スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第27話 疑念と決意

 翼が絶唱を歌って既に何時間かが経過した。

 あの後、翼は急ぎ病院に運ばれた。

 リディアンのすぐ近く、本当に目と鼻の先にある病院だ。

 勿論、二課お抱えの病院であるが故に事情は全て通っている。

 

 現在翼は手術中。

 絶唱という一撃の負荷は絶大で、命をも奪いかねない威力であったという。

 手術室の近くの待合室のような場所で響は椅子に座り込み、俯いていた。

 目の前で見た惨状、あの光景が忘れられないのか。

 翼が死ぬかもしれないという事実にどうしようもなくなっているのか。

 あるいは両方か。

 士にそれは分からないが、士自身、内心穏やかではない。

 足を組んで偉そうに座りながらも、翼の安否は気になるところであった。

 何よりも普段は素っ気なく尊大な態度を取る士も、身の回りの人間が死ぬかもしれないという事態に何も感じないような男ではない。

 

 

「門矢、立花」

 

 

 声をかけながら小走りでやって来たヒロム。

 後からはリュウジ、ヨーコ、剣二も続いている。

 病院であるが故か、あまり声を荒げないようにしている様子だ。

 

 

「翼の容体は?」

 

「さあな……治療が終わってどうなるかだ」

 

 

 ヒロムの問いかけに皮肉も一切なく答える士。

 さすがにこの状況でふざけた事を言う余裕はなかった。

 目の前で命を危機にさらさせた。

 目の前で救えなかった。

 目の前で止められなかった。

 仮面ライダーとしての思いか、はたまた士自身の心中なのか。

 士も少し悔いている部分があった。

 医療方面の知識が無い面々は翼が助かる事を祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 しばらくすると手術が終わり、医師が出てきた。

 手術室の前で立っていた弦十郎と何人かの黒服のエージェントがそれと応対する。

 弦十郎の服装は普段の着崩したものではなく、ネクタイも真っ直ぐな正装だ。

 

 

「何とか一命は取りとめましたが、容体が安定するまで絶対安静。予断は許さない状態です」

 

 

 弦十郎、並びにエージェントは一斉に深々と頭を下げた。

 そして頭を上げると、弦十郎は後ろのエージェント達に告げた。

 

 

「俺達は鎧の行方を追う。どんな手がかりも見逃すな!」

 

 

 言葉の後、エージェント達と弦十郎は手術室を後にした。

 待合室からちらりと見えた弦十郎の表情は普段の笑顔とは違う。

 真剣そのもの、正に仕事をする大人の顔だった。

 

 

「俺達も行こう」

 

 

 弦十郎を見送った後、ヒロムがリュウジとヨーコに声をかけた。

 

 

「翼と戦った鎧の件もあるし、メタロイドもいるんだ。俺達も調査に動こう」

 

 

 その言葉に待ったをかけたのはヨーコだった。

 

 

「でも、翼さんが……」

 

 

 ヨーコの言いたい事はそれだけで分かった。

 傍にいてあげたい、心配だから付いていたい。

 仲間や親類、友人、大切な誰かが命の危機となればそう思うのも当たり前だ。

 しかしヒロムはそれをバッサリと切り捨てた。

 

 

「俺達がいて何になる」

 

 

 確かに医療関係の知識もない彼らがこの場に残っても何の足しにもならないのは事実。

 言葉も選ばずに厳しく言い放たれた言葉に、全員が黙った。

 構わずにヒロムは続けた。

 

 

「今こうしている間にも、翼のように怪我を負う人がいるかもしれないんだ。

 鎧を追うかメタロイドを探すか。それが今俺達にできる最善の事だ」

 

 

 正論だった。

 ヨーコだってそれがやるべき事だと分かってはいた。

 だが、翼という、確かに近づきがたい雰囲気はあったけれど大切な仲間だった人が倒れたのだ。

 そう簡単に決められなかった。

 心配する気持ちはヒロムにだって分かる。

 

 実際、ヒロムは翼の事をないがしろにするような言葉は一言たりとも口にしていない。

 だからこその厳しい言葉。

 自分達の目的、使命を見失わないための。

 

 

「……うん、そう、そうだよね!」

 

 

 ヨーコも落ち込んでいた顔を徐々に回復させ、自分の仕事をやり遂げようという顔に、決意の表情に変化した。

 そんなヒロムとヨーコを見て、保護者のようにリュウジはフッと微笑んだ。

 ゴーバスターズとして本格的な戦いに身を投じ始めて何度も思う事だが、いつの間にかとても頼もしくなった。

 13年前からの2人を知っているリュウジだからこその感慨のようなものだろう。

 

 

「手がかりがないし、闇雲に動くのはよそう。まずは司令室に戻ろうか」

 

 

 リュウジはポン、とヒロムとヨーコの肩に手を置いた。

 頷いたヒロムとヨーコ、そしてリュウジはその場を足早に去って行った。

 彼らは彼らにできる事をする、それだけの事。

 そしてそれは剣二も同じだ。

 

 

『剣二、俺達はどうする?』

 

「あー……まあ、あいつらを手伝おうぜ」

 

『ヒロムの言った事に感化されたか?』

 

「言い方はちょっとムカつくけど、あいつが正しいかんな。行くぜゲキリュウケン!」

 

 

 剣二もゲキリュウケンと共に病院の外へと走っていく。

 彼はあまり考えるのが得意なタイプではなく、所謂バカと言われる人間だ。

 だけどだからこそ真っ直ぐにいられる。

 戦士である、ヒーローであるという自覚が強く、人を守る事を躊躇わない。

 その為に走れる人間なのだ。

 

 残された響と士。

 響は以前俯いたまま、何一つ言葉を発さない。

 そんな様子の響を、生徒を放っておけないのか士もその場に残り続ける。

 目の前で翼の絶唱を見た事や士自身は二課に所属しているという面も少なからず影響しているだろう。

 

 

「貴女が気に病む必要はありませんよ」

 

 

 そんな2人の様子を見てか、翼のマネージャーである慎次が割って入って来た。

 響は自分に向けられた言葉だと気付き、顔を上げる。

 慎次は通信機兼自販機などにも使える二課で支給される通信機を自販機にかざして紙コップのコーヒーを3つ買った。

 1つは響に、1つは士に、最後の1つは自分に。

 

 

「翼さんが自ら望み、歌ったのですから」

 

 

 コーヒーが紙コップに注がれていく音と慎次の声だけが響く。

 

 

「お2人もご存じでしょうが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいました」

 

 

 ツヴァイウイング。

 その名は響も士も知っていた。

 そしてその片割れである天羽奏もまた、シンフォギア装者であった事も。

 この事を詳しく説明された時、ヨーコが「奏さんもそうだったの!?」とオーバーリアクションをしていた。

 世間ではライブ中のノイズ襲撃による死、そう言われている奏も、実は戦場で命を散らせていた。

 

 

「今は響さんの胸に残るガングニールの持ち主、天羽奏さん……。

 彼女は2年前のあの日、ライブ会場のノイズの被害を最小限に抑える為に絶唱を解き放ちました」

 

 

 慎次が2人にそっと温かいコーヒーを渡し、慎次も座って語り始めた。

 絶唱、翼が士と響の目の前で見せた力だ。

 

 

「装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に撃ち放つ絶唱はノイズの大群を一気に殲滅せしめましたが、同時に奏さんの命を燃やし尽くしました」

 

 

 奏が散ったその瞬間を、慎次は見ていない。

 その光景を見たのは意識が朦朧としていた響と、はっきりと見てしまった翼だけ。

 翼も見たくはなかっただろう。

 

 

「それは、私を守る為、ですか……?」

 

 

 響の言葉に慎次は答えず、コーヒーを一口飲んだ。

 奏の真意は定かではないが、恐らくその問いの答えはイエスだ。

 だからこそ答えられない。

 きっと響は気負ってしまう、その事実を愚直に受け止める。

 慎次は続きの話を切り出した。

 

 

「奏さんの殉職、ツヴァイウイングの解散。1人になった翼さんは奏さんが抜けた穴を埋めるべく、我武者羅に戦ってきました」

 

 

 手に持ったコーヒーを机の上に置き、尚も慎次は語る。

 士ですらその語りに割って入る事はない。

 

 

「恋愛、遊び、同じ世代の女の子が知ってしかるべきことを全て覚えず、自分を殺して、一振りの剣として生きてきました。

 そして今日、その使命を果たすべく死ぬことすら覚悟して歌を歌いました」

 

 

 慎次は笑う。

 その顔に、何処か憂うような表情を混ぜて。

 

 

「不器用ですよね。でも、それが風鳴翼の生き方なんです」

 

 

 響の頬を涙が伝った。

 それは、1人の少女にはあまりにも残酷な仕打ちだった。

 

 

「そんなの、酷過ぎます……。そして私は、翼さんの事何にも知らずに、一緒に戦いたいだなんて、奏さんの代わりになるだなんて……」

 

 

 酷な人生を歩む翼への思いと、今までの自分の浅はかさを呪った。

 だとすれば自分は、どれだけ翼が苦しむような言葉を言ってきたのだろう。

 あの時感じた頬の痛みは胸の痛みへと変わった。

 悔いる、落涙する響を見て慎次は口を開く。

 

 

「貴女に奏さんの代わりになってほしいだなんて、誰も望んではいません」

 

 

 結局、それなのだ。

 二課の面々は元より、ヒロム達も士も思っていた事。

 人が人の代わりになる事は簡単な事ではない。

 できないと言い切ってもいい。

 特にヒロムは大切な人を、両親を亜空間に攫われているためか余計にそれを感じていた。

 同じ境遇のヨーコも短絡的な部分こそあれど、心の何処かでそれを感じてはいただろう。

 

 

「ねぇ響さん、士さん。僕からのお願いを聞いてもらえますか?」

 

 

 沈黙を守っていた士は慎次に目を向け、響も涙を拭って慎次を見た。

 

 

「翼さんの事、嫌いにならないでください。翼さんを、世界で一人ぼっちになんかさせないでください」

 

 

 その言葉に、響は強く答えた。

 

 

「……はいッ」

 

 

 外は既に白んでおり、そろそろ朝日が拝める時間帯となっていた。

 戦っていた時間が夕方で翼の件もあってか大分時間が経っていたようだ。

 待合室にも光が差し込んできていた。

 

 

「っと、長話が過ぎましたね。響さん、送らせてもらいますよ」

 

「あっ、大丈夫です。翼さんの傍にいてあげてください」

 

「……すみません、お言葉に甘えますね。では、士さん」

 

「……俺が送れって事か?」

 

 

 無言の慎次の笑顔に士も溜息をつきつつ、一応送ってやることにした。

 鋼牙の屋敷とは微妙に方角が異なるが正反対というわけではない。

 そんな会話をした後、3人は自分達のコーヒーを飲み干して空の紙コップをごみ箱に捨てた後、病院の外に向かった。

 外までは送ると言った慎次も同伴するなか、先の会話では沈黙していた士が慎次に尋ねた。

 

 

「風鳴が自分を殺して戦っていた事、お前はどう思っていたんだ」

 

「正直、あまり快くは無かったですよ。奏さんがいた頃のような笑顔でいて欲しかったです」

 

「今の風鳴はその結果か……自分を殺して戦うと、碌な事にならないな」

 

「何か経験でも?」

 

「さあな」

 

 

 響は歩いている最中、ずっと胸の傷の前で手を握りしめ何かを考えていたようで、2人の話を聞いてはいなかった。

 

 士はふと、自分を押し殺して戦っていた頃を思い出す。

 本当は戦いたくなかった者達。

 どれだけ悪態をつこうが、心の底では彼らと敵対するなんて御免だった。

 だが、戦わざるを得なくなったあの時の、あの戦い。

 その戦いの先にあったものは、死だった。

 誰も信じないだろうし、自分も信じられない事だが、士は一度生き返った経験がある。

 

 死ぬ直前までの戦いは士自身も本当は望んでいなかった戦い。

 自分がやらなくてはいけないからやった、自分を殺して戦った戦い。

 誰からも恨まれる戦いだった。

 しかし生き返った自分を仲間達は歓迎し、倒された者達も士の真意に気付いて再び仲間だと言ってくれた。

 思えば自分を殺して戦っていた時点で士を止めようと仲間は必死になっていた。

 それに何より、自分自身が仲間というものを求めてしまった。

 

 1人になろうとしても、なれなかった。

 

 

「緒川」

 

「なんですか?」

 

「お前が心配しなくても、人ってのは簡単に一人ぼっちにはならないかもしれないぜ」

 

「……そうなのでしょうか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 士の慎次への言葉は経験からくる、確かなものだった。

 

 

 

 

 

 ソウジキロイドはエンターに予め指定された廃工場でトラックをバグラーと共に見張っていた。

 特命部に感知されないように隠れ、身を顰めていたのだ。

 しかしこの場を指定したエンター本人が現れない。

 生みの親なのだから逆らう気はないが、長い時間待たされるとさすがに見張りも面倒になってくる。

 元々、ソウジキロイドが面倒くさがりな性格というのもあるのだが。

 ちなみに待たされている時間を具体的に言うと、夜中から朝日が昇ってくるまでの時間ぐらいだ。

 

 

「どうも、お待たせしましたね」

 

 

 朝日が差し込む中、悠々とエンターは廃工場にやって来た。

 トラックの積み荷を見て「トレビアン」と一言呟く。

 トラック1つ分のエネトロンは敵に奪還されたとはいえ、元々自分達のものではないのだから痛くも痒くもない。

 ソウジキロイドは確かな収穫を上げていた。

 だが、そんな事は今のソウジキロイドにとってどうでもよかった。

 

 

「ちょっとどういう事ですか、新しいゴーバスターズがいるなんて聞いてませんよ」

 

 

 ソウジキロイドは早速エンターに抗議した。

 その言葉にエンターはクエスチョンマークを頭上に作る。

 

 新しいゴーバスターズ────?

 

 

「それは魔弾戦士とは違うのですか?リュウケンドー、リュウガンオーと言いましたか」

 

「ああ、片方は出ましたよ。でもそれとは別に、ビートバスターとか言うのと変なクワガタロボットが出たんですよ」

 

 

 思わぬ報告だった。

 ノイズを操る存在の根城が知れて浮かれている場合ではない。

 新たな敵、それも憎きゴーバスターズの新しい戦士などエンターも想定外だ。

 

 

「……妙な事ばかり起きますねぇ」

 

 

 亜空間でエネトロンが何処かに漏れ出している事と言い、最近はおかしな事が立て続けに起こっている。

 ヴァグラスと特命部はこの世界に存在する組織の中でも特に亜空間とエネトロンに関わっている。

 つまり、新しいゴーバスターズとエネトロンが何処かに漏れている事。

 この2つは何か関係があるかもしれないとエンターは推理した。

 

 

(エネトロンが漏れている……何処へ?

 前触れのないビートバスターを名乗る戦士とクワガタのロボット……何処から?)

 

 

 もしもこの2つが密接に関係しているとすれば。

 そう考えた時、エンターは1つの推論に至った。

 

 エネトロンが漏れているのがビートバスターを名乗る戦士の影響で、唐突に表れたビートバスターは今までこの世界にいなかった────つまり亜空間にいたとしたら?

 

 エンターはパソコンを開いてメガゾードの転送データの履歴を開いた。

 

 

(で、あるならば何か痕跡が……)

 

 

 そして、以前あけぼの町で戦った際の4機のメガゾードの内の1体に、ほんの少しの異常があった事に気付く。

 転送データに本当に、本当に僅かな何かが引っ付いていたのだ。

 

 

「メガゾードに混じるゴミのようなデータ……恐らくこれが、その2人?」

 

 

 しかしそれはそれで疑問は残った。

 転送という行為は亜空間から現実世界、現実世界から亜空間のどちらからでも多量のエネロトンを消費する。

 が、メガゾードの転送に紛れ込むのならエネトロンは一切必要ないはず。

 だとすれば、漏れているエネトロンは何処へ何のために?

 それにロボットはともかく通常の人間は転送には耐えられない。

 そんな事はエンターも知っていた。

 

 

「……調べてみましょうか。貴方は引き続きエネトロンの回収を」

 

 

 ソウジキロイドはエンターの言葉に面倒そうに頷き、バグラーを引き連れて廃工場を出て行った。

 その場に残ったエンターはトラックの荷台に積まれたダストカップをじっと見つめた。

 新メガゾードの起動に必要なエネトロンは漏れている分を考えてもそれなりに多量だ。

 多くのエネトロンを使ってメタロイドを作るほど、転送されてくるメガゾードも強力。

 つまり新メガゾードの起動と転送を為すためのエネトロンは非常に多量でなければならない。

 そして目の前にあるのは、小分けにされている多量のエネトロン。

 

 

(新メガゾードの起動……少々勿体ないですが、これだけのエネトロンがあれば……)

 

 

 エンターはソウジキロイドとは別に残してあったバグラーにトラックを運転するよう指示。

 自身は荷台に乗って、トラックは発進する。

 エンターもまた廃工場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 マシンディケイダーは2人を乗せてまだ登り切っていない朝日に照らされながら公道を走っていた。

 日が昇り始めたばかりの時間帯故か、全くと言っていいほど他の車は通っていない。

 夕暮れにも近い日の当たり方は眩しすぎず、中々に綺麗だった。

 リディアンの寮まで響を送り届ける事となった士。

 2人の間に会話は生まれなかった。

 士から話を振る事はあまりないし、響は響で考え事をしていたからだ。

 翼の事、慎次に言われた事。

 そして、これからの自分にできる事。

 

 しばらくして寮に辿り着いた。

 時間的にも寮の住人達はまだ寝ているだろうが、もしも寮の先生にあったら面倒な事になるとして士も寮の入り口付近まで付いていく事にした。

 案の定というべきか、寮の入り口付近には寮の女先生が立っていた。

 

 

「立花さん!? こんな時間に何を……」

 

 

 響に気付いた寮の女先生がやや声を荒げながら迫ってきた。

 

 

「小日向さんが何かの用事と言っていましたけど、こんな朝まで……!

 何があったのか説明してもらいますよ!」

 

 

 彼女は響を待っていたというわけではなく単に朝早く起きただけだ。

 とはいえ、寮の責任者として理由を問い詰める必要がある。

 響もまさか『戦っていました』、というわけにもいかず、先程まで考え事をしていた影響もあってか言い訳を考えようと慌てる。

 と、そこに士が割って入った。

 

 

「ノイズが出て、それに巻き込まれた影響だ」

 

 

 寮の女先生は士と響を交互に見やりつつ、ニュースを思い返す。

 確かに昨日の夜頃にノイズが出たという警報と知らせ、それにそれとは別に化物が出たという報道がされていた。

 リディアンからそう離れていない場所でもあるから響が巻き込まれたのも不思議ではない。

 が、それを報告した士という人物に寮の女先生は訝しげな目を向けた。

 

「貴方は……?」

 

 

 まだ1ヶ月そこらの新任である為かあまり認知されていないらしい。

 士は教員免許を取り出して身分を示し、寮の女先生は「ああ」と声を上げた。

 

 

「新任の方でしたか。何故立花さんと?」

 

「俺も巻き込まれたからだ。生徒をこんな時間に1人で返すわけにもいかないだろ」

 

 

 それを言ったのは緒川さんなのでは、と響は隣で苦笑いだ。

 理由はどうあれ寮の女先生はそれを信じ、納得してくれたようで「今後気を付けるように」とだけ言い残して寮の中へと戻って行った。

 寮の女先生の姿が完全に見えなくなった後、響は士に頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます、士先生。お陰で怒られずに済みました」

 

「フン、後で俺に責任がどうのとか言われたくないだけだ」

 

 

 いつものように尊大かつ素直じゃない反応を示す士。

 そんな士に構わず、響はふと、自分の中の疑問を口に出した。

 

 

「あの、士先生」

 

「なんだ」

 

「私、強くなれますか?」

 

 

 返答を懇願するかのような目と士は向き合った。

 彼女は弱い。

 足手纏いになりたくないという気持ちも分かるし、自分にできる事をすると言っていたのも知っている。

 響なりに頑張ってはいたという事も。

 

 しかし、戦いというものはそれだけで何とかなるほど甘くもなく、今までただの女子高生だった響にそれを強いるのは酷な事だろう。

 だが、未熟で弱く、自分の思慮が浅かった事を完全に自覚した響。

 翼の為にも、自分の為にも強くなりたいと願った。

 

 

「何故だ?」

 

「私にだって、守りたいものがあるんです。それは変わりません。だけど……」

 

 

 その後の言葉に詰まり、響は口を閉ざした。

 強くなりたい、守りたいという気持ちに嘘は無い。

 しかし自分のままでいて強くなれるのか、強く在れるのか。

 シンフォギアを使う者として、ガングニールの装者として。

 未だに響は奏のように、奏の代わりにという考えを捨てきれていない。

 士は面倒そうな溜息をつきつつ響に言い放った。

 

 

「お前は天羽奏とやらの代わりにはなれない」

 

「ッ……」

 

 

 奏の代わりになるという事を目標に進んできた響に対しての直球の、ともすれば辛辣な言葉に響も悔しそうに俯き、黙り込む。

 その様子を見ながらも士は続けた。

 

 

「風鳴の代わりにも、桜田の代わりにも、鳴神の代わりにも、俺の代わりにもな」

 

「……え?」

 

 

 ゆっくりと響は顔を上げた。

 奏の代わりで在らなければと考えていた響にとって、他の人名が出る事は予想外だった。

 

 

「お前は天羽奏か? 違うな、立花響だ」

 

「……はい」

 

「俺の知り合いに、師匠の遺志を継いだ弟子がいた」

 

 

 今までの旅の中で出会った仲間の事を知り合いと呼ぶのは士の照れ隠しか。

 勿論響にそんな事は分かる筈もない。

 士は続ける。明日なる夢を抱きながら、もう1つの名、奇しくも響と同じ『響く鬼』の名を継いだ少年の話を。

 

 

「そいつは師匠とは全然違う奴だった。性格も、年齢も、体格も何もかも」

 

「……その人は、どうしたんですか?」

 

「自分なりに強くなっていこうとした、多分今もな」

 

 

 あの時、師匠が怪物と化して戦う事を躊躇った少年。

 その少年は当然、変身して師匠がなってしまった怪物を倒そうとは思えなかった。

 だが、だからこそと言うべきか、少年は師匠と同じ姿に変身して戦う事ができた。

 その優しさがあればやっていけるだろうと。

 少年は師匠の遺志を継いで今も生きているだろう。

 

 

「そいつは確かに遺志を継いだ。だが、代わりになろうなんて思っちゃいない」

 

「遺志を、継ぐ……」

 

「お前は何か、託されたものがあるか?」

 

 

 響はそっと、自分の胸に手を置いた。

 胸の傷のさらに奥、奏がかつて身に纏い、響が纏うガングニール。

 そして胸の中に刻まれた、奏から受け取った言葉。

 

 ────生きるのを諦めるな。

 

 

「託されたものを大事にするのはいいが、自分を曲げる必要はない。

 自分なりに強くなればいい」

 

 

 かけられた言葉はいつも通りのぶっきらぼう。

 それでもその中に優しさを感じたのは響の気のせいではないだろう。

 士が語ってくれた事を聞いても、完全には悩みを払拭しきれなかった。

 士が語ったのは師匠と弟子の話であって、響と奏は師弟関係があるわけではない。

 それでも大分楽になった、答えがあと少しで見つかるところまで後押ししてもらった。

 もう少しで完全な決意が形になりそうなところまで。

 

 

「ありがとうございます、士先生」

 

 

 先程までよりも、少なくとも出撃前よりは明るい顔で響は再び頭を下げた。

 表情を変えずとも士は照れくさそうに顔を背けるのだった。

 

 

 

 

 

 響はその後、寮の中に入っていき、士もマシンディケイダーを駐車してある場所まで戻った。

 鋼牙の家に戻るべきか、二課の司令室に行くべきか迷ったが、一先ず帰るという結論を出した。

 調査は士の役割ではなく、二課やゴーバスターズが得意とする事だ。

 お呼びがかかるまで下手に動かなくてもいいだろうと考えた結果だ。

 

 マシンディケイダーまで辿り着いた士は人影を目にした。

 人影はマシンディケイダーに座っている。

 誰かが悪戯でもしているのか、それともバイク泥棒か。

 いずれにせよ自分のバイクから引きはがしてやろうと近づく士。

 しかし、士が声をかけるよりも早く、その人影が声を発した。

 

 

「やあ士、面白い世界に来ているね」

 

 

 口調と声色、完全に出てきた朝日に照らされた顔には覚えがあった。

 いや、覚えがあるどころではない。

 明確に知り合いで、かつての仲間。

 

 

「海東……」

 

 

 意外そうな、何故此処にいるんだという意思を表しながら士は彼の名を呟いた。

 彼の名は『海東 大樹』。

 士と同じで世界を巡っているトレジャーハンター。

 トレジャーハンターというだけあり、各世界の『お宝』を集める事が彼の目的だ。

 

 彼にとってのお宝は何も金目のものというわけではなく、例えばその世界のライダーに関係した代物であったり、とにかく普通な物を狙う事は少ない。

 そんな彼を士は『コソ泥』と呼ぶ事もある。

 そして世界を渡る力を持つ彼もまた、仮面ライダーの1人、『仮面ライダーディエンド』である。

 

 かつては士といがみ合いつつ、協力しつつ、最終的には旅の仲間となった。

 旅の仲間がそれぞれの道を歩みだしてからは会う事も少なくなったのだが、以前に一度だけ会った事があった。

 その時、士は大ショッカーを率いており、海東はそんな士を追っていた。

 それは敵を倒す為に士ともう1人の戦士が仕組んだ作戦だったのだが、何も知らなかった大樹は傷つき、戦う羽目になったりもした。

 

 既に和解はしているのだが、大樹自身はまだ少し根に持っている。

 

 

「僕はこの世界に来たばかりだけど、色んなお宝が転がってそうだ」

 

「何の用だ」

 

「久々なのにご挨拶だねぇ。またカードを盗られたいのかい?」

 

 

 その言葉には士も押し黙る。

 以前、戦う羽目になったのは大樹が傷ついたのが原因、その原因を作ったのは他でもない士だ。

 多少は士も反省している面もあったほどだ。

 和解の時に大樹はディケイドへと変身する為のカードを士から盗み、去って行ったことがある。

 微笑んで見送った士だったがさすがにそのままにするわけにもいかず、大樹を追ってカードを返してもらった。

 割と最近の事なので鮮明に覚えている。

 大樹は士の反応に口角を上げると、ヒョイとマシンディケイダーから降りた。

 

 

「冗談さ。用は特にないよ、顔を見に来た程度の事さ」

 

「どうだかな、お前の事だからお宝の情報でも探してるんじゃないのか?」

 

「勿論。さすがは士、僕の事をよく見ているようだね」

 

「…………」

 

 

 否定しろ、とも思ったが、こいつは以前からそういう奴だと思い直した。

 士は大樹が狙うようなお宝に心当たりがあった。

 例えばこの世界の仮面ライダーに関係したものや、もしかしたら完全聖遺物なんかも狙っているかもしれない。

 大樹がこの世界に関して何処まで把握しているか分からない以上、何とも言えないが。

 

 

「この世界に関しては僕も知らない事が多い。ま、僕の邪魔はしないでくれよ?」

 

「俺の邪魔になるなら邪魔をするだけだ」

 

「成程? いつものスタンスって事だね」

 

 

 大樹は士にヒラヒラと手を振ってその場を去ろうとした。

 宣戦布告、というと少し仰々しすぎるが、自分の邪魔をするなという意思表明は今に始まった事ではない。

 士も特にそれを気にせずに大樹を見送ろうとした。

 が、大樹はふと足を止めた。

 

 

「そういえば士、大ショッカーが復活したって知ってるかい?」

 

「ああ、一度戦った」

 

「最初の大ショッカーは士が大首領。次のスーパーショッカーはその残党。

 前回の大ショッカーは士の作戦。……じゃあ今回は?」

 

 

 大樹の言葉は士も疑問に思っていた事で、返す言葉もなく無言になった。

 士は一番最初の大ショッカーにおいて大首領だった。

 世界を救うためにライダーを破壊する事が目的であったのだが、結局は体よく利用されていたに過ぎない。

 とはいえ士が大首領であったという事実に変わりはなく、その次のスーパーショッカーは残党、前回の大ショッカーは最初とは逆に士が利用した形になっている。

 

 此処で疑問が生じる。

 

 今まで大ショッカー系列の組織がどのように出来上がったのかを士、あるいは大樹は把握していた。

 しかし今回の大ショッカーに関して、士は本当に、全く知らない。

 そしてそれは大樹も同じだった。

 

 

「……その様子だと士も知らないって感じかな?」

 

「なら、お前もか」

 

「そう、今回の大ショッカーは得体が知れない。気をつけたまえ」

 

 

 それだけ言い残し、大樹は止まっていた足を動かしてその場を去った。

 後姿を見送る士は大ショッカーの事、そしてこの世界の事を考え始めた。

 様々なものが入り混じったこの世界に何が起ころうとしているのか。

 ネフシュタンの少女、ゴーバスターズの前に現れたらしい謎の戦士。

 恐らくだが、この後も様々な事が起こるだろう。

 

 仮面ライダー。ゴーバスターズ。魔弾戦士。魔戒騎士。プリキュア。シンフォギア。ダンクーガ。

 

 この世界で目にした様々な勢力、戦力を思い返しながら、士はマシンディケイダーに跨った。

 

 

 

 

 

 士が大樹と再会を果たしたのと同じころ、特命部の司令室ではゴーバスターズとバディロイド、剣二が集まっていた。

 今の所メタロイドの反応もなく、調査は引き続き特命部の監視カメラと二課のエージェントが行っている。

 そして出動の為に待機している彼らはこの場に残っているという状況だ。

 待機している彼らは、リュウジが自分のロッカーから取り出した当時のロボット雑誌に目を向けていた。

 

 

「これが昔の先輩。俺がまだ子供の頃のね」

 

 

 ロボット雑誌には子供の頃のリュウジと陣マサトが写っていた。

 リュウジは制服にロボットコンテスト準優勝の賞状と楯を持ちながら非常に笑顔。

 一方で横の陣マサトもほんの少し口角を上げつつ写っていた。

 先程見た陣マサトと、全く変わらない姿で。

 

 

「確かに……歳を取っていませんね」

 

 

 ロボット雑誌を手に取って、ヒロムが呟く。

 この場にいる全員が何処をどう見ても陣マサトは歳を取っていない。

 1年や2年なら分かるが、13年という年月にしては異常なほどに。

 メガゾード転送までの待機時間にも言ったように、偽物か何かだと考えた方が自然なのである。

 

 バスターズと同じような姿に変身してメタロイドと戦った。

 しかし、同時にエネトロンを盗んだ。

 信頼できる要素よりも信頼できない要素の方が圧倒的だった。

 

 

「実はこの事はお前達に、今後話すつもりだったんだが……」

 

 

 陣マサト討論を繰り広げる彼らに黒木が声をかけた。

 全員の視線が一斉に黒木に集中する。

 まるでこの事を知っていたかのような口振りなのだから、当然だ。

 

 

「つい先日、亜空間の研究分析班が謎の通信をキャッチした。

 有り得ない事に、陣マサトを名乗る者からな」

 

 

 黒木は司令室の椅子から立ち上がり、ヒロム達に近づきながら語り始める。

 

 

「確証が持てない以上、もう少し確認してから話そうと思っていたのだが、まさか向こうから接触してくるとは」

 

 

 実際、かつての黒木の同僚とはいえ陣マサトが信用足るかと言われればそうでもなかった。

 友人を疑うような人間ではないが、友人本人か分からないとなると話は別だ。

 

 

「はぁ~……偽物ねぇ。確かに天才エンジニアって割には軽い奴だったよなぁ」

 

『お前が言うか』

 

 

 剣二の言葉にゲキリュウケンの容赦のないツッコミが飛ぶ。

 さらに、黒木は剣二の言葉を否定した。

 

 

「いや、性格は元からあんな感じだ」

 

 

 黒木の言葉にリュウジとゴリサキも頷く。

 当時を知る者からすれば、陣マサトは昔から無駄に若いというか、ノリが軽い人間であった。

 黒木の事をあだ名で呼んだりするのだが、そのあだ名がおよそ今の黒木に似合わないあだ名であったりとか。

 

 ちなみにあの陣マサトが本人であろうがなかろうが、みんなの前で当時のあだ名を呼ばれるのだけは避けたいと思う黒木であった。

 

 

「共にヴァグラスと戦う為に帰ってきたと言ってはいたが……」

 

 

 黒木はその後の言葉に詰まった。

 亜空間から帰ってきたという事だけでも信用できないというのに、新たなバスタースーツとバディロイドの作成、年齢の変化がない事。

 信用できない事が目白押しだ。

 

 

「ですが、エネトロンを奪った件もありますから信用するのは危険だと思います」

 

 

 ヒロムの言葉に全員が頷いた。

 黒木ですらそうだった。

 エネトロンを奪った理由は後で説明すると残していったが、理由が何であれやっている事はヴァグラスとそう変わらない。

 

 

「一先ず、ヒロム達は休め。一晩中行動したから疲労もあるだろう。出動がかかるまで待機だ。

 剣二君も此処で休んでいくと良い、部屋を用意する」

 

 

 夕方のノイズとメタロイド出現から朝方まで走り回っていたせいでヒロム達と剣二の体力は確かに削られていた。

 彼等も戦わぬ時は只の人、食事も睡眠も必要なのだ。

 

 

「おっしゃ! 明日は非番だし思いっきり休むぜー!」

 

 

 休みが必要なのかと言いたくなるぐらいに威勢良く司令室を飛び出す剣二。

 部屋の場所を知っているのか?とヒロムが剣二の背中に言おうとした次の瞬間。

 

 

「……つーか部屋何処?」

 

 

 そんな落ち着きのない剣二に、苦笑いで呆れる一同であった。




────次回予告────
陣マサトにネフシュタン、何だか大変な事になってきやがった。
でも今はメタロイドを何とかしねぇと。
と思ったら、またあのビートバスターが出てきやがった。
一体何が目的なんだ?
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!

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