スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第59話 守った先にある世界

 デート当日。

 デートと言っても男女がイチャイチャして遊園地とか水族館のアレではなく、友達で遊びに出掛けようぜなノリだが。

 

 チームリディアンと響が言っただけあり、今日の集まりは響、未来、翼、士とリディアン関係者のみ。

 本当ならヨーコとかヒロム、弦太朗のような年齢の近い人も誘おうと思ったのだが、ゴーバスターズは非番ではない日であったため無理で、弦太朗も提出の近いレポートがあるそうだ。

 そんなわけで今日来るのは前述した4人だけとなっていた。

 

 夏用にこの世界で購入した通気性の良い服に身を包んだ士は、普段の教師というイメージを潜めている。尤も、この世界の役割というだけで彼は元々教師ではないのだから、彼自身が教師っぽくないのは当然だ。

 そんな士は本日徒歩にて待ち合わせの公園にやって来ていた。

 小さな川が流れ、そこに橋が架かっており、辺りは緑豊かな自然溢れる公園だ。

 

 現在、午前9時58分。待ち合わせ時間は午前10時なので割とギリギリである。

 そこに1人の女性を見つけ、士は声をかけるより前に、距離が空いた場所でジッと見つめた。

 青いイメージの私服に身を包み、帽子を被る姿。目元を隠そうとしているのか、ちょっと目深に被っている。

 

 何故一度立ち止まったのかといえば、それが本当に待ち合わせ場所にいる女性であるかを考えた為だ。

 

 

「風鳴、か?」

 

「! ああ、門矢先生」

 

 

 声をかけられ振り向いたその顔は、確かに風鳴翼。赤い結晶のペンダント、つまり聖遺物が首から下がっているのも翼である証拠だろう。

 青という翼のイメージカラーをそのままに、あまり派手な服を着ておらず、尚且つ帽子も被っているその姿は変装の為だろう。

 

 風鳴翼は超が付く有名人。少なくとも日本国内でその名を知らない者はいない。

 そんな人が変装の1つもせずに出かければ、人だかりができるのが当たり前。

 彼女が今の姿なのはそういうわけなのである。

 

 

「一瞬誰かと思ったが、帽子は変装か?」

 

「はい。恐縮ながら、多くの人に知られている身ですから」

 

「そういえば有名人だったな、お前」

 

 

 士はこの世界に来てから僅か数ヶ月。

 だからこの世界の流行りも、有名人も、殆どを知らない。

 世俗から離れている魔戒騎士の家に居候しているというのも大きいだろう。

 だから風鳴翼が有名人であり歌姫であるという感覚がまるで無かった。

 精々、彼は生徒で同僚。その程度の認識だった。

 

 

「それにしても、時間ギリギリじゃないですか」

 

「過ぎていないなら文句を言うな。それを言うなら、立花達はどうした?」

 

「……まだ、来ていませんね」

 

 

 士は溜息をついた。

 学校の話だが、未来はともかく響が遅刻する事は今に始まった事ではない。

 さらに言えば未来は響の同居人。恐らく、響の遅刻に巻き込まれているのだろうと士は考えていた。

 士の脳内で未来は響の保護者くらいのイメージである。少なくとも、どちらがしっかりしているかと問われれば迷わずに未来の方だと断言する。

 そしてそのイメージは間違ってはいない。

 

 

「どうせ立花の遅刻に小日向が巻き込まれてるんだろ」

 

「小日向……民間協力者の子ですよね。彼女が遅刻しているという可能性もあるのでは?」

 

「可能性はな。だが、遅刻しそうなのは間違いなく立花だろ」

 

 

 翼はクスリと笑って「そうかもしれません」と、それに同意した。知らないところで酷い言われようである。

 

 

「立花達の事、よく見ているんですね」

 

「気持ち悪い事を言うな。教師なんてやってりゃ、手のかかる奴は目につく。それだけだ」

 

 

 ムスッとした態度の士を見ても微笑みを崩さない翼。

 悪びれる様子もあるが、彼がそれだけの人物でない事は翼も承知だ。

 病院の屋上で話した時に回りくどくもかけてくれた、直訳すると『死ぬな』という言葉。

 上から目線や悪態以上に、部隊の面々が彼に持っている印象は良いものだった。

 しかしそんな風に評価される事をあまり良しとしない士は、そんな微笑みに対して笑みを返したりする事はないのだが。

 

 

「いつだったか、病院ではありがとうございました」

 

「は?」

 

「励ましてくれたじゃないですか。私は1人じゃない、と。

 一度、キチンとお礼を言っておきたくて」

 

「フン、そんな事もあったな」

 

 

 平然とした顔で言い放つが、ほんの少しだけ目線を逸らした士。照れ隠しなのだろうか。

 彼は色んな世界で『悪魔』だの『破壊者』だの言われ続けたせいで、素直に褒められるという事にどうにも慣れていない。

 むず痒いというか、調子が狂うのだ。強く当たってくれた方が士もペースを取りやすいと感じるくらいには。

 

 

「門矢先生は悪びれていますが、良い人です。

 立花にも私にも気をかけてくれる。文句を言っても協力し続けてくれる。

 本当に、感謝しています」

 

「当然だな。俺は世界に必要な存在、感謝されてしかるべきだ」

 

 

 尊大な態度を見せるものの、翼は微笑むだけ。嫌な顔1つしていない。

 呆れるでも声を荒げて怒るでもない相手ではやはり調子が狂うのか、士はその態度を引っ込める。

 代わりに、自分の中にあった翼に対しての疑問をぶつける事にした。

 

 

「お前、本当に変わったな」

 

「え?」

 

「俺は以前のお前をよくは知らない。だが目に見えて変わっただろ。

 立花への態度は特に分かりやすい。……何があった?」

 

 

 翼自身、自分の変化には確かに気付いている。響への想いの変化は特に顕著だ。

 いや、翼の奏を喪う前の性格を考えれば、戻ったというべきなのかもしれない。

 

 

「1つは立花が変わった事。報告書を通してですが、立花なりに頑張っている事を知りました。

 立花の覚悟も分かりましたし、私も入院期間中に気持ちの整理ができました。

 今は肩を並べる者として、立花を認めているつもりです」

 

 

 響と共に戦う事を受け入れた理由は、響自身が変わったからだった。

 奏の代わりなどでは無く、自分は自分として、自分らしい覚悟を構えたからこそ、翼も響を認めた。

 そして時間。大きな気持ちを受け止めるにはどうしても時間がいる。

 ガングニールの後継者という、奏の形見を引っ提げてきた存在を受け止めるには、どうしても時間は必要だったという事だ。

 

 そして翼は、自分が変わったもう1つの理由を語る。

 

 

「もう1つは、夢の中の奏です」

 

「奏? 天羽奏か?」

 

 

 士も名前だけは知っているし、ネットで軽く検索すれば簡単に出てくる名前。

 天羽奏。かつては風鳴翼とツヴァイウイングというユニットを組んでいたが、2年前のライブのノイズ襲撃で亡くなった。

 ノイズと戦って絶唱を歌い、その身が砕けたという真実を知る者は少数だ。

 士の問いに翼は頷き、話を続けた。

 

 

「奏は、戦いの裏側や向こうには、何か違ったものがあると言っていました。

 私にはまだそれが分からない。だから、奏と同じ場所に立ってみたい。

 戦い続けるだけの剣ではなく、その先に、何かあるのなら……」

 

 

 最後まで黙って聞いていた士が、口を開く。

 

 

「死のうとしていた奴の言葉とは思えないな」

 

 

 今の翼は戦う剣というだけではなく、戦った先にあるものを見ようとしている。

 それはつまり、戦った後を生き抜いたその先を見据えているという事。

 見舞いに来た響に対し、翼は『自己犠牲による救済は前向きな自殺衝動な様なもの』と語った。

 それは翼自身がそうであったから出た言葉であるが、『そうであった』と過去形である通り、今の翼はそうではない。

 もう自暴自棄にも近い戦いをする事も無いだろう。

 士の言葉に対し、翼も自嘲気味に笑う。

 

 

「そうですね。でも、それが今の私です」

 

「フン、立花の事はともかく天羽の事は夢の中の話だろ? 自己完結もいいとこだ」

 

「そうかもしれません。だとしても、前を向くきっかけにはなりました」

 

 

 夢の中に現れた奏という事は、実質翼の頭の中の話だ。実際に奏が現れる筈がない。

 けれど、例えそうでも夢の中で語られたそれは、自分が前を向く材料となったもの。

 翼自身、それが夢の中の事でしかないと分かっていても、それを肯定的に捉えていた。

 士も「死にに行くような性格の頃よりはいいか」と、変わった翼を見て一瞬口角を上げるのだった。

 

 さて、そんな話題から一転、士は次には別の話題を吹っかけた。

 

 

「ま、その調子で部屋の片付けもできるように変わってやれば、緒川も喜ぶだろ」

 

「なっ……そ、その話はやめてください!」

 

 

 焦る翼を余所に、士は淡々と翼の欠点を嫌味ったらしく責めていく。

 

 

「どうせその服を選んだ時も部屋を散らかしたんだろ?

 そうだ、ついでに今日は小日向にも教えるか。お前が一切片付けられないって事」

 

「だ、断固阻止させてもらいますッ! というか誰にも広めないでください!」

 

 

 写真がピンボケするという弱点を全力で棚に上げ、翼の事を笑う士。

 響に欠点を知られているという意味では、翼も士もどっこいどっこいではあった。

 しかし翼は士のその欠点を知らず、士は翼の欠点を知っている。

 有利なのはどう考えても士であった。

 

 

「門矢先生は、意地悪です……」

 

「恨むなら自分を恨め。部屋が片付けられないのはお前のせいだからな」

 

 

 士の言葉で見事に撃沈して落ち込む翼。

 それを笑う士。勿論嘲笑の笑みだ。

 

 さて、そうこうしていても響と未来が来る様子は無い。

 落ち込む翼を余所に、特にする事の無くなった士は腕を組んで手持ち無沙汰だ。

 翼が落ち込みから再起動する頃になっても一向に来ず、翼は右手の腕時計をちらりと見やる。

 時刻は既に10時25分。元々の集合時間を25分も過ぎている上、連絡も来ていない。

 

 

「あの子達は……何をやっているのよ」

 

「成績下げてやろうか、アイツ等……」

 

 

 響に巻き込まれた形で此処にいる士は職権乱用を仄めかしながら不服そうな声を出す。

 そうしているうちに、公園の外から走ってくる2人の人影が見えた。

 

 

「すみません翼さん、士先生ぇ~!!」

 

 

 声は響のものだとすぐに分かった。

 結構速めの速度で走って来た2人の正体は響と未来。流石は現在進行形で鍛えている女子高生と元陸上部の女子高生と言ったところか。

 とはいえ運動用の服ではない上、鞄なども持っているせいか思ったように走れなかった。

 そして遅刻で慌てていたせいかペース配分も考えずに突っ走ってしまい、公園に到着する頃には2人は肩で息をしているような状態であった。

 

 

「申し訳ありません! お察しの事とは思いますが、響のいつもの寝坊が原因でして……」

 

 

 膝に手を置きながら息を切らしながらも、未来が遅刻の理由を説明する。

 士の言う通りというか、案の定であった。

 息を整えた2人は未だに口呼吸をしつつも顔を上げる。

 2人の私服、お出かけ用の服はちょっとだけ普段の印象とは異なるものだった。

 未来は無難というか、動きやすそうなシンプルなものに対し、響はちょっとふわふわとした感じのコーディネートになっている。

 普段留めている稲妻のような髪飾りも花柄になっていたりするし、どちらかというと少女っぽい服装。

 いや、少女なのは間違いないのだが、響のイメージとは微妙に異なっていた。

 

 

「時間がもったいないわ、急ぎましょう」

 

 

 とにもかくにも、漸く4人が揃った事で、翼は顔を上げた2人を見やった後にさっさと歩を進めようとしてしまう。

 そんな翼の様子を見た響は、思っていた事をポロリと口に出してしまった。

 

 

「すっごい楽しみにしてた人みたいだ……」

 

 

 翼の様子は「早く遊びたい」とか「デート、楽しみだな」という感情が隠し切れていない。

 響達の到着を今か今かと待ち、遊びに行ける事にテンションが上がっているのだろう。

 呟いたつもりのそれだが、翼の耳にはしっかりと届いてしまっていた。

 普段は見せない自分を見透かされたような翼は顔を赤くしながら響を一喝する。

 

 

「誰かが遅刻した分を、取り戻したいだけだッ!」

 

「うへっ! はは、翼イヤーは何とやら……」

 

 

 内心ウキウキの翼はさっさと歩を進め、翼を追いかけるように響と未来は小走りになり、それを見失わない程度のゆっくりなスピードで気怠そうについていく士。

 そういうわけで、主催者遅刻というスタートを切ったデートが始まった。

 

 

 

 

 

 まあ、デートと言っても軽く遊ぶくらいである。

 友達、今回の場合は後輩と先生だが、それと連れ添って遊ぶというのは翼にとっては目新しい事。

 奏と遊びに出掛けた事はあるが、シンフォギアの訓練やツヴァイウイングとしての活動もあった。何より、奏を喪ってからの2年間に遊びの時間は一瞬たりとも存在しなかった。

 

 まずは映画に行こうという行き当たりばったりな響の一声で、4人は映画館へ向かう事になった。

 映画館の外には現在上映中の映画の中でも目玉となる作品のポスターがでかでかと張り付けられている。

 そんな入口を抜け、一行はエントランスに置いてあるモニターを見上げた。

 モニターには現在上映中の映画の名前と開始時刻が映し出されており、一定時間すると次のページに切り替わるようになっている。

 親切な事に空席状態も一目である程度分かるようになっており、完売したところには完売、残り僅かなところにはそれを示すマークがつくようになっていた。

 

 4人がどの映画を見ようかと悩んでいると、周囲から映画を観終わった者、今から観る者の声が飛び交っている。

 

 

「やっぱり『吾輩の名は』は感動するわよねぇ。特に最後の猫! 私もう5度目だよ」

 

「『シン・ルドラ』マジサイコーだわ。流石は平成怪獣特撮のマエストロ角山博満って感じで……」

 

「戦闘シーン半端ないトコもザンネンなトコも、いつもの『マジェスティックプリンセス』って感じで良い映画だったなぁ。よしっ、今度2回目行くか!」

 

 

 今年の映画の中でも比較的有名なものの名前がちらほらと聞こえてきた。

 さて、その中で見るのならどれがいいだろうかと考える響と未来。

 この世界の流行には疎い士。

 そして翼だが、彼女はモニターに映る2つの映画に目を奪われていた。

 

 

(『風の左平次 リターンズ』に『STAR NOBUNAGA THE FINAL』……だと……ッ!?)

 

 

『風の左平次』は以前も劇場版が制作された事もある人気時代劇。

『STAR NOBUNAGA』もまた、海外で人気の時代劇だ。

 前者は正統派時代劇。後者は海外で制作された時代劇SFという結構尖ったものだが、どちらも翼は知っていた。

 尚且つ、その視聴者でもあるのだ。それも結構熱心な。

 見たい。しかし、後輩と先生に我が儘を押し通してもいいのか。

 1人悶々とする翼だったが、そうこうしているうちに響と未来が決めてしまい。

 

 

「よっし! じゃあ『吾輩の名は』にしましょう! 翼さんと士先生も、いいですか?」

 

「えっ、あ、ああ。私は別に……」

 

「何でもいい」

 

 

 響の言葉に反射的に賛同してしまう翼と、気怠そうに二つ返事をかます士。

 そんなわけで全員の賛同を得て、4人は決定した映画を見る事に。

 ほんのちょっとだけ名残惜しそうに風の左平次とSTAR NOBUNAGAの看板を見る翼に気付いたものはいなかった。

 

 あと、『吾輩の名は』で士以外は全員泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

「く、ぅぅ……良かった……最後の猫は、ホントに……!」

 

「まさか、あそこで名前が……ッ!!」

 

 

 映画終了後。映画館から出てショッピングモールに向かう中で、響と翼が口々に言う。

 士以外の3人は涙の跡が残っており、そんな生徒達を士は呆れかえった目で見ていた。

 

 

「そこまでか?」

 

「だってぇ! うぅ……思い出したらまた泣きそうです……ッ!

 最後付近の「よろしくおねがいします」って台詞から私もう……!!」

 

 

 響が感受性豊かなのか。士が感受性に乏しいのか。

 そんな士もほんのちょっとだけ心動かされたりもしたのだが、流石に目から涙が零れる事は無かった。

 翼も気になっていた映画とは別の映画となってしまったが、今の映画に大満足の様子。

 未来も響達ほどではないが、映画終了直後には静かに泣いていた。

 流石、世間で大ヒットしている映画なだけはある。

 

 さて、4人がショッピングモールに来たのは勿論ショッピングの為。

 買いたい物があるわけではない。ただ店を見て回り、買いたいものがあったら買う。そんな感じだ。

 その中で4人は極普通の遊びに興じていた。

 

 

 よくある怪しい雑貨屋を見た。

 中々個性的なものが揃っているが、それは下手したら士のピンボケ写真よりもずっと前衛的だ。

 

 

「これ可愛くないですか、翼さん! クレオパトラらしいですけどッ!」

 

「うん、確かに悪くない……」

 

「待て。その腕がぐにゃぐにゃで目力半端ないソレをクレオパトラと言い張ってるのか?」

 

 

 移動ドーナツショップのドーナツを食べた。

 新作ドーナツというのを響が注文すると、オカマと思わしき店主が意気揚々と新作ドーナツを袋に詰めて、響に手渡す。

 

 

「はぁ~い! 新作ドーナツ、『幸せゲット・フレッシュ味ドーナツ』でーす!」

 

「すごーい! ピーチとベリーとパインとパッションフルーツが全部一緒になってる! 未来も食べて見なよ!」

 

「ん……わっ、凄い! 4つとも違う味なのに、ちゃんと纏まってるっていうか……」

 

「そ、そんなに美味しいのか?」

 

(どういう組み合わせだよ、その4つ……)

 

 

 その後は服を見た。

 女性と男性の比率が3:1なせいで、嫌々ながらも士は否応なく巻き込まれてしまう。

 おまけに女性服売り場の方に。

 

 女性というのはどうしてこう、服を見たり試着したり買ったりするのが好きなのかと士は溜息を隠さない。

 おおよそ普通の女子高生とは言えない人生を歩んでいる3人も、その例には漏れなかった。

 気に入った服を見つけては試着室に飛び込んでいく。

 

 

「じゃーん! どうですかぁ、士先生ッ!」

 

「馬子にも衣装ってやつだな」

 

「えっへん!」

 

「あんまり褒められてないよ、響……」

 

 

 まあ何というか、士は完全に付き合わされているだけな感じが出てきたが、普通だった。

 凄く普通で、ありきたりで、何の変哲もない友達同士のお出かけ。

 でも、その全てが翼にとっては新鮮だった。

 友達と映画を見る事も、雑貨屋で駄弁る事も、買い食いをする事も、服をみんなで選ぶ事も。

 

 一度だけファンに見つかりかけたりしたが身を隠しつつ、4人はゲームセンターに来ていた。

 よくあるぬいぐるみのクレーンゲームの目の前で、響は左手を握り締めて気合いを入れていた。

 

 

「翼さんご所望のぬいぐるみは、この立花響が必ずッ!」

 

「期待はしているが、たかが遊戯にあまりつぎ込むものではないぞ?」

 

 

 電子マネーの入った右手の携帯電話を台に押し当て、拳にしている左手でクレーンを操作するボタンを、半ば殴るくらいの勢いで叩きつけた。

 

 このクレーンゲームにて「何か欲しいものがありますか?」と聞かれた翼は、正直に1つのぬいぐるみを指差した。

 人型のうさぎのぬいぐるみ。しかしあまり可愛いとはいえず、タレ目で半開きの目、腹にはバツ印で絆創膏が張り付いており、微妙に不細工なデザインだった。

 

 しかし、それが何であれ翼ご所望のぬいぐるみ。

 尊敬する翼にそれをプレゼントしようと響が全力を挙げているという状況である。

 何度も試すが、何度も失敗。掴めたと思ってもするりとアームから抜け落ち、リトライする度に響の拳が勢いを増す。

 

 

「きえぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 奇声まで発する始末である。あまりの声に周りの人は振り向き、未来や翼も恥ずかしそうにしつつ耳を塞いでいた。士は完全に知らない人のフリをしている。

 また翼が見つかるんじゃないかという不安が湧いて出るが、奇声を発した人がいる一味に積極的に関わろうという人はいなかったようだ。

 が、そんな気合も空回り。ぬいぐるみは一瞬だけアームに掴まれたかと思えば、するりと抜け落ちてしまった。

 

 

「うえっ!?」

 

「……いつまでやってんだ」

 

 

 軽く絶望して項垂れる響を軽く横から押し、その場から退かせる士。

 長々と往生際の悪い彼女に痺れを切らしたらしく、二課の支給品である電子マネー入りの通信機を取り出し、クレーンゲームにかざす。

 そうしてクレーンゲームは半ば強制的に士へとバトンタッチ。

 無理矢理退かされた響含め、3人は突然乱入してきた士を驚いたような目で見ていた。

 さらに数瞬後、響は訝しげな顔を士に向けた。

 

 

「士先生、できるんですか~?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

 

 士は響へ目もくれずに言ってのけた。

 彼女とて士が色んな事ができるのは知っている。

 が、相手はクレーンゲーム。数々の硬貨や電子マネーを吸い込んできた強敵。

 響とて歯が立たなかった相手だ。如何にして攻略するというのか。

 もっと言うと響は内心、敗北か悪戦苦闘する士を想像していた。普段の士からは想像できないような士を。

 いや、決して暗い考えでそう考えているのではなく、『完璧な人が慌てる姿を見てみたい』という興味本位程度の想いだが。

 

 しかし、その想いは一瞬で覆されてしまうのだった。

 

 クレーンゲームのアームは正確に翼ご所望のぬいぐるみをロック、していない。

 僅かにズレ、ぬいぐるみの頭の部分でアームは止めた。

 しかしズレを修正しようともせずに士はアームを下げ始めた。

 アームはぬいぐるみの頭を掴もうとするもののバランスが取れる筈もなく、頭を持ち上げられたぬいぐるみはするりとアームから転げ落ちていく。

 

 

 失敗か。いや、そうではない。

 頭を持ち上げられて転げ落ちたぬいぐるみは景品の斜面を転がり、見事に穴へと落ちていく。

 ガコンと、筐体の引き出し口に景品が落ちてくる音がした。

 即ち、ゲームクリアである。

 

 ぬいぐるみの真ん中あたりを狙ってバカ正直にアームで運ぼうとしたから響は失敗した。

 もっと効果的な場所を狙ってバランスを崩し、転がしてやればいい。

 士がやったのはつまりそういう事である。

 

 

「えっ、えぇ……?」

 

 一発でクリアして見せた士に対して素っ頓狂な声を出す響。

 そんな彼女を余所に、士はぬいぐるみを引き出してそれを見つめた。

 

 

「お前のセンス、どうなってんだ?」

 

 

 それを選んだ翼のセンスに嫌味を飛ばしつつ、軽く弧を描くようにぬいぐるみを翼へ投げ渡す。

 ゆったりと飛んできたぬいぐるみをキャッチする翼は呆気にとられながらも、一先ずお礼の言葉を口にした。

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「そもそも、お前の部屋に置く場所あるんだろうな、それ」

 

「そ、それぐらいありますッ!」

 

 

 片付けられないネタを振られた事を察知した翼は必死に抗議の言葉を放つも、士は鼻で笑うだけ。

 何の話だろうとキョトンとする未来。まさか翼の部屋がグチャグチャだとは思ってもいない。

 そして一方、翼が片付けられない事を知っている響はというと。

 

 

「……なぁんででぇすかぁ~!?」

 

 

 叫んだ。クレーンゲームを見つめたままだった彼女は、わなわなと震えた後に唐突に。

 

 

「なぁんで士先生が取れて私が取れないんですかッ!?

 っていうか、一発で取れるなら私がつぎ込んだ意味ッ!!」

 

「お前が下手なだけだろう」

 

「だとしても差がありすぎませんかッ!?

 まして私は女子高生! ゲームセンターなら士先生よりも行き慣れている筈なのに、そんな場所でまで士先生に勝てないなんてぇぇぇッ!!」

 

 

 響の叫びは結構大きい。周りの視線もあって気恥ずかしいし、何よりこっちは芸能人連れだ。

 そんな響を諌める為に、未来は耳を塞ぎながら咄嗟に提案を口にした。

 

 

「大きな声出さないで! そんなに叫びたいなら、いい場所に連れて行ってあげる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 と、未来の鶴の一声にも似た言葉にてやってきた場所。

 その名はカラオケ。遊びの場所としては定番である。

 しかしながら今日はかなり特別。何せ、カラオケをプロと一緒に来ているのだから。

 

 受付を通り、指定された部屋へ赴いた4人は部屋の入口に近い順に翼、士、響、未来の順で座った。

 腰を掛けつつ、響は今の現状に興奮しているようだ。

 

 

「すっごいよ私達! トップアーティストと一緒にカラオケ来てるんだよぉ!?」

 

 

 翼の歌には人気と価値がある。

 ちょっと俗っぽい話だが、翼の歌はお金をとれるほどのものだ。

 それをタダで、あまつさえ観客3人かつ間近という凄まじい環境で聞けるというのだから凄い。

 勿論、本物のライブのような豪奢な設備はないが、それを差っ引いてもお釣りがくる。

 風鳴翼のファンならカラオケ代でそれが聞けるのならタダ同然とすら思うだろう。

 恐らく、ツヴァイウイング時代からファンである翔太郎が聞いたらハードボイルドを完全に失って小躍りするレベルだ。

 というかこの状況を聞いて自分がそこにいなかった事を知ったら血の涙を流すだろう。

 

 未来も翼のファンだ。

 何せ、2年前のツヴァイウイングのライブ。響や翼の運命を大きく変えたあのライブに行こうと誘ったのはそもそも未来で、響は未来に教えてもらってからツヴァイウイングのファンになったのだ。

 ファン歴でいえば未来の方が長いという事になる。

 響ほど騒いだりしないのでそういう印象が薄いが、未来もそこそこ熱心なファンなのだ。

 士は先にも述べたように、彼女が有名人であるという印象が全くないので何が凄いとも思わないが。

 

 さて、そんな話をしているうちに誰かが曲を入れた。

 照明が切り替わり、モニターには曲名と作詞作曲の名前が表示される。

 

 曲の名は、『恋の桶狭間』。

 

 

(……おい、これ演歌かなんかだろ)

 

 

 出だしの曲調といい、明らかな演歌。選曲に心の中でやや素のツッコミを入れる士。

 しかしこの場にいるのは20代の青年と10代の女子高生。趣味にしては渋い。

 響と未来が顔を見合わせ、指をさしあう。お互いに首を振る。

 では、と、2人同時に士へ顔を向ける。視線に気づいた士が全力で首を振る。

 

 と、いう事は。

 

 

「一度こういうの、やってみたかったのよね」

 

 

 翼が立ち上がり、みんなの前に出て一礼。

 マイクを片手に演歌を熱唱し始めた。

 熱情。嫉妬。愛憎。そういうものを歌い上げた、情念の歌。

 歌い口には熱が入り、振り付けというか、身振り手振りも完璧にやってのけている。

 とても初めて歌っているようには見えず、この曲が好きなのだという事が伺えた。

 響や未来はその曲に聞き惚れ、カッコイイと賛辞を贈る。

 

 

(演歌歌手でも目指してるのか、こいつ……)

 

 

 やったら上手い。本当に、普段から演歌を歌ってるんじゃないかってくらいに上手い。

 翼の歌への才能を感じつつ、選曲にクエスチョンマークを浮かべつつ、士は微妙な顔で翼の歌を聞き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 カラオケで一通り騒いでいたら夕暮れとなっていた。

 響や未来は仲良さそうにデュエットしたり、一方で持ち歌で得点争いをしてみたり、士は歌も上手かったのだが流石に本職の翼には敵わなかったりと、結構楽しんだ様子。

 この世界に疎い士は歌える曲があまりなかったが、乗り切ったのは流石というべきか。

 

 さて、4人は最後に公園へとやってきていた。

 高台にある公園で、街を一望できる眺めのいい場所だった。

 階段を上る最中、元気よく最後の段まで登っていた響と未来や、一定のペースを変えずに息を一切切らさずに悠々と登る士とは違い、翼は息を切らしていた。

 

 

「つぅばささぁ~ん! 早く早くぅ~!」

 

「ど、どうしてそんなに、元気なんだ……」

 

「翼さんがへばりすぎなんですよぅ」

 

 

 決して翼の体力が無いわけではない。

 実際、鍛錬を重ねている翼の体力は響や未来のそれよりも上だろう。

 それなのに翼の方が早く息を切らしているのは、偏に『慣れない事をした』からだろうか。

 未来もそれを感じていた。トップアーティスト風鳴翼にとって、今日という日、友達と普通に遊んではしゃぐという事が、どれほど慣れない事であろうかと。

 

 

「慣れない事ばっかりでしたもんね。翼さん」

 

「はは、全くだ。防人であるこの身は、常に戦場にあったからな……」

 

 

 楽しんだような笑みと自嘲気味な顔が合わさって、苦笑い気味の笑顔になっている翼。

 間違いなく今日が楽しかったのだが、全く慣れていないというのも事実だった。

 

 遊びを一切してこなかったという部分を感じて、士の脳裏に同居者の鋼牙が浮かぶ。

 彼も遊びとは無縁そうだし、実際、ホラー狩り以外の時は鍛錬しているところしか見た事がない。

 鋼牙もまた、そんな風に自分を律しているのだろうか。

 尤も、鋼牙は使命感と決意から。翼は半ば自殺衝動にも似たものだったと、自らに使命を課した理由は違うが。

 

 

「息抜き1つしないからあんな馬鹿げた事をするんだよ、お前は」

 

 

 そんな翼を皮肉る士。

 彼女が重傷を負った事は記憶に新しいし、士とて良い気分がしたわけではない。

 それでもこういう口調になるのは彼の性格か。

 

 

「そうかもしれません。……本当に今日は、知らない世界ばかりを見てきた気分です」

 

 

 否定せず、階段を登りながら心情を吐露する翼。

 彼女にとっては全てが新鮮だった。

 遊びに出かけたことどころか、誰かに遊びに誘われるという段階から既に。

 それは有名人であるという以上に、ノイズと戦う防人であるからという理由で、奏を失って以来は1人で戦い続けたから。

 いつしか誰も寄せ付けぬような雰囲気を醸していたのだ。

 実際、士はリディアンで『孤高の歌姫』という言葉で翼を評する生徒を見た。

 事情を知らない周りからもそういう印象だったのだ。

 

 だから今日のような慣れない、知らない世界に翼は目を回してしまったのかもしれない。

 

 

「そんな事ありません」

 

 

 しかし、知らない世界を見てきたという翼の言葉を響は強く否定する。

 響は翼の手を引っ張り、町を一望できる公園の奥へと翼を引っ張っていった。

 

 

「ほら、見てください。あそこが待ち合わせをした公園で、あそこが映画館とショッピングモール。カラオケは……あの辺ですね」

 

 

 1つ1つ、今日歩んできた場所を指さしていく響と、それを目で追う翼。

 そして響は町から翼へ視線を移し、優しい顔で、はしゃいでいた先程とは違う落ち着いた物言いで。

 

 

「今日遊んだところも、そうでないところも、全部翼さんが知ってる世界です。

 昨日に翼さんが戦ってくれたから、今日にみんなが暮らしていける世界です。

 だから、知らないなんて言わないでください」

 

 

 翼は自分を、ノイズと戦う為だけの剣だと思っていた。

 けれども響はそうではないと訴える。翼が守ってくれたから、今のこの場所があるのだと。

 響が戦えなかった頃、士が来る前、ゴーバスターズと合流する前。それは翼が意固地になっていた時期だ。

 しかしその翼が戦った事で多くの人々が救われ、今も平穏に生きていられる。

 今だって、みんなと一緒にみんなを守っているのが風鳴翼だ。

 決してそれが知らない世界であるはずがない。

 翼は言葉をくれた響を見た後、再び町へと目を向ける。

 そんな彼女の中では、夢の中で聞いた奏の言葉が想起されていた。

 

 

『戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな。

 私はそう考えてきたし、そいつを見てきた』

 

 

 奏が考えてきたもの。奏が見てきたもの。

 戦場に立ち、戦って、それによって守って来た日常。

 誰もが暮らす世界であり、自分達もまたそこに住まう者。

 戦う事で守れる事。ノイズを倒す剣というだけでなく、何かを守って来たのだという事。

 奏の言葉を頭の中で思い返していた翼に対し、後ろからゆっくりと士が声をかけた。

 

 

「俺はこの世界の人間じゃないが、お前は此処で生きてきたんだろ。

 だったら、知らない世界じゃない。間違いなくお前が守ったお前の世界だ。

 この世界にあるのは、お前達の物語なんだからな。

 この世界を守ってるのは、他でもないお前等だろ?」

 

 

 ある意味、真の意味でこの世界を知らない彼。

 そして一度は自分の世界を見失った事すらある彼にとっては、『世界』とか『知らない』という言葉は重い。

 この世界は翼達の世界なのだからと士は語る。

 士の言葉を聞いた後、翼は今一度、夕焼けに照らされた平和な町を見下ろした。

 

 

(そうか……これが、奏の見てきた世界なんだ)

 

 

 この平和な世界こそが、奏が、自分が、みんなが守ってきた世界。

 そして奏が気付いていた世界なのだと翼は感じた。

 翼は漸く知ることができたのだ。奏が見てきた戦いの裏側を。

 

 一方、先の士の言葉に対し、響はまた別に反応を示していた。

 

 

「でも、士先生もこの世界にいるじゃないですか。私達と一緒に戦ってくれている。

 だったら士先生にとっても、此処は知らない世界じゃないですよ」

 

 

 士は町を見た。

 士に定住はない。自分の世界はあっても、ずっと何処かの世界に居続けるわけじゃない。

 いずれこの世界からも消える。響達の教師でない日が来る。

 それでも、此処に存在したという証はあるのだ。

 士が歩んできた旅路は写真、記憶、色んな形で残っているのだから。

 

 

(俺の旅がディケイドの物語……。自分で言ったんだったな)

 

 

 例えばWにはWの物語がある。オーズにはオーズの物語がある。

 ディケイドにそういった固有の世界、固有の物語は無い。

 けれど、彼が歩んできた旅路そのものが物語となるのだと彼は自分で言った。

 だとすればきっとこの世界も、ディケイドの物語の1つとなるのだろう。

 

 翼と士がこの世界に思いを馳せ、数秒の間が空いた。

 一瞬訪れた穏やかな静まり。

 それを破ったのは、町から振り返った士だった。

 

 

「おい。立花、小日向、風鳴」

 

 

 3人を呼びつけ、士は手で払うような仕草で移動するように促した。

 なんだろうと思いつつ、3人は士の指示通り動く。

 そしてある程度3人が1つに集まり、夕日と町をバックにした状態になったのを見計らい、首から下げたカメラのシャッターを切った。

 

 

「あっ、ちょっとぉ士先生。写真を撮るならそう言ってくださいよぉ」

 

「別に何でもいいだろ」

 

 

 響の抗議に取り合う事なく、士はカメラを下ろした。

 写真を撮られた事に特に不平はなさそうだが、どうせ撮るならピースの1つくらいしたかったのだろう。

 

 

「門矢先生。その写真、今度現像できたら頂けますか?」

 

「……考えといてやる」

 

 

 と、此処で翼の純粋な希望が飛んできた。

 実は士、あの時写真館にいたメンバー以外には自分のピンボケ写真の事がまだバレていない。

 つまり、当然翼は知らない。そして隣にいる2人はそれを知っているわけで。

 

 

「えー、いいんですかぁ、翼さん。士先生の写真ってすっごいピンボケしてるんですよぉ?」

 

「え? そ、そうなのか?」

 

「えっと、とっても綺麗な写真もあるんですけど……」

 

 

 何とかフォローしようとする未来だが、写真の全てがピンボケなのは否定できない。

 さらに言えば綺麗な写真というのも『ピンボケ』が『幻想的』になっただけの偶然の産物で、狙って撮れるわけでもない。

 翼は士をちらりと見やれば、士は顔を逸らしていた。どうやら図星らしい。

 クスリと笑う翼を見て、士は何とも不機嫌そうな顔を3人に向けた。

 

 

「お前等……成績、楽しみにしとけよ」

 

「うえぇ!? それは職権乱用ですよ! 然るべきところに訴えますよ!?」

 

「……待てよ。よく考えてみれば、お前は何もしなくても成績悪いな」

 

「……あれっ、マジですか? え、私、普通にピンチ?」

 

 

 現時点の響の成績が芳しくないのは事実である。

 ちなみに未来の成績は比較的良く、翼の成績に関しては別のクラスなので知らない。

 まさかの本気の成績ピンチ宣言により、頭を抱える響だった。

 

 

「門矢先生にも、苦手なことがあったんですね」

 

「黙れ。お前の片付けられなさ程じゃない」

 

「だったら写真、見せてくれますよね」

 

 

 翼は翼で今までの反撃と言わんばかりに写真の事を攻めてくる。

 最早片付けられない女というレッテルはどうしようもないと開き直ったのか、それとも士の弱点を知って調子に乗っているのか、士がそれに関して口にしても怯む様子もない。

 

 

「チッ……。気が向いたらな」

 

「フフッ。はい」

 

 

 いらんやつにいらん事を知られたな、と、士は心底溜息をついた。

 成績に関して危機感を感じる響。そんな響を宥める未来と翼。

 不機嫌そうな顔の後、気付かれぬように口角を上げて笑みを見せる士。

 

 戦士達が守った穏やかで平和な世界が、確かに此処には存在していた。

 そんな平和な物語の1ページが、今日という日であったのだろう。




────次回予告────
光あるところに影はある。善が集結すれば、自ずと悪も集結する。

出会うは、加速度的に増える新たな脅威。

強烈なる悪が熾烈さを極め、苛烈さが守りし者に襲いくる。

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