スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第33話 誕生日の奇跡なの

 6月3日、午後12時30分。

 操真晴人は瞬平と凛子、後藤と共にはやての元を訪れていた。

 晴人達は1人暮らしの彼女を少しでも支えようと時たま顔を出すようになっていた。

 今までのゲート達は絶望したところを魔法使いに救われてゲートでなくなるか、関東圏の外に逃げてファントムから逃れるかのどちらかだった。

 だが、高町家や八神家のように絶望したわけでもなければ今いる家を離れるわけにはいかない例がある。

 そういう時は0課が護衛をするという事が多い。

 実際、八神宅周辺にもはやてには気づかれないように0課の刑事が2人、交代制で護衛をしている。

 

 しかし八神家には護衛はいても、はやての『家族』がいない。

 晴人は家族がいない事の苦しみを痛いほど知っている。

 こうして晴人が顔を見せるのはその感情故と言ったところだろう。

 同情とか共感というよりは、「放っておけない」という個人的に心配しての事だ。

 勿論人の命はそれぞれ重く、ゲートの好き嫌いで贔屓するような事は絶対にしない。

 それでもはやてに少しだけ肩入れしてしまうのは、そういう心境が影響している。

 

 とはいえ、最初からはやてと話が出来ていたわけでは無い。

 最初の内は大丈夫です、とか、そんなに来てくれなくても、とか、遠回しに突き放そうとする言葉を失礼のない程度にだが、はやてに言われていたのだ。

 はやては自分のハンデに対しての同情を嫌っている節がある。

 自分は辛くないのに同情されたり、例え辛かったとしても同情している相手が「同情している俺って良い奴」と身勝手な自己満足を満たす為だけの考えで同情していたりと、そういうものがはやては嫌いなのだ。

 

 その気持ちは晴人にもよく分かった。

 両親を亡くしてからそういう目で見られ、そう言われた事だって何度もある。

 同じ経験をしてきたからこそ、晴人ははやての気持ちが同情ではなく痛い程分かるのだ。

 はやても今までそういう目を向けられてきた事があるのだろう。

 晴人は根気強くはやての家を訪ねた。

 そして最近になってようやく、少し心を開いてくれたのだ。

 

 インターホンを押してしばらくすると、インターホン越しに返事が聞こえてきた。

 晴人が自分達の名を告げると部屋の中のはやては車椅子をちょっとだけ急がせた。

 ずっと孤独を続けてきたはやては最近の晴人達の訪問を楽しみにしていた。

 確かに最初こそ、やや疑うような態度をとったが、最近ではその考えは変わりつつある。

 それどころかこうして誰かが来てくれる事が、誰かと一緒に居られる事が嬉しいと感じられるようになった。

 玄関を開けると晴人が「よっ」と手を挙げて、瞬平が屈託の無い笑顔で手を振り、凛子が微笑みかけて、後藤は硬い表情ながら威圧感の与えないように優しい雰囲気を心掛けていた。

 

 

「よう来てくれはりました。すいません、何度も……」

 

「そんな、いいっていいって」

 

 

 申し訳なさそうな言葉の裏にまだ少し、よそよそしい感じが抜けきっていない感じがする。

 単純な同情では無いとはやても分かっているのだろうが、突然現れて優しくしてくれる複数の大人達を疑うのは正しい反応だ。

 それを気にせずニッと笑う晴人は、今日何をするか、考えてきた予定を話した。

 

 

「今日は外にでも出るか? いっつも家の中ってのも体に悪いし」

 

 

 はやては足が動かないという事もあって基本的に家の中にいる。

 外に出るのにも苦労するのだから当然なのだが、あまり健康的とは言えない。

 しかし今ははやてをサポートできる大人が4人もいるのだ。

 だが、晴人の提案にはやてが答えるよりも前に後藤がそれに反論した。

 

 

「待て操真。彼女はファントムに狙われているんだぞ? 簡単に連れ出すのは……」

 

 

 真っ当な正論だ。

 幾ら仮面ライダーが2人付き添うとはいえ、ファントムに狙われている事が分かっている人間を外に連れ出すのは良くは無い。

 その人だけでなく、その時周りにいる人達も巻き込まれるかもしれない事を考えれば尚の事だ。

 

 

「そのための魔法使いさ」

 

「だとしてもだ。戦いになって守り切れる保証は無いんだぞ」

 

「でも、俺達がいるからはやてちゃんも安心して外に出られる」

 

 

 後藤の意見、安全を考えるならはやては家の中で過ごしているべきだというのは正しい。

 晴人の意見、守れる人がいる時でないとはやては安心して外に出られないのだから出してやりたいというのも正しい。

 そんなやり取りを見かねてはやてが口を開いた。

 

 

「あ、あの、私が危険なのは分かってます。後藤さんの言う通り、家の中にいた方が……」

 

 

 自分の事で争ってほしくないという感情が先行した為に出た言葉。

 何よりも自分が家の中にいるべきというのははやて自身も理解している。

 その言葉を聞いた晴人ははやての方に向き直り、屈み、視線をはやてと同じ所まで落として話しかけた。

 

 

「はやてちゃん、今何歳?」

 

「え……? 8歳ですけど……」

 

「そんな歳で遠慮癖付いちゃダメだぜ? もう少しワガママ言うぐらいの歳でしょ」

 

「でも、皆さんにこれ以上迷惑かけるわけには……」

 

 

 晴人は手で拳を作って優しくはやての頭にコツンと乗せた。

 急な事にちょっと目を閉じて驚くはやてに、晴人は笑顔を向ける。

 

 

「迷惑なんかじゃない。そんな風に言うなって」

 

 

 何度か足を運ぶ中ではやてはかなり自分達に迷惑をかけまいとしているのを感じた。

 他に守るべき人が大勢いる事や、はやてから見れば一回り以上違う大人達相手なのだから家族でもない晴人達にその態度は常識で考えれば当然だ。

 だが、8歳の女の子が「外に出たら迷惑だから」と言うのは余りにも酷だ。

 只でさえ車椅子というハンデがあるのにファントムに狙われるから。

 様々な理由がはやての外出を妨げている。

 それを憂いたから晴人はこうして案を出した。

 

 しかし感情を度外視に最善の策を考えるのなら家にずっといてもらう事が一番だ。

 後藤は溜息をついた。

 後藤もはやての実情に何も思わないわけでは無い。

 だが、守る者としての責任、使命感からこうして意見をしていた。

 

 

「……外に出るなら、もう昼だし外食でどうだ。昼食は済ませたのか?」

 

「いえ、まだですけど……ええんですか?」

 

「ああ」

 

 

 はやてを外に出してやりたい感情と責任感の間で揺れた後藤が出した結論がそれだった。

 はやては特別外出を制限されてはいない。

 それはファントムも魔法使いやその一派といるゲートを積極的には狙わないだろうという0課の判断によるものだ。

 それに同じく外出を制限されていない高町なのはがその後襲われたという話は出ていない。

 ならば、と考えた結果だ。

 晴人は自分の意見が通った事にニヤリと笑い、瞬平と凛子も顔を明るくさせた。

 はやての顔も申し訳なさそうな表情をしているが、心なしか明るい。

 

 

「良い店を知っている。もし、何らかの異常事態が起こっても冷静に対処してくれるだろう」

 

 

 後藤の言葉を聞き、一同には疑問が生まれた。

 起こる異常事態とすればファントムの襲撃だ。

 それに対応できる一般の店なんて普通はあるわけがない。

 あったとしたら、その店の店員達が実は傭兵部隊だったとかそんな所なのか。

 代表して凛子が店の所在を尋ねた。

 

 

「それって、一体?」

 

 

 後藤はその店の名を、かつてお世話にもなった、ちょっとした思い出の店の名を口に出した。

 

 

「店の名前は、『クスクシエ』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 後藤が指定したクスクシエという店は海鳴市から少し離れている。

 この店を指定した理由の1つに海鳴市から離れているという点もある。

 はやての所在はファントム側にはある程度知られているだろう。

 だが、一時的にでも海鳴市を離れれば外出の際に発生する危険も少ないと判断したのだ。

 

 クスクシエには0課が用意した車を後藤が運転してそこまで行くという流れになった。

 はやての外出に理由も説明すると、木崎は許可を出し、車も貸し出してくれたのだ。

 運転手は後藤、助手席に凛子、後部座席には残りの瞬平、晴人、はやてが乗っている。

 はやての車椅子ははやてが一人暮らしするのに問題ない程の機能を搭載した車椅子だ。

 だが、故に簡単な持ち運びができない為、一度はやての家に置いて、着いたらコネクトの魔法で呼び出すという事になった。

 

 さて、しばらくして一同は目的地に到着した。

 此処まで来るのに30分弱、車でも意外とかかる距離だった。

 看板には『多国籍料理店 クスクシエ』と書かれている。

 

 

 ――――Connect Please――――

 

 

 車から降りた晴人はコネクトの魔法を発動し、八神宅に置いてきた車椅子を引っ張り出した。

 魔方陣から呼び出される車椅子を見たはやては、晴人は本当に魔法使いなんだな、と改めて感じた。

 対照的に瞬平や凛子は慣れっこなのか、むしろクスクシエの方に興味津々の様子。

 凛子は、クスクシエを見つめ何故かボーッとしている後藤に近づいた。

 

 

「後藤さん、どうかされました?」

 

「……いや、昔の事を思い出して」

 

 

 昔、というほど前でもない気もするが、後藤の人生において一番鮮烈な記憶達が蘇ってきた。

 戦いの記憶、出会いの記憶、別れの記憶。

 この店にはそれを分かち合った仲間達が集っていたのを今でも覚えている。

 懐かしさに少しだけ口角を上げる後藤。

 一方で晴人ははやてを車から車椅子にお姫様抱っこで乗り換えさせてあげた。

 そして車椅子の後ろに回り、車椅子を押す係りに率先してなった。

 

 後藤は店の扉を開けた。

 カランカラン、と来店を告げる音が鳴った。

 店内は昼時という事もあって随分と込み合っている。

 その中で忙しなく動く女性が来店に気付き、パッと振り向いて後藤達に笑顔を向けた。

 

 

「いらっしゃいま……」

 

 

 所謂営業スマイル的な笑顔は一瞬で驚きの顔に変わり、直後には満面の笑みになった。

 

 

「あら、後藤くーん! 久しぶりね、元気だった!?」

 

「お久しぶりです、知世子さん」

 

 

 言葉通り、知世子と呼ばれた女性、『白石 知世子』の顔と動きは久しぶりに知り合いとか友人にあった時のそれだ。

 知世子はふと、後藤の後ろに青年が2人、女性が1人、車椅子の少女が1人いるのに気が付いた。

 

 

「後ろの4人は?」

 

「大きな声では言えませんが……」

 

 

 後藤は知世子に耳打ちをするように晴人達が何者であるのかを話した。

 すると、内容を聞いた知世子は先程までの笑顔から少し真面目な表情に変化した。

 

 

「そう……それじゃあ、映司君や後藤君と同じで……」

 

「はい」

 

 

 昼過ぎの店内はガヤガヤと五月蠅く、後藤と知世子が何を話しているのかは2人が声を小さくして話しているせいで聞き取れない。

 知世子はかつての居候達と、その仲間や友人の事を思い出した。

 今ではバラバラの道に分かれてしまったが、何処かで何かの為に頑張っている事は知っている。

 知世子は店内に飾られている、店の飾りの中でも異彩を放つ奇妙な人形に目を向けた。

 不気味さすら感じさせるその人形を憂いと優しさを籠めた表情で見つめる知世子。

 しかしものの数秒でその表情を一変、再び笑顔に戻し、店内全体に聞こえるように大きな声を放った。

 

 

「お客様5名様、ご案内しまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 多国籍料理店クスクシエはその名の通り、様々な国の料理を出す店である。

 今日は『フランス』がテーマらしい。

 ポトフ等を始めとした有名な料理から聞いた事の無いマイナーな料理まで中々手広い。

 

 

「私は白石知世子、此処の店長よ。宜しくね」

 

 

 昼時のお客ラッシュが落ち着いた知世子は晴人達に自己紹介を行った。

 一度食事を止めて、頭を下げる一同。

 

 

「聞いたわよー。仮面ライダーなんですって?」

 

 

 知世子の突如とした爆弾発言に思わず食べた物を吹き出しそうになる晴人。

 魔法使いである事を隠しているわけでは無いが、不意打ち気味の言葉にはさすがに戸惑うばかりだ。

 というか、聞いた、という事は後藤が話した事になる。

 晴人は驚きの表情を保ったまま後藤に顔を向けた。

 

 

「は、話したの?」

 

「ああ。知世子さんは俺がバースなのも知ってるし、かつては火野……オーズというライダーを居候させていた人だ。お前で言うと輪島さんに近い」

 

 

 成程、と晴人も瞬平や凛子も納得した。

 クスクシエを面影堂に、知世子を輪島と考えれば後藤が事情を話した理由にも合点がいくし、この店を選んだ理由も分かる。

 事情を知っている人が店長なら異常事態への対応もやりやすくなるからだ。

 後藤は晴人達の事を知世子に紹介した。

 晴人が魔法使いかつ仮面ライダーである事、凛子は同僚である事、瞬平は民間からの協力者である事、はやては守護対象である事を。

 

 

「ん、晴人君に凛子ちゃんに瞬平君にはやてちゃんね。後藤君とは仲良くやってる?」

 

「はい!! あ、でもちょっと、生真面目すぎるかなぁって……」

 

 

 元気良く答える瞬平の言葉に知世子も笑った。

 

 

「フフ、今でも変わらないのねー。石頭って言われてなかったっけ?」

 

「ええ、まあ……。今更変えようがないので」

 

「ホント真面目ねー、後藤君は」

 

 

 こんな感じに談笑が絶える事無く、後藤が昔の事でいじられたり、晴人の魔法の事で盛り上がったりする中で、知世子はふと、はやてに話しかけた。

 

 

「ねぇ、はやてちゃん。後藤君やみんなはどう?」

 

 

 訪ねてきた知世子に、食べていた物を飲み込んでからはやては答えた。

 

 

「皆さん、ほんま良くしてくれます。晴人さん優しいですし、瞬平さんはいつも楽しませようとしてくれます。凛子さんも明るく接してくれますし、後藤さんも凄く私の事気遣ってくれて……」

 

 

 4人全員が純真無垢なはやての褒め言葉に少し照れくさそうにしていた。

 晴人と凛子は微笑み、瞬平はわざとらしく体をくねらせている。

 後藤は表情には出さないが、少しだけ顔が横を向いた。

 恐らくは照れてそっぽを向いているのと同じなのだろう。

 そんな十人十色な反応とはやての言葉に満足気に頷いた知世子は笑顔だった。

 

 

「うんうん。仲が良さそうでよろしい! はやてちゃん、何か困った事があったら、ウチも頼ってくれていいからね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 軽くだがペコリとお辞儀をする少女を見て、知世子はまた明るい笑顔を見せた。

 はやては人を見る目がある方だ。

 晴人達が単純な同情や共感だけで自分の事を気にかけてくれているのではないと分かっている辺りからもそれが窺える。

 

 そんなはやては知世子の何気ない一言が、同情や共感でもない言葉だと何故か思った。

 それでいて、適当に言っているのではなくて本気で言っている。

 知世子と後藤が関わったある戦いで、火野映司という青年は手を繋ぐ事の大切さを再認識した。

 そしてその戦いに関わった者達もまた、それに影響されている。

 困っている人がいたら手を伸ばす。それは知世子も同じだという事だろう。

 

 しばらくして食事を終えた5人は手を合わせて「御馳走様でした」と言って、少ししてから席を立った。

 

 

「御馳走様でしたー」

 

「御馳走様です」

 

 

 晴人とはやてはもう一度同じ言葉を店内に向けて言った。

 他のお客と話をしていた知世子は晴人達に近づいて満面の笑顔で5人を見送った。

 

 

「またのご来店をお待ちしておりまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅中の車内では晴人ははやてに何かしてあげられないかと考えていた。

 思えばはやての家に何度も足を運んではいるが、プレゼントなどを送った事は無い。

 自分達がいる時以外は1人でいるはやてに何かしらしてあげたいと思ったのだが、どうにも思いつかない。

 そこで晴人ははやてに直接聞いてみる事にした。

 

 

「欲しい物とか、してほしい事とかない?」

 

「今でも十分すぎて、何を頼んだらええのか……」

 

 

 はやては今までになく幸福を感じていた。

 こうして他の人と食事をして、談笑して。

 今までになかった幸せだった。

 身体的なハンデもあって、学校にも通えていないはやては友達もおらず、知り合いも殆どいない。

 晴人達と会わせてくれた事だけを見ればメデューサにお礼を言いたいぐらいなのだ。

 

 

「ま、俺の魔法も万能じゃないからサプライズってのはキツイかもなぁ。

 使えそうな魔法って言うと何だ……?」

 

 

 困った表情を浮かべる晴人。

 魔法と聞くと呪文1つで何でも解決、というイメージがあるかもしれないが、実際はそんな事は無い。

 できる事には限りがあるのだ。

 晴人の魔法は指輪と魔力に左右される。

 持っている指輪が秘めている能力しか魔法として発動する事は出来ないし、それも魔力が足りなければ発動する事すらできない。

 例えば純金を造って大金持ち、というわけにはいかないのだ。

 

 

「魔法使いさんと会えたのは十分にサプライズですよ」

 

「あー……言われてみればそうなのかな?」

 

 

 自分が魔法使いであるせいか完全に失念していたが、人前に魔法使いとして現れるのは相手にとってはとてつもないサプライズだ。

 何せファンタジーを具現化した存在だ。

 と言っても、最初にはやてが晴人と会った時は命の危機だったから、驚く暇すらなかったが。

 冷静に考えれば魔法使いと会うなんて荒唐無稽が過ぎる。

 しかし、その出会いははやてにとって希望となったのは事実だ。

 

 

「遠慮とかじゃなく、今が凄く幸せなんです。ほんま、ありがとうございます」

 

 

 だからはやては高望みをしない。

 これ以上の幸せははやてが考える中では2つしかない。

 その内の1つは確実に実現不可能だと思っている。

 1つは、自分の足の回復。

 これが原因で学校にも行けていないのだから、足が回復すれば友人も出来る事だろう。

 そしてもう1つ。

 それは恐らく、いつ渡してもはやてにとって最高のプレゼントになるだろうし、それは足の回復よりも幸せな事だろう。

 しかし同時に実現は絶対に無理である事もはやては分かっていた。

 彼女が本当に欲しく、しかし諦めているもの、それは。

 

 

 ――――――『家族』。

 

 

 

 

 

 クスクシエから戻った後、後藤と凛子は木崎に呼ばれ、晴人と瞬平、はやてを八神宅の前で降ろして0課に戻った。

 対ファントムの組織とはいえ警察は警察、他にも色々と仕事はあるようだ。

 凛子は別れ際にはやてに「また今度」と伝えている。

 貴女は1人じゃないよ、という意味を含んでいるのかもしれない。

 

 それからその日は晴人と瞬平が付き添って図書館やデパートに行った。

 少しでも長い時間、はやてと一緒にいてあげようと思い、晴人達は日が暮れるまではやてと一緒にいた。

 希望である晴人は元より、明るすぎるほど明るい瞬平がいた事もはやてにとって支えとなってくれただろう。

 とはいえ付きっ切りとはいかず、夜になったら晴人達も帰らなくてはならない。

 

 

「それじゃ、はやてちゃん」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 晴人も凛子と同じく「また今度」と伝え、晴人と瞬平は八神宅を後にした。

 2人に手を振り見送るはやての顔は明るかった。

 玄関の扉を鍵まで閉めて、車椅子を動かして玄関からリビングに向かうはやて。

 晴人や瞬平がいなくなった後の部屋は不気味なほど静かで、何の声も、何の音もなかった。

 

 八神はやてにとってそれは普通の事だった。

 メデューサに襲われたあの日まで、それが。

 それからは晴人達と出会い、今まで白黒だった世界に色が加わったかのように、楽しい時間が増えた。

 しかしそれも一時のもの。

 晴人達にも自分達の住む場所があり、時間になれば必ずそこに帰らなければならない。

 

 そうなるとはやての世界は急激に白黒に戻る。

 無闇に空しさを覚えてしまう。

 はやては家の電話に留守電が入っている事に気付き、録音を再生した。

 相手ははやての足の主治医、『石田 幸恵』医師だ。

 石田医師ははやての足の麻痺を受け持つ主治医だ。

 足の麻痺はかなり以前からなので、それと比例してはやてとの付き合いは非常に長い。

 天涯孤独の彼女の事を誰よりも知り抜いていたのは恐らく石田医師であろう。

 

 

『もしもし、海鳴大学病院の石田です。明日は、はやてちゃんのお誕生日よね? 明日の検査の後、お食事でもどうかなぁと思ってお電話しました。明日、病院に来る前にでも、お返事くれたら嬉しいな。宜しくね』

 

 

 電話から『メッセージは以上です』という音声が無音の部屋に鳴り響く。

 石田医師の誕生日の誘いに、はやては憂うような笑みの後、電話をそのままにして寝室に向かった。

 一過性の喜びに空しさを感じていたはやてはこの誘いを受けないでいるつもりであった。

 勿論、晴人達に感謝はしているし、一緒に居れば楽しく感じる。

 石田医師だって同様だ。

 

 それでも誘いを受けないのは申し訳なさもそうだが、はやての自分の境遇に対しての諦観にも近い感情が誘いを断る方向に気持ちを向かわせていた。

 晴人達に会ってからはやては確かに、少しだけ明るくなった。

 だが真の意味では、はやては前を向けていなかった。

 

 

 

 

 

 面影堂、時間は深夜0時30分。

 既に日にちは跨いで6月4日となった。

 晴人は既にベッドに入って眠りについていた。

 しかし予想外の目覚ましによって晴人は予定よりも何時間も前に起きる羽目になってしまった。

 晴人の携帯がこの深夜という時間に突然鳴り始めたのだ。

 

 

「うん……?」

 

 

 携帯の音で目覚めた晴人は目を擦りながら携帯に出た。

 寝ぼけていて誰からの着信かも見ておらず、声を聞いて初めてそれが誰なのか認識した。

 

 

『操真晴人!!』

 

「木崎……? 何だよこんな時間に」

 

 

 声の主はやけに焦った声を出す木崎だった。

 晴人は寝起きのせいか、頭の中に霧がかかったようになっている。

 欠伸と伸びをしながら木崎と応対する晴人。

 

 

『八神はやてが連れ去られた!!』

 

 

 電話越しの木崎は半ば怒鳴るような声に、そしてその言葉に頭の霧は一気に払われた。

 

 

「何だって!?」

 

『今は見張っていた刑事が追跡しているが、ファントムの可能性もある!』

 

「連れ去られた場所は!?」

 

『刑事達に寄れば海鳴大学病院の方面らしい……。何故そんな方向に向かうかは不明だ』

 

 

 海鳴大学病院と言えば、確かはやてが足の治療に関して通院していると聞いている。

 はやての素性を調べた時に0課から得た情報で、はやてにも確認を取った事だ。

 だが、海鳴大学病院の方面は人がいないどころか、むしろ人が多くいる場所だ。

 勿論寝静まった時間帯ではあるだろうが、人を攫ったにしては逃げる方向がおかしい。

 とはいえ攫われた事に違いは無く、ゲートが攫われた事は0課にとって由々しき事態だ。

 

 

『出れないなんて寝ぼけた事を言うなよ、操真晴人!』

 

「寝ぼけちゃいるかもしれないけど、ゲートのピンチにンな事言うかって!」

 

 

 晴人は急ぎ支度を終え、乱暴に面影堂のドアを開けて外に出た。

 コネクトの魔法で晴人はバイク、『マシンウィンガー』を取り出し、即座にエンジンをかけて全力で海鳴大学病院方面に向かってバイクを走らせる。

 

 

(無事でいてくれよ……!)

 

 

 別れ際に言った「また今度」の言葉を嘘にしたくは無い。

 攫った犯人が人なのかファントムなのか。

 人ならば攫った目的が、ファントムならば何故その場で絶望させようとしなかったのかが分からない。

 謎を含みつつも、晴人ははやての安否だけを考えてマシンウィンガーを出来る限りの速度で飛ばした。

 

 

 

 

 

 海鳴大学病院方面と聞き、一先ず病院の前でバイクを止めた晴人。

 病院の前では厳格そうな男性が2人佇んでいた。

 男達は晴人が来た事を確認すると、手帳を見せて晴人に近づく。

 見せてきた手帳は警察手帳の様で、内容を見るに0課の人間、此処まではやてを連れ去った人物を追っていた刑事達だろう。

 片方の刑事が晴人に細かな状況の説明をし始めた。

 

 

「どうやら八神はやてを攫った人物達は此処に入ったようです」

 

「達? 1人じゃないのか」

 

「はい、暗闇で姿は視認できなかったのですが、複数の影が見えました」

 

 

 複数犯である事は厄介だ、と思わせる程の事でしかない。

 しかしその行動に謎が深まった。

 攫った人物を病院に連れて行く、それではまるで急患を慌てて運んでいるようではないか。

 おまけに病院の明かりはついている事から、人はまだいる事が窺える。

 わざわざ人がいるところに入ったという事になる。

 単純な人攫いにせよファントムにせよ、行動に説明がつかない。

 

 

「2人は此処で誰も出てこないか見張ってて。相手がファントムかもしれないなら俺の役目だ」

 

 

 刑事達2人は顔を見合わせた後、頷いた。

 相手がファントムであるかは分からないが、ファントムである可能性も無くなったわけではない。

 普通の人間は勿論、例え刑事であってもファントムには敵わない事は知っている。

 此処で自分達も行くと言ってもファントムと戦える魔法使いの足を引っ張る事になるかもしれない。

 ならば晴人の言う通り、此処で見張りをしていた方がいい。

 2人の刑事に頷き返した晴人は十分に注意しながら病院の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 病院の中は普通だった。

 夜勤の人がいて、何事も無かったかのように働いている。

 怪しい人物が入ったにしては慌ただしくも無く、混乱している様子も無い。

 受付の人に「八神はやてという子を見なかったか?」と聞いた。

 すると驚くべき事に、返答は「今は病室で眠っている」というものだった。

 ご丁寧に受付の人は晴人を見舞いか何かと思ったのか何号室にいるかまで教えてくれた。

 

 これには晴人も目を丸くした。

 どうやら、何の意図があるかは不明だがはやてを攫った人物達ははやてを病院に連れていく事が目的だったらしい。

 それも、きちんと受付を通したうえで。

 人攫いでもファントムでも行動に説明がつかないと思っていたが、此処まで行くと行動が意味不明とまで言わざるを得ない。

 何かあったはやてを心配して慌てて病院に駆け込んだというのなら納得のいく状況だが、はやてにそれをしてくれる家族はいない筈。

 もしも何かあったのなら、病院に運ぶのは怪しい人影では無くて0課の刑事達だ。

 

 

「はやてちゃん!!」

 

 

 とにかく安否を確認したい晴人ははやてのいるという病室に駆け込んだ。

 晴人の声にその部屋にいた人物達が全員振り向き、晴人に視線が集中した。

 その視線の1つ、攫われた筈の八神はやてがキョトンとした顔で晴人に顔を向けていた。

 

 

「あ、晴人さん」

 

「……ぶ、無事みたいだね」

 

 

 意外と、というかかなり平気そうな顔をしているはやてにホッとする晴人。

 しかしその視線はすぐさま別の方に向いた。

 この部屋には晴人とはやて以外に5人の人間がいる。

 1人は白衣を着ている事からこの病院の医者である事が窺えるからいい。

 否が応でも目立つ格好をしている人が4人、この病室にいた。

 晴人の視線はそちらの方に向いていた。

 

 4人はほぼ同じデザインの飾り気のない、黒いノースリーブの服装だった。

 その内2人は大人の女性、1人はピンクの髪をポニーテールにして纏め、もう1人はショートカットの金髪。

 残りの2人の内1人ははやてと同じぐらいの年齢に見える三つ編みツインテールの女の子。最後の1人は褐色の屈強そうな男性で、何故か頭には犬の耳のような物が付いている。

 

 その服装はボディラインまでくっきり出るデザインで、ちょっと人前に出るにはマズイ服装だと晴人は第一印象で思った。

 特に大人の女性2人は何気に美人かつスタイルも良い事も相まって余計に。

 はやてぐらいの女の子と大人の男性にこの恰好というのも色々とマズイだろう。

 というか男性の方は何故犬の耳をつけているのか。

 とにもかくにも、おかしな、ツッコミどころ満載な恰好をした4人だった。

 

 

「……貴方は?」

 

 

 深い溜息と共に晴人に尋ねたのは、その場にいた若い女性医師、石田医師だ。

 言葉には呆れが多分に含まれている。

 はやてが奇天烈な格好をした4人によって担ぎ込まれてきた時には驚いたものだ。

 しかもその4人に何者なのかとか気になる事を聞いても、意味不明な返答しか返ってこない。

 挙句にはやての事を知ると思わしき謎の青年の登場と来ていて、想定外の事が起きすぎたせいで驚くよりも、最早呆れの域に達してしまったのだ。

 そんな事情を知る由もない晴人は混乱する状況の中で一応の自己紹介を石田医師に行った。

 

 

「えっ……と、俺は操真晴人。はやてちゃんの……知り合い?」

 

「何で疑問形なんですか。はやてちゃん、この人は?」

 

「えっと、危ないところを助けてもらった事があって、その時以来良くしてもらってるお兄さんです」

 

 

 晴人の返答に納得せず、はやてに確認を取った石田医師。

 はやてが返した答えは、まあ嘘は言っていない。

 ファントムだの魔法使いだの、普通ならば信じられない事ばかりを端折ると晴人とはやての関係性はそんな感じなのは間違いでは無い。

 晴人の身分ははやての証言もあって一応は証明された。

 しかしながら晴人が気になるのは黒服の4人組だ。

 

 

「はやてちゃん、そこの4人は誰?」

 

 

 晴人は直球で聞いてみた。

 石田医師もはやてに目をやる。

 その目は疑惑の視線、石田医師が黒服の4人を怪しんでいる事を示していた。

 実の所、石田医師は既にはやてから説明を受けている。

 納得できない事は無いが、あからさまに怪しい理由だった。

 

 

「外国の親戚で、誕生日に私をびっくりさせようとしたらしく仮装までしてくれて……。驚いた拍子に気絶して、此処に運んでもらったんです」

 

 

 初耳である。

 まず親戚がいたという話からして寝耳に水だ。

 そもそも0課の調査結果の話では彼女は天涯孤独の身の筈。

 どう考えてもおかしかった。

 

 

「え、いや、はやてちゃん……?」

 

 

 晴人は困惑した。

 何故はやてがそんな嘘をつくのか。

 はやてははやてで引き攣ったような笑顔、ある意味、困った表情とでも言うべき顔をしているが、困ったのはこの場にいる石田医師と晴人だ。

 晴人からすれば、何が何だか分からない状況だ。

 既に説明を受けていた石田医師は全く納得のいっていない表情だが、本人がそう言っている以上、納得せざるを得なかった。

 それからもう1つ、石田医師には気になる事があった。

 

 

「ところで操真晴人さん」

 

「ん?」

 

「何故、はやてちゃんがこの病院にいると?」

 

 

 そう、0課の事は世間には秘密だし、0課が護衛していたという話は石田医師は勿論、はやてにすら知られていない事だ。

 つまり晴人は傍から見ると、まるでエスパーかのようにはやての位置と状況を明確に察知して駆けつけた、という事になっているのだ。

 言い訳を考えていなかった晴人はやや動揺し、どうしたものかと考え出した。

 

 いっそ魔法を見せて、魔法で知りましたとでも言うか?

 魔法でゲートの危機を知れるわけはないが、魔法使いなのは本当だ。

 中々効果的な言い訳が思い浮かばない晴人。

 

 

「し、親戚の4人が私を病院に運ぶ時、あらかじめ連絡してくれてあったんです」

 

 

 と、そんな晴人に助け舟を出したのははやてだった。

 しかしその言い訳には無理がある。

 何せ親戚4人と言われている黒服達と晴人は初対面である素振りを見せてしまっている。

 

 

「でもこの人達、初対面みたいよ?」

 

「直接会うのが初めてなんです。電話では何度か、だから……。

 晴人さんへの連絡も『私が倒れた』としか。ね、晴人さん」

 

「え? あ、うん……」

 

 

 大分無理のある助け舟だったが、他に言い訳は考え付かない。

 晴人はとりあえず相槌を打ってその場を誤魔化しつつ、チラリと黒服の4人を見る。

 先程から無言かつ無表情を貫く4人からは機械的な印象を受けた。

 この会話にも口1つ挟んでこない。

 晴人は視線をはやて、石田医師と動かす。

 はやては引き攣った笑顔のまま、石田医師は疑惑の視線を晴人と黒服の4人に向けてくる。

 黒服の4人はその視線にまるで動じず、表情をピクリとも動かさない。

 

 

(マジで何だよ、この状況……)

 

 

 あまりにも意味不明な状況に、流石の魔法使いも困惑の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 6月4日も既に朝日が昇り始めていた。

 その間に晴人は玄関先を見張ってくれていた2人の刑事に「親戚が~」というはやてが黒服の4人の素性に関して言い訳をした時の言葉をそのまま使って説明しておいた。

 訝しげな眼を向けられたが、実際に見に行った晴人がそう言うのならそうなのであろうと一応納得してもらい、此処からは自分が見張っておくとして2人には帰ってもらった。

 

 ちなみに言い訳の中にあった気絶という話は本当の様で、足の麻痺はともかくとしても、他に異常はないはやては家に帰される事になった。

 元々今日ははやての診察日だった為、手間が省けたと言えなくもない。

 

 黒い服の4人を連れている奇妙な状態ながら、晴人達は無事に八神宅に到着した。

 何事も無かった事に晴人もホッと胸を撫で下ろした。

 安心のせいか欠伸をする晴人は、木崎に叩き起こされたせいで碌に寝ていない事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 さて、黒い服の4人を含めた6人は八神宅のはやての部屋に集まっていた。

 6人という人数でもはやての部屋には問題なく入った。

 八神宅そのものがそれなりに大きいためか、1つ1つの部屋も中々に大きいようだ。

 ようやくゆっくり話ができる環境になった。

 晴人は早速はやてに気になっていた事を聞いた。

 

 

「ねぇはやてちゃん。親戚なんて嘘だろ? どうしてそんな嘘を……」

 

「あの、それが私にも何が何だか……」

 

 

 2人は黒い服の4人に目を向けた。

 無表情無感情を貫く4人の1人、ピンク髪の女性が4人を代表してか、口を開いた。

 

 

「我等は、『ヴォルケンリッター』」

 

 

 聞き覚えの無い言葉に質問する暇もなく、女性は二の句を紡いだ。

 

 

「貴方を守護する騎士です。我等が主」

 

 

 そして4人ははやての前で跪いて見せた。

 突然の行動に狼狽するはやてと、本当に主従関係があるかのようなその仕草に目を丸くする晴人。

 

 1人の少女に起きた突然の出来事は、奇跡と呼んでも差し支えない。

 八神はやて9歳の誕生日。

 これが最高のバースデープレゼントであった事を、この場の誰も、知る由も無かった。




――――次回予告――――
突然の新しい家族。
急展開だけれど、それは新しい希望。
ところが今度は、0課に呼ばれた晴人さん達に急展開です。
それとは別に深まる謎。
ファントムって、一体……?
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第34話『新たな希望と、スタートなの』。
リリカルマジカル、がんばります。

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