スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

44 / 75
第44話 大切なもの

 翌日。朝はいつものように来た。

 ただしあけぼの町には厳戒態勢が敷かれ、疑似亜空間の周りには特命部や特異災害対策機動部の隊員達が警備として張り付いている。

 疑似亜空間への対抗策、5体合体を完成させるにはまだ時間がかかる見込みだった。

 特命部のスタッフは総動員でマサトの指揮の元、徹夜の作業をしている。

 当然、楽な作業などは一切なく、それを休憩無し一晩ぶっ通しで行っているのだから作業員達の負担も半端なものではないだろう。

 それでも前線で戦う彼らの為、そして人々を救う為に彼等はひたすら己の職務を全うする。

 作業員やオペレーターのような裏方がいるから前線に安心して立てるのだ。

 

 疑似亜空間を起点に半径3㎞の人々は一時的な避難、それより先にいる人々にも外出を控えるように警報を出している。特にあけぼの町は警戒が厳しい。

 あけぼの町から離れているリディアンがある地区もその影響を受け、今日は授業を昼前には切り上げる事となっていた。

 

 

「……というわけで、ヴァグラスが発生しているので、皆さん気を付けて下校してください」

 

 

 帰りのホームルームにて担任の先生が生徒達へ注意喚起。

 全クラスの担任が必ず言うようにしている事だ。

 リディアンまでの通学路を含めた周囲一帯は特命部や二課、警察などが巡回している。

 疑似亜空間の脅威もさることながらメタロイドが出現しているという事実もあるからだ。

 

 下校時刻となって生徒達の殆どが一目散に家を目指して帰って行った。

 これが例えば『変質者が近辺で目撃されているので注意してください』程度なら、リディアンの女子高生達も『今日どっか寄ってかない?』となるだろう。

 その程度ならば人混みの中にいれば大抵は安全だからだ。

 しかし、今回は疑似亜空間という実害が普段の風景の一部を侵食している状況にある。

 登下校時に『黒い半球状の何か』を嫌でも目視する事になる生徒達の、いや、一般人すべての心は不安にかられた。

 日常に侵食してきた黒い何か、普通はそこにある筈のないもの。

 ただそれだけだが、そのそれだけが異常に不安感を煽るのだ。

 何より、ヴァグラスは大多数の人間に纏めて危害を加える事の出来る力を持っている。

 一般の人間が恐怖しない筈が無かった。

 

 

「はぁ~、大変な事になっちゃってるよね」

 

 

 ホームルーム終了後、リディアン生徒の安藤創世が弓美と詩織を連れて響と未来の席までやってきた。

 響と未来は隣同士の席。

 ただでさえ寮の中で気まずい雰囲気が漂う中、学校の授業中でも何処か妙な雰囲気の2人はあれから一度も何かを言えずにいた。

 

 

「悪の怪人に正義のヒーロー! 本当にアニメみたいよね」

 

 

 アニメ大好き弓美の言葉だが、その声色は嬉しくなさそうだった。

 確かにヴァグラスとゴーバスターズの図式は一般的な勧善懲悪ものの創作におけるテンプレートなそれ。

 アニメが好きな気持ちに偽りはないが、それが実際に起こるとなると素直には喜べなかった。

 何せ多くの人が傷ついているのだから。

 それを無視してまでアニメみたいな事象を歓迎するほど弓美は無神経ではない。

 

 

「ビッキー的には、レポートの提出期限が伸びて嬉しい感じ?」

 

「あ、あはは。そう言えばあったね」

 

「立花さんだけですよ、レポートまだ出していないの」

 

 

 創世と詩織が茶化すのは課題の事。

 課題は定期的に出されるものだが、響はそれが一向に手に付かない状態にあった。

 元々課題を仕上げるのがあまり早くない響ではあるが、此処まで遅れてしまっているのはやはりというべきか戦いが影響している。

 

 

「もしかしてビッキー、内緒でバイトとかしてるんじゃないの?」

 

 

 創世の言葉は茶化そうとしただけで何ら悪意はない。

 3人が響と未来に話しかけに行ったのは、この2人が今日は妙な雰囲気を醸している事に気が付いたから。

 つまりは2人の間で何かがあった事を察した上で何かしてあげられないかという純粋且つ真っ当な善意だ。

 茶化す言葉が多いのは少しでも笑顔でいてもらおうとする心の表れ。

 けれど、その言葉は未来の中にある地雷を踏み抜いてしまう一言だった。

 

 

「えぇー!? それってマズイんじゃないの?」

 

「ナイスな校則違反ですね」

 

 

 弓美と詩織が続くが、響の隣でだんまりを決め込んでいた未来がピクリと反応を示す。

 バイト、そう、別段おかしな言葉でもないし、高校生ならよくある事だ。

 それがリディアンだと校則違反になるという事もリディアン生徒なら知っているだろう。

 でも今は、それ以上に未来を刺激しているものがある。

 

 ――――響が誰にも秘密で何かをしていた。

 

 その言葉が連想できてしまう創世達の言葉が未来の感情を逆撫でてしまったのか、未来はガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、鞄を乱暴に持って教室から走り去っていってしまった。

 

 

「み、未来ッ!」

 

 

 何で怒ったように出て行ってしまったのか、創世達には分からずとも、響はその理由が嫌というほどわかる。

 響も鞄を勢いよく持ち去る様に手にして未来の後を追って行った。

 

 

「……あたし、余計な事言っちゃった?」

 

 

 自分の発言の後、怒ったように去っていた未来を見て創世の顔は少し青くなる。

 後には自分の言葉が何らかの失言だった事を悔いる3人の友人のみが残されるのだった。

 

 

 

 

 

 士は士で今日は授業があった。

 早く終わるというのに時間割の都合で自分の授業がカットされなかった事にやや不満げながらも職務を全うするのは給料が出ているからというところが大きい。

 仮面ライダーである士だが普段の性格や言動からはそれを感じさせない一面もある。

 その一面の1つが、ちょっと守銭奴なところだ。

 

 授業を終えて帰りのホームルームも終わった士は学内を見て回っている。

 何人かの教師が校内を回り、居残っている生徒がいないかを確認する為だ。

 状況が状況なために早めの帰宅を促すためであるのだが、その校内巡回の1人に士が選ばれたというわけだ。

 どうして俺がそこまで、と思いつつも、士は嫌々ながらも校内を回っている。

 どちらにせよ疑似亜空間攻略作戦の件で二課から招集がかかるだろうから、帰ろうにも帰れないのだ。

 

 その途中、自分が普段副担任をしている響のクラスの近くを通りかかった時の事。

 走り去っていく未来とそれを追う響という光景を目にした。

 それを見た士は溜息を吐く。

 響と翼の確執が終わったばかりだというのに、何やらまたもやトラブルの匂いがした。

 しかもそれは響と未来という自分が懸念していた2人。

 士の中で響の秘密を知ってしまった未来がどんな反応をするのか、というのが嫌な予感として漂っていたのだが、どうやらそれが現実のものになってしまったらしい。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 時間を確認。

 まだ疑似亜空間攻略作戦の予定時刻までは大分ある。

 5体合体に時間がかかっているのが主な理由だが、3組織が捜索を続けているメタロイドが見つかっていないというのも大きかった。

 どちらにせよ敵に手出しができず、手出しできる敵も見つからないのでは前線メンバーに出番はない。

 士は一応響達の教室を覗き、残っていた創世達3人に「早く帰れよ」とだけ言い残した後、響と未来が走り去っていった方向に足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 リディアンの屋上。

 以前は悩んでいた響が未来に励まされた場所。

 笑顔の2人に士がシャッターを向けた、本来なら暖かい思い出が存在する場所。

 だが、今の響と未来はそんなものを微塵も感じ取れなかった。

 響に背を向けたままの未来に、堪らず響は声をかける。

 

 

「ごめんなさい、未来は私に隠し事しないって言ってくれたのに。私は、未来にずっと隠し事してた! だから!」

 

「言わないで」

 

 

 怒っている声色ではなかった。何処か悲しささえ感じさせる声。

 未来は響の方へ振り返っても俯かせた顔を上げはしなかった。

 目を伏せたまま、その頬に涙を伝わせながら。

 

 

「これ以上、私は響の友達でいられない……」

 

 

 最後に一言「ごめん」とだけ言い残し、未来は響の横を走り去って行った。

 未来の目から零れ落ちていた涙が宙を舞う。

 未来は走る、響の方を決して振り返らずにリディアンから出た後も、出来るだけ遠くへ。

 きっと寮に戻ればまた響と顔を合わせる事になる。

 その時、自分も響もどれ程辛いだろうと分かっていながらも。

 

 未来は思う、「友達でいたい」と。

 決して響が嫌いになったからあんな風に口走ったのではない。

 むしろ響を知っているから、誰よりも知り抜いているからこそ自分は響の友達でいてはいけないと思った。

 

 

(私の、我が儘だ……ッ!)

 

 

 走る未来は徐々に足を止め、最後にはその場に立ち尽くしてしまう。

 落涙が収まる事はなく、未来の目からは未だに悲しみが零れ落ちていく。

 

 響が何かを背負い、何かに悩んでいる事は分かっていた事だった。

 そして戦っているという事実を知った未来は響を戦わせたくないと思った。

 当然だ、一番大切な友達が死ぬかもしれない場所にいるのだから。

 でもそれで『響の人助け』を、彼女が彼女自身で選んだ事の邪魔をしたくは無かった。

 きっとこんな我が儘を持った自分は響の邪魔になってしまう。

 そう思うと、自分は響の友達でいてはいけない気がして。

 

 

「響……ッ!」

 

 

 それでも友達でいたいという感情は我が儘なのだと、未来は自分が嫌になった。

 

 

 

 

 

 残された響もまた、屋上で座り込み、泣き崩れていた。

 

 未来とは友達でいられない――――?

 

 唯一無二の、自分が辛い時もずっと支え続けてくれた、自分の居場所が、陽だまりが。

 もう、友達ではない。

 その言葉を突きつけられた響はどうしようもなく、その場で泣く事しかできない。

 

 そんな時、屋上の扉が開いた。

 扉が開く音がしても響は振り向かないし、振り向く様な気力すらない。

 扉を開けた主は足音を立てて響に近づいていった。

 

 

「おい、立花」

 

 

 かけられた聞き覚えのある声に響は涙ながらにゆっくりと振り向く。

 マゼンタ色のカメラ、その上にはいつもの無愛想な顔。

 副担任の先生、士だった。

 

 

「小日向が走ってったぞ。今度は何やらかしやがった?」

 

 

 言葉が鋭く突き刺さった。

 士の「何やらかしやがった?」という言葉が、響のせいだと責められているような気がして。

 しかし原因は自分なのだと、響は言い訳もせず悲しい程きっぱりと答えられる。

 未来に隠し事をし続けてきた事実は何であれ変わらず、それを未来が許せなかっただけの話。

 少なくとも響から見たらそうだし、そうとしか考えられなかった。

 そう考えたら涙が一層強く流れてくる。

 

 

「おい、泣くな。……ったく」

 

 

 最初こそ悪態と皮肉をぶつけたものの、此処まで本気で泣かれると流石の士も自重した。

 普段なら煽って怒らせでもするところだが、こうまで泣かれてしまうと煽る気もからかう気も失せるというものだし、そこまで士は空気が読めないわけでもない。

 

 

「喧嘩か?」

 

「私、が悪いん、ですっ……。私が未来に、隠し事してたから。だから……ッ」

 

 

 泣きながらの言葉は絶え絶えで、響は言葉の後も泣き続けた。

 一番暖かい場所が失われてしまった事は帰るべき場所が消えたのと同じ。

 何処よりも安心できて誰よりも信頼していた人との亀裂は響の心にも傷を与えていた。

 

 

「未来は陽だまりで、一番、あったかい、ところで……」

 

「……帰る場所ってやつか」

 

 

 士の言葉に響は泣きながらも、小さく頷く。

 響が此処まで泣き、此処まで落ち込むという事は、相当な喧嘩を、相当な仲違いをしたのだろう。

 士は『帰る場所』がどれほど大切なものなのか身に染みてよく分かっているつもりだ。

 そういう場所に這ってでも戻ってくるものだと、士は思っている。

 それは家なのか、家族なのか、友達なのか、もしかすると執事とか家臣なんかだったりするのかもしれない。

 

 ともかくその大切な場所を失ってしまった時に人はどうなるのか。

 失意の底に沈んでいく事になるだろうことを士は知っている。

 一度、記憶喪失だった士が記憶を取り戻して友人を裏切り、自分が元いた場所を全て切り捨てた時。

 その後にそこに戻ろうとしても「私の世界に逃げ込まないでください」と言い放たれてしまった雨の日をよく覚えている。

 自業自得だ。けれど、その時に感じた心の痛みは忘れる事も無い。

 帰るべき場所がある事はとても大切な事だと、彼は幾つかの世界で学んでいた。

 

 

「俺は一度、帰る場所を自分から捨てた事がある」

 

 

 泣き止まぬ響に士は語り掛けた。

 

 

「後悔した。だが、それでもアイツ等は俺を受け入れてくれた。お人好しの阿保どもさ」

 

 

 自らの経験を基にした激励の言葉。

 響には『アイツ等』が誰なのかは分からない。

 けれどそれが士にとって大切な人であり、響にとっての未来のような存在である事は想像に難くなかった。

 

 

「俺は自分で全てを失いかけた。でもお前は違う。

 巻き込まない為、守る為についた本気の嘘だろ? だったら後悔ばかりするな」

 

 

 ゆっくりと顔を上げていく響。

 一言一言が響の心の痛みを和らげていっているようだった。

 徐々に目から零れ落ちる涙も減っていき、響は泣きはらした顔を士に向ける。

 士は普段の皮肉な態度も俺様な態度も消して、ただただ1人の人生の先輩として語った。

 

 

「お前と小日向の絆ってやつは、そんな簡単に断ち切れるモンだったのか?」

 

 

 試すような言葉だけれど、響は涙を乱暴に拭ってから答えた。

 

 

「……違います」

 

 

 弱々しくはあった、でも泣きじゃくっていた響よりかは覇気を感じる。

 回答に満足したのかそうでないのか、鼻を鳴らした士の態度はどちらともとれるだろう。

 だが、内心で士は笑顔だった。

 まだ響は未来との友情がそんな簡単に切れるものでないと断じれる程には立ち上がれる。

 それを確信したから士は内心穏やかでいれたのだ。

 響の顔も何処か吹っ切れている。

 勿論、未来に対しての負い目は消える事が無いし、心の傷もまだ痛む。

 でも今は、後悔せずに進む事が大事なのだと思い立つことができた。

 

 そうしてひと悶着が終わった直後、2人の通信機が同時に鳴る。

 通信に応じると聞こえてきた声は弦十郎のもの。

 

 

『2人とも、急ぎ二課に来てくれ。メタロイドとジャマンガだ』

 

 

 それは、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 二課に士と響が入ると、弦十郎とオペレーター達、翼と翔太郎が既に待機していた。

 弦太朗はどうしたのだと士が問うと、大学から直接現場に行ってくれる、と弦十郎が話す。

 今日は平日。彼も講義が入っていたようだ。

 各司令室と連絡を取り合う為のモニターも展開され、モニターには黒木と天地が映し出されている。

 

 メタロイド、即ちフィルムロイドは監視カメラで発見され、特命部のオペレーター2人がそれを見つけた。一方でジャマンガの方だが、こちらは中々派手な動きをしている。

 モニターに表示された『ある物体』を見て二課に集結した士、響、翼、翔太郎が怪訝そうな顔になった。

 

 

「なんだこれ……城?」

 

 

 代表して声を出したのは翔太郎だった。

 二課のモニターに表示されているのは上空に浮かぶ巨大な『城』。

 しかも疑似亜空間があるあけぼの町に出現しているものだから、モニター上には『黒い半球』と『空中に浮かぶ城』という異様な光景が広がっていた。

 地球上における正常な状態とはとても思えず、ファンタジーとかSFの世界のようである。

 城は特に何もせず、不気味なほど静かにその場にただただ浮遊し続けている。

 と、二課と通信を行っているS.H.O.Tから隊員の1人、瀬戸山がモニター越しに城について分かっている事を解説し始めた。

 

 

『巨大な魔的波動を検知しています。あの城はほぼ間違いなくジャマンガの物です』

 

 

 瀬戸山の髪は相変わらず逆立っていて、目には保護用のゴーグルをしていた。

 サンダーキーの調整を行っている影響らしいので特に誰も気には止めないが、その格好は無駄に目立つ。

 それよりもその解説の内容こそが問題である。

 翼が各組織と通信をするモニターと弦十郎に対して声を飛ばした。

 

 

「ジャマンガとヴァグラス、2つの組織が同時に動いたという事ですか?」

 

「そういう事になる。しかもだ、岩谷地区Iの347ポイントに現れたメタロイド周辺に、ノイズの反応を検知した」

 

 

 弦十郎の言葉と共に表示されたモニターの地図上には赤い点がマークされていた。

 その1つ1つがノイズである事は響や翼がよく分かっている。

 それが意味するところは、ヴァグラスとネフシュタンを保有していたフィーネを名乗る謎の存在が結託しているのはまず間違いなさそうだ。

 メタロイドとノイズは単純に倒せばいい。

 ところが問題は城。何故なら城はメガゾードクラスに巨大だからだ。

 

 

『ジャマンガの物と思われる城はかなり巨大だ。が、バスターマシンは知っての通り出撃できない』

 

 

 メガゾードクラスの敵となればバスターマシンの出番だが、状況は黒木の言葉の通りだ。

 疑似亜空間への対抗の為にバスターマシンは5体合体を進めており、此処でそれを中断すればそれだけ対応は遅れる。

 しかも現状で8割ほど進んだ作業工程を一度取りやめて分解し発進させるとなれば、分解の為の時間までかかる為、城も疑似亜空間もどうにもできなくなってしまう。

 つまり、城に関しては巨大戦力抜きでどうにかしなければならないという事だ。

 必然、メタロイドとノイズへの対応班とジャマンガの城への対応班に分かれる事になる。

 

 浮遊する城と疑似亜空間とメタロイドとノイズ。

 これらを写したモニターから目を離し、弦十郎は前線に立つメンバーの方を向いた。

 

 

「疑似亜空間とノイズに加えてジャマンガの城だ。あけぼの町全域と周辺の市町村に避難命令を出し、二課、特命部、S.H.O.T、及び地元警察が避難誘導に当たっている」

 

 

 あけぼの町では町民全員が避難を行っている。

 しかも疑似亜空間とジャマンガの城は巨体という意味で規模が大きく、ノイズの被害拡大は馬鹿にならないなんてレベルではない。

 ジャマンガの城はまだ出現しただけで何もしていないが、それが『嵐の前の静けさ』的なものである事は容易に想像できたし、それが存在している事自体、嫌な予感しかしない。

 故に今までにないほど広域に避難命令が出されていた。

 それは、今の状況がどれだけ混沌と、そして危険な状況かを物語っている。

 

 

「翼、響君、士君、そして既に現場に向かったゴーバスターズ達はメタロイドとノイズを。翔太郎君は現場にいる銃四郎君と、大学から直接向かっている弦太朗君と合流し、ジャマンガの城への対応に当たってくれ」

 

 

 弦十郎が口にした振り分け方はメタロイドに対してゴーバスターズ、ノイズに対してシンフォギア装者とディケイド、ジャマンガの城にはその他の面々という形になっている。

 それにフォーゼはこの部隊の中でも数少ない自由に飛ぶ事が出来るライダーだし、Wにはリボルギャリーや、後部パーツの換装によって陸海空を制するハードボイルダーというバイクがある。

 空中に浮かぶ巨大な城への対処をするならWとフォーゼの力は有効打になるのではないかと見越したものだ。

 

 指令を聞いた前線に立ち敵と戦う顔ぶれは、二課の司令室から飛び出していった。

 それを見送った弦十郎と二課のオペレーターは、再びモニターの先にいる特命部とS.H.O.Tの面々に目を向けた。

 

 

「……そういえば、天地司令。あの件は良かったのか?」

 

『いいんです。こちらの私事でもあります。それで迷惑をかけるわけにもいかない』

 

 

 弦十郎の言葉に天地は真剣な面持ちで首を横に振って答えた。

 

 

『鳴神隊員が病院を抜け出した。そう言って彼等を心配させたくはない』

 

 

 鳴神隊員、即ち剣二のお見舞いにS.H.O.Tの鈴がつい先程行って帰って来た。

 その際に発覚したのが、『剣二が病院を抜け出した』という事。

 ゲキリュウケンは彼の手元にあるものの変身は恐らくまだできないだろう。

 そうでなくとも怪我が治り切っておらず、動けるにしても万全な状態なはずがない。

 彼が抜け出したとなれば響やヨーコ辺りは酷く心配するだろうことは目に見えていた。

 銃四郎を含めたS.H.O.Tメンバーと各司令室にいる司令官とオペレーターのみがその事実を知っている。

 これからの戦いに余計な心配をかけない為に。

 

 

『それに、彼はまだリュウケンドーには変身できないでしょう。この状況で鳴神隊員を連れ戻す事に人員を割くわけにもいきません』

 

 

 続けて言う天地の言葉は冷たく聞こえるかもしれない。

 だが、巨大なジャマンガの城に疑似亜空間にメタロイドにノイズと脅威は多いのだ。

 一般隊員も広域に渡る避難誘導の為に忙しなく動いている。

 そんな中で、戦力にならないものを連れ戻す為に誰かを派遣するわけにもいかなかった。

 

 リュウケンドーに変身できないという事は各司令室にも既に伝わっている事実。

 変身できるのならば頼もしい事なのだが、未調整のサンダーキーを使ってからというものゲキリュウケンに応答はないというのが剣二の弁だ。

 弦十郎は天地にゲキリュウケンの安否を尋ねる。

 

 

「……リュウケンドーへ再び変身するには、どれほどの期間が必要に?」

 

 

 それには天地ではなく魔法のスペシャリスト、瀬戸山が目を保護するゴーグルを上げて代わりに答えた。

 

 

『サンダーキーの調整を行ったところ、凄まじい魔力を秘めていました。

 未調整のアレを使ったんです、ゲキリュウケンに一時的なショック状態が起こったんでしょう。ただ、それが何時までに回復するかと言われると……』

 

『……回復するかも分からない、か』

 

 

 後の言葉に困り言葉を続けなかった瀬戸山の思いを汲み取り、黒木が後に続けた。

 ゲキリュウケンは人間でいうところの意識不明の状態にある。

 そして、それがいつ目覚めるか分からない状態だ。

 もしかしたら今すぐかもしれないし、下手をすればこのままずっと目覚めない可能性まで。

 どれほどの期間、リュウケンドーは変身できないのかも不明瞭だった。

 

 魔弾戦士の力は非常に貴重だ。

 ゲキリュウケンやゴウリュウガンのような魔弾龍自体が貴重である事、シンフォギアとは違い法的な横槍をあまり受けないで行使できる力である事などが理由として挙げられる。

 ジャマンガなどの脅威に対抗できる剣。

 しかし、それ以上に。

 

 

『……あの馬鹿、大丈夫かな』

 

 

 鈴の呟きが、各司令室にいる面々の総意とも言える言葉である。

 あらゆる事情を抜きに、彼等が『鳴神剣二』を心配している事もまた、確かなのだ。

 

 

 

 

 

 心配をかけているであろうことは分かってはいるのだが、剣二の心象はそれどころではない。

 彼は今、あけぼの町の神社、普段彼が特訓している場所に来ていた。

 木の枝に括られたロープに吊るされた木刀達が風に揺らされてゆらゆらと揺れる。

 そして神社からもあけぼの町にできたドス黒いシミのように半球状の疑似亜空間が見えていた。

 しばし立ち尽くしていた剣二はゲキリュウケンに呼びかけてみるが、全く返事は無い。

 リュウケンドーになるためゲキリュウケンを大型の剣に変身させようともしてみるが、当然反応は無かった。

 

 

「ヒーロー変身不能、大ピーンチ」

 

 

 気の抜けた口調。気の抜けた言葉。

 軽い調子で呟いた独り言は誰も聞いてはいないし、誰も言葉を返さない。

 この場に喋る事のできる、口煩い剣がいる筈なのに。

 

 

「……強くなるってなんだ?」

 

 

 強くなる事、剣二にとってそれは新たなキーを手に入れ、それを使いこなす事であった。

 勿論自分が鍛えて強くなる事も大事だが、一気にレベルアップするならそれが一番早いと。

 ファイヤーリュウケンドーやアクアリュウケンドーという力、それに伴う新たな獣王。

 戦果を挙げてきたのだからその認識は大きく間違っているわけではないと剣二は思っている。

 

 銃四郎と話した時、『ジャークムーンを倒したいと思って舞い上がったな』と言われた事を思い出す。

 生意気な普段の剣二なら食って掛かるところだが、結果としてこの有様なのだから剣二は欠片も否定する要素が見当たらなかった。

 次に思い出したのはヨーコの言葉。

 曰く、『誰かを守りたいと思うのも自分の気持ちなのだから、自分の為に戦う事は普通だと思う』らしい。

 

 

「俺が戦う理由ってなんだ?」

 

 

 問いかけの言葉にもゲキリュウケンは返事せず、それは虚しい自問自答となる。

 リュウケンドーに変身して戦い、誰かを守りたいと思い続けてきたことは確かだ。

 けれどもジャークムーンを倒す事だけに意識が向いていた事もまた確か。

 一体俺は、何のために戦うのか。何のために強くなりたいのか。

 

 

「……何が気に食わねぇんだッ!!」

 

 

 目覚めぬゲキリュウケンに対してなのか。

 それとも、強さと戦う理由を考え続ける中で心に湧いた焦りに対してか。

 答えが出せない剣二は慟哭するほかなかった。

 

 

 

 

 

 岩谷地区、Iの347ポイント。

 響、翼、士の3人はゴーバスターズの3人と合流して6人で行動していた。

 辺りは人の手で整備されていない崖もあるし雑草も生えているし地面は石で凸凹な、自然なままの姿をした場所だった。

 

 

「グッモーニーン! 遠いところまでご苦労様!」

 

 

 6人はフィルムロイドを発見し、フィルムロイドもまた陽気に踊るような仕草を見せている。

 どうやらワザと監視カメラに見つかり、この場で待っていたようだ。

 フィルムロイドの周りにはノイズがずらりと並んでおり、いつも通りに群れで活動しているようだった。

 ただ、6人の人間を見ても襲おうとしない辺り、統率されて制御されている事が伺える。

 今はフィーネを名乗る女性が持っているであろうあの杖の効力である事は明白だ。

 

 ノイズが出現しているが、幸いにも此処は市街地や住宅地から距離がある。

 とはいえ少なくとも監視カメラの目が届くくらいの場所。

 此処でメタロイドやノイズを逃がせばどんな被害が出るか。

 周りを気にせずに戦う事はできるが、確実に仕留めなくてはならない。

 フィルムロイドのノイズの群れと睨み合いつつ、リュウジが先のフィルムロイド戦に参加していなかった響達3人に向けて口を開いた。

 

 

「気を付けて、アイツは物を実体化できるんだ。ただ、それを『偽物だ』って否定すれば消えるから」

 

「贋作に惑わされるな、という事ですね」

 

 

 翼の返答にリュウジが頷く。

 これでフィルムロイドの手の内は完全にバレた事になり、最早能力的なアドバンテージは無いに等しい。

 だが、そんな状況下でもフィルムロイドは笑って見せた。

 

 

「へへーん! 今日は昨日よりもっと良い物、見せちゃうよ~?」

 

「悪いがお断りだ」

 

 

 ――――It’s Morphin Time!――――

 

 

 ヒロムの一声と共にゴーバスターズの3人がモーフィンブレスを操作し、スーツを転送。

 その横では士がディケイドライバーを装着し、響と翼はそれぞれの歌、『聖詠』を口にした。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

「変身!」

 

 

 ――――KAMEN RIDE……DECADE!――――

 

 ――――聖詠――――

 

 

 6人はそれぞれの鎧を身に纏う。

 バスタースーツと、ディケイドと、シンフォギアを。

 

 

「レッドバスター!」

 

「ブルーバスター!」

 

「イエローバスター!」

 

 

 それぞれに簡潔な名乗りを素早く上げるゴーバスターズ達。

 それを見た響はゴーバスターズを横目で見やりながら、ちょっと呟く。

 

 

「ああいう名乗り、あった方がいいんですかね……?」

 

「阿保か」

 

「急に何を言い出すの」

 

 

 士と翼から予想外に総ツッコミを食らった響は苦笑いで「ですよねー」と返した。

 やけに短めの言葉なのが余計に刺さる。

 そんなやり取りの後に響は表情を一変させ、睨み付けるようにノイズを見据え、拳を構えた。

 

 響の心には未だ迷いや戸惑いがある。勿論、それらは全て未来との事だ。

 彼女との行き違いはどうしたって動揺するし、どうにかしたいとも思う。

 でも、士に言われた「後悔ばかりするな」という言葉。

 そしてかつて、悩む自分に言ってくれた未来の「響は響のままでいてね」という言葉。

 この2つが、今の響を支え、戦場に立つ力を与えていた。

 あの時士の「絆ってやつはそんな簡単に断ち切れるモンなのか?」という問いを否定した自分がいる。人助けが趣味の、誰かを助けたいと思う自分がいる。

 それが響の自分らしさ、響が響のままである事の証明だ。

 ならば、誰かを救う為にこの拳を握る事に迷いはない。少なくとも、今は。

 

 

「バスターズ、レディ……」

 

 

 ゴーバスターズが腰を落として走り出す直前のような体勢になると同時に、ディケイドはライドブッカーを剣に変え、翼は鎧から太刀を取り出す。

 

 

「ゴー!!」

 

 

 レッドバスターの開戦の合図と共に、6人はそれぞれに拳を握り、脚を動かし、剣を携え、一斉に駆ける。

 対してフィルムロイドもノイズの群れだけでなくバグラーも呼び出して6人に対抗した。

 本人は高みの見物と言わんばかりに、戦の大将のように後方で動かない。

 まず目の前のノイズとバグラーの群れを突破しなければ本丸のメタロイドを叩けそうもない。

 

 ゴーバスターズはバグラーを、シンフォギア装者とディケイドはノイズを蹴散らしていく。

 数が多くても所詮は多いだけの戦闘員。ノイズも位相差障壁という利点を打ち消してくる相手ではなすすべなく倒されていった。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 響が足を踏み出して拳を突き出し、ノイズを砕く。

 さらに流れるように脚と腕を動かして辺りから迫ってくるノイズ達を次々と正確に炭へと還していった。

 ノイズを斬りながら翼はそんな響を注視していた。

 認める気持ちに嘘もなく、響の頑張りは報告書越しとはいえ知っている。

 ただ、こうして特訓の成果をいかんなく発揮する響の戦いぶりを間近で見るのは翼にとって初めての事だった。

 ノイズと戦う中、ノイズを叩き切って行く中で翼はディケイドと肩を並べる。

 迫るノイズを一匹残らず倒しながらも、翼の表情は笑顔だ。

 

 

「立花はッ! 随分と成長しましたね」

 

「そうか?」

 

 

 笑顔の理由、それは後輩の、最初こそ険悪だった響の成長が嬉しいから。

 しかしディケイドはそれに対して否定に近い疑問の言葉で返した。

 ディケイドは周りの敵をライドブッカーの剣で軽く薙ぎ払った後、すぐさまそれを銃に変形させ、ある一点を狙って銃弾を撃ち放つ。

 マゼンタ色の光弾は目の前のノイズを砕く響、その背後を襲おうとしていたノイズに炸裂した。

 背後でした音に気付いて振り返った響が見たのは、今まさに自分に襲い掛からんとしていたノイズが炭と散っていくところと、その地点に向けて銃口を向けているディケイド。

 響はディケイドに届くように「ありがとうございます!」と礼を述べた後、再びノイズ殲滅に移った。

 

 

「まだ甘いだろ」

 

 

 凛々しく戦いながらもまだまだな後輩と、それを厳しく評価する教師。

 そんな目で2人を見た翼はフッと笑みを浮かべる。

 

 

「そうかもしれません」

 

 

 それだけ言った後、翼の顔からは笑みが消え失せ、迷う事のない剣の如き鋭い眼光へ戻った。

 防人としての務めを果たす為、翼は再び剣を握り締め、雑音を斬り捨てにかかる。

 成長している響と、経験値が豊富なディケイドに負けぬようにと、翼は病み上がりとは思えぬ動きでノイズを討伐していくのだった。

 

 一方でゴーバスターズ達もバグラーを1体残らず殲滅していく。

 死屍累々と言った具合に機能を停止したバグラーが地面に何十体も転がっている。

 最後のバグラーが倒れたのと最後のノイズが炭へと還ったのは、ほぼ同時だった。

 

 

「残るは……」

 

 

 レッドバスターがフィルムロイドのいる方向へ目を向ける。

 が、先程までフィルムロイドが構えていた場所には影も形も見当たらない。

 一体何処へ、と6人全員が思った一瞬の隙がフィルムロイドの待っていた絶好の機会であった。

 

 

「へへー、食らえー!」

 

 

 先程までフィルムロイドがいた筈の一点を6人全員が見つめていたという事は、必然、6人の背後は同時に死角になってしまったという事だ。

 いつの間にか6人の背後に回っていたフィルムロイドは映写機から光を飛ばす。

 光は6人それぞれを通過し、その先に映像を具現化する。

 最初は形のない光でしかなかったそれは徐々に徐々に何らかの固形としての形を成していく。

 

 

「……ウサダ?」

 

 

 イエローバスターを通過した光が映し出し実体化させたのはウサダ・レタスだった。

 ウサダは花飾りをや花冠を身に着けている、何だか妙にお気楽な雰囲気を漂わせている。

 

 

『ヨーコ、もう勉強なんてしなくていーから、遊ぼ?』

 

「えー! 本当に!?」

 

 

 本来なら高校に行くはずの年齢であるヨーコは特命部の中で勉強をしている。

 ただ本人はあまり乗り気ではなく、家庭教師のように厳しくヨーコを教えているのがウサダだった。

 勉強やテストの全てを仕切っているのがウサダであり、そういう意味で言うとウサダはヨーコにとっての先生という事になる。

 そんなウサダが『勉強しなくていい』という甘言を発してきて、イエローバスターはそんなウサダに飛びついた。

 

 一方、ブルーバスターの目の前には陣マサトが現れていた。

 マサトは5体合体の指揮を執っているはずだが、と考えるよりも前に、マサトはブルーバスターの肩に手を置き、告げる。

 

 

「リュウジ、お前はエンジニアとして、俺を超えた! これからは、師匠と呼ばせてくれ!」

 

「せ、先輩……。そんなぁ!」

 

 

 マサトの言葉に滅茶苦茶嬉しそうに返すブルーバスター。

 目の前に誰かが実体化され、かけられて嬉しい言葉が向けられるという現象。

 これは他の4人にも起きていた。

 翼の目の前にはオレンジ色の綺麗な髪の毛をした、活発そうに無邪気な明るい笑顔を向ける女性がいた。

 

 

「よっ、翼! 今まで1人にしてごめんな。でもこれからはまた一緒だ。両翼揃ったツヴァイウイングなら、どんなものでも超えられるさ」

 

「かな、で……」

 

 

 天羽奏。翼にとって、永遠に忘れる事がないであろう、喪われた最高のパートナー。

 奏を前にして翼は太刀を下ろし、完全に戦闘態勢が解かれてしまっている。

 さらに響の前にも同じく、大切な人が現れていた。

 

 

「響、ごめんね。私はいつまでも、響の友達だよ」

 

「未来……」

 

 

 戦場に立つ事への迷いは消している。

 だが、目の前に日常の象徴足る未来が現れてしまった。

 響が戦場に立てたのは、彼女の人助けの精神と士やかつて未来にかけられた言葉が支えていたからだ。

 しかし未来との確執が解決する保証も根拠も何処にもなく、少なくとも未来との仲で未だに悩んでいる事は確かである。

 それはつまり、響の確実な動揺を意味していた。

 

 そして士、ディケイドの前には。

 

 

「士君! もう、何してるんですか。写真館に戻りましょ?」

 

「また一緒に旅しようぜ、士!」

 

「やあ士。次の世界のお宝は確実に手に入れさせてもらうよ、邪魔しないでくれたまえ?」

 

「ああ、士君。コーヒー入ってるけど、飲むかい?」

 

「うふふ、また楽しく士様ご一行で旅行と行きましょう!」

 

 

 4人と1匹。

 1人はちょっと顔を顰めながらも、何処か穏やかな雰囲気も纏う女性。

 1人は明るい笑顔でサムズアップを決める青年。

 1人は手を銃の形に構えている、最近も会った腐れ縁。

 1人はおっとりとした雰囲気の老人で、4人の中に1人だけいる女性の祖父。

 そして1匹は銀色の雌蝙蝠。

 全員に嫌というほど見覚えがあって、この中の1人たりとも士は忘れた事が無い。

 悪態をつき、尊大な態度を保ち、俺様を貫く士でも、『仲間』という感情は存在している。

 そんな彼が最も大切にしているであろう、今は違う道へと進んだ、仲間。

 

 

「お前ら……」

 

 

 全員の顔を見渡す。4人と1匹は皆笑顔でディケイドを見ていた。

 迎え入れてくれているかのように。

 

 上手くいった、とフィルムロイドは盛大に喜んでいた。

 まるで舞台でもしているかのように大袈裟なジェスチャーで喜びを表現しながら、高らかに自分がして見せた事を語りだす。

 

 

「どう~よ! これが僕ちゃんの新しい攻撃! 名付けて、『いい夢見ろよ』だー!」

 

 

 ウォームとの会話を終えてフィルムロイドの様子を見に行ったエンターは彼にあるアドバイスをしていた。

 彼はフィルムロイドの能力に他の使い道があると語り、『例えば、その人物の心から欲しいものを映し出したとしたら?』とフィルムロイドに吹き込んだのだ。

 結果は見ての通り、それぞれが望むもの、大切なものが実体化するという事態。

 イエローバスターはウサダの周りをくるくると回って愉快そうにステップを踏み、ブルーバスターは偉そうに胡坐で座り込んでマサトに肩を揉ませている。

 翼と響は未だ奏と未来と相対したまま動かず、ディケイドもまた、4人と1匹を見つめたまま。

 

 

「それにしても、地味な夢だな!」

 

 

 心底面白そうに、小馬鹿にするようにフィルムロイドは大いに笑う。

 色や見た目は派手なのに地味な夢だとせせら笑った。

 

 

「あっそ。悪かったねぇ、地味な夢で」

 

 

 しかしフィルムロイドの言葉に、今度はマサトに腕を揉ませていたブルーバスターがゆっくりと立ち上がりながら答えた。

 当然、フィルムロイドは振り返って驚く。

 自分の実体化能力は完璧だし、確実に心から欲しいものを映し出した筈。

 それこそ他の事など気にせず、それに集中してしまうほどのものを。

 だがフィルムロイドの考えは外れ、イエローバスターまでもがウサダの元を離れてブルーバスターと並んで見せた。

 

 

「仕掛け知ってるんだから、引っかかるわけないでしょ」

 

 

 その言葉は正に『否定』の言葉。

 つまりはフィルムロイドの映像が消えてしまう事を意味している。

 イエローバスターの言葉の後、ウサダの偽物は悲しそうにヨーコの名前を呟いて消え失せた。

 一方でブルーバスターも映像を『否定』したとみなされたのか、偽物のマサトはピースしながら消えていった。何故に最後ピースしていたのかは謎だが。

 

 さらに追い打ちをかけるかのように、ブルーバスターとイエローバスターの隣に翼までもが映像の誘惑を抜け出してやって来た。

 

 

「この腕で消えていった奏の命、忘れた事は一瞬たりともない」

 

 

 翼の言葉は静かに聞こえて、何処か震えているようにも感じられる。

 そして翼は怒りの眼差しと共に太刀の切っ先をフィルムロイドに向けた。

 

 

「お前が私に与えたのは喜びの感情などでは無く、奏を愚弄した怒りただ1つと覚えろッ!」

 

 

 翼にとって偽物とはいえ奏を見せつけられたのは、あの日あの時命を燃やし尽くした奏を愚弄されたに等しかった。

 自分の知るただ1人の奏を虚像で汚す事など、風鳴翼は許せない。

 夢や大切なものを見せて抜け出せなくするはずが、翼に対しては逆効果だったのだ。

 

 さらに、もう1人、虚構の夢から抜け出す者が現れる。

 

 

「アイツ等とは旅の行き先が違う。いつか何処かで会うにしても、それは今じゃない。第一、あの中の1人とはもうこの世界で会ってるんだよ」

 

 

 ディケイドこと士が旅の仲間と別れてからそれなりに時間が経っている。

 自分の中に未だ未練のような形であんなものが残っていた事には驚いたくらいだ。

 だが偽物に振り回されるほど今の士は未熟でもない。

 ディケイドは自分が惑わされなかった理由を語りながら、ブルーバスター達とは別の場所、響の元へと近づいた。

 

 

「立花、お前はどうする?」

 

「え……?」

 

 

 小さく手を振る笑顔の未来を見て、響は未だに動けずにいた。

 確かにアレは自分が求める最良の関係である未来。

 手を伸ばせば、それに届く。

 今の響はその誘惑に抗うのに必死であり、今にも手を伸ばしてしまいそうだった。

 だが、そんな響をディケイドが止めたのだ。

 

 

「嫌われたかもしれない本物をとるか、笑顔で絶対に離れる事のない偽物をとるか」

 

 

 意地の悪い言葉で響に選択肢を突きつけるディケイド。

 そんなディケイドと響に、響にとっての先輩で憧れである翼がゆっくりと近づく。

 響の前まで来た翼は響の肩に手をかけると、正面から顔を突き合わせた。

 

 

「あの子は友人なんだろう?」

 

「翼、さん……」

 

「いいか立花。喧嘩をしてしまっても友であった事実は消えない。例え仲違いする事があっても、手を伸ばすべきは仲違いしてしまった本物だ」

 

 

 今まで過ごしてきた友人を裏切るな。最後に翼はそう言った。

 響は翼から顔を逸らし、もう一度未来の方へ向き直る。

 彼女の中にあった迷い。それは偽物でも、明るく手を振る未来の手を取れるのならそれでいいのではないかと思ったから。

 誰よりも仲が良かった親友と喧嘩している中でそう思う事を誰が責められるだろう。

 けれど、響の心はそこに行く事なく、誘惑に押されつつも踏みとどまっていた。

 それはつまり響の心の中で殆ど結論が出ていた事に等しい。

 

 

「私は、本当の未来と手を繋ぎたい。例えこれからずっと喧嘩したままだとしても、今、目の前にいる未来の手を取ってしまったら、それこそ本物の未来に顔向けできない」

 

 

 嫌われたからといって偽物の手を取ってしまえば、それこそ酷い裏切りになる。

 まだ未来とキチンと話し合ってもいないのにそんな事は出来ない。

 もしも喧嘩したままになってしまっても、自分が楽になる為に偽物の手を取ってしまうなど自分が自分で許せない。

 偽者に手を伸ばす事は未来と共に過ごしてきた過去の思い出までも汚してしまう事になる。

 何より、未来が響の事を友達でいられないと語っても、響はまだ、未来の事を友達だと思っているのだから。

 

 

「ごめんね、未来」

 

 

 例え偽者でも笑顔を向けてくれた未来に対して。

 そして嘘をついてしまった本物の未来に対して。

 2人の未来に向けられた言葉で偽物の未来は消えていく。何処か、安らかな笑顔で。

 

 

「……というわけだ。種を知ってりゃ、下らない手品だったな」

 

 

 ディケイドはフィルムロイドの方へ顔を向け、仮面の奥で呆れたような顔を見せた。

 隣にいる響は苦笑いで「必死だったんですけどね」と小声で言っているが、ディケイドは全力でそれを無視、翼はそんな響に呆れつつも微笑んだ。

 

 誰も彼もが虚構を突破してくるこの状況。

 

 だが、しかし――――。

 

 

「え、偉そうに言うな! じゃあ、アイツは何だ!?」

 

 

 自分の技が破られる中で大慌てのフィルムロイドはある1人を指差す。

 それは、レッドバスター。

 レッドバスターは目の前にいる2人の女性と1人の男性を前に立ち尽くしている。

 誰もその人物に心当たりはないが、ただ1人、ブルーバスターのみはその顔を知っていた。

 

 

「ヒロムの両親と、お姉さんだ……! 13年前の姿のまま……」

 

 

 13年前、転送研究センターの事件。ヒロムは当時7歳、ヨーコは3歳、リュウジは15歳だった。

 親との別離、亜空間の事件が心に暗い影を落としているのは3人共に同じ。ただ、その影の濃さは3人それぞれ違っている。

 例えばリュウジは13年前の事件に心を痛めつつも家族が巻き込まれたわけではなく、ワクチンプログラムを投与された事やヒロムやヨーコを助けたいという思いによるところが強い。

 当時3歳だったヨーコは母親が亜空間に飛ばされたのだが、当然その別離を悲しんだ。が、幼かったヨーコは今、両親の顔をはっきりとは覚えておらず、思い出もあまりない。

 家族への憧れはあるし家族を助けたいとも思うが、特命部のみんなと過ごしていた事もあって寂しさや辛さは特に感じていなかった。

 

 では、ヒロムは?

 

 ヒロムは当時7歳で既に物心ついており、家族との思い出も、家族の顔もはっきり覚えている。

 両親は亜空間に飛ばされ、助かったヒロムとヒロムの姉、『桜田 リカ』は2人で生きてきた。

 ヒロムはリカがこの13年の間自分を守ってくれていた事に深く感謝している。

 そんなリカはヒロムが戦う事に反対していた。当然だ、唯一生き残った肉親が命を賭けるというのだから心配しない筈がないのだ。

 けれど、ヒロムは「これ以上大切な人達がバラバラにならないために」と、自分達のような人を二度と生まない為の戦いなのだと告げ、戦場へと足を踏み入れた。

 リカもそんなヒロムを理解してくれたが、今でもヒロムの事を心配しているだろう。

 

 明日の命をも知れない家族が心配で、会いたくて。何もおかしくない、普通の思い。

 リカはヒロムにそういう感情を抱いていた。そして、ヒロムもまた、家族に対しそういう感情を抱いていた。

 ヒロムの目の前にいる家族は、そんな思いを映し出したもの。

 生きているかも分からない、でも生きているかもしれない。13年間ずっと離れ離れで。

 

 はっきりと覚えている家族が。13年間、ずっと想い続けてきた家族が目の前に現れて。

 それで立ち止まってしまう子供を、誰が責めることができるのか。

 

 レッドバスターにはもう、辺りの光景が別の物に見えていた。

 家族が過ごす明るい家の中。母と姉が椅子に座り、その後ろには父が立っていて、机にはクリスマスケーキが置いてある。

 目の前には自分の席が、クリスマスパーティをするための、自分の席が用意されていた。

 レッドバスターはレッドバスターではなく、ヒロムの姿に戻ってしまう。

 それはただ変身を解いただけではない。心までもが13年前に戻ってしまったかのような。

 

 

「ヒロム、寂しかったでしょう……?」

 

 

 母が笑顔で語り掛け、それだけでヒロムの心は大きく揺れる。

 あれだけ助けたいと思った父と母が目の前にいる。優しく笑顔を向けてくれる。

 手を伸ばしても届かなかった、13年も待ち望んていた2人が、此処にいた。

 

 

「母さん……父さん……」

 

 

 向けられた母の言葉に答え、父の名を呼んだ。

 両親と姉は微笑みを浮かべてヒロムを迎え入れる。

 

 

「ヒロム、それは偽物だよ!」

 

「メタロイドが作った幻だ! ヒロム!!」

 

 

 イエローバスターとブルーバスターが呼びかけるものの、ヒロムに返事は無い。

 ヒロムはただ、両親をずっとずっと見つめ続けていた。

 何処か安堵した、とても穏やかな顔で。

 部隊の誰にも、ゴーバスターズの仲間にさえも見せた事の無い様な顔で。

 ヒロムには家で過ごす家族の姿しか目に見えていない。

 辺りの崖も、足元の石も、無造作に生えた雑草も、『家族が揃った綺麗な家』という幻想が包み隠した。

 メタロイドも、仲間でさえも。

 ただ1つヒロムから湧き出た感情は、とても単純で、それはあまりにも残酷なもの。

 

 やっと、会えた――――――。

 

 そう思った時に、ヒロムは母の腕に抱かれていた。




――――次回予告――――
戦士達は立ち向かう。立ち止まった青年達が再び歩を進める事を信じて。

嘲笑いと悲鳴の中、耳に届いた僅かな激励。

それは、戦場に立つ理由を見つめ直させた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。