スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第4話 来訪者

 特異災害対策機動部と特命部は正式に協定を結び、一時の協力関係を結ぶに至った。

 ただし、表沙汰にはなっていないが。

 というわけで特異災害対策機動部二課の基地、その真上に存在する『私立リディアン音楽院』の学生である『立花 響』はそんな事を露とも知らず惰眠を貪っていた。

 

 現在は昼に近い朝、大体10時半ごろ。

 今は休み時間ではなく、授業中だ。

 

 今日の朝、迷子の子供を見つけ、その子の親を探すまで奔走、その後に学校まで全速力で走って遅刻ギリギリになるという事をやらかしたのが原因だ。

 朝っぱらから学校までの短い距離とはいえ全力疾走、それは目覚め切っていない体には応えたようで、現在の睡眠に繋がっている。

 

 本人は授業中に寝てはいけないと抗ったのだが、睡魔は思いのほか強く、いつの間にか響は眠ってしまった。

 

 

「立花さぁん!!」

 

 

 自分の名前を怒声にも近い大声で呼ばれ、「ひゃいっ!」と間抜けな返事をしつつ勢いよく立ち上がる。

 名前を呼んだのは現在授業中の先生。

 どうやら居眠りがバレたらしい。

 

 

「今私が言った事を言ってみなさい」

 

「えー……あ、あはは……すみません」

 

 

 何と言っていたのか、そもそも何の話題なのかも知らない響はおとなしく頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もー、響。寝ちゃダメじゃない」

 

 

 呆れたような顔で『小日向 未来』が響を母親さながらに注意する。

 彼女は響の同居人で、一番の親友だ。

 未来も響が何故眠いのかは分かっている。

 そう、「いつもの」人助けだと。

 

 響は日常的に人助けを行っている。

 迷子を親元に送り届ける、迷い猫、迷い犬を捜す、落とした財布を持ち主に返す…。

 挙げて行けばキリがない。

 

 何より問題なのは、響が自分の事を一切顧みずにこれらの事をしてしまう事だろうか。

 即ち、遅刻しようが自分が疲れようがお構いなしなのだ。

 さらに本人はこれを「趣味」と言ってのけている。

 つまり正義感でも義務感でもなく、やりたくてやっているから止めようも無い。

 

 それを考えて未来はまた一つ溜息をつく。

 人助けを止めろとも、悪い事とも言うつもりは無い。

 むしろ自分も響の影響か人助けは積極的にする方だと思う。

 が、響のそれは明らかに度が過ぎている。

 下手すれば助けられている方が遠慮してしまう程に。

 

 

「人助けもいいけど、少しは自分の事も考えてよ」

 

「あはは……ごめんごめん。でも、好きでやってる事だし……」

 

 

 本日何度目か分からない溜息を未来は吐いた。

 まあ、こうなる事は分かっていた。

 止めても聞かないが一応言ってみる程度のつもりだったからだ。

 

 

「そういえばさ未来、次ってあの人の授業じゃない?」

 

「あの人? ……あ、転任してきた先生の」

 

 

 実は今日の朝、担任の先生が新しくリディアンに転任してきた先生を紹介したのだ。

 今は4月で、新任式とは微妙にタイミングのずれた少し不思議な時期だった。

 

 響はふと考える。

 はて、名前は何だっただろうか?

 朝から疲れのせいで眠気たっぷりだったから記憶が曖昧だった。

 寝てはいない筈なので聞いている筈、と、何とかぼんやりとした記憶の海から名前を引っ張り出す。

 

 

「確か……門矢士先生……だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 首にマゼンタ色をした二眼レフのトイカメラをぶら下げているのが印象的な新任の先生。

 

 『門矢 士』の授業が始まった。

 

 授業はかなりのクオリティだった。

 先生によって教え方や授業のスタイルというのは異なる。

 

 黒板に丁寧に書いていく先生。

 口での説明が上手く黒板をあまり使わない先生。

 プロジェクターや何かの映像を使って授業を進める先生。

 

 千差万別な授業方法があるが、士の授業方法は内容の要約を黒板に書いて、それをさらに分かりやすく、かみ砕いた説明を言葉でするという方式だった。

 やや高圧的な態度ながら、その説明は分かりやすく、飲み込みやすい。

 黒板の要約だけでも十分に頭に入るレベルだ。

 冗談はあまり挟まないが、分かりやすい教え方だった。

 

 

「……という事だ、だいたい分かったか?」

 

 

 解説の最後にこの言葉を付け加え、士は今回の内容の説明を終えた。

 生徒達は全員が全員思っていた。

 

 だいたいどころか、完璧だと。

 

 響も先程の授業での睡眠が効いたのか起きていたのだが、思わず解説に聞き入っていた。

 そして何とも陳腐な褒め言葉かもしれないが、こんな言葉が浮かんでいた。

 凄い、と。

 誰もがそう思う中で、授業終了のチャイムが響いた。

 

 

「此処までか……分からないところがあったら聞きに来い。

 尤も、そんな所は無いだろうがな」

 

 

 先程の解説の時もそうだが、士先生というのはどうも自信家な側面があるように思えた。

 その自身に満ち溢れた言葉に見合う実力は持っているというのも凄い話だが。

 

 そんなこんなで休み時間に入り、響は未来と再び会話していた。

 

 

「……すごかったねぇ」

 

 

 第一声はそれだ。

 未来も「ホント、分かりやすかった」と、扉の前で立ち往生している士を見ながら呟く。

 

 当の士はというと、女子生徒からの質問攻めにあっていた。

 しかしその内容は分からない所の質問では無かった。

 

 

「凄い分かりやすかったです!」

 

「そのカメラなんですか?」

 

「彼女いるんですか?」

 

 

 それどころか授業そのものとも関係の無い質問が飛び交っていた。

 しかもこのクラスの殆どの女子が士に群がっているせいで、士も部屋から出るに出られない。

 

 

「すっごい人気ねぇ、門矢先生」

 

 

 隣り合う席の2人に3人の女子が近づいてきた。

 そのうち1人、3人組の中で一番長身の『安藤 創世』が士をちらりと見やりつつ、響と未来に話しかける。

 彼女は、金髪で髪は結わずに伸ばしている『寺島 詩織』と3人組の中で一番小柄なツインテールの『板場 弓美』とよく行動を共にしており、今もそうだ。

 

 そしてこの3人と響と未来はとても仲が良い。

 

 

「完璧超人、イケメン、長身、微妙に変な時期での転任……。

 なんだかアニメみたいよね」

 

 

 弓美は士をそのように評していた。

 アニメが大好きな彼女はよくアニメに例えて物を言う。

 しかしそんな彼女も、まさか士のような人間が実在するとは思っていなかったらしい。

 

 彼女の言う通り士は顔立ちも良く、長身だ。

 それに加え授業は完璧、今の所非の打ちどころはない。

 強いて言えば少々上から目線の部分がある所か。

 

 

「授業もとても分かりやすかったですし……。

 そういえば、何処から転任してきたんでしょう?」

 

 

 詩織がふとした疑問を口にした。

 

 朝のホームルームで士が担任の先生から紹介された時に言われた事は、転任してきた事と、しばらくこのクラスの副担任になる事の2点だけだ。

 本人の自己紹介も名前の紹介だけで終わり、転任前の学校が明かされていない。

 リディアンに所属している今となってはどうでもいいかもしれないが、詩織は少しそれが気になっていた。

 言われて気付き、気になりだしたのか響と未来も考え出す。

 

 

「そういえばそうだねぇ、どこからだろ?」

 

「うーん……凄く偏差値の高い高校に勤めていたんじゃないかな。

 あの授業、本当に分かりやすかったし」

 

「えー、アニメ的には『ワケありで明かせない』が鉄板じゃない?」

 

 

 響、未来、弓美が口々に言い合う。

 弓美の発言には「それはないって」と全員から総ツッコミが飛んできたが。

 

 ────まさか、それが真実だとは誰も思わないであろう。

 

 

「私もヒナと同意見かなぁ……ねぇ、テラジはどう思う?」

 

 

 意見を言っていない言い出しっぺの詩織に創世が振る。

 ちなみに『ヒナ』とは未来の事で『テラジ』とは詩織の事だ。

 このように創世は人の事をちょっと個性的なあだ名で呼ぶ。 

 あまり浸透はしていないようだが。

 

 

「そうですねぇ……直接聞けば早いんじゃないでしょうか?」

 

 

 至極真っ当な意見に、他の4人は同時に、心の中で「それもそうだ」と呟いた。

 気付いた時には既に遅く、次の授業の予鈴が鳴った。

 また後で、と手を振った創世達3人は各々の席に戻り、他の生徒も次々と着席していく。

 

 そこでようやく、立ち往生させられていた士は解放されたのであった。

 

 

 

 

 

 時間は移って昼。

 

 生徒達はみな、食堂に集まって仲良く談笑しつつ食事をしている。

 食堂はバイキング方式で好きな物を好きなように好きなだけ取って食べていた。

 中には先生の姿も散見され、新任の士もいる。

 

 士は携帯をいじりながら、群がる女子生徒達を「仕事の話だ」と言って追い払い、食事をしながら携帯の画面をじっと見ている。

 

 

(……自衛隊、特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられた……ね)

 

 

 携帯の画面には先日のノイズ出現のニュースが表示されている。

 

 特異災害対策機動部、ノイズ、いずれも『他の世界』では聞かなかった単語だ。

 ノイズについても暇な時間に色々と調べ、どんなものなのかは何となくだが理解した。

 

 ノイズとは災害であり、人に触れると人ごと炭に変える、人を殺す為に動く化物。

 通常の攻撃は効かず、その殲滅は極めて困難である。

 幸い、その炭化能力の為か自壊を起こすので、その自壊を待てばいい。

 また、扱いは災害なので出現時に警報が鳴り、人々は避難シェルターに避難するようになっている。

 以上が士の調べたノイズの概略だ。

 

 いずれにせよ、恐らくノイズを含むそれらがこの世界でやるべき事に関係しているとは思うのだが、それとは別に気になる事が士にはあった。

 

 

「にしても……何だよ、こりゃ」

 

 

 それはニュースの最後の一文。

 

 

 

 ────『ノイズはゴーバスターズによって殲滅された』。

 

 

 

 

 

 今日の朝の話だ。

 

 ゴンザの説明を受けてリディアンまでバイクを走らせ、教員免許がある事から十中八九職員室に行けばいいだろうと向かったところ、案の定、自分はこの世界では『私立リディアン音楽院の新任教師』という役割を与えられているらしかった。

 恐らく意味のある事なのだろう、いつもの事だと思い、こうして授業を行っていたわけだが。

 

 

(……どういう事だ? ゴーバスターズは戦隊……ライダーと同じ世界にいるのは、まあ不思議じゃないにしても、ノイズってのは聞いた事がない)

 

 

 かつて士はゴーバスターズに『会った』事がある。

 とはいえ、それは別の世界のゴーバスターズ。

 ゆっくり話したわけでもないから、その人となりを知っているわけでは無い。

 しかしゴーバスターズは『仮面ライダー』という括りには入っていない事を士は知っていた。

 

 だが、先日のゴンザの話ではこの世界に仮面ライダーが存在しているらしい。

 そこで携帯で『仮面ライダー』の情報を集めたところ、どうやら『風都』や『天ノ川学園高校』という場所をはじめ、世界各国で確認されているらしい。

 

 分かったのは、『風都』の存在とゴンザの『半分ずつ色が違う』という情報から、少なくとも『仮面ライダーW』────かつてともに戦った事のあるライダーが存在しているという事だ。

 

 尤も、それが『並行世界の同一ライダー』であるという可能性の方が高いのだが。

 

 

(ライダーはいる。だが、戦隊もいる。

 と思えばノイズとかいうわけのわからん奴までいる……)

 

 

 士の疑問は一言に集約された。

 

 

 (……此処は一体何の世界なんだ?)

 

 

 士の巡る世界にはその世界の『主役』というべき存在がいる。

 例えば、クウガが戦う『クウガの世界』。

 戦隊で言えば、シンケンジャーが戦う『シンケンジャーの世界』。

 ライダーと戦隊の全てが入り混じった世界にも言った事がある。

 

 だとすれば、この世界は一体何なのだろうか?

 ライダーと戦隊こそいるものの、その全てが入り混じっているというわけでも無ければ、ライダーや戦隊と関わりがあるかもわからない謎の化物が自然災害として扱われている。

 それにこの世界では『魔戒騎士』と呼ばれる未知の存在とも知り合っている。

 

 なまじ知識がある分、士は混乱していた。

 だが士は不敵に笑う。

 

 

(……何もわからない方が、旅らしくていいか)

 

 

 士の目的はあくまでも『旅』と『世界を写真に収める事』だ。

 別に世界の謎を解くなんて冒険家や探偵の真似事をする気はさらさらない。

 むしろ、その何も分からない不可解さが士の好奇心を掻き立てていた。

 

 調べ物も終わったところで、携帯を置いて食事を始めようと箸を手に取る。

 ところがその時、食堂全体がどよめき始めた。

 

 

「ねぇ、風鳴翼よ」

 

「芸能人オーラ出まくりね、近寄りがたくない?」

 

「孤高の歌姫ってところね!」

 

 

 嬉々とした言葉で、女子生徒達のそんな声が聞こえた。

 女子生徒の大半が向いている方向を士も向く。

 士の目には青い髪を靡かせ、悠然と歩く一人の生徒が見えた。

 

 

(……風鳴翼、確か超人気アーティスト、だったか)

 

 

 この世界に関してとことん無知な士は先程のように調べ物をした。

 リディアンにいれば風鳴翼の話は嫌でも耳に入る。

 そこで調べてみたところ、彼女がアーティストである事を知ったのだ。

 

 少し前は『ツヴァイウイング』というユニットを『天羽 奏』なる人物と組んでいたらしいが、2年前のライブ中、ノイズによる襲撃を受けて既に亡くなっているらしい。

 それから悲しみを乗り越え、ソロ活動を始めるようになったとか。

 有名な話らしいがそれを掘り返す者は殆どいない、当然だが。

 

 そういえば芸能人と知り合った事はどの世界でもないな、なんて事が冷静に頭に浮かんだ。

 

 遠巻きに眺めていると、一人の女子生徒が勢いよく立ち上がって、風鳴翼と鉢合っている様子が見えた。

 女子生徒は立ち上がった先に風鳴翼がいるとは思わなかったのか、酷く驚いた顔をしており、緊張のせいか体がプルプルと震えている様子が見える。

 風鳴翼は女子生徒の方を見ながらゆっくりと自分の頬の辺りに指を向けた。

 女子生徒はその仕草を真似るように自分の頬に指を向ける。

 ご飯の粒が付いていた。

 

 直後、ご飯粒を無言で指摘された生徒はだいぶ気恥ずかしそうに俯き、翼は素知らぬ顔でその場を立ち去って行った。

 

 その気恥ずかしそうにしている生徒を士は見た事がある。

 今日、士が初めて授業をした教室にいた生徒だったはずだ。

 

 

(あれは……立花、だったか?)

 

 

 何とも間抜けなシーンを見てしまった。

 響には悪いが、士はそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、もうダメだー……翼さんに完璧おかしな子だと思われた……」

 

 

 放課後、教室の机に突っ伏しながら、隣の席で勉強をしている小日向未来に溜息交じりに言った。

 

 

「間違ってないんだからいいんじゃない?」

 

 

 何とも酷い言い草だが、仲の良い友達ほどそういう事は遠慮なく言ってくる。

 響と未来の仲があってこそだ。

 尤も、未来以外の響の友人達もほぼ満場一致で『響は変な子』という認識なのだが。

 

 

「それ、もう少しかかりそう?」

 

 

 本人も気にしていない様子で、未来が進めている課題について質問した。

 

 

「うん……ん? ああ、そっか。今日は翼さんのCD発売だったね」

 

 

 響は早く帰りたいんだったという事を思い出し、未来は答える。

 彼女たち二人は同じ寮の同じ部屋で生活している。

 登下校はいつも一緒で、故に響もこうして未来の事を待っている。

 

 

「でも、今時CD?」

 

「うっるさいな~、初回特典の充実度が違うんっだよ~、CDは~」

 

 

 CD以外でも音楽を手に入れる事はできる世の中だ。

 それでもCDに拘る理由を語尾の全てに音符が付きそうな口調で語る響。

 

 未来はふと考える。

 はて、CDを買いたい理由がそれなら、翼さんは超人気アーティストなのだから。

 

 

「だとしたら、売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 当然の事である。

 しかし響は言われて「うへひょ!?」と素っ頓狂且つ間抜けな声を上げた。

 どうやら今気づいたらしい。

 

 初回特典がある人気アーティストのCDなんて開店前から行列が出来ていてもおかしくない代物だ。

 正直、今行って残ってるかすら怪しい。

 だが響は一縷の望みに懸けたのか、はたまたそんな考えが頭の中に無かったのかは分からないが、未来に一言謝って猛烈な勢いで教室を出て行った。

 

 そんな様子の響を見て、未来はクスッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 響が教室を飛び出した頃、士は既に帰路についていた。

 授業を終わらせた後、残りの仕事をさっさと片付け、居候先の冴島家を目指している。

 現在彼はバイクを赤信号で停止させつつ、気怠そうに欠伸をしていた。

 

 彼の乗る特徴的な、マゼンタ色が基調となっているバイクの名は『マシンディケイダー』。

 ディケイド専用バイクであり、士が日常的に使う足でもある。

 

 欠伸の終わった士は今日の事を思い返し、何処となく自信ありげな顔で、余裕そうな笑みを浮かべていた。

 教員になった経験は無かったが、中々上手くいった。

 この調子ならいつも通り、その世界の職業をこなせるだろうと得意気に考えていたのだ。

 

 士にはナルシストな一面がある。

 ただ実際に士は何でもできるので、実力に裏付けされた自信、と言ったところか。

 

 青信号になり、士はバイクを再び走らせる。

 その時だった。

 

 

 

 警報が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 CDは買えていない。

 というか、恐らく今日はもう買えない。

 だが、それでも走る、否、走らなければならなかった。

 

 響は走る。

 胸の中に未だ息づく『あの言葉』がある限り────

 

 

 

 

 

 響がノイズの出現を知ったのは、警報が鳴るよりも前だった。

 コンビニの前で立ち止まった時、風に乗って炭が飛んできた。

 

 周りに人はいない。代わりに大きな炭の塊があった。

 これが意味するところは一つしかない。

 特異災害、ノイズであると。

 

 そう気付いた瞬間、女の子の悲鳴が響の耳に届いた。

 

 後はいつもの人助けと同じだ。

 無我夢中で駆け出し、悲鳴を上げた女の子の元へ急ぎ、手を繋いで、ノイズ達から全力で逃げた。

 

 水の中を通ってでも、避難シェルターから遠ざかろうとも。

 体力が限界を超え、もう足が言う事を聞かなくとも。

 

 響は走った。

 いつまでもどこまでも全力で、自分の持ちうる全ての力を出し切って。

 限界だ、無理だ、そう思っても、彼女には走り続けられる理由があった。

 

 胸の中に刻まれた、ある人の言葉。

 

 

 

 

 

 士は自分のバイクを走らせてノイズが現れたであろう方向に向かっていた。

 警報が鳴ると同時に、信号待ちをしていた殆どの車はUターン、もしくは車を乗り捨ててシェルターに逃げていく。

 

 そんな中、士は愛車を走らせノイズを探していた。

 

 理由は2つ。

 1つは、この世界の事を知る為にその存在を目にしておきたかったから。

 とにかくこの世界に関しての情報を集めたかったというのがある。

 そして、もう1つの理由。

 それは悲鳴を聞いたからだ。声からして恐らく、少女の悲鳴。

 

 士は常に尊大な態度で、ともすれば勝手な人間ともとられるだろう。

 だが仮にも『仮面ライダー』。

 人類の自由と平和を守る戦士なのだ。

 

 走行中、彼は一度バイクを止めて辺りを見た。

 辺り一面炭だらけ。

 これが全て人間だったと思うと、さすがの士も気分が悪くなりそうだった。

 

 

「……チッ」

 

 

 悔しそうな顔で舌打ちをし、士は再びバイクを走らせた。

 勿論、悲鳴が聞こえた方へ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

「状況を教えてください」

 

 

 リディアン地下に存在する特異災害対策機動部二課。

 シンフォギア装者、風鳴翼はオペレータールームへ駆けこみ、開口一番そう言った。

 

 

「現在、反応を絞り込み、位置の特定を最優先としています」

 

 

 オペレーターの1人が位置特定に尽力しつつも冷静に答える。

 

 

「特定でき次第、特命部にも情報を回せ。

 それと、彼等にも出撃準備があるからその旨を先に伝えるんだ」

 

 

 司令、弦十郎の言葉にオペレーターの1人はすぐさま特命部に回線を開く事で答えた。

 特命部にもノイズ出現と位置特定ができ次第出動して欲しいと伝え、一度回線を切っる。

 

 

 ノイズをサーチしているオペレータールームのメインモニターを、まるで仇敵を見るかのように翼は強く睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────あの日、あの時、間違いなく私はあの人に救われた。

 

 ────私を救ってくれたあの人は、とても優しくて、力強い歌を口ずさんでいた。

 

 

 

 場所は工業地帯の高い建物。

 

 少女を背中に背負い、外につけられた梯子を上り、その屋上まで逃げた。

 ノイズが現れたのは夕方。既に日は暮れかけている。

 もう何分、何時間走り続けたのか分からない。

 少女の小さな体の体力はとっくの昔に限界を迎えていたが、それ以上にその子を担いで至る所を駆けまわった響の体力の方も限界だった。

 通常の女子高生なら、いや、運動をしている女子高生でも厳しいレベルかもしれない。

 2人とも、屋上にバタリと倒れ込んでしまう。

 

 

「死んじゃうの……?」

 

 

 少女の声は絶望に飲まれ、涙声に震え、諦めたようにも聞こえる声だった。

 

 無理もない。

 命を狙われ続け、走り続ける極限状態なんて一般人が味わうようなものじゃない。

 だが、響は倒れていた体の上半身だけを起こし、微笑みながら首を横に振った。

 

 響にだって確証はない。

 しかし死ぬかもしれない、そんな気持ちを少女に背負わせておきたくも無かった。

 気休めでもいい、少女の不安を取り除きたかった。

 

 しかし、そんな希望を砕くかのように────

 

 

「ッ!?」

 

 

 後ろを向いた瞬間、そこには大量のノイズが迫っていた。

 いつの間に。そんな事を考える暇も余裕も無い。

 

 少女は響に縋り付く。

 死にたくない、そんな気持ちが痛いほど伝わってきた。

 そんな光景を前にしても、ノイズは無慈悲に近寄ってくる。

 竜巻が民家を壊す事を躊躇わないのと同じで、ノイズもまた災害だ。

 躊躇も迷いも一切ない。

 

 そんな状況でも、響の目は未だ力強かった。

 

 

(私に出来る事は……)

 

 

 少女の体を強く、固く抱きしめる。

 

 

(出来る事がきっとあるはずだ……ッ)

 

 

 響の胸に刻まれた言葉。

 その言葉があったから、自分は生きようと思った。

 その言葉があったから、自分は此処まで足を止めず、立ち上がれた。

 

 

 

 

 

 

「────生きるのを諦めないでッ!!」

 

 

 

 

 

 

 響の胸に、歌が浮かんだ。

 胸に浮かんだ歌を、正直に、自分の口で歌い上げた。

 

 優しい、そして力強い、短くも頼もしい、『歌』。

 

 瞬間、響の胸の中央が、オレンジ色に輝きだす。

 何処からその輝きが発せられているのか、響にはすぐに分かった。

 2年前、自分にできた胸の傷。

 眩いまでの光は、天空へ伸び──────

 

 

 

 

 

「反応絞り込めました! 位置、特定!」

 

 

 女性オペレーターが叫ぶ。

 その言葉を聞き、翼はすぐさま出撃しようと出口へ向かった。

 しかし、息つく暇もなく次の報告が来た。

 

 

「ノイズとは異なる、高質量エネルギーを検知!」

 

 

 ノイズとは異なる────?

 

 それが意味するところは、ノイズ以外の人知を超えた『何か』が出た事。

 

 だが、何が?

 

 ヴァグラスならばエネルギーの検知ではなく、エネトロン異常消費反応によってその出現を知る。

 しかしそれとも違う。

 二課に所属の研究者、『櫻井 了子』がその報告に慌てた様子で叫んだ。

 

 

「ッ!? 波形を照合! 急いで!!」

 

 

 櫻井了子は二課の研究者であり、この司令室を知り尽くしている人間でもある。

 故に、この司令室のコンピュータがどんなエネルギーパターンを検知できるかも当然頭に入っていた。

 

 いくつかある。いくつかあるのだが、了子の頭の中にはある可能性が浮かんでいた。

 本来ならば、有り得る筈の無い可能性が。

 

 そして次の瞬間、モニターを見た了子の表情は驚愕一色に染まった。

 

 

「まさかこれって……『アウフヴァッヘン波形』!?」

 

 

 その波形こそ、有り得る筈の無い可能性そのものを示していた。

 その数瞬後、波形の照合が完了しメインモニターに波形の分析結果が表示される。

 

 『アウフヴァッヘン波形』。

 

 それは聖遺物=シンフォギアを纏う際に発生するエネルギーのようなものだ。

 その反応が出るには当然、シンフォギアが、そしてシンフォギアを纏う『適合者』が必要だ。

 

 聖遺物を造るには人為的な手が必要であり、それができる人間は限られている。

 つまり、二課が認知しているもの以外でその波形が確認される事は、それだけで異常事態なのだ。

 

 現在、シンフォギアとその適合者は二課が確認しているのは『天羽々斬』とその適合者である風鳴翼と、もう1人。

 

 

 

 だが、そのもう1人は既に────

 

 

 

 メインモニターに表示されたのは、たった1つのワード。

 

 

 ────code:GUNGNIR────

 

 

 それを見た二課の誰もが言葉を失い、ただ1人、弦十郎のみが叫んだ。

 まるで、驚愕と動揺を大声で誤魔化すかのように。

 

 

「『ガングニール』だとォ!?」

 

 

 それは、失われた聖遺物。

 

 それは、失われたシンフォギア。

 

 そしてそれは──────

 

 

(そんな、だってそれは……、『奏』の……ッ!)

 

 

 失われた、風鳴翼の相棒のシンフォギア。

 

 

 

 

 

 響自身、自分の体の変調を感じ取っていた。

 尋常ならざる、感じた事の無い、初めて知る感覚だ。

 

 苦しむような、獣のような声を響は上げる。

 ノイズはその光を前に立ち止まり、少女もまた、響の様子を驚愕の様相で見つめていた。

 光が収まり、刹那────!

 

 

「ガァァァァァァァッ!!!」

 

 

 咆哮、そう形容するのがふさわしい獣のような声を辺りに響かせた。

 それと同時に響の体には『何か』が装着されていく。

 腕に、足に、その全てが、既に制服とは違う何かを纏っていた。

 

 例えるならば、鎧。

 

 響はゆっくりと体を起こす。

 

 その顔は笑っていた。

 『黒く塗りつぶされた』その顔は、邪悪とも言える表情を浮かべていた。

 

 

 

 ────胸に浮かび、口ずさんだその旋律は、明日に命を紡ぐ歌か、それとも────




────次回予告────
旋律は輝きとなり、力に変わった。

何も知らぬ少女は運命に巻き込まれていく。

その時、世界を写す破壊者は────

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