どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第四十二話

 風間流の基本の構えを取るアイシャに対し、先手を取ろうと攻撃を仕掛けたのは旅団でもかなりの武闘派であるフィンクスだ。これから始まる死闘が楽しみなのか、凶悪な笑みを浮かべたままオーラを漲らせてアイシャへと突撃していく。

 もちろん考えなしの行動ではない。その後ろからはフィンクスを援護すべく蜘蛛が行動する。タイミングを合わせてパクノダは拳銃から弾丸を、マチは先端に針を付けた極細のオーラ糸をアイシャに向かって放つ。仲間の援護を信じての突撃だった。

 

 その連携をアイシャは縮地を用いて回避する。足裏に集めたオーラを高速回転させ、円を描くように移動し一瞬でフィンクスの裏を取る。

 シズクの記憶映像で事前に見たことのある動きとはいえ、見るのと体験するのでは訳が違った。フィンクスはその急激な動きについて行けずに無防備な背中を見せてしまう。フィンクスの裏を取ったアイシャは人数を減らすことを優先し、浸透掌にて一撃で仕留めようとする。

 

 だがそれを簡単に許す旅団ではなかった。マチは糸による拘束から敵が逃れたと悟ると前進していたフィンクスを引っ張り戻したのだ。予め糸を付けていたのだろう。アイシャを難敵と理解しているからこその準備だ。

 素早い判断に敵ながら見事と内心で称賛するも、アイシャもすぐに動き別の敵を狙いに行く。

 

 その時、不意に聞こえた音色を怪訝に思いアイシャが咄嗟に飛び退くと、先程までアイシャがいた地面にランスが突き刺さっていた。

 棒の両先端に刃のついたランスを構えて攻撃を仕掛けたのはボノレノフだ。体中の至るところに空いた穴から多様な音を奏で、そのメロディを戦闘力に変える一風変わった能力の持ち主だ。

 だがその実力は旅団の戦闘要員だけに一級品だ。音を奏でるその不思議な動きに惑わされないようアイシャも気を引き締める。

 

 攻撃を躱し続けるアイシャに蜘蛛の怒涛の連撃が迫る。

 糸を張り巡らせアイシャの縮地による移動を制限しようとするマチ。

 銃弾に周をすることでその攻撃力を底上げし、アイシャの動きを牽制するパクノダ。

 腕を回すことで攻撃力を強化し仲間の援護を得て全力で攻撃に集中するフィンクス。

 様々なメロディを奏で、独特な動きと念能力でアイシャを翻弄しようとするボノレノフ。

 懐から出した強力な毒を塗った刃物を左手で持ち、物体をコピーする能力で右手から大量に複製して射出するコルトピ。

 

 まさに息もつかせぬの連続攻撃。一歩間違えれば仲間にすら当たりかねない程のギリギリの攻撃だった。

 だが、その連撃をアイシャは見切り、逸らし、躱し、捌き、受けながし、その全てを無傷で切り抜けていた。

 

「マジかよ。これだけやって無傷だぁ?」

 

 アイシャの神業とも言える技術にさしもの旅団も焦りを見せた。

 1人の敵に対してこれだけの人数で掛かること自体が旅団にとっても覚えのないことだ。だと言うのに、目の前の少女はそれでも無傷のまま変わらぬ姿で佇んでいた。

 

「纏すらしていないのにこれは……」

「落ち着け。恐らく奴は何らかの能力でそのオーラを隠しているのだろう。オーラなしであれだけの攻撃を無傷で切り抜けることなど不可能だ」

 

 動揺する手足に頭からの言葉が行き届く。

 確かにそうだ。オーラを使わずにオーラによる攻撃を防ぎきるのは不可能だ、と。

 攻撃のほとんどは当たりさえしなかったが、幾つかの攻撃は確かにアイシャの身に届いていた。正確にはアイシャが触れていなしていたのだが、それでもオーラによる攻撃が触れたのは間違いない。

 あれだけの念を込めた攻撃が僅かとはいえ触れたというのに、一切のダメージを負わなかった理由。それはクロロの言う通り自分たちでは分からないようにオーラを隠しているのだろう。

 その結論に至った団員たちから動揺はなくなっていた。カラクリがある能力ならば攻略法もあるはずだろうと希望を抱ける。

 

 そうして動揺をなくした蜘蛛を見やりながら、アイシャは攻勢に出ようとはしなかった。動揺している時に仕掛けたなら、クロロがアドバイスを入れる前に1人くらいは仕留められたかもしれない。それでもアイシャが動かなかったのはある理由があった。

 

 それは未だ動かずにいる3人の旅団員が原因だった。

 

 クロロは右手に本を持ったまま戦闘を静観し、ノブナガは半径4m程の円を発動したまま居合と呼ばれる構えを取り続けていた。しかもその瞳はどのような理由があるのか完全に閉じられている。シズクは掃除機を具現化してはいるものの、やはりクロロと同じように静観している。

 凄まじい剣気を溜め込んでいるが瞳を閉じているノブナガ。クロロとシズクに至っては攻撃の気配すら感じられない。それが逆に不気味さを増していた。

 何かを狙っているのは明白。恐らく隙を突いての奇襲攻撃を行おうとしているのだろう。手段についてもある程度の予測は立つが、流石に全てを読むことはアイシャと言えども出来ない。

 

 ――まあ、それだけ分かれば十分か――

 

 敵が何をするのか分からないのは念能力者同士の戦いでは当然のことだ。それが複数に囲まれていれば尚更のこと。何をしようがその全てに対処すればいいだけの話。ある意味極論とも言える結論を出したアイシャであった。

 

 戦闘当初と変わらず風間流の基本とも言える構えを取るアイシャ。それに対して蜘蛛も変わらず包囲網を敷いていた。

 だがこのまま攻撃を続けても先ほどと同じ結果になるのは目に見えている。そう考えたフィンクスは危険を承知でアイシャの動きを封じようとする。

 

 決意を込め、腕を勢いよく回し拳の攻撃力を増大していく。

 20、いや30回転はさせたか。腕の回転を止めた瞬間にその腕の拳のオーラが爆発的に膨れ上がった。アイシャから見ればその右拳で攻撃しますよと大声で叫んでいるようにしか見えない行為だ。だがあれだけのオーラが籠められた拳がまともに直撃すれば流石のアイシャも怪我などという生易しいものではすまないかもしれない。

 そう警戒させるのが目的なのか。仲間の援護でアイシャの動きが止まるのを期待しているのか。どちらなのかはアイシャには分からないが、黙って攻撃を許すつもりは毛頭なかった。

 

「行く――」

 

 行くぜ。そう言葉にしようとしたのだろう。だがそこから先の言葉が声になることはなかった。

 一歩。そう、たった一歩前に出ようと足を動かした瞬間。意識が攻撃の為の移動へと向いた瞬間。その瞬間の隙を突いたアイシャの足刀がフィンクスの右足の甲を踏み抜いていた。

 

「がぁっ!?」

 

 オーラをたっぷりと込めた足刀で踏み抜かれた足は骨ごと砕け、半ば潰れかけてすらいた。アイシャはそのまま足を踏みしめたままフィンクスに密着する。完全に身体の内に入り込まれたフィンクスは莫大なオーラが籠められた拳を振り下ろすことさえ出来なかった。

 密着する勢いをそのままに肘打ちを鳩尾に叩き込む。更に勢いは殺さず、円を描くように靠撃(こうげき)にて追撃。一連の動作の間に踏みにじられていく足からは激痛が走っているだろう。

 骨が砕ける音が辺りに鳴り響き、踏みしめられた右足の甲は半ばからちぎれ、そのまま後方にいたクロロに向かってフィンクスは吹き飛ばされていった。

 

「フィン――!」

 

 意識を完全に失い吹き飛んでいく仲間に思わず眼を向けてしまったパクノダ。仲間を想うその行動は、アイシャを前にして致命の隙を生み出す最悪の行動となった。

 アイシャは吹き飛ぶフィンクスの射線上にいたクロロにではなく、一瞬の隙を作ったパクノダに向かって間合いを詰めたのだ。

 クロロがフィンクスを受け止める素ぶりを見せていたならばそのままクロロを攻撃する予定だったが、クロロは冷静に死闘を見つめ勝つための最善を取ろうとしていた。

 すなわち仲間を受け止めて自らの隙を作るのではなく、仲間を切り捨ててでも敵から眼を背けないという非情だが正しい判断をしたのだ。

 

 だが残りの蜘蛛の全てがそうではなかった。隙を作ってしまったパクノダはアイシャの接近を許してしまう。旅団の生命線であるパクノダを救おうと残りの団員たちが動くが、その全てはアイシャよりも遅かった。

 

 衝撃の全てを内部に叩き込む為に掌底を作り関節をしならせ腹部を叩く。掌底によって内部へと伝わる衝撃はパクノダの内臓をこれでもかと言うほどにシェイクしていく。その衝撃にダメ押しとばかりにオーラが乗せられるのだ。五臓六腑が無事で済むわけがなかった。全身の力を失くしたかのように力なく崩れゆくパクノダに対し、アイシャは念を押して顎にも掌底を叩き込む。

 脳と内臓を揺さぶられたパクノダにもはや戦闘力など微塵も残らず、完全に意識を飛ばし大地へと沈んだ。

 

 まさに瞬殺。いや2人とも死んではいないのだが、この時にはこういう表現でもあっているだろう。2人の旅団を無力化したのに有した時間は1秒にも満たぬ刹那の時。瞬く間に2人の仲間を無力化したアイシャに対して蜘蛛は驚愕どころか最早ある種の尊敬すら感じていた。

 

「ホント、こうまで嫌な予感が当たるなんてね。もしかしたらあたしって予知能力者かもしれないね」

「かもな。次からはお前の勘は絶対に信じることにしよう」

「ぼくも。でも今だけは――」

「ええ。勘なんて力ずくで捩じ伏せるわよ」

 

 だがそれでも蜘蛛の闘志が鈍ることはなかった。むしろ更なる闘志と覚悟を込めてアイシャへと向き直る。その目から、いや全身から立ち上る決意にアイシャも自然と警戒心を強める。

 

 ――ああいう覚悟を決めた眼をした敵は手強いな――

 

 長年の経験から、今の蜘蛛と似たような状況の敵とは幾度となく遣り合っていたアイシャには良く分かった。

 例え圧倒的なまでに実力に差があっても、覚悟を決めた者は時に予想外の力を発揮することがある。これは念能力者の戦いでは稀に見られる現象だ。

 覚悟に比例したかのように前衛を受け持つ3人のオーラがその身から迸る。アイシャはその3人と後方の3人、全ての蜘蛛から注意を逸らさずに自然体にて待ち構える。

 

 

 

 アイシャとの戦闘を考慮に入れてクロロは、団員たちに各々がすべきことをあらかじめ伝えていた。それを疑うことなく従い、ノブナガは仲間が傷つき倒れようとも居合の姿勢から微動だにすることはなく、シズクもまた歯噛みしつつも戦局を見守っていた。

 もちろんマチ達もやるべきことを仰せつかっている。それこそが命を賭してでもアイシャの動きを止めること。ほんの僅かでもいい、刹那の隙を作り出すために死ねと言われたのだ。

 

 そしてそれを全ての団員が承諾した。捨て駒にすると命令されてなおクロロの命令に是と返したのだ。

 自らの命を自らの物と考えず、全員で1つの蜘蛛として完全に割り切っている彼らに、命を賭す躊躇いも恐怖もなかった。

 すべきことは唯1つ。ならばそれを全うするのみ!

 

 攻撃の為に身体中の穴からメロディを奏で始めるボノレノフ。そのボノレノフの動きを合図にマチとコルトピは動き出した。

 全身全霊のオーラを振り絞って突撃、いや、特攻を敢行する。ただの攻撃では返り討ちに遭うのは目に見えている。敵は個の力にて蜘蛛を凌駕せんとする化け物だ。

 故に捨て身。生命力をそのままオーラに変換したかのような爆発力を発揮し、マチとコルトピは今までにない速度でアイシャへと捨て身の特攻を仕掛ける。

 

 その覚悟から来る圧力を感じながら、アイシャは敵の脅威度を一段階上に引き上げる。

 

 この捨て身の特攻を避けるのはアイシャには容易なことだ。オーラの放出を用いて空へと飛翔すればいい。制空権を有するアイシャに対抗出来るのは強力な遠距離攻撃を有する能力者か、同じく空を飛べる能力者くらいだ。

 だが、アイシャはその選択肢を選ばなかった。

 

 何故ならオーラを放出するとそのオーラは【天使のヴェール】によるオーラ隠蔽の効果を受け付けなくなってしまうからだ。

 そうするとどうなるか? アイシャが持つ死者の念による負のオーラがこの場に大量に撒き散らされ、身体や心の弱い者に大なり小なりと影響を与える可能性が高いだろう。

 実際どうなるかは分からないが、アイシャはその可能性を非常に懸念していた。この戦いは身体や心が常人より弱っているだろう病人が多数存在する病院の敷地内で行われているのだ。僅かでも可能性がある限り、アイシャは【天使のヴェール】を解除することもオーラを放出することも選択肢に入れるつもりはなかった。

 

 ちなみに理由はもう1つある。アイシャは気付いていないかもしれない理由だが。

 この覚悟を秘めた攻撃をそのような方法で回避してしてしまうと、負けてしまったと心の何処かで思っているからだった。要するにただの負けず嫌いなだけである。

 

 アイシャは迫り来る敵に対してオーラを高め迎撃の体勢を取る。

 右手を天に、左手を地に向け不動の構えにて敵を迎え撃つ。

 

 コルトピはその手に何の武器も持たず無手にてアイシャに特攻する。己の拙い攻撃力では何をしようとも無意味だと断じ、ならば死してでも敵に組み付いてやろうという魂胆だ。己自身を武器とみなして全てを込めて特攻する。

 

 マチは周りの木々や車に張り巡らせた糸の大元を強く握り締める。この大元の糸を引き絞れば周りの糸は中心に向かって全て収束するようになっていた。糸の中心にいるのは当然敵であるアイシャだ。この糸を引き絞れば糸の結界の中心にいるアイシャは糸に絡め取られて身動きが取れなくなるだろう。

 そして同じ空間にいるマチとコルトピも糸に絡め取られてしまう。それは分かりきった結末。だがそれで命令を実行でき、仲間へと希望を繋げられるならマチもコルトピも本望であった。

 

 ボノレノフは2人の特攻にタイミングを合わせてメロディを奏で終える。曲名は『木星』。そのメロディから使用される能力も同じく【木星/ジュピター】であった。

 その能力は音速で飛来する巨大な念弾だ。それがその名に負けぬ威力で敵を押しつぶすであろう。もちろん仲間も巻き添えにしてしまうだろうが、この一撃を放つ躊躇はボノレノフにはなかった。

 例えボノレノフの立場に他の誰が立っても同じ行動を取っただろう。それが蜘蛛の矜持なのだから。

 

 

 

 だが、命を賭した捨て身の特攻も、己を捨てて仲間へと繋げる献身も、蜘蛛の矜持を乗せた一撃も――アイシャの百年を超える研鑽の前に砕け散ることとなった。

 

 アイシャはオーラを左手に集め、そのオーラを高速で乱回転させる。ネテロとの戦いでも使用した念の応用技『廻』を更に応用した技だ。

 掌で強力な回転を繰り返すオーラは、その威力と密度を上昇させながら迫り来るコルトピに対してその牙を剥いた。

 アイシャがコルトピに対して放ったのは浸透掌でもなんでもないただの掌底。だがその掌底は乱回転によって籠められたオーラ以上の破壊力を有していた。

 

 覚悟は確かにオーラの力を強めるだろう。命を捨てても構わないという強い覚悟を籠めたその特攻は、コルトピの限界を遥かに超えた領域まで昇華していただろう。

 だが覚悟にも、想いの強さにも限界というものはある。どれほどの覚悟を籠めたところで無限大に威力が高まる訳が無い。

 結果としてコルトピの特攻はアイシャに組み付くことはおろか、その身体を僅かも後退させることすら出来ずにその掌底によって吹き飛ばされることとなった。

 

 アイシャはコルトピを吹き飛ばす際、その隣にいるマチを巻き込む角度で掌底を放っていた。直接掌底を受けたわけではないマチもそのあまりの威力と勢いに耐え切れず吹き飛ばされそうになる。そうなる前に何としてもアイシャの動きを止めようと糸を引き絞るが、それも無意味と化すこととなった。

 アイシャは左手で掌底を放った直後、間髪入れず右手で手刀を作りそれを振り下ろす。極限まで薄く研ぎ澄ませた刃状に変化させたオーラを纏い振り下ろされたその手刀は、アイシャに向かって収束しようとする糸の全てを断ち切った。

 

 マチとコルトピが吹き飛ばされると同時に巨大な念弾がアイシャを押しつぶさんと襲いかかる。2人の同時攻撃を対処した隙を突いてのその攻撃だったが、先の攻撃すらアイシャに隙を作るには至っていなかった。

 音速にて襲いかかる巨大な念弾を膨大なオーラを籠めた蹴りで迎え撃つ。弓矢の如く引き絞られた蹴りを受けた【木星/ジュピター】は、やはりアイシャにダメージを与えるには及ばず空中にて崩壊した。

 

 その一連の行動はほぼ全てが同時に行われ、またそれぞれの攻防に瞬時に数多の念の応用技術が用いられていた。

 基本と応用のみを只管に鍛え続けたアイシャのみに許された絶技。武人としてアイシャと同等の領域に立つネテロでさえこれだけの技術を同時に扱うことは出来ないだろう。

 

 それだけの絶技を放ったアイシャの心境は……驚愕と感心だった。

 

 ――これが狙いか!――

 

 ボノレノフの【木星/ジュピター】を蹴撃にて打ち砕いたと同時に、アイシャの身に煌く刃が迫っていた。

 その刃を放ったのはノブナガ。クロロの後方にて居合の構えを維持しながら待機していたノブナガが、何時の間にかアイシャの真横に存在していたのだ。

 

 移動した気配もなく自身の真横に出現したこの現象は、瞬間移動に属する能力によるものだろうとアイシャは見抜いた。放出系を駆使すれば可能な能力で、アイシャの戦闘経験にも同じような能力者と戦った経験は幾度かある。なのであの場から瞬間移動による攻撃をする可能性も考慮に入れていた。

 だからアイシャは蜘蛛の同時攻撃を迎撃している間もクロロ達に対する注意を怠ってはいなかった。だが、それでも予期出来ぬレベルでの能力発動。

 

 それもそのはず、瞬間移動の能力を用いたのはノブナガではなくクロロだったのだ。

 

 相手の意を読んで戦うアイシャはノブナガの強力な敵意を完全に読み取っていた。ノブナガからは能力を発動しようとする気配は微塵もなく、ただひたすらに間合いに入った者を切り殺そうという剣気のみが溢れていた。

 対してクロロからは何の意も感じられなかった。完全に戦闘を静観する傍観者と化していたクロロだったが、アイシャがボノレノフの【木星/ジュピター】に対処しようとした瞬間に能力を発動する。

 今の今まで全くと言っていいほどに何の意も放っていなかったというのに、好機を見つけるやいなやの判断から下されたその働きはアイシャも称賛する程の能力発動速度であった。

 

 クロロの能力が発動したと同時にノブナガはアイシャの真横へと出現していた。だが瞬間移動にて出現したノブナガはその事実に全くと言っていいほど気付いていなかった。

 彼がクロロより受けていた命令はこうだ。『眼を閉じ円を展開して居合の構えを維持しろ。間合いに入った者は誰であろうと確認せずに斬り殺せ』。

 居合の構えを維持し続け只管にオーラを練り上げていたノブナガは、命令に従い円の範囲内に入った異物に対し抜刀術を繰り出す。

 ノブナガに突然の瞬間移動による驚愕などあるわけがない。眼を閉じていた彼は己が移動していることさえ気付いていないのだから。

 

 対してアイシャは蹴りを放って巨大な念弾を砕いている最中。オーラの放出による移動は病院にいる病人を憚って使用は禁じている。右足は天に向かって蹴り上げられ【木星/ジュピター】を砕いているため、残った左足は大地を踏みしめかなりの圧力が掛かっている。故に縮地による移動も使用出来ない。

 もはやここに至って避けるのはアイシャをして不可能であった。

 

 ノブナガが練り上げたオーラを全て籠めた渾身の抜刀術は、アイシャにしても驚愕とも言える速度であった。アイシャの長き経験から見てもこの攻撃速度は類を見ないものだ。唯一の例外がネテロの【百式観音】だが、まあそれは例外過ぎるだろう。

 

 兎角、その速度の秘密はノブナガの念能力にあった。

 ノブナガの能力は蜘蛛にてタイマン限定と言われている。その言葉は能力の制約を聞けば納得するだろう。

 ノブナガの能力を発動する為には円を展開し常に居合の構えを維持しなければならないのだ。つまり敵に向かって移動することが出来ないということである。

 向かってくる敵に対してはその発動条件を満たすことが出来るが、逃走した敵には全くの無意味。いや、敵が複数いれば能力を発動する前に四方を囲まれ攻撃に晒されるだろう。故にタイマン限定とまで言われているその能力だが、その効果は至って単純明快なものだった。

 それは対象が円の範囲に入った瞬間、居合からの抜刀術の速度と斬撃の威力を強化するという単純極まりない能力だ。だが、単純ゆえに強力とも言える。発動すれば避けることはまず不可能、必ず当たる強力無比の一撃。

 その一撃が、旅団の執念を乗せた一撃が今、アイシャの肉体を……切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 時はアイシャと蜘蛛の死闘が始まる前まで遡る。

 燦々と輝く太陽が朝日となってヨークシンを照らす中、4人の人影がヨークシンを疾走していた。

 疾走しているのはゴン、キルア、クラピカ、レオリオの4人。彼らは昨夜の対旅団作戦会議が終了した後、泥のように眠っていた。死闘をくぐり抜けオーラも気力も尽きかけていたのだ。そうなるのも至極当然のことだろう。

 

 そんな彼らが目覚めたのはクラピカの携帯電話が鳴ったためだ。電話の相手はエル病院に先行していたアイシャだった。

 アイシャからもたらされた情報は、起きたてで回りきっていなかった脳を活性化させるには十分過ぎる程のものだった。

 旅団襲撃の報せである。蜘蛛の連中がアイシャの弱点を探るため、動かせる団員全てでエル病院に襲撃を掛けようとしていたのだ。それに慌てない者は4人の中に誰1人としていなかった。直ぐさま仲間をたたき起こし簡潔に情報を伝達し慌ててホテルより駆け出す。

 

「まさかこんな早くから蜘蛛が動くとはよ! 盗賊なら盗賊らしく夜に動きやがれってんだ!」

「同感! もうちょっと休ませろよな!」

 

 レオリオとキルアの文句もまあ仕方のないものだろう。

 別に盗賊が必ずしも夜間でのみ行動すると決まっているわけではないのだが、目立たないように動くのが犯罪者の大半の行動心理だろう。その上、昨夜の疲れが癒えぬままにこの騒動だ。文句の1つも言いたくなるというものだ。

 

「レオリオ大丈夫!? オレの怪我を治したせいで疲れてない?」

「ああ、これくらいへっちゃらだよ!」

 

 特にレオリオはこの中で最も体力とオーラを消耗していた。

 回復に当てる時間が少なかっただけでなく、オーラ量が最も少ないという点と、ゴンの治療の為に朝方から【掌仙術/ホイミ】を使用したためだ。

 ゴンがウボォーギンから受けた傷は完治していなかったのだが、昨夜はオーラが回復しきっていなかったのである程度オーラが回復した明け方に急遽治療となったのだ。

 そのせいもあってレオリオの体調は戦闘に支障が出る程に芳しくないものだった。徐々にではあるがレオリオと他の3人の距離に差が開いていく。地力の差もそうだが、やはりそれ以上にレオリオの消耗は激しかった。

 

「レオリオ!」

「大丈夫だ! それよりも、オレを置いて先に行け!」

 

 息を切らせながらもレオリオは自分よりアイシャを優先しろと仲間に叫ぶ。

 

「分かった!」

「いや待てゴン!」

 

 レオリオの気持ちに応え移動速度を上げようとするゴンに対し、クラピカが制止の言葉を掛ける。

 

「どうしたのクラピカ?」

「レオリオを置いて行く必要はない」

「なに、言ってやがる! 早くしないとアイシャが! お前らだけでも! 先に、行けよ!」

「落ち着け! そう簡単に殺られるアイシャではない! 私たちが束になっても勝てないんだぞアイシャには」

 

 クラピカの言葉にゴンとキルアは落ち着きを取り戻す。確かに、ビスケを含めた4人がかりでも勝てなかったのだ。例え幻影旅団が相手だといえ負けるところなど想像出来なかった。

 

「そうだな。ああ、なんかオレ達が着いた頃には旅団が全員やられてたとかありそうだな」

「あはは。本当にありそうで怖いね」

「だからってよ。助けに行かないわけじゃ、ねーだろうな!」

「そんなわけないだろう。だがなレオリオ。敵はあの幻影旅団だ。今の私たちでは1人を倒すのが精々の強敵。そんな奴らを相手に下手に横槍を入れてしまえばアイシャの足を引っ張ってしまう可能性もあるだろう」

 

 ウボォーギンが旅団の平均戦闘力ではないのだが、戦闘を通じて接した旅団員はウボォーギン1人なのでクラピカ達があれを参考にするのは当然だろう。むしろウボォーギンは個人戦闘力に置いては幻影旅団でもトップクラス、単純な攻防力で言えば比肩するものなど1人もいないのではあるが。

 

「じゃあ、どうしろって、言うんだよ!」

「旅団の隙を突いての奇襲攻撃。これしかあるまい」

「奇襲攻撃?」

「その通りだ。これから私たちは絶にて気配を絶って病院に近づく。旅団に気づかれないようにだ。そして戦況を確認し、隙を見て一斉に攻撃をする」

「なるほどな。アイシャ1人で3人の旅団を圧倒したって言うし、残った旅団もアイシャ相手じゃ苦戦は免れない。そうしてアイシャに気を取られている隙を突いて――」

「後ろからドカーンってわけか」

「そういうことだ。レオリオ、絶は当然出来るんだろうな?」

「へっ! オレが誰と一緒に修行したと思ってやがる。忍者ハンゾーとの修行で鍛えられたオレの絶を見せてやるぜ」

 

 そう言ってレオリオは絶にて気配を完全に消した。それはゴン達から見ても完全な絶であり、目の前にいるのにまるで存在感をなくしていたほどだ。

 

「やるじゃんレオリオ」

「ああ、十分な絶だ。いいか、ここからは常に絶で行動する。目的地に辿り着いたら状況を確認して行動に移る。いいな」

「うん!」

 

 そうして4人は気配を絶ったまま病院へと移動する。

 気配を消す為にその移動速度も遥かに遅くなってしまうが、焦らずアイシャを信じて確実に病院へと近づいていった。

 

 4人が病院の裏手を一望出来る場所まで辿り着いた時には既にそこは戦場と化していた。アイシャは件のオーラ隠蔽を使用しているらしくその身からオーラは感じないが、周りにいる旅団が発するオーラはそれだけで空間を歪ませる程に感じられていた。

 離れた位置にいる4人もその圧力に気圧されるが、これほどまでにプレッシャーが充満し戦闘に集中しているこの状況ではこちらの発見も困難だろうと判断する。

 

「(いいか、このまま私たちは気配を消したままバラけて敵に接近する。ある程度近づいたらそこで待機だ。絶対に敵に悟られる位置まで近づくなよ。そして隙を見て私が鎖による奇襲攻撃を仕掛ける。それを合図に全員が同時に奇襲を敢行する)」

「(了解)」

「(レオリオはキルアと一緒に行動してくれ。キルアが電撃を放ったらその敵が麻痺している間に敵に追撃して無力化するんだ)」

「(ああ、任せとけ)」

「(ゴンは全力で敵を攻撃すればいい。もし失敗しても私たちがフォローするから大丈夫だ)」

「(分かったよ)」

「(良し。では行動開始だ)」

 

 クラピカの言葉を合図にそれぞれが素早くかつ慎重に行動を開始する。

 絶にて巧妙に絶たれた4人の気配は、戦場でアイシャとの戦いに集中する旅団には気付かれることなく、4人とも物陰に隠れて一定の距離まで近づくことが出来た。後は完璧なタイミングを待つのみである。……アイシャがそのタイミングが訪れるまで耐えられると信じて。

 

 

 

 

 

 

 ノブナガの剣閃はアイシャの肉体の一部を確実に切り裂いた。

 切り落とされたその一部は大地へと落ち、その無残な姿を顕にした。

 

「ばか……な」

 

 それは誰の呟きだったのか。

 クロロか。ボノレノフか。シズクか。それとも剣撃を放ったノブナガ本人か。はたまたその全てか。

 分かっていることは唯1つ。驚愕の言葉を発したのが幻影旅団の誰かだということだ。

 

 そう、幻影旅団が驚愕した理由は唯1つ。

 仲間の犠牲と策を弄してまで放った完璧なタイミングの一撃を受けたアイシャが、一切の傷を負わずにその一撃を防いだからだった。

 

 あの回避不能の一撃をどうやって防いだのか?

 それは大地に散らばる黒髪と、ノブナガの刀に絡みついているアイシャの髪が答えだった。そう、アイシャはノブナガの神速の抜刀術を髪の毛で防いだのだ。

 

 たかが髪の毛と侮るなかれ、意外にその硬度は高い。モース硬度で言うところの3に値する硬さだ。これは同じ太さの銅線と同等の硬さである。

 そんな髪の毛だがハサミなどの刃物で簡単に切ることが出来る。それは銅線と同等と言ってもやはり髪の毛は髪の毛、その太さは知っての通りだ。だが数十、数百程度ならまだしも、数千数万もの本数を束ねた髪の毛を簡単に切ることは出来ないだろう。

 

 しかもアイシャはその髪の毛の硬度をオーラを用いて銅線はおろか金剛石を上回る程に強化したのだ。

 その強化した髪の毛を振りかざし己の身体とノブナガの刀の間に移動させる。それでもなおノブナガの抜刀術はアイシャの髪を切り裂いていった。だが強化された髪の毛を半分ほど切り裂いたところでその勢いも弱まってしまう。そこでオーラにより髪の毛を操作し、高速で捻ることでノブナガの刀を巻き上げたのだ。

 

 これにて蜘蛛の全てを賭した奇襲はものの見事に散ることとなる。

 クロロの策ではこの一撃で倒せなかったとしても、若干の手傷を与えている計算だった。僅かでも傷が出来ればそこから出血があるだろう。その傷口から流れ出る血液をシズクが【デメちゃん】にて吸い取り出血多量を引き起こす算段だったのだが、傷がなければどうしようもない。

 

「今のは素晴らしい一撃でしたよ。類希なる才能と努力の果てにある居合抜きの極致。堪能させてもらいました」

「……厭味かよ、傷1つ付いてないくせによ」

「本心ですよ。おかげで母譲りの自慢の髪が台無しです」

 

 これだけは大切にしていたのですが、と髪が半ばから切られたのを悲しげな表情で気にする素ぶりを見せるアイシャ。こうしているとそこらにいる少女と然して変わりはないだろう。

 

「あなたも素晴らしかったですよ。能力を発動する気配を出してからの発動速度は目を見張るモノがありました。他の皆さんもそうお目にかかれない程の実力者です。それだけに残念です。あなた方がもっと人の為になる力の使い方を出来れば……」

 

 そうひとしきり蜘蛛の実力を褒め称える。その言葉に嘘偽りはない。もちろん力の使い方を誤ったという弁もだ。

 

「生憎と人に言われて生き方を変えるほど器用じゃないんだ」

「そうですか。では強制的に変えてもらいましょうか」

 

 そう言いながら髪から刀を抜き取りノブナガへと返す……訳もなく、そのまま根元からへし折って地面へと放り投げた。

 

「テメェ! オレの刀を!」

「武器破壊は戦闘の基本でしょう?」

 

 愛刀をへし折られ怒るノブナガにアイシャは冷たく言い放つ。試合や正式な決闘であるならまだしも、ルールのない路上の戦闘で、しかも敵が犯罪者となればアイシャも容赦をするつもりはなかった。

 

「クソがっ! ……団長逃げろ。ここはオレが時間を稼ぐ!」

「うん。役には立てなかったけど、団長が逃げる時間くらいは作れるよ」

「ああ、団長さえ生き残れば蜘蛛の勝ちだ」

 

 

 残った団員たちがクロロを逃がすためにアイシャの前に立ちはだかる。

 刀を失ったノブナガも、片腕を負傷したままのシズクも、無傷ではあるがオーラの大半を消耗したボノレノフも、クロロさえ生き延びれば蜘蛛の再起は可能だと考え命を懸けて時間を稼ぐ所存であった。

 

「いや、オレが足止めをする。お前たちはそれぞれバラけて撤退しろ」

 

 だがクロロはそんな団員の行動を止め、自らに足止めの役目を課した。

 

「何言ってやがる! 頭が死んでどうしようってんだ!」

「ノブナガ、見極めを誤るな」

 

 クロロはその一言に言うべきことの全てを集約させた。

 それはかつて旅団を結成してまだ日が浅かった頃にクロロが当時のメンバーに伝えた言葉。頭たるクロロが死んでも他の誰かが後を継げばそれで蜘蛛は再生する。生かすべきは個人ではなく蜘蛛だと。

 

 クロロが撤退の時間を稼ぎ、その間に全員がバラければ誰か1人は逃走に成功するだろう。そうすればアジトに残る団員――と言っても2人しかおらず、1人は生死不明の重体だが――と合流しまた時間を掛けて蜘蛛の手足を揃えればいい。

 消耗しきった残りの団員では時間稼ぎにもならず、自身もすぐに捕捉されるだろうとクロロは冷静に判断したのだ。

 

 だが、そのクロロの行動はある男の乱入によって意味をなくしてしまった。

 

 

 

「やあクロロ♥ 大変そうじゃないか♦」

「ヒソカか」

 

 道化師の登場が場に更なる混乱を与える。いつ頃からいたのか、病院の屋上から飛び降り戦場の中心に降り立ちクロロの前に立ち塞がるヒソカ。

 

「ヒソカ! オレ達を売った奴がよくもノコノコと出てこられたな! 丁度いい! ここで斬り殺してウボォーの仇を取ってやる!」

「おお怖い♠ でも訂正させてもらうとボクは彼が殺られたのに関係ないよ♣ 情報を売ったのは今回の襲撃と旅団員の何人かの能力くらいさ、昨日の襲撃は誰にも教えていない♥ だから彼が殺られたのは自業自得さ♦ ついでに言うなら刀を失ったキミがどうやってボクを斬り殺すんだい? 逆に興味が湧くね♠」

「テメェ!」

「ノブナガ、少し黙れ」

 

 ヒソカの挑発に乗り切れかけたノブナガをクロロが押しとどめる。

 

「これが狙いかヒソカ」

「そういうこと♥ ボクが旅団に入ったのは、入ったと見せかけたのはクロロ、キミと誰にも邪魔されずに戦いたいからさ♣」

「なるほどな。お前の筋書き通りに事は運んだわけか」

「少し出来過ぎなくらいだけどね♦」

 

 すでにヒソカは完全なる臨戦態勢に入っていた。その身からはどす黒い邪悪なオーラを放ち、上半身をはだけ背中に付けてあった蜘蛛の刺青を引き剥がす。【薄っぺらい嘘/ドッキリテクスチャー】によって偽装していた蜘蛛の刺青は空中で消え去り、蜘蛛との決別を示すこととなる。

 

「アイシャ♥」

「私の名前を呼ぶ時に妙な情感を込めるの止めてもらえませんか? 怖気が走るんですが」

「それは無理♠ それよりもボクがクロロの相手をするから残りの旅団はキミに任せるよ♣ アイシャも彼らを逃がす気はないんだろう?」

「まあそれはいいんですが……。何というか、その、目の前のご馳走に気を取られて気付いてないのですね、ご愁傷様です。あとクロロでしたか。あなたも私とヒソカに気を取られすぎですよ。まあ状況が状況なので仕方ないと言えますが……」

「なに? どういうこと――!?」

 

 クロロとヒソカがアイシャの言葉に疑問を抱くも、すぐにその意味を理解する。だが、全ては遅かった。

 

 

 

◆ 

 

 

 

 そうしていよいよ奇襲の瞬間がやって来る。アイシャの真横にノブナガが現れた時は全員が焦ったが、ノブナガの居合があまりにも速すぎた為に飛び出す間もなかったのが逆に幸いした。そのような焦りを乗り越えて訪れた機会だ、これを逃す手はなかった。

 

 ヒソカとアイシャ、2人を前にして意識が完全にそちらに向いているクロロに対し、隠によって限りなく見えにくくした鎖をクラピカが放った。

 殺気など微塵もない、アイシャとヒソカに意識が向いていたクロロの隙を狙った完璧なる奇襲攻撃。如何なクロロといえども完全に虚を突かれてしまっては躱す暇もなかった。

 鎖によって動きを封じられたクロロは念すら使用することが出来なくなり、その手に持っていた具現化された本も消滅してしまう。

 

「これは――」

 

 クロロが事態に気付くも、その身体は拘束され身動き1つ取ることも出来ない。

 

「団長!」

「させねーよ!」

「うあっ!?」

 

 突如拘束されたクロロを助けんと飛び出そうとするシズクの頭上から雷が落ちる。完全に不意を打たれた上に、雷速の攻撃を回避することなど出来るはずもなく、敢え無く電撃にてその動きを硬直させられるシズク。

 

「わりーなネーちゃん!」

 

 そして硬直した瞬間をレオリオによって狙われた。懐に飛び込んだレオリオは的確にシズクの顎を打ち抜き、脳を揺らすことでシズクの平衡感覚すら奪った。

 

「奇襲だと!?」

「最初はグー!」

「な!」

 

 ゴンも鎖による攻撃と同時に奇襲を行っていた。ボノレノフも突然の奇襲により団長が束縛されたことに気を取られていたのだろう。背後から膨大なオーラを右手に集め近づいてくる敵、ゴンに対して反応が遅れてしまう。

 

「ジャンケングー!」

「っっ!!?」

 

 ここまでの戦いによる疲労が激しいボノレノフにその一撃を躱す余裕はなく、強烈なボディブローにて病院の壁へと叩きつけられそのまま意識を失うこととなった。

 

「何だこいつら!?」

「私の素敵な友逹ですよ。あと、戦闘中に隙を見せないこと。減点ですね」

 

 アイシャは仲間が突然の奇襲攻撃により次々と倒されていくのに驚くノブナガに対し冷静に呟く。その言葉にハッとしてアイシャに向き直るも、そんな大きすぎる隙をわざわざ見逃してやるほどアイシャも優しくはなかった。

 

 左手を掴み鋭い足払いでノブナガの足を刈り取る。刈り取った瞬間に左手を捻るとノブナガは宙に翻り、その勢いのまま空中にて高速で回転し続けた。

 その回転の勢いのまま地面へと頭を叩きつけ、ダメ押しと言わんばかりに喉へ足刀を叩き込む。ノブナガは全身をピクピクと痙攣させたかと思うとそのまま力なく大地に横たわった。

 

 クラピカの鎖を合図に行われた奇襲からわずか数秒で、残りの旅団も敢え無く無力化されることとなった。これにはヒソカも思わず目が点になってしまうあっけなさである。

 

「いや……これは……ないんじゃないかなアイシャ?」

「知りませんよそんなこと。……いや、その、そんな泣きそうな顔しないでくださいよ。まるで私が悪いみたいじゃないですか……」

「ようやくクロロと存分に殺りあえると思ったらこれだよ? 恨み言の1つも言いたくなるもんさ……♦」

 

 まあクロロと戦いたいが為に3年以上も幻影旅団に潜伏した末の結果がこれでは文句の1つも言いたくなるものだろう。

 アイシャにしても万が一にも旅団を1人でも逃すわけには行かなかったので、文句を言われようともクロロを解放する気はさらさらなかったが。

 鳶に油揚げをさらわれるという言葉がジャポンにあるが、まさにこの状況を指すのに適した言葉だろう。

 

「これってキミとの戦いも出来ないってことになるのかな?」

 

 ヒソカはクロロと決着を着けたら1対1での戦いをするとアイシャと約束をしていた。だがこの状況はクロロと決着を着けたとは言い難い。実質ヒソカは何もしていないのだから。

 

「いや、まあ……分かりましたよ。後で戦ってあげますよ……」

 

 悲しげな表情で訴えるヒソカに流石のアイシャも同情してしまい、思わず死合の約束を取り付けてしまう。するとヒソカは先程までの表情はどこへ行ったのか、楽しげにアイシャへと話しかけた。

 

「それは良かった♥ それならアイシャの殺る気を引き出す為にお父さんを殺す必要もなさそうだね♦」

「ッ! ……まさか!」

「おや? お父さんってのは適当だったけど当たってたかな? ドミニク、だっけ? ……ボクが旅団とキミを戦わせてそれで終わりだと思っていたのかい?」

 

 そう、ヒソカはアイシャと旅団を引き合わせた後、病院内で1人アイシャの生命線とも言える何かを調べていたのだ。もしアイシャがクロロを倒し、先日の約束を守れなかった等と言って自分との戦いを放棄した場合には何としてでもアイシャの殺る気を引き出すつもりだった。

 

「もしあの人に何かあったら!」

「いいよいいよその殺気! ゾクゾクするね! くくく、安心していいよアイシャ♥ キミのお父さんには傷1つ付けちゃいないよ♠ でも、本当にボクと戦ってくれなかったらどうなるかは分からないかな?」

「……いいでしょう。時と場所はあなたが決めなさい。望む場所、望む時間にお相手しますよ」

 

 ヒソカのクロロへの想いは無念にも終わりを告げる。

 だがアイシャへの執念は二重の手を打っていたことにより実ることとなった。

 食べきれるかも分からない最高の果実を前にして、道化師は不気味に嗤う。

 

 




 意外! それは髪の毛ッ!

 ノブナガの能力は勝手に作りました。強化系でタイマン専用で考えついたのが特に捻りのないあんな能力です。

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