スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第40話 揃っていく力、求める力

 デュランダル移送任務から数日後の日曜日。

 響は未来と共に学校のグラウンドを走っていた。

 走り込んでいる理由は単純明快、『強くなりたい』からだった。

 

 今、彼女はデュランダルの一件で恐怖を覚えていた。

 制御できない事ではなく、躊躇いもなくネフシュタンの少女に振り抜いた事が、だ。

 翼とネフシュタンの少女が戦おうとした時に『同じ人間だから』という理由でその戦いを止めようとした彼女が、敵とはいえ人間に対して一切の迷いもなく力を解き放った。

 誰の目から見てもそれは異常事態であり、それを響本人もまた、感じていた。

 

 

(私が何時までも弱いばっかりに……)

 

 

 トラックを走る響、前方には未来がいる。

 未来は中学時代に陸上部に所属しており、走る事が好きで得意で尚且つ速い。

 戦闘の為に鍛えた響とて、『走る』という一点に置いては未来には敵わなかった。

 ところが今の響はそんな事を考えてはいない。

 ただただ、自分が不甲斐ないという事、強くなりたいという事だけを考えて一心不乱に走り続けていた。

 例え、最初に定めた周回を終えた未来がゴールで止まっても、構わずにずっと。

 

 

(私は、ゴールで終わっちゃダメなんだ。もっと遠くを目指さなきゃいけないんだ……ッ!)

 

 

 響は走る。

 周回を終えて尚も走り続ける響の背中を未来は心配そうに見つめていた。

 4月と少しくらいから響は『用事』が多くなった。

 それが何なのかは未来にも分からず、心配すらさせてもらえない。

 時折、無性に不安になるのだ。

 響が何処か、自分も知らぬ遠くへ行ってしまいそうな気がして。

 今まさに走り続け遠のいていく響を見て、未来は漠然とした不安を抱えていた。

 

 

 

 

 

 響と未来が走り込んでいるのと同じ日。

 銃四郎とヨーコは重傷を負った剣二のお見舞いに来ていた。

 剣二は現在、倒れていた現場から一番近かったリディアンの病院で入院している。

 本来ならばS.H.O.Tの医療施設などに入るものなのだが、組織の一時合併により他の組織の医療施設でも治療を簡単に受けられるようになった事や弦十郎の計らいもあり、こうして一番近い場所に搬送されたのだ。

 

 剣二はベッドの上で上半身を起こしている状態にある。

 体はサンダーキーによる火傷やジャークムーンに付けられた切り傷があったが、再起不能になるほどのものでもなく、順調に回復している。

 だが、その心はちっとも回復した様子は無い。

 銃四郎が見た剣二は生意気さこそ薄れずとも、気迫が無かった。

 ヨーコも心配そうな顔で剣二を見つめている。

 

 

「俺は強くなりたかったんだ。……どんな魔法でも」

 

「ああ。それが結果としてみんなを守れるなら、どんな力だって構わないさ」

 

 

 ベッドの横の椅子に腰かけた銃四郎は独り言にも似た剣二の言葉に返答する。

 キツく叱るような顔ではなく、大人として論すように。

 

 

「だけど、ジャークムーンを倒したいと思って舞い上がったな」

 

「アイツのせいだ……」

 

 

 確かにジャークムーンの挑発はあった。

 だが、それに乗ったのはリュウケンドーこと剣二である。

 剣二がジャークムーンをライバル視しているのは銃四郎も知っていた。

 彼があけぼの町や人々を守る事に躊躇いが無いのも知ってはいるが、ことジャークムーンの事になると話は別だ。

 頭に血が昇って、とにかくジャークムーンを倒そうとする。

 

 

「アイツは武士でも騎士でもない」

 

「……ライバルでもない」

 

 

 銃四郎の言葉に続けるように剣二が呟く。

 

 

「魔物だ、ただの」

 

 

 ジャークムーンは決して剣二が思い描く様な存在ではないと銃四郎は論した。

 卑怯な部分は他のジャマンガや組織と比べれば少なくはある。

 だが、相手の仲間の命をダシに危険なサンダーキーを使わせたその所業は武士や騎士などの精神とは違うように思える。

 何より、ジャークムーンはどれだけ正々堂々としていたにしても魔物である事に相違はない。

 負ければあけぼの町の危機、人類の危機なのだ。

 優先すべきはジャークムーンを倒す事ではなく、仲間や人命を守る事。

 例えそれがあけぼの町であろうとなかろうと銃四郎の考えは変わらなかった。

 

 ふと剣二は、モバイルモードのゲキリュウケンを銃四郎に見せた。

 

 

「こいつ、全然返事しなくってさ」

 

 

 銃四郎の脳裏に、先日S.H.O.T基地で天地と瀬戸山が話していた内容が甦る。

 

 

――――まさか、リュウケンドーが変身できなくなるとはな。

 

――――回復にどれくらいかかるかは、僕にも……。

 

 

 偶然聞いてしまっただけの端的な会話。

 だが、魔弾龍やマダンキーについて詳しい瀬戸山ですら分からないとなると、ゲキリュウケンがいつ目覚めてくれるのかは分からないだろう。

 それはつまり、その間はリュウケンドーに変身できない事を意味している。

 それがいつまで続くのか。

 答えあぐねている銃四郎に代わり、此処でヨーコが口を開く。

 

 

「剣二さん」

 

 

 剣二は暗い表情の中でヨーコの方を向いた。

 

 

「私、亜空間の中に閉じ込められた母さん達を絶対に助けたいって思ってる」

 

「…………」

 

「それに、私みたいな経験を二度と人にさせちゃいけないって」

 

 

 ヒロムとヨーコの両親を含む転送研究センターの面々は亜空間が発生した際に、亜空間に閉じ込められてしまった。

 ヒロムはヨーコとある約束、「必ず元に戻す」という約束を13年前にしている。

 その約束をヒロムもヨーコもよく覚えているしリュウジだってそうだ。

 ヴァグラスとの戦いは人の為であるのと同時に、自分の為でもある。

 自分の両親を助けたいという願いと、二度とその悲劇を繰り返してはいけないという決意。

 だから死に物狂いで戦える。

 

 

「剣二さんは何で戦ってるの?」

 

「俺は……」

 

「自分の為に戦うのって、普通だと思う。『誰かを守りたい』のだって自分の気持ちだもん」

 

 

 剣二は自分の思いを振り返ってみた。

 確かに剣二は自分の為に戦っていた。

 ただ、それが『誰かを守りたい』とか、そういう気持ちなのかは怪しい。

 勝ちたい、負けたくない。

 勝負事において普通の感情ではあるが、それを戦場に持ち込んでいた。

 そのせいで自分1人が突っ走り、今がその結果だ。

 

 

「私達、剣二さんが戻ってくるの、待ってるから」

 

 

 最後にヨーコは微笑んだ。

 その笑顔は純粋に仲間を信じているのだろうというのが伝わってくる。

 

 

「……少し休め」

 

 

 心身共に彼には休息が必要だと悟った銃四郎は告げた。

 剣二の内心も大分かき混ざっている事だろう。

 ジャークムーンに勝てず、仲間を危険に晒したという事実があり、相棒は返事をせず、リュウケンドーにも変身できない。

 だが、銃四郎もまた、心の何処かで信じていた。

 剣二が必ず戻ってくることを。

 

 

 

 

 

 さらに数日後、5月下旬。

 二課及び特命部及びS.H.O.Tの面々は新たな戦士を二課に招待する事となった。

 人数が多くて少々せまっ苦しいエレベーターの中にいた翔太郎達が最初に見たのは、赤い服を来てシルクハットを被ってステッキを持った愉快そうな大人だった。

 

 

「ようこそ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課兼、エネルギー管理局特命部兼、都市安全保安局所属S.H.……」

 

「長い」

 

 

 何故か正式名称を羅列する弦十郎の歓迎の台詞を士はピシャリと止めた。

 とぼけたように「おっと」とはにかむ弦十郎。

 一方で歓迎された翔太郎達は辺りをまじまじと見渡している。

 辺り一面の飾り付けに目を見張っているのだろう。

 飾り付けが凄いとかではなく、何で政府組織の本部でこんな飾り付けがしてあるんだよ、という方向性での見張り方だが。

 

 具体的に言うと上から吊るされたパネルには『熱烈歓迎! 左翔太郎さま、フィリップさま、仮面ライダー部の皆さま』と書かれており、辺りは折り紙を繋げた飾りやフラワーポムで彩られていた。

 さながら学園祭のような飾り付けである。

 尚、飾り付けは前線メンバー込みで、合同している3つの組織の面々が行った。

 士はあんまり手伝わなかったが。

 そんな二課の様相は士と響を歓迎した時のそれに非常に近く、弦十郎のノリも完全にその時と同じだ。

 

 弦十郎を除き他の面々は通常通りの服装だが朗らかな笑みを絶やさない。

 呆れかえっている士を含む一部を除き、だが。

 

 ちなみに招待された翔太郎、フィリップ、仮面ライダー部の面々はこれまた士と響よろしく、手錠をされて此処まで来た。

 民間からの協力者故の処置とはいえ呼んでおいてその扱いはあんまりではないのか。

 とりあえず目的の場所に付いたら責任者に文句を言ってやろうと思っていた翔太郎の気も、目の前の光景を見た瞬間に失せてしまった。

 

 

「思ってたのと違ぇ……」

 

「だろうな」

 

 

 士も最初は全く同じ感想を抱いたものである。

 士の隣に立っている響も顔を全力で上下させている辺り、同じ見解のようだ。

 

 

「うおぉ! なんっか賑やかだなぁ!!」

 

 

 弦太朗の方は特に疑問も抱かずにはしゃいでいた。

 普通の人間ならこの場に入る事は出来ず、政府の機密が詰まった場所だというのに。

 さらに言えば翔太郎の相棒ことフィリップも目を輝かせていた。

 

 

「興味深い事が山ほど転がってそうだ! これは検索のし甲斐があるよ、翔太郎!!」

 

「あー分かった。頼むから後にしてくれフィリップ」

 

 

 手錠をかけられている事も忘れているのか今にも本棚に籠ってしまいそうなフィリップを静止しながら翔太郎は溜息を吐く。

 こういう場にフィリップを連れてくると大体こういう事になるのは分かっていた。

 とはいえ『仮面ライダーWは一応『両方』とも来い』と士を通して言われてしまった以上、連れてこないわけにもいかなかったわけだ。

 

 

「失礼をお詫びいたします。此処まで来れば、もう手錠は大丈夫ですよ」

 

 

 慎次は周りの黒服を見渡して頷くと、意をくみ取った黒服達が一斉に動き、翔太郎とフィリップ、仮面ライダー部の面々の手錠を外しにかかった。

 漸く自由になった手をぶらぶらと振る手錠をされていた一同を見渡した後、了子が非常に明るい声と共に手に持った紙コップを掲げた。

 

 

「それじゃあ、歓迎会と行きましょう!」

 

 

 新人との顔合わせを名目にした歓迎会が始まった。

 

 

 

 

 

 現部隊メンバーがこの場には、翼を除いた二課のメンバー全員、ゴーバスターズの3人と相棒のバディロイド達、銃四郎、特命部とS.H.O.T代表として出向いた黒木と天地、ついでにデュランダル移送任務では姿を見せなかったマサトとJがいる。

 かれこれ30分ほど費やして、誰が何に変身し、何処に所属しているかを一通り自己紹介し終わった。

 仮面ライダー部が何なのかもキチンと話したし、ヒロムがずっと疑問だったWの特異性についても皆に伝わる様に話してある。

 

 さて、そんなわけで此処から先は各自の仲を深める為の交流会のような雰囲気になった。

 その空気の中で漸く黒木は、ずっと言いたかった事を口にした。

 

 

「……で、何故陣が此処にいる……」

 

「まあまあ、硬い事言うなよ。天ちゃんもそう思うよな?」

 

「そうそう。こういう時に堅苦しい事は良くないですぞ、黒木司令」

 

 

 戦場には出向かずこんな時にだけ出てきたマサトに苦言を呈する黒木だが、マサトは天地と肩を組んで徒党を組んでその言葉を否定しにかかった。

 似たようなノリを持つ者同士波長が合うのか、いつの間にか仲良くなっていたらしい。

 ついには『天ちゃん』なる渾名まで付けられている辺りよっぽどである。

 マサトは肩を組んだ右手を天地越しにヒラヒラと振った。

 

 

「それにさ、前の戦いもヤバくなったら出るつもりだったんだぜ?

 でもまあ、ヒロム達が結構やるようになってたからな。いいかな~って」

 

「うっわ、本当に適当な理由!」

 

 

 ヘラヘラと笑うマサトに呆れかえるヨーコ。

 とはいえ、発言から察するに現場にはいたらしい。

 だったら助けろよと言いたいところではあるのだが、誰1人命を落とすことなく終われたのは事実だから、今さら何だかんだというつもりもないが。

 

 

「元々、陣さんはまだ正式なメンバーじゃない。当てにしてないですよ」

 

「うおっ、超ストレート! 流石に傷つくぜ~? ヒロムぅ」

 

 

 冷静に語るヒロムの言う通り、マサトはアバターという特殊な存在である事や、亜空間から帰って来た事云々などがあまりにも急すぎたために特命部への立ち入りを許可されていない。

 いや、入る分には問題ないのだが、まだ部隊の一員としてカウントされていないのだ。

 今回二課本部に入る事が出来たのは弦十郎の大らかな対応故である。

 

 

「今回は新メンバーとの顔合わせでもあるからな。

 こういう時は全員集合していた方が良いだろう?」

 

 

 ステッキを軽く振って、先端を3本の造花に変える。

 所謂マジックとか宴会用の小道具のそれだ。

 大らかなのは良い事なのだが、こういう時の弦十郎はやけに楽しそうである。

 

 

「さっすが弦ちゃん、話せるねぇ」

 

 

 笑顔を絶やさないマサト。

 と、その弦十郎へ向けた渾名に反応する者がいた。

 

 

「うおっ、呼んだっスか?」

 

 

 リーゼントが特徴的な如月弦太朗だ。

 例え政府組織の人間と顔合わせと知っていても自らのスタンスを崩さず彼らしく行くその様は流石と言うべきだろう。

 尚、横にはユウキと賢吾もいる。

 弦十郎に呼びかけた筈の渾名に弦太朗が反応した事でマサトは小首を傾げた。

 

 

「いや? 俺が呼んだのは弦ちゃん……」

 

「あー! 弦十郎さんも、弦ちゃん!!」

 

 

 弦太朗の横にいたユウキが大袈裟に弦十郎と弦太朗を何度も見比べる。

 共に『弦』から始まる名前のせいか渾名まで似通っている2人。

 見た目も性格もまるで違うが、ちょっとした共通点である。

 

 

「これだけ人がいるんだ。似た名前もいるだろうさ」

 

 

 この場にいる人間は10人とか20人のレベルではないし、この場にはいない特命部やS.H.O.Tの後方のサポートメンバーまで含めればかなりの大人数だろう。

 賢吾の言う事にも一理あり、この中で名前が一切被らないという事も有り得ないだろう。

 例えば『弦太朗』と『翔太郎』なんかも字は違うが後半漢字2文字は読みが同じである。

 

 

「つーかさっきから思ってたけど、お前の髪型すげぇな」

 

「俺のシンボルみたいなもんッス!」

 

 

 マサトは子供の頃にテレビの中で見た不良を思い出した。

 彼は見た目こそ20代だが実年齢は40代である。

 そんな彼が不良を思い浮かべる時、思い浮かぶのは『金髪で~』とかではなく『リーゼント』やら『サングラス』なのである。

 

 

「俺達の時代の不良って感じだよなぁ、天ちゃん」

 

「そうですなぁ」

 

 

 1つのジェネレーションギャップのようなものか。

 肩を組んだまま、しみじみと時代の流れを感じるマサトと天地。

 そこに、その2人の前に突然立ち塞がる影が現れた。

 影は2人の前に背を向けて立ち塞がった直後に振り返り、何やら空の缶を突きつけてきた。

 

 

『陣、此処はエネトロンが沢山ある。良い所だ』

 

「そりゃお前らバディロイドの為なんだから当然だろ」

 

 

 陣のバディロイドこと、ビート・J・スタッグだ。

 Jは空の缶をマサトに勝手に持たせると、再び別の机にずんずんと向かって行き、その机にあるエネトロンの入った『エネトロン缶』を開けて飲んでいた。

 そして飲み干すと次の缶に手を伸ばすという事を繰り返し、最終的には机の上にあるエネトロン缶を全滅させ、次の机に向かう。

 

 バディロイドもエネトロンで動いており、意思を持つバディロイドにとってのエネトロンとは、つまりは食事と同じなのだ。

 道中、ニックが「お前飲みすぎだろ!」とツッコミを入れてきたが我が道を突き進むJは振り向き「問題ない」とだけ答えて再び飲み漁るという事を繰り返していた。

 

 そのエネトロン缶を次々と空にしていく傍若無人なバディロイドと思えぬバディロイドを見て、黒木はマサトに言った。

 

 

「ダメなところが面白いというのがお前の心情だったが……。あれはどうなんだ?」

 

「いや、俺もプログラムしてねぇはずなんだがな、あの俺様主義……」

 

 

 自分の道しか見えていない、正しく『俺様』なJの行動には流石のマサトも困惑しているらしかった。

 

 

 

 

 

 一方、ヨーコは弦太朗を見てお礼を言っていない事を思い出していた。

 

 

「あ、そうだ弦太郎さん! あの時はありがとう!」

 

「え? ……ああ、爆発ん時か!」

 

「うん、あの時は私も不動さんも剣二さんも危なかったから……」

 

 

 デュランダルによる爆発は工場地帯で戦っていた剣二達にも当然影響があった。

 ともすれば爆発に巻き込まれかねなかっただろう。

 しかも剣二はサンダーキーの暴走で満身創痍、銃四郎とヨーコも動けない状態にあった。

 そこを爆発の寸前に助けたのがフォーゼこと弦太朗だったのだ。

 彼がいなければ爆発の位置関係上3人とも重傷は免れなかったはずである。

 こうしてピンピンしていられるのは弦太朗のお陰なのだ。

 さらにそれに加え、リュウジも弦太朗に頭を下げた。

 

 

「俺も、熱暴走を止めてくれてありがとう。結局まともにお礼も言えてなかったから」

 

 

 力は強くなっても仲間にまで被害を出す恐れのある代物、それが熱暴走だ。

 ヨーコ達の命だけでなく、それを止めてくれて、尚且つ安全なヘリにまで運んでくれた弦太朗には感謝してもしきれない。

 命の恩人とも言える彼にお礼を言うのは当然の心境だった。

 だけど弦太朗は明るく笑って返す。

 

 

「気にすんな! ダチを助けんのは当然だ!」

 

 

 出会って何日も経っていない、前線で出会った時には数十分も経っていない相手を『ダチ』と言い切る彼の笑顔は眩しい。

 その一言だけでも彼の人となりが分かるというもの。

 ヨーコとリュウジも弦太朗につられるように笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、マジですげぇ組織に参加してたんだなお前」

 

「まあな。色々あった」

 

 

 歓迎会という事で出されている料理を小皿に盛って箸を進めつつ、料理が置かれているテーブルの前で士と翔太郎は話していた。

 ついでに響も同席している。

 翔太郎の相方であるフィリップは少し離れた場所で「キーワードは……」とか言っていた。

 十中八九、先程の自己紹介で得たキーワードを元に気になる事を調べ上げるつもりなのであろう。

 こうなった彼はテコでも動かないので、翔太郎はちらりとフィリップを見て溜息をついた後、早々に検索を止めるのは無理だと悟って諦めた。

 

 だが、一応『人のプライバシーは覗くな』とだけは念を押してある。

 下手をすれば人の過去の傷を抉りかねないし、女性のスリーサイズや体重のようにデリケートな部分をフィリップが閲覧なんかした日には、いよいよ持って女性陣の手にかかりフィリップが消滅して、Wではなく仮面ライダージョーカーとして戦わなければならなくなる。

 翔太郎と出会った初期のフィリップなら構わず見ようとするだろうが、今は人間的な成長も遂げているため、聞きわけは非常に良かった。

 

 

「理解しているよ、翔太郎。今の僕はそこまで無粋じゃない」

 

 

 家族を失った照井竜という仲間がいた為か、それに本人にも触れられたくない過去があるからか、そういった部分にも気が回るようになっていたようだ。

 

 

「士先生って、翔太郎さんとは仲が良いんですか?」

 

 

 ふと思った素朴な疑問を口にする響。

 翔太郎とフィリップをこの部隊に誘ったのは他でもない士。

 それに2人が話している感じが、先程から最近会った仲に響には見えなかった。

 ある程度気心の知れた仲間とでも言ったくらいの。

 

 

「どうだがな。お前と一緒に戦うのはこれで……四度目くらいか」

 

「最初と2回目と、この前の風都での大ショッカーを入れればそんくらいだな。

 ……なあ響ちゃん、何で仲が良さそうと思ったんだ?」

 

「うーん……何か、気軽に話せてるなぁって」

 

 

 響は2人が『気楽に話せる友人同士』のようだと感じていた。

 翔太郎に対して弦太朗、ついでにライダー部のメンバーは少し崩しつつも常に敬語だ。

 対して士には、お互いにタメ口で話しながら軽口を叩きあう事もしばしば見受けられた。

 響の言葉で翔太郎もふと考えると、思い当たる節があったようだ。

 

 

「あー……俺が会った事のある他のライダーって、風都にいる奴以外は大体後輩だな。だからか」

 

「どういう意味だ」

 

「お前が……なんつーの? 同期みたいって感じなんだよ。少なくとも先輩後輩って感じはしねぇ」

 

 

 翔太郎が知り合ったライダーの中でも特に関わりが深いのはアクセルこと竜を除けばオーズ、火野映司とフォーゼ、如月弦太朗だろう。

 ただ、この2人は翔太郎から見て完全に『後輩』であり、当の2人もそれを自覚して翔太郎とフィリップを『先輩』として見ている。

 

 だが士は初めて会った時から特にどちらが敬語を使うでもなく、何となく普通に、気軽に話していた。

 それがまるで同期のように感じられたのだろう。

 先輩後輩の繋がりもまた、絆の形の1つである。

 だが、同期との繋がりの方がどうしても深くなるのは関わった年数もあるが、それ以上にどれだけ接しやすいかという面もあるだろう。

 

 別に映司や弦太朗が接しにくいわけではなく、先輩という立場が翔太郎にはあるが、士に対しては一切そういうものが無い。

 部活などでも先輩後輩と話す時と同期と話す時とでは心持ちも自然と違ってくる、それに近いものを翔太郎は感じていたのだ。

 

 響も『同期』という言葉がしっくり来たようで納得したように「ああ」と声を出した。

 翔太郎と弦太朗のやり取りを『翼と自分』、翔太郎と士のやり取りを『未来と自分』に当てはめると何となく言っている意味が分かった。

 2人の会話の感じは、同年代の人に接する時の、一切の気を使わなくても良いそれなのだ。

 

 

「知るか」

 

 

 ただ、士は特にそういう意識をしていないのかバッサリと切り捨てるのだが。

 勿論仲間意識はあるのだが。

 素っ気の無い返事にやれやれと手を振っていた翔太郎は「そういえば」と思い出したように響に聞き返した。

 

 

「ところで、さっき『士先生』って呼んでたよな? 何でだ?」

 

 

 Wとしてレッドバスターとディケイドの元へ助っ人に入った時も、まるで士が先生であるかのような言葉をレッドバスターが口にしていたのを思い出しながら尋ねる。

 そして返ってきた答えは、予想こそできても驚くのは回避不可能な答えだった。

 

 

「士先生は士先生ですよ。リディアンの先生です!」

 

「そういう事だ。俺はこの世界じゃ教師って事になってる」

 

「へぇ……。って何だとォ!?」

 

 

 インパクトは思っていたよりも強烈だった。

 確かに、今までの言葉から『士が教師である』と推察する事は全く難しくはない。

 だが士に『教師』のイメージがまるで無かった翔太郎からすれば驚愕する他ない。

 

 この部隊の説明を受けた時、翔太郎達は当然『風鳴翼がこの部隊のメンバー』という事も聞いていた。

 その時も翔太郎は大層驚いたものだ。

 ツヴァイウイング時代からのファンだったアーティストが自分と同じで戦場に立っている者だとは考えもしなかった。

 ついでに亡くなった天羽奏の事も聞いて驚き、そして今の『士は教師』発言。

 今日はつくづく驚いてばかりだと翔太郎は自分で思う。

 これ以上、今日は何が起きても驚かないであろうとさえ思えた。

 

 

「はぁ……この部隊はトンデモビックリな事ばっかだな。

 ノイズを一方的に倒す武器だとか、ゴーバスターズだとか魔弾戦士だとか」

 

「そうですよねぇ。私も最初は驚きました」

 

「待て。俺が教師なのは、それと同じ括りの驚きなのか?」

 

 

 そんな他愛のない会話を続けつつ、交流会は進んでいく。

 

 将来の夢が教師である弦太朗が士に「教師でライダー!? すげぇ、俺の目標だぜ!!」と言って色々と尋ね、士が非常に鬱陶しそうにしていた。

 

 天地がボケ倒して「黒木司令とも弦十郎司令ともタイプが違う……」とヒロムが心底興味深そうなのを見て、銃四郎が「お前んとこの司令と交換しないか」なんて結構酷い事を口走っていた。無論冗談である。

 

 賢吾は朔也やあおい達オペレーター陣と仲良く談笑し、裏方の大変さ、サポートの重要さを話し合っていた。

 

 情報収集を得意とするJKが情報の集め方をプロである二課スタッフに尋ねていたりもしていた。

 

 バディロイドであるJは、バディロイドの為に用意されていたエネトロン缶に入ったエネトロンを未だ飲み漁っていた。

 

 弦十郎、黒木、天地が部隊の今後を話し合うという真面目な話し合いも見受けられた。

 

 各員がそれぞれに交流を深めていく中で、翔太郎はふと口にする。

 

 

「そういえば、映司はどうしてんだろうな」

 

「流星があったって言ってましたけど……」

 

 

 翔太郎と弦太朗の会話。

 そこに、映司という名を聞いて首を突っ込んだのは士だった。

 

 

「映司……もしかして、仮面ライダーオーズか?」

 

 

 士は別の世界で火野映司ことオーズを見た事がある。

 それは弦太朗やゴーバスターズと同じく、その世界で顔と名前を記憶した、程度のものだが。

 だが『映司』という人物について話しているのは仮面ライダーの2人なのだからその可能性は高いだろうと口を挟んだわけだが、その予想は的中していた。

 

 

「ああ、話じゃフランスで照井や朔田って奴と一緒にいたらしいんだけどよ」

 

 

 映司は世界中を飛び回っている旅人である。

 故に、今どこにいるのかも分からない。

 連絡を取ること自体は出来るのだが、果たしてそう簡単に帰国したりできるものなのか。

 海外で大ショッカーが現れている件もあるし、そっちの方で頑張っているという可能性もある。

 

 

「その流星も、インターポールの仕事で忙しくてしばらくこっちに来れないって言ってたッス」

 

 

 流星はインターポールでの仕事もあるのだから仕方が無いと弦太朗も理解している。

 ちなみに竜には風都の刑事としての仕事や、ガイアメモリ犯罪が起こった時の為に残っていてもらっているという現状があるので、この組織に加わる事はしばらくないだろう。

 勿論、協力を仰ぐことはあるかもしれないが。

 

 

「戦力は多い方がいいだろ。敵も多いしな」

 

 

 士の言葉に翔太郎と弦太朗も頷いた。

 この部隊は確かに数々の組織が合併し、その上で複数の戦士がいるという結構な部隊である。

 が、それに比例するように敵対する組織は数多い。

 ヴァグラス、ジャマンガ、ノイズを操る存在、大ショッカー。

 翔太郎と弦太朗が戦った事のある財団Xも場合によっては戦う事になるだろう。

 

 

「なら、そのうち映司には連絡とらねぇとな」

 

 

 翔太郎はニッと笑みを浮かべる。

 新たな戦士が加わる事も、そう遠くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの少女こと、雪音クリスは湖畔で1人、湖を見つめていた。

 湖がクリスの険しい表情を写しだしている。

 彼女は非常に苛立っていた。

 デュランダルを取り逃した事でもなく、響を連れ帰れなかった事でもなく、事実上の敗北を喫した事でもない。

 いや、むしろその全てが1つの苛立ちの原因に行きついていると言った方が良いか。

 

 クリスは右手に持つ、出撃の際に持って行くノイズを操る杖を見た。

 この杖の名は『ソロモンの杖』。

 ネフシュタンの鎧、デュランダルと同様に完全聖遺物の1つである。

 これが既に起動状態にあるのはクリスが起動させたからに他ならない。

 ソロモンの杖にクリスは半年かけたとはいえ、起動させるほどのフォニックゲインを生み出せる。

 だが、むしろその事実がクリスを余計に苛立たせていた。

 

 

(アタシが半年かけた完全聖遺物の起動を、アイツはあっという間に成し遂げた。

 そればかりか、無理矢理力をぶっ放して見せやがった……ッ!!)

 

 

 化物め、とクリスは歯噛みする。

 彼女のフォニックゲインは普通であれば目を見張るほどのものだ。

 時間をかけたとはいえ完全聖遺物の起動を単独でやってのけるのは並大抵の事ではない。

 しかし、立花響という少女は僅か数ヶ月の間にそれをこなして見せた。

 戦闘能力だけではなく、『歌』に関しても彼女は急激な進化を果たしている事は明白だ。

 その成長速度は驚異的を通り越して異常にすら見える。

 

 

(だからフィーネは、アイツにご執心というわけか……)

 

 

 あの素人を連れ帰れと言う命令に疑問があったクリスだが、漸くその謎が解けた。

 フィーネは気付いていたのだ、立花響の潜在能力に。

 だから攫う様に命令した。

 自惚れるわけではないが、クリスは自分にある程度の資質があると自覚している。

 故にフィーネは自分に目をかけ、共に居られるのだと。

 だが、それ以上の資質を持つ立花響の登場はクリスに焦りを、劣等感を抱かせていた。

 

 

(そしてまた……アタシは一人ぼっちになるわけだ……)

 

 

 クリスの脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。

 両親の死を皮切りに戦争に巻き込まれた。

 拉致、人身売買などの非人道的な扱いを受け続け、幼き頃のクリスは過酷な時代を生きていた。

 悲惨、凄惨、正常な人間と法であれば『罪』と言われるそれも、戦争の渦中でそれらは全て正当化された。

 醜い大人の為に何もわからぬ子供が虐げられるそれを止められるものなど誰1人いなかったのだ。

 いや、それを間違った事だと思う大人すら1人もいなかった。

 

 故にクリスは1人だった。

 同じ境遇の子供など頼れはしないし、友人になったとしても次の日にはどちらかが死んでいるかもしれない。

 そもそも友人を作ろうなどという気概も無ければ、口を利く気力など微塵も起きない。

 戦争に巻き込まれた事で両親を殺されたその瞬間から、クリスは孤独の中で生きてきた。

 

 此処で勘違いしてはいけない事が1つ。

 彼女は決して孤独に慣れてはおらず、むしろ人肌恋しいとすら思うほどだ。

 強がり、粋がり、強情な姿勢を見せるが、その実はフィーネに依存している。

 フィーネに拾われて漸く彼女は1人ではなくなった。

 

 クリスの背後、やや離れた場所に黒服の美女が立った。

 喪服にも似たそれを着て、服と同じく漆黒の帽子を被り、対照的な金髪が風に揺れた。

 黒服の美女、フィーネの気配を感じて振り向いたクリスはソロモンの杖をフィーネに放った。

 

 

「そんなものに頼らなくとも、アンタの言うことぐらいやってやらぁ……」

 

 

 拳を強く握りしめ、彼女はフィーネに宣言した。

 

 

「アイツよりもアタシの方が優秀だったことを見せつけ、アタシ以外に力を持つ者は全てぶちのめしてくれるッ!!」

 

 

 それが戦争を誰よりも憎む彼女の目的。

 世界中から戦争の根源足る『力』を根こそぎ奪い去る。

 フィーネに拾われ、自らの夢を語ったクリスがフィーネの言葉を信じて始めた事だった。

 クリスはずかずかと大股で湖畔を去っていった。

 出撃というわけでもなく、イラついている自分を何処かでぶつけてくるのだろうか。

 クリスが普段住まう部屋にでも戻って大荒れしてくるか、もしくは次の出撃に備えて休むか。

 そこまで気にはしないフィーネがソロモンの杖をちらりと見つめた。

 

 

「デュランダルは奪えずじまいに終わりましたね。

 我々もかもしれませんが、彼女にも問題があるのでは?」

 

 

 何処からか、男が唐突な声と共に歩いてきた。

 声の主はヴァグラスのアバターであるエンター。

 クリスが去っていく方を見ながら語る言葉は嘲笑、あるいは呆れのような物が混じっている。

 

 

「そうかもしれないわね。でもいいの、それ以上にデュランダルが起動したという事は収穫だわ」

 

「ほう? それが例え敵の手の内にあっても、ですか?」

 

「ええ。何の問題もない」

 

 

 一切の迷いも思考もなく、無問題と言ってのけるその自信は何処から来ているのか。

 その自信の理由を辿れば彼女の正体と目的も分かるのかもしれないが、エンターはそれをしない。

 したところで勘付かれるのがオチだろうし、結局は分からないで終わって徒労で終わるだろう。

 

 フィーネという人物は決して馬鹿ではなく聡い人物だ。

 しかしながら、エンターからすれば接しやすい人物ではあった。

 メタロイドは個性が強く、大方は知能が低い。

 マジェスティことメサイアも短気で粗暴な言動が目立ち、それがエンターの作戦の足枷になる事すらある。

 以前に4体のメガゾードを一気に出現させた事や、今回のフィーネや大ショッカー、ヴァグラスとの接触もメサイアに進言して怒鳴られつつも何とか説得したというものだ。

 全然納得していない様子だった事を今でも覚えている。

 そんな知能の低い部下と上司を持っているためか、対等な立場で聡明なフィーネはエンターとしては話しやすい部類にいた。

 人間で言えば、胃が痛まない相手、とでも表現しようか。

 

 

「貴女の目的は知りませんが、マドモアゼル・クリスと貴女の目的は、合致していないのではありませんか?」

 

「どうかしらね、意外と似ているところもあるかもしれないわよ」

 

 

 思わせぶりな発言にエンターは少し興味を示した。

 てっきり、キッパリと否定するか逆に肯定するかだと思っていたのだが。

 とはいえ単に惑わせるために言っているだけかもしれない以上、この場で深く考えるのは時間の無駄だと判断したエンターは「そうですか」とだけ相槌を打った。

 

 

「貴女も中々芝居の上手い人ですね。何処まで本気かわからない」

 

「どうしてそう思う?」

 

「失礼ながら何処かの誰かとの電話でのやり取りを聞いてしまいましたからね」

 

 

 フィーネがデュランダル強奪に関してヴァグラスに助力を仰ぎ、エンターが詳しく話を聞きにこの場所に来た日。

 エンターは電話越しに誰かと話すフィーネの声を聞いていた。

 内容は英語で『ソロモンの杖はまだ起動していない』という報告だった。

 勿論、ソロモンの杖など当の昔に起動しており、フィーネはそれを何食わぬ顔で秘匿しているという事になる。

 

 

「ソロモンの杖でしたか。会話を聞いた限り、それは誰かから賜ったもののようですね?」

 

「ああ、あの話か。あれは米国政府よ。……野蛮で下劣な、生まれた国の品格そのままで辟易したの。

 そんな連中に『これ』が起動していると事を教える道理は無いわ」

 

 

 フィーネはソロモンの杖を軽く振って、にたりと笑う。

 

 

「オーララ。借りたまま自分の物にしたのですか? 何とも豪快ですねぇ」

 

「そうかしら? ……その点貴方はマシね、品もあって知能も高い」

 

「おや、これはメルシィ。マドモアゼルに気に入られて嬉しい限りですよ」

 

「その人を食ったようなところさえなければね」

 

 

 米国政府を相手にしているよりは気が楽、というか対等に話せるだけマシという事らしい。

 エンターの演技がかったいちいちの行動や口調に溜息をつきつつ、フィーネはこの場にエンターが現れた理由を問うた。

 

 

「それで? 今日は何の用かしら」

 

「ああ、デュランダルを手に入らなかった事で何か不都合があるのかと思いまして。

 一応、今は同志ですからね」

 

 

 様子を見に来た程度の事らしかったエンターはそれだけ言うと「オルヴォワール」と言い残してデータとなって消え、何処かへと去っていった。

 ちなみに、今のフランス語の意味は「さようなら」である。

 

 

「……一応、ね」

 

 

 同志という言葉の前に置かれた言葉をフィーネも反芻し、「尤もだ」と呟く。

 ヴァグラスもジャマンガも大ショッカーもいずれ敵対するかもしれない組織。

 協力関係こそあれど、信用や信頼と言ったものは介在していない間柄なのだ。

 

 

 

 

 

 風鳴翼という人間は天羽奏を喪ったその日から、防人としての己を磨き続けてきた。

 本来の彼女は非常に後ろ向きな人間であったと言える。

 聖遺物が起動できるという事を始め、『風鳴』という特殊な家の出である事など、生まれが少々特殊な事と、その境遇を悲観的に捉えていた事などからそれが伺える。

 だが、天羽奏との出会いでそれが変わり、奏に支えられながらも前向きに生きてきた。

 

 ある時彼女はそんな支柱を喪った。

 彼女は自分を責めた。

 自分がもっと強ければ、もっと鋭い剣であれば奏を死なせずに済んだと。

 故に彼女は一切の感情を捨て去って自分の身も顧みずにノイズとの戦いを続けてきた。

 まるで、死に場所を探しているかのような。

 

 

「気づいたんだ。私の命に意味や価値が無いって事に」

 

 

 眠り続ける風鳴翼は夢を見ていた。

 あのライブ会場で、辺りは無残に砕け、炭が舞う、心に深く刻み込まれたあの光景の中で、背中合わせで天羽奏と話す夢を。

 笑顔で優しく語られたその言葉には「自分など死んでも構わない」という意味が露わになっている。

 

 

「戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな。

 私はそう考えてきたし、そいつを見てきた」

 

 

 ノイズを倒す剣と自らを律してきた翼に、奏はそれだけではないと話す。

 けれど翼に『それ』が何なのかは分からない。

 

 

「それは、何?」

 

「自分で見つけるものじゃないかな」

 

 

 翼は俯きながら、答えを教えてくれない奏に頬をむくれさせる。

 

 

「奏は私に意地悪だ。……でも」

 

 

 辛そうに翼は次の言葉を紡ぐ。

 認めたくない現実を、本当ならそうであってほしくない今を認めざるを得ないから。

 

 

「そんな奏は、もういないんだよね」

 

「結構な事じゃないか」

 

「私は、奏に傍にいてほしいんだよ!」

 

 

 笑いながら答えた奏は声だけ残して姿を消した。

 合わせていた背中から感触が消え、奏はいなくなったのだと翼も悟る。

 

 

「私が傍にいるか遠くにいるかは。翼が決める事さ」

 

 

 聴こえてきた最後の言葉。

 夢の中の奏が残した最後の言葉の後に翼の視界は真っ白に染まった。

 

 次に目を開いた時、翼が目にしたのは綺麗な白い、初めて見る天井だった。

 聞こえてきたのは「意識が回復」だとか「各部のメディカルチェック」という言葉。

 翼は自分の体が満足に動かない事を認識した後、目をゆっくりと横に動かした。

 窓の外からリディアンの校舎が見える。

 そうして翼は自分が傷だらけでリディアンの病院に運ばれたのだと理解した。

 次に聞こえたのはリディアンの、自分の学校の校歌。

 

 

(ああ、私、仕事でも任務でもないのに学校を休んだの、初めてなんだ)

 

 

 精勤賞は絶望的かな、そんな事をぼんやりと考えながら天井を見つめ続ける。

 病院の世話になった事は無く、天井を知らない事にも妙に納得した。

 風鳴翼が目覚めた後も夢の内容ははっきりと記憶に刻まれていた。

 

 ――――私、真面目なんかじゃないよ、奏。

 ――――だから私は折れる事も無く、今日もこうして生き恥を晒している。

 

 心の中で奏に告げた言葉と共に、翼の頬を涙が伝った。

 

 夢に現れた奏のお陰なのか、翼は順調に回復していった。

 流石にデュランダル移送任務には間に合わなかったものの歩ける程に。

 勿論点滴は外せないし、入院も続けている体ではあった。

 それでも翼は早く回復したかった。

 奏の言う、『戦いの裏側、向こう側』を見たいと思ったから。

 奏と同じところに立ちたかったから。

 

 風鳴翼は、立ち上がろうと必死だった。

 

 

 

 

 

 はてさて歓迎会兼交流会が終わった次の日の事。

 

 

「……今日も学校か」

 

 

 学生みたいな事を言いながら冴島の屋敷、貸し与えられた自分の部屋で士は目覚めた。

 枕で潰されてぼさぼさの髪をちょっとだけ手で弄りつつ士はもう少し寝ていた欲求に抗っている。

 立場としては教師なのだが、勉強を面倒と思っている学生達同様、学校に行くことは億劫でならない。

 教える側も大変な物なんだな、と無駄に身に染みている。

 首を回し、ベッドから出て大きく伸びをした後、リビングに出て行く。

 

 

「おはようございます。士様」

 

 

 ゴンザの挨拶に「ああ」とだけ答えて、士も席に着く。

 既に机の上にはゴンザお手製の手料理が並んでいた。

 味噌汁に白米に魚と、今日はザ・和風と言った感じのラインナップだ。

 机の向かい側では既に鋼牙が朝食を食べ進めている。

 教師が学校に行く時間は早く、そのせいで起床時間も早いのだが、それ以上に鋼牙は起きるのが早かった。

 

 

「お前はいつも無駄に早いな」

 

「……お前が遅いだけだ」

 

 

 しっかりと飲み込んでから返答する鋼牙からは育ちの良さを感じさせる。

 ならば何故にこんなに無愛想なのかと首を捻りたくなるが、流石に士ももう慣れた。

 士は決して無口というわけではないが、皮肉屋である。

 対して鋼牙は話さないわけではないが無口な方であり、且つ無愛想である。

 そんな2人が会話をすると皮肉をかけあうような、仲が悪そうな会話になるのだが。

 今だって士はわざわざ「無駄に」という言葉を付け加え、鋼牙もそれに悪態に近い反応で返した。

 だが、それを見ている第三者であるゴンザからすれば、それは非常に微笑ましい光景であった。

 

 

(鋼牙様も、よくお話をするようになられた。士様の影響でしょうかね)

 

 

 鋼牙がゴンザ以外の人と話すこと自体、士が来るまでは非常に稀有な事であった。

 それにゴンザは執事という立場上、鋼牙と対等な口調で話す事は出来ない。

 だからこそ士と普通に会話をしている鋼牙を見てゴンザはホッとしているのだ。

 悪態をつくほど仲が悪いのではなく、悪態をつけるほど気を許している。

 鋼牙と士の関係は奇妙な友情に似た何かで出来ていた。

 

 

(あともう少し、笑顔などを見せる様になられれば良いのですが……)

 

 

 しかし士と話していても鋼牙が笑顔を見せる事は恐らくないだろう。

 士の性格もあってそればっかりはどうしようもない。

 もう少し、あるいはもう1人、何かきっかけがあれば。

 そんな事を思い描きながらゴンザは2人の朝食の様子を見つめ続けていた。

 

 その後、朝食が済んで歯磨き、洗顔などが全て終わった2人を玄関先でゴンザは見送った。

 士は教師として、鋼牙はエレメント狩りを行う魔戒騎士としての勤めを果たす為。

 そして日が落ちる前に鋼牙が帰ってきて、日が落ちかかった頃に士が帰ってくる。

 時折士は非常にくたびれた姿を見せつつも鋼牙と夕食を共にする。

 これが冴島家の、最近の日常である。

 

 

 

 

 

 まさか昨日、地下で地球を守る戦士達が会合をしていた事も知らずに私立リディアン音楽院では通常通りの授業が行われていた。

 勿論、士が受け持つ授業もだ。

 

 

「……という事だ、だいたい分かれ」

 

 

 授業の最後、普段ならば「だいたいわかったか?」と言うところを、今日はいやに投げやりな言い方だった。

 教え方そのものに問題は無く、いつも通り理解しやすい授業だったのだが。

 とはいえそんな些細な変化に気付くのは響や一部の生徒くらいなものだ。

 

 

(士先生、昨日の歓迎会で疲れてるんだろうなぁ……)

 

 

 たはは、と苦笑う響。

 歓迎会やら交流会というのは聞こえもいいし実際楽しい。

 とはいえ夜まで騒いで体力を使うわけで、そうでなくともパーティというのは静かにしていても何となく疲れるものだ。

 士の気怠そうな気持ちに響は共感している。

 

 授業終了のチャイムが鳴った直後、待ってましたと言わんばかりに士はさっさと教室を去っていった。

 疲れているというよりかは、怠そうとか面倒くさそうとか眠そうという言葉が今の士には似合うだろう。

 響にもよく分かる疲れだったので、思わず響も欠伸をしてしまう。

 尚、今日は今の士の授業が最後なので、後は下校を残すのみだ。

 学生の響としても先生の士としても、今のは解放感に満ち溢れるチャイムだったのだろう。

 

 

「ね、響」

 

「ふぁ?」

 

 

 隣の友人、未来から欠伸の途中で声をかけられたせいで間抜けな返事になってしまう響。

 未来はちょっとだけ響の方に体を近寄らせてずいっと迫った。

 

 

「前の約束、覚えてる?」

 

「え? あ、ふらわーのお好み焼を奢ってって話だよね。勿論覚えてる!」

 

 

 以前の日曜日に走り込みに付き合ってもらったお礼をしたいと申し出た響が未来に言われた約束。

 それが『ふらわーでお好み焼きを一緒に食べて、奢ってもらう事』だった。

 

『ふらわー』とはリディアンの近くに店を構えており、以前に創世達3人と未来と響の5人で行った事もあるお好み焼き屋だ。

 店主であるおばちゃんが作っているお好み焼きは絶品で、響曰く「ほっぺの急降下作戦」らしい。

 実際に修行で疲れていたとはいえ響だけで何枚も平らげた事もある。

 

 わざわざ休みの日に駆り出して付き合ってもらって申し訳なかった響は「そんなのでいいの?」と聞き返したが「そんなのがいいな」と返されてしまっては何も言えない。

 元々、未来は走る事が好きであるからそこまで迷惑だなんて思っていなかったし、何より久々に響と出かけられる事が未来にとっては楽しみだった。

 遠くへ行きそうと感じていた友人が再び手を繋げるほどの距離にいるのだ。

 未来にとって、その約束は安堵感の塊のようなものでもあった。

 

 

「今日、買い物に行くつもりなんだけど響も行かない? その後で……」

 

 

 ふらわーに、と続けるつもりだった。

 が、間の悪い事に響の通信端末が鳴った。

 

 

「あっ! ごめん、ちょっと待ってて未来」

 

 

 響は大慌てで教室を出て通信に応じる。

 未来はその様子を見て「まただ」と思った。

 響の持つ通信端末は特異災害対策機動部専用の物で、一般人がお目にかかるとすれば、特異災害対策機動部の人が使っているのを目にするくらいなものである。

 そして一般に普及していないものであるから、普通の人がその通信端末を見た時に抱く感想は「携帯っぽくてゴツいこれは何だろう?」と言った具合だ。

 

 通信端末を響は極力隠しているものの、同居人でいつも一緒にいる未来には隠し通せず、響の気付かないうちにちらりとだが見えてしまっている事もあった。

 見覚えのない機械で誰かと通話する親友を見ると、未来は不安になる。

 そういう時の響は決まって深刻そうな話だったり、げんなりとした表情を浮かべたりすることが多いからだ。

 以前の響とは違う響、未来の不安の根源はそれだった。

 

 

「ごめんね未来! えっと、買い物の話だったよね」

 

 

 出て行く時と同じように慌てた様子で帰って来た響は話を再開した。

 笑顔で接してくる親友にあくまで未来は笑顔で接する。

 いつも通りに。

 

 

「うん。買い物に行く予定だから、その後でふらわーに寄ってって話なんだけど」

 

 

 果たそうと思っていた約束。

 だが、響の表情が一瞬曇ると同時に出た返答に未来の表情も笑顔から変わってしまった。

 

 

「ごめん……」

 

 

 断りの言葉。

 驚くとか嫌な表情だとかでなく、未来は呆気にとられたような顔だった。

 ただ一瞬、「えっ」とだけ声を出したそれには呆然という言葉が似合うだろう。

 

 

「たった今、用事が入っちゃって……」

 

 

 響の言葉に嘘偽りがない事は未来にも分かった。

 そうでなければ語尾に行くにつれて声が小さくなっていく、申し訳なさが滲み出ているような声になるわけがないし、そんな風に演技が出来る程響は器用じゃない。

 

 

「……分かった」

 

 

 だから、未来は響に余計な負担をかけまいと笑顔で接する。

 いつもと変わらず、いつものように。

 

 

「じゃあ、また今度!」

 

「うん、ごめんね。折角未来が誘ってくれたのに。……私、呪われてるかも」

 

「気にしないで。図書室で借りたい本があったし、今日はそっちにするから」

 

 

 本当だったら響だってその申し出を受けたかった。

 未来も、事情を聞いたりしたかった。

 その思いを押し殺して普通を装う2人。

 決して自分の面子ではなく、相手を想っているからこそ。

 そんな風に溜め込んでしまうから、2人の気持ちは余計に落ち込んで行ってしまう。

 お互いそれを相手に見せまいとして隠すからこそ、余計に。

 

 

「……ねぇ、響」

 

「何?」

 

 

 未来はふと、響の名を呼んだ。

 

 

「流れ星の動画、あったでしょ? あれを撮る時、響に黙っておくのは少しだけ苦しかったんだ」

 

 

 その言葉は未来の遠回しな本音。

 

 

「私、響にだけは二度と隠し事したくないな」

 

 

 微笑むその顔に響の罪悪感が反応して、酷く胸が痛んだ。

 隠し事をしたくないと言ってくれている親友に対して隠し事をしているから。

 それでも、それでも隠し事を話せない響は。

 

 

「私も、未来に隠し事なんて……しないよ」

 

 

 そうやって、隠し事の上に嘘を塗り固めるしかなかった。

 相手の為と分かっていても親友を偽る事。

 嘘をつくのが下手で、正直者に分類される響が一番身近な人に嘘をつき続けるのは辛い。

 でも、下手に話せば未来が危険に晒される。

 そう思うとどんなに話したくても話せなかった。

 

 

「ありがとう。……響、用事あるんでしょ?」

 

「うん。ごめんね未来、行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 

 お互いに何処か乾いた見送りの後、響は足早に教室を出て行った。

 その姿を見送った未来も勉強道具を鞄に仕舞いこむ。

 その顔は酷く暗いものだった。

 

 

(私、響に意地悪した……)

 

 

 あのタイミングで、「響に隠し事をしたくない」と行った事。

 あれが響を苦しめたであろう事を未来も理解している。

 押し殺していた感情の一部が爆発しかかった結果なのか、未来は思わずあんな事を口走ってしまったのだ。

 響は何かを隠している事は未来の目から見ても明白である。

 だが、それを響が良しとしているかはまた別の話であり、恐らくそうは思っていない。

 隠し事というのは何か理由があってするものなのだから。

 

 

(響を、傷つけたかもしれない)

 

 

 今の言葉でどれだけ響は傷ついたのだろう。

 ほんの少しでも響の隠し事の内容が聞けないかと思ってしまった。

 ああ言えば、少しは響も口を割ってくれるのではないかと期待してしまった。

 未来はそんな自分が嫌だった。

 

 

(……今度、響に謝ろう)

 

 

 いつか響も隠し事を話してくれる日が来るだろう。

 そう願いつつ、そしてそれまでは親友のままでいるのだと未来は心に決め、教室を後にした。




――――次回予告――――
すれ違っていた距離は、漸く縮まろうと近づいていく。

けれど偽りは確実に心を蝕む。

偽りに縋るその想いを咎める事はできなくて。

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