スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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今回は時系列がウィザード組の動いている第33話とやや並行しています。
およそ1年前に投稿した話なので、混乱しそうという方は一度ご覧になってください。


第57話 欲望

「ん、あ……?」

 

 雪音クリスは目を覚ます。

 黄色い、知らない天井だった。というか、やけに天井が近い。

 立ち上がったら確実に頭をぶつけるくらいに天井が低く、よくよく見れば天井、そして周りの壁は三角錐の形をしているようだった。

 皺付いた壁と天井、そして三角錐の内部にいるかのようなクリス。

 とどのつまり、彼女は黄色いテントの中にいた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 慌てて上半身を起こして身体を確認する。

 首にぶら下げた聖遺物は取られていないし、衣服に何をされたわけでもない。

 少なくとも、身体に何かしらの異常は無かった。

 むしろ足元に毛布がかけられていて、冷えないようにしてくれているかのようだ。

 

 クリスはテントの幕をめくり、外に顔を出した。

 外は既に真っ暗だったが、焚き火が明かりとして機能している。

 どうやら此処は河川敷らしく、テントから顔だけを出しているクリスから見て左には川、逆側には上り坂。その斜面を昇った先には恐らく道路があるのだろう。

 辺りは河川敷らしく草が生い茂っており、確かにテントを立てるにはそれっぽいところだ。

 

 目を焚き火に向けてみれば、そこには木の棒に刺した魚が2匹刺さっていた。どうやら焼き魚を作っているらしい。

 パチパチと音を立てる焚き火を作り、焼き魚を作っているのは恐らく、その横に腰かけ、魚が焼けるのを待っている青年だろう。

 焚き火で顔が照らされている青年はテントから顔を出すクリスに気付き、ニコリと顔を向けた。

 

 

「良かった、目が覚めたんだ」

 

「……お前」

 

 

 魚とクリスを交互に見つめつつ、青年は優しく声をかけた。

 クリスは自分に何があったのかと、寝起きでもやもやした頭の中に探りをかける。

 答えはすぐに出た。

 自分はフィーネが繰り出した追手のノイズと戦い、それを退けた後に体力の限界を迎えて気絶してしまったのだと。

 さらに、それだけではない。彼女はもう1つ思い出した。

 ノイズとの戦闘中に割り込んできた、仮面ライダーの存在を。

 

 

「俺の名前は火野映司。よろしくね」

 

 

 勝手に自己紹介を始める彼は、どこまでも朗らかだった。

 

 

 

 

 

 火野映司は久々に夢見町に戻ってきて、鴻上ファウンデーションに顔を出した後の事。

 

 一先ず河原にテントを立てて寝泊りする場所を確保。

 旅の疲れも出たのか、その日はそのまま眠ってしまった。それが5月31日の事。

 

 翌日。起きてみれば日を跨いで6月1日となっていた午前中。

 日本に滞在する事が決まったわけだが、これからどうしようと映司は考えていた。

 大ショッカー関係の事も気になるし、翔太郎や弦太朗と連絡を取ろうか、それとも知世子さんの所に顔を出そうか。

 

 そうした事を考えている内に、ノイズの警報が鳴り響いたのだ。

 どうやら夢見町近辺、隣町との境辺りで起きたらしく、偶然にもそれを聞きつけた映司は避難する人々を掻き分け、ノイズがいるであろう方面へと向かった。

 

 彼は世界を旅している。が、オーズの力を使う事は滅多にない。

 仮面ライダーの力は人知を超えた力。そんなものを大っぴらに、そして見境なく使う物ではないと映司は考えている。

 

 しかし例外も存在している。

 例えば、どうしても仮面ライダーの力で無ければ人命救助ができない時だ。

 それは主に怪人、あるいはノイズのような存在と出くわした時の事を言う。

 今回もそれだ。逃げ遅れた人がいないか探し、いれば救出する。

 それは炭化能力を無効化できる仮面ライダーにしかできない事だ。

 勿論、位相差障壁の関係上、倒す事はできないが。

 

 

「あれ、こっちの方だと思ったんだけど……」

 

 

 しばらく進んでみるが、どうもノイズの気配がない。

 人々が避難したせいで人っ子1人いないゴーストタウン状態の周囲からはノイズすらも消え失せていた。

 自壊した? いや、それにしては警報から早すぎる。

 が、その考えは次の瞬間に吹き飛んだ。

 

 銃声。それも拳銃一発なんてものじゃなく、ガトリングとかそういう類の音。

 穏やかではないその音が聞こえてきた方角は映司の斜め上前方。

 映司の視界に映っていたのは、世界の何処でも見た事の無い光景。

 空中を舞いながら、両手にガトリングを携え、上空からのノイズを殲滅している、赤い鎧の少女。

 

 雪音クリスがイチイバルを携えて、ノイズと戦っている姿だった。

 

 

「アレって……?」

 

 

 流石の映司も呆気にとられるが、すぐにある異変に気付く。

 赤い鎧の少女、クリスは着地と同時にガクリと崩れ落ちかけたのを映司は見逃さなかった。

 それだけで見て取れる疲労。息も上がって、肩で呼吸をしているような状態だ。

 

 しかしノイズは容赦なく襲い掛かる。

 上空のノイズは殲滅し終わったが、今度は地上のノイズがクリスへと行進。

 何とか気力を振り絞るクリスだが、それよりもノイズの高速移動の方が早かった。

 高速移動による体当たりを回避する体力も、引き金を引く暇もない。

 此処までか。クリスがそう思った時にはもう、彼は動き出していた。

 

 

「変身ッ!!」

 

 ────タカ! トラ! バッタ!────

 

 ────タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!!────

 

 

 オーズドライバーにオースキャナーを滑らせ、タカ、トラ、バッタのメダルによって映司は姿を変える。

 上下三色、上から赤、黄、緑の異形の戦士、仮面ライダーオーズ・タトバコンボへと。

 彼は変身しながらクリスへと駆け寄り、彼女の頭と膝裏を両手で持ち上げて、その場を跳躍した。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 一瞬、何が起きたかクリスには分からなかった。

 ノイズの攻撃は一向にこないし、一瞬の内に誰かに抱えられているし、おまけに自分の力ではないのに上空を舞っている。

 クリスは頭と膝裏を抱えられる形、俗にいうお姫様抱っこというやつで抱えられている。

 そんなクリスの視界に映るのは、赤い顔に緑の複眼の、異形の姿。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 近くの三階建ての建物の屋上に着地し、クリスに声をかける異形こと、仮面ライダーオーズ。

 呼吸は荒く、疲労の色が見える。正直今のクリスは、話をするのも億劫なくらいだ。

 だが、突如現れた異形の戦士をクリスは睨み付け、息も絶え絶えだが食って掛かった。

 

 

「てっめぇ……何モン、だ……!?」

 

「俺? 俺は仮面ライダーオーズ。よろしくね」

 

「仮面……!? アイツ等の、仲間か……!」

 

「アイツ等? えっと、ごめん、誰の事?」

 

 

 今のクリスにとって、仮面ライダーは二課を始めとした組織に協力しているというイメージが強い。

 その為、Wやフォーゼ、ディケイドの仲間か、というニュアンスで聞いたのだ。

 が、オーズはそれらの部隊と接触を果たしておらず、クリスの言う『アイツ等』が誰なのか分からなかった。

 かつて共闘した間柄であるWやフォーゼとは、仲間と言ってもあながち間違いではないのだが。

 

 一方のクリスは、しらばっくれているのか、それとも本当に違うのかを考えていた。

 全ての仮面ライダーが二課等の組織に協力しているわけではないのは知っている。

 しかしオーズがそうであるかを確認する術をクリスは持たない。

 故に、可能性がある以上、彼女はオーズを疑う他なかった。

 

 

 

 

 

 ようやく頭がはっきりしてきたクリスは、疲労困憊の中で見た異形の姿を鮮明に思い出した。

 そしてそれこそが自分であると、映司は語る。

 

 

「あの時はビックリしたよ。俺が戦おうとしたら飛び出して行っちゃって、凄い勢いでノイズを倒したと思ったら、いきなり倒れるんだもん」

 

 

 敵か味方か分からないオーズという存在との出会いが気付けになったのか、クリスは限界に近かった自分の体を無理矢理動かして、地上のノイズを殲滅。

 しかしそこで限界が来たのか、戦いの後にその場で変身解除と共にぶっ倒れ、映司に介抱された、というのが此処までの顛末だった。

 

 映司は魚の焼き加減をじっと見つめている。

 クリスが敵だったら今すぐにでも襲い掛かっているであろう、それくらい気の抜けた、ほんわかとした空気を醸し出していた。

 理由が無い以上、クリスは襲い掛かる気は全くないが。

 外見年齢に似つかわしくない老成しているような雰囲気だ。

 

 

「ちょっと待ってね、もう少しで魚が焼けるから」

 

「……いらねぇよ」

 

 

 どうやら2匹の内の1匹はクリスに与える為のものらしい。

 それを拒否するクリス。施しを受ける気は無かった。

 まして素性も知れない、しかも彼女から見れば敵とすらいえる仮面ライダーだ。

 警戒の色の方が強くなるのは当然であった。

 が、そんなクリスに朗らかな声で映司は語り掛ける。

 

 

「ダメだよ。君、かれこれ1日には寝てたんだから。栄養取らなきゃ」

 

「……はあッ!?」

 

「君が気絶した戦闘から、もう1日経ってるんだ。

 昨日が6月1日で、今日は6月2日。もう夜だから、あと少しで6月3日だけど」

 

 

 クリスは真昼間の戦闘の後、数時間眠って夜である今になったと思っていた。

 ところが実際は、真昼間の戦闘の後、1日回ってからの夜であるらしい。

 約丸1日眠りこけていた事に頭を抱えるクリス。

 頭を掻きむしって「しまった」という表情を浮かべた彼女を見て、映司は苦笑いだった。

 

 

「それにしても妙なノイズだったね。

 人は他にも沢山いたのに、何故か君だけを狙っていたし。

 それに君もノイズを倒していたし……。一体、何がどうなってるのかな?」

 

「知らねぇなら、知らなくていい事だ」

 

「そっか……。じゃあ俺の事を見た時に、誰の仲間だと思ったのかだけ聞いていい?」

 

「……白いトンガリ頭とか、そういうのだよ」

 

「白いトンガリ……? ……あ、弦太朗君の事?」

 

 

 彼の事を敵と関係ない仮面ライダーだと判別したクリスだったが、弦太朗の名が映司の口から出た瞬間、警戒心を強めた。

 やはり知り合いだ。少なくとも知り合いでない人間の事を語る口調ではなかった。

 映司はじっとクリスを見つめ、クリスはその視線を睨み付ける。

 

 

「もしかして、君……」

 

「…………ッ」

 

「弦太朗君の友達!?」

 

「だからダチじゃねぇッ!?」

 

 

 思わず叫んでしまったクリス。映司は力一杯否定するクリスの大声に驚いたような顔だ。

 映司からすれば「だからも何も、初めて言ったんだけど」という感じだが、しつこくダチダチと言われた事が響いているのだろうか。

 

 ハァ、と溜息をついたクリスは思いっきり毒気を抜かれてしまっていた。

 どうにも、この火野映司という青年は本当に二課等の組織と関係ないらしい。

 そうでなければ今、クリスの目の前でブツブツと「弦太朗君、友達増えたのかなぁ……」と呟く映司に説明がつかない。

 本当に騙そうとしているにしても、今は1対1で、クリスは弱っている状態。

 尋問するにも何をするにも絶好の状態。

 その状態でこんな呑気な空気を放っている奴を疑えというのは無理な話だ。

 

 

「でも弦太朗君の事を知ってるって事は、俺達は友達の友達って事だね」

 

「ダチじゃねぇって言ってんだろ。アタシはお前や白トンガリのダチにも仲間にもなった覚えはねぇ。赤の他人だっての」

 

「まあまあ。もう昨日の昼からの長い付き合いじゃない」

 

「長くねぇよ」

 

「そうかな?」

 

 

 あはは、と笑う映司の態度はクリスを苛立たせた。

 どれだけ悪態をつこうがやんわりと受け流し、次の会話に繋げてくる。

 会話のペースは彼にあるし、どうも口論というか、口先で敵う気がしない。

 それもその筈。映司はこういう『ちょっとスレた感じの奴』と話すのは初めてじゃないからだ。

 

 

「とりあえず、ご飯にしよっか? 魚、焼けたよ」

 

 

 朗らかな笑みに、クリスは舌打ちをするだけだった。

 

 

 

 

 

 焚き火の前に来るように促されたクリスはテントから出て、疑いと警戒をそのままに映司からは少し離れた場所に腰を掛けた。

 

 映司は2本の魚を火の中から取り出し、よく焼けた魚が2匹、姿を現した。

 焼き加減と火の通りを確認した映司は満足そうに頷いた後、1匹をクリスに差し出した。

 しかし、クリスは今までのようにそれを疑う。毒や何かがあると。

 そんなクリスの反応を見た映司の対応は、早かった。

 

 

「ん、それじゃあ……」

 

 

 映司は一口魚を食べて、よく噛んで飲み込む。

 そして、その歯型のついた魚をクリスの方へと差し出した。

 

 

「ほら、何も変なものは入ってないよ」

 

「……何で分かった」

 

「見てきたから、そういう子」

 

 

 毒を疑っている事を容易に見抜かれた事に少し驚きの様相を呈するクリス。

 自分の過去を知っている者ならともかく、自分のことを何も知らない人間がそれをいきなり看破してきたのだ。

 魔法使いを名乗る怪しい青年にも見抜かれなかったし、ヨーコ達もクリスが口に出すまでは何が疑われているのか分かっていなかった。

 それを一発で見抜かれた事はクリスにとって意外だった。

 何より気になるのは、そういう子を見てきた、という言葉。

 

 しかし自分の考えが見透かされているような感じと先程から主導権を握られっぱなしな事がどうにも癪なのか、クリスは差し出された魚をひったくるように奪い、口にした。

 それに嫌な顔をするわけでもなく、映司ももう1つの魚を頬張る。

 

 魚は塩を振ってこそあるが本当に焼いただけだった。

 それでも実の詰まった魚は確かに美味い。

 シンプル・イズ・ベスト。自然の味とでも表現しようか。腹が減っていた事もあり、意外とすぐに魚を平らげてしまった。

 

 クリスはさっさとこの場を去ろうと考えていた。

 魚1匹で満腹にはならないが腹の足しには十分になったし、気絶から入った睡眠だが丸1日眠って休息も十分に取ったつもりだ。

 そして此処に長居する理由は一切ない。

 まして弦太朗、フォーゼと知り合いというのならクリスにとっては尚更だ。

 

 魚を平らげた後、魚を突き刺していた木の棒を捨て、クリスはこの場を立ち去ろうとして、やや勢いよく立ち上がる。

 しかし、だ。人間の疲労というものは自分が思っているよりも酷い事もままあるわけだ。

 

 

「まだ元気って感じじゃなさそうだね」

 

 

 立とうとしてふらつき、最終的に膝をつくまでになってしまったクリスを見て映司は冷静に言う。

 クリスは一瞬、魚に何か混ぜられたかと思うが、それなら一口食べた映司が平気な理由が分からない。

 どうやら本当に疲労からきているようだった。

 

 

「まあ、もう1日くらい休んでいくといいよ。

 あ、心配しないでね。昨日も今日も、君と俺とは別々のテントだからさ」

 

 

 クリスは今更気づく。自分が寝かされていたテントとは別に、もう1つ同じような黄色いテントが隣に立っている事に。

 流石に年頃の女の子と青年が同じテントの中はマズイだろうと映司が用意したものだ。

 

 クリスは渋々ながら、その言葉に従い、もう1日だけ此処で厄介になる事にした。

 果たしてこの青年が信用に足るかは分からない。

 けれどその言葉に従う他ないと考えたのは、自分の疲労が事実だから。

 そして、クリス自身は一切気付かず、気付いても絶対に認めない理由。

 

 彼女は此処最近、色んな出会いを経験した。

 人の心にずかずか入ってくるリーゼント。そいつの仲間で、屈託のない笑みを浮かべる黄色いお菓子女。怪しげな魔法使い。そして、自己紹介を始めて話し合いたいと豪語する馬鹿。

 どれもこれも綺麗事。仲間だ絆だ話し合いだと、クリスにとっては信用できない言葉ばかりを並べ立ててきていた。

 だけど、その言葉に嘘はなかった。

 信じていたフィーネに裏切られ、敵として刃を向けた相手が手を差し伸ばしてくる。

 そんな出会い達が、ほんの少しだけクリスを変えていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 というわけで、翌日。6月3日。

 太陽は既に頂点から僅かにずれており、昼を回っている事を指し示している。

 クリスが目覚めたのはそんな時間。

 テントから顔を出してみれば、映司が川に糸を垂らして釣りをしていた。

 

 

「あ、おはよう。えっと……あ、そう言えば名前は?」

 

「…………」

 

「……そっか、じゃあ無理に聞かないよ」

 

 

 映司は昨日と同じくにこやかに微笑み、再び川に目を向ける。

 クリスは自分の体の状態を確認する。

 手足は動く。体の不調は多少あるが、昨日よりかはまだ動けそうだ。

 ぐっすり、それもある程度しっかりした寝床で寝られたお陰だろうか。

 

 と、クリスが自分の体力に気を取られている内に、映司は川から糸を引き上げた。

 

 

「あんまり釣れないなぁ。……お腹、空いてるよね?」

 

「別に……。あたしはもう行く」

 

「まあまあ、急いでるわけでもないんでしょ?」

 

 

 チッ、と舌打つクリスに対しても、映司は微笑みを崩さない。

 実際行く当てがあるわけでもなく、何処かを目指しているわけでもない。

 ただ、1ヶ所に留まれば追手のノイズがやってくる。そうなればそこに住む人間に迷惑がかかる。

 だったら長居は無用。しかも弦太朗の知り合いが近くにいるのでは、いずれ二課の連中にも見つかってしまうかもしれない。

 

 行く当てはない。けれど、何処かに戻りたいわけでも、居場所を作りたいわけでもないのだ。

 ひょっとすれば、それは強がりでしかないのかもしれないが。

 

 

「ね、昼ご飯行こうか。お代は俺が払うから」

 

「ハァ? 何であたしが……」

 

「大丈夫大丈夫。こう見えても俺、鴻上ファウンデーションで働いてるからそれなりに給料はあるんだよ?」

 

 

 いや、そういう問題じゃない。というか、それなら何故此処でテント生活をしているんだ。

 そんな抗議と疑問をぶつけようとするものの、映司は朗らかな態度のまま強引に話を進めてしまう。

 朗らかで笑顔、それなのに何だか強引な部分がある。

 

 こいつ、あたしが断ろうとしているのを分かっていて話を進めてないか?

 映司のそういう強かな部分を、クリスはほんの少しだけ感じるのであった。

 

 

 

 

 

 とまあ、半ば強引にクリスは連れていかれてしまった。

 にこにことしてやたらと押しが強いのは何なのか。

 本当に渋々と言った表情を隠さないまま、クリスは夢見町を歩いていく。

 映司が目指していたのは自分が夢見町で最も良く知っていて、最もお世話になった店。

 映司とクリスが訪れたのは、その店だった。

 

 岩っぽい外壁は入り口部分のみがポッカリと空いており、店の看板には『多国籍料理店クスクシエ』と書かれている。

 迷う事無く映司は入り口にまで進み、後ろにクリスが同伴している事を確認して、扉を開けた。

 

 

「いらっしゃいませー!! ……あらっ!?」

 

 

 出迎えたのはハイテンションな声。しかし直後に驚きの声へと変わった。

 その女性、この店の店長である白石知世子。

 知世子は映司の顔を見るなり、笑みをさらに明るくさせて足早に近づいた。

 

 

「映司君!? 久しぶりねー!」

 

「どうも。ご無沙汰してます、知世子さん」

 

 

 知り合いらしい2人をじっと見つめるクリス。

 映司が同伴させているその少女に気付いた知世子は、クリスの方を向いた後、映司へ再び向き直る。

 

 

「あの子は?」

 

「えっと……。俺もよく分からないんですけど、まあ、訳ありって感じです」

 

「そっか。アンクちゃんの時みたいに、話せないって事ね?」

 

「そんな感じです。あっ、性格もアンクみたいですよ。口が悪いトコとか」

 

「おい、聞こえてんぞ」

 

 

 アンクなる人物の事はクリスにも分からないが、悪口に近い事を言われて反応する。

 ところが映司の言う通りである口の悪い返事が知世子には面白かったらしく、知世子はフフッと声を出して笑ってしまっていた。

 ますます不機嫌な様子となるクリスに対し、知世子は笑みを絶やさずに謝る。

 

 

「ごめんねー、ちょっと懐かしい事思い出しちゃって。

 私は白石知世子、よろしくね!」

 

 

 手を差し出してみるが、手と知世子の顔を交互に見つめるだけで、クリスは手を取ろうとしない。

 挙句に顔を背けてしまうのだが、それでも知世子は笑っていた。

 その態度すら、確かにアンクのようだと。

 

 さて、今日は単純に客として来た事を映司が告げる。

 それなら今日の映司は知り合いである前にお客様だ。

 故に知世子はいつも通りの、他のお客にも変わらぬ接客をするのみである。

 

 

「お客様2名、ご案内しまーす!!」

 

 

 

 

 

 

 

 多国籍料理店クスクシエ。

 名の通り、数々の国の料理を出すのだが、基本的にそれは日替わりだ。

 今日はフランスがテーマらしく、フランス料理がメニュー表には並んでいる。

 成り行きで此処まで来てしまい、成り行きで席についてしまったクリスはメニューを真面目に見る事も無く、何でもいいと口にした。

 そこで映司は自分と同じものを頼むという形でクリスの分を注文する。

 

 昼も過ぎて、既に時間は3時過ぎ。

 昼食には遅く夕食には早い時間のため、クスクシエは現在休憩時間の真っ只中。

 知世子は映司とクリス以外の客が全員帰って行ったのを見計らい、現在休憩時間中の札を出してクスクシエを一時的に閉めた。

 知り合いとその連れという事で、映司とクリスは他に誰もいないクスクシエの中で食事中だ。

 そんなわけで暇になった知世子は、食事を進めている2人の近くに座った。

 

 最初こそ警戒していたクリスだったが、「レストランでそれはないって」という至極真っ当な言葉に説得され、恐る恐る食べ始めた。

 今となっては、久しぶりのボリュームある料理にがっついているような有様であるが。

 

 初めに知世子は自分の自己紹介を改めて行った。

 ついでに映司が「知世子さんは仮面ライダーの事も知ってるから、何を話しても大丈夫」と付け足しておく。

 一般の人にはクリスが見せたあの鎧、即ちイチイバルの事を話し辛いのではないかという映司なりの配慮だった。

 

 

「いやー、それにしても今日は凄いわねぇ。後藤君に続いて映司君まで来るなんて」

 

 

 元気よく話す知世子から飛び出たかつての仲間の名前に、映司はキョトンとした目を向ける。

 

 

「後藤さん、来てたんですか?」

 

「ええ。2時間くらい前に帰っちゃったけど」

 

「元気そうでした?」

 

「うん、それに相変わらず真面目だったわー。あ、それから新しい友達ができたみたいよ」

 

「友達? ……あ、もしかして魔法使いって奴ですか? 鴻上さんから聞いたんですけど」

 

「あら、もう知ってるのね」

 

 

 別段会話に興味があったわけではないが、近くでされている会話は何だかんだ耳に入る。

 そして出てきた『魔法使い』の単語に思わずクリスはむせてしまった。

 

 

「ッ、ゲホッ! ……魔法使いィ!?」

 

「ん、あはは。信じられないわよねぇ」

 

 

 クリスがむせたのは「非現実的な事を言い出した」からだと、知世子は受け取った。

 しかし当のクリスは違う。

 魔法使いという言葉に、魔法使いという存在に、最近出会っていたからこそだ。

 さらにクリスの驚きに追い打ちをかけるように、映司が魔法使いという言葉に反応を示した。

 

 

「しかも魔法使いで仮面ライダーっていうんだから、二倍驚いちゃったわ」

 

「あはは。それ、俺も知ってるライダーです。俺が一方的にですけど」

 

「なぁんだ、そうなの? 世間は狭いわぁ」

 

 

 のほほんとした会話だが、仮面ライダーだの魔法使いだの、とんでもない言葉が飛び交っている。

 一応知世子は一般人の分類なのだが、彼女曰く『不思議な事なんて世界にはいくらでもある』らしく、グリードやヤミー、オーズの事を伝えられた際にも疑う事無くそれを信じた。

 勿論、信頼できる人間が真剣に話したからというのはあるだろう。

 

 それはともかく、クリスとしては聞き逃せない単語が連発されていた。

 魔法使いが仮面ライダーだったという言葉だ。

 さて、幾ら世界広しといえど魔法使いがどれ程存在しているだろうか。

 しかもこの近辺ともなれば範囲はさらに絞られてくる。

 他にも魔法使いなる存在がいるかもしれない。

 けれどクリスが出会った、ドーナツをくれたあの魔法使い。もしも彼が、此処に来た魔法使いなのであれば。

 知世子の言う通り、世間というのは意外に狭いものなのかもしれない。

 

 そんな考え事をしていたクリスに、映司は1つだけ突っ込んでおきたい事があった。

 

 

「ねぇ、あのさ」

 

「あァ?」

 

「……口、拭いた方が良いよ?」

 

 

 クリスの口元にはソースがべったり、皿の周りには野菜の欠片が散らばっている。

 ざっくり言えば、食べ方が汚かった。

 映司にやんわりと指摘され、クリスは手拭きで口をごしごしと乱暴にこするのであった。

 

 

 

 

 

 会話を進めていくうちに、話は後藤と魔法使いからクリスの事へと移った。

 とはいえクリス本人は一切名乗る気もなく、何を聞かれても口を割らない為、会話は難航している。

 自分の事を話せばこの場の人間を巻き込むかもしれないというクリスの意思もあるのだが。

 

 さて、クリスと会話を弾ませようと四苦八苦していた2人だが、此処で来店者が現れる。

 休憩時間はまだ終わっていないのだが、誰だろうと目を向ける知世子。

 入って来たのは20代前半くらいの、若い女性だった。

 

 

「あのー、すいません。バイトの面接で伺ったんですけど……」

 

 

 その言葉で知世子はすぐに思い出した。

 この前、バイトをしたいという子から連絡が来て、この日時を指定したのだと。

 知世子は映司とクリスの席から離れ、カウンター席に小走りで向かう。

 

 

「待ってたわよー! ささ、こっち来て。早速面接をするから」

 

「あ、はい」

 

 

 促されてカウンター席にまで行く女性。女性と知世子はカウンター席の隣同士に座る形となった。

 ちょっとラフな感じの面接だが、これでもクスクシエの面接ではかなりまともな部類である。

 何せ、一時期は『扉に重しをひっつけておいて、それを動かせた人を採用する』というエキセントリックなバイト採用をやってのけた事もあるくらいだ。

 今回のバイト面接がそれでなかった事は、この女性にとって幸運と言えるのかもしれない。

 

 

「私は此処の店長の白石知世子よ。それじゃあまず、名前を聞かせてくれる?」

 

 

 まずは基本的な確認。名前から。

 女性は「はいっ」と元気に返事をした後、自分の名前をはきはきと答えた。

 

 

「『御月 カオル』です! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 先程も述べたような面接をする事もある知世子にしては、普通の面接が行われている。

 名前、年齢、経歴などを聞いた後、今は何をしているのかという質問。

 そこで面接に来た女性、カオルは自分の今を話し始めた。

 

 

「今は、画家を目指して絵を描いています」

 

「へぇー、夢があるのは良い事ね。でも大変じゃない?」

 

「えっ、と……はい。やっぱり、食べていけないので……」

 

「やめたいって思った事は?」

 

 

 今何をしているかを聞かれたはずなのに、何か話が逸れているのをカオルは感じた。

 そもそもそこを答える必要はあるのかという疑問。

 しかし聞かれた事には答えなければ、と、カオルは自分の本心を口にしていく。

 

 

「なくはないです。でも、やっぱり諦めたくなくて」

 

「うんうん。……そうねぇ、じゃあ最後に、何でウチでバイトしようと思ったの?」

 

「それは、以前飲食店のバイトをした事もあるからです。

 あと、民族衣装を着てのお仕事って言うのが、他のお店には無くて面白そうだったので」

 

「ホントにそれだけ?」

 

「え?」

 

「多分その理由、一番じゃないんじゃない? 此処を選んだ一番の理由、聞きたいな」

 

 

 バイトの面接においては真っ当な言葉であろうカオルの言葉に突っ込んでいく知世子。

 にこりとした顔ながら、何故だかその表情には圧を感じた。

 本当にそれだけか、と言われれば、そんなわけはない。

 けれどそれを話してもあまり印象は良くないだろうというのがカオルの想いだ。

 バイト先で印象を悪くしたくはない。当然だろう。

 だが、それでも知世子は「どうなの?」と聞いてくる。

 

 

「……正直に言うと、時給が良かったからです」

 

「あら」

 

 

 以前、映司が此処で住み込みのバイトをしていた頃のクスクシエの時給は900円。

 しかし今では1000円にまで時給が上がっていた。

 それは最低賃金の引き上げに加え、映司達が抜けた分だけバイトの人が必要になったからという何とも世知辛い理由がある。

 

 知世子は目を閉じて腕を組んだ。

 流石に正直に答え過ぎたか、落とされるのかな、という不安がカオルの脳裏を過る。

 しかし知世子の思案は2秒程で終了し、目を開いて、再びカオルを見据えた。

 

 

「ごめんね、じゃあもう1つ。夢とお金、どっちが大事?」

 

「え?」

 

「どう? 正直にお願いね」

 

 

 これは本当にレストランの面接なのか、という疑問すら湧くが、これはどっちと答えるのが正解なのだろうか。

 夢は大事だ。自分が画家になりたいという夢は、どんなに大変でもあきらめたくはない。

 お金も大事だ。生活するのにお金はどうしたって必要になる。

 しばらく無言で目を伏せった後、どうせ時給の事まで正直に言ってしまったんだと、カオルは開き直って自分の考えを口に出した。

 

 

「どっちもです。夢は諦めたくないし、お金だってほしい。

 絵の個展を開くためにはお金が要りますし、夢を叶える為にもお金は必要です。

 だから、どっちかなんて決められません」

 

 

 欲塗れな回答に自分でも「これはないだろ」と、ほんの少しカオルは思う。

 対して知世子の反応は、カオルにとって予想外のものだった。

 

 

「うん、よろしい! カオルちゃんだったわよね? 採用!!」

 

 

 滅茶苦茶機嫌よく、採用された。

 一瞬ポカンとしてしまうカオル。それを見ていたクリスも「は?」と言いたげな顔。

 唯一、映司だけは苦笑していた。

 知世子はカオルに自分の考えを、今の面接の理由を語りだす。

 

 

「あ、もしかして落とされると思った? 実は、正直に答えてくれたから採用したのよ」

 

「え……」

 

「欲しいものなんて人間幾らでもあるのよ。あれも欲しいこれも欲しいって。

 その為にはお金がいるから、お金が欲しいってなるのは普通でしょ?」

 

「は、はい」

 

「夢があるから貧乏でも平気、お金があるから夢を諦めても平気。そういう人もいるわよ?

 でも、どうせなら欲張ってみたいじゃない。それくらいガツガツしてていいのよ。

 悪いことして手に入れたお金なら勿論ダメだけど、自分で稼ぐお金だもの。何も後ろめたい事はないわけだし」

 

 

 知世子は言う。自分の夢や自分で稼ぐお金は真っ当な欲望であるから、きちんと欲張っていいのだと。

 

 

「夢とお金を選ばなきゃいけない事もあるわ。でも、カオルちゃんは今じゃない。

 夢の為にお金が必要だっていうなら尚更。むしろ何でもできる今がチャンスじゃない!

 今の内にきっちり欲張って、夢もお金も掴みなさいね!」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

 バイトの面接に来たら夢を応援された。

 何だか自分が何をしに来たのか分からなくなってきたが、採用も決まったし店長も良い人そうだし時給もいいからいいか、と、カオルは考えるのを止めた。

 

 一方、それを聞いていたクリスは知世子から目を逸らし、既に空になった料理の皿へ目を向けた。

 

 

「いい大人が何で夢を見てんだよ……」

 

「そう? 夢に年齢は関係ないよ。何歳になっても欲望はあるでしょ?

 君は何か夢は、欲望は無いの?」

 

「……ねぇよ、ンなもん」

 

 

 クリスはコップに注がれた水と共に、口に出かけた自分の夢を飲み干した。

 

 

 

 

 

 食事を終えた映司とクリス。

 休憩時間ももう終わる。今からは夕食時という事でクスクシエも混みだす事だろう。

 それもあってか、面接で採用となったカオルはその場で入る事となり、早速クスクシエの仕事について説明を受けていた。

 

 そんなわけで映司はお代を払い、2人はクスクシエを後にした。

 カオルとは挨拶をする程度で話はしなかったが、まあクスクシエでバイトを始めるなら会う事もあるだろう。

 

 クスクシエから出て、クリスは早速映司とは違う方向、テントとは真逆の方へ足を向けた。

 

 

「もう行くの?」

 

「……あたしはノイズに追われてる。此処にいるわけにはいかねぇんだよ」

 

「ノイズに? 無差別に人を襲うものだと思ってたんだけど」

 

「詮索すんじゃねぇよ」

 

「それはいいけど……。でも、尚更1人じゃ危ないんじゃない?」

 

 

 映司との必要以上の関わりを防ぐ為に、クリスはあくまでも事情を話さない。

 一方で事情を語らない事に嫌悪感を抱くでもなく、映司は純粋な心配を口にした。

 でも、その心配が、クリスの想いに引き金を引いてしまったのかもしれない。

 

 

「……何でだ」

 

「え?」

 

「何でお前等は、みんなあたしに構うんだッ!!」

 

 

 弦太朗、ヨーコ、響、未来。名前こそ知らないが、ドーナツをくれた魔法使い。そして火野映司。

 どいつもこいつも突っ返しても、手を指し伸ばそうとして来る奴等ばかり。

 特に最初の3人何て、敵として戦っていたのにその有様だ。

 意味が分からなかった。話し合いたいだの分かり合えるだの、そういう綺麗事がクリスは嫌いだ。

 でも、彼等彼女等はそれを平然と口にする。しかも薄っぺらではない、生の感情でそれをぶつけてくる。

 

 だからクリスは混乱していた。自分が知る世界とは違う、その在り方に。

 

 言外にそんな思いが込められていると知ってか知らずか、映司は当然のように答えた。

 

 

「手が届くのに手を伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。だから手を伸ばすんだよ」

 

「なんだよ、そりゃ……」

 

「助けられるなら、助けたい。困ってるみたいだからさ」

 

 

 そう、それが火野映司の在り方だった。

 彼はとある内戦に巻き込まれた際、そこで仲良くなった少女を目の前で失った経験がある。

 だからこそ、助けられなかった経験をしているからこそ、彼は人一倍思うのだ。

 助けられるなら助けたいと。

 彼の唯一にして最大の欲望。誰かを助けたい、誰かを助ける力が欲しい。

 

 だけどその言葉ですら、クリスにとってはやり場のない思いを募らせてしまう。

 

 

「……だったらなんで、助けてくれなかった」

 

「え……?」

 

「仮面ライダーは、なんで来てくれなかったんだよッ!!

 あたしが戦争に巻き込まれた時に……パパも、ママも、あそこで巻き込まれた奴等、みんな……ッ!!」

 

 

 クリスは戦争に巻き込まれた時に、両親を失っている。目の前で2人とも。

 そもそも彼女が戦争区域に足を踏み入れる事となったのは、両親が原因だった。

 彼女の両親は有名な音楽家であり、『歌で世界を平和にする』という目的の為に戦場という地に踏み込んだのだ。

 

 だからクリスは綺麗事を嫌い、両親を嫌った。

 

 結局、その綺麗事を為そうとして命を失った。

 そんな夢を見てしまったから、幼い自分の目の前で両親は死んだのだと。

 クリスが力あるものを全て叩き潰そうとしているのもそれが理由。

 力を全て叩き潰した方が早い。そう考え、フィーネにもそう言われたから。

 

 クリスは悲痛な叫びの後、映司に背を向けて走り去ってしまった。

 耐えきれない感情が彼女を襲い、それを見せぬよう、悟られぬよう、まるで映司から逃げるように。

 

 

「…………」

 

 

 クリスが走り去ってしまった方角を見つめ続ける映司。

 彼女は戦争に巻き込まれたと言った。つまり彼女は、戦争で全てを失ったのだろう。

 

 ────何故、仮面ライダーは来てくれなかったのか。

 

 その思いには、残酷だがこう答えるしかない。『仮面ライダーは神ではない』。

 助けられない人もいるし、手が届かない人もいる。

 それはクリスにだって分かっているのだが、やはり割り切れない想いというものはあった。

 

 映司もただ一度だけ、戦争で仮面ライダーとしての力を振るった事がある。

 あれが正しかったのか、今でも彼には分からない。

 きっと映司が人を助けている間に苦しむ人、死んでいく人が沢山いるんだろう。

 手が届かない場所はどうしたってある。その為に力を望んだ。

 誰にでも届く腕。誰かを助ける力。映司がかつて抱いていた、唯一絶対の欲望。

 

 でも、もう映司はその力の手に入れた方を知っている。

 特別な力を得るわけでもない、権力でもない。たった1つの簡単な答え。

 それこそが『手を繋ぐ事』。

 誰かと手を繋げば、その人がまた誰かと手を繋ぐ。それがまた別の誰かに繋がっていき、何処までも、誰にでも届く腕となる。

 みんなと繋ぎあった腕ならば、きっと何処までも。

 

 

「……助けなきゃな」

 

 

 また会える確証はない。けれど、映司は思う。

 助けを欲する少女がいるなら手を届かせたい。

 あの少女を、救ってあげたいと。




────次回予告────
変わったのか、それとも変えられたのかは定かではない。

状況、人、想い。

一瞬の平穏の中で、変化が起こる事だけが事実であった。

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