スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第42話 それが偽りでも……

 響はまずネフシュタンの少女を誘い出した。

 この場では未来を巻き込んでしまうかもしれない。

 涙を拭いつつ、ネフシュタンの少女の方を向いて挑発するように駆け抜けた後、大きくジャンプ。なるべく遠くへ走り、公園の辺りに生える木の奥、林の中へと。

 すると挑発に乗って来たネフシュタンの少女は響を追って跳び上がり、狙い通りに林の中へと入って来た。

 林の中にあった開けた場所に響とネフシュタンの少女は降り立ち、お互いに顔を突き合わせた。

 

 

「っと!」

 

 

 と、空から第3の人影が響の横に降り立つ。

 白い宇宙飛行士のような姿をしているそれは、仮面ライダーフォーゼこと如月弦太朗その人だった。

 左手には黒いレーダーモジュールを展開済み。

 レーダーモジュールの先では二課本部に通された仮面ライダー部、特に賢吾が通信の相手をしている。

 フォーゼに対してのオペレーターという立ち位置だ。

 

 突然現れたフォーゼに響が顔を向けると、それに応えるように頷いた。

 助けに来たぜ、と言わんばかりに。

 そしてフォーゼは一歩前に出てネフシュタンの少女に右手を突きつけるように伸ばし、いつもの啖呵を切った。

 

 

「仮面ライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらうぜッ!」

 

「2対1でタイマンだぁ? 算数もできないのかよ?」

 

「ぬっ、数学はできねぇけど算数は一応できるぜッ!」

 

 

 ネフシュタンの少女と張り合っているが、仮にも高校を卒業して大学に行っている人間が誇らしく言える事ではない。

 何だか一瞬だけおかしな雰囲気が流れてしまったが、そんな空気に流されるほどネフシュタンの少女も甘くはない。

 

 

「ハンッ、どんくさいのが挑発してきたと思えば、今度はヘンテコなトンガリ頭かッ!」

 

 

 さらなる敵対者を見て茨を構えるネフシュタンの少女。

 が、響は振り払うように右手を振ってネフシュタンの少女が口にしたある言葉を否定した。

 

 

「『どんくさい』なんて名前じゃない!!」

 

 

 予想の斜め上の言葉。

 何を言い出すんだ?というフォーゼとネフシュタンの少女の思考が一致する中、響は息を大きく吸い込み……。

 

 

「私は立花響15歳ッ! 誕生日は9月の13日で血液型はO型ッ! 

 身長は、こないだの測定では157センチッ! 

 体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげるッ! 

 趣味は人助けで、好きな物はご飯アンドご飯ッ! 

 あとは……彼氏いない歴は年齢と同じッ!!」

 

 

 誰が予想できただろう、誰が思っただろう。

 いや、仮に予想できていた人間がいたとすればその人は確実に何かがおかしい。

 戦場で、命のやり取りをするこの場で、敵であるはずの相手に対して自己紹介。

 無闇に力強く言い放った言葉に余裕の態度を保っていたネフシュタンの少女ですら酷く動揺していた。

 

 

「な、なにをトチ狂ってやがるんだお前……」

 

 

 多分、この場に士やらヒロム辺りがいればネフシュタンの少女に同意しただろう。

 それほどまでに突拍子もない言葉。

 でも、立花響は非常に真剣だった。

 響は戦う意思がないかのように両手を広げて見せた。

 

 

「私達はノイズと違って言葉が通じるんだから、ちゃんと話し合いたいッ!!」

 

 

 あくまでも話し合いたいから。

 その決意と意志を胸に響は自分の事を思いつくだけ話した。

 同じ人間ならきっと分かり合えると、愚直に信じて。

 そしてその言葉に感銘を受けたのはネフシュタンの少女ではなくフォーゼだった。

 

 

「おおおおッ! いいなそういうの! 腹割って話すのは友情の始めの一歩だ!!」

 

 

 得意の友情論を語り始め、挙句の果ては。

 

 

「俺は仮面ライダーフォーゼ、如月弦太朗ッ! 大学1年生で将来の夢は教師!

 お前とも必ずダチになってみせるぜ!!」

 

 

 左胸を右拳で2回叩き、一直線に右腕をネフシュタンの少女に向けて伸ばし、響に乗っかるような事を口走り始めた。

 レーダーモジュール越しにそのやり取りを聞いていた仮面ライダー部の面々は呆れたような表情をしつつも何処か笑顔だった。

 

 

『何とも君らしいが、2人揃って何を言っているんだ』

 

 

 通信越しの賢吾の声に呆れなどは含まれておらず、あくまでもクールだ。

 けれど「君らしい」という言葉の通り、その行為そのものを否定はしない。

 

 

「最初はいがみ合っててもダチになれる事は俺達が生き証人だからな!!」

 

 

 天ノ川学園高校で巻き起こった波乱万丈な青春の日々。

 時にいがみ合い、時に手を繋いだ。

 最後には全ての黒幕とすら友情の証を交わした弦太朗だからこそ思う。

 人と人とは分かり合うことができる、ダチになれると。

 

 

「うるせぇッ!!」

 

 

 ネフシュタンの少女は拳を握って体を震わせて叫んだ。

 拳と体の震え、喉が痛みを起こしそうなほどの絶叫からは抑えきれない憤怒の感情が伝わってくる。

 

 

「人と人が、そう簡単に分かり合えるものかよッ!」

 

 

 爆発した感情と共にネフシュタンの少女の怒号が響く。

 痛いほど伝わる、ぶつけられる怒り。

 真面目に話し合いをしようとする響と明るくダチになろうと話すフォーゼ。

 その2人の態度が、甘っちょろい態度がネフシュタンの少女の神経を逆撫でていた。

 

 

「気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇッ! 

 分かっちゃいねぇことをぺらぺらと知った風に口にするお前達がァァァァッ!!」

 

 

 戦争の真っ只中で親を殺され、自分自身も拉致された。

 人の醜い所、汚い所を嫌というほど見てきた。

 どれ程の苦痛を味わったかわからず、そこに絆や手を繋ぐなどという綺麗事は介在しなかった。

 ネフシュタンの少女は、雪音クリスはそれを知り、それしか知らない。

 だから響とフォーゼが語るそれを受け入れられない。受け入れられるはずもない。

 

 

「お前を引き摺って来いと言われていたがもうそんな事はどうでもいいッ!

 この手でお前を叩き潰し、お前の全てを踏みにじってやるッ!!

 そこのトンガリ頭も一緒になァァッ!!」

 

 

 怒声と共に大きく跳び上がったネフシュタンの少女は右側に装備されている茨の先端に白黒で球状のエネルギーを纏わせた。

 翼に大きなダメージを与えた『あの』攻撃である事を響もすぐに理解する。

 が、理解できる事と対抗策がある事は必ずしもイコールというわけではない。

 アームドギアすら持たない徒手空拳の響はあの攻撃を防ぐだけの手段も相殺するだけの手段もない。

 

 

「食らえッ!!」

 

 ――――NIRVANA GEDON――――

 

 

 茨を振り下ろす事で強力な球状のエネルギーが響に向かって投げつけられる。

 両手を交差させて腕のアーム、ガングニールのシンフォギアでも装甲として強固な部分で受け止めようと咄嗟の行動をとる中、フォーゼはそんな響と白黒の一撃の間に割って入った。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

 左手のレーダースイッチを一旦切ってスイッチを引き抜き、黒いレーダースイッチの代わりに白いスイッチを装填、蓋を展開するようにそのスイッチを起動した。

 

 

 ――――SHIELD!――――

 

 ――――SHIELD ON――――

 

 

 四角のソケットに装填されたのは18番の『シールドスイッチ』。

 先程までレーダーモジュールがあった左腕に小型の盾が装備された。

 それがシールドスイッチの力で展開されたシールドモジュールだ。

 なりは小さいが十分な防御性能を誇るフォーゼの盾。

 それを前方に構えてNIRVANA GEDONを受け止めるフォーゼだが、盾越しでも猛烈な衝撃が襲い掛かる。

 

 

(重てェ……けど!)

 

 

 それでも、かつて受けてきた攻撃に比べれば防ぎきれないというほどのものではない。

 事実、シールドモジュールはしっかりとその一撃を受け止めきっていた。

 勢い自体は中々衰えてはくれないがこちらが圧倒されるほどの事ではない。

 が、響とフォーゼを本気で潰そうとしているネフシュタンの少女の攻撃は一撃程度では止まなかった。

 

 ネフシュタンの少女は先程とは逆の茨に同じくエネルギーを集中。

 それは今しがた放たれたNIRVANA GEDONそのもの。

 

 

「いぃッ!?」

 

「持ってけダブルだッ!!」

 

 

 立て続けに放たれた2発目はシールドモジュールで受け止められていた1発目に玉突きの如くぶつかる。

 1発目が起爆、同時に2発目が誘爆。

 例えそれが直撃しなくても爆発のエネルギーだけでも十分なダメージが入るのは以前の翼が身を持って証明している。

 2発も放ったのだ、フォーゼ諸共後ろにいた響にもダメージが通ったであろう。

 それを確信したネフシュタンの少女は着地し、爆発の煙を見つめる。

 

 ネフシュタンの少女は気付いていない。

 立花響は、彼女が思うよりもずっと強くなっていた事を。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 徐々に晴れていく煙の中に輝く1つの橙色で球状の光。

 その光を包み込むように響は手を添えている。

 否、響の手の平からその輝きは放出されているのだ。

 直後、その光は大きくなっていったかと思うと一気に拡大し、辺りに衝撃を撒きながら四散した。

 光を出していた張本人である響は至近距離で衝撃を受けて後方に跳び、背中から地面に激突してしまった。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 尚、その近くに仰向け且つ大の字で転がっていたフォーゼも衝撃に巻き込まれた影響でほんの少しだけ浮き、反転してうつ伏せ大の字になった。面子のようである。

 

 

「イテッ!?」

 

「あ、すみません弦太朗さん!」

 

「おう! 気にすんな!!」

 

 

 立ち上がりながら詫びる響にフォーゼもむくりと起き上がりながらサムズアップで返す。

 

 響が行おうとしたのはアームドギアの形成だ。

 ギアを形作れるだけのエネルギーを手にはしたが、それを制御できない。

 簡単に言うとエネルギーを固形化できないでいた。

 その結果が今の暴発だ。

 響は翼のようにエネルギーが固定できない事に歯を噛んで悔しさを募らせていた。

 手の中に確実に力はあるのに届かない。

 一歩足りない歯痒さの中、歌い続けながらも手の平を見つめる響。

 そんな響を見たフォーゼは膝や太腿を土や埃を掃うような動作で叩いた後、声を大にした。

 

 

「響ぃ! やりてぇ事があるなら悩まずにおもっきしぶちかましなッ!」

 

 

 明るく手を振りながら叫ぶフォーゼの声に思わず振り返る。

 フォーゼはさらに言葉を続けた。

 

 

「拳は想いを届ける手紙みてぇなモンだ!!」

 

 

 如月弦太朗という男は少年漫画のような友情を有言実行する男だ。

 ある者から見れば大物、ある者から見れば大馬鹿。

 ともあれどんな評価をしている人物でも弦太朗という男を知っていると大なり小なり彼を認めている人間は多い。

 その阿保みたいな天然由来の一直線さこそ弦太朗を弦太朗足らしめている要素なのだ。

 そしてその弦太朗成分は響にも大きな刺激を与えた。

 

 

(……ッ! そうだ!!)

 

 

 フォーゼの『拳』という言葉がヒントになったのか、響は1つの結論を出した。

 自分にできない事をしようとするのではなく、できる範囲で精一杯やってみる事。

 

 そうして出した答えは酷くシンプルな物だった。

 エネルギーはある。ならば、固定されないエネルギーをそのまま相手にぶつければ同じ事ではないのか?

 直線理論というか、極めて単純な物理特化思考。 

 

 アームドギアを形成できるエネルギーがあっても制御が効かない。

 裏を返せばそれだけ強力なエネルギーが手の中に確かに握られている。

 だったら、それを叩きこめばオールオッケーというシンプルというか、単純すぎる答え。

 手の平にあるエネルギーをグッと握った拳に乗せる。

 するとそのエネルギーがガングニールの腕部ユニットに伝わったのか、ユニットの上部が伸びた。

 

 

「させるかよォッ!!」

 

 

 何らかのアクションを起こそうとしているのを察知したネフシュタンの少女は2本の茨を響に向かって勢いよく放つものの、響は2本の茨を右手で掴んで防いで見せた。

 まるで雷を握るかのような強引さで。

 

 

(雷、握りつぶすようにぃぃぃッ!!)

 

 

 さらにその茨を自分の方に向かって強く引き寄せた。

 ネフシュタンの鎧と2本の茨は一体だ。

 つまり、茨が引かれるという事はその先にある本体、ネフシュタンの鎧もまた引っ張られる事になる。

 引き寄せられた勢いのまま宙に浮いたネフシュタンの少女は一瞬の動揺と焦りを見せる。

 その瞬間を響は駆ける。

 

 

(最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!)

 

 

 背中のバーニアにもエネルギーを回して自分にできるだけの加速を用いてネフシュタンの少女に突撃。

 構えた右手をぐっと後ろに溜めて、ネフシュタンの少女へ猛烈な勢いで向かって行く。

 正しく最速、正しく最短。猪突猛進という言葉が似合うぐらいに一直線に。

 

 

(胸の響きを、この想いをッ!!)

 

 

 翼に宣誓したあの言葉。

 人と戦う事になるならどうするかという問いかけに対しての、自分らしく出した解答。

 それをぶつける時が来た――――――!

 

 

(伝える為にぃッ!!)

 

 

 歌を歌い続けていた中で、右拳をネフシュタンの少女の腹部目掛けて繰り出す。

 パイルバンカーという架空の兵器を知っているだろうか。

 杭などを火薬などで高速発射して敵を撃ち貫く近接戦闘用の兵器の事だ。

 響の伸びた腕部ユニットは正にそれの発射前であり、炸裂と同時に勢いよく元に戻る。

 さながら伸びきっていたバネが一瞬で元に戻るかのように。

 そこから撃ち込まれるのはアームドギアを形成するに足りる強烈なエネルギー。

 加速と溜め、そして弦十郎の教えの元でしっかりと形となった正拳の後、エネルギーが炸裂する。

 

 威力は凄まじく、まるでネフシュタンの少女の背中から空気の砲弾が飛び出るかのように勢いは止まらなかった。

 前から受けた衝撃が後ろにも伝わり、尚且つ背中を通して外にも溢れだすほどのエネルギーを受け、ネフシュタンの鎧は腹部を中心に罅割れていく。

 

 

(馬鹿なッ、ネフシュタンの鎧が……ッ!!?)

 

 

 阿保みたいな威力を受けて吹っ飛ぶネフシュタンの少女。

 思い切り殴られれば吹っ飛ぶのは当然だが、その殴られた勢いが桁違い。

 響が放った拳の威力はネフシュタンの少女が吹き飛んでいった進路上の地形をことごとく一直線に破壊していた。

 さらにその先、ネフシュタンの少女本人が激突した壁も小さなクレーターのように穴が空き、崩壊している。

 クリスはあまりの威力に舌を打った。

 

 腹に入った拳の衝撃が抜けきっていないのか満足に声も出やしない。

 貰った一撃は以前に翼が放った絶唱級のネフシュタンの鎧を撃ち貫くほど強烈な物。

 あの時の翼が放った絶唱は広範囲に広がる拡散系の一撃。

 ただ、本来ならばアームドギアを介して絶唱は行う筈であり、その際の絶唱による一撃はアームドギアに力を乗せた極めて強烈な、かつ指向性がある一撃となる。

 翼が自爆同然で使った拡散型の絶唱はエネルギー効率が悪い打ち方なのだ。

 真の意味で翼が絶唱を使えば響の拳以上の力を発揮できるだろう。

 とはいえ絶唱は絶唱、効率が悪かったとはいえ必殺の一撃であるそれと同程度の拳、それも絶唱を口にしていないともなると恐るべき威力だ。

 

 直後、ネフシュタンの少女の腹部に痛みが走る。

 ネフシュタンの鎧の再生が始まったのだ。

 この再生の際にネフシュタンの鎧は使用者を一切気にすることなく問答無用の再生をする。

 結果、使用者は再生と共にネフシュタンの鎧に『侵食』されて、最後には『食い破られて』しまう。

 こうなった以上、早期決着を狙うしかない。

 痛みを押し殺してネフシュタンの少女は立ち上がって響を睨み付けた。

 だが次の瞬間にはその目を見開いて驚いてしまう。

 

 

「お前……馬鹿にしてんのかッ!!」

 

 

 響はシンフォギアの力の源である歌は歌い続けながらも、完全に構えを解いていた。

 まるで勝負が終わったかのように、表情にも既に敵意も何もなく、むしろどちらかと言えば穏やかな顔をしていた。

 その顔が、その態度がネフシュタンの少女の感情を苛立たせる。

 

 

「このあたしを……雪音クリスをッ!!」

 

 

 感情のままに思わず名乗った自身の名前。

 その名を、ネフシュタンの鎧の女の子としか認識できず、満足に呼ぶ事も出来なかった響はそれを聞いて笑った。

 

 

「そっか……クリスちゃんって言うんだ」

 

 

 自分が名乗ってしまった事にそこで気づいたのか、クリスはハッとなる。

 同じく名前を聞いていた響の隣に並ぶフォーゼがクリスを見つめた。

 

 

「そうか、雪音クリス、だな。覚えたぜ、クリス! お前ともぜってぇダチになるッ!!」

 

「そうだよ、クリスちゃん」

 

 

 フォーゼの熱い言葉の後、響が優しく続ける。

 

 

「こんな戦い、もうやめようよ。私達はノイズと違って言葉を交わすことができる。

 手を握れば友達にだってなれる」

 

「おう! 名前を知ったら後は握手と腹割って話す事! それだけで友情は成立だ!!」

 

 

 黙って聞くクリスを見て、今ならちゃんと話を聞いてくれるかもと希望を見出した響はさらに想いをぶつけた。

 

 

「話し合えば分かり合う事だってきっとできる! だって私達、同じ人間だよ!?」

 

 

 言い切った、自分の言いたい事、思っていた事を。

 しかしクリスは顔を俯かせたまま、小さな声で呟いた。

 

 

「おめぇらクセぇんだよ……」

 

「何だと? っかしいなぁ、風呂には入ってるんだが……」

 

 

 真面目に呟きを聞く響と斜め上の解釈をするフォーゼ。

 普段ならば誰かしらこういうフォーゼにツッコミが飛ぶのだが、どうにもフォーゼを除く2人ともそういう空気ではない。

 

 

「嘘くせぇ……青くせぇッ!!」

 

 

 俯いていた顔が前を向き、言葉は呟きから怒号へ変わる。

 表情は再び憤怒となり、クリスは話を聞いた上で怒りに支配されていた。

 信じる事など無縁で、友などおらず、人同士でも一切分かり合えない場所にいたからこそ。

 それを知らずにつらつらぬけぬけと抜かす2人を全く許せなくて。

 

 

「ぬぅっ!!」

 

 

 接近、左手で上段から殴りつけての回し蹴り。

 構えを解いていた響に不意打ち気味に放たれた攻撃。

 最初の拳こそ防御できたものの、その隙にがら空きの腹に向かって周り蹴りが放たれて響は木を薙ぎ倒して後方に跳んだ。

 さらに回し蹴りの後、一瞬で体勢を戻したクリスは跳ねるようにフォーゼに接近し、右手を突き出して一撃、さらに左手、脚なども使って連打をかける。

 響への攻撃で対応する時間があったフォーゼは展開したままのシールドモジュールでその攻撃を受け止める。

 NIRVANA GEDONほどではないが、流石は完全聖遺物、それでも十分に攻撃は重たい。

 連打を受け止めれば受け止める程シールドモジュールを支える左腕が痺れていくが、フォーゼは盾越しに必死に呼びかけた。

 

 

「青臭いが、嘘じゃねぇ! いや、青臭いから嘘じゃねぇんだよ!!」

 

「黙って聞いてりゃいい気になるなッ!!」

 

 

 渾身の回し蹴りを盾に受け、響ほどではないにしろあとずさるフォーゼ。

 地面には土が抉れるという形であとずさった後がくっきりと残されていた。

 怒りを乗せた一撃なのをフォーゼは確かに感じた。

 弦太朗は馬鹿だが人の感情の機微などには非常に聡い。

 最初は愛想笑いばかりしていた流星に対し『本当の意味で笑ってない』と出会った当初から看破していたのも弦太朗だ。

 そんな弦太朗、フォーゼが感じた怒りは何が起因となっているかまでは分からない。

 だけど、だからこそフォーゼは言葉も想いも通じると確信した。

 こんなに感情を乗せてくる奴と、話ができないわけがねぇ、と。

 

 

「俺は青臭い連中とダチになってきたが、その友情は嘘臭くはねぇ!

 俺達の言葉に嘘はねぇんだよッ!」

 

「黙れ、黙れよッ! 黙りやがれッ! 聞こえが良すぎて反吐がでるんだよッ!!」

 

 

 怒りに身を震わせるクリスだが、ネフシュタンの鎧の再生が見る見るうちに進んでいく。

 感じた痛みは鎧に食われていくあの感覚だ。

 このままネフシュタンを着ていればいずれ鎧に食われきってしまう。

 鎧に食われない方法は1つ、さっさとネフシュタンを解除する事。

 クリスは余計に怒りを覚えた。

 よりにもよって自分が嫌いな『アレ』をしなくてはならないのだから。

 例え偽りの力を鎧ってでも、それだけは使いたくなかった。

 

 

「ぶっ飛べ! アーマーパージだッ!!」

 

 

 叫びと共にネフシュタンの鎧が粉々となった。

 クリスの体からパージされた鎧の欠片は1つ1つが弾丸のように辺りに飛び散っていく。

 それそのものが攻撃であるかのように。

 飛び散る破片を響は両腕を交差させる事で、フォーゼはシールドモジュールで防ぎきる。

 破片飛ばしの威力は高いが、それだけでKOになるほど強烈でもなかった。

 しかしその直後に響いた『歌』は、響を驚愕させるのには十分な物だった。

 

 

「この歌は……ッ!?」

 

 

 クリスの声と思わしき歌。

 それは翼が天羽々斬を纏う時の、自分がガングニールを纏う時のそれによく似ていた。

 フォーゼはその歌を聞いた事は無いが、突如とした歌に驚いている様子だ。

 

 アーマーパージによる衝撃で巻き上げられた土煙が晴れた先にはクリスが立っていた。

 ただし、その姿はネフシュタンの鎧ではない。

 白銀のネフシュタンとは違い全身は赤を基調とした鎧で顔にバイザーもなく、あるのはヘッドギア。加えて下半身周りの装甲が厚く見える。

 胸には響と同じペンダント。

 歌で起動し、姿から垣間見える共通点からはっきりしている事が1つ。

 

 

「見せてやる……」

 

 

 クリスが纏ったそれは完全聖遺物ではなく、聖遺物である。

 そしてクリスはその聖遺物の適合者であるという事。

 

 

「『イチイバル』の力だ」

 

 

 

 

 

 

 

 フィルムロイドとの戦いは思いの外呆気なく終わった。

 途中で遅れてきたイエローバスターも助っ人に入るも、最初は見分けのつかない本物対偽物の戦いに戸惑っていたが、フィルムロイドはすぐさまイエローバスターの偽物も用意した。

 下手に仲間の援護に入って本物を攻撃したらまずいという事もあり、イエローバスターも偽物と分かり切っているもう1人の自分と戦いを開始する。

 それからしばらく戦闘を続けている中で、それは起こった。

 

 

「ハッ!」

 

 

 イエローバスターの跳び蹴りが偽イエローバスターに直撃。

 偽物は地面に転がり、本物は綺麗に着地して仮面の中で不服そうな表情になっていた。

 

 

「何これ、全然弱いじゃん。偽物は偽物ってことね!」

 

 

 そう口に出した瞬間、地面から立ち上がろうとしていた偽イエローバスターは徐々に体が消えて行ってしまった。

 突然の消滅にイエローバスター本人も少々戸惑っている様子だが、それを見ていたWの頭脳、フィリップは「成程」と冷静に状況を見た。

 

 

『翔太郎、もしかしたらこいつらは『偽物』と断じられると消滅するのかもしれないよ』

 

「ハァ? なんだそりゃ?」

 

 

 偽Wの左腕を締め上げながら話す2人。

 偽物を偽物と認めれば消えるという、気付いてしまえば呆気なさすぎる攻略法を語るフィリップに半信半疑と言った様子の翔太郎だが、物は試しと目の前の偽物で実践して見る事にした。

 

 

「この……偽物野郎ッ!」

 

 

 締め上げた左腕を一旦乱暴に離してやり、そう言いながら額に左手でデコピンを放ってやった。

 すると偽Wはデコピンの威力とは思えないくらいに大袈裟に跳んで地面に突っ伏し、そのまま消滅する。

 倒さなければ消えないと思っていたので、まさかの攻略法に唖然とするWの左側。

 

 

「マジで消えた……」

 

『蓋を開けてみれば呆気ない事だったね』

 

 

 その様子を見ていたレッドバスター、ブルーバスターも同じように適当に隙を作った後、その存在を否定して見れば偽物が消える。

 自分が映し出した全ての偽物が消されてフィルムロイドも慌てふためいていた。

 

 

「あー! もう、何すんだよー!」

 

 

 4人の戦士が並んでフィルムロイドに立ち塞がる。

 偽物の消失へのショックも早々に大ピンチなフィルムロイドは辺りを忙しなく確認し始めた。

 そうしてほんの数秒後、慌てた様子だったフィルムロイドの雰囲気は突如喜びに変わった。

 

 

「あ、来た~!」

 

 

 ピョンピョンと跳ねて戦士達とは違う明後日の方向を指差した。

 そちらを向いてみれば上空から落ちてくる50m程度の人型。

 フィルムロイドの特性を兼ね備えたタイプβのメガゾードだ。

 転送完了まで5分30秒あったはずだが、偽物との戦いで大分時間を取られたようだ。

 

 

「へへ、じゃあねぇ~!」

 

 

 メガゾードの出現に4人が気を取られた一瞬で、フィルムロイドはその場にフィルムと桜の花びらのような映像を残してその場から消えた。どうやら撤退したようだ。

 後を追おうと数歩踏み出すも、既に視界から消えてしまったそれを追うよりもメガゾード殲滅の方が優先されるべき事象であると判断したレッドバスターは歩を止め、モーフィンブレスで司令室に通信を行おうとする。

 

 そうしているうちにメガゾード、メタロイドの名に倣うなら『フィルムゾード』は行動を開始した。

 フィルムゾードはタイプβのドーム状の頭が割れ、そこから映写機が伸びているという風体だ。

 フィルムゾードはその映写機から空中に赤黒い光線を放った。

 すると、光線は何もない空中の一点に着弾し、そこを起点に光線はドーム状に広がっていく。

 最終的に光線で出来たドームは大きな黒い半球状となり、町の一区画をすっぽりと覆った。

 外からは黒い半球なだけで内部の様子は一切見えない。

 

 さらに言うとメガゾードが降り立った位置は彼等にとっても無関係な町ではなかった。

 メガゾードは基本的にメタロイド発生の地点から座標計算の誤差で3㎞ほど転送位置が前後する。

 エネトロン異常消費反応があった位置、つまりフィルムロイド発生の地点から3㎞離れた位置にあるのは、なんとあけぼの町。

 ジャマンガの脅威に脅かされているあのあけぼの町だ。

 そして今しがたドームの中に囚われたのはあけぼの町の一区画である。

 

 

「あけぼの町が……!」

 

 

 イエローバスターの不安の声。

 当然だ、あの中には民間人は元よりS.H.O.Tもあるのだから。

 幸いにも剣二は二課の病院、つまりはリディアンの病院に二課の計らいで入院しているからいいだろうが、S.H.O.Tや銃四郎達はあけぼの町にいる筈だ。

 

 

「司令官、バスターマシンを!」

 

 

 その様子を見つつ、イエローバスターと同じ不安が頭に過りつつもレッドバスターはあくまで冷静な声を保つ。

 何かを映写したであろう事はすぐに理解できたが、『何』を映写したのかが分からない。

 とはいえ黒い半球が町を覆うというのは一目瞭然に異常事態だ。

 メガゾードを潰せばそれも収まる筈だとバスターマシンの発進を要請する。

 が、司令室の応答よりも早く横槍の声が発進要請をかき消した。

 

 

「あー待て待て!」

 

 

 白いジャケットを着てサングラスをつけた外見20代、実年齢40代の男、陣マサトだ。

 後ろからはガシャガシャと機械的な音を立てて自分のペースで歩いてくるビート・J・スタッグもいる。

 マサトは4人の戦士の前に立ち、自分が彼等を静止させた理由を語る。

 

 

「今はやめとけ、あの中に入るのは無理だ」

 

「どういう事ですか?」

 

 

 レッドバスターの問いかけに対しての答えは衝撃的なものだった。

 

 

「あの中、亜空間になってる」

 

 

 亜空間。

 ヴァグラスの根城にして、ゴーバスターズが目指す最終地点。

 何よりもそこに転送研究センターが転送された事が全ての始まりなのだ。

 Wはともかくゴーバスターズの3人が過剰に驚くのも無理はない。

 心底驚いたという様子の3人にマサトはすぐに付け加えた説明を始める。

 

 

「いや勿論、本物の亜空間じゃない。さっきのメタロイド、写した映像を実体化させたろ?

 メガゾードはさらに大掛かりなことができるらしいんだな。偽物とはいえ、亜空間を作り出しちまった」

 

 

 掻い摘んで言えばフィルムゾードは疑似的な亜空間をあけぼの町の一角に作り出した、という事だ。

 マサトがバスターマシン発進を止めた理由はそれだ。

 

 

「お前達のバスターマシンじゃ、あの中はキツイってわけよ」

 

「亜空間ってのはバスターマシンって奴でも無理なのかよ?」

 

 

 その発言に疑問を呈したのはWの左側、翔太郎。

 確かに此処までの説明では亜空間にバスターマシンが突入できない理由が分からない。

 マサトは「ああ」と何故その疑問を持ったのかを理解し、亜空間についても軽い説明を始める。

 

 

「亜空間はとにかく全てが重すぎる。人間は動くどころか息をするのも苦しい。

 言ってみりゃゼリーの中みたいなもんで、バスターマシンでも動くにはすげぇパワーがいる」

 

「ゴーバスターオーでもですか?」

 

「ああ、駄目だ。BC-04とSJ-05も無理だし、この2つを合体させた『バスターヘラクレス』って機体もあるんだが、そいつでもな」

 

 

 レッドバスターの言葉を悩む事もなく一瞬で切り捨て、さらりと見せた事のない合体形態の話も出しているがそれでも無理だという。

 ならば、とイエローバスターは自分が知っている他の機体を挙げた。

 

 

「なら、ダンクーガは……?」

 

「無理。アレの出力も中々のもんだが、ゴーバスターオーと互角程度じゃあな」

 

 

 ゴーバスターオーが一瞬で『無理』と断じられるほどなのだから同じくらいの出力を持つダンクーガも無理なのは当然だ。

 本来ならゴーバスターオーよりも小型で小回りも効くのに互角の出力が出せるダンクーガが凄まじいのだが、今回必要なのは小型化でもなく小回りでもなく、単純な出力。

 マサトの言葉を鵜呑みにするなら今、例えダンクーガが助っ人に現れても対処は不可能であるという話になる。

 

 

『陣、確認する。今この場で対処は不可能なんだな?』

 

「ああ。今すぐ対処ってのはな」

 

 

 3人のモーフィンブレスを介して再度確認を取った黒木はそれを聞くと次の指示を迅速に判断した。

 対処できない事に手を拱くより、もう1つの事象を解決する方が優先だと。

 

 

『3人とも、ネフシュタンが出た事は知っているな? 一旦そちらの援護に回ってくれ』

 

「了解」

 

『左翔太郎君、フィリップ君も頼む』

 

「頼まれたぜ」

 

 

 新たなる特命に3人はきちりとした言葉を返し、翔太郎だけは少し気取った返答だった。

 ゴーバスターズの3人とWはネフシュタンの少女が暴れているとされる地点に急ぐ。

 マサトとJはその背中を見送るだけで追おうとはしない。

 4人を見送った後にモーフィンブラスターを取り出し、マサトは改めて司令室とコンタクトを取る事にした。

 

 

「黒リン。司令室に通してもらえるか?」

 

『何故だ』

 

「アレへの対処法がある」

 

 

 疑似亜空間を見ながら語るマサト。

 先程は「無い」と言っていたのにどういうわけだと黒木が聞き返せば、マサトはふざけるわけでもなく真面目に答えた。

 

 

「言ったろ? 『今すぐ』は無理だってな」

 

『ならば、時間があれば対処は可能なのか』

 

「ああ。つっても、マジで時間がかかる筈だ。今の内に進めておきたい」

 

 

 ほんの少し間が空いた。

 恐らくモーフィンブラスターの向こうで黒木がしばし悩んでいるのだろう。

 既に歓迎会の一件で二課の司令室に上がっているわけだし、特命部の司令室を跨がせるのには問題は無い。

 一体それがどんな対処方法なのか、それを思わず考えてしまっていた。

 とにもかくにもマサトとJを特命部に上げない理由はむしろ消失しているし、疑似とはいえ亜空間が現れた異常事態に四の五の言っている暇はない。

 

 

『分かった。特命部の司令室に来てくれ』

 

「お、漸く黒リンも俺を司令室に入れてくれる気になったか!」

 

『非常事態だからな』

 

「ははっ、了解了解」

 

 

 通信を切ったマサトは大きく一度伸びをした後、もう一度疑似亜空間を見つめた。

 

 

「さぁて、忙しく……」

 

「忙しくなりそうだな」

 

「だから被るなっつの!」

 

 

 わざわざマサトの目の前に立って台詞を取ったJの頭をぶっ叩く。

 そのまま乱暴にJを押しのけるマサトだった。

 

 

 

 

 

 イチイバルの起動が確認されたのはゴーバスターズの3人とWがフィルムロイドを退け、ネフシュタン出現地点に向かおうとしたのと同時刻程だった。

 二課司令室では新たなアウフヴァッヘン波形の確認と過去のデータ照合を行い、慌ただしい雰囲気になっていた。

 

 

「イチイバルだとォッ!?」

 

 

 弦十郎が叫ぶ。

 戦いの様子をモニターしていた二課のメンバー、特にイチイバルについて知る者はその聖遺物の出現に驚きを隠せない。

 

 第1号聖遺物である天羽々斬と第3号聖遺物であるガングニールの間に位置する、第2号聖遺物、イチイバル。

 

 それはかれこれ10年も前、特異災害対策機動部二課の前身である風鳴機関が二課として編成された時期に紛失したという経緯がある。

 単純なごたごたによる紛失という話から何らかの陰謀という話まで幅広く説はあったが、結局イチイバル発見には至らず今日に至っていた。

 敵勢力は2年前のライブで失われたネフシュタンの鎧だけでなくイチイバルまで保有していた事になる。

 

 しかし二課司令室でアストロスイッチカバンを用い、フォーゼをオペレートしていた賢吾達にはそれがなんなのか分からない。

 

 

「風鳴司令。イチイバルとは?」

 

「北欧神話に登場する狩猟の神、ウルが持っていたとされるイチイの木でできた弓の事だ」

 

 

 賢吾が言葉を聞いてすぐにレーダースイッチに通信を入れる。

 すると現場にいるフォーゼのレーダースイッチが鳴り、フォーゼはシールドスイッチをオフにしてレーダースイッチに付け替え、起動した。

 

 

『おう、何だ?』

 

「イチイバルは弓の聖遺物らしい。遠距離攻撃に気を付けろ!」

 

『ん、分かったぜ賢吾!』

 

 

 敵そのものは変わらずとも、装備が丸々変わったという事は敵の攻撃は一新されたと見るべきだろう。

 四角のソケットのスイッチが必要になる時以外は出来るだけオペレートを心掛けなくては、と賢吾は気合を入れ直した。

 仮面ライダー部の面々は二課司令室に賢吾を含め全員集合していた。

 二課の邪魔にならないように賢吾以外は後ろの方に待機しているだけであるが。

 

 

「弓かぁ……あんまりいい思い出、ないっスね」

 

 

 ふと呟いたJKの言葉に蘭とハル以外のライダー部メンバーが頷いた。

 弓と言われるとフォーゼが最後に戦ったゾディアーツ、かつての天高理事長こと我望光明、『サジタリウス・ゾディアーツ』を思い出す。

 サジタリウスは即ち射手座という意味で、その弓の威力は半端ではなかった。

 

 

「油断は禁物……!」

 

 

 現部長である友子の言葉。

 例え嘗てのサジタリウス・ゾディアーツ程でないにしても敵は未知の力を使ってきている。

 ダチになるにも苦労しそうだと賢吾は思いつつ、自分の思考が弦太朗に少し毒されているのに気が付いた。

 

 

 

 

 

 レーダーモジュールを左手に、フォーゼは響と共にクリスに相対する。

 クリスが身に纏った赤き鎧は弓の聖遺物。

 遠距離からの攻撃が主である事は勉強が苦手なフォーゼにだって簡単に理解できるし、その会話を横で聞いていた響も自分がクリスの相手をするには不利な事も分かっていた。

 

 響の武器はネフシュタンすら打ち破れるほどの拳である。

 ただ、絶唱級の威力とはいえどその身から放つ拳ではどうしたって間合いは自分の腕の長さに限定され、頑張っても瞬間的な間合いは自分の踏み込める領域までと言ったところだ。

 逆に懐に入りこめさせすれば間合いは一転して有利になるだろう。

 が、今の響とクリスは一定以上距離が離れている。

 響が踏み込もうとするよりもクリスの迎撃が早ければそこで終わりだ。

 

 

「歌わせたな……私に歌を歌わせたなッ!」

 

 

 最初に呟き、次に声を張り上げる。

 さながらこみ上げてくる怒りを段階的に言葉に乗せていくようであり、それだけ怒りが後に湧いてくるほどクリスは激怒していた。

 その言葉はイチイバルを纏う事そのものに怒りを表しているように見える。

 歌を口にした事に、そこまで追い詰めてきた事に怒りを剥き出しにしていた。

 

 

「教えてやる、あたしは歌が大ッ嫌いだッ!!」

 

「歌が、嫌い……?」

 

 

 シンフォギアを纏う為、そして戦う為には歌を歌い続ける必要がある。

 しかし原型をほぼ留めたままの完全聖遺物にその行為は必要なかったが故、クリスは歌を一切歌わずにいた。

 イチイバルは彼女にとっても奥の手だった。

 けれどそれはとっておきたいとっておきと言えるほど穏やかな物でも愉快な物でもない。

 響とフォーゼが口走った友情論、対話論への怒りと同じくらいにクリスはその身を震わせて、大嫌いと口走った歌を紡ぐ。

 

 

 ――――魔弓・イチイバル――――

 

 

 クリスの右腕に装着されているパーツが形状を変化させてクロスボウのような武器へと代わり、右手までスライドしてきたそれを手に握る。

 続けて構えて引き金を引けば、クロスボウと思わしき武器から赤いエネルギーの矢が5本程度同時に発射された。

 拡散したそれは響とフォーゼそれぞれどころか、その横に広がる地面まで対象となっている。

 下手に横に走り抜ければそれらに当たってしまうと瞬間的に判断し、フォーゼは左へ、響は右へそれぞれ駆ける。

 駆けると言っても直線に走るのではなく、三次元的にジグザグで走る事でそれらをやり過ごす。

 全段避け切った2人だが、放たれた矢は地面に着弾し爆発。

 爆撃にも近い程の迫力がある爆発は威力も馬鹿にならない事を物語っていった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 さらに間髪入れずにクリスは右へ避けた響に合わせるように右上方へ跳び、再び同じように5本の矢を放つ。

 響は矢を避け切る為のジグザグ走行の勢いがまだ抜けきっておらず、その矢の雨を掻い潜る為にはそのままの直進を余儀なくされた。

 ギリギリ5本の矢が降り注ぐ地点を駆け抜けきり、響の背後では地面に着弾した矢が爆発を起こす。

 が、次の瞬間に響は「しまった」、という思考に染まる。

 

 直進した先で待っていたのは空中から着地したクリス。

 今の一撃はわざとそのまま直進すれば躱せるように放ったのだ。

 確実に自分の目の前に来るように。

 上手い具合に誘導されてしまった響は目の前に突然現れたクリスに対処できず、その隙を見逃される事も無くハイキックが放たれる。

 

 

「ラアッ!!」

 

 

 蹴りは見事に響へクリーンヒット。

 今までは防御姿勢も取れていたが今回は胴体へモロに貰っていた。

 響が衝撃と勢いに少し離れた林まで飛ばされる中、空中で身動きの取れない相手を見てクリスは追い打ちをかけるように自らのアームドギアを変化させる。

 天羽々斬が細身の剣から大剣までを自由に扱えるように、弓の聖遺物であるイチイバルもまたその姿をある程度変えることができるのだ。

 クロスボウが瞬く間に変化すると同時に、クリスの変形していない左腕のパーツも同じように変形していく。

 変化しきった後にクリスの手に握られていたのは両手に2門ずつ、計4門ある3連ガトリング砲。

 

 

 ――――BILLION MAIDEN――――

 

 

 響に向かって容赦なくそいつをぶっ放し始める。

 クリスが響を優先的且つ迅速に狙うのは今回の事もそうだがデュランダルの件の事もあり、フォーゼに対して以上に怒りを覚えているからだった。

 自分よりも強い力を簡単に放って見せておいて、人と人とが話せば分かり合えるなどという詭弁を撒き散らす響を、今まで自分が見てきた惨状も知らないで軽々と口にする響がどうしても許せなくて。

 

 こいつらだけは、絶対に潰す。

 それは使命でも目的でもなく、純粋に感情だけを爆発させた怒りだった。

 

 自分の武器の威力を保つためにも歌を絶やす事無く、響を完膚なきまでに叩き潰そうとガトリングを全力で放ち続ける。

 蹴りを食らって吹っ飛んだ先にて倒れていた響は身の危険を察知し、急いでその場を離れた。

 ガトリングから発射される弾丸の勢いとその連射能力も凄まじい。

 脚に1門しか装備できないフォーゼに比べれば圧倒的な火力である。

 響単独を執拗に狙うまでの一連の動きは驚くほど素早く、はっきり言ってネフシュタンを纏っていた時よりも動きは速く、正確だった。

 何よりも広域に渡る殲滅力の高い攻撃が降り注ぐ中で響を援護に行く隙も中々無い。

 

 

「おい賢吾! 弓じゃなくてガトリングだろアレ!?」

 

『弓だけでなく飛び道具なら何でもいいのかもしれない。気を付けろ、弦太朗!』

 

「いや気を付けろつったって……ビームとかガトリングとか自由過ぎんだろ!?」

 

 

 そもそもの話、最初に撃ってきた攻撃だってクロスボウから放たれた矢ではあったが、あれは矢の形をしたエネルギー弾だし、今の攻撃は明確に弓矢という要素が見当たらない。

 純度100%のガトリングだ。

 弦を引いて矢を放つ、弓と言えばなそれを考えていたフォーゼにとって今の攻撃はちょっと予想外なのである。

 

 ガトリングは辺りの木々を容赦なく撃ち貫き、倒していく。

 その先にいる響を撃つために目の前にある全てを薙ぎ払っていた。

 随分と歌詞が殺伐とした歌を歌い続けながらクリスは一旦ガトリングを止め、腰部のアーマーを展開。

 展開されたアーマーの中には小型のミサイルと思わしき物がぎっしりと詰まっている。

 

 

「今度はミサイルかよ!?」

 

「お前もついでにぶっ飛びやがれェェッ!!」

 

 

 さらなる飛び道具の出現にマジでどんな飛び道具でもいいのかよ、と驚かざるを得ないフォーゼ。

 そんなフォーゼの声を聞いたクリスは響以外にも自分をムカつかせた輩は残ってるんだとフォーゼにも怒りを剥き出しにし、彼もミサイルのターゲットに加えた。

 左右の腰部アーマーから展開されたミサイルはクリスから見て左側がフォーゼに、右側が響を狙って放たれる。

 

 

 ――――MEGA DETH PARTY――――

 

「やっべぇ!」

 

『弦太朗!『26番』だ!!』

 

 

 レーダースイッチから賢吾の指示が飛び、咄嗟だったフォーゼは何も言わずに大急ぎでそれに従った。

 三角、つまり左脚に相当するソケットからドリルスイッチを引き抜いて指示された26番、『ホイールスイッチ』を装填。

 

 

 ――――WHEEL!――――

 

 

 スイッチは車のペダルのような物で、アクセルを踏み込む時のようにそのペダル型スイッチを押し込んだ。

 

 

 ――――WHEEL ON――――

 

 

 左脚に『ホイールモジュール』が装着された。

 車輪とモーターを備えた高速移動用のモジュール。

 要するに滅茶苦茶速く動ける片足操縦のセグウェイである。

 フォーゼはホイールモジュールの力で高速ターンした後、ミサイルから逃れるために急発進して林の中を逃げ回っていく。

 ホイールモジュールは車やバイクに引けを取らない程速く、小回りも非常によく効く。

 室内などの狭い所、今の林の中のような場所でも小さく、そして速く動けることが利点。

 ミサイルはホイールモジュールの速度と小回りについていけず、木や辺りの障害物にぶつかって全てがフォーゼとは関係なく爆発した。

 

 此処でホイールを選択した賢吾はキチンと考えた上でそれを選択していた。

 例えばシールドでは防げる面積が狭くてそこを抜けられればフォーゼへの直撃が飛ぶ。

 ガトリングなどで迎撃しようにも照準を定めている間にミサイルが着弾するのは目に見えていた。

 この場の最適解は『迅速に逃げる事』であり、それを一瞬で隙無く満たせるのはホイールだけだったのだ。

 ロケットなどは初動にワンテンポかかるがホイールは急発進にも対応している。

 

 さて、だが当然シールドはおろかホイールや飛行手段、迎撃手段を持たない響を助けなければいけない。

 フォーゼは逃げている時の勢いをそのままに響の方へホイールモジュールを急がせた。

 ミサイルを振り切る時にもなるべく響に近づくようにしていたのだが、それでも如何せん距離がある。

 元々クリスが響とフォーゼを分断したというのもあるが。

 

 

「ッ、響ィィィィィッ!!」

 

 

 林の中でミサイルから逃げる響を発見したフォーゼは必死に手を伸ばす。

 既に響の真後ろにはミサイルが迫っていた。

 もうすぐに着弾するであろうことが目に見えて分かるほどに。

 ホイールモジュールの加速でも、一瞬に追いつけというのは土台無理な話。

 そしてフォーゼの目の前で響に無慈悲にもミサイルが炸裂した。

 

 ――――ように見えた。

 

 爆発による煙が晴れる。

 木々を薙ぎ倒しながらミサイルやガトリングをぶっ放したお陰で辺りは広場のようになっていた。

 大荒れで一度にミサイルやらガトリングをぶっ放したせいか、消耗して息切れしているクリスは響が逃げ込んだ先を見やる。

 ミサイルの着弾による大爆発は遠目から見ても認識できるもので、まして発射した張本人であるクリスにとってはどんなに逃げ回ろうとその爆発は響がそこにいる何よりの証拠であった。

 だが、見えてきたのは倒れ伏す響ではない。

 

 

「盾……?」

 

 

 直線視界を阻んでいたのは銀の壁に青いラインが入った何か。

 それに自分のミサイルが阻まれた事は理解できた。

 だが、それが何なのか、誰が行った物なのかわからない。

 一瞬だけ「あのトンガリ頭か」とも考えたがそこまでの猶予があったのかは疑問だ。

 訝しげに『盾』を見つめるが、それが『盾』である事を否定する言葉が上方より放たれた。

 

 

「――――剣だッ!!」

 

 

 盾、否、剣。

 クリスが盾と形容し、声が剣と訂正した巨大な物の一番上。

 剣で言えば柄の先に位置する場所にその人物は、風鳴翼は立っていた。

 巨大な剣の向こうでは響が倒れつつも無傷で、ホイールモジュールを解除したフォーゼがその傍で心配そうに響を見つめている。

 

 凛と立つ翼の口が、天羽々斬から流れる曲を歌いあげていく。

 

 

 ――――絶刀・天羽々斬――――

 

 

 風鳴翼が、再び戦場へと舞い戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 場所は戦場からはやや離れた場所。

 爆発だけは視認できるが姿までは見えない、シンフォギア装者達とフォーゼが戦場を形成する公園の外れ。

 ディケイドへと既に変身している士が仮面の奥の耳に付けた通信機を介して二課へ通信を行った。

 通信の向こうの二課では翼の突然の戦線復帰に驚くような声が聞こえてくる。

 

 

「連れ出したのは俺だ」

 

『士さんが……?』

 

 

 あおいの驚く様な、意外そうに声を上げた。

 ディケイドは己が翼に言われた事を、そして自分が感じた事をそのまま口にする。

 

 

「アイツが大丈夫って言ったんだ。それにまあ、今のアイツなら変ないざこざも起こさないだろ」

 

 

 それは響と翼の会話を見聞きして、翼と話をしてみて士が得た確証。

 今の翼はかつての翼に非ず。

 今の彼女は自殺衝動などでは無い、失わない為に剣を握った防人なのだと。

 多少俺様な態度が混じる士ではあるがその言葉に嘘もなく、信頼を置いている弦十郎は頷いた。

 

 

『分かった。詳しい事は後で翼に聞くとしよう』

 

「ああ、そうしろ。……それより、マズイ事になってるぞ」

 

 

 モニターで見る限り、翼が増援に入った戦場は問題なさそうだし、メタロイドも撤退したという話だ。

 メガゾードによって発生した疑似亜空間の事は既に戦闘中の響とフォーゼ以外には伝わっており士も既知の筈だから、わざわざ「マズイ事になってるぞ」なんて言い方はしない。

 何の事か分からない弦十郎は「マズイ事?」と聞き返した。

 

 

「どうやら立花のシンフォギアを見た奴がいる。それも……」

 

 

 ディケイドはゆっくりと、少し離れた場所で呆然と立ち尽くす少女の姿を見た。

 

 

「立花の知り合いで、ウチの生徒だ」

 

 

 少女、小日向未来はまだ現状を受け入れられていないような顔で爆発する方向を見つめていた。

 

 士は翼をマシンディケイダーの後部に乗せて此処までやって来て、その最中に変身。

 ノイズが出ているかもしれない現場に入る前に変身し、安全を確保しておくための変身だ。

 現場に付くと翼は即座に歌を歌いあげて即座にマシンディケイダーより跳躍。

 響とフォーゼの元へと向かって行った。

 

 それを止める気は別になかったが、ディケイドはそれとは別に気を取られていた事があった。

 それが自身の教え子とも言える未来の存在。

 現着する際に翼共々「民間人がいる」と気づきはしたが、近づいてみれば響の友人である小日向未来。

 翼は未来と話した事は無く、リディアンの生徒の1人で民間人、としか思っていない。

 が、授業で顔を合わせているディケイドは別だ。

 ディケイドが援護に行かないのはこの場にいる未来にもしもの事があってはいけないから守る為でもあるのだが、それに加えて響の事を何処まで見てしまったのかを聞くためでもあった。

 

 

「おい、小日向」

 

「だ、誰、ですか? 何で私の……」

 

 

 声をかけてみれば怯えられてしまった。

 無理もない。人型とはいえ人間とは思えぬ異形が自分の名前を発して近づいて来れば誰だって一瞬怖くもなる。

 果たして正体を明かしていいものかとも思ったが、仮面ライダーは別に秘匿にするような事でも何でもない。

 それに響を見たとすれば、正体を隠すのは既に手遅れもいいところだ。

 大丈夫だろうと考えたディケイドはバックルを操作して自身の変身を解いた。

 マゼンタの異形が人へとなった瞬間、そしてその人が自分も良く知っている教師だったと理解した瞬間、未来の目は見開かれる。

 

 

「士、先生……?」

 

「……お前、何処まで見た?」

 

 

 未来の驚きを余所に士は冷静に尋ねた。

 けれど未来からすれば何を話していいのか分からない。

 何から話して、どう受け止めればいいのかも。

 

 

「何処まで……? え?」

 

「見たんだろ、立花が戦ってるところ」

 

「……士先生、知って……?」

 

「ああ」

 

 

 士には響が戦う姿を見た未来の衝撃がどれ程の物かは分からない。

 ただ、士の返事の後に続いた痛々しい沈黙が、未来の心が動揺しているのを示している気がした。

 沈黙の中、時折戦場から聞こえる爆音だけが響く。

 

 未来はどうしようもない感情に駆られていた。

 それは嘘をつかれていた事への怒りでもなく、響が戦っているという事実に対しての驚きでもなく、喜怒哀楽のどれというわけでもない。

 無力感とか虚無感とか、何処かそういう感情に近かった。

 そんなぐちゃぐちゃな思いが形になって、頬を伝う。

 自分でもわけのわからないまま、小日向未来は涙を流していた。




――――次回予告――――
分かり合いたいと伸ばした手に押し付けられた撃鉄は切り捨てられる。

誰も彼もに向かい風、それでも覚悟で抗い続けた。

別離が作り上げた覚悟の中、未だに痛む傷がある。

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