スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第35話 強くなる事

 魔法使いが4人の守護騎士と出会うよりも前、5月も中頃。

 特異災害対策機動部二課は深刻な雰囲気の中に包まれていた。

 二課司令室には二課の面々とゴーバスターズの3人。

 陣マサトとJなるバディロイドのせいで色々と失念していたが、ネフシュタンの少女の一件は二課内部に確かな動揺を与えていた。

 

 理由は2つ。

 まず、ネフシュタンを纏っていたという事実そのものだ。

 ネフシュタンの鎧は2年前の起動実験の際に紛失した完全聖遺物。

 勿論二課も何の手も打たなかったわけではなく、思い当たる場所、有り得そうな場所、絶対に有り得ないであろう場所までくまなく探した。

 が、そんな草の根を分けてまで探していたネフシュタンが突然、誰かの装着物という形で姿を現したのだ。

 何よりも2年前というのは天羽奏を失った日でもある。

 響や士、ゴーバスターズの3人以上に、当時から二課に身を置く面々の面持ちは厳しい。

 その最たるものこそ、翼だったのだろう。

 

 そして2つ目は、ネフシュタンの少女の狙いが響であったという事。

 これは『相手の目的が不明』という状況よりもタチが悪く、『目的が分かっているのにその理由が不明』という状態に陥っているのだ。

 実際、響個人を狙っている理由に思い当たる節は全くない。

 

 シンフォギア装者だから、というのであれば、何故翼には見向きもしなかったのか。

 単に力に目が眩んでいるならディケイドを狙っても良かったはずだ。

 それに何よりも二課に波紋を広げているのが、相手が響の事を知っていたという点にある。

 相手は響個人を狙ってきた、それもシンフォギア装者である事を知った上で。

 響は二課に入ってから日が浅い。

 にも拘らず響個人を狙ってきたという事は、二課の内部を知っている者がネフシュタンの少女に情報を流したとみるべきであろう。

 つまりは『内通者』の存在、平たく言えば、裏切り者。

 

 内通者の存在が囁かれる中、響はある決意をしていた。

 翼は自分の涙を押し殺して戦ってきた。

 翼は強いのではない。

 悔しい涙も覚悟の涙も、強い剣で在ろうとして、その全てを封じ込めてきた。

 本当は泣き虫で弱虫な翼は年端もいかぬ少女がするには余りにも残酷な決意をしていた。

 その事実をこの一件で響は漸く理解した。

 遅かったかもしれない、それでも、翼に言ったあの言葉は嘘ではない。

 自分にも守りたいものがある。

 

 今までは半端な決意だったかもしれない。

 今までは半端な思いだったかもしれない。

 

 それでも、守りたいものがあると叫んだ言葉は本当で、嘘にしたくはない。

 

 

「…………」

 

 

 放課後、リディアンの屋上のベンチに響は腰を掛けていた。

 涙を流しながら二課とゴーバスターズの3人に語ったあの時の言葉。

 

 ――――『私にも、守りたいものがあるんです!だからッ!!』

 

 目を閉じ、それを思い返していた。

 士に言われて振り切れたと響自身思っていたのだが、完全に吹っ切れてはいなかった。

 強くなるために、自分は自分のままでいていいのか。

 そんな事を自問自答し続けていた。

 

 

「響」

 

 

 そんな時、優しく自分の名を呼ぶその声に、響は我に返って振り向いた。

 

 

「未来……?」

 

 

 いつの間にか未来が優しい笑顔で佇んでいた。

 未来は約束を破る事となった響を責めなかった。

 言いたい事はあるだろうし、尋ねたい事だって沢山ある。

 それでも未来は響と変わらず接した。

 

 

「最近1人でいる事、多くなったんじゃない?」

 

「あはは、そうでも、ないよ? 私、1人じゃ何にもできないしぃ……」

 

 

 その後に続けて響はリディアンに入学したのだって未来がいたから、だとか、リディアンは学費がえらく安くてお母さんとお婆ちゃんに負担駆けずに済むかなぁと思った、だとか、関係のない事まで口にしてまくし立てた。

 

 響なりの強がりだった。

 自分が辛い時、悲しい時、それを全て隠そうとするのが立花響という人間。

 それを小日向未来という人間は一番近くで見てきた。

 だから、そんな響の隣に座って、未来は響の手を取った。

 何もかもを理解しているかのような、そんな微笑みと共に。

 

 

「……やっぱり、未来には隠し事できないね」

 

「だって響、無理してるんだもの」

 

 

 未来は響の手を離さず、目をしっかりと合わせた。

 自分が悩んでいるという事実を隠そうとしても、未来はそれを易々と看破する。

 でも、それが響にとっては救いだった。

 誰にも打ち明けず、ただ1人で抱え続けた悩みが爆発した時、一体どうなるのか。

 響自身はそこまで察していないが、それは翼という人間が身をもって示した。

 何も言わずとも、例え隠しても、その手を取ってくれる未来という存在は響にとっての陽だまりで、守りたいものであった。

 

 

「あのね、響。響が何で悩んでいるのか、どうして悩んでいるのかは聞かない。でも……」

 

 

 未来は事情も理由も語らない響を責めたりしない。

 何か重大な事を抱えているのは簡単に分かる。

 でも、きっとそれは言えないから言ってこないのだ。

 ならば、それを聞くのは無粋であり、酷だと未来は理解している。

 だから自分にできる精一杯を、自分にできる響の支えをしたかった。

 

 

「どんなに悩んで考えて、一歩前進したとしても、響は響のままでいてね?

 変わってしまうんじゃなくて、響のままで成長するなら、私も応援する」

 

「私の、まま……」

 

「そうだよ。だって、響の代わりは、何処にもいないんだもの。いなくなってほしくない」

 

 

 ふと、士に言われた言葉は脳裏に蘇った。

 

 ――――『自分を曲げる必要はない。自分なりに強くなればいい』。

 

 未来も士も、語り方も立場も違っていた。

 それでも2人が響に送った言葉は、『自分は自分のままでいればいい』という言葉。

 

 

「私、私のままでいて、いいのかな」

 

「響は響じゃなきゃやだよ」

 

 

 ずっと悩んでいた事に、未来は即答と微笑みで答えて見せた。

 未来は響にとって、守りたいものの1つである。

 それを守りたいと思ったのは他ならぬ響であり、他の誰でもない。

 立花響という人間が守りたいと願ったものを守るのに、何故他の誰かになる必要があるのか。

 事情を知る士も、事情を知らぬ未来も、言っている事はそういう事なのだ。

 そして響の中に漂っていた悩みは、今この瞬間に完全に砕かれた。

 

 響は笑顔で立ち上がり、未来を、リディアンの校舎を見やる。

 

 

(私にだって、守りたいものがある。私に守れるものなんて、小さな約束だったり、何でもない日常くらいなのかもしれないけど)

 

 

 自分の手を開き、握った。

 決意も覚悟も、今まで半端だった全ての事が完全な形となった。

 

 

(それでも守りたいものを守れるように、私は私のまま、強くなりたい……!)

 

 

 そして響は、未来に一言。

 

 

「ありがと、未来! 私、私のまま頑張れそうな気がする!」

 

 

 未来が響の笑顔から悩みが吹っ切れた事を悟り、微笑み返した。

 さて、心機一転もしたところで、未来は携帯を取り出した。

 

 

「ところで、こと座流星群見る? 動画で撮っておいた」

 

 

 飛びつくように反応するいつも通りの響を見て、未来も安心した。

 未来も響が心配で仕方が無かった。

 最近の響は単純な疲れだけでなく、心の疲労も溜まっているように見えたから。

 暗い顔が多くなって、悩む顔ばかり見せるようになって、1人でいるようになった響を。

 でも、これで大丈夫そうだと、未来の悩みも一緒に解決した事を、動画をウキウキと再生しだした響は知らない。

 動画を見る響は真っ暗な画面を見てしばらくすると、おかしい事に気付いた。

 

 

「……何も見えないんだけど……?」

 

 

 流星群の前から動画を撮っていたにしても、あまりにも暗闇が映り込む時間が長かった。

 

 

「うん、光量不足だって」

 

「駄目じゃん!?」

 

 

 まさかのオチに思わず笑いあう2人。

 響も未来も、心の底から笑った。

 涙が出るほど笑ってしまった。

 こんなにもおかしかったのは、こんなにも笑ったのはいつ振りだろう。

 

 

「おっかしいなぁ……涙が止まらないよ」

 

 

 笑って、笑って、涙を拭う。

 響の目には涙が溢れ、それでも顔は笑顔だった。

 

 

「今度こそは一緒に見よう!」

 

「約束。次こそは約束だからね?」

 

 

 2人の笑顔は本物だった。

 約束を破られた事も、悩みを抱えていた事も嘘だったかのように、素晴らしい程に笑顔。

 そんな笑顔が眩しいのか、日陰に隠れる士は2人に向けてシャッターを切った。

 

 

(…………)

 

 

 そこにどんな心理や思惑が働いたわけでもない。

 ただ、屋上に来てみたら2人がいて、何やら話していて、笑顔で終わった。

 その様子を偶然見た士はその笑顔を見てシャッターを切った。

 ただそれだけの、カメラマンとしての性。

 それでも士がシャッターを切った理由をつけるのなら、それは1つ。

 彼女達の笑顔を、「悪くない」と思ったから。

 

 

(……笑顔、か)

 

 

 誰かの笑顔を「悪くない」と思った事は何度かある。

 その中でも印象的な事が一度。

 旅を始めた最初の世界で仲間になった人物。

 そしてどういうわけか次の世界で再会して、それからずっと共に旅をつづけ、今は離れ離れになっている仲間達の1人。

 

 

(あいつ等は今頃、何処の世界にいるんだかな)

 

 

 最近になって海東大樹と会った事もあってか、柄にもなく士は思いを馳せていた。

 嘗ての、旅の仲間達に。

 

 

 

 

 

 さて、立花響は決めたら一直線な人間である。

 行動、実行、いずれもマッハとでも言うべきか。

 そんな彼女は風鳴弦十郎宅を訪れ、弦十郎にある事を頼み込んでいた。

 

 

「私に戦い方を教えてくださいッ!」

 

 

 部屋着とはいえ、かなりの和装の弦十郎が訪問者に応対する為に出て行った。

 そして頭を下げて言われた最初の言葉がそれであった。

 

 

「弦十郎さんなら、凄い武術とか知ってるんじゃないかと思って!」

 

 

 頭を上げた響は自分が弦十郎を尋ねた訳を説明した。

 彼女は強くなるために、まずは戦い方を習う必要があると感じた。

 そしてその為には、変身すらせずとも驚異的な力を発揮した弦十郎を師事する事が一番なのではないかと考えたのだ。

 

 運動だろうとなんだろうと、基礎という物は大事である。

 例えばそれは実戦で培った経験かもしれないし、訓練で得た能力かもしれない。

 が、響にはそのどちらもない。

 士のように数多の種類の敵と戦った経験はなく、ゴーバスターズのように訓練をしてきたわけでもないのだ。

 故に、響が戦えるようになるにはそこから始める必要がある。

 

 腕を組み数秒考える弦十郎。

 目の前の少女の決意は確かなものだと弦十郎の勘が告げている。

 それが分からぬ大人ではないし、今までだって翼との確執こそあれど、生半可な覚悟では戦場に立っている事すらできなかったであろう。

 気持ちという面だけを見れば響はそれなりの物を持っている。

 鍛えれば、きっと強くもなれる。

 

 

「……俺のやり方は、厳しいぞ?」

 

 

 脅しのような言葉だった。

 しかし、その言葉を響は笑って跳ね除けてみせた。

 

 

「ハイッ!!」

 

 

 満面の笑みで答えて見せたのだ。

 ならば教えてやろうと、弦十郎は自分が強くなった『秘訣』をする気があるかと、響に持ち掛けた。

 

 

「時に響君。君は、『アクション映画』とかたしなむ方かね?」

 

「……はい?」

 

 

 想定外の質問に素っ頓狂な声を上げる響。

 その質問こそ、弦十朗流の修行の前フリである事も知らずに。

 

 

 

 

 

 数日後。

 目立った事件もあまり起きず、二課や特命部、S.H.O.Tは少し平和であった。

 そんな中、あけぼの町にある神社に鳴神剣二はやってきていた。

 辺りに生える木の枝にロープが括りつけられ、それで木刀を吊るしている。

 此処は剣二の特訓場のような場所だ。

 

 

『成程、これは良い訓練になるな』

 

 

 声を出したゲキリュウケンは既に大型の剣の形態をとっている。

 剣二はそんなゲキリュウケンを手に特訓場に来ていた。

 

 

「おう。俺、もっともっと強くなりたいんだ」

 

『陣マサトに言われた事か?』

 

「ま、そんなとこだよ」

 

 

 剣二が何時になくやる気を見せているのには色々と訳がある。

 

 まず、以前にあけぼの町には剣二の姉弟子がやって来た事。

 剣二の剣技は『鳴神龍神流』という流派で、この剣を教えてくれたのは剣二の祖父だ。

 そして共に修業をした剣二曰く、魔物より怖い姉弟子。

 彼女は剣二がリュウケンドーである事を見抜くと、帰りがけに『きばいやんせ』の言葉を贈った。

 頑張れ、という意味の言葉。

 それについ最近だと、マサトはゴーバスターズに強くなれと言った。

 そして数多の脅威から世界を守る為には、リュウケンドー達も例外ではないとも。

 

 何より、剣二には勝ちたい相手がいる。

 敵は敵でも好敵手、同じく剣を使うジャマンガの騎士。

 マサトに言われた事でヒロムも最近、かなり激しい特訓をしているとも聞くし、響も戦えるようになるために訓練を始めたとも聞いた。

 姉弟子の言葉、マサトの言葉、勝ちたい相手、周りの努力。

 これらに刺激された剣二はやる気満々というわけなのだ。

 

 剣二は早速木に吊るされた数多くの木刀に向かってゲキリュウケンを振るう。

 木刀達はゲキリュウケンに当たった衝撃で振り子のように運動を始めた。

 多くの木刀が振り子のように動き、中央にいる剣二を狙う。

 だがそれらを避け、木刀達に確実に一太刀を浴びせていく剣二。

 さすがの剣技と言ったところであろうか。

 しかしこの特訓、ゲキリュウケンはある事に気付く。

 

 

『しかし、相手が剣を使う敵でなかったらどうするつもりだ?』

 

「……それもそうね」

 

 

 相手が木刀という事は、必然的に剣の相手を想定した訓練という事になる。

 昔、剣技を習っていた事やジャマンガの騎士の事を考えていたら自然とこんな特訓になっていたので、剣二は全く気付いていなかった。

 

 

「でもまあ、隙を作らないようにするための訓練だから、これ」

 

『ああ、そう……』

 

 

 半分苦し紛れに言った言葉であろうが、確かにやらないよりかは効果的である。

 とまあ、ふんわり会話をしていたら振り子となった木刀達が示し合わせたように剣二に一斉に襲い掛かって来たのだが。

 

 

「イタタタタ!!?」

 

『隙あり、っていうか隙だらけ』

 

 

 前途多難である。

 

 

 

 

 

 一方、響は響で特訓だ。

 ちなみに学校の方は、未来に書き置きを残して休んでいる。

 その事に申し訳なさを感じつつ、今後の授業や課題の事を考えると入学早々憂鬱になりつつ、立花響は特命部へと足を運んでいた。

 それなりに広大なスペースと頑丈な壁で覆われた一室。

 此処は実戦訓練の為に設けられたスペースだ。

 普段はゴーバスターズが模擬戦などを行うスペースなので、当然ながらソウガンブレードが振られたり、イチガンバスターが放たれたりする。

 その為に壁は特別頑丈にできている。

 そんな部屋の中で、ディケイドとガングニールを纏った響は相対していた。

 

 

「じゃあ、士先生! お願いします!」

 

「……なんで俺が」

 

 

 バスターズはバスターマシンの訓練に行ったところで、この部屋が空いていた。

 弦十郎は黒木を通して此処を借用する許可を貰い、模擬戦相手として士を引っ張って来たというわけだ。

 本来ならば今日は授業が無く休みの筈の士は、休日に駆り出された事に不服な様子だ。

 

 

「いやぁ、すいません。空いている人が士先生しかいなくて……」

 

「人を暇人みたいに言うな」

 

 

 剣二と銃四郎は警察官兼S.H.O.Tなのだから普段はあけぼの町にいなくてはならない。

 バスターズはバスターマシンの訓練。

 陣マサトは未だ特命部への出入り許可が出ていない。

 そんなわけで模擬戦相手は消去法的に士になったというわけだ。

 鋼牙のホラー狩りも、ホラー自体が滅多に出るものではないので最近は無い。

 教師としての仕事もそつなくこなしており、特に問題は無い。

 仕事はあるのだが、暇人という言葉は今の士を言い当てているような気もした。

 だからディケイドは余計に不機嫌になったわけだが。

 溜息をついた後、嫌々ながらもディケイドは響の特訓に付き合う事にした。

 

 

「手加減はしてやるが、痛みは覚悟しろよ」

 

「はいッ! 分かってますッ!!」

 

 

 構えた響は歌を歌い始めた。

 ディケイドはそこで2つの点に気付く。

 1つ、響の構えが非常に様になっている事。

 以前までの素人臭さも少し残しながらも、構え自体はそれなりにしっかりとした物になっている。

 士も武術に詳しいわけではないが、戦い抜いた経験からそう思ったのだから間違いない。

 そしてもう1つは、シンフォギアより流れ出る曲が変わり、歌詞も全く違う、つまりは別の曲になっていた事。

 

 

 ――――私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ――――

 

 

(今までとは違うって事か)

 

 

 模擬戦とはいえ勝負を挑んできただけあり、以前までの響とは目つきも段違いだ。

 この最初の時とは違う歌も、もしかしたら響が強くなった事の証左なのかもしれない。

 それでもディケイドは余裕の姿勢を崩さない。

 

 まず、駆けだしたのは響だ。

 響のアームドギアは未だ顕現せず、徒手空拳で戦うのが彼女のスタイル。

 弦十郎との特訓も格闘戦を主に鍛えてきている。

 右の拳を突き出す。

 今までなら目を逸らしながら打っていた拳だが、今はハッキリと相手を見据えて打ち込んでいる。

 しかしディケイドはそれをヒラリと躱して見せる。

 

 まだまだ、と続けて左の拳、右の拳と、ディケイドに一撃当てる為に拳を振るう。

 拳を突き出すごとに鳴る空を切る音から、パンチそのものの威力も格段に上昇している事を伺わせた。

 だが、ディケイドはその全てを躱し、響が突き出した右腕を掴んで後方へと投げ飛ばした。

 

 

「成程、少しはやるようになったか」

 

 

 手を払うように叩くディケイドと、何とか受け身を取って体勢を立て直す響。

 確かに拳の威力、構えなど、戦い方の殆どは改善されている。

 それこそ見違えるようだった。

 一体どんな特訓をしたら今まで素人だった彼女が此処までになれるのか。

 しかし、いくら様になったとはいえ、ここ最近の特訓で勝てる程ディケイドは甘くない。

 

 

「だが、大振り過ぎだ。威力が大きくても当たらなけりゃ意味ないだろ」

 

 

 響の拳が当たらないわけはそれだ。

 例えるならば、ジャブを一切出さずにストレートだけを遮二無二繰り出しているようなもの。

 直線的な攻撃ほど読みやすいものは無く、あらゆる能力、あらゆるスタイルの敵と戦ってきたディケイドにそんな攻撃は通用しない。

 

 

「ヒロム達を思い出してみろ。お前みたいに大振りばかりだったか?」

 

 

 そう言われ、何度か一番近くで見てきたバスターズやリュウケンドー、ディケイドの戦い方を思い出す。

 確かに大振りの一撃を放つ事もあったが、基本的には立ち回りつつ、徐々に攻めていくという形が殆どだ。

 リュウケンドーのように我武者羅なタイプもいるが、それでも今の響のように大振りだけではない。

 その戦い方を頭の中で考えながら響は再びディケイドを見据えた。

 

 

「まあ、いきなりじゃ無理か」

 

「いえ、やってみますッ!」

 

 

 響はディケイドに接近して再び徒手空拳で攻め立てた。

 大振りを改善しようという努力は見えるが、そう簡単にはいかない。

 何よりそれが改善されたところで経験が違いすぎるディケイドに当たるのかは怪しい。

 それでも響は諦めない。

 守りたいものがあると叫んだのだから、守る為の強さが欲しい。

 どんなにちっぽけでも守りたいと思ったのだから。

 体を逸らし、手で捌く事で、響の全ての拳を躱し切ったディケイド。

 

 

「まあまあだな。今はこれだけやれれば十分だろ」

 

「いえ、もう少しお願いしますッ!」

 

「……ったく、やる気と根性だけは一人前か」

 

 

 それでも付き合ってしまうのは士の優しさだろうか。

 ディケイドと響は模擬戦を再開した。

 響の拳は当たらない。

 だが徐々に、本当に徐々にだが、避けるのもギリギリになっていくのをディケイドは感じた。

 ディケイドは手で払うという事はしつつも、受け止めるという動作はまだ一度もしていない。

 それだけ響の攻撃は避けやすく、躱しやすかった。

 だがこの調子だと、そろそろ受け止めるという動きも必要になってくるだろう。

 弦十郎を師事しているのは知っているが、此処までやるようになっていた事にディケイドは内心、驚いていた。

 

 これ以降もディケイドは響の攻撃にダメ出しを繰り返した。

 その度に響はディケイドに挑み、僅かながらに戦い方を改善していく。

 ディケイドは、士は気付いているのか分からないが、その光景は正しく『教師と生徒』のようであった。

 

 

 

 

 

 2人の模擬戦を見つめる影がある。

 出入り口のドアからひっそりと覗き込むのは黒木と弦十郎の2人だ。

 弦十郎は手に『TATSUYA』というレンタルショップの袋を持っている。

 TATSUYAの帰りに弟子の様子でも見ようと、弦十郎は特命部に寄ったのだ。

 借りてきた中身はアクション映画ばかりだろうと長い付き合いの黒木には容易に予想がついた。

 そしてこれを特訓の教材にしているであろう事も。

 それで響にあれだけの成果が出ているのだから、文句のつけようもないが。

 

 

「うむ、士君も真面目に相手をしてくれているようだな」。

 

 

 模擬戦の内容を見て弦十郎は満足しているようだ。

 士の根が優しい事は先刻ご承知である。

 響の相手をしつつ、響の何が悪くて攻撃が通らないのかを教える様は、第三者から見れば正しく教師。

 この世界での役割だから、なんて言っていたが、意外と教師に向いているのではないだろうかと弦十郎は思う。

 その横で同じく模擬戦を見つめる黒木は「ほう……」と声を上げた。

 彼もまた、響の成長に驚いているのだ。

 

 

「中々やるじゃないか。どうだ弦十郎? 響君は」

 

「ああ、中々に鍛えがいがある。あれだけ戦えるようになっているとは、俺も少し驚いているんだ。勿論、まだまだだがな」

 

 

 嬉しそうに笑う弦十郎を見て、黒木も笑みを浮かべた。

 

 

「危険を承知で戦いに参加し、守る者の為に強くなりたい、か。良い子だな」

 

 

 響はこの戦いに迷う事無く参加した。

 誰かを守れるのなら、自分にその力があるのなら、と。

 しかし黒木の言葉に笑顔を見せていた弦十郎の表情は一変する。

 

 

「……果たしてそうなのだろうか」

 

 

 表情は険しく、暗い影を落としているように見える。

 

 

「翼やゴーバスターズのように、幼い頃から戦士としての鍛錬を積んできたわけではない。

 ついこの間まで、日常の中に身を置いていた少女が、『誰かの助けになる』というだけで命を懸けた戦いに赴けるというのは、それは、歪な事ではないだろうか。

 ……お前はどう思う? 黒木」

 

「……普通ではないと感じる。と、だけ言おう」

 

 

 ドアの隙間から響を見やる弦十郎の目は、今度はディケイドに向いていた。

 

 

「そしてそれは、士君もだ」

 

「なに?」

 

「以前に彼が言っていた。『人類の自由と平和を守るのが仮面ライダーだから、命を懸けて戦っている』のだと……」

 

 

 士と会ってまだ間もない頃、弦十郎はそんな話を士と少しだけした。

 この世界で活動する仮面ライダー達はみな、誰かを助ける為に命を懸けた行動をしている。

 それは善行である事に違いは無いのだが、それが平然とできる事に弦十郎は疑問を持っていた。

 

 

「我々が調査をしてきた仮面ライダー達はみな、そういう思考で動いているとみて間違いない。だが、そんな事を平然と行える彼等もまた、もしかしたら響君と同じ……」

 

「……『こちら側』である、か」

 

 

 普通の人間であれば他人の命と自分の命なら自分の命を優先する。

 そう言うと悪く聞こえるかもしれないが、それは間違った行いではなく、むしろ当然の行動だ。

 

 こちら側、とはつまりその逆。

 

 他人の為に自分の命を投げ打てる者達の事。

 正義の味方だとか言われるかもしれないが、自分の命を一切顧みないその行いは果たして正常であると言えるのだろうか。

 まして、つい最近まで普通の日常の中にいた響が、だ。

 人助けと言っても限度という物もある。

 歪と形容されるそれに、弦十郎は一抹の不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ~……」

 

 

 数時間後、特命部内での訓練を終えたジャージ姿の響は特異災害対策機動部二課本部に戻ってきていた。

 司令室のソファーに間抜けな声と共に倒れ込む。

 同じく帰ってきた士の方は、疲れの色は殆ど無く、涼しい顔をしている。

 弦十郎も既に二課本部に戻ってきていた。

 

 

「やっぱり士先生、強いですねぇ」

 

「当然だ」

 

 

 鼻を鳴らして答える士。

 昨日今日の訓練だけで追い抜かれては堪ったものではない。

 何でも人並み以上にこなせる天才肌の士は戦闘センスも抜群だ。

 正式な訓練など受けた事も無いが、今まで戦い抜いてきた経験こそが彼の力。

 そしてその経験とは実戦で積むしかないわけで、響がそれに追いつけるはずもない。

 ソファーに横たわる響とその様子に呆れたような士にコップが差し出された。

 オペレーターのあおいが気を利かせてお茶を持ってきてくれたのだ。

 

 

「あ、どうも」

 

 

 響はしっかりとお礼を言い、対照的に士は何も言う事無く当然の権利であるかのようにそれを受け取り、一口飲んだ。

 運動後の水分補給というのはどうしてこうも飲み物が美味しく感じられるのだろう。

 響の脳内はそんなどうでもいい事に一瞬支配された。

 

 

「おい、1つ聞いていいか」

 

 

 蕪村な態度な士の声に弦十郎は耳を貸した。

 

 

「今更だが、シンフォギアや俺以外にノイズと戦える奴はいないのか? 外国なりなんなりな。

 素人を鍛えるよりよっぽど早いだろ」

 

「うう、ご尤もで……」

 

 

 素人の言葉と共にちらりと見られた事を感じた響はソファーに項垂れた。

 未熟なのは理解しているがこうもストレートかつ容赦なく言われると凹むものだ。

 そういう所で容赦なく、あるとすれば棘だけなのは士らしさというべきか。

 そんなやり取りに笑いつつ、弦十郎は質問に対して神妙な顔になった。

 

 

「公式には無い。ゴーバスターズや魔弾戦士、他の仮面ライダー達も『炭化能力の無効化』しかできず、位相差障壁が突破できない」

 

 

 攻撃が通らないのであればどんな強力な戦士が強力な技を放っても無意味。

 それがノイズの厄介さの理由だ。

 40と数年前、この世界で初めて確認された仮面ライダーの都市伝説の元祖、仮面ライダー1号ですらそれを突破する事はできない。

 二課で確認できているのはシンフォギアとディケイドというイレギュラーのみだ。

 ただ、これには『公式』という言葉が入る。

 つまりは何処かが秘匿している可能性は無きにしも非ず。

 

 

「日本だってシンフォギアの存在は完全非公開だ。普段は二課の情報封鎖、最近ではゴーバスターズを隠れ蓑にさせてもらっている」

 

 

 ノイズ出現の際にシンフォギア装者の出動は確実。

 その度に世間では『ゴーバスターズがノイズを食い止めた』という報道がなされる。

 ゴーバスターズはヴァグラスと戦う、世界で公認されている戦士と言って差支えが無い。

 ヴァグラスと亜空間という特異性からその存在が認められているそれを隠れ蓑に使って、シンフォギア装者は動いているのだ。

 組織合併で二課が一番助かっている点はそこにある。

 

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、シンフォギアの存在が仮面ライダーと同じく都市伝説レベルで流れる日も来てしまうかもしれない。

 そうなれば人々の間では『ノイズと戦う何者かがいる』という噂が広まる事だろう。

 だが、此処でその『何者か』を『ゴーバスターズ』に置き換えさせてしまえば、世間でも認知されている彼等がシンフォギアの事を包み隠してくれる。

 単純な情報封鎖よりもダミーを立てた方が情報は流れにくくなる、という事だ。

 

 

「だけど、時々無理を通すから、今や我々の事をよく思っていない閣僚や省長だらけだ。

 特異災害対策機動部二課を縮めて、『特機部二』って揶揄されてる」

 

 

 話を聞きつけ、モニターから目を離して振り返る朔也が付け足しついでにぼやいた。

 あおいも深刻そうな表情を見せる。

 

 

「情報の秘匿は、政府上層部からの指示だって言うのにね……。やりきれない」

 

「いずれシンフォギアを有利な外交カードにしようと目論んでいるんだろう」

 

 

 あおいと朔也の会話を耳に入れる響だが、どうにもこうにも難しそうでややこしい話な事しか分からない。

 

 ノイズは世界的な災厄である。

 シンフォギアはそれに対抗できる唯一の手段。

 それでいて純粋な兵器としても非常に強力なものである事も証明されている。

 かつて二課は、奏が存命だった頃に自衛隊との合同演習をした事がある。

 その結果、ツヴァイウイングの2人が旧式とはいえ自衛隊の一部隊を壊滅させるという戦果を挙げた。

 それだけシンフォギアの力は強大なのである。

 だから数々の国は『ノイズへの対抗策』というお題目を掲げてそれを手に入れようとする。

 

 ヴァグラスもまた、ライフラインであるエネトロンを狙うという点において世界的な災厄だ。

 しかし対抗できるのがワクチンプログラムを持っている3人だけである為、公式に認知、半ば放置されている。

 

 ジャマンガはあけぼの町にのみ存在する対岸の火事に過ぎない。

 それと戦う魔弾戦士も変身に使う魔弾龍との相性の問題もある。

 それだけ聞くと聖遺物と適合できなければいけないシンフォギアと同じに聞こえるが、対岸の火事とはいえジャマンガと戦っている魔弾戦士を今取り上げれば、取り上げた国や組織へのバッシングは免れない。

 誰もが対岸の火事だと思っているが、いざあけぼの町から魔弾戦士を奪えば何処からともなく『あけぼの町を見捨てるのか』なんて声が高まるに決まっている。

 武力を求めるものの大半は民衆からの非難を極力避け、権力や立場を維持する事に固執しがちだ。

 だからこそ、対岸の火事だからと放っておいたが故に、魔弾戦士には手を出しづらくなっているのだ。

 

 仮面ライダーに至っては自由奔放で組織に属す者もあまりおらず、いても正体を隠している事が専らなため、仲間にするやら利用するやらができる状況ではない。

 ダンクーガも同義である。

 

 つまり、他の国々が手を出せて、尚且つ、強力な武器となるとシンフォギアに絞られるというのが現状だ。

 朔也の言葉通り、それを外交カードとして利用しようとしている日本側の思惑もある。

 これは政府だなんだという事に巻き込まれているシンフォギアが特殊なのではない。

 ヴァグラスの特異性、ジャマンガの局地性が無ければ、ゴーバスターズや魔弾戦士もそれに巻き込まれていた可能性があるのだ。

 

 難しい話、ややこしい話は士も得意ではない。

 だが、此処まで複雑な事情に苛まれている『正義の味方』を見るのは初めてかもしれない。

 自分も世界の破壊者と罵られて忌み嫌われた事もあるが、シンフォギアは政府や政治の裏側、ある種『現実的』とも言えるものに雁字搦めにされている。

 そんな人間同士の欲望や陰謀が蠢きながらも誰かの為に戦っている二課のメンバー。

 こういうのをお人好しと言うのだろうと士は思う。

 

 と、そこで士はふと、今日の二課にはいつもの元気溌剌天真爛漫、自称できる女、実年齢34歳がいない事に気付いた。

 

 

「そういえば、櫻井はどうした?」

 

 

 尋ねられた弦十郎は思い出したように「ああ」と言葉を置いた。

 

 

「永田町だ。本部の安全性及び防衛システムに対し説明義務を果たしに、関係閣僚の所にな」

 

 

 ネフシュタンの少女は響を狙い、ノイズの発生は二課本部を狙っている事が示唆されている。

 政府としても二課はシンフォギアを初めとして秘匿しなくてはならない物の塊のような場所だ。

 そこが狙われているというのだから、説明義務が生じるのは必然だ。

 責任者である了子はそこに、という事だ。

 

 

「なんだか、何もかもがややこしいんですね……」

 

 

 今までの話は全て、世界の裏側だとか、政界の思惑だとかが関係している。

 少し前までは響には関係の無かった事柄だ。

 まるで何かのドラマのようなやり取りに響は付いていけていない。

 

 

「いつだって物事をややこしくするのは、責任を取らずに立ち回りたい連中なんだが……。その点、『広木防衛大臣』は……」

 

 

 広木防衛大臣は二課に対して厳しい態度を見せる人物だ。

 だが、ただ何の理由もなく厳しいわけではない。

 子供を叱る親のような、二課を理解し、受け入れているからこそだ。

 二課と衝突する事もあれど、それらは全て異端技術を扱い誤解を受けやすい二課を思いやっての事。

 簡単に言えば良き理解者、協力者なのだ。

 

 今回の特命部やS.H.O.Tとの組織合併の話だって広木防衛大臣の後押しがあってこそ。

 シンフォギアとは違い、ゴーバスターズや魔弾戦士は各国政府からも意思のある脅威に立ち向かう為の正当防衛的な武力である事を理解されている。

 勿論、その力に関しても他国はあまりいい感情を持ってはいないが、その力を否定してゴーバスターズや魔弾戦士の力を剥奪すればジャマンガはともかく、ヴァグラスに関しては世界的な災厄に繋がる事を意味する。

 

 数ある脅威に立ち向かう為にもそれらを一纏めにし、シンフォギアはそれを隠れ蓑にしようと提案したのは弦十郎であり、賛同をして後押しをしたのは広木防衛大臣だった。

 今の協力体制は彼の尽力で出来ていると言っても過言ではないだろう。

 了子が向かったのはそんな広木防衛大臣の所。

 弦十郎達も安心して了子を待てるというものだ。

 

 

「……了子君の戻りが遅れているようだな」

 

 

 弦十郎が「何かあったのだろうか?」と腕時計を見やった。

 とはいえほんの僅かな遅れ。

 弦十郎含め、この場の誰も、渋滞に巻き込まれている程度にしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 夕方、永田町より広木防衛大臣は車で帰路についていた。

 同じ車には秘書が乗り、車の周りは他の車が警護している。

 

 

「まさか、電話一本で反故にされるとは。全く野放図な連中だ」

 

 

 言葉だけ切り取れば怒っているように聞こえるが、その実、広木から怒りは感じられない。

 了子が向かう筈だった説明義務、今回は電話だけでその予定をキャンセルされてしまったのだ。

 

 

「放縦が過ぎませんか? いくら何でも……」

 

 

 その代わりに秘書が語気を荒げた。

 二課の勝手気ままは今に始まった事ではないとはいえ、だからと言って今回の件は酷い。

 説明を求められた、ではなく、説明義務なのだ。

 義務と付くからにはそれをしなくてはいけない。

 そんなのは大人だけでなく子供でもわかる事だ。

 勿論、あまり感心出来る事ではないが、尚も広木は怒らない。

 

 

「それでもだ。ゴーバスターズや魔弾戦士がいたとしても、特異災害に対抗できる唯一無二の切り札は彼等だけだ。私の役目は、そんな連中を守ってやる事だからな」

 

 

 その言葉を聞いて秘書は「ふう」と溜息をついた。

 仮にも防衛大臣たる彼の予定を狂わせ、しかも当の本人は怒り1つ無い。

 懐が広いというのは良い事ではあるのだが。

 

 

「特機部二とは、よく言ったもので……」

 

 

 秘書は膝に置いてあるアタッシュケースを見やった。

 二課に受領させる予定だった機密資料の入ったアタッシュケースだ。

 本来であれば渡す物まであったはずなのに、と、秘書はぼやくのだった。

 車は帰路を問題なく進み、高架下のトンネルに入る。

 トンネルを抜けようとした瞬間――――――。

 

 

 

 

 

 あけぼの町、S.H.O.Tの司令部は、あけぼの町の警察署、『あけぼの署』の地下にある。

 S.H.O.Tの隊員以外はそこへ至る道を知る事無く、そもそもそこにS.H.O.Tがある事すら知らない。

 そもそもの話、S.H.O.Tや魔弾戦士の事は知りつつも、それが何処の誰で、どんな人が隊員なのかをあけぼの町民は知らないのだ。

 まさかあけぼの署に勤務している刑事達だとは夢にも思っていないだろう。

 

 

「あー……疲れた」

 

 

 そのS.H.O.T本部で、鳴神剣二は椅子に座って机に突っ伏していた。

 

 

『へばるのが早すぎじゃないのか』

 

「いや、若い頃から努力が嫌いで」

 

『幾つだお前』

 

 

 ゲキリュウケンのツッコミを余所に、剣二は机に項垂れた。

 特訓をしたのはいいのだが、しばらく真面目にやっているかと思ったら、疲れて此処で休憩を始めたというのが現状だ。

 やる気はあるが疲れているのも事実、それにしたって響達に比べると随分と早いが。

 剣二には真面目という成分が欠如しているようにゲキリュウケンには思えた。

 正義感はあるし、人を守ろうという意思は非常に強く、恐らくそれがブレる事は無いだろう。

 

 とはいえ訓練1つでこの有様なのだからゲキリュウケンだって溜息の1つも付きたくなるものだ。

 そんな剣二に物申す者がもう1人、S.H.O.T司令の天地だ。

 基地の中央に位置する司令官の席から、机に突っ伏す剣二に説教めいた言葉をかけた。

 

 

「ダメだぞぉ、鳴神隊員。若いうちの苦労は買ってでもしろ、っていうじゃん?」

 

「腹減ったぁ……」

 

「……聞いてないよね。ちょっと? 私、司令だよ?」

 

 

 司令官まで含めたとぼけたやり取りは黒木や弦十郎となら考えられないだろう。

 天地司令は司令になるだけの器、手腕を持ってはいる。

 が、普段はこんな感じなのだ。

 他の隊員からもぞんざいに扱われることもしばしばな辺り、人徳があるのかないのか。

 

 

「なーなー、瀬戸山さん。なんか新しいキーとかないの?」

 

 

 天地司令を無視したまま机から顔を上げ、S.H.O.T基地の奥、マダンキーの調整などを行う『魔法発動機』が置かれた場所で何やら作業をしているS.H.O.Tのオペレーターの1人、『瀬戸山 喜一』に話しかけた。

 彼は魔法エンジニアで、魔弾戦士の使うマダンキーの調整や『光のカノンの書』と呼ばれる太古から伝わる魔法の書物の解読などを行っている人物だ。

 仕事ぶりはちょっと適当、とはいえマダンキーに不備があった事は基本的になく、魔法に関しての知識ならS.H.O.T基地内では間違いなく彼が一番だ。

 

 

「ありませんよ。そんなに都合よくマダンキーがあるわけないじゃないですか。

 魔法じゃあるまいし」

 

「いや、魔法でしょ」

 

 

 一瞬、魔弾戦士の全てを否定しかかった瀬戸山に突っ込む剣二。

 と、そんなやり取りをしていると。

 

 

「……ん?」

 

 

 S.H.O.T基地のメインモニターに表示されたのは特異災害対策機動部二課からの緊急の連絡。

 何らかの悪意ある組織に傍受されないように、所謂秘匿回線という物を使っている。

 未だに無視された事に抗議をしようとしていた天地の表情は、連絡の内容を見た瞬間に一変した。

 連絡内容に一通り目を通した後、天地は通信を始めた。

 

 

「不動隊員、左京隊員、すぐに集合。緊急事態だ」

 

 

 

 

 

 

 

 天地の通信からしばらくして、不動銃四郎とS.H.O.Tの紅一点、『左京 鈴』が基地内にやって来た。

 鈴は気が強く、彼女の前ではS.H.O.Tの男性陣は大体太刀打ちができない。

 女は強し、と言ったところだろうか。

 そんな彼女も普段はあけぼの署で勤務をしており、S.H.O.Tでは瀬戸山同様オペレーターの立ち位置だ。

 

 

「みんな集まったな」

 

 

 それぞれのオペレーター席に座る瀬戸山と鈴、モニター前に立つ魔弾戦士の2人、そして司令である天地。

 現在のS.H.O.Tのメンバーを一通り見渡した後、天地は何時になく真剣な面持ちで話を始めた。

 

 

「広木防衛大臣が、殺害された」

 

 

 天地が出す真剣な空気感から、普段の天地が少し抜けている事とのギャップから相当な事なのだと覚悟していたS.H.O.T隊員達であったが、その内容は予想通り、相当な事だった。

 全員の顔が驚愕に染まる、が、その後に剣二の顔だけが疑問の顔に変わった。

 

 

「……って、誰?」

 

「アンタねぇ……」

 

 

 頭を掻きながら訪ねる剣二に鈴は溜息をついた。

 まあ、広木防衛大臣と直接の関係があるのは司令である天地だけで、他のメンバーが知らないのは無理もないのだが。

 鈴や瀬戸山、銃四郎が知っているのは、そういう事情も一応頭に入れているからだろう。

 尤も、この3人も広木防衛大臣について詳しい事は知らないのだが。

 

 

「広木防衛大臣は、二課、特命部、S.H.O.T、そして今後参加予定の国安0課の組織合併を後押ししてくれていた立役者だ。

 特に特異災害対策機動部二課と関わりの深い人でな。彼等に味方をしてくれていた数少ない政府関係者だ」

 

「へぇ、じゃあ良い人ってわけか」

 

 

 小難しい話が苦手な剣二は大雑把にそうまとめた。

 何を持って良い人、というのは各々の見方によって変わると思うが、二課、引いては特命部やS.H.O.Tに協力してくれていた広木防衛大臣は彼等から見て良い人なのは間違いない。

 大雑把でも一応の理解を示した剣二の納得したような表情を見た後、天地は続けた。

 

 

「複数の革命グループから犯行声明が出されているが、詳しい事はまだ分かっていない」

 

 

 とどのつまり、「これは自分達のやった事である」、と力を誇示しようとしている連中の事だ。

 日本の防衛大臣暗殺に便乗しようとしている輩がいるという事である。

 事実確認はまだ取れていないが、恐らく犯行声明を出した革命グループの中に犯人はいないだろうというのが二課の見解だった。

 

 

「だが、櫻井了子女史が入れ違いで機密指令の受領に成功した。

 そこに書かれた任務を遂行する事が広木防衛大臣の弔いとなるだろう」

 

 

 了子が受領した機密指令。

 その任務を二課、特命部、S.H.O.Tの合同組織が遂行する事となった。

 そして、天地は剣二と不動に指令を言い渡す。

 

 

「不動、鳴神両隊員は、特異災害対策機動部二課に赴き、任務に参加せよ。

 二課からの迎えが30分後には来るはずだ」

 

 

 広木防衛大臣と秘書、及びガードマンという複数の人間の命が失われた痛ましい事件。

 そんな内容だったせいか、普段はおちゃらけている剣二もふざける態度を見せる様子は無い。

 暗殺を行ったのは犯行声明を出している革命グループの内のどれかなのか、ヴァグラスなのか、もしかしたらジャマンガか。

 あるいは、まだ見ぬ新たなる勢力なのか。

 何であれ、陰謀が見え隠れする事件である事は間違いなかった。

 

 

 

 

 

 同時刻、ジャマンガ基地。

 Dr.ウォームは空中に映写した過去の映像を見ていた。

 いずれもリュウケンドー、リュウガンオーとウォームが生み出した魔物との戦いである。

 そして、結果は全て敗退。

 敵の研究の為にと時折見ているのだが、そうして魔物を作っても結局やられ、映写する内容が増えていくばかり。

 募るのは悔しさと怒り、最早ウォームがマイナスエネルギーを出しかねない状態にあった。

 そしてそれは、今もそうだ。

 映写した映像を見て、悔しさばかりがこみ上げてくる。

 

 

「いやはや、恐れ入った。それほど敵を研究し、尚且つ無様に負け続けるとは。大した事だ」

 

 

 ウォームの背後より1人の人影が嘲笑混じりに皮肉を口にした。

 姿は全体的に鈍い銀色と言った具合で、三日月を横たえたような胸の中央と額には満月のような黄色い球体があり、顔面は二本角の仮面を被ったようになっている。

 左手にはやや歪な形をした剣、『月蝕剣』を逆手で握っている。

 彼の名は『月蝕仮面 ジャークムーン』。

 ジャマンガの最高幹部の1人にして、リュウケンドーやリュウガンオーを圧倒した事もある強者だ。

 

 戦いに対して独自の美学を持ち卑怯を嫌う彼はウォームと折り合いが悪い。

 後ろで魔獣を作って繰り出すだけで前線に出ないウォームとは相容れないのだ。

 ウォームはジャークムーンの言葉に怒らず、冷静に切り返した。

 

 

「負けてなどおらんよ。現に、大魔王様は順調に、成長あそばされておる」

 

 

 上空に浮かぶ大魔王グレンゴーストの卵。

 ジャマンガの目的は魔弾戦士の討伐でも人々の抹殺でもなく、マイナスエネルギーを溜める事だ。

 全ては大魔王グレンゴースト復活の為。

 魔弾戦士はマイナスエネルギーに邪魔な存在ではあるが、魔弾戦士がジャマンガの活動を嗅ぎ付けて原因を倒し切るまで、マイナスエネルギーは人々から発せられ続ける。

 魔獣を生み出し続けるなど、作戦を講じ続ければそう遠くない未来に大魔王は復活するのだ。

 が、ジャークムーンはそれを一笑に付した。

 

 

「物は言いようだな」

 

 

 力こそ全てという美学を持つ彼とって、負けてもマイナスエネルギーが集まればいいという考えた方は信じられないのだろう。

 

 

「ノンノン、私は賛同しますよ。Dr.ウォーム」

 

 

 唐突に響いた声はウォームでもジャークムーンでもない。

 ジャマンガの根城に現れた第三者、ヴァグラスのエンターが2人の背後から足音を立てて入って来ていた。

 

 

「私もエネトロンを集める身。己のマジェスティが復活に近づけばそれでいいのではありませんか?」

 

 

 エンターもまた、メサイアを現実空間に復活させるためにエネトロンを集めている。

 その度にゴーバスターズ達に邪魔をされているが、エネトロンの奪取そのものを失敗した事は殆ど無い。

 しかし今まで生み出したメタロイド達は1体残らず破壊されている。

 エンターとウォームは目的もやり方も非常に似通っていると言えるだろう。

 ウォームは味方が増えた事に得意気な顔を見せ、してやったりな表情だ。

 

 

「くだらん」

 

 

 しかしエンターの言葉もジャークムーンは切り捨てる。

 説得されるような性格でもないジャークムーンである。

 いつもの事だとウォームは頭を切り替え、突如現れたエンターの方を向いた。

 

 

「時にエンター、何か用か?」

 

「おっと、そうでした。実は協力してほしい事が」

 

「ほう。まあ、協力関係にあるわけじゃからの。して、何じゃ?」

 

 

 用件を説明する前に、エンターはこの場から去ろうとしているジャークムーンの背中に向かって呼びかけた。

 

 

「貴方にとっても耳寄りな情報だと思いますよ? ムッシュ・ジャークムーン。

 何せ、リュウケンドー達と戦う機会を得られるのですから」

 

「……ほう」

 

 

 ピタリと足を止めたジャークムーンはゆっくりと振り返った。

 聞くだけ聞いてやろう、という姿勢である。

 エンターはウォームとジャークムーンをそれぞれ見た後、優雅な足取りで2人から等間隔に距離を取って話を始めた。

 

 

「もうじき、何らかの重要な物品の移送が始まるそうです」

 

「『そうです』じゃと? 確定してはおらんのか?」

 

「いえ、フィーネに聞いた事なので。今回の協力要請はフィーネからです」

 

 

 フィーネの事はエンターを通してウォームも聞いていた。

 実際にあった事は無いが協力者であるという事で、ウォームも特に気にしてはいない存在だった。

 

 

「移送には護衛が。当然、ゴーバスターズや魔弾戦士が付くそうです」

 

「ほうほう」

 

「そしてフィーネはその重要な物品を奪いたいそうで……。

 我々にゴーバスターズ達の相手をしろ、と」

 

 

 ほう、と考え込むウォーム。

 要するにフィーネがその重要な物を奪うまでの間、他の戦士達の足止めをしてほしいという事だ。

 しかし、それはヴァグラスやジャマンガにとって特にメリットは無い。

 マイナスエネルギーもエネトロンも手に入らないからだ。

 

 

「メタロイドを造るのにもエネトロンが必要なので、こちらとしてはあまり動きたくはないのですが。Dr.ウォーム、貴方は?」

 

「ううむ、マイナスエネルギーが手に入らない事の為に、わざわざ魔獣を造るのものぉ……」

 

 

 自分達の利益を考えれば、動きたくないというのが結論になる。

 ヴァグラス側にとってエネトロンを消費する事は、メサイア復活から遠のく事を意味する。

 対してジャマンガ側だが、魔獣の生成にマイナスエネルギーを必要としているわけではない。

 ただ、魔弾戦士とも戦えるようなそれ相応の魔物を造るためにはマダンキーを使う必要がある。

 マダンキーは弱い物から強力な物までピンキリで、強いマダンキーを使えば強い魔物が生まれる。

 が、マダンキーは有限なのだ。

 ジャマンガ側としてもマイナスエネルギーと関係が無い作戦にあまり強い魔物を投入したくは無かった。

 

 

「そこで、私から大ショッカーに協力を頼んでおきました。こちらからはバグラーを出しましょう」

 

 

 その点、大ショッカーならば仮面ライダーを倒すという目的がある。

 エンターが「ディケイドを倒す為に怪人を送り込んでほしい」と頼めば一発であった。

 バグラーも微量にエネトロンを消費するが、それだけで大群を送り込めるのだから、今回の足止めには有効だろう。

 それに協力関係にあるなかでヴァグラスだけ何もしないのは体裁も悪い。

 こうなると後はジャマンガから何を送り込むか、という事になる。

 ウォームはちらりとジャークムーンの方を向いた。

 

 

「ジャークムーンよ、これをお前に授けてやろう」

 

 

 ウォームはジャークムーンに近づき、ニヤリと笑いながら1本のマダンキーを差し出した。

 

 

「最強の魔力を持つ、『サンダーキー』だ。これの力とお前の剣が合わされば、遠距離攻撃も可能になるぞよ。さ、受け取れ」

 

 

 差し出されたサンダーキーを素直に受け取るジャークムーン。

 ウォームはキーを渡した後、背を向けてジャークムーンからいそいそと離れていこうとした。

 ジャークムーンは右手に取ったサンダーキーを見つめる。

 表情は分からないが、恐らくは訝しげな目線で。

 

 

「何故私を亡き者にしようとする……?」

 

 

 背を向けていたウォームがピタリと足を止めた。

 図星を突かれたかのように一瞬体を震わせ、ゆっくりとジャークムーンの方に振り向く。

 

 

「……何の事だ?」

 

「サンダーキーの力はあまりにも強すぎる。我ら魔族と言えど、耐えられる者などいない筈」

 

「くっ……知っていたか」

 

「当たり前だ。この程度の事、遣い魔でも知っている」

 

 

 サンダーキーはウォームの言う通り、最強の魔力を秘めている。

 ただ、強すぎるが故に使われなかったマダンキーでもあるのだ。

 例えそれがジャークムーンクラスの魔物であったとしても、耐える事は困難。

 最悪、キーの力に負けて体が崩壊する可能性すらある代物なのだ。

 

 ジャークムーンは協力的な姿を見せない。

 マイナスエネルギーを集める事よりもリュウケンドーを倒す事を目的としている節があるのだ。

 それならばまだ良かった。

 が、今のジャークムーンはリュウケンドーを倒そうとすらしなくなっていた。

 曰く、弱い者に興味は無いという話だ。

 ジャークムーンは以前の戦いでリュウケンドーに一太刀浴びせられており、故に目をかけていた。

 しかしそんな今のリュウケンドーをジャークムーンは『弱い』と断じた。

 ウォームからすれば、強いのにも関わらずリュウケンドー達を倒す様子もなく、マイナスエネルギーを集める様子もないジャークムーンは邪魔でしかない。

 

 

「我は、大魔王様の為にやっている! 奴らを倒す事が大魔王様の為になるなら、どんな手でも使うわ!」

 

「ほう、天晴な心掛けだな」

 

 

 開き直りに怒りを足したように怒鳴るウォームの言葉を笑いで躱しつつ、ジャークムーンはサンダーキーをじっと見つめた。

 

 

「……いいだろう」

 

「なんじゃと?」

 

「このサンダーキーを用いて、リュウケンドーと戦ってやろう」

 

 

 ウォームは目を丸くした。

 ジャークムーンはどれだけ言ってもウォームの命令を聞く様なタイプではなかった。

 それが今、急に協力的な口振りとなっている。

 

 

「私に命令できるのは私より強い者だけ……。だが、私の気が変わったのだ。

 何も文句はあるまい?」

 

「う、うむ。ならば良い」

 

 

 ジャークムーンの言葉に戸惑うウォームだが、とりあえず事なきを得た、と言えるのだろうか。

 ジャマンガからは遣い魔とジャークムーンを出撃させる事が決まり、沈黙を守っていたエンターが口を開いた。

 

 

「メルシィ。協力に感謝します」

 

「私には私の目的がある。協力などするつもりはない」

 

「貴方方は魔弾戦士の足止めをしてくれれば、後はどうぞお好きに」

 

「フン……」

 

 

 こうして、ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、そして提案者のフィーネも交えた作戦が展開される事となった。

 正義の戦士の知らぬところで、邪悪の陰謀は確かな蠢きを見せているのだった。




――――次回予告――――
デュランダルを狙って、色んな連中が現れた。
怪人、ヴァグラス、ノイズ、もう滅茶苦茶だ。
その中には、あのジャークムーンの姿まで。
今度こそ勝って見せるぜ。
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!

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