特命部と二課の一時協力、そしてそこに乱入した仮面ライダーディケイド。
それらが頻発するノイズと戦い始めてから、もう1ヶ月と少し経った頃。
「今日のニュース見たんだけど、またノイズが出たらしいよ」
中学生の少女3人が道を歩きつつ喋っている。
ショートカットの活発そうな『美墨 なぎさ』。
なぎさとは対照的な長い髪で、おしとやかそうな『雪城 ほのか』
そんな2人よりも一回り小柄な三つ編みの『九条 ひかり』。
今のなぎさの言葉にほのかが答えた。
「あ、知ってる。最近、あの辺りで多いわよねぇ……」
続けてひかりが口を開く。
「ちょっと、怖いですね……」
なぎさは大袈裟に腕を組んで考え込むポーズをとる。
そして先程よりも小さな声で2人に話しかけた。
「……ねぇ、『プリキュア』と『シャイニールミナス』って、ノイズもへっちゃらなのかな?」
その言葉に2人も考え込んでしまう。
そういえば、どうなのだろう? 一度も試した事がない、と。
というよりも、ノイズの発生に出くわしたことがないのだ。
ノイズの発生率はある調査では『東京都心の人間の1人が一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回る』らしい。
つまりノイズの出現、まして出会うこと自体が稀なのだ。
そして『プリキュア』と『シャイニールミナス』。
彼女達3人は中学生にして伝説の戦士なのだ。
無論、それは秘密だし、戦いの時になると謎の空間のようなものが発生し、一般人は立ち入れなくなる。
その為仮面ライダーと異なり噂される事も無い。
1年前、中学2年の時、なぎさとほのかは初めて『プリキュア』となり、1年かけて敵組織『ドツクゾーン』を倒した。
そしてその数ヶ月後、即ち中学3年の春。
再びドツクゾーンが姿を現し、2人は『プリキュア』へと再び変身した。
そして新入生、中学1年生のひかりは2人の前に突然現れた。
当初は何も知らない、本当に謎めいた人間であったが、色々あって『TAKO CAFE』というワゴンのたこ焼き屋台を経営する『藤田 アカネ』という人のところで居候することになった。
そして彼女はプリキュアとは異なる『シャイニールミナス』へと変身。
以降、なぎさとほのかと共にドツクゾーンと戦っている。
3人の中は良好だ。
なぎさとほのかは1年分の絆があるし、そこにシャイニールミナスとして戦っているという理由がありつつもプライベートでも十分溶け込んでいるひかり。
この3人は行動を共にすることが多い。
「……ま、考えてもわかんないから、いっか!」
「もう、なぎさったら」
「でも、なぎささんらしいです」
「それよりも今日は美味しいもの食べに行くんだから、もっと明るい気持ちでいこっ!」
さて、今日はなぎさの発案で少し遠出をすることになった。
彼女たちの住む町、『海鳴市』。
今回はそこの『翠屋』という喫茶店に行くことが目的だ。
この前、中学3年生はケーキ工場の見学があったのだが、恐らくその後に翠屋の話を聞いたのが原因であろう。
『あそこのケーキ、美味しいんだって』というような情報は学生の間ではよく回るものだ。
ケーキ工場の見学後、友人からその話を聞いたなぎさが行ってみたいと思い、ほのかとひかりを誘って休日に行くことになった…というのが今回の経緯だ。
凄く遠い、というわけでもないが、海鳴市は広かった。
海鳴市はそれなりに大きな市。
市内とは言え電車を利用することだってある。
今回行く翠屋は、電車で数駅行った後、その駅前の辺りにあるらしい。
その為電車を降りて駅周辺を歩いている、というのが今の3人の現状だ。
「えーっと、この辺だったかな」
なぎさが地図と道を交互に見つつ、辺りを見渡す。
すると、どうもそれらしき店が見えた。
もう少し距離があるが、目視できるぐらいの距離まで来ていたようだ。
「あ! あれだよ、早く行こっ!」
「あっ、待ってよなぎさー!」
「お、置いてかないでくださーい!」
目的地を近くにしてテンションが上がって走り出したなぎさ、それを追ってほのかとひかりも走り出した。
「凛子ちゃんの話だと、この辺だけど……」
「なあ晴人、腹減った」
「そりゃ俺も魔法使ったから……
ってかお前の腹減ったって、それ絶対違う意味だろ」
「今回は両方なんだよっ!」
良き青空の昼下がり、海鳴市にて。
青年二人がぎゃあぎゃあと言い合いながら道を歩いている。
手の平をイメージさせる珍しい装飾が施されているデニムを止めるベルトをしている青年。
名を『操真 晴人』。
もう片方、デニムを止めるベルトにこちらは門のような装飾がされているのが特徴的な青年。
名を『仁藤 攻介』。
2人はちょっと遠出して此処まで来ている。
理由は、『ファントム』を追ってきたからだ。
一見普通の青年である彼らは都市伝説の『仮面ライダー』である。
晴人は『仮面ライダーウィザード』。
攻介は『仮面ライダービースト』。
『魔法使い』とも呼称される通り、魔法を使う仮面ライダーだ。
そしてその敵、『ファントム』。
彼らは『ゲート』と呼ばれる魔力を持つ人間を絶望させ、自分達と同じファントムにする事が目的だ。
と言っても、ゲートは魔法を使えないし、ゲート本人に『ゲートである』という自覚はない。
それに晴人達はゲートを見分けられない。
ファントムは元々人間であったが、ゲートの絶望と共に怪人となり、その人間は実質的に死ぬ。
だが、生前の人間の姿になる事も可能で、目視でファントムと判断するのは難しい。
つまりゲートもファントムも探すのが難しいわけだが、それでも晴人達は『プラモンスター』という小型モンスターを使役し、日々パトロールをしている。
それにファントムが一度活動を開始すればそれを察知できる仲間もいる。
例えば『コヨミ』という少女、彼女はファントムが現れればその魔力を察知する事が出来る。
もう1人が『大門 凛子』。
彼女は刑事で、鳥居坂署に勤務する刑事であると同時に、『国安0課』という秘密部署にも出入りできる数少ない刑事の1人だ。
0課とは、対ファントム専用の部署である。
凛子は0課所属ではないのだが、魔法使いやファントムと深く関わった刑事という事で、0課側からも重宝されているのだ。
そして今日の午前中、海鳴市の監視カメラの1つに『メデューサ』というファントムの人間体が映り込んでいたという情報が0課に入った。
凛子はそれを晴人と攻介に伝え、凛子自身は海鳴市の他の監視カメラのチェックに当たっている。
ファントムの活動範囲は東京周辺。
周辺と言っても、ほぼ『関東地方の殆ど』と言うのが正しい。
その為、プラモンスターの警戒の目は色々な場所に張り巡らせなければいけない。
向こうも大っぴらに活動はしないのと、動き出せばコヨミのお陰ですぐにわかるのが救いではある。
そんなわけで海鳴市も活動範囲内ではあるのだが、此処までがそれなりに遠い。
というわけで変身して急ぎ此処まで向かったのだが、まだ監視カメラに映っただけで活動しているわけではないらしい。
ファントムが動けばすぐに分かるコヨミから連絡がないという事は、それは確実の筈だ。
その為、2人はプラモンスターを飛ばし、自分達でもパトロールをしている、というのが現状だ。
さて、何故2人が腹を空かせているかと言うとだが。
彼らは変身にも魔力を使うし、魔法を使う時も当然消耗する。
そして魔力を使用すると体力も消耗するようになっている。
その影響が『腹が減る』という形で表れているのだ。
実はこの2人、体内、というよりも心の中────『アンダーワールド』にファントムがいる。
晴人の場合、一度絶望しそうになったがそれを抑え込んだから。
攻介の場合、初めてビーストになった時、強制的に契約してしまったから。
2人ともそのファントムのお陰で変身できているし、アンダーワールドのファントム達は敵対する気はほぼ無い。
だが、晴人の場合はほぼノーリスクだが契約という形をとっている攻介は別で、『一定期間内に魔力を摂取させないとファントムが攻介を食う』というのだ。
魔力の摂取はファントム、ないし魔力による敵をビーストが倒す事で自動的に補充される。
つまり一定期間の間に攻介が敵を倒さないと死んでしまうのだ。
そしてそれを攻介はよく『腹が減った』と表現する。
暢気に聞こえるが、死が迫っているという全く笑えない事態なのだ。
「コヨミの話じゃ、まだ出てないらしいけど……」
「出てくれなきゃ困んだよ!? 俺にとっちゃ死活問題なんだからな!?」
「分かってる分かってる」
横でうるさい攻介を制しつつ、晴人も同じように思っていた。
出てこないという事は、逃がしてしまったかもしれないという可能性も拭いきれない。
そうなると何処かでゲートが襲われている可能性すらある。
先程携帯電話でコヨミに連絡を取った時、まだ反応は無いと言っていた。
それに反応があれば向こうから電話が来るだろう。
調査のためのプラモンスターも収穫がないのか、帰ってきていない。
要するに、今の晴人達はファントム探して歩き回るぐらいしかする事がないのだ。
こういう時、後手に回るしかない事に晴人は溜息をついた後、提案を出した。
「……とりあえず、何か食うか」
「おう。『腹が減っては戦は出来ぬ』! ってな」
「お前の場合、『腹が減っては命に関わる』だろ」
「だからそっちだけじゃないんだっつの!」
攻介のツッコミをスルーし、晴人は何か腹が満たせる場所は無いかと探す。
幸いお金はあるし、どんな場所でも問題はない。
すると一軒、店が目に留まった。
少々洒落た喫茶店のようだ。
歩き回るのも億劫なので、晴人はあそこにしようと即決した。
「あそこにするか……おい仁藤、店の中でぐらいマヨネーズ使うなよ」
「なんでだよ?」
「恥ずかしいだろ!」
攻介は所謂『マヨラー』で何にでもマヨネーズをかけて食べる。
ドーナツにまでかけるのだから筋金入りだ。
とはいえ始めて行く喫茶店なのだから、そんな事をされては困る。
場合によっては追い出されかねない。
そんなわけで、その事について釘を刺し、晴人と攻介は喫茶店に向けて歩を進めた。
「お邪魔します……っと」
晴人の小声の挨拶は喫茶店のドアにある来客を告げるベルに打ち消されたが、そのベルを聞いてカウンターに立つ女性が優しく、朗らかに挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
随分と若い女性だった。
栗色の長い髪の毛と大きな瞳、優しい雰囲気。
晴人も攻介も第一印象は『美人』だった。
「あ、はい。そうです」
「では、お好きな席にお座りください」
手で促されて客席を見やると、女性客が数名いる。
「ありえないぐらい美味しい!」という少々大きな声をふと見やれば、中学生ぐらいと思わしき3人組が美味しそうなケーキを頬張っていた。
男性客も1,2人いるが、女性客に比べればかなり少人数だ。
カウンターのケースの中にはケーキやその類が多く置かれている。
店の雰囲気といい、女性に人気のありそうな場所であった。
そういう店に男2人と言うのは居心地が、というよりも何か微妙な気持ちになる。
とはいえ腹が減っているのも事実。
喫茶店なのでそう腹は膨れないだろうが、少しは入れておくべきだ。
何より疲れた時には甘いものと相場が決まっている。
2人は空いている窓際の席に向かい合って座った。
「ふいー……」
落ち着く雰囲気の店というのもあるが、くつろげる空間に来たことで晴人は気の抜けたような声を上げてしまう。
「さあ、ランチ……ってか、デザートタイムか。何にすっかなー」
食えれば何でもいいのか、それとも相当腹が減っているのか。
意気揚々とメニュー欄を確認する攻介。
あれもいいこれもいいと言って、決めあぐねているらしい。
数分後、晴人も攻介もメニューを決めて店員を呼んだ。
先程の美人さんだった。
食べるデザートと飲み物を告げ、晴人は一言添える。
「随分お若いんですね」
「あら、そうですか? ……フフ、でも私、子供いるんですよ。それも3人」
機嫌良く、悪戯っぽく微笑みながらの言葉に晴人も攻介も少し驚いた。
どうみても20代、多く見積もって20代後半の外見なのに。
その子供達の歳にもよるが3人も子供がいるようにはとても見えなかった。
失礼かと思いつつも、晴人は思った。
(は、犯罪だろ……)
どんな人が夫なのだろうと、晴人はちょっと気になった。
晴人と攻介は出されたメニューを簡単に平らげてしまった。
元々の量が少ないというのもあるが、何より美味かったのだ。
勿論満腹というわけではないが、それを差し引いても来て良かったと思える味だった。
攻介は「マヨネーズかければもっと……」とか言って忠告したにもかかわらずマヨネーズを取り出そうとしたので、当然止めた。
その後、少しゆっくりしようかと飲んでいる途中の飲み物を口に着けていると、窓から誰かがノックする音が聞こえた。
横を向いて窓の外を見れば、赤い機械的な鳥が嘴でキツツキのようにノックをしていた。
その隣では緑色の4つ足で羽の生えた、これまた機械的な生物が同じような事をしている。
この2匹はそれぞれ赤が晴人の使い魔『レッドガルーダ』。
緑の方が攻介の使い魔『グリーングリフォン』。
その2匹が主の元に帰ってきて何かを知らせようとしている。
それが意味するところは1つしかない。
「ファントムか……」
「おっしゃ……今度はこっちのランチタイムだ!」
ベルトの門の飾りをつつきながら張り切る攻介。
晴人も静かに言ってはいるが気合十分だ。
2人は急いで席を立ち、必要な分の支払いを済ませて猛烈な勢いで店を出て行った。
「どうしたのかしら、慌ててたみたいだけど……」
先程まで凄くくつろいでいたのに、急に表情を変えて走り出した2人の青年が出て行った後の出入り口の扉を見ながら、不思議そうに呟く美人店員。
「あの、これ!」
少しボーッとしていたせいで目の前に別の客が来ていることに一瞬気付かなかった。
ハッと我に返った美人店員が見たのは、カウンターの前に立つ女子中学生3人組だ。
レシートを渡してきたという事は会計をしたいという事だろう。
美人店員は会計をすぐに済ませて、急ぎ足で店を出ていく女子中学生3人を見送り、再び不思議に思った。
(あの子達まで血相変えて飛び出したけど、何かあったのかしら……?)
海鳴市、喫茶店翠屋から少し離れた丘の上。
そこにある公園で『高町 なのは』はある『特訓』をしていた。
右手に空き缶を1つ持ち、ベンチに置いてある上着、その上に置かれているビー玉ぐらいの赤い球体の方を振り向いた。
「それじゃあ、今朝もやったシュートコントロール、もう一度やってみるね」
その言葉に赤い球体は光りつつ、流暢な英語による電子音声で答えた。
『わかりました』
なのはは頷いて、左手を前方にかざしながら唱えた。
「リリカル、マジカル」
可愛らしい言葉の後、桃色の円形の魔法陣がなのはの足元から展開される。
なのはは詠唱を続けた。
「福音たる輝き、この手に来たれ。導きの元、鳴り響け!」
左手の人差指の指先に桃色の小さな球状の光が出現する。
そして右手に持つ空き缶を天高く、真上に放り投げた。
「ディバインシューター……シュート!!」
左手を上空に掲げ、指先の光を放った。
桃色の小さな球状の光はなのはの指示で動き回り、空中の空き缶に何度もぶつかり、その度に空き缶はその衝撃で宙に浮き直していく。
この少女、なのはは『魔法少女』だ。
魔法少女と言ってもメルヘンチックな部分はあまり無く、任務や戦闘をこなす存在。
所謂公務員に近い。
1ヶ月半ほど前に成り行きでなってしまったのだが、かなりの才覚があったらしく、今でも魔法の特訓を続けている。
それに任務や戦闘と言っても、本人が小学3年生である事から駆り出されることは滅多にない。
なのは自身は偶然魔法少女になっただけの『民間協力者』という立ち位置なので当然と言えば当然だが。
魔法少女になってから初めての事件が解決してから2週間。
彼女はこうして特訓を続けている。
朝は4時半に起きて、夜は8時半に寝る。
その間は学校に行ったり家の手伝いをしつつ、空いた時間にこうして人目のつかない丘の上で魔法の特訓、というわけだ。
今しているのはコントロールの特訓。
上空の空き缶に先程の小さな桃色の光を連続百回当てた後、少し距離のあるゴミ箱に空き缶を入れる、というものだ。
勿論、空き缶を途中で落としたらそこで終了である。
本来魔法を使う時は赤い球体────『レイジングハート』という相棒と呼ぶべきデバイスを用いる。
そうでないと全力で魔法の使用はできないし、魔法による負荷も大きい。
むしろその状態で、この特訓が出来るほどのなのはの魔法に関しての精度と才能が凄まじいのだが。
『60、61、62……』
電子音声でレイジングハートが着実にカウントを進めていく。
途中、なのはは『アクセル』を詠唱し、弾速を上げた。
速度が上がればコントロールも難しくなる。空き缶に当てる事そのものが厳しくなっていくのだ。
それでもまだミスをしない。
『77、78、79……』
いよいよラスト付近まで来た。
しかしなのはの体力もじわじわと削られている。
『80……』
桃色の光は空き缶を追跡したが、そこでついに外してしまった。
そうして空き缶はあっという間に地面に落ちる。
つまり、成功しなかったという事だ。
「うー、もう少しだったのに……」
100回が見えたというのにミスをしてしまい、本気で悔しかった。
そんな自分のマスターにレイジングハートは、無機質ながらも優しい声をかける。
『いい調子です、マスター』
「あはは……ありがとう。今日は採点すると、何点ぐらい?」
『約55点です』
その点数を聞いてなのはは苦笑いした。
やはりまだまだ納得できる点数ではなかった。
自分なりによくやったつもりでも手厳しい評価をレイジングハートはくれる。
勿論指導者というか、監督としてそれはありがたい事なのだが、やはり少し落ち込んでしまう。
尤も、それが「今度はもっと頑張ろう」という気持ちに繋がるのが高町なのはという人間なので問題はないが。
55点と聞くと低く聞こえるが、小学3年生のなのはが此処までやれているのは驚異的もいいところである。本来この年齢でここまでできれば及第点を超えて合格を余裕で貰えるレベルだ。
だが、レイジングハートはそれをしない。
何故か? それは自分のマスターが「まだ上に行ける」と知っているから。
何より、なのは自身がそれを望んでいるからである。
なのはは帰り支度を始めた。
休日とは言え店は開いている、そちらの手伝いをする時間だからだ。
上着を着て、ペンダントにしているレイジングハートを首から下げ、いざ帰ろうとした瞬間、出し抜けに誰かの声が公園に響き、気付いたなのはは声のした方向に急いで振り向いた。
「ほう、既に魔法を使えるゲートとはな……」
公園の周りに生える木。
その内の1本の木の陰から腕を組んだ、黒い長い髪の女性が姿を現した。
「……どなたですか?」
警戒しつつも臆せずになのはは聞くが、先程の言葉を聞いていなかったわけではない。
────『既に魔法が使えるゲート』。
ゲートは門という意味のはずだが、彼女の言うそれはどうも違う意味に聞こえる。
そうでなくても、なのはには気になった言葉があった。
(見られちゃったの……?)
魔法が使えるというのは基本的に内緒だ。
知らない人は元より、家族や友人にもそれは徹底している。
だからこそ人目のつかない時間や場所を選んでいるというのに。
此処もあまり人の来ない場所だから選び、時間としては今は昼頃で、みんな家に帰って食べるか何処かで外食をしている時間だと思ったからだ。
「お前はさぞ強力なファントムを生み出すだろうな……『アルゴス』!」
女性が誰かの名前と思しき言葉を叫んだ。
その言葉と共に、公園の奥から別の人影が現れた。
だが、それは。
「はいはい、メデューサ」
メデューサとは女性の名前であろうか。
気怠そうな声の後に出てきたのは、人影ではあったが、人ではなかった。
全身は石像のような表面をしており、通常の人間の眼と同じ場所にある赤い2つの眼以外にも、体の至る所に青い眼がある。
両手にも『石の眼』とでも言うべき物を持っている。
醜悪なその外見は正しく『化け物』というのに相応しかった。
「この小娘を絶望させろ」
「あんなやつぐらいでいちいち駆り出すなよ」
メデューサと呼ばれた女性とアルゴスと呼ばれた化け物が言い合う中、なのははレイジングハートと小声で会話していた。
『危険です、マスター』
「あの怪物さんだよね……」
『いいえ、それだけではありません。あの女性、あちらも何かあります』
化け物のインパクトに圧倒され、完全にそちらにだけ目が向いていたなのははレイジングハートの指摘にされ、気付いた。
そうだ、あの怪物と普通に話をして、一緒に行動をしているなんて……。
冷静に考えればあの女性にも何かがある。
なのはからは魔法を見られたかもしれないという不安と現れた化け物のせいで冷静さが少し失われていたのだろう。
だが、レイジングハートの言葉で視野の広がったなのはは元の彼女に、小学3年生とは思えぬ洞察力と冷静さを取り戻した。
「チッ、仕方ねぇ……こんなガキぐらい半殺しにすれば一発だろ」
向こうの話に決着がついたようでアルゴスがゆっくりと近づいてくる。
──────半殺し。
凄まじく危険な言葉が聞こえた。
『逃げてください、マスター!』
レイジングハートが声を荒げる。
瞬間、半ば条件反射気味になのはは左に走った。
次の瞬間、先程までなのはがいた場所では小さな爆発が起こった。
アルゴスの頭部にある青い眼から光弾が発射されたのだ。
「危なかったぁ……」
「この状況でそんな事言う余裕があるとはな、見上げた根性だ」
普通の小学3年生の女子生徒なら普通は泣いたり冷静さを失ったり、ともすれば恐怖で絶望だってしかねない。
にもかかわらずなのはは焦った様子はあまりない。
1ヶ月半ほど前の事件、その時なのはは何度も戦闘を行った。
小学3年生には不相応な言葉に聞こえるが、『場慣れ』をしているのだ。
だが、このままでは危険なのは変わらない。
「いくよ、レイジングハート」
『了解』
首から下がるレイジングハートにこの言葉を言う時、それはなのはが『魔法少女』となる時だ。
この姿のままではどうしようもない。
ならば、変身をするしかない。
レイジングハートもその事を十分理解している。
「レイジングハート、セーット……」
魔法少女へと変わる為の言葉を紡ごうとした、その時。
「ハッ!」
「どぉりゃッ!!」
青年2人が同時に跳び蹴りをしながら跳び込んできた。
横からの不意打ちにアルゴスは吹き飛ぶ。
突然の事態になのははレイジングハートの起動を思わず中断してしまった。
青年2人の周りにはそれぞれ赤と緑の不思議な動物が2匹、パタパタと飛んでいた。
「サンキュー、ガルーダ」
青年の1人が赤い鳥にお礼を言うと、ガルーダと呼ばれた鳥は頷きながら消え、後には嵌めてあった指輪だけが青年の手の中に落ちた。
同じ事がもう1人の青年ともう1匹の方でも起こっている。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
青年の1人、赤い鳥の指輪を持っている────即ち、晴人がなのはを気にして近づいてきた。
「おい晴人、やっぱりメデューサの野郎もいやがるぜ」
もう1人の青年────攻介が木の陰の辺りを指さすと、そこには先程アルゴスからメデューサと呼ばれた女性がいた。
メデューサは高みの見物を決め込んでいたのだが、青年2人の登場から一転、表情を強張らせた。
「指輪の魔法使い、古の魔法使い……2人揃ってこんなところに……!」
メデューサの表情、声、言い方、どれをとっても憎々しいというのが伝わってくる。
さらにメデューサはその姿を『化け物』へと変化させた。
髪の毛の代わりのように蛇が生えており、スタイルこそ女性らしいものが残っているが、全身の皮膚はおよそ人間のものではない。
「お嬢ちゃんは隠れてて」
「お、お兄さんたちは……?」
なのははメデューサの変身にも驚いていたが、それ以上にその言葉が気になっていた。
指輪の魔法使いと、古の魔法使い。
メデューサは2人を見てそう呼んだ。
しかし知る限り、『この世界』には魔法使いは自分しか現在はいないはず。
なのはの疑問にはそうした意味があったのだが、晴人に分かるはずもなく、「お兄さんたちは何者?」ではなく「お兄さんたちはどうするの?」という意味に受け取った晴人は笑って答えた。
「あいつら、やっつけてくる」
アルゴスも起き上がり、アルゴスの隣にメデューサが立ち並ぶ。
それと睨み合うようにしていた攻介の隣に、晴人が並んだ。
「ファントムが2体……油断すんなよ、仁と……」
「あー、みなまで言うな! 両方とも俺が食ってやる」
「聞けよ人の話……」
軽口を叩きながら2人は、自分の右手にある指輪をそれぞれ晴人はベルトの手の平のような装飾に、攻介は門のような装飾にあてがった。
────DRIVER ON! Please────
────DRIVER ON!!────
2人のベルトの装飾は晴人のは『ウィザードライバー』として、攻介のは『ビーストドライバー』として真の姿を現した。
そして2人は自分の左手の中指に指輪をはめた。
晴人は赤い指輪を、攻介は黒縁の金色の指輪を。
晴人は自分のベルトの両レバーを操作し、中央の手の平を動かした。
すると、不思議な呪文が流れだす。
────シャバドゥビタッチヘンシーン!────
「シャ、シャバドゥビ?」
この音声にはなのはも呆気にとられてしまう。
一方のレイジングハートは極めて冷静な音声で告げた。
『あの言葉、魔法の詠唱を簡略化したもののようです』
「え、ええっ!? あれが!?」
レイジングハートの冷静な分析に、なのはは普通に驚いてしまった。
正直、少しふざけていないか?と思えるあの音声にそんな意味があるなんて。
そして同時に、なのはの中の疑問が少し解けそうになった。
魔法使いと言われた人が、魔法の詠唱を簡略化した音声を発する機械を使っている。
まさか──────
「変身」
左手を一度右に振りかぶり、その後ベルトの手の平と自分の左手でタッチをするように指輪をあてがう。
────FLAME! Please────
攻介も左手を手の平を前方に手を掲げ、手だけを裏返す。
「変……」
そして円を描くように左腕を右回りに、右腕を左回りに回す。
両手が体の左側に到着したのち、それを一気に右側に振りかぶる。
「身!!」
そして思いっきり溜めた『変身』を言い放ち、左腕を左側の真横に向けたあと、扉のようなベルトの左斜め上にある窪みに指輪を押し当てて、回した。
まるで鍵を回すように。
それと同時にベルト中央の扉が両側に開き、中から黄金のライオンのような彫像が出現した。
────SET! OPEN!────
晴人は左腕を左側に伸ばし、伸ばした先から赤い魔法陣が出現する。
攻介も何かを溜めて放つように一度かがんでから気合を入れて起き上がるという動作の後、晴人の物とは微妙に形状の違う黄色い魔法陣が目の前に出現する。
────ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!!────
────L! I! O! N! ライオーン!!────
魔法陣は2人を通り抜けた。
そして魔法陣が消えた後には、晴人と攻介の姿は既に変わっていた。
赤い宝石のような体を持つ異形と、ライオンをイメージさせる異形に。
操真晴人────指輪の魔法使い、仮面ライダーウィザード。
仁藤攻介────古の魔法使い、仮面ライダービースト。
それが今の、彼ら2人の名前だった。
晴人、ウィザードは左手を自分の顔の位置まで上げた。
「さあ、ショータイムだ」
そして攻介、ビーストもそれに続くように両手を叩いて言う。
「さあ、ランチタイムだ!」
──────私、高町なのは、小学3年生。
──────助けてくれたお兄さんが、魔法使いでした。
────次回予告────
私が魔法少女になって、最初の事件が終わって……。
それから1ヶ月ぐらいしか経っていないのに、急展開です。
魔法使いさん、怪人さん、一体どうなってるの?
でも、私にもできる事がある。
魔法使いさん、お手伝いします!
ってあれれ? また誰か来たみたいです。
彼女たちは何者なの?
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第9話『マジでありえない出会い……なの?』
リリカルマジカルがんばります。