彼等が初めて出会ったのはとあるホラーとの戦いの時だ。
鋼牙はザルバのナビでホラーの元へ辿り着き、そのホラーを狩る。
いつもと変わらぬ仕事だ。
だが、まさかイレギュラー、それも世界すら破壊できる人物が介入するとは思ってもいなかった。
ある廃工場でホラーを倒し、黄金の鎧を解除する鋼牙。
しかし勝ったというのに鋼牙の目は未だに警戒を解かず、剣を構えている。
距離を置いた向こうには1人の異形の影があった。
だが、その影は腰のベルトを操作したかと思うと、人の姿へと変化する。
いや、変わったわけではない。鋼牙と同じで鎧を解除しただけなのだが。
「お前は何者だ」
「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ」
鋼牙の目の前には2眼レフのトイカメラを首から下げた、先程助け、共に戦った青年がいる。
それが鋼牙と士の出会いだった。
鋼牙がホラーに狙われていた青年の助けに入り、上手く逃がして戦っていたら突如、逃げた筈の青年がマゼンタの鎧を身に纏いホラーに向かっていった。
それが門矢士だったのだ。
通常の攻撃ではビクともしないホラーにダメージを与える事の出来る存在。
しかしそれは魔戒騎士でも、同じような力を有する魔戒法師でも無かった。
もっと違う、異形の影。
ホラーという共通の敵がいた為に共闘をしたが、得体の知れない彼に警戒は解けない。
鎧を解除しても尚、臨戦態勢を取り続けているのはそれが理由だ。
「仮面……ライダー?」
『邪悪なものは感じない。ホラーでもないみたいだぜ』
聞き慣れない言葉に疑問符を上げる鋼牙と少なくとも自分達の知る異形ではない事を伝えるザルバ。
一方の士は、自分と目の前の白いコートの青年以外の声が突如響いた事に驚いた様子だった。
「誰かいるのか?」
辺りを見渡す士。
だが2人以外には誰もいない、当然だ。
何せその声は鋼牙の指輪からなのだから、そして士はそれを知る由も無い。
士の辺りを見渡す行為を見て、鋼牙は臨戦態勢を解いた。
妙な声がしたから辺りを見渡す行為自体は変では無い、が、目の前にいつ襲ってくるかも分からない相手がいるのに他の所に顔を向けて気を取られるのはあまりにも無防備すぎる。
何より、ザルバの言う事もあるが鋼牙自身も殺気とかそういう類の物を全く感じなかった。
しかしその顔は未だに睨みのまま、如何に危険では無さそうとはいえ得体の知れない事は変わらないのだから。
「……まぁいい。お前は仮面ライダーじゃなさそうだが……単独って事は戦隊ってワケでもないようだな」
士は声の主を探すのを止め、先程見た黄金の騎士に変身した鋼牙に関して考えを巡らせ、今まであってきた戦士のどのタイプでもない事を悟る。
初めて聞く単語で何のことを言っているのか分からない鋼牙は疑問と睨みを含んだ顔をしている。
「ともかく、この世界について教えてもらおうか」
ふてぶてしい態度で物を言う士に、鋼牙は単純な不快感で顔をしかめた。
カメラの青年が魔戒騎士等、そういう類とは関係の無い存在だと鋼牙は知った。
魔戒騎士の鎧とは違う謎の鎧もそうだが、もしも関係者ならザルバの声を聴けば魔導輪だと察しがつくはずだ。
何より戦いの最中の言葉がホラーについて無知である事を物語る様な口調だった。
だからこそ、鋼牙は警戒を解けないでいる。
むしろ魔戒騎士である方が警戒せずにいられた。
人間という存在は得体の知れない存在には警戒してかかる。
鋼牙は並の人間ではないし、ホラーや魔戒騎士の事で異常事態も半ば日常と化している為、並大抵のことで驚く事は無いだろう。
だが、そこに突如現れたイレギュラー。
いかな魔戒騎士最高位の称号を持つ鋼牙とはいえ、ホラーと戦う事ができ、自分の知る存在でない事は警戒するに十分な要素だった。
今2人は、鋼牙は警戒を解かず、士は特に警戒も無く歩いている。
向かうは鋼牙の自宅、冴島邸。
正直正体がはっきりしない相手を連れて行きたくは無かったが、ホラーを倒し自分とは戦わなかったという部分を鑑みると、信じる理由が無い事は無い。
故に鋼牙は自宅へと連れていき、事情説明をする事を選んだのだ。
しばらくすると冴島邸に着いた。
士は「デカイ家だ……俺の家もそうだがな」と呟いていたが、鋼牙は特に反応する事も無く玄関を開けた。
「お帰りなさいませ、鋼牙様……はて? お隣の殿方はお客様で?」
家に上がると、通路の横からスーツを着た老齢の男性がお辞儀をした。
2人はその男性に顔を向けつつ、士は『鋼牙』というのが白コートの男の事なのだと知る。
外も大きいが中も豪華な鋼牙の家にいるスーツ姿の男性、かつこの礼儀正しい態度は此処の執事なのだろうという印象を自然と士に与えた。
「いや、客と言っていいのかも分からん」
鋼牙の言葉に執事、『倉橋 ゴンザ』も首を傾げる。
家の主である鋼牙が玄関を跨がせたのなら、それなりに親しい友人か自分達の関係者だと思っていたのだが。
「訳ありだ。ゴンザも来い」
此処で士はこの執事の名が『ゴンザ』というのだと知る。
3人は鋼牙を先頭に、階段を上がって2階のリビングへと向かった。
リビングまでの移動中、ゴンザは「倉橋ゴンザでございます」と、やはり礼儀正しく挨拶をしてきた。
それに対して士も自身の名を答えた。名前だけを一言だけ簡素に。
振り返らずも、その会話を聞いていた鋼牙は彼が『門矢 士』という名前なのだと知る。
会話はしていたが、お互い名乗ってはいなかったのだ。
リビングにつくと、鋼牙は白いコートを脱いでゴンザに預けつつ、リビングに置かれた長机の最も端に座った。
士はその真逆に当たる端に遠慮なく座る。
2人は丁度、長机で向かい合っていた。
ゴンザは白いコートをハンガーにかけた後、創作物でよくイメージされるような執事そのもののように、鋼牙の斜め後ろに使えるように立った。
「お前は何者だ」
早速かつ直球で切り出したのは鋼牙だ。
先程した質問と全く同じ質問をする。
「言った筈だ、通りすがりの仮面ライダーだと」
対する士も先程と同じ答えを返す。
どうやらこの士という人間は面倒なタイプのようだ、鋼牙はそう感じていた。
ふてぶてしい態度。こちらに分かりやすく説明する気が全くないと見える。
そもそも「通りすがりの仮面ライダー」と言われても答える気があるのか、ふざけているのかすら分からない。
溜息をつきつつ、一先ず鋼牙は1つずつ、順を追って疑問を解消するように質問を投げかける事にした。
「何故あそこにいた」
「俺も知らん。この世界に来た時にあそこに出たんだからな」
ようやくまともな返答が返ってきた、が、同時に疑問符が浮かぶ回答だった。
────『この』世界。
まるで自分が別世界の住人であるかのような言い草だ。
「この世界とはどういう意味だ」
「俺は世界を旅してる、それだけの事だ」
世界を旅している、それだけ聞けば国中を飛び回っているかのように聞こえる。
だが士の言うソレはそういうのとは微妙に違うように感じられた。
もし日本に来たらあそこにいた、と解釈するのなら一体どういう帰国の仕方をすれば廃工場に着くんだという事になってしまう。
「国の事じゃないのか、世界というのは」
「別の地球、って言った方が分かりやすいか。並行世界とも言うらしいけどな」
並行世界、鋼牙も言葉ぐらい聞いた事はあるが馴染みのない言葉だ。
むしろその言葉に反応したのは鋼牙ではなく執事のゴンザであった。
「並行世界ですと?」
「知ってるのかゴンザ?」
ゴンザの口ぶりに鋼牙が疑問を持つ。
その言葉でゴンザは、並行世界の事を鋼牙が上手く呑み込めていない事を悟り、説明を始めた。
「簡潔に申し上げますと、この世界とは違う次元に別の地球があり、そこには別の人間が住んでいるというものでございます。
例えば、ホラーや魔戒騎士がいない地球が、何処かにあるやもしれないという事です。ですがあくまでも理論であって立証はされていません」
「その並行世界を俺は旅してる。納得したか?」
納得したかしていないかと言われれば、納得していない。
いきなり「別世界から来ました」と言われても納得も信用もできる筈も無い。
如何に非日常と隣り合わせの生活をしているとはいえ、さすがにこれは異常事態過ぎた。
だが、先程の『戦士』に変わった士の力。
自分の知らない未知なる力を持つ士なら可能なのかもしれないが。
「まあ信用できるわけないか。
別にいいぜ、どう思っても。俺は本当の事を言っただけで信じるか信じないかはお前の自由だ」
鋼牙の無言を納得していないものと受け取り、椅子の背もたれに全力で寄りかかりながら士はそう答えた。
鋼牙は感じた。『信用できるわけないか』、この言葉が妙にこなれた言い方だと。
士の言葉が本当なら世界を巡る上でこういう事を話すのは一度や二度じゃないのだろう。
だとすれば、余程混沌とした世界でない限り士の話を信じる者の方が少ない。
つまりは説明慣れをしているように感じる。
この感覚を信じるのなら、本当に異世界からの来訪者なのか。
いくら考えても、確かめる術のない鋼牙に答えは浮かばなかった。
「こっちからもいいか」
思案中の鋼牙に士が声をかける。
あまりに真剣に考え過ぎたせいか突然の声に驚き、鋼牙はハッと我に返って、先程通りの真顔を士へ向けた。
「さっき身に纏っていたお前の黄金の鎧、ありゃなんだ。それにあの化け物は」
その疑問は答えていいものなのかと迷うところであった。
通常、一般人に魔戒騎士やそれに準ずることを教える事は控えるべきである。
関係の無い人間の前で鎧を召喚する事も『掟』に反している事。
士の前で鎧を召喚したのは士がてっきり逃げたかと思ったからだった。
しかし彼はホラーと戦い、自分と肩を並べた。最早関係者ではあるのだが。
ところがその迷いは、唐突な言葉で吹き飛ぶ事になる。
『化け物の方はホラーって言って、黄金の鎧の方が魔戒騎士だ』
「誰だ?」
廃工場で響いた、士からすれば謎の声。
それと同じ声が士に語りかけてきた。
工場の時と同じように辺りを見渡すが、どうにもそれらしき人物はいない。ゴンザでもなさそうだ。
「ザルバ、勝手に話すな」
『いいじゃねぇか鋼牙。どうにもこいつも普通じゃないみたいだしよ』
鋼牙が左手に身に着ける指輪に話しかけ、指輪もまた、鋼牙に返答している光景に士は怪訝そうな目を向けた。
指輪と話す青年という異様な光景に士が怪訝そうな表情をする。
まるで指輪が生きているかのような。
「……まさか、その指輪生きてるのか?」
士の疑問に鋼牙はザルバを嵌めた右手を士の方へ突き出し、当のザルバは軽い口調で答えた。
『おう、俺様の名はザルバ』
「……変な奴だな」
『俺様が? 俺様の何が変なんだ?』
「全部だ」
ややグロテスクなデザインをしている指輪が意気揚々とした口調で話し出す事。
怪人と戦っていたりしていて異常事態にはそれなりに慣れている士ならともかく、通常の神経をしていれば驚愕一色に染まるところだ。
そんな相手にもブレない士の失礼な態度はザルバも少し苦言を呈した。
『失礼な奴だな。魔戒騎士の事を教えてやらんぞ』
「…………」
士は旅をする中で役割を与えられることが多い。
警察官、弁護士、バイオリニスト、とにかく様々だ。
あの黄金の剣士、魔戒騎士とやらがこの世界でやるべき事と無関係とは士にはどうしても思えなかった。
だからこそ、化物と騎士の事を知りたい。それが士の現状の気持ち。
謝るのも癪だが、話がこじれて面倒な事になるのはもっと癪だ。
「……分かった、謝ってやる」
謝ると言いつつもその口調はどこかふてぶてしく、言い方も上から目線だ。
その言い方に引っ掛かりを覚えながらも、ザルバは流暢に金属の顎を動かし始めた。
聞くところでは単純な話、ホラーが人を襲うから魔戒騎士がそれを倒す。
その魔戒騎士の中でも最強を誇るのが、先程の黄金騎士、牙狼。
そして指輪の名はザルバ、魔戒騎士のサポートをする魔導輪である、という事らしい。
「なるほど、だいたい分かった」
士はザルバの話を聞いてぶっきらぼうにそう答えた。
「要するにホラーって連中が人を色んな方法で喰おうとするから、お前等がそれを仕留める。そういう事だな?」
『簡潔に言っちまえば、そうだな』
やっている事は仮面ライダーや戦隊に似ていると、士は感じた。
自分の知る戦士達も人を脅かす敵と戦い、人を守ってきた者達。
魔戒騎士もまた、その例に漏れない戦士という事なのだろう。
「あの、少しよろしいですかな?」
ザルバと士の話が一段落した事を確認し、ゴンザが手を小さく挙げた。
「先程、士様は『仮面ライダー』とおっしゃいましたよね」
その言葉は士に向けられており、興味深そうな言い方だ。
士は頷き、それがどうした、と口に出す。
「ええ、実は聞き覚えがありまして……所謂『都市伝説』という奴なのですが…」
直後に語られた話は士も食いつく興味深い話だった。
曰く、この世界には『仮面ライダー』と呼ばれている戦士がいるらしい。
人知れず悪と戦う戦士。
仮面を被り、バイクを駆る戦士のその姿を仮面ライダーと呼ぶらしい。
都市伝説となっているライダーは複数人確認されているらしく、ライダーが戦う『怪人』の存在も目撃されており真実味はかなりある。というのがゴンザの弁だ。
仮面ライダー。妙な言い方かもしれないが、同業者の存在が囁かれているというのだから、士が気にするのも道理だろう。
「ほう……どんな奴がいるか分かるか?」
「私が聞いた事があるのは……
そうですね、知人から色が半分ずつの仮面ライダーがいる、と聞いた事があります」
その言葉で士が真っ先に思い出したのは『仮面ライダーW』。
二度ほど一緒に戦った事のある仮面ライダーだけあって記憶もすぐに掘り起こされた。
確か、基本的に緑と黒の2つの体色を左右半分ずつに持つライダーだ。
「どうやら、この世界にもライダーがいるらしいな」
自分の知るライダーと特徴の一致するライダーがいるという事は、十中八九、その都市伝説は真実だと確信する士。
だが、話を聞く限り複数人という事は、他にもライダーがいるという事。
それがどんなライダーなのかは知る術は今のところ存在しない。
それが自分が知っているライダーなのか、まだ見ぬ新しい戦士なのかも分からない。
だが、基本的に士の世界毎の役割はその世界のライダーと会う為に用意されている。
つまり、この世界のライダーと会う事もまた、この世界でやるべき事を見つけるのに必要な事なのだと直感した。
と、そこまで考えて、士は自分のやるべき事に関してのもう1つの手掛かりについて思い出した。
「そうだお前等、これを知ってるか?」
ズボンのポケットから一枚のカードを取り出す。
しかしそれはディケイドが使うカードでは無く、普通の、一般的に使われるIDカードのようなものだ。
「教員免許らしい。学校名は書いてあったが、何処にあるか分からん」
「分からないだと? お前のものだろう」
「世界を移動するたびに、俺には何かしらの役が与えられる。警察官とか弁護士とかな。今回はソレって事らしい」
つまり士は、1つの世界を訪れるごとに何かしらの職業が与えられるという事を鋼牙は理解したが、納得するには理屈が無さすぎた。
何故そんな事が起きるのか。そもそもそれが真実なのかも推し量れていない。
何にせよ謎が多い奴だと内心鋼牙は思った。
「では、失礼して……」
士が取り出し、机に置いたカードをゴンザが士に一礼して手に取る。
まじまじと見つめるそれは確かに教員免許。ご丁寧に顔写真まで付いている。
ゴンザはそこに書いてある学校名を読み上げた。
「えー……私立リディアン音楽院……?」
門矢士はまだ知らない。
その学校こそが冴島鋼牙に次ぐ、『この世界』における新たな物語の起点であるという事を。
────次回予告────
歌ってのは、人間を楽しませるもんらしいな。
なに? それを力に変えて戦う奴がいる? 妙な奴もいたもんだ。
次回『共鳴』。
おっと、不協和音は勘弁だぜ。