スーパーヒーロー作戦CS   作:ライフォギア

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第17話 やって来たのはPから/風の町へ

 風の町、『風都』。

 至る所で大小様々な風車が回っていた。

 それは縁日で見かけるような手持ちできる風車から風力発電の風車まで、本当に様々だ。

 そんな街に、ある女子中学生が2人やってきていた。

 

 ショートカットで前髪を上げてピンで止めている活発そうな少女、『日向 咲』。

 もう1人は長い髪を結びポニーテールにしている少しツリ目のおとなしそうな少女、『美翔 舞』。

 2人とも必要最低限の荷物を鞄に入れて、その鞄を肩にかけている。

 

 

「わー! ホントに風車がいっぱいだねー!!」

 

 

 咲が辺りを見渡して驚いたように言った。

 右を見ても左を見てもとにかく風車が1つは目に入る。

 さすがは風の町と言われるだけはある。

 

 

「そうね。あ、見て咲。あれが『風都タワー』よ」

 

 

 風都の中心、一際大きなタワーが立っていた。

 日本には『東京スカイタワー』とか『東京エネタワー』のように大きな塔が色々とあるが、風都タワーは独特な点が1つあった。

 それは巨大な風車がついている事。

 塔の大きさに見合った大きさの風車なので、凄まじく大きな風車だ。

 風都で一番大きな風車、それが風都タワー。

 それを見て咲はさらに驚いたような反応を見せた。

 

 

「すっごーい! タワーっていうよりも凄く大きな風車って感じだね」

 

「うん、これなら絵の題材にはピッタリかも」

 

「えっと、舞が書くのは夏の絵、だったよね?」

 

 

 そうよ、と笑顔で頷く舞。

 

 実は彼女達はある目的のために自分達の住む町『海原市夕凪』から隣町の風都に来た。

 舞は非常に絵が上手く、絵が好きな子だ。

 なので夕凪中学校では美術部に所属している。

 

 そこで期間内に絵を描いてきてください、というお題が出たのだが、その題材が『夏の絵』だったのだ。

 色々と題材になりそうなものはあるが、選択肢は多い方がむしろ迷うものだ。

 そんな時、咲がある提案を出した。

 

 ────隣町に風都って町があって、風車がたくさんあるんだー! 風車って夏っぽくない?

 

 と、そんな具合にだ。

 咲の家は『PANPAKAパン』というパン屋で、その配達で訪れた事があるらしい。

 夏から連想される膨大な選択肢を選べずにいた舞にとって願ってもいない提案だった。

 そんなわけで、2人は今、風都にいるのだが。

 

 

「でも、1つ悩みが出来ちゃった」

 

 

 舞が困ったような顔をしながら咲に顔を向ける。

 「なに?」と咲が聞き返すと、舞は笑いながら答えた。

 

 

「こんなに風車があると、どれを描けばいいか迷っちゃうわ」

 

 

 選択肢を1つに決めて風車にしたら、今度はその風車の選択肢が膨大だった、というわけだ。

 それには咲も笑い、2人で笑いあいながら風都を進んでいく。

 

 とはいえ確かに何処で何を被写体に描くのかは重要だ。

 ついでに言えば彼女達2人は風都の地理に関して詳しくない。

 どうしたものかと考えていると、咲が閃いた。

 

 

「詳しい人、いるかも!」

 

「それって?」

 

 

 舞の言葉に咲はパッと明るい顔で答えた。

 

 

「探偵さんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 咲と舞、2人の少女が風都にやって来た頃。

 訪問者がまた1人、風都を訪れていた。

 

 

「風都。仮面ライダーW、ね……」

 

 

 風都に入って、一度バイクを止め、ヘルメットのゴーグルを上げる。

 それは、最近私立リディアン音楽院で先生を始め、二課と特命部に協力し、ホラー退治に時折駆り出される仮面ライダー。

 即ち、士だ。

 

 士が弦十郎に突き付けた条件、『授業数を減らせ』。

 これは無事に果たされたようで、士の授業は幾つか減った。

 元々少ないのもあって暇な時間が多くなった士は、その時間の間にこの世界の散策を行う事にしたのだ。

 

 以前、士はこの世界に少なくとも仮面ライダーWがいる事を確信した。

 その後、二課で見せてもらった映像で1号、2号、ストロンガー、オーズがいる事も確認している。

 とはいえ後者4人は世界中に散らばっているらしく、会う事は難しい。

 ならば確実な場所から行くべき。

 そんな理由で士は風都を訪れたのだ。

 

 

(……この世界のWも探偵だといいんだがな)

 

 

 かつて士は仮面ライダーWと出会い、共に戦った事がある。

 だがそれがこの世界のWであるかは分からない。

 士は『並行世界で全く同じ立ち位置の人物』というのを見た事がある。

 例えばゴーバスターズ。

 以前、別の世界でゴーバスターズと出会った事があるのだが、そのゴーバスターズはこの世界のゴーバスターズと変身前の姿も変身後の姿も何もかもが同じだった。

 だから例え、同じ顔で同じライダーでも、相手からすれば面識が無いだろうというつもりで来ていた。

 

 とはいえ、風都という場所にWがいるというのは事実。

 そこで風都について色々と情報を調べていたのだが、その時にあるホームページに行き当たった。

 探偵事務所のサイトだ。

 かつて士が出会ったWは探偵であった。

 もしも、この世界のWも探偵をしているとすれば?

 そう考えた時、士はその探偵事務所に行く事を決めた。

 仮にこの考えが間違いでも情報ぐらいは得れるだろうと考えて。

 ヘルメットについているゴーグルを下げ、士は再びバイクを走らせる。

 

 『鳴海探偵事務所』に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 ────俺は『左 翔太郎』、この町で私立探偵をしている。

 

 ────この町には良い風が吹く。

 

 ────だが、そんな町にも困り事は付き物だ。

 

 ────それをハードボイルドに解決するのが俺、ってわけだな……。

 

 

 此処は鳴海探偵事務所。

 奥の探偵の席であるテーブルと椅子には翔太郎が座っている。

 コーヒーを飲みつつ、格好付けながら心の中で独白。

 一口飲んだコーヒーを机において、窓の外にボンヤリとした目を向けた。

 

 

「……依頼、こねぇな……」

 

 

 そう、やる事がないのだ。具体的には先程のように変な独白を吐いていられるくらいには。

 こんな事でも1人で考えて暇を潰すぐらいしか、今の翔太郎にやれる事は無いのだ。

 

 探偵という仕事は非常に受け身で、結局のところ依頼人がいなければ何もできない。

 そしてここ数日、依頼人はゼロ。

 つまるところ翔太郎は暇で退屈しているのである。

 

 と、そこで事務所の帽子掛けにカモフラージュしてあるガレージの扉が開いた。

 扉から手に一冊の本を持った1人の青年が姿を現し、翔太郎にテーブル越しから話しかけた。

 

 

「やあ、翔太郎。今日も今日とて依頼人は来ないね」

 

 

 皮肉めいた言い方をした彼は『フィリップ』。

 翔太郎の相棒で、翔太郎が肉体労働担当ならフィリップは頭脳労働担当だ。

 

 

「ああ……町が平和なのはいい事だけどよ」

 

「まあね。しかも、亜樹ちゃんと照井竜は新婚旅行ときている」

 

 

 それを聞いて翔太郎はさらに溜息をついた。

 

 『照井 亜樹子』、旧姓は『鳴海』。

 つまり事務所創設者である『鳴海 壮吉』の娘にして、事務所の所長だ。

 

 そして『照井 竜』。

 彼は風都署『超常犯罪捜査課』で課長をしている。

 超常犯罪捜査課とは、『ドーパント』と言われる怪人による事件を解決するために動く捜査課の事である。

 

 『ドーパント』。

 それは風都の仮面ライダー、Wと『アクセル』が戦った敵の事。

 『ガイアメモリ』というUSBメモリを人体に差し込む事で変身し、自分の欲望のために動く。

 それが多くのドーパントによる事件だ。

 ガイアメモリは組織立って売られていたのだが、今やその組織は仮面ライダーに壊滅させられ、ドーパント犯罪は激減していた。

 

 他の人には秘密だが、翔太郎とフィリップは2人で1人のライダー、即ちWで、竜はアクセルなのだ。

 今では変身して戦う事も少なくなってきている。

 

 さて、ガイアメモリによる犯罪は激減していたが、完全になくなったわけではなかった。

 その為、亜樹子と結婚した後も竜はなかなか暇がなかった。

 だが最近、ようやく大きな暇が出来たのでそれを利用して新婚旅行中、というわけだ。

 

 

「でもよぉ、結婚してもう3年は経つだろ? 今更新婚旅行って……」

 

 

 呆れた様子の翔太郎。

 だがそんなフィリップはそれに反論をした。

 

 

「いいや翔太郎。『新婚』の定義は明確には定められていないらしい。

 3年ならまだ新婚と呼べるんじゃないかな」

 

 

 そんなフィリップに翔太郎は1つ溜息をついた。

 

 

「お前……また検索でもしたのか?」

 

 

 それに対しフィリップは得意気な顔をする事で答えた。

 どうやら翔太郎の言うとおりらしい。

 

 此処で言う検索とは、『地球の本棚』による検索を意味する。

 フィリップの頭の中には地球全ての事柄が記憶されている本棚が存在している。

 だが、あくまでも本。

 それを『閲覧』しなければフィリップの直接の知識にはならない。

 なので現状のフィリップ本人が地球すべての知識を有しているというわけではないのだ。

 地球全ての事柄、重要な事から下らない事まで、何もかもを記憶した本棚から目的の本を見つけるのは至難の業だ。

 その為、インターネットなんかと同じように『検索』を行う。

 その使用方法もインターネットと同じで、キーワードを幾つか入力して目的の本を探すのだ。

 

 それからフィリップには『検索癖』とでも言うべきものがあり、気になった事はとことん調べるタイプなのだ。

 頭の中に地球全ての記憶が入っているので、しばらくすれば気になった事柄に対し世界で一番詳しくなれる。

 だが、それだけにそれ1つに没頭し、周りが見えなくなるという欠点もあるのだが。

 今回は大方、『新婚』、あるいは『結婚』というキーワードに嵌ったのだろう。

 

 

「行先はフランスだったね。良い旅をしているといいけど」

 

 

 昨日、フランスに向けて2人は飛行機で飛び立った。

 今頃は観光をエンジョイしている事だろう。

 行ってみたいという気持ちもあったが、新婚旅行と銘打っているものに水を差すわけにもいかない。

 とはいえ、こう依頼が来ないとさすがに退屈だ。

 

 

「僕も気になるキーワードが今の所無いからね。特に調べたい事も無い」

 

 

 フィリップの検索癖は非常に厄介だ。

 Wは2人で1人、即ち2人いて初めて変身できる仮面ライダーだ。

 だが、事件の時でも何らかの調べ物に嵌っていると、変身が出来ないときすらある。

 勿論本当の非常事態ならフィリップも検索を中断するが、そうでなければ翔太郎に任せる事が多い。

 

 

「はー、いつもの検索馬鹿は何もない時に限って止まるな」

 

 

 そんなフィリップに呆れかえる翔太郎であった。

 と、その時、事務所のインターホンが鳴った。

 

 

「お、久々の依頼者かぁ!?」

 

 

 椅子から飛び跳ね、玄関に意気揚々と向かう翔太郎。

 テンション高めにドアを開けると、そこには1人の青年がいた。

 同時に翔太郎はその瞬間、固まってしまった。

 

 

「……お、お前!?」

 

 

 驚く翔太郎に、青年は手を少し上げ、まるで友人のように話しかけた。

 

 

「仮面ライダーW……だな?」

 

 

 自分達を仮面ライダーと知る人物。

 それは風都の人々には秘密にしてあるので、それを知っている人間は警戒するに値するだろう。

 だが、翔太郎そうは思わなかった。

 何故なら目の前にいる青年の事を翔太郎も知り、仮面ライダーであると知っているから。

 

 そのライダーとは二度、会った事がある。

 一度目は窮地に陥っていたそのライダーの助けに入った時。

 二度目は共に戦った時。

 その際、彼は翔太郎の師匠が変身した仮面ライダー、『スカル』が描かれたカードを置いて何処かへと消えて行った。

 久々に会ったその青年を、翔太郎は青年の変身した後の姿の名前で呼んだ。

 

 

「ディケイド!?」

 

 

 

 

 

 

 

 翔太郎は士を客人用のソファに座らせ、その向かい側の椅子に腰かけて士と話していた。

 士はこの世界に再び来訪し、他のライダーと会う為に此処に来たという事を告げた。

 

 

「へぇ、そうだったのか」

 

「ああ……それにしても驚いたぞ、俺の事を知っているとはな」

 

 

 士の言葉に翔太郎は首を傾げた。

 

 

「あン? 二回も会っててカードも貰ったし、覚えてないわけないだろ」

 

「ま、だろうな。ただ、俺の知るWとは別人かと思っていただけだ」

 

 

 言葉の意味が良く理解できない翔太郎。

 翔太郎にそれを解説しつつ、フィリップが翔太郎と士に近づく。

 

 

「他の世界には僕達以外の『仮面ライダーW』が存在していて、この世界のWもそういう存在だと思っていた……という事かい?」

 

「ああ、まさか全くの同一人物だとはな」

 

 

 このWは『大ショッカー』との戦いの時に自分を助け、『スーパーショッカー』との戦いの時に共に戦ったWと同一人物であるという事に士は驚いていたのだ。

 とはいえ、士としては話が通りやすくて助かりもする。

 

 他の世界のW。一体どんな奴なんだろうと翔太郎は想像する。

 何処かの世界にはハードボイルドだと認められてる自分がいたりするのかな、と考え、いるかも分からない別の自分に嫉妬しそうになった。

 

 

「実は、前々からディケイドには興味があったんだよ。

 地球の本棚にも詳細は存在しない仮面ライダー……ゾクゾクするねぇ」

 

 

 しげしげと好奇心をたっぷり含んだ目でフィリップが士を見る。

 右手をわざとらしくジェスチャーさせ、如何にも興味津々という感じだ。

 地球の本棚は地球全ての事が書いてあるが、裏を返せば地球の事しか書いてない。

 

 例えば、並行世界の別の地球に関しての記載は一切ないのだ。

 確かに『並行世界はあるのではないか?』という理論こそあるものの、実証はされていない。

 その為、地球にもそこまでしか記録されていないというわけだ。

 それにディケイドがこの世界で行動していた時間はあまりにも短い。

 故に、地球の本棚にも詳しい事は載っていなかったのだ。

 

 さて、そんな風に3人が話をしていると、再びインターホンが鳴った。

 

 

「お? 今度こそ依頼者か!」

 

 

 数分前に見たような意気揚々さで、これまたデジャヴを起こしそうなテンションの高さで扉を開ける翔太郎。

 ドアを開ければ、目の前には2人の少女。

 年齢的には中学生ぐらいだろうか、ショートカットの活発そうな女の子とポニーテールの大人しそうな女の子。

 

 そう、咲と舞だ。

 

 勢いよく開かれた扉に驚きながらも、咲が口を開いた。

 

 

「どうも……えっと、探偵さん、ですか?」

 

 

 依頼者の中に子供がいないわけでもないが、基本的には20代以上の大人が来ることが多い。

 だから翔太郎もそう思っていたのだが、この訪問者にはやや虚を突かれてしまった。

 

 

「あ、ああ。……えっと、依頼人、かい?」

 

「ええっと、依頼ってほどではないんですけど……お聞きしたいことがあって」

 

 

 咲が続ける。

 「聞きたい事?」と翔太郎が尋ね返すと、今度は舞が答えた。

 

 

「私、絵を描いてるんです。風都で絵を描きたくて、何処か良い場所を知りたくて……」

 

 

 この質問にまたもや翔太郎は呆気にとられる。

 探偵という職業柄、今まで色んな人物と出会い、色んな事を尋ねられた。

 だがこんな質問は初めてだった。

 

 

「えーっと……。まあ、風都にゃ詳しいけどよ……」

 

 

 頭を掻きながら困った顔になる翔太郎。

 探偵業は確かに『何でも屋』な一面もある。

 だが、道案内の為にドアを叩かれる事は稀だ。

 翔太郎は意外と仕事を選ぶところがある。

 だからこういう仕事は断ろうとする事もあるのだが、相手は自分より一回り以上年下に見える女の子。

 まさか冷たく追い返すわけにもいかない。

 

 

「受けてあげてもいいんじゃないかな、翔太郎」

 

 

 事務所の中からフィリップが顔を覗かせる。

 

 

「どうせ暇だろう?」

 

「言うなよフィリップ……」

 

 

 こんな女の子達の前でそれを言われると示しがつかない。

 フィリップの登場に目の前の女の子2人はキョトンとしていた。

 

 認めたくないが、確かにフィリップの言う通り。

 翔太郎は非常に暇で仕方がなかった。

 折角来た仕事だし、引き受けてみるのも悪くはない。

 何より、先程のフィリップの発言の後に仕事を断れば印象が悪いどころの話じゃない。

 依頼者の評価がかなり重要な探偵業としてそれは避けたい。

 それに、翔太郎はこの女の子達の頼みを冷たく断れるような男ではなかった。

 

 

「……OK、嬢ちゃん達。風都は俺の庭だ、任せな」

 

 

 承諾の言葉を聞いて、咲と舞は花が咲いたような笑顔になり、2人して息ぴったりに頭を下げた。

 そんな2人に一声かけて、翔太郎は外出準備の為に事務所の中へ一旦戻る。 

 

 翔太郎はガレージの扉にかけられている、外に出る時にいつも着用する中折れハットをじっと見つめる。

 複数ある帽子の中からその日の気分で決めるのが翔太郎のスタイルだ。

 しばらく考えた翔太郎は、「今日はシンプルに黒にしよう」と思い、黒い中折れハットを手に取り、被った。

 

 

「おい」

 

 

 帽子を選んで、今度は鏡の前に立って髪型を整える翔太郎に士が声をかけた。

 「何だよ?」と返事をすると、士はソファからゆっくりと立ち上がる。

 

 

「俺も行く」

 

 

 

 

 

 

 

 ────彼女達の名前は日向 咲と美翔 舞と言うらしい。

 

 ────なんでも、隣町の夕凪から夏をイメージした絵を描くためにわざわざ来たそうだ。

 

 ────鳴海探偵事務所の事は以前、咲ちゃんがパンの配達に来た時に知ったらしい。

 

 ────『探偵』って職業が珍しく映ったのかもしれない。

 

 ────俺は風都で景色のいい場所を案内した。それを舞ちゃんが気に入るかどうかによる。

 

 ────そして、今回はちょっとしたゲストも付いてきていた。

 

 

 風都で景色がいい場所と言えば、やはり風都タワーの展望台だ。

 そう思った翔太郎は風都タワーまで2人を案内している。

 道中、日向咲、美翔舞、2人の少女が自分の名前を翔太郎に告げた。

 翔太郎もそれに返して自分の名前を告げた後、名刺を2人に渡した。

 

 

「俺は左翔太郎、ハードボイルド探偵だ。今後とも宜しく頼むぜ?」

 

 

 極めて格好付けながら、だが。

 ハードボイルドとは固ゆで卵の事。

 それが転じて感情に流されない、ともすれば冷酷な人間。

 簡単に言えば意思の非常に強い人の事を指す。

 

 翔太郎は『意思の非常に強い人』という意味では当てはまるかもしれない。

 だが、ハードボイルドの定義としてのそれには当てはまらない。

 これは翔太郎を知る人物、全員が思っている事である。

 

 

「自分でハードボイルドなんて言う奴がハードボイルドなわけないだろ」

 

 

 無情な一言が士から飛んできた。

 そう、何よりハードボイルドな人間は自分を『ハードボイルドです』とは言うわけがない。

 それは既にカッコつけているだけの半熟卵である。

 相棒のフィリップ曰く、『ハーフボイルド』。

 それが翔太郎の1つのあだ名である。

 

 

「っておい! 久々に会ってそりゃねぇだろ!」

 

 

 激しいツッコミで切り返すが、此処で少し熱くなっている時点で既にハードボイルドから遠のいている事に翔太郎は気付いていない。

 翔太郎は溜息を1つ付いた後、士を再び見た。

 

 

「しっかし、お前がついてくるとはなぁ」

 

 

 今回の風都案内、何と士も同伴すると言い出したのだ。

 ちなみにフィリップは留守番、これはいつもの事なのだが。

 その言葉に士は軽く、適当な口調で返した。

 

 

「暇だったからだ。この世界の事を知るいい機会にもなるかもしれないしな」

 

 

 咲と舞は頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 士も探偵事務所の人間だと思っていたし、『この世界』という言葉の意味が分からない。

 それは当然であり、仕方のない事だ。

 2人の少女に一言、「気にするな」と士は告げた。

 

 何はともあれ、久しぶりの再会だ。

 翔太郎は士の前に出た。

 

 

「それじゃあ改めて宜しくな、えっと……」

 

 

 翔太郎は目の前の青年の名前を呼ぼうとして、詰まった。

 全く思い出せない。

 『ディケイド』である事は明確に覚えているし分かるのだが、本名を、人間としての名前が全く出てこなかった。

 そして翔太郎は気付く。

 

 

「……ってか、俺とお前って名前も知らないよな?」

 

 

 今更気づいたのか、と士は溜息をついた。

 彼ら2人は確かに二度会った事がある。

 だがそのどちらも戦場、つまりは仮面ライダーとして。

 お互いに変身を解いて対面したのも一度だけ。

 それにその時、士はすぐに去って行ってしまった。

 2人が自己紹介をする暇など、一切なかったのだ。

 

 

「……門矢士だ」

 

 

 翔太郎だけでなく、咲と舞にも自分の名前を教えた。

 名前を聞いた咲は早速明るい調子で頭を下げた。

 

 

「士さん! 今日は宜しくお願いします!」

 

 

 それに続くように、舞もゆっくりと頭を下げた。

 

 

「どうも、宜しくお願いします」

 

 

 別に案内するのは自分ではないのだが、と感じつつも一応「ああ」とだけ答える士。

 2人に続くかのように翔太郎が士の名を呼んだ。

 

 

「士か……さっきも言ったが、俺は左翔太郎」

 

 

 三度目の対面にして、初めての自己紹介を行う。

 翔太郎は左手の親指と人差指を伸ばし、それ以外の指を軽く曲げて士に向けた。

 その仕草は、またも格好付けているように見えた。

 

 

「改めて、宜しくな」

 

 

 ニヤリと笑う翔太郎。

 フン、と鼻を鳴らしながら、ふてぶてしい態度で士は対応した。

 

 

「何だよ、もちっと何か言えっつの」

 

 

 だが士は態度を変えない。

 日常的な士を知らない翔太郎は、共に戦った戦友がどういう性格なのかを此処で初めて知るのだった。

 

 

 

 

 

 風都タワーの展望台についた翔太郎達4人。

 咲は展望台から風都を一望し、年相応にはしゃいでいた。

 一方の舞はというとかなり落ち着いた様子で『何処から何処を見て描くべきか』をかなり真剣に選んでいた。

 その顔は舞の事を良く知らない翔太郎からも非常に真剣なものに思えた。

 咲もそれを感じ取っているのか、はしゃぎつつも舞にはあまり干渉していなかった。

 咲なりの気遣いであろうという事と同時に、それが自然とできる2人に強い信頼関係のようなものを翔太郎は感じた。

 

 その様子をやや遠巻きに見つめる翔太郎。

 士はというと、カメラ越しに展望台の外を覗いていた。

 時折シャッター音が聞こえている事から、風都の風景をカメラに収めている事が伺える。

 

 

「へぇ、写真撮るのかお前」

 

 

 仮面ライダーとしての士しか知らない翔太郎は士の日常的な面をまるで知らない。

 先程の性格は元より、写真家であるという事もだ。

 

 

「今時フィルムなんて珍しいじゃねぇか」

 

 

 士のカメラは二眼レフのトイカメラ。

 色はディケイドと同じようにピンク、あるいはマゼンタというべき色をしている。

 フィルムを使うタイプの物は今となっては珍しい。

 デジタルカメラなどが主流の中でフィルムを使い続ける人間はそこまでいない。

 いないわけではないが、恐らくデジタルに比べれば少数派なのではないだろうか。

 

 

「居候していたところが写真館でな。名残だ」

 

 

 その言葉を聞いて、さらに質問をぶつけていく翔太郎。

 

 

「その写真館の人ってのは仲間か?」

 

「そういう事になるらしい」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 何とも曖昧な答えに困惑してしまう翔太郎。

 士はそんな翔太郎を尻目に、展望台の外の風景をカメラに収めていく。

 5月は夏の一歩手前、気温も暑すぎない程度で過ごしやすい。

 そんな季節は植物達も過ごしやすいようで、元気の良い緑の木々と葉っぱが風都の風に揺られている。

 

 それに混じって少しだけ枯葉が舞っているのは、冬から何ヶ月も経っていないからだろうか。




────次回予告────
「舞、絵の方はどう?」
「風都ってとっても素敵なところだから、何処を描けばいいか迷っちゃうわ」
「ホントホント! ……ってあれ?」
「あれってもしかして……」
「「こんなところにまで~!?」」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『やって来たのはPから/2人で1人』!」」

「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」





────ここから後書きになります────
サブタイトルの『P』の意味ですが。
『パラレルワールド』と『プリキュア』の2つの意味を含ませています。
前者はディケイドの事を、後者は咲と舞の事を指しています。
W本編においてもサブタイトルのアルファベットには2つ以上の意味があります。
それを考えるのに少々手間取りましたが、もっと上手い事考えたいですね。

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