光写真館の奥、リビングに通された士達。
リビングに入って右手側には小さな丸テーブルと、それを挟んで椅子が2つ。それとは別に窓際には3人くらいが腰かけられるソファが置いてある。
左手側には丸テーブルよりちょっと大きい正方形のテーブルを囲んで4つの椅子が。そちらの近くにテレビなんかが置かれている事から、丸テーブルが来客用で、正方形のテーブルが家の人達用なのだろう。
一際目に付くのは、入って正面の絵。背景ロールだった。
光写真館の内装は古ぼけている、とでも言おうか、落ち着いた雰囲気なものだ。
だが、その背景ロールだけは結構カラフルで、やけに派手。
写真を撮る為の背景というだけあるのだろうが、それにしたってどんな写真を撮る時に使えばいいのか分からない絵だった。
背景ロールの絵には人が描かれている。
いや、人というより、人型をしている異形が大勢。その大部分に見覚えがあるのは翔太郎達の気のせいだろうか。
他にも何処かで見た事あるロボットの絵などが、背景ロール全体に所狭しと描かれている。
大雑把に言うなら、『ごちゃ混ぜ』と言ったところだろう。
(変わらないな)
光写真館の内装をぐるりと見やって、最初に士が思ったのはそれだった。
自分が最後にいたその日から取り立てて変わった様子は無い。せいぜい、来客に合わせて机でも移動させたのか、椅子と机の配置がほんの少し変わっているくらいだ。
士達5人がリビングに入ると、玄関のベルの音で来客を察知していた2人の住人が左手側の椅子から立ち上がり、顔を覗かせた。
1人は楕円形の眼鏡をかけた白髪の老人。1人は穏やかそうな青年。
2人に共通するのは、来客に挨拶しようと士達の方を見た時に、大層驚いた反応をしたという事だろう。
「あ、あらら! 士君じゃないか!」
「え、おまっ、士ァ!? 久しぶり!!」
「大声出すなユウスケ」
士に群がる2人。特にユウスケと呼ばれた青年の方は近づきながら大声を出していて、士はやかましそうに耳を塞ぐ。
気にせずに背中をバンバンと叩くユウスケなる青年。老人の方もニコニコと満面の笑みで出迎えてくれていた。
その後、老人は士と一緒に居る翔太郎達に目を向け、これまた穏やかな笑顔を向ける。
「士君のお友達かい? おや、可愛い子達もいるじゃないか」
展開についていけず動揺している4人は、軽く会釈するばかり。
一先ず彼等は、右手側の来客用と思わしき丸テーブルを囲む椅子に座るよう促された。
ソファに響、未来、咲。テーブルを挟んでいる椅子には士と翔太郎がそれぞれに腰を掛ける。
響達学生組3人は来た事の無い様な雰囲気の写真館に、ちょっと落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと眺めていた。
現代っ子にはその古ぼけた感じが珍しいのだろう。
「ささ、じゃあコーヒー出すから、ちょっと待っててね」
老人は笑顔を絶やさず、ユウスケなる青年もまた同じ。
唯一、リビングにまで案内してくれた女性だけが、戸惑っているような顔で士の事を見つめているのだった。
さて、此処までの話についていけていないのは士以外の翔太郎達4人。
促されるままに座ったはいいが、この写真館の人々は皆、士の事を知っているようだった。
士自身、その人達と知り合いかのような態度。実際知り合いなのだろうというのは分かるが。
当然、気になるわけで、翔太郎はそれを士に問いかけたのを皮切りに、この写真館がどういう場所で、どういう人が住んでいるのかが語られた。
予め置いてあった来客用の椅子は全て埋まってしまい、椅子が足りないな、と思ったユウスケなる青年は椅子を2つ持って士達の近くに置く。
その椅子には女性と青年がそれぞれに腰を掛けた。
「こいつ等は、前に一緒に旅をしてきた連中だ」
士の最初の言葉がそれ。そこから彼は、この写真館を使って色んな世界を回ってきた事を語る。
その後はこの写真館のメンバーとは別の道を進み、今は1人で旅をしているのだと。
一方で写真館に残った女性や青年達もまた、独自に旅を続けているそうだ。
端的な説明を終えた後は自己紹介に移り、それぞれに自分の名前を紹介していく。
女性は『光 夏海』。青年は『小野寺 ユウスケ』だと名乗った。
人数分のコーヒーをカップに入れ、盆に乗せてやって来た老人は、夏海の祖父である『光 栄次郎』だという。
盆ごとコーヒーを机の上に置く栄次郎。盆の上にはコーヒーだけでなく、砂糖やミルクも置かれている。響達がブラックを飲めないのではないか、と栄次郎が気を利かせたのだ。
さて、そしてこの写真館。
無論ただの写真館というわけではなく、実は『世界を移動できる』というトンデモな場所だ。
背景ロールの絵が変わる度に、その絵に対応した世界へと移動するのだという。
にわかには信じがたい話だが、彼等はそれを信じた。
特に翔太郎は以前二度に渡って共闘した事もあり、並行世界の話が嘘ではない事も知っている。
響達も取り立てて疑っているわけでもなく、士が並行世界から来たという話は二課や特命部、S.H.O.Tにも信用されているのが現状だ。
ただ、士が別の世界から来たという事を知らなかった咲だけは、唯一キョトンとした顔でいた。
「えーっと、別の世界からって、フラッピみたいな……?」
フラッピを引き合いに出してきた咲の言葉に、士は「まあそんなとこだ」と返す。
泉の郷から来た精霊のお陰で、『別の世界から来た』という話自体には耐性を持っていた咲は意外と早く納得してくれた。
事情を知らぬ響と未来や夏海とユウスケは、フラッピなる謎の単語に首を傾げていたが。
ところで、本日の要件は別に遊びに来たとかではない。
再会という事もあって話が逸れたが、今回の目的は士の写真の現像である。
士は持ってきていたフィルムを取り出し、栄次郎を呼んだ。
「じいさん、写真の現像頼めるか」
「ああ、これも久々だね。じゃあすぐに……」
「ちょっとおじいちゃん! ダメですよ、現像代貰わないと!」
久しぶりに会ったせいで、つい甘やかそうとする栄次郎を夏海は止める。
相変わらず口煩い奴だと溜息をつく士。
士は以前に此処に居候していた頃から、口煩く現像代現像代と言われていた。
まあ、払わなかった士に原因はあるのだが。
夏海は士を睨むように見て、ぐいっと迫る。
「有耶無耶にされていましたけど、今までの現像代もあるんですからね。
現像したいなら、少なくとも今日の分は払ってもらいますよ」
「夏ミカン。今までの俺だと思ったら大間違いだ」
そういうあだ名で呼ばれているんだ、と周りに認識された夏海に、士は封筒を鋭く差し出す。
何ですか、と封筒と士を交互に見た後に、恐る恐る封筒を手に取って中身を確認すると。
「……! ちょっと士君、どうしたんですか、これ!?」
「どうしたもこうしたもない。正式な給料だ」
この世界に来てから、既に2ヶ月が経過しようとしている。
既に4月分と5月分の給料は支払われており、それぞれ教師と二課職員としての給料だ。
そういうわけで、士は有り金に余裕がある。少なくとも今日の分を支払う程度には。
しかも封筒の中にはそれ以上に余分なお金が入っており、今日の分だけと言わず、今まで滞納してきた現像代も幾らか清算できるくらいの金額がそこには収まっていた。
勝ち誇った顔をする士。何故か頬を膨らませて悔しそうな夏海。
金を払って現像してもらう。そんな至極普通なやり取りなのに何故勝ち負けの感情が湧くのかは別にして、士の写真は現像してもらえることになったのであった。
栄次郎による現像が終わるまでの間、彼等はコーヒーを飲みつつ自己紹介を始めた。
誰も名乗ってもいない状態。何にしてもお互いを知るところから始めないとどうしようもない。
まず全員が名前を名乗る事になり、順番的に最後になった翔太郎が自己紹介を始めるところだ。
「俺は左翔太郎。風都で私立探偵をやってる」
「あと、仮面ライダーWだ。ユウスケなら覚えてるだろ、緑と黒の半分こ」
「え? ……ああ! 俺と士を助けてくれた、あの!?」
ユウスケの言葉に首を傾げる翔太郎。
はて、ユウスケとは初対面なのだが、何処であっただろうかと考える。
そして翔太郎は気付いた。一番最初、ディケイドの助けに入った時に、ディケイドと一緒に金の角を持つ仮面ライダーがいた事を。
「もしかして、ユウスケも仮面ライダーなのか?」
「そうそう! 素顔で会うのは初めてだよな。俺は仮面ライダークウガって言うんだ」
その言葉に驚いたのはむしろ響達だった。
この世界における仮面ライダーは都市伝説上の存在。
確かに士を筆頭に仮面ライダーの仲間はできたが、こうも立て続けに会う事になるとは思っていなかったからだ。
なんだか仮面ライダーって、会おうと思えば意外と会えるんじゃないかな、という錯覚にすら陥ってしまう。
「ああ、そうだ。夏ミカンも一応ライダーだぞ」
ついでに、という風に言い放たれた言葉はこれまたビックリな発言。
光写真館のメンバー以外の全員の視線が夏海へ集まる。
「女の人が、ですか!?」
「えっと、はい」
響の言葉は、夏海が仮面ライダーであると知らない者の総意だ。
今までであってきた仮面ライダーは全員男性。士も、翔太郎も、弦太朗も。
だからか、女性が仮面ライダーであるというのがえらく新鮮に聞こえたのだろう。
夏海は軽く頭を動かして返事をした。
彼女自身、女性の仮面ライダーは珍しいのかな、という思いはある。
何せ今まで数多くの世界を巡って来たが、女性の仮面ライダーは一握り。ほぼ全てのライダーが男性だったのだから。
「フフフ、私の噂かしらー?」
と、そこに1匹の羽の生えた小さな生物がパタパタと飛んでくる。
あろう事か、その生物は飛びながら人間の言葉を流暢に喋っていた。
見た目は銀色の蝙蝠、と言ったところだろうか。見た事の無い生物に各々、少し驚いてしまう。
少し、という辺り、異常に慣れてきている、というのがあるのかもしれない。
夏海は自分の肩に止まった銀色の蝙蝠について話し始めた。
「私はこの『キバーラ』の力を借りて、仮面ライダーになるんです」
「よろしくぅー! あと、久しぶりー!」
「お前も相変わらず、みたいだな」
翔太郎達に向けて一言、士に向けて一言発したキバーラは翼を手のように振って見せる。
元気な、天真爛漫な性格を思わせる声色と仕草だった。
声色といい、そのテンションといい、響と翔太郎の脳内でどこぞの研究者の顔がちらつく。
士も改めてキバーラを見て、やっぱりアイツそっくりだな、と感じた。
響と未来は、そのあまりにも珍しい蝙蝠を見て驚いたまんま興味深そうな目つきだが、翔太郎と咲は意外と早く順応していた。
理由は「ああ、フラッピみたいなものか」と納得した為である。
妖精とか精霊を見ている2人にとって人語を話す蝙蝠は、「多少驚くけど、まあそういうのもいるよね」程度に収まっていた。
何だか常識が崩れそうな段階に来ている気がしなくもないが、2人は気にしない。
そんな感じで各々の自己紹介が終わり、ある程度に話をし始めた頃、栄次郎が現像室からリビングへと戻ってきた。
「お待たせ。できたよ、士君の写真」
手には重ねて纏められた写真の束。結構分厚く、この世界で撮った写真がそこそこの数に及んでいる事を示していた。
響と未来は自分の先生が撮った写真に「おおっ」とわくわくしていて、翔太郎と咲もちょっと興味のある素振りを見せている。
テーブルに置かれた写真。悪意無く、ただ見たいからという理由でそれを手に取る響。
「……おっ、おぉ?」
写真を離す。近づける。目を細める。そんな行動を繰り返しながら、響は変な声を上げていた。
隣でキョトンとする未来も1枚、士の写真を見てみる。似たような反応だった。
様子のおかしな2人を疑問に思いつつ、翔太郎や咲も士の写真を1枚手に取る。
「……あ?」
翔太郎も変な顔で写真を見つめる。咲も大体そんな感じ。
4人は自分が見ている写真をテーブルに置き、別の写真を次々と手に取っていく。
そうして写真を見つつ、響は必死に言葉を振り絞ったかのような声を出した。
「その、えっと。……な、中々、前衛的ですね!」
「言いたきゃハッキリ言え」
「ぐっ……。す、凄い、その……ピンボケ、ですね」
「よし、お前は今度の課題を倍だ」
「何故ッ!?」
あまりに理不尽な発言に嘆く響。
だが士は気に留めず、写真を数枚手に取って立ち上がり、写真を見つめた。
どれもこれも、酷いピンボケをしていた。
これが門矢士の撮る写真の特徴だった。
彼は何を撮っても必ずピンボケをしてしまうという、ある意味凄まじい特性がある。
カメラが悪いわけではない。何せどんなカメラで撮ってもこうなるからだ。
例え適当に切ったシャッターでも、待っているのはピンボケ写真。
狙ってやってもできるか分からない程の写真が出来上がるのだ。
時折2つの写真が混じり合うかのようなものまでできてしまうという、最早何をどうしたらそんな写真が撮れるんだ、というレベルのものが。
いつも通りの写真を見つめ、士は溜息を吐く。
「どうやらこの世界も、俺に撮られたがっていないらしい」
彼の『だいたい分かった』に次ぐ常套句。それがこの言葉だった。
彼は自分の写真がピンボケする事を、『世界が自分に撮られたがっていない』と表現する。
空も海も、風景の全てが自分から逃げていくのだと。
実際、士自身が生まれた『士の世界』ではピンボケしない写真が撮れたという一件もあるので、それも嘘ではないのかもしれない。
「……あ。でもこれ、凄いです」
ふと、未来が1枚の写真を見て呟く。
その写真には響と未来が写っていた。つい先日、響と未来が仲直りした時の写真。
響と未来がポカンとした顔でカメラ目線をしながら写っている写真と、酷い格好をした響と未来が向かい合って笑いあう写真。この2つが上下に分かれて重なったような写真。
ピンボケをして、何処かふわりと浮いているような印象を受ける写真だった。
響と未来がポカンとして写っているのは、士に「お前等の顔と格好の方がよっぽど笑えるぞ」と言われた時に撮ったもの。
もう片方は響と未来がツーショットを撮った後、それとは別に士がシャッターを切ったものだ。
どういうわけだか、2枚の写真を上下にくっつけたような写真になっていた。
けれど、夕日の光も綺麗だし、ピンボケの浮き上がっている感じが、かえって不思議な魅力を引き出している。
不可思議な写真。でも、綺麗な写真だった。
「私、この写真好きです。凄く良いと思います」
「そうか、お前にはこの写真の芸術性が理解できるようだな。
お前のように優秀な生徒がいて俺は嬉しい。立花も見習う事だ」
未来が素直に褒めた途端、士は得意気にまくし立てた。
その見た事の無い様な機嫌の良さは、響はおろか褒めている未来ですらも驚かせている。
鼻歌すら歌うんじゃないかという勢い。士の身に纏う雰囲気が舞い上がっている事を指し示す。
そしてその様子に、翔太郎も咲も響も未来も、同時に察した。
(気にしてるんだ……)
門矢士は写真を上手く撮れない事を気にしている。
その評価が、4人の中の門矢士という人物評の中に加えられたのだった。
ややテンション高めに舞い上がる士。苦笑いの周囲。微笑む栄次郎。笑いを堪える夏海とユウスケ。
穏やかな空間がそこには広がっていた。
まあ、そんな感じで見事に士が恐れていた、『生徒に写真を目撃される』という事象が起こってしまった。
ところが未来が気に入った物以外にも数枚、栄次郎に「良い感じ」と言われた写真がある。
例えば、響が初めてガングニールを纏ったあの日、士と響が助けた少女と母親が抱きあう写真。
例えば、亜空間からマサトが持ち帰ったオルゴールを持って、決意を新たにしているゴーバスターズの3人。
この世界で撮ってきた何枚もの写真の中には光るものが確かにある。
総数に対して少ない気もするが、士としては褒められているので悪い気はしていないらしい。
未来や栄次郎に写真が褒められてすっかり気を良くしている士。
そんな彼を余所に夏海は、ふと気になった事を未来に問いかけた。
「そう言えば……えっと、未来ちゃん、ですよね?」
「はい」
「さっき、士君に生徒とか何とか言われてましたけど、どういう意味なんですか?」
「ええっと。士先生は、私と響の学校の先生なんです」
その言葉で、ユウスケと夏海の仮面ライダー発言に驚いていた響達だが、今度は夏海達が驚く羽目になる。
意気揚々としている士の方をユウスケも夏海も向いた。
この、傍若無人で失礼極まりない俺様野郎が、先生? そんな感情を込めた瞳。
「だ、大丈夫なんですか!? 士君が先生なんて!」
「どういう意味だ夏みかん」
「だって、どんな悪影響が出るか分かりませんし……」
「俺を何だと思ってんだ」
夏海の言葉にユウスケも頷いている。2人をそれぞれ一瞥しながら機嫌の良い顔を一度は引っ込めた士だが、すぐに得意気な表情に戻る。
そして右手の人差指を立て、それを上に掲げた。まるで天を指差すかのようなポーズである。
「人に物を教えることくらい簡単だ。俺は、何でもできちまうからな」
「写真以外は、でしょ」
「…………」
夏海の容赦ない切り返し。笑うユウスケを睨む士だが、反論はできなかった。
教え子+αな面子に自分の写真を見せてしまった手前、ぐうの音も出ない。
響も未来も翔太郎も咲も、そんな士に苦笑する。士はそっちも睨んでみるものの、特に効果は得られなかった。
そういうわけで機嫌の良さが反転し、すっかりいつも通りのムスッとした態度に戻った士はふと、気になっていた事を思い出して口を開いた。
「そういえばお前等、今までこの世界で何してたんだ?」
士、大樹、夏海、ユウスケ、栄次郎、キバーラ。この5人と1匹はずっと一緒に居た旅の仲間。
だが、スーパーショッカーとの決戦後、つまりはディケイドの使命が終わった後、彼等は散り散りの道を歩む事になった。
理由は単純。それぞれに、それぞれの旅を始めたのだ。
使命とか、そういうしがらみから解放された、自由気ままな旅。
世界を渡る能力を独自に持っている士と大樹は単独で、それを持たない夏海達は写真館を使って。
その後にこうして再会する事は初めてで、夏海達がこの世界で何をしてきたのかが純粋に気になったのだろう。
質問を聞き、夏海が口を開く。
「この世界に来て、いつも通り情報収集をしたんです。
ノイズとか、ヴァグラスとか、エネトロンとか。その中で仮面ライダーがいるって事も知って」
「で、俺達はこの世界に何があるのかなって思ってさ。此処何週間か色々調べてて、そこにお前が現れたってわけさ」
夏海の説明をユウスケが引き継ぎ、簡潔に内容を纏めた。
さらに付け足された内容によれば、その過程で夕凪町も粗方回ったらしい。
その道中にPANPAKAパンにも寄った事があるらしく、咲の顔もカウンターを通して見た事があり、パンも買ったのだとか。
その事にお礼を言う咲と、笑顔で答える夏海とユウスケという一幕も繰り広げられたりもしたが、それは置いておく。
夏海とユウスケはここ数週間、大した情報を得られていない。
だが、それでもこの世界に留まっていた理由がある。
それは、背景ロールのごった返し感が気になった、というものだ。
光写真館の背景ロールは世界の移動の際に使う物であり、その行先の世界を端的に表したものである。
例えばその世界の仮面ライダーのシルエットが写っていたり、あるいはそれに関連した代物が写っていたり。
そして、この世界の背景ロールはごちゃ混ぜだ。戦士が、メカが、背景に収まるだけぶち込まれたような。
此処まで混沌とした背景ロールを見た事は夏海達も無かったし、それが『この世界は何なのだろう?』と気にならせた要因。
ここ数週間、この世界の一般的な情報や状況は知れても、特に進展は無かったそうだ。
だがこの世界では常識とされるノイズの事は分かったし、大規模に活動しているヴァグラスやゴーバスターズの事も知れた。紛争介入のせいで名の知れているダンクーガや、都市伝説の仮面ライダーの事も少しは。
しかし、だからこそ士と同じ疑問を持った事だろう。
この世界は『誰』の世界なのか、と。
基本的に仮面ライダー、ないし戦隊の世界は『敵がいて、それと戦う戦士がいる』という構図で成り立っている。
程度の差や、状況の差は当然あるものの、大体はその区分に当てはめることができる。
だが、この世界はそうじゃない。
ヴァグラスという敵に対して戦うゴーバスターズがいるかと思えば、仮面ライダーの存在が囁かれている。
そうかと思えばノイズなる災害が発生しており、世界各地の紛争地域に介入しているというダンクーガの存在。
色々な事を知ったからこそ夏海達は思った。この世界は背景ロールの絵の通り、なんだかごちゃ混ぜな世界だなぁ、と。
とはいえ普通に情報を集めても知れるのはそこまでだ。
そこから先に進むにはそれらと関係のある『何か』に接触しなくてはならない。
例えば二課や特命部、S.H.O.Tがそれに当たる。
そう言う意味で言えば、このタイミングで士が来たのは何かの縁だったのかもしれない。
ともあれ、こうして目的である写真の現像は果たせた。
夏海達と合流するというのは想定外であったし、写真を予想外の面子に見られるというダメージも負う結果となったが。
これを二課の連中に見せるわけにはいかないと密かに誓う士であった。
翔太郎と響、未来に知られた事で、その決意が無駄になる事は9割方確定しているのだが。
ところで仮面ライダーと行動を共にしている響や未来、咲はどういう人物なのか、という紹介をまだしていない。
とはいえシンフォギアは機密、プリキュアもあまり知られたくないという話だ。
この世界の人間ではない夏海やユウスケに教える分には良いだろうが、この世界の人間である響と未来がプリキュアの事を知り、咲がシンフォギアの事を知るのはマズイのではないか、という懸念がある。
故に、シンフォギアとプリキュアの事を知る士も翔太郎も、それを口にできない。
そんな時だった、咲の携帯電話が鳴ったのは。
「あ、すみません。……もしもし?」
周りにペコリと頭を下げてから電話に出る咲。
電話の相手は咲の父親、『日向 大介』だった。
『咲!』
「パパ? どうしたの?」
やけに焦ったような声色だった。
何をそんなに急いでいるのだろうか。今日は平日で、お客さんが多くて大変、という日でもない筈だが。
『みのり、見なかったか!?』
「みのり? ううん、見てないけど……。何で?」
『そうか……何も言わずに出かけちゃってなぁ。日も暮れてきたから心配で……』
「えぇっ!?」
思わず大きな声を上げてしまった咲に視線が集中する。
すみません、と小さく呟いて頭を下げるも、咲の頭はみのりの事でいっぱいになっていた。
みのりは小学2年生だ。
そんな小さな子が夕暮れも近い中、何も言わずに外に出て行ってしまった事が親としては不安でたまらないのだろう。
当然の気持ち。そして、それは例え喧嘩していたとしても、姉である咲も。
「……私、探してみる!」
『おお! 父さんも母さんに店番頼んで探してみるから、頼んだぞ!』
電話を切った咲は携帯を仕舞う。一方で周りは全員咲を見ていた。
彼等が聞いたのは咲の「私、探してみる」という言葉だけ。だが、それだけでも十分に察せられる事はある。
誰かを探さなくてはならない、延いては、誰かがいなくなったのだと。
そしてこの場の面々、特に立花響は、そういう事に首を突っ込むのだ。
「何かあったの?」
「妹のみのりが、何処かに行っちゃったみたいで……。私、探しに行くので!!」
「あ、待って!」
焦って飛び出して行こうとする咲。しかし響も慌てて立ち上がって咲を静止させる。
リビングの扉から出ていこうとしていた咲はそこで立ち止まり、振り返った。
立花響は人助けが趣味だ。ペット捜し、迷子捜し、その他諸々いっぱいに。
例えそれのせいで学校に遅刻しそうになっても、誰かを助ける事を止めない。
困っている人を見かけると放っておけないのだ。
咲はいなくなった妹を捜そうとしている。つまり、困っている人の定義に当てはまる。
それはつまり。
「私も探すの、手伝うよ!」
立花響の人助けの始まりだった。
さて、光写真館の玄関先には士、夏海、ユウスケ、翔太郎、咲、響、未来の7人。
響の人助け。未来が一緒に居る場合は、未来もそれを手伝う事が多い。
そういうわけで響が咲を手伝うと言い出し、未来も手伝うと言い出した。
それを見た夏海とユウスケも手伝うと言い出して、翔太郎も言い出して、あれよあれよと士も巻き込まれた次第である。
士は何も言っていない筈なのだが、夏海のせいで巻き込まれてしまった。
夏海と士のリビングでのやり取りはこんな感じだ。
「私達も手伝います! 勿論、士君も!」
「待て。何で俺が?」
「困ってる人がいるんです。助けないでどうするんですか」
「知るか。立花達もいるし、頭数は揃ってるだろ。わざわざ俺が行くまでもない」
「もう……。こうなったら士君、久しぶりに『コレ』しますよ!」
「おまっ……分かったから親指を仕舞え」
親指を構える夏海と、何故かそれを見て動揺する士。
その行為の意味を知らない者達はキョトンとしているが、知っている者、あるいは『食らった事がある者』からすれば、確かにそれは恐ろしいものだった。
門矢士が光夏海に敵わない理由、その1つ。笑いのツボ。
笑いのツボとは光家秘伝の一撃で、首のある部分を突くと、突かれた人間はしばらく笑い続けるというものだ。
微笑ましく聞こえるだろう。
しかし、対象者を強制的に笑わせる、笑わせる時間はある程度自由に変えられるという、そりゃ一体何のツボなんだよと言わざるを得ないものだ。
笑いを止める事はできず、下手すれば酸欠まっしぐらな一撃。世界の破壊者ですらそれには敵わない。
写真の件もあり、「これ以上下手を打てるか」と、士は観念するのだった。
これが士も手伝わされている理由である。実質脅しと変わらないが。
さて、探すにしても当てもなく探すには夕凪は広い。
小学2年生の足でそう遠くまではいけない筈だが、ある程度当たりをつけたいところだ。
何より時間は既に夕暮れ。チンタラ探していたら日が暮れてしまう。
そこで響は、みのりの姉である咲に尋ねた。
「行き先に心当たりとか、ある?」
「うぅーん……。今のみのりが何処に行こうとしてるのか、正直……」
急にいなくなる、というのは初めての事。
今のみのりが何処へ行ってしまったのか。何処を目指しているのか。
姉である咲にも見当はついていなかった。
何も手掛かりが無い状態。だが、1人、翔太郎だけは不敵に笑う。
「人にせよ動物にせよ、探すにはまず足だ。情報もそれで集まってくるもんさ」
翔太郎は足で稼ぐタイプの探偵。頭を使うのはフィリップの仕事だ。
職業柄、手掛かりなしで何かを捜すという事に慣れっ子である翔太郎は帽子をくいっと上げた。
一方、響もそれに賛同しているようで、首を頷かせている。
「いつだったか、私と未来が猫捜しした時もそんな感じでした! ともかく捜してみましょう!」
翔太郎と響の言葉に誰もが賛同した。
情報が何も得られないのが確定したのなら情報を得るように動くだけ。
その過程でみのりが見つかれば万々歳だし、情報の1つくらい転がっているだろう。
7人は翔太郎と響の言葉に従い、一先ずしらみつぶしに捜索する方針に決めた。
さて、7人だから7つに分かれて、というわけにもいかない。
土地勘があるのはこのメンバーの中では咲だけだ。
一応、夕凪に来てからしばらく経つ夏海とユウスケも、ある程度の案内はできるらしい。
それにあまりバラけ過ぎてもしょうがないだろうという事で、夕凪町を案内できる3人を中心にメンバーを分ける事になった。
1つ目のグループ。士、響、咲。
2つ目のグループ。未来、夏海。
3つ目のグループ。翔太郎、ユウスケ。
以上が組分けだ。別に深い意味があるでもなく、その場で各人の近くにいた人でグループを組んだだけである。
まあ、この組み合わせの方が効率的に人を捜せる、なんてメンバーがあるわけでもない。
特に不平不満も出る事無く、グループが決まった面々は早速、みのり捜索に乗り出すのだった。
みのりは走っていた。両親にも何も言わず、ただ、一ヶ所を目指して。
自分の家からそう離れた場所ではないものの、小学2年生の足ではやはり少し時間がかかる。
その場所、とある家についたみのりは大きな一軒家を見上げた。
それもその筈、何とこの家、最上階に天文台を備えているのだ。その分だけ余計に大きく見えるのだろう。
躊躇いも無く、みのりは家のインターホンを押した。
当然だ。この家に誰が住んでいるのかを知っているのだから。
「……みのりちゃん?」
扉を開けて出てきたのは、舞。
咲の友達で、みのりにとってももう1人の姉のような存在となっている美翔舞。
この家は美翔家の自宅。咲と舞の仲が良い事もあり、みのりもこの場所を知っていたのだ。
しかしそれは別にして、何故みのりが尋ねてきたのかが舞には分からない。
「どうしたの? こんな時間に1人で……」
「…………これ……」
ぐっと、両手に持っていたものを握り締めながら、舞に差し出す。
スケッチブックだった。みのりが汚してしまった、犬の描かれたスケッチブック。
舞が咲とみのりの部屋に置いたままにしてきてしまった、あのスケッチブックだった。
咲が出かけた後も、みのりは部屋に閉じこもってしまっていた。
自分のせいだと分かっている。けれど、大好きなお姉ちゃんから言われた言葉が辛くて仕方がなくて。
ずっとずっと泣いていた。泣いて泣いて、そして、気付いた。舞の絵が置きっぱなしになっている事に。
自分が汚してしまったもの。けれど、舞お姉ちゃんは気に入っているって言っていた。
だったらせめて返したい。そう思って。
申し訳なさでいっぱいだった。怒られるのかな、と考えてもいた。
スケッチブックを差し出すその手は、そのせいなのか震えている。
けれど、舞は優しい笑顔を崩さない。何よりその笑みは作り物ではなく、正真正銘の笑顔だった。
「わざわざ持ってきてくれたんだ。……ありがとう」
舞はみのりを怒らない。自分の絵を汚された事に対して、何も。
それどころか今のみのりが心配でたまらなかった。
みのりから普段の元気は消え失せ、常に俯いた顔、暗い表情、目には泣きはらした後も残っている。
「ねぇ、みのりちゃん。ちょっと私と、お出かけしない?」
そんなみのりを放っておけず、スケッチブックを受け取った舞は、みのりに優しく声をかけるのだった。
外出をしようと思ったのには幾つか理由がある。
まず、みのりの気分転換だ。
家の中で話を聞くよりか、外の方が開放的で話も聞きやすいのではないかと思ったから。
根拠らしい根拠はない。しかしやはり心持ちというものはある。
次に、時間帯。
既に日は沈みかかっており、この時間にみのり1人で家に帰すのは心配だった。
だから、みのりを家まで送る事も兼ねて、舞も外出という提案をしたのだ。
舞は咲の家から帰ってからあまり時間が経過しておらず、まだ外着から着替えていなかったというのもあるだろう。
舞とみのりは公園にやって来ている。
舞の家から咲の家の道中にある公園。そこで立ち止まる事を選んだのは、他でもないみのりだった。
何でも、この場所はみのりが一番好きな場所なのだという。
小さい頃からお姉ちゃんと一緒に、いっぱい遊んだ場所なのだと。
2人はブランコに座って、小さく揺ら揺らと揺れていた。
一番好きな場所に来てもみのりの顔は晴れない。
いやむしろ、姉との思い出が詰まったこの場所に来たことは、今のみのりには辛い部分もあるだろう。
「舞お姉ちゃん……」
「何?」
「みのりのせいで、舞お姉ちゃんとお姉ちゃん、喧嘩しちゃったの?」
意外な言葉だった。みのりは何よりもまず、咲と舞の事を気にしていたのだ。
大好きなお姉ちゃんから怒られた事よりも、そのせいで咲と舞の間に何か、気まずいものが生まれてしまった事を。
みのりは確かにちょっとやんちゃな部分はあるかもしれないが、それも年相応の仕方のない事だ。
だが、自分よりも咲と舞の事を気に掛ける彼女の心根は、疑いようもなく優しいものだろう。
そう感じた舞は微笑み、みのりに語り掛ける。
「喧嘩だなんて。私はみのりちゃんの気持ちが、分かるから」
「え……?」
「私がまだみのりちゃんくらいの頃かな。お兄ちゃんが大切にしていた望遠鏡を、私が壊しちゃった事があるの」
舞には『美翔 和也』という兄がいる。
天文学者の父親の影響もあってか、宇宙飛行士を夢見て新・天ノ川学園高校に通っている高校2年生。
美翔家の自宅に天文台が設置されているのも、その父親の影響だ。
優しい兄だ。笑みを絶やさないし、朗らかな人柄な為か、人望もある。
けれど、そんな兄からは想像もできない程に怒られた事が舞にはあった。
それが望遠鏡を壊してしまった事。自分の夢に関係していた大切なものだからだろう。
舞は怖かった。兄に怒られる事もそうだが、兄に嫌われてしまったのではないか、という事が。
だから舞にはみのりの気持ちが分かる。理由は単純、『同じ妹だから』。
大好きなお兄ちゃん、あるいはお姉ちゃんに怒られた事がある者同士だからこそ、舞には今のみのりが、どれだけ不安でいるかが分かるのだ。
「私も怖かったな。大好きな兄ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかって」
そんな舞の言葉に、溜め込んでいた感情が爆発してしまったのだろうか。
みのりは、ぽろぽろと涙を流してしまった。泣きはらした後だというのに、まだ涙が溢れてくる。
「……っ、私、お姉ちゃんに、嫌われちゃったかもしれないっ……!」
舞の絵を汚してしまった事、それで咲に怒られた事、そして、咲と舞が喧嘩してしまった原因を作ってしまった事。
それらが全部みのりに不安として襲い掛かっていた。
お姉ちゃんに、もう一緒に遊んであげないと言われた事が、大嫌いだと言われたような気がして。
不安で不安でたまらないのだ。一番のお姉ちゃんが、自分を嫌ってしまったのではないかと。
「大丈夫だよ」
舞はそんなみのりの頭に手を伸ばし、優しく手を置いた。
痛いほど気持ちが分かるから。自分も昔、そんな風に思った事があるから。
けれど、みのりの不安は大丈夫だと舞には分かっている。
咲が本気でみのりの事を嫌う筈がないと、咲を知っているからこそ確信していた。
何より、望遠鏡の事があった舞と兄の和也は、今でもちゃんと仲良しでいる。
自分達が大丈夫だったのだから、咲達だってきっと仲直りできると。
優しく置かれた手に、みのりの不安もだんだんと和らいでいく。
まるでもう1人の姉がいるかのような、そんな安心感に。
撫でてくれる舞を、涙を拭って見やるみのり。そこには優しく微笑む舞がいる。
舞だけがいる、筈だった。
「あ、あぁ……!」
「え……?」
みのりの怯えるような反応に疑問を抱く舞。勿論、彼女はみのりを怯えさせるような事をしているわけがない。
それにみのりの目は自分を見ていない。その先を、舞の後ろを見ているようだった。
みのりの視線、そしてその気配に振り返る舞。
そして、そこにいたのは――――――。
「モ、エ、ルン、バ……チャ、チャ、チャ!!」
陽気な声の、禍々しい炎だった。
――――次回予告――――
「みのり、そうだ、もしかしてあそこに……。って、貴方誰!?」
「気を付けて咲! ダークフォールの新しい戦士よ!」
「えぇ!? もう、こんな時にまで……って、大変! みのりを守らなきゃ!」
「咲、みのりちゃんの事、聞いてほしいの!」
「「スーパーヒーロー作戦CS、『燃えるリズム、モエルンバ出現!』!?」」
「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」