エンターはこの世界とは違う空間にいた。
現実世界ではなく亜空間に近しい場所、しかし、亜空間ではない。
この特殊な空間は亜空間内部に存在するヴァグラスの大元、言うなれば陛下。
メサイアとのコンタクトを可能にする空間だ。
空間の中では赤い、形が全く安定しない頭蓋骨のホログラムが投影されている。
これがメサイアのこの空間内での姿であった。
メサイアは不安定な頭蓋骨を動かした。
「エンター。エネトロンハドウナッテイル」
聞き取り辛く、ノイズも混じる言葉だがエンターは一言一句聞き逃さない。
「
相手が生みの親足るメサイアでも、エンターはフランス語を忘れない。
一先ずエンターは謝罪から始めていた。
「ゴーバスターズに仲間が着々と増えていくため、その対策に奔走しておりました」
この言葉に嘘偽りは一切ない。
ジャマンガと大ショッカーという2つの組織とギブアンドテイクな関係ながらも協力関係を結び、ヴァグラスにも有利な状況を作ろうとしていたのだから。
しかし、メサイアは非常に短気な人格を持っている。
「何ヲシテイル!
エネトロンガナケレバ、新タナメガゾードナド、何ノ役ニモ立タヌゥッ!!」
「マジェスティ!! ……分かっております」
不安定に表示された頭蓋骨が荒れ狂う。
メサイアは一刻も早く通常空間へ顕現したいと望み、その為か非常に気性が荒い。
例えそれが作戦であると伝えても、その怒りは収まらない程に。
だからこそエンターはそれを窘め、自分が話せるペースを作る。
「その事で、『創造する者達』と話がしたいのですが……」
メサイアはその言葉を聞き、自身のホログラムを消した。
それは即ちエンターに『創造する者達』との会話を許した事になる。
ホログラムを消す数瞬前の態度からして渋々というのが伺えたが、エンターは気にせずに自身のパソコンから亜空間内の『創造する者達』に連絡を取った。
「創造する者達……聞こえていますか?」
『創造する者達』。
それは亜空間内部においてメガゾードの研究と開発を行う者達の総称だ。
「確かに4体のメガゾード転送に多くのエネトロンを消費はしました……。
ですが、新メガゾード起動へのエネトロンが足りない筈はありません」
前回のジャマンガとの共同戦線において非常に多くのエネトロンをヴァグラス側は消費した。
しかし、それは今までのエンターの下積みがあってこそだ。
エンターは以前からゴーバスターズを倒す事に失敗している。
だが、エネトロン奪取に関してはほぼ全ての作戦で成功を収めていた。
そもそもヴァグラスの目的はエネトロンを奪う事でありゴーバスターズやその他の戦士を倒す事ではない。
そういう意味で言えば、エンターは非常に優秀であると言える。
4体のメガゾード転送に使うエネトロンも計算し、その上で行った事だ。
何より、3週間もの間をおいてエネトロンを少しずつ集めて入念に準備もしたのだ。
これで何らかの不具合が出る筈がないとエンターは確信を持っていた。
新メガゾード。
以前、まだ二課と特命部が合流する前にエンターはあるメガゾードの設計図を特命部から盗み出した。
それを元に開発された新メガゾードは既に組み立ては終わっている。
後はそれを起動させるためのエネトロンが足りないのだが、エンターの計算では十分に足りているはずだった。
それこそが、今回メサイアが立腹していた理由だ。
パソコンに文字の羅列、つまりはデータが表示された。
一般の人間が見れば何やらわからない記号の集まりだが、エンターにはその意味が理解できる。
これは創造する者達のエンターの問いへの回答だった。
「『漏れている』……?エネトロンが?」
回答内容は正しくイレギュラーな事態だった。
亜空間に送られたエネトロンが何処かに漏れ出すという事は、今まで一度たりとも無かった事だ。
「何処に?」
その問いへの答えは先程の問いよりも早く帰って来た。
「……『不明』」
原因が分かってないからこその即答だったが。
これ以上の問答は無意味と判断したエンターはパソコンのESCキーを押した。
すると、割れたガラスが逆再生で元に戻るように、現実空間の映像が表示される。
それらが完全になると、エンター自身が現実空間に戻ってきていた。
町外れの薄暗い路地、誰も通らず、精々足元を鼠や猫が駆け抜ける程度だ。
路地の向こう、表通りからは賑やかな声が聞こえてくる。
時間は既に夕暮れに近く、帰宅する人が出てきたのだろう。
「……まあ、それは追々調べていくとしましょうか」
使っていたパソコンを閉じ、1人呟く。
「まずは当面のエネトロンですかね」
とにもかくにも足りていないと言われている以上、エネトロンを集めるのが彼の役目。
彼はパソコンを右手に、いつも背負っている機械的な鞄を背に、人の気配のない路地から明るい表通りに踏み出した。
「個人的に気になる事もある事ですしね……」
もう1つ、呟きを発しながら。
何だかんだと苦心しながらも何とか終わらせた課題。
響はそれを提出する為に職員室の中にいる。
担任の先生に課題を渡し、今は目を通してもらっている状態だ。
副担任というわけで士もその横にいた。
外では未来も待っていて、早く帰って星を見る約束を果たしたいと思う響なのだが。
「……壮絶に字が汚いです」
割と重苦しい言葉で、担任の先生から放たれた言葉がそれであった。
レポート用紙には響の字がかなり乱雑に書き殴ってある。
ミミズが這うような字というか、雑草が刈られる事無く無暗に生えた結果のような。
ともかく汚いの一言である。
横にいた士もレポートを覗き込むと、一瞬で表情が呆れと字の汚さへの驚きが混じったものに変化した。
「なぁんだこりゃ、何処の国の言葉だよ」
「……ジャパニーズです」
「嘘こけ、古代文明の遺産か何かだろ」
士の言葉に担任の先生も同意した。
「まるでヒエログリフのようですよ、立花さん?」
「ヒ、ヒエロ……?」
ヒエログリフが分からない響だが、そんな事は今どうでもいい。
問題はこれで課題がOKなのかどうかである。
担任の先生は溜息をつき、レポートを机に置いた後、士の方を向いた。
「どうしましょうか」
「まあいいだろ、やって来たことに変わりはないし、読めない事は……」
レポートをちらりと見る士。
表情は一瞬で真顔になった。
「……いや読めないな」
「酷いッ!?」
「酷いのは貴女の字ですよ、立花さぁん!?」
入学1ヶ月少々にして早くも定番となりつつある担任の先生の怒りの叫びに響は肩を上げてビクッと驚いたように反応した。
事情を知らぬ担任の先生も、事情を知る士も、響に対して呆れるという思いだけは同じであった。
あれこれと言いつつも響のレポートには無事、OKが出た。
即ちこれで追試免除という事だ。
とはいえ今後はこういう事が無いように、あってももっと丁寧に書くようにと担任の先生から釘を刺される響ではあったが。
しかし、これで解放された事が余程嬉しいのか、響は職員室から意気揚々と出て行った。
職員室で響を見送った担任の先生と士。
士は職員室の外に響が出るのを見た後、自分の荷物を持った。
普段は何かを持ち歩く事をしない士だが、先生という役職上、鞄は必須だった。
帰ろうとしている様子が伺える士に担任の先生が話しかけた。
「お帰りですか?」
「まあな、今日の仕事は全部終わらせた。大丈夫だろ」
「さすがですね。立花さんもそういうところがあればいいんですけど……。
悪い子ではないんですが」
響の人の良さは先生も理解している。
まさか木に登った猫を助ける為に授業を遅刻するとは思わなかったが、嘘をついているようにも思えなかった。
生徒達がよく、響の人助けはいつもの事だとか、人助けが趣味とは聞いている。
綺麗事にも近いそんな事を平然と言ってのける響には、正直、悪い印象はあまりない。
あるとすればそれは授業への姿勢と取り組み、そしてそれが一番の問題である。
どれほどの人助けをしているのかは知らないが、相当に疲れているのも分かる。
だが、授業を頻繁に寝るのは如何なものか。
それに課題の提出も結局ギリギリになってしまっていた。
そういう意味を込めて、先生は士のように仕事をすぐに終わらせられるような部分があればいいのにと言ったのだ。
対して士も口を開く。
「ま、そうだな。あいつにも色々あるんだろ」
その『色々』を知りつつも言えない、だからはぐらかす様な言い方になってしまった。
響自身も大変だろうが、教えるわけにも投げ出すわけにもいかない以上どうしようもない。
響が投げ出すようなタイプではないのも遠因となっているのだが。
「何だかんだ提出もしたしな。いいんじゃないか?」
すぐに先生からは「よくないです」と、ピシャリと返ってきた。
少々物事に対して適当な面があり、やや不真面目、それもまた士だった。
と、職員室の外から大騒ぎする声が聞こえてきた。
声の主は響に他ならない。
どうやら友達と課題が終わった事を無邪気に喜び合っているようだった。
しかしその喜ぶ声は職員室までかなりの音量で響いてきたため、担任の先生は再び、いつものように怒鳴った。
「立花さぁん! 廊下ではしゃがないっ!」
士は溜息をついた。
遅刻、居眠り、課題、騒がしいと、手を変え品を変え怒られる扉の向こうの響。
少しは怒られないように努めればいいものを、と。
響に対して士はいつも呆れている気がしていた。
確かに悪い人間ではないのだが、間が抜けているというか、少々おとぼけているというか。
「ったく……」
やれやれ、と口にしたくもなる。
士の今の心情は問題児を抱える先生そのものだった。
なまじ二課の同僚という事もあり、その思いは尚更だろう。
だが、その呆れた心情は同時に安らぐような思いでもあった。
ノイズと戦い、怪人と戦い、時折ホラーとも戦う仮面ライダーディケイド、門矢士。
そんな彼が此処まで穏やかな感情を抱く事は中々ない。
共に旅する仲間と別れ、1人で旅をする中で数々の出会いもあった。
しかし此処まで日常的な生活をしたのは久しぶりでもある。
1ヶ月間リディアンと鋼牙の家での毎日を過ごし、士本人は全く認めていないが、安らぐような毎日だったと思っている。
だが、そんな安らぎを打ち壊す者がいるのも、この世界の今の姿だ。
帰ろうとした矢先、士のポケットが震えた。
携帯ではない、携帯とは違うもう1つの連絡ツール。
二課で支給されている通信機だ。
「……お出ましか?」
ミーティングの連絡なら自前の携帯へのメールなりで済ませる為、こうして電話としてかかってくるのは急ぎの事態が発生した時だ。
即ち、戦いの合図。
士は通信機を取って、耳に当てた。
内容は案の定というべきか、士の予感通りノイズ発生の知らせ。
地下鉄の駅付近に発生しており、現在はゴーバスターズが避難誘導の真っ最中だそうだ。
「分かった」
通信機を切って士はやや小走りで職員室を出た。
そして、士はある人物が職員室を出て最初に目に留まった。
振り返る事も無く走る響の姿。
ノイズに真っ向から立ち向かえるシンフォギア装者である響に連絡が行くのは当然だ。
だからその行動そのものに士は疑問を抱いてはいなかった。
疑問だったのは、ほんの一瞬だけ見えた響の表情だった。
「……アイツ」
走り去る響の顔は非常に暗かった。
ノイズへの敵意による険しい顔でもなく、人を助けようと決意する真面目な顔でもない。
ただただ、暗く落ち込んだ顔をしていたように士には見えた。
翼との事もあるからなのか。
事情を知らぬ士は考える事よりも一先ず現場に向かう事を優先し、駐車場のマシンディケイダーへと向かった。
響は走る。
現場に向かって、後ろを全く振り返る事無く。
振り返ったらきっと、自分は立ち止まってしまうから。
「立花!!」
校門から外へ出た時、目の前に一台のバイクが急停車した。
特徴的なその外装は士のバイク、マシンディケイダーのものだ。
口を動かすより早く、士は2つ目のヘルメットを響に放り投げた。
「乗れ、行くぞ」
ヘルメットは小さく放物線を描いて響の手に収まった。
響はヘルメットをすぐに被り、マシンディケイダーの後部座席に座る。
この間、響は一切顔を上げなかった。
響が後部座席に着席しても士はバイクを出さなかった。
「何かあったか」
普段天真爛漫に明るい響だからこそ、まだ付き合いの浅い士でも響に何かあった事は察しがついた。
しかし響は顔も上げず、だが無理矢理に声を明るく張り上げた。
「なんでも、ないですよ! 早く、現場に向かわないと……」
聞いていて言葉が尻すぼみしていくのが分かった。
確実に何かがあったとしか思えなかった。
だが、悩みは後で解決できても人命は戻ってこない。
士は深く詮索することなく、マシンディケイダーを現場に向かって走らせた。
現場は地下鉄の駅の1つ。
向かう道中、避難誘導をするゴーバスターズの3人と鉢あった。
忙しなく動き、ヒロムが避難を呼びかけている。
「早く避難シェルターに!! ……門矢!」
特徴的なバイク、マシンディケイダーとその主である士に気付いたヒロムは避難誘導をリュウジとヨーコに一時的に任せ、士に駆け寄った。
「ノイズはこの先の地下鉄の駅だ」
「ああ」
端的に返した後、ヒロムのモーフィンブレスに通信が入った。
ノイズに新しい動きがあったのか。
ヒロムと避難誘導中のリュウジとヨーコもモーフィンブレスの通信に応じた。
聞こえてきたのは、森下の焦った叫び声だった。
『大変です! エネトロン異常消費反応!』
これが意味するところは、メタロイドの発生。
と、なれば当然メガゾードも現れる。
予想通り、立て続けに仲村の声もモーフィンブレスから飛んできた。
『メガゾード転送反応……タイプはγです!』
避難誘導も完全に完了していない中でのメタロイドとメガゾード。
ヒロムはリュウジやヨーコと一瞬顔を見合わせた。
この場合、どちらを優先させるべきか。
人命を確実に刈り取るノイズと、エネトロンの枯渇は人命に影響を及ぼしかねないヴァグラス。
だが、その問題は割り込んできた通信に全て吹き飛ばされた。
『避難誘導はこちらで変わろう』
その声がゴーバスターズにとってのもう1人の司令官、弦十郎のものであると認識できたのと同時に、黒服達が何処からともかく現れて避難誘導に移った。
その仕事の速さと対応力はプロというものを認識させる。
弦十郎の通信の後、今度は特命部司令の黒木が通信に入る。
『ゴーバスターズはメタロイドとメガゾード、士君と響君はノイズの迎撃に当たれ』
了解、と答えた後、ヒロムは士を見て頷いた。
此処は任せたぞ、そう言うように。
士もそれに小さく頷き返す。
その回答を受け取った後、ゴーバスターズの3人はメタロイド出現地点に向けて走り出した。
ここ1ヶ月で響と翼の仲の悪さは改善されていない。
しかし、他の面々の信頼関係はある程度築かれてきているという事だろう。
士は再びマシンディケイダーを走らせ、ノイズ出現地点である地下鉄の駅に向かった。
数分も経たないうちに地下鉄の駅が見えてきた。
地下鉄の駅内部にいるらしく、表面上は何も異常がないかのように見える。
しかし、辺りには炭の欠片が飛び、この場にノイズがいる事を指し示していた。
マシンディケイダーから降りる士と響。
ヘルメットを取った後、響はおもむろに携帯電話を取り出した。
「電話でもするのか」
「はい、ちょっとだけ」
「ったく、こんな時に……」
悪態をつきつつも携帯を操作するのを士も止めはしない。
今の今まで、響は一切元気も覇気も無かった。
人助けに臨む時に見せる彼女なりの気合も感じられず、心ここにあらず、といった具合だった。
士もそれを少しは気にしていた、だからこそ、この電話で何かが変わるのならそれでいいとしばらく待つ。
電話の相手は2,3回のコールですぐに出てくれた。
相手は響の同居人、未来。
『響! 貴女……』
「……ごめん、急な用事が入っちゃった。今晩の流れ星、一緒に見られないかも……」
普通のトーンを装ってはいるが、その声、その表情は暗く沈んでいた。
レポートを提出し終わった後、響と未来は互いに喜んでいた。
頑張ったご褒美にと、教室にある鞄を未来が響の分も取りに行ってくれた、その直後だった。
ノイズ発生の連絡が来たのは。
つまり未来に何も言わぬまま此処に来てしまったのだ。
しかも約束まであるというのに。
響の言葉に、数秒置いた後、未来の優しい声が聞こえてきた。
『また、大切な用事、なの?』
「…………うん」
『そっか、なら仕方ないよ』
最後に未来は遅くならないでね、とだけ告げた。
響と共に流れ星を見る事を未来はとても楽しみにしていた。
それができないショックは、響だけでなく未来だって同じだった。
それでも未来は優しく声をかける、それでも響は平静を装う。
何処かでお互いに無理をしているのは分かっていた、それでも。
「ありがと……。ごめんね」
電話を切る響の顔に明かりは灯らない。
「なにか約束してたのか」
士は響の話す言葉しか聞こえていないので、電話の詳しい内容を知らない。
だが最初の響の言葉で、流れ星を見る約束をしていた事だけは分かった。
それも恐らく、とても特別でとても大切な約束だったのだろう。
「……俺1人でも十分だ。迷いがあるならお前みたいな素人は帰れ」
ぶっきらぼうに、毒を吐くように言う。
しかしそれは士なりの優しさ、彼なりに響を気遣っての事だ。
このタイミングでの『帰れ』は誰がどう聞いてもそうとしか捉えられない。
響にだってそれは分かった。
だがそれでも響は気丈に振る舞って見せた。
「へいき、へっちゃらです」
顔を上げ、地下鉄の駅へと降りる為の階段を、その奥にひしめくノイズ達を睨み付ける。
「私にも、守りたいものがあるんです」
響は歌う。
自分に与えられた力で大切なものを、大切な場所を守る為に。
その歌は撃槍たる鎧を纏わせる喪失へのカウントダウン。
彼女はまた一歩、日常から遠のいたのかもしれない。
だがそれでも守りたいものがあると口にしたその言葉に嘘はない。
響の体に鎧が、ガングニールのシンフォギアが装着される。
(……ったく)
再び、今日にして何度目になるのか、響に呆れる士。
見るからに無理をして、見るからにやせ我慢。
なのに、帰れと言われても迷う事無く戦う意思を見せるその姿。
果たして彼女は、つい先日まで本当に普通の女子高生だったのだろうかとすら思わせる。
「変身!」
────KAMEN RIDE……DECADE!────
士もまたその姿をディケイドへと変える。
例え戦う意思を見せたところで響が素人なのに変わりはない。
(危なっかしくて見てられないな)
率直なところ、士が抱く感情はそれだった。
ガングニールより流れるメロディに乗せ、響は歌を歌い続ける。
それなりに構えるが、訓練を積んできたゴーバスターズや戦いを繰り返してきたディケイドに比べればその構えは素人同然だ。
階段を一気に下ってノイズに浴びせる拳も全く腰が入っていないし、繰り出す時に目を閉じてすらいる。
本当に、本当に素人のような戦い方だ。
だが、素人の一撃とはいえ、一撃は一撃。
位相差障壁というアドバンテージを失っているノイズ自身の耐久力は低く、拳を食らったノイズ達は吹き飛んで炭化していく。
ディケイドも階段を下って迫りくるノイズを蹴散らす。
響に比べればその動きは雲泥の差だ。
戦いの最中、響のガングニールに二課、弦十郎からの通信が入る。
『小型の中に、一回り大きな反応がある。間もなく翼も到着するが、十分に気を付けるんだ』
「分かってます!」
響は力強く答えた。
「私は、私にできる事をやるだけですッ!」
守りたいと思う日常と戦う力を持った自分にできる事。
誰かのために戦いたい、その思いは響の中で強く息づいている。
確かに仮面ライダーでも魔弾戦士でもゴーバスターズでもノイズは平気だ。
だが、位相差障壁まで完全に無効化して積極的に殲滅できるのはシンフォギアとディケイドのみ。
素人なのは自覚している、だが、そんな自分でもできる事があるのだからと、響はノイズに向かって行く。
通信を聞きながら地下鉄の駅に向かって行くと、改札近くに出た。
ノイズ出現の時にいつもいる小型の中に、1匹だけ見慣れない姿。
紫色の球体を沢山背負ったノイズ、第一印象はブドウと言ったところだろうか。
ディケイドも周りのノイズを片付けた後、ブドウ型のノイズに目をやった。
「ブドウか? ヘンテコなノイズだな」
「一回り大きな反応があるって通信がありました、多分あれが……」
ブドウ型ノイズは房のような自分の体からブドウの実の部分を切り離した。
切り離された実、紫色の球体は何度かバウンドし、転がったあと、何と爆発を起こした。
それもなかなかに威力のある爆発で、地下で起こったその爆発は天井を崩落させる。
爆炎と煙、そして瓦礫に飲み込まれた2人を余所にブドウ型ノイズは地下鉄の駅の奥へと逃げていく。
瓦礫の中からディケイドはすぐに立ち上がった。
「ったく、見た目の割に無茶苦茶しやがる……」
爆発を直接食らったわけではなく、瓦礫も直撃はしていない。
尤も、直撃したとしても瓦礫程度なら平気なのが仮面ライダーではあるが。
目の前には普通の小型ノイズが大量に湧き出している。
ブドウ型ノイズの元へは行かせない、そう言っているかのように。
ディケイドは隣の瓦礫の山を見る。
響はまだ瓦礫の中から復帰してこない。
まさかやられたというわけではないと思うが。
「おい、たちば……」
「……見たかった」
呟き、直後、瓦礫を吹き飛ばして響はノイズに急速に接近。
真横にいたディケイドは突如吹き飛んだ瓦礫に思わず両腕を交差させて防御姿勢を取った。
「未来と一緒に、流れ星を見たかったァァァッ!!」
犬歯を剥き出しにして、ともすれば凶暴とすら取れる勢いで次々とノイズに拳を、蹴りを決めていく。
素人のような動きは変わってはいないが、その勢い、敵を倒そうという意思は先程よりも強烈に伝わってくる。
響が逃したノイズを1匹たりとも逃さずに仕留めるディケイド。
目の前では普段の姿からは想像もできない程に叫び、敵を蹂躙する響がいた。
「うぅぅおおおおおおおおおおッ!!」
咆哮か、慟哭か。
雄叫びを上げる響はブドウ型ノイズを追って一気に駅の中を駆け抜け、地下鉄のホームに出る。
ブドウ型ノイズはその房のような体に再び実を作り出した。
充填が完了したブドウ型ノイズはさらに何処かへと逃げていく。
小型ノイズを倒しつつ、ブドウ型ノイズを追う響の背を見てディケイドは1つの疑問を抱いた。
(何で向かってこない……?)
ノイズの特性は機械的に人間を襲う事。
シンフォギア装者や仮面ライダーも変身者が人間である為か、人間として判定されているらしく、愚直にノイズは向かってくるはずだ。
しかしブドウ型ノイズは何故か最初から逃げの一手。
明らかに今までのノイズと動きが違った。
何処かへ誘われている────?
そんな考えがディケイドの脳裏を過る。
しかし、凶暴かつ強烈となった響の殺気にディケイドは気を取られた。
「アンタ達が……!」
響が壁に右手を叩きつける。
まるで怒った人間が物に八つ当たりをする姿のようだ。
壁にはシンフォギアの力か、大きく亀裂が走る。
「誰かの約束を侵し……ッ!!」
ブドウ型ノイズは実を分離させる。
また爆発か、否、今度は実が小型のノイズへと変貌した。
普段の小型ノイズがオレンジ色や青色なのに対して、ブドウ型ノイズから発生した小型ノイズは紫色だ。
「嘘のない言葉、争いのない世界、何でもない日常を……」
響がブドウ型ノイズを追う中で逃したノイズを全て蹴散らして響と合流したディケイド。
しかし、ディケイドは響に近づけずにいた。
「立花ッ……!?」
その姿、首から上にかけての響の体が黒く塗りつぶされていた。
怒りや憎しみといった負の感情を『黒』と表現するのなら、それに塗り固められたような。
響本人からも凄まじい殺気が感じられる。
「剥奪すると、言うのならッ!!」
小型ノイズ達は次々と響に蹂躙されていく。
しかし響の戦い方は素人のそれからは逸脱していた。
戦闘スタイルが形になったわけではない。
凶暴で獰猛な動物、それそのもののような戦い方になったのだ。
ノイズ達を拳で仕留めるのではなく、千切り、力任せに引き裂いていく。
叩きつけ、足で踏みにじる。
(……立花なのか?)
教師として、二課のメンバーとして響に接するうちに、ディケイドこと士も響がどんな人物であるかは分かっていたつもりだ。
だが目の前で怒り狂い、暴虐を尽くす少女は、間違いなく立花響。
それは彼の知る彼女ではない。
「おい、立花!!」
呼びかけるが一切返事はなく、目の前のノイズを叩き潰す事に専念している。
聞こえはいいが、その顔はノイズを嘲笑うかのように笑っていた。
と、ブドウ型ノイズが出したと思われる実が響とディケイドに向けて転がってきた。
最初の一撃と同じく爆発した実を防御する2人。
爆風と爆炎が完全に収まった後、響は逃げるブドウ型ノイズを追いかけた。
「ッ、待ちなさいッ!」
至って平静に、至って普通に。
先程までの黒く凶暴な姿は何処へやら、響はディケイドの知る立花響に戻っていた。
その場に立ち尽くし、響を見つめるディケイド。
仮面の奥の顔は決して愉快なものではなかった。
気のせいではない、確かに立花響は立花響でなくなっていた。
もっと別の何かに支配されたような。
例えるなら、暴走という言葉が相応しいだろうか。
「士先生! どうしたんですか!?」
呆けるディケイドに響が叫ぶ。
その姿に先程までの黒は見受けられない。
ディケイドは頭の中で引っ掛かりを残しつつも、ブドウ型ノイズを追う為に響と共に走り出した。
ブドウ型ノイズは線路の上の天井に向けて実を放った。
二度の攻撃と同じく爆発した実は、地下鉄の線路から地上までを直通で結ぶ巨大な穴を空けた。
ブドウ型ノイズは身軽にも穴をよじ登って地上に向かって行った。
「チッ……」
此処で逃がせば外の人間に被害が出かねない。
ディケイドと響も地上に向かおうと巨大な穴の向こう、夜空を見上げた。
響は夜空に輝くあるものに目を奪われた。
一際輝く星が1つ、夜空を駆けている。
「流れ、星……?」
未来と見る筈だったもの。
自分が未来と一緒に見たかったものだった。
しかし、それは流星群の筈であり、それが降り注ぐ時間ではない筈だ。
夜空を駆け抜け、地上に迫る青き流星。
その流星からは音楽が聴こえた。
地上に出た響とディケイドが最初に見たのは青い閃光に一刀両断にされるブドウ型ノイズの姿だった。
青い閃光は先程の流星から放たれた。
流れ星の正体は剣を携えた防人、風鳴翼。
響とディケイドと少し距離を置いて着地し、足に装備されているブースターとなっていた剣を折り畳んだ。
「……私にだって、守りたいものがあるんですッ!」
士にも告げたその言葉。
戦う理由があり、自分だって遊び半分でこの場に立っているわけではない。
しかし翼は冷徹に自分の剣を見つめている。
一触即発、今までと変わらぬ2人の関係。
何かあったら止めるのは自分か、ディケイドは1人そう考えていた。
「だぁからぁ? んでどうすんだよ?」
出し抜けに、声。
女性の声と思わしき挑発的な声は響でも翼からでもない。
勿論、男性であるディケイドからでもない。
辺りの暗い影から人影がゆらりと現れる。
月明かりに照らされた人影、少女の姿と、少女が身に纏う鎧を見て翼は目を見開いた。
「『ネフシュタンの、鎧』……!?」
『ネフシュタンの鎧』。
それは翼にとって忘れえぬ、浅からぬ因縁がある代物。
ともすれば奏の忘れ形見であるガングニールと同じほどに。
ネフシュタンの鎧を纏う少女。
そしてもう1人、暗闇の向こう、木の陰に隠れる姿が1人。
黒服と額に当てているゴーグル、手に持っているノートパソコン。
「やはりいましたね、『ノイズを操る存在』……」
怪しく笑うその男性は、ネフシュタンの少女を見つめた。
「
フランス語交じりで話す怪しい人影────エンターだった。
新たな鎧を纏う少女の出現よりもほんの少し前。
メタロイドが出現したのはとある駐車場、ノイズが発生した場所からそう離れていない場所だった。
現着したゴーバスターズが見たのは、車のエネトロンを右手に持つ掃除機のような吸引機で吸い上げるメタロイド、『ソウジキロイド』の姿。
幸いなのは、ノイズ出現に際して一般人は既に避難している事だろうか。
これならメタロイドとの戦いで誰かが巻き込まれる心配もない。
ソウジキロイドはゴーバスターズの3人を確認すると、気怠そうな声を出した。
「ああ、ゴーバスターズですよね。どうせ邪魔しに来たんでしょう?」
「当たり前だ」
ヒロムの言葉の後、ソウジキロイドは軽く手を上げてバグラーを呼び出した。
何処からともなく現れる無数の兵隊、バグラー。
ソウジキロイドはバグラー出現の後、再び辺り一帯の車のエネトロンを吸い出す作業に入った。
面倒そうな雰囲気を漂わせるその姿は自分でゴーバスターズを相手にしたくないという意思表示だろうか。
「アイツ……!」
自分達を無視してエネトロンを吸い続けるソウジキロイドを見て、ヒロムはモーフィンブレスを操作した。
リュウジとヨーコもそれに合わせてブレスを操作する。
バグラー程度ならば変身しなくても訓練を積んできた3人なら倒す事は可能だ。
しかし、目の前でエネトロンを奪われているという現状は無視できない。
────It's Morphin Time!────
「「「レッツ、モーフィン!」」」
3人はバスタースーツを纏ってゴーバスターズへと変身した。
しかしバグラーの群れは収まらない。
生身で対抗可能な存在とはいえ、通常の人間以上の能力を持った兵隊だ。
何より厄介なのはその数であり、倒しきるのにも時間がかかる。
「ハイハイ、交換を」
ソウジキロイドがバグラーに命令した。
1体のバグラーがソウジキロイドの左肩から掃除機のダストカップと思わしきものを取り外し、もう1体のバグラーが別のダストカップを新たに左肩に取り付けた。
掃除機が吸ったものがダストカップに行くように、ソウジキロイドが吸ったエネトロンは彼の左肩のダストカップに入る。
そしてそれを幾つも満タンにする事により、エネトロンを効率よく溜めているのだ。
「さて、次はこれですかね」
次の標的となる車に掃除機を押し当てようとした。
ゴーバスターズはバグラーの相手で止める事が出来ない。
しかし、掃除機と車の間に火花が散った事でソウジキロイドは怯んでしまった。
「ッ!?」
辺りを見渡すソウジキロイド。
今の火花、いや、正確に言えば火花ではない。
何者からかの銃撃に相違なかった。
つまりは今の火花は銃撃が着弾した事による火花。
そうでなければメタロイドであるソウジキロイドがたかが火花如きで怯むはずがないのだ。
「よっとォ!」
軽快な声と共に、バグラーと戦うゴーバスターズの3人を跳び越えて何者かがソウジキロイドの前に降り立つ。
それも、2人。
片方は金色のスーツを纏っており、頭部の形状はゴーバスターズのソレと酷似しているが、相違点としてはカブトムシの角のようになっているところか。
もう一方は機械的で銀を基調としており、胸や足にはクレーンのような、肩や腕には戦闘機のようなパーツが付いている。
頭部はカブトムシの金色の角と、クワガタムシの銀色の角がついていて3本の角となっていた。
「何なんですか貴方達は……!」
ソウジキロイドの憎々しげな声に金色のゴーバスターズのような方が得意気に名乗り出る。
「教えてや……」
「教えてやろう! 俺は、スーパーバディロイド……」
「被ってるっつの!」
銀色の機械的な方の頭を小突き、肩を引いて後ろに下がらせる。
その声にブルーバスター、リュウジの頭に何かが引っかかった。
「あの声、何処かで……?」
金色のゴーバスターズの声に聞き覚えを感じるブルーバスターだが、その気付きに確証はない。
一方で金と銀は漫才のようなやり取りの後に、気を取り直すかのように金色が切り出した。
「んじゃ、とりあえず自己紹介といくか。俺は『ビートバスター』、んで、こいつは只のバディロイド」
自身をビートバスターと名乗り、銀色の機械的な方をバディロイドであると語る。
それはゴーバスターズの3人にとっては衝撃的な事だった。
バスターを名乗り、バディロイドが共に存在している。
これは即ちゴーバスターズと同じであるという事を意味しているからだ。
現場のゴーバスターズ達はバグラーを倒しつつも2人に動揺し、特命部司令室でも同じく衝撃が走っていた。
この場で何かを知っていそうな人間と言えば、司令官である黒木ぐらいであると咄嗟に思った森下が黒木に尋ねる。
「司令! 彼らは……?」
しかし、森下の言葉に黒木は明確に答える術を持たない。
「私にも分からん、いや……信じられん、と言うべきか……」
黒木もやや混乱しているような表情と口振りだった。
既に黒木は彼らの正体を知っている。
しかしその正体を見てもなお、その事実が飲み込めていないのだ。
さらにというべきか、衝撃は重なる。
オペレーターの仲村が自分のデスクに送られてきたデータに気付く。
「司令! 二課から通信です!」
黒木は金色のゴーバスターズと銀色のバディロイドをモニター越しに目から離さずに通信に対応した。
「こちら特命部。……どうした、弦十郎」
『黒木か。少々大変な事が起きてしまってな……』
重苦しい雰囲気が弦十郎から発せられているのは通信越しにでもわかった。
『ネフシュタンの鎧が現れた』
ネフシュタンの鎧。
その名は弦十郎からも聞いた事があるし、二課との合併時にある程度の聖遺物に関しての情報を閲覧した黒木はそれを知っていた。
何より、弦十郎と親交の深い黒木は直接の関与はせずとも『2年前』の事を知っていた。
ネフシュタンの鎧は、二課が、翼が2年前に残してきた因縁の1つ。
だが一方で特命部側としても無視できない状況が起こっている。
「こちらも闖入者だ。よく知っているかもしれない……な」
ネフシュタンの鎧、ビートバスターとバディロイド。
戦場に現れる新たな戦士は敵か味方か。
────次回予告────
過去が現在に現れて、防人達は揺れ動く。
あの時の後悔を忘れられぬ翼と、あの時の言葉を忘れられぬ響。
黄金と白銀の輝きと少女の纏う鎧に去来するはかつての記憶────。