スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第23話 陰謀と、渦中と

 戦場に身を置く者達にもそれぞれの日常がある。

 立花響にも当然の事ながらそれは存在するわけだ。

 だが、戦場の疲労は確実に日常を蝕んでいた。

 テストで思うような結果が出なかったことがそれだ。

 お陰様でレポートの課題を出されてしまい、現在響は悪戦苦闘中。

 しかもこのレポートを提出する事で追試免除、裏を返せば提出が間に合わなければ追試というおまけつきだ。

 そもそも疲労で手についていないのに、課題が増えるこの有様。

 やはり響は言うしかない。

 

 

「私、呪われてるかも……」

 

「口を開く前にレポートを進めたら?」

 

 

 リディアンの寮、響と未来の自室。

 大きな机を挟んで2人が座っていた。

 2人ともパソコンを起動させて画面を見ている。

 だが、見ている理由は全く違った。

 響は課題のレポートに関して情報を集める為、対して未来は動画サイトで動画を見ていた。

 

 

「いや何ともご尤もで……」

 

 

 言いつつ、課題のレポートを少しずつだが書き進めていく。

 今調べているのは認定特異災害ノイズについてだ。

 シンフォギアを纏う者になってからノイズのレポートを出されると何とも不思議な気分だった。

 何せ現在の響はノイズと深く関わる、ノイズを殲滅する為の鎧を纏えるのだから。

 

 と、レポートの課題を進める響の携帯が鳴った。

 誰だろうと思い、とりあえず手に取って確認する響。

 送られてきた知らせを見て、響は少し落ち込んだ。

 

 『17:30より、二課で定例ミーティング』。

 

 画面にはそう表示されていた。

 今日もまたか、と思うと気が滅入った。

 勿論それは参加しなければいけない事で、力を持ち、関わると言った者の責任である事は響も理解している。

 

 とはいえ彼女も一介の女学生。

 やりたくてやっている事なのだから文句は言えないし、二課のせいにする気もないのだが、疲労の原因に呼ばれては気も滅入るというものだ。

 溜息をつく響を見て、未来が話しかけてきた。

 

 

「なぁに? 朝と夜のアラームを間違えたの?」

 

「あ、いやぁ……あはは……」

 

 

 事情を説明するわけにもいかない響は笑って誤魔化すしかない。

 一方の未来の言葉も本気のようには聞こえなかった。

 此処の所、響の帰りは遅い。

 その上かなり疲れて帰ってくる事が多いし、理由を聞いてもはぐらかされる。

 響が語るのはただ一言、用事、とだけ。

 

 

「……こんな時間から用事?」

 

「……ハイ」

 

 

 察してくれる事は非常にありがたかったが、事情を説明できない負い目もある。

 心底申し訳なさそうな顔で響は頷いた。

 未来は呆れを含んだ溜息の後、自分の見ていたパソコンの画面を響の方に向けた。

 

 

「一緒に流れ星見る約束、覚えてるよね?」

 

「勿論! 忘れてなんかいないよ!」

 

 

 画面には動画サイトにアップされていた『こと座流星群』が映し出されていた。

 響と未来はこの流星群を一緒に見ようと約束をしていた。

 だからこそ、このレポートの山を早く片付けたいというのもある。

 

 

「門限とかは私で何とかするから、響はこっちを何とかしてね?」

 

「うん! 絶対に何とかする! ……ごめんね、未来」

 

 

 親友にかけてしまう迷惑は響にとって心苦しい。

 だが、それで辞められる、辞めていい事ではない。

 

 

「ねぇ、未来」

 

「ん?」

 

「私、もっとしっかりしなきゃ駄目だよね……」

 

 

 文面だけ捉えればレポートに追われる自分の事を言っているように聞こえる。

 未来は最近、響の明るい表情が減っているような気がしていた。

 それどころか思い悩むような顔が増えたような気も。

 だからだろうか、響の一番の親友である未来にはその言葉が、別の何かの事を言っているように聞こえた。

 

 

「今よりも、ずっときっともっと……」

 

 

 叩かれた頬の痛みと、力への責任と、守りたい日常。

 このままにはしたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅刻する~ッ!」

 

 

 ミーティングは17時30分から。

 現在時刻は17時32分。

 既に2分オーバーの中、響は二課の通路を必死に走っていた。

 ようやく見えてきた二課のオペレータールームへの扉のセンサーが人の到来を感知し、自動的に開いた。

 

 

「遅くなりました!」

 

 

 申し訳なさを多分に含んだ声と共に、響は焦りながらオペレータールームに入った。

 弦十郎、了子、翼、慎次、士も既に集まっていた。

 それにヒロム、リュウジ、ヨーコの特命部の3人もだ。

 

 士と翼はコーヒーを飲み、極めて無表情。

 ゴーバスターズの3人もヒロムは真顔、リュウジはニコリと微笑み、ヨーコは同年代ぐらいの響の登場に満面の笑みだ。

 弦十郎は座りながら笑顔で響を迎え、了子も普段の明るさを滲ませ、慎次もニコニコとしている。

 響は一先ず、軽く頭を下げた。

 

 

「すみません……」

 

 

 頭を下げた響を誰も責める者はいなかった。

 取り立てて責める程の遅刻ではないし、彼女にも彼女の日常があるというのは誰もが理解しているからだ。

 と、頭を上げた響はある事に気付いた。

 

 

「あれっ、剣二さん達は……?」

 

 

 S.H.O.Tの面々がいない事に気付いたのだ。

 何処を見渡しても彼らの姿が見受けられない。

 響の疑問には弦十郎が答える。

 

 

「彼らは普段、警察官をしていてな。今日はまだ勤務中なんだ」

 

 

 さらに付け加えて、リュウケンドーやリュウガンオーであるという事は秘密なのだという。

 つまりS.H.O.Tのメンバーである事を秘密にしているため、此処に来るために抜け出してこれないというのが彼らの事情だ。

 納得した響を見て、了子が明るく切り出した。

 

 

「それじゃあ、仲良しミーティングと行きましょー!」

 

 

 コーヒーを口に付ける士がちらりと隣の翼を見やった。

 

 

(仲良し、ね……)

 

 

 相も変わらず翼と響の中は険悪だ。

 響から歩み寄ろうとはしているのだが、翼はまるで相手にしていない。

 尤も、翼にとって一番頭に来た言葉に関して響は先程のように謝ってすらいないのだからある意味当然ではある。

 ただ、謝ってどうこうなるような間柄には士にはとても見えなかったが。

 

 

「まずは、これを見て頂戴」

 

 

 了子の言葉と共にメインモニターに大きく表示されたのはこの辺り一帯の地図。

 そこに赤い印が幾つも付けられていた。

 

 

「どう思う?」

 

 

 弦十郎の言葉に響は地図と弦十郎を交互に見やって、率直な感想を述べた。

 

 

「……いっぱいですねッ」

 

 

 余りにも率直すぎる感想に士は呆れ、翼も溜息をつく中、弦十郎だけが笑った。

 

 

「ハハハ、全くその通りだ。これは、ここ1ヶ月のノイズの出現地点だ」

 

 

 赤い点はかなりの数に及んでいる。

 士はコーヒーを置いて、手を軽く上げた。

 

 

「おい。ノイズが出る確率ってのはかなり低いって聞いたぞ?」

 

 

 士はノイズに関して一般的に知られている知識をネットや新聞などで手に入れている。

 だが何処を見てもノイズの発生は極低確率である、という情報ばかり。

 しかしこの1ヶ月、ノイズ関係で出動した事はおよそ10数回。

 出現地点といい、とてもではないが極低確率とは思えなかった。

 それに対し了子が待ってましたと言わんばかりに答えた。

 

 

「そうね、一般に開示されている情報も私達のみが保有する情報でも、それは変わらないわ。

 だからこそ、この発生率は誰の目から見ても異常よ」

 

 

 それに続けて、弦十郎が響と士に顔を向けた。

 

 

「2人がノイズについて知っている事は?」

 

 

 この場合の知っている事、というのは一般人が知るソレで十分なのだろうか。

 そんな疑問も過ったが、響も士も知っているのはその程度。

 まずは響が口を開いた。

 

 

「えっと……『機械的に人間だけを襲う事』、『襲った人間を炭化する事』、

 『時と場所を選ばずに出現して被害をもたらす事』、『特異災害に認定されている事』

 ……ぐらいですかね?」

 

 

 聞いて、弦十郎は感心した。

 意外としっかりと説明を出来ている事もそうだし、ノイズに関して重要な部分は全て抑えていたからだ。

 

 

「意外と詳しいんだな」

 

 

 感心された事に照れる響だが、士は呆れた顔をしていた。

 

 

「それ、今やってるレポートだろ」

 

「うっ……な、何で知ってるんですかぁ?」

 

「あのな、俺はお前達のクラスの副担任みたいな立場でもあるんだぞ」

 

 

 授業をする回数が減った士ではあるが、今でも1週間に数回程度の授業はしている。

 それに、響のクラスの副担任に収まるような形でリディアンに来たのだから知っているのは当然と言えば当然だ。

 そんな2人を楽しげな笑みで見つめつつ、了子が説明を続けた。

 

 

「そうね。ノイズの発生が国連の議題に上がったのは13年前……。

 それはヒロム君達の方が、詳しいかしらね?」

 

 

 13年前。

 ノイズが特異災害に指定されたと同時に、ヒロム達3人にとっては忘れられない年数だ。

 亜空間の発生、家族との別離、バディロイドとの出会い、そしてゴーバスターズとなった切っ掛け。

 今のヒロム達を形成する殆どの事があの日あの時起こったと言っても過言ではない。

 了子の言葉には、リュウジが代表して答えた。

 

 

「ええ、亜空間の発生に伴うノイズの大量発生……。

 あれがあったからノイズは別の空間に住処があるんじゃないかって言われるようになりましたよね」

 

 

 リュウジの言葉に了子は満足気に頷く。

 

 

「その通りよ。まあ、観測自体はずっと前からあったんだけどね。

 太古の昔……世界の神話や伝承の怪物もノイズ由来のものが多いとされているわ」

 

 

 次に再び、弦十郎が口を開いた。

 

 

「先程士君も指摘したが、このノイズの出現率は異常極まりない。

 と、すれば、そこには何らかの作為が働いていると、我々は見ている」

 

 

 何らかの作為。

 それはまるで、何者かがノイズの出現を操作しているかのように聞こえてならなかった。

 ヒロムが片眉を上げ、疑問を呈する。

 

 

「誰かが、ノイズを操っていると?」

 

「うむ。『サクリストD』、即ち『デュランダル』を狙っての事だろう」

 

 

 弦十郎の言葉に補足するように翼が飲み切ったコーヒーの紙コップを持ちながら語る。

 

 

「出現の中心点は此処、私立リディアン音楽院高等科。我々の真上です。

 デュランダルを狙った何らかの意思がこの地に向けられている事の証左になります」

 

 

 サクリストD、デュランダル。

 どちらも二課のメンバー以外には聞き覚えが無い。

 所属の上では二課に配属になっている士も響もそれは知らなかった。

 躊躇いなく士はデュランダルとは何か問う。

 

 

「そのデュランダルとやらは何だ?」

 

「ガングニールや天羽々斬とは違い、ほぼ完全状態で残っている聖遺物の事だ。

 名称はそのまま『完全聖遺物』と呼ばれている」

 

 

 弦十郎の言葉の後、オペレーターの1人、あおいが説明を継いだ。

 

 

「この基地の最深部、『アビス』で保管され、日本政府の管理下にて我々が研究しているものです」

 

 

 さらにもう1人のオペレーター、朔也がそれに続く。

 

 

「歌で毎回起動させている聖遺物とは違って、一度起動すれば装者でなくても扱える聖遺物と研究の結果も出ています」

 

 

 装者でなくても使えるという事は、ただの人間やシンフォギアに対して適性のない人間でも使えるという事。

 士は今の説明をした朔也に向かってさらに質問をした。

 

 

「つまり、俺が変身して使う事も?」

 

「理論上であれば可能だと思います」

 

 

 一連の説明の後、了子が得意気に全員の方に振り向いた。

 

 

「それがぁ、私の提唱した『櫻井理論』!」

 

 

 どうも了子はその『櫻井理論』なるものを相当に誇っているらしい。

 ただ、その理論があるからこそシンフォギアも対ノイズ戦にも対応できているのだから非の打ちどころなどないのだが。

 弦十郎が真面目な顔で立ち上がった。

 

 

「とはいえ、完全聖遺物の起動にもそれ相応の『フォニックゲイン』が必要になる。

 だが、今の翼の歌ならば、あるいは……」

 

 

 フォニックゲインは平たく言うなら『歌の力』。

 シンフォギアを纏う際にも使われているエネルギーの名だ。

 完全聖遺物に必要なフォニックゲインは通常の聖遺物のそれを上回る。

 2年以上もの間戦ってきた翼の歌ですらデュランダルは未だに起動していないのだ。

 

 しかし、そもそも起動実験そのものにも問題がある。

 あおいがそれを弦十郎に聞いた。

 

 

「でも、起動実験に必要な日本政府の許可って下りるんですか?」

 

 

 それには弦十郎ではなく、同じオペレーターの朔也が答えた。

 

 

「いや、それ以前の話だよ。安保を盾にアメリカがデュランダルの引き渡しを迫ってきているそうじゃないか。下手を打てば国際問題だよ」

 

 

 響の顔が曇り、翼は苛立つように空になった紙コップを握りつぶした。

 人間同士で利益を求めた争いをしている場合ではないというのに、この状況だ。

 平和の為の実験、ノイズを倒す為の戦いなのに様々な思惑に雁字搦めにされている。

 

 

「まさかこの件、米国政府が裏で糸を引いているんじゃ……」

 

 

 ノイズの異常発生がデュランダルを狙うものだとするなら、現在デュランダルの引き渡しを迫るアメリカに疑いが向けられるのは当たり前。

 だが、証拠となるようなものは何1つ無い。

 どれだけ疑わしくても、仮定に過ぎない段階で話は止まってしまう。

 

 

「二課がこうして特命部やS.H.O.Tと同盟を組めたのも、実はかなりの無理を通したんだ」

 

 

 全員の視線が弦十郎に向いたが、その後の言葉を続けたのはあおいだ。

 

 

「ヴァグラスやジャマンガと言った、ノイズ以上に明確に人間に敵意を示す『災害で無い敵』。

 ……それを理由にして無理やりこぎつけましたからね」

 

 

 朔也が溜息をつき、皮肉るように吐き捨てた。

 

 

「いつだって上は、本当に危なくならないと腰を上げないのさ。

 ヴァグラスが狙うのはエネトロンっていうのもあるし、ヴァグラスやジャマンガ、特にヴァグラスは大っぴらに活動しているのも大きいから」

 

「どういう事?」

 

 

 朔也の言葉にヨーコが問いかけ、その後の言葉も引き続き、皮肉を言う時のように呆れ口調で言った。

 

 

「大っぴらに活動しているヴァグラスへの対策は急務だったんですよ。

 エネトロン……今の世界のライフラインまで狙っているとなると相当ですからね。

 それに早急に対応する為に、二課が特命部や他の組織と一時合併する事を許したんです」

 

 

 つまりは、ヴァグラスという本格的な危機の到来に対して二課や特命部と言った強力な武器を保有する組織の合併を認めたという事だ。

 そしてその一番の理由は一般認知されるほどの暴れ方と、狙われた対象がエネトロンであるという事。

 

 

「そういえば、特命部って二課よりも制限が緩いんですよ」

 

 

 朔也の最後の言葉にバスターズの3人が首を傾げた。

 その様子を見て、再び弦十郎が説明を開始する。

 

 

「ヴァグラスは君達のようにワクチンプログラムを持つ者、ゴーバスターズの3人でしか対抗できないからだ。

 ノイズは聖遺物関連の技術さえあれば対抗できる。だから、それを保有する二課よりも特命部の自由や権利は、実は保障されているんだ。それこそ、13年前からな」

 

 

 その説明には疑問点があった。

 ワクチンプログラムは3人の特定の能力を人間以上のレベルに上げる事だと聞いた。

 だが、それが無ければヴァグラスに対抗できないとはどういう事なのか。

 それを響は弦十郎に聞いた。

 

 

「あの、それってどういう事ですか? この前の戦いは剣二さんと士先生がヴァグラス

を……」

 

 

 思い返してみれば、フォークロイドを打ち破ったのはリュウケンドーとディケイド。

 両方ともゴーバスターズとは違う戦士だ。

 しかし、理由はもっと別の所にある事を弦十郎は説明した。

 

 

「いや、そうじゃない。ヴァグラスの根城は亜空間内部に存在している。そして、いずれ亜空間内部に突入しなくてはならない日が来る。ヴァグラスを完全に倒す為にな。

 だが、その際の『転送』に耐えられるのはワクチンプログラムを持った3人だけなんだ」

 

 

 簡単に言えば、メタロイドやメガゾードは他の戦士でも倒す事は出来る。

 だが、相手を根絶する為に本拠地を潰すとなるとゴーバスターズの力は必要不可欠なのだ。

 そしてそれにはワクチンプログラムを持った3人がいる事が絶対条件。

 シンフォギアのようにある程度解析が進んでいるものならともかく、ワクチンプログラムに関しては分かっていない事の方が多い。

 何せワクチンプログラムは亜空間の中にいるヒロムの父親達が造り、ヒロム達にインストールしたものだからだ。

 

 その説明に当のゴーバスターズであるリュウジも納得した表情を浮かべていた。

 

 

「成程……俺達の場合、ヴァグラスに対抗できるのが俺達だけって限定されていたから……」

 

「そうだ。極論を言えばノイズは聖遺物、あるいは完全聖遺物があれば何処の国でも対策ができる。

 しかし、ヴァグラスを根絶できるのは世界に唯一ゴーバスターズのみだ」

 

 

 ゴーバスターズとシンフォギアの扱いを分けた決定的な差はヴァグラスと亜空間、という事だ。

 ゴーバスターズにとって仇敵に値するヴァグラスの存在がゴーバスターズの権利の支えになっていたというのは何の皮肉なのだろうか。

 だが、だからこそゴーバスターズはヴァグラスと戦っても国や政府の問題に巻き込まれない。

 致し方ない事なのかもしれないと、ヒロムもリュウジも自分を納得させた。

 

 一方、響とヨーコはこういう込み入った話は苦手なようで頭を抱えていた。

 

 

「うーん……響ちゃん、あたしこういう話は苦手なんだけど……」

 

「わ、私も。なんか頭こんがらがっちゃいました……」

 

 

 2人して難しそうな顔をする響とヨーコであった。

 確かにこの手の話は高校生のうら若き少女が聞く様な話ではない。

 ちなみに、響とヨーコの歳の差は1年ほど。

 実はほぼ同年代なのだ。

 

 そんな2人に苦笑いした後、弦十郎は真面目な顔に戻って話を続けた。

 

 

「皮肉な事に、脅威が増えた為に我々二課も動きやすくなっているんだ。

 とはいえ、問題はある」

 

 

 一度間を置く弦十郎。

 彼らの抱える問題は何もノイズだけではない。

 その『問題』についても弦十郎は語る。

 

 

「ここ数ヶ月の間に、本部コンピュータへの数万回に及ぶハッキングを試みた形跡が認められている」

 

 

 これが意味するところは何者かが二課の情報を盗み、シンフォギアを自分達のものにしようと目論むものがいるという事だ。

 

 

「さすがにアクセスの出所は不明。それらを短絡的に米国政府のものだとは断定できない」

 

 

 状況が状況だけに米国政府を疑う気持ちはある。

 だが、何1つ証拠はないのだから手の打ちようもない。

 これがその『問題』であった。

 ノイズに加え、ハッキングを試みる謎の敵。

 しかもノイズとは違って人間であることがほぼ間違いない。

 だが、尻尾が掴めていないのだ。

 

 

「勿論、痕跡は辿らせている。本来そう言うのが俺達の本領だからな」

 

 

 弦十郎の言葉は優しく安心させるような声色だった。

 この場にいる戦いの中に身を置く人間に余計な不安を与えたくなかったのだ。

 と、話が一段落したところで慎次が前に出た。

 

 

「風鳴司令、そろそろアルバムの打ち合わせが……」

 

「むっ、そうか。もうそんな時間だったな」

 

 

 「はい」と返事をしつつ慎次は眼鏡をかけた。

 二課のメンバーとしてではなく、風鳴翼のマネージャーとしての仕事の始まりだ。

 身に課せられた職である以上、ミーティングの最中でもそれを疎かにするわけにはいかない。

 慎次に促され、翼は一度も表情を緩ませる事無く、慎次と共にオペレータールームから退出した。

 

 2人を見送った後、響が口を開く。

 

 

「脅威ってノイズやヴァグラスやジャマンガだけじゃないんですね」

 

 

 その声は疑問が多量に含まれた言い方だった。

 響の言う脅威とは、先程からの話でも分かる通り同じ人間だ。

 

 

「これだけの脅威でも随分多いのに、さらに何処かの誰かが此処を狙っているなんて、あまり考えたくはないです……」

 

 

 それにはこの場にいる全員が賛同するだろう。

 人間同士で争い、覇権や利権争いをしている場合ではないというのに。

 ただでさえ対応を本格化したのはつい最近。

 綺麗事かもしれないが実に悲しい話だ。

 二課や特命部、仮面ライダーのように手を取り合える者達もいるというのに。

 

 

「どうして人同士が争うんでしょうね……?」

 

 

 続けざまに響が発した言葉を聞き、了子がそっと響の耳元で囁いた。

 

 

「それはきっと……人類が呪われているからよ」

 

 

 ついでに、何故か響の耳たぶを甘噛みして。

 

 

「きぃぃええぇぇぇぇ!!?」

 

 

 恐ろしく甲高い驚愕一色の叫びがオペレータールーム内に木霊した。

 余程うるさかったのか、士やヒロム達は思わず耳を覆う。

 了子はそんな反応の響を見て怪しくニヤリと笑った。

 

 

「あ~ら、おぼこいわねぇ。誰かのモノになる前に私のモノにしちゃいたいかも」

 

 

 無駄に色っぽさ漂う言葉だ。

 とりあえず今までの一連の流れと普段のテンションを見てきてゴーバスターズも士も分かった事がある。

 櫻井了子という人間は優秀なのに違いはないのかもしれないが、相当に暢気でマイペースでおちゃらけた人物であるという事だ。

 こういう行動はよくある事なのか、未だ混乱気味の響を余所に、オペレーターの2人と弦十郎は困ったような笑顔で了子と響を見ていた。

 

 

「む、そうだ。ヒロム君、黒木はどうしてる?」

 

「司令ですか?」

 

 

 唐突な弦十郎からの、会話的にも何故その名が出たのか分からない質問。

 一先ずヒロムは二課本部に来る前に特命部で見た黒木の様子を思い出す。

 しかし、思い出す事は出来なかった。

 否、そもそも記憶にないというべきだろう。

 

 

「……そう言えば、此処に来る前には見てないです。リュウさんやヨーコは?」

 

「いや、俺も見てないね」

 

「あたしも……あれ? 今日司令見た人いる?」

 

 

 ヨーコの言葉にヒロムもリュウジも首を横に振った。

 そう、実は今日、誰も黒木の姿を見ていないのだ。

 

 

「誰も見てないみたいです」

 

 

 ヒロムが弦十郎に告げると、返って来た反応は予想外の物だった。

 

 

「そうか、やはりな……」

 

 

 ヒロム達の中で「やはり」、という言葉が引っかかる。

 まるでいない事を知っているかのような口振り。

 気になった事は率直に、ストレートな物言いのヒロムはすぐさま質問した。

 

 

「風鳴司令は何かご存じなんですか?」

 

「うむ。昔馴染みと会いに行くらしい。どうしたのかと思ったが、やはり行く事にしたようだな」

 

 

 黒木のプライベートに誰も首を突っ込む事はない。

 というより、他人のプライベートに首を突っ込まないのはある種当然の事だ。

 だが昔馴染みとは誰の事なのか?

 少なくともゴーバスターズからして思い当たる節はこの場にいる弦十郎ぐらいのものだ。

 という事は弦十郎ならば誰と会うのか知っているのではないか?

 そう考えたヒロムは続けざまに質問した。

 

 

「誰と?」

 

「あー……その、俺にもよく、な」

 

 

 珍しく、弦十郎が戸惑いの様相を見せた。

 その動揺は話せない、というよりも上手く説明できないような反応に見えた。

 誰と会っているのか言うだけなら名前を出せばいいはずだ。

 それとも、弦十郎も知らぬ誰かなのか。

 結局、黒木の昔馴染みが誰なのか分からないままに、定例ミーティングは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 時間は経ち、翌日。

 昼時、私立リディアン音楽院にて。

 

 

「…………」

 

 

 士は食堂にて弁当を食べていた。

 ちなみに居候先の執事、ゴンザの手作り弁当でこれが中々に美味い。

 半ば無理矢理持たされた弁当であったが、食える事に越した事はないし味も申し分ないので士はそれなりに気に入っている。

 しかしふと、思う事がある。

 

 

(……俺はガキか?)

 

 

 弁当を食べる士は先生どころか、何故か生徒のような気分になった。

 実際家の人に弁当を作ってもらって出かける様は生徒のソレだ。

 子供のように扱われている事に少し不満が沸き起こった。

 とはいえ士も料理は出来ない事もないが、朝早く起きて作るのも億劫である。

 結局、ゴンザの好意に寄りかかる事にした。

 

 

 

 

 

 食事を済ませた後、士は職員室に向かった。

 何でもできると豪語する能力は伊達ではなく、仕事を片付けるのも早い士だが、それでも教員としての仕事は幾つか残っているからだ。

 

 士はよく生徒から話しかけられる。

 生徒には感づかれていないようだが授業数が減ったせいで、士が学校にいる頻度は少ない。

 そのせいで『レアキャラ』的な扱いを受けているのだ。

 その上、外見も良くて完璧超人。

 女学校のリディアンで人気が出ないわけがなかった。

 勿論、興味本位や単にクラスの関係で会う事が多いから程度の理由で話しかけてくる生徒もいる。

 当の士本人はそんな事を露ほども気にしてはいないのだが。

 

 

「あ、士先生」

 

 

 だからというわけではないが、職員室へ向かう途中、今日も士は生徒に話しかけられる。

 話しかけてきたのは響と同じクラスの女子3人組の内の1人、弓美。

 創世、詩織と共に、いつもの3人で固まっていた。

 

 

「確か……板場、だったか」

 

「へー、憶えててくれてるんですか!」

 

 

 何とか脳内で名前を探し当てた士と、それに驚く弓美。

 まだこの学校に来てから日も浅く、出てくる頻度も少ない士が生徒の名前を憶えているのは少々意外だったらしい。

 

 

「それに、安藤に寺島であってるか?」

 

 

 ついでに創世と詩織の名前も当てた。

 2人も自分達の名前を士が憶えていた事に驚いているようだった。

 創世が素直に感心しながら言う。

 

 

「凄いですね、もうクラスのみんなの名前、憶えたんですか?」

 

 

 実のところ、そんな訳はなかった。

 生徒の名前を何人か憶えているというのは本当だ。

 だが、その中でもこの3人は割と早い段階で憶えた。

 何故かというと響と関わっているというのが大きい。

 クラスの中で二課や特命部の事を知るのは響と士のみ。

 受け持つクラスの関係や二課の事で必然的に響と関わる事の多い士は、自然と響の周りの友達の名前を憶えてしまったのだ。

 同じ理由で小日向未来の名前も憶えている。

 

 

「まあな」

 

 

 とはいえ、まさかそんな事を話すわけにもいかずクラスの人間を全員憶えている事にしておく士だった。

 と、此処で士は、その響がいない事に気付いた。

 

 

「立花や小日向の奴は一緒じゃないのか」

 

 

 この3人と響と未来は5人でいる事が非常に多い。

 学校生活を経験した人なら分かると思うが、友人同士は大体一定のメンバーで固まる事が多い。

 それに今は昼、余計に友達同士で固まる事が多い時間だ。

 だからてっきり一緒にいるものかと思っていたのだが。

 それには詩織が答えた。

 

 

「立花さんでしたら、レポートを書いてますよ」

 

 

 レポートというのが課題の事であるのを士も勿論知っている。

 知っているからこそ、呆れた。

 

 

「はぁ? あいつまだ終わってないのか?」

 

 

 ちなみにこのレポート、前回のテストの点が悪かった生徒限定の課題だ。

 これにはテストの追試免除がかかっている。

 響の事情を知る士ではあるが、さすがに遅すぎると言わざるを得なかった。

 士の言葉に創世も詩織も苦笑い、弓美だけは何故か笑顔だった。

 

 

「期待を裏切らないですからね~、あの子は!」

 

「何の期待だ、何の」

 

 

 そんな弓美にも呆れた後、女子3人組は士に「また今度」と告げて屋上に向かっていった。

 何でもバトミントンをするらしい。

 

 

「見てくれは平和だな……」

 

 

 生徒と先生が普通に接して、普通に会話する日常。

 その裏では激しい戦いが繰り広げられている。

 そんな今を、士は皮肉った。

 だが皮肉りつつも、士は心の何処かでその日常を心地良く感じていた。

 束の間の休息と知りつつも、だからこそ一時の平和がそう感じられたのかもしれない。

 柄でもない、そんな風に思った士は職員室に向かって再び歩み始めた。




────次回予告────
投げ打たれた日常は、守りたいと思ったもの。

侵略され、狂いゆく毎日に少女に目覚める憤怒の衝動。

不協和音も雑音も止まず、影の嗤いは止む事無く────。

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