暗闇の中、小学3年生の少女はふと、思った。
──────私は死ぬのだろうか。
その少女は今、『蛇の頭髪』に絡み取られ、宙にぶら下げられていた。
時間は夜の7時ぐらい、家に帰る途中。
冷蔵庫の中身が少なくなってきたのに気付き、買い物に出かけた。
少女は足が麻痺している原因不明の病に侵されていた。
その為、車椅子生活をしている。
しかも両親は既に他界、身寄りのない状態ながらも『父の友人』を名乗る人物の庇護を受けながら今まで生活してきた。
だが今日、買い物の帰り道で『怪物』に襲われたのだ。
蛇のような頭、女性のような体つきながら、その見た目は誰が見ても怪物と言うであろう異形。
何故襲われたのかは分からない。
車椅子を押し倒され、足の動かない少女は地面を這う事でしか逃げ場はない。
そんな少女を容赦なく怪物は蛇のような頭髪で縛り上げ、空中に持ち上げたのだ。
締め付けはどんどん強くなっていく。
「さあ、絶望しろ。自分が死にゆく事に」
蛇の怪物が少女を嘲りながら、さらに蛇の締め付けを強める。
小学3年生の体には耐えられないような痛みだ。
悲鳴を上げるよりも、むしろ意識が遠のいていくほどの。
(私……もうダメなのかな)
死にたくないが、どうしようもないという絶望ではない。
どうしようもない事に傍観している諦めに近い感情だった。
相手の目的が対象の死なら、少女がどんな感情を抱こうと関係は無い。
だが蛇の怪物────メデューサの目的は、相手を絶望させる事にある。
この状況下でも絶望しない少女にメデューサは舌打ちをした。
「何故絶望しない……!」
苛立ちがより蛇の締め付けを強くした。
少女の意識がより一層遠のいていく。
(あ、やっぱりダメみたいやなぁ……でも……)
諦めに近い感情を抱いていた少女がそこで、目に涙を浮かべた。
年端もいかない少女に、この理不尽はあまりにも厳しすぎた。
幼い頃に両親はいなくなり、一人ぼっちの暮らし。
足の麻痺で学校も休学。
確かにいなくなりたい、死んでしまいたいと思った事もある。
だが、それでも少女は強く生きてきた。
その結末がこんな形の死なのか。
(でも……もうちょっと、次の誕生日ぐらいまでは生きたかったかなぁ……)
耐えきれぬ思いが、涙となってアスファルトに零れる。
その涙を見て、メデューサは笑った。
絶望の一歩手前、それを感じた彼女は、ぎりり、と締め上げを強くしていく。
だが、一瞬の閃光がメデューサの笑いと少女の涙を吹き飛ばした。
「ハアッ!!」
閃光の正体、それは炎だった。
上空からいきなり、炎を纏った何かがメデューサめがけて落ちてきたのだ。
突然の事に驚いたメデューサは少女を解放する。
その場から後ろに飛びのいたメデューサ、元いた場所には炎を纏った何かが落ちてきていた。
あまりの威力に、落ちてきた場所には小規模なクレーターのような穴が空いていた。
否、落ちてきたのではない、『蹴り込んできた』のだ。
そう、今の炎はウィザード・フレイムドラゴンのストライクウィザードに他ならなかった。
ウィザードは不意打ち気味の必殺の蹴りの直後、蛇から解放され、地面に落ちていく少女の元へ急ぎ、咄嗟に抱きかかえた。
「大丈夫かい?」
少女に顔を向け、ウィザードは優しく声をかけた。
「は、はい……」
「立てる?」
「あの、私……足が動かなくて」
少女はある地点を指さしながら言った。
その方向を見ると、横たわった車椅子が1つ。
それが少女の持ち物なのだとすれば、この子は足が動かない生活をしている。
ウィザードはそれを理解し、車椅子の元まで駆け寄った。
車椅子を起こし上げ、そこに少女を座らせると頭を撫でた。
「ちょっと待っててね。すぐやっつけてくる」
仮面の中の晴人は笑顔でそう言った。
少女からすればその顔は見えないが、声色と雰囲気で笑っているのが分かる。
「随分余裕だな、指輪の魔法使いッ!!」
車椅子の少女、即ちゲートをまたもや防衛された事、あまつさえ自分自身に背を向けて余裕綽々の態度のウィザードに苛立ったメデューサはウィザードと少女に向けて杖から紫色の光弾を放った。
ゲートは絶望すればファントムになるが、殺してしまえば普通に人間と同じように死ぬ。
それはファントムにとって最も避けなければいけない事。
だからメデューサは先程まで手加減をしていた。
だが、今のメデューサの光弾は本気だった。
しかし何も考えがないわけではない。
ウィザードの目的はゲートを守る事、つまりゲートに攻撃をすれば自然とウィザードは盾になる。
ならば、ゲートとウィザードが纏まっているところに攻撃すればウィザードは動けない。
ましてゲートは車椅子の乗っていて、素早く動けない。
確実に当たった、そう思っていた。
しかしその光弾は、地面からせりあがる土の壁に阻まれてしまった。
「何!?」
攻撃が通らなかった事に顔を歪めるメデューサ。
土の壁が光弾を受けた事で崩れ、その奥に存在するウィザードと少女がメデューサの目に映った。
しかし、先程までとは違う点が1つある。
それはウィザードがフレイムドラゴンによく似た黄色の姿────『ランドドラゴン』になっている事。
今の土の壁はランドドラゴンの『ディフェンド』の魔法によるものだ。
だがウィザードはランドドラゴンに変わったわけではない。
その証拠に横にはフレイムドラゴンもいる。
そう、『ウィザードは2人になっていた』。
「お前が相手なら、余裕ないって言ったろ? だから……」
その言葉に呼応するように、これまたフレイムドラゴンに似た緑色のウィザード、『ハリケーンドラゴン』と青色のウィザード、『ウォータードラゴン』もそれぞれフレイムドラゴンとランドドラゴンの横に並び立った。
「本気で行かせてもらうぜ」
言いながら、フレイムドラゴンは右手を右に伸ばす。
その手首には『ドラゴタイマー』が装着されていた。
ドラゴタイマーとは、大きな腕時計のようなもので、先端には指輪のようなものが取り付けられている。
さらにその時計を握るように手形が存在し、親指に当たる部分はレバーのようになった装置だ。
ドラゴタイマーは現在のウィザード最強の魔法。
ドラゴンの力を受けた4つのスタイルを全て召喚する。
その上、その全ての力を纏めた姿、『オールドラゴン』になる事も可能とする物だ。
ウィザードはゲートを狙うメデューサを追っていて、それを見つけた。
その時に予めドラゴタイマーを起動しておいたのだ。
相手がメデューサならば、自分も本気で行くしかない。
魔力の消耗も激しいが、ゲートの命には代えられなかった。
「さぁ、ショータイムだ」
4人のウィザードとメデューサの対決が、始まった。
眼前で繰り広げられる光景が少女には信じがたいものだった。
襲ってきた怪物と、助けてくれた仮面の戦士が戦っている。
しかも仮面の戦士は、どういうわけか4人に増えた。
4人のウィザードはメデューサを上手く翻弄し立ち回っていた。
しかし、此処までしてもウィザードと戦えるメデューサの力も生半可ではない。
「この程度でぇ!!」
自分を囲む4人のウィザードを頭髪の蛇で一斉に薙ぎ払う。
4人ともその攻撃を喰らい、仰け反ってしまった。
(やっぱ強ぇ……!!)
ドラゴンの力を借りた姿が4人がかりでもこれだ。
メデューサの力は並のファントムの倍以上はあった。
他のファントムに指示を与えられるのは、ゲートを見分けられるという能力だけではない。
その力もまた、他のファントムに命令を下せる理由なのだ。
「だけど……魔法使いってのは諦めが悪いんだよッ!!」
フレイムドラゴンの声の直後、4人のウィザードは一斉に立ち上がった。
ランドドラゴンとウォータードラゴンが右手の指輪を付け替え、魔法を発動する。
────BIND! Please────
『バインド』、つまり拘束の魔法。
メデューサの周りに魔法陣がいくつか現れ、そこから土の鎖と水の鎖が飛び出し、メデューサを縛り上げた。
それと同時にハリケーンドラゴンも緑色の指輪で魔法を発動させた。
────チョーイイネ! サンダー! サイコー!!────
『サンダー』、雷を発生させる魔法だ。
フレイムドラゴンもそれに続けて、赤い指輪を発動させる。
────チョーイイネ! スペシャル! サイコー!!────
フレイムドラゴンの胸部から龍の頭が出現した。ウィザードラゴンの頭だ。
『スペシャル』の魔法はドラゴンのスタイルの時、ドラゴンの力を最大限発揮するための指輪なのだ。
ハリケーンドラゴンは右手を前に突き出し、そこから発生した緑色の魔法陣から緑の雷をメデューサに打ち出す。
フレイムドラゴンは少し宙に浮きあがり、ドラゴンの頭から強力な火炎を打ち出した。
メデューサの力ならバインドを振りほどく事もできる。
しかし、振りほどけるとはいえ一瞬でも動きが止まってしまったがために、サンダーとスペシャル、強力な雷と火炎をその身に浴びてしまった。
「くうぅ……!!?」
耐える、並のファントムならどちらか一撃でも爆散するような雷と炎に。
しかし固定され、防御姿勢すら取れないメデューサにその攻撃は十分なダメージを与えた。
雷と炎により鎖は引きちぎれ、勢いが衰えない雷と炎はそのままメデューサを吹き飛ばした。
「チィ、覚えていろ……指輪の魔法使い……ッ!!」
よろよろと立ち上がったメデューサは捨て台詞を残し、その場を全力で去って行った。
追おうとするウィザードだが、既にその姿は無かった。
サンダーとスペシャルは本来ならばファントムへの止めの為に使う技だ。
それを2発同時に受けても動ける辺りにメデューサの凄まじさが窺い知れる。
「逃がしちまった……」
メデューサが去って行った方向を睨み付け、悔しそうにウィザードは呟いた。
逃がした、という事はまた襲ってくる可能性があるという事。
できればこの場で倒し、それは避けたかった。
とはいえ、倒せなかったにせよ十分戦えたのも事実。
この力ならメデューサレベルのファントムでも倒す事ができると実感できた。
事実、オールドラゴンの力でメデューサと同クラス程度の『フェニックス』というファントムを倒した事もあるのだ。
ゲートの為にも、次こそは必ず、と決意を固めた。
その決意の後、ウィザードは狙われていた少女の事を心配してくるりと振り向く。
ウィザードは変身を解きながら車椅子の少女に駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「は、はい。ありがとうございます。えっと……魔法使いさん、でええんですかね?」
少女ははにかみながら、関西訛りが入った口調で晴人に言った。
こんな事があったのに笑顔を作れるのだから強い子だ。
晴人はそう思いつつ、今日の昼頃にあった高町なのはを思い出した。
ファントムに襲われても絶望しきらない強さもそうだが、年頃も同じぐらいに見えた。
魔法使いさんと呼ばれた晴人は一先ず、自分の自己紹介をした。
「俺は操真晴人。助けに入るのが遅れてごめんね、危ないから送っていくよ」
「あ、すみません……ええんですか?」
晴人は少女の申し訳なさそうな言葉ににこりと微笑みながら「気にすんなって」と言って、車椅子を押して歩み始めた。
時折、「どっちに行けばいい?」と聞いては少女と共に帰路を歩いた。
少女の家に到着すると、そこは立派な一軒家だった。
玄関に入ったまではよかったのだが、そこで再び、トラブルが起こった。
「うっ……」
晴人が突然膝をついて苦しみだしたのだ。
息も上がっていて、非常に辛そうに。
「ど、どうしたんですか!?」
突然の事に少女も慌てて心配そうに声をかける。
疲労の原因は分かっていた。
魔法の使い過ぎだ。
今日だけでもプラモンスターによる偵察、幾度かの変身と戦闘での魔法の行使。
なによりドラゴタイマーに魔力をかなり持ってかれていた。
魔力は使えば使うほど消耗し、最終的には晴人は自分の意思に関係なく眠りについてしまう。
時間経過で回復はするが、その間にファントムでも現れたら大変だ。
眠りはしなかったが、その疲労はかなりの魔力を消費した事を意味していた。
「ちょ、ちょっと魔法を使いすぎちゃってね……」
少女の心配する声にも安心させようと軽いノリで答える晴人。
しかし声色は全く軽くなかった。
「休めば元気になるから気にしないで……」
そう付け加えた晴人。
その言葉に少女は何か閃いたような顔をし、晴人に向かって笑顔で言った。
「じゃあ、ウチで夕ご飯、食べていきません?」
はてさてどういうわけか、晴人は守るべきゲートの家で夕ご飯をご馳走になっていた。
今は少女が作る夕食をリビングで椅子に座って待っている状態だ。
今日の昼頃はゲートに助けられ、夜にはゲートにご飯を作ってもらったりと、ゲートに助けられっぱなしだった。
守っていく立場である魔法使いとしてこれはどうなんだ、とちょっと思った。
リビングから見える台所を見やれば、少女が車椅子ながら、器用に料理を作っていた。
鼻歌まで歌って随分楽しそうである。
(……誰もいないのか?)
晴人はリビングから見える他の部屋へ通じるドアや部屋全体を見渡した。
少女以外に誰もいないように感じたのだ。
他の部屋へのドアの隙間からも光は漏れてきていないし、物音1つ聞こえない。
まるで、少女しかこの家に住んでいないかのようだった。
「できましたよー」
少女の明るい声が聞こえてきた。
料理が完成し、食卓に並べられていくわけだが、これがまた美味しそうであった。
「あ、うん……いただきます」
礼儀にのっとり手を合わせ、晴人は食事を始めた。
少女も同じく笑顔で「いただきます」と言ってから、自分の手料理に手を付けた。
食事はやたらと美味かった。
少女の見た目の歳を考えるに小学校低学年くらいか。そんな少女が作る料理とは思えない程の腕前。
その辺の主婦とタメを張れるのではないだろうか。
戦闘後に疲れていた事も相まってか、晴人は少女の料理をそれはそれは美味しく感じた。
食を進めていくうち、食事に気を取られ過ぎてすっかり忘れていた事を晴人は思い出した。
「そういえば、君の名前は?」
食べている最中に晴人がふと少女に話しかける。
その言葉に少女はハッとした様子で箸を止めた。
「すいません、助けてもろたのに、自己紹介せんで……私、『八神 はやて』言います」
そう言ってはやてと名乗った少女は「宜しくお願いします」、と軽くお辞儀をした。
「はやてちゃん……か、君、この家に1人なの?」
「あ、はい。ずっと1人暮らししてます」
「ご両親は?」
その顔に一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る少女。
しかしその笑顔は先程までとは違い、無理した笑顔に見えるのは晴人の気のせいだろうか。
「……もう、お星さまです」
その言葉に晴人も閉口してしまった。
お星さま、人が死んだら星になる、というのは少年少女の頃によく聞く話だ。
だからこそ、直接的な表現をせずともそれで意味は理解できる。
つまりこの子は天涯孤独の身なのだ。
この広い家の中、足も動かないのに。
「そっ、か……ごめんね」
「いえ、気にせんといてください」
はやてとしても辛い事だろう。
両親の死、その後、広い家で車椅子の1人暮らし。
およそ普通の小学生が経験するような事じゃない。
こんな状況の中でもはやてはファントムにならず────即ち、絶望しなかった。
つくづく心の強さに感服した。
無理をしているだけかもしれない、抱え込んでいるだけかもしれない。
それでもはやては、絶望しなかったのだから。
「さ、食べましょ。食事の時にこんな話題じゃ美味しくなくなります。
……あ、私の料理、美味しいですか?」
「ああ、十分美味しいよ」
はやては再びニコリと微笑み、そう言った。
晴人の言葉に嘘偽りは一切混じっていない。
凄く美味しい料理である。
車椅子で2人分の量をこれだけ美味しく作れるのだから、大したものだ。
晴人はそう感じるとともに、この料理の美味しさがどれだけの期間、自分で料理をしていたか。
どれだけの間、1人で暮らしていたのかを物語っているような気がした。
その後の食事での会話は非常に明るい話題だった。
晴人は自分の出来うる限りの明るい話題を振ったのだ。
今までであってきた友人の事、簡単な世間話。
とはいえ、明るい話題ばかりというわけにもいかず、ゲートの事も説明せねばならない。
晴人ははやてがゲートである事、ファントムの事、そして魔法使いの事も説明した。
「俺は他のゲートも守らなきゃいけないからはやてちゃんにつきっきりってわけにはいかないけど……」
晴人ははやてに「紙とペン貸して」と言い、はやてはメモ帳とペンを持ってきて、晴人に渡す。
晴人はメモ帳に何かを書き、はやてに渡した。
メモには電話番号が2つ書かれていた。
片方には晴人の名前、もう1つには『面影堂』と書いてある。
「これ、俺の携帯の番号。それからこっちは面影堂、俺の居候先の電話番号ね」
メモとペンをはやてに渡し、晴人は付け加えた。
「何かあったらすぐ呼んでくれ。寂しくなったらでもいい。
ファントム退治してる時もあるかもしれないけど……。呼んでくれたら必ず行くよ」
その言葉を聞いたはやては、恐る恐る晴人に聞いた。
「え、でも……ええんですか? 私以外にもゲートはおるわけやし、私にこんな……」
「いいんだよ。君だってゲート、大切な命だろ?それに……」
一拍置いて、晴人は自分の過去について語りだした。
「俺も両親がいないんだ。俺が小学生のころ事故にあってね」
「え……」
「同情じゃないけど、君の気持ちは少し分かる。だから……」
晴人は両親が息を引き取る時、その場にいた。
忘れもしない、事故にあった後の病院での出来事。
自分は怪我を負いながらも立てるぐらい元気だったのに、両親は死にゆく直前。
その時に母親から残された言葉。
──────晴人は私達の希望よ。
その言葉は今も晴人の胸に刻み込まれている。
だからこそ、晴人は誰かの希望になる為に今も戦っていた。
何より、自分が魔法使いになった日。
皆既日食の日に起こった『サバト』。
それは大勢の人間を一斉に絶望させ、ファントム化させる儀式の事だ。
晴人はそこで自らの絶望を抑え込んだため、魔力を持った。
そして未だ正体不明だが『白い魔法使い』にウィザードライバーを授けられ、ウィザードへと変身できるようになった。
晴人はサバトの時、その目で多くの人が絶望し、ファントムを生み出す瞬間を目にした。
両親の事、サバトの時の事、その2つが晴人の戦う理由。
晴人ははやてに、自分がいつも絶望に打ちひしがれる人に向ける言葉を贈った。
「俺が最後の希望だ」
その後、晴人ははやての家を出た。
はやては玄関先まで見送って、晴人がいなくなった後も、電話番号が書かれた紙を大切そうに手にしていた。
孤独同然の彼女にとって、晴人の存在は正しく『希望』となったのだ。
一方外に出た晴人は、休めた事と食事で少し回復した魔力で『コネクト』を使い、自分のバイク『マシンウィンガー』を呼び出し、はやての家をあとにした。
翌日、0課にて。
晴人は木崎の元を訪れていた。
昨日の新メンバーとの顔合わせが気になったからではない。
1つ頼みごとがある為だ。
木崎はいつものように0課の椅子に座っている。
「なあ木崎。1人、ゲートを護衛してくれないか」
「何?」
訝しげに眉をひそめる木崎。
晴人の方から木崎に頼みごとをするのは珍しい。
お互い皮肉を言いつつも信頼はしている、それが2人の自然なスタンスだった。
故に直球のお願いは少々意外に感じられたのだ。
「魔法使いともあろうお前が、何を言っている」
「その子、まだ小学生なのに1人暮らしなんだよ。
俺はその子につきっきりってわけにはいかないし」
「それで此処に泣きついてきたというわけか」
フン、と鼻息を鳴らし、挑発にも近い形で木崎は答えた。
だが、そんな事を晴人は気にしなかった。
いつもの事だし、今は何よりもはやての事で頭がいっぱいだった。
家族を失う悲しみ、孤独、それが痛いほどわかるから。
その思いを小学生が背負うのがどれほど過酷か、晴人はよく知っていた。
悪態に対しても何一つ言わない晴人を見て、木崎は椅子を半回転させ、背を向けた。
「後で詳細を教えろ。護衛を2人つける」
「……サンキュー」
淡々とした答えだったが、それで十分だった。
木崎はファントムから人を守る事を非常に真剣に考える人間だ。
それだけに、信用における。
晴人は「それじゃ」と言って部屋から出て行こうとするが、木崎は再び椅子を半回転させ、晴人を引き留めた。
「待て、丁度いい機会だ。0課の新顔と顔合わせをしていけ」
そういえば、とそこで晴人は思い出した。
既に仁藤や凛子は会っているはずだが、その話までは聞いていない。
面影堂に住む晴人だが、凛子には当然家があるし攻介は普段、野宿生活をしている。
その為、夜遅くになればそれぞれの場所に帰るのだ。
そして今日、晴人はかなり早い時間に0課を訪れた。
その為、昨日以来2人とは会っていない。
なのでその新メンバーがどんな人なのか晴人は聞かされていないのだ。
「でも、来てるのか?」
「ああ。今日も出勤の筈だからな。……あと少しすれば来るだろう」
と、その木崎の言葉を待っていたかのように、ドアがノックされた。
ノックに対し木崎は「入っていい」と答える。
「失礼します」
非常に礼儀正しい物言いで、綺麗なお辞儀をした後、丁寧に扉を閉めた。
その人物は青年。
スーツ姿で生真面目な顔というよりも仏頂面をしていて、如何にも堅物と言った感じだった。
「来たか。彼が例の魔法使いだ」
木崎の言葉に青年刑事はじっと晴人を見やった。
「魔法使いというのは、昨日の仁藤攻介もそうでしたが随分若いんですね」
言葉と目線に、晴人は軽く会釈をする。
仏頂面な顔は睨まれているのかとすら思ってしまう。
「自己紹介をしておけ」
木崎の端的な言葉を聞き、晴人がまず、青年に対し自己紹介を行った。
「えっと……操真晴人、ウィザード……って言えばいいんだよな?
宜しく、刑事さん」
青年刑事は晴人にしっかりと体を向けた。
何だかそんなに真面目な姿勢で来られると自分まで真面目にしなくてはいけない気になる。
青年刑事は自己紹介をする前に、晴人に1つ訪ねた。
そしてその質問は、晴人にとって予想外すぎるものだった。
「お前も『仮面ライダー』なのか?」
その言葉は晴人にも聞き覚えがある。
かつて、白い戦士、『フォーゼ』とかいう戦士を助けた時に同じような事を聞かれた。
フォーゼ曰く、仮面ライダーとは『人知れず悪と戦う戦士の名』らしい。
その時仮面ライダーの事を知り、自分も仮面ライダーであると宣言した。
だとすれば、自分もそうであると。
まさかそんな質問が飛んでくるとは思ってはいなかったが、答える事はできるので晴人は正直に答えた。
「ああ……そうらしい、けど……」
らしい、というのは自称であるからだ。
確かに仮面ライダーとは言っているが、ゲートに説明する時はもっぱら『魔法使い』で通している。
仮面ライダーである、と積極的に名乗った事は無いのだ。
「そうか……」
その回答に納得したのかなんなのか、青年刑事は一瞬考え込むような顔をした。
だがすぐに顔を上げ、自分の名前を晴人に告げる。
「警視庁から0課に引き抜かれた、『後藤 慎太郎』……」
後藤と名乗る青年刑事。
そこまでは普通だった、だが、次の一言がまだ残っていた。
そしてその一言は、昨日から引き続き、晴人を驚かせるのに十分なものだった。
「『仮面ライダーバース』だ」
────次回予告────
新しい仲間、新しい事件。
大変な事に巻き込まれたけど、私は何とかやっています。
色んな事が起こる予感がしますが、これはきっと気のせいじゃないと思います。
それに、私達の知らないところでも沢山の事が始まっているみたいで……
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第12話『繋がりと協力と再会の兆しなの』。
リリカルマジカル、がんばります。