スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第45話 声を聞いて

 見せられたものは幻だと誰もが分かっていただろう。

 けれど、ヒロムを無理矢理引きはがす事は誰にもできなかった。

 幻であるはずのヒロムの母とヒロムが、親と子として、とても優しく抱き合っている。

 ヒロムが何を見て、何を感じているかが、見ているだけでも痛いくらいに伝わって来た。

 

 

「この……ッ!」

 

 

 翼の中で怒りが重なっていく。

 ヒロムを正気に戻したいと思いつつもあれを無理に引きはがしたくないという心の痛みは太刀の切っ先をより鋭く光らせ、フィルムロイドに今にも斬りかからんとする殺気へと変わっていた。

 

 

「風鳴は突破できたんだろ。何でヒロムは……」

 

 

 ディケイドはあくまでも普段の態度を変えない。

 だが、ライドブッカーの柄は今までよりも遥かに強く握られ、切っ先が少しだけ上がっている。

 怒っているのだ、彼なりに。仲間の為に激昂するなんてらしくないと思いつつも、『家族』を傷つけてしまった過去を持つ者として。

 

 

「私と桜田さんの違いは、大切な人が生きているか死んでいるか、です」

 

 

 怒りの表情を一切消さず、フィルムロイドを射抜かんとする視線はそのままにディケイドの誰に聞いたともしれぬ問いに翼が答えた。

 

 

「奏が死んで、もう2年。私も……受け入れて、います」

 

 

 受け入れている、という言葉の前にあった間は、本当は認めたくないという気持ちを噛み殺している事を伺わせる。

 大切な人が死んだなどと、何時まで経っても認めたくはないものだ。

 特に翼はつい最近まで、その死が原因で死に急ぎ、「奏ならこうする」と肩肘張ってばかりだったのだから。

 けれど2年という時間は翼に現実を受け止めさせる猶予を与えていた。

 

 

「けど、桜田さんは違う。桜田さんのご両親は亜空間で存命している可能性があると聞き及んでいます。だから……」

 

 

 ヒロムはまだ、両親が死んだなどと思ってはいない。必ず生きていると信じている。

 ただ、生きているのに会えないと思うと寂しさや遣る瀬無さは募るばかり。

 それに幾ら信じていても、心の何処かで「もしも死んでいたら」と考えてしまう事もある。

 生きている期待、会えない寂しさ、死んでいるかもという不安と焦燥。

 翼が奏の幻をすぐに振り切れたのは、皮肉にも目の前で奏の死を見ているからだった。

 どんなに辛くても、「奏はもういない」と断じる事ができるから。

 けれどヒロムは違う。ヒロムは生きていると信じ続けている限り、寂しさを抱えたままでいる。

 

 

「死んでいないと思っているからこそ、ヒロムはあの幻に……」

 

 

 翼の言わんとしている事をブルーバスターが察する。

 今まで溜め込んでいたヒロムが今何を想っているのか、それは想像するに余りある。

 優しくヒロムを受け止めている母が、それを温かく見守る父が。

 それらは全て幻で、メタロイドを倒せば消えてしまう。

 だとすればそれは酷いなんて話ではない。惨過ぎる光景だった。

 

 

「しーっ。今感動のシーンなんだから静かに」

 

 

 わざとらしく、おちょくるようにフィルムロイドはヒロムを見ていた。

 その光景をこの場の誰よりも面白おかしく、まるで喜劇でも見ているかのように。

 5人全員がその姿を見て心の中で何かが膨らんでいくのを感じた。爆発しそうな何かが。

 ニヤケ面すら想像できるくらいのフィルムロイドはヒロムと幻の家族を見て、一言。

 

 

「ほんっと、面白いね~」

 

 

 何てことはない感想にも聞こえる軽い言葉。

 そのたった一言でブルーバスターの、イエローバスターの、ディケイドの、響の、翼の中で。

 確実に、何かが切れる音がした。

 

 

「貴、様ァァッ!!」

 

 

 怒号を上げる翼がフィルムロイドに斬りかかろうとするものの、行く手は何処からか現れたノイズ達に邪魔される。

 構わず乱暴にそれらを斬り捨てていく翼、それに加勢する響とディケイド。

 そしてノイズを掻き分け、基地から転送したソウガンブレードを手にしてフィルムロイドへ2人のバスターズは一直線に駆け抜ける。

 対するフィルムロイドは三方向に棘が付いた槍を取り出してそれに応戦した。

 

 

「なになに? 良い夢見せてやったのに~?」

 

「黙れッ! あんな偽物見せるなんてッ!!」

 

 

 今まで一度だって誰にも聞かせた事が無い程の怒声を上げるイエローバスターはソウガンブレードを半ば乱暴に振るう。

 映像に頼ってきたとはいえメタロイドはメタロイド。巧みな槍さばきで2人の剣を全て受け流す。

 だが2人は何度弾かれても剣を振るってフィルムロイドに向かっていく。

 今は戦えないヒロムの分まで、そして、大切な仲間の気持ちを利用した敵への極大の怒りを募らせながら。

 

 ブルーバスターがソウガンブレードを敵の喉元へ繰り出そうとするものの、フィルムロイドはブルーバスターの二の腕を槍の先端にある棘と棘の間に挟んで剣を腕ごと押しとどめた。

 

 

「今までで一番頭に来たメタロイドだよ、お前ッ!」

 

「そりゃどうも」

 

 

 怒気を発するブルーバスターを物ともせずにフィルムロイドは普通の調子で軽く答えた。

 力任せに喉へ剣を突き立てようとするがフィルムロイドの力でそれは届かない。

 普段ならばすぐさま腕を離して体勢を直してから再度攻撃に転ずるところだ。

 若いヨーコだけでなく年長者であるリュウジまで、双方ともに訓練を積んできたプロフェッショナルであるのに、怒りのままに敵を倒そうとしている。

 それほどまでにヒロムとの絆は強く、ヒロムの気持ちを嘲笑ったこのメタロイドが許せなかった。

 

 

 

 

 

 一方、ジャマンガが繰り出したと思われる巨大な城を町の一角で監視する銃四郎と弦太朗の元へ向かおうと、翔太郎はハードボイルダーを走らせていた。

 と、その道中、あけぼの町の神社を通りがかった時。

 

 

「……ん?」

 

 

 神社を少し通り過ぎたところで翔太郎はバイクを停めた。

 

 ――――今、誰かいたような?

 

 この辺りは避難が進んでおり、人っ子1人いないのが普通な筈だが。

 翔太郎はその場でバイクから降り、神社を覗き込んだ。すると少々遠くに木にもたれて座り込む1人の青年の姿が見えた。

 

 

「おい、何してんだ? 此処は危ないぜ」

 

 

 翔太郎の声に、自分が声をかけられたのだと認識した青年はゆらりと翔太郎に首を向けた。

 何か怪我をした後なのか、頭に巻かれた白い包帯が目につく。

 酷く元気がない。それが翔太郎の、木にもたれる青年への第一印象だった。

 

 デュランダル争奪戦の際に剣二達を爆発から救った弦太朗は剣二の顔を見ているのだが、翔太郎は彼の顔を知らない。

 つまり『鳴神剣二ことリュウケンドーがいる』という事実は知っているのだが、それが彼であるという事を翔太郎は知らないでいる。

 

 

「……ああ、亜空間とでっけぇ城だもんなぁ。アンタこそ危ないぜ」

 

 

 剣二もまた、仮面ライダーWが参入したという事は知っているが左翔太郎の顔は知らない。

 剣二から見れば謎の青年の翔太郎に軽く返すが、翔太郎はその言葉に疑問を呈した。

 

 

「あ? 何であれが亜空間って知ってんだ?」

 

 

 一般市民に『亜空間』の言葉はあまり馴染みがない。

 勿論、調べれば出てくる単語だし、転送研究センターの事故自体、比較的有名なものだ。

 ただ、メガゾードが作り出した空間が疑似とはいえ亜空間であると勘付ける人はそういない。

 何せゴーバスターズも初見では分からずマサトに教えてもらった程だ。

 黒い半球は『ヴァグラスが作り出した閉鎖空間』と一般には報道されており、亜空間であると明確に答えられる人は必然、関係者である事になる。

 

 

「そんなの……」

 

 

 剣二はそんなの当然知ってるだろ、と答えようとしたが翔太郎と同じ思考に行きつき、マズイ、と口を覆った。

 自分がS.H.O.Tである事は基本的に誰にも秘密。口外してはならない情報。

 例え変身できずともその一員である事に変わりはないのだから此処で素性をバラすわけにはいかない。

 が、そこで剣二も不思議に感じた。何故に帽子の青年はあれが亜空間である事を知っている素振りなのかと。

 

 

「って、アンタこそ何であれが亜空間だって……」

 

「……お前、二課の関係者なのか?」

 

 

 流石探偵と言うべきか、翔太郎は彼が関係者である事に気付いた。

 S.H.O.Tではなく二課の名前が最初に出たのは自分に一番馴染みがある場所だからだろう。何せ住まわせてもらっている身だ。

 とは言え剣二もその言葉で帽子の青年もまた、事情を知る関係者なのだと気付いたようで、顔を頷かせた。

 

 

「へぇ。名前は?」

 

「鳴神剣二、だけど……」

 

「鳴神? あの、リュウケンドーってやつか?」

 

「じゃあアンタ、S.H.O.Tの事も?」

 

「まあな。新参者の仮面ライダーさ」

 

 

 そこまで聞いて剣二も「ああ、こいつはWとかいうライダーなのか」と理解した。

 一応、報告書等で現在S.H.O.T、及び協力している2つの組織がどんな風に動き、誰が新しく参入したかは目にしていた。

 斜め読みのいい加減な読み方だったのは剣二の生来の性格もあるが、負けた事や返事が無いゲキリュウケンなどのショックで読む元気もなかったという部分がある。

 ただ、流石に新しい仮面ライダーが入ったというインパクトは剣二の中にも焼き付いており、それを記憶していたのだ。

 そしてフォーゼというライダーは助けられただけとはいえ一応目にしたし、それなら向こうは剣二の事を知っているはずだが、帽子の青年は剣二の事を知らない素振り。

 という事は剣二と会った事が無い仮面ライダー、つまりはWという答えに行きつくわけだ。

 

 

「今は亜空間と城を何とかする為に出てきたのか?」

 

「ああ、お前を見つけたのは偶然だけどな。……つーかお前、病院にいるって話じゃなかったか?」

 

「色々あんだよ。今の俺は変身できない能無しだ」

 

 

 変身できない自分を卑下しているような、拗ねるような口振り。

 そんな剣二を見下ろしつつ、翔太郎は語り掛ける。

 

 

「未調整のキーってやつを使ったって聞いたぜ。大分危ない橋渡ったらしいじゃねぇか」

 

 

 翔太郎達が剣二について聞かされたのは、『ジャークムーンを倒そうとして未調整のキーを使って重傷』である事。

 それに加えてジャークムーンやジャマンガの詳細と、未調整のマダンキーを扱う事がどれ程危険な事か程度。

 とりあえず翔太郎は『無茶をした奴』という風に剣二の事を認識していた。

 

 

「何でそこまでしたんだ? 危険なのは知ってたんだろ?」

 

 

 翔太郎の問いに少々の沈黙を置いた後、剣二は口を開く。

 

 

「勝ちたい奴がいたんだ」

 

「家族の仇、とかか?」

 

「そこまでじゃねぇよ。けど、どうしても負けたくない奴なんだ」

 

 

 それほどまでにジャークムーンを倒したかった。サンダーキーが調整されていない危険な物だと知っていながら使ったのもそれが理由。

 町を守りたい、人々を守りたいと思ったのも本音だけど、一番はそれだった。

 だけどジャークムーンには歯が立たず、誰かを守る事も出来ず、変身までできない。

 自分の思いが全て裏返ったかのような結果が剣二の前に現実として存在していた。

 

 

「なあ、強くなるってなんだ? どんな方法でも強くなって、敵を倒せればいいんじゃないのかよ?」

 

「……まあ、間違ってねぇよ」

 

 

 翔太郎は帽子を外し、地べたに座り込んで剣二と同じ木の別の側面にもたれかかりながら口を開く。

 

 

「お前が強くなりたい理由はなんだ?」

 

 

 剣二は天を仰ぎ、太陽の眩しさに目を閉ざした。

 強くなりたい理由は出ないわけではない。

 その為に多少とはいえ努力もしたし、実戦で力も付けたし、新たなキーも手に入れて使いこなしている。

 だけど、ジャークムーンには全く歯が立たなかった現実が重くのしかかる。

 

 

「俺は、姉弟子や陣さんに強くなれって言われた。だから強くなろうと思った。けど……」

 

 

 姉弟子が言ったのは『きばいやんせ』という言葉。

 つまりは戦う剣二に対してのエールだ。

 マサトが言ったのは『今のままじゃ何も守れない』という言葉。

 ゴーバスターズだけでなくリュウケンドーにも向けられた言葉で、より強くなれと言う意味だろう。

 それを聞いて強くなろうと思った。

 

 だが、ジャークムーンを前にした剣二の心は『どうしてもコイツを倒したい』という思いに染まっていた。

 思いを掘り返した剣二はジャークムーンと戦っていた時の気持ちをポツポツと呟く。

 

 

「俺は、アイツに勝ちたかったんだ。だからどうしても強くなりたくて……」

 

 

 サンダーキーを使った。と言い切る前に、そこで言葉は途切れてしまう。

 言葉が進むにつれて弱々しくなっていく剣二の言葉は、最後には完全に消えてしまったのだ。

 話を黙って聞いていた翔太郎も、途切れた言葉の先を何となく理解し、口を開く。

 

 

「だから、未調整のキーってやつを使った……。勝ちたくて焦ったって事か」

 

「……分かってんだよ、馬鹿な事したってのは」

 

 

 周りに止められたのにサンダーキーを使った結果がこれだ。呆れて笑いも出やしない。

 勝てなかった事や変身不能という後遺症以外にも、剣二の心には引き摺るものができてしまっている。

 あの時、あんな事をしなければという、後悔が。

 

 そんな剣二に、翔太郎は語り掛け始めた。

 

 

「俺の仲間にもいたぜ。ある男を倒したいからって周りの静止も振り切って、無茶する野郎が」

 

 

 かつては町を嫌いながら、ただ1人の男に復讐心を滾らせ、必ず自分の手で決着をつける事を望んで力を追い求めていた男の事を思い出しながら翔太郎は続ける。

 

 

「そいつにも言ったが、お前を心配する奴もいるって事、覚えとけよ」

 

「俺を……?」

 

「いるだろ、お前の仲間だよ」

 

 

 S.H.O.T、特命部、二課。そこにいる、共に戦場に立つ者達。そしてそれを裏で支えてくれる、鈴や瀬戸山のような者達。

 それが今の剣二の仲間であり、剣二を心配する人達の筆頭だ。

 確かにいるのだ。剣二を心配し、思ってくれる仲間達が。

 

 

「お前が倒れれば、その仲間も守れやしない。お前が1人で突っ走って無茶すれば、そういう事になるんだよ」

 

「…………」

 

 

 人の話を黙って聞く、というのには無縁な剣二だが、今は黙って話を聞いた。

 一言一言が、酷く心に刺さってくるから。その1つ1つが図星だったから。

 ジャークムーンとの戦いの時、助けに来てくれた銃四郎とヨーコまで危険に晒したのは事実だ。

 さらに勝ちたいとサンダーキーを危険と知りながら手を伸ばした結果、変身までできなくなった。

 あの時ジャークムーンが退いてくれなければ、3人纏めて死んでいただろう。

 

 

「お前の姉弟子さんや陣さんも、お前に無茶させるために『強くなれ』って言ったわけじゃねぇ筈だ」

 

 

 翔太郎はさらに、剣二の『戦う理由』について切り込んでいく。

 

 

「最初からその、勝ちたい奴ってのしか眼中に無かったのかよ。お前が戦ってる理由、他に無いのか? 姉弟子さんと陣さんが『強くなれ』って言った、別の理由は?」

 

 

 ジャークムーンに勝つために、剣二の言う姉弟子とマサトが『強くなれ』と言うとは翔太郎には思えなかった。

 マサトはまだどんな人物なのか把握しきれていないし、剣二の姉弟子に至っては顔も名前も知らない赤の他人。

 だが、1人の敵を倒す事に暴走する剣二にそんな言葉はかけないだろうと翔太郎は直感したのだ。

 

 そして、それはまさにその通りだった。

 

 

「……この力を知って、手に入れた時、町や人を守りたいって思った。『俺はヒーローなんだ』って」

 

 

 最初にリュウケンドーになった時、彼はジャークムーンなんて存在は全く知らなかった。

 ただ、自分がリュウケンドーに選ばれた事、自分がヒーローになった事を理解しただけ。

 そして彼は決意したのだ、『この町と人を守るんだ』と。

 驕りではなく、自分は助けを求める手を引き上げる『ヒーロー』なのだと、強く自覚したのだ。

 

 

「剣二……でいいよな? それじゃねぇのか? 2人が『強くなれ』ってお前に言った理由は」

 

「え……?」

 

「強くなりたいと思うのは悪い事じゃない。勝負に拘る事も一概に悪いとは言えねぇ。でもな、勝負に拘って町や人、『守りたいもの』を危険に晒しちゃ意味がないだろ?」

 

 

 そして翔太郎は、1つの問いを剣二に投げかけた。

 

 

「お前、あけぼの町は好きか?」

 

 

 翔太郎にとって『町を守る』という言葉は通常のそれよりも重たい言葉だ。

 彼は故郷である風都を愛している。彼が住まうあの町を心から。だから風都の涙を拭う為に戦い続けている。

 ならば、剣二はどうなのか。翔太郎はそれを確かめたかった。

 

 だが、剣二がそれに答える前に翔太郎のスタッグフォンが通信を知らせる。

 電話に出てみれば銃四郎からの「できるだけ早く合流したいが、今どこに?」という催促の連絡。翔太郎はすぐに行く、とだけ返答して通話を切った。

 剣二と話していて時間を使いすぎてしまったかと反省した後、翔太郎は立ち上がり、座った時についた土を掃い、再び帽子を被った。

 

 

「じゃあ、俺は行くぜ。あの城を何とかしねぇとな」

 

 

 未だ座り込む剣二を見下ろしながらそれだけ言い残し、翔太郎は再びハードボイルダーに跨って去っていく。

 神社に残された剣二はバイクの音を見送った後、ゲキリュウケンを手に取った。

 

 戦う理由。強くなりたい理由。そして翔太郎が最後に残していった問いかけ。

 

 ――――お前、あけぼの町は好きか?

 

 

(なあ、ゲキリュウケン。俺は……)

 

 

 物言わぬ相棒を見つめ、剣二は問いかけに対しての、自分なりの答えを探し始めた。

 

 

 

 

 

 フィルムロイドを前にして、ブルーバスターとイエローバスターは膝をついてしまっていた。

 例えバグラーやノイズが追加されたにせよ、フィルムロイドの身体能力を考えればこの場にいる現状戦闘可能な5人で此処まで苦戦する事はありえないだろう。

 だが、彼等にはどうしても守り抜かなければならないものがあった。

 

 

「ヒロム……」

 

 

 痛みに耐えながら、背後の未だ母の幻影に優しく抱かれるヒロムを見やるブルーバスター。

 フィルムロイドはヒロムだけでも始末しようと、槍からエネルギー光球を放ってきたのだ。

 生身のヒロムがそれを食らえばただでは済まない事は目に見えている。

 そして身を挺してヒロムを庇った2人は大きなダメージを追ってしまったという状況だった。

 しかも人だけを殺す災害であるノイズまでも発生しているため、響、翼、ディケイドの3人は一瞬も気が抜けない。

 1匹でもノイズを仕損じればその瞬間、生身のヒロムは死ぬ事が確定する。

 流石に3人態勢でノイズを抑えているため最悪の事態には至っていないが、逆に言えばノイズを相手せざるを得ない状況に追い込まれており、バスターズの手助けをする事ができないでいた。

 

 ノイズが湧き出るこの状況。ノイズを操る杖を持つ者が近くにいる事は明白だった。

 戦いつつも辺りを見渡しているうち、翼の目に崖の上に立つ2人の人影が写る。

 それはネフシュタンの鎧を持ち去ったサングラスをかけた黒ずくめの金髪の女性とエンター。

 金髪の女性の方は例の杖を持っており、無機質無感情のノイズを操る傀儡子である事はすぐに分かった。

 

 

「あそこにッ!」

 

「俺が行く!」

 

 

 翼の声から間髪入れずにディケイドが駆けた。

 崖まで仮面ライダー特有の脚力で一気に走り込み、跳ぶ。

 助走も付けたディケイドの一飛びは崖を一瞬で超え、崖の上にいた2人に肉薄してみせた。

 ガンモードへ変形させたライドブッカーの銃口を向けられた2人だが、動じる様子は無い。

 

 

「海東じゃないが、その杖、寄越してもらおうか。いい加減うっとおしいんだよ」

 

「そう言って素直に渡した阿保が他の世界にはいたのかしら?」

 

「ああ、いないな」

 

 

 さっさと撃ってしまおうかという物騒な思考が湧いてくるディケイドだが、それよりも気になる事が頭の中で先行していた。

 

 

(またか……)

 

 

 これで二度目だ、とディケイドはフィーネの言動に疑問を抱く。

 以前にフィーネと対面した時、彼女はディケイドの事を『別の世界の住人』というニュアンスの発言をしていた。

 呪いがどうこうとか多少意味不明な言葉はあったが、そこは間違いない。

 ディケイドが別の世界から来た、という事実は嘘ではないし、彼を知る二課を初めとする仲間達にも周知の事実である。

 ただ、問題はそれが『敵の口から出た』という事。

 今も「他の世界にはいたのかしら?」と、まるでディケイドが他の世界を巡って来た事を知っているかのような口振りでいる。

 

 

「お前、俺が他の世界から来た事を何故知っている。大ショッカーから聞きでもしたのか?」

 

「そう言って素直に話した阿保が?」

 

「他の世界にもいないな」

 

 

 フィーネの態度はおちょくるというよりも、ヒラリと躱してくるかのように感じる。

 掴みどころがない。不敵な笑みの中で何を考えているのか分からない。

 目的不明、正体不明の女性は、ただただ笑みを浮かべるだけである。

 

 一方で隣のエンターは2人の会話を聞きながら肩をすくめるばかりだ。

 エンターは抵抗する気もなく、あっさり退く気でいた。

 今回の件で一番重要なのは『疑似亜空間が展開できた』という成果とメサイアのご機嫌を取れたという事である。

 エネトロンこそ手に入らなかったものの、疑似的な亜空間の発生は可能であるという事が分かった時点で今回の作戦は終わっているのだ。

 

 

(気になる言葉も幾つか聞けました……)

 

 

 エンターは静かにフィーネとディケイドのやり取りを聞けた事も収穫だと内心笑みを浮かべる。

 他の世界、という言葉の意味は恐らく大ショッカーにも関係しているそれであろう事は分かっている。

 重要なのはフィーネが敵の情報を何でもかんでも知っているという事実が浮き彫りになった事だ。

 デュランダルの移送計画を知っていた件といい、どうにも敵に通じ過ぎているフィーネだったが、エンターの疑念は此処で確信に変わった。

 大ショッカーとフィーネが直接対面した事はエンターの知る限り一度もなく、それでいてディケイドが他の世界から来た事を知っているというのは、どうにも腑に落ちない。

 フィーネは何らかの方法で敵の情報を知り尽くしている。

 ただ、問題はその先。彼女がどうやってその情報を手に入れているのか。

 それに彼女の正体と目的は?

 肝心の部分が知れる気配は全くないのだから、今は考えても仕方が無いと結論付けた。

 

 

「ところでいいのですか? ゴーバスターズはピンチのようですよ」

 

 

 思考を中断したエンターは崖の下の様子に指を指した。

 崖の下ではフィルムロイドとの戦いは続いている。

 それも、ゴーバスターズにとって限りなく不利な形で。

 

 ボロボロながらもバスターズの2人はフィルムロイドに果敢に立ち向かう。

 戦闘能力のそこまで高くないフィルムロイドにとっては手負いとはいえ敵が2人纏わりついてくるのは、非常にうざったいものだった。

 

 

「んー、いい加減面倒だね。もう一度、これでどうよ!」

 

 

 距離を取ったフィルムロイドは再び槍から数発のエネルギー光球を作り出し、ヒロムにぶち当てようとそれを放った。

 威力の高さは一撃貰っているブルーバスターとイエローバスターがよく知っている。

 よく知っているからこそ、2人は痛みを押して駆けだし、ヒロムの盾となった。

 

 

「うあぁぁッ!!」

 

 

 身を挺して盾となった事で2人共々、再びエネルギー光球をモロに浴びて吹き飛んでしまう。

 ヒロムからは離れた位置に投げ出され、体を動かそうにも直撃を2回も貰ったダメージは生半可なものではない。

 何とか体を這うように動かす2人に見えたのは、未だ幸せそうな表情を浮かべるヒロム。

 家族と再会して、心から嬉しそうなヒロム。

 

 

「……分かった。私が感じてたもやもやの正体……!」

 

 

 イエローバスターが体を起こそうともがきながら、心の中にあった1つの疑問に答えが出た。

 作戦の前、オルゴールを悲しそうに見つめていたヒロムを見て感じた漠然とした不安のようなもの。それが何だったのか、結局ヨーコの中で答えは出ないままだった。

 だが、分かったのだ。家族と一緒にいる幸せそうな、満ち足りた表情のヒロムを見て。

 

 

「怖くはなくても、寂しい時があるんでしょ……!? 言ってよ!」

 

 

 ヒロムがずっと感じていた事を、ヨーコは感じ取っていた。

 例え前線に出る事に恐怖が無くとも、5体合体のメインパイロットである事に決意が足りていても。

 家族と会えないという寂しさを埋める事はできないでいた。家族と会えないもどかしさは募るばかりだった。

 家族、あるいは大切な人と会えなくて寂しいと思うのは人間の極普通の感情だ。

 けれど、それをひた隠しにしてきたのが桜田ヒロムという人間。

 戦いの中でずっとそれを押し殺してきたのが、周りに弱さを見せないようにと必死で振る舞っていたのが彼だった。

 

 

(桜田さんも……)

 

 

 イエローバスターの必死の叫びを聞き、ノイズを斬り伏せながら翼がヒロムの方を見た。

 幼き頃から戦場へ出る為に鍛え続けた。

 使命にも似た感情を抱いた。

 大切なものを失った。

 そして、その中で戦いの為に何かを押し殺してきた。

 ゴーバスターズと翼の境遇は何処か似ている。

 ヒロムも翼も、押し殺してきた『何か』が爆発してしまったという点においても。

 翼にとって、それは響がガングニールを起動させて自分の前に現れた事。

 それがヒロムにとっては家族の幻影を見せつけられた事なのだろう。

 だからこそ、そこを乗り越えた翼は思う。今のヒロムに声を届けたいと。

 翼がそう思った時にはもう、歌も忘れて自分の言葉を叫んでいた。

 

 

「帰ってきてください桜田さん! 貴方とて、本物の家族の温もりを忘れたわけではない筈だッ!!」

 

 

 翼の叫びが戦場に響くが、ヒロムは動かない。

 だが、気のせいだろうか。ふとその表情が喜びの笑みではなくなっているのは。

 誰もそれに気づかぬまま、翼に次いで響が叫ぶ。

 彼女だってヒロムを仲間だと感じている者の1人。そして、誰かを助けたいと思う優しい子。

 そんな彼女が幻想に連れ去られようとしているヒロムを見て黙っていられるはずが無かった。

 

 

「ヒロムさんは1人じゃないです! それが家族の代わりになるわけじゃないかもしれない。けど、辛い時に手を繋ぐくらいならッ!!」

 

 

 そして、再びイエローバスターが痛みを振り払いつつも口を開いた。

 

 

「いつも1人で我慢しないでッ!」

 

 

 家族の事が記憶に残っているヒロムと残っていないヨーコでは、感じ方に差はあるかもしれない。

 だが、同じ境遇で、同じ目的の為に、同じ道を進んできた唯一無二の仲間なのだ。

 支えるくらいなら、きっとしてあげられるから。

 

 

「「ヒロムッ!!」」

 

 

 誰よりもヒロムを知り抜くリュウジとヨーコの必死の叫びが、戻ってこいと空気を震わせる。

 だが、この場にいる為に望まずとも叫びが耳に入ってしまうフィルムロイドは苛立ちを示していた。

 仲間を案じる必死の慟哭は彼にとっての雑音に過ぎない。

 フィルムロイドは槍を振り回し、エネルギー光球を中空に作り上げた。先程が5つ程度だったのが、今はその倍の10個を。

 

 

「うるさいなぁ~。もう静かにしてよ!」

 

 

 ノイズを相手にしていた響と翼に光球のうち5個が飛んだ。

 翼は響を庇う様に割って入り、太刀を大剣へと変えて横に構える事で盾とした。

 衝撃は盾越しに翼の身を後退らせるも、光球は全て防ぎ切り、響も翼も傷1つ負っていない。

 

 だが、倒れ伏せたままのブルーバスターとイエローバスターはそうもいかない。

 光球は全て防御姿勢を取る事もできない2人に追い打ち、いや、止めとして降り注いだ。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 た。と、翼が言い切る前に、光球は2人を爆発の中へと飲み込んでいた。

 バスタースーツの上からでも直撃は大きな損傷を2人に与え、尚且つ、それを今までに2回受けていた。

 倒れている状態でそんなものを食らえばどうなるか。考えるまでもない。

 

 

「リュウジさん、ヨーコちゃん……!?」

 

 

 響も顔を青くして最悪の可能性を考えたらしい。

 崖の上にいるディケイドも息をのみ、爆発による煙を見つめるばかりだった。

 ただ1人、フィルムロイドの笑いだけが戦場に木霊する。

 うるさい奴らを黙らせてやったと、悪気のない子供のようにはしゃぎながら。

 

 

「はははは! ……は?」

 

 

 腹を抱えて笑っていたフィルムロイドは煙の先を見て止まった。

 倒れている黄色と青だけではない、後姿を見せている、赤色を見て。

 

 

「アレ?」

 

 

 もう抜け出せるはずがないと高を括っていたヒロムが、レッドバスターが、そこには立っていた。

 手に携えたイチガンバスターとソウガンブレードが、光球を切り落とし、撃ち落とした事を物語る。

 それなりに距離があったのだから再変身しても間に合う筈がないという疑問も、ヒロムの超高速の前には無意味な事。

 倒れながらも顔を上げ、戻ってきた仲間を見て、イエローバスターは仮面の中で安堵したような笑みでいた。

 

 

「ヒロム……!」

 

 

 レッドバスターは2つの武器を合わせてスペシャルバスターモードに、必殺の一撃を放つ体勢へと移る。

 構えたそれをフィルムロイドへ向けようとするが、途端にそれを察知したフィルムロイドは未だ残っているヒロムの家族の幻影の後ろに逃げ込んだ。

 

 

「へへーん! お前には撃てないだろ!」

 

 

 銃口こそ向けるものの、そこで引き金を引かずに止まってしまうレッドバスター。

 子供っぽく見えて、フィルムロイドは何処までも非情だった。

 家族に向かって銃口を向けさせる、今のヒロムにとっては何よりも辛いであろう事をさせるのだから。

 

 

「…………」

 

 

 無言で構えたまま、家族と目の前から相対したまま、レッドバスターは動かない。

 幻影の家族は微笑んでいた。まるでヒロムの帰りを待っているかのように。

 そこにいたい、そこで過ごしていたいという気持ちを振り切って来たヒロム。

 だけど、心の底で家族に手を伸ばしたい自分がいる事も事実で、嘘のつきようもない。

 

 けれど。けれど、だ。

 そこで迷っていたら、何の為に此処まで来たのか。何の為に強くなったのか分からないではないか。

 

 

「父さん、母さん、姉さん……」

 

 

 覚悟は13年前にできている。共に歩んでくれる仲間だっている。

 家族との再会は心から望んでいる。だけど、この再会は再会ではない。ただの嘘だ。

 だったら本当の再会まで、ヒロムがいるべき場所は――――。

 

 

「ごめん。俺が今帰る場所は、そこじゃない!」

 

 

 辛さと寂しさを飲み込んだ決意の言葉は幻影を否定する言葉。

 虚像の家族達は微笑みを絶やさぬまま、白い光となって消えていく。

 

 

「ちょ、えぇ!? 嘘!? 嘘ぉ!?」

 

 

 盾としていた幻影が消えた事に嘘ではない驚きと焦りを示すフィルムロイド。

 ヒロムにとって、消失していく家族を見送るその心中は穏やかなものではない。

 嘘でも、幻でも、一度は縋りついてしまった大切な家族なのだから、分かっていても辛さは、哀しみはこみ上げてくる。

 

 

「うああああああッ!!」

 

 ――――It’s time for special buster!――――

 

 

 だけどそれに構って泣いている暇はない。

 哀しみを雄叫びに変え、焦るフィルムロイドを狙って引き金を強く、全力で引く。

 高出力のエネルギー弾は幻影を生み出していたフィルムロイドの胸の映写機目掛けて飛び込み、そこを通してフィルムロイドの胸を貫いた。

 映写機のレンズを貫いたのは、偽りの夢との決別の証か。

 

 

「お、し、ま、いぃぃぃぃ……!!」

 

 

 胸を貫かれたフィルムロイドは後方に倒れ、死の間際までもふざけた断末魔と共に爆散。

 偽りの夢にも、それを映し出す偽りの希望にも打ち勝って見せた事を、レッドバスターは宣言する。

 

 

「削除、完了……!」

 

 

 言葉の後、腕の力が一気に脱力し、大きく息を吐きながら空を向いた。

 余程気を張っていたのだろう。足からは力が抜けていないが、あと僅かでも気を抜いていたら座り込んでしまっていたに違いない。

 幻影とはいえ家族を否定し、辛さを押し殺して打ち勝った勝利だった。

 けれど、今までのように1人で溜め込む事は無い。それを理解してくれる仲間がいるのだから。

 

 

「ヒロム! 良かった……」

 

 

 何とか立ち上がって、力を抜き切ったレッドバスターに心配そうに声をかけ、戻ってきた事に喜ぶヨーコがいるのだから。

 

 

「お帰り……」

 

 

 年上らしく、帰ってきたヒロムを優しく迎え入れるリュウジがいるのだから。

 

 ノイズを片付けた響と翼はレッドバスターと、彼を支えるように隣り合うブルーバスターとイエローバスターを見て微笑む。

 彼女達もまたヒロムを支え、時にヒロムに支えられる、共に手を取り合う仲間なのだ。

 

 崖の上でフィーネとエンターと対峙しているディケイドもそんなゴーバスターズ達を見て仮面の中でフッと笑い、ライドブッカーの銃口を再び敵の2人に向け直した。

 

 

「決着はついた。生憎、アイツもあんな幻に騙されるタマじゃないらしい」

 

「オーララ。あわよくばレッドバスターを、と思ったのですが。上手くいかないものですね」

 

 

 エンターはフィルムロイドの呆気なさに呆れていた。

 あと一歩まで追い詰めていたからこそ余計に肩透かしのようなものを感じているのだろう。

 隣のフィーネは、フィルムロイドの撃破に特に何も語らず、無言で杖からノイズを数十体繰り出してきた。

 

 

「この……!」

 

 

 迎撃するディケイドだが、地上のノイズ達はディケイドの進路を邪魔するかのように立ち塞がり、空を飛ぶノイズ達は槍のように丸まって突進。

 おまけにブドウのようなノイズまでおり、そいつはブドウの実の部分を分離して爆破。

 咄嗟に避けたディケイドに実害は無かったものの、爆発が生み出した粉塵はディケイド前方の視界を塞いでしまう。

 

 

「待てッ!」

 

 

 粉塵に紛れて逃げる気である事はすぐに分かった。

 だが、辺りのノイズがディケイドの邪魔をする。

 崖の下にいる響と翼も援護に向かおうとディケイドの元に走っていたのだが、ご丁寧にそちらの進行まで妨害するようにノイズが現れており、響と翼も足止めを食らってしまう。

 

 そうしてノイズを殲滅しきった頃には、既にエンターもフィーネも何処にもいなかった。

 一応、辺りを見渡してみるものの、エンターやフィーネはおろか、バグラーやノイズの気配すらもしない。

 

 

「……逃がしたか」

 

 

 完全に撤退したらしい事を確認したディケイドは崖の下に降り、ゴーバスターズと響、翼と合流。

 その際に自然と全員がレッドバスターの元に集まったのは、彼を心配しているからだろうか。

 いの一番にレッドバスターに声をかけたのは、この場の誰でもなく、モーフィンブレスから流れた通信を知らせる音。その後、出てきた声は特命部司令官、黒木のものだった。

 

 

『ヒロム、5体合体完成まで後僅かだ。いいな』

 

「了解」

 

『それから』

 

 

 司令官とその部下らしい端的なやり取りの後、黒木が言葉を続けようとしてレッドバスターは首を傾げた。

 

 

『よく戻ってきた』

 

「……! ご心配、おかけしました」

 

 

 黒木を初めとする特命部の面々も、そして二課やS.H.O.Tも先程までの戦いをモニターしている。

 だからヒロムが幻想の家族に囚われた時には誰もが心中穏やかではいられなかった。

 フィルムロイドへの憤り、ヒロムの寂しさという痛み、それらを皆が感じながら、それでも信じて待っていたのだ。

 ヒロムは、ゴーバスターズ達は必ず帰ってくると。

 それを誰よりも信じていたのが一番長く一緒にいた特命部であり、黒木である。

 時に厳しい指令を出す事もある。今のように労わる前に任務の事を伝える冷たい印象を受けさせるような事も口にする。

 けれども、心の中では誰よりもゴーバスターズを心配し、想っているのが黒木なのだ。

 

 黒木の通信の後、通信回線は今度、ヒロムの相棒であるニックに繋がった。

 

 

『お帰り、ヒロム!』

 

「ああ、ニック。お前にも心配かけたか?」

 

『いいや。お前なら戻ってくるって信じてた! 格納庫で待ってるぜ!』

 

 

 正直気が気じゃなかったニックだったが、信じていた事も嘘じゃない。

 ニックはハイテンションなまま通信を切った。

 

 家族を失ったヒロムにとって黒木が『親』なら、ニックは『兄』だった。

 ゴーバスターズとしての本格的な戦いが始まる以前からニックはヒロムとヒロムの姉であるリカと共に過ごし、同じ時間を共にしている。

 リカの方はニックの事を『ヒロムを戦いに巻き込む者』として嫌悪していたが今ではその誤解も解けたし、何より幼い頃のヒロムにとってニックは大切なパートナーであり、兄で会ったのだ。

 リュウジもまた『兄』か『父』のようで、ヨーコはまるで『妹』のようだと感じている。

 特命部の皆が今のヒロムにとって家族であり、士達は『友達』と言ったところだろう。

 

 家族がいない事に寂しさを感じているのは事実だ。だが、それを補って支えてくれる仲間がいる事にヒロムは改めて気づいたのだ。

 今の帰る場所こそ、此処なのだと。

 

 通信の後、ゴーバスターズ達は特命部へと向かって走り、シンフォギア装者とディケイドは一足先にあけぼの町へと向かった。

 フィルムロイドを倒してもまだ解決ではなく、疑似亜空間とジャマンガの城は健在だ。

 疑似亜空間に挑もうとするゴーバスターズの決意は固い。

 亜空間の中の人を助けるという、13年間思い続けてきた事の、第一歩なのだから。

 

 

 

 特命部へと帰還してくるゴーバスターズ達の姿をモニターした後、黒木は特命部全体への通信に切り替えた。

 

 

「パイロット達が戻ってくる! 徹夜で厳しいかもしれないが、もうひと踏ん張り頼む!」

 

 

 黒木の言葉はマサトの指揮の元で5体合体を徹夜で進め続ける作業員達への言葉。

 倒れようと思えば倒れられるし、寝ようと思えば寝られる。

 そんな状態の中でも作業員達は集中力を途切らせる事無く、合体作業を進め続けた。

 負担は生半可なものじゃないだろう。

 だが、黒木の言葉に作業員達は全員、同じ返答を返した。

 

 

「了解!」

 

 

 左手のサムズアップを右胸に付ける、特命部特有の敬礼。

 誰もが力強い返答で、一丸と揃ったその声に格納庫にいるマサトもニッと笑った。

 黒木がいて、オペレーターがいて、ゴーバスターズがいる。でもそれだけでは特命部は特命部として機能しない。

 縁の下の力持ちである彼等がいるからこそ、特命部は特命部足りえるのだ。

 ヒロムの帰る場所には、彼の帰りを待つ者が大勢いる。

 此処で働く作業員達1人1人がそうなのだから。

 

 

 

 

 

 あけぼの町。

 黒い半球と浮遊する城という異様な光景は未だ変わらず、既にリュウガンオーとフォーゼ、Wが合流しているが、対処に困っているようだった。

 トリガーメモリやゴウリュウガンによる銃撃、フォーゼのライダーロケットドリルキックなど、色々と試してはいるのだが、特に効果は見られない。

 ジャマンガに関しての専門家であるS.H.O.Tの面々も対処方法を見つける為に必死だった。

 

 

「瀬戸山! 何か分かったか?」

 

「あの城は強力な魔力の障壁で守られているようです。生半可な攻撃は効きませんね」

 

 

 S.H.O.T本部では司令である天地と瀬戸山が作戦を立てる為に城をモニターしながら話し合っていた。

 もう1人の隊員である鈴はあけぼの町全域と周辺地域の避難を促す為に関係各所へ連絡を取っている。

 明確な脅威が2つも転がっている状態なので避難命令は驚くほど素早く実行されていた。

 そもそも疑似亜空間の出現で不安に駆られていた中での浮遊する城の出現により、『明らかにヤバイ』と思う人も当然いるわけで、そういう人達は既に遠くへ逃げている。

 完全に完了はしていないが、避難自体は問題なく進んでいた。

 さて、天地と瀬戸山による作戦会議はというと。

 

 

「何かしでかす前にお引き取り願いたいところだが……そう簡単に退くとも思えんな」

 

「となると、落とすしかないわけですが」

 

「落とせるか?」

 

「こちらの戦力だけだと正直厳しいかもしれません。障壁に用いられている魔力は今まで確認されてきたものの比じゃないですから」

 

 

 現状の戦力はリュウガンオー、W、フォーゼの3名。

 さらに戦闘を終えたシンフォギア装者とディケイドが城の対応班への助っ人としてあけぼの町に向かっている。

 一方でゴーバスターズは疑似亜空間攻略の為にバスターマシン共々助けには来られない。

 城はバスターマシン以上の全長を誇っている上に強力なバリア持ちだ。

 瀬戸山は自分達の戦力と城の堅牢さを比較し冷静に言う。

 

 

「バスターマシンが使えれば、また違うのかもしれません。

 そのバスターマシンですら突破可能とは言い切れませんけど」

 

「彼等は疑似亜空間の方があるからな、贅沢は言えん。

 それと、落とすにしても落とす場所の事を考えねばならんな」

 

 

 仮に疑似亜空間を攻略できたにせよ、バスターマシンの援護は得られないであろう事は分かっていた。

 恐らく疑似亜空間を潰した後、バスターマシンのエネトロンは枯渇するだろう。

 亜空間の突破とメガゾードを倒す際の一撃を考えればバスターマシンは燃料切れを起こす事は明白。

 どうあがいてもバスターマシンに頼れないのが現状であり、等身大の戦力のみが頼りだった。

 

 それに巨大すぎる城をそのまま落とすわけにはいかない。

 城の破片が建物に落ちれば大きな被害となるし、事後処理にも時間がかかってしまう。

 彼等の仕事は単に敵を倒せばいいのではない。住む場所、居場所を守る事も彼等の戦いなのだ。

 

 

「落とす場所なら、パワースポットに張ってある結界を使う方法があります」

 

 

 瀬戸山は天地に詳細を話し始める。

 まず、パワースポットとはあけぼの町の一角に存在する高い魔力を放つ場の事。

 これが発掘され、封印が解かれてからジャマンガの出現などが始まった。

 現在はビルにカモフラージュされているのだが、その高い魔力は有効活用できると同時に大変危険な代物であるが故にS.H.O.Tに厳重に管理されている。

 

 パワースポットの結界を使えば、下に落ちる城の破片を別空間へ飛ばす事ができ、被害を最小限にとどめる事ができると瀬戸山は言うが、天地は厳しい表情だった。

 

 

「だが、パワースポットまで奴を誘導するという事は……」

 

「ええ、危険もあります。ただ、これ以外に被害を抑え、城を完全に落とす方法はありません」

 

 

 パワースポット自体はあけぼの町のみならず世界各地に存在しており、もしもそれが破壊されでもすれば膨大な魔力が破壊を引き金に暴走し、町1つを消し飛ばすほどの威力を見せると言われている。

 危険な代物、と言われる所以の1つはそれだ。

 敵の城をそこまで誘導するというだけでも骨が折れそうだが、敵をパワースポットまで案内するというのも相当にリスクがある。

 だが、瀬戸山の考えではそれが最善手であり、尚且つそれしかないという試算。

 現状の戦力、状況、技術でできる最良の手段がそれなのだ。

 悠長に考えている暇もないと、天地は意を決したようにリュウガンオー達に通信を繋いだ。

 

 

「リュウガンオー、並びにWとフォーゼの3人に、作戦を伝える」

 

 

 それしかないなら、やるしかない。

 勝つ為に、勝って守る為に。

 

 

 

 

 

 一方で、城。

 城の内部にまるで玉座のように置かれる椅子に座るのは、ジャークムーン。

 ジャークムーンの目の前にはジャマンガ本部にいるDr.ウォームからの通信が映し出されていた。

 

 

『儂の造ってやった城でいきなり飛び出して行きおって。挙句、儂の可愛い遣い魔達までごっそり連れていきおってからに。折角リュウケンドーを倒したのだ。戻って、これからの事を話し合おうではないか』

 

「お前と話し合う事など何もない。唯一面白いと思っていたリュウケンドーもあの体たらく。リュウガンオーや他の連中には興味も湧かぬ」

 

 

 ウォームの提案を一蹴し、ジャークムーンは語る。

 リュウケンドーを倒してからというもの、全く姿を見せなかったジャークムーンは先程、突然戻った。

 そしてジャークムーンの為にウォームが造った城であけぼの町に飛び出して行った、というのが現状である。

 

 ウォームの脳裏に何か、嫌な予感が走る。

 ジャークムーンのいけ好かない態度は今に始まった事ではない。

 だが、今回の急な出撃と今のジャークムーンには、今まで以上に危険な『何か』をウォームは感じ取っていた。

 

 急に戻ってきたジャークムーンの様子は何処かおかしかったようにも見えたのが、その不安をさらに煽る。

 ジャークムーンは元々、Dr.ウォームが造りだしたという経緯がある。

 恐らくウォームが造りだした魔物の中で最強であり、尚且つ最もいう事を聞かない魔物であろう事は明白だった。

 それでも、ウォームが造りだしたという事実は変わらない。

 そんな生みの親足るウォームが感じたのだ。今のジャークムーンは『何か』がおかしいと。

 

 

『待て、何を始めるつもりじゃ?』

 

「……止めてみるか?」

 

 

 その言葉を最後に、ジャークムーンはウォームとの通信を切る。

 1人玉座に座るジャークムーンは、変わるような表情は無いものの、あるとすれば口角を上げて怪しく笑うような雰囲気を纏わせた。

 

 

「我が胸に秘めし野望。知る者はいない」

 

 

 彼の胸に湧き出る野望。

 自分より力の無い者に従う気の無い彼は、例え大魔王が復活したとしても全盛期の力が無ければ叩き伏せる気でいた。

 それが、ほんの少し早まっただけ。

 

 

「合戦、始め!」

 

 

 玉座より放たれた宣言により城は地上に雷を落とし始める。

 雷の熱は建物を焼き、衝撃はあらゆる物を粉砕し、あけぼの町は瞬く間に地獄絵図と化す。

 あけぼの町を全力で叩き壊しながらジャークムーンは嗤う。

 

 ジャークムーンの、反逆だった。




――――次回予告――――
ゲキリュウケンは何も答えてくれない。これじゃ変身できない。
でも、町が火に焼かれる中でもあけぼの町民は諦めねぇ。
だったら俺が諦めるわけにはいかねぇよな。
頼む、目覚めてくれゲキリュウケン!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!

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