どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第二十九話

――ザク! ザク! ザ! ザ! ザク!――

 

「はあっ! はぁっ!」

 

 岩壁に向かってスコップを振り下ろし掘る、掘る、ただひたすら掘る。すでにこの作業は4時間続いている。だが途中で終わることはない。終わるのはノルマをこなすまでだ。

 そのノルマも日々多くなっているがな……。私の基礎能力の向上とともにノルマも増大している。何時まで経ってもノルマが終わる時間は縮まらない。

 

 朝6時に起床し、朝食を取り、すぐにここに向かって全力疾走。そして直様スコップとトロッコにて穴を掘る。ノルマをこなすと昼食の時間になる。食事を取り、ビスケの【魔法美容師/マジカルエステ】にて30分の休養。

 この能力は素晴らしく、どれほど疲労していても僅か30分であらかた回復する。確かに修行の助けとしてはかなり効果的な能力だった。とてもありがたいが、地獄の時間が増えると思うといささか歓迎しづらい思いもある……。

 

 その後はビスケと堅の修行に入る。堅を維持しつつ、ビスケの硬による一撃を防ぐ修行だ。もちろんビスケは手加減してくれている。そうでなければ私はとっくにミンチになっている。

 アイシャがこの修行を私に行わないのはアイシャのオーラの質のせいだ。あの質は私の精神に多少の乱れを与えてしまう。そうなればまだオーラの未熟な私では修行の妨げになるかもしれないかららしい。

 この修行は私がへばるまで続く。そして【魔法美容師/マジカルエステ】による回復。そしてまた堅の修行が始まる。

 この間凝の修行も行っている。時折不意にビスケが指を立てるとその指先にビスケがオーラを変化させて文字を作るので、それを即座に言い当てるという修行だ。

 だがこれには罠があった。言い当てるのが遅いとその場で腕立て伏せをしなければならない。だがそれだけなら問題はなかった。

 最近は言い当てるのが安定して早くなって来たのでその修行にアイシャが参加してきたのだ。遅かったほうが腕立て伏せをするという罠。

 

 勝てるわけないだろう!

 

 おかげで最近は毎回腕立て伏せをしている。このままでは私の腕だけが異様に膨れ上がるかもしれない。そんなのは勘弁だ……。

 

 流の修行は堅の修行がある程度の段階に進めば行うらしい。話を聞く限り流は戦闘において非常に重要な位置にあるらしいので早く習得したいものだ。

 そして堅の修行が終われば実戦訓練だ。アイシャに向かって格闘戦をするのだが……ここで私の自信は木っ端微塵に砕け散った。まさか……まさか絶の状態のアイシャに何も出来ないまま叩きのめされるなんて。念能力者と非念能力者には超えられない壁がある。だが、私とアイシャの実力差はそれ以上だということだろう。

 初めは絶状態のアイシャに傷を付けてはいけないと思い手加減をして攻撃をしていたが、何度攻撃をしても投げ飛ばされる始末。全力で念を込めた攻撃をしても簡単にあしらわれてしまった。軽く絶望した。

 

 そんなアイシャは私と同じように穴掘り修行をしている。2人で一緒に穴を掘る係りとトロッコを押す係りを交互にしているのだが、何故アイシャが今更こんな修行を? と聞いてみたところ。

 

「私もまだまだ強くなりたいですからね」

 

 と、そんな答えが返ってきた。正直もう少しゆっくりして下さい。

 

 具現化の修行もまた段階を変えて進んでいる。具現化自体は終了したが、スムーズな具現化の仕方や隠による鎖の隠匿、鎖を用いた戦闘方法など学ぶことは山ほどある。

 私の最大の利点とも言うべき【絶対時間/エンペラータイム】を活かすべく緋の眼の修行も1日に組み込まれた。緋の眼への自力変化、持続時間の確認とその向上。

 もっとも、あまりに多量の時間緋の眼に変化しているとしばらく頭痛や疲労が濃くなり不調の時間が続いてしまう欠点があるので変化しすぎは逆に非効率だったが。

 【魔法美容師/マジカルエステ】である程度は緩和出来るが、それも完全ではない。ここはじっくりと慣らしていくしかないだろう。

 

 一通りの修行が終わると天空闘技場に向かって全力のランニング。

 遅めの夕食を取り、残った時間は堅の持続時間を伸ばす修行へと当てられた。

 そして全てが終わると泥の様に眠る。……もっとも、眠っている時も修行と言わんばかりにアイシャかビスケによる奇襲が時折行われるがな!

 奇襲を回避出来なかったら次の日の穴掘りノルマが倍になる仕組みだ。おかげでろくに眠ることが出来ない。だが疲労は全て【魔法美容師/マジカルエステ】で回復される、もはや拷問である。

 これがここ1ヶ月続けている私の地獄の修行内容だった。

 

 

 

「ふっ。ふっ。やはり結構鍛えられますねこれ」

「ああ、岩が固く、掘るためにはスコップに周をしなければならないからな。はぁはぁ。全身の筋肉を使うので、すぐに疲労してしまう」

 

 意外だったのがアイシャの身体能力だった。私はてっきりアイシャならこの程度修行にもならないのでは? と思っていたが、アイシャの身体能力は確かに今の私よりは上だったが、予想を遥かに超える程ではなかったようだ。

 

「1ヶ月もすると大分慣れたな」

「さすがの上達速度ですね。普通はその程度で慣れませんよ」

 

 周を使わずに穴を掘るお前には言われたくはないな。オーラが莫大すぎて周をすると逆に修行にならないらしい。何だそれは?

 

「しかし懐かしいですね。昔もこうして穴を掘ったものです」

「そうなのか。小さい頃から鍛えていたのだな」

「……ええ、そうですね」

 

 過去を懐かしんでいるのだろうか。アイシャの横顔は何処か遠いところを見るような表情になっていた。何か思うところがあるのだろうか……。そう思っていると、すぐに元の表情に戻り私に振り向いてきた。

 

「クラピカのオーラも大分増大したのでそろそろ次の修行に移りましょうか」

「本当か?」

 

 会話しながらも穴を掘り続ける私たち。今の身体能力は最早以前の比ではないだろう。だがこれでもビスケやアイシャに勝てないのだからな。彼女たちはどれほど上にいるのやら。

 ……もしかして彼女たちだけで幻影旅団を倒せるのではないか?

 

 い、いや、例えそうだとしても奴らを捕らえるのは私自らの手でやりたいものだ。

 その為にも今は実力を付けなければな。

 

「そろそろ休憩してもいいわよーー!」

「分かった! すぐに戻る」

「ああ、お腹が空きました。早くご飯にしましょう!」

 

 相変わらず食べることに目がないなアイシャは。この体のどこにあれだけの食事が入るのやら。……栄養は大部分が胸に行ってそうだな。

 いかんいかん。最近思考がレオリオに近くなっていないか? 切り替えなければ奴のキャラに飲まれてしまうな。

 

「はいお疲れ~。と言ってもさすがにもう大分疲れが見えなくなってきたわね」

「ええ。ですのでそろそろ次の段階に進めましょうか」

「そうね。堅の持続時間も大分伸びているし、凝と流の修行に移りましょうか。呆れるほどに上達が早いし。思った以上の逸材だったわ」

『数字の7!』

「はい正解。コンマ3秒ほどクラピカが遅い。腕立て伏せ500回」

「くっ! 1・2・3・4・5、何時も、思うのだが! アイシャ相手、なのは、卑怯ではないか!?」

 

 何度やっても勝てない。これはもうただのイジメではないだろうか?

 

「だったら頑張って勝てるように努力しなさいな」

「すいませんクラピカ。私の唐揚げあげますから」

 

 アイシャは身体能力と反射神経が比例していない。それほどアイシャの反射神経は鍛え上げられていた。聞くところによるとアイシャの武術はあの風間流らしく、その為肉体よりも反射神経に重きを置いて鍛えていたらしい。

 それなのに私よりも身体能力が高いのだ。正直悔しい。なのでこの訓練でアイシャの身体能力に追いつくのがもっぱらの目標だ。

 アイシャからもらった唐揚げを食べつつ意気込みを新たにする。

 

「ん~、中々美味しいわね~。アイシャが料理出来るなんてね~」

「まあ、それなりに年季がありますからね。独り暮らしも長かったですから料理くらい多少は出来ますよ」

 

 そういえば流星街で暮らしていたんだったな。だが独り暮らしが長かったと言うが、一体何歳くらいから自炊していたんだろうか? ……過酷な人生だったんだろうな。この歳でここまで強く、そして自身の力で生きていかねばならないほどに。

 

「しっかしアイシャもほとほと修行好きねぇ。どんだけ強くなるつもりなのよ」

「それはもちろんネテロに勝てるまでですよ。前の決闘では煮え湯を飲まされましたからね、今度はこちらが一泡吹かせてやります」

「じじいが血の泡吹きそうなんでやめたげてよぉ!」

 

 相変わらず内容がぶっ飛んでる会話だ。ネテロ会長と言えばプロハンター最強とまで言われている人。その人を相手に勝つだの血の泡だのともはや次元が違うな。

 今までのアイシャを見ていると一概にホラだとも思えないのが恐ろしい。

 

「あとそろそろ天空闘技場でも戦っておきましょうか。いいかげん他の念能力者との戦いも経験しておくべきでしょう」

 

 む、そうか天空闘技場の試合か……。正直忘れていた。修行にばかりかまけていたからな。ゴン達とも殆んど話せていないが、もう修行禁止も解かれた事だろう。今頃は試合の1つもしているかもしれないな。

 

「では次に天空闘技場に戻った時に試合の申し込みをしておきましょう。試合日は期限ぎりぎりで申し込んでおけば新人狙いの人たちが勝手に申し込んでくるでしょう」

「ああ、あの連中か。私にいつ試合するとしつこく聞いてきた奴ら。全く、念に関して何も知らない者や念の素人である新人だけを狙うなどと姑息な連中だ」

「馬鹿には出来ませんよ。確かに姑息ですが、その分何をしてくるか分かりません。念が弱くともハマれば強い能力を持っているかもしれないし、能力以外でも何かしてくるかもしれないですし」

 

 確かにな。ああいう連中は勝つ為の手段を選ばない事もあるだろう。姑息な手に負けるつもりはないが一応注意が必要だな。

 

「それとクラピカ、試合において前もって敵の情報を入手する事は禁止とします」

「それは……それも修行の為か?」

「それって試合中に敵の能力を見抜けってこと?」

 

 恐らくはビスケの言うとおりだろう。試合中に敵の能力を見抜く、つまりはより実戦を意識して戦えということか。

 なるほどな。確かに突発的に起こった実戦において敵の情報を入手していることなどないだろう。そして逆に言えば敵の情報を知る事は実戦において重要な要素だということか。敵の得意系統が分かれば攻撃方法も推測しやすく、また能力が分かれば対処もしやすい。

 

「そういうことです。実戦において相手の能力をあらかじめ知っているなど本来ありえません。相手の能力を見抜くのは実戦において非常に重要です。ここで少しでも敵の能力を見抜く力を養ってもらいます」

 

 やはりか。実際の戦闘ともなれば前もって情報を集めるのは悪いことではない、むしろ当然の行動だろう。事前に相手の能力を知れるのならそれに越したことはないのだから。だが実戦において見知らぬ相手と戦うことが殆んどなのは事実。ここで少しでも観察眼を磨けということか。

 

「そして逆に自身の能力を知られる事は非常にデメリットになります、なのでクラピカは鎖を使って戦うのまではいいですが、具現化を匂わせたり、鎖に付いている能力を使用することは禁じます」

「普通の鎖のように扱って戦えということだな」

 

 これは仕方ないな。あんな大勢の人の目につく場所で能力を使用するなんて自殺行為極まりない。私としては200階クラスの念能力者があんなに人前で能力を使用していることが理解できないくらいだ。

 

「……クラピカの言いたいことは分かりますよ。私もあんなに大勢の、それもビデオ等に映像を残す戦いで能力を見せる彼らの考えが分かりません……。まあ中には全ての能力を出してはいない者もいるでしょうが」

 

 ……そうだな。もしかしたらヒソカもカストロとの戦いで見せたあのゴムのような能力と蜘蛛の刺青を偽装していた能力以外にも何かを持っているかもしれない。いや、ほぼ確実に持っていると考えた方がいいだろう。そうしておけばいざという時の心構えにもなる。ヒソカが敵にならない保証など欠片もないのだからな。

 

「能力を隠すのは旅団にも言えていることですよ」

「分かっている。ヒソカから聞き出した旅団員の能力がそいつらの全てではないだろうな」

 

 あの時、ヒソカから手を組もうと言われた時、奴が知りうる団員達の能力を全て話させた。もちろんヒソカが隠している可能性はあるが、アイシャが言うには恐らく嘘は言っていないらしい。

 なんでもアイシャは相手のオーラの反応や質の変化から相手の心理を読むことが出来るらしい。熟練者なら誰でも出来る芸当なんだろうか? もうアイシャのことで驚くのは慣れてしまった気がする。

 もっとも、さすがにヒソカクラスにもなるとオーラを上手く操作する事で全てを読むことは難しく絶対の保証はないとのことだが。

 

「それじゃあ休憩の時間も終了。そろそろ修行の再開と行きましょうか」

「……私は休憩中ずっと腕立て伏せをしていたのだが?」

「では次は流の修行ですね。凝を用いて攻防力を変化させる実戦に置いて欠かせない攻防の基礎となる技術です」

 

 聞いていないなこいつら。腕立て伏せをしながら食事を取っていて正解だったな。こうでもしないと食事抜きで修行再開だっただろう。

 ……腕立て伏せをしながら食事をする、無駄に器用になってしまったものだ。

 

「じゃ、地獄の特訓午後の部を開始しますよー!」

「おー!」

「さて、今日は何回気絶するかな?」

 

 今までの最高記録は1日に7回だったかな? 大きな川の向かい岸に花畑が見えた時は天国とは本当にあったんだと思ったものだ。今日は気絶せずに終わりたいものだ。もっとも、気絶しなかった日などありはしないがな。

 

 

 

 

 

 

 今日は天空闘技場の試合を観戦に来ている。念の修行も解禁されたからオレやキルアの試合がない日はずっと修行してるけど、今日はクラピカとアイシャが試合するからキルアと一緒に応援する事になった。

 

「クラピカの奴どんだけ強くなってんのかな?」

「オレ達が念の修行が出来なかった時もずっとアイシャと修行してたんでしょ? きっとオレ達より強くなってるんだろうなぁ」

 

 オレがギドと再戦した時は念の修行が出来るようになって1ヶ月も経ってなかった。それなのにオレはギド相手に圧勝出来たんだから、それ以上の時間を修行に費やしてるクラピカならきっとオレよりもずっと強くなってるはずだよね。

 

「くそ、そう思うと少しムカつくな。念を覚えたのはオレ達の方が先なのによ~」

「ごめんね、オレに付き合ってキルアまで修行が出来なかったから……」

「あ~、別にいいよ。そんなフライングして強くなってもおもしろくないしさ。クラピカにもすぐに追いついてやるさ」

 

 キルアはそう言ってくれたけど内心少し悔しいんだと思う。負けず嫌いなとこがあるからなキルアって。でもオレを気遣ってこんな言い方をしてくれたんだ。感謝しなきゃね。

 

「ありがとキルア」

「そう思うならポップコーン奢ってくれ。前にアイシャが食ってたのを思い出したらオレも食べたくなってきた」

「あはは、じゃあ2人分買ってくるよ、飲み物は?」

「炭酸系で頼む。でもDr.ペッパーは勘弁な」

 

 笑って頷きながら売店へ買いに行く。……Dr.ペッパーって何だろう?

 

 

 

 2人でポップコーンを食べつつ待つこと10分。そろそろ試合開始の時間が迫ってきた。

 

『皆様大変お待たせいたしました! 間もなく本日の第一戦、ギドVSクラピカが開始いたします!! 両選手の入場です!』

「お、ようやくか」

「クラピカだ! 頑張ってねー!!」

 

 声が聞こえたのかこっちを見て手を上げてくれた! それに応えようとオレも手を振ろうとしたんだけど――

 

“キャアアアアアアアァァァァァァァ!!”

 

 ……周りの歓声が大きすぎて思わず耳を塞いじゃった……。なにこれ? どういうことなの?

 

「っるせぇ! 何だこりゃ!?」

「オレも分かんないよ!」

 

 大声で話さなきゃキルアにも声が届かないよ。今日は女性の観客が多いなとは思っていたけどこんなに沢山の声援が飛ぶなんて思ってもいなかった。

 

『凄まじい歓声です! それも仕方ありません。クラピカ選手はこの天空闘技場では珍しい程の美形! 逞しい男性が多いこの闘技場に置いて線の細い肉体と女性にも見間違えられる程の美形が相まって女性客の心を掴んでいるようです! 斯く言う私も実は200階に上がる前から目をつけておりました』

「何でいきなりカミングアウトしてんだよ!」

「クラピカって人気なんだね」

 

 クラピカはカッコイイから女の人に人気が出るのは分かる。でもこんなに騒がれるとは思わなかったよ。

 

『200階では初の試合となるクラピカ選手! 200階に上がるまでは何と一敗しかしておらず、その一敗も相手の攻撃を一度ガードした瞬間に負けを宣言するというもの! 他の試合では2分間攻撃をせず、相手の全ての攻撃を躱し残りの時間で勝利するという、圧倒的実力差がなければ出来ない所業をやってのけました! 狙ってやっていることは明白! 此度の試合でも同様の戦い方をするのでしょうか!?』

「まあそりゃ狙ってやってることはバレるわな。むしろ分からなかったらどんだけ節穴だよ」

「でも200階の試合でも同じことをするのかな?」

「さあな。……それより気づいたか? クラピカのオーラ」

「うん、まだ纏の状態なのに凄い力強さを感じる……。オレ達の纏なんて比べ物にならない」

 

 念を覚えたのはオレ達よりも遅かったのにたったの2ヶ月でこんなにも前を歩いている。すごいやクラピカ! きっと凄い修行をしたんだろうなぁ。

 

「ちくしょう! すぐに追いついてやるからな!」

「うん! オレだって!」

 

 そうだ。オレ達だって修行しているんだ。先に進まれたけど、たったの2ヶ月なんだ。きっと追いついてみせる!

 

『対するギド選手は闘技場ですでに8戦。ベテランと呼べますが戦績は5勝3敗とすでに後がない! この一戦で天空闘技場での運命が決まってしまいます! 落とすわけにはいかない一戦です!』

「ま、アイツ程度に苦戦することもないだろ。新人狩りの連中はどいつもこいつも弱いからな」

「うん、絶対にクラピカが勝つよ」

 

 そう断言出来る程に安心感すら与える程のオーラを纏っている。心なしかギドも怖気づいているみたいだ。

 

「始まるぜ。今のオレ達とクラピカの差を良く見ておくんだ」

「うん」

 

 この2ヶ月でどれだけの差が付いたのか。見させてもらうよクラピカ!

 

『始め!!』

 

「オレには後がないんだ! 様子見などせん、喰らえ! 【散弾独楽哀歌/ショットガンブルース】!!」

 

 アレはオレとの戦いで放った能力! でもオレに使った時よりも独楽の数が多い! でもその分威力は下がっているみたいだ。独楽1つ1つのオーラが少ない。クラピカのオーラなら練で防げるはず!

 

「ふっ!」

 

 練で防ぐ、もしくは回避すると思っていたけどクラピカの取った行動は違った。

 全ての独楽を右手に持っていた鎖で弾き落とした! 凄い! あれだけの独楽を鎖1本で全部防ぐなんて! オレも出来たかもしれないけど、クラピカの時よりも独楽の数が少なかったしね。

 

「鎖? あんなの持ってたかクラピカ?」

「ううん。前に持っていたのは2本の木刀をそれぞれ紐でつないだヤツだったよ」

「新しい武器か? 何で鎖なんだ?」

 

 分からないけどきっとクラピカには考えがあってあの鎖を武器にしたんだと思う。クラピカが意味のないことをするとは思えないもん!

 

「クソッ! だがここからが本番だ! 死の舞踏を舞うがいい! 【戦闘演舞曲/戦いのワルツ】!!」

 

「馬鹿だなアイツ。さっきの技もそうだけど、ゴンに効かない攻撃が今のクラピカに効くわけないじゃん。どうせなら独楽の数を少なくして1つの独楽に籠めるオーラを多くすりゃいいのによ」

「うん。でもそれだときっとクラピカには当たらないよね」

「そういうこと。どちらにしろ詰んでるよアイツは」

 

 そうキルアと話しながら観戦をしていると闘技場の様子がおかしかった。何時まで経っても独楽は廻らず、クラピカに弾き落とされたままの状態から動いていなかった。

 

「これは! ゴン! 独楽の先端を良く見てみろ!」

「え? ……独楽の先端が全部折れてる!」

 

 あれじゃ独楽が廻るわけがない! あの一瞬であれだけの独楽を全て弾いただけじゃなくて先端を全部折るなんて!

 

「ば、馬鹿な……!」

「まさか、あれで終わりなのか?」

「くっ!」

「……どうやらただ独楽を強化しただけの能力のようだな。操作性も悪く、強化に回していたオーラも少ない。数を多くしたのが仇となったな」

「黙れ! これならどうだ! 【竜巻独楽】!!」

『出たー! ギド選手困った時の【竜巻独楽】! この堅牢な回転を崩すことが出来るのかクラピカ選手!』

「くくく、確かにオレの独楽ではお前を倒せないようだが、貴様もオレにダメージを与えることは出来まい!」

 

 追い詰められて竜巻独楽を繰り出したギド。クラピカはアレをどう対処するんだろ?

 オレは釣竿でリングの石版をひっくり返せたけど、鎖ではそれも無理だろうし。

 

「それで終わりか? ……どうやらお前から得るものはないようだな」

 

 そう言いつつ鎖にオーラを籠めてギドに向かって振るうクラピカ。でもそれじゃあの回転に弾かれちゃうんじゃ?

 

「ふん! 無駄なことを! この【竜巻独楽】の前にはどんな攻撃も無――!?」

『な、なんとぉ!? クラピカ選手! 鎖で回転しているギド選手の鉄の義足を打ち砕いたあぁぁぁっ!! どんな威力が込められているんだあの鎖にはぁぁぁっ!? これは勝負あったぁ! 義足が壊されては最早ギド選手に対抗する術なし!!』

「勝者! クラピカ選手!」

 

 やった! クラピカが勝った! 本当にすごく強くなってるや!

 いつかオレも――

 

「おい、ゴン! 早く耳を塞いどけ!」

 

 ――って、え?

 

「どうしたのキル――」

 

“キャアアアアアアアアァァァァ! クラピカくーん!!”

 

「っ!? み、耳が!」

 

 うわ! クラピカへの声援で耳が痛い! そっか、始まる前であんなに声援が凄かったんだから、試合に勝ったらもっとすごくなるよね……。

 

「だから言ったのによ」

「うう、もう少し早く言ってほしかったよ」

「ばーか、それくらい察しろよな」

 

 む~、馬鹿とは何だよ馬鹿とは!

 

「んなことよりクラピカのヤツ、殆んど力を出さずに勝ちやがった」

「うん。凝はしていたけど練も使ってなかったしね」

「あ~あ。やっぱり新人狩りの奴ら弱すぎ! 全然クラピカの実力分かんなかったじゃん! あれくらいオレでも出来るよ」

 

 うーん。オレは無理かな? 独楽の先端だけを全部折るなんてのは。叩き落とすだけならいけると思うけど。

 でもクラピカの実力を知りたいなら……。

 

「あのさキルア。クラピカに聞けばいいんじゃない?」

「あ? 何をだよ?」

「クラピカの実力。聞けば答えてくれるんじゃない?」

「……あー、まあある程度は教えてくれそうだな」

 

 ある程度? 全部は教えないってこと? どうしてそう思うんだろう?

 疑問が顔に出ているのが分かったのかキルアが答えてくれた。

 

「あのな、能力ってのはそう大っぴらにするもんじゃないだろ? 相手の能力を知れば対処法なんて思いつくんだから」

「え? でもオレ達は――」

「友達でも、仲間でも、だ。情報ってのは知ってる人数が少なければ少ないほど漏れる確率は減るんだ。旅団相手に勝とうって奴が簡単に能力をばらしてどうすんだよ。まあそういう意味ではクラピカが天空闘技場で自分の能力を明かす戦いをすることは絶対にないんだろうがな」

 

 ――お前も簡単に能力やら得意系統やらを話すなよ?

 

 そう締めくくるキルア。全く、いくらオレだってそんなに簡単に自分の情報を誰かに言うわけないよ。

 

「クラピカだって必要だったらオレ達にも能力を教えるさ」

「うん、そうだね」

「それはそれとして、この2ヶ月どんな修行をしたかは聞き出すけどな」

「キルア、いい話だったのに台無しだよ……」

 

 でも確かにクラピカとアイシャには色々話を聞きたいな。オレだってヒソカにハンター試験での借りを返す為に強くなりたいんだ。

 最近は2人とも修行でどこかに出かけていたから話す機会がなかったけど、今日は夕食を一緒に取る約束もしたし、その時にたくさん話そうっと。

 

 

 

 

 

 

『素晴らしい実力を魅せてくれましたクラピカ選手! これからの天空闘技場を担う新たな闘士となるのは目に見えているでしょう! フロアマスターになるのもそう遠くない未来かもしれません!』

「クラピカはどうせフロアマスターに興味はないだろうにな。んなことより、そろそろ始まるぞ」

「うん。今日のメインイベント――」

 

『さぁーー! 本日のメインイベント、カストロVSアイシャ!! カストロ選手はあのヒソカ選手相手に善戦しつつも惜しくも再敗を喫してしまいました! ですがその実力に疑いはなし! フロアマスターにもっとも近い男の1人! 虎咬拳の達人!! 此度の試合で晴れてフロアマスターへの挑戦権を得られるのかーー!?』

 

 そう、ヒソカを相手にあそこまで拮抗した実力を持つカストロとアイシャの勝負。正直クラピカには悪いがこれが本命と言っても過言じゃない。

 

「ゴン、この一戦を一瞬たりとも見逃すなよ。カストロ相手にどこまで戦えるのか、この一戦でアイシャの実力が明らかになる」

「……やっぱりキルアもアイシャがすごく強いって分かってたんだね」

「……お前も気付いていたのか」

「うん、何となくだけど」

 

 いや何となくってお前な。勘で分かったのかよアイシャの強さをよ。どんな野生児だお前は。

 

「でもどうしてカストロはアイシャと戦うんだろう?」

「え? そりゃ……アイシャは新人だしな。フロアマスターになるのにいいカモと思った……何てことはなさそうだな」

 

 カストロについて詳しく知ってる訳じゃない。だけど、ヒソカに対する執着と敵愾心を見るとフロアマスターに拘っているとも思えない。

 いやそもそも今回2人が戦うのはたまたまってことも有り得る。アイシャが試合申告をしたのは戦闘準備期間が切れる手前。そのアイシャと戦える日にちにカストロが試合申請をしていたから今日の試合が決定した、とか?

 そうゴンにも話してみるが、ゴンはアイシャが試合申請をしている所を偶然見かけたという。そして見たそうだ。アイシャと合わせるように試合申請をしているカストロを。

 

「多分2人であらかじめ打ち合わせしてたんだと思う。そうじゃなきゃ同じ日に試合日を申請するなんてしないよ」

「お前、良く2人が同じ試合日を申し込んでいたなんてわかったな」

「うん、だってその後2人に聞いてみたんだ」

 

 ……コイツの天然具合を忘れていたよ。よくそんな状況で何も考えずに行動できるな。オレなら穿ってモノを見たり計算や打算を入れて考えるからそんな単純には動けねぇよ。時々羨ましくなるぜコイツの思考回路が。

 

「で、聞いてみたんだけど、どうして2人が戦うのかは秘密ってアイシャに言われた」

「なんだそりゃ? 結局なんにも分かんねぇんじゃねえか」

「だからキルアにも聞いてんじゃん。もう分かってたら疑問に出したりしないよ」

「そりゃそうだ。しかしそうだな、カストロがアイシャと戦おうと思ったのは……アイシャの実力を見抜いたから、とか?」

 

 言ってて何だが正直分かんねぇ。確かにそうかもしれないし、違うかもしれない。分かるのはカストロぐらいだろう。

 

「確かにそれも気になるけど、そんなのカストロくらいにしか分かんねぇだろ? だったら今はこの戦いに集中しとこうぜ」

「うん。そうだね」

 

『対するアイシャ選手! 200階クラスでは珍しい女性闘士! その容姿も優れているため200階に上がるまでに固定ファンが付いている模様です!!』

“アイシャちゃ~~~~ん!!”

 

 ぐ、アイシャもかよ! ウザってぇなこいつら!

 

『なんとアイシャ選手も先のクラピカ選手同様200階以下での試合では2分間相手の攻撃を躱し、その後に勝利を得るという戦法を成していました! かつ、無敗で200階に上がるという快挙をなした程の達人! 見た目に惑わされては痛い目にあうのは間違いなし!! なお、同様の戦法で勝ち上がってきたクラピカ選手と何らかの関係があることは明白でしょう!! 2人がプライベートで行動を共にしているのを目撃した声も多数上がっているようです!!』

“イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!”

“イケメンは死ね!!! 氏ねじゃなくて死ね!!!”

 

「なあ、こいつら全員黙らせようぜ」

「はは、まあまあ落ち着いてキルア」

 

 分かってんだけど何かイライラすんな。静かに観戦してろってんだ。

 

『さあ! 初戦の相手に危なげなく勝ち、晴れてフロアマスターの挑戦権を得ることが出来るのかカストロ選手!! 初戦にして200階闘士最高峰の1人と戦うことになったアイシャ選手! 果たしてその心境は如何に!! 強敵カストロ選手を破って記念すべき1勝となるのか!? 今、審判の合図とともに注目の一戦が始まります!!』

「ポイント&KO制!! 時間無制限一本勝負!! 始め!!」

 

 さあ、お前の実力を見せてもらうぜアイシャ!

 

 

 

 相対する2人。アイシャとカストロは無言のまま向かい合っていた。2人は開始時の位置から一歩も動いていないけどその様相はまさに動と静を表していた。

 

 カストロは動。相変わらず相当量なオーラを練り上げて練を維持している。ヒソカには敗れたけど、今のオレ達じゃ逆立ちしたってかないっこないのは目に見えているな。

 

 対するアイシャは静、一切のオーラを発していなかった。つまりは絶。纏はおろか垂れ流しのオーラすら纏っていない。あれじゃカストロの攻撃をまともに喰らったら死んじまうぞ!

 

 いや、アイツがそんなことを分かっていないわけがない。そうだったらゴンが重傷を負った時にあんなに怒るわけがない。何か考えがあってのことだろう。……それが何なのかは分かんねぇけどよ。

 

 カストロもそんなアイシャに疑問を抱いてるんだろうな。オーラを一切纏っていないアイシャを警戒して前に出ようとしない。

 

「……来ないのですか?」

「何を馬鹿なことを。纏すら行わないとは死にたいのか?」

 

 カストロからすりゃそう見えるだろうな。ギド程度の能力者でも絶状態のゴンを全治4ヶ月(こいつは1ヶ月で治したけど)にまで追い込んだんだ。当たり所が悪けりゃカストロの攻撃力だと確実に死ぬ。良くて五体不満足だろうな。

 オレには出来ない。あんな無防備な状態であんな奴の前に立つなんて。

 

「お気になさらず。私には私の戦い方がありますから」

「そうか……ならば後悔はすまい!」

 

 っ! カストロが仕掛けた! 速い、いやだがヒソカ戦で見せた程じゃない!? 怪我の影響? いや手加減してんのか!?

 

 恐らくは加減してあるだろうカストロの攻撃。その動き、その鋭さは明らかにヒソカ戦の時よりも精彩を欠いていた。手は本来の虎咬拳の形ではなく、浅く固めている。手に纏っているオーラも極僅か。出来れば傷つけずに勝利を、といった魂胆だろう。

 

 だが、カストロの拳がアイシャの腹部に突き刺さろうとした瞬間。思わず立ち上がったオレの、いや、恐らくこの闘技場にいる全ての観戦者の想像を超える光景が目の前に広がった。

 

「ぐっ、はぁぁっっ!?」

 

 ……闘技場が静まりかえっていた。耳に残るのはカストロの苦痛の叫びと、カストロがリングの床に倒れ伏した音のみだった。

 あまりに想像と違った光景が目に映った為か、審判もポイントの宣言をしねぇし、実況の女も何も言わねぇ。

 

 ……いま、何が起こったんだ?

 

「く、クリティカルヒットォ!&ダウン! ポイント3-0アイシャ!!」

 

 ようやく判定を宣言した審判に合わせて歓声が拡がる。

 

『こ、これは一体どういうことだぁぁぁ!? 攻撃をしたと思ったカストロ選手がいきなり吹き飛んでいるぅぅ!!』

「おい、見えたか!?」

「見えなかった! カストロの攻撃が当たったと思ったらカストロが吹き飛んでいた! アイシャが何をしたのか分からない!」

 

 クソッ! オレと同じか! わかんねぇ! いや違う、何をしたのかは漠然とは分かる! 多分相手の力を利用したんだ!

 だけど見えなかった! カストロの攻撃が当たると思った瞬間! すでにカストロは吹き飛んでいた! 念能力で何かした? いやアイシャは今も絶のままだ。じゃあ技術? それこそ無理だろ? 絶のままで念能力者に、それもあのカストロ相手に技術でどうこうなるのかよ!?

 だが現実にカストロは絶状態のアイシャに吹き飛ばされた。やっぱり念能力を使ったのか? オレが知らないだけで絶のまま念を使う技術や能力があるとか? 分からねぇ!

 

「う、ぐ……いったい何が――」

 

 カストロが起き上がった。どうやらダメージは受けたけど戦闘不能になるほどじゃないみたいだな。だけどカストロも自分が何をされたのか理解していないのか?

 カストロが起き上がろうしていた間にアイシャはゆっくりとカストロに近づいていた。今はもう目と鼻の先にいる。手を伸ばせば触れられる、お互いに攻撃圏内だ。

 この状態から先に動いたのは……カストロだった。

 重心が後ろに下がっている。恐らく一旦距離を取ろうとしているんだろうな。アイシャが何をしたのか分からない今、いい判断だと思った。

 だが――

 

「くっ!」

 

 カストロは後方へとバックステップしようとして――宙を回転していた。

 ……カストロの身体が重力を無視した様に宙を回転し続けている。まるで扇風機の羽根みたいに何回転も回っている。あまりの光景にまたも闘技場が静まっている。オレもゴンも周りの有象無象の観客と変わらず阿呆みたいに呆けていた。

 

 10秒は回転していたか。その間に何回転したかは分からなかったが、ようやく回転が終わった。明らかに意識を失った虚ろな表情をしたカストロが地に倒れ伏す事によって。

 

『……け、形容する言葉が見つかりません……な、何が起こったのか? カストロ選手が宙を回り、そして今……崩れ落ちたぁぁぁぁぁ!!』

「ダウン! ポイント4-0アイシャ!! …………カストロ意識不明、試合続行不可能! 勝者アイシャ!!」

 

 実況と審判の声の後に歓声が響き渡る。何が起きたのか分からなくとも、凄まじい何かが起きたと理解出来たんだろうな。

 何はともあれ結果だけを見ると、初参戦の少女があのカストロ相手に何もさせずに圧勝した。驚愕するには充分な要素だ。

 だがオレ達にとって重要なのはそこじゃない!

 

「……強い」

「……うん。何も分からなかった。どうして念を使わずにカストロを倒せたのかも、カストロが吹き飛んだのも……アイシャが念を使わなかった理由も」

 

 そうだ。あの戦い方には違和感を感じた。あれだけ念の危険性をゴンに説いていたアイシャが、念を使わずに念能力者と戦うなんて。

 ここに来て実力を見せるのも分からない。何か思惑があるのか? それとも今まで見せる機会がなかっただけか?

 

「取り敢えずビデオを買っておこうぜ。ヒソカん時みたいにビデオで見れば分かることもあるはずだ」

「そうだね」

 

 クソッ! 予想以上に遠い。念能力だけの問題じゃない、根本的に技術で劣っている! 身体能力じゃ大差はないはずなんだ。でもあの動きを見切ることが出来なかった。圧倒的に技術に差があるってわけかよ……。

 

 いいぜ。今はオレ達が弱い。だけど絶対に追いついてやる! まずはクラピカからだ。2ヶ月で差が出来たけど、逆に言えばまだたったの2ヶ月だ。追いつけないレベルじゃない。

 

「ゴン」

「うん」

「強くなろうぜ」

「うん!」

 

 そうと決まればさっさとビデオを買って部屋で研究だ。夕飯までは時間があるしな。

 

 

 

 

 

 

 ……………………………私は、いったい…………………?

 

 ……何が、起こった? どうして私は寝ていたんだ? 寝る前に何をした? 思い出せない……。

 

 ここは……医務室?

 何故医務室にいる。怪我をした覚えはない、意識を身体に拡げてみるがどこにも不調は――

 

「――う、ぐぅ」

 

 いや、あった。気分が悪い、それも尋常じゃない程に。脳が直接揺れている様だ。眩暈と吐き気もするな……。一体なにが……。

 

「気付きましたか」

 

 !? この声は!

 

「り、リィーナ殿! お、ぐぁ」

 

 うう、勢い良く起き上がったものだから眩暈が酷く……。

 

「ああ、横になって安静にしても構いません。今起き上がるのは無理でしょう」

「も、申し訳ありません」

 

 このような体勢で師と話すのは不敬とは思ったが、今の体調では起き上がるのは少々キツイ。ここはリィーナ殿のお言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 

「どうやら話をする分には問題はないようですね。水と薬を持って来たのでここに置いておきます。飲めるようならば飲んでおくといいでしょう」

「ありがとうございます」

 

 わざわざ私の為にそのようなことをしてくれるとは。初めて出会った時は想像とは違い気性の荒い女性だと思ったものだが、弟子として付き合ってみると見る目が変わったものだ。

 厳しいが思慮深く、常に冷静沈着で物事に公平な方だった。気品と優雅さを兼ね備えており、その知識の深さも見事なものだった。

 唯一の欠点がリュウショウ師が僅かでも関わった事柄だ。私の部屋の扉を無理矢理こじ開けて羅刹とも思わんばかりのオーラを噴出しながら私を恫喝した時は正直死を覚悟した……。

 

 ビスケさん曰く、“ああなったらリュウショウ先生しか止められない”とのことらしい。

 

「さて、今の気分はどうですか?」

「ええ、少しですが落ち着きました。気分も多少は良くなっています」

 

 覚醒してすぐには酷かった眩暈や吐き気も落ち着いてはきた。だが平衡感覚が狂っているのか、起き上がると少々ふらつきそうだ。先ほどのように急でなければ立つことは大丈夫だろう。

 

「ああ……どうやら記憶が少し飛んでしまっているようですね。私にも経験がございますよ」

 

 そう、懐かしそうな表情で言葉を紡ぐリィーナ殿。……記憶が、飛んでいる?

 そうだ。私が天空闘技場の医務室で寝ていたのはどうしてだ? 寝ていた? いや違う! 医務室で眠りにつくなど有り得ない!

 そうだ……! 天空闘技場! ここは天空闘技場だ! そして私は――!!

 

「どうやら思い出したようですね」

「私は! 私は!! ……私は、負けた、のか」

 

 そう。私はアイシャさんと戦っていたんじゃないか。そして――無様に負けた。

 ぐうの音も出ない程、至極簡単に、あっさりと、いとも容易く、何も出来ぬまま、一方的に……負けたのだ。

 

「どうですか? 敗北の味は?」

 

 敗北の味? 敗北の味ならば知っている。天空闘技場を無敗で200階に登り詰め、最早自分に敵はいない。そう思い上がっていた時にあのヒソカより苦い敗北を喰らった。

 だが! だが!! これほどまでに自らの力のなさに無念の思いを感じたことはない!!!

 

 ヒソカに負けた時は念を知らなかった。負けて悔しい思いはあったが、念能力者と非念能力者の差は大きい。念を知った当時は負けて当然だと思っていた。

 念を身に付けた今ならばそれを磨きあげ、必ずやヒソカに届く、いや追い越せると思っていた。事実2度目の試合では敗れはしたもののヒソカに追従出来る程に私は強くなれた。

 2度目の敗北を受けた時もやはり力不足に嘆いた。だがまだ強くなれる、必ずや追いつき、追い越せると奮起の想いが強かった。

 

 だが今はどうだ。

 あのような少女に無様に負けた。

 念を使っていない相手に、念を使い、何も出来ずに負けた。

 

 何か、言葉に出来ない何かが私の中を駆け巡っている。

 

「憤懣していますか? 念すら使わず戦ったアイシャさんに。己を侮辱するなと」

 

 いや違う。確かにそのような気持ちがないと言ったら嘘になる。だが違う、今の私のこの感情とは。

 

「羨望していますか? 念すら使わずに己に勝ったアイシャさんに。自分もああなりたいと」

 

 ああ、確かにその気持ちは強いな。だが、自身を打ち砕きたいとすら思わせるこの感情にそれは似合わない。

 

「無念ですか? フロアマスターの座を逃すことになって」

 

 無念? 確かに闘技場に来た当初はフロアマスターになりたいと思っていた。だが今はどうでもいい。ヒソカに勝ちたいという気持ちの方が強い。

 それにどうせ私はリィーナ殿に付き従い、風間流の道場を巡る予定だったのだ。フロアマスターなど既に興味は失せていた。

 

「……後悔していますか? 敵を侮り、全力を出さずに負けたことに」

 

 っ!!

 ……ああ、そうだ。後悔しているのだ私は。

 オーラを纏っていない、絶状態の少女を侮った。出来るだけ傷つけずに勝とうと思い上がり、手を抜いて戦った。

 結果はどうだ? 何も出来ず、何が起こったか理解も出来ずに負けた。

 

 初めから全力であったならば!

 負けはしただろう。彼女の実力は私の遥か上。もはや武の極みに達しているのではないかとすら思える位置にいるかもしれない。

 

 だが! こんなに不甲斐ない想いをすることはなかっただろう!

 

「初撃で全力、油断することなく攻撃していればあのように吹き飛ばされることはなかったかもしれません」

 

 そうだ。私は彼女が念能力者だと知っていた。リィーナ殿とはお知り合いとの話も聞いていたし、リィーナ殿より彼女も念能力者だと教えられていたのだ。

 だと言うのに油断。女性だからと、まだ13歳の少女だからと、勝手に侮り慢心した。

 

「油断せず全力であれば。例えば【邪王炎殺拳】を使用していれば、手首を取られ投げられることもなかったでしょう」

 

 そうだ。一撃目の油断の後。彼女に吹き飛ばされた私は何をしていた?

 驚愕に陥り、行動の選択の幅を狭め、後退するという選択しか思い浮かべていなかった。接近されたくないのならば素早く能力を発動していれば良かったのだ。炎による副次効果で相手が近寄りにくくすることは出来ただろう。リィーナ殿が言うように手や腕を取られることもなかっただろう。

 

「いえそれ以前。アイシャさんと私が知り合いだと知っているのだから、試合の前からアイシャさんが風間流の使い手だと予測することも出来たでしょう」

 

 そうだ。2人が何らかの関係を持っているのは明白だった。ならばアイシャさんが風間流の使い手だと予測する事は出来ただろう。

 もちろんその予測を絶対と思うことはない。確証のない予測に全てを賭けるなど出来はしない。だが予測を立てていれば彼女の攻撃にも対処や対応も出来ただろう。混乱も少なくすんだはずだ。

 

「念能力者の戦いに絶対はありません。油断・侮り・慢心、これらで散っていった強者は事欠きません」

「……はい」

 

 気付けば私は涙を流していた。恥ずかしい。強くなったと思い上がっていた己が。思い上がった末、油断した己が。ヒソカに敗れた時の気持ちを忘れていた己が!

 

「此度の試合。申し出たのはアイシャさんです」

 

 俯いていた顔をばっと上げリィーナ殿を見る。涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔は隠そうとも思えなかった。

 

「もうすぐここから去る貴方に忘れないでほしいことがあるから、と。そう言ってアイシャさんは貴方との試合に臨みました」

 

 私に忘れないでほしいこと?

 ああ、分かっている。嫌というほどこの身に、心に刻みこんだ。

 

「あの先せ……アイシャさんが。このような観衆の前で貴方に屈辱的な敗北を味わわせた意味、受け止められないとは言わせませんよ?」

「はい。もう二度と! 例え相手が誰であろうとも! 下らぬ自尊に酔う事は致しません!!」

 

 そうだ。これが念能力者の世界だ。老若男女に関係なく、念能力者ならばどのような能力を持っているか分からない。油断は即、死に繋がる。

 ルールに守られた試合とは違う、相手の命を奪おうといかなる手も使おうとする者達が跋扈する世界だ。

 

「よろしい。……ところで体調の方はどうですか?」

「ええ。もう大丈夫です」

 

 軽い脳震盪がしばらく続いていたようだが、どうやらもう収まったみたいだ。ベッドから体を起こし、地に降り立つ。……うむ、支障はないな。

 

「それは良かった。……ふっ!」

「っ!? 何を!?」

 

 リィーナ殿が会話の途中でおもむろに私に向かって手刀を繰り出す!

 咄嗟に身を捩り手刀を躱し、体勢を整える! 一体どうしたというのだ!?

 

「ふむ、どうやら合格のようですね。ここで油断し、この程度の攻撃すら躱せなかったのならば破門にしていたところでしたが」

――ん? 門下生ではないので破門という言葉は正確ではないですね――

 

 などと軽く言っているが正直危ないところだった。この程度と言うが、そこらの200階闘士では避けることなど出来ない程の一撃だったのだが……。

 

「まあいいでしょう。あと2日でここを去ります。今日はゆっくりと休みながら荷物の準備を整えていなさい」

「いえ、持ち運ぶ荷物などたかが知れています。幸いアイシャさんは肉体にダメージを与えずに終わらせてくれたようです。なので本日も修行をお願いします!」

 

 今は体を動かしたい気分だ。じっとして休むなんて出来そうにない。ここで断られたら自分で修行に没頭するだけだ。

 

「ふぅ、いいでしょう。ですが体調が悪いから止めてくださいと言っても止めませんよ」

「はい!」

 

 呆れながらも笑顔を向けてくれたリィーナ殿に着いていく。

 アイシャさん、私に初心を思い出させてくれた貴女に感謝する。私が強くなる事が貴女への最高の恩返しだと信じて強くなろうと思う。

 

 そして必ずやヒソカをこの手で降す! 首を洗って待っていろヒソカ!!


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