スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第52話 再会

 日向咲。美翔舞。

 2人が翔太郎と士に出会って、2週間ほど経った頃の話になる。

 

 ダークフォールの幹部であるカレハーンは追い詰められていた。

 プリキュアにではない、同僚である『ゴーヤーン』にだ。

 

 ダークフォールは太陽の泉を探し出し、それを奪い、世界を滅ぼす事を目的にしている。

 その頭首、ダークフォールの支配者の名、『アクダイカーン』。

 アクダイカーンは普段、ダークフォールの本拠地の最深部にその大きな体を鎮座させている。

 見た目は真っ黒な鎧武者。三日月の兜と陣羽織を羽織っているといえば分かるだろう。

 そしてゴーヤーンとはそのアクダイカーンの側近である幹部だ。

 

 カレハーンは今までに6度の敗北を喫している。

 その6度目こそ、Wとディケイドの介入があった風都での戦いだ。

 幾度もの失態を演じ、カレハーンは後が無かった。何度も部下の失敗を見逃すほど、アクダイカーンは甘くはない。

 おまけにそれを問い詰められた際に『奥の手』があるという苦し紛れの言葉を吐いてしまい、それはいつ使うのかとしつこく嫌味を飛ばすゴーヤーンに『今日使う』と声を張り上げてしまったのだ。

 

 後には引けないカレハーンはプリキュアを襲撃。ウザイナーと融合して決戦に挑んだ。

 

 戦いはカレハーンの優勢だった。背水の陣という事もあり、後がないカレハーンの力は凄まじく、ブルームとイーグレットも苦戦を強いられる。

 あわや敗北とまで行きそうだった時に彼女達の脳裏に浮かんだのは、彼女達の日常だった。

 例えばそれは家族であり、学校であり、そこにいる友達である。

 彼女達はフラッピとチョッピの為に戦いたいと思っている。そこに嘘は無い。

 だが、ダークフォールは緑の郷、つまり地球にまでも滅びの魔の手を伸ばそうとしている。

 その時2人は、強く、心の底から想った。

 

 ならば、自分が大切だと思う家族や友達をこの手で守りたい。

 

 その気持ちが、精霊の力を飛躍的に上昇させた。

 精霊の力は2人の心と心が繋がっていて、絆が深まるほどにプリキュアに与える力を大きくしていく。

 ウザイナーと融合したカレハーンですら対処できない程の精霊の光、一段と強力となったツインストリームスプラッシュを受けたカレハーンはウザイナー諸共に消滅してしまった。

 

 以上が、アクダイカーンが映し出したカレハーン最期の一部始終である。

 

 

「やれやれ、カレハーン殿も口だけですな」

 

 

 ダークフォール最深部。

 その映像を見て、消えたカレハーンに嫌味を吐くゴーヤーン。

 ゴーヤーンは名の通り、野菜のゴーヤのような形をした顔をしており、羽織と袴を身に纏っている。そして身長はプリキュア、つまり女子中学生よりも低い。

 ところがダークフォールの幹部だけあり、その力は侮れないものがある。

 

 彼の両手は常にもみ手だ。それにプラスして低い身長と敬語から低姿勢な態度を装ってはいるが、その実、笑いながら嫌味などを吐くような性格だ。

 故にカレハーンなど、ダークフォールのメンバーからは煙たがれる事も多い。

 

 ダークフォールの最深部は泉になっており、その中央には尖った岩が高くそびえ、その先端で紫色の炎が燃えている。

 ダークフォールの幹部がアクダイカーンに謁見する時は、泉から真っ直ぐ伸びる桟橋にまで行くというのが通常だ。

 なお、アクダイカーンは泉の向こう岸に鎮座している。

 

 その例に漏れず、ゴーヤーンは泉から伸びる桟橋にてもみ手を崩す事無く、アクダイカーンと顔を合わせていた。

 

 

「ゴーヤーン! 『樹の泉』が奪われた事は笑い事ではないぞ!!」

 

「はっ、ははぁ! 承知しております、アクダイカーン様……」

 

 

 カレハーンを皮肉っていたゴーヤーンだが、身体が震えるようなアクダイカーンの一喝に怯え、かなり後ろに下がった。

 

 樹の泉とは、カレハーンが支配していた泉の名だ。

 泉の郷で奪った6つの泉。その泉にはそれぞれ支配権を持つ者が存在しており、それはそのままダークフォールの幹部という扱いになっている。

 当然、奪った泉の支配権を有しているだけあり、誰も彼もが実力者だ。

 残り5つは『火の泉』、『空の泉』、『土の泉』、『水の泉』、『金の泉』と言った具合である。

 

 嫌味こそ口にしていたものの、実際、ゴーヤーンも少し驚いているのだ。

 倒されたカレハーンとて、ダークフォールの実力者の内。

 彼が倒されたという事実は、『プリキュアは十分な脅威である』と印象付けるのには十分なものだった。

 

 そこでゴーヤーンは考えたのだ。これは悠長にはしていられないかもしれない、と。

 故に彼は次の手を、次なる幹部を呼び寄せていた。

 

 

「既に、次の者を向かわせております……」

 

 

 ゴーヤーンがそう口にした瞬間、彼の背後が突然明るくなった。

 赤と橙が混じったような色は、火を思わせる輝き。

 それに気づいたゴーヤーンが背後を振り返ると、燃え盛る炎が宙に浮いていた。

 ところがただの炎ではなく、宙に浮く炎の中に笑った『顔』が、表情が見える。

 

 何もかもを燃やし尽くす様な滅びの炎。それを感じ取ったゴーヤーンは、この炎が間違いなく『次の者』である事を確信した。

 

 

「待っていましたよ……」

 

 

 不敵に笑うゴーヤーンに、揺らめく炎もまた、笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 カレハーンをウザイナーごと倒し、現れた7個目の奇跡の雫を入手した咲と舞。

 直後、彼女達は7つの雫に導かれ、夕凪の森の中である物を掘り出した。

 綺麗な装飾が施された、ガラスの水差し、『フェアリーキャラフェ』を。

 

 手に入れた奇跡の雫は、フラッピとチョッピがその大きな耳で包んで保管していた。

 が、奇跡の雫にはそれ単体で強烈な力が宿っており、それを複数個同時に抱え込む事で2匹の精霊にも負荷がかかってしまっていたのだ。

 そこで必要となったのが、このフェアリーキャラフェである。

 フェアリーキャラフェは奇跡の雫を保管するもので、しかもそれと奇跡の雫が揃えば、奪われた泉の郷の泉を元に戻せるというのだ。

 

 奇跡の雫を持っているせいで具合の悪そうなフラッピとチョッピの件もあり、フェアリーキャラフェを探していた咲と舞。そこでカレハーンと遭遇したのである。

 

 キャラフェに7つの雫を投入すると、異世界、フラッピとチョッピの故郷である泉の郷への扉が開いた。

 強引に吸い込まれた咲達がやって来たのは、泉の郷の『樹の泉』。ダークフォールに支配された6つの泉の1つだ。

 枯れさせられているだけあり、そこは元が泉とは思えない程に荒れ果てた場所。

 水の痕跡など一切なく、上空を見上げれば暗雲に包まれているかのように暗い場所だった。

 

 そして、咲達はキャラフェに入っている7つの雫を枯れた泉の中央部に注ぎ込み、樹の泉を復活させた。

 注ぎ込んだ傍から水が勢いよく湧き出すもんだから逃れるのに苦労したが、ともあれ泉の1つを取り返したのである。

 

 泉が復活すると、その泉の周辺にある木々が復活し、上空も明るい空へと変わった。

 まだ6分の1に過ぎないが、確かに泉の郷を救う第一歩を踏み出したのだ。

 

 さらにフラッピとチョッピには嬉しい事に、泉の郷の王女、『フィーリア王女』がその姿を現したのだ。

 目を閉じており、小柄な、何処か神秘的な姿。

 泉の中央に浮いている彼女はまるで立体映像のように半透明で、本当にそこにいるのかと思うくらいに希薄だった。

 そして彼女は咲達に笑みを向けるだけで、その姿を消してしまう。

 

 フラッピとチョッピ曰く、王女は全ての世界の命を司る『世界樹』の精霊であり、世界樹は7つの泉によって支えられている。つまり、泉が枯れるという事は世界樹も弱るという事であり、それはフィーリア王女が弱る事にも直結する。

 だが、樹の泉を奪還した事で精霊の力が回復し、僅かに姿を見せられたのではないか、という事だそうだ。

 

 その後、咲達は夕凪の山の山頂にそびえる巨大な樹、『大空の樹』から帰還。

 大空の樹には巨大な洞が存在しているのだが、泉の郷から抜け出る時に、何故かそこから飛び出てくる事になった。どういうわけだか此処は泉の郷と緑の郷を繋いでいるらしい。

 

 

 フェアリーキャラフェの入手。カレハーンの撃破と樹の泉の奪還。フィーリア王女との出会い。

 

 

 自分達の戦いによる前進があった事を形として見れた事で、咲と舞はより一層、今後の決意を新たにしたのだった。

 新たなる強敵の出現を、彼女達は知る由もない。

 

 

 

 

 

 さて、響と未来が仲直りし、クリスと一時的とはいえ共闘を果たした日の夜の事だ。

 午後8時くらいに冴島邸に帰宅した士の元に、ある電話が来た。

 既に食事を済ませて自室にいた士は携帯にかかってきた電話を取り、今日の戦いで疲れたのかベッドに身を横たえながら携帯を耳に当てた。

 

 

「誰だ?」

 

『こんばんは、遅くにすみません。士さん、ですか?』

 

「その声……日向咲、だったな」

 

『はい! 実は、この前の話なんですけど』

 

「この前の話?」

 

 

 電話の相手は日向咲。少し前に翔太郎と共に出会ったプリキュアなる戦士の片割れ。

 咲がしてきた話は、以前に士と約束していたソレだった。

 フィルム写真の現像ができないなら、できそうな場所が会ったら教える、というもの。

 咲が言うには夕凪で写真館と銘打たれたそれらしき場所を発見したという。

 ところが、その名前がまた、士を驚愕させるには十分な名前であった。

 

 

『えっと、確かぁ……光写真館って、看板には書いてありました』

 

「なんだと!?」

 

『わ、えっ!? いや、光写真館って……』

 

 

 ガバッと上半身を起こして、今までにない驚きようを見せる士。その驚愕具合は響達ですら見た事が無い程だろう。

 咲はというと、士が突然声を張り上げるもんだから電話越しとはいえビックリしてたじろいでしまっていた。

 

 

「……名前は、本当に光写真館なのか?」

 

『はい。あっ、でも、『写真館』って文字が、何か凄く難しそうな漢字でした』

 

 

 多分、写真館で読み方は合ってると思うんですけど、と付け加えた咲。

 その情報で十分だった。むしろ、『写真館』が難しい漢字で書かれているという事は余計に可能性が高まった事を意味している。

 何故なら士の知る『光写真館』もまた、写真館ではなく『寫眞舘』と、小難しい漢字で書かれているから。

 

 その後、咲は「明後日に案内したい」、と言ってきた。

 幸い明後日は日曜日。教師としての仕事は無く、二課職員としての仕事も敵が出ない限りは無い。咲も学校が休みだからこの日を提案してきたのだろう。

 承諾し、午後から会おうという事になったのだが、さて待ち合わせ場所を何処にすべきかという話になる。

 士は咲の住む夕凪を知らない。夕凪町につく事はできても、土地勘のない場所で待ち合わせ、というのもキツイだろう。

 風都で待ち合わせというのも考えたが、いくら夕凪の隣町とはいえ、咲はそこに行くまでに電車を使わなくてはならない距離に住んでいる。

 咲は中学生特有のお小遣い問題もあって財布の中が少ないらしいし、待ち合わせの為だけに電車代を中学2年生の女子に払わせるのは、流石の士も気が引けた。

 

 と、此処で士はある事に気付いた。

 夕凪と言えば、近くはないとはいえ凄く遠いというほどの距離でもない。

 で、あるならば、ひょっとしてそこも東の管轄の一部なのではないか、と。

 

 

「ちょっと待ってろ」

 

『え? はい』

 

 

 士は携帯を声が入らないように話し口を抑えながら自分の部屋を出て、鋼牙の部屋に向かう。

 と思ったら意外と早く見つかり、鋼牙は自分の部屋に入る直前だった。

 

 

「おい、鋼牙」

 

「なんだ」

 

「お前、明後日のエレメント狩りは何処を回るんだ?」

 

 

 エレメント狩り、丁寧に言うとエレメントの浄化・封印は、1日で全ての範囲を回るわけではない。

 エレメントを浄化すること自体は戦闘ではないのだが、浄化の際に気力も体力も消耗してしまうのだ。

 それを1日で何回も続けていれば、如何に魔戒騎士といえども限界がある。

 そこで、魔戒騎士は『どれくらいの期間で、どれくらいの場所を回るか』を大まかに決め、それに沿ってエレメントを潰していくのだ。

 魔戒騎士最高位の称号を持つ牙狼とはいえ、気力体力が無尽蔵にあるわけではなく、その例に漏れない。

 

 鋼牙は突然の、士にとっては関係の無いはずのエレメント狩りについての質問に訝し気な目をしながらも、一応正直に答えた。

 

 

「夢見町周辺と、夕凪町周辺だ」

 

「なら、夕凪の土地勘はあるのか?」

 

「ああ。何度かエレメントの浄化で回っているからな」

 

「ほう、丁度いい」

 

 

 士はその場で携帯の話し口を解放し、再び耳に当てた。

 

 

「もういいぞ」

 

『あ、士さん。どうしたんですか?』

 

「ああ、待ち合わせは夕凪でいい。丁度、俺の知り合いが夕凪に用があるみたいだからな」

 

 

 鋼牙にニヤリと目線を送る士。

 鋼牙もそこで自分が案内役に抜擢されかけているのだと気づき、顔を顰めた。

 何だか利用されているような感じで気分が悪かったのだろうか。

 

 待ち合わせ場所などが決まり、夕凪に行く事となった士は咲との電話を切り、携帯を閉じた。

 そして鋼牙を見やり、一言。

 

 

「そういう事だ」

 

「どういう事だ」

 

 

 士の煽るような物言いに不機嫌そうなしかめっ面を隠そうともしない鋼牙。

 ともかく自分が案内役という形でダシにされている事は会話内容で分かる。

 鋼牙が不服なのを士も感じつつも、「別にいいだろ、仕事の邪魔はしない」とだけ言い残し、自室に戻ってしまった。

 結局鋼牙は否応どちらとも言っていないのに、有無を言わさず明後日の案内役を押し付けられてしまったわけだ。

 非常に不愉快な気分となりつつも、「まあ、夕凪まで連れて行ったら後は自分の仕事を果たせばいい」と考えて鋼牙も自室に戻るのであった。

 

 一方、先に自室に戻った士はベッドに再び寝転がりながらも、咲が言っていた『写真館』の話を頭の中で反芻していた。

 

 

(まさか、な……)

 

 

 写真館の空似という可能性もある。

 だが、一度でも頭をよぎったその可能性を士は捨てきれないでいた。

 

 もしや、『アイツ等』がいるのか、と――――。

 

 

 

 

 

 

 翌々日。午前7時半。門矢士はベッドから頭を上げて後頭部を掻き、時間を見た後に苦々し気な表情になった。

 今日は休みだ。本来なら日曜日で、敵襲さえ起こらなければ惰眠を貪れる日だ。

 それに咲との約束は午後から。本来ならこんなに早く起きなくてもいい筈だった。

 だが、エレメント狩りのついでに案内をしてもらう鋼牙が朝早くから行動する関係上、それに合わせなくてはならない。

 寝ていたいという欲求に駆られつつも、士は起きざるを得なかった。

 

 気ままな1人旅を続けてきた彼にとって、何かに予定を束縛されるのはどうにも慣れない。

 特に教師としての仕事、二課の任務がそれにあたる。

 勿論仕事自体はきっちりこなしているのだが、どんな人間でもそうだろうが早起きはきつい。

 そういうわけでこんな日くらいゆっくり寝ていたい、というのが士の本来の心境だ。

 

 最近は疑似亜空間にジャマンガの城に市街地でのノイズ発生が立て続けに起こり、そこに教師との二足の草鞋。

 これに加えてホラーが出なくて良かったと心底思う。まあ、エレメント狩りをしっかり行っていればホラーは滅多に出るものではないのだが。

 

 欠伸をしながら渋々ベッドから出たのと、ゴンザが朝食の用意ができたと士の部屋を訪ねたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 リビングに行けば鋼牙がコーヒーを飲んでいる。いつものように5時頃には起きて、この時間まで鍛錬でもしていたのだろう。

 本日はパンを主食に置いた、若干洋風なテイスト。いつも通りゴンザが作ったものだ。

 いつも通りに真顔な鋼牙と、いつにも増して不機嫌そうな士が食卓を囲んで朝食を食べる。

 ゴンザの料理はいつも美味しいな、とか、最近何かあったか、とか。

 そんな話題はこの2人の間では出ない。鋼牙と士の間でそんな仲睦まじい話題が出たら、異常事態過ぎてゴンザが間違いなく卒倒する。

 

 黙々と食べ進めていく中、鋼牙と士はほぼ同時に食事を終えた。

 口周りを軽く拭きとって身だしなみを整える2人。士はコーヒーが注がれたカップを手にした。

 

 

「エレメント狩りはどっから回るんだ?」

 

「夢見町からだ」

 

「チッ、夕凪からにできないのか」

 

「何故俺がお前の予定に合わせなければならない」

 

 

 午後から待ち合わせであるから夕凪に到着するのは昼頃でもいい。

 だが、夢見町に用の無い士は夕凪に案内さえしてくれれば後は自分で時間を潰すと考えていた。やたらに移動させられるよりはいいと考えたからだ。

 もう少し時間が経てば喫茶店なんかが開店するだろうし、教師と二課の給料で金は結構ある。

 が、鋼牙の言葉がそれを許さなかった。

 案内してもらう側な以上贅沢は言えない、と考えるのが一般でも謙虚な部類に入る人間の考えだろう。

 だが、生憎と士は謙虚とは対極に位置している人間であった。

 

 

「別にどっちから回ろうが同じだろ」

 

「俺には俺のやり方がある。口答えするなら案内しないという手もあるんだぞ」

 

「……チッ」

 

 

 しかし如何せん、頼んでいる側と頼まれている側とでは交渉に不利があった。

 士が口答えを止めたのは、睨まれた事に怯んだのではなく、案内されないという本末転倒を避ける為だ。

『そんなに言うなら、頼まれていた事をしてあげないぞ』というニュアンスの言葉は、脅し程度に言う人もいるだろう。が、鋼牙は本気でやるタイプである。

 流石に1ヶ月以上も同じ屋根の下で暮らしていればそれくらい分かってしまうものであった。

 

 

 

 

 

 朝食を食べた後、顔を洗うなどの外出の準備諸々をしていれば、現在時刻は9時。

 2人はエレメント狩りへと出発した。

 普段ならばバイクを使う士だが鋼牙のスタイルに合わせて今日は徒歩。これも鍛錬の内なのだろうか。

 とはいえ、士も完璧超人と言われる程度には身体能力が高く、体力もある。

 鋼牙と歩幅を合わせて歩く程度なら何てことは無かった。

 

 やってきた『夢見町』。

 普通の住宅街が広がる中、町内には有名な大企業である鴻上ファウンデーションの本社ビルがあるような町。

 まあ、どんな大企業が存在していようと、そこにどんな人が居ようと、魔戒騎士がやる事は変わらない。

 

 エレメント狩りをしていく鋼牙。

 陰我の溜まったオブジェの影に魔戒剣を突き立て、それで刺激されたのか、声を上げながら出てきた瘴気のような姿の影を斬り伏せる。

 これがエレメント狩りの一連の流れ。簡単そうに見えるが、その実、相手はホラーが出てくるゲートの『元』ともなる存在。1体潰すのにも相応の気力を消費するのである。

 エレメント狩りに付いていった事の無かった士にとっては初めて見る光景だったが、先にホラーを見た事がある為か、特に驚いた様子ではなかった。

 

 むしろ士が夢見町に来て一番驚いた事、というか気になった事は、『木の棒に男物のパンツを吊るした青年が意気揚々と歩いていた事』くらいだろう。

 一瞬だけ見えたその横顔が、何処かで見たのは気のせいか。

 ずかずかと歩を進める鋼牙を追わなくてはならないので、それを確認する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 さて、時間は経って、士は漸くお目当ての夕凪町にやってきていた。

 夕凪に突入して間もないが、海に面していて潮風が気持ちいい場所というのが第一に感じた事。

 目に入るのは、海の反対に山がある事。大きな山は木が生い茂って密集している為か、緑が多い町、という印象を与えてくる。

 自然に囲まれ、その景観を残しつつ、そこに人が住めるスペースを作ったような場所。

 ざっくり言えばそんな印象を受ける綺麗な町だった。

 

 海沿いを走る電気鉄道が通り抜ける音を聞きながら、2人は海岸線の道路を歩いていた。

 夢見町でのエレメント狩りが終わったのが11時頃。夕凪まで徒歩移動でかかった時間が1時間近く。

 

 夢見町で歩き回った事もあり、流石の士も少々お疲れだった。

 夏場に歩き回ったせいで大分身体が暖まってしまい、服をパタパタとさせて風を通す士。正直、雀の涙のような涼しさでしかなかったが。

 一方の鋼牙は季節感ガン無視の白いコート、魔戒騎士の道具の1つである『魔法衣』を着ているが、全く暑さを感じていなさそうな、文字通り涼しい顔をしていた。

 

 

「此処か、夕凪ってのは……」

 

「ああ」

 

「この町にはパン屋があるらしい。何処か知ってるか?」

 

「そこまで案内しろと言いたいのか」

 

「フン、そこまで俺を連れてけば終わりだ。最後くらい融通を利かせろ」

 

 

 士を見る鋼牙の顔は真顔であるが、「嫌」という感情が見て取れた。

 しかし後々突っかかられても面倒だし、この辺りで有名なパン屋と言えば、普段とは少し違う回り方になるが通らないルートではない。

 心の中でかなり大きな溜息をついた鋼牙。一方で表情はピクリとも動かさず、コートを翻して歩き出す。

 無言の進行を「ついてこい」という意味と受け取った士は鋼牙の背中を追って、足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 鋼牙を追って歩いていくと、住宅が立ち並ぶ中で一軒の店が見えてきた。

 店の入口には『本日のおすすめ』が書かれている黒板が置かれており、その前を陣取って、一匹の猫が実にふてぶてしそうに眠っていた。

 屋根に貼られている店の看板には『PANPAKAパン』の文字が。

 待ち合わせ場所はパン屋で、名前もPANPAKAパンという店だと士は聞いている。

 此処だな、と確信した士だが、その店先を見て目を細めた。

 

 店先には屋外での食事用であろう、椅子と机と日よけ用のパラソルが置かれている。

 そこに人が座っているのは客がいるから、というのは当たり前だ。

 ただ、その客は士も良く知る人物だった。

 

 

「おい、何してるんだお前?」

 

「ん? お、来たな、士」

 

 

 店先まで足を運び、後姿だけが見えていた青年に話しかける士。

 その青年は、左翔太郎。今では同僚とも呼べる仮面ライダーWの左側だった。

 

 何故此処にいるのか、という言葉をくれてやれば、今日の朝に翔太郎のところにも咲から連絡があったそうだ。その時間と言えば、士と鋼牙が夢見町を歩いている頃だろう。

 曰く、「士さんだけじゃなく、一応翔太郎さんにも伝えた方が良いのかなって」、という善意の元で。

 隣町という事もあり、翔太郎は特に迷う事無く此処までこれた、という話だ。

 

 まあ、咲や舞とは一緒に戦った中だから此処に来る事も、連絡が行く事も不思議ではない。

 士が何よりも疑問だったのは、翔太郎と共にいる2人の女の子。

 

 

「こんにちは、士先生! 此処のパン美味しいですよぉ~」

 

「……お前等までいるのはどういうわけだ」

 

 

 2人は士も良く知った顔。立花響と小日向未来だった。リディアンが日曜で休みという事もあり、バリバリ私服の。

 チョココロネを口にしながらニコニコと話す響はやたらに幸せそうだが、そんな事はどうでもいい。

 何故、プリキュアの事も知らされていない筈の2人が此処にいるのか、という事だが。

 

 響曰く、翔太郎が咲からの電話を取った時に丁度二課にいて、たまたま響がいたらしい。

 そして響は翔太郎から電話の内容を聞き、『士先生の写真が見れるかも』という事で、未来も誘って付いて行ってもいいですか? と聞いたところ、翔太郎が承諾したという事だそうだ。

 

 休日の朝にも拘らず響が二課にいたのは、今でも続く特訓の事と未来の事があったからだ。

 未来は今後、二課の『民間協力者』という形で在籍する事が決定したらしい。

 流石に知りすぎたという事と、シンフォギア装者である響と距離が近すぎるという点から、少々特殊ながらそういう措置が出たという話だ。

 で、まだ手続きの完了していない未来を二課に入れるわけにもいかないので、響が二課へ顔を出して軽い説明を受けた、という事らしい。

 

 

「余計な事を……」

 

「はぇ?」

 

 

 ボソリと呟く士に首を傾げる響と未来。

 士は自分の写真が見られたくない。特に響や未来のような生徒、了子のように煽ってきそうな奴には。

 写真を翔太郎や響、未来に見られるおそれが出てきて、士は溜息をつく他なかった。

 

 一方、特に話に混じるわけでもなく、いつものように無愛想な面を貫いていた鋼牙が痺れを切らして士に声をかける。

 

 

「俺はもう行くぞ。いいな?」

 

 

 声に反応し、士は鋼牙の方へ振り向いた。

 翔太郎も、そう言えばこの白いコートの青年は誰なんだ、という目線を士と青年を交互に見て、向けている。

 

 

「ああ。案内ご苦労だったな」

 

「二度目は無い」

 

「あー、そうかよ。ったく、さっさと行きやがれ、お前にも自分の仕事があるんだろ」

 

「フン。……遅くなりすぎるなよ、迷惑だ」

 

「口煩い奴だな。晩飯には間に合わせる」

 

 

 翔太郎の視線を意に介す事も無く一連の会話を終えた後、鋼牙はコートを翻してその場を去った。

 誰もがその青年に目を向ける中、士は「偉そうな奴だ」とブーメランな嘆息をつく。

 

 

「士、お前と一緒に来たあの男、誰なんだ?」

 

「居候先の奴だ」

 

 

 そもそも士が誰かの家に居候している、という事を初めて知った一同はまずそこに驚いたが、よくよく考えれば別の世界から来ているのだから、この世界に決まった家が無いのは当然か、と納得した。

 士も士で鋼牙の事はそれ以上に説明しなかった。

 魔戒騎士という仕事は本来、一般の人間には知られてはいけない事。

 その辺りの事情を無視するほど士も馬鹿ではないし恩知らずでもないので、士はその事は翔太郎達を始め、二課などの部隊の面々の誰にも言っていない。

 

 さて、待ち合わせの時間には少々早いが、元々の提案者である咲を除いた全員がこの場に集まっていた。

 その咲だが、今はまだ店の中でもうすぐ出てくるのではないか、と翔太郎達は考えている。

 響達がパンを買った際にレジや店の中に咲の姿は見えず、自分の部屋か何処かにいるのだろうと推測した。

 待ち合わせ時間まではまだ時間もある事だし、PANPAKAパンは他の町や都道府県にも名を知られるかなり人気のパン屋だ。お手伝いなどもあるのだろう。

 そう考えて、待ち合わせ場所であるこのパン屋でのんびり待っている、というのが現状だった。

 

 士が来て鋼牙が去り、それから待つ事数分。店の中から少女が1人出てきた。美翔舞だ。

 ところが彼女は翔太郎達のところに行くわけでもなく、PANPAKAパンを去って行ってしまう。何処か、落ち込んだような様子で。

 そこで様子がおかしい事に気付けたのは、咲と舞を見た事のある士と翔太郎だけ。

 

 日向咲が顔を出し、翔太郎達の元へ小走りで駆けてきたのは、それからさらに数分しての事だった。

 

 

「こんにちは……。すみません、待たせちゃって」

 

「いや、いいさ。此処のパン、美味いな」

 

「買ってくれたんですか? ありがとうございます」

 

 

 咲と翔太郎の会話。言葉だけ見れば特におかしなところは無い。

 だが、声に全く覇気が感じられなかった。顔もやや俯き加減で、何かあったとしか思えなかった。

 初対面の響と未来からすれば「大人しい子なのかな?」だが、士と翔太郎はそんなわけがない事を知っている。

 

 

「どうした、元気ねぇな?」

 

「えっ、あ、その……」

 

「美翔と喧嘩でもしたのか」

 

 

 翔太郎の問いに口籠る咲だが、士の言葉を聞いて目を丸くして驚いた。

 図星だった。喧嘩、というと少し違うのかもしれないが、大雑把に言えばそれは咲と舞のある種の喧嘩と言えるのかもしれない。

 

 

「ど、どうして分かったんですか?」

 

「喧嘩して落ち込んでた、何処かの誰かを知ってるからな」

 

 

 実にわざとらしく大袈裟に、響と未来を見やる士。

 目線を向けられるまでもなく自分達の事だと理解していた2人は頬を掻きながら何とも言えない苦笑いをするばかり。

 まあともかく、どうやら喧嘩したという事実だけは本当の事のようだと理解した士達。

 此処で反応したのが、喧嘩という経験をしている人助け中毒者こと立花響だった。

 パンを食べ終えた響はすっと立ち上がって、俯いている咲へ近づいて穏やかな笑みを向ける。

 

 

「私は立花響。士先生の言う通り、前に友達と喧嘩しちゃったんだ。良かったら、話聞くよ?」

 

 

 朗らかな笑み。咲とは初対面ではあるが、向けられている笑顔の暖かさは本物だった。

 さながら向日葵が太陽を見るかのように、咲は顔を上げる。

 そんな2人を見やりつつ、翔太郎はその場を仕切った。

 

 

「ま、聞くにしても歩きながらな」

 

 

 今回集まった目的は、士の写真が現像できる写真館へ足を運ぶ事だ。

 これを提案したのは他ならぬ咲であり、いくら友達と喧嘩したからって予定をキャンセルするほど咲は無責任な人間じゃない。

 そうして、響の言葉でほんの少しとはいえ元気になった咲が先導する形で、一行はPANPAKAパンから咲の案内する写真館へ向けて歩を進め始めるのであった。

 

 

 

 

 

 歩いていく道中で聞いた咲と舞の喧嘩の話は、咲の妹が関わっていた。

 咲の妹、『日向 みのり』。天真爛漫な小学2年生だ。

 彼女は姉の咲が大好きだ。部活でソフトボールをしている咲の真似をしてみたり、舞と遊んでいる咲がいるところに顔を出したり、とにかく咲と一緒に居る。

 

 そして咲がいる時のみのりは、元気一杯だった。元気がありすぎて注意されるほどに。

 例えば今日の朝ご飯の時の会話で嬉しい事があったら、手を大きく振り回して牛乳を零してしまったり、など。

 咲も何度も注意したが、その時はおとなしくなっても、またその元気を振り回してしまう。

 まあ、この歳の子供にはよくある事だ。でも、それが今回の喧嘩の引き金だった。

 

 士達と待ち合わせるまでの時間の間、午前中から咲は舞を家に招待していた。

 その後、写真館まで一緒に行こうという話をしていたからだ。

 場所は日向姉妹の部屋。談笑を楽しむ中、みのりがジュースとお菓子を持って入ってくる。

 そうしてみのりも交えて、3人は明るい時間を過ごしていた。

 

 舞は絵が得意で、絵が好きで、絵を描いている。スケッチブックを何処にでも持って行き、気になったものを描くのは彼女の趣味である。

 本日持ってきたのは犬のデッサン。咲から見れば舞の絵はどれもこれも上手いものばかりだが、今回は今まで見せてもらった中でも特に上手く感じた。

 実際、舞もお気に入りだそうで、油絵にしてみようかな、と言っていた。

 舞の絵を見たみのりも興奮気味で、思い返せばその時から行動が危なっかしかったようにも思う。

 

 みのりは咲がソフトボールで使うグローブを使って咲の真似をし始めた。

 止めるように注意しつつ、「たはは」と呆れる咲。それとは対照的ににこやかにみのりを見守る舞。

 そしてそこで、今回の喧嘩の原因となる決定的な事が起こってしまった。

 

 

「やったぁー! ホームイン!!」

 

 

 味方がホームを回って帰ってきた、という想像をして遊んでいたのだろう。高く手を振り上げて喜ぶみのり。

 ところが、手を振り上げた時に嵌めていたグローブがすっぽ抜けて宙を舞ってしまった。

 グローブは弧を描き、机に落下。

 しかも不運な事に、グローブはジュースの入ったグラスに当たってしまった。

 バランスを崩して倒れたグラスからは、当然ジュースが零れる。そしてさらに最悪な事に、その時丁度、舞の絵は机の上に置かれていたのだ。

 舞の絵はジュースを吸い込み、濡れてしまった。スケッチブックに大きくかかってしまった水分はどれだけ拭いても取れないし、しかもジュースという色が付いた水分だった事もまずかった。

 そしてそれが、全ての原因となってしまったのだ。

 

 

「みのり!! 舞の絵が台無しになっちゃったじゃない!!」

 

 

 舞にも見せた事の無い剣幕で咲は怒鳴る。

 みのりも、自分のせいだと自覚している。けれど姉が見せた凄まじい怒りに身を縮こまらせてしまっていた。

 見かねた舞が、みのりのフォローをしようと口を挟む。

 

 

「咲、絵ならまた描けるから……」

 

「そうじゃないの! みのり、お姉ちゃん今朝も注意したよね!?

 危ないって注意したのに止めなかったからまたこうなったんでしょ!!」

 

 

 何度も同じ事を言われてるのに、と咲の言葉はますます強くなっていく。

 その度にみのりの顔は下がっていき、目に涙が溜まっていた。

 

 

「みのりは止めなさいって言った事をやっていっつもこうなるよ!

 一体何回同じ事言わせるの!?」

 

 

 みのりだって悪気があったわけじゃない。

 流石に言いすぎじゃないか、と口を挟もうにも、咲のまくし立てるような言葉にそんな隙は無かった。

 そうして次に言われた言葉は、みのりにとって決定的過ぎる言葉。

 

 

「もう一緒に遊んであげない!!」

 

 

 どれほど、みのりにとってショックだっただろうか。

 彼女は咲という姉が大好きだからこそ、姉の真似をしていた。

 それによって今回、舞の絵を汚してしまったというのは事実だし、みのりだってそれが分からない程子供じゃない。

 けれど、その大好きな姉から一緒に遊ばないと言われた事は、遠回しに「嫌い」と言われたような気がして。

 辛い気持ちが我慢できず、ついにみのりは大声を上げて泣き出してしまった。

 

 

「ちょっと咲、みのりちゃんの気持ちも……」

 

 

 見かねた舞は咲を止めようと、手を咲に伸ばす。

 だが、その手は取りつく島もなく、咲にはたかれる形で振り払われてしまった。

 さらにみのりへの剣幕をそのままに、咲は舞にも声を荒げてしまう。

 

 

「だから! 舞には分からないんだからちょっと黙っててッ!!」

 

 

 怒りで頭がいっぱいだったから言ってしまった言葉。

 舞何度も同じ事を言ったのにそれを繰り返したみのりを叱った咲は、舞の事が大好きだ。

 だからこそ、舞の絵を汚した事にも怒りを露わにしている。

 けれど、その勢いのままに舞の手を酷い形で振り払ってしまった事に、そして振り払われた舞は、とてもショックを受けたような表情な事に気付いた咲は我に返る。

 

 でも、既に遅く、全ては言ってしまった後。

 舞の表情と舞にしてしまった事に言葉を失ってしまった咲。そして舞もまた、ショックのせいで言葉を失っていた。

 

 喧嘩というには静かすぎるが、とてもじゃないが雰囲気が良いとは言えない静寂が2人の間に流れる。聞こえてくるのは、みのりの泣き声だけ。

 いつしか2人の沈黙に気付き、しゃっくりを上げながらもみのりは泣き止んだ。

 2人の間に、そして姉に嫌われたと思うみのりも交えた、重い空気。

 

 

「……わ、たし。……今日は、帰る、ね……」

 

 

 誰も何も言えない中で、舞はゆっくりと立ち上がり、何処か足取り重く、部屋を出ようとする。

 扉から部屋を出る前に、咲とみのりの方へ振り返った舞はみのりへ、何処かぎこちない笑みを向けた。

 

「またね、みのりちゃん」

 

 

 精一杯の、自分の心境で今できる最大限の笑顔でみのりに手を振った。

 みのりを少しでも安心させようと、これ以上不安にさせたくないと思って。

 けれど、咲を見る時の舞は、そんな作り笑いすらできなくなるほどに暗く、意気消沈したものだった。

 

 

「それじゃ……」

 

「う……ん……」

 

 

 咲と舞が交わした、暗く、重く、あまりにも短いやり取りの後、舞はPANPAKAパンから出た。

 元々一緒に行く約束だったけれど、そんな空気じゃない。

 こんな状態で翔太郎さん達にあったらきっと迷惑をかけると思って、舞は自分がその場にいない方がいいと考えたからだ。

 

 後に残された咲とみのりはお互いに一言も発さないまま、時計が進む音だけが静寂した部屋の中で響く。

 汚れてしまった舞の絵は、机の上に置かれっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、話せずじまいで終わっちゃったんだ……」

 

「はい……。何て謝っていいのか、分からなくて」

 

 

 響の言葉に頷き、思い出してしまった事で一層に表情を曇らせる咲。

 咲は自分が悪かったと考えている。

 だが、それは舞に対してであって、みのりに対してではない。

 実際、注意された事を何度もやっていたみのりに非があるのは事実だし、咲は勿論悪くない。

 ただちょっと、言い方に問題があったという事に、咲は気付いていない。

 響と同じく話を聞いていた未来は、そこを指摘した。

 

 

「その舞って子は、みのりって子を気遣っただけなんじゃないかな」

 

「でも、みのりが何度言っても聞かないから……」

 

「うん、注意するのはいいと思う。でも舞って子は、それに思うところがあったんじゃないかな」

 

 

 どうしてか分からないが、舞はみのりの肩を持っている。

 自分の絵が汚されたのに、みのりは何度注意しても聞かない事も言った筈なのに。

 まだ何処かでみのりに対して怒っているせいか、咲はそんな風に考えていた。

 

 

「舞ちゃんと一回ちゃんと話してみれば大丈夫だよ。お互いの思っている事を打ち明ければ、きっと仲直りできるよ!」

 

 

 綺麗事というか、喧嘩している人間にかける常套句のような言葉を発する響。

 だが、その言葉は経験談。未来とは一度しっかり話し合えたからこそ、今もこうして親友でいられるのだから。

 聞く限りでは喧嘩というよりかは擦れ違いという方が近く、お互いに話すタイミングを見失っているだけのように感じられる。

 なら、きちんと話す事ができれば何の問題もないんじゃないかな、と響も未来も考えていた。

 

 後ろで話を聞いていた翔太郎と士も概ね同意見。

 咲の相談に積極的に協力する響と未来を見て、歳も近いし任せている状態にある。

 話がこじれたり迷走しだしたら口を出すつもりだったが、どうやら心配はなさそうだ。

 

 

 

 そうこう話しているうちに、目的の場所、夕凪にあるという写真館が見えてきた。

 咲が「此処です」と指をさした写真館を見て、士の疑念は確信へと変化する。

 古ぼけた外観。話にもあった通り、難しく書かれた『寫眞舘』の字。

 そして極めつけに、写真館の名前。

 

 それら全てが、合致していた。

 

 唯一無二の、何処よりも思い入れのある写真館と同一であると、士の記憶が訴えていた。

 写真館の扉まで足を進め、扉の前に立った士は、しばらく黙り込みながら立ち尽くしてしまう。

 まず間違いなく、この写真館は、士の考える写真館と同一だ。

 足を踏み入れるのはしばらくぶりだ。そこにいる『アイツ等』と会うのも、久しぶりになる。

 再会を前にして、柄にもない緊張のようなものと、かつての思い出が士を駆け巡っていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 いつまで経っても扉を開ける気配の無い士に、後ろにいた響が声をかける。

 咲も翔太郎も未来も、士以外の全員が立ち尽くす士に疑問符を浮かべていた。

 

 

「……何でもない」

 

 

 何でもなくないが、取り立てて大きな事ではないと自分に言い聞かせる。

 そうだ、たかが再会だ。しばらくぶりに会っていないアイツ等と顔を合わせるだけじゃないか。

 溢れ出る思い出と感慨を押し込め、士は写真館の扉を開いた。

 

 扉が開くと、来客を知らせるベルが鳴る。

 玄関前のカウンターには誰もおらず、そのベルを聞きつけて写真館の奥から声が飛んできた。

 

 

「いらっしゃいま……」

 

 

 急な来客に小走りをしながら、女性が写真館の奥から顔を出した。

 ところがその女性は、来客の顔を見るなり足を止め、表情まで硬直させてしまう。

 

 

「……よう」

 

 

 女性を確認した士は、ややおとなしめに、呟くように声をかける。

 その短い言葉はまるで知り合いに会った時のような言葉で、少なくとも初対面の人間に使うような言葉ではない事を翔太郎達も疑問に思った。

 

 女性の目には翔太郎達は映っていない。

 その瞳が映しているのは、たった1人、士だけ。

 前振りも無く突然現れた、その人に、女性の――――『光 夏海』の視線は釘付けだった。

 

 

「士、君……!?」

 

「久しぶりになるな、夏ミカン」

 

 

 光写真館。

 それは士にとって、何よりも思い出深い場所だった。




――――次回予告――――
「舞に、酷い事しちゃったな」
「余計なお世話、だったのかな。でも、咲にはみのりちゃんの気持ちを考えてほしい」
「舞に謝らなきゃ……って、こんな大事な時に!」
「今度は火!? 一体何なの!?」
「「スーパーヒーロー作戦CS、『みのりと2人のお姉ちゃん』!」」
「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」

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