スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第73話 家族への想い

 まずはヒロムから此処までの経緯、攻介の祖母がゲートである事やファントムの戦闘があった事などが簡潔な内容で語られた。

 続いて、ほのかからはプリキュアとドツクゾーンについての説明。

 自分達がプリキュアである事、ハーティエルというものを探している事、そしてドツクゾーンという敵……。

 中々に突飛な内容であった故、事情を知らない一同は困惑している様子ではあったが、ともあれ、この場にいる全員が一先ずの状況を把握。

 その後はそれぞれの自己紹介に移るわけなのだが……。

 

 

「や、やっぱり気のせいじゃなかったよほのか、ひかり! 『あの』風鳴翼さんだよ!

 っていうか飛鷹葵さんもだよ! この前見た雑誌のモデルさん!!」

 

「す、凄いわね……。知り合いを六回辿ると世界中の大体の人に辿り着くって言うけれど、こんな事ってあるのね」

 

「そういえば、私のクラスでも風鳴翼さんの事を話している子が……」

 

 

 御多分に漏れず、翼の名前を聞いた時に3人とも大層に反応を示したりする一幕も。

 翼に葵。双方有名人だ。

 特に取り乱すなぎさと、なぎさほどではないが有名人と会って落ち着かなさそうなほのか。

 本人がこの世界に来て日が浅いせいか一番落ち着いているひかりと、三者三様の顔を見せる。

 

 そんな感じでプチパニックを引き起こしつつ、今度はなぎさ達の妖精を見せた時に二課側が動揺する事になりつつ、お互いの自己紹介は何だかんだと終わった。

 

 

「プリキュア、闇からの敵、光の園……にわかには信じがたいわね。

 妖精なんてものを見せられたら信じざるを得ないけれど」

 

「魔法とか色んなものが揃ってるのに今更って気はするけどね。

 ま、確かにかなりファンタジーだけど。……こうしてると本当にただのぬいぐるみね」

 

「ポルンはぬいぐるみじゃないポポ!」

 

「分かったから、じたばたしないで。……結構抱き心地いいわね」

 

 

 翼はほのかからの説明を思い返しつつ、両手で抱えたミップルに驚きと訝し気を混ぜたような視線を送っていたが、ポルンを抱きかかえる葵からの冷静なツッコミが入る。

 妖精を見せてもらった際に何の気も無く抱きかかえてしまったのだが、特に嫌がる様子もないのでそのままの2人と2匹。

 妖精と女王とか、光と闇とか、如何にも不思議物語チックな言葉の羅列だったのだから当然の反応なのだが、科学もオカルトもないまぜになったこの部隊では気にするだけ無駄なのかもしれない。

 

 一方、不思議なくらいに落ち着いて話を聞いていた響はメップルを抱え、1人で納得するような表情をしていた。

 

 

「へー、咲ちゃんや舞ちゃんと同じ……」

 

「ひ、響。それはあんまり言わない方がいいんじゃ……?」

 

「うわわっ、と!」

 

 

 咲や舞の事も本人達の希望で秘密にしている。

 思わず口を滑らせた響に注意する未来だったが、時すでに遅し。

 その言葉が耳に入ってしまったほのかから追及が来てしまった。

 

 

「あの、『同じ』って……もしかして、もう1組のプリキュアについてご存知なんですか?」

 

「あ、あれ? ほのかちゃんも知ってるんだ?」

 

「俺が教えたんだ。名前はまだだけど、いるって事だけな」

 

 

 以前に天ノ川学園高校で初めて出会った時、翔太郎は『もう1組のプリキュア』に会った事があるとなぎさ達に伝えていた。

 ずっと気がかりではあったのだが、確認を取る術も接触する事も特になく、今日まで経った次第だ。

 

 

「響君。君はプリキュアの事を知っていたのか?」

 

「あー、えっとぉ……複雑な事情というかですね……」

 

 

 さて、この話になってしまうと、じゃあそもそも何で響はそれを知っているのか、という話にもなってくる。

 弦十郎達もそれを不思議に思い尋ねるが、響からすると答え辛い事この上ない。

 何せ、自分がガングニールを見せた事を思いっきり隠してしまっているのだから。

 そこで助け舟を出したのは翔太郎だった。

 

 

「……そうだな。咲ちゃん達には悪いが、こうなった以上、話した方がいいかもしれねぇな」

 

 

 プリキュアの話題が出たこのタイミングが良い頃合いなのかもしれない。

 そう考えた翔太郎は、二課の事情を知らない面々に風都で起こった戦い、そしてつい先日に夕凪で起こった戦いについて語り始めた。

 

 

 

 

 

 咲や舞には申し訳ないが夕凪のプリキュアについての大体を翔太郎は語り終えた。

 泉の郷の事やダークフォールの事なども、自分が把握できている限りの事を。

 口伝をさらに口伝している形になるので大雑把な説明になってしまってはいるが、大枠は伝える事ができた。

 

 さて、夕凪のモエルンバとの戦いの事も話すとなると、当然ながらガングニールを見せてしまった話にも触れざるを得なかった。

 故に響は怒られる事を覚悟したように申し訳なさそうな顔で師匠の前に立っている。

 既にメップルも手放して神妙にしていた。

 翔太郎も同じく、表情こそいつも通りでも、謝罪の姿勢を見せている。

 

 

「……ってわけです。だから、ガングニールの事も無断で隠してた。すんません」

 

「私が勝手に飛び出しちゃったのが悪いんです! 翔太郎さん達は、何も……」

 

「それを言うなら焚き付けちゃったのは私です! 私だって……」

 

 

 それぞれに懺悔する2人に加え、一緒に怒られると約束した未来も名乗りを上げた。

 青年2人と少女1人、それぞれに頭を下げる光景に弦十郎は後頭部を掻きつつ、「やれやれ」と呟いた。

 こうべを垂れる響達へ普段よりも幾分か厳格に、かつ重々しいトーンで口を開く。

 

 

「まず言っておきたいんだが、はっきり言ってそれは非常に危険な行為だ。

 シンフォギアを知っている事が対外勢力に知られた場合、どうなるか。特に響君には説明したな?」

 

「はい……」

 

「人命救助による不可抗力で未来君の件は許したが、それでも未来君には民間協力という形で我々の関係者になってもらっている。

 本来ならば、シンフォギアについて知り過ぎればそうせざるを得なくなるんだ。分かるな?」

 

「はい……」

 

「その日向咲君と美翔舞君に対し、シンフォギアについて何も説明していないという君達の言葉は信用しよう。が、それを知った対外勢力……それこそフィーネを初めとした敵勢力はそう思ってはくれないだろう。

 故に、彼女達の日常が脅かされる危険性もあるんだ」

 

「…………」

 

「再三になるが、我々が守りたいのは機密なんかじゃない。人の命だ。

 無論、君達もその思いは同じだと思っている。

 とはいえ今回の件については、二度としないでほしい、と釘を刺さざるをえん。

 プリキュア達が正体を知られたくないという、彼女達の気持ちを汲んだにせよ、だ」

 

「はい。本当に、すみませんでした……!!」

 

 

 響、未来、翔太郎が揃って深々と頭を下げた。

 そのまましばらく頭を下げ続ける彼女達の後頭部を見て弦十郎は再び溜息を付く。

 しかし今度のそれは、何処か優しい音色の溜息だった。

 

 

「しかし、人命救助の為に行ったであろうというのは分かった。

 日向咲君と美翔舞君には、後日、接触しなければならなくなるが……。

 まあ、不可抗力も多分にあるだろう。人の命を守る為のな」

 

「え……?」

 

「ま、この前も言ったが、人命救助の立役者に小言は言えんさ。

 今回は事情が事情だから言う事になってしまったが……お咎めは此処までにしておこう」

 

 

 頭を挙げた3人が見たのは、優しいいつも通りの弦十郎の顔。

 事実として響が助けに入らなければブルームとイーグレットが敗北していた可能性もある。

 あくまで話という形でしか弦十郎はそれを聞いてはいないが、こういう部分で嘘をつく様な面々じゃないと信じていた。

 お説教を少しばかりして、この話は終えておこう。初めから彼はそう考えていたのだ。

 そんな弦十郎の様子を見て、隣に控える了子がクスリと笑う。

 

 

「甘いわねぇ……」

 

「性分でな。変えられんさ」

 

「よーく知ってるわよ」

 

 

 パチンとウインクをする了子も副司令的な立場にあるのだが、お咎めをする気はようだ。

 お説教を終えた3人は申し訳なさを心に残しつつも、いつも通りに自分を戻す事ができた。

 自分達が悪い事をしたのは間違いないが、それでも許してくれる弦十郎の人柄には感謝しかない。

 一方、一部始終を黙って見ている事しかできなかったなぎさ達は場所が場所という事もあり、少し居心地が悪そうに、身の置き場に困っている風でそわそわとしていた。

 

 

 

 

 

 時を同じくする面影堂。

 こちらではゲートである敏江に、何故ファントムに襲われたか、晴人が魔法使いである事、後藤がファントムに対抗する刑事である事などを説明された。

 二課から説明されたのはあくまでもシンフォギアに関しての箝口令についてのみ。

 それ以外の事柄に関して説明するには、ファントムについて一日の長がある彼等の方が適切だろうという事か。

 

 面影堂の中央に位置するテーブルを挟んだ2つのソファの片側には事件を聞きつけて駆けつけた凛子、もう片側に瞬平と敏江が腰かけている。

 凛子側のソファの近くには後藤が立ち、コヨミはいつも通りカウンターに立ったまま。

 店主である輪島は奥で人数分の紅茶を用意している、といった具合だ。

 ゲートの孫である攻介はというと、ソファから少し離れた柱にもたれかかっている。

 祖母から少し距離を置いている辺り、やはり今でも怖さがあるのだろう。

 

 主な説明は敏江と向かい合う形の凛子が担当していた。

 最後まで話を終えた後、凛子は謝罪の言葉を口にする。

 

 

「すみません、矢継ぎ早にこんな説明を」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。魔法使いにファントム……長生きしていると、想像もできない事が起きるものなのねぇ……」

 

 

 攻介の語る祖母とはイメージの違う、穏やかな声で感慨深そうに口にする敏江。

 脳裏に蘇るのは魔法使いだけの事だけでなく、名も知らぬ3人組の少女達や、先程箝口令を敷かれた際、シンフォギアと説明された鎧を身に着けた少女の顔。

 それに災害として名前は聞いた事があったが、実際に会うのは初めてのノイズ等々……。

 ここ数時間で、長く生きてきた敏江ですら経験した事の無い事が山ほど起こったのだ。

 呑気にも思えるかもしれないが彼女の感慨はそういうところから来ている。

 

 

「そういえば、さっきの女の子達は大丈夫なのかしら?

 まだ随分と若く見えたのだけれど……」

 

「え、ええっと、まあ、然るべきところがキチンとやってるので、大丈夫ですよ!

 特異災害対策機動部の方々も、凄くしっかりした方達ですし!」

 

「まあ、警察の方はあの子達とも知り合いなの?」

 

「そ、そんな感じです。魔法使いの晴人君達も一緒ですから、敏江さんは心配しないでください」

 

「そうなの……それなら、いいのだけれど……」

 

 

 真っ当な大人として、学生くらいの少女達が戦場に顔を出す事を不安に思うのは当然。

 しかしながら、シンフォギアの事を知ったとはいえ装者の事など、詳しい事まで話すわけにもいかず、凛子はどうにかはぐらかした。

 晴人達や頼りになる大人がいるというのはあながち嘘でもないのだが。

 少々の不安は残しつつ、とりあえずはそれで落ち着いてくれた敏江にホッとする凛子。

 そこに輪島が人数分のティーカップをお盆に乗せた輪島が顔を出した。

 

 

「いやー、しかし驚かれたでしょう? まさか魔法使いがご自分の……」

 

「わーッ!!? わー! はははーッ!! 輪島のおっちゃん、紅茶早く淹れてくれよー!! 俺もう喉渇いちまってーッ!!」

 

 

 事情を知らない輪島が全力で口を滑らせようとしたので全力で遮りにかかるのは、誰とも言わずとも分かるだろう。

 どうやら先程の魔法少女の演技はしっかり機能していたようで、敏江の中で攻介はビーストとイコールで繋がっていないのだ。

 輪島は盆を置きつつもキョトンとしてしまい、事情を知っている凛子達はジトっとした目で見たり呆れていたりと、それぞれそんな感じの反応を示していた。

 敏江も不審な動きを見せる孫へ怪訝そうな目を向けるものの、ふと、カウンター席で大人しげな少女の方を見やった。

 彼女の手には『プリーズ』のウィザードリングが嵌められているが、その指輪が目に入ったのだ。

 

 敏江は先程の戦場にいた人間の中で唯一、まだ把握できていない人物がいる。

 レッドバスターは報道もたまにされているゴーバスターズ。

 バース、ウィザードに関しては変身を解いたところ目撃しているし、説明もされた。

 クリス、なぎさ、ほのか、ひかりは、そもそも変身している時も顔が出ている。

 つまり、『魔法少女ビースト』のみが完全に正体不明なのだが……?

 

 

「あの……」

 

「? はい……?」

 

「もしかして、貴女が魔法少女ビースト……?」

 

「え? いや、私は魔法使いじゃ……。っていうかビーストって貴女の……」

 

「わーッ!! コヨミちゃんは今日も可愛いねぇ!!? 何か買ってあげよっか!? うん!!?」

 

 

 大慌てで大暴れして大いに人の言葉に被せる攻介。

 普段からお調子者ではあるが今日のそれは明らかに異常で、コヨミもドンが付くレベルで引いている。

 そしてその暴れっぷりに、流石に雷が落ちた。

 

 

「攻介ッ!! さっきから何ですか騒々しい!!」

 

 

 年の功も加わった剣幕、威風堂々とした怒声は自分に向けられたものでなくともその身を震え上がらせそうなほど。

 こと、攻介に対しては非常に厳しく、再会の時に一緒に居た凛子はその剣幕の凄まじさをよく知っていた。

 事情はどうあれ連絡も抜きに勝手に東京に来ていた攻介が悪いと言えば悪いが、その怒りは確かに怖い。

 

 だが、である。攻介としても下らないものではあるが誤魔化したい理由があった。

 何より、自分が死ぬかもしれない瀬戸際にこのややこしい事態を作り上げた祖母に対し、彼も怒りを感じていた。

 

 

「……なんだよッ!! そもそもばーちゃんが東京に出てこなきゃ、こんな面倒な事にはならずに済んだんだぞッ!!」

 

「どういう理屈ですか! キチンと説明しなさい!」

 

 

 思わず怒鳴り返す攻介、一歩も引かない敏江。

 お互いに怒声をぶつけ合っているその様は、正しく喧嘩。

 それに挟まれる形となった面影堂の一同は口を挟む事も出来ず、黙ってそれを見守るしかない。

 

 事情を説明できない攻介。事情を説明してほしい敏江。

 しばしの沈黙の後、まるで懇願するかのように絞り出した声が攻介の口から漏れる。

 

 

「……いいから福井に帰ってくれよ。頼むから」

 

「お前が一緒なら、いつでも喜んで帰りますよ」

 

 

 元々、敏江の目的はそれだ。

 東京から出ればファントムの襲撃は起こらない事も説明されているので、敏江は端から東京に長居する気はない。

 ただ、攻介も頑なにならざるを得ない理由がある。それは命にかかわるものだ。

 結局、両者の意固地が延々と続いてしまい、険悪な雰囲気が変わる事は無かった。

 

 

 

 

 

 面影堂のギスギスとした空気感とはまるで対照的な二課本部。

 あの後、弦十郎はなぎさ達にお説教によって生じたしばしの重い空気を詫び、いつも通りに笑みを湛えて彼女達を歓迎する姿勢を見せていた。

 なぎさ達もホッとした様ではあったが、場所が場所、女子中学生には少々緊張する場所。

 それを解きほぐす目的か、彼女達には紙コップに入ったジュースが配られた。

 同じく、ヒロム達には二課のあおいが淹れてくれたあったかいもの、要するにコーヒーが配られる。

 そうして各々に飲み物を持った状態で、彼等彼女等の話はスタートした。

 

 

「あ、あの、ところで、晴人さん達の方は大丈夫なんですか?」

 

 

 ほのかも緊張が抜けきらない様子ではあったが、何とか言葉を絞り出す。

 口にしたのは先程の件。ファントムに襲われていた敏江達の事だった。

 何だかんだと二課に連れてこられたが、彼等彼女等の安否はほのか達としても気になる。

 答えたのは、このメンバーの中で一番事情を把握しているであろうヒロム。

 

 

「後藤さん達は面影堂というところで、仁藤のおばあさんを保護してる。

 警護もついてるから、心配しなくても大丈夫だ」

 

 

 安心できる情報ではあったものの、ひかりの表情は何処か暗かった。

 

 

「仁藤さんも、仁藤さんのおばあさんと一緒なんですよね?」

 

「ああ。……あの2人の喧嘩が気になってるのか?」

 

 

 暗い表情で攻介が一緒であるかどうかを聞く理由はそこだろうと、ヒロムも察する。

 ヒロムは後藤や晴人から事情は聞いたが、攻介が祖母の事をどれ程恐れているのかは完璧には把握できていない。

 ただ、家族間で何らかの確執というか、擦れ違いが起きている事だけは話だけでも分かる。

 攻介が祖母の事をどれほど恐れているかはむしろ、その話を直に聞いたほのか達の方が詳しいと言えるかもしれない。

 事実、それを思い返したからこそ、ひかりはこうして不安を口にしているわけで。

 

 

「大丈夫でしょうか……。仲直り、できるといいんですけれど」

 

「そうね。仁藤さんも、それになぎさも、ね?」

 

「うっ、今ここでその話をするわけー?」

 

 

 純粋に孫と祖母の関係を心配するひかりへ、ほのかが安心させるように肩に手を置いた。

 何故か流れ弾が飛んできたなぎさは少々むくれたようにそっぽを向く。

 その間、『仁藤の祖母がゲートであった』以上の事情を知らないヨーコ達は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、ヒロムに何がどういう話なのかと説明を受けていた。

 

 

「ねぇねぇヒロム。仁藤さんとおばあちゃん、何かあったの?」

 

「仁藤は自分のおばあさまの事を怖がってるんだ。厳しい人だったらしい」

 

「そっか……。でも大丈夫だよね? 私もウサダとよく喧嘩するし!」

 

「ああ。まあ、家族の喧嘩なんてよくある話だからな」

 

 

 家族が亜空間にいるヨーコにとってもまた、『家族』という言葉は重い。

 しかし彼女は何でもないかのように自分の相棒との関係を引き合いに出し、きっと大丈夫だろうと口にした。

 彼女にとって育ての親とも言える特命部、そこで一緒に暮らしてきた黒木達やウサダ達は家族同然だ。

 血の繋がりや、例え人間でなかったとしても、共に長く暮らしてきたのなら家族である。

 ヨーコはそこまで深く考えていない。ただ極当たり前に、極自然にそう思っていた。

 

 ところで、ほのかの言葉を聞いた翔太郎はなぎさへと顔を向けた。

 今の話から察するに、彼女も家族と何かあったのか、と。

 

 

「何だ? 家族と喧嘩でもしたのか、なぎさちゃん」

 

「えーっと、まあ……。お母さんとちょっと……」

 

「ハハッ、まあ早めに仲直りしとけよ?」

 

「だって、お母さん口煩いんですもん! 毎回毎回、あれしたの、これしたの~って!」

 

 

 可愛いものだ、というのが、笑う翔太郎の感想であった。

 傍から聞く分にはよくある、何処にでもある微笑ましい喧嘩といった具合でしかない。

 家族との喧嘩。それは非常にありふれた話であり、学生時代に親と喧嘩するなんてよくある事だ。

 家族間の喧嘩と聞き、「最近は姉妹喧嘩を見たなぁ」とか「咲ちゃんとみのりちゃん、元気かなぁ」なんて思い出したりする響。

 と、そこで日向咲に思考が行き着いたためか、響はふと、彼女達の話題を口にした。

 

 

「そういえば……なぎさちゃん達は、咲ちゃん達の事は知らないんだよね?」

 

「え? あ、はい。全然知らないです。私達以外にプリキュアがいたなんてビックリで……。

 詳しく話を聞いたのも今日が初めてだよね、ほのか?」

 

「そうね。いるって事以外は、まだ何も。顔も知らないですし……」

 

「泉の郷の事は聞いた事があるメポ!

 世界樹とそれを支える泉が綺麗な、それはそれは美しい世界らしいメポ!」

 

「ミップルも昔、泉の郷について聞いた気がするミポ。

 クイーンと同じように、そこを治める女王様がいるらしいミポ」

 

 

 光の園と泉の郷に関係があるかは分からないが、メップルとミップルの語る情報は正しい。

 ただし、『ダークフォールに襲われる以前の泉の郷』としてだが。

 泉の郷について直接説明された事のある響や翔太郎達も細かい部分まで聞かされているわけではないので、別世界の事はフワッとしたイメージしかない。

 一方でなぎさ達は他にプリキュアがいるという事を翔太郎から聞いていたが、それがどういう人物なのかはまるで知らないし、想像もつかないでいた。

 

 

「どういう方達なんですか? 私達とは違うプリキュアって」

 

「うーん……印象はなぎさちゃんとほのかちゃんによく似てる気がするんだよねぇ。

 未来はどう思う?」

 

「そうだね。なぎさちゃんは咲ちゃんに、ほのかちゃんは舞ちゃんに似てるかも?」

 

 

 ほのかの興味本位の質問に響と未来が、彼女達の印象を照らし合わせながら答えた。

 実際のところ性格は結構違ったりするのだが、シルエットというか、第1印象というか、そういう部分が似通っているように2人には思えたのだ。

 横で聞いている翔太郎も「そうかもな」と思っており、この場で咲や舞と知り合いの面々が全員そう感じているのだから、それは間違っていないのだろう。

 自分達に似ているという話を聞いて俄然興味が湧いた様子のなぎさとほのかは、お互いに顔を見合わせた。

 

 

「何処かで会う事もあるのかな?」

 

「共通の知り合いもいるんだから、きっと会うんじゃないかしら。

 他のプリキュアと会うなんて、楽しみね」

 

「どんな子達なのかなぁ。ひかりと同じくらい可愛い後輩だといいなぁ」

 

 

 口で伝えるだけではどうしても限界があり、容姿とか性格とか、色々と気になるのだろう。

 咲と舞が中学2年生である事も聞いているが、『中学2年生でふたりはプリキュア』と言えば、なぎさ達からすれば正に去年の自分達を思い出す経歴だ。

 それもあってか、なぎさ達はまだ見ぬ後輩達に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 はてさて、和気藹々とした空気の中で話が進んでいく二課本部。

 夕凪のプリキュアの事や、なぎさ達自身の事など色々と談笑に興じていた面々だったが、タイミングを見計らって弦十郎が時間について口にした。

 

 

「さて、なぎさ君達。わざわざ来てくれてありがとう。

 そろそろ時間も遅くなってきたが、大丈夫か?」

 

「え? わ! もうこんな時間!?」

 

 

 言われてなぎさが携帯で時間を確認すると、既に夜も更けるような時間。

 外に出れば日は殆ど暮れているだろうというのは容易に想像がつくくらいの時間だった。

 ちなみに家族への連絡は既に済んでおり、此処に来るまでの間にヒロムから「遅くなると思うから家族に連絡しておけ」と、なぎさ達は遅くなる事を家族にしっかり伝えてある。

 理由は正直に話せないので、家族を心配させてしまうとは思うが『ノイズ被害に巻き込まれたから』で通してあり、その辺の責任云々は二課が受け持つとも伝えてあった。

 なので遅くなって怒られるという事は無いだろうが、心配はしている事だろう。

 

 

「責任を持って君達を送り届けなければならんな。緒川、頼むぞ」

 

「承知しました。では、僕の方で車をお出しします」

 

 

 如何にプリキュアといえどもうら若き少女だ。

 こちらの都合で来てもらっておいて、下校時間をとっくに過ぎた夜更けに海鳴まで歩かせるなんて大人のやる事じゃない。

 なぎさ達は申し訳なさそうにしていたが、結局はその厚意に甘える事に。

 時間も時間なので慎次は早速なぎさ達を連れて二課司令室を出ていき、残されたメンバーはその後姿を見送る事となった。

 

 扉が閉まり、なぎさ達が完全にこの空間からいなくなった後、最初に口を開いたのは響だった。

 

 

「なぎさちゃん達は、カレイジャス・ソリダリティに入る事になるんですか?」

 

 

 口をついて出たそれは全体の疑問。

 彼女達が悪と戦う、弦十郎風に言うなら『こちら側』である事は明白だ。

 ただ、それとカレイジャス・ソリダリティに入れるかどうかは別の話。

 なのはと同じく民間協力者という形になるだろうが、それはあくまでも彼女達の自由意志だ。

 

 

「それは彼女達による。シンフォギアを所有しているわけでもないから、強制はできん。

 ただ、そうであった方がお互いの為にもなる……とは、俺も思っている」

 

 

 シンフォギアを所有している響ですら、当初は『協力を要請したい』という形で『お願い』されたのだ。

 そこから分かる通り、例えシンフォギアを持っていても完全に強制できるわけではない。

 いや、強制できるかもしれないが、恐らくそのやり方を弦十郎は選ばないのだ。

 部隊最年少のなのはにしても、それは彼女がそれを決断したから加入しているだけで、無理矢理にカレイジャス・ソリダリティへ参加させたわけではない。

 つまるところ、何もかもなぎさ達次第なのだ。

 

 

(一緒に戦えれば心強いし、何よりあの子達を守ってやれる。

 ……その話は咲ちゃん達にもしとかねぇとな)

 

 

 1人、咲達にも同じ事が言えると考える翔太郎。

 こうして話を通してしまった以上、何処かのタイミングで咲達ともう一度合流する時が来る。

 その時に彼女達と話をするのは、以前に自分で言った通り、翔太郎達になるだろう。

 2つの『プリキュア』とカレイジャス・ソリダリティ。

 それらが完全に交わる時は来るのだろうか。

 

 こうして重大な話は終わったが、重大な事件がまだ解決していない。

 ファントムの出現。ゲートへの襲撃。

 これらは既にカレイジャス・ソリダリティ全体で解決に当たらなければいけない問題だ。

 とはいえ能動的にどうこうできる状況でもないので、ヒロムはひとまず基地に戻る事を提案する。

 

 

「風鳴司令。俺達はとりあえず、待機の為に特命部に戻ります。

 ファントムもまた現れると思いますし、ヴァグラス達だっていつ行動するか分かりませんから」

 

「そうだな。しっかり休んで、英気を養ってくれ」

 

 

 響君達も、と、弦十郎は他のメンバーにも帰宅を促した。

 時間が時間なのはなぎさ達だけの問題ではなく、響達にとっても問題。

 そういうわけでそれぞれに自分の居場所へ戻ろうと、空になった紙コップを集めてあおいに渡すなど、帰宅の準備に移った。

 その間にリュウジはヒロムへ、今後の行動について尋ねていた。

 

 

「ヒロム、明日は晴人君達のところに行く? ファントムの事もあるし」

 

「ヴァグラスやジャマンガが現れない限りはそうするべきだと思います。

 ファントム以上に、仁藤と仁藤のおばあさんの間の関係が不安ですけど」

 

「ははは。ま、そこは当人達の問題だし。俺達が口を出す事じゃないよ」

 

「分かってますよ」

 

 

 極論、ファントムは倒せば全てが解決するが、人間関係となるとそうはいかない。

 ヒロムが気がかりなのは家族間の問題の方だった。

 何せ、魔法使いである事を誤魔化す為に魔法少女などという裏声マシマシの奇行に走ったほどだ。どれだけ祖母を恐れているんだと呆れたくもなる。

 本人達がどうにかするしかないのはその通りで、そこは響と翼が喧嘩していた頃も、そのスタンスを崩した事は無い。

 

 

「でも、折角家族なんだから、仲良くすればいいのに」

 

 

 ヨーコの何気ない一言はヒロム達も「そうだな」と思う言葉だった。

 きっと誰が聞いても、「そうだな」で流せるような普遍的な考え方と言葉だっただろう。

 

 

「どうかしら? 家族だから仲良くっていうのも、疑問だけどね」

 

「え……?」

 

 

 だけど、偶然に彼等の近くにいた女性が1人、その独り言にも近い言葉に返答した。

 飛鷹葵。

 飄々としたイメージの彼女が、その印象を崩さぬままに口を挟んできたのだ。

 唖然とするヨーコを余所に彼女の言葉は続く。

 

 

「親が子を否定する、なーんて事もありふれてるし。

 聞いてた限り、おばあさんに色々口出しされてたんでしょ?

 程度にもよるけど、それでいざこざが起こってもおかしくないわ」

 

「それは、そうかもしれないが……」

 

 

 ヒロムにとってもその言葉は意外だった。

 そういう考え方があるのは理解できる。

 家族だから仲が良いという言論が必ず罷り通るなら、DVなんて言葉はこの世から消えている筈だ。

 彼が驚いているのは葵があまりにも突然、かつ淡々と語りだした事そのものに対してだった。

 

 

「どうしたんだ、急に」

 

「……別に。単にこういう一般論もあるわよ、ってだけ」

 

 

 先程と変わらない、クールにというよりも、ただただ興味も無さそうな、冷めた表情。

 ただ、ほんの少しだけ目元に暗さを、翳りを感じるのは。

 

 

「家族が子供にとって素晴らしいとは限らない、って話よ」

 

 

 『冷めている』とは違う感情を彼女から感じるのは、ヒロムの気のせいであっただろうか。

 

 

 

 

 

 二課に集った面々が帰宅の準備を始めた頃、晴人も面影堂へと帰って来ていた。

 彼が店のドアを開けてカランカランと、来店者を知らせるベルが鳴る。

 部屋の真ん中にあるソファに座った瞬平、凛子、敏江、加えてカウンター席にいるコヨミが一斉にドアの方を振り向いた。

 いの一番に晴人の帰宅を迎えたのは瞬平の声だった。

 

 

「あ、晴人さん! お帰りなさい! 今、丁度晩御飯ですよー!」

 

「おう。何かそうみたいだな」

 

 

 テーブルの上には料理が人数分並べられている。

 と、奥の部屋から輪島が出てきて、料理をさらにもう1皿追加で持ってきた。

 どうやらそれが自分の分であるようだと認識するのに時間はかからなかったが、テーブルの上に出ている料理の数には違和感がある事に晴人は気付く。

 

 

「あれ、ひー、ふー、みー……。おっちゃん、1人分足りなくない?」

 

「ああ、仁藤君の分だよ。外で食べるっていうから」

 

「はぁ? あのマヨネーズは……」

 

 

 そういえば部屋を見渡しても攻介がいない。

 恐らく、祖母がいる空間に身を置きたくなかったのだろう。

 自分が原因であろう事は敏江も理解しているらしく、申し訳なさそうに「ごめんなさいねぇ……」と小さく頭を下げながら口にしていた。

 孫に避けられ続けている彼女の心境を思えば、辛いものがあるだろう。

 瞬平も敏江の様子に心を痛めたように、彼女の肩をさすってやっていた。

 

 

「……って、あれ? 後藤さんもいないけど。帰ったの?」

 

「後藤さんは仁藤君を追って行ったわ。ついさっきね」

 

 

 部屋には後藤の姿もなく、その質問には凛子が答えた。

 何処かでテントを張っているであろう攻介を追う形で後藤もいなくなったのだと。

 

 

(全く……。ま、きっと何とかなるよな)

 

 

 あまりよろしくない状態ではあるが、晴人は攻介と彼の祖母の関係をそこまで悲観していなかった。

 攻介が今、何を思っているのか、それは晴人達には分からない。

 それでも祖母のピンチに一番に駆け付けたのは彼だ。本気で恨んでいるわけではないのは明白。

 今は後藤もついているから大丈夫だろうと、晴人は手洗いとうがいをする為に洗面台のある部屋へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 外は既に真っ暗で、6月とはいえ夜は冷える。

 暖を取るために焚き火をしながら、1人、カップラーメンをすする男が。

 テントを張って完全に野宿の体勢に入っている攻介だ。

 オレンジ色の光に照らされる彼の顔は、何処か憂いているように見える。

 攻介に追いついた後藤は最初にそんな事を思ったが、それは気のせいではないだろう。

 

 

「仁藤、此処にいたか。面影堂に戻らないのか」

 

「あそこにいたくなかったんだよ」

 

「……お前が怖がっているとは聞いている。そこまでの事があったのか?」

 

 

 あまり家族間のやり取りに部外者が立ち入るべきではないと後藤も思っている。

 しかし此処まで意固地だと埒が明かないと、彼は掘り下げてみる事にしたようだ。

 聞かれた攻介は、まだ幼い頃から近年に至る過去の事を述懐し始めた。

 

 

「……子供の頃からやたら厳しくて、怒られてばっかでさ。

 俺のやる事為す事、全部反対された」

 

 

 ゆらゆらと揺れ動く焚き火を見つめながら、ポツリポツリと呟いていく過去の記憶。

 幼い頃、ターザンのようにロープにぶら下がって勢いよく揺れながら遊んでいた時。

 

 

「攻介! やめなさい!!」

 

 

 少し経った小学生くらいの頃、屋根に登ろうとした時。

 

 

「攻介! 降りなさい!!」

 

 

 中学生くらいの時、川で水切り遊びをしていた時。

 彼はふと、足元の石が妙な形である事に気付いた。

 

 

「すげぇ~! 化石だ!!」

 

 

 それは本当に偶然にも流れ着いた物。

 けれども、それは少年の頃の攻介を惹きつけるには十分な魅力があった。

 この偶然の出会いが考古学の道へ誘ったのかもしれないと攻介は思うが、記憶の中にはやはり、祖母が出てくる。

 

 

「こら攻介! 1人で川に行くなって言ったでしょう!!」

 

 

 肩を掴んで自分を責める祖母の記憶がそこにはあった。

 ターザンのような遊び、屋根に登る事、1人で川に行く事、確かにどれも危険な行為だ。

 子供ならしてしまいがちで、それでいて注意されてもおかしくない事。

 けれども、敏江は他の子供達の親以上にそういった事柄に対して厳しかった。

 何よりも『怖い』というイメージが先行してしまうほどに、子供の頃の攻介にそれは深く刻まれていた。

 

 そして時は最近、高校時代に移る。

 攻介は祖母の元へ進路の事を話に来ていた。自分が考古学の道に進みたい、と。

 

 

「親父とお袋にはもう話してある! 冒険は男のロマン!

 俺の手で、世界中の遺跡を発掘してやるんだよ!」

 

 

 今までの危険な遊びとは違い、それは攻介が抱いた純粋な夢だった。

 しかし、それに対しても敏江の態度はいつもと変わる事は無く。

 

 

「許しません!! そんな甘えた考え」

 

 

 これまでの鬱憤も溜まっていた攻介は、その時ついにそれが爆発してしまう。

 

 

「みなまで言うな!! 俺はもう決めたんだよッ!!」

 

 

 乱暴に襖を開けて部屋を飛び出した攻介は、そのまま宣言通りに考古学を専攻した。

 大学へ行き、ある発掘調査に同行した時、彼はビーストドライバーを手にする事になる。

 思い起こした全てを話し終えた攻介の顔は一向に晴れない。

 そしてそれらを一言一句、決して聞き逃さぬように真剣に聞いていた後藤。

 彼は話を聞いた上で思った事を正直に口にした。

 

 

「おばあさまがお前の事を心配しているようにも聞こえたが」

 

「だとしても苦手なんだよ、本当に。

 俺は考古学に本気なんだ。これ以上ばあちゃんに反対されたくねぇ」

 

 

 かつての危険行為は注意されてもおかしくはないだろう。

 だけど考古学は攻介の夢。彼が本気で臨んだ事だ。

 それにまで反対された事で、彼の中にある祖母への苦手意識は強まっていた。

 

 

「……確かに全ての親や祖父母が、子供に対して理解があるとは言えない」

 

 

 対し、後藤は彼へ一定の理解を示す様な言葉をかける。

 攻介には分からぬ事だが、後藤の脳裏には1人の親しい友人の事が浮かんでいた。

 

 

「親が自分の為に、子供を利用する事もあるような世の中だ。

 お前とお前のおばあさまの間にある確執も、理解できなくはない。

 家族だからといって、必ずしも親しいわけじゃないからな」

 

「…………」

 

 

 後藤が語るそれは、実際に友の身に起こった痛ましい出来事。

 家族でも確執は生まれる。ともすれば絶縁すらしてしまう事もある。

 そんな友を見てきたからこそ、家族の間に起こる争いを後藤は否定しない。

 

 

「ただ、お前は本当におばあさまの事を嫌ってるのか?」

 

「……それは」

 

 

 それでも後藤は、どうしても攻介が祖母の事を嫌っていると思えなかった。

 理由は晴人と同じ。祖母を助けに来た、という一点に尽きる。

 本気で心配する素振りをずっと見せていたし、後藤もそれを見ていたのだから。

 

 

「無理にとは言わない。だが、おばあさまと向き合えるなら向き合ってやれ」

 

「……できねーよ、今は」

 

「……そうか」

 

 

 諭されても、どうしても苦手意識の方が先行してしまう。

 そればかりは本人に解決してもらう他ないと、後藤は決して強要はしない。

 そうしたところで本当の意味での解決にはならないと分かっているからだ。

 しばしの間の沈黙。その後、攻介はずっと見つめていた焚き火から顔を上げ、後藤を見上げた。

 

 

「後藤さんさ、晴人と一緒に、俺の代わりにばあちゃんを福井まで送ってってくれ。頼む」

 

「お前の方が、いいと思うが」

 

「…………」

 

「……分かった」

 

 

 攻介と祖母の間にあるギクシャクとした関係。

 きっかけ自体は些細な事。その些細な事の積み重ねの結果だ。

 それを今の今まで引き摺ってしまったから、そしてそこに命の危機まで重なってしまったから、普通以上に拗れてしまっている。

 それとも意固地になってしまった手前、引けなくなってしまっているのだろうか。

 ともあれ攻介が祖母と向き合うには、まだ少しかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 慎次の運転する車で送り届けられたひかり、ほのか。

 最後に残ったなぎさも自分の住むマンションの手前で降ろしてもらい、無事に帰宅。

 色々あったなぁ、と今日起こった事を回想しつつ、マンションの階段を一段ずつ登っていく。

 晴人と偶然会って、ファントムと戦い、何だか色々あって、有名人と知り合いになって……。

 プリキュアになってからありえない事の連続だったが、今日も今日とてありえない事が身に降りかかってきた、という感じだ。

 

 

(私達とは別のプリキュア、かぁ……。やっぱり気になるなぁ)

 

 

 その中で一番気になるのは、やはりというか自分達とは違うプリキュアの事だった。

 名前と後輩である事以外は不明の2人に思いを馳せている内に彼女は自宅の前に来ていた。

 玄関の扉を開けていつも通りに「ただいまー」と口にする。

 何でもない様な帰宅だが、家族はそうは思わない。

 リビングからなぎさの母、『美墨 理恵』が慌ただしく駆け寄ってきた。

 

 

「なぎさ! 大丈夫だった!?」

 

「もう、大丈夫だよ。何ともなかったんだから」

 

「あぁ、良かった。ノイズなんて聞いて心配で心配で……怪我とかない?」

 

「ないない。大丈夫だって」

 

 

 ノイズは人間にとって致死の災害だ。

 人間だけを的確に狙う特性上、助かる可能性は他の災害以上に低い。

 仮にノイズでなくとも娘が災害に巻き込まれたのだ。母が心配するのも当然だ。

 しかしなぎさとしては巻き込まれたわけではない。

 ノイズに遭遇こそしたものの、ノイズの被害に遭ったのはあくまでプリキュア云々を誤魔化す方便だ。

 だからどうしても、なぎさと理恵の間には擦れ違いが生まれている。

 

 

「それならいいけど……。

 とにかく、今日はもう早く寝なさい。ただでさえ病み上がりなんだから」

 

「えぇー? 風邪なんてもう治ったって!」

 

「ぶり返すかもしれないでしょ。ご飯は作ってあるから、手洗いうがいして、寝て、本調子になるまで無理しちゃダメ!」

 

「もう! 分かったわよ!」

 

 

 口煩く言われた事に苛立ったなぎさは声を荒げ、不機嫌全開で洗面所に向かう。

 元気に歩いているその姿を見てホッとしつつ、言う事を聞いてくれない事に溜息を付きつつ、2つの感情が入り混じった視線を娘の後ろ姿に向ける理恵。

 

 昨日まで風邪で寝込んでいたと思えば、登校した矢先にノイズ被害。

 口煩く、少し厳しく言う理恵だが、それは偏になぎさを思ってこそなのだが。

 親の心、子知らず。そういう事なのかもしれない。

 ともあれ娘が無事で良かったと安堵した理恵は、くしゃみをして背中を震わせた。

 

 

 

 

 

 特命部に帰還したゴーバスターズ一同はそれぞれの部屋で休息を取っていた。

 あの後、葵は自分の家に戻り、響達二課のメンバーも帰路についたそうだ。

 1人、自分の部屋のベッドで寝っ転がるヨーコ。

 既に明かりは消しており、後は眠りにつくだけの状態だった。

 彼女の目は天井を向いているが、決して天井に意識を向けているわけでは無い。

 心に湧き出る思いを整理していて、目線に構ってなどいないというだけの事だった。

 

 

(お婆ちゃん……家族、かぁ。お母さんと喧嘩した事、あったかなぁ)

 

 

 ゴーバスターズ、特にヒロムとヨーコにとって『家族』は重い。

 それは1つの弱点だ。フィルムロイドとの戦いにおいてヒロムはそれを露呈した。

 だが、同時に強さでもある。何故ならそれこそが戦う為の原動力だから。

 ヒロムもヨーコも家族を取り戻す為に戦っている。

 だが、そこにはほんの少しの差異があった。

 

 

(ヒロムはあるのかな。家族と喧嘩した事)

 

 

 13年前の時点でヒロムは7歳、ヨーコは3歳。

 そこが差だ。ヒロムは鮮明な記憶があるが、ヨーコには霞がかったようなぼんやりとした記憶しかない。

 家族との喧嘩。歓迎できるものではないが、ヨーコはそれを少しだけ羨ましく感じていた。

 妬みとかそういうレベルではないが、ほんの少しだけ。

 

 

(なぎさちゃんもお母さんと喧嘩したって言ってたっけ)

 

 

 今日知り合った中学生3人組。歳で言えば2つ年下のなぎさとほのか、4つ年下のひかり。

 その内の1人が母親と喧嘩していると言っていた事を思い出す。

 攻介となぎさ。些細な家族喧嘩だが、ヨーコは純粋に想う。

 

 

「仁藤さんもなぎさちゃんも、仲直りできるといいなぁ」

 

 

 口をついて出たその想いは羨望でも何でもなく、ただただ仲直りを望む言葉。

 家族の大切さを身に沁みて感じている彼女の優しい言葉だった。

 

 

「はわぁ~! 他者を思いやる純粋な気持ち!

 なんてピュアな心の持ち主なんでしょう!!」

 

「!?」

 

 

 唐突に響く声に飛び起きるヨーコ。

 周囲を見渡す。何もいないし、誰かがいるような気配もなかった。

 既に消灯していた事もあって視界も悪いが、誰かが入ってきたような形跡もない筈なのだが。

 

 

「……空耳?」

 

 

 いや、とてもそうは思えない女性の声が聞こえた筈。

 あんなにきっぱりはっきりした声が幻聴なのかと思ったヨーコは、ベッドから離れて部屋の明かりをつけてみた。

 急な明るさに目が痛むが、ほんの少しすれば目も慣れて、見慣れた自分の部屋がよく見える。

 

 ──────ただ1つ見慣れないのは、部屋に浮かぶ手のひらサイズの小さな人。

 

 

「はわ、見つかってしまいましたわ!」

 

「……えっ、あっ、何っ!? 何なの!?」

 

 

 可愛らしい羽を持ってふわふわと浮かぶ、白い妖精のような何か。

 ヴァグラスだのジャマンガだのと見てきたし、メップルやミップルを見た事もあって少しは耐性があるヨーコ。

 あるのだが、だからといって自分の部屋に突然妖精らしきものが現れれば慌てもする。

 

 

「私はハーティエルの『ピュアン』。迷い迷って此処に来てしまったのですわ~」

 

「は、ハーティエル? ピュアン?」

 

 

 何てことなく自己紹介をしてくるピュアンを名乗る妖精。

 戸惑うヨーコだが、ハーティエルという言葉は極最近に聞いた言葉だ。

 ほのか主導のプリキュアに関する説明。その時、ハーティエルというものについても。

 かなり新しい記憶だった事もあり、ヨーコはすぐにそれを思い出せた。

 

 

「貴女、なぎさちゃん達の……プリキュアが探してるっていう?」

 

「まあ! プリキュアをご存知なのですわね! プリキュアは何処に?」

 

「此処にはいないけど……えっと、どうする?」

 

「どうしましょう?」

 

「聞いてるのこっち!」

 

 

 えぇー、と、頭を抱えるヨーコ。

 なぎさ達が探してるといったハーティエル。

 ピュアンもプリキュアと合流する事を目的にしているような口ぶりだった。

 ところが現在時刻は既に真夜中。なぎさ達の家を尋ねられるわけがない。

 とすれば、とれる行動は非常に限られるわけで。

 

 

「……とりあえず、今日は此処にいる?」

 

「よいのですか!? 虹の園の方はお優しいですわ~!」

 

 

 そんなわけで、ヨーコは不思議な妖精と一晩を過ごす事になったのだった。




────次回予告────

「お母さんったら、いつまでたっても子供扱いなんだから!」
「きっと、なぎさの事が心配なのよ。仁藤さんもお婆様と仲直りできたかしら?」
「って、またまた敵!? しかも今度は……」
「メタロイド!?」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『母の記憶』!」」

「あれ? ほのか、あれって……?」
「もしかして、ハーティエル?」

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