スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第71話 魔法使いの祖母

 カレイジャス・ソリダリティの名の下に、数多の戦士が集まった。

 徒党を組まれたというのは、所謂『悪の組織』と称される面々からすれば厄介な事この上ない。

 特に、戦士が結集していく様を見せつけられたエンターはそれを苦々しく感じている。

 

 そんな彼だが、現在はジャマンガの根城を訪れていた。

 エネタワーでの作戦に協力してくれた彼等だが、その際に幹部の1人であるロッククリムゾンを失った事もあり、一応様子を見に来たのだ。

 エンターがやってきた時、Dr.ウォームは魔物を生み出す炉の上に大きな岩の破片を乗せ、それを見つめていた。

 

 

「サヴァ、Dr.ウォーム。マドモアゼル・レディゴールドは?」

 

「ん、エンターか。さての、奥で休んでおるんじゃろうて。

 ゴーバスターズにそこそこやられたようじゃしな」

 

「そうですか。……して、それは……ムッシュ・ロッククリムゾンの破片ですか?」

 

「なぁに、ロッククリムゾンが倒された後、遣い魔達に回収させたのよ」

 

「ほう、それはまた。埋葬でもするのですか?」

 

 

 冗談を言うような口ぶりのエンターの言葉をウォームは笑い、首を横に振った。

 

 

「馬鹿を言うでない。ちゃぁんと理由がある。ま、その内に分かる筈ぞよ」

 

ジュヴォワ(なるほど)?」

 

 

 フランス語で相槌を打ち、エンターは炉の上に置かれた岩の破片に視線を移した。

 ツインエッジゲキリュウケンの一撃で砕けた、物言わぬ岩。

 それ以上でも以下でもない筈だが、幹部だけあり、まだ何か隠し玉があるらしい。

 

 

(利用方法があるのか、再生の算段がついているのか。

 いずれにせよ、取り立ててご機嫌を伺う必要もないようですね。

 疑似亜空間の件で、ジャマンガに一応の恩を売っておいたのは正解でしたか)

 

 

 エンターはジャマンガの様子を見に来た。

 そもそも何故そんな行動に出たかと言えば、『ヴァグラスの作戦行動に付き合った結果、幹部を1人減らしてしまった』という状態であったジャマンガに、何か難癖をつけられないかというのを懸念したからだ。

 ところがその心配もなさそうである。

 

 ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、フィーネによる共同戦線。

 結果として敗北を喫したが、ジャマンガも大ショッカーも特に痛手とは感じていないようだ。

 ヴァグラスとしても益は無かったが、所詮メタロイドやメガゾードは使い捨て。

 良い事ではないが、今回の敗北は軽傷でしかないのだ。

 

 

(しかし、不意を突かれたとはいえεが早々に敗れてしまいました。

 ムッシュ・ロッククリムゾンもこの有様……。

 ノイズも足止めには有効ですが、シンフォギア装者と、ディケイド……でしたか、あのライダーがいる為に絶対的とは言えない。

 大ショッカーも相当数の怪人と、かなりの力を有していた怪人が倒されている……)

 

 

 フム、とエンターは思案する。

 表情に焦りは無く、彼は現状を正確に把握しようと努めていた。

 

 

(こちらも向こうも戦力が増え続けている。

 疑似亜空間のように、こちらが有するアドバンテージもありますが、うかうかしていられませんね。

 ……やれやれ、ゴーバスターズが3人だった頃が懐かしいです)

 

 

 エンターがエネタワー戦で確認できたゴーバスターズ、及びその仲間の合計は20人。

 そこにダンクーガを合体状態で計算するとしてプラス1機。

 単純計算、最初のゴーバスターズの7倍だ。

 ヴァグラス側もジャマンガをはじめとした組織と手を組んでいる為、どっこいどっこいとも言えるのかもしれないが。

 

 

(とはいえ、こちらも引けを取っている戦力というわけではありません。

 ゴーバスターズ側が余所と手を組んでいる限り、こちらの同盟も当面は問題なしと判断して、概ね大丈夫でしょう。

 作戦遂行も今まで通りで、今は問題なさそうですね)

 

 

 実際、バスターマシンのエネトロンを全て使いきらせ、アルティメットDの猛攻はディケイドを一歩間違えば死ぬところにまで追い込んだ。

 ロッククリムゾンも2号の助けが無ければリュウケンドーとリュウガンオーを倒していただろうし、レディゴールドにもその高速に対応するのがやっと、という感じだった。

 ゴーバスターズ側も相当な戦力だが、ヴァグラスも決して後れを取っているわけではない。

 

 結果が敗北だったというのが一番の問題ではあるが、先のエネタワー転送は首元まで迫っていた策ではあったのだ。

 楽観はできないが、悲観するほどでもない。

 それがエンターの出した結論であった。

 

 

「どうしたんじゃ、急に黙り込んで」

 

「いえ、少し考え事を。ジャマンガとしては、今後はどうするつもりですか?」

 

「どうするもこうするも、マイナスエネルギーを集める事には変わらん。

 ま、何をどうするかはこれからじゃがな」

 

「こちらも同じですね。……それではまた、次の作戦の時に」

 

「うむ。……む? 待て、お主何をしに……?」

 

 

 流れで会話をしていたウォームがエンターに疑問の目を向けるものの、既に彼はデータの粒子となって消えてしまった後だった。

 単なる状況報告の会話だけで終わってしまい、特に何も無く帰っていたエンターに首を傾げるウォーム。

 まさかご機嫌を伺いに来ただけとは露とも思っていなかった。

 

 厄介な事になる前にご機嫌を伺い、悪ければ機嫌を取っておく。

 それはメサイアの我が儘に振り回されているエンターならではの思考だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ジャマンガ基地より現実空間、ビルの屋上へ帰還したエンター。

 そこには彼を待ち受けていた人物が1人、もう1人のアバターであるエスケイプの姿が。

 両腕を組んで軽やかに歩いてくる彼女は面白いものをみるように笑みを浮かべている。

 

 

「前の戦いは惜しいところまでいったみたいじゃない?」

 

「これはこれは、マドモアゼル……。先の作戦では姿を見せませんでしたね?」

 

「貴方が何処までできるのか見てたのよ。

 もっとも、今回の結果にパパはとっても怒ってるでしょうけど?」

 

「で、しょうね。マジェスティの機嫌が良い方が稀ですが……」

 

 

 彼等の首魁であるメサイアからは辛抱というデータが欠落している。

 そんな筈は無いのだが、そう例えても遜色ない程にメサイアは待つという事が嫌いだ。

 目の前の快楽を優先して長期的な目的をないがしろにさえしている。

 他組織との共同戦線にしても、かつてあけぼの町で大量のメガゾードを呼び出す為に準備期間を置いた事にしても、説得には難儀した。

 ゴーバスターズが多くの戦士と共闘し、これまで以上の脅威となる事を必死にプレゼンした記憶はエンターの記憶データの中でも鮮明だ。

 

 

「貴女は動かないのですか? 怠慢していては、それこそマジェスティの怒りは貴女に向きますよ?」

 

「分かってるわ。だから次は私の番。そう……イイものを見つける為にもね」

 

 

 なまめかしい笑みを残してエスケイプの姿は粒子となって消えた。

 次は彼女の作戦が始動する。エンターとは異なる理由で造られた彼女ではあるが、メサイアを現実空間へ帰還されるという意思は同じ。

 如何な作戦であれ彼女単独の初陣。

 

 

「……お手並み拝見」

 

 

 虚空にその呟きを残し、エンターは怒るマジェスティが待つ空間へとその身を送った。

 

 

 

 

 

 さらにまた、別の場所。

 何年も使われておらず、人気ゼロの寂れたジム。

 幾つかのトレーニングマシンが残されているが、内部は散乱し、建物そのものも穴が開いている部分すらあるという有様。

 そこに1人、筋肉隆々な屈強な男がトレーニングマシンを使って体を鍛えていた。

 この奇妙な男を尋ねる黒髪の美しい女性が1人、ファントムのメデューサだ。

 

 

「頑張っているわね、『ワータイガー』」

 

「……! メデューサ様」

 

 

 ワータイガーと呼ばれた男は声の主に気付き、トレーニングを中断して女性の前で跪いた。

 メデューサはファントムの中でも幹部に位置するファントムであるから、彼女に逆らう者はそうはいない。

 それでも割と奔放な性格のファントムもいる中で、ワータイガーは珍しいくらいに従順だ。

 

 

「今朝1人、ゲートを見つけたの。手を貸してくれる?」

 

 

 怪しく笑うメデューサに対し、頭を下げる事で答えるワータイガー。

 メデューサには人がゲートであるかどうかを見分ける力がある。

 それでいて実力も相応な為、ファントムがゲートを絶望させる時、その作戦は大抵、メデューサが主導になって行われる。

 

 ヴァグラス、そしてファントム。

 悪の魔の手は、また誰かに伸びようとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、ゴーバスターズの側。

 カレイジャス・ソリダリティの正式発足の翌日に、ヒロムは特命部の訓練室へやってきていた。

 広い空間、模擬戦も行える此処で、ヒロムと相対する男性が1人。

 

 

「さぁて。じゃ、お手並み拝見と行きますかァ」

 

「呼びされたと思ったら、いきなりですか」

 

 

 それは陣マサト。ビートバスターその人だ。

 今日は彼がヒロムを訓練室にまで呼び出し、それにヒロムが答えた形だった。

 そして2人が揃うや否や、マサトはモーフィンブラスターを取り出す。

 臨戦態勢、と言ってもいいだろう。

 

 

「前に、もっと強くなってもらわなきゃ困るって言ったよな?」

 

「ええ」

 

「エースパイロットのお前はグレートゴーバスターでも要だ。

 グレートゴーバスターは疑似亜空間で戦う為の形態……なんて、勘違いはしてないだろ?」

 

「……本物の亜空間、ですか」

 

「そ。疑似亜空間の突破はあくまで偶然の副産物みてーなもんだ。

 グレートゴーバスターの役割は、マジの亜空間に突入する為にある」

 

 

 疑似亜空間はヴァグラスが繰り出してきた、ゴーバスターズ側からすれば予想外の一手。

 当然、マサトにとってもそうではあったのだが、そこに本物の亜空間へ突入する為に設計されたグレートゴーバスターが偶然にも噛み合った。

 

 そう、あくまでも偶然。

 グレートゴーバスターの真の役割は、ヴァグラス本拠地への突入だ。

 そしてそれは、ヒロム達の悲願を叶える事にも直結する。

 

 

「お前はまだグレートゴーバスターの負担に長時間耐えられない。

 それにお前、何度かメタロイドにも負けかけてただろ?

 掃除機のメタロイドとか、この前のエネタワーでのメタロイドにだってな」

 

「…………」

 

 

 マサトやJと初めて出会った時のメタロイドであるソウジキロイドにも、先日のスチームロイドにも、確かにゴーバスターズは相当の苦戦を強いられた。

 否定できない、否定する気もない事実を前に、ヒロムはただ、マサトの言葉を聞く。

 

 

「1つ弱さを知って強くなった、グレートゴーバスターも扱えないわけじゃねぇ。

 訓練や実戦を重ねてるから、前よりはお前も強い筈だ。

 でも、まだ足りねぇんだわ。もっともっと強くなってもらわなきゃ」

 

「だから模擬戦、ですか?」

 

「そゆこと。少なくとも俺に勝てないようじゃあ、いっそ諦めた方が早いぜ」

 

「お断りです」

 

「やる気だけあっても、実力もなきゃ意味はねぇぞ」

 

「やってみせます」

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

「「レッツ、モーフィン!」」

 

 

 ヒロムのモーフィンブレスとマサトのモーフィンブラスターの電子音声が重なった。

 同時にスーツが転送され、2人は変身が完了する。

 さらにお互いにトランスポッドを押して、武器を転送。

 レッドバスターはソウガンブレードを、ビートバスターはドライブレードを手に携え、構えた。

 

 まずはレッドバスターが駆けた。

 接近、ナイフを扱う要領でソウガンブレードを細かく振るうが、その全てを悠々とした動きで払うビートバスター。

 両者のブレードがぶつかり合う度に火花が散り、金属音が鳴った。

 

 

「ほぉらどうしたどうした? 13年間の訓練はそんなもんか?」

 

「……ッ!!」

 

 

 ブレードを振るうが、攻撃は簡単に受け流されて隙になる。

 力比べだとブレード同士が鍔迫り合えば、その力に押し負ける。

 格闘術を織り交ぜて戦ってはいるが、それも器用に手や足で払ったかと思えば、ひらりひらりと躱し、的確な一撃を決めてくる。

 

 

(直接戦うのは初めてだが、強い……!!)

 

 

 ビートバスターのスペックはレッドバスターの想像以上だった。

 それは恐らく、ビートバスターというスーツの数値以上に、それを使いこなしているマサトの技量によるものが大きい。

 どれだけスーツのスペックが高くても、攻撃をいなす、躱すという動作は、装着者の技量に完全に委ねられる部分だ。

 遅れを取っているのはその部分。つまり、これはビートバスターが強いというよりも、陣マサトが強い、というべきなのかもしれない。

 

 

「くっ……!」

 

「いっとくけど、アバターだからとかじゃねぇぞ? ま、死なねぇのは利点だけど、なッ!!」

 

「ッ! ぐあッ!!」

 

 

 下段から振り上げるような斬撃がレッドバスターのスーツに火花を散らした。

 少し浮き上がり、後方へ転がるレッドバスターだが、すぐさま立ち上がり体勢を立て直す。

 一方でビートバスターは余裕を見せ、ドライブレードの切っ先をレッドバスターへ向けた。

 

 

「そんな程度かぁ? それで亜空間の人達を助けに行けんのかよ?」

 

「まだまだ……ッ!」

 

 

 闘志を見せてはいるレッドバスター。

 しかしながら、どうにもその動きにビートバスターは『甘さ』を感じていた。

 

 

(スイッチが入りきってねぇなぁ。こんなもんじゃねぇだろ、ヒロム)

 

 

 ビートバスターが確認したいのは、メタロイドや人々を襲う敵達に相対している時のような、正真正銘本気のレッドバスターの実力だ。

 でなければ今、この模擬戦に意味は無い。

 というわけでビートバスターは、天才と謳われる知能で考えた。

 こういう場合、一気にスイッチを入れるには、怒らせるのが手っ取り早いだろうと。

 

 

(……はー、気が進まねぇなぁ)

 

 

 レッドバスターを怒らせる方法は簡単だ。

 簡単なのだが、その方法というのがビートバスターとしても気持ちが良いものではない。

 とはいえ、一番手っ取り早いのはそれだ。

 やるしかないか、と、ビートバスターは溜息を吐き、再びいつもの口調で話し始める。

 

 

「……はぁー……ホンットよぉ、何でこんな事になっちまったんだかなぁ。

 お前の親父さんのやった事、知ってるよな」

 

「……亜空間への転送の事ですか」

 

「そうそう。あれさ、マジで迷惑だったんだよ」

 

 

 ヒロムの父親は転送研究センターのセンター長。

 つまり、あの場所で責任者をしていた人物であり、センターのコンピュータが暴走した際、それを抑えるためにセンターごと亜空間への転送を決断した人物でもある。

 ビートバスターが切り出してきた話は、それ。

 しかしその言葉は、まるでヒロムの父親を蔑むかのようでもあった。

 

 

「考えてもみろよ。暴走したシステムを何とかするためとはいえ、勝手に転送して、脱出できたのはお前達子供3人とバディロイドだけ。

 決めたのは、お前の親父さん。巻き込まれた俺達が迷惑してないわけないだろ?」

 

「ッ……!」

 

「英雄的決断だか何だか知らねぇが、お気楽に人を巻き込むなって話だ。

 焦りすぎたんだよ、あん時のセンター長は」

 

「……そこまでいうなら、何で俺達に手を貸すんですか。

 グレートゴーバスターの事も、あのクリスマスプレゼントのオルゴールの事も!」

 

「お前等しかいないからだよ。俺達を助けられんのは。

 だから焚き付ける理由とか要素が必要だったんだよ。

 まさか、慈善事業で協力してるなんて思っちゃいねぇよな?」

 

「こ、の……ッ!! 父さんが、どんな思いで転送を決断したと思ってるんだ!!」

 

 

 それは第3者が聞けばあまりにも酷な罵詈雑言だった。

 父親の事を、あまつさえ、今まで自分達に協力してきた事を、全て覆しかねない言葉の羅列。

 ただ利用する為だけに此処にいるんだ、そう言わんばかりの言葉。

 故に、その言葉にレッドバスターが敬語すらかなぐり捨てて熱くなるのは、当然の事で。

 

 

「ハッ!!」

 

「おぉ、いいねいいねぇ! こんくらい勢いがなきゃあな!!」

 

 

 先程よりもより苛烈に、より過激に、レッドバスターはソウガンブレードを振るう。

 身に沁みついた体術が繰り出され、時折、ビートバスターからマウントを取る事すらも、その勢いは可能にした。

 しかしその姿勢からもビートバスターは抜け出し、決め手といえる一撃が出せない。

 ビートバスターの戦い方は、『巧い』。

 それでいて単純な力もあるので押し負ける事もそうは無い。

 だが、レッドバスターの勢いは、さらに増していっていた。

 

 

「ッ!!」

 

「うおっ、とォ!?」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬の隙を見つけたレッドバスターはビートバスターの足元に組み付き、掬い上げるようにして彼を地に叩き伏せた。

 背中と後頭部が地面に打ち付けられて怯んだ瞬間、レッドバスターは右手に持ったソウガンブレードをビートバスターの頭目掛けて突き出した。

 相手はアバター。確かに遠慮する理由は無いし、そうでなくとも寸止めできるだけの技量はある。

 しかしその一撃すら、ビートバスターは左足でレッドバスターの肩を抑える事で止めてしまった。

 

 

「くっ……!!」

 

「惜しいねぇ。でも、今のはちょっと効いたぜ?」

 

 

 肩が抑えられているせいで、右腕がそれ以上前に突き出せない。

 さらに左足を押し込んでレッドバスターを怯ませたビートバスターは、寝そべった体勢から抜け出し、彼と距離を取った。

 

 

「はっ。まあ、勢い任せとはいえ、実力はあるみたいだな」

 

「……フーッ……もう、満足ですか」

 

「ん?」

 

 

 レッドバスターは自分を落ち着かせるように大きく息を吐いたかと思えば、冷静な、そして敬語交じりの言葉を投げた。

 おどけた仕草を見せるビートバスターとは対照的に、レッドバスターは常に落ち着いた動作だ。

 

 

「わざとですよね、さっきの言葉。俺を焚き付ける為ですか」

 

「あー……バレてたか」

 

「亜空間の中にあったオルゴールを持ってきてくれた事、黒木司令や風鳴司令にも信用されてる事。そんな貴方があんな事をいきなり言うのは、幾らなんでも不自然です。

 ……多少は頭に来ましたけど」

 

 

 ビートバスターの罵倒は怒らせる方法としては適切であった。

 ところが、今までの事を考えると明らかに不自然な言動だったのである。

 わざわざクリスマスプレゼントのオルゴールを届けてくれて、信頼できる司令官2人の旧友、おまけに何度か一緒に戦っている人。

 初めて邂逅した時とは違って信用できる要素がある程度揃っている今、彼の言動はヒロムからすれば『わざと怒らせようとしている』と、丸わかりだったのだ。

 とはいえ内容が内容。少し怒っていた事も、また事実ではあるが。

 それを物語るように、レッドバスターはやや不機嫌そうな声色である。

 

 

「なんだ、意外と冷静だったんだな」

 

「怒った俺……本気の俺を見たかったって事ですか?」

 

「まあな。あんだけ焚き付ければ火も点くだろ?」

 

「もうちょっとマシな方法なかったんですか」

 

「悪ィ悪ィ。でもま、それを理解してくれたからマジでかかってきたんだろ?」

 

「ええ、まあ。

 ……あんな事言われなくても、負けるつもりはありませんでしたけど」

 

「おぉ、負けず嫌いだねぇ、ヒロムクンは」

 

 

 ケラケラと笑ってからかうようなビートバスターに対し、レッドバスターは「それに」と付け加える。

 

 

「仮に陣さんのさっきの言葉が全部本心で、陣さんが父さんを殴りたいっていうなら止めませんよ。

 亜空間の人達を助けて全てが終わった後で、ですけど」

 

「へぇ、割り切ってるっていうか、結構しっかり受け止めてんのな」

 

「父さんはそれだけの事はしてます」

 

「ふーん。思ったより肝が据わってるみたいだな」

 

 

 レッドバスター、ヒロムも、父親の決断については思うところがあった。

 その決断が間違っていたと言いたいわけではなく、確かにあの日、あんな事に巻き込まれた人達の中で、転送を決断した父を恨む人がいてもおかしくはないと。

 焚き付ける為の嘘とはいえマサトの言葉でそれを突きつけられたヒロムだったが、動じなかったのはそういう理由もあったのだ。

 

 

「……ま、安心しな。さっきの言葉に本心は少ししか混じってねぇよ」

 

「少し……?」

 

「ああ。『お前等しかいない』って部分だけは、本当だ。

 知っての通り、亜空間への生身の転送に耐えられるのはお前等だけ。

 だからヴァグラスをシャットダウンできるのは、仮面ライダーでも、魔弾戦士でも、シンフォギア装者でもなく、お前等だけだ」

 

 

 それはレッドバスターにもよく分かっている事。

 どんなに仲間が増えても、どんなに戦力が強化されても、最終的にヴァグラスの根城である亜空間へ行けるのはゴーバスターズだけ。

 数多ある力の中で『ヴァグラス』への『ワクチン』となりえるのは、彼等だけなのだ。

 

 

「ま、何にしても、強くなんのが一番の近道ってこった」

 

「分かってます。俺達は必ず亜空間に行きます。

 そしてヴァグラスも、ヴァグラス以外の敵も、全部シャットダウンしてみせます」

 

 

 結局、今回の訓練はビートバスターの優勢のままで幕を閉じる。

 レッドバスターも食らいつけないわけではないのだが、勝つ事はできなかった。

 

 しかしこの訓練で、ヒロムはより一層に決意を固めた。

 そもそも先日のエネタワーでの戦いからしてギリギリのもの。

 だからこそ思うのだ、強くならなくてはいけない、と。

 亜空間に行きヴァグラスをシャットダウンする為にも。

 マサトの発破もあり、ヒロムの想いは強く燃え続けていた。

 

 

 

 

 

 模擬戦終了後、ヒロムとマサトはトレーニングルームを後にした。

 肩で息をするヒロムとは対照的にマサトは余裕の表情。

 これはマサトが手加減をしていたというわけでもなく、単純に彼が人間ではなくアバターなのが理由。

 けれどもヒロムとしては自分が息を上げている横で涼しい顔をするマサトが恨めしい。

 苦々しげな目線を感じ取ったマサトだが、それでもへらへら笑っているので尚の事。

 

 

「アバターはいいですね、疲労が無くて」

 

「まーな。この姿のいっちばん楽な点はそこだ。

 まあ現実の体じゃねーから飯は食えねーし、色々と人間の楽しみはねーけどな」

 

「……すみません、軽率でした」

 

「おっ、気にしちゃった? ヒロム君は優しいねぇ、偉いぞぉ~」

 

「謝罪は撤回します。気にした俺が馬鹿でした」

 

「ひっでーの。年上は敬えよー?」

 

「ええ、黒木司令や風鳴司令の事は尊敬してます」

 

「俺だけハブかよ!」

 

 

 ヒロムとマサトは2人だけの会話。

 珍しいどころか恐らく初めてなのだが、グレートゴーバスターの一件の事などもあってか、意外と会話は普通だ。

 ともすれば軽薄にも近いマサトにクールな態度と反応を示すヒロム。

 2人はこんなやり取りを続けながら特命部の通路を、司令室に向けて歩き続ける。

 

 ちなみに司令室を目指している理由は単にコーヒーを飲む為。

 司令室に備え付けられているコーヒーメーカーを使おうというだけの事である。

 あとは司令官とオペレーターがいるところで暇を潰そうというだけ。

 

 ゴーバスターズは当番と非番が決められているが、当番の時もヴァグラスをはじめとした敵が出てこない限り、基本は暇。

 その間は訓練などに時間を当てるのだが、それも今しがた終わってしまったばかり。

 平たく言えば手持ち無沙汰なのだ。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと、通路の分かれ道の近くでヒロムが足を止めた。

 それにつられたマサトがヒロムの視線をなぞるように目を動かしてみると、分かれ道のど真ん中に同僚の姿が。

 同僚と言ってもリュウジやヨーコのように見知った仲ではなく、最近になって同僚になった程度の、まだよく知らぬ関係性でしかない。

 ヒロムの目に映る女性の名は飛鷹葵。ダンクーガのメインパイロットだ。

 

 

「あら、えーっと……桜田ヒロム君と、陣マサトさん、だったわよね。

 丁度良かった、ダンクーガが入ってる格納庫ってこっちであってるかしら? 道は聞いたんだけど、初めての場所でちょっと迷いそうなの。ここ、複雑すぎない?」

 

 

 ヒロム達に気が付いた葵が確認の為、自分の進もうとした方向を指差す。

 特命部の地下通路は非常に広大で、一口に格納庫と言っても複数の場所が、それも隣接しているわけではなく点々としている。

 内部が複雑な構造となっているのは敵の襲撃などを想定しているからなのだが、初めて内部に入った人間にとっては迷路同然だ。

 

 

「合ってるが、ダンクーガの様子を見に来たのか?」

 

「ま、そんなとこかな、一応自分の機体だし。

 それに、特命部の中を見てみたかったの。これからお世話になりそうだからね」

 

「他の3人はどうした? 一緒じゃないのか」

 

「悪いけど、私達は寄せ集めの他人同士なの。四六時中一緒に居るわけじゃないわ」

 

「……チームなんだろ?」

 

「表面上はね。別に連帯感とかチームワークとか……そういうの求められても困るわ。

 そっちとは違ってね、ゴーバスターズさん」

 

「それでよくやっていけてるな」

 

 

 葵の態度がやや斜に構えている事を差し引いてもヒロムの態度と視線は幾分か刺々しい。

 ダンクーガのこれまでの行いを考えれば自然な反応ではある、と、葵自身も思っている。

 しかしながらヒロムのダンクーガへの思いは少しばかり複雑だ。

 戦争介入による争いの長期化という経歴に対し、ヴァグラスとの戦いに介入して数回助けてもらった、という事実も同時に存在しているからだ。

 

 

「私達が仲間になるのは、慣れないかしら?」

 

「ああ。お前達も何も知らされてないというのは聞いたが、それでもな」

 

「知りたいのはむしろ私達の方よ。何も知らせずに戦わせるって、こっちの方が悪の組織してるってカンジ」

 

 

 ダンクーガの事は特命部をはじめとした各組織だけでなく、パイロットにすらも様々な事が秘匿とされている。

 初めて聞いた時はヒロム達も呆気に取られたものだが、当のパイロットである葵達はとっくの昔に呆れかえっていた。

 どんなに聞いても、どれだけ探っても、結局は何1つ分からないままなのだから。

 

 

「田中さんの言う『上司』に会ったら、思いっきりとっちめてやろうかしら」

 

「ダンクーガ本来の司令官だったか。どんな人なんだ?

 ……まさかとは思うが、それも知らないなんて事は」

 

「はい、そのまさか」

 

 

 何を聞いても返答がなく、葵も他のパイロットもいい加減苛立ちがあるらしい。

 ついでに言えば姿すら現さない事も苛立ちを助長する要因だ。

 正しくお手上げ状態な葵は両手をヒラヒラと上げつつ、呆れかえった表情はそのまま。

 ところで、若い2人の色気ゼロの会話を聞き続けていたマサトはというと。

 

 

(ダンクーガ……能力はバスターマシン並、下手すりゃそれ以上のポテンシャル持ち。

 ンなモンのバックに何がいるのか……機体を調べりゃ少しは何か出てくるかもしれねぇとは思うんだが……)

 

 

 彼は彼でダンクーガの事は以前から気になっていた。

 メガゾードとは異なる技術体系で造られた、今の戦争に用いるには明らかにオーバースペックなロボット。おまけに合体機構持ち。

 マサトの場合ダンクーガ側の目的調査と言うより、エンジニアの血が騒ぐと言った方が適切だが。

 

 

「……っていうか陣さん、黙ってるなんて珍しいですね。普段は黒木司令に怒られるくらいなのに」

 

「おっと。なーに、俺もちょっと考え事をな」

 

 

 いつまでもだんまりのマサトを流石に不審に思ったヒロムが訝し気な口調と共にマサトの顔を覗き込む。

 真面目な顔で思案中だったマサトは一瞬ピクリと反応したかと思えば、いつも通りの軽い笑みを湛えた。

 続いて発せられた言葉は、マサトが何を考えていたのか知る由もない2人にとっては突然の事だっただろう。

 

 

「なぁ葵ちゃん、俺も格納庫まで付いていっていいか?」

 

「え? ……構わない以前に、それを決められるの私じゃないわよね?」

 

「ま、そりゃそうだ。つーわけでヒロム、司令室にはお前だけ行け!」

 

「別にいいですけど……。どうしたんですか、急に?」

 

「ちょいとダンクーガさんを拝みにな。興味もあるし、この前はジュエルシードの事とか歓迎会の事とかもあって、ゆっくり見物ってわけにもいかなかったし」

 

「そ? じゃあタイミングいいかもね。ダンクーガの整備士さんが来てるはずよ。

 『セイミー』さんっていうんだけど」

 

 

 葵が出したのはダンクーガの担当整備士の名前。

 ダンクーガが特命部に預けられた事を知って、自分よりも早い段階で特命部に顔を出している筈、というのが葵の弁。

 名前を聞いたマサトは「ほほー?」と、何故だか口角をニヤケさせた。

 

 

「名前からして女の人だったりすんのか?」

 

「ええ。中々のスタイルと美貌を持った、美人整備士さんってトコかしら」

 

「ほっほう! 俄然、ダンクーガさんのトコに行きたくなってきたねぇ!」

 

「セクハラとかしないでくださいよ。っていうか、そういうとこホント黒木司令や風鳴司令とは違いますね」

 

「あの2人の方がそういうとこで堅物過ぎるんだよー」

 

 

 この不誠実そうな笑顔が本当にあの2人と旧知の仲なのか。

 しかし時折見せる真面目な態度を鑑みると、この雰囲気は一種の『フリ』なのか。

 何にせよ掴みどころがない彼はヒロムに「じゃなー」と後ろ手で右手を振り、格納庫へと去っていった。

 

 

「……おじさんみたいな事言うわね、あの人。

 本当はあの姿じゃないんだっけ? あの、アバターとかいう」

 

「実年齢は40だ」

 

「マジ?」

 

「見た目以上にノリのせいでそうは見えないが、時々おっさん臭いのは否めないな。

 ……陣さんを追えば迷わなくて済むぞ、行ったらどうだ?」

 

「それもそうね。じゃまたね、ヒロム君」

 

「ああ」

 

 

 マサトの複雑な事情も込みで、先の歓迎会でカレイジャス・ソリダリティのメンバーの事は全員が共通して把握している。

 尤も、1回の授業で全てが把握できないのと同じように、全員が全員の事を完璧に覚えているというわけではないのだが。

 ともあれマサトを追う葵の後ろ姿を見送ったヒロムは、当初の予定通りに司令室へと歩を向けた。

 

 

(……そういえば陣さん、何で13年前の姿でこっちに来ているんだ?)

 

 

 マサトとの会話が原因だろうか、葵との会話が原因だろうか。

 ともかく『アバター』とか『年齢』の話をしたせいで浮かんだのであろう。

 ふと湧いたその疑問は、彼の中に小さな引っ掛かりとして残り続けた。

 

 

 

 

 

 例えばシンフォギア装者はリディアン地下の二課本部を拠点としているし、ゴーバスターズは特命部を拠点にしている。

 では、ダンクーガの拠点は? その回答が此処だ。

 

 此処は『龍牙島』。

 ダンクーガの秘密基地が建設されている、地図にも載っていない無人島だ。

 ダンクーガや、それを運ぶ輸送機等の整備をできるだけのスペース、パイロット達や整備士達の居住区、プール等のスポーツを楽しめる場所、果ては露天風呂等々……。

 無人島という広大な空間に様々な施設が存在している。

 

 基地内の司令室も広々とした空間が広がっているが、そこにたった1人だけ中年の男性が立っていた。

 自称・中間管理職の田中。彼は中空に表示されているモニターへ眼鏡を光らせていた。

 普段はマサト以上にへらへらとしている彼だが、今の彼は口角が上がるような気配すらない。

 

 

「R-ダイガンの出現、カレイジャス・ソリダリティへの参加。

 これらも全て、ダンクーガに必要な事象である……という事でしょうか?」

 

 

 モニターへ投げかけられた何処か重たい声色の言葉。

 ゆったりとした声で答えたのは、モニターに映る長髪の男性だった。

 彼は霧を払う者、『フォグ・スイーパー』を略して『F.S』と呼ばれている。

 本名ではなくコードネームのようなものだが、その真の名は田中ですらも把握していない。

 龍牙島の基地、『ドラゴンズハイヴ』の最高司令官である事以外は、完全に不明な人物だ。

 

 彼との通信はF.Sの方から一方的に。

 葵達の前に姿を見せた事も無く、用心深さ、秘密主義っぷりは異常なまでに徹底していた。

 

 

『ああ。ダンクーガは今後、人類に仇なす存在と戦っていく事になる。

 これはダンクーガの『役割』の1つでもある』

 

「特命部にダンクーガを回収していただきましたが、機体を調査されればこちら側の機密も漏れるのでは?」

 

『問題ない。そう簡単に理解できるものでも無い。それに……』

 

「それに?」

 

 

 一瞬の間があった。

 まるで何かに思いを馳せているように見えたのは田中の気のせいだろうか。

 

 

『ヴァグラスとの戦いは、『彼』との約束でもある』

 

「彼、というのは?」

 

『……何、昔の友人さ。今はもういないがね』

 

 

 田中がF.Sに連絡を取るのは、ダンクーガに関しての事務的な報告の為。

 基本的に堅苦しい話ばかりになるせいもあって、田中がF.Sから感情的なものを感じた事は無い。

 無機質。それがF.Sのイメージだったからか、遠い目をしている彼を見るのは少々意外だった。

 しかしながらそれは関係の無い事。田中は引き続き事務的な言葉で応対する。

 

 

「今後の予定は?」

 

『カレイジャス・ソリダリティの出撃要請に従って戦えばいい。

 それ以上の事は無く、私や君のスタンスも今までと変わりなく、だ』

 

「分かりました……」

 

 

 通信はそこで一方的に打ち切られた。

 F.Sの『友』が誰であるか、田中が詮索する事は無い。

 彼自身もダンクーガについて把握していない事は多く、それに関して触れたところで回答は得られないと知っているから。

 あくまでも田中は、中間管理職としての役目を全うするだけだった。

 

 

 

 

 

 司令室に入ったヒロムが最初に抱いた感覚は「いつもと違う」だった。

 司令官とオペレーターの2人は基本的に常にそれぞれの席にいる。

 バディロイドやリュウジ、ヨーコがいる事も多いが、今日のようにいない事もある。恐らく自室にいるか、自分とは別の訓練に励んでいるのだろう。

 違和感の正体は司令官の席、その目の前にいる背広を着た男だった。

 部屋の開く音に気付いた背広の男は振り向いてヒロムの顔を認識すると、彼の名前を呟く。

 

 

「桜田ヒロム……だったな」

 

「確か……0課の後藤さんですよね? 仮面ライダーの。何で此処に?」

 

「先日の歓迎会で大方の事は理解したが、やはり飲み込めていない部分もあってな。

 君達の事やヴァグラスの事……色々と聞きに来たんだ」

 

「マメですね」

 

「こういうところは、キッチリしておきたいんだ」

 

 

 後藤は雰囲気による第1印象で真面目と感じられやすく、そしてそれは大正解だ。

 ヒロム達の能力とウィークポイント、エンターのこれまでの作戦、その他諸々。

 埋めきれなかった分の情報を埋めに来たという事らしい。

 質問に答えていた黒木も感心したように頷いている。

 

 

「味方組織や敵組織、各人の経歴やそれぞれの武装や変身する姿……。

 あれだけの情報が一気に詰め込まれたんだ、不明瞭な点も多いだろう。

 こちらとしても、教えて問題の無い範疇であれば答えない理由もないからな」

 

「成程……」

 

 

 いくら1つになったとはいえ、他組織に話せない最高機密レベルの事があるのは何処の組織も同じだ。だけどもそういった事柄以外であれば味方に伝えない理由は無い。

 納得したヒロムであったが、一方で後藤は納得できていない事があるらしかった。

 

 

「ですが、分からない点も多いです。特に陣マサトの事に関しては」

 

「……! それは俺も気になってました、何で陣さんが13年前の姿のままなのかとか……」

 

 

 後藤の疑問は偶然にも、ヒロムが抱える引っ掛かりに似ていた。

 現在、亜空間の内部がどういう状態なのかは殆ど謎である。

 解析班も努力しているのだが、効果的な情報は得られていないというのが現実だ。

 その為、亜空間の有力な情報源は実際にそこにいる陣マサトに絞られる。

 問題はマサトが自分の状態も含め、殆ど何も話していないということ。

 

 

「それに関しては私も思っていたが、今以上に答えさせるのは厳しいだろうな。

 裏があるのかないのか、中々見せない。真面目な話をしようとしても、スルリと抜けてしまう」

 

 

 黒木は彼の性格をよく知っていた。

 だから彼からこれ以上情報を引き出すのは無理だと知っている。

 だから彼と真面目に取りあおうとしても誤魔化されると知っている。

 

 

「……だが、決して悪意でやっているわけではないだろう。何か理由がある筈だ」

 

 

 だけど彼を、信頼できると知っている。

 かねてよりの付き合いだからこそ分かる事もあるという、彼を見てきたが故の信頼。

 ヒロムと後藤も、誰よりもマサトについて知っている黒木にそう言われれば、押し黙る他なかった。

 

 

 

 

 

 勇気ある連帯という名前の元に集った戦士達は数多く、そのそれぞれにそれぞれの居住区や行動範囲がある。

 1つの組織になったとはいえ、常時全員が1つに固まっているわけではない。

 

 例えば0課の後藤が特命部に顔を出す一方で、魔法使いの操真晴人は全く別の場所にいた。

 それは此処、海沿いの道で開かれた移動式のドーナツ屋・はんぐり~。

 彼は店先に出ている客用の椅子にゆったりと腰かけ、プレーンシュガーを頬張っている。

 

 

「しっかし店長、何だって今日は此処まで来たの? 探すの苦労したぜ?」

 

「まあまあいいじゃない! たまには少しくらい足を伸ばしてみるのも、手なのよ!

 ま、どっちにしても? ハル君はいつもどーり、プレーンシュガーしか買ってくれないけどっ」

 

「そこは譲れないね」

 

 

 オカマ口調の店長は、威嚇するように唇をツンと突き出すが、晴人はあくまで気にしない。

 はんぐり~は車で営業する移動式の屋台である。

 だから場所を転々として営業をするのだが、今日はいつもの行動範囲よりも少し遠い場所、海鳴市にまでやって来ていた。

 なのはやなぎさ、ほのか、ひかりが住まうこの町に来ているのは何の縁か。

 はやての事もあり、最近はやたらと海鳴に縁があるなぁ、と思う晴人。

 

 

(ま、この町とはこれからも長い付き合いになるかも)

 

 

 海鳴市で晴人が出会った面々はそのどれもが独特な経歴を持っている。

 1つは、同じ組織に属する事になった魔法少女、高町なのはと相棒のレイジングハート。

 2つは、闇の書の主となったはやてと、それを守護するヴォルケンリッターの4人。

 そして最後に、プリキュアとシャイニールミナス。

 なのはとは間違いなく今後も共闘するだろうし、はやての家には何度も顔を出しているし、これからもそれは続けるつもりだ。

 

 そしてプリキュアとルミナスだが、これについては翔太郎とフィリップの『カレイジャス・ソリダリティに加えるかどうか』という話が頭をよぎった。

 加えるかどうかはともかく、晴人や攻介と知り合いであり、なのはとも知り合いであるという立場上、どうしても無関係とは言い難い。

 どうなるかは未定だが、少なくともこれから二度と会わないという事はまず無いだろう。

 

 

「あー!? 晴人さん!?」

 

 

 例えば、今まさに会ったりするわけで。

 聞き覚えのある声が晴人の名前を呼び、声の方向へ顔を向けてみれば、そこには制服姿の彼女達。

 

 

「あ、なぎさちゃん達。よっ」

 

 

 3人組の少女達。

 それはなのはと共に出会った、なぎさ、ほのか、ひかり、つまりプリキュアの3人。

 制服姿である事や少しだけ陽が落ち始めた時間帯から、彼女達が下校中である事が分かる。

 はんぐり~の屋台に近づいてきた3人を代表して、なぎさが声をかけた。

 

 

「どうしたんですか? 何で此処に?」

 

「うん、このドーナツ屋の常連なんだけどさ、これが見ての通り動くもんだから。

 で、此処の店長が今日はこの辺で営業するって言ったから、ちょっとね」

 

 

 状況を説明する晴人の言葉を聞き、ひかりが屋台を見ながら反応を示す。

 

 

「アカネさんと同じなんですね」

 

「アカネさん?」

 

「はい。私がお手伝いをしている、TAKO CAFEっていうたこ焼き屋さんで……。

 此処のドーナツ屋さんと同じように、場所を移す事もあるんです」

 

「へー。たこ焼き屋さんか」

 

「スッゴイ美味しいんですよ、アカネさんのたこ焼き! 晴人さんも今度食べてみます!?」

 

「いいね。じゃあ今度、行かせてもらおうかな」

 

 

 ひかりの丁寧な説明の後、なぎさがアカネさんなる人物のたこ焼きを絶賛した。

 熱く語る口調から、とても美味しいのだろうという事は良く伝わる。

 

 

(仁藤でも連れてくか。マヨネーズだし)

 

 

 たこ焼きと言えばマヨネーズをかける事が多い。

 ドーナツにかけるのは如何なものかと思うが、たこ焼きならば無問題。

 彼とたこ焼き屋はベストマッチだろう、などと考える晴人。

 と、そこに店長がひょっこりと顔を出す。

 

 

「ねぇねぇ! ハル君の知り合い?」

 

「ん? まあね、色々あって」

 

「ふーん! この辺の学校の生徒さんね! どう? ドーナツ食べてかない?」

 

「勿論! ね、ほのか、ひかり!」

 

 

 いの一番に反応を示すなぎさは2人にも話を振り、そんな2人もそれぞれに食べてみたいと口にした。

 そんなわけで、はんぐり~は無事、3人のお客さんを確保したのである。

 屋台のケース内に展示されているドーナツを見つめて、3人はあれもいいこれもいいとドーナツを選び始めた。

 晴人はというと、プレーンシュガーを頬張りながら、既にはんぐり~側で用意されている屋外に置かれた木製の椅子に座り、その様子を見つめている。

 

 

「すいませーん! この、『本日のおスペ』っていうのは何ですか?」

 

「よくぞ聞いてくれたわ! それは私が考案した日替わりのスペシャルメニューよ!

 味は確かだから、オススメなの! 何処かの誰かさんはぜんっぜんっ買ってくれないけどね!」

 

「俺はこだわりがあんの。そう不貞腐れないでよ、店長」

 

 

 晴人と店長の冗談っぽい軽い会話から、本当に常連なんだな、というのが伺える。

 そんなやり取りを余所に、なぎさ達はその『おスペ』に興味を抱いたようだ。

 ちなみに本日のおスペは、ミルクチョコとホワイトチョコでコーティングされ、美しい白と黒のコントラストを描く『マーブルドーナツ』という代物らしい。

 

 

「ねぇほのか、これにしない? マーブルスクリューみたいだし。

 ……そういえば、マーブルって何?」

 

「マーブルはそもそも大理石という意味で、マーブル柄っていうのも、その大理石の模様から来ているそうよ。

 確かにこのドーナツはチョコレートで綺麗なマーブル柄を描いていて、素敵ね」

 

「流石は薀蓄女王のほのか。じゃあ、これでいい? ひかりは?」

 

「私は……晴人さんが食べているプレーンシュガーっていうのも、気になります」

 

「んー、じゃあ両方買っちゃおう!

 すみませーん! プレーンシュガーとマーブルドーナツ、3つずつくださーい!!」

 

「「はーい! ただいまー!!」」

 

 

 答えたのは店長と車内の奥で顔を出していなかった男性店員の2人。

 オカマっぽい店長に加え、この若い男性店員がはんぐり~の従業員だ。

 2人は慣れた手つきで3つの袋に指定された2種類のドーナツを詰めて、3人がそれぞれに差し出したお代と交換する形でそれらを手渡した。

 3人は店長達にお礼を言うと、晴人と同じく屋外スペースの椅子に腰かける。

 早速開封、それと同時に鼻腔を刺激する甘い匂いが解き放たれた。

 なぎさは甘さにやられたのか、だらしのない顔を見せている。

 

 

「うーん、甘い匂い! 早速いただきまー……」

 

「なぎさー! なぎさー!!」

 

「すっ……って何よ! メップル!」

 

「僕もお腹が空いたメポ!」

 

 

 そこで声を出したのは、なぎさの鞄にぶら下がっているホルダーに収納された携帯。

 正確に言えば携帯に姿を変えているメップルだ。

 なぎさは鞄を抱き締め、店長達の方を挙動不審気味に確認している。

 メップルやミップルの声は他の人に聞こえない、何て都合の良い事は無く、彼等の姿や声は一般人にも筒抜けだ。

 そうなればこの不思議生物にパニックは免れず、プリキュアの事までバレる恐れがある。

 なので、なぎさはメップルの声に動揺したのだ。

 

 店長の方を確認、特に何かがバレた様子もない事に安堵した後、なぎさは相棒へ声を潜めつつ怒りを向けた。

 

 

「ちょっと! 見つかったらどーすんのよ!!」

 

「でもお腹空いたメポ。お世話するメポ」

 

「あんたねぇ……」

 

「ほのか~……ミップルもおやつが食べたくなってきたミポ」

 

「はいはい、じゃあ気付かれないように……」

 

 

 なぎさとほのかがそれぞれにハートフルコミューン状態の相棒を取り出す。

 一見ただのガラケーにしか見えないが、実態は妖精の変身した姿だ。

 回転開閉するようになっているそれを開き、コミューンの上部装填口にハート型のカード、『プリキュアハート』を入れて、上部を1回転。

 するとシャボン玉のようなものがコミューンから浮き上がり、その内部にはメップルとミップル、そしてもう1人の妖精がいた。

 

 コックのような妖精の名は『オムプ』。

 メップルとミップルのお世話係の1人で、料理担当。デザート類もだ。

 2人はオムプにドーナツを注文すると、不思議な力でドーナツが発生。

 そうして2人は美味しそうにドーナツを食べて、幸せそうな顔を見せた。

 以上全て、シャボン玉のようなものの中で起こっている。

 

 

(……すっごい魔法っぽいよなぁ。俺よりファンタジー……)

 

 

 プレーンシュガーを食べながらそれを見つめる晴人が感心したような、何とも言えない感覚に襲われていた。

 ひかりの方に目を向けてみれば、彼女の相棒であるポルンも同じような状態だ。

 如何にも絵本の中のファンタジーな光景が目の前に展開していると信じられない気分になるが、そもそも彼自身も魔法使いである。

「俺よりファンタジーなんて言葉、普通使わねぇよ」、と自分が心中で呟いた言葉に自らツッコミを入れて、晴人はプレーンシュガーを食べ進める。

 

 

「ふぅー、さ! 改めて、いただきまーす!!」

 

 

 慣れた様子な辺り、いつもの事なのだろう。

 メップルをしまったなぎさは改めてドーナツを手にして、頬張る。

 同じくほのかとひかりもそれぞれに、まずはマーブルドーナツを口にした。

 口に広がる甘さ、チョコの僅かな苦味ともベストマッチといったところか。

 店長の自信に嘘は無く、確かにマーブルドーナツは絶品であるようで。

 

 

「スッゴイ美味しい! こんな美味しいドーナツなら、毎日通っちゃうかも!!」

 

「そうね。甘さの加減も絶妙で、どんどん食べられそう。ひかりさんはどう?」

 

「はい! とっても美味しいです!」

 

 

 はしゃぐような勢いでドーナツを絶賛するなぎさ、冷静ながら朗らかな笑みを見せるほのか、明るく純真な笑顔を見せるひかりと、三者三様の喜び方。

 ともあれ店長のドーナツが気に入られたらしく、常連の晴人も何だか嬉しく感じていた。

 あまりに美味しいのかなぎさはマーブルドーナツを中々の速さで食べきると、口を軽く拭って満足そうな顔を見せたかと思えば、ニヤリと笑った。

 

 

「アカネさんもピンチかもね~。こーんな美味しいドーナツ屋がこの辺にあるなんて!」

 

「うーん、どうかしら? たこ焼きとドーナツじゃニーズも違うと思うし……」

 

「さっき言ってた、たこ焼き屋さん? ひかりちゃんが手伝ってるっていう」

 

「はい。時期によってはスイーツの販売もしていたりするんですけど……」

 

「ならむしろ店長の方がピンチかもな。店長もドーナツ以外の販売とかしないの?」

 

「サイドメニューってやつね? 考えたりもするけど、今はドーナツ1本よ!」

 

 

 何でもない平和な会話が続く。

 できる事なら、こんな風にドーナツを食べて駄弁っているだけでありたいものだ。

 しかし、現実はこの場にいる内の4人が戦いに身を置いているというもの。

 だからこそ、こんな何でもない時間が貴重でもあり、大切であるのだろう。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 ところがそんな平穏な時間に大声と共に突っ込んできた青年が1人、両手をしっかりと振りながら必死なフォームで走り込んできた。

 誰とは言わずとも、声と見た目で仁藤攻介である事はすぐに分かる。

 攻介は完全に息が上がっており、膝に手を置いて体を上下させていた。

 

 

「あー……びっくりしたァ……」

 

「いや、こっちの台詞」

 

 

 息を整えて最初に発した言葉に、鋭くツッコむ晴人。

 なぎさもほのかもひかりもキョトンとしているし、店長と店員も何事かと顔を覗かせている。

 さて、いきなりの事ではあったが、晴人は何事か、それもかなりの事があったのだろうと推察していた。

 何せ絶叫と共に走り込んできた彼の様子は尋常ではない。

 如何にも何かから逃げてきた、という感じである。

 

 

「で、何があったんだよ? ファントムか?」

 

「い、いや、ファントムより、恐ろしいモンが出たんだ……」

 

「ファントムより……?」

 

 

 息を整えきった攻介は顔を上げ、非常に深刻な顔で晴人の目を見据える。

 普段なら攻介のちょっとオーバーなリアクションにツッコミを入れたりするが、今日の攻介は何やら様子が違った。

 本当に、心の底から怯えているような顔であったのだ。

 自然と晴人の顔も強張り、なぎさ達もその表情に息をのむ。

 

 

「ああ、本当にヤバイ。これはマジでマズイ。ぜってぇ勝てねぇ……!!」

 

「何だよそれ……何者なんだ?」

 

「それは……」

 

 

 くっ、と呼吸を止めた後、息を吐き切る。

 まるで緊張を和らげるかのように行われた攻介の動作。

 そうして長い時が流れたようにも錯覚できる、その重苦しい雰囲気の中。

 古の魔法使いが告げる、その者の正体は。

 

 

「──────ばあちゃんだ」

 

「…………ハァ?」

 

 

 指輪の魔法使いのそれはそれは脱力した声と共に、みんながみんなずっこけた。

 

 

 

 

 

 経緯の説明から入ろう。

 まず攻介は、海鳴市から2駅ほど離れた場所にある、とある喫茶店の前へ呼び出されたのである。

 調子の良い攻介はデートのお誘いだと考え、相当にウキウキ気分だった。

 浮ついた表情を浮かべる攻介、そこに現れる満面の笑顔の凛子。

 

 ──────そして凛子の背後より顔を出した攻介の祖母、名は『仁藤 敏江』。

 

 直後、攻介の絶叫と敏江の説教のスタートが同時だった。

 

 

「ば、ばーちゃんッ!!?」

 

「攻介ッ! 遺跡の調査に行ったっきり帰ってこないと思ったら東京にいただなんて……どういう事か説明しなさいッ!!」

 

「いや、それは、その……」

 

「大学はどうしたんです! 遊んでいるなら、福井に帰りますよッ!」

 

 

 と、こんな感じに。

 その場にいた、連れてきた張本人である凛子ですらも少し攻介に同情するほどの剣幕である。

 それに攻介は耐えられず、凄まじい勢いで逃げてきた……というのが事の顛末。

 

 以上の経緯を攻介は晴人達に説明した。

 祖母の怖さを30倍増しくらいに語られたそれは、誰が聞いてもオーバーだと感じたが。

 

 

(……その待ち合わせ場所、海鳴市の外で、駅2つくらい向こうだった気が……)

 

 

 待ち合わせ場所の件を考え、ほのかが苦笑いを浮かべていた。

 彼女の記憶が確かなら、彼は相当な距離を走ってきた事になる。

 いくら何でも全力が過ぎる気もするが、そんなに苦手なのだろうか。

 

 

「仁藤さん、東京の人じゃなかったんですね」

 

「ん、まあな。つっても今、福井に帰るわけにはいかねぇし……」

 

 

 ほのかの言葉に攻介が答える。

 ファントムは実質的な幹部が東京にいる為、そして半年前のサバトが東京近郊で起こったために東京、ないし関東が主な出現範囲だ。

 その為、ゲートが関東から出ると、ほぼ狙われなくなるのだという。

 ファントム側に日本中を飛び回る足が無い、というのも理由の1つだろう。

 

 問題は、攻介が東京を離れれば彼はファントムを退治できなくなる。

 つまりファントムの魔力を食えず、息絶えるのが待ったなしになってしまうのだ。

 さらに言えば、攻介には魔法使いの事を祖母に話せない事情が存在していた。

 

 

「ばあちゃんに魔法使いの事を話すわけにはいかねぇんだ」

 

「まあ、だよな。ファントムを食わなきゃ死ぬ、なんて言えるわけないか」

 

「ああ。言ったら絶対……怒られる~!!」

 

「いやいやいや。もうちょいなんかあんだろ、心配するとか」

 

「いや、マジで怖ェんだよ!!」

 

 

 攻介の言う事が『ばあちゃん怖い』だけなので失念しそうになるが、実際にこれは少々厄介な問題ではあった。

 

 彼が大学を休学してファントム退治をしているのは人助け以上に自分が生きる為だ。

 命がけの戦いでファントムを倒し続けなければ死ぬ。

 そんな状態である孫の事を、一体どうやって説明しろというのだろうか。

 ストレートに真実を投げても、いたずらに不安を煽るばかりだろう。

 できれば何も知らずに帰ってもらうのが一番ではあるのだが。

 

 しかしながら、攻介はそういう意味での深刻さを全く感じさせない。

 ただ1点、本気で祖母を恐れている、というのが懸念点であるようだ。

 

 

「子供の頃から怒られてばっかでさ、アレすんな、コレすんな~って!」

 

「分かりますー!!」

 

 

 共感の声を意外な人物が挙げた。美墨なぎさだ。

 なぎさは大声で同意の声を上げたかと思えば、腕を組んで思い出す様に目を閉じた。

 回想されるのは、つい先日の母とのやり取りだった。

 

 

「一昨日、夕方ごろにほのかとひかりに会いに行ったんですよ。

 その出掛ける前にママってば、しつこく『傘は持ったの~』って!

 少し会って帰ってくるから大丈夫だって言うのに、何度も言うんですよー!」

 

「でも、実際に雨が降って来てたじゃない。通り雨で結構降ってたし……。

 それでなぎさ、昨日は風邪を引いて休んでたし」

 

「う……で、でも、あの日は曇ってはいたけど、天気予報じゃ曇りのち晴れだったし、傘いらないって思うのも仕方ないじゃない!

 それに、風邪だって雨のせいかは分からないもん。雨に濡れてたのなんて10分も無かったし!」

 

 

 なぎさの母の言葉が娘を心配しているのであろうという事なのは、誰が聞いても明らかである。

 事実として母の不安が的中していたというのもあり、ほのかが指摘を行うも、尚もなぎさは食い下がった。

 親から口煩く言われたくない年頃というのはどんな人にも大体あるものだ。

 特に学生は多感な時期、なぎさの言葉はそういう意味では仕方のない事であろう。

 

 

「うんうん、俺も分かるぜ! ばあちゃんも何かにつけてアレもってけとか、アレは危ないからすんな、とか。全部言ってくんだよな!」

 

「同じですー! ママも全部そう! 少しはこっちを信用してほしいですよねー」

 

 

 攻介となぎさがお互いに共感しあい、自分に口煩く言ってくる母、ないし祖母への文句を言い出し始めた。

 苦笑いのまま顔を見合わせる晴人とほのか。

 ドーナツを食べつつ、キョトンとしながら2人の会話の盛り上がりを見つめるひかり。

 

 

「全く、仁藤もガキだな」

 

「あはは……。でも、意気投合しているみたいですよ。話題はちょっと問題ですけど……」

 

「まあ、そうなのかな。つか、ほのかちゃんの方が仁藤よりずっと大人だな」

 

「いえ、そんな」

 

(いや、そこで謙遜する辺りすげぇ大人だよ。

 なのはちゃんといいはやてちゃんといい、イマドキの子は怖ぇくらいしっかりしてるなぁ……)

 

 

 母と祖母、それぞれへの愚痴を飛ばし合う攻介となぎさを一先ずそっとしておく事に決めた晴人。

 と、彼は彼女達に聞こうと思っていた事を思い出し、ほのかへともう一度顔を向ける。

 

 

「そういえばほのかちゃん、最近はどう?

 ドツクゾーン、だっけ。アイツ等との戦いとかさ」

 

「……はい、最近も何度か。その度に晴人さんに電話するような余裕も無くて。

 今のところ私達だけでもなんとかなっていたんですけど……」

 

「いた、って事は、何かあった感じ?」

 

「実は、新しい敵が現れたんです。

 ザケンナーを作る人達が今までは3人いたんですけど、4人目が現れて……」

 

「強敵出現って奴か」

 

 

 ほのかの脳裏に浮かぶのは、先日の戦いで現れた新たな闇の戦士。

 それまでなぎさ、ほのか、ひかりの前に現れたのは3人の戦士だった。

 1人は長身の男性の姿をしたサーキュラス。

 彼は以前、晴人やなのはと出会った際にも現れたので、晴人達にとっても既知の存在だ。

 そして、唯一の女性である『ビブリス』と大柄で屈強な男性の『ウラガノス』。

 以上3名に加え、さらにもう1人、落ち着いた、厳かとも言える雰囲気を纏う『バルデス』という戦士が現れたのだ。

 

 

「その闇の戦士は、向こうが知らない筈の事を簡単に見破ってきたんです。

 底知れないものを感じました……」

 

「……ヤバそうな感じ?」

 

「正直に言うと、凄く。何だか今までの人達と雰囲気がまるで違って……」

 

 

 その『見破られたこと』というのが、また重大な事だった。

 晴人達には細かい説明を省いているせいで話していないのだが、ひかりは光の園に存在するクイーンの『命』の化身だ。

 クイーンはドツクゾーンが最も恐れる脅威であり、その復活を阻止する事がドツクゾーンの目的でもある。

 命の化身であるひかりがいなくなれば、当然クイーンは復活できない。

 だからこそ、今までドツクゾーン側にそれが知られないようにしてきたのだが、バルデスは一瞬でそれを看破したのだ。

 

 

(他の3人には気付かれなかったのに、何で分かったんだろう……)

 

 

 ほのかは思案する。

 今までの闇の戦士と何かが違う新たな戦士。分かるのは明確な強敵である事。

 ともあれ、戦いの激化が予想されるところではあった。

 そんな風に戦いの話をしている内に、ほのかも晴人の近況が気になりはじめていた。

 バルデスの事は考えても答えが出る事でもないので、ほのかは考えを切り替え、晴人側の近況を尋ねる。

 

 

「晴人さんはどうですか?」

 

「ん? まあ、いつも通りかな。ファントム探して、ゲート守って、って感じ」

 

「そうですか……。あの、この前のエネタワーで起きていた戦いは?」

 

「あー……それにもいたよ」

 

 

 どうにもほのか、先日のエネタワーでの大規模な戦いに晴人もいたのではないかと勘付いていたらしい。

 その後、本当は自分達も向かおうか考えていたのだが、下手にプリキュアの事は露見できない事に加え、ドツクゾーンからの襲撃もあり、救援に行けなかった事を詫びてきた。

 

 

「すみません。力になれたらって思うんですけど……」

 

「いやいや、正体バラすの厳しいんでしょ? じゃあしょうがないって。

 それに、ほのかちゃん達じゃないとあのザケンナーってのは倒せないわけだし。

 俺達じゃ倒せない敵と戦って平和守ってんだから、気にすんなって」

 

 

 晴人の言葉は心の底から出た言葉ではある。

 が、それとは別に、確かにプリキュアの2人、それにシャイニールミナスが味方になってくれれば心強いだろうな、という想いもあった。

 それにそうなれば、晴人だけでなく、数多くの仲間がほのか達を支えられるようになるだろう。

 それをするにはカレイジャス・ソリダリティに入ってもらう必要があるわけだが。

 

 

(その辺は追々って話だったし、今俺が勝手に決めるわけにもいかないよなぁ……。

 機密とかそういうのは伏せとけば、カレイジャス・ソリダリティの事を話すくらいならいいか?

 ……強敵まで出てきたなら、俺達の仲間になってもらった方がこの子達も安全なのかもしれないし)

 

 

 組織の事情はシンフォギアのような国家機密が問題なのであって、多少なら話しても問題は無い。

 とはいえどこから話したものかと晴人が考え始めた時、彼の携帯電話が鳴った。

 何事かと電話を見てみれば、かけてきているのはどうやら大門凛子であるらしい。

 先程の話が確かなら、凛子と仁藤の祖母は一緒に居るはずだ。

 その件かな、と思いつつ晴人は凛子からの電話に応じた。

 

 

「もしもし、どしたの?」

 

『あ、晴人君。そっちに仁藤君いない?』

 

「ああ、いるぜ。ばーちゃんに怯え切ってるマヨネーズが」

 

『じゃあもしかして、話も聞いた?』

 

「まあね。おばあさんが怖いって事と……おばあさんが怖いって事しか分かんないわ」

 

『相当なのね……。仁藤君ったら、携帯の電源まで切ってる徹底ぶりなんだもの。

 今、私も警察での仕事があるから、一先ず瞬平君を呼んで敏江さんの事を任せたの。

 その事、仁藤君にも伝えておいてくれる?』

 

「りょーかい。仕事頑張って」

 

 

 晴人は通話を終えると、未だなぎさと話し続ける攻介に電話の内容を教えた。

 すると攻介は一瞬安心したような顔をしたのだが、直後に顔を青くしたかと思えば慌てて携帯を取り出し、すぐさま電話をかけ始めた。

 相手は瞬平。半ば怒鳴るように「俺が魔法使いって事だけは言うなよ!!」と瞬平に釘を刺しているようだ。

 それを言うだけ言った後、攻介は電話を切った。今度は携帯の電源を入れたままで。

 

 

「はー……事情を言ってない瞬平じゃ、うっかり話しちまうかもしれねぇしな……。

 まだ言ってないみたいで助かったぜ……」

 

「どんだけだよ。全く……家族は大切にしろって」

 

「そりゃそうだけどよぉ……怖ェモンは怖ェよ」

 

「なぎさも。お母さんはなぎさの事を心配して言ってるんだから、ね?」

 

「うー、ほのかはそっちの味方なのー?」

 

「なぎささん、早くお母さんと仲直りしてくださいね?」

 

「ひかりまで……ガックシ……」

 

 

 項垂れる攻介となぎさ。呆れる晴人。苦笑いのほのか。純朴な笑みのひかり。

 それぞれに表情は違うが、追加のドーナツを注文する事だけは同じだった。

 話はまだまだ続きそうである。

 

 

 

 

 

 6月初頭で少しじめじめとしてきた此処最近。

 そんな湿気も感じさせない程に意気揚々とした奈良瞬平は、敏江を東京スカイタワーへと案内していた。

 これは彼なりの気遣いで、折角福井から東京に来たのだから観光でもして気を紛らわせてもらおうというもの。

 最初は東京エネタワーに連れていこうかとも思ったのだが、エネタワー周辺は先日の戦いで復興作業中。その為、もう1つの観光スポットであり、周辺も無事であるスカイタワーに案内したのだ。

 

 福井からあまり出た事の無い敏江にとってスカイタワーは珍しく映るのか、まじまじと超巨大な塔を見つめている。そんな彼女に瞬平は携帯のカメラを向けつつ、明るく声をかけた。

 

 

「敏江さーん、取りますよー! はい、チーズ!」

 

 

 戸惑いつつもスカイタワーをバックにカメラへ目を向ける敏江。

 少々困惑気味の顔で写ってしまったが、これはこれで思い出の写真になることだろう。

 

 

「観光、どうですか? 気晴らしになってるといいんですけど」

 

「ごめんなさいねぇ、あの刑事さんや、瞬平君にまで気を使わせちゃって。

 ……本当に、あの子ったらもう……」

 

 

 凛子からは厳しいお婆様という風に聞いていたのだが、瞬平といる時の彼女は穏やかで落ち着いた雰囲気の、ごく普通のおばあちゃんだった。

 元々明るく人懐っこい瞬平だから敏江が気を許しているというのもあるだろう。

 そしてそれ以上に、彼女の厳しさは攻介のみに向けられている、という事でもあった。

 

 何であれ、自分の孫を追いかけてきたら色んな人のお世話になっているのだから、敏江としては頭が上がらない思いだ。

 敏江の言葉に慌てて両手を振った瞬平は「気にしないでください」と一言。

 実際、まるで気にしていなかった。本気の善意でやっている今時珍しいくらいの若者なのだから。

 

 

「そうだ、こんなものしかないけれど、良かったら受け取ってくださらない?」

 

「へ? カエルの折り紙……ですか?」

 

「『カエル』だから、無事に『帰る』。

 お守り代わりの折り紙なのよ。カエル以外にも、攻介にはよく折ってあげていたわ。

 ……小さかったし、あの子はもう忘れてしまっているだろうけれど」

 

 

 手元の折り紙へ目を落とした敏江の顔が何処か寂しそうなのは、決して視線が下に向いているからなだけではないと瞬平は感じた。

 逃げられた孫との距離を感じてしまっているのだろうというのは強く伝わる。

 だからカエルの折り紙を受け取った瞬平は、にっこりと敏江へ笑いかけた。

 

 

「大丈夫ですよ! きっと仁藤さんとも、お話しできますって!」

 

 

 それは咄嗟に出た言葉だった。

 けれども敏江に元気になってほしいという瞬平の思いは確かなもの。

 ゆっくりと顔を上げた敏江は、ほんの僅かに不安気で寂しそうな顔が混じった笑みを零す。

 

 

「……ふふ、そうかしら?」

 

「そうですよ! この折り紙、大切にしますね!!」

 

「よーく効くわよ。きっと、貴方を守ってくれるわ」

 

「はい!」

 

 

 結果的に瞬平に敏江の事を任せたのは正解だったと言える。

 彼の持つ明るさに彼女は救われているのだから。

 

 ────その朗らかな雰囲気の中に1つの影が迫っている事に、2人は気付いていない。

 

 

「おい」

 

 

 それは突然に始まる。

 見ず知らずの屈強な男が、瞬平と敏江に声をかけた。

 

 

「お前がゲートだな?」

 

 

 瞬平はその言葉に聞き覚えがある。その言葉を口にしたものが、何をするのかも。

 だから一瞬呆然としながらも、すぐに敏江の手を引いて駆けだす事ができた。

 

 彼等が走り出すのと屈強な男が怪物へと変貌したのは、同時。

 

 

「絶望して、ファントムを生み出せぇ!!」

 

 

 ファントム、ワータイガーが町中にその姿を現した。

 その変貌を目の当たりにしたのか、日常的な平和の中に突如出現した異物に反応したのか、周囲の一般人達は蜘蛛の子を散らしたように何処かへ逃げていく。

 その中でもワータイガーの標的は1人しかいない。

 

 瞬平は一度絶望して、アンダーワールドに出現したファントムを撃退された事のある人間。

 ゲートではなくなっているからこそ自分が標的ではないと彼は瞬時に理解できた。

 

 メデューサが今朝見つけたゲート。

 今回の標的は、仁藤敏江。




────次回予告────
「もー! 私達だって平和にドーナツ食べてたいのに!」
「でも、放っておけないわよね、なぎさ?」
「分かってますって! ってなんか、敵も味方も色んな人がいるんだけど!?」
「赤、緑、金色で、何だかとってもカラフルね」
「そんな呑気な……」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『プリキュアと魔法少女と新たなファントム』!」」

「魔法少女って事は、なのはちゃんがいるのかな?」
「ち、違うみたいよ……」
「え?」

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