スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第72話 プリキュアと魔法少女と新たなファントム

 晴人にファントム出現の報が届いたのは、ワータイガー出現から間もなくだった。

 耳に当てた携帯電話から焦った声が聞こえる。電話の主は瞬平。

 瞬平は敏江を連れてファントムから逃げ、一旦物陰に隠れた後、携帯で晴人へ連絡を取ったのだ。

 迅速かつ的確な行動だが、これはファントムとの遭遇が昨日今日に始まった事ではないから。

 一般人ながら幾度かの戦いを潜り抜け、今自分がすべき事をよく分かっていると言えるだろう。

 

 

「何!? 仁藤のおばあちゃんがゲート!?」

 

 

 携帯越しに告げられた言葉を思わず口に出してしまった晴人。

 同様にドーナツを食べていたなぎさ達も思わず椅子を後ろに弾く勢いで立ち上がり、攻介は一番顔を青くしている。

 

 

「場所は! ……スカイタワーの近くだな!」

 

 

 瞬平も焦っているからか大雑把な場所しか分からないが、分かり易い目印が近くにある事が幸いした。その近くまで行けば騒ぎになっている場所も把握できるだろう。

 

 

「ばあちゃん……!!」

 

 

 場所を聞いた後の攻介の行動は非常に速かった。

 晴人が通話を切って携帯をしまうという僅かな動作の間に、既に全力疾走に移っている程に。

 

 

(……ったくアイツ)

 

 

 彼の心境を察し、頭を掻きながら笑う状況ではないと分かっていても、つい口角を上げてしまう晴人。

 口では何だかんだと言っても、長く過ごした大切な家族の危機が見過ごせないようだ。

 そして彼もなぎさ達に「じゃあ、また」とだけ言い残し、駆け出す。

 大切な仲間である瞬平と、大切な命であるゲート。自分を待っている人々の元へと。

 

 

「……なぎささん、ほのかさん」

 

「ホントは自分から首突っ込みたくないんだけど、見て見ぬ振りができますかって!」

 

「フフ、なぎさもそう思うわよね」

 

 

 晴人と攻介の走り去る姿を見送る3人の心は1つだった。

 困っている人がいる。ともすれば、殺されてしまう人がいる。

 戦う力を持っているのに、それを聞いて易々と放っておけるほど冷酷ではいられない。

 プリキュアとしてではない。彼女達が生来持っている性分だった。

 

 

 

 

 

 スカイタワー近辺の広場で瞬平と敏江は追い詰められてしまっていた。

 普段ならば広場で沢山の人が遊んだり、あるいは何かのパフォーマンスを見る人々で溢れかえっているのだが、今日は人っ子一人いない。

 否、いたにはいた。ただ、ワータイガーという異形のせいで誰もが悲鳴と共に走り去っていってしまっただけで。

 

 

「さあ、かくれんぼは終わりだ」

 

 

 低く威圧するような声と共に、異形の姿がにじり寄る。

 広場の最奥、背後に残っているのは壁と数センチのスペースだけ。

 横に逃げようとしてもワータイガーのスピードの方が圧倒的に早いだろう。

 せめて自分が盾になろうと敏江を後ろに庇う瞬平だが、それを鼻で笑いながらワータイガーは右手を振るった。

 怪物が軽く振るった拳でも、何の力も持たない瞬平を突き飛ばすには十分すぎた。

 

 

「うわっ!」

 

「しゅ、瞬平君!!」

 

「人間が、無駄な事はやめておくんだな」

 

 

 アスファルトに倒れ込む瞬平を蔑むように一瞥した後、ワータイガーは再び敏江に迫った。

 恐怖から目を背けるように目を固くつむる敏江。

 何とか晴人が来るまで時間を稼ごうと必死に立ち上がろうとする瞬平。

 

 そしてそこに割り込んできた、数発の銃声。

 

 

「むぐォッ!?」

 

 

 銃声より発せられた複数の弾丸は全てワータイガーの体に命中。

 1歩、2歩と後退するワータイガーへ向けて、さらに追い打ちの銃撃が飛ぶ。

 下がりに下がったワータイガーと敏江の間に数メートルの距離がいた。

 その距離の間、まるで瞬平と敏江を守護するように空から降り立ったのは、翼を背負った1つの銀色の影。

 

 

「無事か、奈良!」

 

「後藤さぁん! 来てくれたんですね!!」

 

 

 その男、仮面ライダーバース。後藤慎太郎の変身した姿だ。

 空を舞う装備、カッターウィングで駆けつけたバースは、先程もワータイガーを撃った銃、バースバスターを構えて警戒の姿勢を崩さない。

 

 

「操真から連絡を受けてな、仁藤のおばあさまの事も聞いている。間に合って何よりだ」

 

「でも、速かったですね! 晴人さんよりも速いなんて……」

 

「偶然特命部にいたんだ。だから各地に通じているシューターを使わせてもらえた」

 

 

 ゴーバスターズが出動する際に使用されるシューター。

 その出入り口がスカイタワー近辺にもあったので後藤の到着は速かったのだ。

 実のところ、特命部の仕組みを知らない瞬平はシューターがどういうものなのか分からないのだが、ともかく頼れる味方が来てくれた事は喜ばしい。

 

 

「チィ、メデューサ様の言っていた魔法使いじゃない邪魔者と言うのは、貴様か!」

 

 

 カレイジャス・ソリダリティに合流するまでの僅かな期間にもファントムの活動はあった。

 その際、後藤はバースとしてファントムとの戦闘、晴人達との共闘を既に数回経験している。

 だからか、ファントム側でもバースの事は噂になっているようだった。

 

 ワータイガーは小さな石を取り出し、それをまるで豆まきのように投げうつ。

 小粒の石の1つ1つは徐々に槍を持った灰色の鬼へと変貌した。

 ファントム御用達の戦闘員であるグールである事はバースにもすぐに理解できた。

 

 数十体のグールと1体のファントム相手に、後ろの瞬平と敏江を守りながらのバース1人では不利だろう。

 しかし、バースは決して焦りを見せない。

 

 

「グールか……。だが残念だったな」

 

「何ィ……?」

 

「お前の相手は俺だけじゃない」

 

 

 後藤が晴人から連絡を受けた時、彼は特命部の司令室にいた。

 特命部の司令室には他にも人がいて、当然その人達にもファントムの出現は伝わっている。

 

 ならばレッドバスターがこの場に出現するのは、何ら不思議な事ではない。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 瞬平と敏江の真後ろにある壁、その向こうには広場から続く階段から通じる道がある。

 そこから跳び込んできたレッドバスターがイチガンバスターでグールの数体を撃ち抜いた。

 着地した彼はイチガンバスターを構え直し、バースと同じく敵に銃口を向け続ける。

 

 

「こいつらがファントムですか」

 

「すまないな桜田、訓練後だったらしいが……」

 

「気にしないでください、敵が都合を考えてくれないのはいつもの事です。

 それに、こういう時の為の訓練ですから」

 

 

 会話を続ける2人へグール達が迫ろうとするが、すかさず引き金を引いて迎撃。

 イチガンバスターとバースバスターの同時射撃がグールの群れを次々と打ち倒していった。

 対し、流石にグールに任せていては埒が明かないと判断したワータイガーは倒された分のグールを新たに補填しつつ、敏江達に迫ろうと接近をはじめた。

 

 

「周りの雑魚は俺が引き受けます。後藤さんはファントムを!」

 

「分かった、頼む!」

 

 

 即時の役割分担の後、レッドバスターがグールの群れに突貫し、バースはその場で迫るワータイガーに対して銃を撃ち続ける。

 

 グールの方はヴァグラスでいうバグラーに相当する存在。使い捨てでしかないそれらに対し、訓練を積んだレッドバスターが負ける道理はない。

 イチガンバスターで確実に1体1体を撃ち抜き、槍の攻撃も複数人による波状攻撃も全てを捌き切って見せていた。

 

 一方でワータイガーはファントム。戦闘員との力は比較するまでもない。

 そして彼は人間態が屈強な、筋肉質な男なのだが、その見た目の印象通り、パワーが自慢だ。

 さらに鍛えた体はスピードでも威力を発揮し、全体的な身体能力は高水準。

 おまけにどこからともなく取り出した剣までも振るってくる。

 

 

「チッ、中々やるな」

 

 

 しかし、そのワータイガーでもそのように評するほどの実力がバースにはある。

 グリードと戦い抜いた後藤の実力は本物で、マニュアルをキッチリ読み込んでいる彼はバースの機能を熟知していた。

 剣をかわし、距離を取りつつバースバスターを数回発射。

 多少の怯みはあっても明確なダメージを与えられない事に気付き、バースバスターを投げ、ベルトにセルメダルを投入した。

 

 

 ────Drill Arm────

 

 

 ベルトを操作し、右腕に装着された大きなドリル。

 電子音声の告げた通り、この装備の名前は『ドリルアーム』。

 相手を削る事で攻撃する、形状通りの性能を持った武器であり、接近戦に効果的な武装だ。

 

 

「武器を腕に、か! こけおどしをッ!」

 

「甘く見るな!」

 

 

 ドリルと剣が鍔迫り合いを演じる。

 剣と拮抗しつつ激しく回転するドリルだが、人知を超えた剣は一切の刃こぼれを起こさない。

 ただただ2人の間で工場の溶接作業のような激しい火花が散り、武器を通しての力比べが展開されている。

 

 

(グールの数が多いな。こいつも油断できる相手じゃない、だが……)

 

 

 ワータイガーと接近戦による戦いを続けながらも、バースは常に周囲の状況を把握していた。

 多数のグールは、レッドバスター1人で全滅させるのに時間がかかるであろうという事。

 ワータイガーは脇目を気にして勝てるような相手ではない事。

 

 そしてもう1つ。

 まだこの場に、ファントムの天敵が現れていないという事。

 

 

 ────Flame! Please────

 

 ────ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!────

 

 

 魔法の詠唱、赤き魔法陣を突っ切って、広場の向こう側から魔法使いが馳せ参じた。

 彼はウィザーソードガンをソードモードで手にし、進行方向のグールを軒並み切り捨てた後、残りをレッドバスターに託してワータイガーへ斬りかかった。

 ワータイガーは一旦バースを無理矢理突き飛ばし、その攻撃を自身の剣で受け止める。

 

 

「指輪の魔法使い! 貴様まで来たか……ッ!!」

 

「そりゃそうさ。今回のゲートはあのおばあちゃん何だって? お年寄りは大切にするもんだ」

 

「面倒をかけさせるな!!」

 

 

 幾度か剣同士の斬り合いを繰り返した後、ワータイガーの左腕から光弾が発射された。

 数発の光弾を軽やかな動きで避けきったウィザードは、ドリルアームを解除しバースバスターを拾って構えるバースと合流。

 片や剣を、片や銃を構えたままで2人の戦士が横並びとなった。

 

 

「先に着いてたのか、サンキュー後藤さん。ゴーバスターズの人までいるってのは心強いかな。でもどうして?」

 

「偶然特命部にいたんだ。それで一緒に出撃してもらっている。

 というか、今後は彼等との共闘が普通になるんだ。いちいち疑問に思わなくてもいいだろう」

 

「それもそうか。昨日の今日でまだしっくりきてなくてね」

 

「分からなくはないがな。……仁藤はどうした? 一緒じゃなかったのか?」

 

「え? あー……いや、アイツはちょっと事情っていうか……」

 

 

 ウィザードの声色は何かを隠そうとしているというより、呆れの度合いの方が大きかった。

 彼は晴人よりも早く走っていたのだ、此処への到着が晴人よりも遅いわけがない。

 実際、彼は既にこの現場に到着していた。ただし、物陰に隠れている状態でだが。

 

 

(あーもう! ここで出てったらぜってぇばあちゃんにバレるだろ!!

 つっても助けねぇとばあちゃんがやべーし……!)

 

 

 攻介は敏江に魔法使いである事を知られるのが怖い。

 また子供の頃のような怒号を聞くのを恐れているという、単純明快だが人が聞いたら呆れかえるような理由だ。

 攻介にとってそれは死ぬほど重要な事であるが、だからといってこのまま自分が出て行かないという選択肢はあり得ない。

 彼はそんな理由で家族を見捨てられるような男ではなかった。

 

 

(どーする!? 何かこう、誤魔化す手は……!!)

 

 

 攻介は脳内をフル回転させる。

 晴人か後藤が今の攻介の状態を知れば、もっと別の事に頭を使ってくれとツッコミが飛んでくるくらいには真剣に。

 誤魔化す手段を探る、その為に今までの経験を探る、これまでの記憶を遡る。

 数瞬の考えの後に彼が辿り着いたのは、白い姿をした『あの子』の姿。

 そしてそれは、この場をどうにか誤魔化せる一手。

 

 

(……これだッ!!)

 

 

 攻介が見つけた、その方法とは。

 

 

 

 

 

 くるりと空中で回転しながら金色のライダーが広場に降り立つ。

 彼は手にしたサーベルを振るい、まずはグール達へと斬りかかった。

 

 

「貴方は確か……」

 

 

 グールの相手をしていたレッドバスターが金の姿を認識して声をかけるが、それに反応する事無く、サーベルを振るってグールを蹴散らしていく。

 

 サーベルの振るい方は優雅だ。

 普段ならば豪快に斬りつけるのに、何故だかフェンシングをしているように突き主体。

 動きも軽やかだ。

 普段ならば男らしく荒い動きをするのに、まるで舞うかのようにくるくる回転している。

 ウィザードのエクストリームマーシャルアーツを思わせる『くるくる』ではなく、バレエとかの『くるくる』である。

 

 何か、おかしい。

 金色のライダー、ビーストの行動に特に違和感を持ったのはウィザードとバースと瞬平。

 

 

「お前か、ファントムを食わないと死ぬという奴は」

 

 

 ワータイガーの言葉はビーストの事も既知であると分かるものだった、

 言葉を聞き、広場全体を見渡せる高所にある足場へと跳び上がるビースト。

 そうして彼は、高らかに名乗りを上げる。

 

 

 

 

「そうよ! 私が噂の魔法少女、ビースト!!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 この場の大体がハモった。そう、明らかに彼は様子がおかしい。

 彼は男である。何だ魔法少女とは。

 彼は男である。何だその無理のある裏声は。

 彼は男である。何だその無駄にくねくねした動きは。

 仁藤攻介という人物を知る彼等が一様に思ったそれは、一切合切間違っていない。

 

 

「貴方もパクッと、食べてあげるわっ!」

 

 

 おい、ランチタイムはどうしたよと、ウィザードの言葉が宙に消える。

 

 仁藤攻介の考えた、祖母を誤魔化す為の秘策。それがこれだ。

 ビーストの状態で姿を見せても声色でバレてしまう恐れがある。

 徹底的にビーストと仁藤攻介が紐づかないようにする、その為にはどうするべきか。

 考え考え、苦しんだ彼の脳裏に浮かんだ少女の姿は、まるで女神の助けのようだった。

 魔法のステッキを持つ純白の少女の姿は仁藤攻介に希望と発想を与えたのだ。

 

 平たく言おう。

 これは高町なのはから着想を得た『ナニカ』である。

 

 

「……お前、気持ち悪いぞ」

 

「もう! くーやーしーいー!」

 

 

 ファントムからも苦言を呈された。

 しかし魔法少女ビーストはめげない、うつむかない、絶望しない!

 あくまで彼は可愛らしく、優雅に、繊細に戦うのだ!

 

 ビーストは再び広場の戦線に戻り、ワータイガーへ向けて一目散。

 知人の狂気に身を固めているウィザードとバースは、ワータイガーと対峙するビーストをぎこちなく見つめていた。

 

 

「ほぉら、くるくるくるくる~」

 

「ぐぅお!!」

 

 

 無駄に圧倒している。

 その変則的で無駄にくねくねした動きにワータイガーも翻弄されており、良い様にダイスサーベルの突きを食らっていた。

 何なら普段よりも順調に圧倒しているようにも見えた。あんまりである。

 

 

「……操真、何だアレは?」

 

「仁藤はおばあちゃんに正体を知られたくないらしいから、多分……」

 

「……一応、あの努力は汲んでやるべきか」

 

「まあ、うん、本人の希望だからな……」

 

「分かった。桜田の方には俺から説明しておこう」

 

「マジサンキュー……」

 

 

 攻介の人となりを把握しきっていないレッドバスターが大困惑している様子なので、バースはグールを蹴散らしつつ、状況説明に向かった。

 このままでは攻介が変な人だと思われかねない。いや、変な人なのは間違いないのだが、斜め上の方向に変な人だと受け取られてしまう。

 

 

「桜田、俺達の方でグールを片付けよう」

 

「ええ。……あれが、もう1人の魔法使いですよね」

 

「そうなんだが、アレはだな……」

 

「……大丈夫です。どんな人でも俺達の仲間ですから。性格とか性別とか、関係ないと思います」

 

「違うんだ桜田。聞いてくれ」

 

 

 至極真面目な声色で今のビーストを受け入れようとしているものだから危ない。

 その志は立派だしバースもそうありたいと思いはするが、ビーストは極普通に男だ。

 理由はどうあれビーストは頑張っている。本当に、理由はどうあれ。

 流石にこれでは不憫だと、彼の名誉の為にバースは事情をレッドバスターに話しておいた。

 それはそれでレッドバスターが本気で呆れるのはご愛敬。

 

 一方、ウィザードはビーストの加勢に向かうが、少し足取りが重いのは気のせいか。

 

 

「ぐぅッ! おのれぇ、古の魔法使い……!!」

 

「んーまっ!」

 

 

 強めの一突きで吹き飛ぶワータイガーと、それに投げキッスを送るビースト。

 奇怪な事この上ない彼と隣り合って並びたくない気持ちが先行している。

 

 

「理由は分かるけどやり過ぎじゃねぇか……?」

 

「うふふっ」

 

「いやマジかお前」

 

 

 裏声で笑いかけてくるビーストにはさしもの希望の魔法使いもドン引きだ。

 理由はなんであれファントムを追い詰めているのは良い事なのだが。

 

 

(敵は4人、グールじゃ足しにもならんな。

 メデューサ様には申し訳ないが、一旦退くのが得策か……)

 

 

 一方でワータイガーは圧されつつも冷静に周囲の状況を把握していた。

 グールが頼りになるとは思えないし、間違いなく自分1人の手ではあまるこの状況。

 幹部であるメデューサへの謝罪の念と共に撤退を視野に入れ始めた、そんな時。

 

 

「ハロ~。何だか大変そうだね、い・が・わ・君?」

 

 

 気楽な口調と共にどこからともなく乱入してきた、少年の面影を残す青年。

 白いシャツに黒いベスト、緑の羽をつけた帽子と、そこからはみ出る癖毛のある茶髪、肩に羽織る緑色のストール。

 明るい笑顔を湛えた彼の第一印象はさしずめ、陽気でおしゃれな青年と言ったところか。

 

 彼が口にした『井川』という名はワータイガーの『宿主』の名前。

 絶望してファントムを生み出す前の、人間の名前だった。

 

 

「俺をその名で呼ぶだと。貴様、何者だ」

 

「僕は『ソラ』。この姿で会うのは初めてかな?」

 

「……ファントムか」

 

 

 ソラを名乗る彼も同族であるとワータイガーが看破する。

 そしてその青年に、ウィザードも瞬平も遭遇した事があった。

 ただ、襲ってくるでもなく、他のファントムとの戦闘を唆したりする程度の存在。

 明らかにファントム側であるという行動、言動こそしているが、一度も直接戦闘を行った事がない相手だった。

 

 ソラはその身を怪物へと変化させた。

 彼のファントム態、深い緑を基調としており、両手には『ラプチャー』という片手剣を1本ずつ携えている。

 この姿の名、そして彼のファントムとしての名前は『グレムリン』。

 グレムリンはワータイガーから魔法使い達へと視線をゆるりと移し替えた。

 

 

「指輪の魔法使い達にとっては、こっちの姿が初めましてだよねぇ?

 正真正銘初めましての人もいるし、自己紹介しておこうかな。

 改めまして、僕はソラ。よろしくね?」

 

「あんまりよろしくしたくないんだけどな。その姿になったって事は、そういう事だろ?」

 

「つれないなぁ、指輪の魔法使いは。ちょっと僕と遊ぼうよ!!」

 

 

 彼がワータイガーの助っ人として介入したであろう事は瞬時に理解できた。

 直後、グレムリンはウィザードを標的に接近。ラプチャーを振るって攻撃を仕掛けた。

 対してウィザードもウィザーソードガンで応戦するも、グレムリンの動きは俊敏かつ軽快。

 1本の剣で何とか対応するが、斬り合いの中で圧されているのはウィザードだった。

 

 

(普通のファントムじゃない! こいつもフェニックスやメデューサと同じか!)

 

 

 幹部クラスのファントムと幾度も交戦したウィザードだからこそ、グレムリンの能力がそれらと同等並であると肌で感じていた。

 普通のファントムも決して弱いわけではないが、頭1つ抜けている実力。

 ウィザードは一旦グレムリンと距離を取り、苦戦していた接近戦を無理矢理に打ち切った。

 その後、通常のスタイルのままでは苦戦は必至であるとして、フレイムドラゴンの指輪へと付け替えた時。

 

 

「グレムリン! 何をやっているの」

 

「うん? あ、『ミサ』ちゃん。見ての通り、井川君の助っ人だよぉ。

 邪魔はしてないんだから、怒らないでほしいなぁ~」

 

「フン……。まあいい、さっさとゲートを絶望させるわよ」

 

 

 間の悪い事に、頭1つ抜けた実力のファントムがもう1人。

 戦場となった広場に現れた長く美しい黒髪の女が、その身を怪物へと変化させた。

 ただでさえ幹部クラスが1体いる中で、さらなる増援。

 祖母を誤魔化す為に魔法少女を名乗っているビーストは尚も演技を続けているが、内心は気が気ではない。

 

 

(あー、チクショウ! なんだってこんな時にワラワラワラワラ出てくんだよ!)

 

 

 ビースト的にはキマイラに食わせる食事が増えたという意味で、ファントムの出現はありがたくもある。

 が、問題はそもそも倒せるか怪しい幹部クラスであるという事。

 如何に貴重な食事でも、食えるかどうかも分からない強敵の出現に喜べるはずがない。

 守護対象が祖母であるという状況なのだから尚更だ。

 

 

 

 

 

 広場から少し離れた高台。

 混乱と悲鳴、それを聞きつけてこの場に急ぎやってきた少女が1人、戦場を見下ろしていた。

 銀髪を揺らす彼女はイチイバルの装者、雪音クリス。

 エネタワー戦後もその近辺を根城にしており、たまたま騒ぎを聞きつけられるだけの距離にいたのだ。

 

 

(……ノイズじゃねぇみてーだな)

 

 

 彼女はフィーネが繰り出すノイズに常日頃から追い掛け回されている。

 自分を狙うノイズに他者が巻き込まれる事を良しとしないからこそ、彼女は駆け付けるのだ。

 が、今回の事件は彼女とは無関係なファントムのもの。

 遠目で完全には状況を把握できていないが、見覚えのある戦士達が戦っているのが見えていた。

 

 

(……アタシにゃ、関係は)

 

 

 そう、無関係だ。

 あまつさえ戦っているのは自分が未だ敵だと考えている戦士達。

 助けに行く理由なんてこれっぽっちもない。それでも彼女はその場に立ち尽くし、歯噛みしてしまう。

 これがもしも怪人と被害者だけならば即座に迎撃に向かったであろう。

 だけどそれは今まで敵であった、そして今でも敵だと思っている仮面ライダー達を助ける結果にもなってしまう。都合よく自分が味方面を、善人面をしているようにすら思えてしまう。

 そこで素直に一歩を踏み出せない。けれどもその場から立ち去る事もできない。

 それがきっと、今の彼女が抱える葛藤だ。

 

 

(……ッ!!?)

 

 

 それでも悪意は彼女を否応なく戦場へと誘おうとする。

 今しがた見つめていた戦場に現れた数十体に及ぶノイズ達がそれをまざまざと見せつける。

 まるで、こうすればお前は戦わざるを得ないだろうと、誰かが嘲笑うかのように。

 

 

(アイツ等が邪魔だから、この機に潰そうって腹積もりなわけだ……)

 

 

 現れたノイズ達がソロモンの杖で統率されているのは見れば分かった。

 そしてそのノイズ達はクリスの方へ移動してくる気配もなく、こちらに追加のノイズが放たれる様子もない。

 フィーネにとって今回のターゲットは仮面ライダーをはじめとした戦士達。

 彼等が邪魔であるから、怪人達の手助けをしていると言ったところであろうか。

 

 

(……クソッ!!)

 

 

 ノイズを統率するソロモンの杖を起動させたのは雪音クリスの歌。

 ならば、それは雪音クリスの罪足りえる。

 そうでなくてもそれを用いて数多を傷つけてきたのだから。

 誰が言わずともクリスはそれを背負い込み、そう考えていた。

 ノイズがいる鉄火場は、自分が身を沈めなければいけない場所だと。

 皮肉な事に、その悲壮にも思える決意が、彼女に一歩を踏み出させた。

 

 

 

 

 

 ノイズが出現したのはメデューサの出現後、あまり間を置かずの事。

 これにはファントム側も瞠目するものの、しばらくすると自分達に敵意が無いと判断した様子だ。

 基本的にファントムは宿主の知識をそのまま引き継ぐので、当然ながらこの世界の常識でもあるノイズは既知。

 そのノイズ達が魔法使い達を狙ってくれるのなら好都合である、と。

 

 魔法使い側としては守るべきゲートや瞬平という生身の人間を後ろに抱えている身だ。

 元々無かった余裕が更に無くなった状況に、ようやくグールを全滅させたレッドバスターが苦々し気に吐き捨てる。

 

 

「フィーネか!?」

 

「断定はできないがな。だが、こう都合よく現れるのは……」

 

 

 極僅かでも自然発生の可能性を捨てきれないとバースは言うが、それでも戦場のど真ん中に突如として出てくるのは怪しいなんてものじゃない。

 フィーネがヴァグラスを含む敵組織と共同戦線を張っている現状からしても、こちらを潰そうと目論んでいる可能性は十分に考えられた。

 

 ノイズを積極的に倒すにはシンフォギア装者かディケイドが必須だが、士は入院中。

 ならば頼れる相手は響か翼のどちらかしかいない。

 

 

「ヒロムから二課司令室! ノイズです、シンフォギア装者の出動を……」

 

 

 モーフィンブレスを通しての通信中、目の前のノイズ達が数体、グールを巻き込んで吹き飛んだ。

 ノイズを一方的に撃滅し、広範囲高火力の一撃を叩きこめる存在など知る限り1人しかいない。

 だからか、戦場に姿を現したその人に対し、レッドバスターの戸惑いはあまり無かった。

 

 

「……ヒロムから二課司令室、予想外の救援が来ました」

 

「ハッ、救援? 助けたなどと思うな、何べんも同じ事言わせんなよ」

 

「知ってる。だから当てにもしてない」

 

 

 フン、と鼻を鳴らすイチイバルを纏ったクリス。

 口ではこう言っているが、彼女の乱入は助かるというのが本音のレッドバスター。

 そこにフレイムドラゴンへと姿を変え、グレムリンと戦闘を続けるウィザードが気さくに声をかけた。

 

 

「クリスちゃん! 助っ人どーも!」

 

「余所見してる暇があるの、かいッ!!」

 

「ッ、うおっと!」

 

 

 純粋な感謝の言葉の後、ラプチャーをギリギリで避けつつ、二刀流となったウィザーソードガンで対応するウィザード。

 どうにも自分が姿を見せると馴れ馴れしいのが1人はいると、クリスは疲れたような顔だ。

 最早否定も面倒になり、魔法使いの言葉をガン無視しつつ彼女はノイズとの戦闘を開始した。

 

 続き、バースとレッドバスターもそれぞれの戦いへと駆ける。

 ワータイガーはビーストに任せ、完全フリーのメデューサへバースが、グレムリンに苦戦するウィザードの元へレッドバスターが。

 

 

「ぐっ、がっ、ぐあっ!!」

 

「フフ、どーしたの指輪の魔法使い? そんな程度じゃないでしょー?」

 

「ったく、言ってくれんな……!」

 

 

 数回斬りつけられて胸の宝石型の鎧から火花を散らすウィザード。

 フレイムドラゴンになったとはいえグレムリンの強さには手を焼いている様子だ。

 仕切り直しの為にこの姿になったはいいのだが、彼には厄介な能力が1つ。

 高速移動。目にも止まらぬ速さで動き回るというのがグレムリンの固有能力だ。

 

 

「ほーら、まだまだ行くよ!」

 

 

 ウィザードにワザと構えを整えるだけの余裕を与えた後、再びグレムリンは高速移動に入った。

 周囲を警戒するものの、風切り音と緑色の残像が見えるのみで反応が間に合うような気がウィザードには全くしない。

 故に、撹乱の後に接近したグレムリンのラプチャーは易々とウィザードを斬りつける。

 

 

「ッ!?」

 

「……全く、お前もその手のタイプか!」

 

 

 斬りつけられる、筈だった。

 ところがラプチャーはすんでのところでソウガンブレードの刃と鍔迫り合うという形で阻まれてしまう。

 そう、こちらにもいるのだ。高速移動に対し対等に勝負できる戦士、レッドバスターが。

 彼は数日前に遭遇したレディゴールドやリュウジンオーの事を思い出して内心で溜息を吐きながらも、グレムリンとの接近戦を開始する。

 

 

「へぇ、今のを見切ったんだ! 指輪の魔法使いには凄い仲間が増えてるんだね?」

 

「生憎だが、スピードはお前だけの専売特許じゃないッ!!」

 

 

 スピードに対応するレッドバスターと、その隙をつくのを伺うウィザード。

 グレムリンとの戦いもお互いの共闘も初ながら、上手い具合に状況が噛み合っていた。

 

 それとは別にメデューサとワータイガーを相手取るバース、ビーストの2人。

 メデューサは4人に分身したドラゴンスタイルのウィザードですら倒しきれない程の強敵。

 それにプラスしてワータイガーまでいる現状、バースとビーストだけでは厳しい戦いになっていた

 

 

「クッ……!」

 

「フン……魔法使いでもないお前が、私に敵うとでも思っているのか?」

 

 

 メデューサの頭髪に相当する蛇達が徒党を組んでバースを攻撃する。

 腕を組んで必死に耐えるバースだが、威力も連打も馬鹿にならない。

 バース自体、スペックが高い方ではないのだが、変身者である後藤はグリードとの戦いを潜り抜けた男だ。

 その彼が対応できないメデューサの力量が凄まじい、というべきだろう。

 

 

「くっ、があッ!!」

 

「呆気ないな、メダルの戦士」

 

「後藤ッ!!」

 

 

 蛇の頭髪が振りかぶったように大きく仰け反り、勢いよくスイングされた一撃でバースが宙を舞い、地面に叩き落とされた。

 演技も忘れて叫ぶビーストだが、その一瞬の隙をつかれてワータイガーの剣が下から振り上げられる。

 火花を散らしながら浮き上がるビーストに追撃のハイキックが炸裂し、バース共々地面を転がされる羽目になった。

 

 

「申し訳ありませんメデューサ様、お手を煩わせました」

 

「別に構わないわ。それよりも早く、ゲートを絶望させなさい」

 

 

 頷いたワータイガーは、依然として戦場に留まっていた瞬平と敏江に近づく。

 広場で繰り広げられていた激戦の中、離脱しようにもできなかった2人はその場で待機するのが一番安全だったのだ。下手に動かれるよりも守り易かった、というのもある。

 だが、守り手である戦士達の邪魔が無いのなら、それは格好の的でしかない。

 

 1歩1歩、確実にワータイガーは敏江を目指して接近する。

 立ち上がって戦おうとするバースやビーストをメデューサが叩き伏せる。

 レッドバスターとウィザードも、グレムリンの攻撃で足止めを食らっている。

 クリスもノイズ掃討には彼女以外の対抗策が無く、そちらに集中せざるを得ない。

 

 敏江を庇おうと彼女の肩を抱いて、勇敢にも怪物を睨み付ける瞬平。

 それを意に介す事もなく、ワータイガーは死の恐怖で彼女を絶望させんとするが──────

 

 

「ルミナス! ハーティエル・アンクション!!」

 

 

 出し抜けに響いた声と共に、虹色の光がワータイガーの動きを止めた。

 突然体の自由が奪われた事にワータイガーが焦り、先の虹色の光が何であるか把握できない戦士達も戸惑う。

 不意打ちとしかいえない状況に困惑する他ない一同だが、魔法使いだけは違っていた。

 2人の魔法使いはその光を見た事がある。そしてその光に、助けられた事も。

 

 

「だあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 黒い閃光が、身動きの取れないワータイガーを殴りつけた。

 

 

「やあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 白い閃光が、当惑の中で動きを鈍らせていたメデューサを蹴り飛ばした。

 

 放物線を描きながら、共々に綺麗に飛ばされた2体のファントム。

 ワータイガーは地面に激突し、ギリギリのところで体を回転させて膝から着地するメデューサ。

 苦々し気に、それでいて多少の疑念を含んだ視線で、メデューサは2つの影をキッと睨みつける。

 

 黒い姿の少女と白い姿の少女が並んでファントムに立ちはだかる。

 その後ろに、先の虹色の光を放った金色の髪と桃色の衣装を纏った少女が降り立つ。

 何者なのか、という面持ちの面々に対し、正体を知っているが故の驚きを見せたのはウィザードだった。

 

 

「なぎさちゃん、ほのかちゃん、ひかりちゃん!?」

 

 

 キュアブラック、キュアホワイト、そしてシャイニールミナス。

 先程まで一緒にドーナツを食べていた3人の少女達が救援に駆け付けたのだ。

 

 

「うーん、勢いで出てきちゃったけど……」

 

 

 ところで当人達も困った顔をしていた。

 ブラックがふと後ろを見やると、目を白黒させている瞬平と敏江の姿。

 

 

「正体を隠すどころじゃないよねぇ……」

 

「咄嗟だったものね……」

 

「でも、助ける為だったんですから仕方ないとは思いますけど……」

 

「そ、そうだよね! ルミナスの言うとーり! 結果オーライ!!」

 

 

 正体を隠すのは、自分達がプリキュアである事を知った誰かが戦いに巻き込まれない為。

 言ってみれば、シンフォギア装者が周囲に迷惑がかからないようにと正体を秘匿にしているのを自主的にやっているのだ。

 実際、なぎさ達が正体とは知らずとも、プリキュアの事を知る同級生が戦いに巻き込まれたという事が去年もあった。

 とはいえ人命救助のためだと自分達を納得させ、気を取り直して3人は拳を握る。

 

 新たな乱入者、プリキュア。

 グレムリンはウィザードと交戦を続けつつ、少女達に興味を示したように視線を動かしていた。

 

 

「へー、随分とお仲間が増えたみたいじゃないか。指輪の魔法使い」

 

「まあな。他にもいるから覚悟しとけよ」

 

「それは大問題。何だか雲行きも怪しいし、今日は此処でおしまいにしとこうかなぁ」

 

 

 ラプチャーを持った手首をくるくると遊ぶように回転させたかと思えば、剣を振る事で発生させる斬撃を飛ばしてアスファルトを抉るグレムリン。

 立ち上った土煙に紛れ、グレムリンはその姿を一瞬で消した。

 

 

「チッ……ワータイガー、こちらも退くわよ」

 

「ハッ……」

 

 

 メデューサも同じ判断に至ったようで、武器である『アロガント』という杖を取り出し、エネルギー弾を戦士達に向けて乱射。

 防御姿勢を取らざるを得なくした上で、グレムリンと同様に土煙の中で撤退。

 完全に土煙が晴れた頃には既にファントムや怪物の姿は影も形もあらず、抉られたアスファルトとその破片が散乱するばかりだった。

 

 

「……逃げたか」

 

 

 後藤の一言を皮切りに、2人を除く全員が変身を解く。

 1人は攻介。あやうく変身を解きそうになったが、祖母の手前である。

 此処で変身を解いたら今までの演技が台無しだ。

 右往左往、挙動不審な動きを見せて、何処へ消えようかと慌てている様子である。

 と、彼の元へほのかが近づこうとしていた。あまつさえ、名前まで呼ぼうとして。

 

 

「あの、にと……」

 

「あ、あーっ!! 私も! 帰らないと、いけないわっ!!」

 

「へ?」

 

「フフフ! またね、可愛い女の子さんっ!」

 

「えぇ……?」

 

 

 何とか自分の名前を呼ばれる前に遮って、最後まで迫真の演技を貫いた。

 ほのかは本気で困っている、というか半ば引いている様子だが、今のビーストにそれを気にするような余裕はない。

 

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで!!」

 

 

 裏声を残して逃げるように去っていく。

 事情を知らないなぎさ達は呆然と、クリスもその男が出す気持ちの悪い裏声に心底引いたような面持ちだった。

 

 そしてもう1人、イチイバルを解かない雪音クリス。

 此処で馴れ合う理由が無い彼女もまた、いつも通りに去ろうとしているのだ。

 そして大方の予想通り、シンフォギアの超常の跳躍能力でもってして、何処かへと去ってしまっていた。

 

 こうして一先ずの鎮静を見せた現場。

 1人、後藤が缶ジュースのようなものを空けているのを、誰も気には止めていなかった。

 

 

 

 

 

 戦場となった広場は慌ただしく、二課による立ち入り禁止の壁で周囲は区切られていた。

 壁の内部には、先程まで戦場にいた彼等彼女等が一堂に会していた。

 本来ならばファントムを退けた後は事情説明と安全確保の為、面影堂に行くのが普段。

 が、今回、此処まで大事になってしまったのには理由がある。

 

 雪音クリスとノイズ、この2つだ。

 

 単にノイズが出ただけならばよかったのだが、今回は『シンフォギアを纏った』雪音クリスまで現れてしまった。

 

 シンフォギアを見た者に対しどういう措置を取らなければならないか。

 つまりはそういう事なのである。

 今回の対象は瞬平、敏江、なぎさ、ほのか、ひかり。

 現在、二課職員が5人に箝口令に関しての事など諸々の事情を説明しているところだ。

 

 一方で晴人、後藤、ヒロムは少し離れた場所で集まっている。

 それに加えてリュウジ、ヨーコ、葵の3名もやってきていた。

 リュウジ達も特命部を通じてファントム出現を知り出動準備にかかっていたのだが、その間に全てが終わっていた、というわけである。

 リュウジはまず、加勢できなかった事をヒロム達へ詫びた。

 

 

「ごめんねヒロム、間に合わなくて」

 

「結果的に何とかなったんで大丈夫です。で、飛鷹、お前は何でいるんだ?」

 

「私も特命部にいたからね、一応。

 これから戦う敵がどんなものなのか、ちょっと気になったっていうのもあるかな」

 

「陣さんは? 一緒だっただろ」

 

「出動がかかる前にどっか消えちゃったわ」

 

 

 曰く、ダンクーガ整備士のセイミーと幾らか話を交わした後、マサトは「じゃあな」とだけ言い残してデータの粒子となって消えてしまったらしい。

 マサトの事情を考えれば一旦亜空間に戻ったのだろうというのは想像がつくので、それ以上掘り下げる事は無かったが。

 

 そんなやり取りの中、こっそりと二課職員に事情を説明して内部に入ってきた攻介が合流。

 どうやら離れた場所で変身を解き、機を見計らってやってきたらしい。

 

 

「ばあちゃんは?」

 

「話が終わったらすぐに帰れる。その後は面影堂で保護する事になるだろう」

 

 

 後藤の返答に頷いた後に攻介は説明を受け、やや困惑気味の表情の祖母を遠目で見やる。

 あれだけ恐怖していた対象とはいえ肉親。相応に心配しているのだろう。

 

 

「つかさっきの何だよ。魔法少女って」

 

「あ? あー、アレはアレだよ、誤魔化す方法考えてたらなのはちゃんが頭をよぎってな。

 滅茶苦茶疲れたが、我ながら良い発案だったぜ」

 

「……お前今度なのはちゃんに土下座な」

 

「何でだよ!?」

 

 

 なのはちゃんはあんなんじゃないだろ、と、小言の1つも言いたい晴人。

 というか『魔法少女』という一点以外、まるで高町なのはと関係なかった気もするのだが。

 こんな阿保みたいなやり取りの中でも攻介はチラチラと祖母の方を見ていた。

 様子を伺っている様子で、意固地な態度を見せていた分だけ素直になれないのだろうか。

 そんな彼の前に一歩出たのは、攻介が来るまでの間に事情を聞いたヒロムだった。

 

 

「話は聞いた、仁藤とおばあさまの事も含めてな。……心配か?」

 

「いや、そりゃ……」

 

「心配なら傍に行ってあげればいいだろ?」

 

「うー……。そりゃそうなんだけどよォ」

 

「個人の事情だからとやかく言う気はないが、家族は大事にな」

 

「……おう」

 

 

 踏み込まず、ただ自分の経験から来る忠告めいた言葉だけをヒロムは口にする。

 晴人であれヒロムであれ、『家族を大事に』という言葉は重い。

 言葉を聞くだけでも彼等の言葉には深い説得力があり、攻介もそれを感じていた。

 

 

(……家族、ね)

 

 

 ただ1人、葵の表情に影が差していた事に、誰も気づいてはいない。

 

 

「ところで操真。あの3人が変身していたアレは何だ? お前は知っているようだったが」

 

「プリキュアってのらしい。本人達が正体を隠したがってたから言わなかったんだけど。

 俺の他だと、翔太郎さんとか弦太朗、あとはなのはちゃんが知ってるかな」

 

 

 さて、その話は一旦打ち切り、後藤は晴人へ先程から抱いていた疑問を投げかける。

 実際のところは士や響も名前だけは把握しているのだが、晴人達以外で『なぎさ達の方のプリキュア』に会った事があるのはその2人と仮面ライダー部、そしてなのはのみだ。

 『もう1組のプリキュア』である咲や舞の事は一応伏せつつ、なぎさ達に関して晴人は話を続ける。

 

 

「あの子達にも敵がいて戦ってるんだ。詳しい話は本人達から聞いた方がいいと思う」

 

「そうか……。なら、左さん達のいる二課に連れて行った方がいいな」

 

「って、俺達も二課に行くのか? 仁藤のばーちゃんの事もあんだろ?」

 

「その通りだ。だから手分けをするべきだとは思うが……」

 

 

 翔太郎と弦太朗は二課宿舎にいる為、シンフォギア目撃の事も含めて二課に連れていくのが一番だと後藤は考える。

 が、後藤は敏江の護衛の為に面影堂にいかなければならない。晴人と攻介もそこは同様だろう。

 

 

「だったら俺達が二課まで連れていきます。飛鷹、お前はどうする?」

 

「そうね、じゃあ二課に行こうかしら。まだ特命部にしか入った事ないし、興味あるわ」

 

 

 それなら、と、ヒロムがゴーバスターズを代表して名乗りを上げつつ葵に選択を促す。

 彼女としては機体の様子を見に特命部に来た以上の目的もなく、この後何処に行こうが別に何でもよかったりはするのだが。

 そんなわけで純粋な好奇心で二課に行く事を選択した後、それぞれの行き先が決まった。

 

 後藤と攻介は敏江と瞬平を連れて面影堂に。

 ゴーバスターズと葵はなぎさ達を連れて二課に。

 

 と、此処で本来なら面影堂に向かうと思われていた晴人がひょこっと手を挙げた。

 

 

「あ、ごめん。俺、ちょっとだけ寄りたいところがあるから。先に面影堂に行っててくれるか?」

 

「行きたいところ? ……八神か?」

 

「ああ。あの後どうしてるかなーとか、気になってたんだ。

 折角海鳴の近くに来てるわけだし。すぐ戻るから」

 

「分かった。ファントムもすぐにまた来るという事もないだろう。

 留守は俺と仁藤で守っておく」

 

「サンキュ」

 

 

 晴人ははやての家に様子を見に行きたかったのだ。

 本来ならばゲートがいる現状、今度行けばいいだろうと言うべきところなのかもしれないが、はやてもゲートだ。

 安否自体は何ともないだろうし最近では『家族』もできたが、彼女はただでさえ身体的にもハンデがある。そういった面で気になる、という気持ちは後藤にも理解できた。

 その辺りも考慮した後藤は、晴人の願いを特に否定せずに承諾する。

 

 そうこう話している内に、敏江達への箝口令に関する説明が終了。

 各々は各々の行くべき場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 晴人は海鳴市、八神はやての家の前までやって来た。

 片手にはドーナツの入ったケースが握られているが、これは道すがらはんぐり~で購入した八神家へのお土産である。

 

 今日はエネタワー戦、そこから数日後の歓迎会兼交流会、そこからさらに1日経った日。

 つまりはやての環境が激変した『あの6月4日』から1週間と経っていない。

 あまりにも様変わりした状況にはやてはどうしているのか、ヴォルケンリッターはどうしているのか、晴人はずっと気にしていたのだ。

 

 インターホンを鳴らすと応対の声がインターホンから聞こえてくる。

 今までならばはやて本人だったその声。

 しかし今日は、はやてではない女性の声だった。

 

 

『はーい』

 

「あ、操真晴人なんだけど……。えっとその声は……」

 

『あ、シャマルです。今日は何か?』

 

「うーんと、様子を見に来たって感じ。はやてちゃんの事とか、色々あったしさ。

 お土産でドーナツあるんだけど、どう?」

 

『……分かりました。ドアの鍵、開けますね』

 

「サンキュ」

 

 

 しばらくドアの前で待っていると、カチャリ、と鍵の開く音がして、ドアノブが回った。

 ドアの向こうにいるのは大学生くらいの年齢に見える金髪でショートカットな美女。

 はやてではなく、その家族として生活するヴォルケンリッターの1人、シャマル。

 彼女は晴人の顔を見ると、ニコリと笑う。

 

 

「こんにちは、晴人さん」

 

「おう。はやてちゃん達はいるの?」

 

「ええ、みんないますよ。さあ、どうぞ」

 

 

 シャマルに促される形で八神家へと入っていく晴人。

 靴を脱いで、リビングへと向かうその足取りは、何度か八神家に来ているせいかスムーズだ。

 晴人にとっては初めてはやてに出会って以来、数度目の来訪。

 しかしリビングの向こうに広がっているその光景は、そんな晴人にとって違和感のあるものだった。

 

 

(……なんていうか、新鮮だよなぁ。やっぱ)

 

 

 ソファに座るポニーテールの女性と赤毛の少女、床に突っ伏している青い狼。

 そして、此処まで自分の前を歩いていた金髪の女性。

 4人──正確に言えば3人と1匹が、そこにはいた。

 シグナムが、ヴィータが、ザフィーラが、シャマルがいる空間。

 

 

「あ、晴人さん。よう来てくれはりました」

 

「お、はやてちゃん。よっ」

 

 

 自室から車椅子を用いて出てきた八神はやてが笑みを向け、晴人もそれに応じた。

 今までならこの空間には彼女だけだった。

 なのに、今でははやても含めて5人の住まい。

 たった1人の時は広く感じたリビングは、何なら狭いんじゃないかと思えるくらいになっていた。

 

 

「これ、お土産のドーナツ。人数分あるから」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

「……あ、一応言うけど、怪しい魔法とかはかかってないから」

 

「はは、晴人さんをそないに疑う事あるわけないじゃないですか。なぁ?」

 

 

 はやてにドーナツの入った箱を渡し、律儀にお礼を言うはやて。

 念の為、という事で笑いながら言葉を付け加えた晴人だが、その意図はヴォルケンリッターの4人にある。

 以前、最初の出会いの時、この4人は晴人の事を完全に信用しきっていないかのようだったからだ。

 強大な力を持つ闇の書を狙っているのでは、という疑念も含まれているらしい。

 ともあれファントムの件が無ければ完全に部外者である晴人を怪しむのは最もなのだが、それを言いだしたらヴォルケンリッターも大概な気もする晴人。

 

 一方、はやてににこやかな笑みを向けられた4人は一瞬押し黙ると、代表してシャマルが口を開いた。

 

 

「え、えぇ。勿論、ありがたく頂きますね!」

 

 

 ややどもりつつな辺り、やはり少し疑っていたのだろうか。

 あるいは虚を突かれたが故の反応なのか、何であれ晴人には推し量れない。

 

 

「はやてちゃん、あれから何日か経ったけど、どう?」

 

「そうですねぇ……家が一気に明るくなった感じです。

 まだまだ分からない事もありますけど、なんや、こう……楽しいです」

 

「そっか、良かった」

 

 

 本当に、心底楽しそうな笑顔。

 その笑顔は今まで見てきた彼女の笑顔の中でも一番のそれだ。

 はやてにも多少の戸惑いこそあるだろうが、それ以上に『家族がいる』事が嬉しいのだろう。

 晴人も多少の境遇の差はあれど、はやてと同じような悲しみを知っている。

 だから、彼女のその喜びが、その新たな『希望』が、どれだけの意味を持つのかはよく分かった。

 と、そんな事を考えている晴人を余所に、はやてが何かを思い立ったようだ。

 

 

「あ、そうだ。晴人さん、このままウチで何か食べていきませんか?

 晩御飯前やし、晴人さんもどうかなって」

 

「あー……ごめん。実は面影堂にゲートがいるから、すぐ帰らないと」

 

「あ……ファントム、ですか?」

 

「うん、だからごめん。ご飯はまた別の機会って事で」

 

「いえ、そんな。……その、気を付けてくださいね晴人さん」

 

「はは、勿論。心配すんなって、希望の魔法使いはンな軟じゃないさ」

 

 

 不安そうな顔を見せるはやての頭を撫でながら、晴人は車椅子の彼女に目線を合わせて微笑む。

 一連の様子を見ていた守護騎士達はとりたてて反応はしない。

 と思いきや、話が終わったのを見計らい、ソファに座っていたシグナムが立ち上がった。

 

 

「すみません、主。操真と少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん? うん、ええよ。晴人さんも、ええですか?」

 

「全然いいけど、何?」

 

「……此処ではなんだ、ベランダに来てくれ。心配するな、時間はかけん」

 

「ん、おう」

 

 

 シグナムは感情があまり感じられない表情をしていた。

 睨んでいるわけではないのだろうが、目つきも少々怖いものがある。

 まだまだ信用されていないのだろうと晴人はひしひしと感じていた。

 

 

 

 

 

 ベランダに出た晴人とシグナム。

 既に日は落ち、夜に近い夕暮れ、といった感じだった。

 はやてはシャマルと一緒にキッチンで晩御飯を作っているようで、ザフィーラとヴィータは室内にいるが窓越しに晴人を見張っているようにも見える。

 信用されていない事に不平不満があるわけでもない晴人は特に嫌な顔をする訳でもなく、何でもないようにシグナムへ話しかけた。

 

 

「で、俺に話ってのは?」

 

「まず1つ、この家が見張られているのは、ファントムとやらを警戒してのものか? 主はご存じないようだが」

 

 

 シグナム、というよりも守護騎士の4人はファントム対策に派遣した見張りの警官達に気付いたらしい。

 はやての生活に妙なプレッシャーを与えない為にはやて本人にも秘密にしていたのだが。

 周囲を余程気にしなければ気付かれないように警官達も立ち回っていたのだが、それに気づく辺り彼女達の警戒心、延いては主を守るという想いは本物なのだろう。

 ともあれバレた以上は隠す理由もなく、晴人は見張りを付けた理由を正直に説明した。

 

 

「ああ、俺が知り合いの警察に頼んだんだ。シグナムちゃん達が来る前は、はやてちゃん、1人だったし。俺だけじゃ限界あるから」

 

「できればやめさせてもらえるか。

 見張られているのはお前を勘ぐるには十分な理由になる。

 仮にファントムが襲って来るにしても、我等守護騎士が1人は護衛につく」

 

「……一応聞くけどさ、ファントムと戦えるの?」

 

「守護騎士を舐めるな」

 

「はは、りょーかい。警察の方には俺から言っとくよ。でも、何かあったら言ってくれよ?」

 

 

 晴人は思う、自分から言って見張らせたのだから、木崎を説得するのは骨が折れそうだと。

 一方でシグナムは反応が想定内と言わんばかりに眉1つ動かさない。

 

 

(闇の書を監視する為に見張らせていたとも考えていたが、どうやらそれは杞憂か)

 

 

 此処まで簡単に引き下がるなら、監視は本当にファントム対策であったのだろうとシグナムは考えた。

 しかし晴人への疑いが完全に晴れたわけではない。

 彼女は疑いの念をそのままに、晴人へ質問を続けた。

 

 

「もう1つ。最近、大規模な戦闘が行われただろう。東京エネタワーだったか。

 あそこにお前もいたな?」

 

「お、何で分かった?」

 

「シャマルは魔力探知ができる。もしやと思い、エネタワー周辺を探ったら……幾つかの魔力を探知した。お前のものも含めてな」

 

「へー、便利なもんだ」

 

 

 幾つか、という不確定な数字なのは、晴人やなのはだけでなく、魔弾戦士やジャマンガなども含めて結構な数がいたからであろう。

 晴人は素直に凄いな、と思ったが、シグナムの話したい事はそんな事では無かった。

 

 

「話は此処からだ。

 どうやらお前以外にも魔法を扱える者がこの世界には存在しているようだが、お前の身内に、まさか管理局の魔導士はいないだろうな」

 

「管理局? ……確か、なのはちゃんがそんな事言ってたような……」

 

 

 瞬間、シグナムの目つきが険しいものへと変わり、晴人を睨み付けた。

 端整な顔をした彼女ではあるが、今まで以上の鋭い視線には流石の晴人も圧されてしまう。

 

 

「いるんだな、管理局の魔導士が」

 

「お、おう、多分そうなのかな……? 管理局、ってのはよく知らないけど。何かマズかった?」

 

「……管理局は、闇の書を追う組織だ。知られれば私達だけでなく、闇の書のマスターである主はやてにまで、何らかの干渉が及ぶだろう」

 

「追う組織? ちょい待ち、闇の書って追われてんの?」

 

 

 晴人へのシグナムの視線は鋭さを一切抑えないものだった。

 信用しきれていない相手が自分達を追う存在と繋がっていると知れば、それは当然だ。

 ところで一方の晴人としては、そもそも何故闇の書が追われているのか、という部分が疑問なのだが。

 

 

「なぁ、そもそも何で追われてるんだよ? まずそっから聞かないと」

 

「……この前、闇の書の蒐集については話したな。

 その際、他者から魔力を奪うという略奪行為は当然、犯罪に該当する」

 

「ああ、納得。強盗みたいな扱いって事?」

 

「分かり易く言えば、そういう事になる」

 

 

 疑問に答えたシグナムへ晴人は向き直る。

 その顔は先程までの軽い感じの、いつもの表情とは打って変わって真面目なものだった。

 それこそシグナム同様に、睨んでいると形容できるほどには。

 犯罪行為と聞いたら流石に黙っていられない、という事だろう。

 一方のシグナムも怯むことなく、2人の間に流れる空気感は先程よりも些か強張っていた。

 

 

「で、シグナムちゃん達はそれをするつもりなの?」

 

「……それが主の命令であれば、行うだろうな。今までもそうだった」

 

「……そっか」

 

 

 しばらくの沈黙。睨み合うような2人。

 ところがその険悪にも近い静寂は、晴人が見せた予想外の笑みで崩れ去る事になった。

 

 

「じゃ、問題ないか。オッケー、なのはちゃんやその、管理局? ってとこには黙っとくよ」

 

「……は?」

 

「いやだって、はやてちゃんが人を襲う事を許可するわけないし。

 言われなきゃやらないんでしょ? それに過去の事で君達の事、俺は責められないし」

 

「………………」

 

 

 晴人が見せたあっけらかんとした顔と、回答。

 呆気に取られたシグナムは何とか次の言葉を探してみるが、それよりも晴人が言葉を紡ぐ方が早かった。

 

 

「それにさ、闇の書が何かなっちゃったら、はやてちゃんの今の生活が消えるかもしれないんだろ? それはちょっと、俺も嫌だから。

 多分、シグナムちゃん達がいるだけで、はやてちゃんは楽しいだろうしな」

 

「何、だと……?」

 

「家族がいなかったあの子に、こんな大勢の家族ができたんだから当たり前だろ?

 俺はそれを壊したくないし、壊す理由もないから」

 

 

 最後に一言、「何か悪い事をするなら、止めなきゃいけないけどね」と笑って付け加えて、晴人の言葉は終わった。

 

 晴人にもはやてにも家族がいない。もう既に失ってしまったからだ。

 同じような孤独の中で過ごしていた。そして同じように、仲間や家族を得た。

 コヨミや輪島と同居し、瞬平や凛子、攻介と一緒にいる事がどれだけ楽しいか。

 それを考えればはやてが今、守護騎士に囲まれて過ごす事がどれ程満たされているか。

 晴人ははやての気持ちを痛いほど理解できる。

 だからこそ、晴人は今のはやての生活を、どんな形であれ脅かしたくないと考えていた。

 

 晴人の嘘偽りないその言葉を前に戸惑うシグナムは、ようやく言葉を見つけた。

 

 

「……お前の言葉がどこまで真実なのか、私には分からん」

 

「はは。まあ、別にいいけどさ」

 

「だが……疑い過ぎていたかもしれんな。お前の事を」

 

「おっ、信じてくれる気になった?」

 

「……まだ何とも言えない。ただ、この数日で分かった事が1つある。

 少なくとも主はやては、お前の事を心底信頼しているという事だ」

 

「え?」

 

 

 シグナムの表情に笑みは浮かばない。

 だが話し始めた内容は、それまでの晴人を疑うような内容からは離れたものだった。

 

 

「食事の時をはじめ、主はお前や、お前の仲間の事をよく話す。

 我々が現れるよりも以前、お前達がよくしてくれていた、と。

 特に操真、お前の事は本当に嬉しそうにな」

 

「お、おう。何か、照れちまうな」

 

「主がそこまで信頼しているのだ。我々も、疑うばかりでいるわけにもいかない。

 それに今の話を聞く限り、お前は管理局や闇の書に関してあまりにも無知だ。

 演技である可能性もあるが……私は私の感覚を信じる事にしよう」

 

「そっ、か。ま、そう言ってくれるに越した事はないけどさ」

 

 

 照れくさそうに、意外と好かれてたんだな、と晴人は少し嬉しそうだった。

 シグナムも厳格な雰囲気を崩したようだったが、一瞬にしてそれは元へ戻る。

 まだ言っていない事があるから、そしてそれがシグナムにとって、一番大切な事だったからだ。

 

 

「最後に1つ言っておく。

 信頼しているからこそ、お前が何らかの裏切り行為を働けば主はやては傷つくだろう。

 どんな形であろうと、主はやてを傷つける事は許さないという事だけは覚えておけ」

 

「勿論。はやてちゃんを傷つける事も、裏切る事も絶対にしないさ。

 はやてちゃんの希望を守るのが、俺の役目だからな」

 

「希望……か。歯の浮くような台詞だな」

 

「まあね。だけど、マジだから」

 

 

 晴人は腕時計で時間を確認すると、そろそろ面影堂に戻らないと、と、ベランダから室内へ戻ろうとした。

 そこで晴人は何かを思い出したようにシグナムへもう一度顔を向ける。

 

 

「俺からも1つ……いや、2つ。

 はやてちゃんがゲートなのは変わらないから、ひょっとしたらファントムに襲われるかもしれない。

 俺もずっと一緒にいれるわけじゃないから、君達が守っていてほしい。これが1つね。

 もう1つは、はやてちゃんは多分、シグナムちゃん達の事を本当の家族みたいに思ってる」

 

「………………」

 

「だから、大切にしてあげてほしい。主とかそういうのは俺には分かんないけど。

 家族の絆ってやつ、はやてちゃんの欲しかったものだと思うから」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 その返答に晴人は微笑むと、改めて室内へと戻っていった。

 そこそこな長話になったせいか、既にキッチンからの良い匂いがリビングにまで漂っており、晴人の空腹が思いっきり刺激される。

 心中では「食べたいなー」と思いつつもゲートの元へ帰るのを最優先に、晴人はシグナム以外の4人に軽く挨拶だけして、玄関へ向かっていった。

 

 遅れてベランダから戻ったシグナムが室内へ入ったのと、晴人が玄関から出たのはほぼ同時だった。

 

 

『どうだった、シグナム。あの男は』

 

 

 狼形態のザフィーラからの念話がシグナムの頭の中に響く。

 はやてに会話の内容を聞かれないようにという配慮。

 質問は『どうだった』という曖昧な表現だったが、ザフィーラが何を聞きたいのかはシグナムにも分かる。

 

 

『信じるに値するかは決めあぐねる。……が、疑い過ぎていたのかもしれん。

 奴が相当に芸達者で演技上手でもない限り、こちらについて無知なのは事実だろう』

 

 

 シグナムがそう感じたのには理由がある。

 晴人は『管理局の魔導士と知り合いなのか?』という質問に対し、あまりにも不用意に『管理局の名前を聞いた事がある』と口にした。

 もし本当に闇の書の事を知っているのなら、闇の書側が管理局の名前を聞いて警戒するのは知っている筈だ。

 何らかの策略を巡らせている、と疑う事もできるが、そこまで疑い出せば何でも疑い続ける事ができてしまう。

 現状の会話だけで素直に判断するならば、晴人は闇の書の力にはなんら興味は無いと考えるのが自然だ。

 

 

『では、我々へのあの対応は……』

 

『ああ、少なくとも打算は無いと考えていい。私の勘でしかないが』

 

『我らが将の勘だ、信用しよう。

 それに、主はやてが操真の事を信頼しているのは確かだ。ならば我等も、それに倣うべきかもしれんな』

 

『そうだな……』

 

 

 ヴォルケンリッターが晴人の事を異常に疑っているのには理由がある。

 魔法文明が『基本的に』存在しない世界で魔法を行使する存在。

 他の誰よりも早く闇の書の主であるはやてと親密になっていた存在。

 これだけでも闇の書を何らかの形で狙っていると疑う理由としては十分だ。

 

 ただ、それに加えて彼女達には1つの戸惑いがあった。

 自分達を『道具』ではなく『家族』として捉える八神はやて。

 そしてその選択を当たり前のように受け入れて見守る操真晴人。

 今までの主の下では触れた事の無い優しさに、彼女達自身が困惑していたのだ。

 どう振る舞っていいのか分からない、身の置き場に困るような感覚。

 

 だから彼女達は晴人に対し、今までの主の下で見せていたような、主を守護して敵対者を許さないという姿勢を見せる他なかった。

 これまではそれ以外の感情を見せる必要も無く、感情の起伏のようなものを終ぞ忘れていたから、そういう風に振る舞う以外にどうしていいか分からなかったのだ。

 しかしそれは優しい主に出会った事で、環境が変わった事で、そして『家族』というものを得た事で、変わろうとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 一方、二課。

 司令室には弦十郎、了子、オペレーター達。そこに加えて響、翼、未来、慎次がいた。

 ちなみに響と翼は少しだけ訓練を、未来と慎次はその付き添いで来ているようだ。

 士がいないだけでいつもの二課面子といった感じだが、そこへ偶然にも司令室に顔を出した翔太郎。

 

 

「みんないっけど、何かあったのか?」

 

「何か、誰かが来るって師匠達が……。翔太郎さんは?」

 

「まあ……その、何でもいいじゃねぇか」

 

 

 二課宿舎に住んでいる彼だが、風都で依頼が舞い込んできたら風都に戻っている。

 が、そもそも依頼が大量に来るわけでもなく、基本的に翔太郎は暇なのだ。

 加えて二課から出撃要請が無ければ戦う事もないわけで、彼は手持ち無沙汰でここに来たのである。

 まさかそんなカッコ悪い理由を話すわけにもいかずにはぐらかすハーフボイルドっぷり。

 

 そこへ、響の言う『誰か』が登場した。

 司令室の入口が開き入ってきたのは、ゴーバスターズの3人と葵、そして連れてこられたゲスト達。

 

 

「風鳴司令。先程伝えた3人を連れてきました」

 

「あ、翔太郎さん!」

 

「もう、なぎさ。いきなり大声出しちゃダメよ」

 

「ぶッ!?」

 

 

 知り合いを見つけて声を上げる少女が1人、宥める少女が1人、様子を見つめる少女が1人。

 それに対して噴き出すハーフボイルドが1人いて、彼はその予想外の来訪に驚きを隠せないでいた。

 

 

「な、何で……!?」

 

 

 彼女達自身の正体を隠したいという思いを汲んで、慎重に話そうと思っていた矢先の出来事。

 プリキュアの3人が二課へと姿を現してしまった事に、翔太郎は1人、動揺したままだった。




────次回予告────

「た、大変だよほのか! 私達、二課に来ちゃったよ!」
「翔太郎さんもいるみたいだけれど、どうしていればいいのかしら?」
「あ、見て! 風鳴翼さんだよ風鳴翼さん! ヤッバい! サイン貰っておいた方が良いかな? いいよね!?」
「い、今それどころかしら? ほら、仁藤さんとおばあ様も、仲直りできてないみたいだし……」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『家族への想い』!」」

「クラスのみんなの分も必要かな? とりあえずノートにサインを書いてもらって……」
「もしもーし……?」

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