間……恐ろしい程の殺気が私の全身を襲いました」

「……」

 

 その時を思い出したのか、ツェズゲラの顔は白く染まり止まった汗が再び流れていた。

 バッテラもそんなツェズゲラに何を言っていいのか分からず黙って聞いているしかなかった。

 

「心臓を握り締められたかのような錯覚に陥りましたよ……。私が戦って勝つ姿が想像出来ませんな。この私が幼子扱い。あの風間流のトップだというのも頷ける……」

 

 最後の言葉はもうバッテラに向けてではなく独白のようになっていた。

 それほどにツェズゲラはリィーナに対し畏怖と恐怖を抱いていた。

 

「……それではやはりゲームクリアもロックベルト会長が?」

「いえ、グリードアイランドのクリアに強さは必要不可欠ですが、強い者が先にクリア出来るわけではありません。ゲームをどれだけ理解出来るか、スペルカードやイベントに必要なフラグに効果的なアイテムの使い方。決して強さだけではクリア出来ません。そして私はもう8割がたゲームを攻略している。如何にリィーナ=ロックベルトと言えども今から私を追い抜くことはまず無理でしょう」

 

 そう自信を籠めてツェズゲラは断言する。

 そしてそれは決して負け惜しみの言葉ではなかった。強いだけではグリードアイランドはクリア出来ない。何度もグリードアイランドをプレイしているツェズゲラは先の言葉を断言するのに躊躇いの1つもなかった。

 

 その力強い宣言にバッテラも多少は安堵する。クリア報酬を譲ってもらうという約束はしたが所詮は口約束。報酬に目が眩んで約束を破る可能性はないとは言い切れない。

子飼いの者がクリア出来ることに越したことはないだろう。

 そこまで考えてからバッテラは明日のオークションへと気持ちを切り替える。グリードアイランドを1つ失ってしまったが、その分残りの6本は必ず入手しなければならないのだから。

 

 全ては、彼女との幸せな日々を取り戻す為に。

 

 

 

 

 

 

 バッテラとの取り引きが終了した後、リィーナはタクシーに乗って滞在しているホテルへと戻っていた。隣の席にはリィーナに付き添っていた少女、ビスケが座りやれやれという表情で溜め息を吐いている。

 

「溜め息を吐くと幸せが逃げると言いますよ?」

「何言ってんのよ。誰のせいで吐いていると思ってんの? バッテラとの取り引きはいいとして、人を小間使いのように使うなんて何たることかと小1時間説教したいわさ」

 

 そう言って憤慨しているビスケ。見た目はゴスロリ調の服を来た可憐な少女だが、中身は齢50を超える念能力者であり、ダブルハンターの称号を持つプロ中のプロなのだ。

 そんな存在をただの荷物運びという小間使い扱いするなどと勿体無い使い方をする者などそうはいないだろう。

 

「いいではありませんか。無事取り引きも終了しましたし、これでビスケもグリードアイランドが出来るでしょう? 1200万ジェニーのカタログを買う必要がなくなって得ではないですか」

「まあそうだけどね。それはそうと、良かったの? クリア報酬を譲るなんて約束して。アイシャの為のグリードアイランドなんでしょ?」

 

 ビスケの疑問ももっともだった。リィーナがグリードアイランドを手に入れようとしているのはひとえにアイシャの為だが、そのアイシャの目的がグリードアイランドのクリア報酬なら今回のバッテラとの約束は完全に悪手となるだろう。

 

「問題ありません。先生は元々バッテラさんが開く選考会に参加してグリードアイランドをプレイされようとしていました。つまり先生はクリア報酬を得ることを目的としているのではないということ。バッテラさんの所でプレイするということはクリア報酬はバッテラさんが貰い受ける契約を交わしているはずですしね。それに先生なら、きっとバッテラさんにクリア報酬を譲られるでしょうから!」

 

 アイシャが性転換の薬を求めているなどと微塵にも考えていないリィーナはそう断言する。

 

「ま、そうかもね。それはそうと、あんたあんな奴にちょっとやりすぎじゃない? 可哀想に。あんなに萎縮しちゃってさ」

 

 ビスケが言っていることは勿論ツェズゲラの試しに対するリィーナの返し方だ。

 ビスケからすればツェズゲラはハンターとしてはともかく、念能力者としては二流どころという捉え方だ。

 そんな相手に超一流と言っても過言ではないリィーナがあんな返し方をするなんて大人気ないとしか言いようがない。

 メジャーリーガーが中学生の挑発に160キロの剛速球を危険球すれすれで返したと言えば分かりやすいだろうか。

 

「ああいう輩は嫌いではありませんが、場が場です。空気を読まずにあのような行為を仕掛ける悪戯っ子には程よい仕置でしょう」

 

 等と、大人気ない行為に対して何とも思っていないかのように涼しげな顔で応えるリィーナ。その言葉にビスケはまたも溜め息を吐いた。

 

「そんなことよりもグリードアイランドが手に入ったことが大事です! これで先生と一緒にグリードアイランドをすることが出来ます!」

 

 トラウマを与えたツェズゲラのことなど空の彼方へと飛ばしてリィーナは黄金の未来を想い悦に浸っていた。

 そこには冷静沈着な魔女の顔はどこにもなく、うふふふ、と気味が悪い程嬉しげに笑う壊れた何かがいた。

 

「これさえなければねぇ……」

 

 そんな親友の壊れっぷりを嘆いているビスケ。

 だが彼女も彼女で美男子の筋肉を愛好していたり、少年同士の友情を壊すのが好きだったりと偏屈した性癖を持っていたりする。

 まあ結局のところ似た者同士ということだろう。

 

「ところでさリィーナ」

「うふ、うふふ……はい? 何でしょうかビスケ?」

「グリードアイランドが手に入ったのはいいけど、あれって4人出来るんでしょ? あたしとあんたと、アイシャを誘ったとしてこれで3人。あと1人はどうするのよ?」

 

「ああ、そうですね。……シオンを、とも思いましたが、彼女には本部道場で私の代理を頼んでいます。なので修行の一環という意味も込めてカストロさんを連れて行こうかと」

「へぇ。いいんじゃない。じゃあ早速呼んどきなさいよ」

「ええ、ホテルに着いたら連絡するとしましょう」

 

 ビスケにしてもカストロを連れて行くという案は賛成だった。

 このロリババァ、未だカストロを堕とすという考えを捨てていなかったのである。

 ちなみにクラピカのことも諦めておらず、虎視眈々と好機を待っていた。

 

「ぐふ、ぐふふ……ダメよ2人でなんて。アタシは1人なのよ……」

 

 既にビスケの脳内ではカストロもクラピカも自分にメロメロという妄想が垂れ流れており、逆ハーレムという黄金の未来を想い悦に浸っていた。

 そこには可憐な少女の顔などどこにもなく、ぐふふふ、と気味が悪い程嬉しげに笑う壊れた何かがいた。

 

「これさえなければこの子も……」

 

 そんな親友の壊れっぷりを嘆いているリィーナ。

 結局のところ似た者同士なのである。

 

 

 

「ビスケ。ビスケ。ホテルに到着しましたよ」

「ぐふふ……ん? あっと、そう、ホテルね。あたしとしたことが捕らぬ狸の皮算用をしていたわさ」

 

 カストロに連れ攫われ囚われの姫となった自分を取り戻す為にクラピカがやって来たところでビスケの妄想は一応の終わりを見せた。

 リィーナが声を掛けなければ全三部作の一大ラブロマンスがビスケの脳内でスペクタクル上映されていたことだろう。

 

「さて、これからどうする?」

「カストロさんには連絡するとしまして、まずは食事といたしましょうか。何かリクエストはございますか?」

「そうね~。昨日は肉だったから海鮮系がいいわ!」

「それなら32階にあるレストランへ行きましょう。魚介類が新鮮で美味しいとの評判です。お酒も上等なのが揃っているそうですよ」

「いいわねー。早く行きましょ。食事の話をしてたらお腹空いてきたわさ」

「はいはい。ああ、このホテルには評判のスパもあるそうですよ。食事が終わったら行きませんか?」

「いいわよ。洗いっこしましょうか」

「いいですよ」

 

 そうして仲良く笑い合いながらホテルの中へと入っていく2人。

 美女と美少女の会話にたまたま近くにいたドアマンがスパの光景を想像し惚けてしまうが、中身は2人ともお婆ちゃんであるから盛大な詐欺であった。

 哀れドアマン。

 

 




 リュウショウ教の教主襲来!
 ネテロはまだ来ていません。会長なのですぐに自由に動けないためです。

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