スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第56話 想いと仲間と帰ってきた人

 ウザイナーを倒した事で、これまたカレハーンの生み出していたウザイナーと同じように1つ、小さな球体がブルームの手に舞い降りた。

 奇跡の雫。泉の郷の泉を復活させるのに必要な代物だ。

 ブルームとイーグレットはフェアリーキャラフェを取り出し、その中に投入。

 木の泉を復活させる際に今まで集めた奇跡の雫も無くなったので、また1個目から。

 これは次の泉を復活させる足掛かりと言えるだろう。

 

 

「キバーラ、ありがとうございました」

 

「はぁーい、じゃ、先に戻ってるわねぇ~」

 

 

 夏海が変身を解除すると銀色蝙蝠ことキバーラは空へ飛び、光写真館へ向けて帰って行った。

 それを皮切りに、各々の戦士達が変身を解いていく。

 そんな中で公園に姿を現した人影が2人。別の場所でホラーと戦っていた士と鋼牙だ。

 彼等は馬遊具ウザイナーの最後の攻撃を、あの太陽と見紛わんばかりの光を見た。

 ホラーを倒したと思ったら立て続けに起こる異常事態に急ぎ此処まで戻ってきたわけなのだが、彼等が到着する頃には、既に勝負は決していたというわけである。

 

 

「あ、士君。それに、さっきの……」

 

「なんだ夏みかん。鋼牙とどっかで会ったのか」

 

「みのりちゃんの事で聞き込みしてたら、ちょっと」

 

 

 大雑把な言い方だったが、聞き込みの最中で偶然知り合ったという事は伝わった。

 士はそれに納得の表情を見せるでも無く、今度は響に目を向ける。

 

 

「おい、立花」

 

「はい?」

 

「お前、アレは使わなかっただろうな?」

 

 

 アレ、というのはシンフォギアの事。

 何度も言うがシンフォギアは機密。名称が知られるのもあまりよろしくないので、士はぼかしているのだ。

 それに対して響は後頭部を掻きながら、申し訳なさそうな表情を作った。

 それだけで何が言われるのかを士は察してしまう。

 

 

「あのぅ、実は、ばっちり使って……」

 

「よしもういい、だいたい分かった。

 ……お前、二課の連中に筒抜けなの分かってるだろうな?」

 

「あ、あははぁ……そう言えば……」

 

 

 止めはしたが、どうせそんな事だろうと思った、というのが士の本音だ。

 後ろ髪を掻いてとぼける響にはただただ呆れるばかりだが。

 

 さて、しかしそうなると二課側に何と説明したものか。

 ユウスケと夏海は士の仲間で仮面ライダーという事もあり、まあ許容できない事はないかもしれない。

 が、問題は咲と舞だ。

 彼女達はプリキュアである事を除けば完全な一般人。響や未来と繋がりがあるわけでもなく、おまけにプリキュアは全く認知されていないと来ている。

 そもそも『何で響と未来が夕凪に来ているの』、という話をされると、『士が写真の現像をするから見てみたくて』、という話になり、『じゃあ士は咲と舞の2人とどうやって知り合ったのか』、という話になるだろう。

 そうなればプリキュアの話題は避けて通れない。

 

 それに咲と舞には口外してはいけないと言って、二課側に秘密にしておけばいいというわけでもない。

 咲と舞が口外しない、という約束は確実性が無いが、もしも口にしたら逮捕される可能性がある、とか言っておけば何とでもなるだろう。そうでなくとも2人はプリキュアの事を秘密にしているから理解も得られるはずだ。

 が、二課側にはそうはいかない。二課はノイズやシンフォギアの反応を自動で探知する。

 シンフォギアを纏う事で発生するアウフヴァッヘン波形が感知された時点で装着した事はバレる上、その波形パターンは聖遺物によってそれぞれ。

 つまり、此処でガングニールが起動した事はもう二課側に筒抜けの筈なのだ。

 

 しかし、此処で響ははたと気づく。

 

 

「あれ? そう言えば誰からも通信来てないですね」

 

 

 それの何が不思議なのか、と言う前に、士も気づいた。

 そう、おかしいのだ。ガングニールの起動が露見しているという事は、『何があった』とか『どうした』という通信が二課から来てもおかしくはない。

 それが戦闘中、一切来なかった。

 シンフォギアが二課の知り得ないところで起動するのは非常事態もいいところ。

 此処でガングニールを起動すれば、二課の誰かが通信するなりすっ飛んできそうなものだが。

 

 

「ま、その辺は後で確認取ってみればいいだろ。それに……」

 

 

 2人の会話を一時遮った翔太郎。

 彼は言葉の後、辺りを見渡す。士と響もそれに倣って全体を見渡した。

 勝利を喜ぶのも束の間、無表情を貫く鋼牙以外の全員の顔が困惑気味だ。

 そう、この場で状況の全てを把握している人間はほぼいない。

 プリキュア、シンフォギア、仮面ライダー、ダークフォールの事などなど。

 舞は夏海やユウスケの事を知らず、咲は咲で響の纏った鎧の事を知らないし、夏海とユウスケはプリキュアの事もシンフォギアの事も知らない。

 

 

「色々と、説明しなきゃいけない事もあるみたいだしな」

 

 

 一先ず、状況の整理が必要だった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで自己紹介、という形でこれまでの経緯と自分が何者なのかを語っていく一同。

 咲と舞は自分がプリキュアであり、ダークフォールと戦っている事。

 その最中に紹介したフラッピとチョッピに響と未来、夏海とユウスケの初見組が驚くのもある意味、いつも通りと言えるだろう。

 夏海とユウスケは士のかつての旅仲間で、仮面ライダーである事と、夕凪に現れた写真館に住んでいる事。

 既に全体が共通して知っている士と翔太郎は軽い挨拶程度。

 未来は自分が高校生で、士の生徒である事を語った。

 ちなみにみのりは以前気を失ったままで、未来に担がれたままだ。

 

 さて、シンフォギアという国家機密を抱える響は。

 

 

「私は立花響。未来と同じ学年の15歳で、士先生の生徒なんだ。

 私が使ったアレはそのぉ……あんまり人に教えちゃいけないもので……」

 

 

 響は細かい説明が得意なタイプではなく、何から話したものかと考え込んでしまっていた。

 説明に困った響に助け船を出したのは翔太郎であった。

 

 

「国家機密ってやつで、口外できないらしいんだ。もし話そうもんなら逮捕される可能性もある。

 ……脅すわけじゃねぇけど、最悪、響ちゃんの力を知っている事が俺達以外にバレたら、2人だけじゃなく、2人の家族や友達の命にも関わるかもしれねぇ。

 だから咲ちゃんと舞ちゃんも、響ちゃんの事は絶対に、内緒で頼むぜ」

 

 

 絶対に、を強調しつつ、なるべく念を押す。

 咲と舞がやや怯んだ表情になったのを見て、少し罪悪感を覚える翔太郎だが、此処まで言っておかないとマズイ。

 何せ、何一つ脅しではなく、事実だからだ。

 聖遺物を巡る裏で、血みどろの抗争やきな臭い事が起きている。

 米国の暗躍だとか、関係があるかは不明だが防衛大臣の暗殺まで起きているのだ。

 彼女達の安全を考えればこそ、である。

 

 と、翔太郎が説明をする中で、士の肩をちょいと鋼牙が小突いた。

 振り向く士に対し、鋼牙は左手のザルバを向ける。

 

 

『士、何やら通信がどうのとか言っていたな』

 

「聞いてたのか。ああ、通信が来てもおかしくなかったが、来なかった。

 まあ偶然来なかっただけだろ」

 

『ところがそうでもなさそうだぜ』

 

「何?」

 

『さっきまでいた赤いアイツ。アレが現れた段階から、この辺り一帯を結界のようなものが覆っていたんだ。それがその通信とやらを妨げていたのかもな』

 

 

 そう、咲と舞も話していない事だが、ダークフォールは現れると同時に周囲の一定範囲内に結界のようなものを作る。

 そしてそこで戦闘が行われ、ダークフォール側が負けた場合、戦闘で発生した建物や土地の被害は全て修復されるのだ。

 今回のみのりのように近くにいた人間が結界に巻き込まれる事はあるが、そうでなければプリキュアもダークフォールも視認されず、尚且つ戦闘の被害は全て元に戻る。

 故に、何度戦ってもプリキュアの事は夕凪で噂にならないのだ。

 

 そこで士は推察する。

 通信までその結界とやらに阻害されていたとすれば、ガングニールのアウフヴァッヘン波形もそもそも二課側に伝わっていないのではないだろうか?

 とすれば、二課側にはガングニールの起動が知られていない、という事だ。

 憶測だが、それなら結界が消えたこのタイミングでも通信がかかって来ない事にも納得がいく。

 

 

「っと、そういえばよ士。そこの奴は誰なんだ?」

 

「そうですよ。それに、さっきの黒い怪物とか……」

 

 

 翔太郎、夏海が士と鋼牙、正確に言えば士とザルバの会話に気付いた。

 一応ザルバの事はバレなかったらしい。ザルバの事がバレれば魔戒騎士の事にも突っ込まれるかもしれない。

 そうなれば鋼牙としては一大事である。

 

 

「ま、お前等とは関係の無い奴だ。だろ?」

 

「ああ。それに言った筈だ、君が知る必要はない、と」

 

 

 士の言葉に続いて、鋼牙が、特にホラーの事を聞いてきた夏海に向けて言う。

 その言葉にちょっと顔を顰める2人。今更この面子で何を秘密にする必要があるのか。

 しかしそれを言おうとする前に、鋼牙はコートを翻して背を向けてしまう。

 

 

「士。先に帰るぞ」

 

「ああ。ゴンザに言っとけ、少し遅くなるかもしれないってな」

 

「…………」

 

 

 無言は肯定なのか、鋼牙は表情を一切変える事無くつかつかと公園を出て、そのまま去って行ってしまった。

 あまりにも冷静、いや、冷徹な態度に誰も声をかけられなかったのだ。

 

 

「アイツにはアイツの事情がある。詮索はやめとく事だな」

 

 

 かつての士を知る者からすれば意外な事に、士のフォローが入った。

 それには理由がある。

 魔戒騎士の掟は絶対だ。一度気になってゴンザから聞いたが、どうやら破った掟によっては『寿命を削る』という洒落にならない罰が与えられる場合もあるらしい。

 流石に命に関わる事だ。士も口にするのを躊躇うというものである。

 

 同じような境遇である咲と舞は戸惑いつつも頷き、ユウスケや響、未来も似たような感じだ。

 一方の翔太郎はと言うと。

 

 

(アイツ……)

 

 

 鋼牙の去っていった道筋をじっと見つめ、拳を握り、悔しそうに。

 

 

(ハードボイルドを感じた……ッ!!)

 

 

 鋼牙の一切感情を変えない態度、冷徹な口調、それらは正に彼の目指すハードボイルドのそれ。

 そんな鋼牙に翔太郎は謎の対抗心を燃やしているのだった。

 

 そして、夏海はまた違っていた。

 別にあの青年にどんな秘密があってもいい。言えないのなら強引に聞くつもりもない。

 夏海が思っているのは、もっと別の事。

 士が知っていて自分が知らない事なんて幾つもある筈なのに。

 士が自分の知らない誰かの肩を持っている。彼と共有できないものがある。

 先程までの士と鋼牙のやり取りが彼女の頭に蘇る。

 

 

『ま、お前等とは関係の無い奴だ。だろ?』

 

『ああ。それに言った筈だ、君が知る必要はない、と』

 

 

 目の前で繰り広げられ、そして言われたやり取りに、明確に壁を感じてしまった。

 そしてそんな事実に、何処か寂しさを感じて。

 

 

「士君……」

 

 

 そんな思いが、夏海から零れた。

 

 

 

 

 

 様々な思いの中で、彼等彼女等の自己紹介が終わる。

 ただ1人、鋼牙の素性だけは士以外知る事なく終わったが、彼の素性は教えられるものではない。

 

 そうこうしているうちに、未来が背負うみのりがもぞりと動いた。

 どうやら意識を取り戻したようで、みのりはゆっくりと目を開ける。

 それに気付いた未来は、背中のみのりへにこりとした横顔を見せた。

 

 

「気が付いたんだね、みのりちゃん」

 

「…………? お姉ちゃん、だぁれ……?」

 

 

 寝ぼけ気味なみのりは周囲を見渡す。

 響、士、翔太郎、ユウスケ、夏海、咲、舞、そしてみのりを背負う未来。

 その顔触れを見て、みのりは首を傾げた。

 

 

「咲お姉ちゃんと、舞お姉ちゃんと……知らない人がいっぱい……?」

 

 

 誰もがそこで気づいた。

 そういえば、咲と舞以外の事をみのりは一切知らないのだと。

 これが夕凪中学校の同級生とかなら説明もしやすくて良かったのだが、写真館の住人にカメラマンに探偵に高校生という纏まりが無さすぎる面子ときている。

 

 

「……あっ!! 炎のお化けは!?」

 

 

 おまけにモエルンバの事を覚えているというのだから大変である。

 自分が気を失うまでの出来事が徐々に記憶に蘇ってきたのか、寝ぼけ気味な顔が一気に覚醒。周囲をきょろきょろと見渡し始めた。

 

 さて、みのりは気を失っていて仮面ライダーもシンフォギアもプリキュアも目撃してはいない。

 それはいいのだが、そこを伏せた上でこのメンバーとモエルンバをなんと説明すればいいのだろうか。

 慌てた様子の咲と舞は何とか、多少強引でもいいからそれっぽい理由を考え、急いで言い訳に走る。

 

 

「ゆ、夢でも見ていたんじゃないかしら!」

 

「そ、そうだよみのり! 舞が言ってたよ、疲れて眠っちゃってたって!!」

 

「そう、なの……? でも、知らないお兄ちゃんとお姉ちゃん達は……?」

 

 

 舞の言い訳に乗っかって咲も慌て気味のフォローに回る。

 次に誤魔化さなければいけないみのりの疑問には、優しく笑顔で、みのりを背負う未来が答えた。

 

 

「私達はPANPAKAパンでパンを食べてたんだよ。そうしたら、咲ちゃんが妹を探してるっていうから、手伝ったの。私と響は人助けが好きだから」

 

「響……?」

 

「あのお姉ちゃんの事だよ。私は小日向未来。よろしくね、みのりちゃん」

 

 

 その後、未来は士の事を学校の先生、他3名の事をその友人という形でみのりに紹介した。

 響と未来はPANPAKAパンにパンを食べに来ていて、偶然学校の先生とその友人の皆さんに会った。

 そこで妹がいなくなって困っている咲を見つけ、それを手伝ったのだと。

 多少強引だが半分くらいは事実。それにみのりはまだ幼く、細かい事に突っ込む事もなく、納得した様子でいた。

 

 未来は屈んでみのりを降ろしてやり、みのりは何処かぎこちない動きで咲の前に立った。

 俯き加減の頭は朝の事を気にしている事を如実に示している。

 

 

「咲お姉ちゃん。どうして此処って分かったの……?」

 

 

 咲はそんなみのりに対し、朝方見せた怒りを欠片も見せる事無く、優しく接した。

 

 

「だって、此処はみのりが小さな時から一番好きな場所じゃない」

 

 

 公園を見渡しながら言う咲の顔を、みのりは見上げた。

 覚えていてくれた。姉と一緒に遊んだから、大好きになったこの場所を。

 それがみのりは嬉しかった。何を言われても、大好きな姉である事に変わりはないのだから。

 だからこそみのりは思う。ちゃんと、此処で謝ろうと。

 

 

「咲お姉ちゃん。今日の事、ごめんなさい……」

 

 

 咲の顔を見上げて一瞬笑顔を見せていたみのりの顔は、再び暗く、俯く。

 自分が悪い事をした、という自覚があるから。謝って、本当に許してもらえるのかが怖いから。

 ましてそれが家族なら尚更だろう。

 

 だけど、咲も先程までの咲じゃない。

 自分にだって落ち度はあった。昼に見せた衝動的な怒りは、もう咲の中には無い。

 

 

「もういいのよ。私も、ちょっと言い過ぎちゃったしね」

 

「……ホント? お姉ちゃん、みのりと遊んでくれる?」

 

「うん、ホント」

 

 

 その一言にみのりはぐいっと姉に顔を近づけた。

 

 

「ホント!? ホントにホントにホント!?」

 

「もぉー。ホントにホントにホントっ」

 

 

 みのりは咲の奥に立っていた舞に目を向けた。

 ホントだった、舞お姉ちゃんの言う通り、大丈夫だったと。

 自分はまだ、姉に嫌われてなんかいなかったのだと。

 それを認識して理解した時、みのりは今まで見てきた中でも一番の笑顔で手を挙げて喜んだ。

 微笑ましい姉妹のやり取りに誰もが顔を緩めるが、咲は次の言葉を口にした。

 

 

「それよりみのり。舞お姉ちゃんに言う事、あるんじゃないの?」

 

 

 結局、みのりがした事は悪い事である。

 咲とみのりの仲違いの原因は確かに両者にあるだろう。だが、元を正せばみのりの不注意が原因だ。

 咲とみのりが仲直りした。はい、おしまい。というわけにはいかない。

 そこは姉としてはっきりと言っておかなければならない部分である。

 怒りに任せて怒鳴るのではなく、きちんと論す形で、という相違はあるが。

 

 勿論、みのりもそれは分かっていた。

 みのりは舞の方へ再び顔を向け、頭を下げる。

 

 

「舞お姉ちゃん。大切な絵にジュース零しちゃって、ごめんなさい」

 

 

 それに続き、咲もまた、舞の方へ振り返った。

 自分も、舞には迷惑をかけた。みのりが悪いのは確かだが、咲にも決して非がないわけではない。

 まして、何の非もない舞に強く当たってしまった事はしっかりと謝りたかった。

 戦闘中の言い合いにおいて「悪かったと思ってる」とは言ったが、そんな軽い言い方で済ませたくはなかった。

 

 

「私も、舞は全然悪くないのに、キツく当たっちゃって、ごめんなさい」

 

 

 謝られた舞は、決して怒りを見せる事もなく、少し声を出して笑った。

 姉妹揃って頭を下げてくる光景がおかしくて、姉妹の仲が良さそうで嬉しくて。

 

 

「もう、いいのよ。元々、怒ってなかったんだから」

 

 

 大切な絵が汚れてしまった時に全くショックではなかったと言えば嘘になる。

 けれど、絵はまた描ける。そこまで目くじらを立てて怒ることではなかった。

 みのりには同じ妹として、咲には同い年の親友として、自分にしてあげられる事をしたかっただけなのだから。

 

 舞は頭を上げた2人に、別の事を促した。

 

 

「それに咲もみのりちゃんも、皆さんにちゃんとお礼を言わなきゃ」

 

 

 舞は士達へと目を向ける。同時に、それにつられるように咲とみのりも全員を見た。

 士、翔太郎、夏海、ユウスケ、響、未来。本来ならば関係のない6人を手伝わせてしまったのだ。

 響の人助けが発端とはいえ、お世話になった以上、お礼は必要である。

 

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

 

 咲は再び頭を下げた。

 その「ありがとうございました」の中には、戦闘でお世話になった事も含まれている。

 それに対し笑顔を見せる響と未来と夏海、サムズアップを返すユウスケ、キザに笑う翔太郎、特に表情を変えない士と、それぞれの反応を示した。

 士はともかくとしても、誰も気にしていない事を響が笑顔で代表して伝える。

 

 

「いいんだよ。困った時はお互い様!」

 

 

 そもそも響は人助けに喜びを感じているタイプ、というのもある。

 しかしそれを差し引いたとしても、6人全員が協力してくれた。

 いい大人もいるのに、お人好しの集まりみたいな6人組。

 けれど、そんな大人と先輩が、咲とみのりにはとても頼もしく見えていた。

 

 モエルンバとの戦闘も、咲とみのりの仲も、全てが円満に終わる事ができた。

 沈みかかっていた日は既に頭の先を少しだけ見せる程度になっており、日没はすぐそこまで迫っている。

 

 

「さっ、帰ろう!」

 

 

 家に帰るまでが人助け、とでも言うかのように、みのりと咲を送り届けようとする響の一声。

 そうして一同はPANPAKAパンへと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「咲ぃ! みのりぃ!!」

 

 

 PANPAKAパンまで戻れば、入り口の前には咲とみのりの両親である大介と『日向 沙織』がいた。

 此処に来るまでの間に咲は、みのりを見つけたから今から帰る事を両親に携帯で報告済みだった。2人が待ち構えていたのはその為であろう。

 2人とも仕事用のパン屋でよく見る白い制服に身を包んでおり、仕事中なのに2人を心配していた事が伺える。

 沙織に店番を頼んでいたので店事態に影響は出なかったようだ。

 それよりも、愛娘の心配をする親の心情はあまりある。

 

 

「ほら、みのり。心配かけちゃったんだから、お父さんとお母さんにも謝らなきゃ」

 

「うん……」

 

 

 みのりは両親へと「ごめんなさい」と頭を下げた。

 2人ともに「心配かけちゃダメだぞ」とか「何処へ行くか言ってからにしなさい」と一言二言注意をした後、大介はその大きな父親の手でみのりの頭を撫でてやった。

 

 

「良かった。みのりが無事で」

 

 

 その一言に尽きた。大介も沙織もみのりが心配だった、それだけだ。

 いつか、中学、高校、大学と年齢を重ねるにつれて、親の手を離れていくのだろう。

 だがまだその時じゃない。勝手に何処かへ行ってしまうには危なっかしい年頃なのだ。

 

 さて、大介と沙織からするとみのりと咲、そして舞が一緒にいるのはわかる。

 だが、他の6人は一体全体誰なのだろうかという疑問が尽きない。

 実は咲、みのりを見つけたという報告しかしていなかったのだ。

 女子高生2人に、大人の男性が3人に、大人の女性が1人。

 どれかに統一してくれれば推理のしようもあるのだが、如何せん統一感のない6人組は大介と沙織の首を傾げさせるには十分だった。

 

 しかし2人とも何か引っかかっていた。

 何処かで会ったような……。そう考えているうちに、すぐに答えに行き着く事ができた。

 

 

「ええっと、確か……。そちらは今日、パンを買ってくれたお嬢ちゃん達とお兄さんで、そっちは何回か来てくれてるお兄さんとお姉さんですよね?」

 

 

 大介の言うパンを買ってくれたお嬢ちゃん達とお兄さんは響と未来、翔太郎の事。

 何回か来てくれているお兄さんとお姉さんというのはユウスケと夏海の事だ。

 今日のお客だったというのと、何回か来てくれているお客という事で覚えてくれていたらしい。

 それに対して返事をしたのは夏海、続いてユウスケだ。

 

 

「はい。実は、みのりちゃんを探してるのを偶然知って、咲ちゃんの手伝いをしたんです」

 

「あと、こっちの不愛想なのは俺達の友達で、根は良い奴なんです! なっ、士!」

 

「勝手に決めるな」

 

 

 ユウスケの言葉を鬱陶しそうに跳ね除ける士。その態度は悪い方だろう。

 が、大介と沙織から見れば態度が悪かろうが娘を一緒になって探してくれた恩人なのだ。

 士以外は全員お客様。さらに言えば、夏海の言葉を咲が肯定するように頷いている事から、みのり探しを手伝ってくれた事が事実であるのが伺える。

 そういうわけで、大介と沙織は士一同に頭を下げた。

 

 

「これはどうも、申し訳ありません。お世話になってしまったようで……」

 

「いえ、そんな! 好きでやった事ですから!」

 

 

 大介の心底からの謝罪に答えたのは響だ。

 人助けが趣味な響は勿論の事、他のメンバーも勝手に手伝いだしたのは事実。

 それを好きでやった事というのなら、そういう事になるだろう。

 

 しかし、大介と沙織としてはそれで「ありがとうございました」と帰すわけにはいかない。

 家族の愛娘が世話になったのだ。お礼の1つでもしたいというのが本音である。

 そこで、大介は自分達にできる精一杯のお礼として、1つの提案を打ち出した。

 

 

「そうだ! 良かったら皆さん、ウチのパンを食べていってください! お代は結構なので」

 

「え、いや、でも……」

 

「さあさ、遠慮なさらずに」

 

 

 大介の豪快な笑顔から放たれる提案に戸惑いを見せる響。

 彼女としては、見返りが欲しくてやったわけではないのだが。

 おまけに沙織まで一緒になって言ってくるし、咲も咲で「是非是非!」と押してくる。

 騒動の張本人であるみのりも姉と同じような感じだ。

 日向家以外の一同が顔を見合わせて戸惑う中、あれよあれよという間に、彼等彼女等はPANPAKAパンへ半ば強引に連れていかれるのであった。

 

 

 

 

 

 そういうわけで、士達は好きなパンを食べてくれ、と店の中へと案内された。

 ずらりと棚に並べられたパンは暖かいオレンジ色の光でライトアップされ、輝いているようにすら見える。

 しかも焼き立てが存在しているらしく、あちらこちらから暖かく、それでいて非常に美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐってくるのだから堪らない。

 響なんかは既にだらしない顔でパンを見つめていた。

 

 

「あ~、どれもこれも美味しそうだなぁ……」

 

「好きに食べていってください。今日のお礼ですから、本当にお代は結構ですから」

 

「いやぁ~、それじゃあお言葉に甘えて!」

 

 

 先程まではお礼を受け取るのを渋る様子すら見せていたのに、パンを見た瞬間に大介の提案に乗っかりだす響。

 まだまだ、色気より食い気という事だろうか。

 それにつられるように士も、翔太郎も、ユウスケも、夏海も、未来も、そして舞もそれぞれにパンを選び出す。

 流石に幾つも食べるのは気が引けたのか、それぞれ食べたパンは1つ、ないし2つ程度だったが。

 

 チョココロネ、メロンパン、カレーパン、アンパン……オーソドックスな物からこの店オリジナルの物まで、それはもう様々。

 それぞれに気に入ったパンを手に取って頬張っていくが、味も見た目も違えど、共通しているのは凄まじく美味である、という事だった。

 焼きたてのフワフワ感は言わずもがな、焼いてしばらくたった後のパンまで同じくらいに美味いとはどういう事か。

 

 士以外のメンバーは既にここのパンを食べた事がある。

 だからこそ、此処のパンがどれだけ美味しいかは理解しているつもりだ。

 一方で初めて食べる士も、その味に魅せられているようで。

 

 

「…………」

 

 

 士は特に何も言わずに食べ進める。

 美味いとも、まあまあとも、何1つ言わないで黙々と食べている。

 どんなに美味い物を食っても、士は褒めちぎったりはしない。そういう性格だからだ。

 しかし、此処のパンはその士を黙らせてしまっている。

 悪びれた言い方をしてやろうとすら思わせないほどに、此処のパンは美味かった。

 

 皮はパリパリ、中身はフワフワ。噛む度に味が広がり、食べている最中でも絶え間なく襲ってくる芳醇な香りは食欲を延々と刺激する。

 いつまでも食べ続けられそうだった。

 

 そんな士にユウスケと夏海が近づく。

 2人して近づいてきて声をかけてくるユウスケに、士はパンを食べるのを一旦止め、そちらを向いた。

 

 

「なあ、士」

 

「なんだ」

 

「俺達さ、士達に協力する事にした」

 

 

 士達に協力。その言葉を聞き、理解した後、士は翔太郎の方を向いた。

 2人とも、先程まで翔太郎と何か話していた様子であったし、事情を聞いたとしたらそこだろうと思ったからだ。

 視線に気づいた翔太郎はパンを頬張りつつ、士へと近づく。

 

 

「ま、仲間は多いに越した事はない、だろ?」

 

「お前、話したのか」

 

「ユウスケにはみのりちゃんを捜してる間に。夏海ちゃんには今、な」

 

 

 翔太郎曰く、現在所属している組織、響も自分も士もそこに所属している事、そして大ショッカーなる敵対組織が存在している事を話したらしい。

 大ショッカーと言えば士と因縁深い相手だ。何せ、士が旅の道中で戦ってきた相手なのだから。

 という事は当然、旅の仲間であったユウスケや夏海にとっても、決して無関係の相手ではない。

 

 

「さっきの炎の化物とか、黒い怪物とか、それと戦ってる人達がいるんですよね?」

 

 

 夏海はモエルンバとホラー、それにこの世界に来てから何度か聞いた事のあるヴァグラス、それに今しがた聞かされた大ショッカー。

 それらの悪意がこの世界に集結しているのは確かだ。

 だからこそ、困っている人を放っておけない性分の夏海ははっきりと言い切った。

 

 

「だったら、私達も力になりたい。仮面ライダーなんですし」

 

 

 此処まではっきり言いきられては追い返す事もできない。

 もっとも、クウガにせよキバーラにせよ、間違いなく戦力となる事に違いは無い。

 何より旅の道中でその世界に首を突っ込むと決めたのはこの2人だ。

 士の旅が誰にも指図されないように、この2人の旅の道筋に指図する気は無かった。

 

 

「好きにしろ」

 

 

 士の言葉は歓迎か、はたまたお人好しな2人への呆れか。

 とにもかくにも、正式な報告をしなくてはならないが、こうして2人の部隊への参入が決定したのだった。

 

 

「士君と同じ世界で同じ事をするって、何だか懐かしいです」

 

「そういえばそうだなぁ。いやー、後は海東がいれば完璧だったんだけど」

 

「もういるぞ、この世界に」

 

 

 それぞれにパンを頬張りながら、他愛のない談笑を繰り広げていく。

 士と翔太郎も、響と未来も、ユウスケと夏海も、舞と日向家一同も。

 明るく穏やかな空間がPANPAKAパンの中には広がっているのだった。

 

 

 

 

 

 パンを食べ終わった後、日もすっかり落ちてきてしまったので士達はPANPAKAパンから帰る事に。

 帰る直前、大介と沙織が各人に1袋ずつ、パンを数個詰め合わせた物を持たせてくれた。

 どうも先程のお礼だけではなく、「よければ家族やお友達にも」という事だそうだ。

 家族や友達にパンが広まれば、ある種の宣伝にもなる。

 なんだかそういう風に考えるとちゃっかりしているような気もするが、あくまでもメインの想いは『愛娘を捜してくれた事』への感謝だ。

 

 流石に日が落ちて舞が1人で帰るには危ないだろうという事で、同じ夕凪に住む夏海とユウスケが舞を送る事になった。

 

 

「士君。士君は来ないんですか?」

 

「俺はこの世界で居候してるところがある。それも多分、俺のするべき事に関係があるからな」

 

「そう、ですか。……そうですね」

 

 

 世界を訪れる度に、士は『するべき事』があると考えている。

 何処かの世界を士が訪れれば、必ず役職や何かしらの肩書があり、それがきっとするべき事に関係しているのだと。

 それは世界を救うという目的の為に世界を巡っていた時の名残でもあるのだが、今でも士はそんな風に考えていた。

 実際、世界が士に役職を与え、それで都合よくその世界のライダーや戦士と関わりになるという辺り、間違ってはいないのかもしれないが。

 

 そんな士の返答に、夏海は納得しつつも、何処か寂しそうな顔でいた。

 

 

 

 

 

 さて、響と未来は翔太郎同伴で寮に、翔太郎も二課の宿舎に帰宅した頃、士は士で冴島邸へ到着していた。

 徒歩で来たために徒歩で帰る羽目になってしまった為、士はやや疲れ気味だ。

 冴島邸の扉を開け、玄関へと足を踏み入れる。

 

 

「帰ったぞ」

 

「おお、お帰りなさいませ、士様」

 

 

 出迎えたのは執事のゴンザ。

 今ではすっかり士の帰りも迎えるのが習慣付いている。

 居候という肩書である事に変わりはないが、冴島邸の住人の1人としてすっかり認識されているようだ。

 士が脱いだ上着をゴンザが預かりつつ、士は手にしていた紙袋も一緒に渡した。

 中身は土産のパンだということを告げると、ゴンザは丁寧に「ありがとうございます」と一礼。

 今日の夕食はシチューであるから、一緒にお出ししましょうという事になった。

 

 手を洗ったりうがいしたり、帰宅時にする一通りの事をした後に士はリビングに赴く。

 と、そこでは既にいつもの定位置、つまり士が普段座る場所と対極の位置に鋼牙が座していた。

 主食、副菜などなど、シチューをメインに食卓には既に料理が並べられている。

 

 

「遅い」

 

「間に合ったんだ。グチグチ言うな」

 

 

 ともすれば険悪な雰囲気だが、これが2人の平常運転である。

 士も席に着こうとすると、片付けを終えたゴンザもリビングへとやってきて、先程渡したPANPAKAパンのパンを食卓に並べだした。

 既に食事は全て並べ終えられていたと思っていた鋼牙は、新たに並べられたパンをじっと見つめる。

 

 

「ゴンザ、これは?」

 

「士様からのお土産のパンにございます」

 

 

 パンというと、恐らく夕凪町にある、自分が士を案内したあのパン屋か。

 鋼牙は納得した様子を見せ、一方で士はフンと鼻を鳴らす。

 

 

「わざわざ手に入れた土産だ。感謝しろ」

 

「お前を夕凪まで連れて行った借りを返されただけだ」

 

 

 成り行きで貰っただけなのに恩着せがましく言う士であったが、鋼牙の反論にはぐうの音も出ない。

 眉1つ動かさず、そして瞬時の反論に士は特に何を言う事もなかったが、露骨に機嫌の悪そうな顔だけは浮かべていた。

 

 はてさて、そんな感じで食事が始まるわけだが、鋼牙にせよ士にせよゴンザにせよ、食事中の無言空間はいつも通り。

 しかしその食事中に、ゴンザが突然口を開いた。

 

 

「しかし、鋼牙様と士様はすっかり友人という感じですな」

 

「はぁ? 何をどう見てそう思ったんだ、お前」

 

 

 突発的かつ、正直何を言ってるんだお前としか言えない発言に士は怪訝そうな目をゴンザに向ける。

 ゴンザはその視線に微笑むと、士が来る前のほんのちょっとした事を話し始めた。

 

 

「いえ、実は夕食ができたのは士様が帰ってくるよりも前だったのですが、鋼牙様は士様が帰ってくるまで食べずに待っていらしたんですよ」

 

 

 ほほ、と笑うゴンザ。食が止まる鋼牙。流石に目を丸くする士。

 ゴンザに向けていた視線は鋼牙に移り、士の顔はからかいのネタを見つけてやった悪ガキのような表情となっていた。

 

 

「はっ。お前がそんな青臭い事をするとはな。ただのロボットみたいな奴かと思っていたぞ」

 

「……聞きたい事があっただけだ」

 

 

 余計な事を言うな、と半ば睨んでくる鋼牙からゴンザは慌てて目を逸らす。

 聞きたい事があるなら後で聞く事もできたろうに、それは果たして言い訳として機能しているのだろうか。

 まあ、とにもかくにも言えるのは、表面上の態度ほど、2人の仲は悪くないという事。

 2ヶ月近くも同じ屋根の下で過ごしているのだから、当然といえば当然かもしれないが。

 

 ところで士の興味は別のほうに向いた。鋼牙の『聞きたい事』だ。

 

 

「聞きたい事だと?」

 

「あの炎の化物。ホラーとは違うようだったが、何者だ」

 

「ホラーを狩る魔戒騎士には関係ないんじゃないのか?」

 

『ところがそうでもないんだな』

 

 

 鋼牙の左手に嵌められているザルバが口を挟んできた。

 士の疑問には、ザルバがカチカチと金属の顎を動かして答えていく。

 

 

『奴が現れた瞬間、オブジェがゲートに変わった。

 ゲートを生み出せる怪物となりゃあ、魔戒騎士も無関係じゃいられねぇ』

 

 

 魔戒騎士の敵はホラーであるが、ホラーだけとは限らない。

 どういう事かというと、もしもホラーを呼び出す者がいるのなら、それも駆逐対象となる可能性があるのだ。

 

 

「偶然じゃないのか?」

 

『確かにあの公園にあった馬の遊具は陰我が少し溜まったオブジェだった。

 しかし、どう考えてもゲートになるほどの陰我は無かった』

 

 

 士はホラーが現れる瞬間を見ていない。

 その為、ホラー出現を完全な偶然として捉えていたのだが、陰我やゲートを感じる事のできるザルバにとっては、あれは偶然とは思えない事態だった。

 ザルバはそれを説明していく。

 

 

『だが奴が現れた瞬間、オブジェの陰我が増幅……というより、周囲の『精霊』を集めてゲートにした上、そのまま遊具自体を怪物にしちまいやがった。

 精霊ってのは本来なら善良な存在だが、それを邪悪な気配に染めて馬の遊具に憑りつかせた。

 ゲートになったのも、遊具自体が怪物になったのもそれが原因としか思えねぇ』

 

 

 説明を特に表情も変えずに聞く士と鋼牙だったが、途中のザルバの言葉に士は引っ掛かりを覚えていた。

 さらりと言った言葉。『精霊』と言った事に。

 

 

「待て、精霊だと?」

 

『ああ。人間には感じられないし、特に影響もないが、この世界には精霊がいる。至る所にな。

 陰我と同じように、どんな物にも精霊が宿っているんだ』

 

 

 世界は何も陰我だけではない。精霊のような善良なものがいる。

 士の知る『精霊』といえば、それこそフラッピとチョッピだ。

 とはいえ、士はプリキュアに関して『ダークフォールと戦っている』以上のことを知らない。

 精霊なんて言葉にも詳しくはないので、考えるだけ無駄だと『精霊』の言葉を頭の隅にどける士。

 ザルバは改めて士に問う。

 

 

『ともかく、ホラーを呼び出せちまうアイツは何者だ?』

 

 

 プリキュアの事ならまだしも、既に目撃してしまっている敵の事だ。

 特に秘密にする必要もないだろうと考えた士は自分の知っているだけの情報を語る。

 

 

「この世界を滅ぼそうとしてる化物ども……らしいぜ」

 

「それだけか?」

 

「それ以外に知るか。詳しく聞きたきゃ夕凪に行け」

 

 

 鋼牙が訝しげな目線をくれているが、思い返していればダークフォールに関して知っている事はそれくらいしかない。

 だが納得していない様子の鋼牙を見て、自分が知りえる他の情報、以前カレハーンと戦った時の事を今度は語り始める。

 

 

「前にも一度、今日のアイツとは別の奴だが、戦った事がある。

 そいつも今日の奴と同じように、あのウザイナーとかいうデカブツを呼び出す力を持っていたみたいだが、ホラーは出てこなかったぞ」

 

『ほう? ……成程、ちょっと分かったかもしれないぜ、鋼牙』

 

「何がだ?」

 

 

 ザルバは自分の推論を語りだす。

 

 今回、ホラーが現れたゲートとウザイナーとなったのは同じ馬の遊具だ。

 恐らくだが、モエルンバはウザイナーを作り出す為、闇に支配した精霊を憑りつかせた。

 が、たまたまそこに陰我が、少なくともエレメント浄化が一応必要な程度には溜まっており、そこに闇の支配を受けた精霊が憑りついてしまったせいでゲートとなってしまったのではないか、と。

 

 さらにザルバは語った。『陰我』と『精霊』の関係を。

 

 

『さっきも言ったが、陰我と同じように精霊もまた、あらゆる物に宿る。

 精霊と陰我は光と闇。陰我が精霊に打ち勝っちまうと、その物はゲートになっちまう。

 逆に言えば精霊の力が強ければ、物は物のままってことだな』

 

「なら、今回のホラーは陰我に対抗する筈の精霊が闇に染められた影響という事か?」

 

『そういう事になるな。もっとも、奴等は外部から闇に染めた精霊を憑りつかせてた。

 あの馬の遊具に元からいた精霊が、後から来た闇の精霊に打ち負けちまった。

 で、元々それ相応に溜まってた陰我が暴走したってとこか』

 

 

 精霊と陰我は太極図を思い浮かべるといいかもしれない。

 白と黒、精霊と陰我のバランスが保てているのが正常で、黒一色だとゲートとなってしまうという事だ。

 

 馬の遊具は間違いなくゲートとなるには陰我が少なかった。

 だが、闇に染められた精霊が馬の遊具を怪物化しようとして善良な精霊を押しのけてしまい、結果的に急激なスピードでゲートとなってしまたのではないかとザルバは推測する。

 

 

『とはいえ、以前に士が戦った時にホラーは出てこなかったんだろ?

 だったら、滅多に起こることじゃないんだろうぜ』

 

 

 今回はたまたま、エレメント狩りの対象となっていたオブジェに憑りついてしまったので、運悪くホラーが発生してしまった。

 

 今日はたまたま最後に回していたオブジェの元に、たまたまモエルンバが現れ、たまたまそれをウザイナーの依代に選んだから発生した事。

 偶然が二重三重に重なって漸くその状況になるのだ。

 確率で言えば、滅多にない話だろう。

 

 

「だが、同じ方法で今後ホラーが現れないとも限らないんだろう」

 

 

 しかし鋼牙は警戒する。

 ホラーの出現自体、滅多にあるものではない。

 とはいえ僅かな確率でも能動的に引き起こせる存在がいるのはそれだけでも厄介だ。

 黄金騎士にとっては一閃で斬り伏せられる存在だとしても、その黄金騎士が守っている人間にとっては脅威以外の何者でもない。

 

 ザルバは『まあな』と軽く答えた。

 0.1%未満に過ぎないとしても、0%でないのなら再び同じ事が起きる可能性はある。

 

 

「ザルバ。これからは、あの怪物の動向にも警戒するぞ」

 

 

 人を守るは魔戒騎士の使命。

 ホラー発生の確率が少しでもあるのなら、それを見逃すわけにはいかない。

 

 鋼牙はそれだけ言うと、いい加減長話で冷めてしまいそうな料理に手を付け始めた。

 それに倣うように士もまた、話が終わったと判断して黙々と食事を開始する。

 再び訪れる静寂。いつも通り、無音の部屋で食器を動かす音だけが鳴り響く。

 

 そんな中でゴンザは微笑んでいた。

 長い話で完全に忘れているが、唯一、ゴンザだけはしっかり覚えている。

 理由は何にせよ、鋼牙は士が来るまで食事を待っていた事を。

 

 今までの鋼牙ならそんな事はしないだろう。

 無愛想ぶっきらぼう、士の言うようにロボットのような人間だった鋼牙だ。

 士の性格が性格なので笑う事こそ全く無いが、変化は見受けられていた。きっと良い方向に。

 長年鋼牙に仕えているからこそ嬉しくて、その日ゴンザは微笑みを絶やさなかった。

 

 

 

 

 

 同日。時間は戻って午前中。戦いどころか、これから咲とみのりの喧嘩が起こるくらいの時間。

 夢見町に、彼はいた。

 

 先程、季節外れのやたら長い白いロングコートを着た青年とカメラを首からぶら下げた青年とすれ違った青年が1人。

 彼は彼で男物のパンツを吊るした木の棒を担いで歩いているのだから結構なものだが。

 

 彼は夢見町、鴻上ファウンデーションの会長室にまでやって来ていた。

 エスニックな衣装の彼は、どうにも大きな会社の大きな、かつ綺麗な部屋では浮いている。

 鴻上ファウンデーションと言えばそれなりの大企業。その会長室ともなれば、誰もが入れる場所ではない。

 けれど彼は此処に通されるだけの理由があった。

 何故なら彼は旅人でありつつ、この会社の研究協力員なのだから。

 

 さて、会長室なのだから、当然ここには鴻上ファウンデーション会長、鴻上光生がいる。

 さらにその横ではスーツでピシッと決めた美人秘書『里中 エリカ』が無表情に立っていた。

 

 鴻上は自分のデスクにボウル、料理で使うあのボウルと泡だて器を置き、書類に目を通していた。頬には生クリームがついている。

 それもその筈、彼はケーキを作っていたのだ。

 

 大企業の会長が会長室で何やってんだ、という話だが、彼はそういう人物なのである。

 ケーキを作る事が趣味。こと、『誕生』というものに重きを置く彼は、バースデーケーキを作る事が特に好きだった。

 デスクとは別にケーキ用のキッチンがある事からもそれが伺える。

 ちなみに今日は誰かや何かの誕生日ではない。言い方を変えれば世界中いつでも誰かがハッピーバースデーなのは確かだろうが。

 尚、そのケーキを処理するのは里中の役目である。

 

 さて、鴻上が眺めている書類。

 それは映司の協力で手に入った様々な遺跡の情報を纏めたものだ。

 

 

「ふーむ。古代の壁画に描かれた戦い、賢者の石、錬金術、魔法……。

 成程、中々興味深い事が書かれているね。しかし……」

 

「はい。結局コアメダルに関しての事は特にありませんでした」

 

 

 映司が探しているのはコアメダルに関しての情報であった。

 アンクを、割れたコアメダルを元に戻す事を目標に世界中を巡っている。

 鴻上は鴻上でコアメダル、延いては欲望に未だに執心しており、映司とは利害関係が一致している状態にあるのだ。

 だからこそ、鴻上ファウンデーションの研究協力員でもあるのだろう。

 

 

「賢者の石や魔法、これらも錬金術と非常に関わりの深いものだ。

 これらを探っていけば、いずれコアメダルに関する情報も手に入る。

 そうすればいずれ、新たなコアメダルが誕生する事だろうッ!!」

 

 

 鴻上はテンション高めにこんな事を言っているが、未来で彼がコアメダルを作る事はほぼ確実になっている。

 何せ、『未来からコアメダルを力の源としたライダー』がやって来たことがあるからだ。

 ただライダーとはいえ、そのライダーは悪のライダー。つまり敵だった。

 

 さて、この事実を鴻上が知らないならまだしも、知っているのにこんな事を言っているのは如何なものか。

 まあ下手に歴史が変わるよりはいいのかもしれないが、何だかなぁ、と映司は苦笑する。

 

 鴻上は自分の欲望の為には何でもする。

 それが結果的にグリード復活に繋がり、何らかの別の敵との戦いに繋がったりと、凄まじいトラブルメーカーだ。

 けれど悪意が無い。ある意味一番タチが悪いタイプなのだが、彼は人命を考えないようなタイプではない。

 むしろ、欲望を生み出す人の命を大切に思っている節すらあり、欲望こそ人の発展に必要だと考えているからこそ、彼は欲望を肯定し、欲望に忠実なのだ。

 

 つまり、意外といい人なのである。トラブルメーカーでさえなければ。

 

 

「そうそう、魔法といえば後藤君の事だけどね、彼は今、魔法使いと一緒に居るようだよ」

 

「魔法、使い……?」

 

 

 鴻上の突然の話題転換に驚く映司だが、彼は魔法使いが存在している事を知っている。

 一方的にだが、会った事があるのだ。弦太郎に言われて助っ人に赴いた事がある。

 あの時助けた女の子、元気にしてるかなぁと考える映司。

 

 

「さて火野君。帰国したわけは、この調査報告だけではないだろう?」

 

「あ、はい。大ショッカーとか、日本でも色々起こっているみたいですから……」

 

「フム、ではしばらく日本に残るのかな?」

 

「そのつもりです。……マズイですか?」

 

「いいや、それでいい。人々の欲望が失われていくのは私としても遠慮したい」

 

 

 欲望による人類の発展を願うだけあり、その礎である人命を救う事に対して鴻上は一定の理解を見せる。

 鴻上はもう1つ、映司が此処に残るべきだという理由を続けた。

 

 

「それに、もしかすれば君が戦いの中で魔法使いと出会う事もあるだろう。現に、後藤君がそうなのだからね。

 錬金術と魔法に大きな差は無いという話もある。魔法使いと出会えば、何かのヒントになるかもしれない」

 

 

 コアメダルは約800年前に錬金術によって造られた産物である。

 もしも錬金術と魔法に大きな繋がりがあるとすれば、魔法との出会いは映司、鴻上の両人にとって大きな進歩となるかもしれない。

 勿論、映司は『人を救う』というのが第一の目的なので、魔法使いと出会う事よりも人を救う事の方が優先だが。

 

 そういうわけで、鴻上光生という直属の上司の許可も得られた。

 こうして火野映司は、日本に再び滞在する事となったのである。




────次回予告────
争いの痛みを知る者、手が届かなかった者。

共通の傷を持っていても、容易に分かり合えるとは限らない。

友情と魔法に出会った少女は、三度仮面との遭遇を果たす。

口にするのは綺麗事。けれど、そこに信念が宿っていれば。

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