気分転換の短編集   作:ふぁっと

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恋の魔法

 

 

 

空を裂く一条の光

 

それは二度と叶わぬ魔法

 

 

 

それは受け継がれた恋の魔法―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紅魔館。

 

 気味が悪い程に紅く塗られている大きな館。吸血鬼が住んでいると言われ、恐れられている場所――――の地下。

 そこに彼女はいた。

 

 

 

「――さ。もうすぐ夜よ、起きなさい魔理沙」

 

 少し大きめのベッドの上に寝相悪く寝ている女性が一人。白髪が交じり始めた金糸のような髪は女性の性格を表しているように乱れている。傍には彼女を起こそうと必死に揺り動かしている少女が一人いる。しかし、彼女の懸命な行動も空しく、寝ている女性は中々起きようとはしない。

 

「魔理――ごほっ! ごほっ!」

 

 叫ぼうとしたところ言葉の変わりに咳が出た。大きく息を吸ったことで埃まで吸ってしまい、持病の喘息が出てしまったようである。

 

「パチュリー様!」

「ごほっ! ごほっ!」

 

 慌てて近寄ってきた女性―――小悪魔に支えられて、紫の魔法使い“パチュリー・ノーレッジ”は息を整えることが出来た。

 

「………ありがと。小悪魔」

「いえ。魔理沙さん、これ以上はパチュリー様の生死に関わってしまいますので起きて下さい」

 

 パチュリーに変わり、今度は小悪魔が寝ている女性―――“霧雨 魔理沙”を起こそうと試みる。

 

「…………んあ?」

「………………………」

 

 パチュリーの必死な行動―――それこそ喘息を起こしてまで叫ぼうとしても起きなかったのに、小悪魔は声一つで寝ぼすけな魔理沙を起こしてみせた。いつも思うことだが、納得いかない。実は魔理沙は寝たふりをしてて、自分をからかっているだけではないのだろうか。そう思っても不思議ではあるまい。

 

「もうすぐ夜になりますよ」

「げぇ! もうそんな時間かよ………夕方くらいには起きるつもりだったんだがなぁ」

 

 ベッドの近くの時計を見れば、冬ならば完全に日が沈んでいる時間だった。

 魔理沙はベッドから降りると伸びをして体を解し、ようやく気づいたかのようにあいさつをした。

 

「よぉ、パチュリー」

「おはよう。寝ぼすけさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙は今、紅魔館の地下図書館に居候している。誘われた訳でも自分からお願いした訳でもない。魔法の研究に都合が良く、フランの相手をするのに都合が良い。色々な都合が重なった結果として気が付いたらそうなっていた。

 それに伴い、彼女がこれまでに“借りた”本も返却されている。妖精メイドたちが1ヶ月かけて本を運び、小悪魔が一生懸命元あった場所に戻している。広大な地下図書館の司書なだけあり、手際は良いのだが人手が足りないために返却された本は未だに山積みのままである。

 妖精メイドに頼んでも、彼女たちではどこにどの本を仕舞えばいいのかが分からない。でたらめに片付けられても困るのは小悪魔だけなのは明白。故に、彼女は1人で本を片付けるのだ。

 以前、魔理沙とパチュリーにダメ下で本の片付けをお願いしてみたところ、

 

「あ~、私は片付けるのは苦手だからな。家を実際に見てきたお前なら分かってると思うが」

 

 と、魔理沙の言葉。

 

「私は本を読むので忙しいの」

 

 と、パチュリーの言葉。

 

 基本的に魔理沙が“借りて”いったものはパチュリーが読み終えた本である。なので急ぐ必要は無い。しかし、中には読む前に“借りられて”しまった本もあるので、なるべく急ぐようにとパチュリーは小悪魔に追加で零した。

 それに対して小悪魔が泣きをいれたのは記憶に新しい。

 

―――こんこんっ

 

「パチュリー様。紅茶をお持ちしました」

 

 控えめなノックの後に扉が開かれる。時の流れを感じさせないその姿は、紅魔館を影から支えているメイド長であった。

 

「よぉ、メイド長」

「あら魔理沙。遅いお目覚めね」

 

 メイド長である“十六夜 咲夜”は魔理沙を確認すると、何も無い場所からもう一人分のティーセットを取り出す。2つのカップを机に置くと、まるで今淹れてきたかのような温かい湯気をあげる紅茶を差し出した。

 

「お、サンキューな」

「やっぱり、貴女には厳しいんじゃないの? この生活」

 

 今の魔理沙の生活。それは夕方から夜の時間に起き、朝方に眠るという昼夜逆転の生活をしている。夜に行動する吸血鬼たちと同じような生活を行っていた。

 

「一番の要因は、歳の所為じゃない?」

 

 咲夜の淹れてくれた紅茶を口に含みながらパチュリーが零す。

 パチュリーが言うように魔理沙は既に一生の半分を生きてきた。もうすぐ60になるかという歳である。若い頃ならともかく歳を取った今では、人間の本来の生活とは逆の生活は彼女の身に多大な負担を掛けているのではないか、と思われる。

 

「お前ら………毎朝―――じゃないな。毎夜、か? まぁいいや。人が起きる度にそれを一々言うな。第一、咲夜の方はどうなんだよ?」

「私?」

 

 咲夜も魔理沙と同じ人間であるが、その能力上外見は以前から変わりが無い。十代後半という設定のままである。しかし、外見は止まっても内面は止まらない。咲夜も魔理沙と同じで体の中はそれなりの時を刻んでいる。

 

「私は昔からこの生活ですからね。今更ですわ」

「ちぇー」

 

 咲夜の淹れた紅茶を飲みながら談笑するのも、数十年の昔から変わらない3人。しかし、確実に変わってきているのも確かなことだった。

 

 

 

 

 

 

 では私は掃除がありますので、いつもの言葉を残して咲夜は退出した。残ったパチュリーは読書に耽り、魔理沙は朝食と言うべきか夕食と言うべきか分からない食事を取ることにした。

 

「………食事くらい、ゆっくり取りなさいよ」

 

 本から目を離し、視線を魔理沙へと伸ばしたパチュリーが零す。見れば、魔理沙は掻き込むように皿の上から口の中へと片っ端から押し込んでいる最中だ。

 

「時間は有限なんだぜ! 効率良く使わんともったいないだろ?」

「それを言うなら食事はきちんと取りなさい。後でお腹痛いとか言われたりしたら、そっちの方が時間を無駄にするわ」

 

 前回みたいに、と小さく吐いた。呟き声が聞こえたのか、魔理沙が硬直したのが見える。というのも、前も同じようなことをして見事に腹を壊した経験が魔理沙にはあった。

 

「だ、だがよ!」

「今回は大丈夫、その“今回”は何度目よ?」

「……………」

「先のことを考えるんじゃなくて、先の先のことを考えて行動なさい」

「何も言ってねぇよ」

「何か考えたでしょ?」

「……………………」

 

 こう言われては何も言い返せない魔理沙。顔を顰めながらゆっくりと食事を取ることにしたようだ。その向こう―――本の影でパチュリーは魔理沙に見えないように小さく笑みを浮かべていた。

 

「お、ならよ。今お互いの情報交換といこうぜ?」

 

 努力家の魔理沙らしく、食事している間も何かをしていないと落ち着かないようである。確かに、情報交換程度の話し合い―――食事をしながらでも問題は無い。

 ただ―――

 

「日夜研究に没頭していたって良い案など浮かばないわ。食事などは小休憩と思って他のことを忘れることは出来ないのかしら?」

「むぅ。分かっちゃいるんだが………」

「まぁいいわ。私も暇だったし……付き合ってあげるわよ」

「お、さすがはパチュリー! 愛してるぜ!」

「………………」

 

 パチュリーは1度足を止めたが、何も無かったかのように再び足を進めた。読んでいた本を机の上に山となっている本たちの1番上に置く。変わりに引き出しから1冊のノートを取り、ふよふよと浮かんで魔理沙がいるテーブルに向かい合うように座る。

 

「残念だけど、期待させるような進展は望めないわよ」

「やっぱ、そう簡単にはいかないか~」

 

 2人が行っている研究課題は1つ。【太陽光の遮断】の魔法具である。

 何のために、というのは言う必要もないだろうが、この館の主“レミリア・スカーレット”とその妹“フランドール・スカレーット”のためである。

 日中も日傘を用いれば外に出られる。しかし、それは1歩間違えれば【死】と隣合わせの危険なことなのだ。他の者には何とも無いような陽の光も、彼女たちには身を滅ぼす程の危険な光だから。

 ならば、日中は家にいればいい―――という訳にもいかない。確かに吸血鬼の身。昼は寝て夜活動する。それが本来正しい在り方だが、それでは足りない。彼女たちの友人に夜行性は少なく、基本日中に行動している者が多い。友人と遊ぶ場合、彼女たちだけ危険に晒されるということになる。

 加えてフランの場合、もう1つの理由があった。

 

「あ~、いつになったら出来るかねぇ」

「………愚痴は言ってもいいけど、手は止めないの」

「へいへい」

 

 魔理沙はフランと約束したのである。

 

 異変解決の役を任せる、と。

 

 

 

 きっかけは幻想郷にある博麗神社の巫女“博麗 霊夢”が次の【博麗の巫女】を育てていたことだった。

 次世代の巫女は霊夢の子供という訳では無く、人里から了承を得て連れてこられた少女だった。かく言う霊夢もこうして先代の巫女に連れてこられたと言う。

 自分の子供では無いとはいえ、自分が築いてきた技術を、想いを、歴史を次に繋いでいけるというのを目の辺りにし、魔理沙は素直に羨ましいと思った。

 

 自分も何かを残したい。

 

 これまで築きあげてきたモノを―――

 

 とはいえ、霊夢のように人里から子供を連れてくるようなことは出来ない。【博麗の巫女】などという大層な理由など無いからだ。

 ならば、誰かと結婚し子供を授かるか。しかしその目的のために結婚するのは何か間違ってる気がした。加えて言うと、魔理沙にはそのような結婚願望というのは皆無だった。かといって諦めることもしたくない。

 博麗神社から帰るなり、どうしたものかとパチュリーと話していたところ、話を聞いていたのかフランが飛び出してきたのだ。

 

「だったら、私が魔理沙の跡を継ぐ!」

 

 言った本人自体が理解しているのかはともかく、その言葉は嬉しかった。不覚にも涙を零してしまったのは、本人としては忘れたい記憶だろう。

 

「よーし! じゃあ、フラン! お前には………何を継がせようか?」

 

 魔法の研究か? しかしフランは魔法使いでは無い。タイプで言うならば戦士タイプだろう。魔法のような複雑なモノは苦手と見える。

 ならば、キノコの栽培方法か? これは魔理沙の個人的趣味とも言えるモノ。更に言えばこれも魔法が関係してくるので前者と同じ理由があてはまってしまう。

 浮かんでは消えていく案に、魔理沙は1人悩む。そこに助け舟を出したのはパチュリーだった。

 

「なら、異変解決の役でも任せたら?」

「おぉ! ナイスアイデアだぜ! というわけだ。出来るか? フラン」

「うん! がんばる!」

 

 ほぼその場のノリで言ってしまったが、約束は約束である。魔理沙もフランの心遣いに嬉しさを覚え、絶対に叶えてやりたいと思っていた。

 しかしここで問題もいくつか出てくる。それが最初に言った太陽光。

 異変は朝から夜にかけて1年間何時如何なる時に起こるか分からない。夜に起こることもあれば、昼に起こることもある。昼に起きた場合、場所にもよるが日傘が必須となってしまう。

 異変解決に用いられる弾幕ごっこは激しく動き回るスポーツである。一々自分と太陽の位置を考え、日傘の向きを変えていかないとならない。そうなれば勝てる勝負も勝てなくなる。異変解決役が異変解決出来ませんでした、では笑い者である。下手すればフランの場合、笑い者になる前に蒸発してしまう危険がある。

 昔は妹のように、今は娘のように想っているフランをそんな危険には及ばせたくなかった。

 そこでパチュリーと協力して【太陽光遮断】の魔法を考えた。とはいえ、地下図書館の数百年の歴史を紐解いても載っていない事柄である。何から始めればいいのかさえ分からない。

 当時、外の世界の技術である【科学】が大分幻想郷に入ってきていた。新しい物好きの魔理沙はこれに飛びつき、そこに可能性を求めた。しかし、望む結果は得られることはなかった。ならば、2つを組み合わせて新しいモノとすればいい。魔理沙は科学と魔法を融合させた新しい技術で対応することに決めた。

 魔法の知識も技術も上のパチュリーには魔法の点から動いてもらい、魔理沙自身は新しい技術である科学という点から動いた。足りないと分かれば惜しむことなく河童たちに頭を下げに行き、それでも足りないと分かったらマヨヒガまで赴き、外の世界と行き来できるスキマ妖怪に協力を求めに走った。

 その成果も実り、ここまで来るのに数十年と長い月日が経ってしまったが―――ようやく終着点が見え始めてきた。しかし、まだまだ望んでいる物は出来ていないのも事実。道のりは長いと言える。

 

 

 

 

 

 

「魔~理~沙~」

「ん? フランか?」

 

 ノックもなく開かれた扉。振り返れば、扉の隙間から顔を覗かせている幼さ残る少女がいた。件の吸血鬼“フランドール”であった。

 

「あら、妹様。ようこそ」

「おはよー、パチュリー。魔理沙は今暇?」

「あ~……」

「えぇ、暇してるわよ」

「らしいぜ。今日は弾幕ごっこでもして遊ぶのか?」

 

 フランが魔理沙を呼ぶ用事と言えば、暇だから遊んで欲しいというのが基本。たまに外に出かける際に付いてきて欲しいなどもあるが、基本は遊び相手である。

 

「ううん。そうじゃなくて、外を見て欲しいの」

「外を?」

 

 首を傾げながらも、付いてきてとフランが急かすのでその後を追う。地下図書館から地上へと上がり、紅魔館には少ない窓から外を覗いてみる。

 

「あれって、異変?」

「ん~………」

 

 歳の所為か、最近は視力が落ちてきている魔理沙。窓を開け放ち、身を乗り出して外を―――フランが指す上の方を見上げてみる。そこに在ったのは何時の日か見た緋色の雲。紅魔館の上空にもうもうと立ち込めていた。

 

「あ~、確かに異変だな。何処ぞの天人がまたやらかしてるんだろ?」

「やっぱり異変!? じゃあさ! じゃあさ! 解決にしに行かないとダメだよね!?」

 

 一転して目をきらきらと輝かせて捲くし立てるフラン。異変解決役を任せると言ってから、異変らしい異変は今まで起こらなかった。なので、今日の異変はフランにとっては初めての異変解決となる。逸る気持ちも分からない訳では無い。

 

「んー」

 

 しかし、【太陽光遮断】のための魔法具はまだ完成していない。場所が天界なだけに日傘だけでは厳しい場所である。

 

「……………」

 

 とはいえ、ここまで目を輝かせたフランに断りを入れるのも戸惑われる。これが娘を持つということなのか、などと勘違いしながらも魔理沙はフランに言った。

 

「よーし! 分かった! なら、いっしょに異変解決しに行くぞ! フラン!」

「うん!」

 

 まずは準備だ、とパチュリーにフランを押し付けて魔理沙は久しぶりに紅魔館を飛び出していった。

 

 目指す場所は、博麗神社。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――博麗神社。

 

 箒から星屑をばら撒きながら、魔理沙は博麗神社へとやってきた。

 異変解決にあたり、先に誰かに解決されては困るからだ。主に異変解決をしてきたのは霊夢と魔理沙。たまに主に命令されて咲夜や冥界の庭師などが飛び出すこともあった。後は外から来たという山の上の神社の巫女だろうか。

 

(そうだったな。早苗のところにも寄らないとな)

 

 もう一人の巫女のことを考えながらも無事に神社の敷地内に降り立ち、掃除していたであろう少女に声をかける。

 

「あ、魔理沙さん!」

「よぉ、零奈。霊夢はいるか?」

 

 彼女の名は“零奈”。次世代の【博麗の巫女】に選ばれた少女である。今は零奈という名だが、正式に巫女を継いだら“霊夢”と名を変えることになる。

 あの霊夢に鬼のような修行をされているというのに、良く挫けずにここまで真っ直ぐ育ったものだと零奈に会う度に思う。

 

「はい、こちらに。案内しますね」

「おぅ」

 

 零奈に連れられて、神社の裏の縁側へと案内される。そこには昔と同じように陽を浴びながらお茶を飲む霊夢の姿があった。外見に時の刻みが表れようとも、昔となんら変わらない姿だった。

 

「あら、魔理沙じゃない。久しぶりね」

「あぁ久しぶり。しかしなんだ、零奈に掃除させてお前はサボリか?」

「年寄りは縁側でお茶を飲むのが仕事なのよ」

「私が知る限り、昔っからだったような気がするんだが………」

 

 幼少の頃から休憩と言っては箒を投げていたのが思い出される。

 

「気のせいよ。零奈、掃除は終わったの? 終わったら修行を再開するわよ」

「は、はい! もう少しで終わります!」

 

 霊夢に言われ、慌てて零奈が飛び出していく。まるで鬼に睨まれた人のようである。

 

「で、今日は何よ?」

「あぁ、今起こってる異変のことなんだが………」

「どっかの馬鹿天人が起こしてる、これ?」

 

 霊夢が指差す上にも見える緋色の雲。正しく霊夢の言う通りのことである。何を思って起こしているのかは分からないが、どうせ性も無いことだろう。口には出さずとも霊夢も魔理沙も同じ考えだった。

 

「それだ。それの解決を今回は見送ってくれないか?」

「なんでよ?」

「代わりに私とフランが解決するからだ」

 

 異変解決役のこと、フランのこと、これらは既に霊夢には話してある。勘の良い霊夢のことだから、これだけでも大体のことは察するだろう。

 

「…………異変解決の醍醐味の一つに、ライバルとの勝負もあると思うわよ?」

 

 それが誰と誰のことを言ってるのかは明白。魔理沙もそれについては頷く。

 かつての二人―――霊夢と魔理沙がそうだったように。多い時には四人以上で競い合ったこともある。

 

「確かにな。今の零奈とフランは場所を考えりゃ互角にいけるだろう」

 

 身体的ポテンシャルや魔力・霊力などと呼ばれる力は吸血鬼であるフランの方が高い。しかし、スペルカードを用いた戦いになるとこれが良い具合に拮抗する。

 

「良いライバルだと思うけど、場所が場所なだけにな。なるべく不安要素はなくしたいんだよ」

 

 【太陽光遮断】の魔法具が完成していない今、消せる不安要素は消していきたい。完成した際には、保護者は後ろから眺めていることにしようと魔理沙は考えていた。

 

「過保護ねぇ」

「うっせ」

「まぁいいわ。今は零奈もあまり動かしたくない時期だから、こっちとしても都合が良いわ。今回は退いてあげる」

「恩に着るぜ」

「ただし」

 

 くいっと杯を傾けるような動作を魔理沙に見せる。どうやら美味い酒を持ってこいということらしい。

 

「………分かった。美味い酒を持ってくるぜ」

「ふふ、それでいいわよ。今は紅魔館にいるんだっけ?」

「おぅ! ついでだ。盛大に神社で宴会でもやるか」

 

 そういえば最近は神社で宴会が行われていない気がする。地下図書館に篭り、研究に没頭しているため日付間隔がおかしくなっているが―――ここしばらくは無かったと思う。

 

「別に構わないけど、後片付け手伝いなさいよ」

「よし! そうと決まればすぐ行動だ!」

「あ、早苗んとこに行くの?」

「あぁ。あいつにも一応言っておかないとな。飛び出していきそうだし」

「じゃあ、たまにはうちに遊びに来いって伝えておいて」

「了解したぜ!」

 

 返事を叫びながら魔理沙は箒に腰かけると、来た時同様に星屑をばらまきながら空へと昇っていった。

 

「あぁ!? せっかく掃除したのに!!」

 

 下から零奈の悲鳴のような声がするが、まぁ気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――守矢神社。

 

 妖怪の山の頂上に位置する神社。以前と比べて道も整備され、どこかの神社とは比べ物にならないほどの信仰を得ている。勝因は積極的に行動したことか。それとも巫女や神の人柄だろうか―――

 

 

 魔理沙は妖怪の山が見えてきても減速することはせず、そのまま一直線に昇っていく。途中で出会った見張り役の白狼天狗を振り切り、

 

「っしゃあああああああっ!!」

 

 いつも通り、周りを気にせず盛大に着地した。

 

「「きゃあっ!?」」

 

 もくもくとたちこめる砂煙の中、服についた埃を払い箒から立ち上がる。大きさはそう変わらないというのに、神がいるかいないかでこうも雰囲気が変わるものだろうか、などと考えながら傾いた帽子を直し、見上げた神社へと足を進めた。

 

「やっぱスピード出すと気持ち良いな」

「出来れば、着地のことをもっと考えて欲しいね」

 

 とんとんと肩を叩かれて振り向けば見慣れた久しい少女がいた。昔から変わらぬ姿のこの神社の神である。

 

「よう、諏訪子。久しぶり」

「久しぶりだね。魔理沙。で、あっちについては何も言わないの?」

「あっち?」

 

 守矢神社に祭られている神の一柱“洩矢 諏訪子”に言われて顔を横に向ければ、まるで台風に吹き飛ばされたかのような少女が二人転がっていた。

 

「何してるんだ? あいつら」

「あんたに吹き飛ばされたんだよ!」

「なんと!? お前ら………ちゃんと避けろよ」

「言うことはそれだけか!?」

「弾幕は避けるもんだぜ?」

「お前は弾幕じゃないだろが!!」

 

 諏訪子に背中を押され、魔理沙は2人の少女の介抱に向かう。親バカ過保護な神に本気を出されては魔理沙も従うしか無いからだ。

 

「生きてるかー? 若葉―? 双葉―?」

「はぅぅ……なんとか」

「おめめぐるぐる~」

 

 “東風谷 若葉”と“東風谷 双葉”。守矢神社の若い巫女姉妹である。先代の巫女である“東風谷 早苗”から跡を継ぎ、祭るべき神に支えられながらもなんとか巫女をしている。早苗同様、時折人里に下りては信仰集めに勤しんでいる姿が見られる。

 

「そういや早苗はどこいったんだ?」

「今神奈子たちと3人で人里に行ってるよ」

「あいつもがんばるなー。霊夢なんてここしばらく神社から動いたことなんて数える程だというのに」

「ふふん、向こうのダメ巫女といっしょにしないでほしいね」

 

 となると、早苗と話をしにきたのに入れ違いとなってしまった。神奈子も連れて人里に向かったということは、信仰集めだろう。十分な信仰は得られているというのに、さすがである。

 

「じゃあ、諏訪子でいいか」

「なんか引っ掛かる言い方ねぇ………」

 

 若葉と双葉にはまだ早い話。必然的に残ったのは諏訪子しかいなかった。

 魔理沙は霊夢に話したように、今回の異変に関して参加しないように伝えて欲しいことと、その理由を話した。それに対して返ってきた反応は、苦しくも霊夢と同じだった。

 

「あんたも過保護だねぇ」

「お前にだけは言われたくないぞ。親バカエル」

「ケロケロ。まぁいいよ。こっちも早苗をどうやって止めようかと考えてたところだからね。もう歳なんだし、いい加減に落ち着いて欲しいんだけどね~」

「あー、あのロケットっぷりは相変わらずみたいだな」

 

 幻想郷に来た当初から見え隠れしていたロケットのような性格。幻想郷に慣れるにつれてそれが如実に表に出てきた。まぁ我が強い奴が多い幻想郷では必要なことだったかと思われるが………その威力は時と共に落ちるどころか上がっているようである。

 

「若葉も双葉もまだ異変解決には早いからね。ちょうど良いタイミングだよ。次くらいには良いライバルになれるんじゃない?」

「………確かにな」

 

 若葉と双葉、そして零奈を思い浮かべ、静かに頷く。フランは良いライバルに恵まれていることを改めて実感した。

 

「じゃあ、そっちは任せたよ」

「おぅ! 任されたぜ!」

 

 再び空へと舞い上がる。

 晴れ渡る蒼空―――ではないが、気分は晴れ晴れとしていた。

 

「っと、そうだった」

 

 飛び出そうとしたところ、霊夢に言われた伝言を諏訪子に伝える。ついでに、今回の異変を解決した際には久しぶりに博麗神社で盛大に宴会を行う予定であることも。

 

「分かったよ~」

 

 諏訪子に見送られ、魔理沙は今度こそ空へと駆けた。

 

 さて、やれるべきことはやった。後は―――筋書き通りに異変を解決するだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紅魔館。

 

「おーそーいー!」

 

 迎えてくれたのは頬を膨らませたフランとパチュリーだった。怒ってはいないが拗ねているフランを可愛いと思いつつ宥める。

 昔はこういった表情も出来なかった。それが今は随分変わったものだと思われる。

 

「おーけーおーけー。お前の準備は出来てるのかー?」

「万端だよ!」

「で、その服は何なんだ?」

「えへへー」

 

 フランはいつもの紅い服ではなく、白と黒の魔理沙と同じ服を着ていた。サイズもフランに会うように調整されているようである。

 

「パチュリーにもらったの」

「パチュリーに?」

 

 後ろに控えていたパチュリーがフランの言葉を咳を1つ吐いてから引き継ぐ。

 

「魔理沙のお古よ。小悪魔が引っ張り出して妹様のサイズに調整したのよ」

「ほ~、しかし………なんか恥ずいな」

「私に妹様をなすりつけた罰よ。準備って言ったって異変解決したことの無い私に分かる訳ないじゃない」

 

 さすがに無理があったか、と魔理沙。準備と言ったところで特に必要なものなど無いのだ。精々がスペルカードくらいだろう。パチュリーならそれらしいことでフランを納得させてくれるかと思ったのだが、甘かったようである。

 やることが無く、中々戻ってこない魔理沙にフランの不満は溜まっていく一方。どうしたものかと考えていたところ、小悪魔が魔理沙の服を見つけてきて、サイズ調整を申し出てきたのだ。

 2人の予想通りにフランはこれに飛びつき、溜まっていた不満は一気に飛ばすことが出来た。これが無ければ、パチュリーが已む無く弾幕ごっこで気分を紛らわせるつもりだったと言う。

 

「貸し1つよ」

「罰を受けたのにか? まぁ、分かったぜ」

「それはそうと、これは持っていく?」

 

 パチュリーが持ってきたのは未だ試作段階の【太陽光遮断】の魔法具。魔理沙とパチュリーの共同作品であった。

 

「まだ実験してないぜ? 理論上は大丈夫だけどよ………」

 

 吸血鬼の体を焦がすのは太陽光の中のある不可視光線が原因というのは分かった。それを防ぐように作られたのがこの“ビット”と呼ぶ魔法具である。四つで1セットであり、対象の周りを囲むように浮かぶことで包むようなフィールドを張ることが出来る。理論上、これで吸血鬼の体であっても太陽の下に出られるようになれる。

 

「いつかは外で実験しなきゃならないのだし、良い機会じゃない?」

「確かにな。しかし、実験するなら紅魔館の近くでやりたかったぜ」

「ねぇー! まだー?」

「わりぃわりぃ。すぐ行く」

 

 パチュリーからビットを受け取ると、フランを対象にして起動。

 

「わぁ! 完成したの!?」

「まだ完成じゃないけどな………体の方はどうだ? 何かおかしいことはないか?」

「大丈夫だよ!」

 

 フランの周りを浮かぶビット。フィールドも特に問題なく安定して出力されている。これで大丈夫、なはずだ。

 

「起動は問題無し。フィールドも安定してるわね。規定値以内よ。後は雲の上でどうなるか、ね」

「だな。ま、そのために私が付いていくんだしな。最悪な結果にはさせないさ」

「その点に関しては信頼してるわ」

 

 念のためにと日傘は忘れずに持たせ、ビットに守られているからといって慢心せずに常に注意するように厳命した。

 

「よっしゃ! 行くぞ! フラン!」

「おー!」

 

 空へと駆ける白と紅の軌跡。地上にいるパチュリーの下には魔理沙がばら撒く星屑と、それを真似したのか歪な形の宝石が散らばっていた。

 

「………変なとこまで真似しなくていいのに」

 

 魔理沙みたいに星屑をばら撒きたい。そう言って自分の下に魔法を教わりに来たのは何時だったか。

 

「パチェ!」

 

 そこに遅れて現れたのはフランの姉である“レミリア”だった。

 

「あら、遅かったわね。レミィ」

 

 慌ててやってきたレミリアは周囲を見渡し、フランの姿を探す。が、当の本人は既に空の彼方である。

 

「フランは!?」

「あそこよ」

「うそ!?」

 

 どうやら初めての異変解決に出るフランを見送りにきたようである。がしかし、少々来るのが遅かった。

 そこにはうな垂れるレミリアと、苦笑を浮かべる咲夜。そして同じく、カリスマの欠片も無い親友に苦笑を浮かべたパチュリーの姿が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラーン! ちゃんとついてきてるかー!」

 

 箒に腰かけ、昔と同じように空駆ける魔理沙。既に人生の半分を生きてきた身とはいえ、力が有り余っているかのように縦横無尽に舞った。これでも魔理沙は全力を出していない。全力で駆ければフランが付いてこれなくなるからだ。年老いたとは言え、幻想郷最速を名乗る鴉天狗とタメを張れていた魔理沙である。駆ける速度は吸血鬼とはいえ、比べても負けない程である。

 

「もちろーん!」

 

 声の主は後ろにいた。魔理沙の後を付かず離れずの位置を保っていた。

 

「よしよし、ビットの方の調子はどうだ?」

「こっちも問題ないよ」

 

 フランの周りを浮かぶビット。プログラム通りのフィールドを張り、フランの身を太陽光から守っている。

 

「大分出来てきているとは言え、まだ完成では無いからな。日傘はちゃんとしておけよ」

「分かってる!」

 

 雲より上にあがってしまえば、その身に降りかかる大要光を遮るモノは何も無くなる。命綱でもある日傘は絶対に手放さないように、と。魔理沙もまた、フランから目を離さず、危険を感じたらすぐに飛び出そうと決めていた。

 

「うし! じゃあ、雲の上に行くぞ!」

「おー!」

 

 妖怪の山へと向かい、そこから雲海へと至り、更に更に上へと上昇する。

 風を切り、音を越え、光よりも早く。疾く駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

―――Side フラン

 

 雲へと到達した。ごうごうと風を押しのけ、体は空へ上へと昇る。

 私は雲に触れたことは無い。雲よりも高い場所に行ったことが無い。夜空を見たことはあるけど、目指そうと思ったことは無い。

 ここから先は知らない。分からない。誰かからの話は聞いたけど、それだけでは理解出来ない。

 

 だからこそ、楽しい。

 

 魔理沙が教えてくれたこと。心躍る気持ち。

 この先は吸血鬼の私にとっては地獄にも等しい場所―――でも恐れることはない。私の身体を守ってくれているのは魔理沙が作ってくれた道具。そしてなにより、私が目指すべき人が目の前にいるのだから―――

 そういえば昔、魔理沙は自分の箒で空の果てを目指して飛んだという。

 

―――知ってるか? フラン。この空の果ての果てに何があるか?

 

 何故そこまでして飛びたかったのか、昔に聞いたことがあった。あの時は―――

 

 

「抜けっぞー!」

 

 

「!?」

 

 魔理沙の声が聞こえた。もうすぐ雲海を抜けるらしい。

 意識を切り替える。思い出に浸るのは、今でなくてもいい。

 

「――――」

 

 吸血鬼の本能だろうか。自然と私の体が強張る。

 それもそうだろう。吸血鬼には多くの弱点があるが、太陽光はその最たるもの。流水や炒めた豆などで死ぬことは無いが、太陽光に当たれば体が気化し、やがて死ぬ。

 

 恐い。

 

 体が恐怖を訴える。

 

 痛いのはやだ。

 

 心が悲鳴をあげる。

 

「―――うん!」

 

 それを意思の力で捻じ伏せる。

 大丈夫だと言い聞かせる。

 恐くないと叫ぶ。

 

―――なんとこいつでお前の嫌いな太陽光が防げるんだぜ

 

 この身を包む力があるから。

 

―――ぐちぐち後ろ向いてたってつまらんだろ?

 

 そう教えてもらったから。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

「はっはー! この景色も久しいな!」

 

 雲を突き抜け辿り着いた先は天界。天人たちが住まう俗に言う桃源郷のことである。雲よりも上にあるために、この場所に天気は関係ない。常に晴天である。

 

「さて………元凶はいつもの場所か?」

「うぅ、魔理沙~」

「お? どうしたフラ……おぉ!?」

 

 遅れて飛び出してきたフランの声がおかしい。まさかビットの調子が悪くなりでもしたのかと思えば、予想外のことが起こっていた。

 

「なんか変な色だよ~」

「紫だな………全身きっちり」

 

 フランの全身が紫に発光していたのだ。

 

「体の方はどうだ?」

「少しだけ熱い……」

「熱い……」

 

 ビットの作るフィールドが、予想よりも多い太陽光を受けているために起こった現象と考えられる。今の出力のままだと処理し切れないようだ。熱いと感じるのはそのためだろう。

 

「少し出力を強めてみるか」

「………うん」

 

 4つのビットそれぞれのフィールド出力を高める。現在設定してある値が平均値であり、最も安定する値。無論、テストはしてあるものの不安は残る。

 

「こんなところか……熱さはどうだ?」

 

 ある程度の高さまで強くしたところ、全身の発光現象は収まった。

 

「大丈夫!」

 

 雲の上だけに、受ける光の量も地上と比べて多い。魔理沙は忘れないようにと懐からメモ帳を取り出すと、今回のことを記載しておく。

 不安のあった天界への異変解決だが、これだけでも来た価値があったというものだ。今後とも何が起こるか分からない。様々な場所の色々な環境の中でも動けるようにと作らなければならない。

 

「さて、長居は無用だ。万が一があると困るしな。さくっとやって、さくっと解決だ」

「あい! でー、誰を倒せばいいの?」

「まぁ、それを探すのも異変解決の1つなんだがな………今回は私もいるし特別だ。元凶のとこに案内するぜ」

「お~!」

 

 2人が駆け出そうとした矢先、

 

 

「待ってた、わぁ!?」

 

 

 ズガンッ! と落石。それに続いて落ちてきたのはいつぞやの天人。

 

「もっかい! もっかいだけやらせて!」

 

 蒼い髪に緋色の剣を持つ―――“比那名居 天子”だった。

 登場シーンが納得いかなかったようで、再度の挑戦を頼んできた。確かに、先ほどのは登場というより落下であったのは明白……。

 

「あー、また今度にしてくれ……って、いねぇし」

「なにあれ?」

「一応、今回の異変の元凶だ」

 

 元凶のとこへ向かう前に元凶の方からやってきた。今回の異変も前回とさして変わらぬ理由なのは、この時点で確実となった。

 

「ふーん」

 

 呆れる2人の目の前で再び落下してきた天子。2人から見ればそれほど変わったところはなかったのだが、本人は納得いったようである。

 

「久しぶりね! 誰も遊びに来ないもんだから暇で暇でまた異変を起こしてあげたわよ!」

「別に頼んでねぇし……てか、相変わらずくだらねぇな」

「うっさい! あら、そっちのおチビさんは初見ね。ふふん、私と緋想剣「よし、フラン! あいつが元凶だからこてんぱんにしてやれ!」ちょっと!?「うん! 分かった!」私の前口上を聞きなさいよ!!」

 

 天子の言葉を遮り、フランは魔理沙の言葉に従って飛び出した。相手が攻撃態勢で飛び出した以上、天子もべらべらと喋っている場合では無くなった。

 

「あんたを倒して、この異変を解決するよ!」

「はん! あんたみたいなお子ちゃまに解決される程、柔な異変じゃないのよ!」

 

 売り言葉に買い言葉。元々気性の激しいフランと構って欲しい天子はすぐに弾幕ごっこへと発展した。

 特に明確化されている訳ではないが、弾幕ごっこは基本的に1対1である。魔理沙は2人の弾幕が及ばない少し離れた場所から、2人を―――フランを眺めていた。

 何もかも力任せに行っていた昔―――確かにフランは強かった。暴風のような魔力の嵐の中、絶えずに続く弾幕には恐怖を感じた。

 後で聞いたことだが、この時弾幕ごっこは詰まらないものだと思っていたという。生まれ持った力の大きさ故、耐えられるモノが少なかったのだ。

 そこを防ぎ、避け、躱わして潜り抜けて来たのが魔理沙だった。

 レミリアのように力には力で―――では無く、踊るように弾幕の中を泳ぎ、突き進んできたのだった。

 それがきっかけだったというフランは、そこから徐々にだが先の先を考えて弾幕を放つようにしている。力にも強弱を付け、緩急を付け、力で押すのでは無く、技を魅せる弾幕へと昇華させた。

 弾幕としての力は落ちたかもしれない。でも、今の方がやってて楽しいと。考えていくが面白いとフランは言った。

 

「そうだ。フラン………世界はお前が思ってるよりも広いんだぜ」

 

 地下という閉鎖的な世界しか知らなかったフランが、少しずつと世界を知っていく。世界を知ることで心は育ち、今までの狂気が嘘だったかのようにフランは成長していった。

 弾幕ごっこもその1つ。

 

「しかし、また強くなったな」

 

 遠くから見るフランと天子の弾幕ごっこは、フランの方が有利に進んでいるようである。このまま行けば、魔理沙の出番は無いだろう。

 

 

 そう思ったのが原因か―――

 

 この世界は魔理沙を必要としたようである。

 

 

「――――っ!」

 

 天子の弾の1つがビットの1つを直撃したのだ。

 弾幕ごっこも想定されて作られているので、ビットそれぞれに弾を避けるようプログラムされているはずだが、

 

(なんだ? バグか? それとも対処出来ない程の量だったのか?)

 

「今はそれどころじゃないな! 今行くぞ! フラン!!」

 

 ビットは4つあることで1セット。1つでも欠ければ出力は落ちる。出力が落ちれば、太陽光は防ぐことが出来ず、フランの体を焼いてしまう。

 

 

 

 

 

 

「――くっ!」

「あっはっは!さっきの勢いはどうしたの!?」

 

 攻守が逆転し、今のフランは防戦を強いられていた。

 フランの死角からの攻撃に加えて、ビットの不調か弾を避ける機能が上手く動作しなかったことが重なり、気づいた時には手遅れだった。

 4つのうち1つから煙を上げて沈黙するビット。伴うように肌を焼く痛みにも似た熱さが襲う。太陽の位置を確認し、日傘で体を隠せるように縮こまる。こうなってしまうと、満足に動くことが出来なくなる。

 こちらの弱点が分かったのか、天子はフランでは無く、周囲のビット。そして日傘を狙って弾を撃つようになった。それをさせまいと反撃するフランだが、正直天子の弾を撃ち落すのが精一杯だった。フランはまだ精密射撃が苦手である。1つの弾に対して複数の弾を撃たないと相殺することができない。

 

「そこまでだ! こっからは選手交代だぜ」

「魔理沙!」

 

 フランを守るように両者の間に割って入ってきたのは、遠くから見守っていた魔理沙の姿。手に持つ八卦炉には魔力は十分、もう片方の手にはスペルカードが握られている。

 

「魔理沙! 私はまだ戦えるよ!」

「あぁそれも知ってる。だがな、ビットが壊された以上、無理は禁物だ。こんなとこで死ぬのはお前に似合わないぜ」

 

 フランの実力は良く分かっている。レミリアに次いでフランとの戦闘回数が多いのは魔理沙なのだ。

 まだ戦えるのは知っている。それなのに引き下がれというのは悔しいだろう。その気持ちも分かる。

 

「でも………」

「異変なんてのは待ってなくても起こる。幻想郷はそうゆう風に出来てるからな。今日、お前の手で解決出来ないのは残念だが………死んだら元も子もない。分かってくれ」

「―――うん」

 

 魔理沙の気持ちを理解してくれたようで、フランは大人しく引き下がった。

 

「ふふん、次はあんたの番? あいつみたいに負かしてあげるわよ」

「はっはっは。そのセリフは1度でも私に勝ってから言うもんだぜ」

 

 フランの手前、無様に負けるなんて姿は見せられない。全力である。今出せる全力で打ち破る。体は正直者で、昔のように無理なグレイズして楽しもうものなら途中で落とされることだろう。周りが思っている以上に、年月というのは力を奪うものである。

 

「だったら、今日が私の初勝利の日よ!」

 

 フランに勝って気分が高ぶっているのか、それともただの阿呆なのか。いきなり特攻をしてきた天子。

 

「私が使うのは1枚だけだ。これで決着を付けてやるぜ」

 

 天子の特攻に次いで、魔理沙もまた箒で駆ける。展開される弾幕の中を潜り抜け、たった1枚のスペルカードを放つ瞬間を待っている。

 

「どうしたの? 魔理沙! 弾幕を避けることしか出来なくなったのかしら!?」

「べらべらしゃべってると舌噛むぜ!」

 

 魔理沙はまだ弾の1つも出していない。天子に対して牽制も何もせず、相手の弾幕を避けて突き進むだけ。

 常日頃から言っているように、弾幕を躱し、避け、泳ぐ。

 

「―――っ!」

 

 その中、魔理沙の顔めがけて飛来する弾が1つ―――

 

「魔理沙!?」

「やった!」

 

 しかし、天子が望むような結果では無かった。首を動かすことでギリギリ避けてみせた。

 そして、その瞬間が決定的となった。

 

「隙だらけだぜ!」

 

 溢れ出さんばかりの魔力が込められた八卦炉を天子へと狙いを定める。そして、スペルカードをルールに則り宣言。

 この瞬間を待っていたとばかりに、八卦炉の魔力が膨れ上がる。

 

「日傘をちゃんと持っておけよ! そして、よく見ておけ!」

 

 箒から跳び、その上に立つ。構えた八卦炉の先には天子の姿が捉えられている。足下に出現する魔法陣は七色に輝き、光に照らされる中、魔理沙は笑う。

 宣言されたカードは、魔理沙を魔理沙たらしめる1枚。

 

「これが私の! 全力の魔法だ!」

 

 

 

―――恋符「マスタースパーク」

 

 

 

 それは暴風。それは圧力。それは破壊の権化。

 避けることも防ぐことも許さない巨大な一撃。

 全力と叫んだだけはあり、それはフランが見てきた今までのマスタースパークよりも強く輝いていた。

 

「へ?」

 

 空を割く一条の光。

 元凶の天子を易々と飲み込んでも留まらず、空の果てまで飛んで虚空へと消えていった。

 それはフランが憧れた光。

 それは魔理沙が目指した光。

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が少し焼けてしまったが、しばらくすれば治るとのこと。本人であるフランがそう言うのだから、それを信じるしか他にはない。

 予定とは違ってしまったが、異変の元凶をふっ飛ばしたおかげで今回も異変解決となった。思うところはあれど、2人は紅魔館へ無事に戻ってくることが出来た。

 戻るや否や、待っていたのは怒り心頭のレミリアだった。何故声をかけてくれなかった、や、戦闘中のフランはどうだった、などと散々愚痴やら質問を言われていたのはご愛嬌。

 

 この日、魔理沙からフランに異変解決役の継承を記念して、神社では盛大に宴会が行われた。

 

 

 

 そして、更に時が過ぎた。

 

「あっという間に時間は流れていくなぁ」

「時の流れの感じ方は人それぞれ。生まれてから死ぬまでの時間が短い人間からすれば、時間の流れは速いと感じるでしょうけどね。普通」

 

 人の一生というのは短い。

 それこそ長命の妖怪たちからすれば、瞬きほどの一瞬である。だからこそ、人はその一生を走るのだ。悔いがないようにと。力の限り、最期まで。

 流れる時間の中、時計の針を逆に回すことは出来ない。どのような妖怪であれ、能力であれ、止めることは出来ても逆回しには出来ない。

 今この瞬間、ここまで辿り着いたことを、遅いと感じるか速いと感じるか。それは本人だけが―――いや、本人も知ることでは無い。

 

「―――何故私は若返りの薬とか作らなかったのだろうか」

「そんな時間無かったでしょ?」

「分かっちゃいるし、それに対して後悔は無い。むしろ満足してる。でもな、言いたいんだ」

 

 段々とベッドから起きるのが億劫になってきた。魔力も衰え、魔法も撃てなくなってきていた。視力も含め、五感が鈍くなってきたのを感じるとどうしても思ってしまう人間の性。

 妖怪になる気は無い。人間として、人間のまま一生を終えると決めていた。この道を選んだことに何の後悔も無い。だが、圧倒的に足りない時間を知覚してしまうと、どうしても思ってしまう。

 

「―――――――」

「………そろそろ研究から抜けてはどう?」

「あん? 何言ってるんだパチュリー」

「あなたももう歳でしょ。ここまで出来てるもの。理論に関しては申し分ない程。後は………私1人でも完成させることは出来るわ」

 

 残り少ない時間。後は自分の為に使ってはどうか、暗にそう言っていた。

 

「………まぁ、確かにそうだ。ここまで来るのに時間はかなり掛かっちまったが………もうゴールは見えている。私がいなくても大丈夫だろう」

 

 これまでの今日を振り返ってみる。思えば、ほとんど研究漬けだった。もちろんその中で、魔理沙は魔理沙なりに楽しんできたことだが。

 

「パチュリーの気持ちはありがたい。ありがたいが………やはり、私は退けん。こいつの作成も私が言い出したことだしな、叶うなら私の手でフランに渡してやりたいんだ」

「魔理沙………」

「そんな悲しそうな顔するなよ。別に明日明後日に死ぬ訳じゃないんだし………こいつが完成してからでも時間は残ってるさ」

 

 その言葉に、親友の顔が浮かんだ。

 

 

―――パチェ。

 

―――あいつは、もうすぐ――

 

 

 先日、告げられた言葉。忘れようとしても忘れられなかった言葉。

 

 

―――覚悟だけはしておいた方がいい。

 

 

「どうした?」

「―――なんでもないわ。それもそうよね。あなた、あと100年は生きてそうだもの」

 

 目の前の魔理沙にはそれだけの力があるように見えた。10年やそこら、本当に100年ほど笑って生きてそうなほどな力が。

 

「おいおい、さすがの私でもそれは無理だぜ」

「そうかしら?」

 

 クスクスと笑いながら、2人はいつも通りに咲夜が淹れてくれた紅茶を飲んでいた。何も変わらない日、いつもと同じ2人だけの紅茶。

 

「―――まぁ、言って聞くあなたではなかったわね」

「あん?」

 

 パチュリーの最後の小さな呟きは聞こえなかったようである。パチュリーは小さく笑みを浮かべると、首を横に振った。

 

「何でもないわ。あなたはいつまでも魔理沙なのね」

「あぁ、死ぬその瞬間まで私は魔理沙さまだぜ」

 

 生き抜く、と。

 終わりを迎える最期の瞬間まで、“霧雨 魔理沙”で在ると―――その瞳が語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――Side 魔理沙

 

 そいつと会ったのは紅い霧が幻想郷を覆った時だった。

 霊夢と共に元凶であるレミリアの元に飛んで行った。そういやこの時が霊夢が【博麗の巫女】に就任して初の異変解決の時だったんだっけ?

 それで、霊夢はレミリアのとこに。私は何かに誘われるように地下に行き、そいつと出会った。

 今思うと、全てレミリアが仕組んだことではないかと思ったが………そう考えると面白くないので、止めた。

 

―――遊んでくれるのかしら?

 

 そう言って笑う1人の少女。狂喜の仮面の向こう側に過去の自分を視た気がした。

 自分の力を、在り方を知ってしまった。忌み嫌われていると理解してしまった。だから、自分から離れる。

 

 これ以上、相手を傷つけないように―――

 これ以上、心を傷つけられないように―――

 

 寂しさを押し殺して、私は1人で大丈夫だと―――独りでも問題ない、と。でも、心は誰かを求めて渇望する。

 私にはよく分かった。目の前の少女は、在り得たかもしれない自分の姿。もし、私に霊夢という友人がいなかったら―――たぶん、目の前の少女と同じになっていただろう。

 

 目の前の優しい心を持つ少女は、他者を気遣って―――自分が壊れることを選んだ。

 

 だからだろうか。私はそいつに付き合ってやることにした。助けてやりたいと願った。その時は、ここで出会ったのが運命だなんて思った。今はともかく。

 

 

―――いいぜ、いくら出す?

 

―――コインいっこ。

 

 

 妖怪と人間が会ってすることと言って頭に出てくるのはこれしかない。

 

 弾幕ごっこ。

 

 そいつとの弾幕ごっこは中々に激しいものだった。能力もさながら荒々しい弾幕だったのを覚えている。明らかに“弾”幕じゃないだろう? ってのは何個かあったが。

 だが、結果としては私の勝ち。一撃でも当たっていれば結果は変わっていたかもしれないが、今こうしてここにいるのが全てである。

 勝負がついた後、霊夢の方もレミリアを倒したようで異変は解決した。元凶の顔でも拝もうと思ったが、既に解決されては向かったところで意味が無い。することがなくなった私は、そのまま居座りそいつと話していた。

 そして知る実情。

 495年閉じ込められていたという。人間を「紅茶」や「ケーキ」の形でしか知らないという。壊すことしか出来ず、作ったことは無いという。

 目の前の少女は、驚くほど白い―――無垢な少女だった。

 この少女は何も知らない。

 

 

―――なら、私が教えてやるぜ!

 

 

 人間というものを。物を作るということを。世界はここよりも更に広く、大きいということを。

 夜に瞬く月明かりを、月に負けじと輝く星光を教えた。空の広さを、暗さを教えた。世界の美しさを教えた。

 

 

―――ねぇ、あんたの名前はなんていうの?

 

―――私か? 私は霧雨 魔理沙さまだぜ

 

 

 それからというものの、私はよく紅魔館に訪れるようになった。パチュリーに本を借りたり、門番をからかったり、メイド長に紅茶を淹れてもらったり………。

 1番多い理由はフランと遊ぶことだった。

 乗り掛かった舟、という奴だろうか。どことなく放っておけない感じがしたし、私自身が自分の手で何かを教えたかったのかもしれない。

 

 

 あぁ、懐かしいなぁ………。

 

 お、小町じゃねぇか………なんだよ、久しぶりなのに辛気臭い顔して、

 

 …………………。

 

 ん? あぁ………そうか、そういうことか。

 

 ……………。

 

 何言ってるんだ。普通のことだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紅魔館

 

「雨は嫌いだなぁ」

 

 そう呟いた時、彼女は何て言っただろうか。

 

 

―――そうか? 私は好きだぞ。特に霧雨がな。

 

 

 雨にも種類があると言って、一日中雨を眺めていたこともあった。暴雨、秋雨、松花雨………たくさんある中で、一番霧雨が好きだと言っていた。

 

「なんで?」

「ふ~ん………なんで、か。そうだなー、強いて言うなら忙しく降らないからかな? ゆっくりと降って、ゆっくりと地面に吸い込まれていく。そんな感じが好きなのかな」

「……よく分からない」

「ははっ、これから知っていけばいいさ!」

 

 そうやって頭をなでられた記憶があった。大きな手でごしごしと、少し乱暴に。でも優しく撫でられたのを覚えている。

 

 

―――見方1つで嫌いなものも好きに見えるかもしれないぜ?

 

 

 あの人が好きだと言った霧雨。それを眺めていても、やはり好きになれなかった。嫌という程―――思い出させてくれるから。

 見方を変えれば良いと言われても、どう変えれば良いのか分からない。それを教えてくれた人は、もういないのだから。

 

 

―――カランッ

 

 

「あ………」

 

 彼女が遺した箒が、静かに倒れた。部屋に誰か入ってきた訳でもなく、ただただ窓から雨を眺めていただけ。誰も何も動いていないのに………きちんと立てられていた箒が倒れた。

 

 

―――おいおい、忘れちまったのか?

 

 

 彼女がどこかで笑ってる声が聞こえた―――そんな気がした。

 

「―――そうだったね。私、前を向くようにしたんだった……」

 

 箒を手に取り、1人過去を思い浮かべる。出会いから別れ、一瞬のことだったような気がするし、反対に何百年も一緒だったような気がする。

 その中で強烈に思い出されたものがある。

 

 前を向くと決めたのだ。

 

「うん! よし!」

 

 あの日から着ている白黒の魔女服。帽子は彼女が使っていた物をそのまま貰った。少々大きいが、それが好きなのである。

 魔女ではないから箒はいらない………けれど、手放す気はない。理由なんか自分が納得できるものなら何でも良い。彼女ならそう言いそうだ。

 

「私は霧雨だもん。理由はそれだけで十分!」

 

 そう―――私は霧雨。

 フランドール・K・スカーレット。

 霧雨を受け継ぐ吸血鬼。

 

 

―――私は大丈夫。もう迷わないよ。

 

 

 雨を冠する紅の吸血鬼は、今日も起こる異変を解決せんと、巫女たちと肩を並べて空を駆ける。

 少女の周囲には、彼女から手渡された魔法具が少女を守るように浮かんでいた。

 

 

Fin

 

 


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