スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第51話 陽だまりに翳りなく

 既に日は落ちかけて夕暮れとなり、オレンジ色の光が町と響を照らしている。

 夕焼けの空は、それだけ時間が経った事を示していた。

 走り、跳び、探す。されども未来は見つからない。

 その度に響の心のざわめきはどんどん増していく。

 流れる歌を歌いあげる声に気合が入り、どんどん言葉の勢いが強くなっていっていた。

 

 未来がどんなルートで逃げているのかは分からない。今、何処で逃げ回っているのか。

 響は必死に探すしかない。どんな小さな影も見落とさず、どんな小さな言葉も聞き逃さず。

 陸上部とはいえ、走り出してからまだ1分も経っていない。

 自分の親友を自力で見つけるしかない。

 

 

(私は、みんなを、未来を守りたかった。その為の力だと、シンフォギアだと思った……)

 

 

 響はビルからビルを伝って、とにかく高い場所から未来を探し続ける。

 できるだけ素早く移動する為に背面のブースターは吹かせっぱなしだ。

 

 未来との会話は響に1つの思いを形作らせていた。

 響は助ける事に一生懸命な人間だ。今でもそうだし、これからもそうだろう。

 だが、それだけじゃ人助けは成立しない。『助けられる側』が諦めては、意味がないのだ。

 

 

(だからあの日、奏さんは私に『生きるのを諦めるな』と叫んだんだ……!)

 

 

 例えば、崖から落ちそうな人間の手をギリギリで掴めたとする。

 けれど落ちそうな人間側が助かる事を諦めていたら、その人は這いあがろうともせず、いつしか奈落の底へ落ちていく事だろう。

 それと同じ事だ。

 2年前のライブの日、響が助かったのはツヴァイウイングが直接助けたから、というだけではない。彼女自身が『生きるのを諦めなかった』からだ。

 

 助けられる側が『助けてほしい』、『諦めたくない』と足掻くからこそ、助ける側も必死になれる。

 助かりたいと手を伸ばすから、助けたいと手を伸ばせる。

 

 

「きゃあぁぁッ!!」

 

 

 悲鳴が聞こえた。未来の声だ。

 ノイズに追い詰められている事が分かる。同時に、まだ生きている事が分かる。

 

 そう、間に合う――――――ッ!

 

 だから響の拳に、脚に、より一層の力が籠る。何としても助けたいという思いが。

 

 思いに応えるかのようにガングニールの脚部ユニットからパワージャッキが伸びる。

 跳躍の勢いをそのままに上空を待っていた響は地面へ一時着地。そのまま間髪入れず、悲鳴がした方向、未来の待つ場所へと跳び上がる。

 

 

(今なら分かる気がする。私が誰かを助けたいと思う気持ちは、惨劇を生き残った負い目なんかじゃない。

 2年前、奏さんから託されて受け取った――――気持ちなんだッ!!)

 

 

 跳び上がった瞬間、伸びたパワージャッキが、伸びきったゴムが飛ぶような勢いで元に戻った。

 瞬間、空気が『蹴り上げ』られ、跳躍と同時の急加速を果たす。

 同時に背面のブースターが今までにない程に火を吹き、加速をさらに上乗せた。

 それは響が、最速で最短で真っ直ぐに一直線に駆ける為の力。

 

 未来は囮になると言った。けれど、死にに行くとは言っていない。

 何とかして、と響へ言った。私の全部を預ける、と。

 その為に未来は諦めずに走り続けている事だろう。

 ならば響も走る。未来を救う事を諦めず、人助けという一生懸命を。

 

 

 

 

 

 未来は走り続けていた。既にスタート地点のビルは遥か彼方、今は高台まで螺旋状に昇っていく、ガードレールもしっかりとついた舗装された道を駆けあがっていた。

 体力を使う上り坂だが、坂そのものは緩やかだ。

 未来の体力が削られていく一番の理由は、その走った距離の長さと、ペース配分の考えない走りにある。

 

 長距離において自分の体力と相談してペース配分を考えるのは当然だし、未来もそれができる人だ。

 が、タコノイズはそんな都合など考えずに凄まじい勢いで背後から迫ってくる。

 ペースなど考えずに全力疾走をするしかなかった。そうすれば、すぐにバテてしまうのは当たり前の事だ。

 

 

(もうダメなのかな……)

 

 

 苦しい。今にも倒れてしまいそうな中で未来の脳裏に一瞬、諦めが湧いてしまった。

 タコノイズはノイズらしく、無情なまでに未来を延々と追いかけ続ける。

 どんどんと減速してしまう未来。その分だけノイズが、死が迫ってくる。

 

 自分は響に酷い事をしたのだ。これは罰か何かなんじゃないかな。

 そんな風に考えてしまってついには足を止め、倒れるように四つん這いになってしまった。

 

 追い詰めた事を察知したタコノイズは彼女を押し潰そうと上空に跳び上がる。

 後はそれが未来に降って来れば終わり。

 絶望と諦めが心の中を支配して、未来の体は動こうともしなかった。

 

 だけど、まだ。

 

 

(まだ、響と流れ星を見ていないッ!)

 

 

 約束がある。それが未来を支配していた心の闇を照らし、再び走ろうと奮い立たせた。

 その為には生きなくてはならない。生きるのを諦めてはならない。

 

 タコノイズが落ちきる前に、未来は立ち上がりと同時に再び走り出した。

 が、タコノイズの勢いはアスファルトとガードレールすらも衝撃と重みで砕き、自分もろとも未来までも道路の外へ放り出す。

 

 

「きゃあぁぁッ!!」

 

 

 高台に通じる道という事は、当然ガードレールの向こう側は崖。

 落ちた地点の下には川が通っているが、浅すぎて飛び込んでも意味は無い。

 しかも落下コースは川の近く、河川敷の坂。地面への直撃だ。

 さらに近くにはタコノイズが健在。例え元陸上部の健脚があっても、地面が無くては打開などしようもない。

 けれど、まだ諦めない。まだ来てくれると、最後の一瞬まで信じ切るんだと。

 

 

「未来ぅぅぅぅッ!!」

 

 

 近づく影。黄色い鎧を纏った自分の親友。自分の全てを預けられる人、立花響。

 名前を呼んで空を駆ける響がブースターとパワージャッキの勢いをそのままに未来へ、そしてタコノイズへと接近していく。

 

 だが、時間が無いのにノイズはどうにも最悪のタイミングで現れた。

 

 今日現れた別の群れなのか、クリスを殺そうと増強された群れなのか。

 ともかく新たに飛行ノイズが5体、響の上方から向かってくる。

 ご丁寧に、槍状に丸まって響への突進態勢を整えて。

 

 そっちの相手をしていたら未来がタコノイズに炭にされるか転落死してしまう。

 そんなものに構っている暇はないのに、と、血が出そうなほどに奥歯を噛みしめる響。

 私呪われてるかも、何て言葉を、冗談でなく本気で叫びたいこの状況。

 

 しかし世の中は最悪だけではない。最高のタイミングで味方が現れる事もある。

 

 

「オラァァッ!!」

 

 

 下からのガトリングが上空のノイズ達を1匹残らず仕留める。

 ガトリングの主は響よりも下ではあるが、やや跳び上がって撃ち放っていたようで、ノイズを仕留め終わった後に地面へとストンと着地した。

 

 

「クリスちゃんッ!」

 

「早く行きやがれッ!」

 

 

 感謝の1つも言いたいところだが、悠長な会話の時間は無い。

 右腕の腕部ユニットを展開、響はブースターを全力で吹かせてタコノイズへと肉薄する。

 ガングニールから流れる歌詞もラストスパート。

 最後の歌詞を、全力で、全開で歌い上げて、歌の力を右腕に乗せて――――!

 

 タコノイズを正面からぶん殴り、腕のパイルバンカーが唸りを上げて衝撃を打ち込む。

 一撃でタコノイズには穴が空き、響は勢いそのままにタコノイズの体に空いた空洞を通り抜けた。

 瞬間、タコノイズは炭へと戻り、炭もまた重力に身を任せていく。

 

 だがそこで終わりではない。このままでは地面と未来が人間の耐えられない範囲の激突を果たしてしまう。

 響はブースターを引き続き吹かせつつ、再び腕のパイルバンカーを展開して、空打ち。

 空打ちとはいえ衝撃そのものは発生し、それを利用して響は未来がいる場所にまで一気に加速した。

 

 

(死なせないッ!)

 

(死ねない……ッ!)

 

 

 未来を抱きかかえる響。地面は刻一刻と迫ってくる。

 だが響は救うのを諦めず、未来も生きるのを諦めない。

 どちらも生きる事に一生懸命。託された相手を助けると誓い、託した相手を信じると誓った。

 

 響はブースターを真下へと噴射させつつ、足のパワージャッキを全力展開。

 地面への衝突と同時にジャッキを始動し、落下の衝撃を最大限に和らげるものの、高所からの落下と無理矢理な着陸のため、派手な音と共に爆発のような土煙が舞った。

 

 未来を抱いたまま地面をバウンドし、2人は地面に転がった。

 しかも此処は河川敷の坂。当然ながら勢いよく転がった2人は抱き合ったまま転がるわけで。

 

 

「わ、わわぁぁぁぁ!!?」

 

「いた、ちょ、きゃあぁぁぁ!?」

 

 

 片や、シンフォギアを纏っているから痛みこそないものの視点の回転に悲鳴を上げる。

 片や、響が庇ってくれているから痛みは最小限だがそれでも痛い。

 ともあれジェットコースターともタメ張れるような勢いが2人を襲った。

 

 ごろごろと転がった2人は、最終的に川にまでは行かず河川敷の下で何とか止まる事ができた。

 止まった拍子に未来と響は離れ、2人はそれぞれに四つん這いで息も絶え絶えである。

 肩で息をしながら響はシンフォギアの鎧を解くと、身体の痛みを感じた。

 緊張状態が解かれたせいだろうか、勢いよく落っこちたせいで腰とか足が痛い。

 まるで老人のように腰をさする響。未来を見れば、同じように未来も腰や足をさすっている。

 

 2人して同じ事をしているのが何だかおかしくて、2人は笑いあった。

 

 

「カッコよく着地するのって難しいんだなぁ」

 

「あちこち痛いよ。でも、生きてるって感じ」

 

 

 立ち上がって制服についた砂埃を払った2人は向かい合って、目を合わせた。

 こうしていつも話していたはずなのに。未来に秘密を知られてから1日、目も合わせてもらえなかった。

 だからなのか、響はそれだけの事を酷く嬉しく感じていた。

 

 

「響が助けに来てくれるって、信じてたよ」

 

「私も、未来が諦めないって信じてた」

 

 

 2人の思いは簡潔だ。たった一言で表せる。

 

 

「「ありがとう」」

 

 

 不思議と重なった言葉。自分を信じてくれた事に、諦めないでいてくれた事に。

 信じあえる親友。ようやく戻れたのだ、いつもの2人に。

 

 

「……ッ、響!」

 

「わっぷ! ちょ、未来!?」

 

 

 未来は響に抱き付いて、その勢いで響は倒れてしまう。ついでに抱き付いていた未来も一緒に。

 思わぬ事に慌てる響だが、すぐに未来の異変を感じ取った。

 響をぎゅっと抱きしめる未来の手は震えている。

 

 未来は泣いていた。今まで抑えてきた感情が崩れ落ちて、涙と言葉として次々と零れ落ちていく。

 

 

「ごめんね響。私、響が隠し事をしていたのに怒っていたんじゃない。

 人助けだから、いつもの響だから。でもね、最近ずっと辛そうで、全部背負おうとしてて……。

 私はそれが嫌だった。せめて知って、力になりたいと思った。だけどそれは私の我が儘だ。

 そんな私じゃ、響の人助けを邪魔しちゃう。だから、今までみたいにいられないって思って……!!」

 

「未来……」

 

 

 そこまで考えてくれていた事に響の頬にも涙が伝う。

 結局、未来は自分の心配を押し付けて響の邪魔をしたくなかったというだけの事。

 隠し事で怒っていたわけでも、それで嫌ったわけでもなかった。

 ただただ、響を心配していただけ。

 それがこうして空回りしてしまったという話。

 

 響は抱き付いていた未来を優しく離し、両肩を掴んで顔を突き合わせた状態で、微笑みを送った。

 

 

「それでも、未来は私の……」

 

 

 大切な友達だよ。と、言おうとしたのだが、正面切って見つめた未来の顔に響は思わず破顔してしまった。

 場と空気がぶち壊しな大笑い。未来も何が何やら分からないと鳩が豆鉄砲を食らったような顔で響に「どうしたの?」と尋ねた。

 

 

「だって髪はボサボサ、涙でグチャグチャ、土まで被ってシリアスな事言ってるんだもん……!」

 

 

 こんな空気感の中で結構酷い事を言ってきた。

 腕を組んでプイッと拗ねたように顔を背けて、未来は響に可愛らしい怒り顔を見せる。

 

 そんな2人がいる、今は平和な河川敷にバイクの音が迫ってくる。

 何事かと坂の上を見てみれば、黒白基調にマゼンタの色が入ったバイクが急停止を果たしていた。

 ノイズを全て片付け終わった彼は、二課を通じて位置を確認して此処にまでバイクを走らせてきたのだ。

 バイク、マシンディケイダーの主である士がヘルメットを取って坂の下に見たのは、えらく密着した響と未来の姿。

 焦ったような表情だった士の顔は、それを見た瞬間からみるみるうちに真顔へと変わっていった。

 

 理由は、2人の体勢。

 倒れた拍子に足まで絡まっているせいで、かなり『変な風』に見えたから。

 

 完璧に真顔と化した士は、開口一番。

 

 

「……そういうのは家でやれ」

 

「何か誤解が!?」

 

 

 すっごい真顔で言い放たれた言葉に動揺する響。一方で未来はちょっと照れている。

 仲良しっつっても限度があると思うんだが、と溜息をついた後、士は真顔を崩し、2人に口角を上げて笑みを向けた。

 

 

「課題、終わったらしいな」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

「俺は何もしてないだろ」

 

 

 士が響へ、課題という形で託した言葉。未来との仲直りと、2人で生きて帰ってこいという思い。

 響がお礼を言っているのは何かをしたとかしていないとかではなく、士が自分を信じてくれていた事、そして自分の背中を課題という言葉で押してくれた事だった。

 

 何の事なのか分からない未来はキョトンとした顔で響を見る。

 

 

「響、課題って?」

 

「へ? ああ、士先生がね、未来を助けに行く時に私に、

 『小日向と仲直りして2人で帰ってこい』って言ってくれてね?」

 

「へぇ、何だか意外。士先生って優しいんですね」

 

「待て、そんな言い方をした覚えはない」

 

 

 言ったには言ったが、それだと直球で励ましたみたいだろうと。

 怒りというよりかは恥ずかしさに士は顔を背ける。未だ河川敷の上にいる士を見上げつつ、2人は笑った。

 ところが此処で士は、話題の転換もさせる為に反撃の言葉を放つ。

 

 

「何笑ってる。お前等の顔と格好の方がよっぽど笑えるぞ」

 

 

 言いつつ、見上げてくる2人にカメラを向けてシャッターを切る士。

 ついさっきに未来に対して同じような事を言った響は焦った。『お前等』というからには、まさか自分もそうなのか、と。

 

 

「うえぇ!? 嘘ッ! ちょ、未来、鏡とかない!?」

 

「えぇ? 鏡は無いけど……。あ、これで撮れば……」

 

 

 取り出したのは音を立てないように意思を文字で伝える時にも使った携帯。

 派手に転がってしまったが幸い無事なようで、携帯の機能は全て問題なく生きていた。

 急いで立ち上がった2人は隣り合って写真を撮ろうと携帯を見つめる。

 未来が携帯を持って、斜め上の角度に構えてピントやら角度やらを調整する中、士はそれを傍観するばかり。

 

 

「士せんせー! どうせなら撮ってくださいよぉ!」

 

「知るか。自分のカメラなら自分で撮れ」

 

 

 響の言葉をバッサリ切り捨てる士だが、実は撮りたくない理由があるのだ。

 士の写真は常人では真似できないレベルでピンボケする。しかも誰の、どんなカメラで撮っても、だ。

 

 幸いにも士のカメラはフィルムカメラ。現像ができるような場所が見つかっていないので、その写真の酷さはまだ誰にも知られていない。

 というか、知られたくない。

 

 以前に出会った咲や舞が「現像できそうな場所があったら伝える」と言っていたが、正直なところ、見つかってほしいのが半分と見つかってほしくないのが半分であったりする。

 あの写真を見られたらどんな顔をされるか。特に立花や櫻井は滅茶苦茶うざったい笑いを向けてきそうだと士は1人想像して、ゲンナリとした。

 

 

「うー、ケチですねぇ」

 

「響、撮るよ?」

 

 

 つれない士にブーたれる響を、携帯を上に上げ続けているせいでいい加減腕が痛くなってきた未来が急かす。

 呼びかけに急いだ響はできるだけ未来の傍によってカメラに顔を向けた。

 カシャ、という音と共にシャッターが切られ、そこに収められた写真で2人が見たのは、およそ女子高生らしくない酷い格好。

 

 

「うわぁ、酷い事になってるッ!? これは呪われたレベルだ……」

 

「私も、想像以上だった……」

 

 

 ハネまくってボサボサの髪。涙で泣きはらしたせいでグチャグチャの顔。砂埃や土埃のせいで髪も服も泥だらけな全身。

 酷い写真だ。

 

 けれど、何故だかとても綺麗な写真にも見えた。

 

 差し込んでいる夕日が綺麗だからじゃない。2人の写真は、それ以上に思い出として大切で。

 仲直りできた。心がより通じ合った、友情と親愛の証。

 身だしなみは酷いものだが、それが最高の一瞬として切り取られた写真。

 

 写真を撮った後、2人は声を上げて笑いあった。

 2人の笑顔は、お互いの酷い姿を面白く思っているだけではない。

 こうして隣にいられる事の嬉しさを表した、心からの笑い。

 

 そんな笑顔達に向けて、士はもう一度シャッターを切った。

 

 

 

 

 

 笑いあう響と未来を、未来が転落した高台へ通じる道路から見つめる少女が1人。

 彼女は崩落で分断された道の下る側の道に立って、ガードレールから下を覗き込んでいた。

 イチイバルを解除した雪音クリスだ。

 

 無言だった。何を言うでもなく、世話になった未来の元へと顔を出すつもりもない。

 今日のノイズ発生は自分狙いで、それに巻き込んでしまったのだ。一度ならず二度までも、彼女に迷惑をかけて、痛みを与えてしまった。

 確かに未来を助けようとする響を助けはした。だが、それでチャラになるなどとクリスは考えていない。

 

 恐らく、誰がクリスを許しても、クリスは自分を許せない。

 そういう少女だった。

 

 

「おーい、クリスぅ!!」

 

 

 物思いに耽っている彼女の心に土足で足を踏み入れる声。

 聞きたかないのに何度も聞いたその声は、上空の轟音と共にやってくる。

 オレンジのロケットを右手に装備した、白い宇宙飛行士がクリスの後方に降り立った。

 呆れかえって振り向いたクリスが見たのは、白い宇宙飛行士ことフォーゼだけではない。

 もう1人、黄色いゴーバスターズ、イエローバスターも一緒だった。

 どうやらフォーゼと手を繋いで此処まで運んできてもらったらしい。

 

 イエローバスターことヨーコがこの場に来た理由は1つ。クリスに会いたかったからだ。

 フォーゼがイエローバスターの援護に入った後、フォーゼはクリスの元へ飛ぼうとした。

 その際、自分も会ってみたいと進言すると、フォーゼが快諾したのである。

 

 フォーゼとイエローバスターの2人は変身を解除。

 年相応の私服をして、可もなく不可もないセンスの格好なだけに頭のリーゼントが目立つ如月弦太朗。

 ゴーバスターズの3人に支給されているベストを着る、年齢はクリスと変わらない宇佐美ヨーコ。

 2人がクリスの前に現れたのだ。

 

 

「だから気安く呼んでんじゃねぇよ、馬鹿が」

 

「馬鹿馬鹿言うなよな。俺だってちったぁ物を考えたりするんだぜ」

 

 

 とりあえず自分の事を普通の知り合いくらいに気軽に読んでくる弦太朗に苦言を呈す。

 それに対して得意気に反論するが、そうは見えない。

 物考えるんだったらあたしの事はほっとけよと、小言も言いたくなる。

 ところが弦太朗はそれを言わせる間もなく、次の言葉を発していた。

 

 

「サンキューなクリス。お前のお陰で助かった」

 

「はっ。ノイズ相手じゃ、天下の仮面ライダー様も形無しってか」

 

「はは、否定はできねぇな」

 

 

 仮面ライダーという名を使って悪態を見せるが、弦太朗は嫌な顔1つしない。

 事実であるからというのもあるが、そんな程度で怒るほど器量が狭い人間でもないのだ。

 同時にクリスはそんな明るすぎる弦太朗がうざったいのか、舌打ちをくれてやる。

 

 彼女が、仮面ライダーの名に対しておちょくるような言葉を発したのには理由があった。

 雪音クリスは『仮面ライダー』に対し、少しだけ複雑な思いを抱いている。

 都市伝説上でその名くらいは知っている。むしろ、紛争地帯でこそ名を聞く事が多かった。

 人類の味方であるといい、戦争を止める行為をしている仮面ライダーもいる、と。

 幼き頃のクリスはその名と伝説に縋った事がある。どうか自分を助けてほしい、と。

 

 ところが、仮面ライダーは来なかった。

 

 かつてのクリスはそれを恨むよりも、悲しんだ。

 どうして自分を助けてくれないのか。自分と同じような子だって此処には沢山いるのに。

 歳を重ねていくうちに彼女はフィーネと出会い、戦いの中へ身を投じる事になる。

 そこで彼女は仮面ライダーという伝説の『現実』を知った。

 

 仮面ライダーは神ではない。

 

 考えてみれば当たり前の話だ。

 この世にどれだけ戦争や悲劇が転がっている? それに対して仮面ライダーは何人いる?

 しかも人間同士の争いだけでなく、世界全体を襲う『怪人』という脅威までいるというのに。

 手が回らない場所があるのは当然だった。

 運良く助けられた人もいれば、運悪く助けられなかった人もいる。

 力があっても、限界はどうしたってある。

 

 故にクリスはより一層、戦争を無くしたいという思いを強めた。

 戦争を無くす事ができれば、誰かが助かる裏で誰かが死んでいくという悲劇を繰り返さずに済む。

 仮面ライダーですら救えなかった命を、救う事ができると。

 

 クリスは仮面ライダーを恨んだり、何もできない奴などと思ってはいない。

 ただ、彼女の『争いを無くしたい』という思いに、多少の影響を及ぼしているのも事実だった。

 

 仮面ライダーに対しての感情は置いておくにしても、弦太朗という人間にこれ以上迫られたら面倒だとクリスは高台を下る方向へと体を向けて、横目で弦太朗とヨーコを見やる。

 

 

「お前等と馴れ合う気などない。もう関わってくんじゃ……」

 

 

 ねえぞ。と言い切る前に、クリスから鳴った別の音が言葉をかき消す。

 音の正体は腹の虫というやつ。とどのつまり、空腹の時に鳴るという、あれ。

 クリスは「うげっ」と顔を歪めた。さっさと去りたいと思っていたのに余計なタイミングで余計なものが鳴った、と。

 

 結構な音量で響いた腹の虫に弦太朗とヨーコは思わず破顔。

 笑われた事に素直に怒りを見せてクリスは2人を怒鳴りつける。

 

 

「笑ってんじゃねぇッ!」

 

「ははは! 悪ィ、無理だッ!!」

 

「断言すんなッ!? せめて笑わねぇ努力をしやがれッ!!」

 

 

 弦太朗みたいな豪快な笑いでは無いものの、ヨーコもふるふると肩を震わせてフフッと笑い声が漏れている。

 

 

「クリスちゃん、お腹空いてるの……? フフッ」

 

「空いてねぇッ! 今のは偶然、それっぽい音がしただけで……」

 

 

 腹が空いてるわけじゃない。と言おうとした瞬間に、二度目の音。

 これまた腹の虫がそこそこに派手な音を立てて鳴ってしまい、クリスは言い訳すらも封殺される羽目になってしまった。

 

 正直なところ腹が空いているのはある。

 フィーネに追われ、最近食べた者といえば怪しい魔法使いから貰ったドーナツだけだ。

 飲み物は公園の水道の水などで何とでもなるが、食べ物だけはどうしようもない。

 しかもそこに今回の戦いだ。彼女は体力をすり減らし切っていた。

 空腹という形でそれが現れるのも仕方のない事である。

 

 二度目の腹の虫を聞くと、弦太朗とヨーコは笑うのを止めた。

 笑みのままではあるのだが、爆笑ではなく微笑みと言った具合の表情に。

 ヨーコが一歩、クリスの前に出た。

 

 

「やっぱお腹空いてるんじゃん」

 

「ッ、だから何だ。お前等には関係……」

 

「はい、これ」

 

 

 顔を背けるクリスに差し出した右手の上には、自分のウエストポーチから取り出したお菓子。

 ヨーコが自分のウィークポイントである『充電切れ』を起こさない為にカロリー摂取用に携帯しているものだ。

 チョコレートやらビスケットなど、特命部で支給されているお菓子である。

 だが、クリスは訝しげな目線でヨーコとお菓子を交互に見つめた。

 

 

「何だよ、これ」

 

「お菓子。チョコとか色々あるけど、あげる!」

 

「ハァ? お前も馬鹿なのかよ。あたしは敵だぞ」

 

 

 真っ当な意見ではあるだろう。クリスが完全に敵か、という事は置いておくにしても、少なくとも『味方』というわけではない。

 クリス自身、彼等の仲間入りをする気などこれっぽっちもないのだ。

 にも拘らず差し出されたお菓子にクリスは疑問を抱かざるを得ない。

 

 

「馬鹿って……ヒロムみたいな事言わないでよね。

 別に敵とか味方とかじゃなくて、クリスちゃん、お腹空いてるみたいだから」

 

「それが意味わかんねぇってんだよ」

 

「だって、何かほっとけないし」

 

 

 明るい笑顔で正面から放たれた言葉を聞いてもクリスは差し出されたお菓子に手を伸ばす事はできない。

 

 ――――罠か何かか。

 

 毒やら睡眠薬やらが盛られているのでは。

 ドーナツの時もそうだったが、どうにもクリスの思考はそういう方向に行き着いてしまう。

 目の前にいるのは自分が『敵』だと認識している者達だ。

 ドーナツの時だって、迷子の子供2人が普通に食べているのを見て、つられるように食べただけ。

 何も仕組まれていないという確証が無ければ手を取りたくなかった。

 

 ヨーコがお菓子を差し出し、クリスは顔を背けたまま考え込む。

 腹が減っているのは確かだ。だが、罠かもしれない敵からの施しを受けるのか、と。

 が、そういうまどろっこしい雰囲気を感じ取ったのか、弦太朗は後頭部をくしゃくしゃと掻きながら2人に足早に向かって行った。

 

 

「何で躊躇ってんだよ。ほれ!」

 

 

 クリスの左手を半ば強引に引っ張り、無理矢理手を開かせる。

 抵抗するクリスだが、流石に成人男性である弦太朗の力は強くてクリスでは敵わない。

 そして、次に弦太朗はヨーコの差し出していた右手を掴んで、クリスの開かせた左手の上に乗せた。

 丁度、お菓子の受け渡しをする形に、手と手が触れる形に。

 

 

「食う食わないは別にしても貰っとけって。ヨーコが折角良いって言ってんだからよ」

 

「……ッ」

 

 

 元々渡すつもりでいたヨーコはお菓子をクリスの手に置いて、突っ返される前にさっと手を引っ込ませた。もう返却できませんよ、とでも言うかのように。にこやかな笑みで。

 半ば強引に持たされたお菓子を見つめるクリスの表情は戸惑っているようだった。

 

 しかし、次の瞬間にクリスは2人から距離を取って、まるで敵対するかのように睨みを利かせた目を向ける。

 

 これ以上此処にいたら、きっとダチなどなんだのと延々と言われかねない。

 面倒が加速する前に、早急にこの場から去ろうとクリスは思ったのだ。

 

 

「……礼は言わねぇぞ。これが本当に食って大丈夫か分からねぇしな」

 

「もしかして、毒とかって事? そんな事してないよ」

 

「信用できるかよ。あたしとお前等は敵同士だッ!!」

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 クリスは歌を歌いあげ、イチイバルを纏った。

 そして間髪入れずにその場から跳び上がり、ガードレールを跳び越えて一番近くの電柱に降り立ち、さらにそこからビルや電柱を跳び渡って行ってしまう。

 

 

「……クリスちゃん」

 

 

 既に姿が見えない彼女の名を心配そうに呟くヨーコ。

 対照的に弦太郎は困ったような笑みでクリスを見送っていた。

 

 

「疑り深ぇなぁ、アイツ」

 

「弦太郎さん。クリスちゃん、大丈夫なのかな。

 フィーネって人に見捨てられて、行くところあるのかな……」

 

「んー、わっかんねぇ」

 

 

 クリスの事情を彼等は知らない。

 もしかしたらフィーネ以外に何処かで繋がりを持っている人や組織があるのかもしれないし、ひょっとしたら完全に孤独なのかもしれない。

 ただ、フィーネに切り捨てられるような言葉を向けられた後、縋るような叫びをしていたのを見るに後者なのだろうとは想像がついた。

 もし協力者がいるなら一緒に行動していてもおかしくないし、今のクリスには組織や他の人間と言った背後関係が感じられない。

 二課も特命部もS.H.O.Tも、そういう共通の見解でいる。

 

 彼女が今後、どう動いていくのかは弦太朗にだって分からない。

 本当に敵対するのか、味方になってくれるのか、また別の道があるのか。

 だが、彼はクリスとダチになる事を諦めない。そういう男だった。

 

 

「わっかんねぇけど、アイツとはきっとダチになれる気がする。

 もしアイツが1人だってんなら、俺達みんなでダチになってやればいいんだ!

 そん時は、全力で迎えてやろうぜ!」

 

 

 屈託のない笑みを向けられ、ヨーコは心にあった心配や不安が消し飛ぶのを感じた。

 弦太朗の言葉は根拠無し理屈無しの無い無い尽くしだ。

 ところが不思議と説得力だけはある。彼が言うなら、何かそうなりそうだな、という風な。

 こと『ダチ』という事柄に関しての説得力は異常なほどだ。

 それは彼がダチというものを全力で考え、『ダチになる』という言葉を有言実行で貫き続けたが故の説得力なのだろう。

 達成者の説得力は抜群だ。弦太朗の高校時代を知らぬヨーコにも伝わるほどに。

 

 

「うん!」

 

 

 弦太朗の笑みに答えるようなスマイルで、ヨーコは弦太朗の言葉に全力で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 戦いが終わって落ち着いたころ、辺りはすっかり暗くなって夜になっており、上空では満月が輝いている。

 

 今回のノイズとの戦いは、以下の通りの結果に収まった。

 Wとレッドバスターは見事に辺りのノイズ達を誘導し、自壊の瞬間まで粘り、勝利。

 フォーゼとイエローバスターも上にほぼ同じ。

 ディケイドとブルーバスターはディケイドの能力もあって圧勝。

 雪音クリスが狙いだったためか、ノイズの大半を蹴散らしたのはクリスのイチイバルなのだが。

 ともあれ響が大型ノイズも倒し、今回の一件は甚大な被害になる事なく収まった。

 

 響と未来、士と翔太郎に弦太朗、最後にゴーバスターズの3人は市街地の真ん中、事後処理をしている弦十郎と慎次の元へ招集がかけられ、集まっていた。

 辺りでは二課や特命部職員が犠牲者、及び建物の被害確認や、倒されたり自壊した事で発生したノイズの炭を吸引機で吸ったりしている。

 

 さて、弦十郎の元へ集まった前線のメンバー達はお互いに労をねぎらったりしていた。

 

 

「ヒロムさん、身体の方は大丈夫なんですか?」

 

 

 響はヒロムに顔を向けて、心配の言葉をかけた。

 彼が前線復帰した事は二課の通信機を通じて既に聞かされていたが、一応病み上がりという形であるヒロムが出てきた事に心配がないわけがない。

 

 とはいえ、ヒロムの体調は元からそこまで酷くはない。

 そもそも休養していたのはグレートゴーバスター操縦による負荷。つまりは体力の著しい消耗が原因だ。

 その体力が回復しきった今、ヒロム本人は自分が完全復帰と考えている。

 

 

「ああ。……お前、酷い姿してるな」

 

「あ、いやぁ、これは……」

 

 

 響の格好は相変わらず酷い。結局、身だしなみを整える事もできずに招集がかかってしまったのだ。

 まあ本当に整えようとするなら、土まみれな以上、風呂にでも入らなければいけないわけだが。

 

 後頭部を掻いて苦笑いの響から、ヒロムはその隣の人物へと視線を移した。

 その子も響と同じく、土を被って寝癖全開みたいな髪型で酷い事になっている。

 髪を結ぶ為に付けているリボンも土まみれだ。

 

 

「響。隣の子は?」

 

「あ、初めまして。小日向未来です。いつも響がお世話になっています」

 

 

 響への質問には、自己紹介という形で未来が答える。

 自己紹介の言葉と雰囲気を見たヒロムの未来への第一印象は、真面目そうな子、だった。

 

 

「響の友達とは思えないくらいしっかりしてる子に見えるな」

 

 

 それでもって、それをストレートに口に出してしまうのが桜田ヒロムである。

 私どういう目で見られてるの、と動揺する響。

 さらにそこに追い打ちをかけたのが、ヒロムの隣まで歩いてきた士だ。

 

 

「勘が良いなヒロム、その通りだ。小日向は立花の100倍はまともだぞ」

 

「私がまともじゃないみたいな言い方しないでくださいよぉ!?」

 

 

 不服を提言する響だが、士の言葉にヒロムは「そうなのか」と真顔で頷いてしまっている。

 未来がしっかりした子と思われるのはともかく、引き合いに出されて変な子扱いされている響は助けを求めるかのように親友を見る。

 が、その親友もやり取りにクスクスと笑っており。

 

 

「やっぱり、皆さんの目からも響は変な子って写ってるんですね」

 

「未来? 私達友達だよね? 親友だよね?」

 

 

 全方向からおかしな子認定されてしまった響は、頼みの綱であった親友の裏切りにあいガックリと肩を落とした。

 そんな響の肩を「ごめんごめん」と軽く叩いた未来は、目の前にいる赤いベストの青年が一体何者なのかを響に問いかける。

 

 

「ねぇ、響。この人は?」

 

「え? あ、えっと、桜田ヒロムさん。ゴーバスターズの人だよ」

 

 

 えっ、と驚いたような顔でヒロムの顔を見上げる未来。

 ゴーバスターズの存在はかなり有名だ。

 ただ、何処の誰がゴーバスターズなのかは世間一般には一切公開されていない情報である。

 だから未来は目の前の若い青年がゴーバスターズと聞いて驚きを隠せなかった。

 歳もそんなに離れていないように見えるのだが。

 

 

「響に言われたけど、俺は桜田ヒロム。ゴーバスターズのレッドバスターだ。

 ……どうした?」

 

「いえ、その、びっくりしたんです。凄い若くて。ゴーバスターズってもっと、年上なのかなって」

 

「ああ。だったらヨーコを見たらもっと驚くかもな」

 

 

 後方の少し離れた場所で弦太朗と会話をするヨーコの方をヒロムが向くと、つられて未来も、ヒロムの奥にいる2人に目を向けた。

 片やリーゼントの青年、片やヒロムと同じデザインの黄色いベストを着た少女。

 どちらが『ヨーコ』なのかは一目瞭然である。

 

 

「もしかして、あの黄色の……」

 

「ああ。宇佐美ヨーコ。君等2人と1つしか違わない俺達の仲間、ゴーバスターズのイエローバスターだ」

 

 

 実際、見た目の年齢はそう変わるようには見えず、未来は心底驚いた。

 若いだけならまだしも、かなり歳の近い少女がゴーバスターズのメンバーだというのだから。

 隣の響も「ヨーコちゃんは明るくていい子だよ」と未来に補足した。

 所謂『ちゃん付け』をしている辺り、普通の友達のような感覚で接しているのだろうという事が伺える。

 

 ヒロムはヨーコから未来に視線を戻した。

 軽い談笑のような事をしているうちに、被害報告や現場指揮が一旦落ち着いたのか、忙しそうにしていた弦十郎が前線のメンバーが集まっている場所へ顔を出してきた。隣には慎次もいる。

 慎次は両手で鞄を抱えていた。響と未来には見覚えのある、リディアンの鞄。

 彼は未来の前にまで赴くと、優しい印象を受ける笑みを向けた。

 

 

「小日向未来さん、ですよね」

 

「はい、そうです」

 

「良かった。鞄をふらわーさんから回収しておきました」

 

 

 未来へ鞄を手渡す慎次。

 そう言えば逃げるのとクリスの事に必死で、鞄を忘れてきてしまったのをそこで未来は思い出す。

 ペコリと頭を下げた後、未来は鞄を受け取った。

 中身を確認してみて間違いなく自分の鞄である事を確認し、改めて未来はお礼を口にする。

 

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それから、ふらわーの店主さんも無事ですよ」

 

 

 笑みを絶やさずに行われた慎次の追加報告に2人は胸を撫で下ろす。

 響はともかく未来はふらわーのおばちゃんがどうなったのかを知らない。

 勿論、響が助けてくれたのであろう事は分かっていたが、やはりちゃんと聞かないと心配なものは心配だった。

 

 さて、心配事や懸念は大体片付いたわけだが、響は弦十郎を前にして何かを思い出したように、突然申し訳なさそうな、気まずそうな表情に変わった。

 

 

「あのぅ、師匠……」

 

「何だ?」

 

「この子に、また戦ってるところをじっくりばっちり目の当たりにされてしまって……」

 

 

 そう、シンフォギアというものは秘匿情報である。

 目撃した者には発言の制限がかけられるし、そうでなくとも『シンフォギアを知っている』というだけでその力を狙う誰かに狙われかねないものだ。

 おいそれと人前で使ってはいけないものなのだが、未来には二度も見られてしまった。

 怒られる事も十分に覚悟している響は下を向いて縮こまってしまっている。

 

 

「違うんです! 私が、首を突っ込んでしまったから……」

 

 

 自分から巻き込まれにいったも同然だと、未来は響を弁護した。

 自分の為に親友が怒られるのは本意ではない。なら、自分を責めてほしいと。

 困った表情で後ろ髪を掻く弦十郎を見て、士は意地の悪い笑みを向けた。

 

 

「どうする弦十郎のオッサン。罰金、懲役、それか死刑か?」

 

「冗談言うな」

 

 

 いつも通りな士を隣のヒロムが真顔で止める。罪状をつらつらと述べたのは、かつてとある世界で弁護士をしていた影響だろうか。

 一瞬、二課の組織がどういうものなのかを知らない未来は「何か罰は避けられないんだ」と、士の言葉を鵜呑みにしかかっていたが、即座に放たれたヒロムの言葉にホッとしていた。

 

 

「士君の言葉は置いておこう。

 詳細は、後で報告書の形で聞く。まあ不可抗力というやつだろう。

 それに、人命救助の立役者に煩い小言は言えないだろうよ」

 

 

 2人を安心させるような笑顔は、実質的なお咎めなしを意味していた。

 無罪決定な響と未来は満面の笑みでハイタッチ。その光景にヒロムも笑みを浮かべ、士は鼻を鳴らすだけだった。

 

 と、そこに一台の車が凶悪なスピードで走り込み、凶悪なドリフトで曲がり角を曲がった。

 車に見覚えのない未来は驚き、車に見覚えのある士達は「またか」と溜息をつく。

 警察がいたら捕まりそうな運転で入ってきた車は停車し、勢いよくドアを開けて運転手が現場へと足を踏み入れた。

 

 

「主役は遅れて登場よ!」

 

 

 その女性、櫻井了子。眼鏡をクイッと上げて辺りを見渡した了子は、ウキウキとした様子で現場指揮をてきぱきと進めていく。

 彼女の指揮の元、現場作業員達は炭や瓦礫処理、その他諸々の作業に取り掛かった。

 弦十郎が司令官という立場上、現場指揮を長く行うわけにはいかないので、了子が現場指揮を引き継ぐという形だ。

 

 彼女の役目は二課本部や聖遺物関係の技術管理以外にも現場処理など、その職務は多岐にわたる。

 責任者にして司令官である弦十郎が最高指揮官だとすれば、了子は副官と言ったところか。

 

 それを見て、何故にハイテンションなんだと呆れる士とヒロム、笑う弦太朗とヨーコ、苦笑いなリュウジと慎次。という風に三者三様十人十色な反応の後、翔太郎は了子の方を見ながら士に近づいた。

 

 

「仕事のできる女ってのはいいよな……」

 

「は?」

 

「いやぁ、了子さん、大人の女性って感じで美人だろ? おまけに仕事もできるし明るいし、な?」

 

「……趣味悪いな」

 

 

 美人に弱い翔太郎。一方で翔太郎だけでなく了子にまで失礼な物言いの士。

 現場作業員に指示を出し終わった了子はくるっと翔太郎と士の方へ振り向き、にこにことした表情のまま口を開いた。

 

 

「褒めてくれて嬉しいわ~、翔太郎君。

 ……士君は、後でどういう意味なのかじっくり聞かせてもらおうかしら」

 

「げっ」

 

 

 聞かれてたのか、とボヤく士とちょっと威圧感のある笑みを向けている了子。

 そんな2人に苦笑しつつ、弦十郎は前線の全員に向けて今日は解散と伝えた。

 残りの作業は大人達の管轄。前線のメンバーは戦いが終わったら休息する事が仕事。

 それを聞いたそれぞれが体の力を抜き、肩を回したり首を回したり、お互いにお疲れと労いあったりとし始める。

 

 その中で、未来は1つ思い出した事を響へ尋ねた。

 

 

「そういえば響。私を助けてくれた時、『クリスちゃん』って叫んでたけど……」

 

「えっ? あ、いや、ええっとね……」

 

 

 クリスの事を何と説明したものかと困り、言葉に詰まる響。

 だが、それに対する未来の言葉は予想外のものだった。

 

 

「もしかして、それって雪音クリス? クリスも戦ってるの?」

 

「え……? 未来、何でクリスちゃんの事……」

 

「実は、今日会ったんだ。凄く弱ってて……」

 

 

 まるで知り合いであるかのようにクリスの事を語る親友に驚く響。

 未来が見たクリスは、ちょっと強くて乱暴な口調ではあったけれど、その姿は弱々しかった。

 身体的に弱っていたという事もあるだろうが、それ以上に心が弱っているような。

 心配だった。ノイズの元へ向かって行ってしまった事が、何処か思い詰めた様子の彼女が。

 

 

「ねぇ響。クリスは仲間じゃないの?」

 

「……うん」

 

 

 まだ碌に話し合えてもいない。けれど、今日助けてくれたクリスが悪人だとはどうしても思えない。

 話し合おうと言った事に嘘は無いが、今日を除けば最後に会ったのは2日前。イチイバルを初めて見た時だ。

 今日だって会ったとはいえ一言言葉を交わしただけ。話したわけじゃない。

 翼と分かり合えた。未来とも仲直りできた。だったらきっとクリスとだって。

 そう信じたかった。

 

 そしてそれを後押しするかのように、クリスの名を聞きつけて近づいてきた弦太朗が響の頭に手を置いた。

 

 

「心配すんなって、クリスともダチになれる! 気持ちをぶつけりゃ、何とかなるもんだ」

 

 

 「なっ」、と未来の方にも元気な笑顔を見せる弦太朗。

 語る事は無いが、彼は仮面ライダーフォーゼとして戦い続けたゾディアーツの親玉とすら友達になった男。実績から来る説得力という意味では天下一品だ。

 そうでなくとも、その自信は周りを安心させる力がある。

 気休めでも焦りが募るよりはいいし、空元気だって元気のうちだ。気持ちが沈むよりかは余程良い。

 2人は元気に笑う弦太朗の顔と言葉に気持ちを明るくさせた。

 

 

(クリス。きっと友達になろうね)

 

 

 友達になりたい、という言葉への返答はまだ貰っていない。

 何処にいるかもわからないクリスを想いながら、未来は空に浮かぶ満月を見上げた。

 

 そして、満月を見上げる者がもう1人。

 聞き耳を立てる気は無かったのだが、話が聞こえてきてしまった弦十郎もまた、自分が助けられなかった少女の事を想うのだった。




――――次回予告――――
新たな一歩を踏み出した少女。変わりゆく少女。孤独な少女。

移りゆく少女達を余所に、悪もまた次なる一歩を踏み出した。

脅威は絶えず、増していく。

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