第1話 序章
夜の町に化物が出る。そんなのは都市伝説とか噂の基本だ。
誰もがそれを知っている。だから誰も信じないし面白半分にしか思わない。
だが、事実は小説よりも奇なりという言葉があるように、それが真実の時もある。
その化物は『闇』というものに無闇に踏み込んではいけないという事を身を持って教えてくれる。
ただし、教えてもらった直後が既に手遅れなのだが。
例え人類の英知による輝きで照らしても、その化物は怯まない。
化物を退ける輝きがあるとすれば、それは太陽という本物。
そしてもう1つは『魔戒騎士』の輝きであろう。
「この辺りか、ザルバ」
人気が無くなった夜。
多くの人は眠りにつき、車通りも無くなってきたそんな時刻だ。
町の外れで時折外灯に照らされながら歩く人影が2つ。
1人は白いコートに身を包む長身で顔立ちが整った青年。
コートには少々珍しい装飾が施されており、その下には黒い頑強そうなボディスーツ、手には鞘に収めた鍔無しの剣、左手には髑髏の指輪。
パッと見、これから戦いにでもいくかのような危なげな格好をしている。
実際に、これから戦いになる可能性もあるのだが。
青年の名、『冴島 鋼牙』。
夜の町に繰り出し、人知れず『闇』の化物と戦う戦士。
『ああ、間違いねぇ。感じるぜ、ホラーの気配をよ』
鋼牙の身に着ける髑髏の指輪の顎が流暢に動き言葉を発した。
この指輪、無論ただの指輪では無く、名を『ザルバ』。意思を持った指輪だ。
彼の言う『ホラー』とは人に憑りつき人を喰らう魔獣であり、『陰我』を持つオブジェを『ゲート』に出現する化物の事。
ザルバはそれを探知することが出来る魔導輪だ。
ホラーを打ち倒し、人間を守るのが『魔戒騎士』の務め。
そして鋼牙はその魔戒騎士であり、ホラー退治に足を運んでいるというわけだ。
「やれやれ、出てくるなら眠くない時間に出てこないもんかねぇ。探すのも簡単だしな」
そして魔戒騎士でもなく、魔導輪のような意思を持った道具でもないもう1つの人影が気怠そうに呟いた。
彼、青年の名は『門矢 士』。
鋼牙とは正反対に黒いコートに身を包んでいるが、中にはボディスーツの類の物は無いし、意思のある道具も剣も持っていない。
コートにしても鋼牙とは違い珍しい装飾など一切なく、傍から見て珍しいと言えば、首からぶら下げているマゼンタ色をした2眼レフのトイカメラだろう。
彼はホラーと因果関係も無いし、魔戒騎士でもない。
それに準ずる全ての事に関係の無い、とどのつまり『一般人』に該当する人間だ。
「ホラーは昼には現れない。知らないわけじゃないだろう」
「本気で返すなよ、冗談だ冗談。そんなに物事、上手くいくわけじゃないしな」
冗談の通じない奴だと一言加え溜息をつく士。
そんな士を特に気に留める事も無く、ザルバのナビを頼りにホラー探しに歩みを早める鋼牙。
士も少しスピードを上げ、そんな鋼牙についていく。
しばらく歩いているとビルに行きついた。
高層ビルとまではいかなくてもそれなりに高いビルがそびえている。
会社とかを経営しているような普通の建物だが、此処からホラーの気配がするというのだ。
「……行くぞ」
「随分とスリルのあるお化け屋敷だな」
真面目そのものな鋼牙と少々ふざけた口調の士。
鋼牙はともかく士は緊張感に欠ける言葉を放っているが、ビルに入る時には顔に油断の色は無く、確かな『戦士』の表情をしていた。
何十階とあるビルの中は1階ごとに多くの部屋がありかなりの広さだ。
細かな探知はホラーの近くにいなければできない。
とにかく手当たり次第に階を調べていく事になる。
そして、9階を超え10階に上った頃。
『近いぜ……あの部屋だ』
ザルバの言葉に2人はお互いを見、頷いた後、士がドアノブに手をかけた。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。見もの……」
士がゆっくりとドアノブを回し、その先にいるであろう『怪物』を思い浮かべながら息を吐いた。
「だな!!」
士が強く言葉を吐くと同時にドアを開けて勢いよく突入した2人。
鋼牙は即座に左に転がり剣を構え、士は右にスライディング気味に滑り込んだ後に素手ながらも臨戦態勢を整えた。
部屋は会議に使うような部屋で、ホワイトボードが一番前に置かれて机と椅子が等間隔に並べられた清潔感もある綺麗な部屋だった。
だが、ホワイドボードの前に鎮座する1人の女性が綺麗と呼べる部屋の情景を壊していた。
別に女性そのものがどうこうという訳では無く、その女性の醸し出す邪悪な雰囲気が問題なのだ。
人は雰囲気で不機嫌そうとか、嬉しそうとかのように、どんな事を思っているか大まかに判断出来る時があるだろう。
その女性は恨みとか妬みとか怒りでもないのにも拘らず邪悪な何かを感じる、言うなれば不気味を感じる存在だった。
2人がその女性を目に捉えた刹那、その女性の体は粉微塵に吹き飛んだ。
そして脱皮の如く、その跡から醜悪な怪物が現れる。
下半身は蛇のような形でうねっており、その尻尾と言える部分は棘のある禍々しい形状を成していた。
顔は女性の面影を残しつつも、およそ人間とは思えない顔立ちをしている。
体全体は黒く染まっており、手には人を簡単に引き裂けそうな爪が伸びていた。
「ほう、蛇が出たか」
『ありゃカガバミだな。誰よりも美しく一瞬で食いきる事を信条としてる。要するに丸のみ大好きなホラーだ』
ザルバの解説を小耳に挟みつつも、いの一番に鋼牙が駆け出した。
会議室の机を踏み台に、抜刀した『魔戒剣』をホラーに振るった。
ホラー、カガバミはその蛇のような下半身を巧みに操り、魔戒剣を受け流していく。
魔戒剣は『ソウルメタル』と呼ばれる対ホラー用の特殊金属でできており、こういった怪物の姿になる前の『素体ホラー』程度ならば簡単に切り裂ける代物だ。
しかしこのカガバミは尻尾で攻撃を弾いてしまっている。
どうやら並の力では無い様だ。
何度か刃を当てようと剣を振るい、時には鍛え抜かれたその体による俊敏な動きを織り交ぜて攻撃を行うが、全てを尻尾や腕に防がれてしまう。
戦法を変え、机や椅子を足で蹴って相手にぶつけつつ斬撃も放っていくが、これもまた防がれてしまう。
戦いが激化するにつれ、会議室の机や椅子が派手な音を立てながら次々と散乱して壊れていく。
するとカガバミは鋼牙の一瞬の隙を突き、尻尾を鋼牙の腹に勢いよく打ち付けた。
「グ……ウッ……!!」
さすがに魔戒騎士となる為に尋常じゃない程鍛えた体といえどホラーの一撃は響く。
鋼牙が吹っ飛ぶと、部屋自体が狭いせいで壁に叩きつけられてしまった。
「チッ……!」
士も動き出しカガバミに向かっていく。
彼には魔戒剣のような武器は無い。少々無謀だが格闘で挑むのが彼のスタイルだ。
尻尾による攻撃は全て避け、蹴りを叩きこんでいく。
しかし魔戒剣も通さないその体には生身の攻撃は通用しないようで、笑ってすらいる。
「舐めんな!!」
攻撃何て無駄とでも言われているような笑いに苛立ちつつも、頭は冷静に。
必死に隙を作りつつ、遂にその顔面に渾身の回し蹴りを当てる事に成功した。
顔面に走る強烈な衝撃にはさしものホラーといえど怯むようで、少々たじろいだ。
が、あくまでも怯んだだけ。
笑いこそ消えたもののカガバミの顔は怒りに満ち、尻尾を勢いよく士の体に叩きつける。
士は咄嗟に腕を胸の前で交差させて防御するが、その力は凄まじく、吹き飛ばされてしまった。
士は壁に激突し、そこから床に重力落下を果たした。
ふらつきながらも立ち上がると横には鋼牙が。
どうやら鋼牙の近くに吹き飛ぶ形となったようだ。
「鋼牙、いけるか」
士の言葉に鋼牙は剣を上に向けて、円を描くように振る事で答えた。
円形の軌跡は光り輝く輪を作り、そこから発せられる光は鋼牙を包み込んでいる。
直後、鋼牙の体に鎧が装着されていく。
鎧と狼を連想させる顔立ち。その全てが黄金に輝いており、緑色の目が睨むように光っている。
握っていた魔戒剣は、刀身に鋼牙の騎士としての紋章を表す三角形の紋様がついた大型の黄金の剣に。
それに合わせて鞘も変化し魔戒剣は『牙狼剣』へと姿を変えた。
そしてその剣の名と同じ名を、この鎧を纏った鋼牙もまた与えられていた。
魔戒騎士最高位の称号である、その名は『黄金騎士・牙狼』。
ホラーの陰我を断ち切る、魔戒騎士の姿だ。
「上等だ、なら……」
一方の士は白いバックル『ディケイドライバー』を取り出し、それを腰に宛がうとベルトして巻き付いた。
左右のサイドハンドルを外側に引いてバックルを展開。
さらにベルトの左側に取り付けられた『ライドブッカー』より、カードを1枚取り出し、そのカードを眼前に構える。
そして、士は自身が戦士に変わる為の言葉を叫んだ。
「変身!」
カードを裏返し、展開したバックルへと装填。
────KAMEN RIDE────
そしてサイドバックルを勢いよく押した。
────DECADE!────
音声と共に10の影が士の周りに現れる。
その全てが士に重なったかと思うと、今度は士の目の前にいくつかの線が現れ、その全てが顔目掛けて刺さり顔の仮面を形成、同時に体に色がついた。
マゼンタを基調とした緑色の複眼とバーコードを思わせる顔。
体は左右非対称の意匠をしており、そこに描かれている十字が表すのは数字の『十』か、それとも背負う十字架か。
牙狼と肩を並べ、『仮面ライダーディケイド』がその姿を現した。
「……!」
牙狼の無言の威圧。それを敵味方双方が感じ取った。
その瞬間、ディケイドはライドブッカーをベルトから取り外し剣の形へと変形させ、牙狼は牙狼剣を鞘から引き抜いて2人同時に接近する。
当然カガバミも抵抗し、尻尾を使って剣と応戦していく。
『尻尾はかなり硬いようだな』
ザルバの言うとおり、2人の常識を超えた威力を持つ剣でも中々傷を与えられずにいた。
通常のホラーならば簡単に切り裂ける剣に対して此処まで応戦できるとは。
2人は一旦距離を取り、剣を構えなおす。
「だが、勝てない相手じゃない、だろ?」
「ああ……!」
ディケイドの余裕綽々の言葉に牙狼は力強く頷いた。
そう、攻撃が弾かれているのは向こうも同じであり、防戦一方になっているのは向こうなのだ。
2人は決して苦戦しているわけでは無かった。
しかしホラーにも知能がある。
尻尾では決定打を与えられない事を悟り、尻尾を先程より禍々しい形態へと変化させて尻尾の側面を2人に向けた。
そして尻尾の鱗を飛ばすかのように大量の弾幕を尻尾から繰り出す。
尻尾の表面は最早凶器そのもので、それを飛ばしてくるのだから殺傷能力抜群だ。
「チッ、奥の手って奴か」
「……!」
しかしその攻撃にも動じず、2人は自身の剣で弾幕を弾いていく。
弾幕は辺りの壁に炸裂すると大きな穴が開き、威力が衰えることなく他の部屋や外に猛烈な勢いで出ていっている。
鱗飛ばしが恐るべき威力を誇っている事を物語る。
「おい鋼牙! 援護してやるからさっさと倒してこい!」
言いながらディケイドはライドブッカーを銃の形へと変形させる。
何度も引き金を引いて弾幕を張り、鱗飛ばしとライドブッカーの弾丸がぶつかり相殺されていく。
カガバミの鱗飛ばしは部屋全域を範囲に取るほど広い攻撃である為全てを相殺する事は出来ないが、牙狼1人が突破口を見つけるには十分だった。
「オォォォォッ!!」
牙狼剣を握り締め、声を上げて気合を入れつつ、ディケイドの作ってくれた弾幕の薄い道を一瞬で駆け抜ける。
そして、牙狼剣の一閃が弾幕を撃ち続ける尻尾の付け根を捉え、一撃で切り裂いた。
おぞましい悲鳴を上げて苦しむカガバミ。
切り離された尻尾は音を立てて床に落ち、当然の事ながら弾幕も止まった。
牙狼は尻尾を斬った剣をもう一度振りかぶり、カガバミの体を縦に切り裂いた。
カガバミの体は2つに両断され血飛沫が舞い、床に落ちた2つのカガバミだったモノは先程切り離された尻尾と共に、黒い煙のように消え去った。
勝利を掴んだ戦士達は鎧を解除してビルを後にしていた。
2人は帰りの夜道を歩いている。
「全く……明日も学校だってのに」
士は首を左右に揺らして音を鳴らした。
大きな音ではなかったが、それなりに疲れているという事なのだろう。
一方の鋼牙は慣れた様子で平然と歩く。
「俺は夜行生物じゃねぇんだよ」
「文句があるなら止めればいい」
「フン、愛想ある返しってのも覚えた方がいいぞ」
『そいつをお前さんが言うかねぇ?』
勝利の後の普通の会話、こうしていると戦士である彼等も普通の人間と同じである事が窺える。
ザルバは士が来てから鋼牙に増えたものが2つあると思っていた。
1つはしかめっ面。
元々愛想の無い鋼牙だが、士が来てから顔をしかめる回数が増えた気がする。
もう1つは豊かな表情。
しかめっ面だけでなく、感情の起伏のような物が少し感じられるようになった。
勿論鋼牙にだって感情はあるが、それを表に出す事は極めて少ない。
だが最近はそれも増えた気がする、普段関わってきた人以外と関わったから多少の変化が得られたのだろうか。
ザルバの考えなど知る由もなく、2人はそんな風に時に話しつつ、時に無言になりつつ帰路を歩んでいくのだった。
────次回予告────
普通じゃ信じられないホラーや魔戒騎士だって、一定の理の上で成り立ってる。
こいつはそれをぶっ壊せるアイツと鋼牙の出会い。気になるだろ?
次回『邂逅』。
出会いは、新たな物語を紡ぐ。