スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第54話 燃えるリズム、モエルンバ出現!

 時は、みのりと舞が公園に到着する少し前に遡る。

 

 3グループに分かれた士達は早速、手分けしてみのりの捜索を開始した。

 闇雲に探すのもいいが、情報収集も重要だろう。

 さらに日が暮れるまで時間がないという事もあり、夏海はキバーラに空から探すように頼んだ。

 ちょっと渋っていたキバーラであったが、夏海の説得の甲斐もあって何とか承諾。

 そうして3つのグループとキバーラは散り散りとなって、各々に咲から聞いたみのりの身体的特徴を記憶し、捜索に移っていた。

 そのグループの1つ、未来と夏海。彼女達は夕凪中学校の方を捜索する事になった、その道中の話だ。

 

 

「あの、未来ちゃん。ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「はい、何ですか?」

 

「士君って、今何処かに居候していたりするんですか?」

 

 

 みのり捜索中、夏海はふと思った。士は今何処に住んでいるのか、と。

 旅をしていた頃は光写真館に居ついていたわけだが、今の士は当然家無し。

 よくよく考えれば今までの衣食住をどうしていたのか、全く聞いていなかった。

 写真館に住んでいるわけでもないのに何不自由なく、尚且つ時々元気な顔を見せる海東のせいなのかは分からないが、感覚が麻痺していたようだ。そう言えば彼も私生活が割と謎である。

 

 未来は、そう言えば自分も詳しくは知らないな、と思い返してみる。

 と、そこで今日のある一幕が引っかかった。

 今日、士が集合場所であるPANPAKAパンに来た時に一緒に居た白いコートの男性。

 確か彼の家に居候している、みたいなニュアンスの事を言っていたような、と思い出し、それをそのまま口にした。

 

 

「誰かの家に居候してる、みたいな話は聞きました」

 

「そうなんですか……。士君、迷惑かけてないといいですけど……」

 

 

 困った表情を作る夏海。

 居候というだけでも迷惑だろうに物好きもいたものだ、と夏海は考えていた。

 実際、そういう思いを抱いたのは自分も士を居候させていたという経験則があるからでもある。

 彼が意外と優しいのは知っている。が、その一面を垣間見えるまで、彼は尊大で自分勝手な俺様野郎にしか見えないだろう。正直それが正しい反応だと、夏海は今でもちょっと思っている。

 士の態度を知っているが故に、その居候先の人に迷惑が掛かってやしないかとちょっと心配になった。士ではなく居候先の人の心配だが。

 

 そして、今日まで追い出されていないという事は大丈夫なのだろうと考えた夏海は、そこである事に気付く。

 

 

「……そっか、士君。この世界に帰る場所があるんですね……」

 

 

 笑顔だった。けれど、何処か憂いを帯びている気がしたのは未来の気のせいだろうか。

 その口調と表情、何よりもその言葉そのものが気になった未来は、その疑問をそのまま夏海に口にする。

 

 

「あの、それ、どういう……」

 

 

 帰る場所がある、という言葉に秘められた笑みと切なそうな表情。

 口にしてしまった手前今更だが、複雑な感情が垣間見えるそれを尋ねていいものかと思った未来の言葉は少したどたどしい。

 夏海としては聞かれて不愉快になるような事ではない。

 だから、素直に答えた。

 

 

「士君、帰る場所がなくて。色んな世界で嫌われてたんです」

 

「士先生が……?」

 

「はい。あ、勿論、誤解だったんですけど。だからせめて、私が居場所になってあげようって。

 ……でも、この世界に居場所があるなら、良かったです。本当に」

 

 

 夏海は「誤解だった」とは言ったが、士が忌み嫌われていた要因である『破壊者』に関しては紛れもない事実だった。無論、士自身が悪人というわけではないが。

 それでも夏海は誤解を恐れて未来にほんの少しの嘘をつく。士がそのまま、居場所があるままでいてほしいという一心で。

 

 門矢士という人の過去を未来は知らない。

 どれほど忌み嫌われてきたかも、どんな旅をしてきたのかも、どんな事があったのかも。

 けれど、夏海のほんの少しの言葉に何か共感するものを感じた未来はポツリと呟く。

 

 

「分かります、その気持ち」

 

「え?」

 

「響も、凄く辛い頃があって。だから支えてあげたいって思っていました。今でもそれは変わりません」

 

 

 響というのが先程まで一緒にいた少女の事なのは夏海にも分かる。

 だが、明るそうに見えた彼女が、未来がそうまで語るほどの過去があるのは意外だった。

 まだ高校生の少女。そんな少女に一体何があったのだろうかと気になった夏海だが、ぐっと堪える。誰にだって聞かれたくない事はあるだろうし、これもそういう話題なような気がしたからだ。

 未来が話を続けたこともあり、夏海は聞きに徹する。

 

 

「でも、今では響も色んな友達や仲間ができて、私も嬉しいんです。

 ……嬉しいんですけど、ちょっと、嫉妬しちゃってるのかもしれません」

 

「嫉妬、ですか?」

 

「はい。この前、隠し事をしてた響と喧嘩しちゃったんです。

 本当は心配なだけだったんですけど、私が意地張っちゃって。

 ……今思うと、ちょっと嫉妬も入っていたんだと思います。他の居場所で、誰かと凄く仲が良さそうだったから」

 

 

 図書室から見えた翼の病室。そこで見た、響と翼と士の姿。

 用事が入っちゃったと言って、翼の病室に行っていた事に、そこでとても親しげに翼と話していた事に未来はショックを受けた。

 響が傷つくのを心配して、自分が響を止めてしまい迷惑になってしまうから。その一心で未来は響から距離を置こうと思っていた。

 

 けれど、それだけだっただろうか。心の何処かで、響と秘密を共有している響の周りに嫉妬していたのではないだろうか。

 今となってはそんな気もしていた。

 未来は微笑んだかと思うと、夏海に質問をする。

 

 

「夏海さんはどうですか?」

 

「え……」

 

「そういう事、あります?」

 

 

 士が誰かの家に居候しているという話を聞いた時に、夏海は嬉しかった。それは事実だ。

 でも、同時に何か、落ち込むような自分がいた事も事実だった。

 他に居場所を作れた事が悪い事なわけがない。世界からつま弾きにされていた士の扱いに怒った事もある彼女が、士に居場所ができて嬉しくないわけがない。

 それでも、自分が彼の居場所なんだと思っていた夏海は複雑な気持ちを抱いている。

 士が、ちょっとだけ遠くなってしまったような気がして。

 

 士に対してこんな事を思うのは悔しいが、確かに未来が言うような気持ちは分かってしまった。

 

 

「あはは……そうですね。ちょっとだけ、そう思います。

 知らない士君がいて、知らない仲間がいるのが、少し……。少しだけですよ?

 ……妬けてるのかも、しれないです」

 

 

 照れ隠しなのか、少しである事を強調する夏海。微笑みを崩さぬ未来。

 彼女達は共に誰かにとっての『帰る場所』だ。

 戦士達には各々、帰る場所がある。それは例えば家族であり、仲間である。

 特命部だったり、二課だったり、S.H.O.Tだったり、自分の故郷であったり。

 

 2人は士と響にとってのそれなのだ。

 同じ立場だから、未来の話に夏海は共感できた。だからか、直感的に夏海は思う。

 

 

「……私達、似てるのかもしれませんね」

 

「……はい、そうかもしれないです」

 

 

 似てる、と言われた事に未来は素直に頷いた。正直、心底そう思ったから。

 多分、もっと話をしたら気が合うだろう。

 あんまり心配させないで欲しいですよね、とか、でも放っておけないんですよね、とか。

 誰かにとっての陽だまりは、気苦労も似ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 さて、そういう話をずっとしているわけにもいかない。

 一応、道中に辺りを見て回ってはいたが、咲の話にあるような小学2年生程の少女は見当たらなかった。

 そうして歩を進めているうちに、彼女達は学校の校門と思わしき場所にまで辿り着いていた。どうやら夕凪中学校まで来たようだ。

 

 夕凪中という大きな目印がある場所まで辿り着いた2人。そこで未来は、そこを待ち合わせ場所にして手分けして捜索をする事を提案した。

 しばらくしたら此処で合流し、お互いに結果を報告するというものだ。

 2人で固まるよりも効率がいいだろうと思った夏海はそれを了承し、2人は夕凪中を中心に二手に分かれて捜索を開始。

 

 しかし、細い路地や辺り一帯を捜索しても2人がみのりを見つける事はできなかった。

 通行人に人を捜していると聞きまわりもしたが、どうにもそれらしい情報は得られない。

 見た、という情報はあれど、何処に行ってどの辺りを目指していたかを正確に記憶している人にまでは巡り合えず、2人は集合時間を迎えてしまう。

 

 

「どうでしたか未来ちゃん。こっちは見たって人はいたんですけど、何処に行ったかまでは……」

 

「こっちも同じ感じです。でも、何だか急いでいたみたいだって話も……」

 

 

 未来が聞いた情報によれば、みのりは何かを抱えて急いで走って行ったらしい。

 目撃者はそれを注視してはおらず、何を持っているかまでは不明瞭だ。ただ、板のような、本のような、そんな感じのものを持っていたという話である。

 恐らくそれが手掛かりだ。何を持っていたかが分かれば、もしかすると行き先も分かるかもしれない。

 それは2人にも分かった。ただ、それを確認する術がないという話になるのだが。

 

 

「うーん、咲ちゃんに聞いてみれば、何を持って行ったのか分かるかも……」

 

 

 夏海の呟きに未来も頷く。確かにそれが一番確実だ。

 みのりが何を持っていたのか、それが思いつくとすれば姉である咲を置いて他にはいないだろう。

 勿論、咲がそれを知っているという確証があるわけではないが、少なくとも自分達や別働隊の士や響達よりかは可能性がある。

 となると、分かれて行動する前に交換しておいた連絡先に連絡するのが一番か。そう考えた夏海は携帯を取り出す。

 

 と、そこで聞き込みの為に人がいないか、あるいはみのり本人がいないかと周りを見渡していた未来が、「あっ」と声を上げた。

 携帯を使おうとしていた夏海はその声に反応し、未来の視線をなぞる。

 その先には、人。身長は士くらいあるだろうか、日本人男性としては中々の長身で、白いコートに身を包んでつかつかと歩いている青年。

 珍しい格好だな、と思うくらいではあるが、何がそんなに気になるのだろうと不思議に思う夏海。

 その疑問に答えるかのように、未来は言葉を発した。

 

 

「あの人……」

 

「え?」

 

「あの人だったと思います。士先生が、居候しているって……」

 

 

 言葉を聞き、夏海もその青年に目を向ける。

 彼が、今の士の居場所。士が帰る場所にいる人。そう思った途端、気になってしょうがなかった。

 別に何が聞きたいわけでもない。ただ、士が居場所としているその人は、一体どんな人なのだろうという興味。それが湧いてきていた。先程言っていた嫉妬というのもあるのだろうか。

 何にせよ、夏海は無性に彼に話しかけたくなっていた。

 

 そんな思いを自覚する頃には、夏海はもう、青年の元に駆け寄っていた。

 

 

「あのっ」

 

「……何だ」

 

「えっと……。人を、探してるんです。このくらいの小さな女の子を1人、見ませんでしたか?」

 

 

 身長を地面と手の高低差で表現しながら、まずはそう切り出した。

 

 青年――冴島鋼牙はエレメントを浄化して回った道中の事を思い返す。

 次のゲートに向かう事ばかり考えていて、特に周りを気にしていなかった彼に思い当たる節は無い。

 鋼牙は口下手でぶっきらぼうなせいで、初対面の人には高圧的な人という印象を受けかねない。

 が、人捜しをしている人を邪険に扱うような人間でない事も確かであり、鋼牙は短い言葉ながら、素直に正直に答えた。

 

 

「見ていない」

 

「そう、ですか……」

 

 

 たどたどしい夏海の声。質問には答えたのだからもういいだろうと、鋼牙はさっさとその場を去ろうとしてしまう。

 そう、それも聞きたい事なのは確かだ。だが、夏海にはもう1つ聞きたい事がある。今の士を知る彼に。

 夏場には似つかわしくない白いロングコートの後姿。夏海は思わずそれを呼び止めた。

 

 

「あの! もう1つ……」

 

 

 まだ何かあるのかと、止まって振り返る鋼牙。

 顔を向けてきた鋼牙。その顔を見上げながら、夏海は自分の聞きたかった事を正直に打ち明ける。

 

 

「士君を……門矢士を、知ってるん、ですか?」

 

「……! 士の知り合いなのか」

 

「はい。士君の前の居候先で、一緒に旅をしていたんです」

 

 

 その言葉には普段感情を見せない鋼牙も、ほんの少し驚いた様子が垣間見えた。

 彼の表情に驚きが少しでも出るという事は、内心では結構な驚きである事を示している。

 

 士の仲間。過去の士を知る存在。つまりそれは、彼女も別の世界から来た、という事になるのだろう。

 正直なところ、別の世界から来たという話に関して鋼牙は未だに半信半疑だ。

 確かにそういう事も有り得るのかもしれないし、監視という意味で番犬所から特別扱いされている事も気になるところではある。

 が、一度として確証足りえるものは無かったから、完全に信用できていなかったのだ。

 

 

「ならお前も、並行世界とやらを巡っているのか?」

 

「はい」

 

 

 夏海はその後、言葉に詰まってしまう。はて、話したはいいが何を聞けばいいのか。

 士は元気か? そんな事はさっき見たから分かる。士本人と会えた以上、聞こうと思えばいつでも聞ける。

 ならこの人と話す事は、そう考えて最初に考え付いた話題を夏海は鋼牙に振った。

 

 

「あの……士君の事、ありがとうございます。居候させてもらってるみたいで……。

 ご迷惑、おかけしていませんか?」

 

「ああ、かかっている。今日も無理矢理案内させられた」

 

「う……もう、士君ったら……。本当にすみません。士君、あんなですけど、悪い人じゃないんです」

 

「ああ」

 

 

 その口調、その態度から目の前の青年の事を『冷たく、厳しい人』というイメージを抱いていた夏海は、思わぬ肯定の返答に驚いてしまった。

 

 鋼牙はタイプとしてはヒロムに似ている。物事をストレートに言いすぎる、という意味で。

 例えば先程の夏海の「迷惑をかけていないか」という問いに対して、一般の人なら余程の事が無い限り、「そんな事は無いですよ」と答えるだろう。

 だが、鋼牙はそうではない。思った事をストレートに正直に話してしまう。

 おまけにヒロム以上に言葉が少ないのに加え、感情の起伏が殆ど感じられない為に、凄まじく厳しい印象を受けるのだ。

 

 が、別に感情をストレートにぶつけているだけであって、嫌味を言っているわけではない。

 時々言うのは否定できないが、鋼牙とはそういう人間、とてつもなく正直な人間なだけなのである。

 つまり士が悪人ではないと、正直にそう思っているのだ。

 

 そんな何処かぎこちない会話をする2人の元に、微笑みを携えて未来がゆっくりと近づいてきた。

 

 

「こんにちは。士先生にはお世話になっています」

 

「確か、さっき士と一緒に居たな」

 

 

 ペコリと頭を下げる未来に視線を移す鋼牙。その視線の鋭さは変わらない。

 誰を見る時も、何を見る時も彼の視線は鋭いままだろう。

 だが、別に悪意はない。これが鋼牙の平常運転なのだ。

 しかし未来は鋼牙が悪意ある人ではないと直感したのか、そんな目線にも臆することなく目を合わせている、ように見える。

 ところがそうではない。確かに悪意ある人ではないと思ってはいるが、やはりその威圧的な雰囲気は女子高生には答えるものがあるようでちょっと引け腰だ。

 

 

(な、なんだかちょっと怖い……)

 

 

 士は感情の起伏がある。が、鋼牙には殆どそういうものが無い。まるでロボットのような。

 悪い人間ではないが冷たい印象を受けるのは鋼牙の性格故なだけではあるが。

 

 

『おい、鋼牙』

 

 

 と、此処で出し抜けに鋼牙のものではない男性の声が響いた。

 突然の声に夏海と未来はキョトンとした顔となり、鋼牙は眉1つ動かさずに2人に背を向ける。

 声の主は鋼牙の左手の中指にはまった銀色の指輪、ザルバだ。

 

 

「ザルバ。突然話すな」

 

『分かっちゃいるが、ちょいと妙な気配がしたもんでな』

 

「妙な気配?」

 

『ホラーにしては変な気配だ。ただ、良い気配じゃない事は確かだぜ』

 

 

 響き渡る誰とも知れぬ声に夏海も未来も己の幻聴を疑ったが、お互いに同じ声が聞こえていると確認して、そうでない事を察する。

 2人は鋼牙のほうを見る。背中を向けていて何とどんな風に話しているかは見えないが、どうもこの声の主と彼が話しているようだ。

 

 一方の鋼牙は、ザルバの言葉を聞いて目つきを鋭くさせていた。

 妙な気配、ホラーではないが良い気配ではない。ザルバがそう言うという事は、何か良くない事が起ころうとしていると考えていいだろう。

 もし万が一にでもホラー関係の事ならば自分の出番でもあるし、何よりそれを聞いては気になって無視できない。

 鋼牙はザルバに案内をするように言い、背後の2人に挨拶をする事もなくザルバが示す方向へと歩を進めていった。

 

 その様子を訝しげな様子で見つめる夏海と、キョトンとした顔で見つめる未来。

 未来は隣の夏海の顔を見上げた。

 

 

「行っちゃいましたね……。どうします? 夏海さん」

 

 

 夏海は考える。彼と、何処からともなく響いてきた声がしていた会話を。

 何だかよく分からない会話であったが、どうも彼も普通ではない。

 そもそも、別の世界から来た仮面ライダーという経歴を持つ士を居候させている人間だ。

 何かしらの秘密があっても不思議ではないだろう。

 ひょっとすれば、彼も仮面ライダーか何かかもしれないのだ。

 

 彼の事も気になるが、みのりの事もある。

 幸いにも鋼牙が向かった方向は、まだみのりを探していない方向。

 ならば、答えは1つだ。

 

 

「あの人を追ってみましょう。向こうは、まだ探してないですし」

 

 

 旅の経験からか、鋼牙という人に何かを感じた夏海はそう提案した。

 未来は鋼牙がどうこうという事ではないが、みのりを探すという目的の上でもその方向に行くのは正しいと思い、首を縦に振る。

 

 そうして2人の女性は青年の白いコートを目印に後を追い始めた。

 それが、魔戒騎士という名の非日常である事を知らないままに。

 

 

 

 

 

 一方で翔太郎とユウスケ。彼等は大通りを中心に捜索を行っている。

 流石は探偵というべきか、彼は目についた人に次々と聞き込みをして回り、情報を集めて行っていた。

 勿論、ユウスケも同じ事をしているのだが、そこは本業。翔太郎の情報収集速度の方がはるかに速い。

 まあ、此処で素人に負けたら恰好つかないという意地があったにはあったが。

 

 

「……どうも、みのりって子は公園の方に向かったって事らしいな」

 

「公園っていうと学校がある方角だから……。ちょっと遠いな」

 

 

 翔太郎が情報収集の結果を纏め、ユウスケが自分の記憶を頼りに場所を確認する。

 

 翔太郎達が1時間ほどで集めた情報を総括すると、『小学生くらいの女の子が、もう1人中学生くらいの女の子と一緒に公園がある方向へ向かった』という事だ。

 夏海と未来とは情報の集まり方と精度が段違いだが、これは翔太郎とユウスケが担当している方向が人通りの多い場所、加えてみのりが通った場所の近辺というのにも起因している。

 みのりが通って、尚且つ人通りが多い。情報収集においてかなりの好条件だった事が幸いしたのだ。

 それに夏海と未来が手に入れた情報は『舞の家に向かう道中のみのり』なのに対し、彼らが手に入れたのは『舞の家から公園に向かう道中のみのり』の情報。

 答えに近いのは彼等の方だと言える。

 

 

「まあ、みのりって子1人じゃないなら安心だな。

 その中学生くらいの子が日が暮れるまでには帰すだろ」

 

「そうだなぁ。でも、一応向かってみるか」

 

 

 翔太郎の言葉を肯定しつつも、ユウスケは公園へ向かうことを進言する。

 別に翔太郎も『中学生くらいの子が一緒ならその子に任せておけばいい』と考えているわけではなく、『1人じゃないなら一先ず安心だな』くらいのニュアンスで言っている。

 正式な依頼ではないが、依頼を放棄するのは彼の心情的にもよろしいものではない。

 

 

「ユウスケ……仮面ライダークウガっつったっよな?」

 

「ああ。合ってるよ」

 

「そうか。なぁ、お前はこの世界で、これからどうするつもりなんだ?」

 

「これから……?」

 

 

 歩を止めないままに、彼等は軽い会話を始める。

 そして翔太郎の質問に対し、ユウスケはちょっとだけ思案した。

 世界を救うという使命がなくなった今、ユウスケの旅にこれといった目的はない。

 強いて言うなら、世界中の人を笑顔にする事、だろうか。

 目的のある旅が終わっても、ユウスケの力、クウガの力が消えるわけではない。

 彼はその力で人々を笑顔にしたいと思った。誰かを守り、誰かの涙を見ないために。

 

 この世界には怪人が現れるという。それはメタロイドであったりノイズであったりと様々だ。

 怪人の種類はともかく、分かる事は他の世界同様、それらが人々を脅かしている事。

 ならば、ユウスケのする事、したい事は1つだった。

 

 

「俺は、みんなの笑顔を守りたい。誰かの涙を見たくない。

 もしこの世界で俺の力が必要なら、俺も……」

 

 

 クウガの力をこの世界で振るう。この世界の人々の為に。

 それでこの世界が平和になったら、また別の世界への旅が始まるだけだ。

 その先が平和な世界ならそこを満喫するし、そうでないなら救う。それが彼だ。

 返答を聞いた翔太郎はフッと笑う。

 

 

「さっすが、仮面ライダーだな」

 

「へ?」

 

「俺も自分の町を泣かせる悪党と戦ってる。涙を流させないため、流れた涙を拭うハンカチとしてな」

 

「おおぉ……格好いい……」

 

「だろ?」

 

 

 ちょっと得意げになる翔太郎。

 こういう気取った言い回しをすると、大抵はツッコまれたり、呆れられたり、茶化されたりと碌な言葉を言われない。

 だからユウスケの素直な賛辞を嬉しく思ったのだ。

 きっと士辺りがいれば「馬鹿2人」とか言い出すこと請け合いである。

 

 ただ、その気取った言葉は真実だ。

 風都に涙は似合わない。風都を愛している。だから風都を守るために戦うのが、仮面ライダーW。

 世界の危機は風都の危機。だから彼等は二課等の組織と協力して戦っている。

 それが翔太郎であり、フィリップ。その信念は長らく変わらず、これからもそうだろう。

 だからユウスケの言葉に共感した。涙を見たくないという、笑顔のために戦いたいという彼に。

 

 

「俺は今、ある組織にいるんだ」

 

「組織? 警察みたいな?」

 

「まぁ似たようなもんだ。他にも弦太朗……フォーゼってライダーとか、ゴーバスターズなんかもな。

 勿論、士もそこで戦ってる」

 

「へぇ……」

 

 

 ユウスケは間違いなく『仮面ライダー』だ。

 それは変身できるできないとかではなく、その想いにある。

 だから翔太郎は、いつぞやの士のような言葉をユウスケに送った。

 

 

「お前も来るか、クウガ」

 

 

 

 

 

 

 

 最後のグループ、咲と響と士。彼等は海岸線沿いの道路近辺を捜索中だ。

 海沿いに走る電気鉄道、延いてはその駅がある為、人通りはそれなりに多い。

 それに加えてみのりの事を誰よりも知っている咲がいるものの、こちらも捜索は難航していた。

 

 響と士も聞き込みを行ってこそいるものの、大した成果は得られていない。

 まあ、響が聞き込みの殆どを行っているというのもある。

 士も決して探していないというわけではないのだが、やはり響の積極性と比較するとどうしても見劣りしているのが事実。

 響が人助けという事に積極的過ぎるだけという面もあるが。

 だがそれとは関係無しに、聞き込みを幾らしても情報が入ってこないという現状がそこにはあった。

 

 それもその筈、この辺りをみのりは一度も通っていない。

 人通りがあったとしても、そこに目撃者がいなければ情報も集まりようがない。

 故に、この辺りで情報の1つも見つかるはずがないのだ。

 勿論、みのりが何処に行ったのかが全く分からない彼等にそれを察する術はないが。

 

 

「うーん、手掛かりも無し、姿も無し。こっちには来てないのかなぁ」

 

「そろそろユウスケか夏海のところが見つけてるだろ」

 

 

 ある程度の情報収集と捜索が終わった3人が集まり、響と士が口々に言う。

 その発言からも熱意の差が感じられた。

 士も完全に捜す気が無いわけではないのだが、楽に捜せるならその方がいい、という思考。

 まあそこはいつもの彼、勝手気ままで尊大な自由人、門矢士であるから仕方が無い。

 それに、口ではあれこれと言いつつも捜す事自体に参加していないわけではない辺りからも彼の人間性が伺える。

 本当に面倒ならさっさと投げ出しそうなところだが、意外と彼は人捜しに対して真面目だ。

 夏海の制裁が怖いのか、彼自身の気性なのか、彼にも妹がいるからなのかは、本人のみぞ知ると言ったところだが。

 

 これといった情報が無い事に姉である咲も焦っていた。

 一体何処に行ってしまったのかとか、響さん達にまで迷惑をかけてとか、色んな考えが頭に浮かぶ。

 その根底にあるのは、みのりの事が心配だという姉らしい想い。

 

 

「ねぇ、咲ちゃん。本当にみのりちゃんの行くところに心当たり、ない?」

 

「うーん……」

 

「傷心のガキが行くところっつったら、どっかしら絞れるだろ」

 

「ちょ、士先生、言い方何とかなりませんか!?」

 

 

 乱暴な物の言い方に、慌てた様子で苦言を呈する響。士は鬱陶しそうに響から目を逸らした。

 一方で咲は、士の棘のある言い方にも怯まずに考え込んでいる。

 

 みのりが行きそうな場所。みのりだからこそ、行くような場所。

 考えて、考えて、そうして1つだけ頭に浮かんだ場所があった。

 

 

「……あっ。公園……」

 

「公園?」

 

 

 呟きを聞き返す響に、咲はバッと顔を向ける。

 そうして彼女は夕凪の公園の思い出を、自分とみのりの事を端的に話し始めた。

 

 

「昔、そこでみのりとよく遊んだんです。だから、ひょっとしたら……」

 

「なら、行ってみよっか。もしかすると本当にいるかもしれないし!」

 

「いるって確証もないだろ」

 

「いないって確証もありません! それにいなかったのなら、そこじゃなかったって分かります!」

 

 

 いる確証がないのはご尤もだが、手掛かり0の状態から漸く切り開けた一歩なのだ。

 もしもいなかったとしても、じゃあ他の場所を捜そう、と他の候補に絞れる。

 響の言う事は確かにある程度理解できる。だがそれ以上に士が気圧されたのは、響の勢いだった。

 

 響の勢い、こと人助けに関しては、流石の士も圧されてしまうほど。

 それだけ彼女が人助けに対して熱心で、趣味だと言える程に好きだという事なのだろう。

 観念しつつ、一理はあるかと考えた士は、溜息をつきつつも「分かった」と賛同の意を示した。

 そうしてたった1つの手掛かりの元、3人は公園を目指して歩き始める。

 

 奇しくもこの時、3つのグループ全てが同じ方向を目指し始めていた事も知らずに。

 

 

 

 

 

 時は戻って、みのりと舞。

 彼女達の前には1つの大きな炎の塊がゆらゆらと揺れている。

 舞もみのりもブランコから降りて、その炎と距離を取った。

 

 怯えるみのりと、そんなみのりを守るように右手を伸ばして、庇うような体勢の舞。

 その炎は明らかに異常な『何か』であった。

 声を発し、空中に浮いて燃え盛っている事からもそれは伺える。

 普通ならばみのりと同じように怯えているところだが、こういう異常に対して近頃の舞は耐性が付いていた。

 そして直感的に感じたのだ。目の前にいるこの炎は、『敵』だと。

 

 炎は人影を包んでいた。

 決して人が燃えているわけではなく、その『人影』が炎を意図的に纏っているような、そういう印象を受ける。

 実際、炎の中にいる人影は何1つ苦悶の声を上げず、むしろ「チャチャチャ」と、愉快な笑い声をあげていた。

 纏っていた炎が徐々に消え、中の人影が、異形が姿を現す。

 

 見た目は人。だが、人間と呼ぶには差し支えのある見た目をしていた。

 全身は赤く、サンバの意匠を連想させる緑と黄色の装飾が胴体を中心にして付いている。

 頭髪も炎のように燃えており、サンバと炎を足し合わせて擬人化したような、そういう姿。

 

 

「俺の名前は、『モエルンバ』。セニョリータ!」

 

 

 炎より完全に姿を現した、モエルンバを名乗る存在は宙に浮き、何故かスペイン語混じりに舞を見つめる。

 そして人差し指を向け、モエルンバは笑みと陽気な調子のままに言い放った。

 

 

「さあ、その精霊をこっちに渡すんだセニョリータ(お嬢ちゃん)!」

 

 

 精霊という言葉の意味をみのりには理解できない。

 一方で舞にはそれが理解できる。このモエルンバなる異形は、自分の相棒であるチョッピを狙ってきたのだと。

 

 フラッピとチョッピ。

 泉の郷の精霊を狙う者の目的は、『太陽の泉の在処を聞きだす事』に集約される。

 そして太陽の泉を狙う存在は、仮面ライダーが戦っている怪人でも、ゴーバスターズが戦うメタロイドでもない。

 つまりモエルンバは、ダークフォールの新たな刺客であるという事だ。

 

 最悪な事に、今の舞は戦えない。

 プリキュアは、2人で初めて戦う事ができるようになる戦士である。

 咲と舞、さらにそれぞれの相棒であるフラッピとチョッピ。それらが揃ってこそ、彼女達はプリキュアとしての力を行使できるようになるのだ。

 おまけに今はみのりが一緒。チョッピだけでなく、みのりも守らなくてはならない。

 

 何とかしないと、と考える舞。一方で余裕の笑みを崩さずに佇むモエルンバ。

 そこに流れた一瞬の沈黙の中で、この場に足を踏み入れる闖入者が現れる。

 

 

「ん?」

 

 

 公園の入口にいる人影の気配、そこから向けられる視線。

 人間以上に感覚の鋭いモエルンバは舞やみのりよりも早く、それに気づいた。

 見れば、白いコートを着た長身の青年が険しい顔をしてモエルンバを睨んでいる。

 

 

「おっと、此処は部外者立ち入り禁止だぜセニョール(お兄さん)。火傷したくなかったらとっとと消えな」

 

 

 陽気な態度も余裕の態度も崩さずに、白いコートの青年――鋼牙に軽い調子で呼びかけるモエルンバ。

 ダークフォールは一般人に自分達を見られる事を特に気にしてはいない。

 基本的に戦闘の際に結界のような者が張られ、近くの人間以外はその存在を知覚できなくなる。

 それに、仮に知られたところで自分達の脅威はプリキュアのみ。挙句、プリキュアには知られているのだ。

 なにより、本当に邪魔になったら消してしまえばいい。それがダークフォールの思考だ。

 モエルンバもその例に漏れず、本当に邪魔なら燃やしてしまえばいいと考えていた。

 

 だが、鋼牙はその場を離れない。

 モエルンバに訝しげな視線をくれてやった後、自身の指輪に声をかける。

 

 

「奴か、妙な気配というのは」

 

『ああ。……おっと、こいつは一体どういう事だ』

 

「どうした」

 

『アレを見てみな』

 

 

 ザルバが鋼牙の腕を指越しに引っ張り、ある一点を指し示す。

 その方向には馬の遊具があった。乗るとピョンピョンと揺れる、公園にはよくある遊具。

 子供達が使うであろう何の変哲もない遊具。だが、ザルバには明らかな異常が感じ取れていた。

 

 

『あのエレメント、ゲートになりかけてるぜ』

 

「何……? そこまで陰我が溜まっていたのか?」

 

『いや、そんな筈はない。あそこに溜まっていた陰我は極僅か。

 ゲートになるにも、もっと長い時間が必要だったはずだ。

 ……恐らく、あの変な奴が現れた影響で陰我が一気に溜まったんだな』

 

 

 彼等の会話は傍から見れば意味不明だ。それどころか、鋼牙が誰と会話しているかすら分からないだろう。

 片や鋼牙はというと、普段の厳格な雰囲気を更に鋭くし、警戒心を剥き出しにしていた。

 

 エレメントとは、陰我の溜まったオブジェに発生する邪気のようなもの。

 そしてゲートとは、陰我が溜まりきったオブジェに開く、ホラー出現の為の文字通り『門』。

 魔戒騎士は、陰我を宿したオブジェがゲートとなる前にエレメントを浄化・封印する事でホラーの出現を未然に防いでいる。

 しばらく放っておいてしまうと、オブジェがゲート化してホラーが出現してしまうからだ。

 だが逆に言えば、放っておかなければホラーが現れる事は少ない。

 それに陰我も一定の量が溜まらない限り、ゲート化する事はないのだ。

 

 馬の遊具にあった陰我は、ザルバが探知しても大したことは無いと断じられる程度だった。

 一応、処理はするつもりだったが、最後に回しても問題が無い程に。

 少なくとも急を要するほどの陰我ではなかった。

 

 なお、陰我は森羅万象あらゆるものに存在する。

 例えそれが子供の遊具であろうと必ず存在する根絶不可能な代物。

 何故なら陰我は人間の負の感情が起因となっているからである。

 だからこそ、子供の遊び場という平和な場所でも、ほんの少しずつだが陰我は溜まっていくのだ。

 

 さて、目の前にゲート化しつつあるオブジェがあるというのなら、魔戒騎士がする事は1つだ。

 

 

「なら、あのオブジェの陰我を……」

 

『鋼牙、そいつは無理だ』

 

 

 鋼牙がオブジェに向かって走り出そうとした瞬間、馬の遊具が揺れ始める。

 誰も乗っていない。風も吹いていない。なのに、動き始めた。

 明るく笑う馬の顔に、何処か影がかかっているのは気のせいか。

 激しく揺れ始めた馬の遊具。人が乗るべき背中には、禍々しい黒い渦が気味悪く渦巻く。

 

 そして渦の中から、醜悪な右手が伸びて────。

 

 

『────もう遅ぇ』

 

 

 ゆっくりと這い出る、右手の主。

 全身は邪念が固まったかのように黒く、ごつごつとした表面。

 二本の角、背中から生えた翼、白目しかない瞳。

 初めて『それ』を見たものは、こう思うだろう。『悪魔』だと。

 

 それこそがホラー。恐怖の名を持つ、人間を食らう醜悪なる化物。

 開口一番、ホラーは見た目通りの凶悪な雄叫びが辺りに木霊した。

 

 

「おおぅ!?」

 

「出てきたか……」

 

 

 ホラーの咆哮にモエルンバが驚き、鋼牙は冷静かつ射抜くような目つきを揺るがせない。

 状況が飲み込めずに混乱する舞。同時にホラーの姿を見て恐怖を覚えた。

 舞の陰に隠れていたみのりはホラーの姿を見ておらず、ただその、凶悪で気味の悪い声だけが聞こえていた。

 だが、幸いだったかもしれない。ホラーの姿は子供には少々刺激が強すぎる。

 本当にホラー映画の怪物ならいいのだが、現実に出てきた化物を見るには、みのりの心は幼い。

 舞は決してみのりの傍を離れずにモエルンバを、鋼牙を、ホラーを注視する。

 

 そして、乱入者の登場はまだまだ続いた。

 鋼牙を追ってきた夏海と未来が合流したのだ。

 派手なモエルンバに目が行った後、グロテスクな外見のホラーにも目を向け、少々たじろいだ。

 初見の人間にはホラーの外見はキツいものがあるのだろう。

 しかし夏海も未来もある程度に異常事態慣れをした女性達だ。たじろぎから早々に立ち直り、夏海は鋼牙に声をかける。

 

 

「アレ、何ですか……?」

 

「赤い奴は知らん。あっちは……君が知る必要はない」

 

 

 モエルンバをほぼ完全に無視しつつ、鋼牙の目線は黒い怪物、つまりホラーにのみ向いていた。

 そして、鋼牙はホラーへ向かって、赤い鞘に納められた剣、魔戒剣を手にして駆け出す。

 魔戒剣は彼の着ている白いコート、魔法衣から取り出されている。

 魔法衣はその裏地が魔界に通じており、物の出し入れが自由にできるという代物なのだ。

 

 彼は白いコートを翻し、今しがた現世に降り立ったホラーに躍りかかった。当然、それに応戦するホラー。

 頭部から生えた翼を用いて跳びつつ、鋼牙を己の宿敵である魔戒騎士だと認識し、唸り声を上げて相対する。

 

 一体全体、何がどうなっているのか。怪物と迷いなく戦える彼は、やはり仮面ライダーか何かなのだろうか。

 そんな夏海の疑問を余所に、鋼牙は生身のままホラーと戦いを繰り広げている。

 夏海がモエルンバを、そしてホラーと鋼牙の戦いを注視する中、未来は赤い怪人の目の前に2人の少女がいるのを確認した。

 そしてその少女の内1人は、丁度小学生くらいに思えるのだが。

 

 

「……もしかして、あの子がみのりちゃん?」

 

 

 未来の呟きに反応して夏海も思わず目を向ける。

 2人の少女のうち、みのりと思わしき小学生くらいの子を庇うように立っている子にも未来には見覚えがあった。

 確か、PANPAKAパンで咲を待っている時に、暗い顔をして出て行った子。

 咲の話を思い返した未来は、彼女が咲の友達の舞という子ではないのかと推察した。

 2人の喧嘩の事を思えば、みのりと舞が2人でいる事も不思議ではない。

 

 しかし、だ。敵は悠長にそんな事を言っている間に、動き出してしまうものだ。

 

 

「ま、あの黒いのと白コートのセニョールはともかく、俺は太陽の泉の在処さえ分かれば何でもいい。

 さ、精霊を渡してくれよセニョリータ!」

 

「嫌よ!」

 

「そうかそうか。そっちがその気なら、こっちだって少しくらい、手荒くいってもいいんだぜ?」

 

 

 モエルンバは笑いをさらに深く、そして何処か凶暴にして、宙高く飛び上がった。

 そしてモエルンバは自分の周囲に火の玉を数個作り出し、それを弾丸のように舞達に降り注がせる。

 咄嗟にみのりを抱きかかえて横に跳んで回避する舞。

 本当に咄嗟だったため、舞もみのりも地面に転がる形となってしまったものの、回避自体には成功した。

 避けた火の玉はそのまま地面に激突し、砂埃を巻き上げる。

 着弾点には小さな窪みができており、その周囲は熱気が漂っていた。

 間違いなく、当たっていたら大怪我どころではなかっただろう。

 

 抱きかかえたみのりの安否を確認しようと、みのりと共にうつ伏せ状態から上半身を少しだけ起こす舞。

 しかし、みのりは力が抜けたように、首や腕がだらんとしていた。

 

 

「みのりちゃん!?」

 

 

 慌てて呼びかけるみのりだが、応答はない。

 今の地面への激突の衝撃で気を失ってしまったらしい。

 激突といってもそこまでの衝撃はなかったはずだが、モエルンバやホラー等の異常事態が発生した恐怖ゆえの事でもあるだろう。

 ひとまず息もしている事に安堵する舞だが、状況はよろしくない。

 咲もいない中で、どうやってこの場を。そう考える中で、2人の人影が舞の元へ駆け寄った。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 声を荒げつつ走りこんできたのは夏海。隣には未来もいる。

 2人は舞とみのりの安否を確認する為にその場で屈みこみ、2人に手を貸した。

 夏海の手を取って立ち上がる舞と、舞から気を失ったみのりを引き受けた未来は、彼女を抱きかかえて立ち上がる。

 

 

「ありがとうございます……。あの、此処は危険です! 早く逃げないと……」

 

「分かってます。未来ちゃん、2人をお願いします」

 

「夏海さんは……?」

 

 

 夏海は舞がしっかりと立ったのを確認してから手を放す。

 そして、未来の問いに答えるでもなく、何処へともなく呼びかけた。

 

 

「キバーラ! いますか!」

 

「はぁいはぁ~い。いるわよぉ、此処に」

 

「捜すように頼んでおいて正解でしたね。お願いします、キバーラ」

 

「フフフ、それじゃあ、キバって行きましょう!」

 

 

 キバーラは夏海の右手、その人差し指と中指、親指の3本の中に収まった。

 さらにキバーラを持った右手を一度左肩にまで引いた後、正面に向かって突き出す。

 そして最後に、夏海は己を変えるための言葉を口に出した。

 

 

「変身」

 

 

 言葉と同時にキバーラが「チュッ」とキスをするかのような声を出す。

 瞬間、ハート型の桜色をした花弁のようなものが周囲に舞った。

 さらにそれらが夏海を包み込み、体に鎧を形成していく。

 桜色が夏海を全て包んだかと思えば、それらが一気に弾けて、鎧を纏ったその姿が露わとなった。

 紫と白を基調にした姿。蝙蝠の羽のような複眼は赤く、左手に持った白い細身の剣には、蝙蝠の片翼のような鍔が付いている。

 右手にいたキバーラは鎧装着と同時にいつの間にか腰のベルトに移動しており、本物の蝙蝠よろしく、逆さの状態でベルトにくっついていた。

 

 その姿は、舞が見てきたディケイドやWとは違い、かなり女性的だ。

 キバーラの力を借りて変身する、女性仮面ライダー。

 即ち『仮面ライダーキバーラ』の姿が、そこにはあった。

 

 

「私が食い止めます。早く逃げてください」

 

 

 話には聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると驚きが勝る未来。

 一切知らない見知らぬ女性が変身した事に、ただただ呆然とするしかない舞。

 プリキュアではない妙なのが現れた事に戸惑うモエルンバ。

 士の仲間だから当然か、と思いつつ、少しだけ驚いているのか眉が動いている鋼牙。

 それぞれに仮面ライダーキバーラに反応しつつ、ともかく自分の敵である事を理解したモエルンバいの一番に行動を再開する。

 

 

「はんっ、邪魔をするならお前も燃やしちまうぜ、セニョリータ!」

 

「そう簡単には、行きません」

 

 

 左手の剣、『キバーラサーベル』を右手に持ち替え、構える。

 空中に浮かぶモエルンバと地上にて剣を構えるキバーラが相対する中、さらに別の乱入者が現れようとしていた。

 

 

「みのり!」

 

 

 声をあげて走ってきたのは、みのりの姉である咲。

 公園にいるかもしれないと考えた咲の予感は的中し、それに同伴していた士と響も公園に到着する事ができたのだ。

 気を失っているみのりに駆け寄り、同時に舞の事も心配する咲。

 その2人が揃った事に、つまりプリキュアが揃った事に、モエルンバは顔をしかめた。

 ダークフォールの邪魔ばかりする因縁の相手。直接対決は初めてだが、カレハーンを倒したという話も聞いている。

 太陽の泉を奪取する為にも、確実に排除しなければならない存在だ。

 

 士に響、咲は無事、合流を果たすことができた。

 しかし、状況はなかなか混乱している。

 モエルンバとキバーラが睨み合い、ホラーと鋼牙が戦っていて……。

 状況1つ1つを聞いている暇はなさそうだと、士はざっと周囲を見て理解した。

 隣にいる響は一切合切状況が分かっていないというのが顔に出ていたが、そんな事にも構わず士は響に指示を出す。

 

 

「立花。お前は小日向と一緒に日向の妹を連れていけ」

 

「え、えぇ? 私、何がどうなっているのか全然……。あの赤い人とか、黒い化物とか……」

 

「いいからいけ。お前の力は人前で見せれるもんじゃないだろ」

 

 

 シンフォギアは機密。士の知り合いで仮面ライダーの夏海ならともかく、咲や舞、鋼牙に見られていい代物ではない。

 そういう意味で言えば、この場で響が戦う事は得策ではない。

 ならば未来と一緒にみのりを守れと、士はそう言っているのだ。

 状況の理解できない響。流石に困惑する中で、士は彼女を動かすための言葉を放つ。

 

 

「お前の好きな人助けだ。早くしろ」

 

「……! はいッ!」

 

 

 人助けと聞いたら黙ってられない。それが立花響である。

 そうして響は一先ず考えるのをやめ、未来達の元へ駆けた。

 未来と共にみのりを預かる響。その一方で、咲と舞にも避難を促そうとした瞬間であった。

 

 

「咲、変身ラピ!」

 

「ひゃう!?」

 

 

 出し抜けに響いた声。さらに、声を聞いた咲が取り出した折り畳み式の携帯から、文字通り頭だけを出すフラッピを見ておかしな声を上げる響。

 声こそ出していないが、未来も似たような反応だった。

 プリキュアの事はあんまり知られないようにしているのに急に喋らないでと、フラッピに文句の1つでも普段なら言うことだろう。

 だが、今の咲は『変身』の言葉を聞いて、そこまで言う気力がなかった。

 

 

「変身、って……」

 

 

 舞を見やり、目をそらす咲。咲を見て、目をそらす舞。

 舞の手にも咲と同じような携帯が握られて、そこからチョッピの顔が出てきていた。

 変身を促す2匹の妖精。だが、2人は今、すれ違いの中にいる。

 お互いに気が引けている。手を繋ぐ事に、ふたりはプリキュアとなる事に。

 このギクシャクとした思いの中でやらなければならないのかと、気まずい空気が一瞬流れた。

 しかし、その空気を無理やりにでも砕かなければならない状況に、フラッピは叫ぶ。

 

 

「変身しないと、みんなが危ないラピ!!」

 

 

 フラッピの言葉に咲も舞も、意を決した。

 此処で自分たちが戦わなければいけない。モエルンバだって、もし倒すのなら精霊の浄化が必要になる。

 ならば、プリキュアの力は必ず使う事になるのだ。

 だからこそ、正体が知られる事も厭わずにフラッピは声を出した。

 何より、みのりもいるこの状況で、フラッピとチョッピを狙うモエルンバがいる中で、簡単に背を向けるわけにはいかない。

 

 2人は普段に比べて何処かぎこちない動きでお互いの手をつなぎ、フラッピとチョッピが姿を変えているミックスコミューンを操作して、変身の言葉を叫んだ。

 

 

「「デュアル・スピリチュアル・パワー!!」」

 

 

 光に包まれた2人は金色の花と、銀色の羽を纏う。

 シンフォギアとは違い、ドレスのように華々しい衣装とでも言おうか。

 

 

「輝く金の花、キュアブルーム!」

 

「煌く銀の翼、キュアイーグレット!」

 

 

 そうして変身を完了した2人は、モエルンバを指差して、精霊の導きたる啖呵を切る。

 

 

「聖なる泉を汚すものよ!」

 

「阿漕な真似は、お止めなさい!」

 

 

 イーグレット、ブルームの順で放たれた言葉の後、モエルンバはその姿を見て闘志を見た目通り燃やしていた。

 

 

「フフフ……来たな、プリキュアァァァァァァッ!!」

 

 

 モエルンバの叫びは空気を震わせ衝撃となり、辺り一帯に暴風にも近い風が吹き荒れる。

 強烈な風圧に誰もが耐える中、公園の遊具の1つ、今しがたホラーが現れた馬の遊具に再び異変が起きた。

 なんと、馬の遊具がどんどん巨大化していくではないか。

 遊具の馬部分を支えているバネごと巨大化したそれは、見た目はほぼそのままに、頭部にUの字の突起が付いていた。

 

 それはかつてカレハーンが出してきていたウザイナーの特徴と同じ。

 さらに馬の頭部の毛、そして尻尾が炎のようにオレンジと赤色に燃えている。いや、実際に燃えているのだろう。

 カレハーンが木や自然の特性を持つウザイナーを作っていたのに対し、モエルンバが作り出すのは見た目通り、炎の特性を持つウザイナー。

 馬遊具ウザイナーは凄まじく巨大な姿となって、プリキュアとキバーラの前に立ちはだかった。

 

 

「アレは……?」

 

 

 鋼牙はホラーと距離を取り、未だ仕留めきれぬホラーを気にしつつも馬遊具ウザイナーを見やる。

 巨大なホラーというのもいるにはいるが、どうもアレはホラーとは気色が違っていた。

 先程変身した咲と舞といい、分からない事が多い。

 だが、鋼牙は分からない事は分からないでいいとして、さっさとホラーを倒す事に頭を切り替えた。

 

 魔戒騎士の使命はホラーを倒す事。それ以外に人間社会に関与する事は無いし、介入する事も無い。

 それは鋼牙の性格上というわけでなく、魔戒騎士の掟である。

 もっとも、ウザイナーやダークフォールが人間社会の問題かと言われれば首を捻らざるを得ないが。

 

 そんな鋼牙の隣に、響に後を任せた士が走り込み、並び立った。

 

 

「ホラーか……。こんな時間に見るのは初めてだな」

 

『ああ、俺達もだ。こいつはちょっとした異常事態だぜ。あの赤いのが現れたのが原因みたいだが……』

 

「話は後だ。士、奴をこの場から引き離す」

 

「はいはい。相手は雑魚ホラーだろ、さっさと倒すぞ」

 

 

 悪魔のような姿の翼を持ったホラー。実はあの姿は『素体ホラー』と呼ばれる姿である。

 現世に出てきたホラーは全て、最初はその姿をしているのだ。

 その後、『物』あるいは『人』に憑依する事でそれぞれの『個性』を得て、戦闘能力も上昇する。

 故に、この素体ホラーの姿ははっきり言ってしまえば雑魚。ヴァグラスのバグラー、ジャマンガの使い魔と言ったところだ。

 とは言いつつも、素体ホラーはそれなりに強い。恐らくバグラーや遣い魔よりは厄介だ。

 

 鋼牙は素体ホラーに遅れは取らない。

 それは鎧無しでも変わらないというか、そもそもどんなホラーに対しても生身で十分に戦えるのが魔戒騎士なのである。

 

 しかしながら、鋼牙と士が素体ホラーをまずこの場から引き離そうとしているのには幾つか理由があった。

 

 1つに、存在を知られるのはあまり良くない事。

 ホラーを知れば、魔戒騎士の事も知られるだろう。それはあまり魔戒騎士にとってよろしくない。

 魔戒騎士はあくまで人間社会の影でホラーを退治する職業だ。表立って活動する気はない。

 故に、魔戒騎士に関係する事を知られる事は避けたいのだ。

 

 そしてもう1つに、鎧の召喚。

 魔戒騎士の鎧は一般人に見せてはいけないという掟がある、

 まあ、純粋に『一般』人はこの場にみのりしかいないが、シンフォギアを持ってるからとか、仮面ライダーだからとかは言い訳にならない。

 魔戒騎士に関わりの無い人間は全て一般人なのだ。例外は只1つ、別世界から来た世界の破壊者、門矢士ことディケイドのみ。

 

 とにもかくにも、そう言った理由で戦闘するところをあまり見られたくない鋼牙はホラーを公園の外かつ、人がいない場所へ誘導しようとしているというわけだ。

 士はブルーム達の方をちらりと見やった後、ホラーに視線を戻す。

 モエルンバとウザイナーを彼女等に任せるのが得策だろう。浄化できるのはプリキュアだけなのだから。

 ならば、と、士は鋼牙と共にホラーと相対する。

 

 ホラーを相手に鋼牙と士。

 モエルンバとウザイナーを相手にブルームとイーグレット、キバーラ。

 みのりと共にその場を離脱する響と未来。

 

 それぞれの戦いが、始まる。




────次回予告────
どんなに親しい中でも、人間ってのは擦れ違う。
そこから悲劇になるか喜劇になるかは、お前さん次第だがな。
次回『姉妹』。
邪悪な闇を、光が祓う。

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