スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第39話 終局、争奪戦

 バイクチェイスは未だに終わらない。

 レッドバスターはジャガーマンと戦闘を続行中だ。

 2人がすれ違う度、ジャガーマンの爪とレッドバスターのソウガンブレードが火花を散らす。

 射撃では意味がないと判断した為に接近戦に切り替えたわけだが如何せん、ジャガーマンの近接戦闘能力は意外と高かった。

 

 元々ジャガーマンはその名の通りジャガーの怪人だ。

 ジャガーは肉食で狩りをする動物であり獲物を仕留める為の鋭い牙と爪を持っている。

 そんなジャガーの特性を備えているジャガーマンが近接戦闘を得意としているのは当然の話だ。

 むしろバイクに乗って遠距離からの攻撃を出来るようにしているのは、遠距離攻撃ができないという欠点を補っているからであろう。

 遠距離ではバイク、近距離では爪と牙と、今のジャガーマンは隙の無い状態にある。

 

 

(やっぱり、バイクから何とか……!)

 

 

 結局、レッドバスターが出した結論は最初と同じでバイクから引き摺り下ろす事だった。

 レッドバスターはジャガーマンとすれ違って少し前進した後、バイク形態のニックをドリフト、再びジャガーマンに向かって行く。

 ジャガーマンも同じようにドリフトを行い、重火器を積んで鈍重そうなバイクを巧みな動きで操る。

 2者は再度接近し、剣と爪をぶつけるかと思われた。

 が、接触する寸前にレッドバスターは一瞬ニックを倒れ込ませ、モーフィンブレスを装備している左腕を真横に伸ばす。

 そして接近するジャガーマンが左腕を伸ばしたレッドバスターとすれ違おうとしたその瞬間にモーフィンブレスからワイヤーが発射された。

 瞬時に発射されたワイヤーはジャガーマンが乗るバイクのハンドルとジャガーマン本人の間にある僅かな空間にするりと入り込み、近くのビルに突き刺さった。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 ワイヤーはかなり頑丈にできており、ビルとモーフィンブレス本体で固定されたワイヤーはジャガーマンが前進する事を許さない。

 つまりジャガーマンがワイヤーに引っかかったのだ。

 ジャガーマンがワイヤーにかかった一瞬、左腕が猛烈に引っ張られる感覚に襲われるレッドバスターだが、決してワイヤーを緩める事はしない。

 結果、ワイヤーに引っかかったジャガーマンは思わぬ事にハンドルから手を離してしまい、バイクだけが前進。

 

 その後、主を失ったバイクは少し進んで横転した。

 レッドバスターはジャガーマンとバイクが離れた事を確認するとすぐさまワイヤーをモーフィンブレスに回収し、ニックにブレーキをかけた。

 

 

「上手くいったか!」

 

 

 ワイヤーに引っ掛けて、転ばせる事でバイクと分断する。

 単純明快で簡単な解決方法。

 だがワイヤーを張ればすぐに気付かれる事は必至なため、今のようにギリギリで、すれ違いざまにワイヤーを発射するという芸当が必要になった。

 お互いがバイクで走るスピードの中でそれを見極める事が出来たのはレッドバスターが『速さ』に慣れていたからだろう。

 超高速という人知を逸した速度で行動できるレッドバスターの目は、既にその程度の『速さ』なら見切る事が出来るようになっていたのだ。

 

 

『やったなぁ、ヒロム!』

 

「ああ!」

 

 

 喜ぶ2人を憎々しげに見つめ、背中から落ちたジャガーマンが痛みに耐えつつもゆっくりと起き上がった。

 

 

「よくも……!」

 

「悪いが、物騒なレースは終わりだ」

 

 

 ニックから降りてソウガンブレードを威嚇するように何度か回した後、構え直す。

 バイクを失っても闘志は消えないジャガーマンを相手にレッドバスターは全く臆さない。

 

 

「一気に決める!」

 

 

 レッドバスターは走り出すと同時にワクチンプログラムを起動した。

 モチーフとなったチーターのように、いや、チーターよりも素早くジャガーマンに接近。

 前から一撃、右に回り込んで一撃、後方から一撃、左に回り込んで一撃。

 ジャガーマンの前後左右全てから同時にすら思える程の速度でソウガンブレードを炸裂させる。

 余りの速さにジャガーマンも対応が出来ず、良い様に切り裂かれるだけだ。

 そしてジャガーマンから一度離れたレッドバスターはソウガンブレードを操作した。

 

 

 ――――It’s time for buster!――――

 

 

 エネトロンがチャージされ、ソウガンブレードに必殺を放たんとする力が籠められる。

 グッとソウガンブレードを握りしめジャガーマンに正面から突っ込む。

 すれ違いざまに一撃、そのまま後ろに回って大きく振りかぶって背面を斜めに切り裂いた。

 

 

「ヒョオォォォォォォ!!」

 

 

 なすすべなくソウガンブレードによる必殺の一撃を受けたジャガーマンは断末魔の遠吠えと共に爆散。

 しかしレッドバスターは気を緩める事無くイチガンバスターを転送、すぐさまソウガンブレードと合体させ、イチガンバスターをスペシャルバスターモードへと変えた。

 

 

 ――――Transport!――――

 

 ――――It's time for special buster!――――

 

 

 スペシャルバスターモードを携えたレッドバスターは背後に振り向き、それを構える。

 照準はジャガーマンが乗っていた横転しているバイク。

 レッドバスターはそのバイクの装甲が薄い部分目掛け、迷う事無く引き金を引いた。

 

 

「ハッ!」

 

 

 特大のビームはバイクの装甲の薄い部分をすり抜けてバイク内部に直撃。

 強力な一撃にガソリン等も反応してしまったのか、大ショッカー製の特殊バイクは破片を撒き散らして爆炎と共に破壊された。

 

 

「削除完了!」

 

 

 その言葉はジャガーマンとそのバイク、両方を撃破した事を報告するかのように口にされた。

 あのバイクは大ショッカーの物。

 下手にこちらで使おうとして、奪われた時の対策に『爆弾が仕込んでありました』とか『盗聴器がありました』なんてオチも考えられる。

 そもそも敵側が使っていた武器を残す意味は無い。

 レッドバスターはイチガンバスターを下ろすと、一息吐いて力を抜いた。

 が、すぐに仮面の中の顔は険しい顔つきとなり、バイク形態のニックに跨り、ハンドルを握ってエンジンを吹かせた。

 

 

「行くぞニック。まだ終わってない」

 

『はは、OK!』

 

 

 ストイックなレッドバスターの言葉が頼もしくて、ずっと近くで成長を見ていたニックにはそれが何だか嬉しくて。

 色々な思いを込めて一瞬笑ったニックと共にレッドバスターは戦場を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――LUNA! METAL!――――

 

「オォラァ!!」

 

 

 ハードボイルダーをジャンプさせ、バイクに乗るサイギャングの上空を通過しつつ『メタルシャフト』を振るうW。

 今しがた変わった右が黄色、左が銀色の姿、『ルナメタル』は右側を『ルナメモリ』、左側を『メタルメモリ』に差し替えた姿だ。

 ルナは手が伸びたり、トリガーによる銃撃を誘導弾のように操ったりする事ができる不思議な力をWに与える。

 メタルは鋼鉄の体とパワー、そして棒状の武器、メタルシャフトを与えるメモリだ。

 この2つが合わさる事により『伸縮自在となったメタルシャフトを鞭のように自由自在に操れる』というWが完成するわけだ。

 

 そしてサイギャングの上空を通過したWがメタルシャフトを振るった結果、メタルシャフトは伸び、まるでロープのようにサイギャングの体に巻き付く。

 Wはそのままハードボイルダーを着地の後、少しの間前進させた。

 結果、サイギャングは自分が乗るバイクよりも速いスピードと勢いで前に引っ張られ、バイクから転げ落ちてしまった。

 乗り手を失ったバイクは横転し、その派手な音で相手が上手く横転した事を察したWはハードボイルダーを止め、後ろを向いた。

 

 

「へっ、上手くいったな」

 

 

 Wはハードボイルダーからすぐさま降りてメタルシャフトを振るう。

 立ち上がり際のサイギャングに鞭のようになったメタルシャフトによる攻撃を浴びせるつもりなのだ。

 狙い通り、サイギャングを鞭で叩くかのようにメタルシャフトで攻撃する事には成功した。したのだが。

 

 

「……こんなものォ!」

 

 

 サイギャングは一切怯まない。

 その様子に一瞬たじろぐWだが、すぐに切り替えてメタルシャフトを何度も振るった。

 その度にサイギャングには鞭で叩かれたかのような衝撃が走っているはずだ。

 1発、2発、3発……10発以上繰り出している。

 だが、サイギャングはビクともしない。

 

 

「どうした? その程度では俺は破れんぞ!」

 

 

 表情は分からないが声は嘲笑っているように聞こえる。

 サイギャングは顔の前で両手をクロスさせた後、すぐさま広げて前に向けて両腕を伸ばした。

 すると伸ばした両腕の間を照準にし、サイギャングは口から炎を放ち始める。

 さらにそれに加え、その状態のまま一歩一歩前進してきた。

 あまり飛距離のない火炎だが、サイギャング自身が接近してくる事で火炎は徐々に徐々にWを熱気の中に追いやっていく。

 

 

「熱ぃな……!!」

 

 

 右手で防御しても左手で防御しても、ましてメタルシャフトでもサイギャングの炎は遮れない。

 普通の、一般家庭で使われるような火なら耐える事は容易い。

 だが、サイギャングの放つそれは普通に生活していればまずお目にかかれないほどの高温。

 仮面ライダーといえどキツイものはキツイ。

 

 

『目には目、火には火だ』

 

「ああ。熱く行こうぜ」

 

 

 フィリップの提案は翔太郎も既に考えていた事だった。

 炎に耐えながらWはダルドライバーを一旦閉じ、ルナメモリを引き抜く。

 そして新たに赤いメモリ、ヒートメモリを取り出して起動し、ダブルドライバーに装填、展開した。

 

 

 ――――HEAT!――――

 

 ――――HEAT! METAL!――――

 

 

 ヒートメモリの音楽とメタルメモリの音楽が交互に鳴り響き、1つの曲を作り出す。

 同時に黄色だった右半分は炎のように赤く染まる。

 炎を操る鋼鉄のパワーファイター、『ヒートメタル』。

 この2つのメモリは威力特化でありつつ、ヒートトリガーのように威力が高すぎてWも危険、という事にもならない相性の良い組み合わせの1つだ。

 

 

「おっし……」

 

 

 メタルシャフトを両手で回し、右手で構えるW。

 ルナメタルと違い、メタルシャフトは普通の棒状の武器のまま使う事になる。

 だが単純な威力はルナメタルよりも上となった。

 Wはサイギャングの炎に熱さを感じつつもヒートメモリのお陰である程度耐えられる事を確認し、極力炎を避けながらサイギャングに接近、メタルシャフトを振るった。

 

 

「ぬぅ……! だが、まだ!」

 

 

 パワー特化のW、そこから放たれた熱き力で強化されたメタルシャフトの一撃にもサイギャングは耐えた。

 多少の怯みはありつつも硬い表皮はダメージをちょっとやそっとじゃ通さない。

 さらにサイギャングは打ち付けられたメタルシャフトを左手で掴み、右手で渾身のパンチをWの胸部目掛けて放ってみせた。

 同時に左手を離す事でメタルシャフトともどもWは大きく仰け反り、後方にたじろぐ。

 

 

「……んな簡単には行かねぇか」

 

 

 胸の辺りを摩りつつ、Wは痛みに耐えながら臨戦態勢を崩さない。

 しかし、ヒートメモリで炎への体勢をつければ後は余裕、というわけにもいかないらしい。

 腐っても怪人という事か、バイク無しでも実力はあるようだ。

 

 

『さて、どうする翔太郎? なんだったらエクストリームで……』

 

 

 確かにエクストリームになりサイギャングのデータが地球の本棚に記載されていれば弱点を知る事が出来る。

 エクストリーム最大の利点、力でも技でも速さでもなく、『情報』。

 地球の本棚という究極のデータベースを常時閲覧できるそれは情報という面において最強の武器と言える。

 それを駆使して戦えば苦労する敵でもないだろう。

 だが、フィリップの提案を翔太郎は笑って否定した。

 

 

「いいや、アイツの弱点なら分かってるぜ」

 

 

 その言葉に思わずフィリップも『へぇ』と感心するような声を上げた。

 仮面の奥で不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりな翔太郎。

 そういう時の翔太郎は2つの道に分かれる。

 1つは調子に乗って足元をすくわれるパターン。

 もう1つは翔太郎の言う通りに物事が進むパターンだ。

 

 前者の場合は主にハードボイルドを気取って格好付けている翔太郎が起こす事が多い。

 対して後者は真面目且つ、ハーフボイルドな翔太郎らしい翔太郎が引き起こす。

 戦いにおける翔太郎はどちらかと言えば後者に当たる。

 何より相棒として一緒に戦ってきたフィリップには分かった。

 今の翔太郎の考えは、何らかの根拠と彼特有の勘による確かなものだと。

 

 

『ではお手並み拝見だ』

 

「へっ、任せな」

 

 

 Wは左手で鼻をこするような動作の後、再びメタルシャフトを握って正面からサイギャングに向かう。

 まだ懲りていないのか、とでも言っているかのようにサイギャングは攻撃を体で受ける気満々だ。

 

 

(あのライダーが言ってた……)

 

 

 Wは、翔太郎は先程現れた仮面ライダー、ディエンドの変身者が口にした言葉を思い出す。

 それは彼が最初の一撃をマッハアキレスに撃ち込んだ時の言葉。

 

 ――――『怪人の弱点は意外と分かりやすかったりするのかもね』

 

 そして同時に少し前のフォーゼ、プリキュアと共に戦った時のサイ怪人を思い出した。

 サイ怪人はジョーカーのライダーキックで角を折られた時、酷く悶絶していた。

 それもキュアブラックとジョーカーが悠長に話を出来る程の苦しみを見せて。

 

 

(つまり、だ。お前の弱点……)

 

 

 目の前にいるサイギャングは見ての通りのサイの怪人。

 ディエンドの変身者の言葉、そしてサイ怪人との戦い。

 翔太郎の中で思い返される2つの記憶が目の前の打開策を導き出した。

 

 

「此処だろッ!!」

 

 

 サイギャングに接近しきったWはメタルシャフトを思い切り振りかぶり、叩きつけた。

 その位置はサイギャングの頭部。

 要するに角をぶん殴ったのだ。

 サイギャングの角は呆気なく折れ、まるでメタルシャフトという名のバットでホームランを打ったかのように遠くへ弧を描いて飛んで行った。

 

 

「イッ、ギャァァァァ!!?」

 

 

 途端にサイギャングは頭を押さえて苦しみ始めた。

 そう、何時ぞやのサイ怪人と同じように。

 思った通りの展開にWはメタルシャフトを肩で担いで余裕の仕草を見せた。

 

 

『やるね翔太郎』

 

「ああ。あの青いライダーに変身した奴が言ってた『怪人の弱点は意外と分かりやすい』って言葉と、前に俺が戦ったサイの怪人が角を折られた時、酷くダメージを受けてた事……。この2つでな」

 

「成程、サイで最も目立つのは角。そして以前君が戦ったサイの怪人は角が弱点……そこから考えたって事だね?」

 

「ま、そういう事さ。後は勘だな」

 

 

 サイ怪人の弱点がサイの体の部位でも一際目立つ角であった事から、サイギャングも同じではないのかと翔太郎は推理した。

 その推理はドンピシャだったという話だ。

 単純に聞こえるかもしれないが、ともすれば聞き逃しそうな言葉をしっかりと覚えている探偵らしい観察力と以前の戦いから来る経験を活かす事でサイギャングに明確なダメージを与えて見せたのだ。

 

 

「これで決まりだ……!」

 

 

 肩からメタルシャフトを離して水平に構える。

 同時にダブルドライバーからメタルメモリを引き抜き、メタルシャフト中央部にあるマキシマムスロットにメタルメモリを差し込んだ。

 

 

 ――――METAL! MAXIMUM DRIVE!――――

 

 

 トリガーマグナムと同じように、武器にメモリを差し込む事で発動する必殺の一撃、マキシマムドライブ。

 ヒートとメタルの力を受けたメタルシャフトは両端を激しく燃焼させる。

 さながらその炎はエンジンのようで、W本人も気を抜いたらメタルシャフトに引っ張られてしまうであろう程の勢いだ。

 Wはメタルシャフトにから噴射する炎と自前の脚力で一気に加速、その勢いを乗せた強烈な一撃をサイギャングに見舞う。

 

 

「「『メタルブランディング』!!」」

 

 

 炎を纏った鋼の一撃。

 振った棍棒はサイギャングの腹部を正確に捉え、推進力と一切の加減なく振りかぶった事により発生した重い打撃。

 それは角を折られて弱っているサイギャングの表皮を貫き通し、砕くには十分な威力だった。

 

 

「ケ、ケケケェェェェェェェェ!!?」

 

 

 爆散、同時にWはメタルブランディングの勢いを利用してサイギャングの爆発跡から抜け出した。

 すぐにブレーキをかけ、背後を振り向く。

 サイギャングが爆発した事による炎が未だに燃え盛る中、その中にサイギャングの姿は無い。

 というよりも、爆散したその体は残っていないというべきか。

 

 

「っし……」

 

 

 手応えは確かに感じたし断末魔も確かに聞いた。

 寸前で離脱したという事は無いだろうと思いつつも一応辺りを一通り見渡した後、敵の気配がない事を確認し、ホッと胸を撫で下ろした。

 メタルシャフトを背中に斜め掛けするようにマウントして埃を落とすように両手を軽く払う。

 一息つきつつ、一旦呼吸を整えて落ち着こうとするW。

 が、それはいきなりの爆音によって阻まれた。

 

 

「うおぉう!?」

 

 

 間抜けな声と共に肩をビクリと反応させつつ、爆音がした方を警戒しつつ振り向く。

 見れば、先程までサイギャングが乗っていたバイクが爆散しているではないか。

 そこから少し距離が離れた場所には赤いバイク、ニックに乗っているレッドバスターが大きな銃、スペシャルバスターモードのイチガンバスターを構えている。

 今のはその銃でバイクを撃ち貫いた事による爆発なのだとWは理解した。

 レッドバスターは銃を下ろすとWに向き直る。

 

 

「この先で仲間が戦っている。引き続き協力してくれるか?」

 

 

 強制でもなく命令ではなく要望に近い。

 だが、レッドバスターの声には何処か確信めいたものがあった。

 この仮面ライダーは協力してくれるだろうという確信が。

 わざわざこの場に来て、自分達に協力してくれた仮面ライダーを信用しない理由は無い。

 いきなりの助っ人を疑うのも尤もだが、信用に足る理由があれば話は別という事だ。

 そしてレッドバスターの確信通りの返しをWは口にした。

 

 

「事情諸々は聞きたいトコだが、今はそんな場合じゃねぇな。協力するぜ」

 

 

 顔の向け方なんかから、少しキザな感じがを漂わせるW。

 変身している人物はどういう人物なのだろうとレッドバスターは思いつつも、その頼もしい言葉に頷きで返した。

 

 Wは一度動きやすいサイクロンジョーカーの姿に戻りハードボイルダーに跨った。

 レッドバスターのニックと、Wのハードボイルダー。

 通常のバイクを超えた速度を叩きだすそれは仲間の元へと戦士を最速で運ぶ頼もしき足となる。

 2人の戦士を乗せたバイクが並走しながら向かう先では、未だ戦いが繰り広げられているのだ。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの少女と響、ディケイドとディエンドが争っている工場地帯から少し離れた場所。

 リュウケンドーは地に伏し、ジャークムーンは己の剣を地に這いつくばるリュウケンドーへ向ける事すらしない。

 ジャークムーンの構えは少し緩んでいた。

 それは油断や気の緩みなどではなく、『呆れ』から来るものだった。

 

 

「弱い、弱すぎる……」

 

 

 此処までの戦いの流れは酷く簡潔なものだ。

 リュウケンドーが剣で挑む、ジャークムーンがそれを受けて立つ、純粋な実力でリュウケンドーが圧倒される。

 たったこれだけで説明できるほど、その勝負は圧倒的だった。

 リュウケンドーの攻撃の殆どは受け流され、逆にジャークムーンの攻撃は殆どが命中する。

 例え防御してもそれを上からぶち破ってくるか、間髪入れない追撃が飛ぶ。

 鍔迫り合いでもしようものなら確実に力負けする。

 どんな攻撃を繰り出してもリュウケンドーは敵わなかったのだ。

 

 

「くっ、そぉっ……!」

 

「どうやら貴様を買い被っていたようだ」

 

 

 ジャークムーンと戦ったのはこれが初めてではなく、最初に戦った時があった。

 その時もリュウケンドー、リュウガンオーは全く敵わなかった。

 だが、最後の最後でリュウケンドーが三位一体技で一太刀を浴びせた。

 その一撃にジャークムーンは同じ剣を扱う者としてリュウケンドーに可能性を見出したのだ。

 自分と対等になれる程の剣使いではないのか、と。

 だが結果は見ての通り、ジャークムーンに手も足も出ないリュウケンドーが転がっている。

 ジャークムーンが呆れているのはその為、詰まる所『期待外れ』だったのだ。

 この出来損ないをどうしたものかと気怠そうに考えるジャークムーン。

 

 

「剣二!」

 

 

 声はリュウケンドーにとってもジャークムーンにとっても聞き覚えのある声だった。

 声がした瞬間、跳び上がった赤い戦士が弾丸を数発放つが、ジャークムーンはその全てを月蝕剣で撃ち落とす。

 声と銃撃の主はリュウガンオー。

 イカファイアと戦闘員との戦いを終え、この場に助っ人に来た。

 そして倒れるリュウケンドーと余裕を見せて立っているジャークムーンを見て、見かねたリュウガンオーが参戦したというわけだ。

 そして助っ人はそれだけに留まらない。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 次なる声は女性の声、同時に斜め上からの飛び蹴りがジャークムーンに放たれる。

 剣を前で盾のように構え、それを防いで見せるジャークムーン。

 飛び蹴りを放った戦士、イエローバスターは月蝕剣を足場に後方に回転、そのままバックステップで後ろに下がった。

 

 

「大丈夫、剣二さん!?」

 

 

 構えを解かぬまま、倒れたリュウケンドーを気遣うイエローバスター。

 その隣にはリュウガンオーも並び立った。

 まるで倒れたリュウケンドーを庇うかのように、2人はリュウケンドーの前に立ち、ジャークムーンに立ち塞がったのだ。

 

 

「なんでだ……!」

 

 

 未だ突っ伏すリュウケンドーは悔しさのあまり地面を叩いた。

 確かに少しだけ特訓を嘆いたりはした。

 だが、本気で訓練をサボっていたわけではないし、訓練そのものにも本気で取り組んだ。

 それに今までの実践でリュウケンドーも経験を積んできた。

 強くなっているはずなのだ、少なくとも、最初にジャークムーンと戦った時よりも。

 なのに一太刀浴びせるどころか全く敵わない。

 猛烈な歯痒さと苛立ちがリュウケンドーの心に降りかかっていた。

 

 

「くらえっ!」

 

 

 リュウガンオーの一声と共に、ゴウリュウガンと転送されたイチガンバスターによる銃撃がジャークムーンを狙う。

 だが、ジャークムーンはそれらを躱し、躱し切れない銃撃は月蝕剣で切り払った。

 結果として、弾丸は一撃たりともジャークムーンには当たらなかった。

 

 

「飛び道具に頼ってはいかんよ」

 

 

 余裕綽々でリュウガンオーとイエローバスターを見やる。

 同時に放った複数の銃撃を剣一本で弾いてしまった事にイエローバスターは驚きを隠せない。

 対照的に一度相手をした事があるリュウガンオーはあまり驚いていない様子だ。

 こうなるだろう、と予想はしていた。

 今の程度の馬鹿正直な銃撃が当たってダメージを受けるならば、リュウケンドーだって苦戦したとしても此処まで追いつめられるはずがない。

 ジャークムーンの強さはリュウガンオーも身を持って知っている。

 だが、それでも引くわけにはいかない。

 後ろには倒れるリュウケンドーがいて、守るべきデュランダルがあるのだ。

 

 

「だったら、ヨーコちゃん!」

 

「うん!」

 

 

 リュウガンオーが何を言わんとしたのかすぐに察したイエローバスターは宙高く跳び上がった。

 いきなり遥か高くまで跳び上がるイエローバスターを思わず目で追うジャークムーン。

 

 

「余所見してると痛い目見るぜ!」

 

 

 そこにリュウガンオーが銃撃をかまそうとする。

 咄嗟の事に考えるよりも先に体が反応したジャークムーンはゴウリュウガンより発射された弾丸を月蝕剣の側面を向ける事で全て防御して見せた。

 火花は散るが、月蝕剣には傷1つ付いていない。

 それでもリュウガンオーは連射を続けた。

 鬱陶しそうにそれら全てを弾くジャークムーンは、一瞬、イエローバスターの事を完全に忘れていた。

 

 

「はあぁぁぁぁッ!」

 

 

 威勢の良い女の声が上空から響くと同時に、ビームの雨がジャークムーンに降り注いだ。

 リュウガンオーに意識が向き切っていた彼にその雨を凌ぐ手立ては無く、容赦のない攻撃に飲み込まれていく。

 着地したイエローバスターは数回バク転の後、リュウガンオーの横に再び並んだ。

 ビームの影響によって立ち込める煙のせいでジャークムーンの姿は認識できないが、ダメージくらいは与えたか、と煙から目を逸らさない2人。

 

 

「『三日月の太刀』ッ!!」

 

 

 煙が晴れようとしていく中で見えた影が、その声と共に剣を振るった。

 晴れかけていた煙を引き裂き、轟音と共にコンクリートをも砕きながら現れたのは逆くの字型、三日月のような形をした何か。

 それも2つ。

 それは急速にリュウガンオーとイエローバスターにそれぞれ接近し、2人に直撃、その体を容易にすっ飛ばした。

 

 

「っああッ!?」

 

 

 痛みを感じる事で自然と出た悲鳴と共に2人はリュウケンドーよりも後方、大分離れた位置まで吹き飛んでしまった。

 挙句、今の三日月が恐ろしい程の威力だったせいか、2人が纏っていたスーツが限界に至り2人は元の姿に、つまりは変身を解除されてしまったのだ。

 うつ伏せに倒れている2人の額と口から流れる血が今の技の威力を物語っている。

 

 

「フン、無駄な事を……」

 

 

 引き裂かれた煙からジャークムーンが姿を現す。

 彼は満月や三日月など、『月』の状態を技名に冠した奥義を持つ。

 今のは三日月の太刀。

 その名の通り、三日月状のエネルギーを月蝕剣から飛ばす技だ。

 無論、リュウケンドーを技抜きで追い込んだ彼が出す奥義なのだから威力は破格。

 

 

「あの2人に用はない。リュウケンドー」

 

 

 悔しそうに顔だけ上げてジャークムーンを睨む銃四郎とヨーコを下らないものを見るかのように一瞥した後、すぐに未だ這いつくばるリュウケンドーに目をやった。

 

 

「これを使ってみろ」

 

 

 ジャークムーンはリュウケンドーの眼前に一本のマダンキーを放った。

 それはこの作戦が始まる前、Dr.ウォームからジャークムーンが受け取っていたサンダーキーだった。

 勿論リュウケンドーがそんな事を知るわけはないし、何の意図があってキーを寄越してきたのかもわからない。

 

 

「今のお前では弱すぎて相手にならぬ」

 

「なにぃ……!」

 

 

 完全な挑発と受け取ったリュウケンドーが必死の思いで立ち上がろうとするが、それよりも早くジャークムーンの腕が動き、月蝕剣が振るわれた。

 しかしそれはリュウケンドーに向けられたものではない。

 月蝕剣からは三日月の太刀が再び放たれたのだ、倒れる銃四郎とヨーコの目の前に。

 その威力で2人の目の前にあるコンクリートが深く抉れる。

 当然、こんなものを生身で受ければひとたまりもないだろう。

 ジャークムーンは月蝕剣の切っ先を動かしリュウケンドーに向けた。

 

 

「仲間を守りたければ、そのキーを使え」

 

 

 仲間が危険に晒されたこの状況下の中でリュウケンドーがそのキーを手にするには、ほんの一瞬考えるだけの時間があれば十分だった。

 

 

「待て剣二ィ……!」

 

 

 キーを持ち、ふらつきながらも立ち上がるリュウケンドーに後方で倒れている銃四郎が痛みに耐えつつも声を上げた。

 

 

「調整していないマダンキーを使えば何が起こるか分からない。忘れたのかぁ……!!」

 

 

 マダンキーの入手経路には色々とあるが、とりわけジャマンガの魔物から排出されたものを使うという事例が多い。

 ジャマンガも魔物を生み出す際にマダンキーを使っており、その魔物を倒す事でマダンキーを手に入れ、結果的に魔弾戦士が強くなるという事だ。

 

 だが、そのままでは使えない。

 調整しきっていないマダンキーは所謂『魔弾戦士用』になっておらず、手に入れたばかりでは何の魔法が起動するかも分からない。

 どんな魔法が使えるかの解析と魔弾戦士に合わせての出力の調整。

 それができる人物、S.H.O.Tで言えば瀬戸山がそれを行う事で初めてリュウケンドーやリュウガンオーはマダンキーを使用できるようになるのだ。

 

 

「でも……!」

 

 

 後ろで倒れる2人と脅しに放たれた三日月の太刀が抉った地面、そして目の前に立ち塞がるジャークムーンを交互に見る。

 このままでは全員無事では済まない。

 最悪、死も有り得る。

 リュウケンドーはサンダーキーをグッと握ったまま迷い続けた。

 銃四郎が言う事も正論であり、リュウケンドーも理解はしているからこそ、余計に。

 

 

「やめて剣二さん……! 私達は大丈夫だから……!!」

 

 

 銃四郎の言葉と表情で事の重大さが分かったのか、魔弾戦士の事を完全に理解していないヨーコも苦しそうな様子で必死に訴えかける。

 誰がどう見ても大丈夫ではない。

 むしろ傷ついても尚、リュウケンドーを説得しようとするその痛ましい光景が余計にサンダーキーの使用を決意させるようでもあった。

 見かねたゲキリュウケンもリュウケンドーを何とか思いとどまらせようと必死だ。

 

 

『やめろ剣二! ……そ、そうだ、俺がどうなっても……』

 

「それでも俺は……!」

 

『話聞けよ』

 

 

 一切説得を聞く気のないリュウケンドーに冷ややかなツッコミが飛ぶ。

 サンダーキーを差し込まれるのは他でもないゲキリュウケンである。

 何かしら起こった時に一番被害を受けるのはリュウケンドー以上にゲキリュウケンなのだ。

 止める為とはいえその説得、特に最初の、自分を脅しの材料に使うような発言は流石にあんまりじゃないかとツッコめるような人間は此処にはいない。

 というか、そんな余裕はない。

 

 

「サンダーキー!」

 

 

 意を決したリュウケンドーはゲキリュウケンのキーを装填する部分を展開した。

 彼の心は2つの思いに染まっていた。

 仲間を守りたいという心と、ジャークムーンに勝ちたいという対抗心に。

 その比率は天秤にかけるまでもなくはっきりしていた。

 

 彼の思いは何よりも――――。

 

 

「発動!!」

 

 

 ジャークムーンに何としてでも勝ちたい、その思いで突き進んでいた。

 

 

『ぐあッ!?』

 

 

 短い悲鳴を上げるゲキリュウケン。

 そしてそれだけで何も起きない。

 リュウケンドーに変化は無く、何かが召喚されるでもない。

 そして何のキーが発動したのかを、ゲキリュウケンがコールする事さえも。

 だが、次の瞬間。

 

 

「ぐ、ああああああああッ!!?」

 

 

 体中に電流が走るかのような強烈な痛みがリュウケンドーを襲った。

 痺れ、焼かれるような痛み。

 思わずゲキリュウケンを手放して再び倒れ込んでしまうリュウケンドー。

 手放して落ちたゲキリュウケンからはサンダーキーが勝手に排出され、無造作に転がる。

 

 

「よくやった、と言いたいが……」

 

 

 サンダーキーを発動して苦しむリュウケンドーを見ながらジャークムーンは吐き捨てる。

 

 

「使いこなせぬか、屑め」

 

 

 サンダーキーは魔物ですら使いこなせるもののいない禁断のキー。

 リュウケンドーが使いこなせない事は分かっていたのだ。

 だが、万に一つという可能性があるかもしれないとジャークムーンはサンダーキーを渡した。

 その思考は実験するのを面白がっているかのようなそれに近い。

 結果は見ての通り使いこなせないリュウケンドーがサンダーキーの力に苦しむというもの。

 自分に届かないばかりかサンダーキーを使いこなす事もできない。

 ジャークムーンは、リュウケンドーに自分が思い描いていた可能性は全て間違いだったと、失望していた。

 

 

「サンダーキーはお前の命を蝕む。しかし使わねば、私を止める事はできん」

 

 

 それだけ言うと、ジャークムーンはマントを翻して背を向けた。

 

 

「尤も、お前にその資格は無かったようだがな」

 

 

 ジャークムーンはそのまま何処かへと去って行ってしまった。

 他の戦場でもなく、デュランダルの元でもない。

 今回の戦いとはまるで関係の無い方向へ。

 彼はリュウケンドーと戦うという事だけを目的にして出陣してきた。

 その興味が失せた今、この戦場にいる意味は無くなったという事なのだろう。

 

 リュウケンドーは未だに悶え苦しむ。

 魔力の暴走の為か、体はファイヤーリュウケンドーやアクアリュウケンドー、そして見た事のない姿にまで目まぐるしく変化。

 そして最後には変身が解かれ、服が焼けこげ、体のあちこちに傷を負い、ボロボロになって立つ事すらままならない剣二がその場に転がった。

 

 

「ゲキ……リュウケン……」

 

 

 それでも、それでもジャークムーンに負けたくない彼の気持ちは消えない。

 それは最早諦めない気持ちなんて綺麗なものではなく、往生際が悪いとしか言えない凄惨なものだった。

 這いつくばりながら体を動かし、地面に体を擦り付けながらも何とかゲキリュウケンを手にする剣二。

 だが、ゲキリュウケンは何1つ言葉を発さない。

 サンダーキーを勝手に差し込まれた文句や怒りすらも飛ばず、死んだように口を閉ざしていた。

 

 

「おい、ゲキリュウケン……!!」

 

 

 それは彼が、リュウケンドーに変身できなくなった事を意味していた。

 

 

 

 

 

 ディケイドとディエンドは銃撃戦を展開していた。

 時折、流れ弾が工場地帯の一部に当たり爆発を起こす。

 その度に、どちらの弾丸だったとしても責任は俺に発生するんだろうかと、ディケイドは少し憂鬱気味だ。

 何より相手がディエンドというのがその憂鬱を加速させていた。

 

 

「士ァ、いい加減諦めてくれないかな?」

 

「こっちの台詞だ」

 

 

 海東は仲間だ。

 決してお世辞でも何でもなく、士は本心からそう思っている。

 本気で銃を向け、剣で斬り、拳を当てる相手ではない。

 だからディケイドは本気になれず、無駄に溜息が多くなる。

 士は仲間だ。

 強がりと意地っ張りさえ無くせば、大樹は本心からそう思っている。

 それでも銃を向けてしまうのは、今でも意固地な態度を貫いてしまうが故。

 そしてお宝を手に入れたいという気持ちそのものは本心だからだ。

 

 お互いに本気で潰し合う気はない。

 だが、お互いに強敵であることも事実だった。

 ディエンドはわざとらしく肩をすくめ、溜息をつく。

 

 

「数を増やさないだけ、ありがたく思って欲しいんだけどな」

 

「昔は容赦なく増やしてきただろ、お前」

 

 

 ディエンドがカメンライドを行って仮面ライダーの数を増やさないのは、本気で戦う気が無いというのが理由だった。

 数人でかかれば有利にはなるだろうが、本気で潰すのはディエンドの本意ではない。

 かつての事を持ち出したディケイドにも飄々とディエンドは答える。

 

 

「昔は昔、今は今さ」

 

「だったらその言葉、そっくり返すぞ」

 

 

 だったら、こっちがした事もいい加減に許せよとディケイドは思う。

 お互いに昔はいがみ合いつつ、喧嘩しつつ、それでいて信頼しあった仲。

 いっその事、お互いに過去の事は水に流して許し合えば話が早いのだが。

 

 

「ふぅん……まあそろそろ僕の気も済んだから、あの件は許してもいいよ」

 

「なら……」

 

「でも! 僕がトレジャーハンターなのも、変えようのない事実なのさ」

 

 

 そう、士と大樹が一時だけ確執を生んだ仮面ライダーとスーパー戦隊を巻き込んだあの決戦。

 あの決戦の直後、士と大樹はお互いに笑顔を見せあうぐらいには関係が修復されていた。

 大樹は許そうと思えば許せていたのだ。

 勿論、ねちっこくその事を引き合いに出して根に持っているのも事実ではあるのだが、敵対するほどの事ではない。

 今この2人が銃を向け合っているのは要するに、デュランダルが原因なのである。

 

 

「ったく、お宝が絡むとすぐそれか!」

 

「当然だよ」

 

 

 しばし話に集中して銃を下ろしていた2人だったが、言葉と共にディエンドはディエンドライバーを向け、引き金を引いた。

 咄嗟に避けるディケイドもライドブッカーを向けて引き金を引く。

 銃声が響き、コンクリートに着弾すれば穴が空き、工場地帯の一角に当たれば煙が出て、下手すれば爆発する。

 

 

「悪いが仕事なんでな。どうにもならないなら本気でやるぞ」

 

「上等だね、獲物を目の前にして引き下がるわけにはいかないんだよ」

 

 

 喧嘩するほど仲が良い。

 果たしてその言葉が適用されるのかは分からないが、決して憎み合っているわけではない2人の仮面ライダーの戦いは続く。

 

 

 

 

 

 空中から茨が投げられ、それを避けて地面が割れる。

 同時に迫るノイズを拳と足で砕き、ネフシュタンの少女を追う。

 ネフシュタンの鎧は飛行能力をも完備しており、他のシンフォギア装者にはない制空権の獲得を可能としている。

 響だけでなく翼であったとしても、空中戦となれば苦戦は必至。

 まして戦闘経験の浅い響ならそれは尚さらである。

 唯一の救いはネフシュタンの少女が時折接近戦を挑んでくる、というところであろうか。

 ただ、その接近戦ですらネフシュタンの少女のセンスは抜群だった。

 

 

「ォオラァ!!」

 

「ッ!!」

 

 

 ネフシュタンの少女の左足によるハイキックを右手の装甲を使って受ける。

 彼女自身の実力なのかネフシュタンの力なのか、あるいは両方か。

 ともかくその蹴りは重たく、受け止めるだけでも腕に痺れが走る。

 

 

「でりゃァ!!」

 

 

 間髪入れず、上げていた左足を戻し、その左足を軸に回転、右足で後ろ回し蹴りをかます。

 右足は深く響の腹部に炸裂、繰り出した勢いをそのままに響を宙に打ち出した。

 

 

「ァ……ッ!!」

 

 

 思わず声が出そうになるが、腹が潰されて悲鳴にならない悲鳴、空気の抜ける音しか出ない。

 宙を舞った響は必死の思いで着地、腹部を抑えつつも何とか体制を維持した。

 

 

(ちっ、あのヘッポコがァ……。戦えるどころか耐久まで伸びてんのか!?)

 

 

 この戦い、見る者は恐らくネフシュタンの少女が優勢で響が不利だと感じるだろう。

 戦いの様子を見ればそれは全く間違っていない。

 ただ、戦っている両者の心境はそれとは真逆だった。

 ネフシュタンの少女は優勢なはずなのに焦っていた。

 立花響が、あの雑魚同然にしか考えていなかった少女が恐るべきレベルアップを遂げていた事。

 同時に攻撃面だけでなく防御面や耐久面も格段に伸びていた事。

 ついでに言えば、甘っちょろかった精神面まで肝が据わったかのようになっている事。

 

 対して響は冷静だった。

 自分が押し負けている事を自覚しつつ、アームドギアを欲している事も変わらない。

 ただ、以前と違い闇雲にアームドギアを求めているのではなく、ともかくできる最善の手を打とうとする判断力が今の響にはある。

 実力差をキチンと理解している今の響が冷静に対処さえすれば、一気に負けるという事は有り得ない。

 

 

(とにかくデュランダルだ! あれさえ手に入れば……ッ!!)

 

 

 ネフシュタンの少女は未だに空中に佇むデュランダルをチラリと見上げた。

 デュランダルは完全聖遺物の1つ。

 ネフシュタンの鎧と同じく、それは強力な力を持っているに違いないだろう。

 それを手にさえできれば、こんな素人はどうにでもなる。

 そうすれば自ずと立花響を攫うという目的も一緒に果たせるだろう。

 

 

「はあッ!!」

 

「わっ、とッ!」

 

 

 しばし睨み合っていた2人。

 その沈黙の時間を茨による奇襲でネフシュタンの少女が破った。

 未だ痛みをこさえている響は一先ず避ける事でそれに対処するも、次の瞬間に響の顔は上空を向いていた。

 

 

「ッ!」

 

「これさえ、あればァ!!」

 

 

 跳んだネフシュタンの少女はデュランダルに手を伸ばした。

 ひよっ子1人に此処まで苦戦するとは思わなかったが、これさえ手に入れば問題は完全聖遺物の威力の前に吹き飛ぶだろう。

 あと少し、ほんの少しで届く。

 ネフシュタンの少女はニヤリとした笑みを浮かべた。

 

 

「えぇいッ!!」

 

 

 だがネフシュタンの少女の背中に強烈な衝撃が走った事で体勢が崩れ、その手は虚空を掴む事になる。

 背後を睨めば肩から突撃してきた響の姿。

 咄嗟の判断でネフシュタンの少女を押し出し、今度は響がその手を宙に舞う剣に伸ばした。

 

 

「渡すものかァァァ!!」

 

 

 響の右手がデュランダルを掴み、着地。

 両手でそれを握りしめる響はどういうわけか、それきり動きを止めた。

 

 

「そいつをッ……!?」

 

 

 こっちに渡せ、そう吠えようとした時にはネフシュタンの少女も『異常』に気付いた。

 デュランダルが金色に輝いている。

 起動した直後にも見えた、いや、それ以上かもしれない輝きを。

 その光は天空に伸びる光の柱となった。

 まるで響が初めてガングニールを起動した時のような。

 

 響本人も猛烈な『衝動』に襲われている。

 こみ上げてくる何か、喜怒哀楽のそれに当てはまる感情ではなく、破壊衝動と言う他ない感情。

 記憶も理性も意識もハッキリしているのに、心優しい響の心は獰猛な獣のように何かを屠る事だけしか考えられない、どうしようもない感情に駆られていた。

 

 伸びる光の柱に沿う様に、デュランダルを掲げる。

 するとデュランダルの折れていたはずの刃の先端が、まるで再生したかのように瞬時に現れる。

 

 

「オオォォォォォォッ!!!」

 

 

 デュランダルを掲げる響の顔は、正確に言えば上半身の殆どが黒く塗りつぶされていた。

 その表情は立花響の甘さも優しさも消え失せ、獰猛な一匹の獣とでも表現する方がしっくりくるような凶暴な面持ちだった。

 その顔から発せられる叫びも、最早獣の咆哮と呼んでも差し支えない。

 その光景をネフシュタンの少女が、櫻井了子が、そして戦いながら移動を繰り返しこの場に戻って来たディケイドとディエンドが呆然と見ていた。

 

 

「『アレ』は……!!」

 

 

 ディケイドはあの表情に、あの現象に見覚えがあった。

 初めてネフシュタンの少女と一戦交えたあの時、翼が絶唱を解き放ち重傷を負ったあの日。

 地下鉄の駅で響と共にノイズ掃討に当たっていた時に見たそれだ。

 学校内外で笑顔を見せ、シンフォギアさえなければ普通の女子高生と変わらぬ彼女が見せる凶暴な顔。

 最初に見た時は何かの見間違いかとも思ったが、2回目と出くわしたとなるとそう思うのにも限界がある。

 

 

「ちょっとヤバそうだね。アレはあの女の子のせい? それともお宝のせいかな?」

 

「知るか……!」

 

 

 叫び声と表情、そして漂う異常な雰囲気をディエンドも察したのか、言葉だけは悠々としながらもディケイドに銃を向ける事も忘れている。

 そんな事はこっちが聞きたいくらいだと、ディエンドの言葉を切り捨てるディケイド。

 

 一方でネフシュタンの少女もまた莫大なエネルギーを手にデュランダルを解放して見せた響に恨めしい、憤怒の感情を爆発させていた、

 

 

「そんな力を見せびらかすなァ!!」

 

 

 杖よりノイズを放ちデュランダルを奪おうとするが、その行為は気が昂りきっていた響の神経を逆撫でる事になったのか、響はゆっくりとネフシュタンの少女に目を向けた。

 幾ら強くなったとはいえ、先程までの甘ちゃんからは感じられなかった明確な『殺気』。

 今の響なら間違いなく敵を手にかけてしまうだろうと、この場の誰もが感じていた。

 

 恐怖。

 今まで強情と余裕を見せてきたネフシュタンの少女ですら、ぶつけられる凶悪な感情と目線に身を震えさせた。

 

 

「ウゥ……アアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 そして響は、デュランダルの輝きを迷う事無く振り抜いた。

 デュランダルから発生している光もまた剣の一部となり、見た目通りのリーチではない光の剣が振り下ろされる。

 長射程の光はノイズを炭に返し、工場施設をも容易に寸断した。

 光の剣が直撃した場所以外の周囲もそのエネルギーの余波で容易に破砕していく。

 1つの巨大な兵器と化したそれは辺り一帯全てを飲み込む力の奔流となってこの場の全て、人も物も問わずに襲い掛かった。

 

 ネフシュタンの少女が撤退を余儀なくされ、ディケイドとディエンドですら防御姿勢を取らざるを得ない程のエネルギーと爆発。

 撤退を行おうとする最中、ほんの少し回避が間に合わず余波に巻き込まれ、遠くへ吹き飛ぶネフシュタンの少女は確かに見た。

 

 その光景に恐怖も動揺もせず、ただただ恍惚と心酔の表情を浮かべる櫻井了子の姿を。

 

 

 

 

 

 辺りは瓦礫とそれを片付けるスタッフでいっぱいだった。

 すぐ近くでは了子と士が立って、辺りの状況を見渡している。

 変身は既に解除され、服は元の制服に戻っている事。

 目覚めた響がぼんやりとした頭で最初に確認できたのはそれくらいだった。

 どうやらあの一撃の後、自分は気を失っていたらしい事を響は自覚する。

 

 響は上半身だけを起こして座り込んだ状態のまま、辺りをもう一度よく見渡した。

 瓦礫の合間、砕けた建物からは黒煙が上がっている。

 スタッフ達は余りの被害の大きさに何処から手を付けたものかと困っている様子だ。

 被害は工場地帯全域、というか工場全てが爆散。

 再建するにも何年かかかるだろう。

 

 

「これがデュランダル。貴女の歌声で起動した、完全聖遺物よ」

 

 

 目覚めた響に声をかけたのは了子だった。

 解けた髪の毛を再び結い直しつつ、ひびの入った眼鏡を拾い上げていた。

 

 

「あ、あの私!」

 

 

 聞きたい事は山ほどあった。

 自分の身に何が起きたのか、了子のあの力は、結局任務はどうなったのか。

 だが、それら全てを了子は笑顔で封殺した。

 

 

「いいじゃないのそんな事。全員無事だったみたいだし、ね!」

 

 

 それだけ言った後、了子は何処かからの通信に応じる為に少し響と士から離れた。

 声はよく聞こえないが、かろうじて聞こえた『移送の一時中止』という言葉から、響は今回の任務がどういう形で終わったのかを一先ず理解し、手元のデュランダルを見つめた。

 

 

「立花」

 

 

 次に声をかけてきたのは士だった。

 デュランダルに意識を向けていた響は名前を呼ばれた条件反射で勢いよく士を見上げる。

 

 

「お前、自分が何をしたか憶えているか?」

 

「……はい」

 

「なら、自分の意思か?」

 

「あの時、凄く嫌な感情が湧き上がって来たんです」

 

 

 響は自分の身に起きた事を、自分の分かるだけの事を士に話し始めた。

 

「これを、デュランダルを手にした時に……『全部吹き飛ばしてやる』って……。

 私、なんで……」

 

 響の声はだんだん弱々しくなっていく。

 普段の響らしからぬ弱々しさに慰めるでもなく、士は「そうか」とだけ口にした。

 何故自分がそんな破壊衝動を抱いたのか、自分でも理解していない様子だ。

 自分の内に湧き上がった感情を、本人がコントロールできていなかったという事か。

 だが響だって感情をコントロールできないような歳ではない。

 何よりも普段の、学校生活も込みで響を見ている士にはあの光景が信じられなかった。

 

 

(暴走って奴か……。そういうのは大抵……)

 

 

 士も『暴走』の場に立ち会った事は何度かある。

 例えば士の旅の仲間の1人だった『仮面ライダークウガ』が暴走した時の事だ。

 あの時は大ショッカーの手によってクウガが『ライジングアルティメット』という新たな力を発現しつつ、黒い目となって暴走するというものだった。

 他には『響鬼の世界』で響鬼というライダーだった人物が、鬼の力を制御できずに魔化魍、即ち『怪人』へと変化してしまうというもの。

 怪人となったその人物は理性も心も失い、完全な怪人へと変貌してしまった。

 

 

(外からの力か、力を制御できなかったか……)

 

 

 クウガが暴走したのは外的要因、響鬼が怪人となってしまったのは内的要因。

 今回の場合は前者に当たるのだろうか。

 士はデュランダルを一瞥する。

 もしもこれが響に何らかの影響を与えたのなら、理屈云々は了子に聞かなければ分からないだろうが、一応の説明はつく。

 だが、それだと地下鉄の駅におけるノイズ掃討においての暴走に説明がつかなくなる。

 あの時の響が普段と違う事と言えば、何らかの理由で壮絶に怒っていたという事だろうか。

 

 

(まさか、どっちもか……?)

 

 

 地下鉄の駅での件と今回の件においての響の状態はかなり似ていた。

 地下鉄の駅ではノイズに対して一方的な虐殺にも見える凶暴な戦いを展開した響と、デュランダルの力を躊躇なくネフシュタンの少女に放った響。

 破壊衝動を敵に叩きつけるような、あの感じが。

 最初は怒り、次はデュランダルを手にした瞬間。

 この2つから考えられるのは、『暴走の要因は内外両方』というものだった。

 一度目は怒りによって力を制御できなくなり、二度目はデュランダルによって変な作用を受けてしまった。

 

 

(……チッ、専門じゃない俺が考える事じゃないか)

 

 

 仮に今の憶測があっていたとしても、怒りで何故暴走するのかとか、デュランダルからどんな影響を受けたとか、暴走の根本的な要因が分からないのでは意味がない。

 一応、後で櫻井に言っておこうとだけ考え、士は思考を止めた。

 

 

「にしても……」

 

 

 士は辺りを見渡した後、空を見た。

 広がる青い空に流れる雲は、自由気ままな何処かの誰かを思わせる。

 

 

「アイツ、何処行きやがった……」

 

 

 その何処かの誰かこと、海東大樹はある会話の後、姿を消していたのだ。

 

 

 

 

 

 時は数分前、デュランダルの力で工場が爆発した直後の事だ。

 エネルギーと爆発をやり過ごしたディケイドは粉塵と煙を掻き分けて響と了子を探した。

 放った本人である響はともかく、了子はただの人間だ。

 無事で済んでいるかわからない以上、優先すべきは彼女達を探す事だと考えたのだ。

 

 

「立花! 櫻井!」

 

「はぁ~い……」

 

 

 呼びかけにへたれた声が答える。

 聞こえてきたのは了子の声だとディケイドは認識。

 声のした方向に進んで行けば粉塵と煙の中に了子と響がいた。

 響は横に倒れ込み、了子も座り込んでしまっている。

 

 

「大丈夫か」

 

「な、何とかね」

 

 

 2人とも怪我はない事を確認し、ディケイドは一先ず安心した。

 だが、了子は顔を歪めてゴホゴホと咳をして苦しそうだ。

 そこでディケイドは辺りの粉塵と煙がその原因だという事を理解した。

 自分が変身しているから気付かなかっただけで、こういう粉塵や煙は吸い込むとよろしくない。

 手で口と鼻を抑えられる了子はともかく、響がこのままなのはマズイ。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 士は1枚カードを取り出した。

 カードには青い2本角で左肩と右肩でデザインが違い、薙刀のような物を持つライダーが描かれていた。

 それをディケイドライバーに通してディケイドは姿を変える。

 

 

 ――――FORM RIDE……AGITO! STORM!――――

 

 

 ディケイドアギト・ストームフォームへと変身し、専用武器のストームハルバードを大きく振り回す。

 すると辺りに暴風にも近い風が巻き起こった。

 ストームハルバードを回転させる事で発生した竜巻は掃除機のように辺りの粉塵と煙を集め、ディケイドアギトはそれらを纏めて上空に解き放つ。

 粉塵と煙で構成された灰色の竜巻が上空に巻き上がり、その代わりに辺り一帯の空気は綺麗な、人が深呼吸しても問題ない程の澄んだ空気になった。

 

 

「これで大丈夫だろ」

 

「さっすが士君ね! 頼りになるぅ~」

 

 

 咳き込んでいたのが嘘かのように了子は元気に親指を立て、サムズアップ。

 敵も撤退した為か了子は無暗に明るい。

 そんな了子にストームハルバードを肩に担ぎながら呆れるディケイドアギト。

 

 

「ふーん、今のがデュランダルとか言うのの力かぁ」

 

 

 そこに割って入ったのは煙が晴れた事で姿を現したディエンドだった。

 軽快な足取りで3人に近づいてくるディエンドにディケイドアギトはストームハルバードを構えて警戒を露わにする。

 

 

「まだやる気か?」

 

「いいや、このお宝は奪うか慎重に考えた方が良さそうだからね。今日はもういいや」

 

 

 先の暴走と威力を見て、あんな風になるのはご免だと肩をすくめて見せた。

 図らずも今の響の一撃がディエンドの盗みの気概も削いだらしい。

 ともかく、敵対してこないのならいいのだが、油断させて奪う算段かもしれない。

 ディケイドアギトは一応警戒を解かないでいる。

 と、ディエンドは突然膝を曲げて座り込み、倒れる響を見つめた。

 

 

「でも、この子が纏ってたアレ。今ならあの力は盗めるかもね」

 

 

 仮面の中でニッと笑うディエンド。

 だがディケイドアギトはそれに対しフッと笑って見せた。

 まるで小馬鹿にするような態度にディエンドが少し機嫌を損ねる中、ディケイドアギトは勝ち誇ったかのような笑みを仮面の中で浮かべながら、嫌みたっぷりに説明してやった。

 

 

「こいつの変身道具はこいつの心臓に突き刺さってる。どうやって盗む気だ? 心臓でも抜き出すか?」

 

 

 確かにそれを盗むのは至難の業だ。

 それを盗もうとするのなら、響を殺すか、もしくは響自身を誘拐するしかない。

 その返しは流石に予想外だったのかディエンドは不機嫌というよりも驚きに満ちたようだった。

 だが、すぐに驚きを引っ込めてディエンドは立ち上がった。

 

 

「成程ね。心臓を抜き出すなんて事をやらかすのはマッドサイエンティストくらいだろうし、僕はあくまでもトレジャーハンターだ。誘拐も趣味じゃない」

 

「なら、諦めるんだな」

 

「それが良さそうだ。全く、収穫なしとは泣けてくるよ」

 

 

 命を奪うのは彼の良しとするところではない。

 ……一時期、変身すらしていない士を本気で攻撃しかかっていた事もあったが、大樹も成長したという事だろう。

 

 

「じゃ、今日は帰るよ」

 

「いやいや、逃がせないわよ? デュランダル強奪未遂なんだから、貴方」

 

 

 何の気もなく、友達の家から帰るくらいのノリで去ろうとするディエンドを引き留めた了子。

 ディエンドがこの世界の人間でないにしても、やろうとした事は罪に当たる。

 完全聖遺物はそれ1つで国家単位の取引が行われるほどに重要な物だ。

 ただ、聖遺物の存在を公表できないので裁判などでは裁けないのが現状なのだが。

 そういう場合は特異災害対策機動部などを通して何処かに拘置しておくというのが通常の処置になる。

 

 

「やれやれ。でも、僕は捕まらないよ」

 

 

 ディエンドは1枚のカードを取り出し、それを使用した。

 ディケイドアギトは立場上、一応捕まえようと動き出すものの、それが無駄である事を知っていた。

 こういう場合にディエンドが使うカードは決まっていて、そしてそれを使用したディエンドを捕まえられた事は一度もないからだ。

 

 

 ――――ATTACK RIDE……INVISIBLE!――――

 

 

 カードの電子音声がコールされると同時に、ディエンドは消えた。

 今のカードは『インビジブル』のカード。

 体を透明化させるカードなのだが、ディエンドは逃げる時に必ずと言っていいほどこれを使う。

 要するに都合が悪くなったり追われたりする時に逃走する為のカードなのである。

 

 

「……はぁ」

 

 

 いつもの消え方といつもの逃がし方に、士は変身を解きながら溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 インビジブルのカード様様と言ったところか、余裕で逃げおおせたディエンドは爆発した薬品工場から大分離れた場所で変身を解き、一息ついていた。

 

 

「中々面白いね、この世界。あれとは別に仮面ライダーやゴーバスターズもいるなんてね」

 

 

 大樹は実に愉快そうだった。

 戦士や力が多いという事は、それだけ彼の求めるお宝が多い事を意味する。

 さながら財宝が色んな場所に、それも大量に転がっているという事。

 この世界に対して大樹は心躍る感覚であった。

 まるで大量にある新品の玩具でどれから遊ぼうかとワクワクしている子供のようである。

 

 

「……でもま、お宝と一緒に厄介事も転がってそうだね」

 

 

 軽快なステップを踏んでいた足が突然、普通の足取りになり、面持ちも幾分か真剣な顔つきだ。

 彼の言う厄介事とは自分達が相手をした事もある大ショッカーの他にも、この世界で暗躍する数多の敵組織の事もある。

 そしてもう1つ、厄介事と思わせる光景を今しがた見たのだ。

 大樹がそれを見たのは工場の爆発の直後。

 

 

(ただの人間が手からバリアなんか張れるわけないけど……君は知ってるのかい? 士)

 

 

 手を上に掲げドーム状のバリアを出し、響と自分自身を守る櫻井了子の姿を、大樹は確かに目撃し、脳裏に焼き付けていたのだった。




――――次回予告――――
振り抜いてしまった剣、振り抜けなくなった剣。

力の在り方、心の在り方。

力が集うこの場所で若き2人は苦悩する。

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