全くもって意味が分からない。
少女を助けて、追い詰められて、胸に浮かんだ歌を歌ったら鎧を纏っていました。
変わり者と言われる響だが、こんな変わった自体に見舞われるのは初めてだ。
というか、普通有り得ない。
「え、うえぇぇぇ!? なんで? 私、どうなっちゃってるの!?」
今の自分の姿を見やり、ただただ驚くだけだ。
目の前にノイズがいる事も一瞬頭から飛んでしまった。
鎧、という割にはボディラインがはっきり出てしまっている姿。
オレンジと黒を基調にした薄い姿だ。
まあ響のスタイルは悪い方では無いし、響自身、現状特に羞恥心は無い。
というか、それよりも驚きの方が勝っている状態だ。
薄いと言っても、今の姿の腕や足にはアーマーと思わしき物が装着されている。
これは一体? などと考えていたら。
「お姉ちゃん、カッコイイ……!」
先程までの涙声は何処へやら、憧れの眼差しで目を輝かせながら響を見つめていた。
しかしその目に、響はある事に気付いた。
(そうだ……何だかよく分からないけど。
確かなのは、私がこの子を助けなきゃいけないって事だよね……!)
そしてそれを意識したとき、もう1つの事に気付く。
胸の中から歌が湧き出てくる。
知らない歌、しかし知っている。
自然と口が動き、恐らく鎧から流れているであろうメロディに合わせて歌い続ける。
響は知らぬことだが、シンフォギアの力は『歌』が大部分を占めている。
その力を引き出すために適合者は自然と歌う事になる。
響は少女に手を差し出し、その手をしっかり握りしめ、抱き留めた。
そしてノイズの手から逃れるため、その場を飛び上がり──────
マシンディケイダーを走らせているうちに工業地帯についた。
ノイズの発生もそうだが、天に届くようなオレンジ色の光の柱。
それも確かこの工業地帯から発生していたはずだ。
「この辺り……」
バイクを一度止めて、辺りを見渡してみる。
変わったところは特にない。
そう思った瞬間だ。
「わ、わわわぁぁぁぁ!!」
士から少し離れた場所に何かが高速で地面に激突し、物凄い轟音が響き渡った。
音だけでなく土煙も巻き上がり、士も思わず口元を腕で抑える。
ゴーグル付きのヘルメットのお陰で視界は無事だ。
土煙が止むと、衝突した地点は見事に小さなクレーターができている。
煙の中には妙な姿をした人影が小さな子供を庇うように蹲っていた。
煙が晴れていくと同時に蹲っていた人影が立ち上がる。
その人影の正体を見た瞬間、士は目を見開いた。
「……立花、とか言ったか?」
恐る恐るといった感じの声色で士が口を開く。
少女を心配してそちらばかりに目を向けていたが、名前を呼ばれて初めて響は士の存在に気付いた。
鎧の力を制御できず、あっちへぶつかりこっちへぶつかり。
少女を守る為に自分の体を壁や地面にぶつかる時に盾にするので精一杯だ。
しかしいくら逃げ回ってもノイズは中々撒けない。
そんな中、此処に不時着めいた着地をしたのだが。
「……へ? 何で士先生が?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
一般人は基本的にシェルター、ないしノイズがいない場所に避難するものなので、此処にほかの誰かがいる可能性など考えてもいなかった。
そんな中での士の出現。
驚くのも無理はない。
というか、鎧を纏った段階から鎧の凄まじい力といい、驚きっぱなしなのだが。
片や、いる筈のない人がこの場にいることによる混乱。
片や、1日とはいえ生徒として接した少女が鎧を纏って不時着してきた驚愕。
それによって僅かな時間、静寂が流れた。
だがノイズはその静寂も見逃さない。
「……ッ! 士先生ッ!」
響が突然、士から見て後ろの通路を指さし、叫んだ。
思わず振り向けば、ノイズの大群がぞろぞろと群れを成して迫ってきている。
「あれがノイズか……生で見るのは初めてだな」
ディケイドライバーを取り出し、腰に宛がいながら興味深そうに呟いた。
一方の響は目の前のノイズと少女を助けること、士の登場で士が今、何をしようとしているかなど目にも入っていない。
「早く逃げましょう! しばらく逃げ続けないと!!」
振り向いたため背中を見せている士に響は必死に呼びかけた。
ノイズは時間が経てば自壊する。
それがどの程度の時間なのかはわからないが、少なくとも今の自分にはそれを逃げ切るだけの力がある。
この力なら2人を助けることができるはず。
響はそう考えていた。
が、響は知る由もない。
士は『助けられる側』ではなく、むしろ『助ける側』の人間であるということを。
「分かってる、だが少し試してからだ」
腰に巻かれたベルト、同時にライドブッカーが出現する。
そして『DECADE』のカードを取り出した。
「変身!」
────KAMEN RIDE……DECADE!────
その言葉とともに、カードとベルトを操作した士の姿は一瞬のうちに変わった。
響はまたも驚愕的な事態に遭遇してしまった。
突然現れた新任の先生がいきなり姿を異形の者に変えたのだ。
マゼンタの体、背中に見えるのは左肩の縦横それぞれから伸びている『十』のライン。
響の見ていた『門矢 士』はそんな姿になっていた。
ふと、響は思った。
士先生が乗っていた珍しいカラーリングとデザインのバイク。
あれの色が今の士先生の姿に妙に合っている気がしたのだ。
よくよく見れば、腰にはベルトが巻かれている。
後ろからではよく見えないが、恐らく素顔も隠されているのだろう。
そしてこの変身は今の自分と同じで、超常的な能力が使えるに違いない。
響はそれら全てに当てはまる『存在』を知っていた。
────都市伝説。
響ぐらいの年頃なら興味を持ち、誰もが面白半分に語る話。
その中に、ベルトを巻き、仮面をつけ、バイクを駆る異形の、そして正義の戦士の噂があった。
その名も──────
「仮面……ライダー……?」
そう言ったのは、響が抱きかかえている少女だ。
その都市伝説を少女も知っていたのか、思わず口をついて出た言葉。
響も少女も呆気にとられた様子で『仮面ライダー』となった士を見ていた。
そして『仮面ライダー』と呼ばれた士こと、ディケイドは答えた。
「通りすがりの、な。覚えておけ」
ディケイドはそれだけ言うと、ライドブッカーをガンモードにし、ノイズに向けて数発撃ちこんだ。
するとライドブッカーのマゼンタの弾丸に当たったノイズ達は次々と炭化していく。
(……いけるらしいな)
士には確かめたいことがあった。
それはディケイドの特性がこの世界でも発揮されるかということ。
ディケイドはライダーの中でも恐らく、極めて特殊な力を持っている。
それは『行く先々の世界のルールをある程度無視できる』というところだ。
具体的にいうと、『不死者』が存在する世界でその不死者を殺すことができたり、ある特別な攻撃をしないと復活する化物を特別な攻撃など使わず倒せたりなど。
とにかく破壊的な力を振るうことができるのだ。
ノイズの位相差障壁。
それはこの世界と微妙に位相をずらす事で攻撃をあたかも通り抜けているように見せているノイズ特有の能力だ。
しかしディケイドはその能力に関係なく攻撃を通すことができる。
士はそれを確認したかったのだ。
(って事は、大方炭化能力とやらも関係ないか……?)
炭化能力も無意味であろう、そう考えはしたものの確証はない。
もしも炭化能力が有効で触れてしまったら即死だ。
確証がない以上、それは博打に他ならない。
ディケイドは出来るだけ遠距離からライドブッカーでノイズを撃ち続ける。
そして弾幕を張りながら、バイクに跨った。
「乗れ」
バイクに跨るディケイドが唐突なことを響に言った。
一瞬キョトンとしてしまったが、逃げるためだと悟った響は急いで車体の後部に腰を掛けた。
勿論、助けた少女は腕の中でしっかりと抱きしめている。
「離すなよ、振り落とされても助けられないからな」
そう言ってディケイドは愛車、マシンディケイダーを走らせた。
時折後ろを振り返っては銃撃、その度に後部座席の響は一瞬ヒヤリとするのだが、そんな事に構ってはいられない。
マシンディケイダーはどんどんスピードを上げる。
しかし響や名も知らぬ少女が振り落されないぐらいのスピードを維持していた。
だが、ノイズは速さだけでなく先回りすることもある。
何と工業地帯の上からタイミングを合わせて襲い掛かってきたのだ。
後ろと前ばかり気にしていたディケイドは完全に意表を突かれた。
「チッ!!」
急ぎスピードを上げるが、車体の後部────即ち響と少女にはノイズが当たってしまう。
横に曲がるか。いや、横転して結果は同じだ。
速攻で判断したディケイドはライドブッカーを上空のノイズに向け構えた。
しかし、既にノイズは目と鼻の先。
(間に合うか……!)
そしてノイズは──────
「……!?」
ディケイドの攻撃を待つ事無く、炭化した。
それもノイズ『だけ』が。
まるで、何者かに攻撃を喰らったかのように。
驚き、ディケイドはそれをした人物に目をやった。それをした人物はディケイドのすぐ後ろにいるからだ。
鎧を纏った立花響。彼女の裏拳が、偶然にもノイズを捉え、そしてノイズを倒したのである。
(私が、やっつけたの……?)
本人も信じられない様子で、自分の手を見つめていた。
思わず空中に向かって手を突き出し、それがたまたま裏拳となりノイズを捉えた。
顔を背けつつ咄嗟に出た一撃は誰がどう見ても偶然だ。
だが、その偶然がディケイドと響に教えた事がある。
それは響の纏う鎧は炭化を無効化し、ノイズを倒せる、という事。
驚きも早々に、引き続きマシンディケイダーを走らせるディケイド。
後ろからも前からもノイズが多数湧き出している。
中には工業地帯の建物すら小さく見えるほどの数十mサイズの、最早怪獣とすら呼べるノイズまでいる。
おまけにその巨大ノイズもディケイドと響、助けた少女を狙って後ろから追いかけてきていた。
そして、さらなる事態が起こる。
目の前のノイズの群れが何者かに掻き分けられるように散っていったのだ。
既に日の落ちた工場地帯にライトが目立ち、排気音が聞こえる。
そう、バイクだ。
マシンディケイダーではない、別のバイク。
そのバイクの主は、これまた驚くべき人物であった。
(つ、翼、さん……!?)
立花響、本日何度目かわからない驚愕。
どういうわけだか日本のトップアーティストがバイクでノイズの群れに突っ込んできたのだ。
これにはディケイドも思わずマシンディケイダーを止めてしまう。
表情こそ見えないが仮面の中で驚きの様相を呈しているのだ。
(風鳴翼……!? 何でこんなとこにいやがる!?)
翼はマシンディケイダーを横目にバイクを走らせ続け、その先にいた巨大ノイズにぶつけた。
ぶつける直前、翼はバイクから跳び上がって離脱。凄まじい跳躍で空中を舞った翼は、『歌』を歌った。
風を切る羽、鋭さを感じさせる『歌』。
だがその歌は響が先程歌った歌に似ているような気がした。
少なくとも響はそう感じた。
歌いつつ空中で何回転かした後、片膝をついて綺麗な着地を決めた翼。
ノイズの襲撃と立て続けに起こる驚きの連続で、翼がとてつもない高さから着地した事など誰も気に留めていない。
「呆けない、死ぬわよ」
その言葉通り、驚きで呆気にとられている2人はその言葉ハッと我に返った。
翼はちらりとディケイドをみやる。
(ガングニールはともかく、このもう1人は一体……?)
だが翼は疑問を早々に後回しにし、キッと目の前のノイズの群れを睨み付けた。
「あなた達は此処でその子を守っていなさいッ!」
そして翼は走り出した、ノイズに向かって。
走る翼の体に、響と同じような鎧が装着されていく。
鎧からは響と同じように音楽が奏でられ、それに合わせて翼も歌う。
風鳴翼の防人としての姿、『天羽々斬』。
それが彼女のシンフォギアの名。
その手に持つ刀が巨大化し、大剣へと姿を変えた。
大きく振りかぶり、一閃。
華奢な女性と言える風鳴翼が振るうには大きな剣であったが、翼はそれを軽々と振るった。
しかし、そこにノイズはいない。
素振りか、否、それは立派な攻撃だった。
大剣を一振りすると青い衝撃波のようなものが発生し、それが前方のノイズめがけて突進する。
────蒼ノ一閃────
衝撃波に巻き込まれたノイズ達は次々と炭へと還り、散っていく。
翼は攻撃の直後、続けざまに跳び上がった。
空中で数多の剣を召喚しそれらが一斉にノイズめがけて降り注ぐ。
まるで、剣の雨。
────千ノ落涙────
涙は地上のノイズの殆どを殲滅したが、それでもノイズは全滅しない。
着地後、翼は最初に手にした日本刀程度の刀を持ち、得意のスピードを使ってノイズに接近、足のアーマーに取り付けられたブレードも併用してノイズを全て薙ぎ払っていく。
「凄い……やっぱり翼さん……」
翼の戦いぶりに響は感嘆の声を上げた。
一帯のノイズが殆ど壊滅し、一応の安全を確保できた響は抱き留めていた少女をおろした。
ディケイドはというと、バイクに寄りかかるように座りながら響と翼を眺めていた。
周囲の警戒は一応している。
(こいつらの姿……似たようなモンみたいだな)
スーツの感じといい、音楽が流れて歌う事といい、響と翼の鎧には共通点が多く見受けられた。
単純な色変えというわけではないが、同規格の別種類、と言った感じか。
仮面ライダーにも似たようなものはある。
殆ど規格が同じ変身アイテムで別のライダーに変身するという事例だ。
例えば『龍騎の世界』のライダーなんて全員変身の仕方は同じだ。
しかし、それぞれ全く異なる姿をしている。
それと似たようなものなのだろう、しかしこのノイズに対抗できる鎧は一体……?
出る筈のない回答と分かりつつも、士は思考を巡らせていた。
安心しきっていたのか、それとも油断か。
完全に驚愕に飲まれていたのか。
なんにせよ響と士は今、呆けていたのは違いない。
「……あっ!?」
だから少女が短い悲鳴を上げてようやく、自分達に迫る危機に気付いた。
数分前に翼がバイクをぶつけた巨大ノイズが響達を襲わんとばかりに迫っていたのだ。
「チッ……!」
ディケイドはライドブッカーから黄色いカードを取り出す。
黄色い必殺のカード。ディケイド最強の一撃を放つためのカード。
急ぎ、一撃で仕留めようと咄嗟に取り出したのだ。
まだ間に合う、そう思いディケイドライバーにカードを挿入しようとした瞬間。
頭上から巨大ノイズを、同じぐらい巨大な剣が貫いた。
剣の柄の先の部分、即ち突き刺さる巨大な剣の先端には風鳴翼が響を見下ろしながら直立していた。
辺りにはノイズはもういない。
ノイズがいた事を示す灰の欠片が辺りに霧散しているだけだった。
剣より、翼は響を見下ろす。その視界にディケイドはおらず、響のみを一点に。
翼は今は亡き相棒の纏っていたソレを身に着ける響を、神妙な面持ちで見つめていた。
────次回予告────
一方的な再会の中で、歯車は動き出す。
世界の物語は動き出し、最早止まる事がない。
後は、進むのみ────