どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第四十三話

 1999年9月2日。この日、闇の世界にて悪名轟く幻影旅団は壊滅した。

 アジトに残されていた2人の旅団員、フランクリンとフェイタンも捕らえられた。アジトの位置は幻影旅団の裏切り者ヒソカの手引きにより判明したのだ。

 瀕死の重傷を負っていたフランクリンだったが、アイシャの願いに応えたレオリオによってどうにか一命を取り留めることとなった。完治はしておらず、1人では歩行もままならない有様ではあったが。

 

 死者こそ誰1人出てはいないが、その全てが捕らえられ特殊な念により無力化を強制され、今は全員が1つの部屋に閉じ込められている。

 欲しい物は何でも奪う。金だろうが、食べ物だろうが、お宝だろうが、そして人の命であろうが。人生の殆どを我が儘で押し通してきた彼らに取って現状の立場は屈辱極まりないものだろう。

 そんな彼らは今――

 

「やっぱり生きてやがったかこの野郎!」

「ハッ! このオレ様がそうそう死ぬわけないだろうが」

「よく言うよ。4人がかりとはいえ子ども相手に負けたくせにさ」

「うるせーな! そういうお前は女1人に負けただろうが!」

「いやいや。あの子1人で団長たち倒したんでしょ? オレ1人で勝てるわけないじゃん」

 

「フランクリン良かったよ~! もう大丈夫なんだね?」

「おお、まあまともに動くのは厳しいが、死にぞこなったのは確かだぜ」

「まあなんにせよ無事で良かったわ。生きていればいずれ完治するでしょうしね」

「そうだな。生き延びねば話にならない。オレ達は復讐せねばならないのだから」

「ぼくもそう思う。今は雌伏の時。機会を待つしかない」

 

「……殺す、あの女はワタシが殺すね……」

「おい、フェイタンがやばいんだが何とかしてくれ団長」

「放っておけフィンクス。直に落ち着くだろう」

「落ち着く前に鎖の掟を破りそうなのが怖いねあたしは」

「それよりも団長の落ち着き具合が半端ねーな。よくこの状況で本なんか読めるもんだ」

「どうしようもないからな。この部屋の備え付けの本しかないのが残念だが」

 

 ――各々自由に寛いでいた。とても力尽き敗れ捕らえられた犯罪者とは思えない姿だ。今の彼らを見てそうだと思える者は事情を知らない限りいないだろう。ここまで来ると逆に称賛したくなるほどの図太さと言えよう。

 

 そんな風にそれぞれが談笑――と言っていいのだろうか?――をしていたところ、部屋のドアが開きそこから誰かが入って来た。と言っても、この部屋に入れるのは極限られているので確認するまでもないのだが。

 

「……この状況で寛げるあなた達の精神力には感嘆しますよ」

 

 入室してきたのはアイシャとクラピカの2人だ。2人は部屋の外まで聞こえてきた幻影旅団の話し声に思わず頭を抱えていた。そのせいか部屋に入ったアイシャの第一声がそれだった。

 

「テメェ……! よくもノコノコと現れたもんだぜ! 足の礼でも受け取りに来たのか!?」

 

 そうがなり声を荒げるフィンクス。彼の右足はその甲が半分ほど千切れたままだ。アイシャに対する憎悪を隠すことなく放っていたフェイタンをどうこう言っていたが、彼自身も内心怒りに満ち溢れていた。足の損傷だけではない。己の渾身の一撃を歯牙にもかけずあしらったことにも憤慨している。こちらは己の力不足にだが。

 

「やめろフィンクス。フェイタンもだ」

 

 あわや一触即発かという空気を止めたのはクロロの一言。フィンクスはその言葉を聞き舌打ちをしつつも冷静になる。ここで立ち向かったところで自身の心臓に打ち込まれた忌々しい掟の剣が自らを貫くだろう。その結果は言うまでもない。

 今は雌伏の時なのだ。ここは屈辱を喰みつつも生き延び、いつか必ず楔を打ち砕き復讐を果たす。それが幻影旅団全員の総意なのだった。

 

 言葉には発さず行動をしようとしていたフェイタンもその動きを止める。感情的になっても敵に一矢報いることさえ出来ないと判断して。もしそれが出来ていればこの場に旅団員全てが捕らえられてなどいないのだから。

 むしろ誰1人殺さずに無力化し捕らえたという事実から敵の強大さが更に窺える。ここで後先考えずに暴れるのは馬鹿を通り越した何かだろう。

 

「それで、何しに来たんだ? オレ達を連行する手はずでもついたのか?」

「用があるのは私だ」

 

 クロロの問いに答えたのはアイシャではなくクラピカだった。

 

「幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。お前に聞きたいことがある」

「……なんだ」

 

 クラピカの問いかけが何であろうとクロロに口を噤むつもりはなかった。

 それはクロロを縛る掟の中にクラピカの質問に偽証せず答えることとあったからだ。

 既に八方塞がりなレベルで捕らえられているのだ。今更秘密の1つや2つ話したところで痛手になるとは思えなかった。

 

「緋の眼を覚えているな?」

「……ああ、世界7大美色の1つ。クルタ族特有の瞳だな」

「そうだ。お前たちが彼らを皆殺しにし、その亡骸から奪い取っていったものだ。……貴様の知る限りの緋の眼の在り処を言え。お前が奪った盗品を誰かに売っているのは分かっているんだ!」

 

 クラピカの口調には段々と感情が篭り始めていた。質問を投げかけている最中に思わずかつての惨劇を思い返し怒りと悲しみがぶり返したためだ。

 だが、そんなクラピカに対してクロロはあくまで正直に、そして冷たく言い放った。

 

「知らないな」

「……詳しく話せ」

 

 クロロの言う言葉に嘘はない。それは鎖が反応していないことからも明白だ。鎖を仕掛けたクラピカ本人がそれを分かっている。そもそもヒソカからあらかじめ聞いていた情報の通りなのだ。

 だがそれでも。もしかしたらという泡末の希望を抱いての質問だったのだが、返って来た答えは残酷なものだった

 

「オレは手に入れた品を満足するまで愛でると適当な相手に売りつける。それは時に闇商人であったり、流星街の一員であったり、どこぞの金持ちだったりと様々だ。そこからどういう風に品が流れたかは興味がない」

「……緋の眼を売りつけた相手は?」

「確か……闇のブローカーだったな。そこから世界中のマニアに流れていっただろうな」

「その闇のブローカーを教えろ」

「死んだ。いや、殺したという方が正確か」

 

 くくっ、と笑いながらあくまでも冷たくクラピカの問いに答えるクロロ。それは今のクラピカの感情を逆撫でするには十分だった。

 

「貴様!」

「クラピカ!」

 

 感情に身を任せクロロに殴りかかろうとするクラピカをアイシャが制する。

 アイシャに止められたことによって一応の冷静さを取り戻すが、それでも怒りは収まらず鋭くクロロを睨みつける。

 

 クロロがこのようにクラピカを挑発するような物言いで話したのには意味がある。クロロはクラピカの性格を見抜く為に態と挑発したのだ。来るべき復讐のために、少しでも敵の情報を集めようとして。

 幻影旅団を捕らえているのはクラピカの能力だが、それでもクロロの役者はクラピカを上回っているようだ。

 

「……すまないアイシャ。もう大丈夫だ」

 

 アイシャはその言葉からクラピカが冷静さを取り戻したことを理解しその身体から手を離す。

 

「それで、他に質問は?」

「ない。……もうすぐハンター協会の者が貴様らを連行するためにやって来る。法に裁かれた貴様らは日の光も浴びられぬ深い檻の奥深くに捕らえられるだろう。そこに自由はなく、日常の全てにおいて屈辱がついて回る。抵抗も出来ぬままに己の無力さを噛み締めて生き続けろ外道ども」

 

「楽しみにしていよう」

 

 あくまでも余裕の態度を崩さずに何事もないように言葉を返すクロロ。

 その言葉の意味は虜囚の身を楽しむ、というものではない。そこから抜け出し復讐を遂げる日を楽しみにするという意味が籠められていた。

 クラピカはそれを理解し、無言で踵を返し部屋から退出した。

 

「……それで、お嬢ちゃんはどうして残っているのかしら? まだ用があるの?」

 

 そう。先ほど退出したのはクラピカだけだ。同時に入室したアイシャはまだこの部屋に残っていた。アイシャはパクノダの問いかけに対して肯定を示すように頷く。

 

「まあ、大した用事でもないのですが……」

「だったらとっとと出て行きやがれ! オレはお前の顔を見ているとぶち殺したくなるんだよ!」

「そうですか? それなら仕方ないですね。これでお暇させてもらいます。シャルナークさんの関節を元に戻そうと思っていたのですが……」

「待って! 行かないで! 早く元に戻して! ずっと我慢してたけどそろそろ限界なんだ! フィンクスも余計なこと言うんじゃない! 本当に帰ったらどうしてくれるんだ!」

「……ほほう。お前、漏れそうなんだな?」

 

 その必死の懇願とその内容からシャルナークの現状を察したウボォーギン。いや、この場にいる者全てが理解した。

 そして何人かの旅団員が意地悪そうにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「早く出てくね。オマエ見てると思わず念つかてしまいそうよ」

「そういうことだ。刀へし折られた恨みを晴らしたくなるぜ」

「足の痛みを倍にして返すぞこら?」

「あー、殴りてー。とにかく殴りてー。具体的には黒髪長髪の女を殴りてー。だから早く出ていくことをお勧めするぜ?」

「お、お前ら!」

 

 まさかの裏切りである。いや、ただの仲間弄りなのだろうが、やられるシャルナークにはたまったものではない。事は尊厳に関わっているのだ。

 

「そ、そんな……分かりました。そこまで、言われるなら……すぐに……うぅっ、出ていきます……」

 

 まさかの裏切りである。いや、仲間というわけではないのだから裏切りではないのだが。そもそもあの程度の言葉で傷つくような女が己たちを打倒出来るわけがない。完全にノリなのは明白だ。

 

「いや待ってよ! どうしてそんな傷ついた風になってるんだよ!? 明らかに悪ふざけって分かってるだろ! なんでノリを合わせてくるんだよ!?」

「今回は貴様らの勝ちだ。だがいずれオレ達を生かしておいたことを後悔する時が来るだろう。その時を恐怖とともに待っていろ」

「お前もか団長! この流れでそんな締め方を切り出すなよっ!」

 

 もはやシャルナークに味方はいないようだ。哀れシャルナーク。可哀想な目で女性陣が見ているが、助け船を出さなければ同じ穴の狢である。

 

「楽しみにしていよう」

「それさっきの団長の真似だよね! 無駄に似てる……って本当に出て行かないでくれーっ!!」

 

 その日、シャルナークの魂の篭った叫びがホテル内外に響き渡った。

 なお、余りに可哀想になったのでこの後すぐに関節は元に戻してもらっている。幸いにしてシャルナークは自決したくなる程の恥辱を味わわずにすんだようであった。

 

 ちなみに、この時シャルナークが粗相をしてしまえば、その原因を担った幻影旅団はシャルナークの心を傷つけたことになるのだが……。それで鎖が発動していたかは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 ある男の魂の叫びが轟いてから数分後。同ホテル内のある一室にて5人の男女がそれぞれ片手に飲み物を持って祝杯を上げていた。

 

「かんぱーい!」

「お疲れ様! いやぁ、一事はどうなるかと思ったけど全員無事で何よりだぜ」

 

 祝杯の音頭とともにビールを勢いよく煽ったのはレオリオだ。

 彼はまだ未成年ではあるが、彼のいた国では既に飲酒可能の年齢に達していたので未成年の集うこの場に置いて1人だけ酒を飲んでいた。

 それに今回はレオリオの言う通り一事が万事の厄介事を潜り抜けて誰1人欠けずにこの場に集えたのだ。祝杯として酒の1つも飲みたくなる心情も分かるだろう。現に誰1人飲酒について文句を言い出す者もいなかった。

 

「ほんとだよ。何処かで何かがズレてたら誰かがお陀仏だったかもな」

 

 キルアも死線を切り抜けたことでようやく肩の荷を下ろしたかのように寛いでいた。格上相手に決して挑むなとの教えを徹底的に叩き込まれていたキルアにとって、例え兄の呪縛を解いたとしても今回の出来事は神経をすり減らす作業ばかりであったのだ。敵を無力化し周りが友に囲まれた現状は唯一キルアにとって安心出来るひと時なのだ。

 

「あとはハンター協会の人に幻影旅団を引き渡すだけだね。いつ頃来るのかな? そういえば誰が来るんだっけ?」

「ん? いや、私も知らないな。連絡はアイシャがしてくれたのだが」

 

 ゴンの疑問に疑問を持って返しながらアイシャを見るクラピカ。他の3人も揃ってアイシャを見つめながら答えを待っていた。そして爆弾級の答えをアイシャはその口から吐き出した。

 

「ネテロです」

「…………は?」

「ですから、ハンター協会会長アイザック=ネテロを呼びました」

 

 あまりにあまりな答えにアイシャ以外の誰もが口を開けて呆けている。

 それもそうだろう。如何に幻影旅団の連行という重大極まりない一件だからといって、ハンター協会のトップが出張って来るとは誰も思うわけがなかった。

 

「あ、アホかお前は! そんなことでハンター協会の会長を呼び出すんじゃねー!」

「いや、そもそもどうしたら呼び出せるんだよ。アイシャとネテロ会長にどんな繋がりがあるんだおい?」

「うわ~、会長呼ぶなんてアイシャ凄いねー」

「凄いとかそんなレベルではないぞもはや……」

 

 誰もがアイシャの暴挙とも言うべき行動に驚愕している中、アイシャもそれに押されながらも精一杯の言い訳をする。

 

「いや、だって幻影旅団ですよ? いくらクラピカの念で行動を縛っているとはいえ何をしでかすか分からないじゃないですか。それに幻影旅団は大量の人間に恨まれています。特にこのヨークシンでは今も大勢のマフィアが血眼になって探しているでしょう。

もし幻影旅団を連行中にマフィアが襲ってきたら、旅団はいいとしても下手なハンターではハンターもろとも殺されてしまうかもしれません。

 ですがネテロならその心配もない! 襲ってきたマフィアや殺し屋なんか鎧袖一触ですよ! あと、一応ネテロには変装するように言ってあるので正体がバレる可能性も少ないです!」

 

 胸を張って自身の行動の正当化を説明するアイシャ。聞けば確かに、と納得出来る説明ではあるが、やはりそういう問題ではないだろう。

 どうやってネテロを呼ぶことが出来たのか? どちらかと言えばそちらの方がゴン達には疑問だった。

 

「ネテロ会長を呼んだ理由は分かったよ。でもどうやって会長とコンタクトを取れたんだ? そんなに暇なのかハンター協会の会長はよ?」

「いえ、まあ、ネテロのケータイ番号は知っていますし。私もネテロ本人を呼ぶつもりはなかったのですが、今回の一件で相談したところ意気揚々と本人が出張ると言っていましたよ」

 

 確実に一介の長の成す行動ではない。だがまあネテロだから仕方ないだろうとアイシャは納得していた。物事を楽しむのはネテロの長所でもあり短所でもあるのだからと。

 

「ダメだ。何処から突っ込んでいいのか分からねー。もういいや、今日は疲れたから考えるのをやめよう」

「それがいいと思うよ。もうアイシャの何に驚けばいいのかわからないや」

「お前らのその達観がこえーよ」

「レオリオも直に分かる時が来るさ」

 

 だがそれで納得できるのはネテロとの付き合いが長いアイシャくらいのものだ。

 ハンター協会会長と直接連絡が取れ、かつ親しげな対応を見せるアイシャ。会長にあるまじき行動を取るネテロ。もうどれに驚いていいのか分からない皆は思考を放棄した。

 

 それについてこれないのはアイシャと接した時間が短いレオリオのみであった。残念なことにゴン達3人は既にアイシャに関して驚いては身が保たないと理解していたのだ。

 

「分かりたくねーなおい。……そういやアイシャ。お前の親父さんはどうなんだ? 治療したからには経過が気になるんだけどよ」

 

 レオリオは得体の知れない恐怖から逃げるために話題を変える。と言っても話題の内容は本心であるのだが。治療した患者の容態が悪化などしたら己の治療に不備があった可能性もあるのだから。

 

「はい。その節は本当にお世話になりました。エル病院に電話で確認したところ、経過は問題ないようです。皆さんもドミニクさんを守る為に協力してくれてありがとうございました」

 

 以前にも礼はしたが、幻影旅団との戦いがひと段落した為に改めて父を救うために尽力してくれた友に礼を述べる。治療を施してくれたレオリオは勿論、その治療がスムーズに行えるよう周りを警戒してくれたゴン達もアイシャにとっては変わらず恩人であった。

 

「へへ、いいってことよ」

「お父さん無事で良かったね」

「ま、貸しにしといてやるよ」

「気にする必要はないさ。アイシャから受けた恩に比べれば大したことはしていない」

 

 皆の気のいい言葉にアイシャも思わず破顔する。まあ、1人程素直じゃない者もいるが、それも愛嬌というものだろうと思っていた。

 

「むしろ私の方がアイシャに礼を言わなければならないくらいだ。幻影旅団を全員捕らえられたのはアイシャのおかげだ。私を強くしてくれ、そして大半の幻影旅団を無力化してくれた。アイシャがいなければ私の宿願は叶わなかっただろう。ありがとうアイシャ」

「いえ。私も幻影旅団は許せませんでしたから。全てがクラピカの為にやったわけではないのですから礼を言われるほどでもありませんよ」

「しっかしアイシャ滅茶苦茶強いな。幻影旅団が雑魚扱いじゃねーか。あんだけの数と戦って無傷ですんでるしな。……っと、髪がちょっと無事じゃなかったか」

「うむ、髪は女性の命と聞く。残念なことだが、これは切り揃えた方がいいだろうな」

 

 そうして皆がアイシャの髪に注目する。アイシャの腰まで届いていた黒髪はノブナガの抜刀術を防いだ代償として半分ほどの髪が背中の中心くらいまで切られていた。残り半分は以前と同じく腰まであるので、かなりアンバランスな状態となっている。

 

「まあ、仕方ないですね。丁度ハサミもありますし、バサっと切ってもらってもいいですか?」

「じゃあオレが切るよ」

 

 そうしてゴンがハサミを使ってアイシャの髪の長さを均等に揃えて切る。切り落とされた髪は用意してあった新聞紙の上に落ち、そのまま丸められた。

 

「あとはこれを焼却処分するだけですね」

「捨てるのは分かるけど、焼却までするの?」

 

 ゴンの当然の疑問にアイシャも首肯し、短くなった髪をゴム紐で束ねながら理由を話す。

 

「ええ、対象の身体の一部を利用した念能力というのも存在します。髪の毛などを完全に第三者に入手されないようにするのは難しいですが、それでも入手しにくいようにすることは必要でしょう」

 

 アイシャにとってそういう能力は【ボス属性】のおかげで無効化出来るのだが、だからと言って無防備でいられる程呑気でもない。

 

「となると、あの時切られた髪を回収しなくても良かったのか?」

「あれは仕方ないですよ。風で飛ばされてしまいましたからね」

「アイシャがいいって言うならいいけどよ。……それにしても聞きたいんだが。どうやったらあそこまで強くなれるんだよ?」

 

 レオリオにしてもハンゾーと共に厳しい修行をして強くなった実感はあるのだが、それでも雲の上と言える実力を見せたアイシャの強さの秘密が気になるところだった。

 

「1に修行、2に修行、3・4に実戦、5に修行ですね」

 

 返ってきた答えはこうだったが。秘密も何もなかった。

 

「アイシャの3大欲求は食欲・睡眠欲・修行欲だな」

「異論はない」

「酷くないですか?」

 

 キルアの一言に誰もが異を唱えなかった。アイシャとしては憤慨であるが、周りからすればそう取られても仕方ないものだろう。むしろ憤慨する方がおかしい。

 

「クラピカはこれからどうするの? 仇討ちは終わったんでしょ?」

 

 ゴンが前々から思っていた疑問を口に出す。復讐を終えた後のクラピカが心配だったのだろう。

 

「ああ、そうだな。やはり同胞の眼を探す為に動きたいのだが……。その前にやらなければならないことがあるからな」

「やらなきゃいけないこと?」

「ああ。今回の一件が落着したのは先程も言った通りアイシャの力によるものが大きい。正直私1人ではどうすることも出来なかっただろう。そして奴らは捕らえたはいいものの、いつまた逃げ延び力を付けて再び現れるか分からない。

 その時は私は己自身の力で奴らを退けたい。アイシャの力に頼ってばかりでは、復讐を果たしたとは言い難くてな。奴らが脱獄でもしようものならその時は私1人で叩きのめしてやるさ」

 

 そう、不敵に笑いながらクラピカは締めくくる。その答えにゴンは笑顔になりながらクラピカに語りかける。

 

「じゃあ、これからも――」

「ああ、アイシャの下で鍛えていくつもりだ。アイシャに頼らずと言っていながら、アイシャに修行を付けてもらうのもなんだがな」

「そんなことないよ! 一緒に強くなろうねクラピカ!」

「ええ。歓迎しますよクラピカ。アナタなら2年もみっちり修行すれば旅団の誰と当たっても負けない程に強くなるでしょう。複数で掛かって来ようとも対処出来るくらいに強くしてみせますよ!」

「よ、よろしく頼む。……死なない程度に頼むぞ?」

 

 これまでの地獄の修行を思い返し、思わず早まったかと早くも後悔してしまうクラピカ。これって拷問じゃないの? と誰もが疑問に思う程の修行を思い返せば後悔の1つもするだろう。

 クラピカは旅団に殺されるよりも修行で死ぬ可能性が高いのではと本気で悩んでいた。

 

「アイシャ、オレも修行を頼む」

「……キルア?」

 

 今までにない程の真剣な表情で頼み込むキルアに違和感を感じるアイシャ。いや、前にも見たことがある。前というほど過去でもない、昨夜のことだった。

 

「昨夜も言っていましたね。修行を厳しくしてほしいと。強くなりたいのは分かりますが、急にどうしたというのですか?」

 

 今までもキルアはアイシャやクラピカに追いつこうと修行には意欲的だった。以前にもクラピカより修行を厳しくしてくれと言っていた程だ。だが実際に修行を施されるとそう言った言葉もなくなっていた。

 修行自体は決して嫌がらないのだが、その厳しさに文句や愚痴は何度もこぼしていたのだ。それがこうも変わるとアイシャも疑問に思ってしまう。一体どういう心境の変化だと。

 

「……そうだな。後で話すって言ってたし、今話すか」

 

 そうしてキルアは強くなりたい、強くならねばならない理由を説明しだした。

 

 実家の奥深くに囚われたままの妹がいると。

 ゾルディック家をしてあまりにも危険で制御出来ない能力を持っていると判断され、幽閉された妹。キルアとも仲睦まじく、幼い頃はずっと一緒に遊んでいた最愛の家族。

 

 だが、いつからか。キルアの頭に埋め込まれた呪縛のせいか。キルアから妹の、アルカに関する記憶がなくなっていた。

 いや、なくなっていたのではない。意識出来なくなっていたのだ。キルアはやはりイルミの呪縛のせいだろうと確信していた。

 

「アイツを、アルカを自由にしてやりたい。だけど今のオレじゃどうしようも出来ない。助け出す力も、守り通す力もない。だからオレは誰よりも強くならなくちゃいけない。実家の連中が束になってかかってきても倒せるくらいにな」

「なるほど。そういうことか」

「オレも手伝うよキルア。皆で強くなろう!」

「バッカ。お前オレんちを敵に回すってどういうことか知ってんのかよ」

 

 そう、ゴンの自殺紛いの言葉に苦笑しつつもキルアは何を言ってもゴンが折れないと理解していた。この1番の親友は何があっても自分を助けるだろうと。例えそれが伝説の暗殺一家を敵に回したとしても。

 それを嬉しく思いつつ、キルアはさらに強くなる決意を改める。何が来ようと負けない力を手にすると。妹を、親友を、守りたいものを守れる強さを求めて。

 

「しっかしあのゾルディックが幽閉しなきゃならないなんてどんな妹なんだよ?」

 

 レオリオは伝説とまで謳われるゾルディック家が危険と判断を下す存在を想像する。

 しかし現れたイメージは人間とは思えない容姿の怪物が可愛らしくキルアに『おにーちゃーん』と呼びかけている姿だ。あの化け物の巣窟であるゾルディック家でさえ持て余す危険な能力の持ち主となるとレオリオがそう考えるのも分からなくもない。

 

「普通の可愛い妹だよ」

 

 そう、レオリオの想像するような怪物などではない。普通の、いや、虫も殺せないような無邪気な少女(少年?)だ。

 見た目も可憐な少女で、暗殺一家の一員だがその身体能力は年頃の子どもとさして変わらない。

 

 ただ有している能力が規格外なだけ。

 それは他人の願いを叶えるという、念能力の特性を無視したかのような圧倒的規格外の能力。どんな願いであろうと叶えられるその能力。聞けば誰もがアルカの存在を求めるだろう。それだけでゾルディック家がアルカを幽閉するのも理解出来るだろう。

 

 だがそうではない。それだけの能力がなんの代償もなく成立するわけがなかった。

 そも、願いを叶える条件として、アルカのおねだりを3回連続で叶えるというものがある。そのおねだりは初めは大したことはないのだが、相手の願いを叶えた後は、その願いの大きさに応じたおねだりに変化するのだ。

 

 例えばだが、億万長者にしてくれとアルカに願った者がいた。もちろんその願いは叶えられた。だが億万長者という願いの大きさは相当なものだろう。事実、その後のアルカのおねだりはとても人に叶えられるものではなかった。

 

 3回のおねだりを叶えられなかったらどうなるか。アルカの危険性はここに収束しているといっても過言ではないだろう。

 おねだりを全て拒否してしまった場合、そのおねだりの対象となった人物は死んでしまうのだ。それだけではない。おねだりの対象となった人物の最愛の人物も同時に死んでしまい、さらに願いの大きさによっておねだりの対象となった人物と接した時間が長い順に人が死んでいく。

 

 他にも細かな制約や決まりがあるが、これがゾルディックが把握しているアルカの能力である。下手すればゾルディック家が滅びかねない危険な能力。だが、もし使いこなせればこれほど有用な能力もあるまい。

 制御不能の願望機。それがアルカに対するゾルディックの印象であった。

 

 だがキルアはそうではない。キルアはゾルディック家の誰よりもアルカを理解している。その能力も、ゾルディック家が知らない、知られてはならない事細かな内容を知りきっている。

 そんなキルアからすればアルカの能力は誰よりも優しい能力なのだ。悪いのはアルカの能力を利用する者だ。

 だからこそキルアはアルカを自由にしてやりたい。自由になって、世界を見せてやりたい。アルカの中にいるもう1人の妹と一緒に。

 

「普通の、可愛い妹なんだ」

 

 キルアはもう一度同じ言葉を繰り返す。そこに込められた感情はアイシャを以てしても読みきれない。後悔、愛しさ、怒り、悲しみ、罪悪感、様々な感情が混ざり合っている。ただアイシャに分かることはキルアが己を責めているだろうことだ。

 

「絶対助け出しましょう。私も協力しますよ。大丈夫です。ゼノさんやシルバさんが来ても倒せるくらいになればいいんですよ」

 

 そんなキルアにアイシャが出来ることは強くなるための手助けをしてやるくらいだ。だから自分を責めるキルアの気が少しでも晴れるように明るく話しかける。キルアもそれに応えいつもの調子で話に乗った。

 

「当たり前だ。アイシャだって倒せるくらいになってやんよ」

「おっと、そう簡単には行きませんよ? 私もまだまだ強くなるつもりですからね」

「……お前、まだ強くなる余地あんのか?」

「それこそ当たり前です。オーラ量だってまだ増えてますよ?」

 

 え? あれ以上増えんの?

 アイシャを除く4人の思考が一致した瞬間である。

 

「武術に至ってはまだ理想に届いていませんしね……」

 

 え? あれで理想じゃないの?

 アイシャを除く4人の以下略。

 

「とくに精神性がまだまだですね。昔の方がもっと……」

 

 え? 今より凄い幼女って何それ怖い。

 アイシャを除く以下略。

 

「……? どうしたんですか? 皆して口を開けて?」

「もうなんて言えばいいのか分からなくてな……」

 

 ただでさえ底知れぬ実力を見せつけてきたアイシャがまだこれ以上強くなる、というか現状に満足していないことに最早驚愕を通り越して呆れすら浮かんでいた4人であった。

 

「ヒソカはこんなのに喧嘩を売ったのか……自殺行為だろ」

「あ~、無理だな。ヒソカが勝つ姿が想像できねーよ」

「うん。というよりもアイシャが負ける姿が想像出来ない」

「同感だ。アイシャに勝ったというネテロ会長は流石はハンター協会の長と言うべきだろう」

 

 実際にはあの勝負は引き分けのようなものだが、当人達はそれぞれが己の負けを主張していた。その上で次は勝つと互いに修行に精力を入れているのだからタチが悪い。

 アイシャはともかく、ネテロなどとうに全盛期を過ぎているというのにここに来て実力を取り戻し、さらに高めているのだ。念能力者とはいえ人間の限界を超えすぎである。

 

「しかし大丈夫なのか? アイシャの親父さんのことがヒソカにバレたんだろう? アイシャに本気を出さす為に親父さんを狙ったりしないのか?」

「今のところヒソカはこのホテルにいるので大丈夫ですが……。今後はどうか分かりません。私もヒソカが予測できない行動を取る前にドミニクさんの警護に向かうつもりです」

「てか、ヒソカの奴このホテルにいるのかよ」

 

 そう、ヒソカもまたアイシャ達と同じホテルにいた。幻影旅団のアジトを教え案内し、そこからホテルまで同行していたのだ。その後はホテルのレストランで食事を取り、借りた一室にて休息を取っている。アイシャはヒソカが隠れて行動してもすぐに分かるように常にヒソカの気配を察知しているのだ。

 

「今はここより下の階の一室で休んでいますね。あ、少し移動しました。……移動距離と動作からして浴室でシャワーを浴びているようです」

 

「ちょっと色々と待て。……おい、どうしてそこまで分かるんだよ?」

「え? 気配を察知してその動きを追っているだけですよ。そしたら動きから何をしているのか分かるでしょう?」

「いやいやいや」

 

 相変わらずぶっ飛んだ性能を誇る気配探知であった。というかやってることは最早ストーカーとなんら変わりない。段々とレオリオもアイシャに関して驚くのは止めようと達観しだしている最中である。

 

「そう言えばよ、クラピカは分かったけどレオリオはこれからどうすんだ?」

 

 取り敢えず話題を変えようとキルアがレオリオに話を振る。いくら耐性が付いたとはいえ、聞いてて思考が麻痺するのは勘弁願いたいのである。

 

「あ、ああ。オレはオークションが終わったら勉強だな。医者になるにしても国立医大の試験に受からなきゃ話にならねーからな」

「そっか。レオリオとはまた離れ離れになっちゃうんだね」

「仕方ないだろう。レオリオにはレオリオの道があるんだ」

「そうですね。私としてはレオリオさんと修行もしてみたかったのですが、こればかりは無理強いしてやるものでもありませんから」

 

 アイシャとしてはレオリオが修行によって【掌仙術/ホイミ】や【閃華烈光拳/マホイミ】の効果をどこまで高められるかを見てみたかったのだが、クラピカの言う通り人にはそれぞれの道があるのだ。

 

「そうだな。オレもアイシャの地獄の修行って奴に興味はあるけど、オレにもオレの目標があるからな。その内また会えるさ。グリードアイランドってのが終わったらまた連絡してくれよな」

「うん! その時にはレオリオもお医者さんになってるかな?」

「おいおい。お前は何年ゲームをしているんだ?」

「医者になるのに何年かかると思っているんだ」

「いや分かりませんよ? グリードアイランドは世に出て12年もの間クリアされてない幻のゲーム。私たちでも何年、何十年とかかるかもしれませんね」

「ゲームをクリアしたら30代でしたとかな」

「うわ、絶対に1年くらいでクリアしてやる」

 

 キルアの台詞に皆が笑い合う。

 こうして、死闘を潜り抜けた5人はひと時の平和を楽しんでいた。

 次に来る地獄(修行と勉強)に備えて。

 

 ただしアイシャは除く。

 

 

 

 

 

 

 9月4日。その日、ヨークシン一帯では雨が降っていた。

 土砂降りとまではいかないものの、それなりに雨足は強く、外出が億劫になる程度には降っていた。そんな日のことだ。アイシャの元にヒソカから連絡があったのは。

 そう、死闘の連絡が。

 

 

 

 ヨークシンから車で2時間程離れた山岳地帯。そこがヒソカが指定した戦いの場であった。

 何故それだけ離れた位置で戦うのか。何故このような天気の日に戦うのか。罠を思わせるその指定であったが、アイシャはそれに従い指定の場所へと移動した。

 ヒソカが戦う気になっているアイシャに対して今さら罠を張るとは思えなかったのだ。まあ、念を入れてゴン達にドミニクの警護を任せているのだが。

 

 指定された時間よりも30分程早くにアイシャはその場に辿り着く。そこには既にヒソカがそこらに転がっている岩の1つに腰掛けてアイシャを待ち構えていた。

 

「やあ♥ 早かったね♣」

「どうやら待たせてしまったようですね」

 

 呼び出しはアイシャをドミニクから離れさせる為の罠ではなかったようだが、周りの地を見る限りそれ以外の罠を仕掛けられたようだった。

 周辺は岩場だらけでゴツゴツとした大地が広がっている。足場は非常に悪く、平地と違い考えて動かなければ足を踏み外してしまうだろう。そしてそれ以上にアイシャの力を制限する場でもあった。

 

 ――縮地対策か――

 

 そう、アイシャが推測した通り、これはヒソカがアイシャの縮地に対する為の封じ手であった。

 縮地は地面と接している部位のオーラを高速で回転させることで360度自由自在に動ける移動法だ。その有効性は先の旅団戦やネテロとの戦いでも示した通りであり、並はおろか一流どころの使い手でも対処は難しい。

 ヒソカはパクノダの【記憶弾/メモリーボム】によって縮地を僅かだが見ていた。そしてその厄介さをよく理解していた。縮地を100%発揮出来る状況では勝ち目は限りなく薄くなってしまうだろう。

 そう考えたヒソカの縮地への対処がこれ、地の利を活かすことであった。

 

 こうも地面が凸凹していれば如何にオーラの扱いが世に並ぶ者がいないアイシャといえど縮地を用いることは出来ない。

 縮地とは言うなれば足の下にローラーを敷いているようなものなのだ。平らな地面や壁ならともかく、これだけ足場が悪い場所では縮地を使うと明後日の方向へと吹き飛んでしまうだろう。

 ヒソカはあの【記憶弾/メモリーボム】で見たアイシャの動きからその特性を理解し、それに対処する方法を考えついたのだ。戦闘に置ける考察は常人のそれを遥かに凌駕していると言えるだろう。

 

 敵の力を削ぐ状況を作り出し、それを利用して戦う。これを卑怯と罵る人は多くいるだろう。正々堂々と勝負しないのかと。

 だがヒソカは卑怯かどうかはともかく、こういった小細工をしてはならないとは欠片も思わない。戦いに置いて互いに平等な条件などあるわけがない。そんな勝負がしたければスポーツでもしていればいいのだ。いや、スポーツですらそんな条件を満たすことは不可能だろう。出来るとすれば対戦ゲームで同キャラクターを使用した時くらいだ。それもキャラの立ち位置を交代して優劣を決めてようやく公平と言えるだろう。

 

 殺し合いに正々堂々などない。あるのは勝つか負けるか。生きるか死ぬかである。それがヒソカの考えだ。唯一ヒソカの信念とも言えるモノがあるとすれば、それは1対1の状況を楽しみたいというものくらいだろう。

 

 アイシャもヒソカの地の利を生かした戦法を悪いとは思っていない。むしろあれだけの情報で縮地の特性を見抜いたその戦術眼を褒めたいところだ。

 戦いとは互いが持つありとあらゆるスキルを駆使して行うものだ。そこには身体能力や戦闘技術以外に情報や戦術ももちろん加わっている。

 ヒソカは勝つために最大限の努力をしただけであり、それを好む好まないはあれど、ただ卑怯と罵るのは愚か者の言い訳に過ぎない。

 

「ククク♦ そう、待ったんだよ♠ あの日、天空闘技場でキミに出会ってから何度もこの場面を想ったものさ♥ ハンター試験で再会して、いや、キミに投げ飛ばされて気絶した日からその想いは強まるばかりだ♣ ようやく…………キミとヤリあえる♥」

 

 そう、不気味に嗤いながらヒソカはその身に邪悪なオーラを纏わせる。オーラは高まり続け、あのカストロと戦った時よりも数段上のオーラを発するまでに至る。それは幻影旅団最高のオーラ量を誇るウボォーギンと比べても遜色ないレベルにまで達していた。

 

「……流石ですね。それだけのオーラを纏う者と戦うのは久しぶりですよ」

「……キミの戦ってきた相手を教えてほしいものだ♣」

 

 アイシャの台詞に戦闘意欲を高めていたヒソカも一瞬毒気が抜けてしまう。

 ヒソカ自身己が最強であるという強い自負があるが、それでもオーラ量が世界一を誇るとまでは思っていない。だがその反面、世界を見てもそう比肩するものはいないとも思っている。だというのにアイシャの今の口ぶりだ。どれだけの強者と戦ってここまで来たというのか。

 それを凄い、ではなく羨ましいと思うのがヒソカらしくはあったが。

 

「さあ、もういいだろうアイシャ♥ ここなら誰にも遠慮することなく全力を出せる♦ さあ、キミのオーラを見せてくれないか♠」

「なるほど。人気のない場所を選んだのはその為でもあったのですか」

 

 ヒソカの狙いにアイシャも呆気に取られてしまう。

 ヒソカはアイシャのあのオーラに魅せられてしまったのだ。あの時、地下競売を襲った幻影旅団を一蹴した時にアイシャが発していたあの禍々しいオーラ。自分とは違う質の、だが同じくらいに凶悪なオーラに魅せられた。アイシャこそ自分が求めていた相手だと思える程にだ。

 アイシャの前ではクロロですら霞んで見える。ヒソカにとってアイシャは恋焦がれた半身とも言うべき存在だった。このような僻地を選んだ理由は縮地対策もあったが、アイシャの全力のオーラを見たいが為でもあったのだ。

 

「ですがお断りします。……見たければその状況にまで追い込んでみなさい」

 

 だがアイシャはヒソカの願いを軽く無視する。

 別段周囲に誰もいないこの状況なら【天使のヴェール】を解除しても問題はないのだが、だからと言って解除してやる理由もない。そもそもオーラが見えないというのは有利に働くことはあれ不利になることはない。オーラの消耗が10倍になるのが大きな欠点だが、膨大なオーラ量を誇るアイシャに取って一度の戦闘程度では気にすることでもない。

 

「まだ焦らすのかい♣ 仕方ないなぁ、それじゃあ……そろそろ始めようか♥」

 

 それが死闘の合図となった。

 

 

 

 死闘が始まれど戦況は動かず。

 アイシャは自然体で待ちの構えを取り、ヒソカも開始直後から動くことはなかった。

 

「来ないのですか?」

「ずっと待ってたんだ♣ どうせだからキミが向かってくるまで待っているとするよ♦」

 

 戦闘狂のヒソカが待ちに待ったアイシャとの死闘で自分から仕掛けない。それもヒソカの戦術によるものだった。

 天空闘技場、そして今回の旅団戦とアイシャの戦いを観察し、ハンター試験に置いては自ら経験した。そこからアイシャの武術が相手の力や勢いを利用するものだと理解している。

 

 ヒソカは客観的に見てアイシャと自身の能力を数値化した場合大抵の能力が劣っていると判断している。身体能力はヒソカが上だろう。だがオーラ量は圧倒的な差が有り身体能力の差など簡単に覆っている。更には体術に置いてもアイシャに分があるだろう。まともにぶつかれば勝機がないのは明白。

 

 だったらまともにぶつからなければいいだけの話なのだ。

 戦いとはスペックだけで勝てるものではない。ヒソカは自身が最強だと思っていても最高だとは思っていない。自分を超える戦闘力を持つ者などこの世には少ないが確実にいるだろうとは分かっている。だが、戦いとは強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ。

 

 ヒソカは自身の力を最大限に発揮し、奇策を用い、相手の意表を付き、全ての術を駆使して勝つつもりでいた。

 

「そうですか。では……行きますよ」

 

 アイシャのその言葉とともに対峙するだけの時間は終わりを告げた。

 強力な踏み込みにより高速でヒソカに接近するアイシャ。雨で濡れた岩場は滑りやすいが、アイシャの動きには陰りが見えず見る間にヒソカとの距離を縮めていく。

 

 ヒソカには分からなかったがアイシャは常に凝にてヒソカとその周囲を観察している。そこからヒソカが周囲の岩場に【伸縮自在の愛/バンジーガム】を張り巡らせているのを確認していた。隠で巧妙に隠していたが、アイシャの凝を欺くことは出来なかった。

 

 それらに注意をしつつ、アイシャは接近してヒソカに向かって拳を振る――わず、周囲から飛んできたトランプの数々を躱し後方へと跳躍する。

 アイシャの視界の死角を突いてトランプを設置し、そこからヒソカは自身の眼前に向かってゴムの反動で射出したのだ。

 アイシャ自身に【伸縮自在の愛/バンジーガム】が付いていないのでヒソカの目測による狙いだが、アイシャを後退させるには十分だった。

 弾き落とすという選択肢もあったが、アイシャはそれを選ばなかった。ヒソカの【伸縮自在の愛/バンジーガム】はアイシャの【ボス属性】でも無効化出来ない能力だ。対象を捕縛する能力なら無効化するだろうが、【伸縮自在の愛/バンジーガム】はオーラに粘着性と伸縮性を持たせた能力だ。粘着性は物理的な面を持っているので、アイシャの【ボス属性】でも無効化出来ないのだ。

 攻撃が被弾すると例えダメージを負わなくてもその粘着の効果は及んでしまう。すぐに断ち切れるだろうが、その動作で無駄な隙が出来るのを避ける為に【伸縮自在の愛/バンジーガム】による攻撃は回避したのだ。

 

 後方に離れたアイシャが着地する前にヒソカが前進し追撃を仕掛ける。

 飛来したトランプの1つを手に取り喜々とした表情でアイシャに斬りかかる。

 アイシャはその動きを足が地に着く前に手で捌き、ヒソカの右腕を捕らえようとする。だがヒソカはまたもゴムの反動を利用する。自らに付けていたゴムを解放し岩場へと高速で移動、そこからゴムの反動跳躍を繰り返しアイシャの周囲を飛び交う。

 

 ――なるほど。予想以上に厄介な能力――

 

 アイシャの言う通りヒソカの【伸縮自在の愛/バンジーガム】は非常に厄介な能力だ。ゴムの伸縮を利用したトリッキーな動きは初見では見抜きにくく、また粘着は相手の動きを阻害し術者の自由度を大きく広げている。

 直接的で強力な攻撃力を有する能力ではないが、使い方は変幻自在であり、これほど対処しづらい能力もそう多くはないだろう。

 

 アイシャはヒソカを目で追うのを止める。

 四方八方を高速で動き回るヒソカをいちいち目で追っていると死角に周り込まれてしまう可能性もある。なのでアイシャはヒソカの動きを追う振りをしつつ、円を展開しそこからヒソカの動きを予測した。

 半径100mまで広げた円の範囲内でヒソカは岩から岩へと飛び回る。だがその円も【天使のヴェール】によりヒソカには気づかれていない。

 

 ヒソカから見てアイシャが自身が元いた場所に注視した時、アイシャの死角へと飛び移っていたヒソカはアイシャが向いている方向に配置していたトランプのゴムを解除し射出する。そして自身はアイシャの死角から一気にアイシャの元まで跳躍した。

 アイシャはまだヒソカに振り向いておらず、飛んできたトランプの回避に集中しているようだった。その無防備な背後から頚動脈を狙ってオーラを研ぎ澄ませたトランプを振りかざす。

 

 だが、様々な手を使い相手の意識を逸らしたその奇襲は、円を展開しそこからヒソカの動きを追っていたアイシャには奇襲足り得なかった。

 後ろ手にヒソカの腕を捕らえ、自ら回転することでその腕を捻り破壊しようとする。

ヒソカも咄嗟にアイシャと同じ方向に回転を加えようとするが、空中にいて足場がない状態では満足に身体を捻ることも出来ず、捕らえられた右肘の関節は捻れ破壊されていった。

 

 ヒソカの肘を破壊してからもアイシャの攻撃は止まらない。

 ヒソカが着地するよりも早く大地を踏みしめ、人差し指にオーラを集中させそのまま鳩尾を貫こうとする。だがヒソカは己の真骨頂とも言える【伸縮自在の愛/バンジーガム】の伸縮によりアイシャの追撃を喰らう前にその場から離れていった。

 

 ざっと50mは離れた位置に着地したヒソカは肘を破壊され激痛が走っているだろうに、未だ喜々とした不気味な笑顔を浮かべていた。

 

「やっぱりキミは素晴らしいよ♥ 何をしてもキミの虚を突くのは不可能じゃないかって思えてくる♠」

 

「まさか。私とて人間です。生きている限り虚も生まれますよ。それよりも、先ほど肘を破壊した時に私にその能力を付けなくて良かったんですか?」

「冗談♦ キミと真正面から距離を詰めるくらいならこうして離れた方がマシだよ♣」

 

 前述した通りまともな接近戦ではヒソカに分が悪い。あの場でアイシャに【伸縮自在の愛/バンジーガム】を取り付けていたらそれを利用する前に追撃を喰らい致命の一撃を受けていただろう。

 敵に能力を使用できる状況下で冷静に現状を判断し、最も最適な対処を取る。中々出来る判断ではない。アイシャはヒソカの戦闘に置ける分析力と状況判断能力の高さに内心で称賛していた。

 

「振り出しに戻る、でしょうかね?」

「ボクの肘を壊しておいてそれはないんじゃないかな♥」

 

 勝負開始時と同じように距離を取って相対する2人。違うのはヒソカが右肘を破壊されているということ。それは確実にヒソカの戦闘力を削ぐ結果となっているだろう。

 

「では、同じように再開しましょうか」

 

 その言葉とともにアイシャはまたもヒソカに向かって高速で距離を詰める。

 ヒソカはどう対処するのか。また同じように【伸縮自在の愛/バンジーガム】で四方八方を飛び回るのか。それとも別のアクションをするのか。

 アイシャはヒソカの動きを予想しつつ、実際のヒソカの動きとオーラを注視しながら距離を詰め――足を踏み外してしまう。

 

「なっ!?」

 

 足場が悪い岩場の為に踏み込む場所を間違えてしまったのか。

 いやそうではなかった。如何に足場が悪かろうとそれくらいで足を踏み外すようなアイシャではない。

 ならば何があったというのか。それは踏み込んだ足元の地面が破けるという不可思議な現象が起こった為だった。

 いや、地面が破れる等という表現があるわけがない。事実破れたのは地面ではなく、【薄っぺらな嘘/ドッキリテクスチャー】で地面に偽装されていた紙がアイシャの踏み込みで破れたのだった。

 

 ヒソカの【薄っぺらな嘘/ドッキリテクスチャー】はオーラを変化させ紙のように薄っぺらな物に様々な質感を再現するという能力だ。その再現出来る質感の数は軽く千を超えており、その中には当然岩や地面といった質感も存在している。

 この能力を用い、雨に濡れても破れぬ程度に頑丈な紙に岩場を再現。それを岩の窪みにかぶせ【伸縮自在の愛/バンジーガム】で固定していたのだ。

 

 オーラで再現した質感ならば凝で見抜けないか? という疑問もあるだろうがそれは非常に難しい。

 何故ならオーラそのものを別の質感に変化させるのがこの能力だ。見たところで変化した質感の物としか認識出来ないのだ。【薄っぺらな嘘/ドッキリテクスチャー】に使用されているオーラ量は極微量だというのも気付きにくい理由でもある。

 さらにこの雨の中の視界の悪さと周囲に散らばっている【伸縮自在の愛/バンジーガム】のオーラに紛れているというのもあり、アイシャと言えどそれを見抜くのは困難だったのだ。

 

 そしてアイシャが踏み込んだその窪みには大量の【伸縮自在の愛/バンジーガム】が設置されていた。岩に化けた紙によって遮られていた【伸縮自在の愛/バンジーガム】にも気付くことは出来ず、敢え無くアイシャはその【伸縮自在の愛/バンジーガム】の沼に左足を飲み込まれてしまう。

 

 ヒソカは罠にかかった獲物を逃がすまいと即座にアイシャの嵌った【伸縮自在の愛/バンジーガム】の沼に向けてトランプを投げつける。そのトランプにも【伸縮自在の愛/バンジーガム】が付けられており、トランプが【伸縮自在の愛/バンジーガム】の沼に癒着した瞬間オーラを籠めゴムの粘着を強化する。

 ヒソカは変化系の為、放出系はさほど得意とはしていない。なので身体から離れた【伸縮自在の愛/バンジーガム】の強度は著しく下がってしまう。それを防ぐためにオーラと身体を繋げたのだ。

 

 脱出しようとするアイシャに向かってそうはさせまいと更なる追撃が迫る。何十、いや何百ものトランプがアイシャに向かって飛んできたのだ。いやトランプだけではない。幾つもの大岩までもが飛んできていた。

 前もって準備をしていないと有り得ない程のこの弾幕。初めからこの場に追い込むことを目的としていたのだとアイシャは完全に理解する。あれだけ飛び回っていたのも、アイシャの攻撃を受け今の場所に避難したのも、アイシャをここに誘導する為だったのだ。

 

 アイシャは自分に当たるトランプと岩のみを叩き落とし、それと同時に左足のオーラを高速で回転させることで自らを捕らえている【伸縮自在の愛/バンジーガム】を捩じ切ろうとする。

 だがそうする前に、獲物が罠から逃げる前にヒソカがアイシャの死角、真後ろから攻撃を繰り出していた。ヒソカは飛ばした大岩の1つに捕まりアイシャの裏側へ回り込んでいたのだ。

 そしてアイシャがトランプや大岩、そして【伸縮自在の愛/バンジーガム】に対処している隙に渾身の一撃を繰り出し――だが、その拳もアイシャによって取り押さえられてしまった。

 

 どれほど虚を突こうともアイシャに隙は生まれなかった。

 アイシャは無数に飛来する障害物に紛れて自身の後方へ移動したヒソカを見逃さなかったのだ。この状況でヒソカが死角を取ったならば攻撃してこないわけがない。そうと分かっているアイシャがそれをまともに受けるわけもなかった。

 

 後はこの拳を掴んだままヒソカの攻撃の威力を利用して柔を繰り出すのみ。

 そこには始めの攻防と然して変わらぬ結果が待っているだろう。それはアイシャはおろか、ヒソカですらそう思っていることだった。

 

 そこに狂った道化師の奇術がなければ、だったが。

 

 

 

 アイシャは捕らえた拳から合気を仕掛けた瞬間に違和感を感じた。

 

 ――手応えが、ない?――

 

 拳を掴んでいるのは確かだ。だというのに柔が決まった手応えがなかった。

 まるで拳だけを掴んでいるような――

 

 まさかと思い咄嗟に振り向いたアイシャが見たのは、手首から先のない腕に全力のオーラを籠めてアイシャに向かって腕を振り下ろしているヒソカと、その左手のみを握りしめている自身の腕だった。

 

 ――拳を切り捨てただと!――

 

 絶句。アイシャの心境はその一言に尽きた。

 アイシャの経験上身体の一部を切り離して攻撃してくる能力者は確かにいた。だがそれはそういう能力を用いてのことだ。能力故に切り離した身体はその能力を解除したら元の形に戻る。

 

 だがヒソカはそうではない。ヒソカは左手を捨て札としアイシャの柔をやり過ごす為にあらかじめ切断したおいたのだ。

 切断した手首は【伸縮自在の愛/バンジーガム】で傷口を塞ぎ出血を止め、そしてその上からまた手首を【伸縮自在の愛/バンジーガム】で固定する。切断した痕は見ても分からないように【薄っぺらな嘘/ドッキリテクスチャー】で肌の質感を再現していた。

 これにて外面上は傷1つない元通りの腕が出来上がりだ。だがもちろん実際に手首が元に戻ることなどない。

 

 全てはアイシャの虚を突くために。全ては勝利の為に。

 その飽くなき勝利への渇望にアイシャも驚愕し、ヒソカの狙い通りほんの僅か、だが確かな隙を作ってしまった。

 

 ヒソカの全力の一撃が、アイシャの顔に突き刺さった。

 

 

 

 ――手応えあり、かな♥――

 

 全てを籠めた全力の硬による一撃だ。如何にアイシャと言えどもこれだけまともに喰らえばダメージを負わない訳が無いとヒソカも確信する。

 周囲の空間には血飛沫が舞うが、それが己の血なのかアイシャの血なのかはヒソカにも分からなかった。

 

 分かっているのはここを逃せば勝機を失うだろうということだった。

 ヒソカは大きく吹き飛んで行くアイシャを【伸縮自在の愛/バンジーガム】で引き寄せる。この一撃で終わるとはヒソカも思っていない。反撃の暇を与えずこのまま追撃をし一気に止めを刺す。

 

 アイシャをゴムの伸縮で無理矢理こちらに引き寄せ、そしてヒソカは見た。

 アイシャの眼を。渾身の一撃を受けてなお揺るがぬ意志を宿すアイシャのその瞳を。

 ぞくり、ぞくりとヒソカの背筋に心地よい何かが走る。

 

 その時、ヒソカは確かに聞いた。口を動かさず、声を発していないはずのアイシャの言葉を。

 

 ――【天使のヴェール】解除――

 

 瞬間、アイシャの身体から膨大で凶悪なオーラが溢れ出た。

 そのオーラの質と量については事前に知っていたので喜びはすれど驚くことはなかった。だが、次の光景を見たヒソカは先程までとは逆に虚を突かれることとなった。

 

 宙に浮いていることで抵抗することも出来ず、ヒソカに向かって引き寄せられるだけのはずのアイシャが、その身から膨大なオーラを噴出しながら突如として加速したのだ。

 速度の急激な変化により目測を見誤ったヒソカは、アイシャの攻撃を成すすべもなくまともに受けることとなった。

 ヒソカの腹部を貫くように拳を振り抜いたアイシャは、血反吐を吐き出すヒソカに更なる追撃を加える。大地に降りず、空中を自在に動きながら攻撃するという三次元的な攻撃によりヒソカの全身を叩き伏せる。

 

 顎を蹴り上げ、鎖骨に踵を落とし、背を肘で抉り抜き、頭上に膝を落とす。

 その連撃は何かの舞を思わせるかのように優雅で、そして熾烈だった。

 ヒソカは全力の堅で防御し、そのオーラを全て【伸縮自在の愛/バンジーガム】に変化させ衝撃を緩和させるも、確実にダメージを負っていく。凝による防御が出来ればまだいいのだが、高速で宙を移動し三次元殺法を披露するアイシャの動きにオーラの攻防移動が間に合わないのだ。

 攻撃する度にアイシャの身体に【伸縮自在の愛/バンジーガム】が付着していたが、その全てはオーラを高速で回転させることで瞬時にねじ切っていた。

 

 攻撃の合間に反撃をするも全てはアイシャの身に届くことなく空を切ることとなる。このままでは一方的にやられてしまうだけだと判断したヒソカは【伸縮自在の愛/バンジーガム】を解除しゴムの反動でこの場から離れようとする。

 だが、それはアイシャに完全に読まれていた行動だった。

 

 ヒソカが【伸縮自在の愛/バンジーガム】を解除した瞬間、アイシャは打撃から合気へと攻撃方法を瞬時に切り変える。ゴムの反動で吹き飛ぼうとするヒソカをその運動エネルギーを利用し、勢いを更に増して方向だけを変えて投げ飛ばしたのだ。投げた方向は……上空であった。

 

 凄まじい勢いで空中へと飛翔し続けるヒソカ。空中故に周りには【伸縮自在の愛/バンジーガム】を貼り付ける物体などあるわけもなく、空を飛ぶ術もないので為すがままとなるしかなかった。

 そんなヒソカが朦朧とする意識の中で見たものは、ヒソカを遥かに上回る速度で飛翔し自身に向かってくるアイシャの姿だった。

 

 全身に纏う禍々しく膨大なオーラを放出しながら飛翔するアイシャを見て、ヒソカは恍惚の表情を浮かべる。

 

 ――ああ、なんて美しいんだ♥――

 

 それが、この死闘でのヒソカの最後の思考となった。

 

 




 ヒソカが旅団達よりも善戦したのは前もってアイシャの戦闘力をある程度理解していたからです。それと己の能力を最大限活かせるよう戦術を練った結果がこれです。地の利、天の利すら利用したからこそですね。

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