スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第70話 総てが集まり、編纂される・2

 それぞれの自己紹介、了子の現状を纏めた講座、そして部隊名称の決定。

 カレイジャス・ソリダリティという名の部隊となった彼等彼女等は、その後はそれぞれに談笑、食事で和気藹々とした時間を過ごした。

 

 そんな時間が過ぎ去り、今回の歓迎会兼交流会が終わった頃。

 面々はそれぞれに帰路につく事になり、会場となっていた特命部の外に出ていた。

 

 それぞれが帰るにあたり、怪我が完治していない士、剣二、銃四郎の3人は、来た時と同じく翼共々、慎次の車で帰る事になった。

 陽が落ちてきて夜も遅い、という理由で、小学生のなのはも近くまで送る事になっている。

 他の面々は帰宅に支障もなく、既にこの場を離れているメンバーも数名いる。

 

 と、慎次の車を待つ士に声をかけてきた者がいた。

 

 

「おい、士。ちょっと顔貸しな。夏海ちゃんとユウスケも」

 

「……?」

 

 

 着々と撤収が進む中で、士を呼び止めたのは翔太郎だった。

 隣には当たり前というべきかフィリップが、そして何故か弦太朗、晴人、攻介、なのは、更に響と未来までいた。

 士が帰るまでいるつもりだった夏海とユウスケも呼び止められ、何の用だ、と思いつつ士は翔太郎達の元へ合流する。

 

 

「何だ」

 

「いや、今のうちにアイツ等の事も話しとこうと思ってな。

 ほら、『プリキュア』の件」

 

 

 ああ、とその言葉で集められた全員が納得した。

 

 ──────『プリキュア』。

 

 それは、彼等がこの部隊とは別で出会った、戦う女の子達の事だ。

 

 弦太朗と攻介はそれぞれに出会ったプリキュアの事を思い出していた。

 美墨なぎさと雪城ほのか、キュアブラックとキュアホワイト。

 ふたりはプリキュア、と名乗る2人組。

 

 

「なぎさとほのかの事ッスよね」

 

「お、アンタも会った事あんのか?」

 

「おう。って、攻介さんもなのか?」

 

「一回一緒に戦った事があんだ。あん時はブラックとホワイトの他にも……」

 

 

 と、3人目の名前を攻介が言いかけた時、響の疑問の声が割って入って来た。

 

 

「あれ? プリキュア、ですよね? 名前違わないですか?」

 

「ん? いや、合ってるはずだぜ。ダチの名前を間違えたりは……」

 

「でも、私達が会ったのは日向咲ちゃんと美翔舞ちゃんっていう子達なんです」

 

「ん、お、おぉ? 初めて聞く名前だぜ?」

 

 

 未来が口にした名前を聞いて、弦太朗はプリキュアと共闘したあの日を思い出してみる。

 なぎさ、ほのか、メップル、ミップル、あとなんか難しそうな話。

 何度記憶をリピートしても、名前に関してはこれしか浮かんで来ない。

 

 見れば響と未来だけでなく、士、夏海、ユウスケの3人もそれぞれ怪訝だったり不思議そうだったりと、同じ疑問を抱えている様子だった。

 

 

「おっと待ちな。実は、プリキュアってのは2組あるんだぜ」

 

「ああ。如月弦太朗、操真晴人、なのはちゃんが出会ったなぎさちゃんとほのかちゃん。

 それぞれ、キュアブラックとキュアホワイト。

 そして、門矢士達が出会った咲ちゃんと舞ちゃん。

 こちらはキュアブルームとキュアイーグレット、だね」

 

 

 話がすれ違いかけた時、翔太郎とフィリップがすかさずフォローに入る。

 なぎさとほのか、咲と舞。

 両者共に『ふたりはプリキュア』を名乗るが、両者に出会った事があるのは仮面ライダーWの2人だけだったのだ。

 正確に言えば天ノ川学園高校での戦いの際、翔太郎はジョーカーに変身していたので、フィリップも直接会ったわけではなく、翔太郎からの口伝と地球の本棚で把握している、という状態なのだが。

 

 そんな2人だからこそ、プリキュアと接触した事のあるメンバーだけを正確に呼び止められたのだ。

 なぎさとほのかの話からウィザードの事は聞いていたし、その晴人を呼び止めた時に、なのはもプリキュアを知っている、という話も聞いた。

 あとは風都や夕凪で一緒に戦ったメンバーを集めれば、プリキュアと共闘経験のあるメンバー勢揃い、というわけである。

 

 片方のプリキュアしか知らない弦太朗達は翔太郎達の説明に頷き、驚愕混じりながらも納得の意を示した。

 しかし、この2人も知らないプリキュアがもう1人存在している。

 それを知る晴人が口を挟んだ。

 

 

「その感じだと、2人はなぎさちゃんとほのかちゃんにしか会ってないの?」

 

「あン? まだ誰かいんのか?」

 

「ああ。な? なのはちゃん」

 

「はい。もう1人、九条ひかりさん。『シャイニールミナス』っていう方がいたんです」

 

 

 キュアブラックとキュアホワイトと共に戦う、もう1人の少女の名前。

 それは唯一Wが接触していない名前だった。

 

 

「シャイニールミナス……名前は既に検索済みだ。

 実際に会った事は、僕達は無いね」

 

「って事は、咲ちゃんや舞ちゃんの他に、3人もいるのか。

 はぁー、2人が知ったらきっと驚くだろうなぁ……」

 

 

 夕凪にいる2人の事を想起しつつ、どんな人達なんだろうと思いを巡らせるユウスケ。

 一方で夏海はこの話そのものに疑問を持っている様子だった。

 

 

「でも翔太郎さん。何で急に、この話を?」

 

「ま、情報共有ってのもあるけど、一番は……」

 

「この部隊……カレイジャス・ソリダリティに、合流させるかどうか、だね」

 

 

 一瞬、沈黙が包み込んだ。

 相手はそれぞれに日常のある女子中学生5人。

 高校生はおろか小学3年生を巻き込んでいる手前、最早どうこう言えるような立場ではないが、それでもやはり心苦しさというものはある。

 

 

「勿論、ただ協力してもらうだけじゃねぇ。

 プリキュアにもそれぞれに敵がいて、俺達もそれと戦った事があるだろ?

 二課や特命部も知らないところで、あんな戦いが起こってんだ。

 あの子達を助けるって意味でも、此処の事を教えるのは1つの手だと思ってる」

 

「それに、特に咲ちゃんと舞ちゃんだが、シンフォギアを見てしまっているからね。

 今のところは口止めをしてもらっているけど、あれは本来、目撃してしまったら二課から口止めの正式な手続きの要求が入る代物だ。

 酷な言い方になるが、向こうの都合を考えるだけでは二課に迷惑がかかりかねない。

 シンフォギアを知っている、というのは、下手を打てば危険な事だからね」

 

 

 翔太郎とフィリップが語るそれが全てだった。

 シンフォギアを目撃していないなぎさ、ほのか、ひかりの3人も、晴人、攻介、なのはと知り合っている以上、多少の接触は避けられないだろう。

 ほんの少しの沈黙の後、慎次の車が近づいてくる音がした。

 

 

「プリキュアはみんな正体を知られたがってなかったから、この話はまだ此処だけだ。

 話は一旦保留にするが……もしかしたらそうなるかもって事だけ考えといてくれ。

 そうなった時、あの子達と話すのは俺達だろうしな」

 

 

 プリキュアを知っている面々だけを集めたのは、プリキュアの正体を隠す為。

 今更この部隊でそれが必要かとも思うかもしれないが、それがプリキュアメンバーからのお願いだったのだから、無下にするわけにもいかない。

 慎次の車の到着を知らせる翼の声で、この話はお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 慎次の運転する車内。

 今回は運転手の慎次含めて6人という事で、わざわざ6人乗りの車を出してくれた。

 1列目、2列目、最後列の3つに別れ、それぞれが2席ずつのスタンダードな6人乗り。

 助手席に翼、2列目には士、なのは、3列目に剣二、銃四郎が座っている。

 

 車内で最初に口火を切ったのはなのはだった。

 

 

「それにしても、驚きました。まさか風鳴翼さんが二課の人だったなんて」

 

「そう? 高町も私を知ってくれているのね」

 

「勿論です! 私の学校でもとっても有名で、ファンも沢山いるんですよ!

 私もCD、買ってます!」

 

「ありがとう。そう言ってくれるファンがいるから、私はこれからも頑張れるわ」

 

「あ……そういや翼ってアーティストだっけ。すっかり忘れてたぜ……」

 

「失礼だろとは思うが、同感だな。いつの間にか普通に任務を一緒にしてるし……」

 

 

 なのはの反応に対し、剣二と銃四郎は意表を突かれたような顔だった。

 部隊参入間もないなのはからすれば、翼が普通にいるという状態は中々に衝撃的だ。

 対して、既に部隊合流から1ヶ月程が経過している魔弾戦士組、それに特命部のみんなも、それが当たり前となってしまっていた。

 超がつく人気アーティストが日常的にいる事が当たり前。

 そう考えてしまう辺り、慣れの恐ろしさを痛感した2人であった。

 

 

(……そういやアーティストだったな。この世界では当たり前なんだろうが……)

 

 

 士の場合、そこからさらに一歩進んでいるのか後退しているのか分からないが、『風鳴翼は超人気アーティストである』という情報そのものを知らない事から始まった。

 だからというべきか、士の翼への接し方は初対面の頃からあまり変わっていない。

 元々、彼女が有名人であるという先入観が0だったからだ。

 と、そこで士は、翼にとってかなり余計な事を思い出してしまった。

 

 

「そんな有名アーティストが、部屋の片づけはマネージャーに任せっきりか。

 まあ記者の良いネタにはなるかもしれないな」

 

「か、門矢先生ッ! 時折それを掘り返そうとするのはやめてくださいッ!

 ……緒川さんも笑わない!!」

 

 

 窓の外を見つめながらボソリと呟いた言葉だったが翼は敏感に反応し、慎次も少しだけ笑ってしまう。

 翼が所謂片付けられない女である事を知っているのは慎次を含めた旧来の二課メンバーを除けば、響と士のみ。

 士に知られたのはある意味運の尽きと言えるかもしれないが。

 

 

「そういえば僕の代わりのお見舞い、士さんも行ってくれたんでしたよね。

 その節はありがとうございました」

 

「フン、立花に付き合わされただけだ。

 それよりお前、よくあんなのを毎回片付けてるな」

 

「いえ、まあ……慣れ、ですかね。

 響さんと士さんには、少し意地悪をしてしまったかもしれません」

 

「意地悪で済むか。あれだけ惨状なら先に教えとけ」

 

「当人を目の前に好きに勝手に言い過ぎですッ!

 意地悪云々は、むしろ私に対してですッ!!」

 

 

 若干──いや相当必死に抗議する翼。

 先程までのクールなアーティスト・風鳴翼は何処へやら。

 年上2人に翻弄されて頭を抱える普通の人間・風鳴翼がそこにはいた。

 

 その姿は、1ヶ月近く一緒に居て、何度も共に戦ってきた剣二達にとっても意外だった。

 

 

「何の事だか分かんねぇけど……翼もあんなに取り乱すんだな……。

 まだまだ知らねぇことだらけなんだな、ゲキリュウケン」

 

『そうだな。これからも共に戦っていく仲間だ、お互いの事をもっと知った方がいい』

 

 

 知らなくていいです! と翼から声が飛ぶ。

 

 

『風鳴翼の心拍数上昇を確認。緊張状態と思われる』

 

「翼ちゃん。もしスキャンダルなら、ほどほどにしといた方が良いぜ」

 

 

 違います! と翼から声が飛ぶ。

 

 

(……翼さんも、当たり前だけど、普通の人、なんだなぁ……)

 

 

 そんな中、なのははポカンとしつつも、そんな風に感じていた。。

 テレビの中のアーティストの側面しか知らないなのはにとって、取り乱す翼は意外も意外。

 一連の流れは歌番組で見せるクールビューティーなイメージとはかけ離れたものだった。

 

 でも、だからなのはは安心する。

 今日の歓迎会兼交流会にしてもそうだ。

 結局、どんな厳かな部隊にいても、どんな世界に身を置いている人でも、蓋を空ければ自分がよく知っている一面を持っているのだと。

 決して、全く理解できない世界の人ではないのだと。

 なのははそんな事を頭の片隅で思いつつ、アーティストとしての翼だけでなく、人としての翼も好きになれそうだった。

 

 

(ちょっと、フェイトちゃんと声が似てるかも? フェイトちゃんも歌、上手いのかな?)

 

 

 なのはがこんな事を考えたりしつつ、翼は取り乱しつつ、車内の談笑は絶えなかった。

 

 

 

 

 

 慎次の車で送られ、なのはは自宅に、剣二と銃四郎はS.H.O.Tお抱えの病院に、士は二課お抱えの病院に到着した。

 看護師の同伴で自分の病室に到着した士は、再びそこに横になる。

 

 怪我自体はまだ痛むところもあるが、動かすくらいなら問題は無い。

 それでも致死量ではないとはいえ血を抜かれた事や、アルティメットDやキバ男爵に受けたダメージを考えれば、間違いなく軽傷とは言えないのだが。

 とはいえ士本人は「入院までする必要はないだろ」、と思ったりもするが、その辺りは大事を取れ、という医者や弦十郎の言葉に従うしかない。

 

 家に戻ってもアイツ等がいるくらいだしな、と、士はふと、この世界の『家』の事を考えた。

 

 

(……『魔戒騎士』、か。そういや、アイツもそういう力を持ってる奴か)

 

 

 この世界で最初に出会った戦士、『黄金騎士・牙狼』。

 冴島鋼牙という青年は、無愛想で無遠慮な奴だと士は感じている。

 概ねその評価は間違っていないだろう。

 しかし絶対に悪人ではない。

 人を守るというはっきりとした意思を持ち、悪事に手を貸したりするような事もない。

 ただ、人との距離感を図りかねているような、あるいは元来不器用な性格なのだろうという事は、1つ屋根の下で暮らしていれば士にも分かる。

 この辺りの評価は全て鋼牙側からの士への評価としてブーメランしていたりもするのだが、士が知る由もない。

 

 

(……アイツが手を貸せば、俺達の部隊も多少は強くなるだろう。

 癪だが、アイツは間違いなく強いしな)

 

 

 黄金騎士・牙狼の名は、最強の称号だ。

 1つの世代の、世界中に数多存在する魔戒騎士の中で、最強。

 それだけ鋼牙は強い。それは、日々の鍛錬から為るたゆまぬ努力の結晶だ。

 数度のホラー狩りにおいて、間近でそれを見てきた士だからこそ、誰よりもその強さは認めていた。

 

 

(ま、『掟』とやらで無理か。言うまでもなく、断られるだけだな)

 

 

 魔戒騎士の掟は士もゴンザから聞いている。

 人の前で鎧を見せてはいけないという掟がある以上、鋼牙はこの部隊に参加できない。

 仮に参加しても、既に知られている士以外の前で鎧の召喚ができないのだから。

 掟を破れば罰として寿命を削られるような事がある以上、簡単に協力してくれとは言えなかった。

 

 

(『仮面ライダー』、『ゴーバスターズ』、『シンフォギア』、『魔弾戦士』、『魔法使い』、『プリキュア』、『ダンクーガ』、そして『魔戒騎士』……か。

 全く、本当にどうなってんだかな、この世界は)

 

 

 この世界で、力も名前も何もかもが異なる存在を数多見てきた。

 今日の歓迎会兼交流会で出会ったそれらや、今までの出会いを思い返しつつ、士は一先ず、眠りについた。

 

 

 

 

 

 翌日、夕方とまでは行かないが、陽が傾き始めた、そんな時間。

 門矢士は教師としての仕事も二課の計らいで休ませてもらっている。

 一応、リディアン側には『急病』という事で通っていた。

 

 

(……する事もない。撮るものもない。……ったく)

 

 

 入院中の士は大層暇だった。

 こういう時は趣味に時間を費やすのもありなのかもしれないが、彼の趣味は写真だ。

 ところがカメラはあっても被写体は無い。

 とどのつまり、する事は本気で一切ないのである。

 今日起床してからこの時間まで、退屈な時間が続いていた。

 病院内を動き回ろうにも、別に何か面白いものが転がっているわけでもないわけで。

 

 

「門矢さーん」

 

 

 士の病室がノックされ、白衣に身を包んだ女性、要するに看護師が扉をそっと開けて入ってきた。

 

 

「お見舞いの方が来ていますよ」

 

「見舞い……?」

 

 

 大方、夏海かユウスケか、それか立花や小日向の線もあるか。

 一瞬で浮かぶのはその程度だが、旅仲間や関わりの深い二課の連中か、そうでなくともカレイジャス・ソリダリティの誰かだろうという予測を立てる士。

 が、看護師の後ろから現れた青年はその内の誰でもない。

 そしてある意味、一番意表をついてくる人物であった。

 

 

「どうぞ」

 

「…………」

 

 

 看護師に促される形で青年は病室へ入った。

 無言無表情ながら、看護師に軽く頭だけ下げた青年は、ベッドで上半身のみを起こしていた士へ近づく。

 看護師が扉を静かに閉めて去っていく中で、士は呆気に取られた表情で青年を見つめた。

 

 

「……鋼牙?」

 

「何だ」

 

 

 そう、青年は冴島鋼牙。

 魔戒騎士こと黄金騎士・牙狼であり、士の居候先の主であった。

 何やら右手には手提げの袋が握られている。

 

 

「何しに来やがった」

 

「入院していると言ったのはお前だ」

 

「答えになってないだろ」

 

「見舞いだ」

 

 

 鋼牙は士のベッドの横に置いてあった丸い椅子へ座りつつ、短く答えた。

 確かに鋼牙の家に「しばらく入院する事になった」と連絡はした。

 その際、電話で応対してくれたゴンザが「どうかご静養ください……」と心配そうに口にしたのを覚えている。

 勿論、執事たるゴンザが家の主である鋼牙にその事を報告しない筈がない。

 だが、正直なところ、鋼牙が見舞いに来るなどというイメージは、士の中に全く無かったのだ。

 

 

「……ゴンザ辺りの差し金か」

 

『そんなトコだ。今日の分のエレメントの封印を終えた後、見舞いに行ったらどうだってゴンザの奴がな』

 

 

 鋼牙に代わり、彼の左手の中指に嵌められたザルバが金属の顎をカチャカチャと動かした。

 士もそんな事だろうとは思ったが、それ以上に来るのは想定外だった。

 それは例え、ゴンザに促されたものであったとしても。

 

 

「お前が入院するほどの敵と戦ったのか」

 

「フン、怪我の事なら大した事ないのに周りが大げさすぎるんだよ。

 敵の方も、別にどうって事は無い」

 

「体調は問題ないようだな。減らず口も変わっていない」

 

「俺を煽りにでも来たのか?」

 

「俺はお前とは違う」

 

「やっぱ煽ってるだろお前」

 

 

 第三者が聞いたら一触即発、2人からすれば平常運転な会話が繰り広げられる。

 此処で鋼牙は、手提げの袋を近くの小さな机の上に置いた。

 

 

「何だそれは」

 

『見舞いの品って奴だよ。中身は羊羹だ』

 

「早めに食べろ。無駄になるからな」

 

「……本当に、どういう風の吹き回しだお前」

 

 

 見舞いに来るだけでも意外なのに見舞いの品まで用意している鋼牙に、流石の士も本気で困惑している。

 それはあまりにも柄じゃないと感じたからだ。

 今まで鋼牙と顔を突き合わせてきたからこそ、こういう事をする鋼牙はおかしく感じられたのである。

 

 

『お前が思ってるほど、鋼牙も冷徹じゃないって事かもな。

 ま、俺も少し驚いてはいるが』

 

「誰が冷徹だ」

 

「お前だよ。誰がどう見てもそうだろ」

 

 

 ザルバの言葉に一言抗議する鋼牙だが、士は自覚無いのかよ、と、更にツッコミを入れる。

 本人達は一切認めないだろうが、ゴンザやザルバから見れば2人の仲は良い方だ。

 恐らくだが、と、前置きをしたうえで、ザルバは心中で呟く。

 

 

(情でも湧いたのかねぇ。一応、監視してるって名目なんだが)

 

 

 士はホラーにダメージを与えられる、世界の『外』からやってきた異邦人。

 だから番犬所は最大限の警戒を込めて、最強の魔戒騎士である牙狼に見張りをさせている。

 それが2人の奇妙な生活の始まりであったはずなのだが。

 

 と、そんな2人と指輪1つの会話の中、再び扉がノックされた。

 静かに開けられた扉へ2人が振り向けば、そこにいたのは先程と同じ看護師だ。

 

 

「門矢さん。もう1人、お見舞いの方が来ていますよ」

 

「またか……」

 

 

 看護師に促されて病室へ入って来たのは見覚えのある制服を着た女子高生。

 先程のリピートでも見せられているのか、彼女も右手に手提げの袋を持っていた。

 

 

「こんにちは、士先生! お見舞いに……」

 

 

 彼女は士の生徒の1人、立花響だった。

 病室に入った彼女は鋼牙の顔を認識すると、少し驚いて口を一瞬閉じてしまった。

 彼女にとっても鋼牙は決して知らない人ではない。

 一度夕凪で会った事のある、けど素性はよく分からない先生の知り合い、という認識だが。

 

 

「あ、えっと、確か士先生の……お友達の方?」

 

「「誰が友達だ」」

 

「あ、あれ? 違うんですか?」

 

(にしては、ハモったな)

 

 

 響の言葉を同時に否定する2人。

 ザルバは正体がバレぬように口を閉じているが、彼は彼で好き勝手思っていた。

 

 

「お前も見舞いか。ご苦労なこったな」

 

「ホントは未来とも一緒に来るつもりだったんですけど、日直で。

 学校もいつも通りに戻りましたし」

 

 

 特異災害対策機動部やエネルギー管理局から正式に状況終了の報が行われた。

 その為、直接被害のあったエネタワー周辺以外の学校は通常授業に戻っていた。

 リディアンもその例に漏れず、通常の授業が行われている。

 

 響は士と鋼牙の元へ歩を進め、手に持った荷物を机の上に置いた。

 

 

「これ、置いておきますね。中身はお菓子の詰め合わせなので!」

 

 

 見舞いの品を置きつつ士に笑顔を向ける響。

 その後、隣で座る鋼牙の方へ恐る恐る目を向けた。

 

 

「えっと、夕凪以来、ですよね? こんにちは、立花響って言います」

 

「……そうか、お前が」

 

「え?」

 

「士から聞いている。いちいちやかましい変な生徒がいる、と」

 

「どんな伝え方してるんですか士先生ッ!?」

 

「事実だろ」

 

 

 夕食の時、2人はほんの少しだが会話をする時がある。

 どちらが切り出すわけでもなく、実際はゴンザがきっかけを作って話させているのだが、何であれ士は学校の事を話した事があったのだ。

 ゴンザが士に「学校はいかがですか?」と話を振り、士が答える。

 鋼牙にも話を振り、いつの間にか2人の会話になる、といった感じで。

 

 

「未来も翼さんも『残念』とか言ってくるし、みんなして酷いですよぉ……」

 

「本当の事だ。諦めろ、立花」

 

「とても先生の言葉とは思えません! 私だって私なりに頑張って生きてるんですよ!?」

 

「知るか」

 

 

 異議を申し立て続ける響をさらりと躱し続ける士。

 その様子を見続けていた、ある意味話の発端を作った鋼牙が、いつものように無表情なまま口を挟む。

 

 

「だが、お前も『根性だけはある』とか『悪い奴じゃない』とは言っていただろう」

 

「……お、おお!? 士先生がそんな事をッ!? ホントですか!?」

 

「嘘を言ってどうする」

 

「おまッ……! 何言ってやがる。ンな事、言った覚えは……」

 

「言っただろう。何故隠す?」

 

 

 鋼牙は皮肉を言う事も隠し事もするにはするが、基本、隠す必要が無い事は言う。

 彼は「良い風に言っていたのに、何が問題なんだ?」というような態度だ。

 一方で士は少し動揺している。

 面と向かって褒める事の少ない彼だ。

 聞かせるつもりの無かったそれを聞かれたせいだろう。

 

 

「へぇ~、士先生も家ではそんな風に言ってくれてるんですね~。

 あのあの! 他には何か言ってませんでしたか!?」

 

「他か。『少しは強くなった』、あとは……」

 

「もう黙れ鋼牙。本当に黙れ」

 

 

 響の顔が見る見る笑顔に、それも所謂ドヤ顔の、鬱陶しい部類の表情になっていく。

 

 

「フフーン! やっぱり強くなりました? 私!」

 

「そういうのは俺に勝てるようになってから言え。

 言っとくが、まだ本気は出してないんだからな」

 

「うー。じゃあ退院したら、また訓練、付き合ってくださいね?」

 

「気が向いたらな」

 

 

 深く溜息を付く士は鋼牙の方を睨んだ。

 鋼牙からすれば言って問題の無い事を言っただけで何故睨む、と、無表情で視線を返す。

 そんな2人を余所に響はちょっと上機嫌だった。

 

 ところで、響ははたと思い出す。

 そういえばこんな有益なお話をしてくれたこの人の事をまるで知らないな、と。

 

 

「あ、そういえば! まだお名前、お聞きして無かったですよね。

 改めて、私は立花響です! いつも士先生にはお世話になっています!」

 

「……冴島鋼牙だ」

 

「鋼牙さんですね! よろしくお願いします!」

 

 

 鋼牙からの返答は特になかったが、響は嫌な顔1つする事無くニコニコしている。

 魔戒騎士の事を教える事はできないが、名前くらいなら問題は無いと思ったので名前を教えた鋼牙。

 その端的な会話を横で見ている士は、2人を見て思う。

 

 

(……前も思ったが、正反対だな。こいつ等)

 

 

 普段からニコニコして、千変万化な表情を見せて、口数の多い響。

 全く表情を変えず、無表情かしかめっ面の二通りで大体が終わり、無口が主な鋼牙。

 性格的なものを挙げればどこまでも2人は対照的だ。

 

 

(この世界で最初に会ったのも、こいつ等だったな)

 

 

 思えば、士のこの世界における起点はこの2人だった。

 

 この世界に来るときに何処かの廃工場へ出たかと思えば、鋼牙に出会った。

 そのままホラーや魔戒騎士の事を知り、色々とあって鋼牙の家に居候している。

 

 さらにこの世界に入り込んだ際、自分の役目として与えられたのがリディアンの教師。

 世界が決めた役割に従ってリディアンに向かってみれば、ノイズやシンフォギア、初めてガングニールを起動させた立花響と出会い、あれよあれよと二課に入った。

 

 鋼牙は同居人として、響は先生兼もう1人の師匠として。

 士がこの世界で最も関わりの深い2人であると言えるだろう。

 

 

「鋼牙さん、士先生とはどれくらい一緒に居るんですか?」

 

「1ヶ月か2ヶ月程度だ」

 

「へぇー! じゃあ士先生がリディアンに来たのと、殆ど同じくらいなんですねー」

 

 

 この世界での始まりを思い返していた士を余所に、2人は会話を続けていた。

 会話と言っても、主に響が話しをして、鋼牙は無言無表情で時々返答をしたり相槌を打つ程度だが。

 そしてキリのいいところで会話が止まった時、鋼牙はゆっくりと椅子から立ち上がった。

 今日の鋼牙の目的は、入院中の士がどういう様子かを確認する事。

 その目的が達成された以上、長居する理由も無いのだ。

 

 

「……俺は帰る。お前も問題ないようだしな」

 

「ああ、そうか。帰れ帰れ」

 

 

 追い払う様に手をシッシッ、と振る士。

 鋼牙のせいで響に関してのあれやこれやをバラされたせいか扱いが雑である。

 対して鋼牙は、いつも通りの反応だと特に気にする様子もなく、病室を出ていった。

 扉が閉まった後、響は再び士の方へ向き直る。

 

 

「何というか……翼さん以上にキリッとしてて、静かな方ですね」

 

「無愛想なだけだろ。いけすかない奴だ」

 

「その割には、結構仲良く見えましたけど……」

 

「ンなわけあるか」

 

(んー、似てると思うんだけどなぁ……)

 

 

 2人を見ていて口調というか、何がしかは共通しているように見えた響。

 あながち間違いでもないが、士も鋼牙も恐らく、一切認めようとはしないだろう。

 そういうところが似てるとも言えてしまうのだが。

 

 この後、響も士としばらく話をした後、病室を後にしたようだ。

 鋼牙に聞いた事を引き合いに出した響がいちいちドヤ顔を繰り出して士が不機嫌そうな顔を見せていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 士の病室から帰路につく鋼牙。

 彼は道を歩く最中、進行方向への視線を逸らさぬまま、ザルバに話しかけていた。

 

 

「ザルバ」

 

『何だ?』

 

「魔戒騎士も、士達の戦っている敵に対処すべきじゃないのか」

 

『ほう?』

 

「アイツが戦っている相手はホラーと同じで、普通の人類で相手にできる敵ではない筈だ。

 ならば、それは……」

 

 

 魔戒騎士の務めではないのか、と口にしようとし、口籠る。

 それができないのは、鋼牙自身が一番に分かっているからだ。

 

 

『掟がある以上、魔戒騎士はホラー以外の事柄に関与できない。

 人間の犯罪であれ、ホラー以外の脅威であれ、だ。

 番犬所から指令が来たのなら、また話は違うだろうがな。

 そんな事は鋼牙、お前が一番良く分かってるはずだぜ』

 

「………………」

 

『アイツが入院するほどの怪我を負ったせいか?

 まあ、士も中々やるからな。そんなアイツが入院……。

 それで心配にでもなったか』

 

「馬鹿を言うな。ただ、魔戒騎士としてそう思っただけだ」

 

 

 それだけ言うと、鋼牙はザルバとの会話を打ち切り、歩く速度をより速めた。

 会話が打ち切られた事に特に抗議するでもなく沈黙するザルバは、そんな鋼牙のある種の『変化』を思う。

 

 

(コイツはコイツで士の実力を認めてる。

 そんなアイツが入院沙汰となって、鋼牙も少し驚いたってトコか?)

 

 

 基本的に魔戒騎士の使命に忠実な鋼牙。

 いけすかない番犬所のやり方に苦言を呈する事こそあるが、明確な反乱などする事も無く、ホラー狩りの為だけに生きてきたような彼。

 そんな彼が、掟の事を知りつつも暗に『士に助力するべきなのか』と聞いて来たのだ。

 

 

(……やっぱ、情でも湧いたのかねぇ)

 

 

 彼は「魔戒騎士も」と、主語を大きくしていたが、本当は「俺も」という言葉に置き換わるのだろう。

 それはザルバの推測でしかなく、本当の心中は鋼牙にしか分からない。

 ただ、幼いころからずっと鋼牙を見てきたザルバからすれば、士を彼なりに気にかけている鋼牙の姿は、間違いなく変化と言えた。


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