スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第50話 逃げない少女

 ノイズは認定特異災害として世界に認知されている。そして名の通り、扱いは『災害』だ。

 地震が起こる時に速報が流れたり、台風の襲来時に天気予報で注意喚起をしたりするように、ノイズに対しても出現を知らせる警報がある。

 各地に設置されているそれは、ノイズの出現を察知した特異災害対策機動部が、警報を鳴らすように指示をする事でサイレンを響かせるのだ。

 

 規模によって避難命令が出る範囲は変わる。ただ、通常の災害と違ってノイズは人間だけを明確に殺しに来るため、他の災害よりもその範囲は大きい。

 例えば地震や台風などは人間のいない場所でも起こるし、人間も動物も物も容赦なく巻き込んでいく。

 

 だがノイズは、数ある生命の中で人間だけを明確にホーミングしてくる存在。人間に何らかの恨みでもあるのではないかという特性だ。

 しかもノイズの炭化能力もご丁寧に人間だけにしか発動しないというおまけ付き。

 被害者総数という意味で言えば他の災害に比べ、文字通り桁違いの数が並ぶ可能性がある災害。故に災害は災害でも、『特異災害』なのである。

 

 その出現を知らせる警報が町中に響いたのを聞いてクリスと未来がおばちゃんと共にふらわーの外に出て最初に見たのは、一目散に逃げ惑う人々だった。

 

 

「おい、一体何の騒ぎだ?」

 

「何って……。ノイズが現れたのよ! 警戒警報知らないの!?」

 

 

 世間から長く離れ、尚且つノイズを放つ側にいたクリスは警戒警報の事など知らない。

 少しはそういうものがある事を知ってはいたが、聞くのは初めてだったのだ。

 

 誰もが逃げ惑う中で未来もおばちゃんの手を引いて、周りの住人が逃げている方向と同じ避難場所まで逃げようと促す。

 そして未来はクリスも当然連れて行こうとするのだが、それよりも早くクリスは走り出してしまった。

 

 あろう事か、避難場所とは逆方向に。

 

 

「クリス!?」

 

 

 思わず名前を呼ぶが、クリスは人の流れに逆らってノイズが現れたであろう場所へと足を急がせる。

 

 心の中に大きな焦りと動揺を抱えながら。

 

 

 

 

 

 先だってノイズの出現とイチイバルの反応が確認された市街地第6区域に1日の間も置かずに、ノイズによる次なる襲撃が起こった。

 

 ノイズ出現の報は二課を通じて特命部やS.H.O.Tにも伝えられている。

 ところがS.H.O.Tには出撃するにはしばらくかかりそうな案件があった。

 

 それは、あけぼの町の復興。

 あけぼの町にジャマンガの城は落ちなかったとはいえ、それまでの雷撃による被害は甚大。当然ながら復興作業が必要になる。

 表立ってはいないがS.H.O.Tもそれに協力しているし、銃四郎達もその作業に警官として、あけぼの町民として参加しているからだ。

 何よりも、今は剣二が入院中であけぼの町にはリュウガンオー1人の状態。

 ジャマンガが攻めてくるかもしれない事を考えれば迂闊にあけぼの町を離れられないのが実情。

 

 そういうわけもあって今回はゴーバスターズと仮面ライダー、シンフォギア装者のみで対応する事になるというのが二課司令、弦十郎からの通達だった。

 

 

 

 

 

 特命部のシューターは基地から一定の範囲内かつ、シューター用の秘密の出入り口がある場所でなければ直接駆けつける事はできないが、現場の近くの出入り口まで一気に行く、という使い方で近道をする事ができる。

 市街地第6区域のように直通でこそないが、その近辺にはシューターの出口があるように。

 

 今日の出撃もその例に漏れず、ゴーバスターズは誰よりも早く現着を果たした。

 シューターの出口から第6区域まで走ってきたヒロムが最初に見たのは、逃げ惑う人々、そして最初に聞いたのは人々の悲鳴だった。

 

 

『ヒロム!』

 

 

 次に聞こえてきたのはモーフィンブレスから聞こえてくる男性の声。リュウジだ。

 朝方のノイズ出現の調査からずっと現場近辺にいたリュウジとヨーコ、それに翔太郎は既に避難誘導やノイズ撃退に参加している。

 

 とはいえ、ノイズを殲滅するにはシンフォギアかディケイドが不可欠なので避難誘導が最優先だが。

 

 

『司令室からヒロムが出撃したって聞いたけど、身体はもういいの?』

 

 

 グレートゴーバスター操縦の負荷が完全に抜けきっているわけでもないだろうに、出撃してしているヒロムの事を心配しているのだ。

 ああ、と何故自分が心配されているのかを理解したヒロムは普段通りの調子で、普段の元気な自分で答える。

 

 

「怪我してるわけじゃないですから。むしろ、メタロイドの攻撃を庇ってくれたリュウさんとヨーコの方が俺は心配ですよ」

 

『はは。人の心配する余裕があるなら大丈夫そうだね』

 

 

 お互いに通信機越しだから顔は見えていないが、リュウジもヒロムも微笑む。

 が、その直後にヒロムは一瞬にして顔つきを変えた。

 人を躊躇なく殺していく災害が発生しているというのにちんたらと話してはいられない。

 避難誘導、ノイズの足止め。どちらもこなさなければ人が大勢死んでしまうのだから。

 当然、リュウジもそれを自覚しており、前線に立てるというのなら人手が欲しいところなので、早速ヒロムに現状の説明を始めた。

 

 

『今回のノイズは規模も総数も多いみたいだ。

 俺とヨーコちゃんと翔太郎さんはそれぞれ別の場所で避難誘導とノイズの相手をしてる。

 ヒロムが出てきたシューターの近くでも避難誘導が行われてるみたいだから、ヒロムはそっちの防衛よろしく!』

 

 

 リュウジが弦十郎から聞き、自分でも確認している状況と、それに基づくヒロムの役割がそれだった。

 ノイズ出現に際して当然ながら特異災害対策機動部は出動済み。避難誘導等も行っている。

 しかし、今回のノイズ出現は相当数な上に広範囲。

 それに避難誘導を行っているのは特異災害対策機動部の職員とはいえ、あくまでもただの人間、生身なので、避難誘導中の防衛という意味でもゴーバスターズ達が避難誘導に参加する理由はある。

 

 

「了解」

 

 

 一言告げてモーフィンブレスを切ったヒロムは、近くにいる特異災害対策機動部エージェントと合流し、レッドバスターとして己のやるべき事を果たす為に動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 しつこいようだがノイズへの有効打を持っているのはシンフォギア装者を除けばディケイドのみ。

 よってノイズ出現と同時に、弦十郎から響と士、翼にも連絡が入る。

 お悩み相談室的な状態だったリディアンの屋上にて二課の通信機に応答した3人に、弦十郎は現在の状況を伝えた。

 

 

『ノイズを検知した! 相当な数だ。恐らく、未明に検知されていたノイズと関連がある筈だ!』

 

 

 弦十郎は続いてノイズの出現状況について伝えていく。

 二課が確認しているノイズ達は市街地のあちこちに散らばり、各地で群れとなっている。

 1つの群れには10数体のノイズ。群れは8つほどあるので、合計80体以上のノイズが出現しているという事だ。

 

 それだけのノイズが出れば犠牲者が出るのは必至。だが、朝方から調査を続けていたリュウジ、ヨーコ、翔太郎が残っていてくれたお陰ですぐに対応できたのが幸いしている。

 此処までが弦十郎も分かっている事だ。

 

 

「了解しました。では、私も立花と門矢先生と一緒に現場へ……」

 

『駄目だ! メディカルチェックの結果で全快していないお前を、これ以上無理に出すわけにはいかない!』

 

「ですが……ッ!」

 

 

 怪我が回復しきっていない翼は、本人が先程も述べたようにありとあらゆる『仕事』が禁止されている。

 当然、戦場に立つ事もだ。

 だが、人の命を守る為にも、ノイズと戦える数少ない人間である自分が出撃しないわけにはいかないと、弦十郎の静止に食い下がろうとする翼。

 

 けれど、それを止めたのは弦十郎ではなく、響だった。

 

 

「翼さんはみんなを守ってください。だったら私、前だけを向いていられます」

 

 

 無理をさせたくない、という思いは響も同じ。

 本来ならば入院患者の翼を前線に出す事に躊躇いを感じ無い様な人間は、二課にも特命部にもS.H.O.Tにもいない。

 

 だから響は翼を止める。響達の手の回らないところを守ってほしいと遠回しな言葉で。

 

 

「行くぞ」

 

 

 士は特に何も言う事無く、屋上を去ろうとする。

 ただ、「行くぞ」という言葉をかけたのは響に対してだけだった。

 目線や声が誰に向けられているかというのは感覚で何となくわかるものだが、士の今の言葉は明確に響にだけ向けられているもの。

 

 逆に言えば、翼を出撃させる気はない、と言っているかのようだった。

 

 

「はい!」

 

 

 普段の響とは違う、闘志と決意の顔で返事をした響は士と共に屋上を去っていく。

 そんな2人を、特に、頼りになるようになった後輩を見て、翼は思わず笑みを零した。

 

 

(私が止められるとはな)

 

 

 頼もしくなった。意志も力も強くなった。そんな思いを込めた笑み。

 

 以前の翼なら静止を振り切って無茶をした事だろう。

 響の言葉に耳を貸す事など、微塵もなかっただろう。

 そんな自分が響の言葉で止まった事に、翼は自分自身で驚いている。

 かつては剣も向けたガングニール後継者の事をいつの間にか、共に戦える、背中を預けられる防人として、翼は見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 全力で市街地を駆け抜けたクリスは、市街地の中でも人が集まっていた飲食店や販売店が立ち並ぶ商店街の通りから出た。丁度、直線上にはふらわーがある通りからだ。

 

 

(あたしのせいで、関係ない奴らまで……!

 あたしのやり方じゃ悪戯に争いを広げるだけで、今だってこんな……ッ!!)

 

 

 ノイズの狙いが自分である事は分かっている。

 此処に来るまでの最中、ノイズが爆発した影響なのか破損していた建物が沢山あった。

 その被害が自分のせいで、そこにいた人がもしかしたら死んでいるかもしれない。

 自分狙いのノイズが、関係の無い人々を傷つけている。関係の無い人々の生活の場を脅かしている。

 

 何よりそのノイズを繰り出しているであろうソロモンの杖を起動してしまったのはフィーネに利用されていたとはいえ、クリス自身。

 その事実が真綿で首を締めるかのようにクリスの心を締め付けていく。

 

 

「あたしのやる事はいつだって……。いつもいつもいつもッ!!」

 

 

 耐えきれない悲痛な想いが、口から叫びとなって木霊した。

 頬を伝う涙がアスファルトを濡らし、受け止めるには残酷な事実がクリスの膝を折る。

 そのクリスの背後、市街地の入口にはいつの間にかノイズが湧き出ていた。

 クリスをあぶりだす為なのか各地に散っていたノイズの群れの一部が此処へ集まって来たのだろう。

 

 総数はざっと見で30体ほどと言ったところ。他の場所から残りのノイズも集まってきて増えている辺り、クリス1人だけを狙っているのは明らかだった。

 

 

「あたしは此処だ、逃げも隠れもしねぇ。だから……」

 

 

 背後から迫るノイズに向き直りったクリスは折れた心を繋ぎとめて、膝を伸ばして立ち上がる。目に溜まった涙を振り払う。

 言い訳などする気はない。自分のせいだと分かっている。

 だからこそ、戦う。他の誰も傷つけないように。

 

 

「関係の無い奴等のところになんて行くんじゃねえッ!!」

 

 

 おとなしく生きる事を諦める殊勝な心は持ち合わせちゃいない。

 けれども他の誰かが傷つくのを嫌と思えるくらいには雪音クリスは優しかった。

 自分で決して認めず、自覚する事もないであろう優しさが彼女にはある。

 フィーネに切り捨てられ、自分の行いが全て裏目に出た事で彼女の心はずたぼろだ。

 だが、残っている芯だけは折れていない。争いを無くしたいという思いだけは。

 

 立ちはだかったクリスに向け、ノイズ達は容赦のない攻撃を開始。

 飛行するノイズが体を細長く丸めて槍の用に突撃、地上のノイズも高速移動で突進。

 雪音クリスを炭へ還す為に容赦のない連続攻撃を仕掛けてきた。

 とはいえノイズの突進はあくまでも直線的なもの。軌道さえ分かっていれば避けるのは目視でも難しくは無い。

 クリスはそれらの突進を避けつつ、聖詠を歌い上げようとしていく、のだが。

 

 

「ッ!?」

 

 

 歌の途中に、喉の違和感と同時に咳き込んでしまう。

 彼女の体調は万全ではない。何せ、気絶して雨の中で打たれていたのだから。

 そんな状態で全力疾走した後。咳の1つくらい普通だ。

 

 ただ、それが最悪のタイミングだった、というだけで。

 

 シンフォギアを纏うには歌が必須。全力を出すにも歌が必須だ。

 では、装者が歌えなくなったらどうなるのか? 答えは簡単、何もできなくなってしまうのだ。

 シンフォギアを纏う事すらかなわなくなってしまう。当然、歌を中断して咳き込んでしまってもそれは同じ。

 纏った後の歌ならともかく、纏う際の聖詠の最中、というのが考えうる中で最悪のパターン。

 

 そしてその最悪の偶然がクリスを襲い、隙を見逃さないノイズの1体が容赦なく突進を仕掛けて。

 

 

「おらァッ!!」

 

 

 壁に阻まれ、ノイズだけが砕けた。

 

 さて、此処は市街地から飛び出た道路のど真ん中。つまり壁になるような建物は無い。

 車だってノイズがいるこの場に近づくはずもないから、この『壁』は車ですらない。

 クリスを守った壁は、アスファルト。地面のアスファルトがめくれ上がって盾となったのだ。

 否、アスファルトを『めくれ上げさせた』人間がいる。それは今、クリスの目の前に頼もしき後姿を見せていた。

 赤いシャツを着た屈強な大人の男性。彼が震脚を行った事で、アスファルトがめくれ上がったのだ。

 

 クリスの前に空から突如として姿を現した大人――風鳴弦十郎は、未だ自分とクリスを取り囲むノイズ達を前に構える。

 

 

「ハァァァ……ッ!」

 

 

 尋常ならざる覇気。常人ならば、否、怪人やメタロイドですらも怯えかねない程の気合い。

 だが、相手は感情が無く、人間を殺す事だけを目的にした災厄であるノイズだ。

 如何に弦十郎が常人離れした力を持っているにしても、それが人間であるというだけでノイズからすれば一撃のもとに炭に転換される存在でしかない。

 

 それでも弦十郎は来た。死に直面しかかった少女を救う為に。

 

 ノイズは弦十郎もクリスも纏めて消し去ろうと高速の突進を仕掛けた。

 先程からは別方向の攻撃。だが弦十郎はそれにも即座に対応し、震脚でもってアスファルトをめくって壁として盾とした。

 ノイズは物をすり抜ける能力があるが、人に触れなければ炭にできないという性質上、攻撃の瞬間だけは実体化する。

 それを見極めるには炭に転換されない為の装備、例えばゴーバスターズや仮面ライダーのように強力な鎧が必要だ。

 何故なら、そう言ったものを装備していなければ、それを見極めようとして失敗した後に舞っている者が確定の『死』だからである。

 

 だが、逆に言えば神業的な動体視力で実体化の瞬間を見極めることができるのならば問題は無い。そして弦十郎は、それができる人間。それだけの話だ。

 

 ノイズの攻撃を防いだ弦十郎はクリスを抱きかかえて跳躍。近くにある3階建てのビルの屋上まで跳び上がって、一時的な離脱を図った。

 そこでクリスを下ろしてやった弦十郎の気は抜けない。離脱したと言っても空を飛んでいるノイズもいるし、そもそも高速移動を用いればすぐにでも追いつかれる。

 逃げ場と言うには、ビルの屋上はあまりにも危険が高すぎるのだ。

 一方でクリスはというと、突然現れた人間が意味不明な力を発揮している事に口を開けたまま呆然としている。

 弦十郎の力は常人のソレで測れるものではない。初めて見た人はそうもなる。

 

 だが、この場に今しがたやってきた『もう1人』は違う反応を示していた。

 ノイズの警戒をしていた弦十郎とクリスの耳に入ってきたのはロケットの音。

 それが意味するところはつまり、仮面ライダーフォーゼの到着だ。

 

 

「弦十郎さーん!」

 

「弦太朗君か!」

 

 

 ロケットモジュールを解除して弦十郎とクリスの近くにストンと降り立ったフォーゼ。

 大学の空きコマの時間帯に敵が出てきてくれた事に感謝しつつ、つーかそれなら出てくるなよと思いつつ此処に駆け付けたフォーゼが見たのは、人間とは思えぬ力でクリスを救出する弦十郎の姿。

 

 それを見た仮面の奥の弦太朗の目は何処かキラキラとしていた。

 

 

「すっげーっすね! 弦十郎さんも何か力を使ってるんスか?」

 

「いや、日々の鍛錬さ。尤も、相手がノイズである以上、生身の俺にできる事は少ないがな」

 

「へぇ……。人間鍛えれば、ああなれるモンなんすね!」

 

 

 苦笑しつつはにかむ弦十郎。フォーゼは弦十郎の力に取り立てて疑問を抱いていないらしい。

 彼の言う通り、どれだけ途方もない力を持っていても『生身の人間』というだけでノイズからすれば一撃で倒せる相手でしかない。

 弦十郎は前線に出ないのではなく、出られないのだ。

 

 ヴァグラスやジャマンガ、大ショッカーならば戦えるだろうが、それらがノイズを操るフィーネと協力関係にある以上、生身の人間が戦力として出るわけにはいかない。

 何より彼は司令官だ。司令がむやみやたらに動く事は指揮系統的にも歓迎されるものではないのである。

 

 とはいえ、弦十郎の力がとんでもない事も事実。

 弦太朗はふと思う。もしも日々の鍛錬でこうなるのなら、自分の友人である拳法使いもこんな風になるのかな、と。

 

 さて、それはともかくとしても弦十郎の隣にいる人物は見逃せない。

 銀髪の少女、雪音クリスにフォーゼは目を向けた。

 

 

「よう、クリス!」

 

「なれなれしく呼んでんじゃねぇッ!」

 

 

 あくまで友人に接するようなフォーゼ。

 クリスは先程現れた男性が何者なのか計りかねていたが、この場にはせ参じる感じからして特異災害対策機動部のメンバーか何かだと勘ぐっており、そしてフォーゼと仲間のように話している事からそれが確信へと変わった。クリスから見れば、自分は既にフィーネ陣営に属していないとはいえ、自分とフォーゼ達は敵同士だ。

 だからなのか、クリスはフォーゼの言葉を突っぱねる。

 

 しかし弦太朗も天高全員と友達になると豪語してやり遂げた強者。この程度の拒絶には慣れっこだ。

 が、だからと言ってのんびり『友達になろう』、なんて言っている場合ではない。

 ノイズ達は屋上に逃げ込んだ弦十郎にクリス、新たに現れたフォーゼを認識して屋上へ迫ろうとしていた。

 実際、飛行型のノイズは既に目と鼻の先にまで迫っている。

 この場でノイズへの有効打――――つまりシンフォギアを持つ者は、ただ1人。

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 クリスは聖詠によりイチイバルを起動。その身を赤い鎧で包み込み、両手に腕のパーツが変形したクロスボウを構える。

 そして両手に握るクロスボウから左右3本ずつ、合計6本のエネルギーの矢を、接近してくるノイズ達へ打ち出した。

 1つ1つの矢が、それぞれ1体ずつ、極めて正確にノイズにヒットしていく。それにより、最もこの場に接近していた6体の飛行型ノイズはその一撃だけで全て撃ち落とされた。

 動いている6体の的を同時に狙う精密射撃。イチイバルの能力もあるが、雪音クリスの実力とセンスがそこに加わっていた。

 

 彼女の戦いのセンスは抜群だ。翼に引けを取らぬほどに、類稀と言ってもいい。

 彼女は戦争が嫌いだ。故に、それを引き起こす武力が嫌いだ。だけどそんな彼女は、皮肉な事にもイチイバルという銃の扱いに誰よりも長け、戦闘センスを持っていた。

 だが、戦争を憎む思いは変わらず、罪もなく関係もない人々の命が奪われる事を良しとしない事も、また事実だ。

 

 

「ノイズの狙いはあたしだ。お前等は他の連中の救助に向かいな」

 

「だが……」

 

「こいつ等はあたしが纏めて相手にしてやるって言ってんだ。とっとと行きやがれ!」

 

 

 弦十郎とフォーゼにそれだけ言い残し、クリスは屋上より飛び降りてノイズ達を一斉に相手取る。

 クロスボウを右と左に2門ずつ、合計4門のガトリングへと変形させ、同時に腰部ユニットからミサイルを発射。ガトリングも合わさった広範囲の攻撃が展開される。

 ミサイルはノイズをホーミングし、ガトリングは向けられたノイズ達を次々と打ち抜いていく。

 さらにガングニールや天羽々斬とは違い、遠距離攻撃主体のイチイバルの強みは、上空の敵も問題なく攻撃できる事にある。

 通常なら高所から飛び降りての攻撃や、敵の接近を待たなくてはいけない飛行型ノイズもクリスは問題なく、一方的に蹴散らしていけるのだ。

 その性能、特性を見れば、確かにこの場をクリスに任せるのは最適解と言えるだろう。

 

 現状、彼女は味方ではない。だが人を殺そうとしているわけでもなく、むしろ守ろうとしている。

 そういう意味で言えば、彼女は敵でもなかった。

 

 

「……弦太朗君。あの子と共に、この場を任せてもいいか」

 

「でも、俺も救助に回った方が……」

 

「いや、救助も避難誘導もほぼ完了し、二課エージェントや特命部職員も活動している。

 しかし響君と士君は出動要請をかけはしたが、まだ到着には時間がかかりそうだ。

 現在ノイズ迎撃に回っているのはゴーバスターズと仮面ライダーWのみ。

 人手不足だから、むしろそちらに回ってほしい、というわけだ。頼めるか?」

 

 

 救助と避難誘導だけなら二課や特命部の人間ならばできる。相手が怪人ならばある程度立ち向かう事も可能だろう。

 が、相手がノイズとなると、弦十郎クラスの人間でも不用意に対処する事はできない。

 対人間用フル特化仕様である災害を相手取るには耐性のある存在、つまりシンフォギア装者やゴーバスターズを始めとする前線メンバーが当然だが適任。

 そして救助等がほぼ完了しており、ノイズの絶対数が多い現状。響と士も向かっているとはいえ、ノイズを一方的に殲滅できる2人がまだいない以上、ノイズ迎撃に戦力を割くべきだと弦十郎は判断したのだ。

 

 そういう意図を組んでいるかと言われれば、頭で考えるタイプではないフォーゼはそこまででもない。だが、指揮を行っている司令の言葉に素直に頷いて見せた。

 

 

「うっす。でも、何かあったら呼んでくれ!」

 

 

 そうしてフォーゼもビルの屋上から飛び出してクリスが戦っているノイズの群れへと突入する。

 弦十郎もまた、避難誘導と救助へ向かう為にビルの屋上から市街地の奥へと持ち前の跳躍力で向かう。

 

 その最中で、弦十郎はイチイバルを纏う雪音クリスの姿を回想していた。

 

 

(俺はまた、あの子を救えないのか……)

 

 

 幼い頃の雪音クリスは戦争に巻き込まれ、帰国。だが、間を置かずに彼女は行方不明になってしまったのが2年前の話だ。

 その際の捜索、保護チーム最後の1人が弦十郎である事は、既に前線のメンバーや他の組織にも伝わっている事。

 弦十郎は、自分が助けられなかった子供が戦場に立っている事を酷く気にしていた。

 

 

 

 

 

 ノイズと戦うクリス。そこに降りてきた1つの影、仮面ライダーフォーゼ。

 クリスは近辺のノイズを蹴散らした後、フォーゼを見やった。

 

 

「救助に向かえっつったろ。此処はあたし1人で十分なんだよ」

 

「そう言うなって。救助の方は殆ど終わってるみたいだし、お互い相手は一緒じゃねぇか」

 

 

 チッ、と舌打ちしながら顔を背けたクリスはクロスボウを構え、殲滅してもわらわらと他の群れから集まってくるノイズを見て、一言フォーゼに言い放った。

 

 

「足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「任せな!」

 

 

 フォーゼの変身者である弦太朗は人間。故にノイズは、フォーゼを自分が殺すべき『人間』であると認識して襲い掛かってくる。

 炭化能力が効かないとはいえ、二次被害的な爆発や、ノイズ自身に起爆性がある時、そもそも突進の威力も結構なものである為、攻撃を食らう事はあまり歓迎できない。

 

 攻撃をしてもタイミングを合わせないとすり抜けてしまうノイズに四苦八苦しつつも、攻撃の瞬間に上手くタイミングを合わせて拳なり蹴りなりを見舞おうとするが、当たる時と当たらない時があってどうにももどかしい。

 

 

「やっぱ攻撃効かねぇのってキツイぜ」

 

「だったらおとなしく、あたしに任せとけっての」

 

「そうも行くかよ。ダチを1人で戦わせねぇぜ!」

 

「誰がダチだッ!!」

 

 

 勝手にダチ認定された事に怒りつつ、そんなクリスを見てフォーゼは笑いつつ、それでいてノイズに対して気は抜かず。

 

 フォーゼが囮になって敵を一ヶ所に集め、そこをクリスが一網打尽にするなど、フォーゼはフォーゼなりにできる事をしつつ、2人はクリス主導の元、ノイズを殲滅していった。

 

 

 

 

 

 マシンディケイダーの後部座席に人を乗せる事がやけに多くなった気がする、と、士は思う。

 響を何度か乗せ、最近だと翼を一度乗せた。今だって響を乗せている。かつては旅の同行者、口煩い世話焼き娘が乗っていた場所だ。

 だからと言って感慨とか思い出に浸るタイプでもない士は、だからどうしたと思考を切り替え、ノイズ出現の現場へとバイクを走らせていた。

 

 既にバイクは市街地第6区域へと足を踏み入れている。が、広がっているのは人っ子1人いないゴーストタウンな光景。それでいてノイズもあまり見受けられない。

 見つけたと思えばノイズ達は高速移動にて、まるで何処か一ヶ所に集まっていくように移動してしまっていた。後に残るのはノイズ被害による破損した建物だけだ。

 

 報告されているノイズの群れは複数。幾つかの群れはある一ヶ所に集中した為に群れの数自体は減っているが、それでもまだ数個の群れが存在しているというのが二課からの通信で先程聞いた内容だ。各地でゴーバスターズやWが交戦中という情報も来ている。

 ノイズを殲滅できる2人はそこに助っ人として入るのが役割となるだろう。

 

 ところが、マシンディケイダーは急ブレーキで止まってしまう。

 絹を裂く様な悲鳴を聞いたために。

 

 

「今の声……!」

 

 

 悲鳴の声に反応したのは響だった。

 聞き覚えがある声。いつも聞いてきた、親友の声にあまりにも似ていた。

 似ている? いや、聞き間違える筈がない。あれは未来だ。

 

 響は確信と同時に、背筋に寒気が走るのを感じた。

 ノイズの襲撃と未来の悲鳴。そこから考えられる最悪の結末が脳裏を過ったから。

 

 今すぐにでも行かなければ。頭がそう考えるよりも、口が先に動いていた。

 

 

「士先生ッ! 私……!」

 

 

 士の許可を貰おうと、目の前にある運転手の背に向けて必死の形相を向ける響。

 だが、『未来を助けに行きたい』という言葉を放つよりも先に、士が響の言葉を遮った。

 

 

「分かってる。行ってこい、この先のノイズは俺が何とかしてやる」

 

「……! ありがとうございま……」

 

「ただし」

 

 

 響はマシンディケイダーから降りてヘルメットを取って頭を下げるが、士は尚も言葉を続けようと感謝の言葉も遮った。

 この場で、『ただし』、から何を言われるのか。何か条件でもあるのだろうかと響が考えるよりも、士の言葉の方が早かった。

 

 

「小日向と話をして、さっさと仲を戻して帰ってこい。今日中の課題だ」

 

 

 仲間としてではなく、教師としての門矢士の言葉。

 たかだか数ヶ月しか経験していない教師の経験は、士にもそれなりの変化をもたらしていたらしい。

 

 響はその言葉に驚いた後、表情を決意の籠った眼差しと笑みが混じったような顔で。

 

 

「はいッ!!」

 

 

 今までの中で一番高らかで、一番魂の籠めた返事をした後、響はすぐさま走り出した。

 自分の親友が、まだ親友だと思っている者の元へ。

 その背中を見送った士は笑みを零すでもなく、いつもの真顔で呟いた。

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちは不機嫌とかではなく、らしくない自分に向けてのもの。

 人を素直に褒めたり鼓舞する事を自分はしない。本当ならする気もないと思っている。

 けれど、士と関わってきた人間はみんな言うのだ。『素直じゃないけれど、本当は優しい人だ』、と。

 士本人に聞かせたら全力で否定するであろう言葉。だが、それが門矢士という人間だ。

 困っている人がいたら悪態ついても助けるし、迷う人間の背中を遠回しながら押す事もある。

 

 例えば今の言葉だってそう。

 文面では『仲直りしろ』としか言っていないが、彼は『帰ってこい』とも言っている。

 それはつまり『2人で生きて帰ってこい』という事。

 未来を助けて仲も修復して、最高の終わりを掴んで来いという遠回しな応援なのだ。

 

 士はマシンディケイダーを走らせてノイズが健在の戦場へと向かう。

 教え子2人の無事を心の何処かで信じて。

 

 

 

 

 

 士と別れて数分経った頃。

 未来の声が聞こえた廃ビルに響は足を踏み入れていた。

 内部ではパラパラと石の欠片が落ちてきており、倒壊する事も考えられるような場所。

 天井を見ればポッカリと穴が空いており、屋上は吹き抜けとなってしまっている上、辺りには鉄骨が剥き出しになっている場所もある。

 特に上の階は酷く、2階や3階はまるごと骨組みの鉄骨しか残っていない。

 恐らく、ただでさえ脆かったところにノイズの襲撃が重なった影響だろう。

 こんなところにいたらノイズ抜きでも命の危険があるかもしれない。

 

 まずは辺りを見渡す。いない。

 上の階。階段はおろか、床まで崩落しているのでいる筈がない。

 地下に当たると思われる下の階。暗い上に、崩れ落ちた瓦礫が多くて見えない。

 

 目視で確認できない事に不安を感じ、尚且つ目だけで捜すのは無理だと判断した響は呼びかける方向へシフトした。

 

 

「未来ーッ! 何処にいるのぉッ!!」

 

 

 廃墟とはいえビル。中で大声を出せば結構響いた。

 そして、直後に返事をするものがこの場にはいる。

 だが、その存在はこの場で最も歓迎されない存在であった。

 

 

「――――!」

 

 

 轟音と共に辺りの壁を蹴散らして、触手のようなものが響に迫ってくる。

 触手を屈んで避けた響だが、その巨大な触手は響の足場を粉々に砕いてしまった。

 だが、響は弦十郎の弟子。空中で前方回転を数回行いつつ、まるで体操選手のように下の階へと着地。そして上の階にいる触手を見上げた。

 見れば、触手の正体はノイズ。タコのようなノイズの足の1本だったらしい。

 かなり巨大で、まるで廃ビルに寄生するかのように、ビルの剥き出しになった骨組みである鉄骨の上に居座っている。

 

 まずは目の前のノイズを倒さなくては。そう考えた響は聖詠を歌い上げようとするが。

 

 

「むぐっ!?」

 

「…………」

 

 

 突然、横から口を手で塞がれた。

 急な横槍に驚く響だが、その手の主を見てより一層、驚く事になる。

 

 

「み……ッ!」

 

 

 それは、自分が捜していた親友、小日向未来。

 会えた事、無事だった事の喜びと、その瞬間に丁度未来の手が自分の口から離れた事から、声を上げかけた響だが、慌てた未来がまたも手で響の口を塞ぎ、響ごと身を屈めた。

 2人は瓦礫の上に膝を折って、正座に近い形で座り込む。ちょっと砂利が当たるが痛みを感じる程ではない。

 

 座って身を潜めつつ、未来は人差指を立てて「静かに」のジェスチャーを響に向けた。

 未来の意思を汲み取った響は「分かった」と、首を縦に数回振った。

 それを見て響の口から手を離した未来は、自分の携帯を操作し始める。

 使っているのはメモ機能。そこに自分の伝えたい言葉を打ち込んでいった。

 

 

『静かに。あのノイズは大きな音に反応するみたい』

 

 

 あのノイズ、とはタコのようなノイズの事だろう。

 確かにそれなら廃ビルに入ってすぐではなく、大声で未来を呼んでから攻撃してきた事にも納得がいく。

 近くにいる人間ではなく音に反応するというノイズに合うのは初めてだ。

 だが、それはある意味、普通のノイズよりも厄介だった。

 

 

(私が歌えば、未来が……!)

 

 

 ノイズと戦うにはシンフォギアを纏う必要がある。

 シンフォギアを纏うには歌を歌う必要がある。

 つまり、シンフォギアを纏おうとすればノイズが反応してくることを意味していた。

 しかもさらに困った事に、未来は次の言葉をメモ機能に打ち込み、響に見せつつ、ある一点を指差した。

 

 

『ふらわーのおばちゃんとあのノイズに追われて、この廃ビルに入ったの』

 

 

 未来が指さした方向にはふらわーのおばちゃんが横たわっている。どうも気絶しているらしい。

 

 2人はノイズがいる方向へ走っていってしまったクリスの事で気を取られ、少し逃げ遅れてしまった。

 そして、その『少し』が最悪の状況を招いてしまったのだ。

 タコのノイズに見つかり追いかけまわされ、廃ビルに入ったら攻撃されて床が崩落。

 下に落下した拍子におばちゃんは怪我こそ無いものの気絶してしまい、未来は何とか無事。そして崩落のショックで瓦礫が大きな音を立てて落ちたせいで、タコノイズの注意が逸れた。

 それからずっと息を潜めている、というのが現状。

 

 

『ふらわーのおばちゃんを置いていけない』

 

 

 未来の文字に起こされた言葉を見て、響もまた自分の携帯を取り出して応答し始めた。

 

 

『じゃあ、士先生を呼べばきっと』

 

『ダメ。電話は勿論だし、メールでも通知で音が出ちゃう

 それに士先生のメアド、知ってるの?』

 

 

 ご尤もである。

 しかも、電話はもっての外なのは分かっているが、そもそも響は部隊のメンバーのメアドを知らない。

 単純に連絡はインカムや携帯で取りあっていたので、メールを全く使わなかったのだ。

 設定変更かなんかでメールの通知音が解決しても、そもそも呼べる人がいない。

 

 

『だからね、私、1つ思いついたの』

 

 

 未来は自分の提案を打ち込んで響へ見せた。

 

 

『私が囮になって、ノイズを引き付ける。その間に響はおばちゃんを助けて』

 

 

 だけどそれは、とてもじゃないが受け入れられない提案。

 目にした言葉が信じられず、見開いた目で数秒の間、じっと未来の携帯の画面を見つめてしまった。

 囮。つまり、あのノイズに自ら追われると言っている。

 それは即ち未来が命の危機にさらされる事になる、という事に他ならなかった。

 

 

『駄目だよ! 未来にそんなことさせられない。囮なら私が!』

 

『私の力だけじゃおばちゃんは連れだせないよ。響じゃないと』

 

 

 そうだ、自分が囮になればシンフォギアも纏えて万事解決だ。

 けれども未来の言う通り、女の子1人の力で気絶している成人女性1人を此処から外まで連れ出すのは無理だ。

 ビル自体は崩落の危険性もあるので、尚更に。

 

 確かにシンフォギアを纏えば成人女性の1人や2人くらい担いで脱出する事は簡単だ。

 逆に言えば、未来には無理で響でなければ不可能という事である。

 おばちゃんを助ける為には、響が残る他ない。

 

 未来が打ち込んだ言葉でそれを理解した響。

 だが表情は依然として納得の言っていない、不安な、そして他の方法を考えようとしている顔だった。

 長い付き合いの未来にはそれが分かる。

 未来は一度言葉を消し、再度言葉を打ちこんで響に見せた。

 

 

『元陸上部の足だから何とかなる』

 

『何ともならない!』

 

『じゃあ、何とかして』

 

 焦る響は未来の言葉を見て驚き、一方の未来の顔は微笑んでいた。

 これから自分が命を賭けて走ろうと考えているのに、不安や恐怖が感じられない笑み。

 呆然とする響に対して未来はまたも言葉を追加していく。

 

 

『危険なのは分かってる。だからだよ響。私の全部を預けられるの、響だけなんだから』

 

 

 その一文に響は言葉を失った。

 決意は固い。命がけな分、それだけ意思も頑なで、未来は危険に飛び込む事を完璧に決めてしまっていた。

 故に響は何も言えない。「全部を預ける」とまで言われてしまっては、もう何も。

 

 未来は携帯を閉じ、正座から膝立ちになり、響の耳元にそっと顔を近づけた。

 

 

「私、響に酷いことした」

 

 

 耳元での呟きは、音として小さすぎてタコノイズにも感知できていないようだった。

 けれど、耳元の言葉は響の心に大きく響き渡っていく。

 

 

「全部私の我が儘。響が何をしてるのか知りたくて、怖くて。

 今更許してもらおうなんて思ってない。それでも一緒にいたい。一緒に戦いたい」

 

 

 自分の心に溜め込んでいた思いを小さな声で、けれど確固たる言葉で呟いていく。

 未来の心は響と喧嘩する前もしてからも変わっていなかった。

 ただ、響が心配で、響と一緒にいたくて、響の力になりたくて。

 友達を想い続けていた、ただそれだけの話。

 それを自分の我が儘だと押し殺してきた1人の少女の本気の言葉。

 文字ではなく、声で伝いたい思い。

 

 

「士先生や翼さんが、誰が響と一緒にいてくれても、私はきっとずっと怖がったまま。

 だから、どう思われてもいいから、私も響と同じものを背負いたい。

 響1人に背負わせたくない」

 

 

 未来は立ち上がる。

 止めなきゃ。そう思っても響は言葉が出てこない。

 親友の、自分の隠し事のせいで傷つけてしまった筈の親友が、自分の事をそんなにも想ってくれていて。

 だからこその決意に、響はもう何も口にすることができないでいた。

 

 

「私、もう逃げないッ!!」

 

 

 立ち上がった未来の決意の叫び。ビル全体に伝わった大きな声。

 タコノイズは音に反応したようにピクッと体を震わせ、未来は最後の思いを叫んですぐにその場から駆けた。

 

 容赦のない触手が未来を襲い、走りながら右へ左へ、未来はそれを避けていく。

 一撃食らえばアウト。掠っても終わり。攻撃の度に、外した攻撃が地面に衝撃を与えたせいで飛んでくる小石が痛いが、構わずに突っ走る。

 ビルの外へ出た未来は尚も走り続け、それをターゲットとして捉えたままのタコノイズはビルから外へと、未来を炭にしようと躍り出ていった。

 

 

「おばちゃん!」

 

 

 タコノイズが完璧にビルから離れた事を確認し、ふらわーのおばちゃんへと近づく響。

 目立った外傷もなく息もしている。おばちゃんを此処から救い出すのが未来との約束だ。

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 響はガングニールを纏い、ガングニールからは曲が流れ出す。

 超常的な能力を得た響は、体格からは考えられない程の力を出しておばちゃんを抱え上げ、その場で大きく跳躍した。

 大きな跳躍というのは仮面ライダーなんかにも言える驚異的なもの。

 吹き抜けの天井も跳び越えて、響は一瞬にしておばちゃんを抱えたまま外へ出た。

 

 響は落ちる方向を制御して、上手くビルの外に着地できるように調整。

 そうしている間に、1台の黒い車が猛烈なスピードでビルへと向かってきて、ビル前で駐車された車の窓からは見知った顔が1人、顔を覗かせていた。

 マネージャー兼エージェントの慎次だ。

 

 この辺りの避難誘導が終わった彼は、通信を介して士から話を聞かされたのだ。

 

「立花が自分の友人を助けてるだろうから、一応様子を見てきてほしい」と。

 

 通信越しの声色は少し焦っているかのようだった。

 響は救助も勿論ではあるが、対ノイズ用装備を纏っている以上、ノイズ掃討という任務に就く必要がある。

 つまり誰かが、響の助けた要救助者を代わりに安全な場所まで運ばなければならない。

 そう言う理由もあり、掻い摘んだ事情を聞いた慎次は即刻了承。ノイズ相手だからキツけりゃ逃げろ、と念を押されつつ、こうして出向いたというわけだ。

 

 慎次の存在を認識した響は車の前に着地。慎次も響が抱える要救助者と思われる人物を確認し、車から降りて2人を迎える。

 抱えられたおばちゃんは響から慎次の手の中へ、丁寧に受け渡された。

 

 

「緒川さん、おばちゃんをお願いします!」

 

「響さんは!?」

 

 

 しかし答える時間も惜しかったのか、響は慎次の言葉に答えずに跳躍。

 電柱やビルの屋上を飛び移りながらタコノイズが逃げていった方面を、未来が待っている場所を目指した。ガングニールより流れ出る曲に合わせた歌詞を歌い上げながら。

 

 

 

 

 

 一方、士。

 響と未来については、バイクで走行中に慎次へと連絡を回した。

 通信しながらというのはあまり褒められた運転ではないが、携帯ではなく耳に装着したインカムで連絡をしているからハンドルは離してないし、前方不注意もしていないからいいだろう。

 

 ところで士は、目の前の光景に怪訝そうな目を向けていた。

 ノイズ達の反応がある地点、市街地の外れの方まで来てマシンディケイダーを止めた士。

 そこで目にしたのは、無数のノイズと、フォーゼと一緒に戦うクリスの姿。

 

 

「何か倒しても倒しても増えてねぇか!?」

 

「大方、あたし狙いのノイズがあちこちから集まって来てんだろうよッ!」

 

「へっ、モテモテってやつだな、クリスッ!」

 

「冗談ほざくなロケット馬鹿ッ!!」

 

「ロケット馬鹿ァ!?」

 

 

 とりあえず仲良さそうだな、と思った。

 この場ではガトリングやミサイルが爆発しまくり、ロケットやらの音まで混じってかなり騒がしい。

 が、そんな中で会話しているせいか2人の声も無駄にデカくなり、結果としてまだ戦闘の渦中にいない士にも明確に聞こえてきていた。

 

 やり取りに呆れつつ、そんな事で時間を取られている場合でもないと、士はディケイドライバーを巻きつける。

 

 

 ――――KAMEN RIDE……DECADE!――――

 

 

 ともかく変身。

 もしも不意打ちでノイズが突っ込んで来たら、変身してないと士だろうと即死だ。

 両手を払うような仕草の後、ディケイドも戦線の中へと飛び込む。

 まずはライドブッカーを剣として、手近な奴を斬る。そのまま近づいてくる連中を剣や徒手空拳で掃討し続けていった。

 

 戦場に顔を出したディケイド。当然、フォーゼとクリスはその姿を認識するのに時間は数秒とかからなかった。

 

 

「おーっす! 士先輩ッ!!」

 

 

 ノイズの群れに邪魔されて近づけず、フォーゼは少し距離のあるディケイドに声を飛ばした。

 ディケイドに近づこうと、邪魔な周りのノイズを攻撃するフォーゼだが、どうにもすり抜けてしまっている様子である。

 

 それを見たディケイドはライドブッカーを銃に変形させて横薙ぎに銃を振るいながら連射。

 結果、ノイズに有効打を与えるマゼンタの弾丸はディケイドから見て横一列に放たれてノイズを散らせていく。

 さらにライドブッカーを剣に戻し、ディケイドはノイズを斬り倒しながらフォーゼへ、そしてフォーゼの近くにいるクリスに迫った。

 

 

「おい、どういう事だ。何でそいつといる」

 

「はっ、あたしが聞きたいくらいだ。あたし1人で十分だって言ってんのに」

 

「だからダチを1人には……」

 

「何度も言わせんなッ! あたしはダチなんかじゃねぇだろッ!!」

 

 

 状況説明になってないが、ディケイドは察した。

 大方、フォーゼこと弦太朗がちょいと強引に行ったのだろうと。

 響といい弦太朗といい、どうもクリスと分かり合おうとしている節が、というか確実にその気しかないのはディケイドも知っている。

 

 クリス本人はエンターのようなアバターでもなければ、人に化けた怪人でもない、普通の人間だ。

 それに本人は『争いを無くしたいだけ』というような言葉をフィーネに切り捨てられる直前に口にしていた。

 だから分かり合おうとする事、仲間にしようとするという行動はディケイドにも分かる。

 とはいえ、まあよくも此処までグイグイといけるものだとディケイドは思った。感心というより呆れの部類に入る方向で。

 

 

「で? そいつは今、敵か味方か、どっちだ?」

 

「味方ッス!」

 

「勝手に決めんなッ! あたしは仲間になった覚えはねぇ!」

 

 

 フォーゼの言葉は勝手にダチ認定している辺りからディケイドは軽く流しているが、クリスの言葉を聞く限り、味方になる、というわけではないらしい。

 とりあえず、恐らく利害の一致か何かだろうとディケイドは推察した。

 いがみ合っていたり、対して仲良くない2人が協力する事は、共通の敵を前にすると時折ある事だ。

 ディケイドは、まだ仲間と呼ぶような間柄でなかったディエンドこと海東とそんな感じであったから分かるのだろう。

 

 一先ずはノイズ。その後に戦いを仕掛けてくるようならクリスとも戦う。

 そんな風に考えを纏めたディケイドはノイズへ向かってライドブッカーを振るう。

 こうして離している間にもノイズ達はディケイド達を人間と認識して迫ってきているからだ。

 その中で、フォーゼはふと気付いた。

 

 

「そういや、響はどうしたんスか?」

 

 

 弦十郎からは響と士に出動要請をした、という風に聞いている。

 てっきり同じタイミングで来ると思っていたのだが、それとも別の群れを相手にしているのだろうか。

 

 

「アイツなら、小日向の奴を助けに行った」

 

「小日向?」

 

「立花の学友だ。巻き込まれたらしい」

 

 

 フォーゼとディケイドの間で交わされる響の現状説明。

 クリスにとって無視できない単語が、その中に含まれていた。

 

 

「ンだとッ……!?」

 

 

 小日向が巻き込まれた。その言葉がクリスの心に何よりも刺さった。

 今日、この辺りに一体には『小日向』という人間がどれほどいるだろうか。

 しかも『立花の学友』と言うからには、何処かの生徒である事も確定だ。

 その名前には聞き覚えがある。何せ、ついさっきまで一緒にいたのだから。

 

 

「おい、バーコードッ!」

 

「誰がバーコードだ」

 

「何だっていい! その学友ってのは無事なんだろうなッ!?」

 

「……立花の奴が上手くやってればな」

 

 

 バーコード呼ばわりされて不機嫌そうにしつつも、しっかりと答えるディケイド。

 ディケイドだって未来の生存を疑いたいわけじゃない。ただ、実際問題として人間とノイズが対面して生き残れるか、という話。

 弦十郎レベルの規格外ならともかく、正真正銘の一般人が生き残れるはずがない。

 響が間に合っている事を信じるしかないのだ。

 

 が、ディケイドからすればその言葉には疑問を持たざるを得ない。

 何故、クリスが未来の事を心配しているのか。

 

 

「お前、小日向と知り合いなのか?」

 

「……何でもねぇ。関係ねぇんだよッ!!」

 

 

 クリスの心は荒れていた。

 自分を助けてくれた少女の危機に。その危機を招いたのが自分の存在である事に。

 ノイズへの怒り、自分への怒り、それをイチイバルに込めていく。

 

 何でもないと口にしても、関係ないと叫んでも、自分が巻き込んだことに変わりはない。

 事実は消えずに罪としてクリスの心にのしかかっていた。

 

 

「ちく、しょうがァァァッ!!」

 

 

 腰部ユニットからのミサイルが、両手のガトリングが未だかつてない程の勢いで火を吹き、辺りのノイズを炭へ還していく。

 正面へガトリングを、左右と後ろに追尾式ミサイルを、ついでにぶっ放しながら周囲と上空を見渡してガトリングを周囲のノイズに向けていく。

 広域殲滅能力に秀でたイチイバルの特性がフルに使用され、ノイズ達は次々と殲滅されていった。

 なお、近くにいたディケイドとフォーゼは巻き込まれないように身を屈めたり跳んだりと大忙しである。

 

 全ての火器が火を吹き終わった頃には辺りには炭の絨毯が敷かれたような光景が広がっていた。

 風や爆発の影響で炭が舞い上がる中、ノイズを蹴散らした事を確認したクリスはさっさと跳び上がってビルの屋上まで昇って行ってしまう。

 それを見たフォーゼがクリスを目で追って、屋上にまで声を届けようと声を張り上げた。

 

 

「おーい! 何処行く気だよ!」

 

 

 それに怒鳴るわけでもなく、クリスはそこからさらに別のビル、また別のビルへと伝って行ってしまい、すぐに彼女の姿は消えてしまった。

 今までだったら怒りながらも返事くらいしたものだが、今回は何も言わない。

 フォーゼはどうにもそこが引っかかった。何か、彼女にとって余程重要な事が起こったのではないか、と。

 フォーゼ、弦太朗は馬鹿である。だが、人の変化や思いを見抜く事だけに関しては天性の才能を持っていた。

 だから何となく察したのだ。クリスが焦りだした原因、ディケイドの話が何か関係あるのではないかと。

 

 

「なぁ士先輩。クリスの奴、もしかして小日向って奴と……」

 

「何かあったらしいな」

 

 

 流石にあんな態度でいられれば、ディケイドだって察せられる。

 彼女が未来の元へと向かったのは恐らく間違いないだろう。話の流れからしても、彼女の焦り方からしても。

 そうでなくてはたかだか一般人である未来の事でクリスが焦る理由がない。

 

 だが、ノイズはまだ残っているだろう。

 クリスを狙って各地のノイズが集まっていたとはいえ、群れの全てが此処に集中していたわけではないのだ。

 

 クリスと未来が何処であったのかとか、何があったのかとかは後で確認するとしよう。

 ディケイドは一先ず二課に連絡を取り、他のノイズの群れがいる場所を確認した。

 まだ3ヶ所。それぞれWとレッドバスターがいる地点、ブルーバスターがいる地点、イエローバスターがいる地点の殲滅が終わっていないという。

 フォーゼもレーダースイッチから賢吾を通してそれを聞き、ディケイドとフォーゼは顔を見合わせた。

 

 

「2手に分かれるぞ。俺はリュウジの方、お前は宇佐美の方だ」

 

「うっす!」

 

 

 その分かれ方をすれば戦力は丁度均等。

 まあノイズの殲滅力に関しては特性上、ディケイドが圧倒的なのだが。

 避難と救助は終わっているという報告も聞いている。が、だからと言って撤退はできない。

 

 ノイズはいずれ自壊するが、逆に言えば自壊するまでの間を放っておけば、再びノイズは人間を狙いだすだろう。

 避難と救助が完了しているとはいえ万が一、という事がある。倒せなくても自壊するまでの間、ノイズを引き付けておくのが彼等の任務だ。

 

 フォーゼはロケットモジュールで、ディケイドは近くに停車していたマシンディケイダーでそれぞれに向かうべき地点に急いだ。

 一見ディケイドは落ち着いているように見える。しかしその実、彼は多分、誰よりも緊張状態でいる。

 らしくないと思いつつも、響と未来の事を頭の中で延々と考えてしまっているからだ。

 教え子、仲間、そもそも知り合った人間が死ぬというのは寝覚めが悪すぎる。

 

 

(さっきの課題、できませんでしたじゃ済まないからな……ッ!)

 

 

 響に伝えた仲直りの課題。ディケイドは、それが提出される事を祈るしかなかった。




――――次回予告――――
少女達の思いは駆け巡り、自らの道を進ませる。

言葉と約束を胸に抱けば、踏み出す力が湧き上がった。

伝えたい思いがあるから。

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